はてなキーワード: 喧騒とは
本記事は私が大学生時代(20年ほど前)に統一教会の下部組織である原理研究会(原理研)と関わった個人的な経験について語るものです。それ以外の話は極力しないつもりです。
近年の統一教会の活動とは必ずしもリンクしていませんし、今どんな活動をしているかは把握できていません。去年の米大統領選にまつわる騒動に関わっていたのを見て驚いたくらいです。
統一教会や関係者に対する推測・意見・感想等は全て私個人の考えです。
私は大学生時代、学生自治団体のお手伝いとしてサークルの管理や勧誘の見回りをする活動に参加していました。
とはいっても大学側も監視はしているわけで、警察を呼ぶような事態はそちらの出番です。学生側にしかできない仕事と言えばサークル間の調整事、そしてカルトの排除でした。
今はもうほとんどの大学で有名無実化してしまったと思いますが、サークル活動は学生自治の範囲内なんですね。
具体的に何をしていたかというと、主に新歓期間などに行われる勧誘活動にカルトが紛れ込んでいないかを探し、見つけたら追い払うというものです。
地下鉄サリン事件以来カルトによる大学生への勧誘は下火になっていましたが、原理研はまだ一定の勢力を保っていました。
サークルには大学公認のサークルと非公認のサークルがありどちらも勧誘活動に参加できます。ただし事前に申請を出してもらい学生団体が認可を出したサークルのみ参加を認めるというシステムです。
当時原理研の名前は一般に知れ渡っていましたので大抵関係なさそうな名前を装いますが、申請を出してきたらさすがに分かりますので却下します。
そこで彼らが申請することなく非公認サークルを名乗り当日の喧騒に紛れ込んできたところを捕まえて、ルール違反を理由に出て行ってもらう、という建付けです。
上記の活動をする中で思い知ったのはカルトと議論してはいけないということです。
原理研の構成メンバーは主に同じ大学や近隣他大学の学生です(裏に指導役の大人がいるとされます)。ただしほとんど授業には出てきません。
学生団体の詳しい人に聞いた話では、原理研は勧誘に成功した学生を授業に行かせないようにします。サークルやバイトも辞めさせます。実家にも帰らせません。
そうして外部の人間関係を絶たせたうえで信者同士マンションの一室で共同生活を営ませるという手口を取るそうです。
彼らは一日中どのように勧誘を行うか、学生団体や大学当局の監視を逃れるか、自己正当化を行うかといったテーマについて話し合います。
同じ大学に入学できるわけですから、私と同じくらいの知能を持った人達です。その人達がずっと相手を言いくるめることを考えて過ごすのです。はっきり言って議論したら負けます。今でいうひろゆき的な手法による負けで、煙に巻かれるような感じですが。
だから議論はしない。有無を言わさず追い出すことにしていました。こんな感じです。
原理研「お前ら学生団体の中には共産党のシンパ(※民青)がいるだろう。あいつらは良くて我々は駄目なのか。おかしいではないか」
原理研の人達はバイトを辞めさせられたうえに仕送りもお布施として絞り取られます。
さらには外との接触機会を減らすためか外出もあまりしないようで、皆健康的な生活を送れているようには見えません。
可哀想だなと思いますが、私の目的は議論に勝つことでも説得することでもなく新入生を原理研と接触させないことです。何を言ってきても相手にしないことを心掛けました。
目的が信者の洗脳を解き脱会させることだったらこんなのは駄目ですね。そうした活動に従事されている方々を尊敬します。
どの程度効果があったかは正直言って分かりません。私を含む見回りメンバーが発見できた際には勧誘を阻止できたとは言えますが、相手は手を変え品を変えやってきますので全てには対応できなかったでしょう。
バラバラに別れて個人として見学名目で入って来たり大学の外で勧誘されたりすると追い出す正当な理由がありません。
(これは余談ですが、わざわざキャンパス外で勧誘している人達にはそうする理由があります。宗教以外にも色々なのがいます。相手にしないことをお勧めします)
とはいえ何年かすると原理研の名を聞くことも少なくなり、大学がカルトを厳しく警戒する必要性は薄れました。私も少しは貢献できていれば嬉しく思います。
入学当時に入居した学生専用マンションの隣人が洗脳されてしまったこと、実は私自身が勧誘を受け結構危なかったことが理由です。
原理研に限らないと思いますがカルトは目的を隠して近づいてきます。隣人は偽サークルの新歓コンパ等をきっかけに徐々に囲い込まれるというよくあるルートを辿ったようです。
私はバイトの募集と言われて応募用紙を渡され、連絡先を記入してしまったため後日面接と称して呼び出されました。
ところが「とにかく会いたい」といった調子で目的が曖昧かつ場所も個人宅だったためこれはおかしいと気付き、呼び出しを拒否することで事無きを得ました(そのため相手が原理研だったかどうかは実は不明なのですが、おそらくはそうでしょう)。
隣人とは知り合い程度の仲だったのであまり詳しい経緯は知りませんが、最初は飲み会に誘われる程度だったのが次第に信者が共同生活を送るマンションに通うようになったようです。
いつしか大学でもマンションでも顔を合わせることがなくなり、どうしたんだと思っているうちに自室も引き払っていなくなってしまいました。おそらく共同生活用のマンションに移り住んだのだと思います。
その後、一度だけ隣人(そのときは元隣人)から勧誘を受け断りました。
文章にしてしまえばこの程度ですが、当時の私はショックでした。誰かが気づいていれば止められたのではないかと。
そう思っていたところに学生自治に参加する機会があり、ならばと手伝うことにした(正規の自治会員ではなく非正規の手伝い)という流れです。
現代人には想像もつかないかもしれないけれど、俺の育った家での食事のぜいたくは年に2回のファミレスだった。
当時の父の年収は400万円強で、母はパートの専業主婦。俺の下に妹が1人いた。
年に2回のボーナスが出ると、夕食はスカイラーク(今でいうガスト)に行く。
俺が注文するのは、必ずハンバーグステーキセット1400円台。
なお、給料日前の夕食は、「ちくわと白米」か「とうふと白米」のヘビーローテだった。
うちは確かに貧乏だったが、家族4人で年収400万円+パートは特別貧乏な方だというわけではなかったと思う。
「わあ、エビフライだ!」
それを聞いて、俺たちは「なるほど、これはエビフライと言うのか」と思った。
そして、またエビフライを食べられる日をみんなで心待ちにしたが、結局、そんな日は小学校を卒業するまで来なかった。
その後、TVが毎日「牛肉オレンジ輸入自由化」と言うのを聞いたり、共産主義国が崩壊したり、1ドルが100円になったりする時代を経て、
俺が自分で外食をするようになる頃には、ハンバーグセットはサイゼリアで550円、ドリンクバーに居座る騒がしい高校生たちの喧騒を聞きながら食べるものになっていた。
コロナ禍で外に飲みに行くことが一切なくなってしまったので、家飲みにハマっている。
4合瓶で1000~3000円程度のもの。
少しずつ嗜んで月に3~4本程度、月1万円以内ならば趣味としても許容範囲だろう。
たいした味の違いは分からぬが、どれも違ってどれも美味い。この価格帯ならまず外さない。
全国の蔵の様々なラベルが目にも楽しく、毎回どれにしようか迷う時間も良い。
周囲に日本酒良く飲みます!!という人って、全くいないんですよね。
スーパーなどでもビールをダース買いしている人は良くみるけど日本酒抱えてる人はまれな気がする。
店舗に並ぶ銘柄すべてを一生のうちに飲み切ることは困難なくらい数多くの日本酒が存在するのに、
誰が買っているのだろう。日本全国津々浦々の蔵は存続できるほどには売り上げているのだろうか。
でも日本酒、おいしいよ。
こんな夢をみた.友人と車でお祭りへ向かう途中,交通事故にあい幽体離脱.「あー死んじゃったかー」とか思ってグチャグチャになった車を俯瞰していると,僕の体は車から這いでて警察を呼び,友人と一緒に立ち去ってしまった.僕は取り残された.
こんな夢をみた。僕は中学校にいて、何人ものクラスメートと顔をあわせた。それも男女問わず、卒業から会わなくなった人達ばかり。最後に、初恋の人と食堂でてんぷら定食を食べた。そこで僕は、彼女は玉子が嫌いだったことを思い出した。あの中学校に食堂なんてなかったことも。目は覚めた。
こんな夢を見た.携帯が鳴り,研究室のソファから起き上がる.時刻は3時過ぎ.伸び上がって靴を履き,立ち上がる.と同時にソファで「目が覚める夢」から 目が覚めた.時刻は4時過ぎ.立ち上がる.と同時にまたソファで目覚める.時刻は5時過ぎ.6時,7時,8時.昼には諦めた.目は覚めていた.
こんな夢を見た。温泉から上がり部屋で一息つくと、脱衣所での忘れ物に気がついた。取りにかえるも、その温泉に戻れない。あるのはロビーと地下への階段。 迷わず下る。1/3ほど照明の点いたバーで、3人が飲んでいた。女性は言う。「私が代わりに探してあげる」。忘れ物はついに思い出せなかった。
こんな夢を見た。私は知らない農家の宴席で、その男の話を聞いていた。男は次第に興奮し、暴れ、自らの腹をナイフで抉った。私は取り押さえられた男の腹から一筋の血が流れる様子を眺めていた。「俺はあの牛なんだ」そう言い残した男は車で連れていかれた。
私は外へ出た。庭には一匹の黒毛牛がいて、気が違っていた。腰のベルトを外して叩きつけると、牛は逃げていった。それを横目で追いながら、川を越え、古いバス停に腰掛けたところで、読んでいた小説を閉じた。タイトルは「牛の首」だった。私は街へ下りることにした。
大きな駅の向こう側へ行きたくなって、地下連絡通路を目指した。下って歩いて上った先で、一人のセールスマンが待っていた。私は家を探していたことを思い出した。マンションの一室へ向かう。「紹介するのはここと同じ造りのお部屋です
お客さんは運が良い。ここのご主人は昨日自殺したので、誰もいません。見るなら今日です」フローリングは酷く黒ずんでいた。部屋を検分していると、喪服の女が階段の上に現れた。木製で高さのある螺旋階段は、このマンションには不釣り合いに思えた。
女は言う。「見よ、あの牛を。涎を垂らし、目を泳がせる、あの醜い黒毛の牛を」それは「牛の首」の一節だった。「ご主人はどちらですか。あの男ですか。あの牛ですか」「牛よ」そう答えた喪服の女は声を上げて笑った。私は部屋を出た。目は覚めた。
こんな夢を見た。高速道路のトンネルに入ると何十もの真赤なランプが光っていて、渋滞のようだった。車が完全に停止するまでブレーキを踏み込み、サイドを引くと同時に、警官に声をかけられた。「車を降りてください。指示に従ってください。」私は他の運転手と同様に非常口へ向かった。
先には窓のない畳部屋があって、黒い長机と弁当が並んでいた。奥から二番目の空席に腰を下ろす。右隣の男性の貧乏揺すりが続く。弁当はやけにコントラストが低い。向かいの女性は口を開けて呆けている。どこかでパキという音。戻ろう、戻ろう、私はつぶやきながら独り部屋を出た。
トンネルに警官の姿は無く、ナトリウム灯がまばゆいばかり。私は車を捨てて歩いた。出口に辿り着いたが、無機質な車列は途切ず、青空の下とても静かだった。脇にはトンネル名が刻まれた石碑があって、それをなぞる。五文字目で指先に鋭い痛みが走った。目は覚めた。
こんな夢を見た。夜祭の喧騒を抜けると、人のまばらな屋外ステージの中央で、男が何やら呟いていた。それらは全て、この地の死者が今際の際に発した言葉だという。石段に腰を下ろし聴き入る。殆どが呻き声でよく聞き取れないが、どれもこれも懐かしい。それらは確か、私の最期だった。
こんな夢を見た。私は窓の無い病院に何年も入院していて、その日は定期検診だった。入院患者の列に混ざって待っていると、前の一人が脇の通路を指差した。「そこから外に出られるかもしれない」
患者達は一斉に走り出した。初めは様子を伺っていた私も、後に続くことにした。無機質な通路を抜け、いくつもの自動扉をくぐると、急に冷たい空気が鼻に触れた。外は夜だった。私は、電灯に照らされた公園と人工の川に患者達が散る様子を眺めていた。
胸許の携帯が鳴った。「早く戻りなさい。外は身体に悪い」それは心の底から私を案じる声だった。「しかし、みんな喜んでいます。こんなにも空気が美味しいのです。こんなにも自由なのです。」話し終えると同時に、別の電話が入った。「ボートを見つけた」
それは汚いスワンボートだったが、迷わず乗り込んだ。ボートは勢いを増す。川底の石を蹴り、橋を越え、カモメを追い抜いた。ついには岩に乗り上げてしまったが、川岸からボートを押していると、その人数は少しずつ増え、豪快な波しぶきとともにボートは川に戻った。歓声が上がった。
ボートに再び乗り込んだそのとき、朝の光が目に飛び込んできた。「もう戻らなければならない」そう思った瞬間、電話で使った『自由』という言葉に重さを感じた。その言葉の意味に初めて気が付いた。目は覚めた。
こんな夢を見た。私は講座「反境学」のガイダンスを受けるため、大教室の扉を開けた。百名以上が座っていたが、私だけ後ろ向きの席に案内された。私の背中で女性講師が言う。「反境学について質問はありますか。」前を向いた学生の一人が手を挙げた。
「環境学とは違うのですか」「環境学も反境学に含まれます」「社会科学ですか」「あらゆる概念が当然含まれます」境界を無くす学問なのか、そう考えた途端、周囲の学生は消え、私は前を向いていた。講師と目が合った。「違います。」目は覚めた。
こんな夢を見た。私は想い出の場所に向かうため、登山をしていた。久々の単独行。ペースは上がり、森林限界を抜け、雪渓に差し掛かった。酷く咳が出る。雪渓は雪と砂が細かく混ざっていて、古い雪崩跡だと思った。視界の端に何かが映る。黒ずんで、痩せた人間の手が転がっていた。
足を止めた。酷く咳が出る。後ろから声がかかる。「ありがとう。○○さんは手伝ってくれるんだね。」初老の女性だった。「なぜ、私の名前を知っているのですか」「あなたに会ったことがあるからです」やはり酷く咳が出る。足元の誰かを、背後の誰かと掘り起こすことにした。
女性は言う。「ごめんなさい。もう、そのシャツの臭いはとれないね」しかし腐臭は感じない。いよいよ咳は酷い。掘り起こした誰かは、結局腕しかなかった。それもぐずぐずに崩れてしまった。私は手を合わせ、先に進むことにした。咳は血を吐かんばかり。痰が喉でゴロゴロと騒がしい。
すれ違った何人かの怪訝な目に、染み付いた腐臭を初めて認識した。視界が狭まり、白黒する。歩く。歩く。そうして日が沈む直前に、山小屋に辿り着いた。咳をすることでしか呼吸ができない。硬い床に雑魚寝する。眠れない。だからきっと白昼夢だったのだろう。こんな夢を見た。
私はベッドに横たわっていた。寝返りをうつと、そのきしむ音と合わせて時計が目に入った。時刻は午前二時五十分。外に錆びた自転車が見える。跳ね起きて質素な窓枠に足をかけると、不意に声がかかった。「子供はどうする」ようやっと、家族3人で寝ていたことを想い出した。目は覚めた。
日本も中国の核攻撃を例外なく受け、列島に多くのクレーターが点在するようになった
そんな焼け野原の中、人々は第二次大戦後と同様の、驚異的復興ぉ〜、からのぉ〜、高度経済成長ぉ〜、の再来を夢見た
しかし、復興は遅々として進まず、多くの日本人は日がなギャンブルに溺れるような、喧騒と狂乱の日々を送るようになる
そんな日本人のため中国政府はライフ・サイエンスで馬と女性を遺伝子レベルでかけ合わせた「ウマ娘」を発明、
日本人の多くは働かず、また働き口さえもないため、中国が公認したウマ娘の公営競馬に殺到した
このウマ娘による競馬によって莫大な金が中国共産党政府にもたらされた
そして、木星への無人航行、無人探査を目的とした新しいロケットが開発された
地球の重力を脱するために使用されたブースターは、降下する段階で制御不能という事態に陥った
中国政府は、ブースターはどうせ海に落ちる、地球は水の惑星、ほとんどは海だからね、
モンテカルロ法で海の面積を求めるようなものだよ、と楽観的であったが、
大気圏に突入しバラバラになったブースターの一部は日本のウマ娘による競馬場の一つに落下し、その競馬場は一瞬で消失した
しかし、日本人はそれに抗議することもなく、署名活動なんて無駄だよね、だって日本はもう民主主義ではないんだし、
と刹那で悲観的になっており、それよりも消失したウマ娘に賭けた金を悔いている始末であった
また、ウマ娘のドーピングは正式に認められており、薬物の過剰摂取などによって試合中に突然死するウマ娘も相次いでいたが、
これもまた動物虐待といった抗議デモさえもなく、やはり日本の大衆は掛け金を気にするだけであった
2020年に猛威を振るいパンデミックをもたらした新型コロナとよく似たウィルスがまたしても登場した
しかし、このシン・コロナ、シンコロと名付けられたウィルスは2020年の新型コロナウィルスとはまったく異なる性質のものであった
なんとシンコロウィルスはウマ娘の知能水準を著しく上げる作用があったのである
そして、まるでそれと対称的であるかのように、人類の知能を著しく下げる効果もあったのである
すべての競馬場でウマ娘による一斉蜂起、反乱が起こり、これ以降、ウマ娘は檻の外に、人類は檻の中に入ることになる
これは中国大陸でも、世界中どこでも例外はなく、中国の国民も日本から侵入したウマ娘たちによってみな動物用の檻に入れられ、
しかし、ウマ娘は女性しか存在しないことに子孫繁栄の危機感を抱いており、彼女らは中国のライフ・サイエンス施設を占拠、
すでにある既存の設備を最大限に活用しウマと男性のキメラ、ウマ息子を発明した
西暦2100年近くになると、すでに地球はウマ人間によって完全に支配されるようになっていた
2050年まで地球の主導権を握っていた人類は、いまや動物園の檻の中である
アフターマンとして地球上に君臨したのはウマ人間(ウマ娘、ウマ息子)であった
あるいは呪いにかかっているのはシャニPもしくはアイマスPなのではないか?
以下は苦言でも要望でもお気持ち表明でもなく、単なるアイマスPの断末魔なので悪しからず放っておいて欲しい。
七草にちかをやった。「やった」というのはつまり、W.I.N.Gを勝ち、W.I.N.Gに負け、喜びと悔しさと悲しみと夢と絶望とを一通り味わったということだ。
シャニマスくんさあ……君はアイマスを、アイマスPをどうしたいの? そもそもシャニマスくんが作りたいのはアイマスなの? それとも仮面ライダー555なの?
(当然、シャニマス新アイドルの『七草にちか』に関するネタバレあり)
いや、我々に非がないとは言えないよ。確かに我々は天井努で盛り上がりすぎていた。あまりにもにちか本人を放っておいてあの男をいじり倒すのに夢中になりすぎた。いや、もしかしたら、あの見た目に特徴の無い、いろんな意味でフラットな外見であるにもかかわらず背後の関係性だけが妙に複雑でその矢印が暴力的なまでに天井努に向かっている設定を見るに……もしかしたらSHHis発表後の天井努を廻る喧騒すらもシャニマスくんの掌上の出来事だったのか?
あまりにも「普通」の女の子を……「普通の女の子をアイドルにするってのはこういうことなんだぞ」を、よりによってノクチルの後に、樋口円香の後に、『海に出るつもりじゃなかったのに』の後に叩きつけてくる所業は、天井努の件を抜きにしたって人の情があまりにも無さすぎる。むごすぎる。
アイドルを夢見てアイドルになったのにアイドルとしての幸せを見つけ出せなかった天海春香ifとして、人に夢を見せる笑顔すら本人を傷つける茨でできた仮面となるアンチ島村卯月として、アイドルを続ける夢や動機すら他人からの借り物である春日未来オルタとして、そして何より「普通であって特別じゃない。なのに普通じゃない夢のような事を”できてしまった”」櫻木真乃殺しとして、あるいはそういった「夢」と瓶に書かれた毒を飲み込めない天道輝から最も遠い者として、シャニPどころかアイドルマスターの歴史そのものを、今まで「普通の子がアイドルに!」の物語を無批判かつ無責任に受け入れ紡いできたアイマスP達を殴りつける存在、七草にちか。
樋口円香が放った「あなたに責任が取れるんですか」パンチをかろうじて受け止められそうなシャニPを追撃で殺す少女、七草にちか。
“明”るい部屋を、「やりたいことがわかっている葉月」と共に探したシャニPを刺しに来た少女「やりたいことがわかっているつもりの日花」。
あまりにも平凡で普通なのに舞台に上がってしまった、上がれてしまった、上がり続けることができてしまった、上がり続けることを約束されてしまった少女、七草にちか。
大袈裟な言い方かもしれないが、彼女の登場はシャニマスの……いや、アイマスの価値観を根本から変えた。にちかの平凡さから逆説的に語られ始めてる真乃や智代子や小糸の「やっぱり普通じゃない普通さ」だけじゃない、そもそも「『普通の子』がアイドルなんかやったらこんなんなっちまうんだ」「今までプロデュースしてきたアイドル達はこういうぺんぺん草を燃やしてきたんだ」という現実の提示。あるいは天海春香から始まる「普通の子」の歴史、もしくはいつの頃からか語られていた「普通の子がアイドルになるシンデレラストーリー」そのものへのネガ。七草にちかのあの“笑顔”がそれら全てを「ちょっと待てよ」の俎上に上げる。「アイドルをやるってことを甘く見てないか」「板の上に幸せはあるのか」「舞台の上に楽しさを見つけられなかったら、それでも続けなきゃならないのか」「じゃあ舞台から引きずり下ろせば幸せになれるのか」「そんなことも今まで考えたこともなかったのか」……。今までのアイドマスター15年をもう一度1から検証し直さなければならないほどの問いを、あの色の定まらない瞳が投げかけてくる。
ただ、じゃあそれは「呪い」と呼ぶべきものなのか? とも考えてはいる。
七草にちかの200%は曲がりなりにも、13,000越えのアピール数値を叩き出しW.I.N.Gの決勝審査員を吹き飛ばした。七草にちかはそれを「できてしまった」。それにより、確かににちかは月まで伸びる赤い地獄の道をこの先も歩き続ける羽目になってしまったが……それは果たして本当に「呪い」であったろうか。
よしんばそれが呪いと呼べるものであったとして、ソレは本当に七草にちかにかけられた呪いであったろうか。
確かにアイマスは、プロデューサーとかいうおっさんが少女達に救いを与えるだけの物語であるわけがない。逆に15年もの間おっさん達に救いを与えてきた物語であるはずだ。
であるならば逆に
「普通の少女達が普通にしているだけというかけがえのない時間の輝きに『アイドル』という体裁を与えて人々に提示できるエンターテイメントにするのもプロデューサーの仕事だ」とシャニPに言わせた『海に出るつもりじゃなかったのに』の後に、この「アイドルの道をただ歩いているだけで幸せから遠ざかりそうな少女を、なんとかして幸せにする」ミッションをシャ二Pに課したシャニマスくん。あまりにも反アイマス的であり、「それは純然たるアイドルプロデュースである」という意味ではあまりにもアイマス的でもある。
そういう意味で、あるいは七草にちかの物語はシャニPにとっての、あるいは俺らアイマスPにとっての呪いではなかったか。
確かに七草にちかの輝きは彼女の前に地獄の道を伸ばしたかもしれないが、逆に言えば、そんな地獄の道の上にも確かに輝きはあった。そんな輝きを拾い集めてにちかにとって地獄ではない道に変えなければならない。それもあの天井努と七草はづきとノクチルら先輩アイドル達がいる中で。そんなシャニPこそ呪いの中にいるのではないか。
言われてみれば確かにアイマスにおいて夢は呪いだった。無印アイマスで天海春香をドーム勝利エンドの先へ進ませたのは、アイマス2で如月千早を殺そうとしたのは、デレアニで島村卯月を苦しめたのは、etc.etc.....それは彼女ら彼らの夢と表裏一体になった呪いだった。そしてとうとう、アイデンティティそのものの中に夢という呪いを組み込んだアイドル……いや「女の子」があらわれた。そんな七草にちかがアイドル道を、シャニマス世界を、アイドルマスターを、どうやって歩んでいくのか……。にちかの登場はアイドルマスターを大きく切りつけたが、それ故に、新たな切り口でアイマスを楽しめそうな気がしてならない。アイマスに新しい角度を与え、新しい視点を作った七草にちかの物語……それはもしかすると「祝い」なのかもしれない。
しっかし新アイドル一人目の登場だけでこんなんなっちまって……二人目の緋田美琴が出てきたらどうなってしまうんだ? 本当に「わたし(she)がわたし(she)」になれるんだろうな? そもそも「(she)」ってまさか「彼女」ってことじゃないだろうな?
それはそれとしてこういう邪悪な物語は大好物。正直シーズン4くらいになると「そうだよ。これからも君はこの道を歩いて行かなきゃならないんだよ(愉悦)」と思っていた部分もある。
なのでどんどんやってくれ高山。
「関係無い第三者が勝手に権利者の代弁をする」ことの恐ろしさは他にもあって、
この手の話題でしゃしゃり出てくるような論客はジャンルそのものには一切興味を持ってないってこと。
例を挙げるとライオンキングとディズニーに呪詛をまき散らすけど、ジャングル大帝本編は一切観ずに、手塚プロの寛大な対応をクールジャパンと持ち上げておしまい。
こんな感じの憎悪クリエイターが書いたコタツ記事が既存マスコミやネット上で30年以上量産されまくった結果、ジャングル大帝のTVシリーズの存在すら知らないオタクが多数を占め、
手塚治虫や虫プロスタッフが伝えたかったメッセージ「文明開化・浪漫の探求・生命の尊重」は一切無視される悲しい世界が出来上がってしまった。
この悲劇を繰り返さないためにも、競馬ファンは外野の喧騒をいったんシャットアウトして、競馬文化発展の歴史の流れをキチンと保全し、若い世代に積極的に伝えていってほしい。
喧騒を後にして、手元にある
僕は旧式のものも欲しくなり、オークションを検索して、一通り眺めたけれどやはりいらないなと思って画面を閉じた。
僕の小さな部屋。
気付くとあの人がそこにいた。
僕はフリースを着ていて少し汗ばんでいた。
もうあの時のあの人の年齢をとっくに超えてしまった。
いつでも示唆的なことを言う。
気付くと向かい合って横になっていた。
懐かしい感じ。
僕のよく知っている物件だったけど、それ以上はわからないって。
今トライしている事があるけれど、僕になんかできるはずないんだ。
あなたは?
はっきり言って
なんでそんなことを言うの?
はっきり言って何も出来なくなってしまった。
だからずっと寝てるんだ。
あの人が向こうを向いて平行状態になった。
腰に懐かしい曲線と柔らかさ、吸い付きを感じた。
あの人は悲しそうに微笑んで、
「うっせぇわ」という曲が話題らしい。
かなり大きなヒットとなっているらしく、ついには近くのラーメン屋にその音が流れだす始末である。
その時は、
「あのサビの不協和音とかが聞き手にとって良いアクセントになっているのだろう」
と、
音楽素人風情がもやしを頬張りながら感じた程度であったが、どうやらそれどころではなさげな感じだ。
その現状は
・高い再生数
等々々が物語っている。
かなり直接的かつ攻撃的にみえるものであり、厨学二年生的な全能感と痛々しさに溢れているような歌詞である。
大学生の自分ですら「こういった時期あったなぁ」とか少しノスタルジックになってしまった。
歌詞を見る限りは、
いわゆる難関大学を卒業した「社会の優等生」がルサンチマン拗らせてコンプ発症しました
といった感じのシチュエーションだろうか?
もしくは、
あたりだろうか?
嘲罵された、あるいはそう思っているだけの人間」
であるようには感じた。
なんとなく思うのは、
「この曲に気づいてはいけない」
ということである。
内容自体は、尾崎豊やamazarashiなどが
若者の苦しみなどを各々の文学的センスに包んで提供してきた「それ」に類似したもの
かもしれない。
しかし、この曲が圧倒的に違うのは
「汚く品のない歌詞」
とでも言うべきその短絡的表現、そしてレスバトルでのマウンティングのような直接性にある。
「私を見ろ」
と喚いているだけなのかもしれないのだ。
こうなったらどうしようもない。
同じ土俵に立つ(反応する)時点で相手の目的は達成されてしまうからだ。
もし無視しようとしても、あの奇天烈な音階のサビと尊大な発言に否が応でも
「何言ってんだコイツ」
とか
「手前よりまともだわ」
とか
「そんな時期だよねw」
とか
反応してしまう。
しかも大抵は相手にとって嘲笑・侮蔑となりかねない反応である。
共感する人たちからすれば気に食わないものであり、荒れるのは必至だろう。
延焼する野次馬もやってきて、更に注目する人が増える。
そうして「あの子」は色んな人に見てもらえる。
歌い手の方は歌詞のバックグラウンドに共感し、若者として歌ったのかもしれない。
しかし、その歌詞は一般的な「お約束」を踏みにじるかのような逸脱したものだった。
故にたった今、自分たちはこの曲に踊らされている。
土曜日の夜に一緒に大久保でチュニジア料理を食べて、赤羽の彼の部屋に初めて行った。
世はワールドカップで、埼京線で、ケーブルテレビではフジロックのまとめがやっていた。
その夜は、カーテン越しに街灯と青い月光で灯された部屋で、駅前の喧騒の静かな雑音を聞きながら、
毛布に包まって、寝た。
日曜日の朝の空は高く透き通って青色で、空気は凛として冷たく清潔な感じだった。
ドトールコーヒーに行ってミラノサンドやジャーマンドックを食べたりコーヒーを飲んだ。
「えーっ」と、私は「そんなこと言うの?」とゆう軽い軽蔑を含めたつもりだったが、
私の顔はニヤけてた。「そっちも見せてくれるならいいですよ。」
ロボは好機を逃すなと、立ってジーンズを足首まで下ろした。
トランクスに手をかけて、数秒躊躇って考えたあと、「大きくなってます」と言い訳言って、
トランクスを下ろして、ジーンズと一緒に脱いで、それは軽く畳んで横に置いて、
おちんちんがそこに見えた。それから正座にしゃがんで、足を崩したり、広げたり、
「ささっ、ささっ」とロボが促し、「えーっ」と言いながら、私は床に座ったままで、
デニムのボタンを外してチャックを下ろして、ズボンと一緒にショーツを脱いだ。
ショーツが汚れてないか、ちらっと見た。脱いだ後はどうすればいいんだろう。
ロボが「膝を立てて。脚を開いて」と言う通りにやったら、股間がすーすーした。
恥ずかしいとかゆう気持ちは、その場の空気も、ロボとの関係も、無かった。
むしろラブホのベッドの上でエロい雰囲気でより、こうゆう状況の方が良い。
ロボは無言で私の股間を見ていた。私のマンコを見て興奮してロボのちんこは勃起するのだろうか。
いやさっきより少し小さくなっているようかの。
「私、自分でよく見たこと無い」。ロボは鏡を取って、私の股間の前に置いた。
太陽の自然光で、よく見えた。毛が生えていて、お尻の方まで、お尻の穴も見えた。
大陰唇、は、見たことあるようなピンク色ではなく、焦げ茶色だった。
クリトリスの下に、ピンク色の肉があって、小さくぽつんと黒い穴が開いていた。
「あー本当に穴が開いてるー!」と少し感嘆した。それと同時に、
「ぜったいちんこなんか入りません。って」と思って、言った。
「ちょっとチソコよく見せてください」。「はい」「これがいちばん大きいんですか?」
「いま65%くらい」「最大にしてくださいよ」「じゃあ、脚を広げてもらえるよ」。
私はチソコを観察したまま股を広げて、左右に「ぱくぱく」までしてあげた。
チソコは「ぐんぐん」と膨らんで大きくなって、少し上向きになるまで勃起して、
表面は引っ張られてテカっていあ。たまにびくンと跳ねる。でも、よく見えない。
立膝になっても、立っても、よく見えない。椅子に座って脚を開いた格好がいちばん見易かった。
「なんか、『ペニス』って感じ」。エロ漫画や妄想していたイメージの、形や大きさだった。
「ちょっとオナニーしてみてくださいよ」「いまするとすぐイキそうだから。」「いいじゃないですか」「いや」。
動物の本能か、もともとしたかったのか、「ちょっと、入れれるなら入れてみたいかも」と思って、言った。
「入れてみましょう」。自然と私が下側で脚を広げてる。普通は恥ずかしくてエロいところを、思いっきり見せてる。
自分にだって見せたことがないけど。じっとロボのちんこの先と私のまんこの間を見てて、
ちんこの先がまんこにkにゅと触れた。「痛っ」。硬いうんこでお尻の穴が切れる時のような。
ちんこの先が私の穴に少し入ってる感じはするけど、ロボは「入らないかな」と言った。
私はロボのちんこをディルドと思ってぎゅっと握って、自分のまんこに入れようとした。
入らなかった。「入りませんねー」。自分の穴の大きさはといじっていたら、指に少し鮮血が付いていた。
「私、シャワー浴びたいです」「じゃあ一緒に入りましょう」「なんで一緒に」。
もう下半身は裸だからシャツを脱いで、でもブラを取るときの方が恥ずかしかった。
胸を腕で隠そうか、でも恥ずかしがってると思われたくないから隠さないか、どうしたら。
広くはない浴室で二人一緒にシャワーって。
ロボが軽く抱きついてきた。全裸で肌と肌が触れる。おっぱいもほわんと下から揉まれて、
乳首に指が触った時に「びくん」と感じたから、なんか悔しいから、
ろぼのちんこをぎゅって握ってやった。
そのあと激しくべろちゅーして、洗って綺麗になったからクンニもフェラもして、
私は壁に手をついてお尻を上に突き出して、イメージはまんこの穴を見せつけるように、
あー私は女で自分の生殖器のまんこに男の生殖器のちんこを入れてもいい、
って状況だこれは。少しの間だったけど、早く入れてくれないかなと望んでた。
私は振り向いてキスをして思いっきり舌を吸って、自分の唾液をいっぱいロボの口に入れたった。
キスしながらおっぱいと乳首とクリトリスとペニスがまんこに挿れられて、
人肌触れ合って「中に出してもいいよ」って私が言う前
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子供から映画を見に行こうと強く誘われた。普段そんな事言わない子なので只事ではないというのは分かった。しかも学校が終わったらすぐ行こうとなり、公開4日目の月曜夕方に車で向かう事に。車中で子供は誰が行ったとかと話をしてくれて、かなりの数のご家庭が映画館に足を運んでいるというのが分かり、何この鬼滅って?なった。
この時自分は漫画もアニメも全く見ていない、鬼滅初見が映画館という状態。平日、コロナ禍の中での映画館なのだがそれなりに人がいる。多くが家族連れで自分も巻き込まれているこの強いムーブメントに関心しながら映画が始まる。キャラクターの関係性が外見で何となく想像できるので割とすんなり見ることができた。唯一混乱したのは、小さい箱に出入りする女の子のサイズのカラクリが分からなかった事。
映画が終わり子供がこれでネタバレの恐怖から解放されたと言っていたのが印象的だった。漫画を知っている子たちにとってはネタバレでも何でもなく、数年前の話が映画となっただけで、この先の出来事も既に漫画では描写されているので、これで漫画を買えば読んでくれるのでは?と思った。
子供には色々な機会に漫画を買い与えてきたがYoutubeにプライム、dアニメ、スイッチでエンタメ時間が満杯なので、中々興味を持って漫画に接してくれない、読む機会はほとんどなかった。これは中々悲しい事で、自分の仕事が漫画にそう遠くない業界にいて、プロとして活躍する知り合いもそれなりにいるし、漫画があった事で自分が仕事にありつけたという思いもあり、どうにか子供には漫画が読めるリテラシーを与えたいと願っていたのだが、そう簡単には行かない所が今の子供の時間消費で、漫画業界の危機。だが今はチャンス。映画の先の話は漫画しかない。アニメ、映画を見ていれば、既に知った話として読むので漫画に入り込みやすいはず。なので即次の日の仕事帰りに3巻までを購入。
読んでる、読んでるぞ。やっと読んでくれてる。
読み終えた子供に次どうするか聞いてみると、こちらの願い通りに欲しいと訴えてる。じゃああなたの貯めたお年玉で買いに行こうとなり、週末近所のTSUTAYAへ。無い。あれ?ってなってちょっと離れたモールの書店に行くと6巻まで置いてあり、3冊を抱え子供が自分のお金で購入している。これ、やらせたかった事。楽しみが詰まった紙存在を自らのお金で買う。Kindle買って電子書籍でもいいのだが、親のアカウントから配信なので、正確には自分のものではないし、支払いも親経由なんで間接でしか無い。直接レジで本人が支払い、漫画を手に入れる、いい経験できてるなってしんみり感動していたのだが、購入経験はここまで。興行収入10日で100億って話が出てあっと言う間に書店から消えていた。7巻8巻は映画の所なんで特にない。どうも6巻まで買えたのも奇跡的な状況なようで、早めに映画見てすぐ買ったからまだ何とかなったが、ここから先がかなり厳しそうなのは想像できた。週末子供と書店を見てももう21巻以降しかない。郊外住まいなのでそれなりの規模の書店に車でいくつかたどりつけるのだが、どこにもない。Amazon見ても他の業者の物しかなく値段も高い。仕事は電車で1時間、都内。そう言えば集英社にも近く、大きい書店もあるから期待していたがない。7巻無いなあ。
だがしかし、ここから都内と郊外の力の差が発揮される。都内は書店にパラパラと配本されていて、次いつ来るか明記している書店もあり、順番通りの購入を諦めて12巻から18巻までを何回かの来店で入手する事ができた。その間も子供との書店巡りはしていたが、もう22巻しかない所ばかりで、動きがなくなってるのが分かった。都内は20巻から22巻はそれなりにあるし、特装版も残ってるが郊外はもうない。これはいかんと20巻から22巻までを都内で購入しようとしたら棚ぼたで19巻を含めて買うことができた。これが先々週。あとは映画に関係する巻だから、ゆっくりAmazonで待つかと欲しい物リストに7巻から11巻を登録している時、11巻が購入可能になっていた。なんだよ買えるじゃんとカートに入れて購入手続きしようとしたらエラーが出て購入できない。うん?
在庫が速攻で無くなったのか、もしやキャンセルの一冊だったのか。なんにせよ、購入が可能な瞬間があったのは確か。これ頻繁にチェックしてれば買えるのでは?と何回か見ていると業者に混じりAmazonが出現、今度はカートに入れる時にエラーとなった。惜しい、急いで買えばいけそう。欲しい物リストの「すべての出品を見る」を順番にゆっくりと一冊ずつ巡回していると、ぽつっとAmazonが出てくる、がエラー。あー、なんだかポケモンGOをやっているような気分。ゲームだと思うと割と楽しい。スマホを手に取ったらチェック、スマホを置く時にチェック。そしてついに9巻ゲット。2週間後に届く事に。これ30分ほど在庫が存在していたので重版が配本されたのだろう。そしてここから3日ほどでAmazon出現の一瞬を逃さず、残り全てを買うことができた。色々な時間にチェックしていたがAmazonが出現するのは夕方から夜間にかけてが多く、自分が購入すると、在庫切れになるので、これはAmazonからの配送待ちの状態で現物を書店で発見、購入、Amazonをキャンセル、それが即在庫に反映していると想像している。いやもしかしたら配本が秒で消えてるのか?にしても一瞬だからキャンセルだとは思う。キャンセルが割と頻繁におきてるということはかなりの数の配本と配送待ちが存在しているのだろう。すごいなAmazon。
この漫画を探す件で都心書店とAmazonの強さ、郊外書店の厳しさを知った。配本数は普段の取引数なんだろうし。そして大量の人々が本を待っていて大量に重版しても消えるが、その揺れ戻し、キャンセル待ち(なのかどうかは分からんが、)一瞬購入の争いは楽しかった。こんな巨大なブーム無かったし、それに全力で乗っかったことも無かったからこそ購入の喧騒が楽しめた。
あと1週間で7巻から9巻まで届く。レジでの購入をもっと経験させたかったが仕方ない。3冊ずつを子供のお金と交換していこう。子供には家に22巻まである事知らせていない。今は6巻までを激しくリピートしている。あったな自分も、次が来るまでの読み直し。ありがとう鬼滅の刃、子供の漫画の入り口になってくれて。
いや、姪っ子はさっきまで、たしかに「ここ」に存在していたのだ。
姪っ子の皮膚の感触をまだ覚えている。
そこで私は思い出したのだ。
これは作られた夢であったということに。
この派遣型リフレのお姉さんは女性型アンドロイドであり、3万円で私に仮想現実サービスを提供してくれていたのだった。
客の脳内に直接、お望みの仮想現実を提供する夢のようなサービスである。
そうだ、そうだ、そうだった。
私はそれを望んで彼女をオーダーしたのだった。
あまりにも現実感があったため、ここが錦糸町のラブホの一室であるどころか、今までの自分の荒んだ過去を一瞬だがまったく忘れてしまったのだった。
最新技術の凄さに驚きつつ、私はラブホを出て帝鉄「錦糸町」の駅に向かった。
これぐらいなら傘をささずとも直ちに人体に影響はないであろう。
姪ドロイドとは姪っ子とメイドとアンドロイドを掛け合わせた造語であり、最近流行のフェティシズムであった。
あれを買えば仮想現実などではなく、現実に近い姪っ子がメイド姿で家で待っていてくれるのである。
ローンを組めばいいのだろうか、リボ払いならどうだろうか。
いや、その前に以前買ったムードオルガンを粗大ゴミとして処分する方が先であろう。
私は前の彼女との喧騒の日々を思い出しかけたが、それを姪ドロイドとの日々を想像して打ち消すことにした。
まず、購入したらちゃぶ台を挟んで姪ドロイドと会話をしたい、いや説教をしたい。
そして、姪ドロイドが「(泣)」姿を見るのだ。
2017年2月下旬、父に認知症疑惑が浮上。父を始め我が家は色々と問題がある家族で、疑惑が出るまでも紆余曲折あったがそのことは今は書かない。
私の父への感情は愛憎入り混じるというのがぴったりで、ここ何年も疎遠だった。最初の検査には私が連れて行った。でもその後は姉に丸投げした。
私の中で最強で最恐な存在。自分勝手でわがままで子どもっぽい父。まだ若いのにアルツハイマーになってかわいそう、どころか、勝手に忘れていくなんてずるい、勝手にしろと思った。
今思うと私は完全に現実逃避していたし、同じく愛する気持ちと恨む気持ちが共存していただろう姉には悪いことをした。
2018年9月までは一人暮らしをしていたらしい。その後病状が思わしくないとのことで、入院や施設への短期入居をするがやはり自分勝手でわがままな性格が災いして施設を追い出されたりしていた。何回か会いに行こうと思ったが、姉からたまに報告を受けるだけだった。
2019年6月。デート中に突然姉から電話。駅の喧騒で細かいところは聞こえなかったが、病状の悪化ひどく本人の原型がわずかかもしれない、このままだとあんたは忘れられてしまうかもしれない、会ったほうがいいと言われる。
2019年6月29日 わざわざ恋人にレンタカーで施設へ連れて行ってもらう。交通の便が悪く私は運転できないから、というのは言い訳で、単に1人では心細かったしまたドタキャンしてしまうかもと思った。
施設に着くと、父はおやつを食べていた。私を見つけるやいなや、「ヒロ〜遅いぞ〜待ちくたびれたぞ〜」と文句を言うが、顔は嬉しそうにニヤついている。
3人で一緒にイオンに行ってコーヒーを飲み、ギターの弦が欲しいというので買ってあげる。たぶん1人ではかえられないけど。
車の降り方、割り箸の割り方などを忘れている。人格は機嫌の良い時の以前の父で、よくしゃべっていた。遠足の子どもかってくらいはしゃいでいた。恋人の運転する車の中で歌い出す始末だ。
今度はカラオケに連れてってやろうか、なんて言って別れる。
姉から聞いていたより元気そうだったので、そんなにショックは受けなかった。こんなに喜んでくれるなら、また来てやってもいいかなと思った。
2019年9月23日 2回目の訪問。父の部屋に行くと爆音でテレビを見ていた。わたしに気付いてもテレビを消さないので、テレビを消してと頼んだ。父は、「ヒロが来るとはな」と笑った。
他の家族から聞いていたように、やはりギターの音がおかしいという話になる。デジタルチューナーの調子がおかしいと。デジタルチューナーの電池を買って一緒にチューニングしてあげる。でもうまくコードが弾けていない。たぶんそもそも押さえの指がおかしいのだと思う。Cが何かはもう忘れているのだろう。お腹減った、食事が足りないというのでコンビニで甘いパンを買ってやった、貪るように食べていた。
またそんな日を空けずに来てやろう、少しギターを練習して次はコードを弾いて見せてやろう、と思った。
その後繁忙期に入り、まぁいっか、そのうち行ってやるか、と思っていた。
ところでの、コロナ。
しばらく面会は禁止と聞いて、少しホッとした自分がいた。会いに行かなくてもそれは私のせいじゃない、と。
でもコロナ騒動がなかなか収まらず、春が終わったあたりでだんだんと不安になった。いま父はどんな状態なのだろう、私のことは覚えているのだろうか。
10月末、調べてみると16日から厚労省が面会を段階的に解禁するよう通達を出していた。数日後、電話をして予約をとる。外出禁止、飲食物の差し入れ禁止、20分のみ、だそうだ。
そして今日2020年11月22日。仕事前に片道1時間かけて向かう。
施設に着くと玄関前で待っていた。帽子をかぶってリュックを背負い腕時計を身につけ、ぼーっと立っていた。とにかく萎んだ、という印象だ。散歩などできやしないのに出かける気満々な出立に、滑稽さと悲しさが同時にこみ上げる。
私に気づき、でも一瞬私が誰かを認識するのに時間がかかったようだった。私が持っていた大荷物を指差して「こ、これは?」と聞いてきた。自分への差し入れだと思ったのだろう。「ごめん、お父さんのじゃなくて仕事道具。」
そのあとロビーで話す。よく見ると、萎んだというのはただの印象ではなく事実かなり痩せた感じがした。手の甲が皺々でカサカサだ。表情も暗く乏しい感じだ。うまく言葉が出てこないようで、あれこれはマジでやばい?と焦ったが、少しずつ普通っぽい感じで話し出す。
コロナだから外に出れないこと、20分しか面会ができないことを伝えると、子どものように唇を突き出した。「早くどうにかなってくれなきゃな」とコロナのことはわかっているようだった。
20分しかないし父の存在が曖昧というような様子に話すことに悩み、とりあえず何か困っていることはないかと聞くと、相変わらずギターのチューナーの話をする。
「部屋にも行けないので見てあげられないよ、そのうちね。」
ふと、「今何歳?だっけ?」と聞いてみる。どのくらい忘れたのか確かめたい。
「えー?50くらいじゃね?」まさかの大幅なサバ読み!思わず「いや64歳くらいじゃない?」と突っ込んでしまう。
なんだかショックを受けたみたいだった。忘れたことに気づくの嫌だったんだな、ごめん。
チューナー以外に困ったことがないか聞くと、「特にない。でも肩が痛い」と言う。
揉んであげようかと一瞬思ったけど、父の体に触れるのが急に怖くなってやめた。子どもの頃はよく揉んであげていた。父が揉んでくれることもあった。父の体の感触を私は覚えている。でも手の甲のカサカサを見ていると、あの時とどう変わっているのか実感するのが怖くて、揉んであげるよと言い出せなかった。
とにかく肩がここから上がらないんだよ、としきりに肩を上げ下げする父に、揉んであげるよの代わりに「枕が合わないのかね?」と言うと「そうか、枕か」と妙に納得したように呟く。
「今はどんなの使っているの?」
「どんなのって…枕だよ」
「綿?」そう聞くと、まるで私が外国語を言ったような空気になった。
「あんなやつだよ」と、ロビーの角にまるまった白いシーツを指さした。「シーツの枕」と、父は言った。
そうか、父にとってはもう枕はシーツの塊なのだ。中に何が入っているのかはわからない。いや、それ以前に枕とは中に何かが入ってるものだ、ということ自体を忘れたような感じだった。
元気な頃は、やれ冬は羽毛だ夏は蕎麦がらだ、パイプは安っぽくて嫌だとかうるさく、一時期はテンピュールにハマって家族全員で使っていた。そんな調子であらゆる点でこだわりがありめんどくさい男だったのだ、父というのは。
試しに、テンピュール って知ってる?と聞いてみる。「知らないなぁ」「そうなんだ、宇宙飛行士のために開発された素材でね、体の重さと温度で使う人の首にあった形になるんだよ。冬になると固くて石みたいだけどね!」と言うと笑った。かなり興味を持ったようだ。やはりこういうの、好きなんだね。同じ人だ。
「でも肩凝りにはいいよ」と言うと、明後日の方を向いて「誰か買ってくれないかなぁ」などと言う。直接は頼まないのがプライドの高い父らしい。
その後何度かチューナーのくだりを繰り返し、あっという間に20分すぎた。「そろそろ時間だ」と言うと「もういいよ」と父は言った。その反応になんだか寂しくなる。もういいんかい。まぁ、少し疲れたのかもしれない。またね、と言って別れる。
私は本業の仕事が長期休暇のときはテンピュールのお店で短期バイトしている。父の影響で私もテンピュール好きだから説明に熱がこもるのか、よく売れる。次にバイトした時、社割してもらって買ってあげようか。でもそのことは父には言わなかった。
最後まで父は私の名前を呼ばなかった。施設を出てから、なぜだかとにかく胸がつまり涙が出た。
あれだけ憎たらしかった父だが、なぜだか最近は良いことばかり思い出す。
次は名前を呼んでもらおって、あとは肩を揉んでやろうと思う。
なんかみんな怒ってるけど何で?よく理解できないな、って時は見落としてる文脈がないか探ってみる
今回の場合、女性向けの日用品のPRにもかかわらず企画の参加作品には女子高生のスカートたくし上げイラストが含まれていたこと、ツイートを遡ると絵師と個人的なリプライを送り合っていたこと、まんぐり返し・M字開脚イラストをリツイートしていたことなどが分かった
なるほどそんなことが起きていたなんてパッと見では分からなかったしこれは公私混同として注意されてもしょうがないなと思った
事件のニュースでも、こんな些細なことで殺人に発展?どうして?と思って少し探ってみると
加害者と被害者は以前から険悪な仲で積もり積もったものが爆発したのが今だったというのが分かって少しは納得できたりする
ただまあ増田は納得や正統性なんか別に欲しくなくてとにかく喧騒が苦手なんだろうなって感じがする
このくらいで騒ぐなんて大げさ、理解できない、で済ませる思考の人の方が健全だけど正常バイアスが強いとそれはそれで危険に巻き込まれるから気をつけてね