俺たちはというと、園内を一通り周って完全に飽きていたので、スタッフルームに忍びこもうとしていた。
「なんだ、お前ら。こんなところで何をやっている」
「兄貴こそ」
「俺はバイトだ」
「え、でもそれ……」
「ああ……これがバイト代だとよ。まったく、ふざけてやがる。後でちゃんと換金してはもらえるようだが……」
「でも、現金には換えてもらえないって言ってたよ」
「知ってるさ。換金所がストップしているんだろ。それが再開したら換金してもらうってこと」
なら、大丈夫か。
……と思ったが、何か重要なことを見落としている気がする。
「私、イアリーチケット買ったことあるんだけど、お兄さんのそれって本当に働いた分になってる?」
「ああ、上司がそう言ってたし、一応レートを確認してみたら間違いはなさそうだったぞ」
タオナケの指摘に、俺は衝撃が走った。
「……兄貴。俺たちは今日、ジェットコースターに乗ったんだ。そこは500円、または100イアリーでやってたんだよ」
「どういうことだ。500円なら、50イアリーにしないとダメだろ」
けど、その話を咀嚼して、重大なことに気づいたようだ。
口元を左手で覆い隠しているが、明らかに動揺しているのが分かるほど表情は歪んでいた。
「ということは、俺がいま持ってるイアリーチケットは、本当に働いた分あるか信用できないってことじゃねえか!」
つまり、兄貴が換金する頃には価値が下がってしまって、結果として少ないバイト代を払わされた可能性もでてくる。
「いや……だが、価値が上がれば得する可能性もあるだろ? 実際、今は1000円が100イアリーになっているわけだし……」
ミミセンが、そう指摘する理由は俺たちにも分かった。
イアリーチケットの価値は、イアリーランドが決めているからだ。
兄貴の給料がわざわざ上がるようなことをするとは、とても思えない。
これまで俺たちが体験した、イアリーランドの阿漕なやり方を顧みても、それは明らかだ。
「こんなの許されないよ。抗議するべきだ!」
「そうだよ。出るとこ出れば、ちゃんと払ってもらえるはずだ!」
俺たちはそう提案したけど、兄貴は意外にも乗り気じゃなかった。
「いや……何で俺が、そこまでしなくちゃならないんだ」
納得はしていないけど、返品のために手間ひまをかけることが、割に合わないと思っているんだ。
「……なあ? お前らもイアリーランドに思うところはあるだろ。今すぐに帰って、家でのんびり過ごしたくないか?」
しかし、兄貴はただ泣き寝入りするような人間ではないことを、俺たちは知っていた。
「そりゃあ、まあ帰りたいけど……」
「俺が保護者として、すぐに帰してやる。その代わり、担任の先生たちに話をつけている間、お前らはちょっと“何か”してこい。子供がやる分には大目に見てくれるだろう」
多分、そんなことは分かった上で、俺たちに任せるつもりなのだ。
そして、俺たちの意見は一致した。
「おーい!」
すると、足早にこちらに近づいてきた。
その時のミョーに姿勢の良い走り方で、中身が誰かすぐに勘付いた。
俺たちの仲間、シロクロだ。
「シロクロもここで働いているんだ。お前たちに喜んで協力するだろう」
「え、でもシロクロまで加担するのはマズいんじゃ……」
「大丈夫だ。シロクロは“アレコレ病”だからな。病人なら大目に見てくれる」
“アレコレ病”は、シロクロのエキセントリックな行動に説得力を持たせるため、俺たちがその場しのぎで名づけた嘘の病気だ。
けど、なぜかやたらと認知されてしまって、今では嘘から出た真の病気になってしまっている。
「では、健闘を祈る」
この後、俺たちがイアリーランドにどんなことをしたのか、それは想像に任せる。
念のため言っておくけど、俺たちがやった“何か”とは関係ない。
「あーあ、こんなにイアリーチケットを持っているのに、今じゃただの紙切れか」
兄貴が、その紙切れを仰ぎながら溜め息を吐いている。
イアリーチケットをどれだけ持っていたって、もはや意味がない。
だって、そのチケットの価値を担保していたのはイアリーランドなんだから。
そのイアリーランドがなくなったら、チケットは単なる紙切れでしかなくなる。
兄貴は勿体無い精神から、その紙切れの使い方を色々と模索していた。
けど、“返品の法則”によって無駄だと感じたのか、クシャクシャに丸めてゴミ箱にシュートを決めた。
「アノニマスな世界」 歌:アノニマス・チャイルズ 作詞:リチャード、マジでシャーマン 作曲:ロボット、バーターちゃうやん 世界中 どこにいる? 笑っている? 泣いている...
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