2018-04-18

[] #54-6「誰も期待していない宗教裁判

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異端審問』?

なんだ、そりゃ。

俺には馴染みのない言葉だったけど、それを聞いていた信者たちは色めきだった。

「おい、聞いたか? “異端審問”だってよ!」

まさか、このご時世に、こんな所で拝めるなんて!」

みんな、その場から離れるのをやめて、再び渦中に集まってくる。

俺はイマイチついていけてないけど、みんなの興奮ぶりを見ていると、ただごとじゃないのは肌で感じる。

気になって、タイナイとカジマに尋ねた。

「ねえ、異端審問って何?」

「オイラも詳しくは知らないっすけど、要は宗教テーマにした裁判って感じ」

「その目的は様々だけど、今回の場合だと免罪符を売っていたあの人を、生活教の人間ではないって証明するための裁判ってところだろうね」

なるほど、話が見えてきたぞ。

ニセ教祖のやっていたことは、そもそも生活教とは何ら関係のないことだと、その裁判で断定したいわけだ。

そうすれば教祖はもちろん、生活教の名誉も守られる。

信者たち目線では、単なる内輪モメが“異端審問”なんていう物珍しさによって、ちょっとしたエンターテイメントっぽく見えるようになる。

教祖にそんなつもりはなかったのだろうけど、結果として名誉挽回と信者の確保を両立する、ベターな回答を出したわけだ。

もちろん、信者たちにとってはどう結果が転ぼうと、構わない。

ただ、なんとなく刹那的に盛り上がればいい。

興味のない人間からすれば、心底どうでもいい。

そんな宗教裁判が、いま正に始まろうとしている。

俺のくすぶっていた野次馬根性も再燃してきた。


…………

急遽、始まった裁判は、公共体育館によって行われた。

こういうのって、あらかじめ予約しておかないと借りられない気がするんだけど。

当日に都合がつくなんて、変な力が働いてないか

いや、超常現象とか、そういう意味ではなく。

俺の疑問をよそに、裁判粛々と進む。

信者たちや俺は、“証人”という名の野次馬

裁判所みたく厳かな雰囲気もなく、みんなが同じパイプ椅子に座っている。

まるで、大人の学級会だ。

「えー……これより第一回、生活裁判を執り行います


本日、昼ごろ。免罪符を売る、生活教徒が出没。ですが、この者が、生活教を騙る人間ではないかという指摘が入ります

自治体中立的裁判官、および“執行者”として参加していた。

俺たちや当事者はともかく、自治体は余計な仕事を増やされてるからとばっちりだ。

異議あり 私は敬愛なる生活教徒 ライフチャンです」

生活教、教祖。彼が生活教徒ではないことを証明するものはありますか」

証明するものっつたって、信者の多くが自己申告で成立しているような、ユルい宗教だぞ。

当人生活教徒だと宣言した時点で、水掛け論にしかならない気がするけど。

生活教の基本教義が書かれた聖書、『ワーク・ライフバランス』の3ページ目をご覧ください」

聖書!?

そんなの、いつの間に作ってたんだ。

「あー、そういえば、そんなのいつも配ってた気がするっす」

「流し読みした限りでは、底辺ブロガー自己啓発みたいな感じだったから、マジメに読む気が起きなかったんだよね」

この日のためにでっちあげたとかいうわけでもなく、当初から一応あったらしい。

信者の大半は、存在すらうろ覚えだったようだけど。

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