はてなキーワード: 整体とは
「おそらく」の通り、飼い主がそう思っているだけで、医師の診断結果は出てない。
また、2年ほど前にてんかん発作のような症状が出たときに、MRI検査も受けており、そのとき脳には特に症状がなかった。
ただ、ここ1,2ヶ月、ふらつきがひどく、よだれも増え、運動能力の低下が顕著で、一人で起き上がることもままならない状態に。症状が完全に当てはまってしまっている。
事の発端は2年ほど前、突然、斜頸を発症。
混乱した犬は傾きつつ、真っすぐ歩けない様子で家の中を傾きながら、数分間さまよって、もとに戻った。
すぐに病院につれていき、そのときは症状は収まっていたため、先生からは「てんかん」と診断され、薬をもらった。
その後も1日に1回ほど、突然斜頸を発症し、5分くらい混乱しながらさまよい、もとに戻るを繰り返していたので、MRI検査を実施。
結果、特に脳に異常は見られなかった。
診断結果はやはり「てんかん」で、神経系で原因不明の場合はてんかんに分類されるようで?、原因を突き止めることができなかった。
MRI後は、複数の病院で診察を受け、てんかんのいろんな薬を試し、副作用なども発症させてしまい、犬も大変つらそうだったことから、薬での治療よりも「てんかん」と付き合っていくことを決め、犬が過ごしやすい環境を整えていった。
また、MRI検査でリスクのある麻酔を行ったことや、酸素吸入で呼吸器系にダメージ(呼吸が苦しそうなときがある)を与えてしまって、もう犬の体に負担がかかることは避けようと考えた。
「てんかん」が発症するたびに何とかならないかなと思い、鍼治療や整体、漢方など、犬の体に大きな負荷がかからない治療法を試し、経過観察をしていた。
そこから2年、大きな改善はなかったものの、月に何度か斜頸を発症し、5分ほどで収まるを繰り返していた。
ただ、ここ1,2ヶ月明らかに様子が違ってきた。起き上がれなくなってきたのだ。普段でもバランス感覚がおかしくなっている。元気もない。
加齢とともに徐々に運動能力が低下してきたせいかと思っていたが、何か様子がおかしい。トイレもうまくできなくなってきている(というよりほぼ失敗)。よだれもひどいし、食事以外1日中寝ている。夜になると徘徊がみられる。
だがしかし、病院に連れて行ってもやはり「てんかん」。筋力や反射も問題ないらしい。むしろしっかりしているとのこと。
でも立っていることがやっとだし、何より起き上がれない。「てんかん」なのか?
どうしたものかと思っていた矢先、大きな進展があった。
散歩中に昔ダックスを飼っていたという方との会話で、その方が飼っていたダックスが脳腫瘍でなくなったとのことだった。
「てんかん」には無かった、「元気がない」「運動能力の低下、ふらつき」「頭を擦り付ける」「性格の変化(うちは特に怖がる)」「大量のよだれ」「ずっと寝ている」といった症状が見られた。
※さいわい食欲は旺盛
今まで「てんかん」とは何か違うんだよな~と思っていたことがしっくりきてしまった。
さて、ここからどうしよう。
ただ除去手術は避けよう。つらいよなー。痛いもんね。
その前にまたMRIで麻酔打たないといけないから、それも絶対嫌だよね。
副作用がある薬もやめておこう。
何とかふらつきを治してあげたいな。少しだけ改善して、普通に起き上がって自由に散歩できるようにしてあげたい。
まだ11歳だろう。あと数年は自由に歩いて、たまにトイレ失敗していいから、怒らせてくれよ。そしてションボリした姿をまたみせてほしい。
最近トイレをよく失敗していて怒ってしまっていたけど、もう上手くできなくなってしまっていたのかもしれないね。ごめん。
さっき、トイレを失敗してしまい、もがいていて、よだれまみれになってしまっていた。
掃除してベッドに戻すと出たいらしく、またもがいており、立たせてあげるとフラフラと徘徊していた。
自分のテーブルのそばにきて、うつむいたまま立ち止まっていたから膝の上に乗せたら落ち着いて寝てくれている。
本当にどうしたものかね~。
わざわざ有難う。
OVERLORD3話にして飽き気味なんだが、話はこれからだろうから頑張って完走する。
1期が面白ければ2期も見る。
両親が駅弁フェアで買ってきたやつしか食ったことない。あれはいわば死んだ駅弁・養殖の駅弁で、天然の駅弁・活きた駅弁は車内でしか食えないと俺は思う。調べてみるとわりと駅弁趣味の人なんかもいるみたいで、旅行をしては駅弁を食べ比べてブログに綴るその姿はかなり眩しい。
いつか食いたい。できたら新幹線とかで食いたい。
かつては時々見かけてたけど最近は全然見ないな…と思ってたけど、実はかつてより全然見てないんじゃないか?俺が飛行船を見たと思ってるのはニセ記憶なんじゃないか?という疑惑がある。それほどまでに朧なのが飛行船というもの。「飛行船 (都市名)」なんかで検索をかけても2008年の記事とかしか出てこないあたり、いまの日本で飛行船に乗るのはかなり難しいっぽい。
なんとなく豪華客船並みの広さを持つ船内で優雅に過ごせるイメージを持ってたんだけど調べてみると客室はショボい飛行機程度の広さしかないみたいで、なんというか夢破れた気分。でも憧れは憧れだし、機会があったら乗りたい。
SF映画に出てくるようなゴリゴリのホログラムデバイスを使いたい!「物理画面使いは老害」みたいな世の中にいつかならないかなあ。
羊肉、カレーとかでしか食ったことなくて味が全然わからない。いっぺんガッツリ食ってみたくて、となるとこれもまた味がわからないジンギスカンと組み合わせてエニグマチックな食体験に臨みたい。
ジンギスカンに関しては謎を残しておきたくてあえてあまり調べないようにしてるところがある。中央が出っ張った謎の鍋を使う焼き肉のようなものらしいが、はたして…
一回も受けたことない。姿勢悪いし、絶対すげえ効果があるというか、効果はなくても劇的な体験になるだろうと思う。
そのうちそのうちと思ってるうちにコロナで行きにくくなってしまった、というのは大体の憧れに共通するな。涙、涙、涙!
「自転車で海まで行った」という思い出が欲しい。
あまり雪の降らない地域で生まれ育ったので雪をみるとテンションが上がる。雪だるまくらいは作ったことがあるけど、かまくらを作るには至らなかった。
かまくらの中で何か(みかんなど)食べたい。せっかく作ったんだしと思ってできるだけ長居するけどやがて寒くなって家の中に逃げ帰り、こたつに潜り込んだときの安心感!同時に感じる一抹の罪悪感と未練!そういう体験がしたい。
皿に並んだフグ刺しを箸でガッと4〜5枚とか取って食うやつ絶対やりたい。
弦楽器はギターしか触ったことなくて、バイオリンとかの弓つきのやつに憧れる。たぶん才能ないからロクな音は出ないしすぐ飽きるんだけど、それはそれとして一音でいいから出してみたい。
絶対行けるんだけどなんかめんどくさくて行かないままになっている。3時間とか取って入りたい。そして1時間半くらいでグロッキーになって知ってる曲を入れるだけ入れて伴奏だけ聞いたりするんだろうな。それでもいい!
イイって言うしいっぺんくらい試してみたい。幻覚が見えるって感じでもないのか?これまで明確な幻覚とか幻聴を感じたことがないので、もし感じられるんならわりとライフチェンジングなんじゃないかと思う。感じられんくても良い。
ときどき酒を飲んだ時も思うんだけど、化学物質で思考パターンが変わるのって人間の儚さのようなものを感じられてメチャいいよね。脳!脳か〜!脳だよなあ〜(最悪の酔い方)
考えてみると俺はふつうの水の浮力しか知らないわけで、もうちょい強いのを試してみたいという気持ちがかなりある。
怪我をした状態で入ると染みるから気をつけて!なんて注意があるのがまた渋い。
Twitterなんかで知り合った、というかフォローしあった人と現実で会うの一回くらいはやってみたい。でも会いたくなさもかなり強く、難しいところ。一方的に見たりできねえかな。
先に言っておくがこの話は未成年者に対する性的加害の話だ。興味のない人は帰ってくれ。
ジェニーの記憶という映画を観てフラッシュバックした思いがあり、色々と考えたことをまとめたいと思う。
よかったら付き合ってくれ。
「ジェニーの記憶」を聞いたことがあるか、最近ツイッターで未成年の性の自己決定権の危うさについて見事に描いていると話題になった映画である。内容は、48歳のドキュメンタリー監督が、幼い頃に美化した大人との恋愛の記憶を当時を知る人物と話し、自分の書き残した物語を辿ることで初めて「自分が性的虐待に遭っていた」と自覚する話だ。アマゾンプライムで現在観れるのでよかったらみてくれ。
私は幼い頃に先生と呼んでいた人から性的虐待を受けたことがある。ジェニー(映画の主人公)は2人の年上の男女の先生との美しい物語を語る。その実態はおぞましい、少女に対する性的搾取であるのだが先生と生徒という彼らの立場と、そしてその加害の表現のリアリティから、自分の過去の記憶がフラッシュバックしてしまった。
話は変わるが、私は男性との性行為がとても苦手である。初めての性行為は私が20歳の時だった。
男性嫌悪の兆しのあった自分ではあったが、それは実際にきちんとまじめに付き合ったことがないからではないかと思い、また、未だ男性との性的な付き合いをしたことがない自分を恥じる気持ちもあり、とある男性と付き合い始めた。
何度か性交渉をした。彼の家に泊まっては求められれば拒まずに行為に及んだ。けれど一度も気持ちよくなれない、というか気持ちが悪いような違和感が常に勝ってしまっていた。行為の間、私は私の他人だった。
どうしてこんなことをしているのかもよくわからず、
自分の性器に挿入された相手の性器が前後し、相手が果てるふさわしい振る舞いをするだけの、ある種の義務的行為だった。
その後何度か男性と関係を持ったが、どれだけその人の人格を愛し、尊敬していようとも行為の最中に私の中に私が混ざることはなく、常にどこか遠くから俯瞰してその行為を眺め、終わるのを待つだけの時間を過ごしていた。
自分で言うのもなんだが私はかなり性欲が強い方で、自慰も毎日のようにする。気持ちいいことは好きだ。
けれど、相手の男性がいる、愛のある性行為が本当に苦手だったのだ。気持ちが悪かった。そしてその理由がわからなかった。
回数を重ねるごとに自分は欠陥品なのではないかと不安に思ったり、相手との性行為への消極性から責められたりもした。だから、私は誰かと性行為を楽しめる人間ではないのだと思っていた。
そうしてタイトルをそろそろ回収する。
自分がセックスで気持ちよくなれない原因は、性行為の相手が男性だからなのではないかと思い女性とセックスしてみた。相手は知人の性に奔放なバイセクシュアルの女性だ。私は正直に、男性との性行為が苦手だから、同性とは性行為を楽しめるのか知りたい、と言ってお願いした。
友人とホテルに行き、性行為に及び、結果、私はセックスは「たのしい」ものだと知ることができた。
そして同時に今までセックスに気持ち悪さを抱いていた理由の心当たりを見つけた。
夫婦で経営されていた塾に通っていた私はその人、旦那さんの先生と2人で部屋にいた。
基本的に奥さん先生の授業を受けていたのだが、その日は彼女が他の生徒の面倒を隣の部屋で見ていて、私は自分の授業が始まるまで旦那先生とお話をしていた。通路を挟んだお互いの声が聞こえるほどの距離の部屋だった。
旦那先生は整体の資格も持っていて、その日は待ち時間に整体をしてもらっていた。全身をマッサージしてもらい、その手がいつのまにか、自分の股間に伸びていることに私は気づいていた。そしてジーンズのパンツ越しに性器を刺激された。「気持ちいい?」と聞かれた。わたしはこれが性的な行為だと知っていた。本能的に気持ちよくなっちゃいけない!と脳が危険信号を出した。実際に何も気持ちがよくなかった。私は「なんでもないよ?」と何も知らないふりをして答えた。「気持ちよくないなんて君は変だよ」と、その男言った。
また別の日、それから数年経った後の話だが今度は奥さん先生が私の目の前にいるなか、突然後ろにいた旦那先生に肩を叩かれ、突然キスをされた。気持ちが悪かった。
声を出すことも、払いのけることも、ましてや彼女にこれを伝えることなんて出来なかった。
お世話になった大好きな奥さん先生を、私は裏切ってしまった、と思った。
そうしていつの間にか私の中で「なんでもないこと」と蓋をしたこの出来事は、
異性との性行為に対する罪悪感という形で表出していたのだ。
素直に刺激に気持ちよくなれなかったのも、行為に没頭できなかったのも、異性との性行為は大切な人への「裏切り行為」であり、罪悪感と深く関連付けられた「気持ちよくなっちゃいけない」行為になっていたからだったのだろう。
そしてそのことに、自分の無意識がかけた理性の蓋に、女の子とエッチして、素直に気持ちよくなって、純粋にセックスを楽しめたことから気づくことができた。
なんだ、なんだ、私のせいじゃなかったんだ!
気持ちよくなれないのも、責められてきたのも、全部自分が欠陥品だからではなく、過去の出来事が私を無意識に縛っていたからだったんだ!
そう気づいて、一気に心が楽になった。
気持ちいいことは好きなのに気持ちよくなれなくて、ずっとどうしてどうしてと困惑するしかなかったことの理由を見つけることで私は踊り出したいほどの納得と嬉しさに包まれた。
原因がわかったからと言って全ての問題が解決したわけでもなく、私は未だこの問題と向き合っている最中ではあるが、この原因を知れたことが自分にとって大きな救いにはなったのだ。
性的虐待をした、あの男を私は許さない。絶対に許さないが、きっと私はこの先もこの出来事を、毎年挨拶に伺う奥さん先生にはずっと言えないのだろう。
けれど、少しだけ前に進めた、それだけの話。
とりとめのない話に付き合ってくれてありがとう。
とりあえず、revisionsというのを見てみることにする。
ティザーを見る限り、ポリゴン作品ぽい(制作は違う会社だけどね。というか、CG系としてはポリゴンよりも老舗だった)
期待しないで見てみよう。
それにしてもだ。
しかも見たくて仕方ない作品ではなく、何となく流しとく感じで見れるものばかり。
酷い有様だなー。
また明日からクソ仕事なのに。何もリフレッシュ出来てないやー。
まあこのご時世だからショッピングモールだの水族館だのに遊びに行く訳にもいかねーし。
というか、コンビニすら行ってない。
丸二日一歩も外に出ていない。
腐ってんなー。
次の2連休はもうお盆だしなー。人混みになるだろうから増々出掛けたくない。
はー。
先日書いた記事に色々とコメント(トラバいうんか?)がついていてなかなか楽しかった。
娘のうんちパンツがキツイとかこんなに赤裸々と「イヤでたまらない」気分を吐露するのは新鮮だった。夫を憎むネット垢の人達の気持ちが何となく分かった。
「ガイの子供はガイ」という「普通」ではちょっと考えられない無神経炸裂なご指摘もあれば、「病院及び児相を試してみたら?」という建設的なご意見も頂いた。
精神医療にはもう既に7歳の息子を除き家族皆でお世話になっている。
私は昔から考えすぎる性分だったので子供の頃は人生に絶望していたし今でもちょっとしたことでイライラが昂じるので「うつ」だという自覚はある。薬は嫌いなので飲んではいないが、俗に言う心理療法に通っている。
娘は8歳から児童精神科のお世話になっている。投薬なしの遊戯セラピーでどんぐりの孤児院を作っているらしい。
旦那と二人でカップルセラピーも試した。「合う」人に中々巡り会えなくてセラピー難民になったが。
病院に行けば即問題解決するものではなく、行くことで問題と取り組む機会が与えられるくらいなので色々と試行錯誤している。
別に増田で問題解決を求めていたわけではなかったが、コメントで「とりま病院へ。。。」とか「どこかに預けてみたら。。。」というご意見がちらほらあったのは興味深い。
助けになりたい。
と思って頂けることはウザいと同時に有り難いものだ。
「思春期女児を理解できない未熟な親」みたいなコメントもあったが、思春期もクソもない。娘のことは生まれた時から理解不可能だった。
「おっぱいがなければ生きていけない」オーラを出す孫娘を見て、私の母は羨ましそうに言った。「貴女はおっぱいが嫌いで口に含ませてもペッと吐き出されてがっかりした。」グラマラスな母や祖母とは違い、父の家系の女性に似て胸も尻もペラペラな私は「おっぱいでなかったらどうしよう。。。」と不安だったが、授乳は大きな問題もなくすんなりできたし、離乳も3歳を過ぎた頃には、「吸っても吸っても何もない。。。ぺっ」って感じで自主的に止めてくれた。徳川家康みたいに6歳まで吸われたらどうしよう。。。と思っていたのでホッとした。
おっぱいが嫌いな赤ん坊だったことは流石に覚えていないが、子供の頃から「生きるのだるすぎ。。。死んでみたい」くらいに思っていた私には、3歳くらいから夜になると死ぬのがコワイとシクシク泣く娘が理解できなかった。喘息がちで息をするのが「痛い」思いをした私は、6−7歳位から「いきすることがこんなにキツイなら死んだ方がラクだろう」と思い始めていた。
暗くなると心細くなるのか、「眠ったら死んでしまうかもしれない」とか「寝てる間に何か楽しいことを逃してしまうかもしれない」とゴネる娘は、とにかく風呂に入りたがらず、歯ブラシもパジャマもちゃっちゃとしてくれず、おねんねタイムがバトルだった。寝付きも悪かった。学校も小学校中学年くらいまでは朝ごはん、お着替えのバトルを繰り広げた挙げ句、家をでる直前になって「行きたくない」と玄関先ですったもんだすることもあって「詰んだな。。。」となることもしばしばあった。
学校で先生に死ぬのがコワイと言って、カウンセリングを推められたこともあり、児童精神科に相談した。良い先生にあたったので遊戯療法を始めてかれこれ4年目になる。友達と遊びたくても「行きたくない」とは言わないのでかなり楽しいのだろう。
パンツにうんすじも困ったが、幼い頃から家具に性器をこすりつける癖があった。3−4歳の頃、お泊りに行くほど仲良いお友達の家でもやっていたそうだ。一番最初に気づいたのは生後1年目くらいだったと思う。授乳が終わって娘を膝にのせてうとうとしてたら脚にまたがって「これは。。。?交尾されてるのか?」と思ったことがあった。
またまた比較してしまうが。。。息子は「泣くな」と言ったこともないのに、2−3歳くらいから歯ぎしりをして涙を堪えたり、爪を噛んだりもしていたし、お風呂の時にちんをいじることはあっても「交尾されてる?」と感じたことはない。
娘が2−3歳くらいから爪を噛み始めた時は、こんな赤子でも爪かむのか。。。?!とびっくりした。育ってからは貧乏ゆすりや爪を噛むところは見なくなったが、娘の足の爪は伸びても手の爪は切る必要がないくらい短かったのでああ、噛んでるんだろうな。と思った。学齢期には家で宿題をしてると椅子と交尾することが目立つようになったが、そのことで娘に嫌悪感を抱いたことはない。
というのも、私も物心ついた頃から保育園のお昼寝が苦手で、退屈を紛らわせる為にすまた方式の自慰行為をしていたからかもしれない。小学校に上がってからは家の外で自慰をしたことはないが、先生にヒステリックに怒鳴られた時には自慰衝動を感じた。真面目で気弱で優しそうな若い先生で第一印象は好きだったのでショックだった。
自分にそういう経験があったので、娘の自慰行為に対してもああ『こんなことやってられない』と絶望感を感じてるのだろうな。と思っていた。
幼い頃は旦那も私も何も言わなかったが、友達の家でやっていた、と聞いてからは椅子と交尾している時は「椅子がダメになるから止めて。」と言って止めるようにした。注意するようになってからも長いこと続いていたけどいつの間にか見ないようになった。
前記事の整体の先生の話は興味深い。というだけでだからどうだ。という話でもない。人恋しい気持ち、不安、絶望、憤りを自分で慰めるとという「自慰」という言葉はよくできてると思う。
自分が経験したことは「理解」可能なので「何でやねん」と嫌悪感や批判的な感情も抱かないですむので気分がラクだし、寄り添うこともできる。保育園のお昼寝は大嫌いだったが、夜は早く寝たかったし、思春期以降は寝るのが大好きで授業中でも机につっぷして寝てた。6時間睡眠な娘は理解できない。
娘は今でも寝付き悪いし寝言が多い。数日前には夜中に「足が痛い。」と叫んでいた。
学校の成績は中の中くらいで先生や友達とも問題なくやっている。コロナの遠隔授業も課題も自分一人でちゃんと予定表を作って頑張ってこなしていた。
コロナで友達に会えないことや、先が見えないことがキツいと愚痴をこぼすこともあるが、ラインやインスタでなりに楽しくやってるようだ。
ここ2−3年「全て面倒みてあげなければならない」切迫感がないのはラクだが、喧嘩ばかりしていることがキツい。
前の記事でも書いたが息子に意地悪な気持ちになるのは予測できた。男の子のことは理解できない。と思っていたからだ。女同士分かりあえるはずの娘に対してこんなに嫌悪感を感じるとは意外で「自分はこんなはずではなかったのに」感がキツイ。事更にうんちパンツがキツイと書いたが、うんちの扱いは布おむつで慣れているハズだ。前回の記事に汚くて不愉快だ。という感想を頂いたので尾籠な話が嫌いな人はここで止めて欲しいのだが、私は生理用ナプキンが苦手で布を使っている。どんなにサラサラを謳われてもカユイ感じがして嫌いだ。あんなものでお尻を包まれるのはイヤだと思って布にした。おむつの洗濯は苦ではなかった。
娘がパンツについたうんちをまるで存在しない物であるかのように「パンツを変える必要はない」と頑なに抵抗することや、臭いを指摘する私に怒りを顕にすることがキツかった。憎悪すべきはパンツについた臭いうんちなので、ちゃっちゃとうんちを排除できたら良いのだが。。。メッセンジャーの私が憎悪されるのは余りにも理不尽だ。
初潮がきたらどんなことになるのだろう。お赤飯なんて炊いたらめちゃくちゃ怒られそうだ。
私は娘に自分の体や体から出る汗や臭いを嫌悪するような女性になってほしくない。
だから胸がふくらんできた彼女に「ママも大きなおっぱいがよかった」と言ってる。
12歳にもなったのだから自分が汚したものは自分で洗って欲しいのだが、彼女にしてみたら「私はまだ子供なのに何故全部自分でやらなければならないのか」と絶望的になり憤りを感じるらしい。
コメントで娘に無力感が伺われる。と言った人が居た。どこの誰か知らないが、娘のことをよく分かっておられると感じた。
「ママと仲良くできないのが悲しい。」発言はどこから出たのか。。。とつらつら考えていたらその晩の、直前の出来事を思い出した。
弟が「ママとお姉ちゃんが一緒じゃないとしっこに行かない」と言うので何があったのか聞いたら姉ちゃんと二人でコワイ動画を観た。という。
「そんなもん観てコワくなるならネットを使うな」みたいなことをイラ立った声で言ったら
娘が明らかにムスっとして何も言わず、息子に携帯で動画を見せ始めた。
「なるほど。そうやってカワイイ動画観たらコワい気持ちもどっかに行っちゃうね。流石はお姉ちゃん、いい考え」
と褒めたら彼女はびっくりしていた。
「ネットを使うな」という私への反抗心丸出しの行動だったので、私が怒らなかったのが意外だったのだろう。
私としては「コワくてトイレに行けなくなるようなもんは見るな。」という意図での発言だったのだが「いらんでモノをまた見せてくれて。。。」とイラついていたし、娘はむっとしてたし「キーキー煩いぞ。」と、戦闘態勢に入りかけていた。息子が一人でトイレに行けるなら万々歳なので苛立ちがどっかに行った。問題解決できるカシコイ娘は嫌いじゃない。
そんなこともあったからか、今朝、開口一番娘が
「ママ変わったね。今週まだ一回も喧嘩してない。まだ水曜日だから先が長いけど。意地悪なことを言いたい気持ちを頑張って我慢してる。」
と言ってきた。黙って弟に動画を見せてた時、むすっとしていたけど何も言わなかったのは頑張ったってことだろうな。と思った。
私が変わったのではなく、変わったのは娘の方だと思うのだが。。。
そういえば旦那も先ごろ似たようなことを言っていた。
と言われた。
「私が変わったのではなく君が『メガネがない。家が汚いから何がどこにあるか分からない』と他責口調で怒鳴ることがなくなったから私も下らないことでイライラしないだけだ。」
と言ったら「僕は今までそんなに怒鳴ってばかりいたのか。。。」と悲しそうだった。
旦那が「怒鳴ってばかりいるので私もイライラする」と言っても「僕は怒鳴ってなんかない」という不毛な会話を繰り返し、私達の話を聞いてた子供に「パパ、いつも怒鳴ってるよ」と横入りされても「そうかなあ。そんなつもりはないのに。おかしいな。」とトボケたことを言っている人だったのに。
娘にも
「娘やパパがきーきー怒鳴らないからママもイライラしないだけ。」
と言いたかったけど、それでは角が立つと思って
とだけ言っておいた。
けど、今から考えるとご指摘にもあったように自分が無力であるという重さに耐えられず逃避行動に耽り、イライラや不安が昂じて感情的に爆発し他責する傾向を示す娘や旦那には
「君が私にムッとしても怒鳴らないで我慢したら私も意地悪な気持ちになっても怒鳴る様なことはしないよ。私が変わったのは、君が変わったからだよ。」
と言えばよかった。と思ってる。
既に見えてる風景でも他者の視線が入ることで見え方が変わった気がする。どこの誰かは知らないが、増田さん、ありがとう。
あと、ネットは好き勝手に何でも言える自由な場所ではあるが見ず知らずの相手に「気持ち悪い」とか「頭も心も悪い」とか「飯も時間通りに食わせられない母親に子供を育てる資格はない」とかいう無神経な暴言を吐くのは止めておけ。リアルでもどんどん自己規制心が緩んでキレ散らかす困った老人になって孤独な最期を迎える可能性を大きくするだけだと思うよ。
不躾な増田達には、どうしても暴言を吐きたいのならせめて何故自分がそう感じるに至ったのか自省し、言語化する努力を見せろ。と言いたい。
ということで、長々と書き綴ったが、気持ちの整理がとりあえずついたのでおしまい。
見ず知らずの増田達よ。私の気分悪いお話にお付き合い下さり、コメント書く時間も費やしてくれて、ありがとう。
またどこかで会う日まで。
と言ってみたけど彼女はまだ12歳だし統合失調発症してるわけでもない。毎日しょーもないことで「ママのせいで…」と恨まれるのがキツイ。くらいの意味だ。
昨晩寝る前に娘が泣きながら抱きついてきた。
めずらしいことだ。
「ママと仲良しできなくて悲しい」
とシクシク泣かれた。
とりあえず
と言ってぎゅっと抱きしめた。
ほんのりとうんちの臭いがして
「ああ、シャワー浴びて欲しいな…」
と思ったけど、夜もとっぷり更けてたので舌かんで耐えた。
「アレした?これは何?」
と責め口調になりがちで
子供を生む前は
息子だったら
鬱陶しいと邪険にしそうで
怖かった。
「男は嫌いだ」
が、
20歳を過ぎて一人暮らしを始めたら、人恋しい気持ちに流されて、なりにイイ人だけど結婚相手とは思えない相手ばかりと恋愛ごっこをしながら30代になった。
「このままではアカンやろ」と婚活して頭のイイ経済力のある誠実な相手を見つけて半年でデキちゃった婚に漕ぎつけた。
ギリギリセーフで子宝にも恵まれた私はとてもラッキーだ。神様に感謝せなアカンな。と思っている。
宗教は嫌いだけど。
娘が生まれた時は
「何かとムツカシそうな男児じゃなくてよかったー。」
と思った。
が、
娘は眠らなかった。いわゆるかんの虫が強い赤ん坊だった。
常に抱っこしてないとダメ。
昼寝も2歳位にはしなくなった。
寝付きが悪く、夜中に泣き叫んで起きる。
午前1時、3時、5時のいずれかに起こされる日々が8歳くらいまで続いたお陰様で、夜驚がない平和な夜でも私は2時間おきに目が醒める体になった。
けど、夜中に目が醒める睡眠障害な体が健全なリズムを回復したのはホントに極最近の話だ。
「いつ怒号が響き渡るのか」
と身構えてた。
と我ながら感心するが、脳が破壊されたのをひしと実感する。
自殺願望や絶望はしてないがイライラするしネットびたりで現実逃避してる自分ははっきり言ってうつだと思う。
娘と喧嘩するようになったのは、彼女が4歳になって息子が生まれた頃からだ。
男児は弱い
育てるのが大変
という先入観があった。
娘は予定日よりも2週間近く遅くデカくて難産だったが息子は1週間前にちっちゃく生まれてお産がラクだった。
娘の時には産後2−3週間は立つだけで息が切れる程消耗したが、息子の時は
え?ホントに?
ってくらいラクで、3日めには家の掃除ができるくらいには回復してた。
「もしかして…
娘はめちゃくちゃ難しい子供だったのかも」
と思うようになった。
娘に比べると息子は一人で放っておいても平気な赤ちゃんだった。
「常に抱っこしなきゃ」
という焦りがないことがこんなにラクだとは。。。
と衝撃だった。
となると
一時が万事きーきー泣く娘に
何でそんなことで。。。
先月娘は12歳になったが今でも時々パンツにウンスジをつける。
拭き忘れた
というレベルではない。
べったりとうんちで汚れたパンツを洗うのは私だ。
幼い頃は
と促すと
と彼女は怒った。
「臭いな。。。」
と私が気づく前にパンツを変えるようにはなったが。。。
丸めて洗濯かごに突っ込むので、うんちに気づかずそのまま洗濯機に放り込んで干す時にパンツにうんちがついたままで洗濯し直しということが何回かあった。
「できたら自分で手洗いして欲しいけど、無理ならせめてバケツに入れておいてくれないと洗濯機だけではうんちはキレイに落ちない」
と頼んだら、1回だけ自分で洗ってくれたが、その後は汚れたパンツがバケツに放り込まれるようになった。
自分も不安が強くIBS(男性は下痢、女性は便秘と症状に性差がある)な旦那は彼女の気持ちがよく分かるらしい。
羞恥心が強い余り自分に否があることを指摘されることに怒りを感じる
うんちを指摘されるなんてもってのほか
だそうだ。
確かに引っ込み思案で恥ずかしがり屋な子供だったかもしれない。
が、ステージでダンスをしたり学校の初日もやる気満々で臨んでいた。
そこまで人見知りで困ることもなかった。
が、一度
「ダメだ」
「できない」
と言えず、嫌なことを無理にやらされて拒絶反応になるらしい。
泳ぎだけは早く覚えて欲しかったので嫌がられるのは困った。
注射が大嫌いで定期検診も全力で嫌がる。
「今やっとかないと大人になってから受けても効果が薄いですよ。」
と医者に説得されて受けさせることを承諾した。すごく痛かったらしい。3−4日痛い痛いと文句を言われた。この調子では旦那がアイスクリームか有料アプリで釣って連れて行くことになるのだろう。私はやらなければならないことを甘いもので釣ってやらせるのが嫌いなのでいつもバトルになる。
彼女のために
と思ってやらせることを「ものすごくイヤだ」オーラ全開で拒絶されると私もムカついて
と怒鳴ってしまう。
息子は何でもオッケーなイージーモードで
「言いなさい。」と教えてもないのに
「御願い」
「礼儀正しく」と躾けるのは趣味に合わなかったので娘の時には何も言わなかったら、彼女は「ありがとう」も「御願い」も言わない娘になった。「何で私の〇〇がないの?」「誰も私の〇〇を持ってきてくれない」等と彼女の前で誰がそんな話し方をしてるわけでもないのに常に非難がましいのもムカつく所以だ。給食のおばちゃんにも意地悪をされたらしい。「ありがとうございます」とちゃんと言えないからではないだろうか。。。と思い、それを聞いてからは事ある毎に
「『ありがとう』は?」
と促すようにした。
彼女が事更に
とか
とか言っても
「口先だけじゃなかろうか。。。」
と常に疑ってしまう。
娘には注意欠陥や学習障害の傾向もあるのだろう。
診断されるほど顕著ではないが
他人の話を聞いてない
理解してない
ということが多い。
息子は
宿題も、
「え?!もう、終わったの?!」
となる日も珠にあるというのに、ダラダラ終わらない日の地獄が壮絶を極める。
「これ分からない」
と質問するくせに教えると
「そんなこと習ってない」
と怒る。地団駄を踏んで泣き叫ぶ。
なのは分かっていたが、私には毎日同じ時間にご飯を食べさせて寝かせることが難しかった。
家族に予定を事前に一々言葉で伝えることも億劫だった。努力して改善を目指したが今でもキツイ。
娘の友達が遊びに来た時
と無邪気に聞かれて衝撃を受けた。
娘は
「そんなこと聞いてない」
「今日の予定は何?」
と聞くことは全くなかった。
旅行の時にはトラブルが予測されたので細心の注意を払い、予定を紙に書いて伝えた。が、無駄だった。
移動の度に
「そんなこと聞いてない」
と怒られる2週間は地獄だった。
子供たちの中では今となっては良い思い出となっているのか
「また行きたいね」
と言われるが
と誓った私の心のもやもやは中々晴れない。
夜寝るのも嫌がった。
風呂に入るのも嫌がった。
外出するものバトルだった。
一々
「服を着て」
「靴下履いて」
「かばんはどこ?」
「靴はいて」
と指示しないと何もしない。
息子が3歳になる頃には、私が娘と外出前のバトルに興じている間に彼は一人で服を着て靴を履いて玄関で待機していた。
彼にはできる
「次は何をする」
という「予測」が娘には何故できないのかとイラ立ちが募るようになった。
頭では分かるのだ。
痴呆老人が、
「全てを忘れてしまった」
ことにおののき攻撃的な言動に出るように、娘も自分の注意欠陥傾向にうすうす感づいている。
と他責するのも、私に甘えられるからだ。と頭では分かっていても、怒鳴られるのはキツイ。
怒鳴り返す衝動を抑えようと頑張っても邪険な反応をしてしまう。
最初は耐えてても最終的には怒鳴り合いに進展することも頻繁だ。
昨晩シクシク泣いてたのは
と聞いたら、娘は2−3年前の喧嘩を思い出して罪悪感を感じたから
みたいなことを言った。
いつものようにくだらないことでものすごい喧嘩をしたことは何となく覚えているが詳細は忘れてしまったその事件は
娘が楽しみにしていたケーキを食べようとしていたら私の手があたってケーキが床に落ちてしまったみたいなことで始まった。
多分最初は泣きわめく娘に
「ごめんね。もう一つ買ってこよう。」みたいなことを言って場をおさめようとしたのだと思う。が、いつまでも泣き叫ぶ彼女に最終的には私がぶちキレる修羅場となり娘は
みたいなことを言ったらしい。
「本当はそんなこと思ってなかったのに。。。」
…
「失敗」だったのではないか
と今でも思う。
息子は4歳になるまで
保育所に入れなかった。
自覚は薄かったが、今から思うと、娘の時には、とにかく彼女から離れないとやってられない。くらい切羽詰まってた。
息子が生まれてからもキツイことはキツかった。彼には八つ当たりもした。
娘に手を出したら只でさえ手のつけられない癇癪が修羅場に発展すると思うと絶対に手を出せなかった。が、息子は立ち直りの早い「簡単な」やつだ。という甘えからべしべし頭を叩いた。息子には何回も
「ママはヒドイことをした。すまない。」
と謝っているが
「ママは昔僕の頭を叩いたね。本気でべしっとやったよね。スゴく痛かった」
と息子からは事ある毎に言われる。
息子が生まれてから気持ち的にはどんどん余裕がなくなって暴力的な衝動を抑えられなくなってはいったが、娘の時に感じた
「とにかく赤子と離れなければおちおちトイレにも行けやしない。」
という追い詰められた感はなかった。
物怖じせず社交的な息子なら2歳児保育でも全くオッケーだったと思う。
が、娘は毎朝泣いた。
お弁当直後にお迎えに行くとなりに楽しそうに遊んではいたが、居残りさせるとしばしばうんちのついたおむつでお昼寝させられていた。
最初はちゃんとトイレに行かせてくれてたけどそのうち寝たくないが為トイレで長居するのだと見破られたようだ。そんな託児所に預けるのは気が引けたが徒歩で行けるのはそこだけだった。
カーシートで泣き叫ぶ娘を車に乗せることが苦痛だった。
彼女が分離不安の強い赤ん坊だということは分かっていた。寝付きの悪い娘はおっぱいがないと眠らなかった。寝たかと思って離れると泣き叫んだ。赤子ながら彼女に「ワシのおっぱいはどこや?口の中にあったはずなのに、どこへやってくれたんや?ごるらあ。」と怒られてる気分だった。
常に抱っこしていないと怒られるストレスから逃れる為に私は彼女を納得できない託児所に置き去りにした。
何かを恐れる心はその恐怖を現実のモノにする。とどこかで読んだ。
怒られるのがコワイ娘が、他者をイラ立たせ理不尽に怒られる不遇に遭わないためにも
仲良くしなきゃダメだ。と思った。
うんち我慢しないで欲しい(切実)。シャワーも毎日浴びて欲しい。1年くらい後にはきっと朝晩2回シャワー浴びるようになって、お願いだからそんなにお水使わないで。。。となるのだろうが。。。
私の背中の骨は、曲がっている。
私がこの曲がりを指摘されたのは、息ができなくなり救急車に運ばれ、精密検査をうけた時だ。
この時、呼吸困難の原因は不明。健康体だったが、側弯症はきになるね、とだけ言われた。
側弯???
曲がってる??
いや骨はみんな曲がっとるやん?
不思議に思いながらおうちで調べてみたら、どうも私の骨は横に曲がって歪になっているようだ。
ずっとそういえば定期検診のレントゲン検査結果に「要観察」と書かれていたものの、私はそれがどんな意味なのか分かっていなかった。
それか!長年の支えが取れた。
側弯症。調べてみると出てくるのは恐ろしい言葉ばかり。
重度となれば歩行が困難となり、曲がり方次第では内臓を圧迫する。
歳を取れば筋肉が衰え、側弯は加速するという。
めっちゃいやだ。
この呼吸困難も側弯症が間接的な原因かといわれたら、そうなのかも??と思ったほどだ。
側弯トレーニングセンターあるけど県外(都心)だし、整体だのなんだの行ってもそう改善するわけでなく、継続したトレーニングが一番らしい。
(側弯トレーニングセンターだと、側弯具合に合わせたトレーニングを指導してくれるらしい。めっちゃ行きたい)
はああああ。
前は、週2回くらい外でランチしてたけど、密が怖くてやめた。
・とにかく自炊
自粛中、買い物の回数を3日に一度にして計画的に買い物してたら、
毎日上手に自炊できるようになった。テレワーク中も自炊、今も自炊。
自粛解除後もプログラムのスケジュール的に行けなくなった。デブに戻りつつある。
落ち着いたら行きたいとは思ってる。
・週1で通ってた整体 +月8,000円
怖くて行けなくなった。猫背矯正で行ってたので健康上は今のところ問題ない。猫背に戻りつつある。
落ち着いたら行きたいとは思ってる。
いろいろどうでもよくなった。
・飲み代が減った +月10,000円
今まで月に2.3回かな。
友達と会う機会がなくなり、行きつけの店にふらり立ち寄る事もなく、
・旅行できない。
これからどうなるかわかんないから、うぇーい!と使う気になれない。
お金は貯まるのは嬉しいけど、
数少ない楽しみが減ったなーと思う。でも慣れる。それなりに楽しい。
コロナの影響がない人は割とこんな感じかなと思う。
とか自分のSNSとかで書くと、こいつマウントかよと思われてか面倒なので、ここに書く。
最近、多少なりともお金が稼げるようになり、高いものをあえて買うようになった。
21萬円超也
その理由は、マウント取りたいというのもちょっとあるが、高い買い物でも高級品と言われる様な「良いもの」を買った方が、長持ちするし、長く使えるので結果的には低コストになる。という考え方からだ。
特に自分の体に長く触れるものはなおさらで、肌感覚とか、音とか、疲労感とか、使い心地を考えると、多少高くてもとにかく良いものを。と考える様になった。
特に起きてる時間の大半は椅子に座る生活なので、良い椅子は腰を守り整体費用や医療費を抑え、日々のQOLも上がる。良いものを使っている事による満足感もずっと持続する。
同じ理由で、寝具やキーボードも最近、良いものを揃える様になった。
実はアーロンチェアに座るのは今回が初めてではない。10年以上前に人から譲ってもらったものに、これまでずっと座っていた。残念ながらその人の体には合わなかったそうだ。
当時は高いものに対するこだわりはあまりなく、疲れない良い感じの椅子に座れてラッキーだな。位に思っていた。
しかし、最近はこの椅子に座っていても、なんかしんどくて辛いなぁ。という状態が続き、昔のボロボロの安い事務椅子を引っ張り出して座っていた。
しかし、腐っても高級な椅子。むしろ自身の体質変化や老化等で、体に合わなくなってきたのかな?とも考え、買い替えの為、事務椅子が多くある店に行って色々座ってみた。
良いお値段の椅子に色々座ってみたが、どれも自分には馴染まなかった、デザインは凝っているのだが、座り心地や、リクライニング時のカクッっと動く感じが駄目だった。値段の割にはなぁ…という感じで、正直これならオフィスにある様な数万の事務椅子でいいやと思った位。(個人の感想です)
しかし、現行品のアーロンチェアに座ったらこれがもう一番だった。というか、今までの自分の座っていた奴が、明らかに駄目になっているのに改めて気付いた。
座り心地が明らかに違う。沈み込む感じが全くなく、もも裏の圧迫感もないし、きしみもぐらつきもない。
これまで使っていた椅子の座面のメッシュのクッションはヘタり、腰を掛けると深く沈み込んでいまい、座高をいくら調整しても、低く感じてしまう。座高を高くすると今度はヒザに近いモモの裏が圧迫されて30分もしないで痛くなっていた。腰の部分にある姿勢をサポートするパーツも壊れて何年も経つ。
購入から二十年近く経ったアーロンチェアはもはや1万円の事務椅子以下となっていたのだ。
しかし、10年以上に渡って、腰を守ってくれたと思えば安いものだと思うし、これからも守ってもらうつもり。
とはいえ、椅子の本当の良し悪しや、合う合わないは、長い時間座ってみないとわからないものなので、この文章を書きながら、もも裏の圧迫感や、腰の感覚を確認しているが、悪くない感じだ。
座ると座面の底にカツンと付く感触が無く絶妙なホールド感と浮く感じの中間にある感覚。接触面の圧迫感が分散される感じ。後方に力を入れた分だけ無段階でシームレスにリクライニングされる動き、特にきしみや音が全くないのが大変良い。どんだけ前の奴がヘタってたんだって話だが。
ちなみに店頭で購入しようと思ったが、コロナ禍の影響で、在宅ワーク関連の家具がバカ売れしたらしく、非常事態宣言中は店舗内に客が押し寄せ逆に密だったそうな。
アーロンチェアも現在在庫切れで、数か月も待たせるということだったので、仕方なくメーカーのサイトから直接購入した。店舗には悪いことをしたが、在庫がないなら仕方ない。
先週、職場からの帰り道、路上で私のことをじっと見つめながらちんちんをしごく65ぐらいの男性に遭遇した。
幸い近くには交番があり、遭遇した旨を伝えてパトロールを強化してもらえることになった。
突然だが私は痴漢モノのAVが大好きである。痴漢モノのAVをpornhubとかで見て普通にオナニーする。
私は生理前にめちゃくちゃムラムラする体質で、そういう日は正直1度のオナニーで4回イく。ギリギリのラインまで触るような整体や、電車の痴漢プレイにも憧れがあって、情報収集のためにOK娘のtwiterアカウントも持ってた。
しかし職場への通勤は電車を使わないため、満員電車に遭遇することはなくOK娘として活動することは実際にはなかった。もしも通勤で満員電車に乗るような環境下だったら普通に埼京線の先頭に好んで乗車しに行っていたかも。
もうここでリアルとフィクションの境目がなくなっていた。私女性なのにね。
実際に私をおかずに路上で自慰行為をした現場に遭遇して、キモキモ案件だった私は、この気持ちをどこかに吐き出したくて仲の良い人に電話をかけようとした。
女の友達にかけようとしたけどそれはやめた。女の子って人生で少なくても1回は、ちょっとした性被害には会うものなんだよ、男は知らないかもしれないけど。
女の子にかけて、私の話が引き金になって昔あった被害を思い出させちゃったら嫌だなと思って、男友達にかけることにした。
男友達にかける直前「私の被害の話で、男友達が興奮したらどうしよう、流石にないと思うけど...。でも痴漢って興奮するものかもじゃん??」と本当に一瞬だけ思った。結果友達は真剣に怒ってくれて、心のイラつきは治ったからよかったんだけど。
私は痴漢のことを、すごく卑劣な行為、犯罪と思えていないんだなぁって。現実世界での痴漢は本来許されない行為なのに、痴漢OK娘予備軍の私は痴漢を愉快なことだと思っている節が自分の中に少しでもあったことに気づいて凹んだ。実際痴漢に会って怖かったし。
痴漢OK娘アカウントがあることで、痴漢しても良いんだって男の認知を歪ませる要因作りに加担していること、そのせいでどこか知らない場所で性被害に会った女の子が怖い思いをしているかもしれないと気づいて、帰り道では結構反省した。痴漢OK娘とオナニー紹介をしていたアカウントは消した。
市内はじめての感染者。わあ、すぐそこ。
徐々に近づいてくる。
そしてついに、徒歩3分、もう窓から見える距離で陽性者が出てしまった。近所のスーパーの店員だった。
都内で勤務する増田は、既に月頭に職場で陽性者が出ており、陽性者まで徒歩3分どころではない距離感を既に味わっている。(※無事に2週間以上経ちました)
その時ビビりきったので、スーパーで陽性者が出たときももう「はは、ウケる」としか言いようがなかった。
もうどこにでもいるのだ。隣に座った人が、 前に並んだ人が、陽性者かもしれない。自分も無症状かも。それがもう普通だと思ってこの一ヶ月生きてきたのだ。
だが、田舎の人間は違う。これで「やっと気付いた」のだ。家族はみな震えきって心底怯えていた。
弟はインスタで情報共有し小中の同級生と一緒にわめき散らし、いつもはTHE亭主関白な父がもう泣きそうな顔でビビっていた。
お前らついこの前まで「ちょっと不要不急の外出行ってくるわw」とか言ってたくせに。自粛感を醸し出すと神経質みたいな扱いだったくせに。
と思うだけに若干ざまあ感はあったが、緊迫した雰囲気に緊張も少なからずある。
弟と父もビビっていたが、恐らく最もなそれは母だった。
母はスーパーから陽性者が発覚するつい前日にもそこで買い物したばかりだ。未だに営業している整体院で働く母は、既に在宅勤務に切り替わった都内勤務増田よりも、現在家族一の危険人物である。
しかし母は恐怖の結果、対策ではなく「逃避」に走ってしまった。
コロナ対策家族ルールを決めようという家族会議中に、猫動画に夢中になり一人で「ああー!wwwうふふふかわいいwww」と声をあげて喜びだす。
「今あんたが一番危険に晒されてて心配なんだよ、真面目に話そうよ」と諭すと「うるさい!心配とかいわないで!コロナの話はネガティブだからしないで!」と大声を出し、また猫動画へ戻っていった。
元々スピ系や自然派に捕まりやすいタイプではあるのだが、こういう時もやはりこうかと落胆せざるを得ない。
コロナが近付いてきているのが怖いので、コロナという存在を忘れようとしている。平気で口を押さえずくしゃみをする無神経さはあるのにそういう所は無駄に徹底している。
たとえ主観から消し去ってもコロナはなくならないのだ。あるいはネガティブな思想を取り除けばコロナにかからないと本気で思っている。そんなことも分からないのだ。
父的には、いくら自分が徹底していようが母が持ち込んだら終わりなので必死になるが届かない。
自分は母のことを、母として一定程度愛すが、仮にこのまま母がコロナにかかって死んでも「自業自得」「頭が悪い奴が順当に淘汰された」「父は60を越えてるのに軽率なことしやがって」と罵ってしまう気がするのが恐ろしい。
逃避する人間を、どう向き合わせたらいい?
(追記)
A:
本文中にも
平気で口を押さえずくしゃみをする無神経さ
と書いているんだけど、母はこの時世に関わらず人の顔に向けて平気でくしゃみをします。特にそれを父は酷く嫌がっています。
それを指摘すると「コロナとか言わないで!!ネガティブ!!」ってなっちゃうんです。
店頭にあるアルコールも「嫌な世の中ね~」とか言って、やりません。
手洗いはまあ……監視してる訳じゃないので分からないけどやってると信じたいですね。
単に無神経なだけで逃避ではないのでは(ブコメより)
そうかも……。
Q:仕事休めないの?
A:
お客さんがやっぱ来ないみたいで、もう休業になるとのことです。
スペインのフェミ誌「男性優位主義はコロナウイルスより多くの人間を殺す」 と突然主張し始める
↓
バッシングされまくる
↓
フェミがデモでハグ&キスを行い対抗
↓
デモした3月8日から9日にかけての一夜でコロナウイルスの感染者数が倍以上に増える https://t.co/9hm70BnERK— 中村@トレーナー兼整体師 (@hetumihetumi2) 2020年3月15日
草。
事実ならば、流石に潜伏期間的な意味で直接的な要因ではないだろうけど、どちらにせよ空気の読めていない行動には違いないし、言われても仕方ないだろう。
しかし日本のJR東日本のAIにわざわざ噛みついた件と言い、お国柄関係なくフェミニストは空気が読めないよねw
コロナウイルスだけに。
https://satanix.hatenablog.com/entry/2020/03/19/135416
痴漢にあったが、加害者は故意を否定しながら示談を申し入れてきて、腹がたった、
ということが書かれている。
私は整体やリラクゼーションの業界団体の地方支部の役員をしている。
そこで会員の男性セラピスト(以下、A)が、お客さん(女性、以下、F)に対する準強制わいせつ罪で逮捕された。
・故意の有無が争点
という共通点も有るので書き残しておく。
なお、AやFを特定されないようにフェイクも入れるし、表現が抽象的になるのはご容赦願いたい。
よって実際は事後に知った話であるし、Aからだけ聞いた話である。
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客FはGの知り合いであり、Gに紹介されてセラピストAの店に行った。
客Fは喫煙者だった。
Fは自分の喫煙が、子供に悪影響を与えるかどうかをセラピストAに尋ねた。
セラピストAはFに対し、否定的な内容(悪影響を認める。)を回答した。
その後、セラピストAは誤解を解こうと客Fに連絡を試みるが拒否される。
Gなどに取り次いでもらうように頼むも拒否される。
この行為は警察や裁判所から、証拠隠滅を意図した行為と取られても仕方ないかもしれない。
困ったAは別のお客さんに相談し、弁護士Bを紹介してもらった。
そして相談日を予約した。
23日後に釈放され、Aに話を聞いたところ、故意を否定しながらも、Fと示談して不起訴になったとのこと。
「逮捕 流れ」で検索してもらえば弁護士が解説しているサイトとかが見つかると思う。
逮捕後、48時間以内に送検し、送検後24時間以内に検察の申請を受けて、裁判所が勾留の決定をする。
勾留はまず10日間決定され、さらに必要であればもう一度延長される。
例えば同じ日に、二組以上の一般人とは面会できない。事件や取り調べの内容については話せない。
この間に警察・検察は自白するよう、あの手この手で迫るのである。
元ブログでは
「警察で嘘の自白を強要され有罪となることを心配している方を散見しますが、そこで折れなければ推定無罪の原則で無罪を勝ち取れるはずです。」
セラピストAは家族にもFとのことや、弁護士Bに相談することを話していた。
弁護士Bとの接見の際、絶対に罪(故意)を認めないように、というアドバイスを受けたそうだ。
ただ警察が当番弁護士制度を容疑者に必ず教えてくれるかは不明である。
教えたとしても、2回目からは金がかかる、と言って躊躇させることもあるとか。
そこで仏役に対し、情をほだされて虚偽の自白をしかねないのである。
いわゆるストックホルム症候群というやつだ。
これも弁護士が解説してるページがいくつも有るので理由は省略する。
だが通常時ならともかく、24時間身柄を拘束され、外部とも自由に連絡が取れない状態である。
そこで味方と思えるのが仏役の刑事だけだったら黙秘・否認を貫き通すのは困難であろう。
夏休みの宿題や確定申告の締め切り前に大変な目に会い、来年からは余裕をもってしようと思っても、怠惰や誘惑に負けて、同じことを繰り返すのである。
犯罪とは無縁で、弁護士は金のある者の味方、という固定観念が有る人だと、いざ逮捕された時、弁護士を信頼し、黙秘・否認を続けるのは厳しいかもしれない。
よって元ブログの、「この制度では冤罪などほぼ起きない。」という主張は否定する。
そして自白した調書に署名したら、あとでひっくり返すのは困難なのである。
最長23日の勾留期限が切れるとき、検察は起訴、不起訴の決定をする。
しかしニュースでも度々聞くように、容疑事実を否認している場合、検察は保釈を認めないように主張する。
準強制わいせつ罪は罰金刑が無く、懲役刑しか無いので略式起訴は無いが、迷惑防止条例違反で罰金刑のみならこの選択肢もある。
リンク先ブログ記事では選択肢として罰金刑も書かれていたので、当該痴漢は迷惑防止条例違反なのだろう。
略式命令ならすぐ自由になれるよ、と自白を誘導する刑事もいるとか。
起訴した場合の有罪率が99%以上であるのは有名であるが、それは元ブログでも書かれているように、検察が有罪判決を得る自信がある事件だけ起訴するからである。
これは犯罪の事実は認められるが、初犯であったり、被害を賠償して反省しているから大目に見てやる、という処理である。
警察・検察にとっては誤認逮捕・不当勾留ではない、という言い訳が成り立ち、面子が保たれる。
故意でない、つまり無実だというなら裁判で無罪を主張すればよいのではないか?
と普通の方は思われるだろう。
その間、身柄は拘束される。
セラピストAは自営業であるからその間の収入(a)は絶たれる。
また私選弁護士なため、無罪を争うなら新たな着手金と成功報酬(b)も必要である。
元ブログでも書かれているように、示談すれば不起訴はほぼ確実である。
無実でも、示談金が(a+b)円よりも少なければ、払う価値は有る。
これは金額だけの計算であり、身柄の拘束や信用を失うことの価値も考えれば(a+b)より高額な示談金でも支払う理由はある。
この示談金の名目は、不快な思いをさせたことに対する慰謝料である。
「過失」で不快な思いはさせましたが、「故意」ではありません、
ということである。