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2018-06-29

趣味の一環としての固有名詞翻訳

趣味の一環として映画字幕翻訳する、と言っても、そんなに難しいものではない。

DVDによっては耳の不自由な人向けの全セリフ入り字幕が入っているのでヒアリング能力は要らないのだ。字幕テキストファイルではなく画像ファイルで入っているのでOCR必要だが、試行錯誤していくうちに認識率の高いフリーソフトも見つかった。似た文字が多いから時々手動認識すら間違えることもあるし、稀に字幕のものが間違っていることもあるのだけど、google検索すれば一般的単語は「〇〇では?」とサジェストされるので、知識が少なくても誤字修正可能になる。IT技術バリアフリー万歳である。まあ全ての海外DVDバリアフリー対応ではない、というかそこまで字幕が入っているのは自分の興味のある国では1ブランドしかないのだけれど、その1ブランドが最大手なので全然困っていなくもある。

さて、そうしてIT技術に頼ったところで、翻訳に一番困るのは「固有名詞である。大体の場合辞書にはそれらは載っていないのだ。とは言え登場人物名前はそのままカタカナにしてしまえばいいから、เมย์ไหนはそのまま「メイナイ」にしてしまえばいいし、ป๋องはポンでいい(本当はポングなんだが日本人には最後のグはたいてい聞こえない)。เฟมはフェームで済ましてしまっていい、とかやっていると登場人物にเฉดとฉัตร、カタカナにするとチェットとチャット、1文字いかよ!みたいなことも出てきてさてどうしようか一瞬迷うがフィクション固有名詞なるたけ変えないのが自分ポリシーからそこは趣味に走ってそのままにして問題ないことにしている。

問題なのは例えば実在芸能人とか、店の名前とか、車種とかそういうやつだ。字幕にするのはだいたい現代舞台恋愛映画、早い話がトレンディドラマだ。そういうところでは現地の観覧者なら確実にわか固有名詞が山ほど、"ストーリーに絡まない、どうでもいい話題"として出てくるのだ。

おそらくここで「バード・トンチャイ」とカタカナ表記したところでその国で1,2を争うスーパー芸能人名前を把握できている人は少ないだろう、ましてTik Kanyaratと言われてそれが男か女か分かる人すら何人いるというのだ。Liab duanという場所自分も知らない、知らないがカラオケが楽しめる場所として有名らしい。Club FridayというTV番組がどの層にウケているのか、ホンダから日本ブランド名を変えて「JAZZ」という名の車が出ていることはどのくらいわかるのか、もうさっぱりわからない。

からないので、今やっている字幕翻訳に関してちょっと聞いてみた。具体的には先週から1週間ほど、首都にあるデパート名前カタカナ表記したものが何のブランドかわかるかTwitter上でアンケートしたのだが、7割以上の人が「何のことだかさっぱりわからない」との回答だった。これら高級デパートガイドブックには必ず書かれている有名デパートにも関わらずなのだ。まあ、現地駐在で働いているか年数回も同地に旅行に行くようなマニアでなければそんなものかもしれない。

固有名詞は現地のローカルブランドに限らない。アニメ「Ben 10」は日本ではカトゥーンネットワーク放送されているアニメ主人公名前でありアニメ名前でもあるが、そう言われただけで日本人のどのくらいの人がそのアニメを思い出せるだろうか。そう考えてみるとあの映画会社の映画には「スーパーサイヤ人」とか「ドラえもん」とかい言葉が何のエクスキューズもなく入り込んでいて、それだけでどれだけ現地の人にそれらが受け入れられているかがわかる。レベルの差はあれ現地では「Ben 10」もその枠に入っているわけだ。

ちなみにその辺が野良英語字幕だとどうなっているかというと、だいたい無視されている。デパート名前は服飾店のブランド(クリスチャン・ディオールとかな)に完全意訳されてたりした。日本で売られている数少ないDVDに付いてくる正規日本字幕もそういうのはやっぱりきついらしくて、現地アルファベット勉強法をなんとか英語風に訳したら「現地のことをわかってない、ひどい」とAmazonレビュー酷評されたりもしている。自業自得はいえあれは可哀想だ。こちらは、別に売ったり配ったりするものじゃないし、調べてなんとなく理解もしたか基本的にはあまり気にせずにそのまま残すのだが、流石に「JAZZ」は「フィット」に書き換えたし、Club Fridayは「週末のメロドラマ」にしたり、「Tik Kanyarat」は「ワイドショーの旅番組(そういう番組MCなのだ)」にしたりした。なんだよこんなのもわからないのかよと粋がってみても、自分が知らないものもいっぱいあってそれらは適当に書き換えてしまうのだ。

映画オリジナル固有名詞固有名詞で困ったことがある。そう名付けた理由があったりするのだ。เมย์ไหนは実はเมย์ ไหนと分かち書き可能で、固有名詞としてだけでなく「どのメイだよ?」という質問文にも読める。しかストーリーでは、犯人探しをしている主人公が「犯人はメイだ」と言われた時にそう質問しかえして「なんだお前知ってるのか」と納得される重要ギャグシーンに使われるのだ。本職の字幕なら「どのメイだよ?」という字幕に「メイナイ」というルビを振るのかもしれないけれど、テキスト字幕でルビを振るのは難易度が高い。なので同じ響きの駄洒落ごまかした。勘弁していただきたい。

2017-04-16

日本の子供向けコンテンツ善悪区別しすぎ

アンパンマン戦隊ものライダープリキュアとかさ

結局、敵のバックボーン不明瞭のまま倒されちゃうよね?

彼らには悪に至る道程が示されず、絶対悪としての役割しか与えられてないか

そいつ気持ち良く袋叩きにすることが肯定化されてしまってる

アメコミでは大抵ヴィランに深い(正直、ヒーローよりも)歴史があり

彼らの方が人気が出てしまうほど愛されてるし

マンガみたいな子供向け媒体では狂言回し的な役割でも、

映画みたいなハイエンド大人向け媒体だと

社会的重要役割を持ってたりする(Xメンのマグニートージョーカーパニッシャーとか)

あと、カトゥーンネットワークでは「最後暴力解決!」みたいなアニメがそもそも少ない(笑)

日本の子供向けコンテンツヒーローさんサイドの良い一面しか伝える気が無い

から軽薄だし、世界であまり通用しないじゃないかな(パワーレンジャーローカライズしたもんだし)

2016-07-01

http://anond.hatelabo.jp/20160701133837

カツヒロ・オートモ氏のカトゥーンによれば、スメルは兵器としての転用にもなりうるのでもちろん規制対象抹殺処分されるべき、との政府判断が出ているよ。

2016-01-19

http://anond.hatelabo.jp/20160119102133

俺はあんたより詳しくないけど

カトゥーン?とかNEWSが嵐に勝てない理由がよく分からなかったな

嵐がそれほどまでに魅力的かっていったら、全員ブサイクチビだし

あと最近はいい加減おっさんだし

2015-06-02

http://anond.hatelabo.jp/20150602124422

カトゥーン調のFPSなんかスプラトゥーン以前からあるから勝手起源を主張するなよ。

独自要素である色塗りバトルもランクマッチでは既存FPS踏襲したゲームモードにして自己否定かましてるし

これでやっぱ既存ゲームモード面白いわってなったら革新的だなんだと騒いだのはなんだったの?って話に。

2011-01-13

向こう見ずな正義

またパクリ騒動があったみたいだ。ニコ動ランキングに上がってたボカロ曲が削除されてた。

その動画に、たくさんのコメントが寄せられてた。トレス糾弾していたり騒動を見に来ただけの野次馬らしきコメントが書き込まれていた。

ゆのみPの時もラノベで大々的なパクリがバレた時も、炎上したサイトには似たようなコメントが飛び交っていた。カトゥーンの曲もPixivなんかでもおんなじだった。

似せているから責められる。意図であるしか思えないから追い詰められる。

過ちは正されるべきなんだろう。創作物とオリジナリティ冒涜するような行為は少なくなるに越したことはないのだと思う。

でも、はっきり言ってとんでもなく怖い。加熱し暴走しかけた正義とか糾弾とか、目を背けたくなるくらいに醜く見えてしまう。

しかに良くないことだとは思うけれど、それを是正するための機能として炎上フィードバックされるというのなら、その機能は行き過ぎてる。

炎上の元となる発信者が良くないのは分かるけれど、だからと言って際限なしに直接的に攻勢に出られてしまうというのは無法的にも程がある気がする。

追求してはならないなんて言いたいわけじゃない。悪いことにはそれなりの処罰がくだされるべきであるという考えには賛成する。

でも、その悪いことと処罰との間に格差が生じすぎていると思う。一言で言えばやり過ぎな気がする。

一連の出来事はそれほどまでに向こう見ずな正義が集中しなければならない事柄なんだろうかと疑問とともに可哀想にさえなってしまう、

もちろん、発覚した悪いことと処罰との適合性に関して判断の基準は人それぞれなんだと思う。僕が行き過ぎだと思うことさえ、誰かにとっては手ぬるいと感じることだってある。

からこそ、一定の基準を設けるべきなんだ。節度を持ってネットを利用するべきなんだ。

価値基準が混沌としているネット社会節度なんて不適合な概念なのかもしれないけれど、暴走する正義だけはどこかで抑えなきゃならない。

一つ一つのコメントはなんら力がなかったとしても、数は暴力となり得るのだ、自己防衛だけはなく誰かがクッションになる必要がある。

……

とか何とか書いてみたけど、現状無理だよなあ。自由であることがネットの特性であり、匿名の利点であるんだから

見ない自由も保証されている。どれだけでも見られるのだから

ただ、発言する自由は保証されるべきだと思うけれど、発言を押し付ける自由は制限されるべきなんじゃないかな。

直訴は悪ではないけれど、やっぱり数は恐ろしいわけで。

でも結局自分が心地良く利用したいだけなんだよなこれって。誰かの心地良さを犠牲にしてまで得るべきものでもない気がしてきたし。

まあ当事者になってないからこんな結論になるんだろうけど。

どんなことでもそうだな。現状に何か気になる改良点を見出すのに、それを変えることによる利害の判断がはっきりしなくて現状維持に落ち着いてしまう。

全部そうだ。考えることが苦手なんだろうな。思考放棄。そもそも考えてもないし。感じたことを列挙していって、それで行き詰ってハイおしまいなんだもんな。

駄目だこりゃ。

 
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