カテゴリー 「マスダとマスダの冒険」 RSS

2018-05-26

[] #56-5「斜向かい過去

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母は若い頃、秘密結社シックスティーン×シックスティーン』と、それに対抗する組織ラボハテ』との戦いに巻き込まれ瀕死重症を負う。

ラボハテ』は最新の技術を用いて、母の失った体の部位を機械で補うことで命を繋ぎ止めた。

サイボーグ化して戸惑う母に『ラボハテ』から告げられたのは、『シックスティーン×シックスティーン』の野望だ。

ズバリ世界征服”(具体的に何をするかってのは知らない)。

それを聞いた母は、『ラボハテ』に協力を申し出た。

機械の体になっても、正義の心は失っていなかったのだ。

何より、自分の体を機械化した要因となった『シックスティーン×シックスティーン』に対してツケを払わせないと気がすまない。

こうして母はサイボーグ少女として、秘密結社との激闘を繰り広げることになる。

「お父さんと出会ったのもその頃だった。懐かしいなあ」

「どういう経緯で父さんと出会ったんだ。メカニック担当だったとか?」

「いや、俺は女子バトルものでいう、半ば巻き込まれただけなのに主要人物として出張一般人みたいなキャラ

まり事情は知っているが、俺たちと同じモブキャラみたいな立場だってことだ。

「その戦いは歴史の闇に葬られたが、魔法少女超能力者までいてカオスだったなあ。もしアニメだったら十中八九ボツにする企画だ」

妙な例え方をするのは、父がアニメスタジオに勤めているからか。

しかし、中年の昔話なんて若者は長々と聞きたくないものだ。

俺たちは本題だけ話してくれと急かした。

…………

真相、というほど大層なものではないが、要約するとこうだ。

ムカイさんは、その『シックスティーン×シックスティーン』によって作られた戦闘ロボット

「ムカイさんは自立して二足歩行で動くから、厳密にいえばアンドロイドだな」

「父さん、その注釈は今どうしても必要だった?」

「どうも気になって、つい……」

ムカイさんは、母と幾度となく戦った。

全身が機械な分、性能面ではムカイさんが上回っていたが、人間の柔軟な知恵がある分、いつも母が一枚上手だったらしい。

そうして敗北する度、ムカイさんは改造されていった。

そして、とうとう当時の技術の粋を集めた強さを持つに至り、ムカイさんは「今度こそ奴に勝つ」といきこんでいたらしい。

しかし、決着はつかなかった。

母は秘密結社本部に潜入し、首謀者を追い詰めていたのだ。

ムカイさんは他の構成員によって陽動され、母と戦うことはなかった。

結局、その作戦で『シックスティーン×シックスティーン』は壊滅。

戦うために作られたムカイさんは、戦う理由がなくなってしまったのだ。

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2018-05-25

[] #56-4「斜向かい過去

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結論から言えば、俺たちはこのパズル自力で解けていない。

ただ、言い訳をさせてくれ。

最も簡単問題とは、“解が分かっている”ことだ。

解を持つ人間から見れば、さぞ滑稽に映っただろう。

だが、俺たちと同じ立場だったら、同じことは言えないと思うんだ。

勘がよければ解けたかもしれないが、多くのピースはまだ当事者たちが握っていた。

そもそもの話として、俺たちがパズルを解く意義なんてもの存在しない。

から、本気になる理由もなかった。

あったとしても、自分たち方法が最適ではないことも承知の上だ。

それでも俺たちが悠長に構えていられたのは、パズルピースを多く握っている人物たちが介入しなかったからだ。

だが俺たちがパズル悪戦苦闘している間も、時間ゆっくりと、確実に流れている。


…………

実はピースを握っている人間は、身近にもう一人いた。

俺たちにとって、それはあまりにも意外な人物だった。

父だ。

母とムカイさんの問題からと、視野を狭めてしまっていたことを、その時になって自覚した。

しか提示されたピースは、俺たちが予想もしていなかった形ときたもんだ。

最近、越してきたムカイさん、だっけ? もしかしたら、“あの組織”に関係しているんじゃないか?」

ある日、父は母にそう切り出した。

食事後、余韻に浸っているときに、いきなり出てきた意味深ワード

俺たちは面食らったが、お腹いっぱいだ。

「……そうかもね」

しかも母の反応から察するに、それはパズルを完成させるのに決定的なピースだった。

「父さん。あ、“あの組織”って……?」

「うん? よく話していたでしょ。若い頃、母さんが戦っていた秘密結社のこと」

「……ええっ!? あれって、実話だったの?」

わず兄弟揃って素っ頓狂な反応をしてしまった。

そう、俺たちは既に必要ピースを握っていた。

ただ、それをピースだと認識していなかっただけだったんだ。


どうにも頭の整理がつかないが、俺たちは慌ててパズルの完成に取り掛かる。

だが、その時。

ーーーピンポー

タイミングを見計らったかのように、玄関チャイムが鳴った。

それはまるで、制限時間が過ぎたことを告げるかのようだった。

家に訪ねてきたのはムカイさんだ。

「……どのような、ご用件で?」

「つまら駆け引き無用。そんなことは人間のやることだ」

「……やっぱり! 『シックスティーン×シックスティーン』の残党!」

この時点で、完全に俺たちはパズルゲームの参加者から、観戦する側に変わっていた。

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2018-05-24

[] #56-3「斜向かい過去

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弟の方は、ムカイさんに踏み込んだ話をした。

「ムカイさんってさあ、何で母さんのことよく聞いてくるんだ?」

俺が慎重に立ち回ろうとしているのがバカらしくなるくらい、ド直球の質問だ。

急がば回れ”とはよく言うが、それは回り道がどこにあるか分かっている人間言葉であり、弟にそんなものはない。

「知り合いだ……昔のな」

しかし、多少リスクはあっても、駆け引き排除したことによるリターンも否定できない。

今回はそれが功を奏し、意外にもムカイさんはすんなりと答えた。

もっとも、あっちが覚えているとは思わんがな」

ムカイさんは続けてそう言った。

何だか妙だ。

さっきも説明したが、母の記憶は綺麗に整頓されており、しまってさえあればすぐに引き出せる。

もしムカイさんの言うとおり知り合いだというのなら、数秒程度の面識しかなくても母は覚えているはずだ。

「知り合いって、いつ、どこで出会ったの? 詳しく!」

「なぜ、お前らに、そこまで言わねばならんのだ」

だって自分母親のことだもん」

「それが、何か関係あるのか?」

弟は更に追及しようとするが、ムカイさんは突き放すように断った。

「なんだったら、母さんと直接会って、話してみたらいいじゃん」

「それは、お前が決めることじゃない」

ムカイさんの言葉には血が通っていないように思えるが、主張自体は一理ある。

なぜなら、ムカイさんと母の間に何らかの過去があったとして、その物語に俺たちは登場していない。

俺たちに話す義理道理も、あるようで、ないわけだ。

知的好奇心を満たす以上の意義を提示できず、ムカイさんにその気がない時点で、話は終わりなんだ。


…………

仕方なく、俺たちは現時点で集まったピースだけでも、はめておくことにした。

「母さんは、ムカイさんのことを覚えているような覚えていないような……つまり記憶曖昧らしい」

「ムカイさんは母さんと『昔の知り合い』だと言ってたけど、『覚えていないだろう』とも言ってた」

漠然とした情報だったが、二人の主張は矛盾していない。

パズルの完成絵は分からないが、少なくともピース自体は合っているわけだ。

「母さんが覚えていないってのが謎なんだよな」

メモリ故障してんのかな。だとしても、腑に落ちないけど……」

結局のところ、俺たちが分からないのは、そこだった。

母の記憶力は絶対だ。

覚えているか、覚えていないかそもそも記憶にないかでハッキリしている。

もし、何らかの理由で脳から記憶が完全に飛んでいたら、ムカイさんについては「知らない」と答えるはずなんだ。

曖昧な答え方はしない。

俺たちはそこが引っかかって、十数分間ほど同じ議論を繰り返した。

平行線を辿り、どうしても先に進めなかった。

かといって、これ以上はピースも揃いそうにない。

完全な打ち止めだ。

しかし、俺たちは気づいていなかった。

実はこの時点で、完成絵の“あたり”をつけることは可能な段階になっていたことに。

ピースはあるのに、パズルのやり方が下手くそだったのが原因だったんだ。

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2018-05-23

[] #56-2「斜向かい過去

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ある日、弟は聞いてもいないのに自らの違和感について話し始めた。

「ムカイさんってさあ、話にやたらと俺たちの母さんについて捻じ込んでくるよな」

気にしたことがなかったが、言われてみれば確かにそうだった。

しかし、それらはあまりにも間接的で、漠然としていて要領を得ないものばかりだ。

それでも、その言葉に混じる微かな機微が、弟には気がかりだった。

ムカイさんは母について何かを知っているという、確信めいたものを感じたという。

もしかしてさあ……母さんと昔の知り合いとかじゃないかなあ」

「昔の知り合いって、どんな?」

こういうとき、「何を言ってるんだ、お前は」で済ませられない程度には、俺たちは兄弟なんだ。

元カレ……とか? よりを戻そうとか考えて、機会を伺っているんだよ」

「何を言ってるんだ、お前は」

とはいえ意見が一致するかは、また別の話である


弟が、何でそんな発想に行き着くのかは分かっていた。

近頃、メディア有名人スキャンダルで連日大騒ぎだったんだ。

俺はそういうのを面白がる余地を、見出すことはできない。

だが、弟はこの手のすったもんだが大好きなんだ。

おかげですっかり影響され、こんな発想を容易くしてしまう。

そして、兄弟からこそ肌で分かることだが、弟の焦燥感理由は他にもあった。

子の俺たちが知らなくて、ムカイさんだけが知っている、母に関すること。

その可能性が、好奇心だけに留まらない感情を燻らせるのだろう。

弟は人一倍そういったことに関心が強いから、なおさら制御ができない。

全容を把握できないことによる“不安”こそ、弟の飛躍した発想力の原因だ。

そして、そういった人間のとる防衛機制は、ほとんど決まっている。


パズルの完成絵が何か分かるには、それなりの数のピースがいる。

仮に分かっていたとしても、ピースを埋めずに絵は完成したといえない。

から弟はパズルピースを埋めるには、まずピースを集める必要があると考えた。

俺はそのパズルに興味がまるでなかったのに、弟がやたらと煽り立てるもんだから、渋々と協力する。

そこでまず、母にムカイさんについて尋ねた。

「ムカイさんって、どこかで見たことあるような気がするけど、母さんは記憶している?」

かなり遠まわしな、ぎこちない尋ね方である

直接尋ねて、まともに答えてくれるとも思えないからだ。

なにせ、これまで母が俺たちに語ってきた青春時代の話は、どれも非現実的だった。

母がサイボーグであることは事実から、そこに関して異論を挟む余地はない。

だが、「秘密結社と激闘を繰り広げた」なんて話を、大真面目に聞くのは無理がある。

なので俺は、恐らく母は過去を赤裸々に語りたがらないんだろうな、と認識していた。

「うーん……どこかで会ったような気もするんだけどねえ。もしかしたら……という感覚もあるんだけど、確信を持つほどでもないし」

母の脳には処理を円滑にするためのメモリが繋がれている。

例えるなら、記憶の引き出しが常に綺麗に整頓されている状態だ。

その母から出た、漠然とした回答。

弟の予想が合っているかはともかく、“何か”あるのは間違いないな。

弟の知的好奇心を満たす遊びに付き合っているくらいの感覚しかなかったが、ここにきて俺も些か気持ちが燻ってきたかもしれない。

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2018-05-22

[] #56-1「斜向かい過去

家族のことについて、俺たちはどれだけ知っているだろう。

いや、“どれだけ知っているべきか”といった方が適切だろうか。

少なくとも俺は、家族からといって全てを知りたいとか、知って欲しいとは思わない。

から弟や、両親のことも俺は必要以上に詮索しないようにしている。

でも、その“必要以上に”っていう加減を、どうやって判断すればいいか

そこまでは深く考えていなかった。

それを実感したきっかけとなったのは、向かい引っ越してきた謎の住人。

今回は、その謎の住人と、俺たち家族との話だ。


時期は春と夏の中間くらい。

冷房にそろそろ頼るかどうか考えたり、と思ったら妙に冷える日もあったりで、どうにも面倒くさい頃だ。

いい加減ヒューマンテクノロジーで、大自然の気分屋っぷりを矯正できないものだろうか。

かいに誰か引っ越してきたとき、俺が考えていたのはそんなことだった。

だが、弟はというと、その住人について興味深々だ。

兄貴、見た? 向かい引っ越してきたヤツ、すっげえデカいんだよ。なんつーか、脱毛処理したビッグフットみたい」

なんでよりによってそんな例えなのかは知らないが、非実在動物を持ち出すとは随分な話だ。

だが、確かに、向かいに越してきた人の体格は並外れていた。

弟の友人にシロクロとかいうノッポがいるが、あいつがまだギリギリ人間レベルだとするならば、向かいの住人は規格外といわざるを得ない。

アメフト選手相撲レスラーを足して、2で割らなかったような、物理的に圧倒するほどの存在感を放った大男だ」

俺がそう例えると、弟は首を傾げた。

どうも例え話が下手なのは家系の特徴らしい。


かいの住人は、周りを遠ざけそうな見た目に反して人付き合いはよく、俺たちはすぐに見知った仲になった。

以降、俺たちは、その人を「ムカイさん」という安直名前で呼んでいる。

ちゃん本名があるはずなのだが、呼び名が定着しすぎて誰も覚えていない、知らない。

当のムカイさんが、まるで気にしなかったので尚更だった。

「なんだ、あの女の着ている服は。随分と浮ついた格好をしているな」

「ああ、いわゆる“童貞を殺す服”だよ」

「物騒だな……ということは、“処女を殺す服”もあるのか?」

「まあ、たぶん」

「ふん、いずれにしろこちらが逆に殺してやるが」

ムカイさんのほうが、かなり物騒だ。

これまで様々な場所転々としてきたらしく、どうも文化には不慣れなようである

そんなムカイさんが、なぜ今回はこの町に越してきたかというと、意外にも必然的理由があった。

俺の叔母は冒険家をやっているのだが、ムカイさんとある地にて出会ったらしい。

その時、この街について話を聞かされて興味が湧いたようだ。

叔母さんは話をよく“盛るから、多分あることないこと吹き込まれたんだろうなあ。

俺はその話を聞いて、面白い出会いもあるもんだ位にしか思っていなかった。

「それで、オマエたちの母とやらは、ああいった戦闘服を身に着けるのか?」

「いやあ、見たことないし、着ないと思うよ。というより俺たちも、母親のそういう側面は見たくねえ」

「ふん、なるほどな……」

だが、弟はそうじゃなかった。

ムカイさんは、まだ何かを隠している。

そう感じていたらしい。

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2018-05-08

[] #55-6「代々大原則」

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くそっ! 生徒会の奴らめ、姑息な真似を!」

ウサクは地団太を踏んでいる。

俺は、現実で地団太を踏んでいる人間を初めて見た。

笑ってはいけない状況なのだが、それが逆に口元を緩ませようとする。

俺は左手で口元を覆い隠し、現状を分析することで気を紛らせた。

まあ、ウサクはよほど悔しかったのだろう。

校則修正のため、出来る限りのことはやっている。

それは無理を通すためじゃなく、無理を通さないためにだ。

にも関わらず、相手はそれを無下にするのだから、たまったものではない。

一体、どうすればいいのか。

俺たちには光明が見えなかった。

副会長含む生徒会メンバーが、そんな俺たちを尻目に悠々と通り過ぎる。

会長は、無言でウサクの肩をポンポンと叩くと、そそくさと生徒会の列に加わった。

あれが精一杯の慰めなのだろう。

「……ん? ウサク、襟元に紙が入ってるぞ」

だが、それはあくまで表向きのモーションだった。

会長はその時に、こっそりとウサクに紙を渡したんだ。

「何か書いてあるな……こ、これは!?

そして、その紙に書かれていた打開策に、俺たちは驚愕した。


…………

鎮圧部だ。副会長あなた校則4条の3項、及び校則8条の2項を違反したという報告を受けて、馳せ参じた」

「その他にも、様々な報告がきていた」

「なんだって!?

つの策は、いわば“目には目を”ってヤツだ。

生徒会がカジマにやったように、鎮圧部を利用させてもらった。

はいっても、カジマとは違い、副会長校則違反をしている証拠は何一つない。

要は「しているかも」っていう、“善意の報告”をしただけだ。

事実無根だ」

事実そうだったとして、現時点での我らでは、それを判断することができない。なので調査にご協力いただきたい」

「これから、しばらくの間、身辺を鎮圧部のメンバーが付いて回ることになるが、ご了承を」

しかし、ワシには生徒会仕事が……」

邪魔にならないよう極力務めるが、仮に邪魔になったとしても、そんなことは我々には関係ない」

校則修正の首謀者である副会長は、これで動きを制限されることになる。

ひとまず、妨害工作は落ち着くだろう。


…………

そして、大校則修正が決まる当日。

生徒会長が結果を発表する。

「……ということで撤回案により……大校則修正を……撤回します」

ウサクたちはガッツポーズをあげる。

「やったぞ、我々の勝利だ!」

「オイラ鎮圧部にこってり絞られている間に、なんか勝っちゃてるんすけど……まあ、いっか」

生徒会は、特に副会長は信じられないといった様子だ。

「そんな馬鹿!? 撤回案は通していないはずだ」

いや、通っていたのだ。

副会長鎮圧部によって上手く身動きを取れない隙を狙った。

もちろん、他の生徒会メンバーだって無能というわけではない。

そのまま撤回案を出しても、奴らの「後回し戦術」によって別の案ばかり優先されて通りはしないだろう。

から、逆にそれを利用してやった。

『壊れた備品の買い替え』などが書かれた紙に、大校則修正撤回案を“ついで”という体でこっそり紛れ込ませた。

これが二つ目の策、“抱き合わせ戦法”だ。

お世辞にもスマートにとはいかなかったが、こうして学生生活平穏は保たれたってわけだ。


話はこれで終わりだが、ちょっとした余談がある。

実はもう一つ策があったんだ。

それは万が一、大校則修正されてしまった場合の最終手段

修正された大校則を、更に修正する案を出すことで、元に戻そうという策だ。

生徒会が大校則修正するのは、新しい校則を作りやすくしたり、既存校則を変えやすくするため。

それは修正後の大校則だって例外じゃないってわけだ。

整備されたような道にも、抜け道があったり、獣道ができるなんてのは珍しいことじゃない。

「この策を使わずに済んで良かった」

「確かに。その案を通すために、また面倒くさいことをやらなきゃいけないのは嫌だもんな」

「違う。そもそも秩序とは、社会を安定させるためにある。その秩序が頻繁に作られたり、変わったりするのは社会不安定だということを意味するからだ」

「なんだそりゃ。だったら、大校則修正されたままでもいいってことか?」

「そうじゃない。だが、理由があるからと秩序を易々と作り変えようとすれば、生徒会の奴らと同じになってしまうだろう。その点では、鎮圧部の奴らは遥かにマシだとすら言える」

ウサクは相変わらず、変なところに拘るなあ。

最終的には、自分にとって嫌かどうかっていう話でしかないのに、やたらと取り繕いたがる。

(#55-おわり)

2018-05-07

[] #55-5「代々大原則」

≪ 前

後日、生徒会はすぐさま対策をとってきた。

「反対×反対……え、何だアレは」

ヤバい、“鎮圧部”っす!」

デモ中のメンバーに対して、鎮圧部が動き出したのだ。

「な、何で鎮圧部が」

鎮圧部は学校の秩序を保つため、懲罰を請け負う集団だ。

あらゆる学級、委員会にも属さない、中立存在

当然、生徒会にも属さない。

鎮圧部が隷属する行動原理は、校則ただ一つ。

そんな鎮圧部が、校則違反した行為をしているわけでもないカジマたちに、接触する理由はないはずだ。

「君たち“反対団”のメンバーに、校則の7条を破ったものがいると聞いて、馳せ参じた」

校則の7条? 確か学校備品を壊したとか、そういう……」

鎮圧部が赴いた理由は、カジマたちのデモとは直接関係がない、校則違反についてだった。

だが、それは緊張感をより一層高める報せだったんだ。

「カジマ……そこの君だな?」

「な、なんでオイラだって!? あれを知っているのは……ああっ!」

鎮圧部に情報を与えたのは、恐らく生徒会だろう。

デモのものを止めることができないなら、校則適用される別の案件で取り締まればいい。

そうすれば、懲罰中の生徒はマトモに動くことができなくなる。

結局、デモもできなくなるってわけだ。

「アンタら、こんなんで本当にいいんすか! 校則が大きく変わっちゃうんすよ?」

「我ら鎮圧部は、校則に隷属することはあっても、選り好みはしない。さあ、ついてこい」

「や、やめてくれっす~」

校則適用されるとなれば、鎮圧部の動きは迅速かつ無慈悲だ。

カジマの叫びは虚しく響く。

「な、なあ、どうする? 残りの奴らで続けるべきか?」

「いや……多分、このままじゃあ、みんなカジマのようになるだけだろうな」

今回、連れて行かれたのはカジマだけ。

デモを続けることに大して支障はない。

だが、みんな校則の一つや二つ三つや四つ、守れていないことはあった。

多くは見過ごされているか、誰にも認知されていないだけである

生徒会なら、それを把握している可能性が高い。

その気になれば、ほとんどの生徒をカジマのように出来てしまうかもしれない。

そう思わせるには、十分な出来事だったんだ。

反対派を、こんな方法で黙らせに来るとは。

生徒会の奴ら、よほど大校則修正したいらしい。


…………

反対団のメンバーである、学級代表委員会にも、その手は伸びた。

はいっても、カジマのように露骨なことはしない。

もっと遠まわしな方法だ。

「何だ……? 今日集会は、随分と人が少ないな……?」

今日は学級代表は、“近々ある行事”で忙しいので欠席です。それに関係している委員会も、ね」

副会長が、坦々と報告をする。

だが、その時、わずかに口元が緩むのをウサクは見逃さなかった。

「……まさか貴様!」

集会に参加している学級代表も、委員会も、本来仕事が発生したら、そちらを優先せざるを得ない。

生徒会は、意図的行事スケジュールを偏らせたんだ。

「くっ、だが我一人でも、大校則修正議論で戦うことは出来る……」

「では、今日の議題は、まず『花壇に植える花について』です」

「な、何ぃ?」

生徒会は、更にウサクの弁舌をも封じた。

他の議題ばかりを挙げて、大校則修正に対する話をさせないようにしたのだ。

「他にもっと議論すべきことがあるだろ!」

随分と狡っからいが、これが中々に効果的だから嫌らしい。

校則修正される期日は迫っているのに。

これではいつまでも後回しにされて、俺たちは何もできないままだ。

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2018-05-06

[] #55-4「代々大原則」

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「……それで……こんなところに連れてきて何のつもり?」

ウサクの言っていた“ヤツ”とは、生徒会長のことだった。

「かなり警戒していただろうに、よく連れてこれたっすね。どうやったんすか、マスダ」

「いや、別に。『相談したいことがあるから来てくれ』って頼んだら、フツーに付いてきてくれたが」

不真面目団でも何でもない生徒ならば警戒されにくいから、ウサクは俺に頼んだのだろう。

「あー、はいはい、“フツー”にね」

だが、俺の言葉を、誰もそのまま受け取ってくれなかった。

どうやら拉致まがいのことでもやったと思われているらしい。


それにしても、連れてきたはいいが、ウサクはどうするつもりなんだ。

まさか生徒会長を力づくで脅して、大校則修正撤回させるなんてわけでもないだろうし。

「大校則修正について尋ねたい。あれは、貴様の案か?」

「それが聞きたいこと?……だったら答えはノーだよ……むしろ反対した」

意外な返答だった。

どうやら生徒会というのも一枚岩ではないらしい。

「でも……オレっち一人が反対したら通らない……っていうわけにもいかないでしょうよ」

「反対しているのは貴様一人ではない、としたら?」

「そりゃあ不真面目団は反対するだろうけど……」

「そうじゃない。学級代表委員会の者どもに、今回の大校則修正が如何に問題か、説明して回ったのだ。すると数名が反対派に入ってくれた」

そんなことをしていたか

ということは、生徒会長にも反対派に加わって欲しいってのが目的か。

「なるほどね……でもオレっちが公に反対派に入るわけにはいかんよ……」

しかし、生徒会長の返事は色よくない。

会長個人がどう思っているかはともかく、生徒会トップである以上は、それを押し殺さないとならないからだ。

味方に引き入れれば有利になるのは間違いないが、考えが甘かったか

「誤解するな。要求はそんなことではない」

だが、ウサクの目論みは別のところにあった。

「不真面目団は生まれ変わる。『大校則修正・反対団』としてな。貴様には、それを公式に認めてもらいたい」

なるほど、話が見えてきたぞ。

不真面目団で数を揃えて、デモとかは出来るかもしれないが、それだけでは決定打にならない。

校則修正に立ち向かうには、どうしても生徒会干渉できる立場人間と、そこに集う組織必要だ。

まり不真面目団を、公に認められた組織に挿げ替えようってわけだ。

「へえ……あんさんみたいなのが一般生徒にいたとはね……面白い……手続きはとっておこう」

ウサクは思想人一倍強いだけの輩だと思っていたが、どうやら俺は少しみくびっていたらしい。


…………

こうして不真面目団、もとい“大校則修正・反対団”の進撃が始まった。

カジマなどの、もとから不真面目団にいたメンバー啓蒙活動

「大校則修正に反対!」

「た~い! たいたい!」

生徒会の横暴を許すな!」

「すな! すな! すな! すな!」


加入した学級代表委員会メンバーは、集会にて積極的意見を発した。

そこには大校則修正・反対団の代表である、ウサクの姿もあった。

「……であるからして、大校則修正すれば、既存校則も作り変えなければならない。しかも、狂った内容の校則が作られる可能性も出てくる。学級は、学校社会崩壊する」

「懸案要素は分かりますが、そうならないよう、慎重に内容を修正するつもりです」

「そのための論拠を出せ。それに、わざわざ大校則修正する必要性についても、生徒会説明できていない」

普段からこういったことに関心のあるウサクは、とても弁が立つ。

さすがというか、何というか。

このまま行けば、いずれ大校則修正も止められる。

その時、皆そう思っていた。

だが生徒会は、俺たちが思っているよりも遥かに、これが仁義なき戦いであることを理解していたんだ。

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2018-05-05

[] #55-3「代々大原則」

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校則を作ったり変えたりする場合基本的には生徒会主動だ。

他の学級代表委員会提案したり、是非を語ったりすることはあるが、最終的な結論生徒会が決めることになっている。

はいっても、好き勝手にできるってわけじゃない。

理由としては、大校則存在が大きいだろう。

“大校則はいわば校則の支柱であり、故にこれを無視した校則は作れないし、変える事もできないようになっている。

校則に反するような校則は、たとえ生徒会でも作ってはいけないんだ。

から生徒会は、不真面目団が悪目立ちするような行為をしたところで、それを厳しく取り締まったり罰則を与えるようなことはできない。

だが、大校則の方から変えてしまえば、話は違う。

今まで作れなかった新しい校則を作ったり、既存校則を変えたり出来る。

生徒会の狙いは、それだったのか。


「え、じゃあオイラピンクヘアーも、『髪を染めるの禁止』みたいな校則ができる可能性が……」

「『身体に影響を及ぼすオシャレは禁止』って校則適用範囲を広げれば、いずれそうなる」

「で、でも、タトゥーシールタイプなら……」

生徒会がそれを気に入らないと思っているなら、いくらでも適用できるように校則を作り変える。『大校則すら修正できる』という前例も作れるしな」

どうやら事態は、俺の第一印象よりも割と重大だったらしい。

「このようなことは、許されることじゃない。ルール特定個人にとって都合よく扱うなど、あってはならぬ!」

ウサクは決起した。

どうもウサクは思想が強いというか、こういうことに敏感な人間なので、見過ごせないのだろう。

「オイラも名乗りをあげるっす!」

カジマも、不真面目団の存続の危機なのもあって、それに同調する。

「まあ、やめとけって嗜める理由はないな」

普段なら、こういった事柄に俺は距離を取るのだが、今回は協力するとことにした。

不真面目団がどうなろうと興味ないが、俺にまで大きく関係する可能性が出てきたなら話は違う。

そっちのほうが、面倒くさそうだからな。


とはいえ、学級代表でもなければ委員会にも入っていない俺たちでは、出来ることはそう多くない。

ロクな手札がないように思えた。

しかし、ウサクの頭の中では、既にゲーム攻略法が見えていたらしい。

「じゃあ、とりあえず、デモっとけ。カジマは不真面目団を掻き集めろ。人数は多ければ多いほど良い」

まり期待できそうにはなかったが。

「え~? でも~?」

文句を言うなら我にじゃなく、ストライキ生徒会に向けてやれ。それで問題意識大衆、ひいては生徒会や学級代表委員会にも植え付ける」

「だが、それで解決するとも思えないぞ」

在校生ほとんどは、そういう行為を悪目立ちの範疇だと思っている。

かくいう、俺もそうだ。

「全く、マスダはそういうのが本当に嫌いなんだな。デモ自体は、民主主義世界において真っ当な行為だぞ」

行為正当性うんぬんは関係ない。

嫌なものは嫌なのだ

「それをしなきゃいけないってのなら、俺はいだって鞍替えしてやる」

やれやれ、意固地だな。デモストライキ健全社会を築くために必要かどうかは、フランス韓国を見ていれば分かるというのに」

「その例えが好例なのか皮肉なのか、俺たちには分からないんだが」

ウサクのこういう、都合の良いときだけ他国を例えに出す性分は、どうも苦手だ。

「お前のやること自体に反対するつもりはないが、それを俺にやれっていうのなら、悪いが抜けるぞ」

「ふん、そう言うだろうと思った。デモは我と、不真面目団でやる。貴様は“ヤツ”を連れてこい。生徒会に悟られぬようにな」

次 ≫

2018-05-04

[] #55-2「代々大原則」

≪ 前

生徒集会で、副会長が開口一番に放った言葉だ。

「古い慣習を、“伝統”という言葉に摩り替えて庇護するのではなく、その時代に合わせて柔軟に変革する。それこそが生徒会、ひいては在校生に求められることだとワシは考えております

それに生徒会長が、穏やかな口調で意見を言う。

副会長……そういう崇高な理念結構だけど……先に要件だけ述べたほうが皆にも分かりやすいよ」

基本は副会長が前面に出て、会長はでしゃらばずにバランスを取るというのが、今年の生徒会の特色だ。

生徒会における活動副会長ほとんど掌握しており、なぜその立場に留まっているのか、疑問の声がよくあがる。

何らかの大きなトラブルが発生したとき人柱になる人間トップにしている、というのが俺たちの間での定説だ。

「では、単刀直入に申します。“大校則”の3項を修正することを提案します」

「あ……オレっちは反対したからね……一応……オレっち以外の生徒会メンバーは……みんな賛成していたけど」

生徒会長は、副会長言葉に被せるように、そう取り繕った。

“大校則

要は校則の上位みたいな存在だ。

学校設立当初からあったほど古く、かつ不可侵領域だった。

これを現代風にアレンジしたい、っていうのが副会長提案らしい。

各学級の代表たちがザワつき始める。

副会長提案した内容に驚いたからではない。

そもそも話の要領を得ることが出来た人間が、その場にはいなかったんだ。

校則の一部分をちょっと変えたくらいで、何がどう変わるのか分からなかった。

全ての校則を律儀に守っている生徒なんて一握りだし、破ったところで大した支障はないのが現状だったから、ほとんどの人間にとっては「あっ、そう」って具合だったんだ。

それは大校則においても変わらない。

「では反対意見特になさそうなので、その方向で進めますね」

副会長にとっては、みんなの関心の薄さが、むしろ好都合だったに違いない。



…………

俺たち無所属在校生に、大校則修正案の情報が届いたのは、それから数日後のことだ。

「大校則の3項? ふーん……」

はいっても、学級代表者と同じく、俺たちも大して関心はない。

最初は誰も気に留めなかった。

不真面目団たちも、これの意味するところが何なのか気づかなかった。

「確か3項に書かれている内容は……なんてことだ!」

真っ先に気づいたのは、ウサクであった。

ウサクはこういったことに勤勉な性格で、学校校則も把握しているんだ。

「愚かな。生徒会の彼奴ら、そこまでするか!」

話についていけず、俺とカジマは質問した。

「ウサク、何をそんなにテンパってるんだ」

分からんのか? これは貴様や、不真面目団にも大きく関係することなんだぞ!」

そう言ってウサクは生徒手帳を取り出し、その大校則が書かれている箇所を指差す。

そこには『学校でのカリキュラム行事に直接影響する場合のみ校則強制力を持つ』と書かれていた。

「これを修正すれば、不真面目団などの気に入らない者共を、容易に取り締まることが出来るってことだ!」

ウサクの言いたいことは、何となく分かる。

だが、俺の反応は鈍い。

取締りが厳しくなるってことなんだろうが、それは単に生徒会メンバーによる注意が、今よりもウザくなるってだけだ。

普段から守っている人間には関係ないし、よく注意を受ける人間は既に慣れてしまっているから大して意味がない。

あん関係ないっしょ。心配しすぎっすよ」

カジマの反応も鈍い。

それもそのはず、不真面目団は別に校則を破っているわけじゃないからだ。

単に生徒会メンバーが眉をひそめるような振る舞いをしているだけで、結局は取り締まれない。

“不真面目集団”への抑制目的としては、あまりにも弱い。

仮に取り締まられたところで、痛くも痒くもないだろう。

よくある、ウサクの過剰反応だ。

俺たちはそう思っていたが、どうも問題はもう少し複雑らしい。

「まだ分からんのか? 例えば生徒会の奴らが、『ピアスタトゥーなど身体に影響を及ぼすオシャレは禁止違反すれば厳しい罰則を課す』っていう校則を作ろうとしているとしたら?」

「いや、そんな校則は作れないだろ……あっ」

作れるかもしれない。

俺はその時、ウサクの本当に言いたいことが、やっと分かってきた。

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2018-05-03

[] #55-1「代々大原則」

ルールとは何だろう。

俺がその問いに回答するには辞書に頼らざるを得ないし、それ以上の答えは用意できない。

そういった概念について、漫然としか考えていないからだ。

知っているか、知らないか

守るか、破るか。

自分にとって都合が良いか、悪いか

それで十分だと思っていたし、実際それで何とかなっている。

でも、この世がみんな俺みたいなスタンスだと社会崩壊するだろうな、くらいの思考は働く。

今回の話の舞台は、俺の通う学校

俺とは違ってルールに繊細な人間たちによる奮闘劇だ。


…………

ちょっと待て! そのピアスはなんだ!」

このように、登校した生徒に絡んでくる奴らがいるのは珍しいことではない。

違うのは、絡んでくる人間教師ではなく、生徒会の奴らって点だ。

こういうのは生活指導教員がやっているだろうが、俺たちの学校では少し趣が異なる。

基本的に生徒たち主体で秩序が保たれているんだ。

「勉学だけならば学校必要ない。社会教養を、日々の生活で育むことこそ、学校に求められる役割だ。その資本とは、生徒自身なり」というのが校長の弁である

要は社会性を学ぶのに、“生徒の自主性を重んじ”ているってわけだ。

まあ、これは名目で、実際には生徒の面倒を見切れない教師側が、仕事を減らすために作ったカリキュラムなのだろう。

生徒の問題は、生徒の間で解決してくれってこと。

このため、俺たちの学校は独特な社会形成されている。

「ジャラジャラとアクセサリーを……邪魔だあ!」

とは言っても、大半の在校生にとって、この差に大した意味はない。

取締役が“教師から生徒会”に変わったってだけだ。

大きな違いがあるとすれば、この生徒会に対抗する“組織”が存在することだろう。

「なんだ、そのピンク色の髪は!」

クラスメートのカジマが注意を受けている。

「いやいや、地毛っすよ」

見え透いた嘘だが、カジマは強気だ。

ピンク色の髪が地毛だというのか?」

アニメマンガとかでも、よくいるでしょ?」

「ふざけるな!」

「仮に染めていたとして、それが問題なんすか? 校則で『髪を染めちゃダメ』と書かれているとでも?」

「なっ……に。だが、風紀法には反するだろ!」

「風紀法には強制力がないっすよね?」

俺はそのやり取りを、クラスメートであるウサクは眺めていた。

「カジマのやつは、また“不真面目団”の活動か」

「でなければ、あんな悪目立ちするだけの色に染める必要がないだろう」

「奴等への当てつけじゃなく、純粋趣味だったとしたら?」

「いずれにしろ状況は変わらん」

“不真面目団”

要は不良の集まりってことになると思うが、一般的認知されているものとは少し趣が違う。

この集団は、生徒会のことを気に入らないと思っているメンバー構成されている。

そのため主な活動も、生徒会への当てつけであることが多い。

カジマみたいに、校則で罰することができない範疇で、生徒会が眉をひそめるような行為するわけだ。

しょうもない嫌がらせレベルのことしかしていないが、生徒会には効果的だった。

なにせ生徒会所属する人間意識が高く、真面目さと柔軟さが反比例するような奴らばかりだ。

そんな生徒会にとって、取り除けない目の上のタンコブほど邪魔ものはない。

そんな生徒会と不真面目団の小競り合いを横目に、俺たちはホームルームまでの時間を潰すわけだ。

これが、この学校での日常風景

ただ、その日はちょっとだけ様子がおかしかった。

「どうしたんだい。生徒会番号06」

カジマの小競り合いに、生徒副会長が割り込んできた。

普段はこういった活動には顔を出さないのに、どういった風の吹き回しだろうか。

「こいつが髪を染めているのに、逆らってくるんです……」

生徒副会長眼光が、カジマに鋭く突き刺さる。

オーラでも出ているのだろうか。

さっきまで強気だったカジマが怯んでいるのが、傍目にも分かる。

「ふむ、通してあげなさい。校則違反はしていないのだし」

だが、生徒副会長から出た言葉は、意外にも穏当だった。

「さ、ホームルームに遅れてしまう。かといって走らず、自分教室に行きたまえ」

カジマはそう促され、おずおずとその場を後にした。

このときカジマは、その生徒副会長の物腰の柔らかさが、逆に得体が知れなくて不気味に感じたらしい。

「で、ですが副会長!」

「仕方ないさ。ワシらにはどうしようもない」

生徒副会長は、その後に続けてこう言った。

「今のところは、な」

そう確かに聴こえたと、カジマは語る。

その意味が分かるのは、それから数日後のことだった。

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2018-04-19

[] #54-7「誰も期待していない宗教裁判

≪ 前

この聖書基準に、教祖はどんどんニセ教祖を追い詰めていく。

ニセ教祖聖書を手に対抗する。

「えーと あ 我々がやっていた免罪符ランダム性についてですが 第12項によると『賭博にあたる行為を推奨していない』と書かれています なので禁止もしていない と解釈することもでき」

生活教の七戒の一つ、『営利を介した宗教活動を禁ずる』。是非が明記されていないものについては、生活教の基本信条と七戒を参考にします」

だけど、どうもニセ教祖は話についていけてない。

俺たちと同じで、聖書をマトモに読んでいなかったっぽいな。

「え それって矛盾しませんか どうして こんな曖昧表現にするんですか」

賭博抵触するもの全面的禁止すると、娯楽だったり、保険などに入ることすら広義的にはダメだとなってしまうからです。それは心身の健全さや、生活における安寧を、かえって損なうことになります


その後も応酬が続く。

あ、このあたりのやり取りは話の構成上、読み飛ばしても何ら支障はないぜ。

有償であることについてもそうですが、免罪符の中に“転生”という概念を持ち込んでいるのも看過できません。生活教は、原則として“今”を重視した体系であり、確証のない未来約束するものではないからです」

ちょっと待って 生活教は死生観について言及していない これは否定もしていないってことで 輪廻転生解釈次第では」

肯定否定もしていないものについては、基本信条と七戒を柱に考えます

「えー では 死生観については えー」

生活教の時間概念は、基本“今”とそれに直接繋がる“身近な未来”を重視しています免罪符は、そのどちらでもないですよね」

「でも 保険否定しないということは 遠い未来保証についても 否定していないのでは」

「それは“今”を生きる糧に繋がるという、可能性を考慮した場合においては、です。もし、あなた免罪符無料であるか、輪廻転生が何らかの補償約束するものであるなら話は別ですが」

「うーん うーん」

「どちらも満たせていませんよね? あなたのやり方は、確証のない未来担保にして“今”を搾取している。明らかな教義違反です」

ニセ教祖は手元の聖書現在進行形で読みつつ弁明する。

だけど、付け焼刃ではどうにもならず、教祖に「都合のよい解釈だ」と論破され続けている。

「更に、あなた免罪符販売の際、『主の降臨日』だとか『主の生誕日』記念だと言っていましたが、これもおかしい」

「え いや あるじゃないですか 世間でも期間限定の催しは 多少の開きは認められているはず それに生誕日や降臨日といったもの解釈が分かれ」

「そうじゃなくて。そもそも生活教に“主”といったもの存在しません。生活教は体系そのもの信仰しているため、神の存在を認めこそすれ、崇拝しているわけではないですし」

え、そうなの?

宗教って、大抵そういうのに祈ってるイメージなんだけど。

「え、そうなんすか?」

「そういえば、現象について説明するとき、いつも精霊がどうとかって言ってた気がする……」

信者のカジマとタイナイも、知らなかったらしい。

「まあ教祖が言ってるんだから、そうなんだろう。どっちでもいいよ」

仮にも信者名乗ってるのに、そんな反応でいいのか。


…………

こうして十数分に及ぶ応酬は終わった。

パッと見、教祖側が一方的だった形だけど、俺たちの目線では違っていた。

自治体教義を知らないから是非を判断できなかった。

そこで、傍聴していた信者投票によって判決を下すことになったんだけど、信者たちも判断できなかったんだ。

教義がどうのこうの言われても、その場で理解している人間教祖しかいなかったってわけ。

馴染みのないスポーツ観戦の、解説を聞かされているような状態だ。

みんな、大体の雰囲気で観ていた。

「んー、免罪符を売ってた人がニワカだったのは明らかだし、有罪確定っぽいよね」

「話の流れとしては、そうなんだけど、何か普通の展開過ぎて面白みに欠けない?」

生活教の信者たちは、面白半分で入信しているから、当然この期に及んでも「面白さ優先」だ。

司法国家なんて知ったことではない世界で、道理なんてもの判断基準にはならない。

そのせいで形勢は、変な方向に傾きつつあった。

「でもなあ、オイラあの免罪符にかなり金使っちゃったから、擁護したくないんだよなあ」

だけど、ここでカジマが何気なく放った言葉が、信者たちに新しい風を送り込んだ。

「……ん? 待てよ。あいつが有罪になったら、返してもらえるんじゃないか免罪符に出したお金

その可能性に気づいた信者たちは、いきり立った。

万札つぎ込んだカジマはまだ分かるけど、小銭しか出していない他の人たちまで賛同している。

みんな、自分たちで金をドブに捨てたって認識はあるけど、実のところ後悔も未練もタラタラだったんだ。

汚水まみれになってまで拾いたくはないが、労せず拾えるなら話は別ってことか。

投票の結果、満場一致で『有罪』となりました。免罪符を売っていた者は、自治体に引き渡された後、個人的制裁を受けます

「こ 個人的制裁って なに」

みんなが、その結果に拍手をしている。

俺も同じ穴のムジナだけど、さすがについていけない。

何はともあれ、生活教の危機は去った、ってことかな。

こうして、誰も期待していない宗教裁判の幕が閉じた。


…………

これで、めでたしめでたし

……でもよかったんだけど、この話には続きがある。

なんとニセ教祖が別の宗教を立ち上げ、活動継続させたんだ。

「おい、教祖。いいのかよ、あんなことさせといて」

生活教ではない以上、私が介入できる範疇を超えています生活教は他の宗教ダメはいいませんし、改宗は迫れませんよ」

教祖他人事になった途端、こんな調子だ。

釈然としねえ。

やっぱり宗教って、くっだらねえと改めて思った。

でも、くっだらねえものほど、人はなぜか面白がりたいのかも……とも思った。

(#54-おわり)

2018-04-18

[] #54-6「誰も期待していない宗教裁判

≪ 前

異端審問』?

なんだ、そりゃ。

俺には馴染みのない言葉だったけど、それを聞いていた信者たちは色めきだった。

「おい、聞いたか? “異端審問”だってよ!」

まさか、このご時世に、こんな所で拝めるなんて!」

みんな、その場から離れるのをやめて、再び渦中に集まってくる。

俺はイマイチついていけてないけど、みんなの興奮ぶりを見ていると、ただごとじゃないのは肌で感じる。

気になって、タイナイとカジマに尋ねた。

「ねえ、異端審問って何?」

「オイラも詳しくは知らないっすけど、要は宗教テーマにした裁判って感じ」

「その目的は様々だけど、今回の場合だと免罪符を売っていたあの人を、生活教の人間ではないって証明するための裁判ってところだろうね」

なるほど、話が見えてきたぞ。

ニセ教祖のやっていたことは、そもそも生活教とは何ら関係のないことだと、その裁判で断定したいわけだ。

そうすれば教祖はもちろん、生活教の名誉も守られる。

信者たち目線では、単なる内輪モメが“異端審問”なんていう物珍しさによって、ちょっとしたエンターテイメントっぽく見えるようになる。

教祖にそんなつもりはなかったのだろうけど、結果として名誉挽回と信者の確保を両立する、ベターな回答を出したわけだ。

もちろん、信者たちにとってはどう結果が転ぼうと、構わない。

ただ、なんとなく刹那的に盛り上がればいい。

興味のない人間からすれば、心底どうでもいい。

そんな宗教裁判が、いま正に始まろうとしている。

俺のくすぶっていた野次馬根性も再燃してきた。


…………

急遽、始まった裁判は、公共体育館によって行われた。

こういうのって、あらかじめ予約しておかないと借りられない気がするんだけど。

当日に都合がつくなんて、変な力が働いてないか

いや、超常現象とか、そういう意味ではなく。

俺の疑問をよそに、裁判粛々と進む。

信者たちや俺は、“証人”という名の野次馬

裁判所みたく厳かな雰囲気もなく、みんなが同じパイプ椅子に座っている。

まるで、大人の学級会だ。

「えー……これより第一回、生活裁判を執り行います


本日、昼ごろ。免罪符を売る、生活教徒が出没。ですが、この者が、生活教を騙る人間ではないかという指摘が入ります

自治体中立的裁判官、および“執行者”として参加していた。

俺たちや当事者はともかく、自治体は余計な仕事を増やされてるからとばっちりだ。

異議あり 私は敬愛なる生活教徒 ライフチャンです」

生活教、教祖。彼が生活教徒ではないことを証明するものはありますか」

証明するものっつたって、信者の多くが自己申告で成立しているような、ユルい宗教だぞ。

当人生活教徒だと宣言した時点で、水掛け論にしかならない気がするけど。

生活教の基本教義が書かれた聖書、『ワーク・ライフバランス』の3ページ目をご覧ください」

聖書!?

そんなの、いつの間に作ってたんだ。

「あー、そういえば、そんなのいつも配ってた気がするっす」

「流し読みした限りでは、底辺ブロガー自己啓発みたいな感じだったから、マジメに読む気が起きなかったんだよね」

この日のためにでっちあげたとかいうわけでもなく、当初から一応あったらしい。

信者の大半は、存在すらうろ覚えだったようだけど。

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2018-04-17

[] #54-5「誰も期待していない宗教裁判

≪ 前

「なんですか あなたは」

「おや、ご存知ではない? 生活教も、随分と普及したものですね。私の顔を知らない人間まで布教活動をするほどとは」

そう言うと、教祖はおもむろに羽織っている上着を脱ぎ捨てる。

普段活動をしている時の、如何にもな宗教家っぽいコスチュームが露わになった。

それを目にし、辺りがザワつく。

「ああ! 教祖様だ!」

実際に見比べて分かったことだけど、ニセ教祖は装飾品が多くて、教祖のほうはむしろ質素服装だった。

自分でも思っていた以上に、大体の雰囲気しか記憶していなかったらしい。

アニメとかマンガの、バレバレ変装シーンを馬鹿にできないな。

或いは、時代劇の印籠とか、主人公の正体がお偉いさんのパターンとか。

「そうでしたか これは失礼しました わたしは ここ一帯で 生活教の布教活動を しているものです」

だけど、ニセ教祖はたじろがない。

何か、この場を逃げ切る打算でもあるのだろうか。

生活教による営利行為は禁じられているはずですが?」

「違います これは“寄付”です」

「それと引き換えに免罪符提供している時点で、明らかな商売です」

「違います お金では ありません この“ライフポイント”という 石を用いています

ライフポイント?」

そういってニセ教祖は、カラフルな石を見せた。

見た目こそカラフルだが、駄菓子屋とかで売っていそうな、チャチな安物っぽい。

これでカード自動販売機を動かすから、金を使ってはいない、という主張だろうか。

「ええ 貨幣ではないので 問題ありません」

無意味なオタメゴカシはやめなさい。結局そのライフポイントを換える際に金銭を使っているでしょうが

だけど、大した理屈じゃないことは、誰の目を見ても明らかだった。

しろ『金を使っている』という意識を逸らすために、あえてワンクッション挟むという姑息なやり口でしかない。


その後もニセ教祖は様々な理由を展開していくが、どれも言い逃れとしてはかなり苦しかった。

こりゃあ、もう時間無駄じゃないか

だけど、周りから漏れてくる声は、俺以上に素っ気無いものだった。

「なんというか、興醒めっすね……」

「よく分からないけど、生活教はクソっていう認識OK?」

「もう帰ろうーぜ。つまんねーよ」

ここにきて、俺はニセ教祖抵抗する意味理解した。

今のこの状況は、傍から見れば単なる“内輪モメ”だ。

面白半分で入信している人が多い生活教において、彼らを求心するのは結局「面白さ優先」。

内輪モメなんてのは、楽しむ上でノイズしかならない。

このまま問答を続けても、世間には悪評が広まったまま、そして信者にはそっぽを向かれる。

宗教に限らず、世間でそういった流れができたときイメージ払拭することがどれだけ大変なのかは言うまでもない。

そのことに、教祖はまだ気づいていない。

いや、気づいたところでもう手遅れだ。

教祖自身に非がなくても、“その後”のことについて「生活教」という看板と、「教祖」という立場があまりにも重くのしかかる。

ニセ教祖を見逃すか、或いはケチがつくことを覚悟断罪するか。

一見すると有利なはずなのに、試合をとるか、勝負をとるか、みたいな戦いになっていた。

まあ、いずれにしろ泥仕合消化試合だ。

俺も飽きてきたので、その場から離れようと思った、その時。

教祖は、切り札を切った。

あなたのやっていることは“生活教”ではありません!」

「どうやって それを証明すると?」

「いま、ここで、ハッキリとさせましょう。“異端審問”です!」

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2018-04-16

[] #54-4「誰も期待していない宗教裁判

≪ 前

「今なら キリスト教との コラボキャンペーンも」

それは、どういった層向けのコラボなんだ。

「それってカトリック? プロテスタント?」

疑問点、他にもっとあるだろ。

「私の言っているキリスト教は 『キリギリスストライキ教』のことで イエスのあれのことでは ないです」

ダメだ、理解ツッコミも追いつかない。

「ふーん、まあ、いいや。次は僕が……」

みんなが免罪符の入った機械に群がる。

別に免罪符効果を信じているからじゃない。

そもそも信仰心がないから、みんな興味本位でやっているだけだ。

でも、傍から見れば金をドブに捨てている人間が寄り集まっているのは変わりない。

バカ人間も、バカのフリをする人間も同じだという状況に、俺は恐怖を感じた。

何より理解できなかったのは、彼らの多くは金を捨てた先が綺麗な川だと錯覚しているわけじゃないってことだ。

なのに、それをどこか楽しんでいる節がある。

これが宗教の力なのかは分からないけど、こんなもの現代社会で普及させたらヤバいってことだけは分かる。

やっぱり宗教ってロクでもねえ。


まあ、そういった興味本位を優先した欲求というものは、すぐに解消されることが多い。

実際、多くの人は一回やっただけで満足している。

後は、せいぜい他人がどんな免罪符を引き当てたか眺めている程度だった。

生活教の信者の9割は面白半分でやっているだけなのだから、当然といえば当然だ。

だが、どこにでも奇人変人はいる。

そう、残りの“1割”だ。

「うわ、また『信号無視』の免罪符だ~」

カジマが、かれこそ30回ほど免罪符を引き続けている。

興味本位でやるにしては、明らかに異常な回数だ。

「マズいな。カジマのやつ、『熱中病』にかかっている」

この、残り“1割”の人間には信仰心がある、ってわけじゃない。

『熱中病』を患いやすい人たちなんだ。

『熱中病』は、森羅万象あらゆるものに対して発病の可能性があり、何事にも“熱中しやすく”なってしまう。

こうなると、本人もどこかでやめたほうがいいと思っているにもかかわらず、やめるタイミングが分からなくなる。

サイドブレーキできっちり止めなきゃいけないのに、それが不調を起こしているわけ。

大半は軽微な症状で済むケースが多いけど、カジマのそれはかなり重症だ。

サイドブレーキ、下手したら通常のブレーキまでやられちゃっているように見える。

「あ~、また『非合法にアップされた動画を観た』の免罪符っすか~」

「ダブっても大丈夫 同じ免罪符で掛け合わせると 効果が上がります

「なるほどお。無駄にはならないっすね」

いや、最初から目当てのものがすぐ出てくれたり、ダブらないようになっていた方が無駄にならないだろ。

結局、それを誤魔化しているだけじゃないか

というか、「効果が上がる」ってのも意味が分からないし。

「じゃあ、もう一回……」

それで納得して、またやり始めるカジマも大概だ。

これは、無理やりにでも止めないとマズいかも。

明らかに正常な判断が出来なくなっている。

俺たちが止めようとしたその時。

「そこまでです!」

やっと真打の登場。

本物の教祖のお出ましだ。

……便宜上そう呼んだけど、『本物の教祖』って信者っぽい表現で癪だな。

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2018-04-15

[] #54-3「誰も期待していない宗教裁判

≪ 前

俺は野次馬根性継続させ、ハイク町に赴いた。

自分で言うのもなんだけど、その日は本当にヒマだったんだ。

「あれ、マスダの弟くん。こんなところで会うなんて、奇遇っすね」

そいつ布教活動をしているらしい場に着くと、見知った人物出会った。

確か、兄貴クラスメートのカジマとタイナイだ。

この人たち、確か“自称信者”だった気がする。

「ああ、たぶん奇遇でも何でもない。似たような理由だと思うよ」

「あ、やっぱり、そうなんだ。教祖布教方法を変えたっていうから、“信者”としては見ておかないとね。ブログネタにもなるし」

どうも生活教ってやつは、ヒマな人間を引き寄せる力があるらしい。

それにしても、教祖もどこかにいるはずだけど、まだ来ていないのだろうか。

辺りを見回すが、それらしき姿は見当たらない。

その時、数メートルからカン高い声が聞こえた。

「皆さん こんにち は!」

いた、教祖だ。

……いや、背格好は似ているけど、よく見てみると別人だ。

というか声も、喋り方からして違う。

たぶん、あれが自治体の言っていたヤツだろうな。

便宜上、「ニセ教祖」と呼ぼう。

教祖も中々に胡散臭い奴だが、ニセ教祖は輪にかけて胡散臭い雰囲気を纏っていた。

カン高い声も相まって無駄に目立ち、独特な存在感を放っている。

スイカ野菜ですが 果物でも あります

まあ、声の強さの割に、言ってる内容がしょーもないのは教祖と同じだけど。

教祖を知ってる地元人間や、信者でもない人からすれば、確かに間違えそうだ。

だけど、決定的に違っていたのは、“その後”だった。


「さて 今日は皆さんに 生活を授ける 素晴らしいものを持って参りました」

頭にまるで入ってこない説教を数分ほどすると、ニセ教祖はおもむろに見覚えのある機械を取り出した。

確か「カードデス」っていう、ゲームカード自動販売機だっけか。

免罪符 それを授かる道 身体を軽くして ください」

イマイチ言ってることが分かりにくいけど、たぶん「“寄付”すればカード自動販売機から免罪符が出るよ」って言いたいのだろう。

「よーし、じゃあオイラが!」

怪しさ満点にも関わらず、カジマが機械に小銭を放り込んだ。

興味本位でやっているだけなんだろうけど、だからこそ抵抗がないのだろうか。

「さーて、何が出るかなあ、と」

レバーを捻ると、パスポートサイズの安っぽい厚紙がニュルリと出てきた。

あれが免罪符なのだろう。

「『輪廻転生』って書いてるっすけど……」

「これは善い免罪符 引き当てましたね しかも 希少な方です」

ニセ教祖いわく、“当たり”ってことらしい。

免罪符に、妙な光沢があるのはそのせいなんだろうか。

「いや……良く分かないんすけど、どう希少なんすか?」

「これを創造主に お渡しすれば 平行世界や 異世界でも 転生することが できます

「ああ、“聖書”で読んだことある! 転生前神様からステータス設定とか、スキル付加してもらえるんすよね!」

その“聖書”って生活教とは関係ないやつじゃないか

「いえ その場合は 他の免罪符が 別途 必要です」

種類が複数あるのかよ。

「ええ……じゃあ、その免罪符は、どうすれば」

「5分 5厘の 確率で 手に入り ます

5分5厘……えーと、何%だっけ。

いや、それも気になるけど、ツッコミどころが多すぎるぞ。

免罪符のものがどうかってのもあるし、百歩譲っても金を払った挙句ランダムってどういうことだよ。

「あまり高い確率では ありませんが 本日は主の生誕した日 つまり免罪符が出やすい日 なのです なんと 2倍!」

「へえ~」

全体の出る確率が上がってたら、目当てのものが出にくいままなのは同じじゃねえか。

「……あれ、でも昨日も似たようなことやってると聞いたけど?」

「先週は主が降臨なされた日です。生誕日とは似て非なるものです」

「あ、なるほど」

違いがよく分からんし、わざわざ別にしないとダメなのか、それ。

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2018-04-14

[] #54-2「誰も期待していない宗教裁判

≪ 前

「どこからそんな情報が? 寄付のものを募ったことすら一度たりとてありませんよ。金銭が少しでも絡むと悪目立ちしてイメージを損ないやすいですから、そういうのは特に気をつけているんです」

から見れば、さっきの布教活動自体も悪目立ちしているように見えるんだけど。

ともあれ、実際あの教祖寄付は募っていなかった。

それとも俺が知らないだけで、裏ではこっそりやってたりするんだろうか。

宗教なんてのは布団と一緒で、叩けば埃が出てくると相場が決まっている。

ハイク町の住人から報告があったんです」

ハイク町? 何かの間違いではないのですか?」

教祖は、その場所布教活動をした覚えがないらしい。

ちょっかいをかけられることに慣れていたので、教祖はそれをイタズラの報告ではないかと指摘した。

「連絡が一つや二つ、特定人物から来るようなら我々もマトモに取り合う気はなかったんですが……それが多数の人たちから、いくつも来ていましてね」

だけど、自治体だってそういったイタズラには慣れていたから、いつもなら建前上の対応をするだろう。

まり、わざわざ詰問するってことは、それなりの理由があるってことだ。

自分たちハイク町に赴いて、実際にその様子を目撃しているんです」

「なんですって!?

おっとお、これは決定的だ。

つの宗教崩壊する瞬間を目撃するなんて、今日は最高の野次馬日和だな。

「待ってください! 私は本当に身に覚えが……では、その頃の時間を言ってください」


話が進展していくにつれて、事態は俺が思っていたよりも複雑なことが分かった。

教祖はその時間帯、ハイク町ではなく、別の街で布教活動をしていたことが目撃者証言で判明。

自治体の組員は最初、その目撃者が実は信者で、口裏を合わせているのかもと疑った。

だけど生活教の信者は、教祖が不利になるようなことしかわずしかも内容は明らかにデタラメだと分かるものだった。

生活教の信者ほとんどが自称で、面白半分で入っている。

から信仰心はもちろん、教祖に対する尊敬心もなかったんだ。

それが結果として証言信憑性を増すことになった。

まりハイク町で商売紛いのことをしていたのは別人ということだ。

だけど、これで教祖への疑いが晴れたわけじゃなかった。

なにせハイク町で布教活動をしていた人物は、“生活教”を掲げていたからだ。

教祖が間接的に関わっていた可能性も、まだまだ捨てきれない。

それに、もし本当に教祖自身が与り知らなかったとしても、同じ宗教人間による行動であるとすれば、当然その責任は発生する。

教祖立場も、生活教も、依然変わりなく危機だってわけだ。

「これは実際に、自分の目で確かめなければ……」

教祖自分名誉と、生活教の名誉を懸けて、“自浄”の必要に迫られていた。

「疑わしきは罰せず」なんてのは司法国家の話であって、こういう事柄は疑いをかけられた側が晴らすしかない。

自分のせいでサイフから小銭がこぼれ落ちたわけじゃないとしても、落ちた小銭は持ち主が拾うしかないんだ。

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2018-04-13

[] #54-1「誰も期待していない宗教裁判

本質的意味目的が同じであれば、一つの体系にこだわらなくてもいい。むしろ拘ることこそ、視野を狭くする要因になる」

俺たちの町で活動している、“生活教”とかい教祖言葉だ。

宗教という体系から生活の意義を教えたくて、立ち上げたらしい。

だけど、周りには「ただのウザい奴」だと思われている。

生活教に入信していることを自称する人間たちも、9割は面白半分でやっているだけだ。

なぜなら俺たちの町では……いや、現代社会において宗教時代錯誤から

長い歴史によって文化として根付いたケースもあるけど、その隙間を新興宗教が入り込む余地は全くない。

科学で大体のことは説明できるし、俺たちはそれを深く理解していなくても生きていける。

おんぶに抱っこだと、たまにエセ科学に引っかかることはあるけど、それは別に科学が悪いわけじゃない。

体系にそういった“ノイズ”が入り込んだり、未熟な人間邪魔をするのは他のことにも言える話だしね。

今回の話は、そんな“ノイズ”が生活教に入り込んだ話だ。

まあ、生活教そのものノイズな気もするんだけど。


…………

「さあ、皆さん。生活をより良くするためには、何が必要だと思いますか?」

健康ですか」

「正解です。より厳密に言えば、この“健康”とは身体精神の両方を指しています。まず身体必要ものは何でしょう?」

野菜とか、ですか」

「そうですね、野菜身体に良いとされているもの全般。ですが、それだけでは足りないですよね」

「えーと……運動、あと……あ、睡眠!」

「その通り! では、次に精神健康についてですが……」

教祖は、相も変わらず二流ブロガーライフハックみたいなことを説いていた。

信者たちも面白半分で付き合っているのに、良くあんなの笑わないでいられるな。

「さあ皆さん一緒に、目を瞑って。森羅万象に宿る精霊と魂で共鳴し……おっと、呼吸をすることを忘れないで。愚か者は呼吸することを忘れます

お約束となりつつある精神統一だ。

けど、これに真面目に付き合う人は誰もいなかった。

信者の間では、教祖がこれで目を瞑ったら一斉にその場を離れる、という遊びが密かに流行っていたからだ。

ガキの俺が言うのもなんだけど、ガキくさい遊びだ。

まあ、大真面目に付き合ったなら、それはそれでどうかって気もするけど。

「花の精霊が、皆さんの目や鼻、口から入り込むのが感じるでしょう……」

恐らく気づいているだろうに、それでもやり続ける教祖も大概だよな。

「……さて、今日布教活動はこんなところですかね。あまり悪目立ちすると通報されかねないですし。私個人のせいで、生活教に泥を塗ってしまっていけない」

教祖は、いそいそと退散を始めた。

この教祖世間では「ちょっとウザい奴」で済んでいるのは、こんな風に謙虚なところもあったからだ。

大仰に場所占有したりだとか、商売紛いなことをしているわけでもない。

普段地域イベントに精力的に協力したり、善良な市民であることをアピールしているのも効いている。

ただ街中で声高に叫ぶ、ストリートミュージシャンみたいにしか思われていないってことなんだろう。

教祖的には不服だろうけど、これが生活教の、俺たちの街での日常だ。

……だけど、その日は違った。

ちょっとよろしいですか? 自治体のものですが」

自治体の組員が数名、教祖に話しかけてきたのだ。

「え? 自治体って……どこのです?」

「ここら辺の自治体です」

「いや、『ここら辺』と言われても、たくさんありますし……」

教祖は警戒している。

なにせ、この町には自治体が多い。

中にはヤクザに片足突っ込んだようなのまでいる。

「我々のことはいいんです。こちらの質問に答えていただきたい。生活教が最近、“寄付”という名目商売紛いのことをやっていると連絡を受けましてね」

「ええ!?

おおっと、いつかはやると思っていたが、とうとう馬脚を現したか新興宗教

よく分からないが、いずれにしろ、これは大事になる予兆だ。

俺の野次馬根性が、そう告げている。

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2018-03-30

[] #53-5「イアリーランド

≪ 前

俺たちはというと、園内を一通り周って完全に飽きていたので、スタッフルームに忍びこもうとしていた。

兄貴バッタ出会ったのは、その直後だった。

「なんだ、お前ら。こんなところで何をやっている」

兄貴こそ」

「俺はバイトだ」

「え、でもそれ……」

兄貴の持っていたイアリーチケットを指差す。

「ああ……これがバイト代だとよ。まったく、ふざけてやがる。後でちゃんと換金してはもらえるようだが……」

「でも、現金には換えてもらえないって言ってたよ」

「知ってるさ。換金所ストップしているんだろ。それが再開したら換金してもらうってこと」

なら、大丈夫か。

……と思ったが、何か重要なことを見落としている気がする。

「私、イアリーチケット買ったことあるんだけど、お兄さんのそれって本当に働いた分になってる?」

「ああ、上司がそう言ってたし、一応レートを確認してみたら間違いはなさそうだったぞ」

タオナケの指摘に、俺は衝撃が走った。

ジェットコースターでの出来事を思い出したのだ。

「……兄貴。俺たちは今日ジェットコースターに乗ったんだ。そこは500円、または100イアリーでやってたんだよ」

「どういうことだ。500円なら、50イアリーにしないとダメだろ」

俺たちは事情説明する。


兄貴は、静かにそれを聞いていた。

「ふーん、イアリー価値は変わりやすいってことか……ん?」

けど、その話を咀嚼して、重大なことに気づいたようだ。

口元を左手で覆い隠しているが、明らかに動揺しているのが分かるほど表情は歪んでいた。

「ということは、俺がいま持ってるイアリーチケットは、本当に働いた分あるか信用できないってことじゃねえか!」

そう、イアリーチケット価値がとても不安定だ。

まり兄貴が換金する頃には価値が下がってしまって、結果として少ないバイト代を払わされた可能性もでてくる。

「いや……だが、価値が上がれば得する可能性もあるだろ? 実際、今は1000円が100イアリーになっているわけだし……」

兄貴は平静を保とうと前向きに解釈しようとする。

「マスダの兄さん。残念ながら、その可能性は低いかと」

ミミセンが、そう指摘する理由は俺たちにも分かった。

アリーチケット価値は、イアリーランドが決めているからだ。

まり、イアリーランドにとって都合のいい設定にできる。

兄貴給料がわざわざ上がるようなことをするとは、とても思えない。

これまで俺たちが体験した、イアリーランド阿漕なやり方を顧みても、それは明らかだ。

「こんなの許されないよ。抗議するべきだ!」

「そうだよ。出るとこ出れば、ちゃんと払ってもらえるはずだ!」

俺たちはそう提案したけど、兄貴は意外にも乗り気じゃなかった。

「いや……何で俺が、そこまでしなくちゃならないんだ」

今回のタオナケと同じ、“返品の法則”ってやつだ。

納得はしていないけど、返品のために手間ひまをかけることが、割に合わないと思っているんだ。

「……なあ? お前らもイアリーランドに思うところはあるだろ。今すぐに帰って、家でのんびり過ごしたくないか?」

しかし、兄貴はただ泣き寝入りするような人間ではないことを、俺たちは知っていた。

「そりゃあ、まあ帰りたいけど……」

「俺が保護者として、すぐに帰してやる。その代わり、担任先生たちに話をつけている間、お前らはちょっと“何か”してこい。子供がやる分には大目に見てくれるだろう」

兄貴はその“何か”を、具体的に説明しない。

しかしたら、やり過ぎてしまうかもしれないのに。

多分、そんなことは分かった上で、俺たちに任せるつもりなのだ

そして、俺たちの意見は一致した。

「おーい!」

兄貴は、近くで休憩していた着ぐるみに話しかける。

すると、足早にこちらに近づいてきた。

その時のミョーに姿勢の良い走り方で、中身が誰かすぐに勘付いた。

俺たちの仲間、シロクロだ。

「シロクロもここで働いているんだ。お前たちに喜んで協力するだろう」

「え、でもシロクロまで加担するのはマズいんじゃ……」

大丈夫だ。シロクロは“アレコレ病”だからな。病人なら大目に見てくれる」

“アレコレ病”は、シロクロのエキセントリックな行動に説得力を持たせるため、俺たちがその場しのぎで名づけた嘘の病気だ。

けど、なぜかやたらと認知されてしまって、今では嘘から出た真の病気になってしまっている。

「では、健闘を祈る」

この後、俺たちがイアリーランドにどんなことをしたのか、それは想像に任せる。



…………

それから数ヵ月後、イアリーランド消滅した。

念のため言っておくけど、俺たちがやった“何か”とは関係ない。

もとから、短い寿命だったってだけ。

「あーあ、こんなにイアリーチケットを持っているのに、今じゃただの紙切れか」

兄貴が、その紙切れを仰ぎながら溜め息を吐いている。

アリーチケットをどれだけ持っていたって、もはや意味がない。

だって、そのチケット価値担保していたのはイアリーランドなんだから

そのイアリーランドがなくなったら、チケットは単なる紙切れでしかなくなる。

兄貴は勿体無い精神から、その紙切れの使い方を色々と模索していた。

「はあ、ちり紙のほうが有意義だな」

けど、“返品の法則”によって無駄だと感じたのか、クシャクシャに丸めゴミ箱シュートを決めた。

(#53-おわり)

2018-03-29

[] #53-4「イアリーランド

≪ 前

アノニマス世界

歌:アノニマスチャイルズ 作詞:リチャード、マジでシャーマン 作曲ロボットバーターちゃうやん

世界中 どこにいる?

笑っている? 泣いている?

皆それぞれ違う かもね

アノニマス世界

anony mousd iary

anony mousd iary

anony mousd iary

ただ一人

世界中 誰だって

書き込めば 同じ人

みんな 木になり 言及しよう

アノニマス世界

anony mousd iary

anony mousd iary

anony mousd iary

ただ一人

anony mousd iary

anony mousd iary

anony mousd iary

ただ一人


俺たちは、何とも言えないパレードを見ていた。

夢中になっているから、何とも言えないわけじゃない。

歌も、装飾も豪華だ。

けど、見せ掛けというか、誤魔化されているというか。

でも、具体的に何がどう悪いのか、その感覚が正しいのか、自分でも上手く説明できないんだ。

父さんの言葉を思い出す。

子供は黙って見ることしか出来ない」って言葉だ。

どういう状況で言ったかまでは覚えてないけど、きっとこのパレードがそれに近いような気がする。


…………

実はそのとき兄貴もイアリーランドにいた。

係員のバイトをやっていたらしい。

俺たちと鉢合わせしなかったのは、その頃には仕事を終えて、給料を受け取る段階だったからだ。

「じゃあ、直接渡すけど、落としたりしたらダメだよ?」

兄貴給料袋を受け取る。

お金を稼いだという実感を得るため、ナマで受け取るのが好きなのだとか。

意気揚々と、中身のお札を数えようとする。

しかし数えるまでもなく、その給料おかしいことに気づいた。

「あの……これって」

兄貴給料袋の中に入ったお札を上司に見せる。

そのお札には、イアリーランドキャラクタープリントされていた。

そう、給料はイアリーチケットだったのだ。

単位が違うから分かりにくいかもしれないけど、ちゃん現金と同じ分あるから

当然、兄貴だってアリーランドバイトしていたのだからチケット存在くらい知っている。

「いや、“イアリー”じゃなくて、“円”で欲しいんですが……」

「それだって名目上は同じ“お金”だよ。むしろ、園内ではイアリーのほうが普及している」

「でも、これってイアリーランドしか使えないでしょ。現金に換えてくださいよ」

「それが出来ないんだよ。換金所がゴタゴタしてて。だから君に払える給料も、イアリーしかないんだ」

「そんなものを、“お金”と呼ぶんじゃねえ!」

兄貴激怒した。

お金のことを良く「便利なもの」だと表現する兄貴にとって、不便なイアリーチケットを“お金”として渡されることは不服だったんだ。

しかし、どれだけ主張しても「無いものは無い」。

後で色をつけて換金できることを条件に、兄貴はその場を引くしかなかった。

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2018-03-28

[] #53-3「イアリーランド

≪ 前

アトラクションの出来自体はそこそこだったと思う。

だが、イアリーチケットに対する不信感のせいで、存分には楽しめなかった気がする。

それでも気を取り直して楽しもうと、俺たちは頑張った。

そもそも、楽しませるために作られた遊園地で、楽しむ側が必要以上に頑張る時点で無理があるとは思ったけど、そこは譲歩しよう。

しかし、そんな俺たちの譲歩も虚しく、イアリーランドはことあるごとに“残念感”を出してくる。


…………

お腹が空いてきたので、レストラン食事をしたときのことだ。

このメニューが、なんとも“ビミョー”なものだった。

「ん……この『ウェンズデイ君のカルボナーラ』……どこにウェンズデイくん要素が?」

「そのミートソースの模様じゃないか? ウェンズデイ君って、ほっぺたにグルグルあるだろ」

「えぇ……それだけ? 他にもっと……なんか、こう……あるんじゃない?」

そう言いながらドッペルは、フォークパスタを掻き分け、その“なんか”を探している。

しばらくすると、ドッペルは無言でカルボナーラを食べ始めた。

答えは聞くまでもなさそうだ。

たまたまハズレメニューを引いただけかと思ったが、俺たちの頼んだものは悉くそんな感じだった。

キャラクターイメージをしたとされるメニューは、どれもこじつけ気味な関連性しかない。

「え、それのどこが『イアリー君のカプチーノ』なんだ?」

ラテアートで、イアリー君のアホ毛が描かれていたんだけど、運んでるときに崩れちゃったっぽい」

「この『ニッキゲーム』ってジュースニッキが入っているのは分かるけど、ゲーム要素は取ってつけたみたいな感じだなあ。クッキーに『ゲーム』って書いてるだけだ」

飲み物だとかスイーツだとかも酷い。

かたどったクッキージュースに浮かべただけだとか、プリントしたチョコケーキに乗せただけだとか、すごく投げやりなクオリティのものが多かった。

にも関わらず、妙に値段が高いのも気になる。

こういうところのモノが高いのは分かってはいたんだけど、さっきのチケット関連の出来事も踏まえると、どうもボッタクリの印象が拭えない。

「私、同じジュース頼んだけど、こっちにはその取ってつけたゲーム要素すら入ってないわよ」

「いや、さすがに全く入ってないってことはないだろ。カップの底に沈んでるんじゃないか?」

「沈んでないわよ。ほら」

「うわ、マジだ……ニッキしか入ってないじゃん」

しかも、作りが安定していない。

「取り替えてもらいなよ」

「私、ムカついてるけど、やめとく。文句を言って得られるものが、クッキーひとつだなんて割に合わないもの

普段なら、こういうことは抗議するタオナケが、ずいぶんと大人しい。


兄貴が以前に話していたことを思い出す。

通販とかでさ、『○○日までなら返品可能』ってのあるだろ? あれで実際に返品する人って、かなり少ないらしいぜ」

「それだけ、その商品に満足しているってことじゃないの?」

「その理由も半分くらいはあるだろうが、もう半分は『返品するためのコストが割に合わない』からだと思うんだよな」

「返品したのに割に合わないって、どういうことなの?」

「例えば、返品時の送料とかは消費者負担しなきゃダメ、とかい契約を設けてんだよ」

「うわ、セコい」

「それがなくても、わざわざ返品のためにダンボールに入れて、宛て先を調べて書いて、宅配業者に頼んで……面倒くさいだろ?」

タオナケの、今の心境も似たようなものなのだろう。

満足に足らないし、後悔もしている。

けど、それを取り戻すために、労力をかける価値を感じないんだ。

覆水盆に返らず』という諺があるが、仮に返せたとしても「別にそこまでしたくはない」という気持ちが勝るのだろう。


…………

俺たちはレストランを出た後、真っ先に自販機飲み物を買おうと思った。

お粗末な紛い物で満たされた口の中を、親しんだ既製品の味でリセットたかたからだ。

しかし、ここでも予想外の裏切りに合う。

自販機に売られている飲み物が、普通の値段だったのである

こういうところの自販機って割高に設定しているもんなのに。

これだと、レストラン飲み物を頼んだ俺たちがバカにされている気分だ。

どうもイアリーランドは、価格設定無頓着なきらいがあるらしい。

「なあ、この遊園地ヤバいんじゃないか?」

俺はそう口にするが、みんな肯定否定もしなかった。

“したくなかった”のだと思う。

「そうだな、じゃあ帰ろう」と言って帰られる状況ではなかったからだ。

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2018-03-27

[] #53-2「イアリーランド

≪ 前

遊園地アトラクションといえば、何が真っ先に思い浮かぶだろうか。

俺たちは「ジェットコースター」で意見が一致した。

餃子につける酢醤油割合について議論にはなっても、酢醤油をつけること自体には異論が入らない、みたいなもんだ。

そう例えたら、仲間たちからは首を傾げられた。

どうも俺たちの家系は例え話が下手らしい。

「あのジェットコースターとか、どう?」

ミミセンが指差した先は、まだ朝だというのに行列がそこそこある。

結構、人気のアトラクションっぽいな。

「よし、早く並ぼう」

「え、予約券だけ手に入れておいて、その間に他のアトラクション楽しんだほうが良くない?」

ミミセンが出鼻を挫くようなことを言う。

効率的に立ち回りたい気持ちは分かるが、俺たちにとっては野暮でしかない。

「おいおい、ミミセン。そんな賢いやり方をするほど、上等なもんじゃねえって。ここはイアリーランドだぞ?」

そもそも、予約券なんてシステムはイアリーランドにはないのだ。

俺たちは並ぶしかない。


…………

並んでから十数分後、ジェットコースター看板が見えるところまで辿りついた。

看板には『スットコースター』と書かれていた。

「変な名前

何だか間抜けな響きのするネーミングだ。

「『スットコイン』ってとこがスポンサーらしいから、そういう名前がつけられているのかも」

「『スットコイン』?」

「ほら、ここ。アトラクション説明に書いてある」

列に並んでいる間はヒマなので、普段なら歯牙にもかけない広告も読んだ。

お金一元的管理できるよう、お金を何やかんや……と書いてある。

文字固有名詞が多すぎて目が滑り、ロクに内容は理解できない。

少なくともジェットコースターとは何の関連性もない企業のようだ、ってのは分かるが。

何でそんな会社ジェットコースタースポンサーなんかやってるんだろう。

遊園地アトラクションってスポンサーがよくいるが、いまいち経緯が分からない。

「まあ、スポンサーが何であれ、ジェットコースターなら何でもいいか


…………

ジェットコースター身長制限があるのはなぜか知ってる?」

身長が低い人間には子供が多く、そういった未発達な子供は高いGに耐えられないからだろう」

「ちぇっ、知ってたか

当然、俺が答えられたのは、さっき同じ話をミミセンがしていたからだ。

それくらいの時間、並んでいたってことだが、それもようやく終わりを迎えようとしていた。

そして、それは待望の瞬間をも意味している。

“終わりの始まり”ってのは、こういうのをいうんだろうか。

こちらのアトラクションは500円。チケットだと100イアリーですね」

受付に言われた言葉に、俺たちは違和感を覚えた。

「私、100イアリーを1000円で買ったんだけど……」

そうだ、現金チケット価格設定おかしい。

このアトラクションに乗るには現金を1000円にするか、またはチケットの値段が50イアリーになっていないとダメだ。

「ああ……上がったんですね」

上がった?

「このアトラクションが出来た頃は、500円は100イアリーだったんです。チケットの値段が上がって、1000円が100イアリーになったんでしょうね」

何で値段なんか上げたんだ。

チケット価値が、そんな簡単に変わったりしたらダメだろ。

アトラクションの設定している値段と辻褄が合わなくなっているじゃんか。

「私、そんなの知ったこっちゃないんだけど。50イアリーで乗せて」

「そんなこと言われても、ウチは500円または100イアリーでやっているんで」

おかしいじゃない! それだと私は500円損したことになるわ!

「お気の毒です」

まりにも素っ気ない対応に、俺たちは呆気にとられた。

話が通じない、と確信するには十分な態度だ。

「もういい! お金と換えてくる!」

「いえ、イアリーお金に換えることはできませんよ」

またも衝撃の事実が告げられる。

お金をイアリーには換えられるけど、その逆は無理っておかしいでしょ」

ちょっと前に、偽者のイアリーチケットが出回りまして。その対策検討中なため、一時的に換金をとめているんです」

対策検討中』って……だったらイアリーチケットのもの止めればいいだろ。

「はあ……私、ムカついてるけど、もういい。はい、100イアリーで乗るわ」

タオナケが怒りで超能力を暴発させたらどうしようとヒヤヒヤしていたが、意外にも落ち着いていた。

ここまで並んでおいて、乗らないというほうが損だと考えたのかもしれない。

もしくは、理不尽一定ラインを超えると、怒りの感情すらどこかに行ってしまうのだろうか。

「じゃあ、俺たちも……」

タオナケの顔色を窺いながら、俺たちは恐る恐る500円を受付に渡した。

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2018-03-26

[] #53-1「イアリーランド

兄貴は、お金のことを良く「便利なもの」だと表現する。

お金のものは、金属か紙切れだ。でも、それで大体は交換できるように世の中は出来ている。だから、みんな欲しがる。俺も欲しがる」

兄貴の主張はともかく、「お金には価値があるか」と問われれば、ほとんどの人はイエスだと即答するだろう。

だって、そう答える。

現実問題、そうなんだから

にも関わらず、その“お金価値は誰が担保しているのか”について、俺は今まで全く考えていなかった。

そのことについて考え始めたのは、とある遊園地での出来事きっかけだ。


その日、俺たちは学校行事遠足として、『イアリーランド』に来ていた。

人気ランキングでは上から数えても下から数えても遅く、大人気ともいいにくく、かといって不人気だとネタにもしにくいビミョーな遊園地だ。

遠足場所に選ばれたのも、学校から最も近かったからという理由だ。

それでも俺たちは、普段なら授業をやっている頃に遊べるとあって、内心ワクワクが止まらなかった。

園内のパンフレットを読みながら、逸る気持ちを抑えるばかりだ。

「えー、あれがこうして、これがああして……他の人に迷惑をかけないよう……園内ではルールを守って……」

先生が注意事項を話しているが、生徒の大半はマトモに聞いていなかった。

子供でも分かる常識的なことしか言っていないから、守るやつは聞く必要がないし、破るようなヤツには最初から意味がない。

実のところ先生たちも、そんなことは重々承知だ。

結局は、一定距離から生徒たちをマークするしかないことは分かっていた。

それでも一応は説明しないと、面倒事が増えるかもしれないからやっている。

機械についている、バカ丁寧な説明書みたいなものなんだろう。

「じゃあ、なんやかんやで気をつけて……A組のA班から順に入場して……ちょうだい」


…………

こうして俺たちの班の番が来て、小走りでイアリーランドに入場する。

班の仲間たちは、ミミセン、タオナケ、ドッペル。

まあ、いつものヤツらだ。

「じゃあ、どうしようか」

「やっぱり、まずはアトラクションだろ!」

「でしたら、イアリーチケット両替しませんか?」

近くの窓口にいた人に、そう呼び止められた。

「イアリーチケット?」

「イアリーランド現金と同じように使える、紙幣みたいなものです」

そういって受付の人が、サンプルの紙幣を見せてくる。

100、500、1000の三種類で、イアリーランドマスコットキャラらしきものが、それぞれ印刷されていた。

単位は『イアリー』らしい。

アトラクションはそれがないと乗れないの?」

「いいえ、現金も使えますよ」

え、じゃあこのチケット意味って何だ。

「何かの特典があるとか?」

「あるかもしれません」

すごく漠然としてる説明だなあ。

「私、興味ないけど、試しに買ってみる」

そういってタオナケは、おもむろに1000円札を受付に渡した。

「マジかよ、タオナケ。普通金も使えるんだからチケットに換える必要ねえじゃん」

「私もそう思うけど、こういうのは雰囲気を楽しむことが大事だと思うの」

雰囲気、なあ。

まあ、園内のみとはいえ現金と同じように使えるんだから、損するわけではないだろうけど。

「ではこちら、100イアリーとなります

「私、1000円渡したんだけど……」

「1000円はイアリーに換算すると100なんです」

何だ、そりゃ。

1000イアリーにしたほうが分かりやすいだろ。

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2018-03-19

[] #52-6「カカオ聖戦

≪ 前

俺はお返しの品を持って、ドッペル宅に赴いた。

自分の家にこもっていれば、お返しそのものをしなくてもいい可能性もある。

だが俺にとってホワイトデーとは、借金をした人間給料日みたいなものだ。

支払能力があり、責任もある人間が「ただ気が乗らない」だとか、「金を出したくない」とかい理由で、それを反故にしていい理由にはならない。

俺は周りより少しだけ利己的だと自覚している。

だが、社会に順応することを無視していいとも思っていない。

内心くだらないとは思いつつも、むしろ必要だとも思っている。

あれこれ理由をつけて、目の前の問題のものから逃れようとするのはナンセンスだ。

「あ、マスダの兄ちゃん……どうしたの」

「ドッペル、分かっているだろう。前置きは不要だ」

俺はドッペルに箱を渡す。

中身はケーキだ。

値段はドッペルの渡したケーキとほぼ同じ。

「ドッペル、お前の言いたいことは分かる。これでは満足に足らないのだろう」

「い、いや、そんなことはないよ……」

そう言っているが、内心はそうじゃないはず。

これでは3倍にならないことは明白だからだ。

そこで、俺はケーキに“真心”を入れる。

当然、真心なんてものは目に見えない。

触れないし、聞こえない、匂わないし、味わえない。

実感でのみ認識できる。

では、どう認識させるか。

「このケーキはな。『何となく』で買ったものじゃない。お前が好きそうなものは何かと考えながら、複数ある候補の中から選んだんだ」

とにかくアピールするしかない。

俺はそのケーキが3倍の価値だと思い込ませるために、ひたすら付加価値をつけた。

自分は苦心したのだと、お前のことを考えて選び、結果として値段自体は同じくらいになったのだと。

「う、うん。ありがとう。とても嬉しいよ」

そして、この説得は成功した。

正直なところ、賭けだった。

いかんせん“真心”なんてものは、漠然としすぎている。

最終的に貰う側がどう思うかに委ねられている以上、納得してくれなければ終わりだからだ。

ドッペルが素直で助かった。


しかし、この作戦を考えていた段階からあった、違和感が未だ拭えない。

俺の真心は十分伝わったはずだ。

これで等価交換は……

……しまった、完全に失念していた。

真心”はドッペルのくれたケーキにもあったのだ。

俺がチョコを食えないことを知っていてのチョイス。

から俺が同じ値段の品に真心を入れたところで、それでは3倍のお返しにはならない。

だが、気づいたところでもはや手遅れだ。

俺は、今の持ち札で等価交換を成立させねばならない。

「待て、ドッペル。これだけじゃないぞ」

スマホにつけていた、イヤホンを渡した。

「俺の愛用品だが、手入れはしてあるから新品同然だ」

俺の持ち札の中ではそれが最もマシだった。

ケーキ丁重に運ぶため、余計なものはほぼ持ってきていなかったのだ。

「あ……ありがとう!」

ドッペルの嬉々とした声、表情。

これでダメだったときはどうしようかと思っていたが、どうやらホワイトデーは無事完遂できたようである

「ドッペル……仮に来年またくれるようなら、今度は安いのでいいからな……お返しを考えるのも楽じゃないんだ」

「え、そんなの気にしなくていいよ。マスダの兄ちゃんだって今度からは安いのでいいよ」

お手本のような「気にしなくていいよ」。

どうやら来年も渡す気まんまんである

完全に俺はカモと認定されたようである


…………

弟が帰ってきた。

「ただいまー。ドッペルに会ったけど、兄貴のお返し気に入ってたよ。すっげえ自慢してくる」

でなきゃ困る。

借金を返済したと思ったら、利子だけしか払えていなかったでは話にならない。

「そういうお前はどうだったんだ?」

「うーん……何とも言えない」

「どういうことだ?」

「だから何とも言えないんだって

総論からいえば、お返しこそ貰えたもの金銭的な側面から弟はほとんど得はしなかった。

3倍返しなんていう文化は、大人たちの間では風化していたからだ。

“取り繕っても、見栄は張らない”

それが俺の住む町の、大人たちのトレンドになっていたのだ。

たぶん、そのトレンド当事者たちにとって都合がいい範疇適用しているに過ぎないのだろう。

俺はイヤホンのなくなったスマホを、しげしげと眺めた。

(#52-おわり)

2018-03-18

[] #52-5「カカオ聖戦

≪ 前

「ただいまー」

しばらくして、弟が帰ってきた。

どうやらチョコは捌ききったようである

「あれ、兄貴チョコ貰ったの」

白々しい反応だが、俺はあえて話に乗る。

「ああ、“ドッペルから”な」

包みの俺宛へのメッセージ露骨に見せてやる。

だが、予想外にも弟の顔色は曇らない。

取り繕っているようにも見えない。

どういうことだ。

「へえ~、店のチラシで見たけど、それ割といい値段するよ。ドッペルのやつ、奮発したんだなあ」

弟の言葉を聞いて、俺は衝撃が走った。

あわてて中身を調べる。

……ケーキだ。

俺がチョコを食えないことを知っていての気遣いだろう。

チョコばらまき作戦をしていた弟に、こんな芸当は出来ない。

まり、これは元からドッペルが俺に渡すつもりだったということだ。

俺はケーキの値段を、恐る恐るネットで調べた。

出てきた結果を見て、思わずよろめいた。

間違っているんじゃないかと何度も画面を見返す。

貯金という概念のない弟が、これを買うことは絶対に無理だ。

「ぐわっ……やられた」

完全に失念していた。

弟の思惑にばかり考えがいって、ドッペル自身の思惑をまるで考えていなかった。

ドッペルにだって、見返りをアテにする欲はあるに決まっているのに。

これの3倍のお返し……。

俺のバイトにかけた時間が、財布からお金が消えていく幻が見えた。


…………

それから1ヶ月間、俺は気が気でなかった。

お返しは確定したから、せめてケーキを味わおうともした。

だが、ホワイトデーのことがチラついて、どんな味だったか覚えていない。

バイトをしているときも「いま働いている数時間分の給料が、ホワイトデーに費やされるんだな……」などと度々考えてしまう。

なんやねん、マスダ。こっちまで伝染しそうやわ」

明らかに溜め息の数が多かった俺を見かねて、一緒に働いていたカン先輩が話しかけてきた。

ホワイトデーのお返しが高くつきそうなんですよね……」

なんや、マスダお前。貰える側やったんかい。いやあ、隅に置けんなあ」

「そんなんじゃないですよ」

「照れなくてもええって。そういうのに縁がなさそうに見えたんやが、ワイの恋愛相談に乗れる程度の経験はしてるってか」

先輩の言い方は、やや嫌味だ。

どうも先輩は、自分恋愛がことごとく失敗しているのは、俺に相談をしたせいだと思っている節がある。

それが根も葉もないとまで言うつもりはないが、だからといって根に持たれるというのは逆恨みだ。

ケーキだったんですよ。しか結構な上物らしくて。それの3倍って考えると……」

「マスダも案外、不器用なところがあんなあ。なにも大真面目に3倍の値段のものを送る必要なんてないやろ」

「んん? どういうことです」

「3000円の料理が、1000円の料理の3倍ボリュームがあるわけでも、3倍美味いとも限らんやろ」

なるほど、先輩の言いたいことも分からなくはない。

俺は金に存在する、分かりやす単位にばかり囚われていた。

だが、それは赤の他人がつけた価値に過ぎず、鵜呑みにする必要はないわけだ。

「ですが、それで俺はどうすれば」

先輩は得意気な顔で、胸をポンと大げさに叩いてみせる。

「“真心”や」

先輩の口から観念的な言葉が出てくるときというのは、大抵は詭弁だ。

だが、今回は大真面目に言っているらしい。

「マゴコロ?」

「ワシは最近アイドルファンやっとるが、そこで気づいたことがある」

先輩、そんなことやってんのか。

どうやら、当分の間は恋人を作るつもりがないらしい。

「あの子らの活躍は『大好き』の具現化なんや。歌がめっちゃ上手いからやない。ごっつ美人からやない。グッズがよう出来てるわけやない。一生懸命真心がこもっているから、ワシらはそれに金を出そうと思えるんや。つまり真心は金になる!」

青天の霹靂

俺は天啓を得たんだ。

モノの価値は目に見えるものばかりではない。

真心”による等価交換だ。

しかし、上手く言語化できないが、何らかの“違和感”を覚えた。

そして、それを拭えないまま俺はホワイトデーを迎えることになる。

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