はてなキーワード: 2006年とは
ヒラコーこと漫画家の平野耕太の事が好きだった。とても面白い漫画を描く人だと思っていた。
ヘルシングはとても面白かった。独特の言語感覚も、個性のある画風も、厨二をとことん煮詰めたような設定も、何もかも魅力的だった。
あまり筆が早い方では無かったが平均的に1年に1冊単行本を出すというペースをキッチリと守っていた。新刊に待ち焦がれた。待ちに待った新刊を読むと本当に面白かった。
2006年からはOVAも発売された。こちらも半年から1年の間に1本というペースでリリースされた。中々良い出来で原作新刊の発売までの楽しみにしていた。
2008年にヘルシングは完結し2009年に最終巻が発売された。終わってしまう事がとても寂しかったが、既に新作の連載が決定していたのでそちらに期待していた。
同時期に発売された「以下略。」というコメディ漫画も面白かった。ヘルシングにしてもグロテスクな内容も多い本編とあまりにも落差がある単行本書下ろしのくだらないギャグがとても笑えた。
ヘルシングの最終巻が発売されて数ヵ月後、「ドリフターズ」の連載が始まった。あのヒラコーの新作という事もあり瞬く間にヤングキングアワーズの看板漫画になった。
こちらもとにかく面白かった。面白かったが、単行本が発売するペースが遅かった。4巻が発売される頃には作品に対する熱が冷めていた。
5巻が発売されたのは4巻が発売されてから20ヶ月経っての事だった。6巻が発売されたのはその30ヶ月後。漫画を2冊出すのに、4年以上かかった。
内容が幾ら面白くても、この続きを読めるのはどうせ大分先だろうと思ってしまった。OVAのように熱を持続させてくれる展開があった訳でも無い。
熱が冷めると、これまで面白いと思えた所の全てが癇に障った。ヒラコーは毎日精力的にTwitterを利用していた。もう「その時間を使って漫画を描けよ」としか思えなかった。
こちらが新刊を待ち焦がれている時に、ゲームをしているヒラコーが嫌いだった。ふざけた事を呟いているヒラコーが嫌いだった。誰かと絡んでいるヒラコーが嫌いだった。
こんな人の描いた漫画を面白がっていた事が嫌だった。尖った面白いオタクなのかと勝手に思っていた。「自分の事を尖った面白いオタクだと思っている人」にしか思えなかった。
進め聖学電脳研究部で、ヒラコーはスクウェアと、ファイナルファンタジーと、スクウェアファンの事を心底嫌っていた。ネット上の作品アンチのような事を誌面でやっていた。今はこちらがその気分だった。この人の事が大嫌いだ。
今でも「2巻ってニカーンってのばして書くとなんかハマーンみたいでステキですね」というネタはくだらなくて好きだ。ルークとヤンのガンダム売るヨ!!月光蝶!!も好き。他のガンダムネタは全部嫌い。何もかも趣味が合わない。
こんなに嫌いな所があってもドリフターズの新刊が発売されれば読む。嫌いだと思いながら、面白いから読む。ドリフターズの6巻が発売されて1年半以上経つ。俺は平野先生の執筆と、ドリフターズの新刊を待っている。
去年コネで入った会社をクビになり、早1年。大学中退引きこもりニートです。
正直口げんかは弱い方だ。ニコ生で喧嘩凸主として活動してた時もあるけど、敗戦続きだった。
多分震えが声に出てしまうんだろう、そこを相手は見抜いて執拗に責め立てる。それが嫌で300人ぐらい集めたコミュは爆破した。
そんな過去もあって、俺はこの1年溜まりに溜まったフラストレーションを発散できる場所を探していた。それがRobloxだった。
Robloxは簡単に言うと、アバターを作ってユーザーが作成したゲームで遊べるという物だ。2006年からサービス開始してるから知ってる人もおおいかもしれない。
その中に車を破壊しまくるゲームがあるのだが、俺は元来車好きなのもあってか、どっぷり浸かってしまった。課金も3000円ぐらいした。
まぁ少し話が脱線したのだが、そのゲームには「コアボタン」というものがあって、ワールドを爆発させて再生成するという機能があった。
ヘリコプターがランダムの場所に設置されるのだが、そこにたどり着いて乗れると一定の額のマネー(新しい車を買える)がもらえる。
だがコアボタンを押せるのは、350Robuxで購入したユーザーのみとなるので、誰もが押せるわけではない。
私はコアボタンのゲームパスを買い、ゲージが溜まったら押すということをしていた。前述したように誰でも押せるわけではないから、コアボタンが押されると喜ぶ人も多い。
だがそこで事件が起こった。私がいたサーバーにはA君とB君がいた。この二人は友達だったのだろう、鬼ごっこをしていたようだ。
そこで私がチャットも見ずにボタンを押したものだから、「うわボタン押した奴誰だよ」「通☆報しよう」等とチャットで書かれた。
俺はなぜか手が震えた。これは喧嘩できる...と。
彼ら(多分小学生?中学生?まぁ大人でも使う奴はいるが)の多くはまず、「キッズ」という言葉を使いたがる。相手を子供だと認定し、自分は大人であるから偉い。という様な構造を作ろうとする。
ここで「あーそうだよキッズだよー^^」なんていう言葉は使ってはいけない。絶対に。
まず大人である、ということを主張する。すると彼らは「大人ならさ~もっと...」のようなゴミ親が使うような言葉を言い始める。そこで反論する。
「いや君たちも大人じゃないの?じゃあ俺を相手にするのやめない?」等と反論する。
そう、キッズとチャットで喧嘩するにあたって、この「オウム返し」は有効である。そっちこそどうなんだ!である。
そして彼らは大人であることの証明を求める。ここでも「証明のしようがない」という返しをする。2ちゃんねると違い、画像のうpはできないので、証明のしようがないのは事実である。
ここで私がキッズなら、anonfileにでも免許証の一部でもうpしろとか言うと思うのだが、彼らにその知能はない。
次は課金額である。彼らはこのゲームに○○円課金していると自慢し始める。だがこのゲームは、課金したからといってすぐ強くなるわけではない。ある程度の運転能力は必須である。
私は最高級の戦車を用意して、彼らの車を破壊し続けた。リスポーンして5秒の無敵期間が終わるまで隠れて、ブーストを使って一気に車を踏み続けるのである。
彼らは私のクソデカ戦車に踏みつぶされるおかげで、身動きがとれない。リスポーンするしかなくなるのである。
彼らは戦いをやめ、「嘘をやめろ」ともう一度自分のことをキッズとして認定してくる。ここで私は一回ゲームを終了した。
そして2分後再接続した。案の定そこでは「落ちた~www逃げ逃げwww」という様なチャットが繰り広げられていた。
ここで適当な嘘(アプリが落ちた)等ということを言って、再開する。
わざと落ちたのには理由がある。多少大人なら、落ちた=逃げという論理を使うことはない。
だが彼らは使ってしまった。ようするにこの喧嘩の勝敗はどちらかが、このゲームを終了するか他のサーバーに移るしかなくなる...ということを彼ら自身で作ってしまったのである。
私は長々と「~でちゅね」「~でちゅよ」という語尾を使いあおりまくった。よっぽど彼らに効いているのかわからないが、誤字が多くなる。
そこで私は誤字を指摘する。彼らは「誤字があっても解釈できないなんて...」等と言い始める。たしかにそうだ。
だが、ここで私は「多少誤字があろうと、意味の伝わる文章は書ける。だが君たちの文章は誤字以前に日本語として成立してない」といったことを言い、また煽る。
そして気づいた、B君が落ちているということに。A君一人で私と喧嘩していたのである。
私は涙した。そして許してあげようと思った。「一人で頑張って偉い。許すよ。俺もごめんな」という言葉をかけた。
だが彼はあろうことか、「いやあなたの謝罪なんて必要ないですよ」と返してきやがった。
俺はこんな奴に情けをかけたことを後悔しながら、もう一度喧嘩した。彼は「昼ご飯作ってくるから抜けるわ~」「実家に戻りてぇ~」という捨て台詞を残して去って行った。
また他にも色々口挟んでくるキッズもいたが、2,3言で言い返さなくなった。
そして私は「あ~俺も晩ご飯食べるから抜けるわ~」と言って接続を切る。完璧である。
私はA君とB君と割と仲が良かった。彼らは9歳と7歳だそうで、バスケと釣りが趣味だそうである。
課金厨の私になついてくれて、「ほらこれ見てみて!」といった感じで何にも面白くないことを見せてきた。私は好きだった。
だがA君とB君だけで遊ぶようになり、私はイライラしていた。だからこそ1時間程度チャットで喧嘩するなんていうことができたのだろう。
彼らはきっとスマホの前でイライラしながらポチポチしていただろう。「なんだよクソ!」とか言ってたのかなぁ...。
私はティッシュを二三枚取り、彼らの顔、体を想像しながら夢中でシコった。
伊藤詩織さん「女子高生時代、クラスメイトは毎日精液かけられたりスカート切られてた」
differential 毎日かはわからないけど、全然珍しいことではなかったよ。あと私は高校生の時、毎日痴漢?のオッサンにつけまわされてたことあるよ、1ヶ月近く、車両変えても電車変えてもだめだったよ。
BaBo 毎日かどうかは知らないけど山手線では良くあったよ。
araikacang 20年以上前、埼京線率高い都内校。中高6年でクラスの人から直接聞いた被害は痴漢ほぼ毎日、精液2件、スカート切り1件、スカート内盗撮1件、「3万でどう?」系3件。自分が聞いてない案件も沢山あるはず。
mouseion 大阪でも環状線で同様の事件で記事出まくってるが?そんな時代を、全国的に社会問題にもなったのに知らないってネトウヨさん一体どこの国の出身なんだ?
伊藤詩織さんは神奈川県出身で1989年生なので、2004年度から2006年度まで高校生だったと考えられます。2005年5月9日 埼京線など多くの首都圏の鉄道路線に女性専用車両を一斉導入、とあるので、高校2年生から女性専用車両が利用できた可能性があります。
そこで質問なのですが、id:araikacang さんのような女性専用車両導入前の20年前ではなく、女性専用車両があっても、伊藤詩織さんや同級生、id:differential さんたちは、毎日のように被害に会ってしまうのでしょうか?それとも、山手線のような女性専用車両が導入されていない電車を利用していた場合に限定された話なのでしょうか?
http://web.archive.org/web/20190511210441/http://fladdict.net/blog/2006/08/post_32.html
別にGigazineが悪いわけではまったくないけれど、Gigazineのエントリーが頻出するようになったあたりから、どんどんエントリーの質が下がってきている。もう最近あまりホッテントリも読まなくなった。
新しいこと画期的な概念、難解な議論は、とくに吟味もされずにスルーされて、まとめサイトや実務系tipsのような単なる再生産なのだけど実務での使用に耐える、そんなんばかりが増えていく。
ttp://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51292853.html
ネット右翼のメッカが2ちゃんねるだったとすれば、ネットイナゴが集まるのは「はてなブックマーク」だ。たとえば今日の当ブログの記事には、現在39のブックマークが集まっているが、そのコメントには記事の内容を論理的に批判したものは一つもなく、「バカ」「うんこ」「アホ」などの言葉が並んでいる。「しればいいのに」という奇妙な言葉もあるが、これは「死ねばいいのに」というタグが禁じられたため、その隠語として使っているのだろう。
この下劣さは、今や2ちゃんねる並みだ。私は、以前も「バカ」とか「死ね」といったコメントを許すのかどうかについて、はてなの事務局に質問したが、回答は得られなかった(しかしこういうタグは禁止されたようだ)。はてなの近藤淳也社長や取締役である梅田望夫氏は、こういう幼児的なメッセージをばらまくことが「総表現社会」だと思っているのだろうか。
ttps://www.j-cast.com/2008/11/11030158.html
はてな取締役であるという立場を離れて言う。はてぶのコメントには、バカなものが本当に多すぎる。本を紹介しているだけのエントリーに対して、どうして対象となっている本を読まずに、批判コメントや自分の意見を書く気が起きるのだろう。そこがまったく理解不明だ。
一方、同じ匿名ダイアリーでは10日、こんな批判も。ある利用者が「この梅田という人は、はてなブックマークがそんな知的なサービスだと思ってたんだろうか。いつの間にか2chと変わらん場所になってるんだけど」と疑問を投げかけたのだ。ブロガーには、はてブでコメントする人たちの一部を「ネットイナゴ」と蔑む向きもあり、こうした見方は依然根強いようだ。
http://web.archive.org/web/20120506051606/http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20090611/1244726606
それが言葉というものの怖さである。そしてインターネットは、そうした言葉が先鋭的に、あるいは突端的に増幅する装置であり場である。だから、そこはとても危険なのである。本来はカッターほどだった言葉の殺傷能力を、サバイバルナイフくらいに、あるいは日本刀ほどに増幅してしまう力が、インターネットには、中でも取り分け「はてなブックマーク」にはある。
だから、そこを管理運営しているはてなという会社には、実はとても大きな責任があるのだ。そこで事故が起きないように気をつけたり、誰かが誰かを傷つけたりしないよう見張っている道義的、かつ社会的責任があるのだと、ぼくは申し上げたのである。
しかし現状、今のはてなにはその自覚はない。そのため、主にブックマーク界隈を中心として、非常に危険な場を形成している。非常に危険な状況を生み出している。それは本当に見ていて危なっかしい。このままでは、冗談ではなく近いうちに人死にが出るだろう。そして、そうなってからでは遅いのだ。そうなってからでは取り返しがつかないのだ。それは、死んだり殺したりした人にとってはもちろんのこと、そういう状況や場を作ったはてなにとっても、取り返しがつかないことなのだ……と、そんなことを申し上げた。
みんなで似たような情報ばっかり見てる。
こういう現象ってなんて言うんだろ?
あと、はてブでのコメントが、妙に上から目線で断定口調の人が多くて
それがスター集めてたりしてるのを見て、知らず知らずのうちに
どんどん2ch化していっている感じ、というかまんま2chのコメントが目に付く。
はてブのtwitterカウントを見ると、情報に餓えていた層のうち相当数がtwitterに移行してしまっているようだ。「はてな的」な話題はlaiso氏が発掘し、kanose氏やotsune氏が拡散し、そのフォロワーがはてブカウントを押し上げて注目エントリー入りさせるというのが黄金パターンだという認識だったんだけど、今ははてブアカウントを持たずに、タイムラインから記事を閲覧して満足という層が増えた印象。
「はてブは終わった終わった」みたいなのは2年以上まえから言われてるんだろうけど、最近は本格的に面白い情報が見つからなくなった気がする。
初期のはてブは「個々人の気に入ったサイトをブックマークに登録する→結果としてその時々の流行サイトが分かる」、だったのが今は「流行サイトを追いかけるためにはてブを見る→流行サイトがはてブに載る」に変わったんだろうなー。
ttps://togetter.com/li/392693
おれもかつてはてブで「相手が阿比留るび(漢字失念)だから何言ってもいいのか」みたいなことを言ったらはてなサヨクさん方に思い切り反発されたな。最初に反発してきた人は事情話したらわかってくれたが、そうでない人も多いんだろうなと。ちなみにおれもこの記者さんはかなり問題視してるクチです。
2chまとめ記事増えすぎだし、コメント欄がヤフコメ並になってるし
やまもといちろうとかいう経歴捏造しまくって嘘吐きまくってた奴のブログがやけにホッテントリに入るし(誰が有難がってるの?)
はてながこのレベルだともう日本のネットは落ちるとこまで落ちたんだなぁ・・
非常に残念だわ
以下略。
中島美嘉"「(上京してきたばかりの頃) 最初の何ヶ月かの間だけど、街歩いてる人が同じ顔ばっかりに見えて、気持ち悪くてコンビニとかも夜しか行かないようにしてて、、」"
"「上京して5日目ぐらいに東横線に乗ったんですけど、、 ちょうど朝で、乗ってきてた中学生の子とかが何十人もいて、
ふっと見たら男子も女子もみんな同じ顔に見えて(笑) この子たちみんな兄弟なの!?とか思って、、」"
"「東京来る前は福岡にいたんですけど、あそこではそんなことは、、一回もなかったですね」"
浜崎あゆみ"「(東京では)どうしてみんな下を向いて歩いてるの?っていうのが不思議でした。あとなんか、おんなじ顔の人ばかりに見えて、とか(笑)ごめんなさい」"
橘慶太"「(上京して世田谷の中学校に転入した時) クラスの人たちみんな小学生に見えてびびった(中略) 中3なのに、なんかみんなすごい顔が幼いっていうか、小学生ぐらいの子供に見えて、、
あと、みんな顔が似てると思った。でも中身は結構、、成熟っていうか、立派っぽい人が多いと思った」"
北村一輝"「あ~、確かに、おまえ外人みたいだな、とか、東京ではよく言われてきましたね。僕地元は大阪で、両親の実家が沖縄と鹿児島にあるんですけども、
ガキの頃はそっちによく遊びに行ってたんです。そっちではぜんぜん、なんというか、そんなことはなかったんですけども・・・」"
"「東京に来たばっかりの頃なんかは、よくありましたね。東京のほうは、基本の顔みたいなのがあるみたいで、・・・
結構同じような顔されてる方が多くて、そこから外れてる僕みたいなのは、異端視?というか・・・難しいですね(笑)」"
徹子の部屋出演時
"伴都美子:(専門学校に入るのと同時に上京した、という会話の流れ)「たまに周りの人の区別がつかなくなることとか。顔とかが同じ人に見えたり・・・」
はてなー、詳しくない問題だと途端にアホな反応喚き散らすんだな……
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202005260000646.html
黒川前検事長の定年延長がそもそも違法だったとか、法務省の内規では懲戒のはずなのに訓告なのはおかしいとか、検察庁法改正案はおかしかったとか、そういう批判はいいですよ。賛成します。でも「2006年に賭け麻雀は違法だと閣議決定していたのに黒川氏の刑事責任が問われないのはおかしい!」みたいな批判はおかしい。
だって、政府が言ってるのは「レートはテンピンで高額ではない」ってことでしょ? 「テンピンは合法」なんて言ってなくない?
テンピンの麻雀でも賭博罪にあたるのなんて常識で、誰もそこは否定してないよ?
たとえ1円でもカネを賭けたら賭博罪が成立するのは明らかで、そこに争いはない。法解釈を持ち出して「たとえ1円でも賭博は賭博だ!」って言われても、はいそうですねそんなのは議論の前提ですね誰でも知ってることですね、としか言えない。2006年の閣議決定もそういうことでしょ。一般論としては当たり前だけどテンピンでも賭博罪にあたりますよ。
問題は、「従来はそのくらいのレートなら見逃されて、刑事責任を問われてこなかった」ということなのだ。
「レートはテンピン」というのは、「それは合法」ということではなく、「そのへんのリーマンがこのレートで遊んでる分には見逃してきたんだから、今回も刑事責任を問わなくてよくない?」ということだ。
そもそも賭け麻雀、というか単純賭博は昔から「犯罪ではあるが、基本的に立件はされない」枠だった。そりゃそーだろ。仲間内で合意の上でカネを賭けているだけで、失われるのは合意の下で賭けた自分のカネだけ。形式上はたしかに犯罪だが、誰の権利が損なわれているわけでもないんだからわざわざ摘発する必要性は薄い。レートもテンピンならせいぜい大負けして数万、このぐらいなら大人の遊びの範疇だろう。
賭博で警察沙汰になっているのは、単純賭博でめちゃくちゃレートが高かったり、闇カジノに通っていたり、胴元が決まっていて一時の遊びを越えたシステムになっていたりする場合だ。特にスポーツ選手が賭け事で捕まったとかいうのはたいてい最後のやつ。こういうのは単純賭博罪ではなく賭博開帳図利罪という別の罪になり、胴元としてヤーさんが絡んでくることも多いので仲間内で遊んでるだけの単純賭博罪よりも処罰が重くなる傾向がある。闇カジノに行く場合も同様。ああいうのって反社の皆さんのシノギですから。
だから「賭博で捕まったあのスポーツ選手は重い罪を食らってるのに、黒川検事長が無罪放免なんて!」みたいな主張はたいてい眉唾。そのスポーツ選手と前検事長とではそもそも適用されている罪が違う可能性が高い。違う罪なら科される刑罰も違って当たり前。大相撲の野球賭博だって、刑事罰とかの厳しい処分を食らったのは基本的に胴元やってた連中で、仲間内で数千円程度の賭け事やってた連中は厳重注意とかの軽い処分で済んでる。
もちろん刑法には常習賭博罪というのもあるわけだけど、黒川検事長程度の行状(つまり、顔見知りのお友達で定期的に卓を囲んでいた程度)が常習賭博罪として立件されるようになったら、いきなりお縄をかけられることになるそのへんの一般人がたくさんいると思う。年齢や社会的地位を無視すれば、友達の家で持ち寄ったものを飲み食いしながら賭け麻雀してるってだけで、こんなん麻雀好きの友達同士なら大学生やサラリーマンだってやってることでしょ。
政権に近い大物検事が同人作家やってたことが発覚して、「著作権法違反で処罰しろ!」って言われてるみたいな感じ、って言えば恐ろしさが伝わるかな?
「エロゲー割ってファイル共有ソフトで共有してた○○選手は有罪判決食らったのに!」って言ってるやつがいたら罪のレベルが違うって思うじゃん?
頼むからそこを政争の具にしないでくれよというか、安倍政権憎しでそのへんの麻雀好きがまとめて捕まりかねない主張をするのやめてくれとしか言えない。特に違法性を国会で言い募る立憲民主党とか、黒川氏を刑事告発した弁護士さんたちとか、あなたたちは善良な小市民の人権や自由のために活動してきたんじゃなかったんですか、っていう失望感がすごい。
いやほんと、これまでの慣例なら黒川氏くらいの賭け麻雀ならマジで刑事罰の対象になんてならないからね。知人や友人同士が、おうちで、テンピンで行う賭け麻雀なんて警察や検察からは黙認されてきたというか、処罰されることなんて基本的になかった。メンツにヤーさんが混じってたとかなら話は別だけど、新聞記者とかお堅い職業の人たちばっかりだったみたいだし。
検察人事ではあれだけ従来の慣例を尊重しようと主張してたんだから、賭博罪の立件のハードルについても慣例を尊重していただけませんかね。
もちろん、形式的には違法なので処罰がされるべきだ、という主張には一理ある。悪法もまた法なりってやつだね。当然こういうこと言う人はアラン・チューリングが逮捕されたのも仕方ないって思ってるんだよね? 当時のイギリスでは同性愛は犯罪だもんね。エルサルバドルでは中絶は犯罪で、中絶の罪に問われた女性は刑務所に入れられるんだけど、これも法律で決まってることだから当然だって主張するんだよね? 本気でそう思ってるなら一貫性があって尊敬に値するけど、そうは思わないっていうならなんでこの件では慣例を無視してまで法律の墨守を主張するんだよとは言いたくなる。
最後にちょろっと書いとくけど、俺はノーレート派。賭け麻雀ってちっとも楽しくない。だって手作りよりも失ったカネのことが気になっちゃってちっとも麻雀を楽しめないんだもの。賭け麻雀自体は好きな人が遊ぶ分には自由だし単純賭博罪を撤廃しろよと思うけど、それはそれとして「麻雀をするなら賭けて当然」みたいな風潮は滅びてほしい。
ハンガリーなど名指し、「もはや民主主義国でない」 人権報告書
特にハンガリーではオルバン・ビクトル首相の強権的な「体制」により、民主主義国としての地位が「急激に」失われたと指摘。「現在のハンガリーはもはや、民主主義国とはみなせない」「民主主義と純粋な独裁政治の間の『グレーゾーン』に位置する(中略)ハイブリッド体制だ」と評した。
へー、どんなことやっとるんやろ。
と思ってググってみたら、
2003年にフィデス党首に復帰したが、2006年の総選挙でも社会党に敗れた。しかし、その後の経済危機で左派連立政権が崩壊するなど混乱があり、2010年4月の総選挙でフィデスは議会の3分の2の議席数を確保する地滑り的勝利を収めた。同年5月29日に、8年ぶりに首相に就任した。
2014年4月6日の国民議会選挙において、フィデスは圧勝し、オルバーンは首相に再選された。2018年4月8日の国民議会選挙(英語版)でも圧勝して3選した。
公共事業の多くがオルバーンに近い企業に発注され、金額の一部がフィデスへの裏金になっていると報道されている。欧州不正対策局(OLAF)が不正を指摘したケースもあるが、検事総長が政府に任命されるハンガリー検察は捜査をほとんど行っていない。
これは大草原。
名前入れ替えても気付かんやろ。
それなしで、聖人君子のように振る舞い、他人を糾弾するばかりではね。
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【選択】「下流老人」ブームの火付け役に 「貧困ビジネス」の過去
https://www.sentaku.co.jp/articles/view/15207
"10万部を超えるベストセラーとなった『下流老人』(朝日新書)。
しかし、福祉業界内では藤田氏の評判は悪い。原因は藤田氏の“前科”にある。
NPO『ほっとプラス』の代表理事を務める藤田氏が、前身となるNPO『ほっとポット』を埼玉県で設立したのは2006年。
家賃7万~8万円の格安な一軒家を借りて、生活保護受給者を5~6人居住させ、
1軒当たり約20万円の“利益”を生むこうした住宅を10軒以上経営していたのだ。
また、ほっとポット時代には赤字が出ると申告して、さいたま市から補助金を受けた事業で700万円の黒字を出した。
「赤字を装う粉飾書類を提出した可能性」(地元関係者)まで指摘されている。
また、「4~5年前まで、ホームレスに同行して生活保護受給の手続きをサポートする事業を、
4万2000円の手数料を取って行なっていた」(別の福祉業界関係者)。
これは弁護士法に抵触する可能性があるという。藤田氏に“反貧困ビジネス”を訴える資格はなさそうだ。"
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そして、ちょっと話も出ましたけれども、生活保護費、314億6,124万円ですか。前年より1割以上、30億円以上ふえているわけです。これ貧困ビジネスという問題が非常にこの生活保護の増大の中の一因、あくまで一因ですけれども、一因になっているのではないかと思うのです。やはり本市でも、先ほどちょっと話出ましたけれども、こういうふうに生活保護の申請に同行するというふうに事業にしてしまっているのです。書いています、これ。生活保護の申請支援、申請同行及び審査請求、不服申し立て手続の支援なんていうふうに事業にしてしまっているわけです。こういった団体がまかり通っている。これは、果たして弁護士の資格がない人が申請に一緒にくっついていって手続をやっていたら、これ非弁行為として法律に触れかねないのです。そういった団体を何かさいたま市の市長がお墨つきを与えて、新しい公共のあり方を考えるなんて言って一緒に対談やってしまうというのは、これ私は大問題だと思います。私いろいろ調べたのですけれども、ほっとポットという団体です、昨年あったのは。そこの代表の方、調べたところ、人件費のほかに役員報酬、代表のみが得るお金413万円取っているわけです、人件費とは別、給料とは別に役員報酬として。そして、生活保護の同行支援事業、あと障害あるのではないですか、では障害の手続もいかがですか、ほかのそういった申請支援も含めて4万2,000円取っているという話なのです。生活保護の生活料って8万円なのです、1人の場合。その半額以上に相当するお金を申請同行、申請支援だ、そういったさまざまなサポートだといってお金取ってしまって、そして代表の方は給料とは別に413万円報酬を得ている。こういった団体、私は本当に、新たな貧困ビジネスではないかと思います。こういったのとはきっちりさいたま市は一線を画して、市長はお墨つきを与えるべきではない。こういった人が、また民間との連携をなんて言ってきても、いや、市長、会うではないです。私は、こういった新たな貧困ビジネス、こういったものは根絶すべきだと思います。
https://ssp.kaigiroku.net/tenant/saitama/SpMinuteView.html?council_id=404&schedule_id=9&minute_id=53&is_search=true (さいたま市議会議事録2012/3/16)
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では、資料のほうをお願いいたします。貧困ビジネス、これをわかりやすく説明した、時間もないので、大宮の三大文化の一つ、漫画で説明しますけれども、要するに1番、NPOとかがよく市内のみならず、県内、都内、各地でホームレスの方とかに、困っていることありませんか、生活保護制度受けませんか、私がついて行けば大丈夫ですよ、こういうふうに声をかけると。そして、2番、では、その前に契約書にサインしてください。生活保護の申請同行サービス4万2,000円いただきます。分割払いも可ですなんて言うわけですね。そして、3番、実際に区役所に行って、この人に生活保護を出すべきだと、こういうふうに押し問答して、4番、実際保護費が出ましたと。おめでとうございます。私たちが運営しているグループホームにどうぞと案内して、そこに住んでくださいとやるわけです。
そして、結局一軒家を借りてグループホームというふうに運営しているのですけれども、大体1軒につき5人ぐらいもとホームレスの方を住まわせて、市から住宅扶助の上限ぎりぎり、4万7,000円、5人分。かつ、入居者のほうからも共益費だといって1万円、これは5人分取る。そうすると、このNPOには28万5,000円毎月入るのです。
一方で、この一軒家を幾らで借りているかというと、8万円ぐらいで借りているわけです。家主に払うのは8万円。となりますと、この1軒のグループホームで毎月20万円粗利が上がる。私が問題にしていましたほっとポットという団体の場合ですと、こういったのを15軒持っていると。3年間で2,000万円以上トータルで利益を上げていると、こういった実態がございます。これが貧困ビジネスの実態だということです。
https://ssp.kaigiroku.net/tenant/saitama/SpMinuteView.html?council_id=405&schedule_id=5&minute_id=6&is_search=true (さいたま市議会議事録2012/6/12)
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生活保護の水際作戦みたいなことをやって国民を殺すために公務員は存在するんでしょ
007年7月10日、北九州市小倉北区の独り暮らしの男性(52歳)が自宅で亡くなっているのが発見された。生活保護を受けていたが、2007年4月に受給廃止になっていた。最後に「おにぎり食べたい」と書き残していた(朝日新聞 2007年7月11日付 東京夕刊17ページ)。
彼は、長年働いていなかったわけではない。前の年である2006年の10月まではタクシー運転手だった。アルコール性肝障害になり、通院した。2006年12月7日、「病気で仕事ができない」と生活保護を申請し、認定された。だが翌年2007年2月、福祉事務所のケースワーカーから「働いたらどうか」と勧められ、生活保護を辞退したという。専門家は、この事例に関し「たとえ本人が自発的に辞退届を出したとしても、ケースワーカーは受給者が困窮する恐れがないかを検証し、受給者にきちんと説明しなければならない。自治体の対応は疑問だ」としている(2007年7月12日付朝日新聞西部朝刊27ページ)。
Aはタクシーの運転手をしながら独り暮らしをしていたのだが、2006年10月に肝障害や糖尿病などで働けなくなってしまった。
2006年12月に生活保護を受け始め、仕事を探して自立するように指導も受けていた。
2007年1月の段階で、福祉事務所のケースワーカーが仕事をして自立するよう2度にわたって指導。
2月の段階でも、ケースワーカーが主治医から普通に働けると事情を聴きとり、
さらに福祉事務所の嘱託医も同様のことを言ったため、ケースワーカーはAに働きなさいと指導。保護打ち切りもちらつかされた。
だが、主治医は後日の検証で、Aは確かに内臓方面は治りつつあったが、酷い鬱状態になっており、
せいぜいデスクワークがちょっと可能な程度で、普通に働けるなどとは言っていないと反論している。
実際、死後に見つかったAの日記には生活保護を受けている間から
「亡くなった父や弟の所に行きたい」「なかなか人間って死ねないものだ」
と、素人が見てもわかるレベルの自殺願望が表れており、当時の彼が精神的に危険な鬱状態であったことは間違いないとされている。
ところが、働けると認定されたためか、Aに対する「就職しろ」という圧力は非常に厳しくなっていった。
3月も終わりになると、福祉事務所はAを6か月以内に仕事を見つけさせて生活保護を打ち切るために重点的に指導することにした。
4月2日、生活保護費を受け取ろうと思って福祉事務所に赴いたAに対し、ケースワーカーはまたしても働けとせっついた。
だが、当のケースワーカーもたった数日前にAの精神状態がおかしいのではないかと疑い、精神科への受診を勧めている状態であった。
鬱状態の人間に「もっと頑張れ」とせっつくなどは論外の禁句である。
そしてこの日、Aは生活保護の辞退届を出した。
しかし、辞退するにあたって、福祉事務所は就職先がどこか、収入の見込みはどれくらいなのかなどを全く確認していなかった。
おりしも、生活保護を切るにあたっては就労先や収入見込みについて確認すべしという判決が、前年に出たばかりであったが、全く無視されていた。
日記では、担当者に生活保護を打ち切られたかのような記述もあり、
辞退届を無理矢理書かされたか、働けという指導に精神的に耐えかねて辞退届を書いたのではないか、とも言われている。*1
少なくとも、Aが働こうにも働ける状態ではなかったことは間違いないだろう。
しかも、その時点でもガスと水道は止まってしまっていた上、住居地はボロボロであった。
そして、福祉事務所は保護を打ち切った後、Aの安否については何の連絡も取ることはなかった。
Aが死んでいるのが見つかったのは、たまたま彼の友人が家に訪ねてきて異変に気付いた7月10日のことであった。
残されていた日記には
家近良樹『歴史を知る楽しみ』(ちくまプリマー新書、2018年12月)
石川松太郎監修・小泉吉永編集『女大学資料集成〈別巻〉』(大空社、2006年)
伊藤セツ『山川菊栄研究――過去を読み未来を拓く』(ドメス出版、2018年12月)
今井幹夫『富岡製糸場と絹産業遺産群』(ベストセラーズ、2014年)
岩田真美・桐原健真編『カミとホトケの幕末維新』(法蔵館、2018年11月)
大塚英志『日本がバカだから戦争に負けた 角川書店と教養の運命』(星海社新書、2017年)
小川剛生『武士はなぜ歌を詠むか 鎌倉将軍から戦国大名まで』(角川学芸出版、2016年)
金澤裕之『幕府海軍の興亡 幕末期における日本の海軍建設』(慶応義塾大学出版会、2017年)
上條宏之『絹ひとすじの青春――『富岡日記』にみる日本の近代』(NHK出版、1978年)
神谷大介『幕末の海軍――明治維新への航跡』(吉川弘文館、2018年1月)
神谷大介『幕末期軍事技術の基盤形成――砲術・海軍・地域』(岩田書院、2013年)
佐々大河『ふしぎの国のバード』1~3巻(ハルタコミックス、2015~16年)
サビーネ・フリューシュトュック他編『日本人の「男らしさ」――サムライからオタクまで 「男性性」の変遷を追う』(明石書店、2013年)
篠田信一『殴り合う貴族たち――平安朝裏源氏物語』(柏書房、2005年)
中公新書編集部編『日本史の論点――邪馬台国から象徴天皇制まで』(中公新書、2018年8月)
内藤一成『三条実美 維新政権の「有徳の為政者」』(中公新書、2019年2月)
中野節子『女はいつからやさしくなくなったか』(平凡社新書、2014年)
長山靖生『帝国化する日本――明治の教育スキャンダル』(ちくま新書、2018年9月)
本郷和人『戦いの日本史 武士の時代を読み直す』(角川学芸出版、2012年)
松浦だるま『累』全14巻(イブニングコミックス、2013~18年)
宮地正人『日本史リブレット人68 土方歳三と榎本武揚 幕臣たちの戊辰・函館戦争』(山川出版社、2018年8月)
森正人・鈴木元編『文学史の古今和歌集』(和泉書院、2007年)
山川菊栄記念会・労働者運動資料室編『イヌとからすとうずらとペンと 山川菊栄・山川均写真集』(同時代社、2016年)
山本ルンルン『サーカスの娘オルガ』第3巻(完)(ハルタコミックス、2019年)
吉田麻子『知の共鳴 平田篤胤をめぐる書物の社会史』(ぺりかん社、2012年)
和田裕弘『織田信忠――天下人の嫡男』(中公新書、2019年8月)
渡部周子『〈少女〉像の誕生――近代日本における「少女」規範の形成』(新泉社、2007年)
渡邊大門『関ヶ原合戦は「作り話」だったのか 一次史料が語る天下分け目の真実』(PHP新書、2019年9月)
渡辺尚志『江戸・明治 百姓たちの山争い裁判』(草思社、2017年)
★再読★
鬼頭宏『日本の歴史19 文明としての江戸システム』(講談社、2002年)
ニコライ著・中村健之介訳『ニコライの見た幕末日本』(講談社学術文庫、1979年)
中屋敷均『ウイルスは生きている』(講談社現代新書、2016年)
家近良樹『歴史を知る楽しみ』(ちくまプリマー新書、2018年12月)
石川松太郎監修・小泉吉永編集『女大学資料集成〈別巻〉』(大空社、2006年)
伊藤セツ『山川菊栄研究――過去を読み未来を拓く』(ドメス出版、2018年12月)
今井幹夫『富岡製糸場と絹産業遺産群』(ベストセラーズ、2014年)
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大塚英志『日本がバカだから戦争に負けた 角川書店と教養の運命』(星海社新書、2017年)
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中屋敷均『ウイルスは生きている』(講談社現代新書、2016年)