ある日、弟は聞いてもいないのに自らの違和感について話し始めた。
「ムカイさんってさあ、話にやたらと俺たちの母さんについて捻じ込んでくるよな」
しかし、それらはあまりにも間接的で、漠然としていて要領を得ないものばかりだ。
それでも、その言葉に混じる微かな機微が、弟には気がかりだった。
ムカイさんは母について何かを知っているという、確信めいたものを感じたという。
「もしかしてさあ……母さんと昔の知り合いとかじゃないかなあ」
「昔の知り合いって、どんな?」
こういうとき、「何を言ってるんだ、お前は」で済ませられない程度には、俺たちは兄弟なんだ。
「元カレ……とか? よりを戻そうとか考えて、機会を伺っているんだよ」
「何を言ってるんだ、お前は」
弟が、何でそんな発想に行き着くのかは分かっていた。
近頃、メディアは有名人のスキャンダルで連日大騒ぎだったんだ。
だが、弟はこの手のすったもんだが大好きなんだ。
おかげですっかり影響され、こんな発想を容易くしてしまう。
そして、兄弟だからこそ肌で分かることだが、弟の焦燥感の理由は他にもあった。
子の俺たちが知らなくて、ムカイさんだけが知っている、母に関すること。
その可能性が、好奇心だけに留まらない感情を燻らせるのだろう。
弟は人一倍そういったことに関心が強いから、なおさら制御ができない。
全容を把握できないことによる“不安”こそ、弟の飛躍した発想力の原因だ。
そして、そういった人間のとる防衛機制は、ほとんど決まっている。
パズルの完成絵が何か分かるには、それなりの数のピースがいる。
仮に分かっていたとしても、ピースを埋めずに絵は完成したといえない。
だから弟はパズルのピースを埋めるには、まずピースを集める必要があると考えた。
俺はそのパズルに興味がまるでなかったのに、弟がやたらと煽り立てるもんだから、渋々と協力する。
そこでまず、母にムカイさんについて尋ねた。
「ムカイさんって、どこかで見たことあるような気がするけど、母さんは記憶している?」
直接尋ねて、まともに答えてくれるとも思えないからだ。
なにせ、これまで母が俺たちに語ってきた青春時代の話は、どれも非現実的だった。
母がサイボーグであることは事実だから、そこに関して異論を挟む余地はない。
だが、「秘密結社と激闘を繰り広げた」なんて話を、大真面目に聞くのは無理がある。
なので俺は、恐らく母は過去を赤裸々に語りたがらないんだろうな、と認識していた。
「うーん……どこかで会ったような気もするんだけどねえ。もしかしたら……という感覚もあるんだけど、確信を持つほどでもないし」
母の脳には処理を円滑にするためのメモリが繋がれている。
例えるなら、記憶の引き出しが常に綺麗に整頓されている状態だ。
弟の予想が合っているかはともかく、“何か”あるのは間違いないな。
弟の知的好奇心を満たす遊びに付き合っているくらいの感覚しかなかったが、ここにきて俺も些か気持ちが燻ってきたかもしれない。
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