はてなキーワード: カーテンとは
深夜1時、携帯も見ずにカーテンから溢れる光だけをみ見つめていると急に過去の自分と対峙する時がある。
20歳を過ぎ1人暮らしを初めて毎日夜遅くに帰宅し、寝床につく生活が当たり前になってその時間は徐々に無くなっていったが、今これを書いている瞬間、今まさに久しぶりのこの感情。
それは自己防衛の為の故なのか、それとも単純に衰えなのか。よく歳を重ねると涙脆くなると言うが今のところ全くの逆で、泣ける。感動する。映画やドラマを見ても別に自分と関係ないしと思って冷めてしまう。
ペットが死んだ時も、そりゃ生物はいずれ死ぬよなって思ったりしていよいよ自分大丈夫かな?と思ったりもする。ところで話は大分脱線してしまったが本題に入るとしよう。
俺が小学1年生に上がった時期だった。保育園を卒業した俺は当たり前のように地元の小学校に入学した。
そこがどんなところで何を学ぶ場所なのか分からなかった俺は登校日初日に通学途中、怖くなって不安になって
母親の待つ家に帰りたくなってそのまま泣きながら帰宅した。それから母に連れられ登校を試みるも俺は小学校のクラスの部屋という存在が怖かった。
今まで保育園では、時間割など無くて好きなことして好きなように時間が過ぎて、夕方になれば母親が来て帰って弟や父親と遊んで祖母が作った美味しい夕飯を見てふざけてみんなが笑ってくれてそれで良かったのに。
それなのに突然、勉強や学校生活、上級生の存在に戸惑ったし、なぜ友達や先生はそれを認めてくれなくて共感しないのだろうと不思議に思った。
時にはクラスの友達や先生が強引に俺を連れ出そうとした。訳が分からなかった。行きたくないと言うのに。
その時俺はおかしな存在として扱われているのを初めて自覚した。
大人になった今でも皆が普通や常識と言われることに疑問を持ちながら生きている。
した方が怒られないからするけど、内心そんなに呑みたきゃ自分でつげよじじい。俺が注いでやってんだぞお礼ぐらい言えないのか?と思っていること。
上座下座も意味が分からない。好きな場所座ればいいじゃん。と思うこと。
親を見る限り幸せそうには見えなかったし、子供を育てて行くことの大変さや結婚して家族を支えていくことがいかに困難だということ。別にしなくてもいいと思うし
したい人はすればいいじゃんって思うこと。
芸能ニュースが心底どうでもいいと思うこと。
顔は知られてるけど結局、他人だし話したこともないしましてや会ったこともない人のことなんて興味が湧かないこと。
主にネット掲示板を見ていると皆自分を大きく見せようとしたりいきなり見ず知らずの人を煽ったり嘲笑したりしていること。自分はその人がそう思うならそれはその人の考えや生き方なので口出しはしたくないし好きにしたらいいと思うので、アドバイスを求められない限り余計なことは言わない主義だし、逆に自分にとっても相手が何言おうが、最終的には自分がどう思うかだからどうでもいいかな。真に受けないようにしてる。
なんで皆いると思ってんだろうってこと。
いるわけないじゃん。冷静に考えて。
俺が小学校に行きたくなかった理由よりも明らかにおかしいでしょ幽霊や神様がいるなんて。
でも世間は自身のために動いてないことも知っているから、好きにすればいい、けど他人に強要するなよ何事も。
そして誰も他人の生き方を批評したり馬鹿にしたりしなくなればいい。
俺は個人が思う好きで多様な生き方を受け入れてしているし、好きにしたらいいと思う。
寝るわ。
眠いし。
小さい時から持ってる病気の合併症であまり耳がいいとは言えず。いつも聴力検査に引っかかってたけど、25の時に会議室での会話が聞き取れないことを自覚して、悩んで27歳の時に左耳だけ補聴器導入。
元増田の言うとおり、聞き取りの能力は補聴器導入後すぐによくなるわけじゃない。音は聞こえるようになるけど、それが「言葉として意味をなす音」になるのはやっぱりそれなりに集中して聞かないと聞き取れない。
今一番不安なのは病院の待合室や会議室での会話、あと車内の会話。増してこのご時世、コロナでみんなマスク+アクリル板やビニールカーテン越しだから尚のこと聞き取りにくい。言葉っていうより、自分の名前の音監で判断してる。補聴器がなければ、音感で判断するってこともできない。
今はとても技術が発展していて、アプリで軽い音調節ができたりする機種もある。
それと、消費税非課税だよ。高い買い物だし、導入後も定期的に調整必要だけど、あるととても生活に奥行きがでる。電車やオフィスの中が騒がしければ補聴器のスイッチ切ってしまえば静寂もすぐ手に入って、King ◯が出てるS◯ny製ワイヤレスイヤホンのCMのスイッチ入る前みたいになる。
数年前に、
https://anond.hatelabo.jp/20180610231440
っていう増田記事があった。30代処女の私はその数年前に思い切って検診を受けに行って、性交渉の経験を問診票と口頭で数回確認されて結果的に受けずに帰ったことを思い出した。
なぜかというと、初めて行った精神科で指示を受けた。
そもそも精神科に行くことになった経緯もいろいろあるのだけど、診察の中で体重減を指摘された。確かに当時数か月ぶりに会った人にも何かあったかといわれる程度には痩せていた。元々標準よりはやせ型寄りの人間ではあったのだけど、そこへさらに体重減で元々あった生理不順が1ヶ月2か月来ないというのがよくある状態だった。
精神科の医者(女医さんだった)に受診経験を確認され、受けに行ったことはあるが上記のような旨であることを伝えると、納得はした風だったけど「30代になったら婦人科のかかりつけ持っておいた方がいい」と言われ、紹介状を用意された。
こうなってしまうと、受けざるを得ない。
精神科の次の予約もあったし、この状況下でヤダヤダ怖いから受けないって言う勇気はなかった。
結局人生で一番通った回数が多い総合病院の婦人科で受けた。男の先生だった。
痛みやどこから検査するかってのは個人差とかいろいろあると思うんだけど、私は経腟でした。痛かったです。
痛いのはある程度しょうがないと思っていたので声も出さずに我慢していたら、カーテンの向こうから医者に「痛くないの?」ときかれた。引きつりながら「痛いです」と答えた。異物感凄いし、器具入れられて何とも思いません、というのは物理的に無理だと思う。
結果的に婦人科的には、生理不順ぽそうな感じだけど処置すべきところはなく、「ごはんよく食べて」と言われた。体重のことだと思う。精神科に行くようなメンタル状態ではあったけど、ご飯食べるの大好きなので正直ちょっと面白かった。
その後精神科でもいろいろ検査をやって、おなじみの診断が下った。診断が出るまで何回か通ったその精神科にはそれきり行ってない。(一方的に止めたわけではなく、相談のうえで)
かわらず30代処女をやってますが、もしなにかしらで婦人科で検診行くことになっても一度経験したので、そこまでハードル高くなく行けるかなとは思います。
ただ同じ病院に行くかはちょっと微妙。当時担当してくれた医者は別の医者になっているようだった。と考えると、良いのか悪いのかわかりませんが、個人院の方が一度いい先生に当たったら人が変わることはないのかもしれない。
今東京で三桁代の感染者が発生して、まだ感染状況は長引きそうで、医療機関や医療従事者にはまだまだ踏ん張り所な状況です。
そんな中、新型コロナウイルス感染症対応従業者慰労金というのが支給されるように決まりました。
支給金額は実際にコロナ患者の対応をした医療機関勤務者には20万円で、コロナ患者受け入れをしなかった医療機関勤務者や介護事業所勤務者には5万円払われるそうです。対象は幅広く、条件さえ満たせば勤務形態、資格の有無などにかからわず支払われるそうです。
厚生省も「緊急事態宣言下で10日以上勤務した全ての医療従事者に慰労金を支払いますので申請をお願いします」と謳っています。
しかし、そのように謳っておきながら、保険調剤薬局は除外されました。
緊急事態宣言下も、毎日通常営業で発熱患者、コロナ疑いと処方せんに記載のある患者、0410対応(コロナ下での電話診察などで送られてきたFAX処方せん)など、様々な患者の対応こなしてきました。
医院や病院によっては、発熱患者やコロナ疑い患者の診察を拒否したり接触リスクの低い電話診察対応をした所もあり、そのような所も慰労金対象で、直接患者と接触して服薬指導し、コロナ疑いの患者も一切調剤拒否しなかった調剤薬局の慰労金対象外はおかしいと思います。
これに対して、調剤薬局は感染リスクが低いからと厚生省の資料では回答してますが…
慰労金とは別の「医療機関・薬局等における感染拡大防止等の支援」(これは感染防止支援で施設拡充への支援)は調剤薬局も対象内です。
薬局の感染リスクを確かに認めていながら、そこで働く従事者の負担やリスクを認めないのは矛盾ではないでしょうか??
毎回ビニールカーテンや飛沫防止シート越しに接する事ができる訳ではありません。車椅子や足の悪い方に投薬する際は、それらはありませんし、在宅訪問調剤する時もそれらはありません。常に感染リスクと隣り合わせです。
患者との接触機会が医師や看護師や介護師より低い事を理由にするなら、病院の事務員や清掃員が対象になっているのは何故?
毎日感染リスクの不安を抱えながら働いていたのに、この扱いには悲しくなります。
医療や福祉の崩壊をギリギリで防いだのは全ての医療従事者や福祉関係者の頑張りのおかげです。
うーん。上手い例えが思い浮かばんけど。
家の中と外でコミュニケーションをとる事を想定してくれ。思い浮かべる家はサザエさんのエンディングみたいなシンプルなものでいい。
セッションは窓だ。窓は閉じていると中の声は外に漏れないが、開けていれば届く。今、この窓(セッション)が2つある家にいると思ってくれ。
外の人と会話をする時は窓を開ける。開けておけば声は漏れるので、別に窓から顔を直接出さないでもなんとか外との会話は可能だ。なんならあんまり家の中が見えるのは嫌だからカーテン(ファイアウォール)をひいてたりもする。それでもカーテン越しだから会話くらいは成り立つ。
一般的なインターネットの使い方ならこんなんでOKだ。「タカシだけどあのサイトが見たい(見たい本があるから持ってきて)」「タカシだけどこの動画をよこせ(見たい映画があるからDVDよこせ)」なんてのは中から叫んだら外に聞こえるから、外のやつは要求されたものを窓から投げ入れればいい。投げ入れられたブツには投げ入れる側が「タカシ宛」って付箋を貼っててくれるから、それを目印に手に取ればいい。
ただ、これがゲーム。例えばあっち向いてホイでもカードゲームでもなんでもいい。そういうものになると、「声で要求を出してなんとなく結果を受け取る」ようなコミュニケーションでは足りない。窓から顔を出して相手の顔を見ながらでないとあっち向いてほいはできないし、カードゲームもカードのやり取りができない(無理やりできないこともなさそうではあるけどな)。なのでお前はゲームがやりたい時は窓から顔を出す事になる。
そうやって、窓から顔を出す行為が「直接セッションを張る」だ。窓は小さいからお前しか顔を出せないし、お前が邪魔で同居の家族の声はその窓から外へ漏れなくなる。もし同居の家族がさっきみたいな会話を外とやりたかったら、家族はもう一つの窓を使う必要がある。その状態が、ふつうのインターネット接続とゲーム機から直のPPPoEが両立している状況に近い。
ちなみにお前はあっち向いてほいをする為にカーテンも取っ払ってるから外からは多分丸見えだ。
ま、そんな感じ。
男一人と思われたら押し入り強盗も来ないんじゃないの
客室清掃係責任者経験者として反論します。雑な人でも忘れ物をしない人はしないですし、そうでない人でもする人はします。ですから、私は清掃員に対し、如何なる場合でも注意を怠るな、と指導しておりました。先入観がクレームを呼ぶのです。
まず何より思うのは、ギリギリまで身支度をしない。多分ギリギリに大慌てで飛び出してる。
部屋のモノの散乱具合からその慌てっぷりが感じられる。
確かに、このようなお客様は、忘れ物をされる確率は高くなりますが、しかしこうした人は一方であまり忘れ物を気にしないという面がございます。ホテルのフロントの人に聞いたことがありまして、急いでお出かけになられたあるお客様が、清掃に入ってみると、靴下や洗面道具、イヤフォン、何か資料の入った紙袋など、結構多めの忘れ物をされたのです。出ていかれたばっかりでしたので、まだ間に合うと判断しすぐにフロントに連絡しました。すると、フロントの係がそのお客様にお声掛けをしたところ「知ってるよ!捨てていったんだよ!こっちは急いでいるんだ!」と相当の剣幕で叱られたのだそうです。
で、これは結構当たっていて、こうしたお客様の大半の忘れ物は、保管していても連絡してこられることは確率的には低いのです。忘れ物保管作業も代行しておりましたので「ったく、きちっとゴミ箱へ放せよな」といつもぶちぶち言いながら忘れ物記録保管作業をしておりました。
2つめ、ゴミをゴミ箱に捨てない。飲みかけのペットボトルや紙コップがいくつもデスクの上やキャビネットの上に並んでたり
これも1と同様ですね。ただ、これはある程度は仰るとおりで、清掃員にとっては厄介な話でもあります。ゴミなのか忘れ物なのか分類が難しいことが多々あり、ゴミだと思って捨てたものが忘れ物だったとして連絡が入り、ゴミ庫から再度ゴミ袋を取り出して(こういう事があるのでホテルではゴミ袋には部屋番号等を記載して二日間程度は保管します)、必死で探す羽目になることも結構あります。当たり前の話だとは思いますが、ホテル客室は宿泊期間中はお客様のプライベートルームではございますので、破壊等の行為に及ばない限りはご自由にご使用頂いて結構ですが、普段使われているであろうご自身のお部屋ではないので、慣れてはいないために、どこに何があるのかという認識は難しい事も結構あると思います。しっかりした整理を心がけることは忘れ物をしないことにも繋がりますので、ご留意のほどお願いしたいところではございます。清掃員はプロではございますが何分にも時間に追われております故、努力はいたしますが、忘れ物の区別を完全にはつけられないので、ご協力いただきたいところです。大変なんです、忘れ物をゴミの中から探したり、最悪リネン類に巻き込まれていたりしたら、探す方は死ぬ思いをするのです。
3つめ、モノの定位置を決めてない。脱いだ靴下を布団の中や足元に放ってたり、何となく窓際に置いたライターを
そのまま置いていく。
これには反論させていただきますが、これも1番めに述べたのと同じで、このようなお客様は、滅多なことで忘れ物を連絡されることはありません。割とどうでもいいから、放っていかれるのではないかと思います。もちろん、そうでないお客様もいらっしゃいますが、お客様の真理としては、例えばライターであればそれがいわゆる百円ライターであれば、そんなのどうでもいいわけです。靴下などは特にそうで、靴下を後になって連絡してこられるお客様など全くいません。靴下に関する限りこれは100%断言していいレベルです。ですから、靴下なんか捨ててほしいんですよ、清掃員の皆さんは。でもね、言えないんです。何が忘れ物で何がゴミかは原則としてお客様が決めるものですからね。しかし、てめぇら常識で考えろ! と忘れ物処理させられる責任者はいっつもくっさい靴下を忘れ物に分類処理していたわけですよ。酷い日には忘れ物の殆どが靴下なんてこともザラにあります。しょうがないんですけどね、真面目に働いてくれる人ばかりなので、文句は口が避けてしか言えません。
4つめ、ビジネスホテルにわざわざ据え置きゲーム機持ってくる人。なぜかというと、そういう客は長期連泊で、しかも若い。
ホテルの地域性等によるのだと思いますが、私の務めたホテルでは据え置きゲーム機はそんなにございませんでした。今どきはスマホやPadで十分ゲームできますし、ノートパソコンでもいいわけですので。で、少ないですけど経験上からいいますと、こうしたお客様はほんとに大量のゴミあるいは忘れ物を部屋に放置されたままでチェックアウトされます。あまりに酷いので、普通なら一人で清掃するものを三人がかりでゴミ/忘れ物分類をした経験さえございます。普段ならダンボールに一箱二箱で一日分の全室の忘れ物を保管できるのに、たった一部屋で四箱もの段ボール箱を必要としましたが、これもまた結果的に連絡はございませんでした。たぶんね、いわゆる確信犯だと思うんですよね。以前の爆買時代には中国系の方が同様のことをされることもしばしばありましたが、まず連絡などありません。
靴下がダントツで充電器がその次、はこれはどこのホテルでも同じですね。充電器なんざどこででも買えますから個人的にはお忘れになられてもそんなに気にしなくてもいいのではないかと思いますけどね。でもご利用予定のある方への注意点としては、退室時にコンセントチェックを忘れるな、ですかね。これが結構多いんですよね。コンセントって、例えばカーテンの裏側になってしまったり、ベッドサイドのキャビネットなどの見えづらい位置にあったりして、どこにあるのか探すのに困ったお客様も結構いらっしゃると思います。言わば盲点なのでして、何はなくともコンセントだきゃぁ確認を怠るな、とでも覚えておいて頂いて損はないかと思います。バスルームを退室時直前にチェックするのも含めて、ね。
仰るとおり、荷物の多少に関わりはございません。ほとんど身一つで宿泊されたお客様が、ネクタイ忘れていく、だなんて普通にあります。油断大敵ですので、お気をつけ下さい。
ともかく、一分、いや十秒で結構です。お部屋をチェックアウトされる際には、荷物をまとめたら一旦サクッと部屋をチェックする、あるいは最低でもドア手前で一旦振り返る、これが寛容かと存じます。ゴミに分類されても二日間、リネンに巻き込んでもリネン屋で判明、忘れ物なら三ヶ月は保管されますので、忘れ物をされたと思ったらご連絡いただければ可能な範囲でご対応させていただきますので、何卒ご協力のほどお願い申し上げます。
特に、シーツ類への巻き込みと言うか、ベッド上に忘れていくのだけはやめてほしいです。シーツ剥がして清掃員が気付かずに巻き込んでしまうと、後で探すのメッチャクチャ大変なので。あと、細かい話ですけど、ホテルと同じ色や柄の私物パジャマだけはやめてくださいね。リネン洗濯に出さないといけないので、区別つかないと回収されちゃいます。
私は父を許したい。
父は酒は全く飲めず、ギャンブルはしない。たばこは吸うが家の中では吸わず、どれだけ寒く暑くても必ず庭で吸っていた。地方公務員で残業はなく、決まって18:30に家に帰ってきた。
母は専業主婦で、子供二人は私立短大と私立大学を奨学金無しで出してくれた。
これだけ書くと素晴らしい父親だと思う。
実際に嫌いではないのだ。父親の吸っているタバコと同じ香りがすると懐かしいなぁとさえ思う。
父に暴力を振るわれたことはない。だからDVを受けてきた人からしたら「なんだそんなことか」になるのかもしれない。
だから大したことない。もっとつらい思いした人はごまんといる。と思うのだけど、それでも時々父に対し黒い感情が沸き上がり、「許していいの?忘れてしまうの?」と諭す自分もいるのだ。
まず、父は外面がいい。
人前ではキレない。人前では怒鳴らない。人前では嫌味を言わない。
でも帰ってきては毎日母に一方的にキレた。すべて些細なことだった。なんでこんなこともできないんだ、とキレた。
ご飯だよ、と呼んでご飯、箸、お茶が揃ってないとまだ出来とらんがや、と怒った。だから何よりも先に父のものを準備した。
あまりに喧嘩が多いので、まだ一人部屋が無かったころの心の休まる場所はトイレだった。トイレで壁の傷を眺めながら息をひそめた。
まだ父母姉私で川の字で寝ていた頃、先に布団に入っていた姉と私に向かって「こんなことなら〇〇(当時すごく流行っていたゲーム)はお前たちに買ってくるんじゃなかった。〇〇ちゃん(隣の家の幼馴染)にあげてしまおうか。」と言い、まだ寝付いていないのに気が付いているのかいないのか知っていたのか分からないが、いかに私たちが劣り〇〇ちゃんが優れているかを永遠と語った。豆電球が黄色く父親は黒かった。
「お前はお母さんや〇〇(姉)に比べて△△だな」とよく言われた。きっと同じ感じで姉も言われていた。
母とお風呂に入っていたらキレた父がスリッパを投げ込んできた。
また違う日は、キレた父が母の髪を掴んで浴槽に顔を沈めた。
父の部屋のカーテンをきれいにひいておかないと文句を言った。父の帰宅までにカーテンをひいておかないのは論外で、外に光が漏れてるだとか、ドレープが均等じゃないと怒った。
父は「誰のおかげで飯が食えて学校に行けてると思ってるんだ」「そんなに嫌だったら出てっていいぞ、(母方の)おばあちゃん家行くか。おばあちゃん家(隣の市)から学校通うんだぞ」と、子供には何も言い返せない言葉が口癖だった。
私はそんな父の血を受け継いだのか、キレてる父を見て育ったのか、短期でキレやすい性格に育った。
反抗期は長く、中学生から成人し、就職で家を出る大学卒業の時まで続いた。
一番ひどいときにはテンプレのように家出セットを作り心の支えとしていた。
「気に入らないなら出てけ」と言われ「こんな家出てってやる」と家出セットを取りに行こうとしたら胸倉をつかまれて「そういうことじゃないだろ!」と怒られた。
まだ自分で生きていく力が無かったころ、トイレの中で、キレる父の声を聴きながら強く「こんな家出てってやる」と何度も強く思った。
就職活動を始めた頃には父もだいぶ丸くなり、私の反抗期も終息に向かっていたため、本当に家を出ていいのか迷ったこともあったが、幼少期の刷り込みは大きく影響し、私は家から通えない場所へ就職した。
あの家から出たかった、その地が好きだった、という理由だけで就職を決めたので、時々これで良かったのかと悩んだりもした。
しかし、一人暮らしを始めてみると驚くほどに気性が穏やかになった。人にイラつくことが少なくなり、気分屋が落ち着き、キレることがなくなった。
年に数回帰るときはイライラしなくなった。父とにこやかに会話をし、時には二人っきりで短時間の外出もした。
でも時々、私と姉が寝ている部屋を開け、黄色い明りで少し明るい部屋と、入口に立っている真っ黒な父、そこから長々と発せられる嫌味。母の髪を掴み湯舟に沈める父を、フラッシュバックのように思い出してしまう。
ある時姉に上記の私たちの幼少期の父の言動の話をしたところ、「全然覚えていない」「よくそんなこと覚えているね」と言われた。私よりいくつか上で、私より記憶のハッキリ残る年齢だった姉が何も覚えていないという。
私が昔のことをいつまでも引きずりすぎているだけなのだろうか。
老いて丸くなった父を見て許そうと思う自分もいれば、でもこの人は私に嫌味をさんざん向けてきた人だから。という自分もいる。
私は父を許したい。
【追記】
受験勉強を特に頑張らなかったから入れたのは普通の地方の国公立だった
第一志望ではないし行く予定も全くなかった
あと受かった驚きで何も冷静に考えられなくなった 実家からは飛行機や電車で数時間かかる
誰が来るわけでもないから部屋は散らかっていて
積まれた段ボールが同居人と化している 地元の友達とは毎日LINEしているし
特に寂しさはないのに
ことばにできないような気持ち悪いモヤが
物のない広い部屋の何もない空間を漂っている気がするる いつからかずっと頭がぼーっとする
記憶が毎日リセットされているみたいに何も覚えていない おなかが空いたらその辺のものをたべ
あさが来て眠くなったら授業かバイトまで寝て
それでも暇ならアプリで出会った人とセックスする 時が過ぎるのを今までで一番実感する
普通の日常を見失ってしまった もうお腹が空かないし眠くならないし外に出たくない
いつ帰るかはわからないけれど
数日過ごして気が済んだらふらっと戻ってきて
また同じ日々を繰り返すだろう
戻ったときにゴキブリがいなければそれでいい 一日中カーテンの閉じた暗い部屋で溜まった空き缶を横目に
辛いことなんて何もない
この日々はきっとコロナのせいなんかじゃない 今の不安はとうとうNHKのチラシがドアに挟まっていたことだ
テレビなんてないんだけどな
あー改行が気持ち悪い!直らないし!
昨今、どうにもフェミニストとやらが「女性の性的搾取ガー!」とか「クソオス死すべし慈悲はない」とか騒いでおられるが、
ふと疑問に思ったのだ。本当に女性だけが「被害」にあっていたのか?
例えば、献血ルームとコラボした「宇崎ちゃん」その巨乳っぷりが「奇形」「奇乳」だとして糾弾されていたが、では男性は?
女性に乳房あれば、男性に陰茎あり。陰茎を題材にした漫画がこれまで全く無かった訳ではないだろう。
それに我々は「宇崎ちゃん」よりもずっと前から、男性の象徴たる「もっこり」をギャグ(もっと言えば、"お決まりの流れ"の起点)として見ているはずだ。
そう、つい昨年に新作映画が公開された「シティーハンター」の主人公、冴羽獠だ。
黙っていればクールな裏世界No.1の"掃除屋"にして、比類なきスケベ男。依頼人の女性に手を出そうとしては相棒の槇村香に天誅を食らっている……
その"天誅"の起点にあるのは、彼の人間離れした性欲から来る「もっこり」であったはずだ。
また、インターネット上では「ガチムチパンツレスリング」や「やらないか」「真夏の夜の淫夢」といった、
(雑に言ってしまえば)男性の性欲がネタとして笑いのタネとなっていたはずだ。それも、誰からも糾弾されることなく。
かたやオッパイ。かたやチンポ。揉んだり揉まれたり、時には盛り上がったり潰れたりと、性の対象をギャグ化しているのは、30年も前から変わらないのではないか?
(なお、「宇崎ちゃん」自体は彼女の胸をギャグ扱いした漫画ではなく、主人公と宇崎の日常がメインとなっている漫画であるということを、念のため追記しておく。)
例えばグラビアやレースクイーン、成人向け雑誌といった具合に、自らの肢体を見せつける仕事。
グラビアについては撮影対象が男性でも女性向け雑誌においては女性を撮影したそれと変わらない(むしろ、もう少し生々しく過激なのでは?と感じさせるような)ものが掲載され、
しかもそれらは、なにもコンビニの限られた狭いスペースなんかではなく、むしろもっと堂々と棚に(文字通り)陳列されているではないか。
レースクイーンのような、男性の肉体を使った仕事は、探せばそれこそ男性風俗店やゴーゴーボーイといったものもあるが、
我々はレース会場でもナイトクラブでもない、むしろもっと公共の電波で男性の肉体を見て、それも笑っていたはずだ。
小島よしお、とにかく明るい安村、アキラ100%。いわゆる「裸芸人」だ。お笑いにおいてこれほど「裸」が笑われるのも男性くらいなものだろう。
もちろん彼らはその芸を仕事にすることを選んでいるし、我々もその芸を見て笑っているのは、「それ」が彼らの仕事であると理解しているからだろうが、
これがもし「男性にしかできない仕事」としてピックアップされたらどうなるだろうか。
かたや華やかな衣装を着て商品のPRやイベントの応援役。かたや己が身(と競パン)ひとつで笑いを取る者。その役割は、果たして替えが効く(効いた)のだろうか?
成人向け雑誌の件については先の男性グラビアと似た話になるし、最初の漫画の話とも被る話になるが……
昨今世間を賑わせている、男たちが激しく乱れ、愛し愛される漫画……いわゆる、ボーイズラブ漫画についてだが相当するだろうか。
まずタイトルだ。そもそもでタイトルの時点で「セックス」という単語が伏字無しで堂々と並ぶのはこのジャンルくらいだろう。もしこれが女性を主人公にした漫画であれば間違いなくカーテンの向こう側においてあるに違いない。
しかしこのジャンルの漫画は、カーテンの向こうには置かれていない。少女漫画などが並ぶ棚の近くのワンスペース、ならまだしも、書架をまるまる1連以上を占拠している店舗もある。
もちろん購入の際に年齢確認なども要らない。バレなければ小学生でも買えると言ってもいい。
そして肝心の中身だが、これまた過激な濡れ場が登場する。表紙と数枚の目次、扉をめくったらすぐに濡れ場を見た、という読者もいるかもしれない。
構図などで上手く隠されているとは言え、ヤっていることは紛れもない性行為である。それはカーテンの向こうの本と変わらないはずだ。
たま~~~~~~に見る反論に「ボーイズラブ漫画には愛がある!ただのエロ漫画には無い!」というものがあるが、
それならば愛もへったくれも無い時期、漫画にすれば第1話の時点で主人公がレイプされる部類のボーイズラブ漫画はどうするのだろうか。
ひとくちにボーイズラブ漫画と言っても、濡れ場の無い、いわゆる純愛を描いた作品が多いのも事実ではあるが、
そうした作品の横にはカーテンの向こう側と大差無いような過激な作品も存在しているのも事実だ。
これが男性を「性的に搾取」していないとするならば何なのか、誰か教えてはくれないか?
それが必要不可欠な表現だとして擁護されるのであれば、カーテンの向こう側の漫画だって必要不可欠な表現で描かれたものでは無いのか?
よくフェミニストの言う「性的搾取」の論の中で聞こえてくるのが、「露出の多い服を着ていると男性に性的な目線で見られる」とあるが、
では男性が露出の多い服(おおかた、タンクトップにハーフパンツ、スニーカーかサンダルといったところだろうか?)を着て歩いていたらどうだろうか。
そしてその袖から、筋骨隆々の肢体が惜しげもなく陽に当たっていて、少し日に焼けて汗ばんだ肌がまるでキラキラと輝いて見え―――
といった具合の光景がもし広がっていたとして、果たして世の女性はその男性に「性的魅力」を全く、それはもう全く、全くもって魅力の無い存在だと切って捨てることが出来るのか?
あるいは電車の中、それも日光の届かない地下鉄の車内で、シンプルな半袖ジャケットとケミカルウォッシュのジーンズにクラッチバッグ、少し高価そうなネックレスを身に着けている笑顔と白い歯の眩しい青年を見て、
少しも、ほんの僅かにも、目もくれず歯牙にもかけずスマホに夢中になってしまうのか?俺だったらスマホ見ながらどっちもガン見するけど
だが、もしも、もしも、だ。彼女たちが「着ている服のせいで」性的な視線を浴びるのであれば。
「何を着ていても」性的な視線を「女性だから」という理由で浴びせられるのであれば、
もっと言えば、「性的な視線」を「女性だから」という理由だけで「耐えられないほど」「浴び続けている」と彼女たちが主張するならば、
それはもう家から外に出て社会生活などしている場合では無いのでは?
というよりも、そもそも「着たい服を着たい!」と言っておきながら露出の多い服を着て「見るな!」というのはあまりにも矛盾しているし、
そもそもで見られていることに勘づいている時点で相当な自意識過剰では?
と、一介の男は思うのだ。
残念なことに、俺は男だ。クソオスだ。
だが、俺は俺のことを性的に見ている男がいることを知っているし、
俺が変なフェチを拗らせただけなんだけど。
とまあそんなわけで(どんなわけだよ)、性的な目線で見られること自体については、一般的な男性よりは理解があると自負はしている。
もっとも、日常的に性的な視線を浴びているわけでは無いから、自分が理解しているのは彼女たちの苦痛のうち、ほんの氷山の一角なのだろうけど。
だんだん纏まらなくなってきたな。はやく筆を折って神棚に置きたい気持ちでいっぱいなので〆に入る。
要は、女性だけが性的な風体の中生きているわけでは無いだろう?ということだ。
女性だって、男性を性的に見ることがあるはずだし、あなたの母親だってあなたの父親に性的魅力を感じたからセックスをしたんだろう。
そのあたりの家庭事情は分かりませんけど。
片一方だけをあげつらい、自分たちが正義であるとセッ、錯覚している様子は、
傍から見ていると隣国が繰り返す軍事行為のようで、それは幼稚園児どうしの喧嘩と何ら変わらないように思えるのだ。
「あの子が先にぶったから!」「違うもんこの子が私のこといじめたもん!」
そんな喧嘩を三十路もとっくに過ぎたミソジニー拗らせた大人がしているって、恥ずかしくないんだろうか。
クソオスの俺には何一つ分からないのだ。
だって俺は性的な目で見られたって別に構わないし、性的なコンテンツだってちゃんと弁えたうえで付き合ってるし。
だからフェミニストという名の幼稚園児たちよ、一体何が気に入らないのか、もう少し落ち着いて話してくれないか。
頼むよ。なあ。
割と好き放題、頭に浮かんだことを☆PON☆っと出しただけの増田なので、
先日,吉原に行って童貞を捨ててきた。誰かの参考になればと書く。
人間は3大欲求を持っている。食欲,睡眠欲,そして性欲。物心がついた頃から誰しも少なからず持っている。
睡眠欲,食欲,これらはたやすく満たすことができるだろう。しかし,性欲は違う。したいと思っても簡単には満足するまで満たせない。
ラーメン屋のようにパット入ってサクって抜いてもらうこともなければ,毎日家にあるわけでもない。
コミュ障非モテ童貞こじらせオタクな俺は,"本物"を夢見て自分で自分を慰めて気休めとするのだ。
ある日,友人らに冗談半分で「金くれたらソープ行ってレポート書いてやるよwwww」と言ったら,本当に誕生日に2000円ずつカンファが来て,計22000円集まってしまった。言ってしまったらあとには引けない。というわけでこのレポートを書いているというわけだ。
風俗の代名詞であるデリヘルは基本的に本番(挿入)ができない。これは,法律上の問題である。
しかし,ソープは風呂屋である。店舗側が性的行為を管理してないため,本番行為も問題ないというわけだ。
そのためか,ソープには"入浴料"と"サービス料"の2つがある。入浴料は店舗側に渡す金,サービス料は個人事業主である嬢に渡す金というわけだ。
HPや情報誌には入浴料のみが掲載されている事があるので注意が必要だ。ネットで総額とggればたいてい出てくる。まぁ総額一括支払いの店も多いわけだが...
ソープといえども,種類がある。大衆店,中級点,高級店,超高級店...
大衆店は2万円~時間も60分程度である。もちろんコンドームの着用は必需だ。
中級店は4万円~時間も90分~と少し高くなってくる。このくらいになると非着用が可能な嬢も出てくる。またマットプレイというのも可能らしい。
高級店はピンきりだ。ここぐらいになるとほぼ中出しできるらしい。
今回は2万円もらったため大衆店に行くというわけだ。大衆店だからと言って,嬢のレベルが地に落ちるレベルでひどいというわけでもないので問題ないだろう。
店の選定には苦労した。自宅の近所という縛りもないため店がふんだんにある。ソープのメッカ,吉原だけでも数十と店がある。
某無料クーポン券を発行しているサイトや,予約システムを構築しているサイトなどを見たがさっぱりわからん。
友人のすすめもあってか,吉原にあるランキングサイト1位の店にすることにした。1位ならハズレもないだろう。
次は嬢の予約だ。ソープは予約しないとだれがいるかわからない。2日前からネット予約できるようだったので,童貞らしく童顔で小柄でかわいくて優しそうな子を狙った。が,お目当ての子は予約バトルに敗れて予約できなかった。まぁほかにもかわいい子が空いていたので予約した。よく嬢選びは日記を見ろというが,日記見てもわからんかったので感覚で決めた。
予約は11時。朝のほうが安いし行動もしやすいのでこの時間にした。
風俗と言ったらどういうイメージを持つだろうか。行ったことのない多くの同士は,ホストみたいな見た目をした柄の悪そうな男や,小太りで無愛想な中年男性がタバコを吹かしながら受付をしているというイメージだろう。個室ビデオ店の店員風といえばわかりやすいだろうか。そんな想像をしていた。
しかし現実は違った。ホテルを思わせるような丁寧な接客とビシッと決まったスーツ。髪も変に固めておらず自然な感じとイメージを覆す丁寧な接客だ。
そんな受付で名前を言い,コロナ対策の検温,爪のチェック(伸びてないかの確認)を終わらせる。すると,希望シートというものを受け取る。これは,予め希望するプレイを書き込むシートだ。攻めがいいか受けがいいか。着衣がいいか脱衣がいいのか。タメ口がいいのか敬語がいいのか...。こじらせた童貞オタクである俺は迷わず,受け,着衣,タメ口を選んだ。ほかにもコメント欄があり書き込めるようだったが,"イチャラブどろどろのとろけ合うようなsexがしたい"と書くのも童貞匂がキツすぎるので結局書かずに提出した。そのあと待合室に案内される。待合室はソフトドリンクの飲み放題と大画面でテレビが流れていた。喫煙室が設置されており,ここにまで分煙の流れが来ているのかと感じつつ,お茶を飲みながらそよそよしながら待つのであった。
"6番様〜"男に番号を呼ばれる。
嬢とのご対面だ。カーテンのかかってる階段に案内される。下に映る足を見ながら期待と不安をつのらせてカーテンをめくる。
そこには,"写真通りの超絶美少女がいた"わけではなく,写真とは若干違う少し年上の女がいた。とはいえ顔は整っており,かわいい。中の上といったところだろうか。まぁ風俗ではよくある話で,まぁそのとおりであると感じた。手をつなぎながら階段を登り部屋に入る。そこは,まさにプレイのための部屋であった。
部屋は6畳ほど,手前左にベット,手前右に服を置く棚,奥右に風呂,奥左に洗体場とすべてが詰まっている。部屋は薄暗くそれっぽい雰囲気がある。まさにヤリ部屋。まぁそうなんだけど...。
大学生かとか童貞かとか適当な話をしながら,いわれるがままに服を脱がされる。彼女の服も脱がす。憧れの女体というのになぜかドキドキしない。俺はこの時点でイケるか不安になった。
どうでもいい話を繰り返す。彼女はたわいない話を積極的にしてくれるが正直疲れた。
「同窓会行った?」と聞かれた。別に嘘つく理由もないのに"行った"と言った。適当に辻褄合わせの会話をする。彼女も俺が嘘をついていることはわかったかもしれない。彼女の頑張ってる感と,素直に会話できない自分に嫌気が差した。
まずは凹字型の椅子,通称スケベイスに座らされる。手で泡を作り,股間を中心に丁寧にあらわれる。そのあと隣の風呂に入る。その間に歯磨きとイソジンうがいをする。
するとおまちかね,潜望鏡だ。潜望鏡とは,男性のまたの間に入り湯船から顔だけをだしてフェラすることだ。フェラは気持ちい・よくないの段階に入る前にあっさりと終わってしまった。もう少しやっていただきたかったが,内気な俺は流されるまま次のフェーズへと写った。
ベットに移ったらキス,それもDキスだ。ベットに横になるように言われ横になる。
そしたらなぜかうまいDキス講座になった。別にそんなの求めていないが勝手に始めた。
彼女いわくうまいDキスとは普通のキスから,舌を出して舌と舌をチロチロ舐め回すことらしい。AVで見るような口をあんぐりあけてやるものは魅せるためのもので気持ちい物では無いという。こちとら経験がないに等しいためわかるはずもなく,言われるがまま行う。気持ちい・心高ぶるという感情も抱かず素直にDキスをする。あぁこんなもんかと。
そのまま徐々に下に行く,乳首もなめられる。同時にペニスもいじられる。ペニスを弄られるのはやはり気持ちいい。これは本能だろう。カリ首をいじられたときはきたねぇオス声も出てしまった。単純に敏感だからだが...
そろそろ入れたい?と聞かれたから二つ返事で入れたいという。やってみたい体位をきかれたので,童貞らしく素直に騎乗位を選んだ。腰の振り方なんてわからない。彼女に任せるのが一番だと思ったからだ。事前に責められ俺のペニスはビンビンだ。ペニスにコンドームをつけられ,彼女のマンコに俺のペニスを当てる。彼女は喘ぎ声をだしながらゆっくりと腰を落としていく。ペニスはマンコを切り裂くように入っていくわけでもなく,どちらかというと障害のないゆるふわオナホにペニスを突っ込むような感覚だ。自分の感覚と,彼女の喘ぎ声が釣り合わず,下手な演技にさえ聞こえてくる。人の体温同士なのだから,当然マンコが温かいと感じることもない。何一つ特別な感情を抱かなかった。
彼女はパンッパンッと喘ぎ声を出しながら腰を振り続ける。彼女の裸体には興奮しないどころか,喘ぎ声で萎えすら感じる。「本当にイケるか?」などと考えながらゆるふわオナホのようなマンコの感触を味わう。
ものの数十秒で体位を変えるか聞かれたので正常位をする。彼女の又の前に膝をつき,ヘコヘコと腰をふる。噂に聞く通り正常位は疲れる。
こちらも,ものの数十秒でバックを提案されたのでバックをする。膝立ちになり彼女の尻を持って,おもうがままにペニスを打ち付ける。これこそまさにオナホを扱ってるような気分だ。彼女に対して興奮できないのだから...
もう一度騎乗位をしてもらう,おかずがない中でゆるふわオナホにしごかれているのだから,イケるか不安になってくる。実際ペニスも完全フルボッキから少し萎えてきていた。
相手も察しが付いたのか「緊張し過ぎでしょ~(笑)」とか言ってくる。別に緊張なんてしていない,興奮できていないだけなのだ...。
カリ首を手コキされもう一度立たせる。イきやすそうな体位を聞かれたので,バックと答える。自分の好きなように腰を打ち付けられるからだ。
ついでにコンドームをLサイズに変えて再び腰を打ち付ける。正直さっさと射精して終わらせようかと考えていた。足ピンをしたようにペニスに力をいれ無理やり自分をイカせる。彼女のことなど考えずに自分がイクことだけを考え生オナホに腰を打ち付けた。彼女に「イキそう」と伝える。彼女はそのまま「イッていいよ」という。何も考えずに射精をした。べつに気持ち良いわけではない。ある意味作業のような射精だった。
終えたあとはまたもや謎のSEX講座を聞かされ,適当に相槌を打って過ごした。ピピッとタイマーが鳴り体を洗浄する。洗浄はあっさり,泡で体やペニスを洗われ風呂に浸かる。
服を着替え彼女と部屋を出る。最後にソープにはまらないようにと謎の忠告をされた。本当に心配してくれたのかもしれないが,俺には俺への拒絶に聞こえた。
階段下のカーテン手前でお別れをし,待合室で飲み物をがぶ飲みしアンケートを記入する。そして,複雑な心境を抱えながら店を出るのだった。
今回の体験でSEXが良いものだったかと聞かれても,二つ返事でyesとは言えないだろう。
しかし,いい経験になったのは確かだ。いいも悪いも小学校高学年から憧れたSEXを味わえたのは幸せである。
しかし普段のオナニーを超える気持ちよさかと言えばそれは偽である。
そもそも普段同人音声で抜く,シチュエーションを大事にする俺にはSEXそのものが向いていないのかもしれない。
これは正しいと思う。童貞だからこそ女体に強い憧れを抱き,強い妄想を得る。童貞だからこそ夢を抱き,思いを馳せることができる。
強い妄想をし,思いを馳せ続けている。
実際には無いかもしれない"本物"を夢見て...
繊細ヤクザと言いたくなるような、初手から暴走してる「配慮!配慮!配慮!」な人は怖い。
わたしは、Twitterは、2ちゃんみたいに最初から住み分け用意されてる場所じゃないから、タグみたいなもんは必要と思ってる。
乱雑すぎる利用は、効率的じゃない。
体育館で同時にバレー部とバスケ部が練習するなら、ネットカーテン垂らしてエリア分けすると思うんだけど、
そういう、壁じゃなくてカーテンみたいな緩いエリア分けは必要だと思ってる。
そうすると、配慮必要派になると思うんだけど、「配慮!配慮!配慮!」ってなってる人はわたしだって怖いし嫌だ。
でも、別に暴言じゃなく配慮して欲しいって言ってる人に、初手から配慮不要!嫌なら出ていけって暴言はく人もとうぜん怖い。
結局言ってる内容は変わらないけど、言い方ひとつで印象って全然変わる。
わたしは、タグとかCP名って、「ここから先は部外者はまかりならん」ってよそ者排除する関所みたいなもんだと思ってるし。
ここからここまでわたし達の陣地! て線引きするだけなのにな、と思ってるから。
できる限りの自衛はしてるから、その自衛が効くようにしてほしいって気持ち分かる。
でも、タグじゃなくても、ジャンルとかcpとかの言葉が入ってたら、自衛してる人は効果出せるだろうし。
そういうことすら駄目なもんなんだろうか、と、疑問には思う。
どっちも過激派は怖いから、ゆるーい住み分けは、あってほしい。。。
あと暴言気味に責め立てるひとは怖いだけです。
持続化給付金「申請サポート会場」を訪ねて |君嶋ちか子|神奈川県会議員
この方が疑問に感じておられる事を、可能な範囲で回答してみたいと思います
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●「状況を伺いたい」というと、手に消毒液を掛けられ、外で7~8分待たされました。ようやく出てきた人に名前と用件を伝えると、また「お待ちください」と引き続き外で。
3人目の取次の方は、「外でなら話せます」と。
「はあ?その理由は?」「入場すると感染した場合の追跡が可能なように登録しなければいけません」との回答。
私は登録することを認め、ようやく会場に入れてもらえました。
最初の窓口で、私の名刺を見ながら何やら入力。どんな扱いで登録されているのか。尋ねてもはっきりしませんでした。
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会場はソーシャルディスタンス確保(三密対策)のため、予約枠を30分毎に区切り、会場規模に応じて受け入れ人数を制限しています
感染者の中に、会場を訪れた方がいた場合、同日に会場を訪れた全員に電話をかけて自主隔離を依頼します
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●室内には入れてもらえましたが、以下の概要を把握するのは、立ったままでのやり取りとなりました。
▲一日の利用者は約40人。
▲一人の利用者が申請に至るまでに要する時間は、平均約一時間。
▲9時~17時の間、職員9人体制。一週間休みなしなのでシフト制を用いている。「では、擁する職員は?」と聞くと「十数人」との答え。「正確には?」ときくと「わからない」との答え。「あなたはここの責任者ですよね」「ええ」とのやり取りも。
▲申請不可に至るケースで多いものは何かを聞いたところ、「売り上げ減が50%に満たないもの」「給与所得者や雑所得者」との答えでした。
私が「国会答弁で、この両者も対象とされましたよね」と投げかけると「よくわかりません。その話は6月中旬からと言われています」と。「どこから言われたんですか?」に対しては「よくわかりません」。
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で間違いありません
「2020年3月までに創業した事業者や、給与所得者、雑所得者を対象にしたい」
と発言しただけで、閣議決定はされていませんので、まだ対象者ではありません
どこのニュースでも「第2次補正予算案のゆくえ次第」と報道しています
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▲「この会場はいつまでですか?」「わかりません」
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持続化給付金の制度は2021年1月15日までですが、各会場がいつまでかは確定していません
7月末までは決定している会場や、8月末までは決定している会場がいくつか存在しますが、それ以降利用者の少ない会場は閉鎖し、多い会場は継続すると思われます
来場者からの感染者が発覚した場合、その時点で会場は閉鎖になりますので約束は出来ません
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●がらんとした会場は、感染対策とはいえ、どこまで活用されているのかと思いました。40人の利用者に対して9人というのは、ひとりのスタッフが相対するのは、一日に4.4人。ちなみに、ここでは審査はしていません。つまり申請後の後処理はありません。
業務は直接利用者と相対するだけではないことはよくわかりますが、一つの指標として考えるならば、適正とは言えません。業務には、充分な体制を保障すべきと考える私には、あまり指摘したくない事ですが、運営体制という点では疑問が残ります。
窓口に二人ほど座っています。それ以外に3~4人が会場内にズーッと立っているのは、威圧的な感じさえありました。
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・会場の外で予約を確認し消毒をする係(1〜2人)
・受付で氏名と電話番号を頂戴する係
・記入台付近で記入方法を訊ねられた際に対応する係(1〜2人)
・各種書類をお預かりし、画像データを取り込み、手書き情報をデータ入力する係(最も人数が必要)
・副責任者
申請者様が利用したイス・テーブル・ビニールカーテンは1名ごとにアルコール消毒
休憩を回す事を考えれば順当な人数です
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私が30分ほどの間に、利用者らしき人は、一瞬の人含め3人でした。
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開場当初は
「予約枠が取れないから直接来た」
と仰る方が続出する状態でした
今でこそ平日は当日予約も可能な程度に余裕が出てきたところです
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●外で待たされている間に許可を得て、外観だけは写真に撮ることができました。
会場内では、写真は禁止されました。人物はもちろん写す気はなく、記載台などを撮りたいといったのですが、無理でした。
「この場を撮ると、どんな差支えがあるのですか」と問うと、「上から言われています」「上ってどこですか?」「事務局です」「どこの事務局ですか?」と聞くと首をかしげていました。
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●会場から出ても、私は複雑な気持ちでした。「サービスデザイン推進協議会」や電通の問題点とは別に、「あの若者たちの職場としてどうなんだろう」と。
仕事の流れもよくわからず、指揮命令も明確になっていず、会社名を名乗ることもできず、この職場がいつまで存在するのかもわからず…
日本でこのような働き方は少なくないと思います。職業経験が蓄積され、その後の見通しを持てるといった働き方には程遠く、働く人達の立場からも、日本社会としても、危機感を覚えてしまいます。(2020.6.9)
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余計なお世話です
口が酸っぱくなるほど三密を避けろと指示されているのですから、せめて来訪前にアポイントを取ってお越し頂くのが常識です
非正規雇用に甘んじていた結果、有事の際に低賃金労働に就かざるを得ない状況になってしまった事については、己の責任かもしれません
しかし雇用者を開示出来ないのも、天下り団体がのさばっているのも、入札がズブズブなのも、年金が貰えるか分からないのも、税金が上がる一方なのも、アメリカから武器ばかり買っているのも、前世代の人間が政治家の横暴を許し続けた結果です
渋谷から電車で30分くらいの駅の、駅から徒歩5-6分くらいのアパートに住んでいた。駅の付近は起伏の多い地形で、谷のように降っていく地域と、丘のように登っていく地域があった。住んでいたアパートは駅から緩やかに丘の上へ登り、2車線の道路を渡って降っていくかという場所にあった。アパートの名前は忘れた。なんとかハイツとか、なんとかハイムというような、地名と無個性な単語の組み合わせだったと思う。
アパートは確か5階建てくらいで、その3階に住んでいた。
部屋のドアの色は鮮やかな青色で、そこだけが新品のようにつやつやした手触りだった。ドアを開けるとキッチンの向こうにベランダがあり、やけに大きな窓が2方面に開いていた。窓は西向きだったのか、夕方に部屋の奥まで光が差し込んだ。アパートの向こう側は下り坂になっていたので窓の向こうの景色は開けており、他の建物からの視線が気になることがなかった。カーテンはつけず、部屋の中の照明も控えめなものにして、1年中夕焼けが見えるようにした。冬は寒く、1日中毛布にくるまって過ごした。
駅の近くにあるスーパーで買い物をして帰ることができた。ぼけっとしていてスーパーを通り過ぎても、セブンイレブンがあったので弁当を買うことができた。何かの拍子にセブンイレブンも通り越すと、小さな蕎麦屋が家の向かいにあった。夜は半分居酒屋メニューで、テレビがいつでも小さな音量でついていて、麺がやわらかい店だった。
蕎麦屋のメニューを覚える頃には、別のお店がないかと探した。Google Mapは今よりもずいぶんいい加減な情報を表示していて、個人のお店は載っていないことが多かったように思う。通りの雰囲気と人の流れを頼りに、アパートの向こうの下り坂を降りて、自室の窓から見えていた桜の咲く公園の近くへ歩いた。
この下り坂を降るとき、いつも不思議と不安なような気持ちになった。あたりは夜でも十分に電灯はあったし、人通りもそれなりにあった。建物は2階建て個人宅が多く、昔から住んでいる人たちの木造建築はどれも立派な造りに見えた。アパートやマンションは比較的新しい建物のようで、大声が聞こえることも、不審に思える人物とすれ違ったこともなかった。
だが気になるのは、家々の窓から漏れ出る光。白からオレンジ色の光が、どの家からもアパートからもマンションからも、どの方角からも道に向かって漏れている。電灯から次の電灯までの間、辺りを見るとこの窓の光だけがぽつぽつと目に入ってくる。
それぞれの窓の中の景色を想像する。自分と同じ一人暮らしの人も多いだろう。渋谷へのアクセスが良く、駅徒歩も10分以内といったところだ。不動産屋も紹介しやすいことだろう。二人暮らしの人もいるだろう。駅から離れるにつれてアパートの敷地は広くなり、一部屋の間取りにも余裕が生まれる。ファミリー層向けのマンションには子供が生まれたばかりの夫婦が住むだろうか。昔から建っている立派な木造建築には、3世帯で住んでいる人たちもいるに違いない。夕飯の時だけは1階に集まって、テレビをつけながら談笑したりしているだろうか。そうした想像をすると、窓の光の一つひとつに生活があり、違った人生があるという当たり前のことが、リアリティをもって感じられた。この実感は、私をとても不安な気持ちにさせた。
通勤電車が混むことが苦痛になり、2年でその町からは引っ越した。今は生活が変わり、住宅街を通ってもあの時と同じ気持ちにはならない。でも、あの町の、あの坂道を通ってみたらどうだろうか。あの部屋で、夕焼けを直に受けるクローゼットの扉を見たらどうだろうか。