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はてなキーワード: 正統性とは

2021-10-14

anond:20211014184411

人の目だけだ

人の目が無ければ苦しいアピールをせずとも正統性担保されるだろう

2021-09-27

なぜAUKUS同盟による原潜取引は核不拡散にとって悪影響なのか

以下はカーネギー国際平和基金による投稿抜粋超訳です。日本であまりキチンと指摘されていないと感じていたので気になる部分をテキトーに抜き出してテキトーに訳してみました。先日のQUAD会談でモリソン首相から日本へはフランスより先に事前通告があったとの報道でしたが、政府内で日本としての反応をどれほど検討したのでしょうか。対北朝鮮では豪州のそれを認めるのは悪手のような気がしますが・・・

https://carnegieendowment.org/2021/09/21/why-aukus-submarine-deal-is-bad-for-nonproliferation-and-what-to-do-about-it-pub-85399

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AUKUS同盟が核不拡散に果たす役割については、少数の核専門家twitter上で論を交わしている一方で、大多数は大戦略議論に気を取られてしまっている。核専門家の間でも、同盟が核不拡散に及ぼす影響がどれだけあるか、そしてその与える影響が負のものかについては議論が分かれている。

 

私の評価では、AUKUSの原潜取引は核不拡散にとって深刻かつ負の影響を及ぼす。豪州が原潜を運用することは、IAEAの定める核原料の査察システムから核原料を取り除く「抜け穴」を利用する、最初核兵器保有国が出現したこと意味する。私は豪州それ自体がこの原料を悪用するとは思わないが、この抜け穴の利用が危険前例を作り出すことを心配している。将来、核保有を企む国々は海事原子炉隠れ蓑として使うことができるようになるだろう。

 

2002年ジョージブッシュ政権テヘランに対して「ウランの濃縮と再処理活動を破棄せよ」と勧告した...私にとって、日本ドイツオランダといった核兵器保有国が濃縮プログラムを行っていることは脅威では無い...だが、イランは、自国日本比較することによってこのダブルスタンダードの隙を突き、この「濃縮する権利」を主張した。この主張は功を奏した。欧州においてさえ、イランに濃縮を辞めさせよという主張を支持する国はなかった。特にドイツは、イランに濃縮プログラムを破棄させることに強行に抵抗した - それは恐らく自国ウラニウム濃縮を行っており、将来的に自国が同様の圧力さらされることを恐れてのことだった。結果、2006年合衆国安保理決議において濃縮プログラムを破棄するのではなく、「停止」するよう変更した。

 

多くのアメリカ人の読者は、「だからどうした?安保理が不拡散強制できないのであれば、合衆国が、必要とあれば単独で、制裁もしくは軍事行動をもって不拡散強制するだろう」と考えるかもしれない。

 

この反応は近視眼的である米国による制裁はより幅広い国々から同意があってこそより効果がある。実際、合衆国制裁正統性がないと受け取られた場合は多数にのぼり、今後中期的にドルに変わる国際基軸通貨が出現する可能性がある以上、合衆国単独政策効果は低くなると予想される。

 

NPT条約核兵器保有国に原子炉を搭載した艦船を建造・運用することを禁じていない。だが現実的には、IAEA海事原子炉保障措置(セーフガード)をすることができない(その位置が秘匿されアクセスできない潜水艦特にそうだ)。結果として、IAEA包括的保障措置協定(Comprehensive Safeguards Agreement)において、核兵器保有国に「禁止されていない軍事的活動」、つまり海事原子炉のためなら保障措置から核原料を取り除くことを許している。

 

これは明白で憂慮されるIAEA保障措置の抜け穴である。だが今日までは、海事原子炉核兵器保有国とNPT条約の非批准国によってのみ運用されてきた。包括的保障措置協定が約50年前に起草されてから、非核兵器保有国がこの抜け穴を利用しようとしたことはない(かつてブラジルカナダを含む少数国が、真剣検討したことはある)。

 

にも関わらず、この抜け穴が核保有を企む国によって利用される恐れは常にあった。実際に2018年イランIAEAに「将来的に海事原子炉を建造する」計画があると通知した。その上で、もしイランが実際にこの手段に出れば、ロシア中国を含む国々から制裁、あるいは軍事行動さえも含めた深刻なバックラッシュ にあっていただろうし、それがイランの行動をおそらく抑止したのだと考えられる - 少なくとも、これまでは。

 

AUKUS原潜取引により、この潜在的バックラッシュは弱まったと考えられる。もし豪州が実際に核原料を保障措置から取り除けば、このバックラッシュは更に弱くなるだろう。従って将来において、核兵器を取得しようとする国 - イランであれ他であれ - は、豪州の先例に倣うことにより、核原料をセーフガードから取り除く費用を許容可能なうちに抑えられると計算するようになるだろう。

 

豪州イランでもブラジルでもない」は全く正しい評価であると同時に、国際外交においては殆ど無関係議論である世界の残りの多くの国々は、豪州海事原子炉の取得という抜け穴を許す一方で、合衆国敵対国が同様の行動に出ることを罰する行動をダブルスタンダードだと考えるだろう。従って、国際的制裁執行合衆国独自単独行動に強く反対することになるだろう。結果として、AUKSでの原潜取引保障措置抑止力を低下させ、核拡散を引き起こす恐れが高まることになる。

※残りはこの取引の及ぼす悪影響を低減させるための現実的政策提言の部分なので興味あったらご自分でどうぞ。

 

2021-09-22

anond:20210922164007

声を気軽にあげるのはいいことだと思うよ

面倒を避けて逃げるか正統性を主張するか選べばいいだけ

抑圧が抗議側なこともあれば表現者側なこともあるでしょう

Vtuber問題本質

戸定梨香問題、と言っていいかはわからないけど、女性キャラクター物言いがついて、賛否両論になるパターンがまた起きた

ことの是非は置いておくとして、最も本質的なことをそろそろ言っておく必要があると思う


肝は「何に対しても不快に思う層がいる」ということだ

焼肉の話をしても焼肉嫌い、菜食主義者動物愛護家の中には不快に思う人がいるだろう

飛行機の話をしても、飛行機事故被害者や、空港騒音当事者、または戦争を想起するという人が不快に思うだろう

ドラえもんの話をしてもしずかちゃんへの性暴力とか、勉強が苦手な人への不当な扱いなど、不快に感じるシーンはそこそこある

本当に、何にでも、だ

何を出したって誰かは不快になるのは仕方ないことで、だからこそそこに配慮し過ぎるポリコレ批判が起きるわけだ

多数派問題視してないことまでポリコレ違反になる社会は滑稽だもの


じゃあどうしたらいいのか?というと、振る舞い方はいくつかある

「誰も不快にさせない方向は目指さない(無理だから)」

社会被害者存在認知されたものは取り扱い注意」

不快に感じた時に大きな声をあげる団体の刺激には注意」

「そのコンテンツを扱う目的をあらかじめ明確にしておき、逸脱した場合は速やかに取り下げること」

だと思われる


女性差別、というのは社会認知されているが、焼肉による被害、みたいなもの社会認知されてない

なので、焼肉を扱うコンテンツは、女性を扱うコンテンツより雑でいいわけ

まり女性を扱うのは地雷同性愛者を扱うのは地雷外国人人種を扱うのは地雷、という認識はきちんと持っていなければならない

美少女キャラ地雷原の中に置かれた金塊なだけで、金塊を得るためには、計画的地雷を踏まない手立てを考え抜いておく必要がある

女性が作ったから、女性である私が不快に思わないから、が別に安全保証しない


つぎ、声の大きな団体の刺激を避けるのも大事

例えば日本団体組織されていないような外国とある民族差別的に描いても、大きな批判の声が上がることはまずない

または過去に滅んだり直接的に今の日本関係がないと思われる団体、例えば吉備国温羅とか、東北熊襲とかを雑に扱ったイラストキャラがあってもすぐさま声は上がらないと思われる

もちろん長期的にひどいことをやれば燃えるだろうが

それに対し、半島の方々や、フェミニストの方々、被部落差別の方々の団体などなどは声が大きなことで知られている

そういう、声の大きな団体が嫌う内容は地雷だ、という認識必要

そういう地雷を扱うのであれば、勉強をして、文句がつかない範囲表現をしなければならない

なぜなら地雷なんだから

最後

目的を明確にしておくことで撤退戦を正しくしよう、というのも大事

イメージアップのためのコンテンツで、一部の批判からイメージが悪くなる可能性が浮上したら、正統性を主張して問題のなさをアピールするより、さっさと取り下げたほうがイメージは守られる

教育のためのコンテンツで、あれは教育的でない、というキャンペーンが張られた時、これがいか教育的に正しいかアピールしてコンテンツを維持するより、さっさと取り下げたほうが団体教育であるイメージが損なわれにくい

実際、今までの燃えコラボ元はだいたい弁えてるから速やかに取り下げてる

誰も不快はさせないのは不可能から、出して燃えたらすぐ下げる

これで別に問題なく今も社会は回っているわけだ

から、その取り下げたもの外野いつまでもヤガヤやってんなよと思う



以上

Vtuberエロいかどうか、とか、性的かどうか、とか、警察とのコラボが正しいか、とかいう話はほぼ意味がない

地雷の扱いに失敗したから爆発しただけだ、という認識をまずみんなが持つべ

なので、とりあえず爆発したものは忘れよう

ただ今後、爆発させない方法検討有意義と思う

不快に思う人をゼロにはできないが、せめて団体が声をあげない程度におさまるよう慎重に扱わなきゃいけない

ようは女という地雷を扱ってるくせに雑なんだよ、雑

あちこちで爆発してんのたくさん見てるはずなのに、なんでまだ自分仕事は爆発しないって思ってんのよ

キャラクターは、女自身ですらもはや扱えないんだから、女が中心となったプロジェクトというだけで安全を過信するな

2021-09-08

正統性お笑い

初めて国体という言葉を知ったのは中学社会高校社会か。

もちろん戦後天皇制の維持に関する点で出てきたように覚えている。

子どもながらに、天皇がいようといまいと、日本土地があり、そこに日本人が住んでいて、生活をするのであれば、天皇制が続こうが続くまいが、そんなに市井の人には関係ないのではと思った気がする。

なんとも腑に落ちない国体について、京大の友人に尋ねてみた。彼女は言った。

「もし明日から強制的東大の全職員学生京大に異動となり、京大の全職員学生東大に異動したらどうなると思う?」

「うーん、研究するのも教育するのも結局は人だから京大東大っぽくなるし、東大京大っぽくなるんじゃない?」

「そうだね。じゃあ、その京大東大って言える?」

「うーん、人が中心って言ったけど、安田講堂赤門だったり、キャンパス周辺のお店やこれまでの歴史もいろいろ含んで東大って感じだから京大にある東大東大かと言われれば微妙な気がするなぁ」

「そうだね、東大にある京大っぽいもの京大とは言い切れないよね」

「今回の場合キャンパス建物、周辺の雰囲気東大京大っぽさを意味づけするものとして機能してるわけ。だから京都にある東大はこれまでの東大とはほぼ同じなんだけど、連続的に繋がっているものか?と言われるとなかなか悩ましいね。それの国バージョン国体。」

「あーなんかわかってきた」

「当時、大日本帝国戦後日本連続的なものだとみんなが捉えられるもの必要だったわけで、そのマクガフィン天皇制だったって考えると理解やすい」

「なるほどなー、日本はこれまで長い間、天皇の輔弼機関実質的国家運営者という歴史があるし、そうすることで政府正統性が保たれるってわけね」

「その通り。まぁ、専門家から言わせるとこんな雑な話じゃないだろうけど、異なるもの連続的に繋がっていると錯覚させるための何か、みたいな理解いいんじゃない京大生がわざとアホなことやるのもアホなことをやる京大生という歴史を引き継いだ我らこそ正統な京大生ですよってイキってるわけ」

「あ~東大生がやたら東大ブランドを使って本を出版したがるようなもんね。」

「そうそう、我こそは東大生なり~ってやってるわけよ。当時の日本は我こそは日本なり~ってやるための天皇制維持だったってこと。」

で、ふと思ったんだけど、お笑い第7世代とかそういうのも同じなんだな、と気づいた。

もちろん霜降り明星せいや冗談で言ったのが広まったというのもあるけど、

そこには我こそはお笑いメインストリーム後継者なり~っていう宣言だったわけ。

もちろんお笑い場合天皇制のような聖杯はないので、有吉のようなどう位置づけたらいいのかわからない人もたくさんいるし、

言ったモン勝ちなところがあって、結果として機能している。

会社でもそういうところあるな。

あの部署を経由すると出世コース、みたいな言説も

我こそは出世コースなり~という正統性マクガフィンなんだ。

から、たまに異端児が現れて、正統性をめぐる社内政治に繋がったりするんだな。

国体正統性って見方社会を見ると面白い

2021-09-01

anond:20210817083708

実力制なんて愚かな考えだねぇ。王族ってのは血統意味正統性があるんだよ。というか血統以外の要素なんてどうでもいいの。特に天皇みたいな象徴機関は、神話から続くという設定の血統があるから意味がある。そして天皇政治的実権を持たずに首相政治執行するから平和が保たれる。

これを実力制なんかにしたら、結局最終的には暴力が幅を利かす。選挙で王を決めるって? 笑っちゃうね。

結局そんなもの暴力恐怖政治の元に形骸化し、ロシア中国アフガニスタンなんかと同じになるよ。

2021-08-23

anond:20210823084005

全ての対人問題に言えることだけど

相手を変えることは難しいってことだ

自分側にどんなに正統性があろうとどんなに尽くそうと搦手を使っても

相手は変わらないかもしれない

けど自分自分次第で必ず変えられる

2021-07-11

anond:20210711021233

「友人がそうなったのは社会問題に興味関心があるから」みたいな擁護が多いけど、激怒マンになった人間が正しいとは思えんなぁ。

激怒するってことは、自分の考えには己に激怒を許すだけの正統性があると信じていて、それぞれの価値観とか様々な価値観なんてモノは一切認めず、相反する意見は全て捩じ伏せるという意思の表明をすることに他ならないからなぁ。

まあ、人間生きていたら、そのくらい譲れないモノができることは一回や二回あるかもしれないけど、毎日毎日ニュース見ただけでそんな風になるのは普通じゃないよ。

増田の言うように脊髄反射マシンになってしまっただけだと思う。

俺はそんな人間になるくらいなら、社会に向き合わずヘラヘラ生きている人間の方がよっぽどマシだと思うね。

もちろん、ちゃんと理知的か態度で社会問題に向き合える人が一番素晴らしいのは言うまでもないけれど。

2021-07-10

anond:20210710204441

正統性があるわけでもない立場他人様の行動にケチつけてブッ叩こうって方が異常でしょ。

こういう考えを肯定ちゃう人がネットリンチを行っているんだろうな。

2020-11-28

差別主義者に正統性を与えるから選択夫婦別姓反対

制度自体は支持なんやで?

けど、選択夫婦別姓支持者が、同姓選択する人(ドラえもん映画ポスター)を見て古臭いだの気持ち悪いだの言っちゃうわけやん

こんなん普通に同姓選択差別しかない

こういう差別主義者に正統性を与えるから選択夫婦別姓の実現には反対です

差別主義者がいなくなって、同姓の選択別姓の選択両方が支持されるようになったら、実現しような

2020-11-05

anond:20201105023340

なんかみんな怒ってるけど何で?よく理解できないな、って時は見落としてる文脈がないか探ってみる

今回の場合女性向けの日用品PRにもかかわらず企画の参加作品には女子高生スカートたくし上げイラストが含まれいたこと、ツイートを遡ると絵師個人的リプライを送り合っていたこと、まんぐり返し・M字開脚イラストリツイートしていたことなどが分かった

なるほどそんなことが起きていたなんてパッと見では分からなかったしこれは公私混同として注意されてもしょうがないなと思った

事件ニュースでも、こんな些細なことで殺人に発展?どうして?と思って少し探ってみると

加害者被害者は以前から険悪な仲で積もり積もったものが爆発したのが今だったというのが分かって少しは納得できたりする


ただまあ増田は納得や正統性なんか別に欲しくなくてとにかく喧騒が苦手なんだろうなって感じがする

このくらいで騒ぐなんて大げさ、理解できない、で済ませる思考の人の方が健全だけど正常バイアスが強いとそれはそれで危険に巻き込まれから気をつけてね

2020-10-12

anond:20201011113114

歴史学とか(例えそれが自国戦争責任を追及するものであっても)国家正統性担保するものだが、今や保守層でもそういうのを無価値と見なしてそう

2020-09-14

社会学学問権威ゼロになりつつある理由

オタク表現攻撃してきた社会学は「自分たち理論学問的な正統性がどのように担保されているのか」について全く答えてこなかった。

社会学科学であるというのならば、最低限「この手法によりこの結論を導き出した」と明示せねばならないのだけれど、一切を怠っていたので、とんでもないことになってるんだよね。

根拠霊感ってぐらいにいいかげん。

「偉い先生からそう教わった」とかならともかく、「私がエビデンスだ」とかわけのわからないことを言い出す。

きちんと調査すらせず「傷ついた」とか言うだけの科学が他にあるか?

社会学者があまりにいいかげんという問題

社会学者が犬笛を吹いていたら、「社会学者が居るぞー」と襲われるようになったって、そら自業自得よ。

正直、自業自得じゃないかなと思うのだが、

社会学ってそもそも自由議論を阻害するなと言いながら学問的な裏付けもない理論をぶん回して社会運動に流用しまくったんだよね。

まり社会運動看板だけ貸して、その学問棍棒にしてやりたい放題やってきたのね。

現在ではBLM運動暴徒化擁護なんかに使われてる。

黒人白人リンチしてるのを、「トーンポリシングだ」「そこまでに至る抑圧がー」とか、どこからどう観ても「そんなの正しいわけねえだろ」って誰もが分かる問題を、無理やり擁護してる。

実際に学問的な裏付けはない。

学者看板勝手正統性暴力政治運動に与える名義貸しをずっとやり続けてきた。

でも学問的な裏付けはない。

きちんと研究してるかといえば、やってることはせいぜい、オタク表現に思いつきで放火するソーシャル放火魔でしょ?

社会運動アカデミズム看板を名義貸しをしておいて、そんで、逆に炎上したら「自由議論を阻害された」と、放火しておいて被害者ぶる。

政治運動社会圧力をかけるなとは言わないよ。

でもさあ、そのやり口が「社会学者という学者看板で語る」のなら、最低限、その学者としての生命をかけて貰う必要がある。

学者として語ったのなら、それが学者としての倫理にそぐわない思いつきをホイホイ勝手捏造してばらまいただけなら、当然学問として最低の評価を受けるのだ。

スタップ細胞のように、「お前は捏造理論を唱えた。学者として発信したのに、全く研究した痕跡も無ければ、そもそも根拠がない」と言われねばならない。

しかし、社会学者にはそもそも検証される土壌がない。言えば言いっぱなしで逃げ放題だ。

しか根拠を問われたら「あくま個人の感想です」と、さんざん学者でござい、って顔して放火してたのに、個人の顔になりやがる。社会運動煽動に利用しておいて、その逃げ口上は一体何だ?

自分たち社会圧力をかけるように煽動していた」のに「自由議論をしていただけだ」とは、ヤクザ居直りである「俺は穏便に話していたのに、相手勝手にころんだだけ」みたいな態度である

そりゃ、「ヤクザ」と同じ扱いを受けても仕方がないだろう。

社会学者が襲われるようになったのは、学問看板放火しまくったからであり、まっとうな社会学者が「もし」いるとしたら迷惑なことだとは思うが、今のところそういう学者放火のものをしないので、誤爆を観たことがないのである

2020-09-01

憲法改正論議における安倍晋三の華々しい業績

改憲派の先鋒でありながら護憲の要石を地中深く打ち込んだ安倍総理が辞意を表明された。改憲に向けて日本がやってきた道のりをガキの泥遊びで全て台無しにした安倍閣下護憲派にとって駐印イギリス軍にとっての牟田口に等しい。

ここにその輝かしい業績を記したい。

 

まずは安倍晋三以前の状況から

WWII以後も熱戦の時代は続き、世界民族自決植民地独立冷戦下での大国介入に伴う戦争経験してきたが、敗戦武装解除された日本関係のない話で、経済成長に邁進してきた。この路線を決めたのは吉田茂である(吉田ドクトリン)。

その冷戦下で9条改正を目指すのが自民党護憲革新という図式が定着した。数で劣る革新だが思想的には優勢で、冷戦後期には自民党改憲路線を表に出せなくなっていた。冷戦により国際政治的にも日本の専守路線固定化されていた事と他国では熱戦が続いていて海の向こうでは若者戦死が伝えられていた事もある。憲法学者と言ったらほぼ全てが革新護憲派だった。

 

ところがここに「憲法フェティシズム」的な趣向が定着して行く。つまり憲法は良いものから朗読しましょう的な考えだ。反リアリズムである

その為護憲=お花畑空想平和主義という評価が出てくる。そして冷戦終結により日本立場は流動的となった。

そこに降って湧いたのが湾岸戦争で、ここで戦後初めて日本戦争への協力を求められる事になり、世論右往左往する事になった。秩序維持の為の戦争であるという大義名分もあるし、憲法9条が前提にしていたのは国連軍が結成されて国軍は縮小されるというカント的な世界である多国籍軍国連軍とは違うが名分的には相似だから護憲派も一概に否定しにくい。

 

湾岸戦争を戦費拠出という形でお茶を濁した日本だったが、戦争に寄らず国際貢献をすべきとの議論が高まってPKO活動自衛隊が参加するようになった。その第一弾はカンボジア民主選挙監視である

また同時にそれまでタブー化されていた改憲の機運も上がり、護憲派ばかりだった憲法学者にも改憲派が現れ、メディアに出るようになってきた。その筆頭は小林節である

 

先に書いた憲法フェティシズムのせいで、憲法学には「微妙」な空気が取り纏っていた。

憲法法学なので法学部で扱う。だが法学一般は最終的に実学接続しているのに憲法はそうではない。例えば国民主権自由主義的な思想意味が延々とこね回されたりする。

国民主権主権は元は絶対王政国家正統性の為のフィクションであって、統治権外交権交戦権などを示すが、こういう肝心な事はスルーされて国民主権思想的に称揚されるばかりだったりする。

一言で言うと左翼神学的な評価がされていたのである

 

例えば国際政治での人権の扱いなどが憲法学周囲から出て来ない。国際政治では人権国家に対する対外的権力だ。

統治問題主権の壁によって外部から干渉できない。この前提が共有されないので人権がその壁を突破できる国際権力となっているという事が扱えない。特にコソボ紛争ではNATO軍事介入理由人権が挙げられた。国民主権は扱うのにこっちに接続できない憲法論というのはリアルを欠いている。

 

コバセツはこんな左翼神学的な憲法学に割り込んで行って安楽椅子を蹴り飛ばして塗り替えたと言って良い。

 

改憲問題エポック的な出来事があったので紹介しよう。2003年の朝ナマで西部邁がコバセツに追い返されたのである

西部改憲派テーブルに座り「憲法9条や前文の精神日本人に悪影響を」と長々語っていた。これはモロに憲法フェティシズムだ。憲法を唱える事で精神浄化され理想的市民国民が出来ると言う考えだ。

それでイライラMAXとなったコバセツは「そんなの相手にしなくていいから」と侮辱。衆前で面子を潰された西部は退出した。

これは左翼神学の単に裏返しで、コバセツはそういう神学的安楽椅子を蹴散らしてきたんだぜ。そんなを見たら撃てと訓練されたコバセツの前でそんな事言ったらバカ扱いされるに決まってる。

 

それでリアリズム的にもう9条一国平和主義は困難だし、ちゃん改正しようという機運が高まっていたのだが、これに疑問符を付けたのがイラク戦争であった。

当初から戦争理由疑問視されていたのだが賛同者達は「アレは最初から予防戦争だった」等と誤魔化していた。だがISIS勢力伸長すると彼等も黙りこくるようになった。

これによって米国主導の国際秩序維持に付いて行くという路線留保すべきという流れになるのは当然だ。しか国連の影響を抑える為の政策米国しまくった。この為に国連路線を旨としていた日本国際貢献イマイチリアリズムを失ってしまった。国際貢献路線の空白である

 

そこに颯爽と現れたのが我等が安倍晋三閣下であった。

改憲旗艦となった彼は新右翼学生運動流れの学者を重用、党内の勉強会でコバセツは対立するようになった。

彼等の憲法観は嘗ての左翼神学の裏写しであった。コバセツが蹴散らした椅子に座りだして頭の悪い理想論を語るようになったのだから当然だ。

すると2007年にコバセツは自民党憲法勉強会に呼ばれなくなった。パージである

ここでリミッターが外れ、改憲論というのはお笑いリアルと全く接続しない理想論を語るだけのものとなっていく。

例えば若者がチャラチャラして国家について考えないのは怪しからんので徴兵するなど。

日本会議の中枢に居るような新右翼学生運動家には就職せずに大学に残った者も多い。また六本木にあった生長の家などで寮生活を送った者も多い。その集団的生活史が投影されている。

吉田茂は後に吉田ドクトリン撤回して海軍力を増し海洋国家となるべきだと主張していた。これは日本海岸線は長いので防衛力をそこに集中すべしという考えと、当時の日本重厚長大産業国で造船がその筆頭だった事もある。

徴兵海軍に向かず陸軍歩兵に向く。つまり海兵隊のような外地でのの占領などが多い事が前提になるが彼等にはそんな考えは無い。国家意識希薄若者は怪しからんから集団生活をさせろ、国を守るのは美しい行為から戦争従事させろというだけだ。

 

またいつのまにやら立憲主義否定されて憲法国民が守るべき事柄になっていった。

コバセツを追い出して何年も顔をつき合わせて「現憲法には国家を統制するような事ばかりかいてある、おかしい」とやっていたのである

何年も何百時間も掛けてバカの思いつきを言い合って論議のつもりだったんである機械ばらして直せなくなるガキかよ。

それに対する言い訳は「家族愛は良い事だ」などであった。良い事だから朗読しましょうというのが憲法だと思ってたんである。良い事を書くと良い国になると思ってるんである

まり彼等は憲法どころか毎日やっている立法の仕組みも判っていない。法律が肉付けされて権力を持つ仕組み=政令省令の事や閣法の提出過程も判っていない。

これは左翼神学的で実学接続しないので憲法学者微妙な扱いされていた20数年前の完全に裏焼きであろう。

そういえば日本会議の活動家たちが動いて成立させた国旗国家法や年号法などには政令が無い。普通立法プロセスが付いていないのである

 

こうして「改憲」は厨房タームとなり、現実に即した意見を言う人との評価が欲しい人は避けるようになってしまった。「南京虐殺朝日新聞捏造によるもの」とか「地政学的にナンタラ」と類似コンテンツとなってしまった、

 

安倍閣下の華々しい業績はこれだけではない。

南スーダンPKO日報破棄はその最たるものだ。

南スーダンの情勢が悪化自衛隊PKO活動をしている地域危険に晒された。他国から派遣されている軍を置いて撤収していいのか?これは改憲上の一番重大な局面だ。

今回は撤収するにしろしないにしろ国民の皆さん、憲法の枠内に納まるよう戦闘地域では活動しないという区切りPKO活動をしてきましたが、コソボ以後のPKOは変化し、戦闘状況では積極的な介入により平定を維持するというポリシーになっています。今後もこのように情勢が悪化して危害射撃をする必要に至るでしょう。憲法PKOポリシーを変える為の議論をする時です」というのが改憲派の筋である。そしてその時である

なのにたかがその場の政局が荒れる事を忌避した聖帝閣下はそんな事に興味は無かった。日報を破棄させる圧力をかけたのである現実に即した改憲に至る正統な道筋と思わなかった。改憲は既にガキ臭くて老害じみたルサンチマンを集合させる事でその手の固定票を集めるフワついた寝言であったか自衛隊憲法問題なんて気にも留めなかったんであるな。そしてその寝言化を成し遂げたのも聖帝閣下とお仲間の努力の賜物であった。牟田閣下前線から離れて芸者遊びを続けたような血の滲む努力の。

 

更にこの件では防衛大臣が辞任する運びとなった。

だが隠蔽責任を率先して取ったのではない。後から無くなった筈の日報が出てきたのだ。

まり自衛隊に後ろから刺されたのである制服軍人スーツ政治家が統制するのが文民統制であってこれが失われると国家破滅に突き進む。そんな憲政上の大問題だ。

だがこの自衛隊が成した暴露は正当な行為である。やってはならぬ不正を成さしめそれを是正した事で文民統制上の問題となった。

しか自衛隊活動が蓄積された一部であって、改憲への正当な道筋ど真ん中の事を無きものにするという不正であって改憲派として正気の沙汰ではない。

だがこの時既にこの政権にまともな責任を取らせようという国民意識は無くなっており、子供の間違いのように擁護されて忘却された。

ど真ん中改憲問題はこうして消え去り「家族大事とか良い事が書いてある憲法朗読しましょう」という流れは保護された。

アイドルのような還暦女性ポストを与えた防衛大臣が軍に後ろから刺されるという事態の深刻さにも晒されずに相変わらず神学徒達は安楽椅子ロリポップを舐め続けることができた。

 

安保法制憲法解釈変更問題本来なら改憲問題だ。

だが集団的自衛権への移行に就いて憲法論議国民に投げかける事はしなかった。

この理由時系列を辿ると判る。

2013年に盛んに言っていたのが「戦後レジームからの脱却」だ。更に年末靖国神社を参拝したところ、日米関係戦後最大の冷え込みとなった。

太平洋地域戦後レジームが米国のなした国際秩序という事に気が付かなかったんである靖国参拝英霊への感謝という言説に自家中毒になりA級戦犯合祀から問題化したという事を忘れていたんであるバカな…と思うがそれが聖帝閣下とその友達だ。

因みに日本会議中枢などの「新右翼」とは反米主義右翼の事だ。戦後体制はYP(ヤルタポツダム)密談による分割であるから打破するというのがその趣旨だ。

こうして2014年には聖帝はオバマに擦り寄るようになった。そんな中で米議会で発表されたのが集団的自衛権への転換である

議会であるのも理由がある。湾岸戦争以後、日本憲法改正させて米国戦争サポートさせるというのは共和民主わず共同認識になっていたのだ。

こういう経緯なので改憲論議という手順を踏まずにやったのだ。

集団的自衛権が必要なら当然改憲の重大な理由の一つになる。だが解釈変更という形で現憲法合法としてしまったのだから改憲カードは無くなった事になる。

 

カンボジア独裁化に関しても何も言っていない。

PKO歴史を知っていたらそのエポック性は無視できない。「日本軍事的国際貢献への一歩とした国であり憂慮している」ぐらいは言うべきだがそうはしていない。

尚、日本民主選挙以前は外国に逃げたポルポト政権承認していた。あの虐殺国民の半分近くを殺しまくったポルポト国家承認したままだったのだ。選挙監視にはそういう理由もある。

 

こういう風に改憲上の最大の障害は聖帝閣下とお友達なんであるが、この状態は方々に都合がよろしい。

護憲派は憲法9条が国際状況にそぐわなくなっている事を考えずに済む。あんだけのバカ草案を出したら改憲反対は当たり前であって、PKOポリシーの変化にどうするかなんて問いを考えなくて済む。コバセツ含む嘗ての改憲派憲法学者も全て護憲派に寝返った。

一方、米国主導の軍事秩序賛同派はイラク戦争賛同の総括をせずに済む。ISIS支配地域にあの連中置いてくるべきだ、なんて意見に晒されずに済む。

そんな情況空白地帯で先人の積み上げた蓄積の意味判らんかった聖帝閣下友達と泥遊びに明け暮れ、田んぼをぐちゃぐちゃにしてしまったが意味が判っていないからなんという事もない。お友達稲田防衛大臣制服に後ろから刺されたのににこやかに軍事パレードを行い、胸に手を当てて国家への忠誠を示したので上機嫌で去っていった。

統計公文書も無くなった国に護憲の要石を深く打ち込みやがて聖帝閣下も去る。

2020-08-20

女性器切除に反対してるブクマカ

そりゃ俺たちからすると反対だけどさ

じゃあどうすんだって話だろ

相手文化否定したところで、相手立場からからするとお前らが間違ってんだってだけでブーメランかえってくるだけ

本当にやめさせようってなったら戦争でもしてその文化に生きる人たちの生活をぶっ壊すしかないだろ

否定を続けてても相手からしたら自分たち生活が脅かされてると判断攻撃仕掛けて来るかもしれない

文化否定して意思に反して変えさせられようとしてるんだから相手からするとその正統性は十分あるぞ

どうするつもりなの?

2020-08-08

anond:20200808112358

そうするとお盆感染拡大に正統性というお墨付きを与える格好になるからなー

ジャンル炎上について思うこと。我々は虎なのだ

腐女子や夢女子のすなる、お気持ち長文というのを書いてみたくスマホを開いた次第である

憧れのお気持ち長文なので、方々から種々様々のヘビーなお気持ちが集まって来たらと今から緊張している。

お気持ち長文の流儀に習い、ライブで打ち込んでいるし、校正もしない予定だ。

から色々追記することもあると思う。

さて。

フォロワーには一発で身バレする、お気持ちを書こうと思った経緯なのだが。

あるジャンルの、いわゆる「コスプレ撮影会炎上」についての、経緯のまとめと、呟いた人の書いた解説RTで流れて来た。

それまで炎上してることしか知らなかったが、ざっくりまとめると、

「このご時世に三密を作って撮影会をしていた(ように見える場面が動画内に多々ある」

交通ルールレンタル会社ガイドラインを守らなかった(可能性が非常に高い。まぁここはほぼ黒のようだ」

本業俳優をしている人間がいた」

体調不良者がいた」

※実際の動画は見てないし、うろ覚え記憶より

……辺りが問題らしい。

かにルール違反は良くないだろう。

しかし、その、「これでヤバさが分からない人はヤバい」と書かれたお気持ち見て、私にはイマイチ、ヤバさが分からなかった。

それらを斜め読みしたけど、大体

「このご時世に炎上したことヤバい

「この炎上が他の炎上のように燃え上がったらどうなるか」

同人でやらかすと公式も問い合わせで疲弊する」

……みたいな話だった気がする。

結局の所、このご時世にやらかしたって文脈しかからなかったので、

可哀想にね、運が悪かったねって感想しか出て来ない」というのと、運とかそういうの関係ない個人コスプレイヤーのやらかしコスプレが苦手になった話を呟いた。

そういう人だって何とかジャンル内に留まってたから次から気をつけて元気出してね。

と、自分としてはそういうニュアンス。他にどう見えていたかは分からないけど。

そうしたら、相手に速攻でブロックされた。

まり炎上を庇って見ず知らずの人にヤバい認定された訳である

たかだかコスプレイヤーに「反省して頑張ってね」と呟いただけで。

私は怒った。怒り狂った。

それから時間その怒りの残り火で、腐女子らしくお気持ちを書いておこうと思った訳である

やべぇ人間だと自分でも思う。

これを書いてるうちに大体落ち着いてきて、事前に地雷避け出来て偉いねって気分でさえある。

けど、最近腐女子や夢女子の紛糾を見てると、私のこの、鬱陶しいお気持ちはだれかに必要なのではと思った。

皆さんは、共感羞恥という言葉を知ってるだろうか。

誰かが恥ずかしがってたり、いたたまれない目に遭ってる姿を見ると、自分まで恥ずかしいというアレである

思うに、オタクというのはそれが人より高くて、同じジャンル炎上とか、時によっては他ジャンルのそれも自分に取り込んでしまうのではないだろうか。

皆さんは、かなり恥ずかしい目に遭った時、咄嗟にどうするだろうか。

私は、キレ散らかす。

自分自身とか、自分をその羞恥に陥らせたシチュエーションとか指摘を暫く憎む。

わざわざ当人にぶつけないくらいの分別はあるつもりだが、それはそれ。腹が立つ時は腹が立つのである

そして、羞恥が落ち着いた頃に「何であんなにキレ散らかしたか」を弁明する。今のように。

または、「これはキレても当然の所業で、私がキレたことにいか正統性があるか」をデータや、時に法令やまとめなども引っ張って来て弁明する。

……皆さん覚えがあることだろう。

前者はこの増田で、後者はたまにRTで回ってくる、学級会や注意喚起である

まり、みんな他人の事が自分のことのように恥ずかしいし、その恥ずかしいというのを認めたくなくて怒りに差し替えているのだ。

そう、これが世に言う『臆病な羞恥心』であるオタク女は虎だ、虎なのだ。がおー!

そして、自分自分親族やらかしのように感じてしまうから、息子の頭を掴んで、

「この子がご迷惑を掛けて申し訳ありません! ほら! お前も謝って!!」とやりたくなる。

そして昨日の自分は、「は? おばさんだれ?? オレ、何で謝んの??」と話をほじってたのでブロックされた。

そんなところじゃないかなぁと思う。

閑話休題

なので、まぁ炎上に限らず、誰かが怒っている時や自分が怒っている時(○○を破損したとか、××に迷惑掛けたとかそう言う奴)、

または自分のような末端のジャンル民の「可哀想にねー」にマジムカむく時。

「それがそのジャンル(の人)じゃなくても同じくらい腹立たしく恥ずかしいか

「仮に地球の裏側で同じ事が起きた時も同じくらい怒れるか」

「それらは法令違反していないか。常習性があるか」

……を考えるのは、結構大事でないかなと思う。

ジャンル全体の罪というクソでか主語はつまり

「私の恥ずかしいを全世界の人に受けとめて共感してほしい!!」という魂の叫びで。

それはきっと、魂の叫び共感者を集める同人というジャンルならではじゃないかなと。

最初コスプレの話に時を戻すと、あれは「交通違反」が悪かったのと、騒ぐのは実際に騒ぐのは陽性者が出てからいいんじゃないかなぁと思うのだ。

事例として出して、「炎上しないように気をつけようね」までだろう。今の時点では。

画面に映っている情報以外に情報が無い時点では、当人たちの「ちゃんとやった」は限りなく黒に近いグレーなのだ

それが民主主義なので。

そして、多分すげぇアンチでも居なきゃ、そんな全カット検証しようなんてならないし、この時期じゃなきゃ、動画じゃなくて写真だったら、屋外だったら…。

ちょっと条件が変われば違ったものキーキー騒ぐ体力は自分にはもうないのである

まぁそんな訳で、結論としては、「運が悪かったね」「元気出してね」な訳である

あと、話は変わるけど、アンチフェミニストオタクもそうだけど、最近の我々、「既存価値観自分アイデンティティ預けすぎ」だと思う。

からジャンルで起こった事で自分尊厳がごっそり傷つけられた気分になるんだよ。

キミのアイデンティティは「このジャンルを推す自分」じゃなくて「何かに夢中になれる自分」だよ。

あとね、同人のことを公式に問い合わせるのはマナー以前の問題から、そこんとこよろしくな。


色々恥ずかしい事は多いけど、元気だしてこー! ふぁいっ!

追記:

これも憧れていた、しつこいお気持ち追記

こんな12時間コメントが付かないお気持ち長文を最後まで読んだ上で、数分差で感想書いてくれてありがとう

まりこの、何か一言物申したいという欲の為に、オタク電車に揺られて本を売ったり買ったりするんだってわかったかな。

良くも悪くも、何か一言物申す権利を求めて金を出す。それがあらゆる娯楽の真髄ではと。

(私は絵師フォロワーも2桁のヘボで…みたいな言い訳も付けると増田感出るだろうか)

2020-07-15

anond:20200715121938

政府正統性は結局のところ暴力依拠するからそんなもん。日本では日本政府が一番強いから一番正当だけど、逆に言えばそんだけ

2020-07-09

anond:20200709164031

「名ばかり」の天皇家必死に頭を下げたり金を払ったりして「箔」を買うのは

国家正統性が欲しかたからだと思ったんよ。

anond:20200709161921

その「箔」が国家正統性とはならんの?

戦国時代だってその「箔」を利用し合ってたようなものだし。

将軍暗殺されることはあっても、天皇に手を出すやつはいなかった。

2020-06-30

導関数計算するまでに100ページ以上もイプシロンデルタしてる数学書なんか読めるかよ

こういう教科書を書いたり、他人に薦めたりしてる連中の自己満足は、本当に目に余る。

商売相手がついこないだまで高校生であったということに想像が行っていない。

そして、どう見ても大して頭の良さそうじゃない連中が、得意げな顔して「厳密性こそが数学正統性だ」みたいなことを言っている。

そういう連中ほど、一生微分積分教科書だけ読んでて、「解析概論は多変数微分積分議論曖昧」とかそんな話しかしてない。

で、数学ができる連中は微分積分なんかさっさと済ませて、より進んだ数学をやっている。

2020-06-06

はてサ

"はてサ"の攻撃性が増している。

IT業界として成り立ち始めた当初からIT業界全体にリベラル気質があふれていた。

それはApple IIのようなパソコン文化だったり、BSDLinuxといったオープンソースだったり、あるいはM$帝国といったアイコン化などでもよく分かる。

IT関係者が当初のユーザーに多くいた"はてな"、特に"はてなブックマーク"にも、それは強く表れていた。

自由環境を好み他人に寛容な典型的リベラル気質の人が多く、東アジア諸国を見下すような愛国主義的なネトウヨもいないわけではなかったが見下されていたように思う。ただ、軽く見られて相手にされていなかったというところかも知れない。

つのからかよく分からないのだが、"はてな"の特に"はてなブックマーク"の雰囲気が変わり始めた。

それはIT関連の記事ホットエントリーに上がらなくなってきた頃からか、政治社会記事ホットエントリーの常連になってきた。世間的には民主党政権の前か、最中か、後か、どうなのだろう。

それと共に、寛容さは失われ、攻撃性が増してきた。

汚物は消毒だ~」というフレーズと共に半ばジョークとして半ば真剣に語られていた「モヒカン族」が、特にジョークであったはずの部分が現実化してきたようだ。元々「モヒカン族」は論理棍棒相手を打ちのめすという合理性暴力性の合わさった存在として恐れられていたが、その合理性独善化して自己完結化した結果、自分正義合致するか否かで暴力を振るう相手特定攻撃正当化するように変容していった。これは、モヒカンの各氏が変わっていたのではなく、モヒカンを許容する"はてサ"社会が変わっていったと考えるのが正しい。

それは、表現規制フェミニズム、その他様々な社会問題・政治問題でよく観察される。

一方、現実社会では、民主党政権奪取と凋落などもありリベラルという看板が色褪せてきたためか、あるいは大陸中国の台頭もあって国際協調路線から民族主義的な危機感からか、世の中が左翼的な傾向から右翼的な傾向へ移行し始めている。それは、リベラリズムグローバリズム自分を救ってくれないという限界に対する失望感なのかもしれないし、対照的自分を助けてくれそうな地域社会から見直しいるからかもしれない。

"はてサ"が変わっていった一つの要因としては、そういった現実社会でのリベラリズムの退潮と無関係ではないだろう。

正義が揺らぐとき、その正義正当性の是非が問われ、是であれ非であれ互いに正統性を主張することになる。それは寛容さを失わせ、自分の考え以外を異端排除する方向へ向かうことになる。

正統性を求めるあまり狂気に走った事例というのは、古くは宗教戦争からフランス革命ジャコバン派暴走スターリン粛清クメールルージュ虐殺など数えきれないほどある。昔から、人を狂気に駆り立てるのは、悪ではなく正義なのだから

いずれにせよ、そのようにして"はてサ"の寛容さは失われた。

"はてサ"でも現実社会左派でも結局残ったのは、他人に対して攻撃性を示す人たちばかり。政治世界でも、報道でも、自らの正当性を主張して他人非難攻撃するのが左翼の姿になっている。かつてケネディが言った「あなたの国があなたのため に何ができるかを問うのではなく、あなたあなたの国のために何ができるのかを問うてほしい」という精神は、現状のリベラルの中には全く残っていない。

そのような有様で党派抗争に夢中になっている人々からは、何かを成し遂げようとする人は離れていく。

何かを成し遂げるためには、党派抗争は有害邪魔なだけなのだから。けれども中にいる人には、その党派性こそが守るべき正義であり全てであるから、離れる人をも攻撃してくる。不正義に協力していると。そして更に教条的になり、異端排除、先鋭化していく。

もう、"はてな"ユーザーの中には、新しく何かを産み出すという気質は失われてしまったのだろう。

それは仕方のないことかもしれない。

2020-03-04

創作学科美大音大になれない理由存在意義

私立大学には「創作学科」が設置されているところがある。

名称大学によりさまざまで、早稲田大学だと「文芸ジャーナリズム論」、法政大学だと「日本文学文芸コース」、東海大学は「文芸創作学科」などがあり、ここでは旧来の文学部での文学研究ではなく、小説などの実作について教授することになっている。

美大画家アーティスト音大演奏家作曲家養成する場所だとしたら、創作学科作家小説家を養成する場所だ。

しかし、今活躍している作家の経歴を見た時、創作学科出身の人がいないわけではないが、特に多いわけでもない。むしろ少数派だ。

美術館に展示される画家ほとんどが美大を出ており、クラシック演奏家ほとんどが音大を出ているのに比べたら、創作学科作家関係は、美大音大とは異なると言えるだろう。

まり創作学科卒業することと、作家になることの間には、あまり因果関係/相関関係がないように思われる。

その理由

1.入試

美大入試ではデッサン実技試験があり、絵心ゼロの人は入学できない。入試合格するには、美術予備校に通って技能を身に付ける必要がある。

音大に入るにも、プロ演奏家個人レッスンを早いうちから受ける必要があり、技能や才能がないと音大には入れない。

しかし、創作学科場合入試において文芸創作の才能が問われることがない。

英国社の偏差値さえ高ければ、創作学科最高峰早稲田にも入れてしまう。

小説を書く才能ゼロでも入学できて、卒業してしまうのが日本大学創作学科なのだ

美大を出ている人は一般人よりも絵が上手いし、音大を出ている人なら演奏が出来る。しかし、創作学科出身というだけでは、何の才能も技能保障しない。カクヨムやなろうの底辺ユーザーよりも才能がないのだって普通だ。

逆に、小説の才能がいくら高くても、ペーパーテスト勉強ができないと有名大学の創作学科には入れない。東京芸大入試学力ほとんど問われないのとは対照的だ。

創作学科に入る・入れないが、作家になる才能と全く関係ないのだ。

2.学歴

現代美術世界では、美大を出ていることが作家作品正統性保障する。一般人が見たら落書きのような絵に何億円もの値段が付くのも、その「落書き」が美術文脈にありますよと美術界隈の人が思っているからであり、その文脈にあるかどうかを判断する際、美大を出ているかどうかは大きな問題になる。

音楽場合も、クラシック場合は、学歴演奏家正統性保障する。ピアノ教師が有名な音大を出ているかどうかで、レッスン料は大きく変わってくる。

このように、美大音大学歴は、業界内において正統性保障するラベルとして機能している。

しかし、創作学科を出ているからと言って、作家芥川賞直木賞を取りやすくなったりはしない。

新人賞でも特に有利にはならない。美大音大のような学歴効用が、創作学科には全くないのだ。

3.結論

創作学科作家になりたい若者気持ちを満足させるだけで、実際のところ大学側の客寄せ以外には役だっていないのではないか

大学当局も、どこまで本気で作家養成しようとしているかだいぶ疑問で、大学によっては創作学科でも普通文学研究者が教えていたりする。

美大音大が曲がりなりにも芸術家を育てようとしているのとは対照的だ。

いったい創作学科存在意義って、大学側の集客以外にあるのだろうか?

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