ところかわって兄の俺は、相変わらず家で世俗にまみれない快適な時を過ごしていた。
俺は重い腰をあげると、しぶしぶ玄関に向かった。
念のため、覗き穴から来訪者を窺う。
思わずため息をついた。
そこから見えたのは弟だったのだ。
やれやれ、どうやら鍵を忘れて出て行ったようだな。
ここで深く考えずにドアを開けてしまったのは、我ながら迂闊だった。
覗き穴ごしからは気づかなかったが、肉眼で至近距離ともなると一目瞭然である。
弟ではなく、弟に変装したドッペルだ。
「バレンタイン……」
そう言うとドッペルは、おずおずと俺の前に箱を差し出した。
やたらと煌びやかなラッピングに対して、箱そのもののデザインはひどくシンプルである。
言葉が少なすぎて確信は持てないが、バレンタインと言っていたのでそういうことなのだろう。
俺はこの箱の中身、ひいては“意味”を考えていた。
答えはすぐに導き出された。
これは弟のチョコばらまき作戦の一つで、俺も候補に入れたってわけだ。
だが、弟の思惑を俺は知っているので、普通に渡しても受け取ってくれるはずがない。
そこでドッペルを介した。
俺は見分けがつくので、ドッペルだと気づいてチョコを何の疑いもなく受け取る。
これが罠なのだ。
弟に変装したドッペルは、後に俺にはチョコを渡していないとしらばっくれる。
そうなると、俺の受け取ったチョコは弟から貰ったという扱いにされてしまう。
そして、俺は弟に高いものを買わされる、と。
随分と回りくどい真似をしてきやがる。
だが、所詮ガキの浅知恵だ。
「ドッペル、これを受け取る前に確認しておきたいことがある」
「な、なに?」
「いま、お前は弟の姿に変装しているが、弟ではない。ドッペル、お前が俺にくれるんだよな?」
ただつき返すだけでは弟への報復にはならない。
モノは貰う、だがお返しはしない。
しなくていいように、弟があげたなどという可能性を完全に無くす。
「う、うん」
「よし。念のため、包みにお前の筆跡で書いてもらえないか? 『マスダの兄ちゃんへ、ドッペルより』って」
言ったとおりのことを包みに書いてもらい、俺は粛々と受け取った。
ところ変わって弟のほうでは、タオナケとの熾烈なチョコの押し付け合いが始まっていた。
「欲しいよ。ホワイトデーに何も返さなくていいならな! そういうタオナケこそ、俺から貰っておけばいいじゃないか」
戦いは拮抗していた。
タオナケには超能力があるが、「念じると5回に1回、無機物を破壊できる」というもので使い勝手が悪い。
下手に弟のモノを壊せば、お返しどころではなくなる可能性がある。
弟はドッペルを身代わりに有耶無耶にするとは言っていたものの、あくまでそれは最終手段だ。
それにチョコの押し付け合いごときで、仲間にそんなことはしたくない程度の情はある。
そもそも互いがチョコを欲していない時点で、この勝負は不毛でしかなかったのだが。
そのことをミミセンが指摘するまで、二人の戦いは続いた。
広場にいたのは以前、弟たちが色々と野暮なことをして困らせた魔法少女の人だった。 どうやら、何らかの催しと合わせてチョコを配っているらしい。 「うっわあ、あんだけ無作為に...
「けど……ある意味チャンスなんじゃないかな」 「は?」 「俺たちがチョコを押し付けることもルール上ありなんでしょ?」 バレンタインは女性がチョコをあげているのがポピュラ...
バレンタインデーの発祥には諸説ある。 バレンタインとかいう司祭が恋人のために催しを行ったのが基とされているが、それは作り話だともいわれている。 いずれにしろ、真実があや...
≪ 前 「ただいまー」 しばらくして、弟が帰ってきた。 どうやらチョコは捌ききったようである。 「あれ、兄貴もチョコ貰ったの」 白々しい反応だが、俺はあえて話に乗る。 「あ...
≪ 前 俺はお返しの品を持って、ドッペル宅に赴いた。 自分の家にこもっていれば、お返しそのものをしなくてもいい可能性もある。 だが俺にとってホワイトデーとは、借金をした人...