はてなキーワード: 動画投稿者とは
私はジャンルを複数掛け持ちしているが、ものぐさな人間なので、趣味垢は3つ……今は実質2つしか持っていない。
1つ目は表垢。普段のつぶやきや作品公開、他者との交流はここでする。
2つ目は特殊ジャンル垢。R指定ではないがかなり特殊なジャンルのため、垢分けをおこなった(現在はほぼ稼働していない)。
3つ目は裏垢。鍵をかけている。表では言えないR指定作品、センシティブ作品を発表したり、愚痴を言ったりする。
この裏垢は8年ほど前から稼働しているが、滅多に人には教えていない。全員ほぼ相互フォローで20人もいないくらいだ。そして大抵鍵垢同士だ。自分の性癖は人にバレたらかなりアレだと自覚しているので、複数回通話したり、己の弱みを握り合った状態でないと相互にならない。
そして去年の秋頃、そこに新たな相互を数人、加えることとなった。どの方も複数回通話し、お互いにアレな性癖があるのを晒し合い、全員成人済で社会人の確認が取れたので相互となった。きちんと人から見えないところで、思い切り性癖の話が出来るんだろうなと私はワクワクしていた。
最初の頃までは。
新たに相互になった数人の中に中心的な人物がいた。名前をAさんとする。私は最初、Aさんと表垢同士で繋がり、次に裏垢同士でも繋がった。Aさんの表垢からも私の裏垢にフォロリクが来たので、それも許可した。彼女は、表垢でン万人のフォロワーを抱える神絵師だ。そんな人でもアレ性癖があるのが意外だったが、裏でこっそり楽しいお話が出来るならそんなことは関係ない。表垢での発言も良識がある(ように見えた)し、通話でもちょっと押しが強かったが、明るく積極的な性格の方で、楽しい話題を提供してくれた。大抵の人間を『悪さをしてなければいい人』と捉える大雑把マンの私の中では、彼女は『いい人』だった。
繋がってから、改めてAさんの裏垢を見た。彼女の裏垢は、彼女が表で見せないような攻撃的な発言が多く溢れていた。少し驚いたが嫌悪感は感じなかった。誰だって嫌なことはあるし、愚痴を全く言わない人間なんていない。私自身や私の相互鍵垢フォロワーも、表垢より過激なことを言ってるし。あの明るい性格からはちょっと考えられないくらい意外だったが、まあこんなものだろう。あと愚痴まみれじゃなくて、普通にアレ性癖語りもしてて面白いし。おっこれ面白い。ファボろ。
こんな感じで、しばらくは平和に過ごしていた。
Aさんの発言には表垢と裏垢とで、矛盾が多いことに気づいた。たとえば、裏垢では「女体化地雷!嫌い!」と言っているのに、表垢では女体化を描いていたりしたのだ。表と裏での行動と発言が一貫していなかったことに、私はいつも首をひねっていた。でもまあ、人間表では言えないこともあるだろうし……私はその程度の認識だった。
それからほどなくして、Aさんの(裏垢での)不可解な行動はさらに目に見えて激しくなった。
Aさんは、ある絵師を執拗に敵視していた。裏垢ではその絵師……Bさんのことを鍵垢引リツし、Bさんみたいなイナゴ絵師は最悪!という内容のことを叫んでいた。また、ある動画投稿者……Cさんもまた、Aさんは嫌っていた。Bさんほどではないが、動画が面白くないとか、承認欲求強すぎて嫌だとか言っていた。
私は、裏垢に顔を出しづらくなっていった。
何故なら、BさんもCさんも、表垢での私の好きなクリエイターだったからだ。
確かに、BさんとCさんは私から見ても調子に乗りやすいタイプだったり、承認欲求の強さが垣間見えるところがあった。しかし、彼らの作品が自分の好みだったのも事実だ。なので、Bさん、Cさんを私は表垢でフォローはせず、しかし定期的にチェックして楽しく作品だけを見させてもらっていた。
Bさん、Cさんの作品を見ているような人は信じられない、モラルに欠ける。そのようなことを、Aさんは裏垢で発言していた。
今まさに、裏垢にBさん、Cさんの作品を見ている私がいるのにだ。
私は表垢でB、Cの作品を普通にRTしていた。表垢同士で繋がっているAさんにもまた、私のRTが流れてくるはずだ。つまり私は、Aさんに地雷を垂れ流していることになる。自分だったら、こういう風に後から相互さんが地雷だと判明したら、申し訳ないがミュート、ブロ解する。しかしAさんは私を(おそらく)ミュートしていない。私のツイートにも爆速で反応して、(フリだとしても)友好的なリプを送ってくるのだ。
私はAさんの地雷を目の前で踏んづけているのに、私のことが嫌いじゃないのか?どうしてミュート、ブロ解しないんだ?わからなかった。
私は雑多垢の人間だ。好きにツイートするのが信条だった。しかしいつしか、私は『Aさんの好み』を気にするようになってしまった。
次第に私は、Bさんの作品を追わなくなっていった。
Cさんの作品に、私は「面白いです!これからも頑張ってください!」といつか言おうと思っていたが、言えぬままCさんは消えた。病んで垢消ししたのだ。
他にも、私が最近いいなと思った絵師、フォローしたアカウントを、Aさんは裏垢でことごとく晒しあげ、否定した。しかし何故か、私に直接文句は一言も言わずに、だ。私は新たに好きなクリエイターを探すことすら億劫になっていった。
Aさんは、私が表垢で気に入ってRTしたものを、嫌いだと当てこするような発言をするようになった。
私が表垢でメイドコス絵をRTすると、「メイドコス絵とか、好きでもないのに大量に流れてくるから嫌いなんだよね」
私が表垢で大胆な構図の絵をRTすると、「こういう大胆な構図の絵は正直面白みにかけるよね」
(内容にフェイクは入れてますが、マジでこういう感じの発言です)
……一度だけなら偶然と思えたかもしれない。しかしAさんは、私が表垢でRTしてから必ず数分後にこういった内容の発言を裏垢でした。何度もだ。Aさんは神絵師で、私は絵が下手だ。絵についての知識ならば向こうが圧倒的にあるだろう。彼女の言葉が有識者からの意見に思えた。私がRTした作品を好きになるような人は、目が曇っていると言われているような気持ちになった。自分の「好き」という気持ちが、どんどんしぼんでいった。
また、Aさんはジャンルの愚痴も言っていた。私は現在、大まかに分けてα、β、γというジャンルで活動している。このうちαでは本を出し、βでは来月本を出す予定で、γはROM専だ。Aさんとはαジャンルで繋がっていた。
Aさんは、裏垢であろうことかβジャンルの悪口を言っていたのだ。今まさにβジャンルのドスケベ原稿真っ最中の私と繋がっているのに、だ。
βジャンルのファンを……その、「キッズ」とか「ガイジ」とかかなりヤバい言葉で罵っていた。もう愚痴ではない。悪口だこれは。あなたの言ってる「キッズ」で「ガイジ」が、今目の前にいますけど?!裏垢を眺めながら私は宇宙猫フェイスになっていた。私はAさんがますますわからなくなっていった。
さらに、これは完全に自分の落ち度だが、Aさんはフォロー許可した表垢から私の裏垢にリプを飛ばしてきた。やめてくれ!バレたくないんだ、裏垢同士で話すだろう、普通は!そう思っても、フォロー許可したのは自分なので後の祭りだ。これはマジで私が悪い。
それでももう限界だった。仕方ない、私がAさんをミュートかブロ解しよう!そう思い立って、はたと手が止まった。
こんな攻撃的な人をブロ解とかしちゃったら、私どうなっちゃうの?
どっと汗が出た。今私は、裏垢同士で繋がってAさんのアレ性癖を知っているが、翻せば私のアレ性癖も知られているということだ。互いのタマを握り合っているに等しい。その上、Aさんつながりで相互になった鍵垢仲間の人は全員Aさんとの方が親交が深い。私はαジャンルで一番の新参者だった。今までの裏垢の発言とかスクショ撮られたとしたらどうしよう?もしAさんが被害者っぽく振る舞ったら、孤立無援の新参者と、万バズ神絵師。世間はどっちの言い分を信じるだろう?脳内で阿部寛と例のBGMがぐるぐる回りだし、私は指を動かせなくなった。
Aさんは、全てが非常識な人ではなかった。たとえば私が裏垢で「nmmnを検索避けしない人ってヤバくない?」みたいな発言をすれば、「本当にそうですよね!」と同意リプを飛ばしてきた。アレ性癖は決して表垢で漏らさず、愚痴も表垢では言わなかった。私は表垢のAさんと裏垢のAさんが同一人物だと思えなかった。もういっそ千年アイテム持っててくれと願ったほどだ。
ほとほと困り果てた私は……別ジャンルフォロワーに相談することにした。この時ばかりは、ジャンルを掛け持ちしていて良かったと痛感した。
αジャンルではAさんは有名人なので何も話せない。そこで、βジャンルの人に今まであったことを通話で掻い摘んで話した。すると、彼らは「それはおかしい!」と言ってくれて、彼女の不可解な行動をこう推測してくれた。
「Aさんは、あなたを自分の都合のいいような存在にしたい、自分のコントロール下に置きたいと思ってるんじゃないの?」
目から鱗だった。そういう人もいるんだ、という驚きと、今までのAさんの行動に納得がいった。行動の矛盾の多さも、自分の都合のいいことしか見えていない、自分のやることは例外だけど他者のやることはダメ、そういう彼女の思い込みによるものなんだろうと思った。(それでも、万バズ神絵師のAさんが、私みたいなろくに作品も作らない、表垢でも吹けば飛ぶようなフォロワー数の底辺ツイッタラーをどうしてコントロールしようとしていたのかは、最後まで分からなかったが……)
Aさんはすごくまともそうな人だったんだけど……と話すと、βジャンルフォロワーは苦笑いしながら答えた。「世の中には、めちゃくちゃ擬態の上手い人間がいるんだよ」
Aさんは自分の年齢を裏垢で公開していた。芸能人の〇〇と同じ、と言っていたので、おそらく4X歳だろう。その年齢で、他者を自分のコントロール下に置くためにこんな行動をする人がいるのか。今まで、誰にも「そういうことしたら人が離れていくよ」と言われなかったのだろうか。それが一番の恐怖だった。
βジャンルフォロワーには相談に乗ってもらった上で、さすがにあなたが迂闊だよと叱られた。その通りだと思う。私は自分の軽率な行動を反省した。そうして、私はかたちだけでも円満に離れるために、8年慣れ親しんだ裏垢を捨てて、今は新天地へと向かっている。
①垢消しやブロ解などはせず、旧裏垢へのログインをやめる
③センシティブ垢は表で言えない『性癖』を話す垢。旧鍵垢のフォロワーは誰も選ばず、好みのクリエイターだけフォローする
④愚痴垢は表で言えない『愚痴』を話す垢。こちらは完全壁打ち。誰もフォローしない
⑤表垢でのAさんとの交流を徐々に疎遠にし、しばらくしたらミュートする
Aさんに悟られず、私が徐々に消えていくためのプロセスはこんな感じだ。さらば、8年間の性癖を詰め込んだ裏垢よ。不甲斐ない主を許しておくれ。
でも、せめての感謝の気持ちを込めて、最後に裏垢でセンシティブ作品を発表した。何も知らない鍵垢仲間のフォロワーは、私の久々の作品投稿を褒めてくれた。その中にはAさんもいた。それ自体は、本当にありがたいことだと思う。作品や性癖語りは、誰かに見てもらうだけで奇跡みたいなものだし、それで互いの好みが一致するなんて本当に素晴らしいことのはずなのだ。その上で他者をコントロールしようとするなんて考えても詮無いことであると、Aさんがいつか気づいてくれれば良いのだが。私にはもう、彼女に何も出来ない。
白い靴…コンバースかな?の洗濯のやり方の動画を見てて。そしたらなんか急にその動画投稿者(20代若め、白シャツとか着てる、肌が白い)が「焼き肉とかの汚れは落ちにくくて…特に全然食べない時の焼き肉とか…wそういうときって妙にお腹もすくし(←あたりまえ)、なんか落ち着かなくてw」
「なんか今さっきカノジ…友達と焼き肉行ってきて。帰って来てからこの動画撮ってるんですけど、なんかwその…ありがとうございますwって感じでw」ってな感じでついさっきまで一発ヤッてて、ふぃーっ。一息つきましょか。みたいな、そういう雰囲気を出してきて。
っていう夢を見て。夢だからその動画は上がってないんだけど、なんか妙にリアルでなんかウキーーー!!!!って感じ。猿が出ちゃう。
なんなんだろうねっていう話
大学生.半年ぐらい付き合ってる恋人がいる.一人暮らしだしどっかで遊ぶか~~ってよりも家でなんかするか~~みたいなときの方が多くて,週一ぐらいで向こうの家行って適当に課題したりネトフリ見たり料理したりするし毎日電話してるし仲いい部類なんだろうなとは思う.でも最近進展もなんもなさすぎて焦ってる自分もいる.
付き合って数か月経ってちょっとそういう雰囲気になったとき(というかそういう雰囲気にしたとき),聞いたことはあったけど,女性の中には自慰すらしたことがない人もいるって,本当であるということを知った.
数年前,好きな動画投稿者がセクマイであることを公表したことをきっかけにセクマイについて少し勉強した.
彼女自身にはしっかりとした認識がないようだし,本人の認識というものも大きくかかわってくるので断言はできないけれど,見る限りはどうやら恋愛感情はあるけど性的欲求がない,いわゆるノンセクシュアルみたいなやつ.ずっとそういう行為を断り続けるつもりはないって言ってるけど,正直無理なんだろうなあと思ってる.
まあ最悪そういう行為に及べないのはあきらめてる.彼女とは本当に仲がいいと思うしずっと一緒にいたいと思える.まだ半年で,しかも初めての恋人で何言ってるんだというのはあるだろうけどね.
でもハグとかキスとかもちょっと……ってなるのは割と精神的にくるんよね.こういうのが性欲から来てるって実感させられると「ああ、自分って汚い人間なんだなあ」って思わされる気がして.
私も相手も初めてできた恋人で,私は,人を好きになるってこういうことなんだなあ,結局愛って性欲がもとになってるものなのかなあ,という認識を持ってきた直後,彼女に性欲がないことを知って,ちょっとパニックになった.
性欲がないから相手が少し塩対応なのか,性欲関係なく相手は塩対応なのか.みたいな感じでちょっとしたことで,相手は性欲がないから本当に自分のことを愛しているのではないのではないか,と思うことが増えた.でもこんなん彼女に言えるわけないじゃん?最近やたら忙しいし.
っていうことでこの1か月ぐらいずっと悶々とした感情を抱きながら今日も彼女と電話してる.
お互いがずっと一緒にいたいって思ってるのにこの先ずっと一緒にいられるのかなあという不安,それを言い出せないぐらい今相手は忙しいし家行っても互いに課題やってばっかだし相手に心労をかけたくないし.
でもハグもキスも,そういうことをしたがる自分の性欲を,相手がいるのに一人で完全に宥めるのは無理だから,どこかで折り合いをつけるしかないねってことになってる.相手がほんとは嫌だったらどうしようとか思いながら,触れ合って,そして切なくなって,いつも理性がよくわからないところにいっちゃって,どうにかしてそれを我慢してる.我慢できてる?って聞かれると多分できてない.猿かよ.まあキス以上の行為はしたことないんですけど.
性欲絡んでなくても割と色々断られるんだけどね.でも相手は性欲がないから今の関係を維持できればそれでいいんだろうな.そこに性欲関係あるか?って思ったけど.
じゃあ相手に性欲があったら解決してたことなの?セックスしてたら解決してたの?って言われたらなんかもうわけわかんなくなる.この文章がそもそも支離滅裂?それはそう.電話先で相手が寝たのに全然寝れないやつがねむい頭で書いてるし.結局相性がそもそもよくないんかなあとかかってに思って勝手にヘラってる,そう,私はメンヘラ.
まあ結局何がいいたいのかというと,性欲ってなんなんだろうね?性欲がない恋人となんらかの進展を望むのは割と酷なのかな?という話.ちゃんちゃん.
この件についてのやりとり見たくないのでメモの反応として残しておく。
基本的には「こんな狂人、相手にするだけ思う壺やで」というスタンス。
関わる場合もあるが今回は全くの別件に見える、少なくとも著作権云々で話している奴らは狂人と同レベルのアホ
そもそも、「ゆっくり茶番劇」の著作権者は、それぞれの動画投稿者であって狂人やZUNではない。
(狂人の主張に係る部分については無視すりゃいいのに、反応するから炎上している)
「ゆっくり」のキャラクターであっても、「キャラクターは著作権で保護されない」
画像商標でもないので影響ない、元々AAであったあのキャラクターはZUNであっても権利主張できない。
ガイドライン云々言ってる奴らも狂人の土俵に上がる行為であることを自覚すべき。
(ガイドラインは揉めないためのマナーなのでなんら権利を犯すものではない)
(怒られたりはするが法的にどうこうはできん)
→同人界隈の影響が露悪的に見えて見苦しい
反応したら喜ぶ狂人に餌を与えているだけです。
特許権:特許庁が商標申請の審査を行うだけで特許は何も関係ない。
動画解説などでも特許申請云々言ってるやつをちらほら見かけたので、少しは調べて理解してから話をしてほしい。
→ともかくアホすぎて見苦しい
ただの言い間違いとしていたが、ちょくちょく同じ間違いするので理解できていない。
商標権:グレーも何も正式な手順で、正しく通ったのだから問題はなし。
人のものを奪ったとか言ってる奴は何を奪われたのか示していない。
「過去の動画」商標登録前にアップロードした動画は影響しない。
「キャラクターを使っている」
「訴えられるリスクが」というが動画出した以上、それくらいは甘受すべき。
(正しく受け止めれば負けることはないのでコストはかかるが怯える必要はない)
(そもそも訴えが届くかどうかを怪しいと睨んでいる)
さらに別の知財部増田だけど、「商標の先使用権」についても出回っている理屈にすごく誤解がありモヤモヤするので、便乗して吐き出しがてらメモっておきたい。
先使用権というのは、ただ先に使っていればいいというものではない。
法律上は、下記5点の要件を全て満たす場合には先使用権が認められることになる。
③ 他人の出願に係る商標及び指定商品・役務と同一類似の範囲内であること
④ 他人の出願の際現に、その使用している商標が自己の業務に係る商品・役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていること
これを平たく言うと、先使用権を求めるということは
③「出願された商標と同じ分野で」
④「私の投稿する動画を意味する商標として幅広い人たちに認識されていた実績があり」
ので先使用権を認めてください。
という立証が必要になる。そして実際に認めてもらえる割合がとても少ない。
④の意味合いを読み違えている人があまりに多いし、周知というのは一般の人々が想像するよりずっと大きい。
(そもそも同じネット民やアニメゲーム好きでも、一旦東方クラスタを出ると認知度がガクッと下がると思う)
動画投稿者向けのディスコードにいるんだが、その中でもトップクラスの高学歴の人物がいて、かなり弁も立ち、作る動画は非常に論理的で高度。
公開日時を指定して、一番視聴者が多い時間に公開されるようにする基本・基礎的な工夫を絶対にしない。
それを何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も、もうこっちが見飽きるくらい何回もしつこくしつこく、いろんな人間に指摘されている。
しかし、本人曰く、自分の動画には価値があるから投稿日時程度で視聴数が左右される訳がない。
動画が見られないのはサイト側(Youtube)のアルゴリズムが自分の動画を軽視しているからだと頑なに主張する。
当然、そのディスコードの参加者の中では最低クラスの視聴数しか稼げていない。それで病んでメンヘラ発言をする。そうして公開日時を聞かれて、適当な日時に公開してることが分かって、いつもの話に戻る。
いや、本当、学歴が高いだけで無能な人間っているんだなってこんなところで知るとは思わなかった。
少しググれば適した日時に公開する必要性を説く記事なんていくらでも出てくる。しかしそいつは絶対にそれを認めない。そして今日も午前中に上げた動画の初動が伸びないとメンヘラ発言をしている。
馬鹿か。平日ど真ん中の午前中にゲームの動画を公開して誰が見るんだ。
いい加減、メンヘラ発言にいらついて切れそうだが、建設的でない批判は禁止がサーバーのルールなので、そこで切れる訳にもいかない。それに高学歴様が、底辺文系大学卒のガチメンヘラの言葉を聞く道理がないので自分からは何を言っても無駄なのも分かってる。
はぁ、しっかしクソだ。見てるだけでイライラする。
そいつともう1人くらい、鬱陶しいのがいるがそれ以外は居心地がいいから、あんまり問題は起こしたくないんだが、我慢の限界が近い。
某配信アプリに入り浸ってるんだけど、何人かの配信者が同じこと言ってたのが印象的だったんだが「初見お断り設定したいな」という素直なお気持ち。わかるわ~。
ゲーテッドコミュニティというか。ゆるい線引きが欲しいよなーっての。NIMBY問題とまでは行かないが、まあ延長したら地続きではある問題かも知れないが。
そうなんだよね、見知った人だけを相手にして喋りたい。なんかマナーがなってない人間に郷に入っては郷に従えと注意するとか、「うちの配信はこうなんですよ」というマイルールを尊重してくれない一見さんが来てしまい対応に追われるリスクがある。
だってさ知らない人と喋るモードと、ある程度の知ってる人と喋るモードってどう考えても脳の警戒度というか緊張度が違うじゃん。見知った相手のほうが疲れないし。でも基本的に配信って全世界に公開されていて誰でも入って来れてしまうものじゃん、だから疲れる。
でも10年前のニコ生からそうだけど「今日テストの点数がさ~」みたいなめちゃくちゃローカルな、半径2kmみたいな話してたりするじゃん。そういうのってもうLINEとかのクローズドな場に移行していってるのかな。ツイキャスとか。
そも人間って川を越え山を越え海を越え、複数の異文化人と渡り歩けるような人間ばかりじゃないし、って言うかそんな越境人間のほうが稀有じゃないですか。基本ローカルすよね。
だから半クローズドというか、開き具合、閉じ具合をコントロールできるようにするのが、日本的?というか、ある意味全人類に普遍的な配信プラットフォームにとって必要な機能じゃね?
YouTubeにもパリコレの波がきて規制が厳しいじゃないですか、エロとかも厳しいし。その点はニコニコのが緩いというか日本人の倫理観で制御されてるぶん比較的に馴染みやすい、文化的には。某N氏が「グローバルな規制を~しないと~GAFAが」みたいなことをちょっと口走って炎上して減給処分かなんかされてましたけど、ちょっと安心しました。日本の文化防壁としてニコニコには生き延びて欲しい。
閑話休題。
もちろんトレードオフなんですよ。それは分かる。配信者も新規ファンの獲得・開拓、外貨を稼ぐ、といったムーブが必要な場面もある。しかし、お金やメジャーになりたい名声を得たいといったようなものでなく、「見知ったファンとこじんまり地下ライブハウスみたいな、場末の居酒のママみたいに客の人生相談や愚痴でも聞きながら過ごしたい」って言う需要も確かにあるんでしょよねー。採算度外視、趣味の弁当屋・喫茶店・駄菓子屋のジジババ的な余生型配信者というか、いわゆる「漁師のコピペ」みたいな状況だよね。
でも資本主義の論理と正反対にあるので、営利企業的には美味しくないのかも知れないね。あとグローバル化とも反するね。
例えばYouTubeで成り上がる手段って、ようは「もっとYouTubeを見てくれる人や時間を増やし、広告媒体としての価値を上げてくれそうな動画投稿者(YouTuber)を優遇する」というリコメンドのアルゴリズムしてるわけで。クローズドなんてもってのほかなんすよ。だって広告だし。クローズド配信する機能が解放されるのは収益化が通ってメンバーシップという会員制を敷いて課金してる人だけ、っていうね。
門を閉じたいならカネを払う必要があるし、無料でやりたいなら全世界に門戸が開いた状態でしかできない。a.k.a "全世界にお見せできる内容しかできない" わけですわ。
そうだ、キョート行こう
ドイツとナチスが絡むと必ず出てくる言説で、ここでもやはり大量に見られる。
はてなブックマーク:欅坂46も立憲民主党議員も…「ナチスをもてあそぶ日本人」にドイツ人がドン引きする理由 | 文春オンライン
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/bunshun.jp/articles/-/50047
なんかズルいなあ。現ドイツはナチスとは別で第2次大戦は全てナチスが悪いっと言ってる感じ。昭和天皇は責任から逃げなかった。
コイツの祖父や祖祖父の世代がナチスを指示したからナチスがああなった。ナチスに全てをおっ被せているのは否定できないだろうよ。
ナチスこそが全ての原因で邪悪で悪魔で国民はその被害者という形にしないと成り立たないのがドイツ。想起するあらゆるものは排除っていうスタンスは、他のジェノサイド等の件では全く見られない特殊なもの
戦争責任をナチスに押し付けたからこそ、「我々一般のドイツ人とは違う狂信的な集団」として極端にタブー視する必要があるんじゃないかと穿った見方をしてしまう。
そりゃ「ナチス党を絶対悪においてドイツ人が悪い訳では無い」というスタンスだからな。だから謝罪も賠償もしない。外から見ると「ナチス⊂ドイツ」だけどな。
この言説の出元はズバリ西尾幹二である。といっても西尾が「西ドイツ(当時)はナチスを切断処理して反省を拒否している」と言ったのではない。
前年に西ドイツ大統領に選出されたヴァイツゼッカーは1985年連邦議会で後に有名となる演説を行った。西ドイツ大統領は米国や米国の政体をモデルにした韓国のようなものと違い、首相の上に立つが実権力は少なく元首のような役職だ。
この演説は「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となる」の節が有名で、要するにナチスの蛮行の責任を戦後のドイツ人は引き受けねばならない、蛮行に手を貸していないと言い張るのは許されないとの内容だ。
この演説を岩波の『世界』が取り上げて掲載し、後には数百円のリーフレットも発売した。「戦争への反省のモデルケース」としての評価であるのは言うまでもない。
因みに『世界』は敗戦後に相当な影響力を持った論壇誌だったが、経済成長や全共闘の進歩派攻撃などによって影響力は下がっていた。だがこのヴァイツゼッカー演説の掲載は反響を呼び、リベラル人士に挙って引用されるようになった。
ところで複数人で編集されるwikipediaのヴァイツゼッカーの項は、演説内容が「悪いのはヒトラーとナチズムであり、ドイツ国民・民族も被害者である」だったとの節と、「罪の有無、老幼いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません。」との引用文が併置されるという面白い状態になっている。
この盛り上がりに対し、ドイツ文学者の西尾幹二が文藝春秋社『諸君』で批判を加えた。
「演説文章をよく読んでみると、ドイツ国民の直接の罪は回避されている」「ナチスの罪はドイツ国民個人に無い事が前提となっている」という内容だ。
そして「日本の戦争犯罪と違ってナチスの罪は人道に対する罪であって国家そのものが犯罪国家で責任の取りようが無い」。
責任が取れない種類のものを引き受けると言っているのだから欺瞞だ、という事だ。
これは文章解釈であり、悪意を持てば文章は逆の意味に解釈する事も出来る。(「ナチスの手口に学べ」は反語だ、など)
それは言語的堕落だが、西尾がそう評価されなかったのはニーチェ思想を専攻とする文学者の実績があった為だ。例えば中央公論の『世界の名著』シリーズのニーチェの編纂、解説は西尾である。実態が無い〇〇総研勤務や過去論文が紀要に全くない文学研究者やバイト以外職歴不明の動画投稿者ばかりで構成される昨今の保守論壇と当時は全く違った。
それ故、西尾の批判は「無邪気な戦争責任論への懐疑」として評価されていた。ヴァイツゼッカー演説のリテラル(文字通り)の内容は、云わば民族原罪論のようなものなので、それに対してニーチェ的視点から欺瞞を突きつけたくなるのは無理もない。
但し、
一民族全体に罪がある、もしくは無実である、というようなことはありません。罪といい無実といい、集団的ではなく個人的なものであります。
の様な一文を持って「集団が免責されてる」という辺りはニーチェもへったくりもなく単に低質なデマだ。あとで触れるがこれをやり始めたのは小林よしのりだ。この文章は「当時にも残虐行為にタッチしていない人間は居たがその罪は国民は免れない」という意味だからだ。
だから西尾を哲学的文脈で好意的に評価する時、こういう所は無視して、ユダヤ・キリスト教の道徳に類似した欺瞞を指摘した、と評することが多い。
だが西尾はニーチェ専攻にも拘らずにルサンチマンに駆動させられやすく、「切断処理を表明する演説」論者にのせられてそう言っちゃうのよな。で、論壇が経歴不明なバカや宗教右翼で埋まってパージされると冷静さを取り戻す、というのをずっと繰り返している。
90年代前半までとその後の保守論壇というのは質が全く違って、例えば引用したブコメで言うと、
とかは今は普通に見られるが、当時ならあり得ない。何故といって日本は交戦相手の米英仏豪に謝って賠償金を払っただろうか?勿論していない。
フィリピン以外の賠償金は全てチャラにして貰った。特に米国は自国の民間企業に対しても対日債務は諦めるようにした。ドイツも同じスキームだ。
そして日本はそれら交戦相手の連合国にチャラにしてもらう代わりに戦場となった主に東南アジアに対して復興後の開発援助を約束した。これらの戦後処理を全てやったのは自民党であって、それ故保守論壇人士の方が戦後処理に詳しかった。だから「ドイツは交戦国に賠償していない」なんて事は相当のバカじゃなきゃ言わなかった。それはどこも一緒だから。
こういう訳で当初は「ニーチェ研究者の文章解釈」として評価されていた西尾言説が、「ドイツはナチスを切断処理して反省を拒否する立場である」という風に化けて行く。
この決定的な曲がり角は先にも言った小林よしのりなのだが、小林を論壇に引き込んだのは西尾なのだ。だから西尾は小林やそのフォロワーが後者の言説を流布して行くのを黙認していた。
その後西尾は宗教右翼に教科書運動を乗っ取られてパージされてしまい、「彼らの運動論は左翼のそれだ」と批判する羽目になるのだが、彼らを引き込んで論壇の真ん中で活動させたのも西尾だったのだな。
という訳で「ドイツはナチスを切断処理して反省しない立場」節の原初は西尾で、それが解釈ではなくて「表明したという事実」に化けていったのである。
2015年にメルケルが来日した際、朝日新聞で講演して安倍政権の歴史認識を批判する場面があった。
講演、インタビューに態々選んだのが朝日新聞というのは明確なメッセージだ。
これにネットの一部は沸騰してドイツ叩きが盛んになった、という事があった。
何故そんなに逆上したかと言えば、一部で「常識」となっているドイツナチス切断処理論と反対の立場から冷や水をぶっかけられたからだ。
仕舞にはメルケルは極左に振れているという噴飯ものの意見も多く見られた。メルケルの所属するCDUは保守政党である。
このナイーブな恐慌状態は集団で信じていた事を現実が裏切る事で起きていたので、これぞまさにルサンチマンだ。
ニーチェの思想に沿って生まれた解釈が30年経って反ニーチェ的なナイーブに転化していたというのは寓話的だと思う。
当たり前だが、メルケルもドイツもナチス切断処理なんて立場を表に出した事は無い。統一ドイツの成立条件見れば当たり前だ。
西ドイツはEC加盟国だったが東ドイツはそうではない。統一は他の加盟国の承認が必要だった。
そしてベルリンというのは統一の前日、最後まで連合国の占領下にあった。
ソ連は勝手に東ベルリンを自分の勢力下としてしまったが、米仏英はそんな事認めていない。法的には最後まで共同統治であった。
つまりベルリンの占領はこれら4国の承認が無い限り解けない。もしヴァイツゼッカーがナチスを切断処理してドイツに責任無しという演説をしたら、東西ドイツがその態度だったら、ベルリンを首都に出来ただろうか?
そしてEUの顔役が出来ただろうか?
当たり前すぎてバカらしい。
オープニングは短ければ短いほど良い
もっというとオープニングは要らない
0:00から本題に入れ
あと音量調整は十分に注意して行うこと
大きすぎてもうるさいし小さすぎても聞こえづらいし動画ごとに大小のバラツキがあっても見る側からすると面倒だ
それとBGM入れるなら音声との音量バランスはしっかり意識すること
動画見てると気になるとしたらBGMが大き過ぎるパターンが多いから迷ったらBGMの音量絞る感覚でいいと思う
ついでに言っておくけどBGMにNoCopyrightSoundsの曲使うのは禁止
あれは擦られすぎててあそこのBGMが流れるとまーたこの曲かよってげんなりしちゃうからもっと手広く曲探すように
加えて言うとタイトルを5chまとめサイトみたいなノリにするのもやめるように
あれほんと気持ち悪くていくら動画内容がよくてもあれだけで見る気失せるんだよね
併せて言うけどタイトルを匂わせみたいにするのもイラッとするからやめて
「○○したらヤバいことになった件」みたいなやつ
タイトルで気になってクリックさせようとしてるんだろうけどその考えが浅ましいんだよ
まあ気になったらクリックして動画見ちゃうんだけど動画の内容の如何に関わらずマイナス評価入れてるからな
YouTubeの話なら動物系のことにも言及しないわけにもいけないから言うけど
犬猫はそれだけでかわいいの完成形だからそこにかわいいBGM付けるのは蛇足なわけ
言うまでもないがお前のキショい猫なで声が入ってるのは論外だし犬猫にお前の妄想字幕を付けるのも絶対やめろよマジでぶん殴るぞ
おまけに言うとコメントに対して動画投稿者が高評価付けるとなんかマークつくじゃん?あれやめて
動画投稿者が視聴者繋ぎ止めようと必死にしてる感がにじみ出てて見てるこっちがつらくなるんだよ
そうそうワンポイントアドバイスとしては前編後編とかに動画が別れてる場合は概要欄に次回前回のリンク張ってくれてるとこっちとしては見やすくて助かるわ
以上、少し長くなったがYouTuberデビューを目指す君へのたった一つのアドバイスだ
是非参考にして動画を作って欲しい
個人的に好きだったマイクラ実況シリーズ、投稿者をピックアップ
だいたい6〜10年前の実況シリーズに偏っていますが、あんまり目くじら立てて怒らないでね
ゆっくり実況者。初投稿は10年前。動画シリーズは複数のシーズンで分けられており、現在はeason9に突入。ちゃんと数えてないから何とも言えないけれど、パート総数は700をゆうに超えていると思う。
現在も数日ペースで動画投稿を続けており、おそらく古株としては最も元気な動画投稿者。アプデについていけなくなる等の理由で減速してしまう投稿者は多いが、ここまで活躍できるのはまさに鉄人。
方向音痴要素はシリーズ開始時によく見られたが、Season4あたりからほぼ見られなくなった。現在は、センスの高い建造物の建築や、アプデ新要素の紹介、レッドストーン回路を駆使した大型機械やトラップタワーの開発を行う動画が多い。
当時「方向音痴のマインクラフト」と双璧をなしたゆっくりマイクラ実況。シリーズPart1の投稿は9年前。昨今の動画に見られるコテコテの編集は一切なく、非常に原始的なマイクラ実況動画となっている。今でも根強いファンが多い。
マイクラ実況動画は4年前から投稿されていないが、今年9月にマイクラのテスト動画を投稿。かつての実況動画の雰囲気をそのまま残した動画で、沢山のファンがコメント欄で喜びをにじませた。
村を整備・発展させていく企画の実況シリーズ。初投稿は7年前。全裸のスキンに衝撃を受けた視聴者も多かったはず。
当時は村人の繁殖条件が非常に緩く、村人とアイアンゴーレムが人口爆発を起こして大変なことになった。
最近、ファンが現行バージョンで村を再現してくれた。当時のデータは破損により遊べなかったらしい。
Part1の投稿は9年前。黄昏modをテーマにした2人マルチプレイの実況動画。黄昏modって9年前にもうあったんだね。
動画の冒頭に入る茶番が滅茶苦茶懐かしい。茶番→OP→本編っていう流れの実況動画が、当時は本当に多かった気がする。
全裸スキンの実況者その2。初投稿は10年前。最近はAmongUsの動画が多いが、マイクラの配信もほそぼそと続けている様子。
投稿者のえふやんはゲーム実況者以外にも活動。旅動画の「ぼくらは新世界で旅をする」シリーズは、当時色々な意味で画期的だったと思う。
TwitterでAmong usのミニアニメがバズっていた時、えふやんが作ったことを知ったときはとても驚いた。
ニコ動のみで活動していたゆっくり実況者。シリーズ初投稿は10年前。
TNTを多用した大規模な整地を好み、地図一面を灰色に染め上げてしまうようなえげつないプレイスタイルから、「爆弾魔」と呼ばれ人気を博した。
ボ◯バーマンのスキンは、後ろから見た時に乳首にしか見えないのがポイント。
動画シリーズは5年前に途絶えてしまう。コミュニティのプロフィールによると、バージョンアップについていけずモチベが上がらないらしい。
コミュニティ限定配信は行っており、蒸発してしまった訳ではない。
最後にかつてのマイクラ/マイクラ実況の個人的あるあるをご紹介。
せっかく出てきても、うっかりクリックしてページを送ってしまうのがお約束。当時はエンチャントにラピスラズリは必要なく、エンチャ本は無かった。
村人との交易なんて無かった時代、シルクタッチと幸運Ⅲのツルハシは今以上に貴重品だった。
どの実況動画にも必ずと言っていいほど登場した豆腐建築。木材で建てれたらまだマシな方で、資材の収集が間に合わず土で仮拠点を建てた実況者も多かった。
クリーパーがやってきてリフォーム(爆破)され、劇的ビフォーアフターするネタもよく見かけた。
今では一発目の拠点にも関わらずクオリティの高いものを作ってしまう投稿者が多い気がする。クリーパーが匠と呼ばれることも少なくなった。
っていうか、そもそもイチからサバイバルモードの実況を行う投稿者が少ない。
長時間にわたる作業はカットせずに倍速で流し、倍速中に質問コーナーを設けることが多かった。現在では再生回数を稼ぐためか、テンポを重視しカット編集しまくる動画が当たり前。
カット編集が入るときは「ました工法」なんて演出があったりしたけど、今では見なくなっちゃったね。
当時は感圧ピストン式のトラップタワーが流行。その後、アップデートにより大量のトラップタワーが死亡したことは、今となっては昔話である。
アイテムの運搬は氷+水流で、すべて素手で回収・分別。回収場所から手の届く場所にチェストを大量に置き、どんどんアイテムを入れていかなければならなかった。
カービィシリーズのコピー能力のまとめとか人気キャラの過去から今への変遷とかそういうのをまとめてるゆっくり動画の投稿者が
「投稿者として一番つらいのは動画をパクられること…」とか言ってて何かと思ったら
どうやら自分で投稿した「トラウマ10選」とかいう動画と他投稿者が投稿した「トラウマシーン集」という動画がかぶってるらしく、
勿論同じカービィシリーズまとめてる動画だから即死ギミックとか死に方がちょいグロいラスボスとか内容はかぶりまくってて、
まあ投稿時期が近いから意識はしてんだろうなって思ったんだけど
いや手間かかってるのはわかるけどさぁ…この手のまとめって同じ元ネタ使ってるわけだからあとは編集凝ってるとかどうかの違いで、
動画の内容としては言っちゃなんだけど情報さえあれば誰でも作れるありがちな内容の集まりなわけじゃん。
しかもトラウマシーン集なんてレベルのオリジナリティない内容であれば「仮に一週間後に同じような内容の動画を他の人が真似てあげたとしてこの人に文句いう権利なんてなくね?」って思っちゃった。
文章が丸ごとコピペだったとかそういう話であればわかるんだけどね…
原因をよくよく考えてみると、ニートたちが遊べるサイトやコンテンツがなくなったからだ。
具体的にニートたちが遊べるというのは次のようなことをいう。
④社会に参画している気分になれる。
ここで挙げたい例は2ちゃんねる、ニコニコ動画、あとはここはてな匿名ダイアリーなどだろうか。
①について、2ちゃんやはてなは匿名だから社会的地位にこだわっても無意味だし、ニコニコの時代は動画投稿者は素性をあまり明かさなかった。
②2ちゃん、はてなは文字を打つだけなので特別な技能は必要ない。たまに画像を上げて祭りになることもあるが所詮素人レベル。
ニコニコは動画投稿のスキルも今のyoutubeより低いし、コメントだけでも参加している気分になれる。(「ニコる」とかで評価された)
④一方的な受け身ではなく参加している気分になれること。2ちゃんの祭りなんかは実際に社会を動かしている実感があった。
一方今はやりのネットカルチャーは無能なニートたちには厳しいものとなっている。
youtubeは莫大な資本を持った企業勢や有名人がビジネスをする場になった。
Twitterは肩書が大事で発言力は元来の知名度に依存するようになった。
Steamもネットフリックスも金を払ってコンテンツを買うだけだから論外。
youtubeでvtuberに投げ銭をして、v活動に参加している気分になる人や
匿名でTwitterやはてなで政治を語って社会に参画した気分になっている人はよく見かける。
本当はお金を投げて応援するんじゃなくて、自分が発信した気持ちを多くの人に受け止めてほしいだけなんじゃない?
政治にイライラするよりも、仲間と世の中を少しでも面白い方向に変えるような行動を起こしてみたいんじゃないの?
何も持たない無能のニートは今、いったいどこで楽しんでいるのだろうか?楽しめばいいんだろうか?
「利益も生み出さない社会悪のニートは黙ってろ」と社会派増田に言われそうだから少し自分語り。
私は学生時代に2ちゃんやニコニコの文化を浴びて、今は何にも心が動かない社会人です。
vtuberの配信は確かに面白いけど、テレビと同じですごい人が一方的に話しているだけに感じてしらけてしまう。
社会人になればもっと金銭的にも行動的にも自由になれる気がしたけど、
自由を夢見たインターネットは資本にがんじがらめでチェーン店が立ち並ぶ街並みのようにつまらなくなってしまった。
あの本当に自由だったインターネットは誰でも、キモくて無能なニートでも参加して活躍できるものだった。
普段はまだ見ぬVTuberさんの新規開拓をしながら、3人くらいのVTuberさんの配信や動画を追いかけている。
しかし、最近複雑な思いから何人かのVTuberさんの配信を見れなくなった。
その理由をお気持ちとして書く。結論を言うと、私は彼らに自分を歪められたのだと思う。
普段は3人くらいのVTuberさんの配信や動画を追いかけている。彼らは皆万単位の登録者を持ち、自身の単独イベントを開催した人もいる。
一人は個人勢であるにも関わらず、イベントの開催に際して誰もが知っている企業やクリエイターと協力し、複数の企画を立ち上げ大規模な単独イベントを開催した。今思い返せば、それらはイベントから派生した企画ではなく、全てをひっくるめて一つのお祭りだったんだなと思う。
一人は自身の単独イベントだけでなく、自分たちのグループ全体の一大イベントにおいても中心的な役割を果たしていたという。自分が関わるものに対する熱意と責任感を持っており、人を楽しませることに命をかけている人である。体を大切にしてほしい。
彼らはとても頭がいい。つまり、コメントやコラボの相手、配信内での出来事に対して即座に、的確で、面白く、予想の斜め上を行く返しを出すことができる。私はそんな彼らの切り返しの数々を受けて笑い、時には驚いている。
また、彼らは自身のファンが求めているものをよく理解しており、多少回り道をしても最後には求めているものを提供してくれる。いわゆる解釈が一致しているという状態で、だからこそファンである私は安心して配信を楽しむことができている。この裏にはVTuber側のたゆまぬ努力とセンスがあるのだろうが、彼らはそれを口にしない。
彼らは最初からそうだったのかというと、部分的にはそうであるにしろ、配信を始めてから培った能力が大きいのだと思う。実際、彼らの初めての動画の投稿を見ても今の方がはるかに良くなっている。(昔は昔でよい)
そんな彼らと比べて私には何ができるのかというのが気になった。
私は話すのは苦手だし、話も面白くない。声もきれいな方ではないしすぐ声がかすれてしまう。この数年やっていたことといえば仕事とVTuberの配信や動画を追いかけること、ゲーム、お菓子作りくらいである。ゲームは好きだけれど、プレイは上手ではないし先を推理しながら進めるといったこともできない。
彼らは配信を通して自分の技術を高めVTuber同士のつながりを強めているのに、それを見ている私は数年間何も変わっていない。
そのことに最近気がつき、そのギャップを抱えていることがいたたまれなくなり、彼らを「眩しい」と感じるようになってしまった。その結果、彼らの配信を見ることに抵抗を感じるようになった。
単純なゲームプレイの配信であれば視聴できるが、彼らの非凡な考えや能力が垣間見えるような場面に出くわすと即座に配信を閉じてしまうようになった。特に、イベント後の振り返りの配信は今でも怖くて見ることができない。
数年前にVTuberというコンテンツに出会い、今となってはVTuberなしの生活は考えられなくなってしまったためとても困っている。
一方、不思議なことに、眩しいと感じる相手に対して「失敗してほしい」「これ以上高みに行かないでほしい」と思ったことは一度もない。彼らを応援する気持ちは変わらず、彼らが求めているステージと私が求めているVTuber像が合わなくなったならば私はファンを辞めるべきだと考えている。
配信を提供する人と私という構図は、映画を作っているピクサーとそれを見に行く観客の構図と同じで、観客がピクサーに引け目を感じてしまうということは普通あり得ない。
もしそこに何かしらの劣等感を感じているのだとすると、それは観客が映画を作る人である場合だと考えた。VTuberにどっぷりと浸かった結果、私は自身を配信する人の目線で評価したいのかもしれないと思いついた。
だから、一度配信をしようとして、配信に必要な機材(PS4だけでも配信できるんだね)やボイスチェンジャー、動画の作成方法、既存の配信者や動画投稿者の画面構成やリアクションを取り方を調べた。
その結果、お金で解決できるものについては問題ないことが分かった。ハイエンドなPCや回線は始めるだけなら不要だと思った。しかし、
2. 面白く話を話し続けること
は私にはなく、結局自分には向いていないと考えた。
1は根気の問題で、自尊心をマイナスからゼロに上げるために配信を続けるのは心を保てないだろう。
2は私にとって特に不適だ。調べる過程で色々な芸人さんやYouTuberさんの動画を見たが、過去のエピソードの大事な部分を覚えておくことと、それを適切なタイミングと順序で出すことが大事なんだなと思った。後、面白い人っぽい雰囲気を出すのも大事だと分かった。
3はいわゆる一芸に秀でるというもので、これまでメジャーな娯楽を漁っていた私が出せるものは特にない。一番詳しいものも人に説明できるほどよく整理できていない。
調べていく上で、いわゆる底辺配信者、底辺VTuberと呼ばれる人々の動画を見ることがあった。
彼らは登録者数が数十人であり(見ず知らずの数十人から注目されているというのはすごいと思うので感覚が麻痺している)、実際普段見ている動画と比べても確かにクオリティが低いなと思うところがあった。(例外は時々いて、完成度の高い動画を上げている人も多い)
しかし、出会った配信者さんの多くが数か月以上配信を続けており、きっと彼らはそれが楽しくて続けているんだろうなということが感じ取れた。
また、それができない自分はそれよりもはるかにレベルが低いんだなと思った。
一度この「眩しさ」に気がついてしまうと、あらゆるものが眩しく見えるようになってしまった。
他のVTuberさん、Twitterでよく見るイラストレーターさんやよく分からない謎のガジェットに詳しい人、ニコニコのランキングに載っている動画、バズったnoteやはてなブログの記事、そういったものをまとめてTogetterのランキングに載る人など、自分が面白いと感じるものから自分が責め立てられているように感じる。