原因をよくよく考えてみると、ニートたちが遊べるサイトやコンテンツがなくなったからだ。
具体的にニートたちが遊べるというのは次のようなことをいう。
④社会に参画している気分になれる。
ここで挙げたい例は2ちゃんねる、ニコニコ動画、あとはここはてな匿名ダイアリーなどだろうか。
①について、2ちゃんやはてなは匿名だから社会的地位にこだわっても無意味だし、ニコニコの時代は動画投稿者は素性をあまり明かさなかった。
②2ちゃん、はてなは文字を打つだけなので特別な技能は必要ない。たまに画像を上げて祭りになることもあるが所詮素人レベル。
ニコニコは動画投稿のスキルも今のyoutubeより低いし、コメントだけでも参加している気分になれる。(「ニコる」とかで評価された)
④一方的な受け身ではなく参加している気分になれること。2ちゃんの祭りなんかは実際に社会を動かしている実感があった。
一方今はやりのネットカルチャーは無能なニートたちには厳しいものとなっている。
youtubeは莫大な資本を持った企業勢や有名人がビジネスをする場になった。
Twitterは肩書が大事で発言力は元来の知名度に依存するようになった。
Steamもネットフリックスも金を払ってコンテンツを買うだけだから論外。
youtubeでvtuberに投げ銭をして、v活動に参加している気分になる人や
匿名でTwitterやはてなで政治を語って社会に参画した気分になっている人はよく見かける。
本当はお金を投げて応援するんじゃなくて、自分が発信した気持ちを多くの人に受け止めてほしいだけなんじゃない?
政治にイライラするよりも、仲間と世の中を少しでも面白い方向に変えるような行動を起こしてみたいんじゃないの?
何も持たない無能のニートは今、いったいどこで楽しんでいるのだろうか?楽しめばいいんだろうか?
「利益も生み出さない社会悪のニートは黙ってろ」と社会派増田に言われそうだから少し自分語り。
私は学生時代に2ちゃんやニコニコの文化を浴びて、今は何にも心が動かない社会人です。
vtuberの配信は確かに面白いけど、テレビと同じですごい人が一方的に話しているだけに感じてしらけてしまう。
社会人になればもっと金銭的にも行動的にも自由になれる気がしたけど、
自由を夢見たインターネットは資本にがんじがらめでチェーン店が立ち並ぶ街並みのようにつまらなくなってしまった。
あの本当に自由だったインターネットは誰でも、キモくて無能なニートでも参加して活躍できるものだった。
筋トレとジョギングをしている
というか、そこそこの動画を作るのに いくらかかるか、考えてみなよ ニートとか底辺とかが、本当にアクセス稼げる動画を作れるかどうか
昔は暇人のオタクか無能しかインタネットにこなかったから低能ニートにも居場所があった いまはインターネットが社会の基軸になり有象無象が集結するようになって、有能だけがコン...
ちょっと違うと思うので補足。 確かに元増田が書いてるとおり無能ニートもいたんだろうけど、これよりもメインの層はニートにすらなれない年収200万円台のどうしようもない連中だ...
大人になれよ
加藤純一の配信でどりゃあああああああとか書いてるよ