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はてなキーワード: 法規範とは

2018-07-07

anond:20180706182250

これは自分オリジナルではないけれど、

死刑存置派→袴田事件を目の前にしても、誤判があっても死刑はありうるべき

死刑廃止派→オウム事件を目の前にしても、あらゆる凶悪犯も死刑にすべきではない、死刑はあってはならない

と表明できなきゃダブスタなっちゃうので、その理屈はどちらの立場でもそれぞれの素朴な“感情”にはどうしても相反するんだよね。

ヘタレな私は理屈屋であり感情屋でもあるので、どうしてもそこがクリアできてません。なのでどちら派とも表明できません。ダブスタ野郎すみません

一方、「オウム事件のような冤罪じゃないことが明らかな事件死刑もいたしかたないんじゃね」って人に対しては、心神喪失者には死刑執行できない、とされている刑事訴訟法479条1項の規定を今回どうやってクリアたか、“執行時”の彼が心神喪失でなかったか、ってメッチャクチャしかったと思うんだけど、と問いたい。ホント今回はその点誰がどう担保したんだろう???

情報リークによる死刑のショー化の議論はもとより、そこの議論をすっ飛ばすのって正当性担保の面でも超絶に危ういよね。そこらへん指摘してる報道はあったのかな?弁護士会声明突っ込みはあったのかな?

彼の行ったことがほんの少し想像するだけでも身の毛のよだつ、筆舌に尽くし難いという慣用句なんかではとても回収しきれない、絶対に許してはならない最低最悪なものだったということはほぼ衆目一致するところだと思うけど、それでも、そうだとしても、国家による究極の刑罰である死刑執行が“正しいもの”とされているギリッギリ最低限ラインの「正しい事実認定の確定裁判に基づき、正しい法的手続きを守って執行された」が今回成立してたかどうか。これが成立してないとすると、日本法治国家であることを放棄したこと同義なんだが。この国はそのラインまで堕ちてしまたか、それとも以前からずっとこういう国だったのか。

【追記】

存置派・廃止派に関係ない話だけど、死刑執行の期間の問題代表として、国家の究極の刑罰の根幹の規定が、運用・慣例・前例によって一部骨抜きにされ、一方で共犯者同時執行原則とか執行基準みたいな運用・慣例・前例しかないもの事実上法規範化しちゃってる、ってのは、いかにも、“空気”が大事なこの国らしいあり方と思いませんか?良くも悪くも。

2018-05-28

同調圧力に屈しないこと。それは正しいのか?

近年、同調圧力に屈しない事が正しいこととして扱われる傾向があるように思います

飲み会への参加を断るだとか、学校での同調を迫る雰囲気辟易して学校へ行くことをやめるなど様々な場面で同調圧力への抵抗が現れています

話を進めるに先立ちまず前提として言っておきたいのは、わたし個人としては同調圧力が悪しきものだと考えているという事です。

同調圧力に抵抗する事には大抵、抵抗した者を排除する作用が伴います。そして日本においては集団から排除を受けると、実社会生活が満足いくような形で立ち行かなくなる可能性が高いと言えるでしょう。

そのような意味圧力に抵抗するということは、個人意思決定自由実質的に奪ってしまうと言えるといえます

そして人間は皆、自由な内心に従った意思決定をし、その意思決定に基づく行動は社会的法規範および他人人権侵害しない限りにおいて、許されてしかるべきだというのが私自身の根本的な思想なので、上記のように同調圧力自体は悪しきものと考えています

話を戻しましょう。

では同調圧力に抵抗する事は正しいのでしょうか。

もちろん、同調圧力により強い精神的苦痛を受けて死を選ぼうとする人は同調圧力から逃げる事を選ぶべきでそれが正しい手段でしょう。

宗教的議論はあるにせよ、死んでしまえばそこで何もかも終わりになってしまうのですから、命を終わらせる前にまず同調圧力から逃げてみるべきだからです。

しかし、そのような段階に至る前において同調圧力に屈しない事が正しいと言えるでしょうか?

最近は「飲み会なんて行く必要はない」「学校なんて行きたくなければ行く必要はない」と言った発言がよくされており、このような発言には肯定的意見がよく寄せられています

結論から言うと私はこのような考えは「現状では」間違っていると思います

何度も述べているように、同調圧力は悪しきものです。しかし、実社会に目を向けて見ると、飲み会に参加する人の方が職場での居心地が良くなる傾向があるでしょうし、学校にしっかり行っていた人の方が将来的な選択肢が広がる(すなわち自らが望む進路に進む事ができる可能性が高くなり、その中で報酬としての金銭を得る事ができる)傾向があると言え、同調圧力に抵抗しないほうが良好な生活環境を維持しやすいでしょう。

私たち社会の中で生きる存在ですから、このような社会傾向から目を背けることはできません。生活にはお金必要であり、お金を稼ぐには働く必要があります。そして異論はあるにせよ、一般的には良好な生活環境には良好な人間関係を築く必要があると言えるでしょう。

社会的に大多数の人にとっては良好な生活環境を維持する事が重要でそのための選択が「正しい」選択と言うべきでしょう。(自分の信念を貫く事が重要であるという人もいますが、そこまで強い人はなかなかいないものです。)

「現状において」この両者を実現するためには基本的同調圧力に従うほかないのです。

なぜなら「みんないやいやながらも同調圧力に従っているから」です。

これには他人が辛いからといって自分までその辛さを受忍する必要はないというという批判があるでしょう。しかしこれは綺麗事にすぎません。このような発言基本的他人と同じ辛さを受忍させられる側から出るものと言えるでしょうが人間聖人でもない限り自分が辛い時に辛くない他人を恨めしく思ってしまものです。

すなわち、「現状では」同調圧力に抵抗しない事が自身生活の質を上げるという意味において正しいのです。付け加えるなら、同調圧力に抵抗しつつ良好な生活環境を維持したいと「他力本願的に」望むことはむしろ自分勝手で無責任が過ぎると言うべきではないでしょうか。

では同調圧力に抵抗する事が正しい事だと言えるためにはどうすれば良いのでしょうか。

これに対する答えは、現在社会傾向を変える事でしょう。

そんな事できないよ、という声があるかもしれませんそしてその通りかもしれません。

しかし、同調圧力に抵抗し、かつ良好な生活環境を手にしたいのならば、少なくとも社会傾向を変えるなんらかのアクションを起こすべきです。わたし自身はどのようなアクションを起こすべきかについての明確な答えを持ち合わせていませんし、もしかしたら同調圧力に抵抗する事自体がその答えなのかもしれません。それ故、ここまでのわたしの主張もまた無責任ものかもしれません。

しかし、現在の、同調圧力には従わなくても差し支えないだろうという風潮が社会的に広く認容される可能性もありますが、これ以上広がらない可能性もあります。とすれば、仮に後者のようになってしまった場合、結局同調圧力に抵抗した人は良好な生活環境を維持する事ができなくなってしまうことになる可能性が高いでしょう。このように考えるならば「現状において」同調圧力は屈しない事が正しいとは言えないのではないでしょうか?

この問題わたし自身の「同調圧力は悪しきものだ」という考えと、「しか同調圧力に従う事が現状正しいのだ」という相反する考えが衝突する場面でもあります

後者現在社会的風潮とは異なるものかもしれませんが、同調圧力に反対する者として、「同調圧力に従わないことが正しいのだ」という「同調圧力的風潮」に抵抗する事が、現在社会的傾向を変えるための私なりの答えです。

2018-04-25

NTTによるブロッキングの何が許せないのか」の説明を補強してみる

NTTによるブロッキングの何が許せないのか」http://kumagi.hatenablog.com/entry/why-ntt-blocking より。

憲法電気通信事業法関係

そもそも憲法って?

憲法(けんぽう)とは、統治根本規範(法)となる基本的原理原則に関して定めた法規範をいう(法的意味憲法)。 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%86%B2%E6%B3%95

電気通信事業(でんきつうしんじぎょう)は、電気通信事業法第2条に規定する電気通信役務を行う事業のことである。
...
4. 電気通信事業
電気通信役務他人需要に応ずるために提供する事業放送法第118条第1項に規定する放送局設備供給役務に係る事業を除く。)
5. 電気通信事業電気通信事業を営むことについて、第9条登録を受けた者及び第16条第1項の規定による届出をした者
...

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E6%B0%97%E9%80%9A%E4%BF%A1%E4%BA%8B%E6%A5%AD%E6%B3%95

前提知識

憲法二十一

電気通信事業法

なぜ電気通信事業法検閲禁止秘密保護が含まれるのか?

憲法21条に規定されているから。構成郵便法とほぼ同じ

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%B5%E4%BE%BF%E6%B3%95

検閲禁止秘密保護業務関係

そこで、違法性阻却を用いる (正当業務行為違法性阻却事由とするのが現代一般的解釈)。

興味がある方は『「通信の秘密」の数奇な運命(要旨) - 序章「通信の秘密」に関する制定法の制定経過とその後の解釈の変遷調査』を読んでください。

http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/policyreports/chousa/next_generation/pdf/080523_2_si8-7.pdf

憲法検閲禁止通信の秘密を守れと言っているのだから通信の秘密は固く守られている。中身を覗く行為原則違法であり、違法性阻却 (違法推定される行為について、特別事情があるために違法性がないとすること。) により直ちに違法としないとの解釈がなされている。違法性阻却は珍しい論理のように聞こえるかもしれないが、お医者さんもメスで体を傷つければ傷害罪を侵しているが、医療行為を行うために必要である範囲において違法性阻却がなされている。

また、

は「従事する者」にかかっているので、通信の秘密を侵す違法行為主体個人にかかってくることに注意。

DNS ならブロッキングしてもいいじゃない? → だめです。ISP提供する DNSルートサーバーへの中継を行っているに過ぎず。通信検閲にあたります

ここまでのまとめ

合法ブロッキング児童ポルノブロッキング

合法ブロッキングの例

迷惑メールが一時期問題になりましたよね。今は OPB25 (ざっくり言うと個々人が直接メールの中継をすることを禁止する方法) によって、個々人を踏み台にした迷惑メールが送れないようになっています。このために慎重な議論がなされ「特定電子メールの送信の適正化等に関する法律」が制定されています立法によって合法的にブロッキングを行っている例です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%AE%9A%E9%9B%BB%E5%AD%90%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%81%AE%E9%80%81%E4%BF%A1%E3%81%AE%E9%81%A9%E6%AD%A3%E5%8C%96%E7%AD%89%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%B3%95%E5%BE%8B

このように合法的なブロッキングができる前例があるのだから裁判所違法認定されたサイトへのアクセス禁止する」立法を行って合法的にブロッキングすればいいのです。

児童ポルノブロッキングの例

児童ポルノインターネット性質上、一度流出してしまえば回収が困難であり、同時に基本的人権侵害身体への危害を伴うものであるからブロッキングしても緊急回避として違法性阻却が行えるとのものです。詳しい議論は「ブロッキング法律問題」を参照してください。

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/2018/contents/dai3/siryou3.pdf

これは本来立法によって合法化するべきものだと思われるのですが、誰も児童ポルノブロッキング違法だと訴えない → 裁判所判断しない。ために現在認められている方法です。今回の海賊版サイトブロッキングにもこれが用いられるでしょう。

ここまでのまとめ

守るべき順序について

児童ポルノブロッキングにおける議論では「法益権衡の要件との関係でも財産権であり被害回復可能性のある著作権を一度インターネット上で流通すれば被害回復不可能となる児童権利等と同様に考えることはできない」であったように、回復可能性のある著作権侵害優先順位が低く、

著作権侵害被害額<通信の秘密児童人権

でした。なぜ通信の秘密重要か?

「誰も児童ポルノブロッキング違法だと訴えない」と書いたように、社会通念上許容されるであろう範囲検閲範囲を広げると、名乗り出ることを恐れて誰も訴えることができなくなり、検閲範囲は際限なく広がってしまうのです。

児童ポルノ議論が行われた10年前の慎重な議論をすっ飛ばすと

10年前の著作権侵害被害額<通信の秘密<昨今の著作権侵害被害額, 児童人権

とできるかもしれません。しかし、果たして昨今の著作権侵害被害額は本当に回復不可能なのでしょうか?ブロッキングによって漫画の売り上げは来月から月に 500億円 (これは市場規模の 2倍に相当するはず) も上がるのでしょうか?

しかし、所轄官庁が「ブロッキングせよ」と言えば電気通信事業者はそれに従わなければなりません。それを覆すには最高裁まで争うしかないのです。

5京円に突っ込む人もいますけれども (なんで 5,000兆円でないのだろう)...

だが仮に毎日5京円ぐらい損害が出てたらブロッキングもやむなしかもしれない。

それほどの損害が生じていたら原状回復不可能ですよね。5京円は冗談としても、売り上げが突如ゼロになってしまい、回復させる方法が他にないとしたら緊急回避は認められるでしょう。ただし、線引きについては裁判所なり立法解決する必要が生じるはずです。

本当に ISP悪者

そもそも違法サイトを利用することによる損害は誰によって作られているのでしょうか。違法サイトによって損害が生じるためには

責任の度合いは、

通信事業者 < 利用者保護提供するもの運営幇助する者 < 運営

の順ではないでしょうか。

実はそのようにしてIPパケット通信すら合法性が自明ではない上で運用されているのが通信の秘密だ。お陰で通信事業者はただの土管に徹する事になる代わりにその通信が仮に犯罪に使われていてその通信媒介することで結果的にその片棒を担がされたとしても不可抗力として裁かれる事はない(多分)。

米国DMCAが制定され、プロバイダー (これは ISP だけでなく、サービス提供者も含む) が免責されるための手続きが、Takedown なのですが、日本ではそもそも合法性が認められた範囲しか ISP は関与できないため、違法サイトの利用において通信事業者に違法性を問うことは難しいと思われます

ロビー活動の前にやるべきだったこ

(後で書く)

米国の例についても書きたい

http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/policyreports/chousa/next_generation/pdf/080523_2_si8-5.pdf

2017-05-26

女性宮家の何がやばいか、大河ドラマ『直虎』をベースに考えてみる

民進党女性宮家の創設を進めようとしている。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS17H4O_X10C17A5PP8000/

ぶっちゃけ、何が問題いまいちピンと来ない人が多いと思うので、自分なりに考えをまとめてみたい。

日本における天皇とは憲法にも明記されているとおり、国の象徴である

そして、その天皇家血筋を絶やさないために連綿と受け継いできた、不敬な言い方をすればバックアップにあたるのが皇室である

ここで本質的重要なのが「血筋」を絶やさないことである以上に「家」を絶やさない、ということ。

なぜ「家」を絶やしてはいけないか、について皆さんにしってもらいたくて、この文章を書いているので、最後まで読んでもらいたい。

皇室日本において、約2000年続いてきた伝統である

そして、その基本的ルールが「万世一系」、つまり男系宮家を維持し続ける、ということだ。

これはざっと分かりやすく言えば、皇室以外の完全な民間出身男性宮家に迎え入れない、ということ。

我々日本人は、このルールを千年以上守り抜いてきた。

そして、その歴史の上にはじめて、現在民主的国民国家象徴として祀り上げられて然るべき「天皇」という存在国民誰もが(程度の差こそあれ)尊重することができている。

日本の歴史上、天皇家に娘を嫁がせて「外戚」として権勢を奮った人物は多数いるが、「息子」を天皇家の婿に入れた人間はいない。

蘇我藤原・平・徳川といった、時の最高権力者でさえ、息子を天皇家に婿入りさせようなどとはしなかった。

これは、現代日本法規範である皇室典範まで受け継がれており、典範には、女性皇族皇族以外と結婚した場合皇室から離脱すると規定している(女性皇族結婚後も皇室にとどまる女性宮家の創設には皇室典範改正必要になる)。

ここで素朴な疑問として「でも、皇室男子が少ない現状、バックアップを増やすはいいことじゃん」と思う人も多かろう。

一見すれば、昨今の男女同権思想立場からも、賛同の声が聞かれると思う。

だが、これは現代日本という国の歴史における今この一点の判断で、安易に変えてしまってもいいルールなのだろうか。

これを分かりやすくするために、大河ドラマ『直虎』を例に出し、女性宮家を認めることのリスク説明したい。

ことの重大さが伝わりやすくなるよう、ある程度設定を改変するがご了承いただきたい。

・・・

ここに、1000年以上、自分たちを「井伊の民」と自覚してきた民と、そしてその領主である井伊家がある。

井伊家は相次ぐ争乱により、直系の跡取り男児は、先代当主直親(三浦春馬の子、虎松(寺田心)しかいなくなってしまう。

そこで、井伊家では虎松が成人し、当主を名乗れるようになるまで井伊家の血を次ぐ先々代当主の娘・直虎(柴崎コウ)に任せることにした。

ドラマではこの時点で直虎は既に出家し「生涯結婚することはない」という状態であったが、今回は直虎が出家をしていなかった場合を考えよう。

直虎は当主の重責を果たす中で、いつもそばにいてくれた幼馴染で小野家の現当主・政次(高橋一生)との愛を育んでしまった。

しかし、小野家は元々井伊家と敵対していた今川家の家臣。そのまま結婚し、子が生まれれば小野家の第一子となり、井伊家の名字は無くなってしまう。

そこで政次を井伊家に婿入れさせることになり、井伊政次と井伊直虎の子・政虎(仮)が生まれてきた。

さて、ここで、考えてみよう。井伊家の跡取りは虎松か政虎か。

から言えば、前領主の子であり本家本流の虎松が跡取りとして正当であるはずだ。

しかし、もう一方の政虎は現当主嫡子である。井伊の民にとっては「自分たち象徴」「井伊のアイデンティティである直虎の一人息子が政虎なのだ

これは、井伊という国を真っ二つに割りかねない、致命的な問題なのだ

井伊の民は、政虎を当主として認めることができるだろうか。

自分たちを「井伊の民」と名乗らしめるのは「井伊家」という一つのストーリーであり、1000年に渡る自分たちアイデンティティの中心にあるのは井伊の「家」である

政次は井伊の血筋とは全く関係のない小野家の人間であり、その子・政虎には井伊家の血が入っていたとしても、小野物語を受け継いだ人間である

もちろん、婿入りはしていたとしても、人が生き、人が伝え、人が託した物語とは、制度上の言い訳で誤魔化しきれるものではない。

もっと、肌で感じる「何か」のはずだ。

虎松ではなく政虎が当主になるとは、その瞬間1000年の歴史ある「井伊のストーリー」が、「井伊と小野ストーリー」あるいは「井伊のストーリー小野編)」に変わってしまう、ということだ。

日本では馴染みがないが、イギリスフランス王家では、女系宮家が婿に迎えた男子やその子王統を継いだ際に「●●朝」の名前が変わる。1000年続いた井伊谷の「井伊朝」が「井伊・小野朝」あるいは「小野朝」に変わる。間違いなく日本の「大和朝」は一つのターニングポイントを迎える。

しかも、小野家にはなんと先代当主を死に至らしめた事件黒幕という噂もある。

であれば、今回の一連の騒動は、小野による井伊家乗っ取りだと誰もが思うだろう。

さて、今回の例では、井伊の人々の思いも虚しく、最終的に息子への情愛に流された直虎が、自らの子である政虎に井伊家を継がせ、小野家臣団と井伊家臣団は統合されてしまう。

その後、反発した井伊家譜代の家臣団は弾圧を受け、排斥。井伊の民にとって「井伊」という言葉はその土地意味するだけのものとなってしまった……。

つまるところ、史実通り井伊家が井伊家として徳川末代まで残ったのは、この時の直虎が出家をしており、子を為さず、直系の後継者・虎松を育てたかなのだ

・・・

皇室女性宮家を認める、というのは近い将来この事態を受け入れる、受け入れてもよいと認めるということである

認めるか、認めないか判断を下すのはもちろん、主権者である我々日本国民一人ひとりだ。

女性宮家民間男性からまれ子供が、将来天皇になる、というのは、約2000年の間、我々日本人が連綿と受け継ぎ、守り抜いてきた1つの大きなストーリーを終わらせるということに他ならない。

あまつさえ女性宮家が迎え入れた民間男性外国人だとすればどうなる。イギリス皇太子や、韓国大統領中国共産党書記長の息子とも結婚することさえ可能なのだ

その可能性は、日本人として、認めていいのか。受け入れていいのか。

いざその瞬間、女性宮家婚約者を発表したときに、過去現在未来全ての日本人絶句するような相手でないと、誰が言い切れよう。

少なくとも、その時点から先にある「日本国象徴としての天皇」は、遡ること2000年間の全日本人が知り、崇敬し、仰いだ「天皇」ではない。別の何らかの意味合いを持った「天皇である

その物語を「日本の象徴」と認めることは可能なのか?

私は、女性宮家の創設には断固反対である

天皇家が今のかたちで現存しているのは、過去全ての日本人が「天皇家に取って代わる」という最後の一線を踏み越えることのなかった歴史の上に成り立っている。

自分たちにとって、神聖ものを、神聖なままに、尊び、敬う」という我々日本人の心の歴史が「万世一系なのだ

女性宮家の創設とは、過去あらゆる時点における日本人尊崇の念が無に帰す、不可逆の一手であることを知ってほしい。

2016-07-08

http://anond.hatelabo.jp/20160708090926

違うよ。これはただのバカだよ。

憲法バカなら、前文に法規範性はみとめないよ。

2013-12-13

この前の話

@**********様

以前の人権規定私人間効力について、思ったことを書きます。(メールツイッターだとアレだし、他にいい手段を思いつかないので、ここを使う次第です。)

初めにお断りしておくと、僕はことの発端となったその本(図書館学に関する本?)を読んでいません。

また、学がないので、憲法学の体系や諸学説の展開を十分踏まえた上での論述ができていません。

完全に自己満足のため、頼まれてもいないのに、自分の思ったことを適当に書いたものですので、当然スルーしていただいて結構ですが、

もし、気が向いたら、的外れであったり、誤りがあったりする点などについて、ご指摘いただけるとご幸甚です。

以下、本題

結論から言うと、

人権」という言葉バズワード

(よく聞く言葉である割に、実は、定義がきちんと定まっておらず、話者によって使い方がバラバラであり、時には話者自身も自分が何を意味するものとしてその言葉を使っているのか分かっていないような言葉

である、と考えます

法律学ちょっとでも齧った者であれば、

人権」と聞けば、まずは、憲法的な意味での「人権」を思い浮かべますが、

そうでない人達は、社会規範上の「個人は人格的に尊重されるべきという前提に立った場合に当然にその個人に認められる権利」くらいに思っているんじゃないかな、

という感触を持っています

しかし、彼らの中でも、具体的にどんな場合に保障されるどんな権利なのかという話になると、人によって言うことバラバラで、

その原因として、「それが権利とされる根拠」「憲法との関係性についての考え方」「権利としての保護の強度」などについての考え方の違いが背景にあるじゃないか、と考えます


「それが権利とされる根拠」のバリエーション

 (1)生来持っている(無自覚自然法自然権的発想)

 (2)そういう権利が認められるべきだ、という社会的合意がある

 (3)社会政策として、そういうことにした方がより良い社会になるので、そういうことにしておくべきである(思想家確信犯)

彼らは高校の地歴・公民で「人権」なる概念に触れますし、まあ、こんなもんじゃいかと。



憲法との関係性についての考え方」のバリエーション

・(1)(2)の立場だと

  (ア)  憲法規定は上記の自然権または社会的合意を単に明文化したものに過ぎない

  (ア-2)上記自然権社会的合意は素晴らしいものなので、当然、憲法法律かで明文化されていないはずがない。

  (イ)  憲法規定(およびそれについての裁判所解釈)はどのような自然権社会的合意があるのかということの間接的な証拠である

  (ウ)  日本国憲法国家の在り方だけでなく社会の在り方をも定めるものであり、社会的合意のものである(直接適用説?)

 くらいでしょうか

・(3)の立場だと

  (エ)偉い人が考えてつくった憲法にもそう書いてある(or賢い人である裁判官もそう言っている) → だから自分の政策提案は正しい

 という感じなのかなぁ、と。まあ、(ア)~(ウ)もありうるかもなぁ。


権利としての保護の強度」

 ・彼らの統一見

  (あ)社会のある成員は別の成員の「人権」を侵害してはならないし、第三者はそれに加担するべきではない。

 ・バリエーション

  (い)だから人権侵害にあたる行為は全て禁止するべきであり、侵害したものは必ず法的制裁を受けるべきである

  (う)法律のことはよく知らないし、法的制裁云々はよく分からないけど、社会的な非難は受けるべきorはず。

  (え)その他


法律学を齧った一行政官として思うこと

 行政官としては法治主義の建前から実証主義的な立場を取らざるを得ず、

 どんな社会的要請があろうとも、

 行政が他人の権利利益を制限・侵害する根拠として別の人の「人権」を持ち出す場合おいては、

 その「人権」は日本国憲法上保障されているものとして解釈できる範囲を越えてはいけないのではないか

 但し、勿論、他人の権利利益侵害とならない範囲で社会規範としての「人権」を尊重する方法がないか、十分、意を用いるべきである、と考える。

 また、それ以外の場合では、社会的規範としての「人権」の尊重は心にとめておきながら、施策を進めていくべきである

 (が、そもそも、別に人権」とかそういう話ではなく、法規範だけでなく社会規範にも従うことを心がけるべきであるという話に過ぎない。)


○一個人として思うこと

 僕には自由主義者なので、(1)に親和性が高く、

 (3)みたいな「僕が考えたすごい人権」みたいなものに付き合わされるのは勘弁してほしい、と思ってます

 人は本来自由なのですから(というか自由じゃないと不満を持つ生き物なのですから)、その自由の制限は最小限であるべきです。

 「○○した方がいい」というマナー社会道徳レベルで済む話まで、無理に「人権」という概念に取り込んで、それを「守るべき」という価値観押し付けたり、法的に強制することには反対です。

 また、マナー社会道徳を越えて、法的保護に値する権利と言えるものであっても、「どんな場合でも他人の言動を縛るための根拠として使えるもの」とすることにも反対です。


まあ、結局、みんな「人権」という言葉をよく分からないまま使いすぎ。

かつ、よく分からないまま「武器」として振り回しすぎ。

もっと意味内容を限定的にしてくれないと、聞いている方が訳わかめ

少なくとも「基本的人権」なんて言葉憲法上の意味に限定して、それ以外のものは別の言葉で説明してくれた方が議論が捗るのに。

(多分、意図的に混同している人もいるんだろうな、とも)

 
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