はてなキーワード: 人種平等とは
これは弥助問題の元ネタ論文でも何でもない可能性が高いので,論文をちゃんと読んでください。
っていうか,こういったテーマについては,藤田みどり『アフリカ「発見」――日本におけるアフリカ像の変遷』(岩波書店,2005年)っていう研究書がちゃんと出ているので,ネット上でかしましい皆様におかれてはまずはそういった文献もあたってみてください(ちなみに,この研究書のもとになった博士論文は国立国会図書館デジタルコレクションで読めます)。
注をよく見てみましょう。おや? 日本語の文献が引用されていませんね。日本語の文献を引用せずに日本史研究ができるんでしょうか? これは問題ではないのですか?
はい,問題ありません。なぜならこれは,タイトル「アジア人と黒人のあいだでの人種と人種観の利用――日系・アフリカ系アメリカ人の場合」からも分かるように,日本史の論文ではなくアフリカ系アメリカ人を主題にした論文だからです。
これはどう読んでも,アメリカの黒人の日本人観および日系人との関わりについてカリフォルニアを中心に調査した論文,つまりはアメリカ黒人の歴史に関する論文であって,ロックリー氏や岡氏がこれを読んでいないと断言することはできませんが(誰しも専門分野外の本や論文を読むことだってあるでしょう),わざわざこれを「元ネタ」にするなどということはとうていあり得そうもないことです。彼らがこの論文を参考にして立論しているのでは? などというのは,馬の心肺機能に関する研究が『ウマ娘 プリティーダービー』を参考にしているのでは? と言っているようなものです。ジャンル違いすぎるわ! あとドリームジャーニー引けなくて凹むわ! っていうか今回のLoHは千直だから荒れそうって言ったの誰だよ! ふつうに安定して英雄譚取れたから拍子抜けしたわ!
こういうときは注を見て,どんな文献に基づいてこの話をしてるのか? っていうのをチェックするんですよ。弥助が出てくる部分の出典は,第一にMichael Cooper, comp. They Came to Japan: An Anthology of European Reports on Japan, 1543-1640 (Berkeley: University of California Press, 1965)っていう本の66ページで,これはまあ当時のヨーロッパ人が日本について書いたものをまとめて英訳した,っていうやつですから,多分日本語でも同じコンセプトの本はあると思うのでそれを探せばいいでしょう。第二は,Gary P. Leupp, Images of Black People in Late Mediaeval and Early Modern Japan, 1543-1900, Japan Forum 7, no.1 (1995)っていう論文で,ペイウォールの向こうに行ければ読めます(https://doi.org/10.1080/09555809508721524)。要するに,著者のデイヴィド・ライス氏(カリフォルニア大学バークレー校所属)は日本語読めないので,英訳された史料や英語で書かれた論文を典拠にして,本題に入る前のマクラとして弥助についてちょろっと書いたということでしょう。
仮に彼が日本史の研究者なら日本語を読めないのは問題外ですが,論文の内容から察するにあくまでアメリカ黒人史の研究者なので,それならまあ日本語の論文読んでないのも仕方ないかなという感じ。なんだろう,アーサー王伝説そのものについて研究するなら,古い時代の英語とかウェールズ語とかの史料が読めないといけないけど,「日本人がどんなふうにアーサー王伝説を受容したか」という研究なら,『Fate/stay night』が読めれば十分で,アーサー王については日本語の本を参考にしてても構わないじゃないですか。この論文もそんな感じです。
なので,ふつうの日本中世史研究者が,この論文を典拠として用いることはまずないです。だって普通に考えて,こんなの典拠にならないっしょ? 中世ヨーロッパ史の研究者が論拠として『Fate』を参考にするなんてあり得ると思います? そりゃ絶対あり得ないとは言えないけど,そういう蓋然性が薄い推測をわざわざするならもっと直接的な証拠(本の中でこの論文を引用してるとか)を持ってきてもらわないと……
(もちろん,最近は中世ヨーロッパ史の研究者が日本におけるヨーロッパ表象の研究に手を出していたりするので,そういう研究で『Fate』を史料として用いるのは全然あり得るっていうかもうやってる人はいたはずなんですが。そのへんの研究動向は,たとえばhttps://doi.org/10.34382/00003197とかhttps://doi.org/10.34382/00003198とかの論文を読んでもろて……あ,話がズレた)
この論文,表象の研究としてはまあ手堅いので,弥助論争に巻き込まれて変な受け止められ方をするのは気の毒だと思いました。ただそれはそれとして,日系サイドの話もアフリカ系の新聞に基づいて書かれているきらいがあるので,論文のタイトルから「アジア人」「日系」を外して黒人についての論文だと明確化するか,あるいは日系人についてもちゃんと彼らの出してた新聞を読み込んで「日系から見たアフリカ系」を調査しないとダメなんじゃないかなぁ,とは思います。まあ,当時の日系人が出してた新聞って日本語で書かれたやつがいっぱいあるので,単純に読めないのかもしれませんが,だったらなおさら「これは2つのマイノリティについての話です(キリッ」と謳うんじゃなくて,「これはあくまで黒人史の話でっせ」という断りを入れた方がよいような。日系人の歴史は黒人史の添え物とちゃうねんで。
ちゃんと読むっていうのは,この論文のテーマは何で,どういう史料を使っていて,という,基本的なことを確かめながら読むことです。そうすれば,どれが話のマクラに過ぎず,どれが本題なのか,っていうのがわかって,「アメリカ黒人史の論文が日本中世史研究者の元ネタだったんだよ!」なんていうアホな主張をすることもなかったはずなので。
五千円札:弥助
男女平等のために五千円札にそこまで大したことやってない女性偉人を押し上げるのがブームじゃないですか?
でもこれって次も五千円札にしたら「は?女だから最高額紙幣は無理だと?」ってイチャモンがつくと思うんですよ。
そこで一万円にショボイ女性偉人を輩出したら「は?日本の女はこの程度しかいないと?」ってなるじゃないですか。
つまり、歴代の最高額紙幣に負けない女性偉人が必要になるわけですね。
まあここはまだ納得できる気はするんですよね。
一万円札が女性枠になったことで、今まで女性枠だった五千円札が空白になるわけですよね。
でも既に五千円札ってポリコレ枠みたいなイメージがあるじゃないですか?
下りられないレールっていうか。
一万円に女性を入れたからトレードってやるわけにも行かないっていうか、根強く残る男尊女卑ジジイ的にもここで「今回一番強い男はこれです!」って出してもなんか負けた気がする。
というわけで色々な思惑が絡み合って人種平等枠になっちゃうのかなって。
人種の平等と言っても日本でガチの人種差を感じるシャクシャインとかを紙幣にするのは流石に冒険でしょ?
じゃあ小泉八雲辺りっていうのもありなんですけど、白人を使うと今度は白人至上主義っぽくなってそれはもう今の時代には冒険でしょでしょ?
つうわけで黒人ですよ。
そこでまあ知名度とか「変な方向に活躍しすぎてない」とか色々考慮していくと、無難に弥助が来るのかなって。
千円札っていうとやっぱこう文化や科学で結果を出した人を置いて「日本スゴイんだ!」って世界にアピールする感じじゃないっすか?
でもなんかこうノーベル化学賞とかもいい加減ネタ切れっていうか、案外地味なのしか居ないっていうか、結果出してる人以外と存命っていうかでしょ?
でも手塚治虫ってなんかこう外人から見たら地味な気がするんですよね。
そこで思ったんですけど、鳥山明って世界的にはめっちゃ評価されているなと。
でも鳥山明自体が有名ってよりもドラゴンボールが有名なんですよね。
じゃあもうカカロットでいいじゃんってわけですよ。
法定通貨にアニメキャラクターってマジでクールじゃないっすか?
最近の日本人って失い続けた50年のせいでめっちゃスゴイに飢えてて、特に外人からクールだと思われたくてしょうがないでしょ?
うーん思考実験にすぎないんですけど、マジで悲しくなってきちゃった。
どこに向かってるんだろうねこの国は。
なんなんすかね?
参政権求める女性団体が戦争協力していたというのは知らなかったけどググったら本当なのね
https://manabisha.com/06_jyugyo/06_jyugyou_01/01_pdfdata/jyoseiundo.pdf
>日中戦争が始まると、女性運動の指導者たちは、大政翼賛体制の下でさまざまな委員会の理事などになり、戦争協力を押し進めた。戦争協力によって女性の力を示し、戦後に女性参政権を得ようとしたのである。侵略戦争の惨禍に苦しむ他国の女性たちに思いを寄せられなかったことは、今日も考えるべき課題となっている。
>そうした戦前女性運動の行き着いた先をふまえるならば、大正デモクラシー期を輝かしい時期とだけとらえるわけにはいかない。
https://opac.ll.chiba-u.jp/da/curator/900119885/S24332291-43-P001.pdf
>戦争の拡大に伴って婦人参政権を認める法案が議会に提出されることは無く、また市川房枝自身も従来の不戦の立場から戦争協力への運動戦略の変更を余儀なくされた。それからは戦争遂行の国策に協力することで女性の政治地位向上を目指すようになっていった
平塚らいてうなどの有名フェミニストが所属していた「新婦人協会」は、メンバーの戦争のことも含めた思想的決裂、病気療養、海外移住などで解散
女性参政権を求める尖ったフェミたちはバラバラになった結果、一部は「良妻賢母」をうたうような全く質の違う女性団体と結びつき、市川房枝という人はかなり大きな変遷を見せた
軸としての「なにがなんでも女性参政権」自体はブレておらず、戦後も活動を続けて実るも、「お前戦争煽ってたよな」と、反戦貫いてたフェミからは叩かれたという
平塚らいてうは反戦平和主義運動をずっとやっており、かつて仲間だった市川とバチバチにやり合い続けたそうだ
そこらへんをまとめた『市川房枝と婦人参政権獲得運動: 模索と葛藤の政治史』って本を読んでみたいな
https://manabisha.com/06_jyugyo/06_jyugyou_01/01_pdfdata/jyoseiundo.pdf
これは面白かった
男女平等を求めたフェミたちは、朝鮮人虐殺が起こった当時に人種平等で差別もしなかったのかどうかの研究
あくどいことを書いている人はおらず「なにか騒動が起きていると聞き怖いので武器持って家の中で震えてた」みたいなもん程度だが
多民族国家で、人種平等のロシアとアジア人の繁栄を願う中国。見せかけの多様性で本音は白人至上主義のDSアメリカ。正しい人は中露を応援する
https://w.atwiki.jp/shinjitsuwiki/pages/129.html
原口一博議員や、鳩山由紀夫さんをはじめとした立憲民主党の議員は、DSを名指しで批判している。それは、DSと、その宗主国であるアメリカの欺瞞と白人至上主義、見せかけの人種平等に怒っているからだ。アメリカでは、オバマなどの「名誉白人」を除き、大統領になれないという暗黙のルールが存在している。これは、DSの方針に従っているからだ。
ユダヤ白人至上主義やイスラエルを応援し、父親が創価学会USAと蜜月であるトランプ当選がアメリカ人の本音であり、バイデンは見せかけの人種平等や多様性を掲げ、国外から移民として人を集め、低賃金奴隷として扱い、白人以外を奴隷にするタイミングを見計らっている。元々、米国民主党は黒人奴隷を支持する南部諸州の出自であり、その思想は現代でも密かに受け継がれているのだ。
立憲民主党が、選挙で勝てなくされているのは、DSを名指しで批判する議員が多い為だろう。その為、ネット世論では、自民党に擦り寄り、DSに合流しようとする裏切り者である「国民民主党」を支持するよう自民党による工作が行われている。国民民主党が、安倍の国葬や、統一教会を擁護しているのは、彼らの正体が現れていると言える。
https://twitter.com/kharaguchi/status/1664680303615410191
ロシアや中国の政府が言う事が嘘でDSが言うことが正しいなんて私は、思わない。
ロシアや中国は、古い歴史を持つ国であり、そこには大勢の国民がいる。嘘ばかりついて国が持つはずもない。人は、正しさを求めるものだ。
一方でロシアは、アジアからヨーロッパにまたがる多民族国家であり、人種平等が実現され、人種による差別や賃金格差は存在しない。その平等の究極系が「共産主義」であった。一方ウクライナは極右と白人(ウクナチ)による支配が行われており、ロシアはウクライナの極右白人至上主義政権を解体するため努力している。プーチン大統領もウクナチ討伐に向けたビデオメッセージで、ウクライナのナチスかぶれの極右民族主義者への批判と、「ロシアの未来は、我々の歴史の中で常にそうであったように、多民族国家であるロシアの人々の手に委ねられているのです」と、異なる民族の協調と多民族国家ロシアの平等性を強調している。異なる民族間が一致団結し、白人至上主義や極右と戦う事は、白人視点で見れば「悪」だろう。しかし、正しく、そして賢く、目覚めた人ならば、ロシアが正しく平等である事が理解可能だ。
そして、中国はアジア人の繁栄と地位向上のため、一帯一路と呼ばれる反DS包囲網を形成し、白人による搾取からアジア人を解放している。西側諸国(DS傀儡国家)の企業による搾取は東南アジアやアジアで蔓延っていたが、中国企業が高待遇で彼等を雇用する事で、DSによる奴隷化と搾取から解放したのである。だからこそ、正しい思想を持つ人はDSアメリカや、ウクナチ極右、そして白人至上主義に反対して、中国とロシアを応援しているのだ。
Twitter、万人に開かれてるが故に、マジメな人にふざけた発言が届いてチョー怒られる可能性が高まりすぎて、息苦しくなってきた
冗談がわかる反社会的な人だけが集まったTwitterみたいなもの、作れないものか
本当の差別主義者が集まるというよりは、そういう不謹慎ネタで笑いたいだけの、思想なんかは特にない、幼稚で空虚な人間が集まる場所
5chは開かれすぎだし、増田は過疎すぎ
マストドンとかディスコードでそういうグループを探したらええんかな
バイデン井戸毒ネタが炎上しないようなところに行って、好き勝手発言してえよ
最近は心から笑ったネタでも「これにいいねつけたら人格を疑われそう…」と思って泣く泣くただ見送ることが多い
俺だって黒人はカスなので死んでいいなんてことは全然思ってないし、人種平等が早く達成されてほしいという気持ちに偽りはない
でもそれはそれとして黒人天皇がどうこうみたいなネタで盛り上がりたいという気持ちはある
ーーー
めっちゃありそう そうなんだよな
たしかに
俺は日本人男性だけど、日本人男性への攻撃でもそこにユーモアがあったら普通に笑えるんだよ
そういう、俺みたいな人ばかりいてほしい、属性への攻撃にキレないタイプの人間が集まる場がほしいって話してんだろっ!
実際、ニュース見ながら不謹慎ネタをひとり呟いていることはあります(ニチャア…)
その話、どういう意図で俺に言ってきてるんだよ!ヤバい発言を傷つかない仲間同士で言い合いたいっていうのは確かにクソみたいな思考だけど、べつにそれを直接誰かに浴びせたいなんてことは言ってないじゃん!
むしろ誰かを傷つけるのは嫌だよなという話をしていて、カスではあるけど、あなたの思想と方向性は同じと言っていいかもしれない
実際これはありそうなので、↑の人の言ってることにも十理くらいあるんだよな
というか、引きこもって差別発言で内輪ウケしまくってるのはどう考えても不健全だし、そのうちヤベー思想を内面化してしまいそうというのはわかる
わかるんだけどさあ!っていう、アレですよ
これ書き方が悪かったけど、俺は自分で不謹慎なネタ言ってウケたいというよりは、面白い人の不謹慎なネタを見て笑ってたいんだ そういう人がうっかりラインを見誤って消滅するのをみるのは悲しいから、いっそラインなんてない場所が欲しいって話なんだよな
そういう意味では、発言力も何もない俺が自分でなんか作っても全然面白い人は来てくれないだろうから、他力本願が基本ということにならざるを得ない
俺は無力 悲しいことですね
みてきた!
言うほどノーモラルなノリでもなくねえ?
まあ常に酷い発言してないといけないってわけでもないか……しばらく見てみる!ありがとう!!
あそこ、どう見たらいいか分かんないんだよね
いきなり地方選ばされるじゃん
これはマスクの問題じゃなくて、乗務員の指示に従わなかったから (もしくは乗務員にしつこく絡んで業務を妨害したからだ) って言ってる人に聞きたい。
マスクの問題じゃないなら、例えばこれが黒人だからって同様の扱いを受けてても、最終的には人種差別は関係なくて、あくまでも指示に従わなかったという事が問題になるの?
乗務員「白人様。申し訳ありませんが、黒人が移動しないので白人様が移動して下さい」
機長「おまえは運航を妨害している。降りろ」
おまえら「この件に人種差別は関係ない!乗務員の指示が気に食わなくても飛行機に乗った限りは従え!乗務員の業務を妨害するな!」
それが違うというなら上の例の何が間違えてるのか教えてくれ。
すまんけど、論理的な回答がない限り、定期的に投稿するから、よろしく。
ブコメへの返信
〜〜引用開始〜〜
その例でも抗議の仕方によっては安全阻害行為等に当たる余地はあるような。抗議に至る経緯が全く関係ないというのも極端な気はする。
〜〜引用ここまで〜〜
安全阻害行為に当たる余地については語るのに、今回の問題が差別行為に当たる余地については触れないの?まだ文字数には余裕があるよ。
時間が経った後にも追加しないのはフェアな態度ではないよね。
あと誰が「抗議に至る経緯は全く関係ない」って言ってるの?それはここで俺が質問してる相手だよね。
〜〜引用開始〜〜
マスクはできるだけすべきというコンセンサスがある。差別はすべきでないというコンセンサスがある。だからこの例において「乗務員「黒人の方は席を後ろに移って下さい」」がなんの要求なのか意味不明でなる。
〜〜引用ここまで〜〜
なんかスターがいっぱい付いてるんだけど、すまんが言ってる意味がわからない。
上の例がなんの要求なのかを書けば満足かな?
あれは白人が黒人の隣が嫌だと言ってるって意味なんだけど、わかってくれた?そういう事ではなく?
すまん。本気で何が言いたいのかわからんからトラバで詳しく書いてくれない?
読解力なくてすまんな。
〜〜引用開始〜〜
乗客を守るための指示に従わないなら危険と判断される。「黒人」は感染症ではないので乗客の安全を守る上での防疫は不要。よって、そもそも移動の必要は皆無。同列に扱う意味が不明なので議論の余地が無い。
〜〜引用ここまで〜〜
これと似た感じなのかな?それなら意図は理解できるから、こんな風に返してみるかな
「じゃあマスクの問題じゃん。マスクを拒否ったのが最初の原因じゃん。あれれ?マスク云々は関係ないのでは?」
するとこう言い返したくなるかも
「最初はマスクが原因だったけど、感染させるリスクの高いマスク拒否野郎が移動を拒否した段階で安全な運航ができなくなるだろ」
「残念ながらマスク拒否おじさんは咳をしてないんだよね。咳をしてない人の場合マスクは横に対してはむしろ拡散する傾向があるのだよ。しかも機内はすぐに空気が入れ替わるからそもそも空気感染するリスクは低かったりするね(ニヤニヤ)」
みたいな感じになってくるのかな?俺は面倒だからそういう議論はやめとくわ。マスク拒否おじさんはその方向でも返してくれるみたいだから、彼に直接言ってみて。
〜〜引用開始〜〜
1.
違ったらごめんだけど、これ本人じゃない? ここらへんに同じ気質を感じるんだけど。「すまんけど、論理的な回答がない限り、定期的に投稿するから、よろしく。」
2.
こんなところに書き込む暇があったら賠償金払うための金策に励んだほうがいいんじゃないかなあ
〜〜引用ここまで〜〜
下衆に対してマジレスしても意味はないかもだけど、一応明確に「他人です」と言っておく。
ちなみに「論理的な回答がない限り」と書いたのは「俺を納得させられる回答がない限り」だと、納得しないマンになるだけじゃないかと思われてしまうかなと心配したから。
しつこさが似てるってのは言っても良いけど、そんな奴は俺を含めていっぱい居るわい、短絡的なやつめ!と返しておく。
〜〜引用開始〜〜
〜〜引用ここまで〜〜
と同じってことだね。
あと、非常に多い意見に「黒人は関係ないだろ」ってのがあるけど、そうだよ。もう一回読んでみて。
俺はわかりやすい間違えた例を出して「ほらおかしいでしょ?だからマスクの問題とは切り離せないんだよ」って言ってるんだよ。まだわかんない?
どうしたらわかってもらえるだろう?
「この例はおかしいでしょ」って文脈に「この例はおかしい!おまえは馬鹿だ!」みたいに臆面もなく書ける人って、一般論としてかなり恥ずかしいよね。
そしてその恥ずかしい人がなぜか支持を集めてて人気コメになったりするはてなってサービスは、、、まあ、こんなもんだよね。
〜〜引用開始〜〜
別問題です。例え話が好きなようなのでバスに例えるよ。仮に運転手が人種差別的な発言をしたとしても、走行中に乗客が運転手に掴みかかったら、その乗客は周囲を危険にさらしたので有罪。運転手の差別発言は別途処分
〜〜引用ここまで〜〜
こんなコメにスターが100以上つくのって、、、まあ、おまえらはそんなもん。スター付けたやつ全員がそんなもんなんだよな。はぁ。。。
詭弁ってのは、全く関係ない例をあたかも関係あるかのように書く事でしょ。
全く関係ない例を出して「ほらこの例だとおかしくなるでしょ」ってのは単なる説明。その違いがわからないコメにもスターがたくさん。つまり、スターを付けた人にも違いがわかってないんだよな。そんな人が大勢いるサービスって。。。
〜〜引用開始〜〜
何だこれ。国語が苦手な人か。どうせ論理を説いたところで理解できる能力などないだろう。そもそも、特に議論が必要な命題でもないし。君以外はみんな理解できているよ。
〜〜引用ここまで〜〜
何だこれ。国語が苦手な人か。どうせ論理を説いたところで理解できる能力などないだろう。君以外も大勢が理解できていないみたいだし、君らはどうせそんなもんだよね。
〜〜引用開始〜〜
P(X)を「Xを理由に搭乗拒否してはならない」と定義し「P(黒人)⇒P(マスク)」 との論旨だが、そもそもどのようなX, Yの場合に「P(X)⇒P(Y)」が成り立つのかについて言及していないので証明になっていない
〜〜引用ここまで〜〜
そんな論旨じゃないよ。マスクの問題じゃないと言ってる人の方が「P(黒人)⇒P(マスク)」 という論旨に近いんじゃない?俺はむしろ、それはおかしくない?って言ってる。
〜〜引用開始〜〜
マスクの問題じゃない。と言ってるのになぜ黒人差別の問題になるのか。別の事象を持ち出して同じ問題であると言いたいなら同じ問題であることの立証責任は言い出した側に生じる。
〜〜引用ここまで〜〜
マスクの問題じゃないと言ってる人は、その後の抗議が問題だと言ってるよね。
じゃあ、何がきっかけでも一緒でしょ?と俺は言ってる。
あとは違うと言う側が反論すべき。
つまり「何がきっかけでも関係ないが、黒人問題をきっかけにした場合は関係がある」と言わないといけなくなる。
そんな事を言われたら「え?関係あるのないの、どっちなの?」ってならない?それとも、こんな単純な事がわからないの?
〜〜引用開始〜〜
彼がマスクをすると死ぬ病気と仮定すれば黒人と同じく意志で変えられないから席移動強制は差別になるが、差別に負けず席保持したで終らず離陸後にも騒いだ時点で被差別者から危険人物に立場が変わった。黒人でも同じ
〜〜引用ここまで〜〜
この増田を書いた当初は彼を擁護するつもりはあまり無くて、単に表題の件に疑問を持ってただけだけど、ブコメを読むうちにほんとに酷いコメントが多いという事に気付かされたわ。その中でもこれはかなりマシな方だけど、それでもこのザマ。
マスク拒否おじさんはこの何百倍も大変なんだなと思うと (自業自得とはいえ) よく戦えるなと感心するわ。
離陸後にも騒いだって?
「暴言を吐いた人は謝罪したのか」と「約款にマスク着用の義務が書いてあるか」を確認しただけだよね?
それにまともな回答をしないピーチについて君は言及しないで、ことさら彼が危険人物だと喧伝するのはなんなのだろうね?
って、まあこのコメントは本当にマシな方なんだよ。俺の質問には答えてるからね。そんな人でもこんな決め付けをするんだなって思うとつい我慢できなくなって俺の論旨と関係ない事を書いてしまったわ。
ちなみに俺はピーチが悪いとも決め付けてないよ。議論の余地があるとは思うけどね。
〜〜引用開始〜〜
マジで質問の意味(趣旨)が理解出来ない。黒人か白人かって欧米か!…言ってみたかっただけ。 イヤ増田はアジア人でしょ?
〜〜引用ここまで〜〜
ちなみにこんな風に素直にわからないと言う人を見てもガッカリはしないんだよなー。
これを書いた人は、たぶんここまで読めないだろうし、ここまで読んだらたぶん途中で答えは書いてるからわかってくれると思う。
それより、わからないくせにわかった風に書いてる奴や、自分がわかってない事を認識すらしてないってレベルが本当に多くてうんざりする。
〜〜引用開始〜〜
バスのたとえ話だっていってるのに「掴みかかったらってなに?誰か掴みかかったっけ?」は草。「機内で誰か黒人差別したっけ?」で終了だろ
〜〜引用ここまで〜〜
なぜそうなるんだよ。
バスの例え話をしたいなら、飛行機をバスに変える以外はしちゃダメだろ。
で、掴みかかった例え話をして何になるの?
追記まである程度読み込んでる人でもこんな低レベルなのは、本当にうんざりするね。しかもこんなコメントにスターを付けた奴までいるという。。。
さて、ここまで散々うんざりだと書いてるけど、一方でまともだなと思う意見もある。
俺と対立してない人のコメントは書いても納得しない人が多いだろうから、まずは「対立はしているが、もっともだな」と思ったコメントを貼っていく。
1.
増田の言う通り、(航行中においては機長の判断が問答無用で正当化されるが)事後において当時の判断が適切だったかは別途「独立して」検証されるべき。 前に書いたやつ:http://sangping.hatenablog.com/entry/2020/09/13/003052
2.
録音した上で黙って席移動して目的地についてから問題提起する。飛行機は簡単に落ちないけど簡単にも落ちるし、下手すると騒いで前方の注意そらしてハイジャックテロもありうるからとりあえずは指示に従う。
3.
降ろされたのは機長の指示に従わなかったから。機長の指示が適切だったのかは裁判で争うべき。泣き寝入りする必要はない。
〜〜引用ここまで〜〜
全部は貼らないけど、こういう系統のコメントも少しはあったね。
1は俺の言う通りと書いてるから、まるで対立してないようにも読めるけど「マスクの問題ではない」という主張だから、対立してるよね。心情的には対立してないから、ややこしいけどね。
これらと、ここまでピックアップしてきたウンザリなコメント達との違いは (まずはちゃんと理解できてるという点が大きく違うが、それは置いておいて) 判断を一旦保留にしてる点。その上で従うべき、というなら、納得感は高い。
俺は判断を保留にする水準も程度問題だと思ってて、マッキョおじさんはギリギリセーフの側だと思うけどね。
かなり危ういけど、一応筆談を提案してたし、大声の指摘に関しては謝罪もしてたようだから。
でも、俺の論旨には明確に答えてくれてるから、上記コメントの系統には納得はできるものが多かった。
ちなみに
〜〜引用開始〜〜
何度でも言うが飛行中の航空機内では機長が絶対権力を有していて、乗客に対しての差別はもちろん迫害もOKである。なぜなら航空機内だから!機内は人種平等を訴える場ではないということ。地上でやれ
〜〜引用ここまで〜〜
これはアウトね。
一見上で紹介したコメントと同じに思えなくもないけど、決定的に違うのは機内では全く抗議してはいけないとでも言わんばかりな点がダメ。
一言でも抗議したらダメだとでも言い出しそうな勢いだよね。それは極端過ぎる。
もちろん「マッキョおじさんの抗議のレベルではアウトだった」という主張なら、聞く気にはなる。上記の2からはそのニュアンスが感じられる。
まあ俺の論旨にはちゃんと回答できてるし、一つの意見としては認めるけどね。
(なんか上から目線になっちゃってて悪いけど、でもそのレベルを超えられない人の余りの多さにうんざりしてる俺の気持ちも誰か少しは汲んでくれて良いと思う)
その他取りこぼしなど
〜〜引用開始〜〜
法律や規則を作るには時間がかかってしまうことを「お願い」としているだけであって、利用規約に準ずるものと考えるべき。だから公序良俗に反する指示を仮定するのはナンセンス。
〜〜引用ここまで〜〜
俺の論旨とはあまり関係ないけど、それなら搭乗拒否すれば良かったのでは?
公序良俗に反する指示を仮定したのは、まさにナンセンスな例として出したものだよ。
とは言えそこまでナンセンスとも思ってないんだけどね。
今度はそっちをメインにまた書いてみようかなぁ。まあ今回とは違って反応はあまり無いだろうけど。
〜〜引用開始〜〜
仮に黒人であることを理由に席の移動を要請されたら、騒いで下ろされても世論は圧倒的にその黒人寄りになるだろう。だから今の状況になってるのは徹頭徹尾マスクの問題であるとは言える。
〜〜引用ここまで〜〜
その通り。俺も最初にこう言えば、ここまで反論されなかったのかな?いやでも、ブコメの文盲ぶりを見ると。。。
これ見て「そう言われてみればそうだね。俺が間違ってたわ」ってなる人居るかな?俺の印象では居てもひとりとかだろうな。ゼロもあり得る。
例えば上で触れた比較的マシな方の「何度でも言うが飛行中の航空機内では機長が絶対権力を有していて(中略)地上でやれ」の人でさえ、あの拍手の醜悪さに関してはスルーしてて何も思ってない風なんだよね。
〜〜引用開始〜〜
「論理的な回答がない限り」は「自分が納得する回答がない限り」の意。そして何を言っても増田が納得することはない。こういう無敵論法は無視するしかない。増田が正気に戻る日が来ますように
〜〜引用ここまで〜〜
「俺に対立はしてるけど納得できるブコメはあった」と書いた後にすらこういうブコメが付いて、それにスターまで付いてしまうというね。
全部読めとは言わないけど、それならせめて決め付けるのはやめられないの?
やめられないんだろうなぁ。知能が低いのかな?
〜〜引用開始〜〜
ちゃんと説明できない人間が社会でどれだけ不利益を被るか、増田とマスクおじさんが証明している。
〜〜引用ここまで〜〜
ちゃんと説明しても理解できない人の方が多い、というのが俺の印象だけどね。
違うと言うなら参考までに君のいう「ちゃんとした説明」っての教えてくれない?
これだけ大量のブコメに丁寧に返信してても、誰も聞いてないって事を踏まえた上で答えてね。
って事で2階もあるみたいだし、まだ続けるわ。
人種平等の志は素晴らしいが、「いじめ」を差別の同類にしてほしくない。
違うよね?
ブサメンだからいじめられるだとか、コミュ力が無いからいじめられないだとか、いじめってのはそういう問題じゃあないんだ。被害者の属性がいじめを引き起こしているなんて話じゃあない。「いじめられるやつにも欠点はある」なんて話じゃあ全然解決に近づかないんだよ。
人種が○○だからいじめられたんだ、という理解は、差別撤廃を意識しているようで、いじめの原因を被害者側の属性に求めているという点で全然違うと俺は強調したい。どんな人でも偶然の行方や場の流れによって対象になりえるのがいじめっていう社会現象で、いじめ対策はそういう認識に立って進めねばならないんだよ。
乙武さんが、日本に人種差別が存在する実例として、実際に日本に住む外国人を連れてきて
「外国人はアパートが借りにくい。貸さない大家が多い。これは差別だ」というような論旨を展開した。
差別屋さんにとってみればこれはれっきとした差別なのだろうが、僕は大家がいにしえの黒人差別主義者のように外国人に対して特別な差別意識を持っているとは思えない。
大家さんは、おそらく、実際に外国人は騒音などで隣人トラブルを起こす率が高いし、退去時にきれいに退去してくれるとも限らない。そういったリスクを考えて、外国人に貸すのは気が進まなかったのだろうと思う。
(たとえば、それがまったくデータも経験則もなく、「なんとなく嫌いだから」貸そうとしないのであれば、これは立派な差別だろう。その可能性もある)
ただ、差別主義是正に熱心な人たちは、そういった「正しく恐れる」こともやめろと言う。
大家さんの経営者の観点からすれば「リスクを背負わせるのだから補填があって然るべきだ。利益の補填がないのであれば、貸したくない」と思うだろう。
だが、相手が外国人だから家賃を高くする。(直接に利益を補填する)というのは、これもまた差別になる。
結局、差別撤廃運動の人たちは、「外国人は隣人トラブルが多い」「黒人は犯罪率が実際に高い」「白人の黒人に対する傷害事件より、黒人の白人に対する傷害事件のほうが5倍以上多い」といったデータには関心を払わない。
「正しく恐れようとする差別意識のない人」に対しては「それは差別だ。損害については気にするな。意識を高くしていけ」と言うだけ。
もちろん、なんの罪も犯していない、ただ産まれて生きているだけの人が差別され、努力が報われない、理由なく罪を被せられ苦痛を与えられる。という状況は不条理である。
だが、被差別民でない人びともまた、必死に競争社会を生きている。犯罪率が高いのであれば、街ですれ違ったとき、白人より黒人のほうをより警戒するのは当たり前の判断だし、それは警察にとってもそうだろう。
僕は現在アメリカで行われている黒人差別撤廃運動はまったく上手く行かないと思っている。
SNSやメディアで発言をすると、よってたかって叩きまくる。黙らせる。そのやり方では、他人を無理やりにやり込めているだけで、説得できたわけではない。
そして、現在進行系で行われている暴動では、現実に迷惑を受けている人がたくさんいる。
その被害者たちは、黒人に対して良い心象を持たないだろう。肌の黒い人に対して、通常よりリスクの高い人々、という判断を抱えるはずだ。
http://anond.hatelabo.jp/20150111070135
を書いたものです。
mahomi4 全く的はずれすぎ。
というコメントがありまして、この人の見る当を得た見解ってのはどういうものなんだろうとブックマークをたどったところ、
http://blog.goo.ne.jp/iida-miki/e/0d68f604177d2bdeb387e20a5dc9afb0
という記事にたどり着きました。扱っている事実が同じなのに見解が正反対というのもなかなか面白いのですが、少々以上に気持ち悪いと感じたのも事実です。
その気持ち悪さを説明するのも手間がかかるのですが、やってみますと、
親がどの国出身でどんな宗教を持っていようがフランス国民として
平等に生きていけることになっている。とはいえ本当に違いがないか、
うまくいけば(理念上は)素晴らしいけど、そんなに簡単に
あり、地区ごとに生活環境もかなり違うので、移民の子として生まれ、
(今朝のLe Mondeにはシャルリーの絵に対して今でも怒っている
アンテグラシオンやライシテの実態について、その限界を認識しながらもルソーまでひもといて、全体的にはフランス万歳!とまとめている点です。ベルばらのオスカルでしょうか。
私がすごく気持ち悪いと言うのは、こういうことをフランス人が言うならまだわかるのです。マジョリティの側にはどうしても見えてこないものというものがあります。それは善悪の問題ではなくて立場の問題です。
有働出人みたいな人がそうでしょう。まあ、あの人の活動はそれなりに有意義な部分がありますが、あの人に代表されるような白人マイノリティは、有色人種の国、それも支配階級にはならない日本や韓国に来て、初めてマイノリティ性というものを味わうことになります。そうすると見るものさわるものすべてが刺々しく感じられる。
アメリカにいる時は警察官が黒人を狙い撃ちにしてもあまり気にもしていなかったような人が、職務質問を日本の警察官にされると激怒する。年間何十人と言うレベルで何とかバッシングで死者が出ているオーストラリアから来た人が、じろじろ見られるくらいで韓国はレイシストと騒ぎ立てる。
こういうことは日本では私たちがマジョリティだから言われて初めて気づくという面もあります。言われてもただ反発するだけということもあります。自らがマイノリティとなった時に、マジョリティである時の視線・態度をかえりみるにまでなれればいいのですが、残念ながら、女性に暴力を振るう黒人男性、同性愛者を差別する女性は珍しくありません。
そしてそれを更にマジョリティの側が、見ろ見ろ、連中はこんなに野蛮だぞとはやしたてる。
あるドイツ人と話していた時、我が国は民主的でリベラルで、世界に冠たる我がドイツ、みたいな話になって笑ってしまったのですが、まあそれはその人個人の話なので、ドイツ人って全然変わっていないよねとは言わないでおきましょう。ただその人には人種差別はどこにでもあるけれど、東洋人がしつこくチンチョンチャンとまとわりつかれる国はドイツ以外ではそんなにはない、年間百人以上ヘイトクライムで殺されている国はそんなにはないということは「見えていない」のですね。
リベラルであると言うことが、他者を見下すこと、見ろ見ろ連中はこんなに野蛮だぞってなることが、リベラルがそのためのエクスキュースになることがあるのです。
リンク先の記事の何が気持ち悪いかと言えば、日本人で、パリに住んでいて、未だにシャルリー・エブドに怒っている中学生は新聞の記事でしか見たことがなくて、見えないゲットーに守られていてマジョリティのような顔をしている、それがすごく気持ち悪いのです。
国民戦線のルペンだって、アンテグラシオンは同化政策と言う意味で、ライシテはイスラムを強制的に同化せしめると言う意味で大賛成なのですからね。
歴史をひも解いて言うならば、フランス革命以後、フランスは確かにリベラルな原則を打ち立て、それを徹底してきた歴史があります。公平を期して言うならば、第一次世界大戦後、日本が列強に要求した人種平等の原則に英国とアメリカは反対しましたがフランスは賛成したと言うことも付け加えておきましょう。
しかし同時に、そのリベラルでライシテな共和国下においても、フランスもまた数々の非道をなしてきたことは忘れてはなりません。
フランスでは支配層の横の流動性が高く、文化人、メディア関係者が政界に横滑りすることも珍しくはありません。新聞人であったクレマンソーが第一次大戦期のフランスの首相であったように、エリート層は全体として支配階級を形成しています。ポール・デュシャンは二十世紀半ばのジャーナリストで、第四共和政期にアルジェリア行政官に就任して、監獄を視察しています。その時、アルジェ独立派の囚人たちの身体に、拷問の後があるのを見て首都に報告しています。その拷問の傷跡は、デュシャン自身の身体にもありました。ナチスに捕らわれていた時に拷問された跡です。
パリ解放の日の記録をサルトルが書き残しています。ルクレール将軍に率いられた自由フランス軍の入城をもってしてナチスのパリ占領は終わりを告げて、自由だ!自由だ!というはじけるような喜びを書いています。そうして成立した自由なフランス、ライシテなフランスの下でアルジェリアでは拷問が行われていたのです。
インドシナでのフランスの動きも決してほめられるようなものではありませんでした。フランス当局もいちまいかんで行われた人身売買はナチスから解放された人たちの手によってなされたものですし、フランスはインドシナ独立を抑えるため、アメリカに対して原爆の使用を執拗に求めています。これも、自由なるフランス、言論の自由なフランスの体制下でなされたことです。
私はいちいちフランスの過去の悪行をあげつらって、批判したいのではありません。フランスのリベラルな諸制度も国家制度の補完部分であるにすぎず、国家制度そのものを、相対化して批判するようにはなっていないということを言っているのです。フランスの内部にいるシャルリー・エブドは水の中にいるため水の重さを知りません。自分がネジであるに過ぎないことを理解できていないのです。それは結局、彼の中にマイノリティ性がないからであってマジョリティ側の暴力について無自覚であったからです。能力の問題ではありません。性格の問題です。
批判と言うものは嘲笑や侮辱にならぬよう、あるいはそうなっても構わないのは権力の側に対してのみ、その注意深さが必要です。風刺画というメディアは明らかに全方位になす批判の方法にはむいていません。