はてなキーワード: ベンチャーとは
30代前半で政令指定都市に在住。社員数百人の古き悪しきSIerに勤めている。
年収は500万~600万未満と言う感じで大したことはないが大企業の子会社ということで仕事は安定していて、退職金や企業年金制度もある。古臭い企業文化と将来性の無さに目を瞑れば働きやすい。
最初に転職を考えたのは5年ほど前、ギリギリ第2新卒だった頃。要因は時代遅れの仕事環境。スキルが身に付かず人の管理とエクセル操作ばかりの仕事に嫌気がさした。
勢いで「とにかく東京だ」と考えて無計画に活動を始めた結果、深夜バスで東京に行き1日3社面接して心身共に疲労困憊の中、3社とも面接通過してしまい「もう疲れた...」となってしまった。
実はその時も選考を進めるべきか考え直すべきか悩んで増田に投稿した。すると思いの外反応があり「とにかくチャレンジしてみるべき」「安定して収入そこそこの仕事を捨てるなんて信じられない」「本当に技術的なことに興味があるなら日頃からもっと勉強してるはず」など様々で余計に悩んだ。
結局その時は「まだ今の会社で頑張れることがある」と自分に言い訳をして転職を中断した。
それから5年。結局仕事環境は何も変わらなかった。相変わらず開発環境はインターネットに繋がらないしエクセルで課題管理・進捗管・スクショを取って、subversionでバージョン管理している。
その間、仕事では数人チームのプロジェクトのPMをやったり、個人ではクラウドなりDockerなり勉強してアプリを作ってリリースしてみる、などしていた。
だけれど会社の変わらなっぷりを見て危機感は日に日に増している。別に多くを求めているわけではない。世界を変える仕事や高い収入を求めているわけでもない。エクセル地獄と酷い社内システムを止めて、IE以外のブラウザ、githubやチャットツールが使えてCI/CDできるようなインターネットにつながった環境で働きたいだけだ。でもこの会社にその環境が入る頃には世間から2週遅れぐらいになっているだろう。
最初の転職活動の原動力は希望であったが、今は危機感に変わった。このままここにいては、この会社以外で生きていけなくなる。
そんなこんなでまた転職活動に思い立ったわけだかだ、タイトルのとおりツケが回ってきたと感じる。
それは年齢が上がったこと、そして今年第一子が生まれたことだ。
前回の反省を活かして今回は東京ではなく住んでいる地域で仕事を探し、詰め込みすぎないように進めている。というか詰め込むほどの求人は無い。一応転職先の軸みたいなものはあるが、声がかかるのはベンチャー企業だったり英語能力が求められるところ(当方TOEIC610のクソザコ)が多い。さらには大部分が東京本社の地方拠点扱いでリモートのコミュニケーションがベースになるような環境だ。
ここまでぬるま湯に浸かってきたもう30を過ぎたおっさんがいきなり環境が全く異なるベンチャーなんかでやっていけるんだろうか。自分の適応能力に不安を持ち、古い保守的な考えが染み付いてしまった。
自分だけならまだいい。でも今は子どもがいる。妻も育休を終えて職場復帰する予定なので共働きではあるが、妻は転職に難色を示している。
収入はどうなる。仕事が大変でうつになったりしないか。子どもが保育園に行くようになれば休まないといけない日も増える。いずれは住宅も購入したい。
一人だった頃より考えること、決断を鈍らせる要因が増した。
確かに子どもが生まれた直後に転職なんてリスキーだと思う。だけれど現職に留まるのはそのリスクを先延ばしにしているだけとも考えられる。もし10年後、今の会社が無くなったり人員整理を始めたら自分の行き先は無い。子どもが大きくなるのを待ってから転職しても拾ってくれる会社があるとは思えない。既に遅い自覚はあるが、動くなら本当に今がギリギリだろう。
自分は将来のリスクを見て、妻は今のリスクを見ている。そんな感じだ。
みんな知ってのとおりエンジニアは深刻な人材不足で超売り手市場。2社だけ受けてどちらも内定をいただいた。
仕事内容や技術周りの環境は現職からすれば申し分ない。だけれど前述のとおり、待遇や制度さらには自身の適応能力への不安で決断に迷っている。全ては過去に転職を放棄したツケが回ってきたものだと感じている。身軽なうちに環境変えるべきだった。
スタートアップ系やベンチャー系のつながりで多くの会社を見てきているが
とてもおもしろいプロダクトやサービスがあり一年後どのようになっているのか楽しみだ。
ところが、会社経営をしている人間がItWeb関係の仕事をしていますと
ドヤってくるのでほんと恥ずかしい。
それが情報商材系である。やたらと月収だとか年収だとかをプロフィールに書いていてやってることはせどりである。
副業でどうのこうのと書いていて、そして意識高い系の発言をしている。イノベーションだとかこれからはAIだとかジョブズの仕事術だとか。
お前みたいな何も開発してないようなメルカリ売買してるだけの物販ごときが語るなよ。
しかも会社経営といいながら会社のコーポレートサイトすらなくアメブロかインスタで副業興味あるかた教えますとか舐めてんのか。
最近エンジニアの評価を頑張るとか言ってる会社が多くて、古参ベンチャーとかメガベンチャーがこぞってCTOや技術役員を前に出して宣伝してるけど、どの会社も結局何も変ってないんだよなあ(笑)
消されたくないので具体的な会社名は書かないし、全部自分で見たわけじゃないから名指しはしない(笑)
例えば「エンジニア間で評価を調整します」なんてのは「役員のお気に入りのエンジニアのお気に入りを評価します」の言い換えでしかないからな(笑)
そもそも技術力なんて、いくらでも嘘ぶっこける曖昧な概念なんでいくらでも言えちゃうわけだ。
の言い換えで、結局褒めたい奴を褒めるための方便。マネジメント頑張る宣言でもなんでもないから、お気に入りしか出世しないし、給与も上がらない。
になるだけ(笑)
失敗しない仕事をチームリーダーのサポート手厚くこなした新卒はとんとん拍子で出世しちゃう。
でも中途は技術力があるってタテマエで失敗するかわからない仕事を押し付けられて、成功すれば一緒にやってた新卒の手柄、失敗したら中途の責任(笑)
もちろんそれだけじゃ会社は回らないから、たまに中途も出世させる。でもやってることはずっと同じで、褒めたい奴を褒めるだけ(笑)
本当、騙されない方がいいぜ(笑)
最近の研究によると、人間は不安を強く感じると「動けなくなる」習性があるそうです。
動物として遺伝子に組み込まれた仕組みなのでどうこう言ったところで変えることは難しい状況です。避難者をこのまま増やすことは物理的に不可能です。
台風などで大きな被害が予想される場合、早期に避難所に向かうことに「うれしいメリット」を避難者に与えるようにして下さい。報酬系という脳の回路が刺激され強制的に自主行動が促されます。成功したPayPayの100万円プレゼントキャンペーンもこの原則を利用しています。
命を守るためですから現金をばらまいても良いですし、とにかく誰もが欲しがるもの、コト、サービス等を提供して下さい。報酬は性的なものでも法の許す限り構いません。食欲は少し動機づけが弱いかもしれませんがアイデア次第でしょう。
このような取り組みは行政がすべきことと思いますが、お役所の方々の仕事スキルや常識観では最新の科学的知見に準拠したクリティカルな対応は不可能と思われます。
NPO、ベンチャー関係者の皆様はどうかこのような事実と策が数多くの命を救える手段として存在することをSNSのつぶやきでも構いませんので教えてあげてください。今回助からなかった方々の死を無駄にしてしまわぬように。自分自身や大切な家族をも将来守るために。
ちなみに、人間の行動理解についてはノーベル賞にもなった行動経済学の書籍が参考になります。大変興味深い事実が明らかにされています。早速図書館で探す等、ぜひ一度ご覧下さい。
表現の不自由展騒動がきっかけなのか、最近「アート」に関する勘違いを頻繁に耳にする。
とりあえずポリティカルなことや特定の展覧会や人物の動向は抜きに、アートに対して人々が抱いている勘違いを淡々と正してみる。
文章が読めない人向けに繰り返すが、別に「表現の不自由展」など特定の展覧会や作品の是非について語っているわけではなく、人々が抱く「アート・芸術」に対する先入観について語っている。
前史時代から近現代に至るまで、金銭や作品発表場所など、なんらかの「補助」なしで歴史に刻まれた芸術作品や芸術家はいない。
「補助」は大まかに分ければパトロン系、政府系に大別されると思う。
バッハ、ミケランジェロ、ボッティチェリ、レオナルド・ダ・ヴィンチ…今も知られる芸術家のほとんどは貴族や王族の庇護のもとにあった。特に有名なのはメディチ家。かなりの数の美術作品がメディチ家の庇護のもと、もしくは依頼で作られている。
モーツァルトのようにフリーの音楽家に転身した例もあるにはあるが、彼ですら転身後、晩年は困窮していた。それどころか、主な収入源はやはり貴族などに委嘱されて作った楽曲によるものだそうだ。
現代だと、欧米では自らの作品を売り込んでファンドを得る、ほとんどビジネスマンみたいなアーティストが多い。ビシッとしたスーツに身を包み、自らの作品に新たな価値付けをして売り込む姿は、ベンチャー起業家のそれと変わらない。
こちらは王政・封建制より後の政治体制下の芸術に対する補助。大まかに分けると、プロパガンダ芸術と、政治思想のない(あるいは薄い)経済的補助がある。
-
政治思想とは一定の距離を置いた経済的補助で、一番大規模かつ有名なのはアメリカが1930〜40年代に行った「連邦美術計画」だ。ニューディール政策の一環として、政府が数千人から1万人単位でアーティストを雇い、パブリックアートの制作などをさせるというぶっ飛んだ規模の政策である。
因みに「連邦美術計画」の効果は凄まじいもので、その後巨匠と呼ばれることになるようなアーティストを多数輩出し(ポロックやベン・シャーンなど)、抽象表現主義などのアメリカ発の芸術運動がバンバン興った。
それまでヨーロッパ中心だったアートシーンは、この時代の前後を境にアメリカに移ることになった。さらに因むと、未だにアートシーンの中心はアメリカである。その市場規模は、世界のアート市場の5割弱を占め、日本円にするとおよそ3~4兆円。しかも年々拡大し続けている(参考までに、日本の美術市場は2,000億円強 / 中国は1.5兆円弱)。
-
一方、プロパガンダ芸術で有名なのは、ソ連やナチスなど。政府の意向や政治思想に沿った作品を、政府が補助して制作させるというもの。作られた作品は政府の思想を広める宣伝ツールとして使われることが多い。
上述した政治思想とは一定の距離を置いた経済的補助とは違い、題材やテーマなどは厳密に決められており、メディチ家などのパトロンの元での芸術活動に少し近いかもしれない。
ただ、これらの政府の体制下で作られたプロパガンダ芸術は、今のところ芸術としてはあまり評価はされていない。
あくまで個人的な見解だが、プロパガンダ芸術はその性質上大衆向けにならざるを得なく、どうしても前時代的なものになってしまうのが要因かと思われる。 ※ グラフィックデザインなど、一部評価されている分野もある。
なお、これらの国では、現代アート・前衛芸術は「退廃芸術」として弾圧の対象となっていたことも言及しておく。弾圧されたアーティストがアメリカに渡り、祖国に残ったアーティストを横目に名声を得たという例はかなり多い。
上述のようにプロパガンダ芸術にあまり価値が見出されていない現状を考えると、一見正しい意見に思える。
だが「20世紀を代表する作品の一つ」とまで言われる、ピカソの「ゲルニカ」をはじめ、政治的なアティテュードを有する芸術作品は意外と多い。
現代であれば例えばバンクシーは思いっきり政治的な作品で知られるが、今やアートシーンにはなくてはならない存在だ。
文学・音楽・映画にだって、政治的な意味合いが強い作品はたくさんある。
「政治色をもつ作品はアートじゃない」という言説は、「ジョン・レノンの"イマジン"は政治的なメッセージがあるから音楽じゃない」と言ってるのに等しいのだ。
むしろ、現在享受されている芸術作品で、大衆向けに作られたものはあまり多くはない。
バッハ、ミケランジェロ、ボッティチェリ、レオナルド・ダ・ヴィンチなどに代表されるような近代以前の巨匠たちは、先述の通り貴族や王族むけに作品を作っていた。そもそもが一般大衆向けの芸術ではない。
同時代の大衆向け芸術だと、例えば音楽では吟遊詩人が酒場で歌うリュート曲とかがあるが、現代でも聞かれているかといえばNOである。もちろん、歌舞伎やケルト音楽など、現代まで残っている大衆芸術もあるにはあるが、近代以前の大衆芸術のほとんどは淘汰されている。
-
今現在大衆に受け入れられるアーティストでいえば、おばちゃんが大好きなモネは発表当時ヘタクソだの何だの批判されまくったし、今や知らない者はいないゴッホはご存知の通り作品が1枚も売れないまま精神を病んで死んだ。ストラヴィンスキーやジョン・ケージなどは、初演で暴動間際になったことだってある。
これらの例から、むしろ後世に残る作品は、同時代に生きた大衆の感覚からはかけ離れていたことが分かる。でも、モネは今や企画展の花形だし、ストラヴィンスキーはバレエ曲の定番だし、ゴッホの絵を見ては「俺の方がうまい」とか宣うおっさんは美術館の風物詩だ。どの分野に関してもそうだが、専門性が高くなればなるほど、大衆の感覚はあてにならなくなる。自分の感覚と相容れない現代美術作品を「こんなの芸術じゃない」と一蹴することは自由だが、それらの作品は100年後にはもしかしたら現代におけるモネのように広く受け入れられているかもしれないのだ。
かつて相対性理論が発表当時「完全に理解できるのは世界で数人しかいない」と言われていたのに、(専攻科にもよるが)現在では大学で習うのと似ている。これまでの価値観をひっくり返すような価値のあるものは、常人には理解できず、時間をかけて少しずつ受け入れられていくものなのだ。
この問題については、未だ現代美術に大きな影響を与えているグリーンバーグという美術評論家のおっさんが書いた「アヴァンギャルドとキッチュ」っていう論文が分かりやすい。
この論文は、日本語訳もされているし、原文はインターネットでも読めるが、大衆の感覚と芸術作品の価値の乖離について論じている。要するに、「大衆に迎合し消費される美術」と「前衛的な美術」ならば、後者の方が価値があるっていう内容だ。
80年前の論文なのだが、芸術分野では未だに影響力が大きい教科書の一つ。とても短く、すぐ読み終わるので、興味があればぜひ読んでみてほしい。
作品の題材として「裸の女性」というのは時代を問わずポピュラーだが、19世紀までは神話や聖書の出来事以外で裸体を描くことは不道徳とされた。端的にいえば、不快であり、公序良俗に反するとされた。
実際、マネによって描かれた「草上の昼食」や、裸体の売春婦を描いたとされる「オランピア」は発表当時大問題になった。「現実の女性の裸を描くなんて、淫猥である!不道徳極まりない!下品なメスゴリラを描きやがって!こんなのはアートではない!」というわけだ。
しかし、どちらの作品も今やマネの代表作。オルセー美術館に収蔵されていて、後の時代の芸術家からはオマージュの対象とされるような絵画として扱われている。
一例を取り上げただけだが、時代を問わず同じような現象は枚挙に遑がない。
簡単にいえば、写真が実用化された時に「じゃあ写真でいいじゃん」ってなった。「写真と絵画は違う」という考えに立脚し、ある時点でそれぞれ全く別の路線を歩むことにしたのだ。
で、モネみたいに空気感を描く作家や、セザンヌやピカソみたいに多視点的にものを捉えて一枚の絵に表現する作家が登場した。これらの手法は写真では(簡単には)表現できない。要は「写真じゃなくて、絵画だからこそできる表現」というものが重視されていくようになった。
そして「じゃあ絵画の価値ってどこにあるの?本質って何?」って突き詰めていった結果、「絵の具じゃね?」という話になり登場したのがポロックなどの抽象表現主義。「コンセプトじゃね?」という話になり登場したのがコンセプチュアル・アート。特に後者の現代美術への影響は色濃い。
もちろん、写真のようにリアルな作品に価値がないわけじゃなく、スーパーリアリズムのような動きもあった。ただ、20世紀以降のほとんどの芸術家は、「写真みたいにリアル」であるかどうかとは別の土俵で表現をしていることは知っておいてほしい。アーティストにとって「写真みたいリアルですごい」というのは必ずしも褒め言葉ではないのだ。
分かりやすさを第一に書いたので、表現が正確ではないところもあるし、時代的に前後したり乖離していたりもするが、だいたいこんな感じ。
文章中でも少し触れたが、アメリカや中国、欧州と比較すると日本の美術市場はかなりちっぽけだ。国内でアートがよりよく理解され、シーンが活性化することは、大きなマネーが動く「市場」を生み出すことにも繋がる。先述の「連邦美術計画」などは、政府が美術に注ぎ込んだ「補助」に対して、「年間3兆円強のマネーが動く市場」という計り知れないくらい大きい対価をもたらした。アートにはそんな力があるし、前衛を受け入れる懐を自ら作り出したからこそ、現在のアメリカの立ち位置がある。兆規模の市場から得られる税収は、控えめに言ってもバカにできないはずだ。
アートの受容と活性化は、普段アートに触れない人にも価値がある。少しでもみんなのアートに対する誤解が解けることを願ってやまない。
「起業の数だけ増やしたい」となったらそういうネタばかりになるのはしゃーないわなwww
金も時間もかけないけど儲かりそうな案件。そういうものがどこかにあるんだ!という日本社会の縮図。
誰も儲からない上に、起業家集団はどうしても尊重欲求強い奴の集まりだ。そのうち誰かがマウント取り出して、事業そっちのけで廻りに迷惑をかけまくる集団となる。
「起業家様」だから注意もできないし、まともな起業でも周りの言うこと聞かんような奴がやるものだ。
そうやって鼻つまみ集団となって、新規で人が来なくなって、起業サークルは忘れ去られ消えていく。
悪いけど、学生ベンチャーでまともなのって次のようなものだと思うわ。
指導教授がいろいろ研究したけど、自分が教授という立場捨てる気もない。
受託として割とすぐに儲かりそうだからと学生におこぼれでやらす案件。それぐらいだと思うわ。
このたび・・・といってももう結構昔ですが、新卒でエンジニアとして入社したCygamesを退職いたしました
このブログは可能な限り主観を抜かして事実ベースで書ければと思います。
この会社が1社目ということもあり、転職活動をするまで知らなかったのですが、Cygamesは業界No.1の体育会系らしく、利用した転職エージェントや面接を受けた面接官の方達に「あー君のところは激しいからねw」とよく言われました。転職理由ではネガティブな理由は絶対にいうべきでないというのが定説ですが、私は割とポジティブな理由もネガティブな理由も全部話していましたが、「君のところは確かにそういうところありそうだねw」と、露骨にマイナス評価はされませんでしたし、そういう話をしても同情(?)はしてくれても、1次面接で落とされるということは1社もありませんでした。
Cygamesは上司が絶対であり、間違っていようが決して口答えなどしてはいけないというような雰囲気がある。確かに上司の権限と発言力はとても高い。昨今増え始めた360度評価なんてその言葉すら出てこない。
上司は間違っても決して部下に対しては謝らず、新卒のSlack上での口癖が「誠に申し訳ございませんでした」と「ご指導頂き誠にありがとうございます」である。上司が優秀であれば良いのだが、上記の理由から部署やグループ全体のパフォーマンスが上司の力量に左右されるので、たまに変な人が上にたつと、前期まではイケイケだった部署が急にパッとしなくなるということはよくあった。
えらい方々が開発に関わっている製品のテストをしている最中にエラーが発生することを発見した。調査をして報告をしたが無視をされ、2,3日後に説明なしでアサインを外された。その後他の人に検証のタスクがアサインされ、同じようにエラーが発生して初めてしぶしぶバグがあることを認めた。
あなたも元はエンジニアじゃなかったんですかと言いたくなるが、エンジニアが自動化等の提案をすると、「すぐにエンジニアは横着をしようとする!だから俺はエンジニアっていう生き物が本当に嫌いなんだ!」と長々とお説教をされたことがあった
忙しいのはわかる。だが毎日指示内容が変わるのは本当に困った。開発の進捗を報告すると、「なんで○○なんてしてんだよ!△△すればいいんだよ!早くやれ!」で、△△をして翌日再度報告をすると、「なんで△△なんてしてんだよ!××すればいいんだよ!そんな難しいこと言ってるか俺?」で、もう想像はついていると思うが、翌日××をして報告をすると、「なんで××なんてしてんだよ!○○するに決まってんだろ!」と。「その○○は一番最初の実装方式なんですが、そのときは△△っておっしゃりましたよね?」というと、上記のように返された。
最初は上記のようなことがあってもひたすら謝罪し、最初に実装したものを出し直すということをしていたが、ある程度経験を積んだりすると、ちょっと口答えもしたくなる。人間だもの。だが、上にも書いたように上司のお言葉は絶対なので、口答えをしようもんならとことん罵倒され、もう俺がやるからやらなくていいとアサインを外される。ただし、実際にやることはなく、当初の期限をすぎてから、「うちのエンジニアはまだまだ新人でして、すぐにやらせますからもうちょっとお待ちください」と他の部署に平謝りしている。
毎朝出社すると、まず最初にやるタスクが「今日自分が何をやるか」を30分単位で1日分上司に送ることから始まる。そして30分毎に実際の作業が遅れていないかを逐次報告しなければならない。
基本的にマネージャーは忙しいので、直接話しかけてはいけない。どんな短い話でも、からなず秘書を通してと言われる。ある時などは、「今月は忙しいから基本話しかけないで」とあり、まさかのマネージャーと1ヶ月話さないということもある。これはマネージャーの下にチームリーダー等がいて、その彼らがちゃんとマネージャーとコミュニケーションをとれているのであれば良いのだが、基本マネージャーの下はみなエンジニアで横並びであった。
新卒研修として、駅前で歌を歌わされる研修がある。詳しくは「富士 地獄の研修」とかでググると動画とかいろいろ出てきます。
月に数人程度だが契約社員やフリーランスから正社員になる人もいる。その人たちは、全社員が集まるMTGで、壇上に立ち、感謝の言葉を述べなければいけない。
「正社員になれて本当に嬉しいです!これからも今まで以上に頑張ります!本当にありがとうございます!!」と。新入社員こそ正社員がほとんどだが、ゲームを開発しているメンバーはほとんどが契約社員であり、実質ほとんど正社員はいませんでした。ただ、入ってくる中途の契約社員の方々は、正社員登用を目指して入社してくるらしい(私が仲良くなって聞いた範囲では)。ただ毎月何十人も入社して、そのうち正社員になれるのが数人なので、当然ほとんどは正社員になれない。
Cygamesは給与が完全に年功序列である。年齢毎の給与テーブルが決まっており、新卒でこの会社で経験を積んだエンジニアと、入社したばかりの中途エンジニアでも、年齢によってははるかに中途エンジニアの方が給与をもらっている。
おまけとして、半年間で5日以上休んだらボーナス全額カットというすごい制度がある。
Cygamesのゲームは本当に面白いし、メンバーは本当に素晴らしいと思う方が多かった。
だけど、Cygamesという会社を本当に嫌いになってしまい、転職という道をとることに決めた。今はゲーム開発ではないが、ベンチャーで働きそこそこの裁量とおちんぎんを頂いているので、頑張っていきたい。
数年前まで客として通った。
はじめて行ったのは創業1年にも満たなかった頃だったと思うが、すでに予約が全然取れない状態だった。実際に行った直後はコリが消え、細くなった。この効果が出るのは時間あたり1万5千円以上のサロンだと思っていた。しつこい勧誘や物品販売がなかった。良い意味で男女の別を区別しなかった。(勧誘や物品販売はあったという話もある)
誰でも、どんな姿かたちでもあなたです、それはそれで素晴らしい。エステをプラスすることでなりたいかたちや心地よさを得ましょう、という考え方が従業員にも浸透しており、それまでエステを利用したことがない層も通っていた。これがSNSで口コミを生み出した要因であり、悲惨な最後につながった。
採用的良かったところ
基本的にいつでも採用、いつでも働けて、休みを設定するのも自由だった。一定の技術がクリアされていれば髪型、体型、髪色、肌の色、家族構成、持病など全く気にしない文化だった。規模が大きくなるにつれて最低出勤日数や最大出勤日数が法律に準じて設定されていった。
講習を受けて実技テストに合格すれば、即ジュニアとして働けた。このジュニアの料金がオイルマッサージとしては破格の安さだった。
従業員同士のコミュニケーションは推奨されず、個人個人自律することが推奨された。
実際に客として接する際には、オタクがすぎるなと感じることはよくあったが美容業界を知らない人が突然始めたなら心からの気遣いなだけだなと思う接客で、人間として嫌な思いをすることはあまりなかった。
ちなみに手技に習熟し、一定時間働いた(フルタイムに近い出勤状況で一年程度のようだった)シニアクラスに昇格すると、手取りで30万円以上になるようだった。のちにもっと上のクラスが作られ、手取りはもっともっと伸びたようだ。そのクラスになると、料金はそこらへんのエステと変わらなかった。
学歴も職歴もない女性やトランスが、年齢でも差別されることなく努力でここまでの収入を得られる場所は今の日本にはあまり存在しない。ゼロスタート、美醜を気にせず、マネジメント側になることなく、ユニクロの店長とそうかわらぬ収入に到達できたのだ。
(細かい数字は従業員だったことはないので知ってる方修正してください)
初期の昇級には、秘書検定や英検を義務付けたこともあった。英語、数学、理科などのエデュケーションを社内でトライしていた。
テックベンチャーでは当たり前のことを、他分野ベンチャーとしてやろうとしていた。
採用基準の結果、学歴が低く、バイトや低賃金職をまわってきた従業員が多かったので、学ぶことを教えようとしていた。
内装を日本のエステではありえないほど簡素化した。昔の東南アジアのマッサージ屋のようだったが来店者もエステ初心者だったのでそんなに気にされなかった。
シンプルなサービスから、高価格帯や付加サービスを年々、増やして行った。プロモーション費用はかけず、基本的に口コミのみで客を増やした。
後期には、借り入れをしないことが会社を畳むことに繋がらず、やめた従業員を苦しめた。従業員保護が法的に発動するのは会社が動いてないことが前提であることを痛感した。
悪かったところは簡単に。
客側デメリット
・コンテキストを理解していないと、悪夢。一般的なエステの常識とは違うサービス。
・隣のブースの会話が聞こえる
経営的悪かったところ
・高バック率で現場社員に価格のうちの高いパーセンテージを渡していたので、回転が止まるとそのまま会社が立ち行かなくなる設計だった
・バックオフィス、コールセンター、現場に出ない経営陣が直接コストセンターとなった
・上記のバランスの改善のため、最高級チームを作ったら、普通のオイルマッサージエステと変わらない金額になった
・常にベッドは埋まっていたので新店舗開発に突き進んだ
・社会保険、消費税を名目上とっておきながら、会社として納めていなかった(とされている。そんなことあるのか?)
・全ての行動をきちんと契約の上に行うという行動が伴っていなかった
・最後は給料を受け取らなくてもそのうちよくなると信じた信者社員によって会社が延命されてしまい、未払いに先に苦しんだ元社員が一番苦しむことになった
弱者を救う思想の組織を会社組織で回そうとし、回っていた期間は本当に素晴らしかったと思う。実際に社長が産休中でもほかの経営者で回っていたことはあったのだ。
後期、税金未納、規模拡大、バックオフィスの無計画な拡大などを吸収しようとし、サービスと価格が釣り合わなくなってきたところが最後の転換点だったように見える。ただしそれも、遅配を我慢してきた従業員によってすでに延命されてきた実績の上のことだったのかもしれない。よく担当してもらっていた方が突然やめた一昨年をきっかけに行くのをやめてしまった。
経営には一定の知識が必要であり、従業員としても賢くあらねばならんのだなという勉強になった。
お世話になった方々には本当に励ましたりよくしてもらったので、幸せになって欲しい。今どん底の元社員の方々も明るい未来がきて欲しい。
ところで、これらの経営課題、そしてなにより決算時に違法?脱法?行為を知っていたはずの会計、法務担当の外部士業の方々は何をしていたのであろうか?
実績ってその後サービス終了に追い込まれたnanapiをKDDIに売り抜けただけでしょ?
当時はこんなこと言ってたけど、本人もこのモデルでIPOなんか到底無理だなとわかってたんだと思うよ
その意味では、建前ではビジョンを語りながら、内心は金持ちになりたいだけのスタートアッパーからしたら理想形なのかもね
でも、プロダクトが最終的に顧客に求められなかった、世の中に受け入れられなかったわけだから、起業家としては明確に失敗だよね
こういう人が謎に持ち上げられ続ける風潮があるから、日本のベンチャーエコシステムとやらはいつまでたっても進化しないんだと思うけど
アマチュアに近い連中の投資って事実上の借金で乗数を効かせた為替か上場株ぐらいだってのは見りゃわかる。
だから、チャートがちょっと動けばすぐ儲かったーって話にできる。
だけど、借金で株や為替やってる自覚ないんだろうなというのは感じるよ。
「借金で株や為替をやってるって感覚をなくす」てのも騙しだね。わかって、その上できちんと儲けてるのなら言うことはないがね。
後、本当の投資って、なにか商売をするために資金調達して、あがいて、苦労の末何ヶ月か何年か先に一部が儲かるってレベル。
その際には口先八丁の大言も横行する。もともとからただ金をせびるだけの詐欺師も横行する。まあ、本当の投資家は投資適格者じゃないとしづらいからな。
受託、事業会社、大企業、中企業、零細企業、成長ベンチャー、ドベンチャーとか色々回った、起業はまだしてない
構想、新規開発、新規開発途中参画、リリース直後、3年物、5年物、色々経験した
1人開発も50人開発も経験した
下っ端だったり、リーダーだったりした
金融、不動産、フリマ、仕事系、医療系、CtoC、toB、toC、日本人向け、外国人向け、あとなんだ
男性向けに女性向け、子供向け、老人向け、超人気サービスに、閑古鳥サービス、R&D
これでもまだ全体の半分も見れてない気がする
外資とかまだやってない、管理職やPMとかもやってないし、色々やってない
経験だけで想像することはできるから、6割くらいは何となく分かるが
まだ新しい案件に遭うと「えーそんなパターンも有るのか」と、勉強になり、かつうんざりする(主にうんざり)
何が来ても「そのパターンか」と言えるようになるまで20年くらいは掛かるだろうか?
長いな
1個の職を見渡すのに、恐ろしいほど時間がかかると分かってからは話半分として聞いている
その業界の常識は、同じ業界の別の場所では常識ではないかもしれない
でも少しずつ「そのパターンね」が言えるようになってきた
面談すると大体会社の状況とか悩んでるポイントとか、どうしてほしいのかとか、大体察しがつくから話が早い
もっとそうなりたい
東京でIT企業、いわゆるベンチャー界隈にいるせいかそういうタイプの人が多い
かくいう自分もベンチャー企業にいるのだから、そういう感情が心地よいことは否定しない
でも、それに芯から酔っ払っちゃってる人が多くてそれは凄いなって思う。ワクワクドランカーだらけだよ
自分はかなり醒めてる性格だから酔っ払いだらけの飲み会に一人でシラフでいて楽しめないやつみたいになってる
でもさ、考えてほしいんだよ
仕事のやりがいとかワクワクとか、それは単に脳が喜ぶ反応を受け取ってるってだけで
肉の脂身を食ってるときに幸せを感じるのと対して変わりやしない
たんに脳の報酬系が反応するようなことをしてるってだけ
もちろんそれで幸せな気持ちになれるのは確かだから、否定はしないんだけど
やたら「ワクワクするものに一生を懸けたい」とか、「ワクワクする日々を送りたい」とか
それが人生の至高の目的みたいに行ってる人をみると不思議に気持ちになる
最初は馬鹿みたいって思ってて、次に羨ましくなってきて、その次は不可解にも思えて、最近では興味深いって思うようになった
肉の脂身に人生を懸けるって言われてるような気持ちになるんだよ
もっともだと思うね。でもさ、本来、そういうサラリーマン的に投資が見えるものしかVCは狙わんものよ。
投資がどういうものかを考えたら、期間と費用と想定顧客と収益を元に、想定収益を期間、費用で割って求める。
ただ、「ベンチャーブームが起きている産業」だと、想定収益がよくわからなそうだけど高そう。だから投資する。
本当のところは誰も本当の収益なんかわかってないのにね。
さらに、そういうイメージで高い収益を上げられる!というのが口八丁の大言でできるから、起業家を名乗る詐欺師も横行する。
むろん、本当に儲かる技術になる可能性があるんだけど、起業家なんて食い詰めてるもんだから足元を見て嫌なことを押し付けたり、騙して低い額で奪う、あるいは、全部奪うことを念頭に入れた金を出す側の詐欺師も横行する。
詐欺師詐欺師というが、詐欺なんてのは騙す意志があったっていう立証と証拠が必要なんだが、そんなのしっぽを掴ませなければいいだけ。
若い起業家というけどさ、騙しもテクニックだから、だんだん本業より騙しのほうがうまくなっていくから「若い奴しか求めてない」というのも相当あるんじゃないかな?
まあ、実際やってる人間もこういう商品ができれば儲かるだろうというのがあったとする。だけど、顧客側か、商品側か技術的に全部固まってなければ、「騙し」になるなるんだろうけどね。
だから、起業家出身の詐欺師も多いという。まあ、起業家なんてものが大言を持って出来てないものを出来るという職種なのだろうからね。
VCが絡むような案件だと、大きく儲ける見込みが必要。とすると、相当な参入障壁もいる。
海外、特に中国だったり、すでに成功して財を成した本人の投資であれば参入障壁関係なしに正面から力技でレッドオーシャンに投資して総取りで回収みたいな蠱毒みたいなのもありえるかもしれん。
けど、一回の失敗でキャリアがパーになることを考えたらサラリーマンには無理だろうね。
よって、VCなんてベンチャーブームが起きている産業でしか存在し得ない。せいぜい、アカデミックポストで先にプロダクトマーケットフィットが満たされるぐらいまで技術と顧客を整えた案件か。
起業側も、動き出して数ヶ月で儲けるものでしかできない。ハイテクなんか一般市民にはまず無理だ。先にアカデミックポストを得る方法を考えたほうがいい。
まあ、アカデミックポストで有望な技術を開発している先生になれるのならずっとアカデミックで生きていくか、待遇のいい大学に移ったほうがいいのかもしれんけどね。
また、儲けが見えてきた段階で適当な産学協同案件で組んでる企業のものになって、アカデミックポストの自分自身は儲からないってこともあるかもしれない。交渉次第だが、大学の意向には逆らえないのかもしれないがね。それでも飯を食えるだけマシだ。
必死でやってりゃ、周りも見る余裕がなくなる。騙して他人の欲望のために捻じ曲げようなんて奴が平気で湧いてくる。
世界を変えるとか言うよりさ、安定して飯食えて、嫌な人間からは逃げることができて、好きなことと共有できる人間と、好きなことをワイワイ楽しんで、疲れたら休めるぐらいの人生のほうが遥かに幸せだろうさ。
起業したころはネットもまだ新しくてフロンティアがいっぱいあったけど、
今やどこ見ても飽和状態。
一般事業会社の子会社とかベンチャー投資部門の社員とかがほとんどで、
あんたら単なるサラリーマンやん。おまえらにベンチャー投資なんかできんのかよ。
上司や社長に言われて起業の経験なんか何もないのに投資先さがして、
なのに、「関西にもシリコンバレーのような生態系を!」とか言ってるんだから、
よほどの人やないと無理。
細かい作業に入り込んだら延々と出来てしまうが、全体像把握が苦手。
一定のコミュ力はあるので初対面の方々とはすぐに仲良くなれるが、
仕事の細かいミスが積み重なることによる減点法で嫌われていくという日々。
通信簿にはかならず「落ち着きのない子です」と書かれてきたが、
別格の変人的なポジションに憧れを持っていたため(ハチクロの森田さんが大好きだった)
勉強はめちゃくちゃやってきたと思う。
就職活動は持ち前のコミュ力でなんとかなりいけいけなベンチャーに入社。
仕事はうまく行ったり行かなかったりのムラがでかすぎて、思いっきり好かれたり嫌われたりしてきたが、
ここで自身の生き辛さに思いっきり直面しADHDの診断を受ける。
この時期に結婚をしたということもあり、
このままでは稼いでいけないという焦燥感から転職活動を行ったところ、奇跡的に大幅なステップアップができた。
激務ながら高給であり、今後生きていく上でものすごく能力アップできそうなところ。
現在、転職してしばらく経過したが、現在管理職手前で大きな壁にぶち当たっている。
不明部分を確認しようとすると「それをいま質問する意味わかっている?」
では資料を作り込んでいると「なんで疑問を聞きに来ないの?」
若干のパニックになって画面を覗き込むと「指摘時に目を逸らすくせあるよね」
各種調整、データ整理/分析を行っていると「今キミは何もアウトプットを生み出せてないよ」
多くの嫌味や強い指摘からその上司への声掛けをしようとすると、心の底のほうが小刻みに震える感覚が現れるようになった。
実力不足/過集中/パニックになりがちな自分の特性の合わなさを大いに実感している。
さらに上司が非常に仕事ができる/そもそも役職が上なので何も反論ができない。
周りの方々がうまく渡り合えていることがすごく感じるし、
出世していく先ではこれができないと行けないのか……と絶望もする。
今岐路に立っている気がする。。
みんな仕事本当に頑張っているよねって思いました。
みなさまいつもお疲れさまです。
【追記】
ブコメ、トラバ、共に見ています。本当にありがとうございます。
先程も上司レビュー時に「資料の何を更新したの?」と詰められてしまいました。。
ちなみに転職は考えておりません。
職業としてもまだまだしがみついておちんぎんたくさん欲しいですし、