はてなキーワード: 関西とは
この間、会社の同僚と飲んだ時に何で今の配偶者と結婚したかの話になった。
皆は性格だとか、お金だとか、容姿だとか、まあよく言われる理由が多かった。
私は背が高い女性が好きなので、そういったことを言ったが最大の理由は味覚が合うこと。
私が子供の時、両親はよく味覚の違いからくる揉め事が多かった。
その時は別に大きな問題とは考えなかったが、社会人になってその重大さを再認識した。
私は生まれも育ちも石川の北陸人。更に小さい時から毎年何回も大阪に行っているので関西の味が舌に染みついている。
社会人になって付き合った彼女は生まれも育ちも千葉で私とはまるで味覚が違う。
その彼女は料理が好きで色々と作ってくれたが、味覚、好みの違いが鮮明に表れ、楽しくて美味しいはずの食事が不思議とそうとは感じないこともあった。
人は普段意識しないが、生まれ育った土地の味に慣れており自然とその味を欲するのだと思う。
やはりその味が美味しく、安心する。私は関西の味、彼女は関東の味がそうだったのだ。
その彼女とは味覚の他に色々と合わないところがあり結局は別れたが、パートナーと味覚が合うということは非常に重要と考えるようになった。
お互いに味覚が合わない料理を何十年と作り、食べ続けることを想像してみて欲しい。耐えられるだろうか?
私には耐えられない。たとえ容姿が良くて性格が良くても耐えられない。
食は大事だ。食は普段の生活にも大きく影響を及ぼし幸福感にも大きく影響する。
色々と考えた結果、私は今の環境(出会いの無さ)とこの食の問題からお見合いで結婚相手を見つけることにした。
条件は①背が高く②メシマズではなく③関西生まれ育ちの3つ(※ここでいうメシマズは味覚崩壊系を指す)
結果、見事にこの条件に当てはまる相手を射止め、結婚することができた。
美味い。晩御飯が毎日美味い。安心する。幸せを感じる。関東に住んでいながら毎日関西の味を味わえる。
お互いが味覚が合うことというのは共に食を楽しめることに他ならない。
それ故に外食もそりゃもう楽しい。相手のお気に入りは自分のお気に入りでもある。
好きな人と2人で「これ美味しいねー」と言いながら楽しむ時間は至福のひと時だ。
まだ1歳だが、そのうち「この味おかしい」と言うようになるのだろうか。
メシマズは人を不幸にする。それはトイアンナ氏の記事を読めば一発でわかる。
旦那さんは我慢して食べればいいかもしれない。だが、子供にその食事を食べさせるのか?
それこそ私は耐えられない。きっと可哀想だと感じてしまうだろう。
まとまりが無いが、なんとなく感じたことを書いてみた次第。
子供の感じからすると関西の南の方にいらっしゃるような感じがします。子供が「教育委員会に言いつける」とか体罰だとか騒ぐ感じが(軽くやくざで、親もそんな感じなんだろうと思います。)
東京でも北東の方は大変だと聞きます。しょっちゅう警察にお世話になる子供とか色々いて。
でも同じ教員でもそういう目に合わない地域もあります。何十年も教員をやっていてもそういう子供に当たったことがないという知り合いが何人もいます。子供の中でのいじめとかはあるけど、教員をイジメるという発想が子供の中にない。
そういうところは教員の採用人数が少なく、採用されるのがかなり大変です。少子化、過疎化でさらに採用が減っていく。でも採用されるとそれなりに尊敬され、今の増田さんのしているような苦労はありません。
増田さんがそういう難関なところも合格できる、という自信があるなら県を変えてみるのもありかもしれません。
私が育ったのは教員に採用されるのが難関な県で、教員になる方は結構優秀な方が多かった。偏差値50くらいの東京の大学を出て地元に戻りたいからと採用試験を受けたけど不合格で、結局東京とか都市に戻って就職という人も何人も知っています。
http://anond.hatelabo.jp/20170206102543
これを読んで懐かしくなった。
高校までエスカレーターの私立幼稚園で。周辺の3つの市くらいから金持ちが集まり、お母さんが派手な美人が多い。親が元女優、プロスポーツ選手、ヤクザ幹部みたいな人も多い。
受験対策というのはほぼ無いので、親の職業、年収、寄付金なんかで決まる。
受験でしたことと言えばちゃんと記憶にあるのは面接。多動気味だった僕は面接中にもう全身が痒くなって大暴れしたのを覚えている。一応それ以外にも先生と遊ぶ時間もあったから、そこでも見られていたんだろう。
うちは普通のサラリーマン家庭だったがバブルで潤っていたこと、母方の祖父母がそれなりの中小企業の社長だったこともあってか合格。
袖の下も渡したらしいという話は後から聞いた。
キリスト教系だったので、様々なクリスマスやハロウィン、ミサなんかを味わえたのはいい経験。
エスカレーターで上がれるところを、親の意向で母の母校を受験することに。(幼稚園は人気高いが小学校は頭がわるいイメージの強いところだったので、50%くらいの園児が別の小学校に進学する)
受験対策として塾に通わされる。もちろん塾と言っても勉強ということではなく、マナーとかお作法とか創造力があるか、といった試験をクリアするためのもの。
ひたすら折り紙の練習や、箸を正しく持って小豆を皿から皿へつまんで移動できるか、面接で受け答えできるかの練習。
そして迎えたお受験日。事前の練習通りやったし、面接もなんとなくだがよく喋れた記憶がある。しかし、結果は不合格。後の親の感想によると、サラリーマン家庭であったことと年収。
小学校は公立に入ることになった僕だが、小2から学習塾に通い出す。小3の夏期講習をきっかけに進学塾へ。
小5の終わりまでは灘クラスにいたものの、常にその中の最下位だったのでワンランク下のクラスへと変更。あと、僕自身の二度と受験したくないという意向を受けて大学までエスカレーターの中学を第一志望に。
エスカレーターは高校までの滑り止め中学に合格したものの、第一志望は不合格。
正直なところ第一志望は余裕で問題を解けていたが、珍しく内申点を重視する学校だったことが仇になったんじゃないかと見ている。なんせ受験反対派の先生のクラスで受験のために小学校休みまくっていたので。
先述の通りエスカレーターのため無し。
普通にすごしていたものの、怠けまくったせいで中学受験の第一志望だったところ大学がD~E判定という状態で高3を迎える。まぁ一年留年するか〜と思っていたところにネットでAO入試を知り先生に相談。
さすが私立高校ということで当時は珍しかったAO対策室みたいなところがあり、そこの指導のおかげで、中学受験第一志望だった大学と同ランクの大学へ合格。
元々行きたい業界は決まっていたので、ちゃんと早めに3年の夏のインターンから就活を開始。3つほどインターンに参加し、そのうちの第一志望だった会社からかなりの早期に内定をもらう。
通常の就活より相当早めのいわゆるインターン裏枠選考だったため、そこで就活終了。なのでちゃんとした就活はしないまま終わった。そして、今も最高の会社だなと思いながら働けている。
大阪ってぶっちゃけ難波から梅田圏内での移動で自分の住処に帰れるんだよ
東京ってさ
大阪は都会→都会の移動で済むのよ
住んでるところと働いてるところがほとんど変わらんのよね
東京で電車止まって歩いて帰るっていったら巡礼みたいになるから毎回テレビみて面白がってる
まともに人が住む部屋、最低でもキッチンとトイレ風呂つき(Notユニットバス)で四畳半以上
気軽に借りれないでしょ
その点大阪は草ボーボーのところで家買ったり借りたりしなくていいの
そんなやついたらアホだと思われる
東京とは名ばかりの糞田舎や糞狭い囚人のような生活をさせられる
金があれば違う?
そんな金出せばどこででも美味い物食えるぜ!みたいな当たり前のこと言われてもな
https://togetter.com/li/1077485
はじめに
また、「押し付け」も良くないと思いますし、それを嫌う人がいることを否定しません。
また、ここで反論する以外の恵方巻きへの批判も存在することを無視したいわけではないです。
なお、ツイッターの#恵方巻き撲滅タグを見た上で書いています。
一地方ローカルの文化が広まることは、大阪や関西に限らずアタリマエのことです。
僕は名古屋人ですが、名古屋近辺発祥のものでも、CoCo壱番屋やコメダ珈琲などは全国展開をしています。
もともと日本の風習かどうかは知りませんが、もともと日本にないものでも全国的に広まったものは他にもあります。
クリスマス、バレンタインデー、ハロウィンなどは明らかにもともと日本の風習ではないと思います。
これも良くないのでしょうか?
③商業主義による週間の押しつけは良くない。
これは確かに一部同意できます。ただし、クリスマス、バレンタインデー、ハロウィンも似たような要素がありますし
ただし、個人的には商業主義の過剰は問題だとは思います。しかしだからと言って恵方巻きそのものを無くす必要はないと思います。
下品な食べ方をする食べ物は世の中にたくさんあります。下品以外の見方でも、「見方によってはよくない」なんて色々あるでしょう。
コーヒーは泥水を飲んでいるようにみえるから良くないとかなるんでしょうか。
太いものをそのまま加えるような食べ物は、串で打つものを中心としてたくさんあります。
フランスパンなどのさらに太いものにかぶりつく場合もあるでしょう。
全ての料理がお上品でないといけないというのがそもそも正しいのでしょうか?
勿論他にも批判されるべき要素はあり、その中にはもっともなものもあるとは思います。
差し当たって、よく見られる批判に対する回答を書いてみました。
さっき何となくエロ動画サイトを漁っていたら、見たことのある顔が出てきた。
これはどう見ても、5年前によくセックスしていた女の子だった。その当時のことが急に蘇ってきた。
当時俺は町田に住んでおり、仕事先も町田だった。スマホには無料の出会い系アプリを入れていたのだが、こっちから女の子に連絡しても無視されるだけだし、連絡が来たかと思えば詐欺サイトへ誘導するスパムか、援デリ業者だけなのに辟易してアプリを放置していた。
そんなある日、急に女の子から「今から遊びませんか」的なメッセージが届いた。最初はスパムか援デリの類かと思い放置していたが、何度も「無視しないで!」「上京してきたばかりなので東京を案内してほしい」など、他とは違い人間味ある切実なメッセージがいくつも届いて、なんか様子が違うので暇つぶしにメッセージのやり取りだけでもしてみることにした。
妙に向こうから「会おう会おう」と言ってくるのが怖いので「ラッセンの絵か壷でも売りつける気だろう!」とか「業者乙」とか返してたら、冗談と受け取ったのか「業者じゃないwww」とか返してきた。
「会おうっつっても、俺ブサイクだしチビだし貧乏だしファッションダサいし童貞だしオタクだし包茎だしチンポ小さいし、会わない方がいいよ、会ったら絶対ガッカリするよ」などと自分を蔑みまくった自虐メッセージを送っていたのに、「出会いアプリやってるくせにに会おうとしない男は初めて」らしく、何故か余計興味を持たれてしまった。
ツイッターをやってるのでフォローしてほしいと、向こうがツイッターIDを送ってきたので見てみると、どうやらスパムでも業者でもなく本当に上京したての女の子らしく、日常生活についての呟きが多数を占める中、ツイッターでも片っ端から男のアカウント宛に出会いを求めるリプライを送りまくってて、ああ、モノホンのヤリマンなんだなと思った。
ある日、出会いアプリとツイッターに「町田に来たけど訳わかんないから案内して!」「無視しないで!」「案内してもらわないと本当に困る!」「迷子になる!」というメッセージが大量に届いた。
どうやら全く会ってくれない俺に無理やり会うために町田に来たようだ。
向こうから散々「顔写真送って!」と求められたが、「ブサイクなのでお断りします」と一切写真は送らなかった。
そんな顔も知らない自称キモオタに態々会いにくるもんかね、とも思ったが
どうせ仕事が終わったら暇だし、騙されたら騙されたでいいし、本当だったら可哀相だし適当に飯でも食わせて帰らせてやろうと思って待ち合わせ場所の町田駅前に行くと、改札口で彼女は待っていた。
菊池亜美を少しぽっちゃりさせた感じで、ぜんぜん俺の許容範囲内だった。
童貞でこそないが、本当に俺はブサイクでチビで男としてクソみたいな存在でしかないのだが、「言うほどキモくないじゃん、普通」との評価をいただいた。彼女のストライクゾーンはかなり広いようだ。
「一人暮らしを始めたばかりなので生活に使えるものを見たい」とのことなのでドンキホーテに行ったが、適当に見るだけだし俺の「これがあると便利だよ」的解説も上の空なので、すぐに切り上げて彼女たっての希望でジョナサンだかサイゼリヤだか忘れたがファミレスに行った。
ファミレスでの会話で、彼女は18歳で、関西出身。どういう文化圏かは謎だが、親も友人も標準語だったので訛りや方言は無い。上京してまだ10日なのに、もう東京で知り合った男5人ほどとセックスしたということ、いろんな男とセックスしまくってるのに黒人の男子高校生16歳と同棲しているということ、その黒人の彼氏は生まれも育ちも日本なので日本語しか喋れないこと、彼氏は高校をサボって年齢を偽り夜の仕事をしているということ、夜の仕事で月40万ほど稼いでいるので養ってもらっていること、
その同棲中の彼氏や他の男が「コンドーム付けてセックスなんかやってられっか」と悉く生中出しをしてくること、妊娠はしたくないので産婦人科に通ってはピルをもらっていること、産婦人科の検査で性病ではないと判明したことを赤裸々に語った。
18歳だというが、本来なら高校3年生の1学期であるはずなのに、高校に通わずバイトと出会い系サイトで知り合った男との援助交際で食っていたという。一度出会い系サイトで援助交際の約束をした男に会いに行くと、待ち合わせ場所でいきなり車に引きずり込まれ、どこだかわからない山奥に連れ込まれレイプ。もちろん生中出しされ、財布も携帯も奪われ山奥に放置されたまま男が車で帰っていったという。
泣きながら何時間もかけて下山し、やっと見つけた交番で被害を訴え、執念で覚えた車種とナンバーを告げ、そのまま産婦人科へ駆け込んだ(財布を奪われたのに金と保険証をどうしたのかは謎)というハードコアな体験談も語ってくれた。
そんな思いをしたのに懲りずに出会い系サイトで片っ端からいろんな男をとっかえひっかえしてるのは、ヤリマンというよりセックス依存症なんだと思った。
その黒人高校生の彼氏は、一緒に上京してきたのか、それとも上京後に出会ったのかも謎だし、高校生ながらにマンションを借りて二人っきりの同棲を許すなんて、どういう家庭環境なのかも謎だ。そもそも黒人高校生が都心に近いマンションなんて借りれるのか。
そんな典型的貧困層、セックス依存症の話を聞かされて、そこまでハードコアな人生を送ってきた人が周りにもいなかったのでドン引きしたが、都心に近いところから電車で1時間半もかけて町田くんだりまできたのだ。「帰るのがかったるい、一緒に泊まろう」ときた。
据え膳食わぬはなんとやらで、学校に通ってない18歳なら抱いても違法ではないし、十分許容範囲内なので安易に誘惑に負けて町田駅裏のラブホへ吸い込まれてしまった。
先ほど童貞と言ったが、相手を引かせるためのウソだ。(そこまで経験は無いけど)ただ、ダサくてブサイクで非モテなのだけは事実だ。こんな急にセックスすることになったのも人生で初めてだった。
いざ服を脱いても、彼女はヤリマンセックス依存症のくせに「裸を見られるのは恥ずかしい」と一緒に風呂を入るのを拒み、明かりをつけるのを頑なに拒否した。
真っ暗で相手の身体がどのような見た目なのかが全くわからないままセックスした。
ただ、真っ暗闇の中「得意技してあげよっか」と、口でコンドームをつけてくれたのは人生で初めての経験だったので憶えている。
彼氏や他の男には生中出しさせるくせに、俺には一切生でさせてくれなかった。
セックス後、ふと我に返り、このまま寝たら財布の中身が無くなって彼女も消えているのではと思いながら就寝したが、朝目覚めても彼女は隣にいた。
「寝顔が可愛くてずっと見てた」とかブサイクの俺に言う。お金も要求してこなかった。
彼女を駅まで送り、俺はそのまま出社した。
そんなことがあり、彼女とは何度か会った。黒人高校生彼氏とは結婚を夢見てはいるが、デレデレしながら他の女と浮気したことを堂々と話してきて頭にきてるので自分も他の男とセックスするんだという。
このセックスにだらしないところに甘えて、暇を見つけてはセックスした。
生活費や家賃は、月40万稼ぐ彼氏に養ってもらっているが、遊び代とかは余分にくれないので出会い系アプリで知り合った男からお小遣いを貰っているという。「実家の親に支援してもらえないのか」と聞けば、実家はシングルマザーで貧乏であり、経済状況は自分が一番わかっているので母親に甘えられないという。
最初は快く金をくれていた出会い系の男たちも、金ばっかりせびっているとそのうち渋るようになる。ほとんどの男たちがセックスだけして金を払わなくなったという。それなのに何故か俺には金を要求はしてこなかった。
男が金をくれないのでバイトをするようになったのだがバイトが決まっても1週間持たず、コンビニやら服屋やらを転々としていた。
1週間持たないくせに、決まってバイト先の店長や上司と不倫関係になっていたのも印象深かった。
そのうち堅気の商売は無理と悟ったのか、「私はもう風俗で食っていくしかない」と相談された。
「私はデブなので普通の風俗は雇ってくれない」というが、「お前よりデブでブスな女は仰山一般風俗にいるよ」と思いながらも、
「どうやって私を雇ってくれる風俗を探すか」とか聞かれても、俺は月に1回風俗に行く程度で風俗で働く方法なんか知らないし、
そもそも同棲してるのに風俗で働くのは彼氏が悲しむだろうし、第一知っている女の子が風俗に堕ちるのは俺が嫌だよと諭した。
どうやら納得してくれたらしく、風俗入りするのは諦めてくれた。何故か泣いていた。
しばらくすると、「愛しているから俺がお前を一生養う!お前は働かなくて良い!」と宣言していた黒人高校生彼氏が急に「どうして俺だけ必死に働いて、全く働かない年上のお前を食わせなきゃならないんだ!(彼女もバイトしているのだが)理不尽だ!家賃も生活費も全部折半しろ!あと他の女ともセックスさせろ!」と大暴れしたと連絡がきた。そりゃそうだ。16歳の高校生だもの。
バイトしているとはいえ、さすがに折半する余裕はないよ、どうしようと言われても困る。
「そんな奴と別れて地元帰ったほうがいいんじゃないの」と伝えると、「増田くんは顔が好みだから一緒に住んでもいいけどね」と言ってきた。
何回もセックスしたから愛着はあるけど、さすがにこんなハードコアな人を養う自信はないし、まだ結婚したくないのでそれは無理と伝えてからは、音信不通になってしまった。
音信不通になってからは、フェイスブックの「知り合いかも」に彼女が表示されることがあった。
覗いてみると、地元に帰ってちゃんとした新しい彼氏を作って、幸せに生活しているようだった。
あれから5年。今となっては彼女のツイッターもフェイスブックもアカウントはどれか不明(おそらく削除してる)だし、今どこでどんな生活を送っているのかは謎だ。
ただ、さっきエロ動画を漁っていたら、声も顔も完全に見覚えのあるあの子が、カメラの前でマンコをくぱぁと広げながらでオナニーして、その後男優に中出しされていた。無修正なので、おそらく無修正サイトで販売された動画を勝手ににアップロードされたものだろう。
俺の前では絶対明かりをつけてくれなかったので、初めて鮮明に彼女のマンコを見た。
ただ、一切勃起や興奮はしなかった。早送りしながら最後まで見たは見たが、なんか切ない気持ちになった。
動画に記載された女優名で検索したが、その動画1本しか引っかからない。別名義で他のAVに出ているかもしれないが、それもわからない。
ただただ、なんだか切ない気持ちになるだけだった。
これ読んでも「作り話をよくここまで長ったらしく書けるね」とかいう感想しか無いだろうが、なんか書きたくなったのだ。
ただそれだけだ。
文化大革命は中国共産党主導による中国の倫理論の変革だ。下層階級を党主導部が利用し、寺院や仏像などの古来の文化を破壊する事件が相次いだ。多数の死者をもたらしたとされる。
中国の文化大革命は主に政府にとって目障りなインテリ層を中心に粛清された。技術者・富裕層、一部の農民・・・そしてそのような政治劇が1976年まで繰り広げられた。そしてこれは、実は日本ではいつ起きてもおかしくないのかもしれない。
日本の中にある貧困崇拝は非常に内向きの古臭い発想だが、これが日常生活の中に持ち込まれたのが日本版ラテン思想だろう。これはまさに文化大革命時の毛沢東思想に近い。文革期の中国共産党の富裕層に対するの敵対意識と、現代日本のインテリ・富裕層叩きは、私には非常に類似点が多いと思うのである。
日本のこういった発想は、とある大学生によると富裕層でない階級で青年期を過ごした人間が富裕層になり、彼らの振る舞いに不満を抱いた人の思想が広がったことに由来するという。この思想はそもそも古くない考えである。私の知る限り、2000年当時にはありえない考え方であった。
それ以前の日本(今でもそうかもしれないが)は金持ちを目指すことが美徳とされ、貧しいことはむしろ恥ずかしいことであると言われていた。ちなみに、この考え方は2010年代前半ですら通用した常識である。
私は月に1000円~2000円払ってロト6やロト7を買っており、億単位の賞金が当たることを見越して様々な研究をしていると、富裕層叩きを見るたびにないと思う。昔は無機質な中間層と違う趣のある文化に憧れていたが、後で知ったのだが、今増えている富裕層は最近まで中間層は貧乏人だったもので、もともと富裕層の資質がなく、富裕層叩きのメインターゲットとされている人達だ。
今日本各地に行くと、そういう外国水準の所得単位での分別すら無理になっている。文化面での貧困化が徹底されている。デモ行進を見ると、以前は都市部だから許されたような右派系の排外デモがある。中国で外交危機があって反日デモがにわかに活発化したのと同じだろう。
実際街頭で往年の宗教勧誘のように日当を対価にデモ行進に参加させるケースも増えている。地方都市に多い。現在起きているデモ行進などは思想の左右問わずに日当で集めて頭数をそろえているのが多数であるというのが現実ではないだろうか?
中国人は過去に同じことを難解も経験していることだからそれを熟知しているんだろう。だから日本人の私はこんなことは発言をしたくないのだが、2017年、日本でも「文化大革命」が起こるのだろうと、ガックリしてしまうのである。トランプ政権になってからアメリカが日本と同じ道を辿り始めたように、70年以上平和を守り続けた日本が、中国と同じ道を辿ろうとしてる。
日本にノンポリ層が健在であることが救いだ。毀誉褒貶ある。こういった精神すべてを賛同することはない。あの地域には外国ではPC問題になるような文化が多すぎだ。しかし私は、世界で当たり前の対応のできる者が健在であることにほっとする。「政治的中庸がいなければ日本は存在しない」と言われるほどの現状がどこまで持つのだろうか?
オタクの姿勢もかっこいい。この集団は、昭和末期時代からも宮崎事件の余波で権力とたたかった。反骨姿勢は今も生きている。彼らについては私も言いたいことはあるが、それでもこういうことは本当にスゴイよ。
一方、非ノンポリ階級の対応はよくないよね。でもこれは「腑に落ちて」しまった。彼らは多数派になりつつある。日本を見てほしい。強い先祖返りを髣髴とさせる。一人ひとりの威圧感も凄まじいが、実際にデモにいくと左翼や右翼の兵隊みたいな感じが不気味でしかない。
この日常を経て、キビキビと「塩生活」に明け暮れる彼らがファシズムの片棒を担ぐわけだ。ノンポリは非国民と。逆に強烈なイデオロギーを持つ層は、左翼や右翼を見ると「ホッ」とするわけだ。日常を感じるから。
プロ市民のイデオロギストっぷりは私も批判し続けているが、ついにマジでノンポリを嫉視するようになってしまったんだなあと、本当にガックリきてしまう。ある意味、戦争前夜臭くて不快だったが。
私は民主主義そのものの社会的価値は否定しない。事実70年以上も守り続けてきているし。それ以上に豊かな生活にあこがれている。1995年に両親の転職(貧乏職から転身!)で関西から関東に越してきたとき、新しい生活に胸を膨らませた。1990年代から2010年代までオタクとしての経験もある。家族代々鉄道好きでもあった。
しかしそのような「豊かな」暮らしを経験した私だからこそ、その風情とか肯定的な表現を守ること、また新しく築くことはあっても、根本にある負の因習は打破しようと、そう訴えたいのである。守る価値のない因習を拒否し、破壊する発想が必要だ。残念ながらそれと矛盾するのが、「所謂畳精神化するアメリカ」であり「日本の文化大革命の兆し」ではないか。本当に私に未来はあるのだろうか。
日本人に問いかけたい。貧乏人だらけの国と同レベルの発想に恥ずかしく思わないのかと。君たちの憧れる今では黄昏の国の日本は江戸幕府をぶっ壊して新しく国を作り、経済的・科学的・文化的豊かさを受け入れたのではないかと。そして、そもそも何故貧乏を恥じ、お互いに豊かになることを目指したか考えてみよと。
近いうちに21世紀版の文化大革命が日本でも起きる。願わくばそれが起きないように努め、万が一起きても自分自身が巻き込まれないようにしたい。
他にも原因はあったと思うが、モテなかった。
高校まで共学だったが、彼女は当然ながら女友達すら一人もいなかった。
頑張ってサークルに入ったりもしたがすぐにやめた。
当然モテなかった。
大学に入って1年ほど経った頃「おっぱぶ行ったけど最高だったwww」みたいなまとめを読んだ。
自分はもう高校生じゃない、エッチなお店に行っても許される年だ。
すぐに近くのおっぱぶを調べた。
地元の田舎と違ってお店は大量にあった、関西に来てよかったと思った。
次の日には財布に5000円を突っ込み、調べておいたおっぱぶに向かった。
多くの場合、こういう所に初めて来る時は友人に連れられてのことが多いと思う。
しかし俺は一人だった。
当然緊張した。
店の前を2往復した後、やっと入り口を開けることができた。
すぐにボーイが出てきたが、何を言っていたか全く覚えていない。
前払いの5000円を渡す手は震えていた。
正直こういう店の女のレベルなど信じていなかったが、めちゃくちゃ可愛かった。
当然ながらファーストキス。
おっぱいも、見せて、揉ませて、吸わせてもらった。
おっぱぶは基本的に抜きがなく、ファーストキス、そしてファーストおっぱいを終えた俺は駅のトイレに駆け込んで一心不乱にシコった。
ありえないぐらい出た。
しばらくしてまたおっぱぶに行った。
他に趣味もなく、地元を出た俺には友達も少なかったため、バイトによる金はあった。
余裕がでるとすぐおっぱぶに行った。
おっぱぶに何回か通った後、当然ながら他の風俗についての情報も漁った。
初のヘルス嬢はめちゃくちゃに可愛かった。
ヘルスは本番行為は禁止だが、初めて女の子とシャワーを浴び、初めて女性器をいじり、初めて女の子に抜いてもらった。
当然ハマった。
「童貞が風俗に行くとハマる」なんてことをネットで見たが、童貞どころか女友達すらいない俺はまさにこの状態だった。
19の冬だった。
そこからは歯止めが効かなくなった。
コンビニのバイトを増やし、食費を節約し、お金ができたら風俗に行った。
地雷嬢にあたってもめげなかった。
新たな店もどんどん開拓した。
結局こいつとは3回会っただけで、セッ○スもしないまま自然消滅した。
努力して彼女を作っても、不細工にはブスしか捕まえられず、金もかかった。
風俗に行く方がマシだった。
素人を抱く興奮もあるのかもしれない、それでも風俗に行った方がコスパがいいと思った。
そして、就活には失敗した。
吉備真備や和気清麻呂が宮廷で活躍していますが、彼らは元々は吉備の国の有力豪族だったと思います。
そんな彼らが、自分の領国をあけて中央に出仕しているという事実にちょっと納得がいきませんが、どういう状態だったのでしょうか?
畿内や関西周辺の豪族ならまだわかりますが、岡山は少々遠いような気がします。
江戸時代の参勤交代のように、中央の権力が絶大であれば、地方豪族も中央に従わざるを得ず、中央に出仕するのはわかります。
しかし、そうでなければ、自分の領国で権力を握り国力を増大させたほうが都合がよさそうに思います。
それとも、中央への進出は、自分の領国を空ける価値があるほど、うまみのある話だったのでしょうか?
また、彼ら地方出身者が中央のポストに就く経緯ですが、地方で有力であるがゆえに自然と着任するものなのでしょうか? 地方をよく治めると中央に抜擢されるのでしょうか?
それとも、中央に出仕させた親族の中から、できるものだけが出世していく、という構図でしょうか?
一年前の今日、某テーマパークに行きパレードに出演している男性ダンサーを好きになった。
ダンオタというのはテーマパークダンサーを好きな人たちのことで、だいたいどこのテーマパークにもいる。夢の国にも、関西の映画の国にも、忍者村にだっている。
流行りの服装で一眼を持ってショーやパレードを待っている女の子がいたら、ほぼダンオタだと思って間違いないだろう。
では、何故どこのテーマパークにもダンサーのオタクはいるのか。それは私がのめり込んでしまった起因でもある。
一般的にテーマパークには多くのキャラクターがいて、ショーやパレードの主役はそのキャラクターたちだ。
ミッキー、キティちゃん、エルモ、アンパンマンなどなど、テーマパークで行われるショーの主役は彼らであり、彼らを中心に物語が描かれる。
キャラクターだけいればショーは成立するのでは、そう言われればそれまでで、最もその通りなのだが、テーマパークの広大な敷地のすべてにキャラクターを配置することはまず不可能だろう。そして、それが可能だとしても、絵面は寂しくなりそうだ。
そこで、テーマパークダンサーが現れる。主役のキャラクターを引き立て、ショーを盛り上げる。あくまでも、引き立て役であり脇役なのだ。
なら、どうしてそんな脇役にオタクがつくのか。
私は元々ゴリゴリのジャニオタだった。月に一回は何かしらのコンサートか舞台に行き、自担くんの出演舞台は全通もした。チケットにいくらかかったかはもう想像できない。大学生の時ですら、年間3桁の額を使っていた。
自分の服や化粧、食費は最低限で、バイトをいくつも掛け持ちしていたし、友達やゼミの飲み会には一切参加しなかった。今思うと、悲しすぎるキャンパスライフである。
しかし、それでもよかった。365日のうち300日はどこかで踊っている自担くんが大好きで、彼を見に行けるなら他のことなど必要なかった。
どうして自分が自担に対し盲目的でいて、そこまで必死に頑張れていたのか理由は分かっていた。
ジャニーズJrというのは、デビューしている先輩もしくは後輩のバックで踊っているダンサーのことで。Mステなんかで嵐が歌っているとき、やけに背景がうるさいなと思ったことはないだろうか。そういうときバックで踊っているのがJrだ。
Jrでいる間は事務所をいつ辞めるのかは自由で、昨日までいたのに今日はいなくなっているということはザラな世界だ。しかも、いつ辞めるという知らせは一切ないどころか、辞めたかどうかすらはっきりと分からない。
そんな儚い存在のジャニーズJrが目指すものはみな一様にデビューだ。CDデビューをして初めてJrを卒業する。それまでは、バックダンサーという立ち位置にしかなれない。
長くJrをやってデビューすると、こう言われがちである、「Jrの方がよかった」。せっかくデビューして事務所を辞める心配がなくなって、なおかつCDを買ったりコンサートツアーをやったり、活動する場所はどんどん増えていくのにだ。そして、何より夢にまで見た主役になる。
しかし、広いステージの真ん中でマイクを握る姿より、ステージの片隅で踊っている姿の方が良かったと思えるのだ。
世の中、なんでもそうだと思う。漫画の人気投票で主役よりも脇役の方が人気なことは多いし、コンテストで優勝した人よりも審査員特別賞の人の方が売れたりする。真ん中に立ち、スポットライトを浴びることだけが魅力ではないのだ。
ライトが一切当たらない暗がりを見ている人はいて、その暗がりにいる脇役を見つけたときは何とも言えない優越感がある。主役は誰にだって見える、というか見せるためにいる。主役が見えることは当たり前で、見えたときの感動はそう大きくない。
大勢の人が主役を見ている中で、私は脇役を見ている、私だけが脇役の演技を知っている。その感覚が常に私を頑張らせていた。
Jrは夢を持つ、目標を持つ。その誰にも見えない夢を私は応援したかったのだ。
Jrを好きな人がみなこんな理由で応援しているとは限らない。たまたま私の自担が舞台の仕事とバックダンサーが多かっただけで、バックにつかずテレビに出て活躍しているJrの子もたくさんいるし、そういう子のファンは違う感覚を持ち合わせているはず。
そして、件のテーマパークダンサーだが、彼らもまるでジャニーズJrのようだなと私は感じた。
テーマパークという枠に囚われ仕事を与えられ、主役になることを夢見ながら脇役として仕事に徹し、いつの日か音もなく目の前から消えていく。
誰かに気づいてもらいたいと思いながら懸命に踊る姿は、見た人の胸にそれは刺さるだろう。
私の場合も、「笑顔がかわいい人だなぁ」と思って見ていたら目が合って、手を振ってもらったのが始まりだ。「見つけた」「見つけてくれた」の瞬間である。
そんなこんなで、テーマパークダンサーはJr担の性癖に見事にジャストミートした。
皆が皆、同じような気持ちでダンオタをやっているとは思わない。ダンスが素敵だったから、顔がかっこよかったから、理由は人それぞれだが、ショーの脇役を見て好きになった境遇は同じなはず。
あまり脇役脇役いっていると怒られそうなのだが、ダンサーもショーの重要な一部だということは分かっているので悪しからず。
そんな私も盲目的にテーマパークのしきたりを守りながら追い続け、今現在は顔と名前を覚えられているところまでいった。パレードの最中に目が合うと「あっ」という顔をされ、今も「見つけた」「見つけてくれた」の関係は続いている。しかし完全にその立場は逆転し、今は私が見つけてもらう側になっている。なんでもそうだが、オタクが優位でいられるのは一番最初、好きになった瞬間だけであるから、これはもう致し方ない宿命だ。
これは私事だが、ダンオタというのはジャニオタに比べれば懐に優しい趣味だが、ダンサーというJrよりも一般人に近い存在のオタクをしている性質上、メンタルが抉られる事案が多いなと感じる。距離が近いため、手紙に書いた内容が次の日のパレードに全てダイレクトに反映されるのだ。そのレスポンスの速さたるや、自動返信サービスかと思う。
ファンサされたり、干されたり、機嫌の良い悪いですぐ態度をころっころ変える一般人に振り回される毎日だが、それでも楽しくてやめられずに1年経った。
ちなみに私の自担くんは今もJrだ。デビューはもうできないだろうと言われている。
脇役だろうとなんだろうと、私は好きな子はいつだって主役だった。
スポットライトを浴びることを夢見て踊る姿は、誰よりも輝いていたし、この子を好きでいることは自慢だ。
Jrもテーマパークダンサーも、儚い存在だけど何よりも強い存在感を放つ。それが人を惹き付ける魅力なんだと思う。
自担くんは今日も劇場で踊っている。テーマパークのダンサーは今日もパレードに出演している。
きっと、今日も誰かの主役になりながら。
最近上京し、地下鉄で片道1時間程度の電車通勤をするようになった。
地下鉄は朝も夜もそれなりに人が多く、他人が使っているスマホ画面が目に入ってくる。
それが楽しい。
関西に住んでいた時も京都から彦根まで、片道1時間以上の通勤をしていた時があったが、だいたい新快速を利用していた為、転換式クロスシート(さっき調べた。こう呼ぶんですね。)という逃げ恥で言うところの平匡さんがみくりさんにキスした時のヤツが多かったため、座っている人が何をしてるかはせいぜい2名分しかわからない。
皆さんの用途は本当に人それぞれで、ゲームやLINE、Twitter、facebook、ニュースやまとめを読んでたりなどなど。
ゲームはパズドラやモンスト、ツムツムやLINEの指でなぞる何かなどが多いと感じるが、たまにかわいいSDキャラな女の子が超次元サッカーをやるゲームなど、知らないゲームのプレーを見る事が出来るのは楽しい。
女子高生がスクフェスやってたりすると、マジで流行ってるんだなーと感じるし、おばさんがiPad縦持ちであんすた?をやってたりするのは職人を感じる。
おじさんがマージャンや銃で暗殺するゲームをやっていたらなんか安心する。
アニメとか見てなさそうなお姉さんがソードアートオンラインを見ていたり。
Twitterは発言内容を検索してアカウントを特定したりも出来る。
「正しさハラスメント」という言葉にマサカリ被害者の会もモヒカン族も盛り上がってる今日この頃いかがお過ごしでしょうか。
「マサカリを投げられると萎縮する」とか「そんな言葉を出すと指摘する側が萎縮する」とかの発言や、
文章に書かれていない相手の意図や感情を推測して藁人形をせっせと作ってる姿が見受けられ、
SA☆TSU☆BA☆TSUとした感じがインターネッツって感じがして大変よろしいかと存じます。
そもそもどちらの立場も相手の話を聞かずにワーワー喚いてるんだから、そりゃ収まるわけないでしょ。
お互いに妥協点なり落とし所を探ろうとしないんだし。
なんでそう「0か1か」みたいに極端な考え方しかできないんかね。
他人と意見を交わすのであれば、色々な前提が相手と食い違っているのを覚悟しなきゃ。
それが分からずに、あーだこーだ説明して理解されずにただ怒鳴ったり、
言葉が足りないのだと勘違いしてひたすら説明を積み重ねて余計に相手を混乱させたり。
まったくどこの幼稚園児だよ。
まずは相手の信頼を掴みなさい。
見ず知らずの赤の他人にとやかく言われたって、門前払いにされるか、体よく遇われて言葉は右から左に聞き流すだろ?
だから最初に信頼を得て、最低限の人間関係を築き、その信頼関係に乗せて言葉を届けなけりゃいけない。
お前が本当に何かを伝えたいのであればね。
そしてお互いの前提を把握しろ。
相手が「何を大事にしているのか」「何を基準に善し悪しを測っているのか」を質問を投げ掛けつつ理解しろ。
特に「相手のプライドの根幹がどこなのか」ははっきり見定めないといけない。
相手のことをちゃんと知ろうぜ。お前が本当に何かを伝えたいのであればね。
すごく子供っぽいと思うのが、ストレート過ぎる否定の言葉を投げる迂闊さだね。
「バカ」と「アホ」が関東と関西でニュアンスが逆になるように、
冗談で言ったつもりの表現が相手には屈辱的な表現に聞こえることだってあるんだよ。
ちゃんと言葉は選ぼうね。
お前が本当に何かを伝えたいのであればね。
程度問題ってね、0か1かの結論がスパッと出ないから程度問題って言うんだよ。
そういう問題の性質を無視して「これはダメだ」とか「これでいいんだ」とか言ってても無意味だ。何の役にも立たん。
むしろ相手がそういう決め付けた主張をしているときに「具体的にはどんな場面を想像していますか?」くらいの質問ができなきゃ大人じゃないよね。
単純な基準で割り切れる話じゃないんだから、色んな立場、経験、人生を持つ多くの人が意見を公開して、
お互いの意見の違いを知った方がいい世の中になるよね。
最後に「自分の理屈は完璧で、相手は論破されているが、それに気付かず無駄な反論をしてくる」と思ってる輩へ。
バカかと。アホかと。
そのお前の理屈にも意識していない前提があってそれが正しいと思い込んでるから、そんなふうに思えるんだよ。
そこんとこ、よーく内省してご覧よ。
お前が本当に何かを伝えたいのであればね。
結局、相手に自分の意見を本当の意味で伝えて、相手に受け入れられなくても一意見として受け止めてもらえなければ、周囲を変えていくことなんてできない。
お前が今色々吠えているのは、周囲に無視されたいからじゃないんだろ? 話を聞いて欲しいんだろ? 何かしら自分の望む方へ変わって欲しいんだろ?
え、そうじゃない? 単にムカ付く主張を潰したいだけ?
関西で泊まった正月の宿で、混むからと言われ朝食会場に早めに行って開くのを待ってた時に来た関西の方と思われる老夫婦。
旦那さんの方が様子がおかしくて、奥さんの言動から推測するとどうやらアルコール依存で奥さんが寝てる間にどっかから酒を調達して飲んじまったらしい。
並んでいた私たちに機嫌良く話しかけてきて、しかしフラフラでまともに立っている状態をキープするのが難しいように見えた旦那さんは、奥さんから座ってて!と言われて床に座ったり転がったりしていた。我々への軽口と楽しげな表情やしぐさは、確かに酔って陽気になってる人のようにも見えたが、意外にも酒臭かったりはしなかった。
そうこうしている間に開場待ちの列が本格的に出来始め、旦那さんは他の人達に合わせるためか立ち上がろうとした。その時バランスを崩し後ろに転倒、そこにあった立て看板を背中で吹っ飛ばし破壊はしたが、更に後ろにあった壁の前にうまく倒れたため幸い壁や床に頭を打つことは免れた。
周囲の男性陣に助け起こされた旦那さんに奥さんは怒り、嘆き、その身体を叩いた。合間に周りに謝り倒しながらおそらく壊した看板の件を謝りにフロントに行くためか、旦那さんの腕を掴んで壁の横のエレベーターに乗って去って行った。
(ちなみに立て看板は元々半壊状態をテープで修復していたものだったので、多分弁償と言う話にはならなかったと思われる)
二人とは朝食後にチェックアウトを済ませて乗ったエレベータで再会、再び謝られた。一時間以上経っていたからか、フラフラがマシになっていた旦那さんは普通の状態に戻りつつあったように見えた。こっちに手を振るまだ機嫌の良い状態の旦那さんと、頭を下げる奥さんに見送られて宿を出た。
「依存症の旦那さんが、おそらく奥さんが寝ている間にホテルの自販機で酒を買って飲んだ。酒臭くないのにフラフラしていたのは服用している薬との飲み合わせのせいで身体の症状が強く出ているため」
明らかに依存症の旦那さんはまあ「わかる」。一生断酒は大変だろうなと思う。我慢できなかったのだろうなと思う。
朝食会場の前で、奥さんは旦那さんに向かって半泣きの声で訴え、私たちに謝りながら「この人治療中なのにまた飲んだんです、また病院に行かないと」「もう、どうしてまた、飲んじゃったの?ねえ、どうして」と言っていた。
見た目は『懲りずにアルコールに手を出してしまう夫に苦労させられている可哀そうな奥さん』だった。
でも何故か私が感じたのは『奥さん迂闊やなー』だった。
なんで治療中なのに旅行?旅行って酒を買う機会・口実を与えるようなものではないの?
宿では24時間自販機から酒を買えるのに?(知らなかったのかもしれないけど)
耳にした言葉のイントネーションから関西の方のようにみえた。墓参に伴う宿泊だったのなら日帰りもできたのではなかろうか?なんでこんな展開になるかもしれない状態の旦那さんを連れてわざわざ宿泊したのだろうか?何で?
何でフラフラで歩くのも覚束ない状態の旦那さんを朝一で食事に連れ出す?まともに食べられるとでも?連れ出すとしたら薬もアルコールの効果も薄れそうな朝食時間終了間際の方がどう考えてもマシなのでは?
等々、ずっとモヤモヤしたまま家に帰ってきて、Wikipediaのアルコール依存症のページを見てみたら、奥さんが典型的な「イネーブラー」「共依存」のパターンだと知ってモヤモヤは晴れた。
結婚式を年末の引越し前にやったおかげで、久々に再会できた人もたくさんいてありがたかったなあと。
結婚式のお誘いがきっかけになって、二次会来れないけど忘年会やろーとか、引っ越す前にゆっくり飲もうと言ってくださる人もいてとても嬉しくありがたかった。
28年間東京で過ごして来て、会社の送別会は何回かあるけど、友達にやってもらうこともすることもほとんどなくて。
今まで腐る程飲んで来た時の遊んで来た時の写真をアルバムにまとめてプレゼントしてくれたり、メッセージをくれたり送別品、結婚御祝品をくれたりしてとても感動した。
私は基本的に嬉しい時より、悔しい時、悲しい時にしか泣けないタイプなので結婚式でも、送別会の時も泣くことはなかったけれど、とーっても感動していた。
一人っ子だから人一倍人と関わらないと孤独を感じるから友達を優先して生きて来たけど。昔いじめられたこともあるから、人に嫌われるのが何より怖くて。
友達とどんなに楽しい時間を過ごしても嫌われてないかな?とか不安だった。
だから、仲良い友達に対して自分の感謝とか信頼してることとか伝わってるかな?て不安だったのだけど、こういった送別会や、メッセージをもらうことで、私も他人に対して少しはいい影響を与えたり必要と思えてもらってたのだなあと、形を持って実感した。そして酒飲みでよかった笑。
漫画家の犬山紙子先生が以前、毎年盛大な誕生日パーティーを開いてもらえるキャラが羨ましいと言っていた。個室で部屋とか飾りつけしてオリジナルケーキが出てくるような。
私も少なからず憧れていた。
誕生日パーティーを開いてもらえることだけが友情をはかるものさしじゃないからね。
でも今回送別してもらう機会、結婚を祝ってもらうという一生に一回しかない機会を与えてもらって、友達の大切さ、今まで大事にしてしてきてよかったと絆を感じることができた。
犬山紙子先生が言ってたのは、そういうことを定期的に実感できるからいいなあと言っていたのかな〜
東京から関西に引っ越すわけだけど、正直こうやって送別してもらうたびに身に染みてすこーし不安になる。
でもやるしかないし、私としての人生は一度きりなので東京だけ知ってるのはもったいないので、関西でもおんなじように送別してもらえるような友達を作ることを目標にしようと思う。
旦那さんは、遠距離で離れてるとあんまり優先的に考えられないけれど、これからは家庭も大事にしながら。でも、『あの子結婚してから疎遠になったね』と言われる奴になりたくないなあと思う。
出来る限り家庭も友達関係も大事にしていきたい。だって男性は何年経っても同窓会とか、友達と会ってるし。
いくら子育てメインになるからって妻だけ友達と疎遠になる理由にはならんよね。
関西弁はすぐうつって使い出すと思うけど、根本の性格は変わらないので末長くよろしくお願いします。そしていつも関わってくださる方へありがとうと伝えたい