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はてなキーワード: 和声とは

2021-09-06

anond:20210906030850

そこらへんのボカロP程度ならアウトかなあ

作曲家などと僭称するくらいなら最低限和声対位法管弦楽法マスターしてからにしてほしい

2021-08-09

自分がどのような音に囲まれていたのかを抜き書きしてみる。その19

https://anond.hatelabo.jp/20210727174051

高校生の頃に、田中賢の「打楽器吹奏楽のためのメトセラII(1988)」がはやった。

2021年現在テレビ深夜アニメBGMパレットは二つに大別できる。一つはリディアン・クロマティック・コンセプトを通過した近代和声と、そうではないテオドール・デュボワ直系の古典和声だ。

私が高校生の頃、まだまだテレビアニメのBGM古典和声作曲されていた。田中賢のメトセラIIも最初は無調的に始まるものの、最終的にはニ調の旋法和声で終止した。全日本吹奏楽作曲コンクールの優勝作品のような無調では終止できない時代だった。日本はまだまだ後進国だった。

anond.hatelabo.jp/20210809090546

最初は無調的に始まるが、なぜかニ調で終止」なる音楽を愛好する層が、モラルを破るのは当然だと思っている。

このような楽曲は、西洋音楽ではなくて洋楽なのだろうと高橋悠治過去に言ったことがあるが、「洋楽」は何ら決まり規則のようなものはないので、どうにでもルール作成できてしまう。

ルールがないまま見様見真似で作り、それを模倣し、さらコピペしているのが吹奏楽業界である

そういう人たちは、↓のような吹奏楽作品演奏することは未来永劫にわたってないだろう。

vimeo.com/20067456

2021-08-07

anond:20210807201145

それ、不器用からじゃなくて独学だからじゃね?

ピアノ教室通えよ

和声勉強すればすぐ理解できる

2021-07-27

自分がどのような音に囲まれていたのかを抜き書きしてみる。その18

https://anond.hatelabo.jp/20210717201205

まだ作曲では和声法で、ピアノだとショパンワルツだったころ、私も立派なファミコン少年だった。

もちろん、買ってくれなかったソフトというものがいっぱいあり、その中に「ファンタジーゾーン」があった。思い返せば、題名に「ファンタジー」と名付けるきっかけになったのはこのゲームだったのかもしれない。

ファミコン版は1987年が初出で、MSXセガマークIII1986年だが、セガマイクロソフトからたこソフトは明らかに知らなかった。私はアーケードFC版をどこかで覚えている。おそらく友達の家に行ったか、親戚の家でやったかゲームセンターでプレイしたのかの3択だったのだろう。

買ってもらったことがないゲームなのに、なんでこんなに覚えているのかがわからなかったが、最近その謎が解けた。

BGMは各コンシューマによって微妙アレンジされている。

FC版はスタートボタンを押すと「ぴろりろりろりろ・・・・」とサウンドエフェクトが入る。

このサウンドエフェクトは「完全4度進行のユニゾンから、途中で1/4音ずらしたユニゾンに変わり、その後に半音ずらしたユニゾンに変わる」のである

小学生だった私は、何回聴いてもこれがどうやってできているのかがわからず、最初は完全4度進行のユニゾンなのでピアノでそれを弾いて覚えていた。自作曲にも中学時代頻繁に入れていた。

BGMで生の完全4度進行なんてものは、今のゲームミュージックではほとんど行われていない。当時は同時発音数が極端に少なかったので、こんな細工ばっかりやっていた。1/4音ずらしはほんとによく流行っていた。

その後半年くらいしてパラトーリ・ブラザーズの弾くシェーンベルクの室内交響曲第1番で、完全4度進行の例を現実聴くことになった。当時のファミコン少年は、後出し音楽史を知った人間が多くいたはずである

言語化絶対音感から学べ

波動の様子を切り取りドレミファソラシ、それ以外の枠に収める

複数の音のまとまり和声構成要素に分解できる

これは卓越した言語化能力と言える

2021-05-29

エンジン

無音がいかんのはプリウスで分かるが

もっと愉快にならんかね

和声が出ると快い

化粧力だ時代

anond:20210528185238

ゲームオペラをやる必然性がないからでしょ

どこからオペラの話が出てきたの?

それにオペラをすっ飛ばしたところにあるゲームならではのクラシカルポップスからこそ面白くて評価されてんでしょ

違うよ。ドラクエ音楽クラシカルポップスではないよ。「面白くて評価されてる」はまあ雑に言えばそのとおりだけど。

んー、ドラクエ知ってんの?

すぎやまこういちだけ知ってて実はドラクエは興味ないんじゃない?

TUSHIMA云々言ってた増田といい、玄人ぶった分かりにくく新規性だけを求める、ある意味薄っぺら感性のほうが問題あるわ

外部に頼んだほうがいいっていうのはすぎやまこういちゲーム音楽作曲家ではなく、もともと劇伴でも実績があるから

すぎやまこういち自身外野だったの。


まずあなたクラシックやらクラシカルポップスやらオペラやら、用語理解が雑。

和声コード進行持ち出した程度で玄人になれるんなら仕事に困らないよ。

2021-05-28

anond:20210528000642

厳密に言うとクラシックですらない

すぎやんのオケ曲は和声進行ではなくコード進行で考えてある

かといって楽器法に明るくないポップス上がりの作曲家が作れる曲でもない

後継者探すなら売れてるゲーム音楽作曲家じゃなくて劇伴から連れてきたほうがいい

2021-02-10

クラシックガイド増田) を見やすくしたよ。

 anond:20210210062305 (クラシックガイド) を見やすくしたよ。

 はてな記法で、分類表示した。テキストは変えていません。

 

   §1600年代前半

イタリア

ドイツ

 

   §1600年代後半

イタリア

おフランス

ドイツ

イギリス

 

   §1700年代前半

イタリア

フランス

ドイツ

イギリス

以上1600~1750年が「バロック音楽」の時代

 

   §1700年代後半

古典派音楽」の時代

イタリア

フランス

  • ゴセック  (日本では「ガヴォット」だけが有名)

ドイツ

オーストリア

 

   §1800年代前半  (晩期古典から初期ロマン派

イタリア

オーストリア

ドイツ

 

   §1800年代中盤  (盛期ロマン派

ドイツ

イタリア

フランス

ポーランドフランス

ハンガリー

ロシア

 

   §1800年代後半

イタリア

オーストリア

ドイツ

フランス

チェコ

ロシア

北欧

 

   §1800年代終盤から1900年代初頭  (後期ロマン派印象派音楽

イタリア

オーストリア

ドイツ

フランス

チェコ

ポーランド

ロシア

イギリス

北欧

 

   §1900年代中盤以降  (第一次大戦終了によってロマン主義印象主義が古くなった時代に真価を発揮した作曲家たち)

ドイツ

オーストリア

フランス

いわゆる「6人組」の時代現在でも有名なのは

現代音楽私的により重要なのは

ハンガリー

チェコ

イギリス

ソ連

間違いだらけのクラシック音楽史の表を修正してみた

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1664833

↑このブコメ賞賛されている表がかなりデタラメなので修正してみた。

とりあえず同じように1600年代から始めます。「オケゲムマショーパレストリーナジョスカン・デ・プレがないぞ」とかい意見もあるようですが、それはもっと以前だから書いていないだけです。

作曲家の「生まれた年」ではなく「主に活躍した時代」で書きます。これに文句を言っている方もおられるようですが、何故かと言うと例えば生まれは1600年代終盤だけれど音楽家として活躍し世に認められたのは1700年代になってから、といったような例があるからです。

「あれは記憶だけで描いてるから素晴らしい」とおっしゃる方もいらっしゃいますが、これも資料などは参照せず、ほぼ脳内情報だけで書いております

1600年代前半

イタリア

モンテヴェルディ(みんな知ってる「私を死なせて」)、カッチーニ(「アヴェ・マリア」が有名だが実はソ連音楽学者ヴァヴィロフの贋作。真作で有名なのはアマリッリ」)

ドイツ

シュッツ(「ドイツ音楽の父」として有名)、シャインシャイト(以上3名は「ドイツ三大S」として有名)

1600年代後半

イタリア

コレッリ(「ラ・フォリア」が有名)

おフランス

リュリバロックフランスオペラ第一人者

ドイツ

パッヘルバル(「カノン」だけが有名)

イギリス

パーセルオペラ「ディドーとエネアス」が有名)

1700年代前半

イタリア

ヴィヴァルディ(「四季」の人)、アルビノーニ(「アルビノーニアダージョ」が有名だが贋作。真作で一般に有名な曲は無い)、ペルゴレージ(「スターバト・マーテル」が有名)

フランス

クープランチェンバロ曲で有名)、ラモー音楽理論とオペラ

ドイツ

バッハ名曲多数)、ヘンデル日本では「音楽の母」などと呼ばれたが女性ではない。「メサイア」「オンブラ・マイ・フ」「水上の音楽」など)、テレマン(「食卓音楽」で有名)

イギリス

ヘンデル帰化

以上1600~1750年が「バロック音楽」の時代欧州における「絶対王政」の時代とほぼ重なるという見解があります

1700年代後半

古典派音楽」の時代啓蒙思想によって理性が重視され、それが音楽に影響を及ぼした時代です。

イタリア

チマローザオペラ秘密結婚」)、パイジェッロ(「うつろな心」)、ボッケリーニ(「女ハイドン」の異名を持つが男性)、サリエリオペラ巨匠

フランス

ゴセック(日本では「ガヴォット」だけが有名)

ドイツ

グルックオペラオルフェオとエウリディーチェ」)

オーストリア

モーツァルトハイドン兄弟

1800年代序盤(晩期古典から初期ロマン派

音楽における「ロマン主義」は文学絵画よりも遅れて1800年代になってから現れます。この時期は古典派音楽からロマン派音楽への過渡期です。

イタリア

ロッシーニオペラウィリアム・テル」「セビリアの理髪師」など)、ベッリーニオペラノルマ」など)、ドニゼッティオペラ愛の妙薬」など)

ドイツ

ベートーヴェンヴェーバーオペラ魔弾の射手」など)

オーストリア

シューベルト未完成交響曲 D 579、歌曲集「冬の旅」など)

1800年代中盤(盛期ロマン派

音楽におけるロマン主義成熟し花開いた時代

ドイツ

メンデルスゾーンシューマン世代的にはワーグナーもここに入る(この時期はオペラ「リエンツィ」「タンホイザー」「ローエングリン」など)

イタリア

ヴェルディ前期(オペラマクベス」「リゴレット」)

フランス

ベルリオーズ幻想交響曲

ポーランドフランス

ショパン

ハンガリー

リスト(本人はハンガリー人を自認したが実際はドイツオーストリア人で本来ハンガリー民族要素は無いのでドイツオーストリア音楽として捉えるのが正しい)

ロシア

グリンカオペラルスランとリュドミラ」)、ダルゴムイシスキーオペラ「石の客」)

1800年代後半

1848年革命の失敗により、ヨーロッパ音楽雰囲気も暗くなって参ります

イタリア

ヴェルディ後期(オペラ椿姫」「アイーダ」「オテロ」「ファルスタッフ」など)

オーストリア

ブルックナー交響曲では4番と7番、8番が有名だが初心者に聞きやすいのはむしろ1番と6番だと思う)

ドイツ

ブラームスブルッフヴァイオリン協奏曲第1番が有名)、ワーグナー後期(楽劇トリスタンとイゾルデ」「ニーベルングの指環」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」)

フランス

オッフェンバックオペレッタ天国と地獄」など。実はドイツ人)、グノー(オペラファウスト」)マスネ(オペラタイス」など。「タイス瞑想曲」)、サン=サーンス長生きしたので今年没後100年)、フランクバッハ対位法ベートーヴェンの劇的構成ワーグナー和声を融合した究極の交響曲作曲したが実はベルギー人)、フォーレ(「レクイエム」「幻想水平線」)

チェコ

スメタナ連作交響詩「我が祖国」その中の一曲が「モルダウ」)、ドヴォジャーク(「新世界交響曲」e-moll op.95 など)

ロシア

ボロディンオペライーゴリ公」、交響詩中央アジアの草原にて」、交響曲第2番など)、バラキレフ東洋幻想曲「イスラメイ」)、ムソルグスキーオペラボリス・ゴドノフ」、ピアノ組曲展覧会の絵」)、リムスキー=コルサコフ(交響組曲「シェヘラザード」など)、チーコフスキーバレエ白鳥の湖」、交響曲第6番「悲愴」など)

北欧

グリーグピアノ協奏曲、劇判音楽ペール・ギュント」、ピアノ曲「抒情小品集」、歌曲最後の春」など)

1800年代終盤から1900年代初頭(後期ロマン派印象派音楽

イタリア

プッチーニオペラトスカ(星は光りぬ)」「蝶々夫人(ある晴れた日に)」「トゥーランドット(誰も寝てはいかん)」など)、マスカーニ(オペラカヴァレリア・ルスティカーナ」映画ゴッドファーザー PART III」のあれ)、レスピーギ交響詩ローマの松」などローマ三部作

オーストリア

マーラー11曲の交響曲歌曲)、ヴォルフドイツ歌曲の頂点として非常に有名)

ドイツ

リヒャルト・シュトラウス交響詩ツァラトストラはかく語りき」〈映画2001年宇宙の旅」のあれ〉オペラサロメ」〈裸踊りで有名〉「薔薇の騎士」〈少女漫画オペラ〉)、レーガー(変奏曲と室内楽の達人。歌曲も秀逸)

フランス

ダンディ(「フランス山人の歌による交響曲」は初音ミクが歌った冨田勲の「イーハトーヴ交響曲」の元ネタ)、ショーソン(「詩曲」、フランクの影響を受けた1曲だけの交響曲など)、ドビュッシーオペラペレアスとメリザンド」、交響詩「海」など)、ラヴェルバレエ音楽「ダフニスクロエ」、ピアノ協奏曲ト長調など)

チェコ

フェルステル、ヤナーチェクオペラ利口な女狐の物語」、村上春樹のせいで何故か有名になった「シンフォニエッタ」)、スーク(アスラエル交響曲などが有名)

ポーランド

シマノフスキ(「スターバト・マーテル」など)

ロシア

グラズノフロシア浪漫交響曲集大成した作曲家として有名)、ラフマニノフ無伴奏合唱曲「晩祷」で非常に有名)、スクリャービン神智学に陶酔した交響曲第4番「エクスタシー」と、「神秘和音」を駆使した妄想ピアノソナタで非常に有名)

イギリス

エルガー(「威風堂々」が有名だが真の傑作は交響曲第2番)、ディーリアス(「春始めての郭公を聴いて」は英語圏では誰もが知る名曲)、ヴォーン・ウィリアムズ(「田園交響曲(3番)」と「南極交響曲(7番)」が有名だが5番も捨て難い)

北欧

シベリウスニールセン交響曲第4番「不滅」が有名)

1900年代中盤以降(第一次大戦終了によってロマン主義印象主義が古くなった時代に真価を発揮した作曲家たち)

ドイツ

ヒンデミットオペラ画家マティス」と、その音楽をまとめた交響曲が有名)

オーストリア

シェーンベルク(無調音楽12音楽創始者。彼が最初12音楽による楽曲を完成したのが1921年なので今年はシェーンベルク12音楽100周年。まず聴くばきは「ピアノ協奏曲」「ヴァイオリン協奏曲」「弦楽四重奏曲第3番、第4番」)、ベルク(無調音楽12音楽調性音楽的要素を取り入れて聴きやすくした人。オペラヴォツェック」「ルル」、器楽曲では「ヴァイオリン協奏曲」が有名)、ヴェーベルン12音楽の究極として有名)。以上の3人は「シン・ヴィーン楽派」として20世紀音楽を語る上で非常に重要です。

フランス

いわゆる「6人組」の時代現在でも有名なのはプーランクミヨーオネゲル交響曲第2番と第3番はカラヤン盤もあるので聴いて下さい。このほかオラトリオ火刑台上のジャンヌ・ダルク」も泣けます。実はスイス人)。現代音楽史的により重要なのはメシアン(「トゥーランガリラ交響曲」「世の終わりのための四重奏曲」「彼方の閃光オペラアッシジの聖フランチェスコ」などが非常に有名)。

ハンガリー

バルトーク、コダーイ

チェコ

マルチヌーなど

イギリス

ブリテン(とりあえず「戦争レクイエム」は聴いておくべき)

ソ連

プロコフィエフ大人は「ピーターと狼」みたいなガキ向けの曲は聴かず「交響曲第2番」の暴力的激しさにヒャッハーしましょう)、ハチャトリアン(「剣の舞」とかいう曲は子供の頃運動会で聴いたでしょうから、そんなものより「交響曲第2番」でファシストとの激しい戦いを体感しましょう)、ショスタコーヴィチ世間一般では交響曲第5番が知られていますが、高く評価されているのは4番、8番、10番、14番など偶数番号の交響曲です。真髄はオペラ弦楽四重奏曲です)

20世紀後半以降は省略。

2021-02-05

自分がどのような音に囲まれていたのかを抜き書きしてみる。その6

https://anond.hatelabo.jp/20210201193917

8歳で格差を感じて、9歳で立派にダメ男子で、10歳前には初恋を覚え、11歳でシェーンベルクを読み、12歳でメシアンを読み、スクリアビンに到達したのが13歳の4か月ほど前であった。クセナキスを知ったのと同時期である

全音楽譜出版社から安くスクリアビン楽譜が出たので、お小遣いで買えたのである。当然クセナキス楽譜なんかブージーやサラベールなので買えるわけがなかったが、日本から出ている楽譜は手に入った。同じ時期に「法悦の詩」をNHK-FMエアチェックで聞いたので、それで興味を覚えたんじゃないかと思う。

もともとスクリアビン楽譜は、ヤマハの教材に載っていたので、それでぱらぱらと知って興味を覚えた。しっかり買って譜読みをしてみようと思ったのが中学1年の時だった。

スクリアビンは手が小さく、日本人の手でも了解可能な指遣いが多かったのである。もちろん先駆者井口基成氏であるが、彼の世代ではまだ首都圏ピアニストけが弾いていた。全音から出ると同時に一気に田舎中学生に広まったと感じている。

この、スクリアビン全音から出るというのは、先輩方にとっては、相当ショックだったようだ。

なぜならスクリアビン楽譜ベリャーエフ出版社というロシア音楽を専門にしている出版社一曲づつ売っており、収集は相当な金額になった。富裕層でもバイトして買っていた。それが、田舎中学生のお小遣いで買えるのだから、そりゃへこむだろう。

最初に読んだのは2番だったが、その次にゆっくりゆっくりソナタの第4番の第1楽章を譜読みした日を、まだ覚えている。

近代和声を初めて耳ではなく指で覚えたような気がしている。ジャズピアニスト志望で耳コピする中学生も、こんな感じだったのだろうか。

で、極めつけは終わり近くの4:3。あのパッセージは本当に天国的で、あのような浮遊感をまだ自分の曲で出せていない。

第2楽章ラストになると、ずっと左手はけたたましく連打になるため、夏に窓を開けて弾けば、周囲にまる聞こえになっていた。さぞかし遠くまで私の音は飛んだだろう。中学時代スクリアビンが手にも耳にも合っていた。

合わなくなってからは、スクリアビンはさほど弾いていない気がしている。

2021-01-07

自分がどのような音に囲まれていたのかを抜き書きしてみる。その0

https://anond.hatelabo.jp/20210124182909

これはすべてしゃべる必要があると思っている。私は作曲ピアノの道に入った経緯を人に話していない。話しても理解してくれないから。

ここから先はすべて本当の話である

私の父親は暇さえあればパチンコを打っており、当時2歳の私を腹のあたりに抱えて、パチンコを打っていた。今では考えられないが、すべての客がタバコを吸っていた。煙の揺らめきとともに、パチンコ玉が転がり落ちてゆく。大して勝っていなかったように思う。

帰宅したら、どうやら私は機嫌を損ねたらしい。仕方がないので、テレビをつけることになった。

偶然ペリーヌ物語のオープニングだった。

ミュゼットの懐かしい音質、おそらくフロリンド・サッソーネ楽団から引用であろうヴァイブラフォンのオクターブオズバルド・フレセド楽団経由のドラムスと、タンゴを知ってる者なら次々と出てくる金属的な音。

もちろんこれらの音楽的な意味も分からず、私は世界名作劇場の枠を見せろと、親にせがんだらしい。

ペリーヌ物語赤毛のアントムソーヤ冒険、南の島のフローネはすべてリアルタイムで見ているはずである。そこから先は見ていない。

こうして小学校に入る前に、近代和声のほぼすべてを掌握してしまったので、ピアノのレッスンは苦痛だった。当時のアニメのオープニングも職業作曲家が本当にフルスコアを書いていた。振り返れば、贅沢な時代を過ごしたものだ。

それだけでは音楽家になれるわけがないだろう。問題はこの先だった。

当時デパート屋上ゲームセンター相場が決まっており、どこの地方都市でも一緒だったはずである。私の故郷もこれで、ここに連れて行けとせがんだ思い出が残っている。

そしたら、100円玉を与えてくれて、真っ先に遊んだのがPole Position IIだった。コンピュータが正確無比に音符を奏でることが、小学校低学年の私にはショックだった。

とにかく、生楽器ではない音源の音が、当時の私には美しく聞こえたのだろう。この「生楽器ではないのに綺麗な音」というものを、ゲーム遊んだ3年後に現実に見ることになった。

「…それでは平部やよいさんのアルトサックスGS-1とオーケストラのためのSong of Nostalgiaを…」

この作品演奏のために、わざわざグランドピアノしまい、GS-1を出したのであるGS-1といってもほぼ通じないので説明するが、ヤマハが出したデジタルピアノの機種である。まだクラビノーバという単語がなかった。

このデジタルピアノの音はいまだに忘れられない。かなり高価だったのか、私の出身地でこれを購入した人は少なかったように思っている。

音がどうして、こんなに綺麗に鳴るのか、という問いが私の中で目覚めたのだろう。そこから勉強は早かった。

もう現代音楽ピアノピースなら、小学5年で買っていた。ハーモニクスを覚えたのは石井眞木の「彼方へ」だったはずである

微分音を最初に聞いたのは中学2年だった。イワン・ヴィシネグラツキーの「互いに12Hzずれて調律された2台のピアノのための24の前奏曲」がFMたまたまかかったのである。厳密にはヴィシネグラツキー微分音は計器で測ったものとは違うのだが、そんなことが中学生に分かるはずもなかった。

現代音楽 1945年以降の前衛」も高校時代本屋立ち読みして、「この程度か」とさっさと読了した思い出もあった(この本の原著第3版は学部生でも読むのが大変なので注意)。

数学のように厳密性を重視しなくとも曲は書けるので、現代音楽先読み可能だと思う。ただし、児童強要してはならない。それは意味を持たない。

誰一人国際メジャーを制した音楽家がいない土地だったが、自分情報収集することはできた。

2020-10-27

anond:20200927164658

10msは基準がキツすぎないか?w

なお、音程の正確さを言い出すと、和声的に合っているのか旋律的に合っているのかという話にもなるし、そもそも歌が平均律で合ってていいのかという問題にもなる。(オレはそれじゃダメだと思う)

2020-10-26

『翼ある人びと』整理

『BADDAY』『星逢一夜』『金色砂漠』と進んできたけどなんかしっくりこなかった因数分解したい。

金色砂漠』は最初花乃さんが明日海さんに(もうそれぞれの役名忘れた)死罪を言い渡すのがしっくりきてなくて、友人に話すうちにしっくり答えが見つかって、ああやっぱすごいなあと思ったから。

それから、『fff』に向けてという意味もある。上田久美子氏のクラシック音楽に材をとったものは、もしかして自分受け付けないんじゃないか、いやいやいや、せっかくだから受け付けるようにしておきたい、みたいな?

ああ、本来は『サパ』ブルーレイ購入検討のためであった。

前段:上田久美子氏

金色砂漠』を見たあとに、改めて上田久美子氏についてグーグル先生に尋ねたところ、宝塚への見方昭和なことしててすごい、この文化は途絶えさせてはいけない)、東京労働への考え(東京砂漠という表現と稼いで使ってという燃費の悪さ)が自分と同じで驚いた。そして単純計算して、自分の1つ年下か、ということも弾き出した。出身大学もまあ、親戚みたいなもんだ(言い過ぎか)。

前段:ブラームス

ブラームスイメージは、昔友人が言っていた「俺らの大学気質に合ってるんだよ、クララにひそかに恋しちゃったりしてじとじとしてるところが。あと真面目。交響曲こだわりすぎて4曲しか作れなかった。」「交響曲第4番ほんともうスコアの見た目からして美しい(確か。ベートーヴェンの5番と共にこの2曲を挙げてた)」。

それからビジュアルイメージも完全に髭面のそれだった。若いときのやつあんまり記憶になかった。

自分携帯に入ってる唯一の交響曲が、ヴァントのブラームス交響曲3番だった(あ、最近幻想交響曲入れたんだった)(ヴァントにこだわりがあるわけではない。Kugouの中で選んだ)。交響曲1番、4番はメジャーすぎ(というか主張が強いのかな、メロディラインというか)、2番は自分にとって手垢が付きすぎているため。

あ、あと、暗くてじとじと、とはいえ交響曲1番1楽章とか激しい。

まあとにかく、やっぱ気質なのか、あとはミュールフェルトのおかげか、自分にとっては1馬身出てる作曲家

前段:シューマン

シューマンは、交響曲4番(のVnソロ笑)。あと『子供の情景』の<知らない国々>だ。自分体験としては夢々しい、というイメージ。だけど、これも別の友人が言っていた、シューマンを聞きだしたら、闇落ちしていることに気がつく、と。

あと名高い『音楽音楽家』が3ページぐらいで止まって積読

から

ヨハネス・ブラームスクララシューマンロベルト・シューマン、ヨーゼフ・ヨアヒム

知ってる人らだからと油断していたら名前からなくなった罠。ヨハネス、クララロベルト、ヨーゼフ。

ヨーゼフは、フランツ・ヨーゼフ1世と混ざる…。

フランツ・リストフランツ・ヨーゼフ・ハイドン

史実らしいこと整理

【】翼ある人びと

1838年:『子供の情景 Op.15』『クライスレリアーナ Op.16』

1841年シューマン交響曲第1番 Op.38』。シューマン交響曲第4番初演するもイマイチメンデルスゾーン体調不良によりフェルティナンド・ダーヴィトが指揮)、出版されず。

1845年:三女ユーリ誕生【長女、遥羽らら】

1846年長男エミール誕生【秋音光】。シューマン交響曲第2番 Op.61』

1847年長男エミール死没

1848年フランツ・ヨーゼフ1世即位

1850年シューマン交響曲第3番 Op.97』

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1853年ブラームス20歳クララ34歳、シューマン45歳、ヨアヒム22歳、リスト42歳、ワーグナー40歳フランツ・ヨーゼフ1世23歳)

8月18日バート・イシュルの夏は暑い、今年は特別

9月30日シューマン邸『ピアノソナタ第1番』を弾く

10月:いっぱい滞在。初旬にシューマンが『ヴァイオリン協奏曲 d』を作曲するもヨアヒムが封印21世紀に入り、ワーグナーを先取りしたような斬新な和声使用などの先見性が評価されるようになった)。

秋頃(それ以前という説もあり):『ヴァイオリンソナタシューマン出版提案するもブラームス判断で破棄

11月シューマンのもとに『ピアノソナタ3番 Op.5』の譜面が送られている

12月17日:『ピアノソナタ第1番 Op.1』初演@ライプツィヒヴァンハウスシューマンの紹介でブライトコプフから出版、ヨーゼフ・ヨアヒムへ献呈。シューマンは当初別の作品作品1として出版することを提案していた。

12月30日シューマン交響曲第4番(改訂版Op.120』初演(現在一般的演奏されるのはこれ。翌年出版はするがあまりハネなかった模様)

1854年

1月:『ピアノトリオ第1番 Op.8』@ハノーバー

2月27日シューマン投身エンデニヒの精神病院へ。ブラームスデュッセルドルフへ駆けつけ、シューマン家を助ける。クララとの距離近づく。

春?:『ハンガリー民謡主題による14の変奏曲 Op.21-2』

6月:四男(末子)フェリックス誕生次男、花菱りず】。ブラームス名付け親ブラームスの子供説あり。ロベルトによく似ていてクララもとても可愛がる。

8月:『シューマン主題による変奏曲 Op.9』完成

夏:『4つのバラード Op.10』この曲集の作曲とほぼ同時期にクララへの生涯にわたる愛が始まっている。

1855年クララ手紙の中で「君」と表現。『2つのガヴォット』『2つのジーグ』『2つのサラバンド』『ベートーヴェンピアコン4番のカデンツァ』『格言(この欺瞞世界で)』。交響曲第1番着想(シューマンの『マンレッド序曲』を聞いて)。

1856年フーガ』『前奏曲フーガ a』『モーツァルトピアコン20番のカデンツァ』『キリエ』『ミサ・カノニカ』

4月05日:『惜しみなく与えよ Op.30』

7月29日シューマン

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1857年:『前奏曲フーガ g』『子供のための14の民謡』『モーツァルトピアコン17番のカデンツァ(着手)』

1858年:25歳の時、友人の家で知り合ったアガーテ・フォン・ジーボルト婚約。『セレナード第1番 Op.11

1859年結婚生活音楽活動の制約となることを恐れて婚約破棄

1861年:『シューマン主題による変奏曲 Op.23ユーリエへ献呈。

1863年エリザベート・フォン・シュトックハウゼンブラームス弟子として受け入れるも、ユリウス・エプシュタインに送り返している(彼女まれにみる美貌と才能のため必要以上に惹かれてしまうことを恐れてか、エプシュタインへの配慮か)。

1867年オーストリア=ハンガリー二重帝国誕生戴冠式マーチャーシュ協会ミサ曲はリスト作曲

1869年:36歳の時、ユーリエに心を寄せるも内気ゆえいつもの癖で気持ちを打ち明けられずにいるうちにクラライタリアのラディカーディ・ディ・マルモリートからユーリエへの求婚を容れて婚約させてしまい、ブラームスは怒りをもって『アルト・ラプソディ(ゲーテの「冬のハルツの旅」から断章Op.53』を作曲(別のサイト表現では、プロポーズを承諾したときにわかに不機嫌に。『アルト・ラプソディ』はユーリエへの嘆きの歌)。

1874年フェリックスの詩に付曲(Op.63-5~6)

1876年:『交響曲第1番 Op.68』21年の歳月をかけ完成。

1876or7年 *43歳:「結婚すればよかったと思うこともある。……しかし適齢期のころには地位はなく、いまでは遅すぎる」と友人に語った

1879年フェリックス病没。悲しみにくれるクララを慰めるため、ブラームスは『ヴァイオリンソナタ第1番<雨の歌>Op.78』を作曲クララ「この曲を天国に持って帰りたい」。また同時期にフェリックスの詩に付曲(Op.86-5)。

1883or4年 *50歳:コントラアルト歌手ヘルミーネ・シュピース23歳年下)に出会い歌唱力の素晴らしさと女性としての魅力に惹かれるが結婚にまでは踏み切れず。

1889年フランツ・ヨーゼフ1世から芸術科学のための金の大勲章」を授かる。暮れに謁見。シューマン交響曲第4番初稿版を再演(クララ改訂版派だった)

1890or1年 *57歳:コントラアルト歌手バルビと出会って音楽家としての魅力に惹かれる。

1891年:『クラリネットクインテット Op.115』@バート・イシュル夏。シューマン交響曲第4番ブラームスヴェルナ校訂版出版、世に知られるようになる。

1893年:『シューマン全集刊行ブラームスクララ編纂

1896年

3月26日クララ脳出血で倒れる

5月07日:『4つの厳粛な歌 Op.121』完成。辞世作品とみなされている。

5月20日:クララ没(76歳)。埋葬式のあと体が衰弱し、肝臓癌であることがわかる。

6月:『11コラー前奏曲 Op.122』@イシュル。第11曲「おお、この世よ、われ去らねばならず」。作品を書き終えたブラームス健康は日に日に衰えていく。医者治療を受けても病状は一向によくならず。

1897年 4月3日:没(63歳)

1898年エリザベート暗殺

1937年シューマンの『ヴァイオリン協奏曲 d』がヨアヒムの蔵書から発見される


※出典:ウィキペディアとか奇特な方のブログとかブラームスインスティテュートとか、、余力があれば追記…。

あと書籍類もぼちぼち読んでいきたい

あと映画

2020-04-21

anond:20200419192213

クロード・アシル・ドビュッシー(Claude Achille Debussy フランス語: [klod aʃil dəbysi], 1862年8月22日 - 1918年3月25日)は、フランス作曲家長音階短音階以外の旋法と、機能和声にとらわれることのない自由和声法などを用いて独自作曲を実行し、その伝統から外れた音階和声の用い方から19世紀後半から20世紀初頭にかけて最も影響力を持った作曲家である[1]。

2020-02-16

音感についてまとめてみたのでφ(..)メモメモしておく

絶対音感 ある音の高さを他の音と比較せずに識別する能力

相対音感 ある音の高さを他の音との関係において識別する能力

出典:デジタル大辞泉小学館

国語辞典には載っていますが、楽典には音感は載っていません。

識別方法音楽の分野では心理学の分野だからです。

ヒトには音の高さを感じる能力があります内耳蝸牛聴覚細胞が並んでいて、周波数によって興奮して信号を発する部位が違っています。これが脳の聴覚野で処理されて音の高さとして認識される。

長さに例えると長短は比較できますが「ものさし」がありません。何㎝と分かるには、単位を決めて物差しを作らないといけません。作成したものさしを基準点に合わせて長さを測ります

音の高さはラ=440Hzの基準を決めます周波数が2倍の880Hzの音を人間は「同じ音」に感じます。この音程・音の高さの間隔を1オクターブといいます。合成された波形の周期が元の周期と一致します。音の高さには「トーハイト」と「トーンクロマ」という2つの考え方があり、トーハイトオクターブ単位で違う音はトーンクロマが同じと感じられます

返信を取り消す

周波数が2:3の音程は美しく響き合うと感じられます。合成された波形が単純な繰り返しになります音楽ではこの音程を完全五度と名付けています

2:3の関係で音の高さを決め、1オクターブ範囲を超えたら周波数を半分にして折り返します。こうしてできる12音の音列を半音階といいます。この方法ピタゴラス音律と呼びますピタゴラス音律では13音目が最初のラと「ほぼ同じ」なのですが、このために和音の響きが濁ります不快な「うなり」が発生します。この音程の誤差をピタゴラスコンマと呼びます

これを補正するために、様々な音律半音階の周波数比が考案されてきました。ピタゴラスコンマ分散させています

ピタゴラスコンマを均等に割り振ったのが平均律。きんとうに和声が濁ります

これで、音の高さのものさしが完成しました。

ラ=440Hz と 平均律音程 を 覚えて、半音階上位置を判定します。これが相対音感。ラの周波数は可変です。半音階の音高に「音名」をつけます。が、ドレミファソラシは7音・全音階に命名されていて、半音階は♯♭をつけて表されます

絶対音感は訓練によって、半音階の音の高さを記憶して、絶対的ものさしとして使います記憶には短期間で忘却する短期記憶長期間保持し続けることのできる長期記憶があります短期記憶を繰り返すことで、長期記憶として定着すると考えられています絶対音感・音の高さの長期記憶は、幼児期でないとできないとされています。脳の発達により能力が失われる。相対的な音の高さを思考できるようになると、単純な記憶をする訓練が妨げられる。諸説あります

色覚はたくさんの色を認識することができます。これは光の周波数・波長を感じています日本の文化では、赤橙黄緑青藍紫が波長の順に命名されています

絶対色覚……という用語はありません。緑と青の間にも無数の色があり、これを明確に区別することができないから。

絶対音感は、ドレミファソラシの周波数を固定的に記憶しています

ドとド♯の間の音は「わからない」 精度が低ければ近い方に誤認します。ドに近い・ド♯に近いと分かるために、相対音感で補間をします。

赤~紫の光は、赤・緑・青の3つの合成で作ることができます。0~256の強さで表すと256*256*256の色を表現できます

音には1秒間の振動数で表すHzという単位の他に、音楽では1オクターブを1200分割して1セントとする単位があります

可視光を7分割するのは、日本の文化文化によって色名の数は異なります

半音階12音の音程感を覚えて、相対音感習得しましょう。

絶対音感があると、音がすべて「ドレミに聞こえる」という誤解があります音感があると音の高さが「ドレミで分かる」だけです。もし「ドレミファソラシ~♪」という音声が聞こえていたら、それは脳が作り出したもの生活に支障があるならばそれは「幻聴」という病気

絶対音感記憶している半音階に拘りがありすぎると、強迫性障害発症します。長さが1cm刻みぴったりでないと許せないと言い出したら病気ですね。

人には聴覚から入ってくる情報を取捨選択して無視できる能力が備わっています。これを「カクテルパーティー効果」といいます言語の音声を多数同時に処理できるほうが稀な能力ですし。雑踏の話し声がすべて頭に流れ込んでくるとか、どこからか話し声が聞こえてくるとか言い出したら病院

音感があっても複数パートを同時に処理し記憶することは容易ではありません。そのような優れた音感記憶力は「絶対音感」と誤解されていますが、音感の種類である絶対・相対とは関係ありません。

2020-02-10

anond:20200210093129

和声位少しかじってから言え。

ちなみに俺はベース弾きだが、コードを決めるのはベースから。上物が Edim 弾いててもベースが C 弾けば C7 だし、上が Fmaj7 弾いててもベースが D 弾いたら Dm9 だから

2019-02-06

カノン進行を大逆循環と呼ぶことについて

ググったときに、カノンの進行の正式名称は大逆循環である、などという説は怪しいということが上に出るように増田さんの力を借りたい。俗称の一つとしてならまあ問題はない。いや逆循環コードとは意味が違うので困るという意見もあるが、そんなに呼びたいならしょうがないだろう。ただしかっこいいから呼んでるだけ、にすぎないということだ。

wikipediaの[カノン_(パッヘルベル)]の項目に「パッヘルベルカノンにおける和声進行は大逆循環[2]とも呼ばれ、」とあるがこの出典はどこぞのツイートであり特に説明をしてるわけではない。たとえばカノンコードカノン進行などとという呼び方俗称であるので、適当に大逆循環と呼んでもいいとしても、それが正式名称であるかのような解釈は誤解に過ぎない。ネット上の音楽講座がこの根拠のないwikipedia記述を出典とした実態のない大逆循環を広めている状況に歯止めをかけたい。得体の知れない言葉を好んで使いたがるのはなんとかしたほうがいい。

そもそも日本カノン_(パッヘルベル)の項目にはパイヤールの記述がない点で問題がある。今のカノンが広まったのはパイヤール編曲以後の話でパッヘルベルカノンパイヤールの編曲と言っても過言ではない。この編曲は今普通にカノンとして知られてるもので、バロック音楽としてはありえないような現代風のアレンジだ。パイヤールの録音が1968年なので、実は今のようなカノンが定着してからまだ50年そこらの話でしかない。時期的にはビートルズ活動してた頃の話。パッヘルベルの死後(1706年)からずっと今のように愛されてきたわけではない。

wikipedia勝手に直せってのはなしで、書き込んだことがないので。徐々に知られていけば良い。

2018-08-23

anond:20180823203630

いろいろあるが・・・前衛的なものを出してもしょうがないだろうから、それを省いていくつか。

クラシック

題名Music for Piano

作曲:Irving Fine

作曲年:1947

ttps://www.youtube.com/watch?v=4l0Rxc3MFHA

日本では全くといっていいいほど知られていない作曲家。海外でも再演には恵まれていない。この曲は多くの有名作曲家を輩出したナディア・ブーランジェに献呈された曲。


題名Prélude en Ré♭

作曲:Lili Boulanger

作曲年:1912

ttps://www.youtube.com/watch?v=fT8fJMyOJRw

上の曲で献呈されたナディア・ブーランジェの妹による作品24歳にして夭逝


題名:Sonatine

作曲:Bela Bartok

作曲年:1915

ttps://www.youtube.com/watch?v=raIdacyJtf4

バルトーク民族音楽研究者であったり、かつて存在した国際連盟精神的協力委員の側面を持つ学者肌な作曲家。クラシック音楽を聴かない人でも、日本では劇的!ビフォーアフター使用曲で有名だろう。


現代音楽

題名:Phrygian gates

作曲:John Adams

作曲年:1978

ttps://www.youtube.com/watch?v=-7r8XV1bylY

久石譲が好きだと言うので、おそらくは抑えていると思いますが。題名通り、フリギア旋法に基づいている作品ミニマリズムの反復的な影響を残しつつも形式を重んじ音楽の変化が明確に感じられる作品


題名Piano Sonata

作曲:Erkki-Sven Tüür

作曲年:1985

ttps://www.youtube.com/watch?v=TpUGPptpq1o

北欧作曲家は比較的調性を感じさせる穏健な作風であるため、氏の作品日本でも演奏に取り上げられることが現代音楽にしては多く、受容が進んでいる。ウケが良いのは間違いなく3楽章


題名Piano Etude I "Frozen Heat"

作曲藤倉

作曲年:1998

ttps://www.youtube.com/watch?v=-xwjS8mi8Qo

私が書くより本人の弁を直接読んだほうがいいだろう。

ttps://www.daifujikura.com/un/lw_frozenheat.html


ゲーム音楽

題名フィールド 昼(仮題)

ゲームゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド

発売年:2017

ttps://www.youtube.com/watch?v=xGi23M_5lXg

ゼルダの伝説時のオカリナ以降作品ごとにフィーチャーされる楽器が代わるが、今作はピアノがメイン。ゲームの多くでピアノの音が聞かれる

この音楽インタラクティブミュージックであり、いくつかの音型、強弱などの要素を組み合わせて演奏される。ソース元の動画あくまで一部分であり、ゲームに耳を傾ければもっと多くの音楽が聞こえてくる。楽譜に起こすならば20世紀前衛音楽を参照する必要があり、正直に言うとこれを現代音楽カテゴリに入れてしまいたい気持ちを抑えてゲーム音楽の枠に押し込んでいる。


題名遺跡(仮題)

ゲームゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド

発売年:2017

ttps://www.youtube.com/watch?v=bRB1WlOE6Eg

こちらはインタラクティブミュージックではない。私も書き起こして弾いてみたがこれは未経験者でも少しの練習で弾ける程度に易しい。ピアノをフィーチャーした作品とは言え、純然たるピアノ曲は数えるほどしかない。これはその中の一曲


題名:"β"4

ゲーム:サガ・フロンティア

作曲:浜渦 正志

発売年:1999

ttps://www.youtube.com/watch?v=96FG6hvr-DE

この曲はサガ・フロンティア2で使用された曲を作曲者本人がまとめあげた作品集の一曲清新和声感と統一されたモティーフからゲーム音楽の枠に留めておくには惜しい格調高い作品として仕上がっている。これに限らず、全曲オススメ


リストを挙げると解説を書きたくなるのでこれにてゴメン

URLがh抜きなのはそのまま投稿すると拒否されるからなんだぜ

2018-07-18

anond:20180718013950

横だけど、面白かった。こんな文章増田で読めるのは嬉しい。

 

レスは追っていないんだけど、元増田

はいっても正直なところ、西洋音楽を基にした音楽を、日本的ものとして認めたくないという気持ちもある。

日本の長い歴史から見れば、西洋音楽が入ってきたのはつい最近のことだし、つい最近入ってきただけの音楽価値観社会的支配的になってしまうのは、なんかおかしい。

西洋音楽を取り入れた日本音楽」であれば、それは過去からの発展とみなすことができるけど、

日本音楽を取り入れた西洋音楽」は、過去からの断絶のように感じられてします。

和声進行を基にした音楽」というのはやっぱり西洋音楽である、というふうになってしまうわけです。

https://anond.hatelabo.jp/20180708114227

 

いや、僕は個人的には、演歌日本の伝統ではないと思ってるんですけど、それは個人主観的価値観なんですよ。

僕はナショナリストなので、日本の伝統はかっこいいものであってほしいし、個人的演歌がかっこいい音楽だとは思えないので、演歌日本の伝統ではないとみなしたい、という「個人の感想」です。

から演歌日本の伝統だと思う人がいても、特に問題がない、はずです。単なる好みの違いでしかない。

https://anond.hatelabo.jp/20180714150641

 

というレスが、目をひいた。

 

これは、近代的自我モダニズム私小説問題だと考えたんだけど、違うか?

 ・元増田私小説家的な立場近代的自我モダニズム自明さを持てない。ゆえに自分日本に拠り所となるかっこよさを探すのを止められない(無いのは知っているが)

 ・増田モダニスト哲学科学など、広く使われる手続きにのっとって、我々の限界を探求しつつ知を構造化するしかない。(拠り所の無さを受け入れて)

って感じで対立している感じ。

見当違いのことを言っていたら、以下スルーしてくれ。

 

俺は、元増田立場に近いところにいると感じる。一方、その立場が無理なのは理解している。なれるなら増田立場に移行するのが理想だ。

から増田がなぜモダニスト立場に立てるのかを聞きたい。言い換えると、音楽において自分の基盤を探りたい欲求を止め、なぜ哲学科学方法で済ませられるのか、を知りたい。

 

日本にいると、幼い頃から身近に学者官僚芸術家がいないと、モダニズム自明ものとみなすのはまだ難しいと考えている。でも、意思の力でそれを引き受けられる人がいたなら、その意見が聞きたいのだ。

 

蛇足だが、もう少しこっちの立場を補足すると

日本的なかっこよさを探してしまう感じ」は、「幽霊に取り憑かれている」や「神経症」と言ってもいいかもしれない。

レヴィ=ストロースは、未開社会にもそれぞれ高度な構造を持った文明があるとしたが、日本開国前に持っていた構造の中にあった、かっこよさの幽霊がまだ潜んでいて、日本人の頭の中に巣食っていると言っても良い。そして幽霊が復活する期待を捨てられない(あるいは、幽霊が復活する可能性に賭け、下部構造を変えようとイデオロギー工作を頑張る)

 

下部構造が変わったから、共同幻想も変わりつつあり、その過程にいるだけ、と言い切れればいんだけどな。

除霊方法が聞きたいんだ。

2018-06-16

アイカツ!シリーズ5thフェスティバル!!」について思うこと

 あの日武道館で『輝きのエチュード』を聴きながら、左隣りの人も右隣の人も、嗚咽を漏らして泣いていました。私も泣いていて、まともにサイリウムを振ることすらできませんでした。会場中から鼻をすする音が聞こえてきました。でも、こんな企画をやられてしまうと、あの武道館は一体何だったんだろうと、そう思わざるを得ません。

 別に「卒業」したはずの歌唱担当が『アイカツ』のイベントに登壇することに文句を言いたいわけではありません。「あなたたちは卒業したので来ないでください。歌は全部声優が歌います」なんてことになったら、それこそひどい話です。だからそういうことではなくて、「5周年」にかこつけてイベントを乱発すること自体問題だと思うわけです(というかもうすぐ6周年じゃないですか?)。「思い出は未来の中に」ではなかったのか。「同じ光のなかこれからも 迷わないでわたし歩いていける」と、あの日誰もがそう思ったのではなかったのか。「心に集めるたくさんの永遠」とは、「いやあアイカツは素晴らしいね尊いいつまでも終わらないね」と定期的に執拗確認しないと消えてしまうような「永遠」だったのだろうか。これではまるで、星宮いちごアメリカ行きを無理矢理引き止めているみたいではないか。なんでも弁当スターライト学園も全部放ったらかしにして、無理矢理マスカレードステージに立たせているようなものではないか。霧矢あおいが、光石織姫が、星宮りんごが、一体そんなことをするだろうか。大げさかもしれませんが、そう考えてしまます

 東日本大震災が起きたあの日を契機に、『アイカツ』は「皆で一緒に笑いながら身近な幸せを改めて感じ、明日を信じる力、未来への夢を持てる作品」を目指してきました。「こんなことが起きたら、いままで話したような作品はできないね」と。

——その後、ゲームおよびアニメ企画は、どうなったのでしょう?

加藤陽一)大きな転機になったのが、東日本大震災です。コンセプトを固めている最中2011年3月に、東日本大震災が発生しました。地震が起きた瞬間、僕は東京浅草バンダイ本社で『アイカツ!』の会議に出席していたんです。地震電車が止まったので、車で来ていた僕が3人に声をかけて、皆を送っていくことになりました。TV原発津波ニュースを見ながら進むうち、都心で車も動かなくなっちゃって。結局浅草を出て、皆を送って23区内の家に帰るまで12時間位かかりました。そのとき一緒にいたのが、アニメアイカツ!』の若鍋竜太プロデューサー企画スタッフです。車に缶詰状態で、8時間から10時間ぐらい、地震の影響を目の当たりにしながら、皆で『アイカツ!』のことを話しました。まるで合宿みたいな濃い時間でした。「こんなことが起きたら、いままで話したような作品はできないね」という話もその場で出て。それを受けて書き直した企画書の内容が、そのときの僕らの思いを込めたものだったんです。

——どんなふうに変わったのでしょうか?

 ネガティブ出来事も起こりえるレトロスポ根路線は消えてなくなり、代わりに、「皆で一緒に笑いながら身近な幸せを改めて感じ、明日を信じる力、未来への夢を持てる作品」が必要だろうということになったんです。「トップアイドルを目指すスポ根サクセスストーリー」の部分はそのままに、「温かくて前向きな気持ちになれる作品を作ろう」と、企画ブラッシュアップしていきました。この段階の企画書に書いてあることは。現在のところほぼすべてが、作品内で実現しています。あの震災が、『アイカツ!』という作品にとっての転機だったと思いますね。

アイカツオフィシャルコンプリートブック』(学研パブリッシング2014年、130頁)

 そして『アイカツ』はたくさんの人を「温かくて前向きな気持ち」にし、たくさんの人が前へと進みました。「今日が生まれかわるセンセイション」、「いつだって、ここから、あたらしい夢 どこにだって行けるよ!」。『アイカツ』を観たたくさんの人が「素敵な明日」を迎え、「未来向きの今」から未来へと全力で走り出したはずです。『アイカツスターズ』もそうです。あれだけの作品を前にして、前作とは別の方向へと舵を切るなど、並大抵の覚悟ではできません。巴山萌菜さんもそうです。私は詳しい動向を追ってはいませんが、TVドラマ『賭ケグルイ』のOPを歌っていたようですし、ワンマンライブもやっていたと思いますSTAR☆ANIS/AIKATSU☆STARS!から卒業し、自分の決めた道で頑張っています

 それが、何故こうなるのでしょうか。別にイベントをやるなとは言いません。「卒業」した歌唱担当を呼ぶなとももちろん言いません。ただ、何故今なのか。10周年や20周年まで待てないのか。これではまるで、私たちに「明日を信じる力、未来への夢」なんかないのだと言わんばかりではないか。全く「未来向き」じゃない、完全に過去を向いている。私にビジネスの知見はありませんが、商業的に考えてもこんなやり方では長生きできないと思います

 昨年9月、甘粕試金氏によって『この幼形成熟の世紀に』と題された原稿が公開されました。当時それを読んだ私は「言いたいことはわかるし何も間違ってないと思うけど、アイカツファンダムはそんな人ばっかりじゃないのになあ」とかなんとか思っていました。でも、どうやらもうそんなことを言ってはいられないみたいです。

アイカツ!』が放送終了して新シリーズアイカツスターズ!』が始まった今『アイドル活動!』よもう一度とばかりに『アイカツメロディ!』が来ることの意味は、先述の原稿の論旨で言えば「和声」的解決意味することになり、『アイカツ!』も円環的時間気持ちよさによって欲望生産する作品だったという結論にならざるをえなくなる。それを証し立てるきっかけになったのが「シリーズ5周年記念企画」の楽曲だったという事実は、フランチャイズ圏内にある作品ファンク的時間を持つことの不可能性をも証明してしまったのではないか。このことに私はほとんど嘔吐せんばかりになってしまったわけです。

「なんで和声的ならダメなの? 気持ちよければ良いじゃん」という問いに答えるには、それだけで一つのまとまった原稿必要になるのでここでは書きません。フランチャイズに話を絞りましょう。ここ数年で最も忘れがたいフランチャイズ批判高橋ヨシキさんが『ローグ・ワン』を前にして発表した「幼年期の終わり 〜さようならスターウォーズ』〜」を部分的引用しま

観客が耽溺し続けること自体を難ずる権利はぼくにはありません。〔中略〕それでも、観客を「耽溺させることを目的に」商品を作り、供給することは邪悪なことではないかとぼくは思うのです。

〔中略〕

なぜなら、それは観客を消費者へと変え、幼児化させ、駄々っ子のように振る舞うことを是とするものであり、その駄々っ子の口に好物を際限なく突っ込み続けることで、彼らを判断能力を失った中毒患者へと変える行為からです。

〔中略〕

「前へ!」というのは、ルーカスだけでなく、どのようなクリエイターにとってもいちばん重要姿勢だとぼくは信じています。その先に何があるか分からなくても、あるいはそれがどういう評価を下されるにせよ、とにかく 「前へ!」。これはクリエイターに課せられた祝福でもあり呪いでもあるのですが、「前へ!」という大前提は旧三部作でも、またプリクエルでも(プリクエルは実は後退していたわけではないとぼくは思っています。何度も言いますがコンセプトに対してエクセキューションが貧しかったのがまずかった)、そして部分的ではあれど『フォース覚醒』にも共通していました。前へ!

〔中略〕

ところが『ローグ・ワン』は「もはや前に進む必要などない」という、ルーカスフィルム/ディズニー宣言のように、ぼくには見えました。なぜ前に進む必要がないのか? なぜならそれを誰も望んでいないからです。誰も、 というのは『スター・ウォーズ世界に耽溺することに慣れきった観客のことです(ぼくも含みます

〔中略〕

興行的に、『スター・ウォーズ』が「前へ」進む必要がないことを『ローグ・ワン』は証明してしまったのです。

Crazy Culture Guide Vol,30-30,5(http://www.mag2.com/m/0001673228.html

 SWシリーズにまったく思い入れを抱いていないうえに『ローグ・ワン』も(ドニー・イェンドン・キホーテ役をやっている映画なのだし)楽しく観ることができてしまった私は、当時「はぁ、そういうものなのかなぁ」程度にしか読めなかったのですが、少なからず前のめりに接してきた『アイカツ!』5周年企画に際して、これらの文章は「あっ、この状況を言ってたのか!」という今更の得心とともに蘇ってきました。「前へ」進む必要がないこと、それは「和声」的時間に閉じること、フランチャイズの体系に閉じること、円環的時間=手回しオルガンの歌に耽溺しきることを意味してはいいかベケットらを念頭に置いて「終わる必要がない」作品だと言うとき、それは「終わりが永遠に引き伸ばされる」作品偽装された姿を言っていはしないか。それこそがフランチャイズの罠であり病ではないのか。という疑惧と危惧が一斉に襲ってきたわけです。これは単に「前に書いた文章矛盾しちゃった」から狼狽えているのではありません。「あれっ、自分は《これ前にも聴いたことあるわ、良いわ〜、知ってるわ〜、延々と続けられる正当な伝統、良いわ〜》みたいなことに気持ちよくなりたくてこの作品を支持してたのか? そもそもこれってそういう気持ちよさを是とする作品だったか?」という、本質的な足場が揺るがされたことに原因があります。それも公式の「5周年記念企画」によって。

甘粕試金『この幼形成熟の世紀に』(http://petrushkajp.blog.fc2.com/blog-entry-165.html

 

アイカツシリーズ5thフェスティバル!!」を楽しめる人を悪だとは一切思わないですし、主催者ダメだとも思いません。もちろん、私が正しいとも一切思っていません。私も何かの手違いでチケットを手に入れたら、それはそれでそれなりに楽しめるんじゃないかと思います。そりゃあ声優歌唱担当が揃ったら嬉しいです。生アフレコなんてしたら最高です。そりゃそうです。ただ、あの日「車に缶詰状態」で「合宿みたいな濃い時間」を過ごし、それを受けて書き直した企画書は、そこに込められた思いは、「皆で一緒に笑いながら身近な幸せを改めて感じ、明日を信じる力、未来への夢を持てる作品」とは、こういう類のものだったのか。木村監督プロットを書いた「大スターいちごまつり」のMCの「みんなの今日が、明日が、少しでも素敵になったらいいな」とは、「いつでも何度でも集まって際限なく盛り上がれる。いつまでも終わりを引き伸ばせる。ずっとここにいられる」という意味だったのだろうか。『アイカツ』が3年半、『アイカツスターズ』が2年かけて描いてきたことは、そういうことだったのだろうか。どうしたって、そう頭を悩ませずにはいられないわけです。そして、“「終わる必要がない」作品だと言うとき、それは「終わりが永遠に引き伸ばされる」作品偽装された姿を言っていはしないか。”。このことは、常に考えるべき問題であると思います

 でも、ツイッターを見ている限り「歌唱担当戻ってくるなら純粋に楽しめばいいじゃん」「そんなにヒリつくことじゃなくない?」という人が多数派を占めているようです。だから私がおかしいのかもしれません。「めんどくさいオタク」なだけなのかもしれません。なので、「アイカツシリーズ5thフェスティバル!!」に行かれる方には、純粋に楽しんで来て欲しいと思っています皮肉でも嫌味でもなく、本当にただ純粋に、楽しい時間を過ごしてきて欲しいと思いますアイカツファンの方々——あるいは演者スタッフの方が読んでいないとも限りません——、お気を悪くされた方がいたら、本当に申し訳ありません。拗らせたアイカツファン戯言だと思って、どうかご容赦ください。

2018-05-31

それは確実に近づいていたのに気がついたときにはもう遅かった。

現在スマホの充電が15%しかありません。

情報社会代表格と言っても過言ではない若者の私は帰宅まで何を楽しみに生きればいいのかわかりません。

歌でも歌えばいいのでしょうか。

抑圧される、過酷環境にある

そんな中から紡がれるメロディはやはり人の心に迫るものはあるのでしょうか

音楽理論を学びたいですが

対位法和声のやつ、ピアノなど学ぶべきことが山積みで

帰宅したい私としては一時間で全て終え一曲リリースしたいです。

しか現実的に難しいとなるとやはり私はこのまま朽ち果てしかないのでしょうか。

現在電池は14%。

刻一刻とそのときは近づいています

まれ持ったリテラシー母親感謝しつつsimフリースマホAmazonで買った僕は以降流れるようなInformationライフ満喫していました。

僕の中のITバブル文字通りなんの前触れもなくはじけようとしています

もう私はどうすればいいのか。

何を糧に生きればいいのか。

それでも明日はやってくるのか。

止まない雨は本当にないのか。

溢れ出る疑問が溢れ出ます

どうすればいいですか。

2018-01-30

夢は呪いだって海堂さんも言ってた

https://anond.hatelabo.jp/20180130030322

夢追うのやめたけどあきらめきれないシンパシー自分は絵じゃないけど。

いま25歳。小中高と吹奏楽部トランペットやってきた。周りと比べるとうまい方だった。

小学校器楽隊ではじめて楽器を触ったときから音階ができた。

中学では二年で先輩を押しのけてトップに座ってた。

高校は毎年地方大会出るような強豪だったけど一年レギュラー取った。

完全に調子乗ってた。

毎日居残り練してもレギュラー取れない同級生や先輩たちを見てせせら笑って過ごした。

追われる立場のもろさも知らず。

高校二年の冬から三年の夏にかけてスランプに陥った。

今思うと成長期で口が変わってたのもあったし、そのため無理やりアンブッシュア変える訓練を強いられていた(アンブッシュアとは吹く口の形。要するに投球フォーム変えるようなもん)のもあったし、当時心酔していた先輩からペダルトーンっていう練習法(古く最良のトレーニングと言われてきたけど最近研究ではあまりよろしくないとされてるもの※諸説あり。気になる人はググれ)を教えられてたのもあった。

バカにしていた同期はぐんぐん上達し、高校三年の夏、ついにトップの座から陥落した。

それで意気消沈なんてしてられるか。自分はまだまだこんなものじゃない。まだやれる。今は調子悪いだけで、大学行けば、また昔みたいにふける。ダブルハイベーだって出る。と言い聞かせて、現状への不安や迷いは見て見ぬふりして昔から目標だった音大への進学を決めた。

この時点で今思うともう完全に周りも自分も見えてない。強迫観念と執着心だけだったと思う。

ところで、中学生のころから師事していたトランペット師匠がいた。学校とは別に個人レッスンに

通っていたのだ。

中学の時はまだそんなガチガチになっていなかったので、受験の季節に高校でも吹奏楽を続けるか迷っていた。それを師匠相談したら、「続けなよ。そして、僕が講師をしてる音大にもおいで」と言ってくれた。それに胸を打たれて、ちょっと無理して遠く私学の強豪校を選んだ。

そんなこんなで師匠が待つ大学入学したものの、メンタル演奏もコンディションの悪かった。当時おそらく鬱だったためか記憶があまり残っていないが、吹いても吹いてもうまくならない。思った音が出ない。音大つったってもちろん吹いてばかりじゃない。ソルフェージュ和声、副科声楽ドイツ語フランス語。どれも集中できなかった。思い通り吹けない焦りに覆い尽くされて目の前が真っ暗だった。

ほどなくして、音大をやめた。

なんで辞めたの、なんて聞かれても一言じゃ答えられない。

そりゃ食ってけなささも続けんの無理と思った理由の一つではあるかもしれないけど、そんなの承知の上で飛び込んだ世界だし、それが理由とは言い切れない。

スランプで思い通り吹けなかったことかもしれないけど、それこそとしかたないことだし、乗り越えなければならないことだから理由にならない。

しいて言えうなら、あの時はもう精神的に続けられる状況じゃなかったということが理由かもしれない。

まあそういう精神状態に追い込まれた背景としては上記のようなしがらみにさいなまれたこともないとは言えない。

しばらくは楽器見んのもいやだった。長い付き合いだったbachの180MLは箪笥の肥やしどころか忘れ去られた過去遺物だった。

大学中退後、わたし適当デザイン専門に入り、ヘラヘラ学生をし、順当に卒業就職し、4年。

今はwebデザイナーとしてそれなりにやってる。

webデザイナーを選んだのは、グラフィックより求人もあるし給料もよかったから)

(元々オタク時代同人サイトを少しかじってたのでとっつきやすかったのもある)

残業もたいしてないし、自分デザインし構築したサイトが世に出回ってるのは、なかなかやりがいも感じる。

(図らずもデザイン業界在職という点にも元増田シンパシー)

そして、実は昨年の夏からトランペットをもう一度握っている。

もうすぐ社会人五年目に突入というのもあり、社会人と呼ばれることにも慣れ、バランス感覚というのがようやく身についてきた気がしたと思ったら、トランペット無性に恋しくなった。

実家から楽器ケースを引っ張り出し、久々に吹くと音色はひどいものだったが、当時の嫌悪感は完全になりを潜めていた。

幸い高校にOBOGによる一般バンド存在したため、数年ぶりに顔を出した。

当時のい比でないほどひどい音にはなってしまったけど、随分と夢からは遠くそれてしまったけど、今は吹くのがとても楽しい

これから先の人生ではもう投げ出さないで、周りと比べたり焦ったり嘆いたりせず気楽に楽しく吹いて、少しでいいか学生の頃より上達して、いい演奏をして、当時の自分への餞になればと思ってる。

はいったものの。

たまに大学時代の友のfacebookツイッターを覗くと、自己研鑽のためドイツ留学した先でのレッスン中の写真、T●Lの鼓笛隊になるべくオーディションを受けた所感、バイトいくつも掛け持ちしながらフリーランスとして講師やエキや小さなハコでコンサートセルフ主催などしながら演奏活動を続けている様子など、あいかわらず音楽に当時と寸分たがわない情熱を傾けている様が見られる。(こういうのも最近になってようやく受け止められるようになった)

今の暮らし不自由もないし、それなりに楽しくやっているが、それでもやはり苦労やコストもなりふり構わず夢を追う彼らを見ると、憧れと羨望と嫉妬で少しだけ胸がざわつき、当時の激情を思い出す。

2016-08-22

モーリタニア国歌がかっこよすぎて震える。

オリンピックで流れていたケニア国歌が、なんだか日本民謡にも通じる独特な感じで、かっこよかった。

なんでも、伝統的なケニアの子守唄のメロディーがもとになっているらしい。

で、他にもかっこいいのあるんか?と思って探していたら、ネットでちらほら話題にされてるすごいのみつけてしまった。

アフリカ西海岸にあるモーリタニア国歌

https://www.youtube.com/watch?v=VWy4USruuR4



すごい。かっこよすぎる。

なんだろ、スペースオペラ系のSF映画で、主人公が砂だれけの惑星遭難してぐるぐる巻きにされて、

砦に引っ立てられて、そこにいよいよ惑星支配するボスが手下ひきつれて登場してくるとき音楽だ。

で、「これでおしまいか」と思ったら、実はこのボスがいい人で、結局、一緒に戦うための軍隊だしてくれんの。

(我ながら、たとえがよく分からない)


wikipedhiaにもあんまり詳しいことは書いてないが、Tolia Nikiprowetzkyとかいロシアまれフランス活躍した作曲家が、伝統的な旋律編曲したらしい。

日本語版では「作曲した」となっているが、英語版では「Music traditional (arrangement Tolia Nikiprowetzky)」ってなってるから、そういうことなんだろう。

まあ、植民地から独立した国に「国歌作曲してください!」ってたのまれて、あのメロディーはつくらないよね、普通

なお、モーリタニアって国、マダコがたくさん取れて日本にも大量に輸出しているが、現地の人は気味悪がって食べないらしい。



君が代」は、西洋的なメロディーではない曲で、実際、そうなんだとは思う。

でも、時々ネットでみかける「他の国は西洋音楽ばっかり! こんな独自国歌を持ってる国は無い!日本サイコ-」っていう愛国ポルノは、

ちょっとちがうよね。


探せば、なんか独自国歌を持ってる国ってけっこうある。

とりあえず、タゴール作詞作曲インド国歌とか

https://www.youtube.com/watch?v=YIyLUBdNAC8


モンゴル国歌とかはいい感じ。

この、大草原でフルオーケストラバージョンはいい。

https://www.youtube.com/watch?v=gE6beEdzhtI


あと、ケニア国歌、この女声アカペラバージョンもすごい。

もとが子守唄っての、よくわかるし。

https://www.youtube.com/watch?v=pI7V324e1zg

あ~だめだ。youtubeがとまらない。

うそう、今回のオリンピック君が代アカペラ合唱バージョン和声つき)もよかったので、

今後もイベントときは、どんどん使ってほしいと思う。

2015-02-16

http://anond.hatelabo.jp/20150214224643

おれはよくも悪くもって言った人間じゃないけど、理論寄り過ぎるよね。

理論和声寄りすぎるし、静的すぎる。

リディアン・クロマチック・コンセプトがどうとか言い出しそう。

Jazzはやっぱ即興性とスウィングだろ。あんまり畏まった音楽じゃないよ。

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