2018-03-18

[] #52-5「カカオ聖戦

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「ただいまー」

しばらくして、弟が帰ってきた。

どうやらチョコは捌ききったようである

「あれ、兄貴チョコ貰ったの」

白々しい反応だが、俺はあえて話に乗る。

「ああ、“ドッペルから”な」

包みの俺宛へのメッセージ露骨に見せてやる。

だが、予想外にも弟の顔色は曇らない。

取り繕っているようにも見えない。

どういうことだ。

「へえ~、店のチラシで見たけど、それ割といい値段するよ。ドッペルのやつ、奮発したんだなあ」

弟の言葉を聞いて、俺は衝撃が走った。

あわてて中身を調べる。

……ケーキだ。

俺がチョコを食えないことを知っていての気遣いだろう。

チョコばらまき作戦をしていた弟に、こんな芸当は出来ない。

まり、これは元からドッペルが俺に渡すつもりだったということだ。

俺はケーキの値段を、恐る恐るネットで調べた。

出てきた結果を見て、思わずよろめいた。

間違っているんじゃないかと何度も画面を見返す。

貯金という概念のない弟が、これを買うことは絶対に無理だ。

「ぐわっ……やられた」

完全に失念していた。

弟の思惑にばかり考えがいって、ドッペル自身の思惑をまるで考えていなかった。

ドッペルにだって、見返りをアテにする欲はあるに決まっているのに。

これの3倍のお返し……。

俺のバイトにかけた時間が、財布からお金が消えていく幻が見えた。


…………

それから1ヶ月間、俺は気が気でなかった。

お返しは確定したから、せめてケーキを味わおうともした。

だが、ホワイトデーのことがチラついて、どんな味だったか覚えていない。

バイトをしているときも「いま働いている数時間分の給料が、ホワイトデーに費やされるんだな……」などと度々考えてしまう。

なんやねん、マスダ。こっちまで伝染しそうやわ」

明らかに溜め息の数が多かった俺を見かねて、一緒に働いていたカン先輩が話しかけてきた。

ホワイトデーのお返しが高くつきそうなんですよね……」

なんや、マスダお前。貰える側やったんかい。いやあ、隅に置けんなあ」

「そんなんじゃないですよ」

「照れなくてもええって。そういうのに縁がなさそうに見えたんやが、ワイの恋愛相談に乗れる程度の経験はしてるってか」

先輩の言い方は、やや嫌味だ。

どうも先輩は、自分恋愛がことごとく失敗しているのは、俺に相談をしたせいだと思っている節がある。

それが根も葉もないとまで言うつもりはないが、だからといって根に持たれるというのは逆恨みだ。

ケーキだったんですよ。しか結構な上物らしくて。それの3倍って考えると……」

「マスダも案外、不器用なところがあんなあ。なにも大真面目に3倍の値段のものを送る必要なんてないやろ」

「んん? どういうことです」

「3000円の料理が、1000円の料理の3倍ボリュームがあるわけでも、3倍美味いとも限らんやろ」

なるほど、先輩の言いたいことも分からなくはない。

俺は金に存在する、分かりやす単位にばかり囚われていた。

だが、それは赤の他人がつけた価値に過ぎず、鵜呑みにする必要はないわけだ。

「ですが、それで俺はどうすれば」

先輩は得意気な顔で、胸をポンと大げさに叩いてみせる。

「“真心”や」

先輩の口から観念的な言葉が出てくるときというのは、大抵は詭弁だ。

だが、今回は大真面目に言っているらしい。

「マゴコロ?」

「ワシは最近アイドルファンやっとるが、そこで気づいたことがある」

先輩、そんなことやってんのか。

どうやら、当分の間は恋人を作るつもりがないらしい。

「あの子らの活躍は『大好き』の具現化なんや。歌がめっちゃ上手いからやない。ごっつ美人からやない。グッズがよう出来てるわけやない。一生懸命真心がこもっているから、ワシらはそれに金を出そうと思えるんや。つまり真心は金になる!」

青天の霹靂

俺は天啓を得たんだ。

モノの価値は目に見えるものばかりではない。

真心”による等価交換だ。

しかし、上手く言語化できないが、何らかの“違和感”を覚えた。

そして、それを拭えないまま俺はホワイトデーを迎えることになる。

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記事への反応 -
  • ところかわって兄の俺は、相変わらず家で世俗にまみれない快適な時を過ごしていた。 しかし、そんなひと時を邪魔するインターホンが鳴り響く。 俺は重い腰をあげると、しぶしぶ玄...

    • 広場にいたのは以前、弟たちが色々と野暮なことをして困らせた魔法少女の人だった。 どうやら、何らかの催しと合わせてチョコを配っているらしい。 「うっわあ、あんだけ無作為に...

      • 「けど……ある意味チャンスなんじゃないかな」 「は?」 「俺たちがチョコを押し付けることもルール上ありなんでしょ?」 バレンタインは女性がチョコをあげているのがポピュラ...

        • バレンタインデーの発祥には諸説ある。 バレンタインとかいう司祭が恋人のために催しを行ったのが基とされているが、それは作り話だともいわれている。 いずれにしろ、真実があや...

  • ≪ 前 俺はお返しの品を持って、ドッペル宅に赴いた。 自分の家にこもっていれば、お返しそのものをしなくてもいい可能性もある。 だが俺にとってホワイトデーとは、借金をした人...

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