はてなキーワード: ルーシとは
こんばんは
ダービーで満足しちゃったんで安田記念は余裕な気持ちでできますね
鳴尾記念では勝負の3連単を外してしまったので、3連複回収だけで230円のトリガミとなって泣きました
まあ、8レースのエルパソの単勝で勝ったから微プラスなのでいいんです
さて、安田記念ですが、色々吟味した結果、スルー推奨となりました
アンカツ含むネットの予想家も、斤量軽い方がワンチャン、とかその程度の話しかしない
結局のところ、実力が抜きん出た馬がいなくて、レース展開や当日の馬の気分次第でどうとでもなるレースって感じがします
10回時間を戻してやり直したら、10回とも違う着順になるでしょう
というわけで、なるべくすり抜けが出ない買い方だけ探すことにしました
3連複で考えると100通りだか出てくるので、お買い上げが1万円個えそうです
となるとまずは枠連です
そして調子さえよければ本命間違いなしのシュネルマイスターの5枠
この組み合わせ、4-7. 4-5. 5-7. 7-7. 4-4は、4-7さえ2つ買えばトリガミになりません
全部で6口、最低払い戻し7.0倍なので、600円で最低100円、最大1470円儲かる見通し
比較的堅い結果になればこれでおーけー
ですが、一発穴あけで勝ちまであるカフェファラオ、ダノンザキッド、レシステンシア、ナランフレグあたりをケアできません
このへんの馬を切れる人は枠連でいいでしょう
でもさすがに切れないよね
次に複勝
上の枠連600円に、カフェファラオ複勝1点添えてもガミらない
レシステンシアも
そうすると上記の枠買いと絡まず、本命枠以外の複勝だけで攻める案
カフェファラオ6.0倍、ダノンザキッド3.8倍、レシステンシア4.3倍、ナランフレグ6.9倍
どれか諦めないとうまくいかなそう
諦めてもいいんだけどねー
で、
次に考えたのはこれ
ヴィクトリアマイルからの安田記念は、あのアーモンドアイもグランアレグリアも取りこぼしてる
アエロリットもそう
いくらソングラインやファインルージュが強くても、グランアレグリアを超える馬とは思えない
てことはさすがに勝てないでしょ
一週長いだけのNHKマイルカップ組セリフォスも善戦止まりと思う
ヴィクトリアマイルやNHKマイルカップ組は勝てないとするなら、勝つのは別路線の十分間隔が空いた有力馬
今回は、カフェファラオ、ダノンザキッド、イルーシヴパンサー、シュネルマイスター、ソウルラッシュ、ナランフレグあたりかと思う
この6頭の単勝だけ勝っても、どれかが勝てばガミらない
カフェファラオ1枚、ダノンザキッド2枚、イルーシヴパンサー3枚、シュネルマイスター4枚、ソウルラッシュ2枚、ナランフレグ1枚で、総額1300円、ガミらず最低350円、最大1900円の儲けになる
もっと攻めるなら、
カフェファラオ4枚、ダノンザキッド5枚、イルーシヴパンサー11枚、シュネルマイスター13枚、ソウルラッシュ6枚、ナランフレグ2枚
これはありかなーって思ったけど知らんわ
多分、買わないと思いますー
買った人は各々の考えとおすすめ教えてください!
キエフ大公国のキエフ大公、ウラジーミル1世(Vladimir the Great)からなのは言うまでもないんだが、これだけだと単に過去の偉人でしかない。
だがウラジーミル1世はキリスト教を国教化したので同教の聖人となり、更にロシアの守護聖人となっている。
守護聖人としてのウラジーミル1世は「キエフのウラジミール(Vladimir I of Kiev)」という名で呼ばれる。
その為にクリスチャンネームとして名づけに使われるようになった。
ソ連邦時代は宗教は基本的に禁止または抑圧されていたが、ミシェルなど命名にはキリスト教由来の名前が使われていた。
サンクトペテルブルグ近くのノヴゴロドにあるロシア建国一千年祭記念碑では一番目立つ位置にウラジーミル1世像がある。
当然、ウクライナのキエフにも 聖キエフのウラジミール由来のものが沢山ある。
ルーシはノルマン系、つまりバイキング勢力がスラブ民族圏に侵入したもので、キエフ公国もその代表格。
しかもウラジミール1世はバイキングを率いて戦い、彼らを植民させる政策を行った。
ところが近代になるとロシアの民族主義が勃興、ノルマンのバイキング由来説が否定されるようになった。
これはソ連時代にも発展し、共産党機関紙などの宣伝を通して国定歴史となっていった。
しかしソ連って本当に何だったのか?こういう覇権的民族主義にも背を向けるのがマルクスの思想だったんじゃねーの?
プーチンと元KGBのカルト保守のお友達がロシア国紀みたいなのにやられちゃったのにはこの辺の背景もあるんでないのけ?
ロシアのオリジンに自らの名の由来のキエフの聖ウラジーミルを重ね、一方でバイキング由来の部分は都合よく無視する。
だとしたら親は罪作りだ。もっと穏当な聖人の名前はあったろうに。
本人の方も、「静香」なんてお淑やかで女性的な名前を親に貰ったのに、全然静かにしてなくてうるせーわ、男社会の警察組織で上り詰めた上に政治家になるわ、高速道路走行中に石原慎太郎と喧嘩して車から引きずり落として高速の路上に放置するわと親の心なんて全然知ったこっちゃない亀井を見習ってほしい。
2年前に「ロシア語の表記揺れはなぜ起きるのか」っていう増田を書いた増田だけど、みんな覚えてるかな?
今回は最近話題のウクライナの固有名詞の日本語表記についての話をするよ!
ロシア語やその他の多くの言語で、иは「イ」の音を表す文字だよ! でもウクライナ語では違うんだ!
手元の教科書を見てみると、「ゥイー 母音字。[イ]より奥に舌を引き,唇を横にして出す」(『ニューエクスプレス ウクライナ語』10頁)って書いてあるよ! そうだね、日本語で表記する上ではロシア語のыみたいになるんだね! ローマ字ではyで表記することになってるよ!
問題は、「ウィ」って表記するとややこしいことだね! 人名のМикола (Mykola)を「ムィコラ」と書くか「ミコラ」と書くかってことだね! きちんと数えたわけじゃないけど、ロシア語のыよりもウクライナ語のиの方が使用頻度高そうな気がするよ! 原語に敬意を払って「ウィ」と書くか、日本語の読みやすさを取って「イ」と書くか、究極の選択ってやつだね!
ちなみに「ムィコラ」はロシア語でいう「ニコライ」のことだよ! ロシア語の「ダニイル」はウクライナ語では「ダヌィロ(Данило)」、「ウラジーミル」は「ヴォロディムィル(Володимир)」になるね! 「ダニロ」や「ヴォロディミル」とどっちがいいと思う?
そういえば、ロシア語のыは日本語では「ウイ」って書くことも多いね! 「チェルノブイリ」も、Чернобыль (Chernobyl’)のыを「ウイ」って書いてるね! それに倣うならВолодимирも「ヴォロディムイル」って書くべきかな? うーん、チェルノブイリを「チェルノブィリ」と書くようにした方が早いかな! ちなみにウクライナ語ではЧорнобиль (Chornobyl’)だから「チョルノブィリ」だね!
ьの説明を覚えてるかな? そうだね、同じ文字がウクライナ語にもあるけど、ロシア語と同じで無視されやすいんだね!
ロシア語の苗字でよく見かける語尾に「~スキー(-ский)」っていうのがあるけど(本来は形容詞の形だね! 個人を識別するために「○○の」っていう形容詞をつけてたのが苗字として定着したのかな?)、ウクライナ語だと-ськийになるよ! そうだね、ьがあるから「ス」じゃなくて「シ」になるんだね!
ということは、ウクライナ語的に表記するなら「~シキー」か「~シクィイ」になるべきだね! иをどう表記するかは上に書いたように色々な考えがあるけど、少なくとも「~スキー」にはならないね! 「~スキー」って書いてる時点でロシア語読みだね! Зеленськийは「ゼレンシキー」か「ゼレンシクィイ」だね!
ウクライナ語はロシア語だとьが入らないところにьが入ることがあるよ! 東部の都市の名前も、ロシア語だと「ドネツク(Донецк; Donetsk)」や「ルガンスク(Луганск; Lugansk)」だけどウクライナ語だと「ドネツィク(Донецьк; Donets’k)」に「ルハンシク(Луганськ; Luhans’k)だもんね!(ウクライナ語とベラルーシ語ではгはガ行じゃなくてハ行になるよ!)
ロシア語だとあんまり見ないけどウクライナ語だとよく見かける綴りがцьだね! ツァ行の子音цにьがついてるから「ツィ」って書くべきなんだろうけど、言いづらいよね! 学術論文とかでは「ツィ」と書くべきだと思うけど、新聞とかの一般向け媒体で「チ」って書かれてても仕方ないかな!
語末に置かれたв (v)はロシア語でもウクライナ語でも無声化するよ! ロシア語ではこれを「フ」って書くことになってるけど、ウクライナ語だと「ウ」の音になるから「ウ」って書いた方がいいね!
だからロシア語で「ハリコフ(Харьков; Khar’kov)」と書かれる地名はウクライナ語だと「ハルキウ(Харкiв; Kharkiv)」になるんだね!
語末とかで無声化したvを「ウ」って書くことになってるスラヴ系言語は、他にスロヴェニア語やスロヴァキア語があるよ! ベラルーシ語はそもそも綴りを変えてў (ŭ)って書いちゃうから逆に迷わないね! ベラルーシ語だとハリコフじゃなくて「ハルカウ(Харкаў)」になるね! なんでそうなるのかについては「なぜアザレンカはアザレンカなのか」も読んでね!
ウクライナ語にはїっていう文字があるよ! この文字はйのうしろにіを続けた発音を表すんだ! йは半母音/j/で、іは母音「イ」だね! つまりїは/ji/の音を表すわけだよ!
半母音/j/ってのは、要するに日本語のヤ行の子音にあたる音だね! ということは、їは日本語でいうとヤ行イ段の音ってことになるね!
……それ「イ」じゃね?
ただ、いちおう「йのうしろにіを続けた発音」なわけだから、「イイ」や「イー」と書くという考え方もありうるんだよね! そう書くと元の綴りがわかりやすくなるよね! іを「イ」で、їを「イー」で書くことにすると元の綴りがわかりやすいかも?
実はウクライナの国名はウクライナ語だとУкраїнаなんだよね! їを「イー」で書くなら「ウクライーナ」にすべきなんだけど、「ウクライナ」が定着しちゃってるから「ウクライーナ」と書くのは違和感があるね!
じゃあ、ここでウクライナの首都の名前を見てみようか! ロシア語ではКиевで、これはそのまんま「キエフ」で問題ないね!
ウクライナ語ではКиївって綴るんだ!
ここまで書いた色んな論点が詰まってることがわかってもらえると思うな! иは「イ」か「ウィ」か? їは「イ」か「イー」か? 語末のвは無声音の「ウ」だけど、発音よりも原綴を重視して「ヴ」と書くべきか?
仮に「иは『ウィ』、їは『イー』、語末のвは『ウ』」で書くなら「クィイーウ」になるね! 「иとїはどっちも『イ』、語末のвは『ウ』」とするなら「キーウ」だね!
仮に「チェルノブイリ」のようにиを「ウイ」と書くなら「クイイウ」とか「クイイーウ」もありかもね! ごめん、やっぱなし! さすがに不自然すぎるね!
個人的には、日本語母語話者の発音のしやすさを考えると「キーウ」が一番いいんじゃないかと思うんだけど、表記法には好みってやつがあるからね! どうしても「クィイーウ」じゃないと、という主義の人もいるかもしれないよね! 日本語表記をめぐる議論は最終的には不毛な争いになっちゃうからね!
実は、ウィキペディアでは十数年前にウクライナをめぐる喧々諤々の論争があったんだよね! ウクライナ関係記事の表記をウクライナ語で表記しよう! という動きが出てきたんだけど、иを「ウィ」で書く派の人が主導してたもんだから、日本語母語話者には発音しづらい項目名ばかりになった頃があったんだ!
たとえば、みんなも世界史の授業で「フメリニツキーの乱」について習ったことがあると思うんだけど、乱を起こしたフメリニツキーはウクライナ語ではХмельницький (Khmel’nyts’kyi)って綴るんだ! そう、иを「ウィ」で書くと「フメリヌィツィクィイ」になるんだよね! 読みづらいね! 一時期ウィキペディアのウクライナ関係記事はこんな感じの表記だらけだったんだ!
さすがにこれは、ということで今は「フメリニツキー」表記になってるけど、これもおかしな話だよね! 記事には「ボフダン・フメリニツキー」って書いてあるけど、それ何語なのかな? Богданを「ボフダン」と読むのはウクライナ語だけど、「フメリニツキー」はロシア語だよね! ちゃんぽんになってるね! せめて「ボフダン・フメリニチキー」か「ボフダン・フメリニツィキー」だよね! ちゃんぽんにするくらいならロシア語で「ボグダン・フメリニツキー」って書いた方が幾分かマシなんじゃないかな?
増田が中二病をこじらせてた頃は「は~? ウクライナ語の『и』は『ウィ』ですが~?」みたいな感じで「フメリヌィツィクィイ」みたいなややこしい表記を推してたんだけど、最近「一般人にとっての可読性も大事だよな……」という気持ちになることも増えてきたよ! だから「クィイーウ」に「フメリヌィツィクィイ」じゃなくて「キーウ」や「フメリニツィキー」でもいいと思うよ! でも「クィイーウ」「フメリヌィツィクィイ」派も間違ってるわけじゃないよ! 音楽性の違いってやつだね!
法的には、ウクライナの国家語はウクライナ語だよ! そこには疑問の余地はないね! だからウクライナに属するものはすべてウクライナ語で書くべきだというのはひとつの見識だよね!
一方で、ウクライナの住民の何割かはロシア語を母語にしているんだ! 彼らも代々のウクライナの住民だよ! っていうか、ゼレンシキー大統領も母語はロシア語だよ! ある意味、ロシア語は「少数言語」という立ち位置なんだよね! 島国じゃなくてだだっ広い平原だから、どういうふうに国境を引いても内側に少数派が残っちゃうんだよね!
ロシア語は侵略者の言語であると同時に、ウクライナの少数派の言語でもあるんだ! 「ウクライナに属するものはすべてウクライナ語で書くべき」というのは、ちょっと意地悪な言い方をすればウクライナ・ナショナリズムの主張なんだよね! たとえば、在日コリアンの李さんや金さんが、自分は「い」や「きむ」だと言っているときに、「ここは日本なのだから日本語読みで『り』『きん』と表記すべきだ」と主張する人がいたとしたら、みんなはどう思うかな?
もちろん、何度も言うけどウクライナ語で貫徹するという方針も間違ってないよ! ロシア語での表記はロシア・ナショナリズムやロシア中心主義じゃないの? と言われたら反論できないしね! ただ、「ロシア語読みを使うべきじゃない」みたいな強い言い方を目にしちゃうと、ん? それってどうなの? とは言いたくなるよね! まあ、増田は色々考えた上でだいぶ前から「キーウ」って書くことにしてるけど、今頃になってロシア語読みはけしからんとか言い出した人たちについては眉毛によだれビチョビチョにして見ちゃうよね!
あ、「キーウ」は現代の話ね! たとえば歴史上のキエフ・ルーシとかについては、「キエフ」でいいと思うんだよね! その頃はまだ東スラヴ系民族は「ルーシ」という比較的同質性が高い集団で、それがロシア・ウクライナ・ベラルーシ・ルシンに分かれていったのは近世~近代以降の話だからね! 本当は教会スラヴ語のКꙑѥвъに準拠した表記にすべきなのかもしれないけど、教会スラヴ語には詳しくないから読み方がわからないや!
ちなみに「ロシア」も「ベラルーシ」も「ルーシ」が語源だよ! 「ルーシ」はこれら諸民族にとって共通の過去なんだよね! 雑な喩えになっちゃうけど、ロシア人にとってのキエフは東日本出身者にとっての奈良みたいなものだと考えるとわかりやすいと思うよ!
ところで、昔はウクライナのことが「小ロシア」と呼ばれてたわけだけど、これはもともとは蔑称じゃないよ! 古典時代のヨーロッパには、近い方を「小」、遠い方を「大」と呼ぶ用法があったんだ! 東アジアの「大小」の感覚で考えてはいけないんだね! アナトリア半島が「小アジア」と呼ばれるのはヨーロッパから見て「近い方のアジア」ってことで、グレートブリテン島の「グレート」はフランスのブルターニュ半島より遠くにあるから、つまり「遠い方のブリタニア」ってことだよ! 現在のポーランドには「マウォポルスカ県」と「ヴェルコポルスカ県」があるけど、それぞれ「小ポーランド」に「大ポーランド」って意味だよ! なのでかつてルーシの中心だったキエフの辺りは「小ロシア」って呼ばれてたんだね! まあ、近代以降は侮蔑的なニュアンスになっちゃってるみたいだから、使わない方がいいけどね!
正直めちゃめちゃ憤ってるよ! 今回のプーチンの行いには欠片の理もないよ! 侵略どころか、ウクライナ人という民族の存在を否定しようとするなんて、ウクライナ人を民族として認めたソ連よりも退行してるよ! 70近くになって怪しい歴史認識に目覚めるとか、実家の親なら笑い話になるかもしれないけど核保有国の独裁者だとちっとも笑えないよ!
ロシアから見てNATOの東方拡大は脅威なんだ、だからロシアのウクライナ侵攻は仕方ない、と言ってる人たちもいるけど、どう考えてもおかしいよね! 仮にそれを是とするなら、日本にとって中国の軍拡は脅威なんだから韓国に親中政権ができたら日本は韓国に攻め込んでもいい、みたいな話になっちゃうよね! 狂ってるよね!
でも、その憤りをロシア人やロシア文化に向けるのは絶対に間違ってるよ! 拉致問題への憤りをコリアンやコリア文化に向けてる人たちと一緒だよ! 普通に人種差別だよ! そういう人たちはプーチンの行いを非難するのもいいけどまず自分の差別意識と闘うべきじゃないかな?
ロシア文化もウクライナ文化も、どっちも尊重されるべき文化だよ。ウクライナ文化の擁護はロシア文化の否定じゃないよ。ウクライナ人やウクライナ文化の存在を否定しようとする侵略者は否定されるべきだけど、それがロシア人やロシア文化への否定に繋がってはいけないよ。
増田はどちらの文化も好きだよ。だから本当にこんな事態になってしまって悲しいし、ロシアの若者を非道な侵略戦争に送り込んだ連中には相応の報いがあることを祈っているよ。
yiみたいな発音、ロシア語についてもЕは正確にはyeなんだけど、日本語的に普通なエとなるЭよりも頻度高いのをいちいち日本語で言いづらいイェと表記するのクッソしんどいみたいな話に帰するよね…
国際的な転写法でも、Еは普通にeで、Эに特別な記号を当ててることが多いもんね! иは頻出するから扱いが難しく、一律で「イ」にしちゃうというのも可読性の面からは合理的なんだよね!
BBC,CNNとか見てるとキエフをキーウって言うようになったのはいいけどウクライナをユークラインって言ってて、これだから英語話者は…、ってなる。
英語話者がウクライナをユークレインって呼ぶのは日本をジャパンと呼ぶようなもんだから、そこは気にならないかな! そんなこと言ったら、日本人も「スペイン」「ポーランド」「クロアチア」「ギリシャ」「オランダ」「アルメニア」「メキシコ」って言えなくなっちゃうしね!
日本人があーだこーだ言ってても始まらん。駐日大使とかに、決めてもらったら良いんじゃないか? 国名とかは基本的に、相手からの申し出があって初めて変更って手続きだし。
これは「日本語母語話者がウクライナ語の音を表記する上で、どういう仮名遣いが適切か」って話だから、ウクライナ人じゃなくて日本人の問題だよ! もちろんウクライナ人には口を出す権利があるけど、基本的には日本人が主体になって決めるべきことだよ!
ちなみに駐日ウクライナ大使館はウクライナ語表記の指針を出してるけど、これまで日本のウクライナ研究者たちが使ってきた慣用とは明らかに異質で、可読性も微妙だから、ぶっちゃけ専門家のあいだでは黙殺されてるよ! 慣用表記はトップダウンで決まるものではなくて色々な議論を経て徐々に決まっていくもので、「明らかな間違い」は排除されるべきだけど「間違いではない表記」は何種類も存在するんだよね!
っていうか、国名の変更は、あくまでも「政府が在外公館の名称として定める国名」を法文上どう書くかという話であって、民間の慣用表記とは無関係だよ! たとえば、日本の外務省は長らく「ヴィエトナム」って表記を使ってきたんだけど、日本の慣用表記は一貫して「ベトナム」だったよね! つまり、外務省の呼称とその社会における慣用表記はまったく別なんだね!
(国名表記の移り変わりについてはいくつもの研究があるけど、たとえば、「ロシア」などの主要な国名表記がどんなふうに成立してきたかを論じた『外国地名受容史の国語学的研究』っていう本が面白かったよ!)
『ベニスの商人』が『ヴェネツィアの商人』になったという話は聞かないから、芸術分野での慣用表記はまた別なんじゃないかな!
あっ詳しい人が居たから教えてエロい人!お菓子屋のMorozoffはどうしてMorozovじゃないの?あとgoncharoffも。
昔は綴りを無視して発音に忠実なfって書いてたってことだと思うよ! 「転写」と「翻字」の違いだね! 詳しくはググってね!
言語に忠実に表記しようとする努力や議論があるだけで偉いよ。英語はめちゃ乱暴やし。ウクライナはユークレイン、ハルキウはカルキヴ、クリミアはクライミア、英語アルファベットで読むだけ。
クリミアはクライミアでもいいんじゃないかな! ロシア語だとクルィム(Крым)、ウクライナ語だとクルィムかクリム(Крим)、クリミア・タタール語だとクルム(Qırım)だから、「クリミア」って時点でもう西欧の呼び方なんだよね!
なんだろう、あまり表では言えない感じなんだけど、パラリンピックってぶっちゃけ単独では成立してない、オリンピックの抱き合せで成り立ってる競技会だと思うのですよ。
オリンピックを実施することに対するタテマエというか、インクルーシブって言うための。
だけど、この雰囲気だとオリンピックの後感染が収束しない状態で、パラリンピックは開催できるんですか? という話になると思うんだけど、結局放映権ビジネスとかないから軽々と中止にしそうな気がしてるんですよね。
結局タテマエなんかどうでも良いっていう、どっかの記事で「答え合わせ」っていってたけど、それがネガティブな意味で強く感じられてしまう。
差別って結局は制度の問題なんよ。具体的な例を出せ、っていうのは具体的な制度の問題点を指摘しろってこと。ネットの言説”のみ”をあげて「これが差別だ」と言われても「ひどい人たちがいるもんですね」で終了よ。たとえば独身男性が既婚男性より有意に昇進などで壁があるとか、既婚者だけ税金で優遇されてるとか、低所得な独身男性(これは女性もだけど)に負担の大きい国民年金と国民保険料の問題とか、根幹は「夫婦+子供という形の家庭のみを想定した日本の税金や社会保障の制度の問題」なんで、そこを変えるように働きかけるのが早いと思うのよね。制度だけでなく独身低所得男性への蔑視が耐えられないのであれば社会的多様性とインクルーシブネスを支持していくしかないでしょう。そういうわけで、弱者男性が”差別”されない社会を作りたいなら、フェミニストやLGBTQとも共闘していくのが近道と思われます。
それならわかるんだけど、元増田はこう言ってるんだよ。
またお決まりのように「自分個人」や「男性固有」の苦しみを語ることを求められるが、そういうことを言いたいんじゃないんだよね。
「人にはそれぞれの地獄がある」という当たり前のことを想像すれば絶対できないはずの雑なレッテル貼り語りを、たとえば女性に対するそれを許せないのと同様に、男性に対するそれも許したくなかっただけです。
ならどう苦しいのか?ていうインクルーシブな問いかけ、個人や固有の苦しみを語ることを促されて、それを強く拒絶して、その流れで「レッテル貼りは許せない」て言ってるから、そもそも特定の属性にまつわる苦しみとかを否定してるのかなと思った。
ワイはとある会社のマネージャーやっているが、増田妻にはこの点を心配した。
不必要な情報格差でもって上位に立つというのは自分に自信のないマネージャーがやりがちな偉そう感を出す手だと思う。
ただ、そういうことをすると上司への不信感が募ったり、部下の疎外感を深めたりして、やる気を失わせ、職を去らせることになるからだめなんだよね。
やる気を失わせたら、部署全体の業績に響くし、職を去らせると採用・育成のコストをもう一度払うことになる。
今回の事案を見て、ほかのマネージャーからも呼ぶべき会議にうっかり呼び忘れたときのフォローが結構大変という話を聞いたことを思い出した。
増田妻が優秀な管理職モードで増田に接するなら、怒りを受け止め、謝るところだけれど、家族には甘えがあるから、まあ、そうもいかんだろうな。
誰がどういう評価になったかをマネージャーは知っているが、それを違う社員にべらべら話したりはしないし、インサイダー情報も話せない。
すごくよかった。
私の頭では難しくて、一周ではわからないところも多かったので、何話か見直した。
改めてもう一周しようと思っている。
主人公以外の人々が、ほとんどみんな主人公のことを大好き過ぎるんだけど、納得できるし主人公とはかくあるものなのだろう。
女の子同士なら敵キャラとも友達になれてしまうのが不思議だけども、作者の解釈では女の子とはそういうものなのかもしれない。
ルーシェンの作画が毎回ほぼ崩れないところにこだわりを感じる。素晴らしい。
リョーコの声と喋り方がとにかくかわいい。
シズノ先輩が不憫。記憶を無くしたままの方が幸せそうな気がする。
ああ書いてたらキリがない。
もし思春期あたりに見てたら、死生観にすごく影響を受けてたと思う。この歳でも、考えさせられるものがあるし。
思春期から30歳過ぎまで、アニメを見るのを封印していたので、リアタイ視聴のしようがなかったんだけど、もったいないことしてたなー。
でもこの歳になったからこそ楽しめるのかもしれない。とにかく見てよかった。
池澤夏樹=個人編集 世界文学全集II-11所収 ピンチョン「ヴァインランド」
岡地稔「あだ名で読む中世史 ヨーロッパ王侯貴族の名づけと家門意識をさかのぼる」☆
今尾恵介「ふしぎ地名巡り」★
奥野克巳「ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと」
ピーター・ゴドフリー=スミス「タコの心身問題 頭足類から考える意識の起源」
テッド・チャン「息吹」★★
ピエール・バイヤール「読んでいない本について堂々と語る方法」☆
イリヤ・ズバルスキー、サミュエル・ハッチンソン「レーニンをミイラにした男」☆
チャールズ・C・マン『1493――世界を変えた大陸間の「交換」』★★★
ジョン・サザーランド「ヒースクリフは殺人犯か? 19世紀小説の34の謎」
東京創元社編集部「年間日本SF傑作選 おうむの夢と操り人形」
高丘哲次「約束の果て―黒と紫の国―」
堀晃ほか「Genesis 一万年の午後 創元日本SFアンソロジー」
水見稜ほか「Genesis 白昼夢通信 (創元日本SFアンソロジー 2) 」
村上春樹「ラオスにいったい何があるというんですか? 紀行文集」★
サリンジャー「このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる ハプワース16、1924年」。
チョン・ソヨン「となりのヨンヒさん」
「ガラン版千一夜物語 1」★★★
「ガラン版千一夜物語 2」
「ガラン版千一夜物語 3」
「ガラン版千一夜物語 4」
「ガラン版千一夜物語 5」
「ガラン版千一夜物語 6」
ジョン・サザーランド「ジェイン・エアは幸せになれるか?―名作小説のさらなる謎」★★
ジョン・サザーランド「現代小説38の謎 『ユリシーズ』から『ロリータ』まで」
J・P・ホーガン「未来からのホットライン」
ロバート・アーウィン「必携アラビアン・ナイト 物語の迷宮へ」★
ヴァージニア・ウルフ「ダロウェイ夫人」(光文社)★★★
ジュリアン・バーンズ「フロベールの鸚鵡」
イアン・マクドナルド「黎明の王 白昼の女王」
オルガ・トカルチュク「逃亡派」☆
ユヴァル・ノア・ハラリ「ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来」上巻☆
ユヴァル・ノア・ハラリ「ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来」下巻
住吉雅美「あぶない法哲学 常識に盾突く思考のレッスン」★★★
ルーシャス・シェパード「タボリンの鱗 竜のグリオールシリーズ短篇集」
オルガ・トカルチュク「昼の家、夜の家」
エイミー・B・グリーンフィールド『完璧な赤 「欲望の色」をめぐる帝国と密偵と大航海の物語』
ヴァールミーキ「新訳 ラーマーヤナ4」
ヴァールミーキ「新訳 ラーマーヤナ5」
タクブンジャ「ハバ犬を育てる話」☆
ヴァールミーキ「新訳 ラーマーヤナ6」
ホアン・ミン・トゥオン「神々の時代」★
ヴァールミーキ「新訳 ラーマーヤナ7」
ローデンバック「死都ブリュージュ」
ホセ・ドノソ「夜のみだらな鳥」
ロレンス・スターン「紳士トリストラム・シャンディの生涯と意見」上巻
ロレンス・スターン「紳士トリストラム・シャンディの生涯と意見」中巻
ロレンス・スターン「紳士トリストラム・シャンディの生涯と意見」下巻
入江亜季「北北西に曇と往け」(一)~(四)
石黒正数「Present for me」
澤江ポンプ「近所の最果て」
カシワイ「光と窓」
月ごとに一番面白かった本を3冊選び、★をつけた。ただし、どうしても入れたかったものは☆をつけた。月ごとの順位なので、たとえばパク・ミンギュにはもっと星をつけたいのだがそれが反映されていない。
数えてみたが、2020年に読んだのは活字149冊、漫画22冊だった。毎月12冊から13冊読んでいると思っていたので、単純計算で150冊を超えると思ったが、ぎりぎり足りなかった。とはいえ、毎月10冊という目標は達成している。
1年を通して見ると、ノンフィクションばかり読む時期や、SFばかり読む時期などが明確に交代していることがわかる。特に、4月から6月はSFとファンタジーがほとんどだったが、8月以降SFを全くと言っていいほど読んでいないし、逆に11月、12月は1冊をのぞいてノンフィクションがない。
また、芥川賞をはじめとした日本の現代文学をほとんど手に取っていない。ベストセラーやエンタメ、ホラーもない。逆に、韓国やタイ、ペルーやチリなど、日米欧以外の海外文学の割合が高い。
意識してきたわけではないが、自分の好むジャンルは科学や歴史のノンフィクション、神話、行ったことのないラテンアメリカやアジアの文学、メタフィクション的であったり奇妙な味がしたりする短篇集、古典、であるようだ。一方で、女性作家の割合は低く、特に日本の現代女性作家をほとんど手に取ってない。一時期は多和田葉子だとか江國香織とかをよく読んでいたので女性作家が嫌いなわけではなく、ヴァージニア・ウルフも好きだし、ハン・ガンも自分の中では大当たりだったので、もう少し割合を増やしてもいいかもしれない(追記。身につまされる話よりも読んでいて気持ちのいい本を読む率も増えた)。
割合の話でいえば、大学時代はもう少し文豪の作品を多く読んでいたように記憶している。それと、いくつからの例外を除き、世間の動きや話題とは遊離したチョイスばかりである。世の中から目を背けているわけではないが、日々の雑事とはまた違う視点に立てたのはありがたかった。新型コロナウイルス関連の記事ばかり読んでいては気がめいってしまう。
今年は少し冊数が少なくなるかもしれないが、引き続き毎日の気晴らしとして、気が向いたものを好きなように読んでいきたい。
以上。
https://blog.tinect.jp/?p=68019
だいぶ昔にMENSAに所属していて、MENSAのIQテスト大会みたいなので優勝したりして、IQという指標で分布見たらかなり端っこにいるヤツ。
元記事にある様な行動を取ったりすることもあるので胸が痛くて増田に書こうと思いました。
ちょうど、同じことを社内向けに伝えたばかりなのでタイムリーだったというのもあり。
まず最初に断っておくと、この項目はいわゆる知的障害者への偏見を抜きにして事実だけ読んでほしいです。
MENSAの飲み会の中である人が「我々は知的障害者なんだ」と話していたことがとても印象に残っています。
どういうことかというと、IQ130(MENSA入会基準)というのはIQ70(知的障害基準の一つ)と同じだけの出現率であること。
そして、知的障害という分類を社会が生み出したのは、コミュニケーションや理解度がボリュームゾーン(IQ100)と異なることで、社会生活に困難を生むから。
大は小を兼ねる的に、高IQだからってコミュニケーション困らないでしょ、と思うとそうでもないです。
知的障害の方々の行動や思考の「理解できなさ」を思い浮かべてみてください。
なぜ、あの人はずっと同じことを繰り返しているのだろう。どうして突然関係ないことにこだわり始めるんだろう。
そういう「理解できなさ」をマジョリティに対して感じることがあるわけです。
そうすると、理解できないことを起因として集団からはじき出されながら社会生活に支障をもたらすことがあります。
僕はパターン化(抽象化)の能力が高いってことだと考えています。
複数の物事に触れたときに、それらの共通点・差異を見つけてパターン化し、次の事象へ当てはめてみようという意欲の強さと精度の高さです。
少なくとも、その能力だけで僕はMENSAに所属し、その中でもIQテスト大会やって優勝するくらいの異端にはなりました。
裏返せば思い込みが激しいんです。
サンプル数の少ない事象に直感とも言うべき帰納的なパターンを見いだして、恐れずそれを適用するだけなのですから。
そして、その独特なパターンに乗ってない議論や視点や考え方への理解はそれほどうまくできなかったりします。
だから、IQ高い/頭がいい=頭の回転が速いとか計算が速い、記憶力が高い、といった捉えられ方をすると困惑します。
相手の言っていることが言葉として理解できるけどその思考が理解できないとか、こちらが伝えようとしていることが全く伝わらないとか、かなりの頻度でありました。
勉強を教えてほしいと言うので教えると、こちらとしては当然こう考えるべきというレールがあるのに、そこに乗ってくれない。
僕は幼い頃からこんな風に周囲との違いを暗に感じてきました。
そういうことを繰り返して手に入れた結論は「人のことがわかるなんておこがましい」です。
「自分は人を見る目がある」と自負する言葉は僕にとって信用ならない言葉だし、「言わなくてもわかるでしょ」はわからないんです。
でも、僕自身はやっぱりパターン化して世界と向き合っているので、そこにはある種の自動化とか思考のショートカットが入っていて、それらを言語化するのにすごく時間がかかってしまう。
その中で、自分自身がうまく言葉にできていない部分を連ねていくときには、自分の思考をトレースしているために、ものすごく直線的な論理展開をします。
そんなときには他者の意見を否定するようないい方をしている場面も自分自身感じています。
ただ、僕は高圧的に話をして人をやり込めたいとか否定したいのではなくて、必死に自分の考えを伝えようとしているだけなんです。
その上で僕の間違っている部分を示してもらって、よい結論へ持って行く議論ができるとうれしい、と思いながら話をしています。
そんな思いとは裏腹に、自分の話し方がまずいせいで、どうしても人を威圧したり、意見を封殺するような口調になっていることが多いように感じています。
理由は上に書いたように、僕が話し始めている時というのはかなり必死な状態なんです。
今まで自分と同じ土俵だと思って話して行き違いを何度も何度も経験してきたことが僕の原体験にになっていて
みたいなやり方が自分の中に根付いてしまっているから、これをうまく修正できないでいます。
つまり、単なるマウンティングのために頭の良さでぶん殴っているわけではなく、立っている土台が違うことでコミュニケーション齟齬を産んでいるケースを想定しています。
今僕は、頭の良さっていうのは謙遜も自慢もなく自覚しないとひどい病だと思っています。
死ぬことこそが救い、俺が愚民を救世してやる、とナイフを振り回す異常者、怖いでしょ?
元記事の同僚がどうかはわからないけど、コミュニケーション上の問題を感じながら論理的であることをやめられないのはそもそも問題意識が周囲と異なるのではないでしょうか。
それ自体が間違っているわけではないし、論理的に解決を進めることが社会や人類を発展させてきてます。
なので人と一緒に働いている中では、自分の特性みたいな部分を自覚して、周囲に伝えてみてください。
その人がどういう人間性なのかを、一面だけで判断しないでほしいです。
もちろん、中にはまさにクズと言っていい性根の人もいるでしょうし、そういう人を無理にかばってくれとも言いません。
しかし、普段は問題ないのに議論になると殴られるからいやだな、と思うような相手はもしかしたら問題を抱えている人かもしれません。
そういう人たちとインクルーシブに働ける環境を作っていけたらいいなぁなんて思っています。
わかってるけど、やりきれない部分ってあるんです。
なので、最善とは言わないけど、ここに書いたような文章をチーム向けに伝えて、お互いのギャップを一緒に見つめましょ、って話をさせてもらいました。
コミュニケーションなんだからみんなできて当たり前、たどり着けない部分があるのは甘え(努力していない)って言われるのは怖いなぁ。
ルーシェ・レンレンのダチだっけ?
「ロシア語の表記揺れはなぜ起きるのか」(anond:20200904111105)の増田だよ! みんな前の増田ではたくさんのブクマありがとう!
全米オープンで大坂なおみ選手が優勝したね! おめでたいね! そして決勝戦の相手はアザレンカ選手だったね! 名前をニュースで聞いて「ん?」と思って気になって調べてみたらやっぱりベラルーシの人だったね!
前回の増田を踏まえて、ベラルーシ語の事情についてちょっと語るね!
ウクライナでは苗字の語尾に-енкоってつく人がとても多いんだ! ちょっと前のオレンジ革命では、ティモシェンコとかユーシェンコとか、そういう名前をたくさん聞いたね!
この「~エンコ」で終わる苗字は、ウクライナだけじゃなくてロシアやベラルーシにも分布してるよ! 函館空港に強行着陸したベレンコ中尉とか、ベラルーシの独裁者ルカシェンコ大統領とか、一度は聞いたことがある名前だと思うな! ちなみにこの形の苗字は男女で形が一緒だよ!
そして、アザレンカ選手の苗字も、この-енкоで終わる苗字の一種なんだ!
え? どういうこと? って思うかもしれないけど、Wikipediaでアザレンカ選手の名前を調べてみるとよくわかるよ! ロシア語版でもウクライナ語版でも、彼女の苗字は「アザレンコ(Азаренко)」って書かれてるんだ!
じゃあどうしてそれが「アザレンカ」になるのかな? そうだね、ロシア語の強勢に関するトリビアを思い出してみようね!
ロシア語では強勢の置かれないоは「ア」みたいに発音される、っていうのは前の増田で説明したよね! だからХорошоは「ハラショー」なんだね!
これは発音と綴りが乖離してるので、学習者からするとちょっとめんどくさいかな! ロシア人の子供も書き取りテストとかで間違えたりするらしいよ! 日本の子供も「ぼくわげんきです」とか「これおください」とか書いちゃったりするもんね!
だから、強勢が置かれないоは、語源的にはоであってもаって書かれるよ! ロシア語の「頭」はголова(ガラヴァー)だけどベラルーシ語だとгалава(ガラヴァー)、「牛乳」はロシア語でмолоко(マラコー)だけどベラルーシ語だとмалако(マラコー)になるよ! ロシア語で「ベラルーシの」という形容詞の女性単数生格形はбелорусскойだけど、ベラルーシ語だとбеларускайになるんだね!
ここまで読めば、昔「ベロルシア」って呼んでた国をどうして「ベラルーシ」って呼ぶのかもわかるんじゃないかな? そうだね、ロシア語Белоруссия(「白いロシア」の意)の強勢はуに置かれるから、оがаみたいに発音されるんだね! そしてベラルーシ語だとそれを忠実に綴りに反映するからБеларусь(「白いルーシ」の意)になるんだね!
だから、ロシア語では「アザレンコ」と呼ばれる苗字は、ベラルーシ語では「アザランカ(Азаранка)」になるんだね!
あれ?
そう、増田も調べてみてビックリしたけど、ベラルーシ語だと「アザランカ」なんだよね!
ベラルーシ語には現在一般的に使われている正書法とタラシケヴィチ式正書法(タラシケヴィツァ、Тарашкевіца)という2つの正書法があって、Wikipediaには現代標準ベラルーシ語版とタラシケヴィチ式ベラルーシ語版の2つの版があるんだけど、どっちを見てみても綴りは「アザランカ」だったよ!
確かに強勢は2番目のаに置かれるから、еが弱く読まれるのは言われてみればわかるよ!
だからベラルーシ語だと、アザレンカ選手のフルネームは「ヴィクトールィヤ・フョーダラウナ・アザーランカ(Вікторыя Фёдараўна Азаранка)」になるんだね!
ロシア語の「ヴィクトーリヤ・フョードロヴナ・アザーレンコ(Виктория Фёдоровна Азаренко)」と比べて、どこが弱く読まれてるか見てみると面白いね! ちなみにウクライナ語だと「ヴィクトリヤ・フェドリウナ・アザレンコ(Вікторія Федорівна Азаренко)」になるよ! 真ん中の部分は「フョードルの娘」って意味だね! 「アザランカ家のフョーダルの娘のヴィクトルィヤさん」だね!
でも、なぜか彼女は英語では「ヴィクトリア・アザレンカ(Victoria Azarenka)」って名乗ってるんだよね! ロシア語でもベラルーシ語でもなくない!?
どうして彼女がこう名乗ってるのかは、彼女本人に聞いてみないとわからないね! でも、実はベラルーシでは「正しい」ベラルーシ語を話す人はそんなに多くないんだ! 国内ではロシア語の方が通じたりするし、農村部のベラルーシ語話者が喋っているのは「方言」であって「標準語」じゃないから、きちんと教育を受けた人じゃないと「正しい」ベラルーシ語を話すことができなかったりするよ!
アザレンカ選手も、英語で自分の名前を書くときに、Azarenkaという綴りが一番自分にしっくり来るから選んだのかもしれないね!
最近の英語でのベラルーシ政治に関する論文とかでは、政治家の名前がベラルーシ語表記されることが多くなってきているね!
たとえば今話題の独裁者ルカシェンコ大統領も、ベラルーシ語読みの「ルカシェンカ」って表記されることが多いね!
日本のジャーナリストはロシア語を通してニュースを仕入れているんだろうからロシア語読みになっちゃうのは仕方ないところもあるんだけど、せっかくだからベラルーシの人名はベラルーシ語で書いてみない?
今年の大統領選挙でルカシェンカ大統領に立ち向かったスヴェトラーナ・ゲオールギエヴナ・チハノーフスカヤ(Светлана Георгиевна Тихановская)氏も、ベラルーシ語だと「スヴャトラーナ・ヘオールヒエウナ・ツィハノーウスカヤ(Святлана Георгіеўна Ціханоўская)」になるし、その旦那さんは「シャルヘーイ・レアニーダヴィチ・ツィハノーウスキ(Сяргей Леанідавіч Ціханоўскі)」になるね! 新聞とかでは「スベトラーナ・チハノフスカヤ」「セルゲイ・チハノフスキー」っていうロシア語読みで書かれることが多いけど、「スビャトラーナ・ツィハノウスカヤ」「シャルヘイ・ツィハノウスキ」って書いてもいいと思うな!
ノーベル文学賞を受賞したスヴェトラーナ・アレクサーンドロヴナ・アレクシエーヴィチ(Светлана Александровна Алексиевич)氏も、ベラルーシ語だと「スヴャトラーナ・アリャクサーンドラウナ・アレクシエーヴィチ(Святлана Аляксандраўна Алексіевіч)」氏になるね! よかった、苗字の表記は変える必要がないね!
わわわ、こんな人がいるんだね! 教えてくれてありがとう!
ベラルーシ語だと「アルィーナ・シャルヘーエウナ・サバレーンカ(Арына Сяргееўна Сабаленка)」だけど、ロシア語だと「アリーナ・セルゲーエヴナ・ソボレーンコ(Арина Сергеевна Соболенко)」さんだね! 苗字にあるоが全部аになってて、いかにもベラルーシって感じだね! 英語ではAryna Sabalenkaと名乗っているみたいだけど、これはベラルーシ語の忠実なローマ字表記になってるね!
ポリティカル・コレクトネス。政治的正しさ。皮肉にもこの言葉は 1920年代の社会主義社会で好まれて使われたものだ。もしくはそれらの社会を批判する際に使われたものだ。
ヒトラーのアーリア至上主義はポリコレだと批判された。スターリンは反対者をポリコレじゃないと大粛清した。
ポリコレは絶対的な正しさではない。政治的な正しさだ。文字通りに捉えればその社会において主流な政治的なスタンスにおいて正しいか正しくないかということを表すにすぎない。
事実、現在の西側諸国で猛威を奮っているポリコレは皮肉にも1920年代に回帰してしまっている。よりインクルーシブな社会を作るという高尚な思想がいつの間にか排他的な暴力者達の武器になっている。
blacklist/whitelistやmaster/slaveが黒人差別用語だなどと嘘を言い、それに従わないものは排除される。スターリンの粛清と何が違うのかな。ポリコレクン、君はどこまで。