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はてなキーワード: 資質とは

2022-08-19

anond:20220817103832

ここまで恥も節操被害者への想像力もなく、自分達の基盤として利用できるものは利用していたとはね。

これらは政治家としての資質だと言われたら、おう…としか言いようないけど。

デモネガティブイメージ植え付けられてる日本で、選挙以外でノーを突きつけられるのはメディアくらいかと思ってたけど、そこもボロボロのようだし、どうしたもんかね。

これで長期政権を誇ってるの、ギャグしか言いようがない。

きちんと教科書に載せて後世に伝えてほしいね

2022-08-18

anond:20220817134415

たったひとつの冴えたやりかた ハンカチ

「the only neat thing to do handkerchief」

Google検索するもそれらしい結果は得られなかった

大野万紀が言った説も言及されているが確証が得られない

「The Starry Rift handkerchief」

Google検索するとやや近い表現記述が見つかる

https://www.publishersweekly.com/9780312937447

Publishers Weeklyが記した分から一部引用

In all likelihood, this is destined for the same popularity as Tiptree's other work but readers must be prepared to turn down their critical facilities and get out their handkerchiefs.

この本は、ティプトリーの他の作品と同じように人気が出るだろうが、読者は批評家としての資質を低下させ、ハンカチを取り出す覚悟必要である。(deepL翻訳

ブコメにも言及あり

以下ブコメより引用

“読者は、批評家としての資質を低下させ、ハンカチを取り出す覚悟必要であろう。 (DeepL)” https://books.apple.com/au/book/the-starry-rift/id1016642994 これかな

(話がそれるが「読者は批評家としての資質を低下させ」ってのがうまくニュアンス掴めない……感動して泣いちゃうから冷静な批評できないくらいのニュアンスか?)

じゃあPublishers Weeklyって何者?

wikipediaによると……

Publishers Weekly (PW) is an American weekly trade news magazine targeted at publishers, librarians, booksellers, and literary agents.

パブリッシャーズ・ウィークリー(PW)は、出版社図書館員書店員文芸エージェントなどを対象とした米国の週刊業界誌です。(deepL翻訳

どうやらこの雑誌には書評コーナーがあるらしい

google検索でヒットしたPWが記した文というのも書評アーカイブのようだ

しかしこの書評アーカイブ書評者が書かれていない

他の本の書評にはAgent:誰々って末尾に書かれたものもあるのに……

ひょっとして匿名レビューか?

PWの書評コーナーは著名な書評家が何人かで行っていたみたいな記述もある

「PW書評家のうちの誰か」がPWに書評掲載

誰かが「この小説を読み終わる前にハンカチがほしくならなかったら、あなた人間ではない」と意訳

訳者である浅倉久志が後書きでその意訳書評を紹介

のような経緯が想像できる

これが一番もっともらしいか

追記

真偽不明だがTwitterで「ローカス賞を取った時の雑誌書評」というつぶやきが2011年時点でされていた

だとするとLocus magazine1986年刊行のものに乗っている可能性がある

アーカイブ確認すればわかるはず、だが……

ネット上にあるかなアーカイブ

https://locusmag.com/1986/06/table-of-contents-june-1986/

とりあえずローカス賞特集号っぽい月の目次だけでも

または以下データベース1986年ごろのどれかか

http://www.isfdb.org/cgi-bin/title.cgi?48424

だめだーこれ以上は実物見ないとわからん

anond:20220817125434

一定資質知識が要るんだから管理職にすることはもちろん、他の人の指導役にしたり上下関係の「上」に立たせたりすることを安直にやっちゃだめなんだよ。

離職リスクにさえつながっていて、重大な損害になるんだよ。

そういう点では大企業年功序列試験制の昇進制度には一定の利はあった。

2022-08-17

anond:20220816014148

働くことに必要技術習得するために大学に行く、というのはあり。

しか大学職業訓練機関ではなく学術機関。これも正しい。

この差を埋めるのは学生意識

卒業研究必須だと大学教授判断しているのに、それを経験の浅い学生とき不要とすることがおかしい。

そんな判断しかできないなら、先達の言うことを聞いとけ。

そして大学学生幸せ提供する場では無い。学生がその中に幸せをみつけるのは問題ないけど、それが見つけられないからって大学を責めるのはお門違い。それは学生側の資質欠如。

会社社食カレーフェアをやったら「自分は辛いものが苦手でカレーが食えない、なのにカレーフェアをやるのは平等じゃない云々」と突っかかった社員の話を聞いたことがあるけど、それと同じ匂いがする。

当然の与えられた権利だと思うな。システムの中で不満を感じるなら、まずは自分が変わって、そして余裕が出来たらシステムを変える働きかけをする。

そういうプロセス人生論を考えずに投稿したのなら、さすが無責任学生世代人間だな、としか思わない。

anond:20220816014148

働くことに必要技術習得するために大学に行く、というのはあり。

しか大学職業訓練機関ではなく学術機関。これも正しい。

この差を埋めるのは学生意識

卒業研究必須だと大学教授判断しているのに、それを経験の浅い学生とき不要とすることがおかしい。

そんな判断しかできないなら、先達の言うことを聞いとけ。

そして大学学生幸せ提供する場では無い。学生がその中に幸せをみつけるのは問題ないけど、それが見つけられないからって大学を責めるのはお門違い。それは学生側の資質欠如。

会社社食カレーフェアをやったら「自分は辛いものが苦手でカレーが食えない、なのにカレーフェアをやるのは平等じゃない云々」と突っかかった社員の話を聞いたことがあるけど、それと同じ匂いがする。

当然の与えられた権利だと思うな。システムの中で不満を感じるなら、まずは自分が変わって、そして余裕が出来たらシステムを変える働きかけをする。

そういうプロセス人生論を考えずに投稿したのなら、さすが無責任学生世代人間だな、としか思わない。

ここまで恥も節操被害者への想像力もなく、自分達の基盤として利用できるものは利用していたとはね。

これらは政治家としての資質だと言われたら、おう…としか言いようないけど。

デモネガティブイメージ植え付けられてる日本で、選挙以外でノーを突きつけられるのはメディアくらいかと思ってたけど、そこもボロボロのようだし、どうしたもんかね。

これで長期政権を誇ってるの、ギャグしか言いようがない。

きちんと教科書に載せて後世に伝えてほしいね

2022-08-16

学問道楽である

学校に求められているのは結局選別の機能だけで、ギョーカイによってはそれすらコネ下位互換に過ぎない

だったら具体的に学ぶ内容なんか、リベラルアーツでも四書五経でもその他の何であっても、選別さえできるなら大して変わりないのではないか

あの「教養を身につけることで人間になれる」っていうのがきわめて怪しいのはそこで

本質的には「野球だけやっていれば社会人として必要資質が身につく」みたいなのと同レベルの話でしかないのではないか

どちらも学者野球選手の食い扶持稼ぎに適当言ってるようにしか思えないのである

2022-08-15

共感にあらがえ - 内田樹の研究室を読んで

これは、いろいろと考えさせられるいい文章だと思った。永井陽右という青年を振り回すかのように語る内田樹。こういうマウントは嫌いじゃない。

ただ、内田が、

感情の器」って、あくまでも個人的身体条件のようなものから

というとき、何か逃げた回答のような印象を受けた。

たとえそれが自分の中から湧き出す内発的なものだとしても、大昔にアダム・スミス道徳感情論で追求したように、何かのテコで共鳴し、社会規範構成するに至るメカニズムが何かしらあるんだろうと俺には思えてならない。

そういう感覚を身に着けるのにどうすればいいかと問うた永井氏に、家風だとか、弟子入りだとか、そんな表現内田氏がするのは、けむに巻いているようにしか思えなかった。

家風にしても弟子入りにしても、そのつながり方が、社会規範にむすびつくメカニズムがあるはずだ。

アレックス・カー20年前に書いた本で『犬と鬼』という著作がある。

おりしも建設省代表される特別会計の闇が浮き彫りになった時代

アメリカの7倍のコンクリートを使って日本山河コンクリートで固めようとしていた、公共事業のあり方に疑問を呈した名著。

その『犬と鬼』のなかでカーは、そんな日本に至った問題を解明するヒントは「徳の逆説」にあるという。

「徳の逆説」というのは、国家も人も同様に、自分たちに最も欠けている資質を最も高く評価する傾向があるという、カーが常々思っている真理を彼なりに名付けたものだ。


A・カーは、フェアプレイ精神といいつつ、七つの海を支配した大英帝国の事例、平等を錦の御旗にしていた共産主義者トップ黒海に豪奢な別荘を保有し、人民実質的農奴と変わらない生活だったというソ連の例などを挙げつつ、最後に、和を貴ぶ日本人がなぜ明治開国後、対外侵略に夢中になったかという精神性に触れてゆく。

「徳の逆説」は、身近なところでも当てはまる。口うるさい親や上司説教ブーメランに思えてならない、という経験は誰もがしているはず。そして気が付くと俺も親父と同じことを子供に、という連鎖

最近、想起するのはやはり旧統一教会家族価値を高らかに謳いあげておきながら、その活動が原因で多くの家族崩壊している、といった、「おまゆう問題崩壊させているがゆえにますます高まる家庭の価値、という悪循環。これもA・カーのいう「徳の逆説」が見事に当てはまる。これは人が自分自身を規律しようとするとき動機付けメカニズムなのだ

内田永井議論テーマひとつである人権平等。あたか普遍的原理についても、

それを概念として具体化して社会が取り込んだ過程を決して忘れてはならない。

アメリカ建国者の一人、トーマスジェファーソン人権宣言を起草した当時、200人以上も奴隷を抱えていた。

これは矛盾というよりも、むしろ奴隷制にどっぷりと漬かっていたからこそ人権宣言が生まれたという「徳の逆説」のメカニズムを見るべきだろう。

どんなに薄汚れた社会であっても、一度高らかに掲げた理想は、その社会を真綿で絞めてゆく。欲望大全開の人民を前提にすると、民主政は成り立つのか。多数決をすれば少数者が圧政に苦しむのではないか、これがマディソン含め、建国者懸念だった。しかし、為政者の徳(アリストクラシー)と、欲望とは別に社会で正しいと思うことに投票する、二重人格的な資質人民に備わっていると信じて建国者デモクラシー設計した。裁判を通じ、繰り返し憲法価値観をテストする、という振り返りをビルトインした設計は本当に優れたものだ。結果として、最高裁が突き付けた奴隷制と財産権矛盾が、南北戦争北軍正当性を決定的にする。

内田議論に戻ると、外付けの人権というテーマと同時に、内発的なものとしての感情の器という、とても重要キーワードを出している。それは他方で外付け実装された人権と、どのような整理ができるのだろうか。

自分でうまく整理がつかなかった。内田はいう。

「人としてどうふるまうべきか」を子どもに刷り込むのは「家風」なんですよ。子どもたちは親の背中を見て、人間としての生き方を学ぶ。それは教科書で教えることじゃない。

これは、親子を中心とした自分史と言い換えられるのではないかと思った。さらにいえば、自分史は必ずしも親は関係いかもしれないのではないか。つまりこれまでの人生、来し方がキーなのでは。

内発的なものと外付けのもの、この二つはやはり、きちんと切り分けて、そして二つが、どうつながってゆくのか。以下、自分なりに整理を試みる。

まず外付けの倫理から。どのように受容されてきたか

舶来の概念というのは明治以来、洪水のように入った。民法など契約法の世界は、ほぼほぼ圧倒されたし、戦後憲法のものアメリカ経験に基づいたものだ。

しかし、日本人権教育は、残念なことに、人権普遍性を論証することに熱を上げてしまって、そもそも誰の内発的な経験がもとになっていたかという成り立ちのメカニズムを忘れた議論が多い。公共の福祉論などをいくら学説定義を整理してきれいに論じても、だから何?の議論だった。

戦後人権を外付け実装してきた日本は、そのルール規範の成り立ちといった背景をもう少し知る必要がある。それは教養として。

現在、旧統一教会問題話題の、国家宗教というテーマにしてもそうだ。

政教分離キーワードとなるのは、恐怖から解放だ。宗教に悩まされ、その扱いに苦慮するのは古今東西課題だ。宗教いかに折り合いをつけた制度設計をするか、古代ローマ時代からずっと抱えてきた。宗教的寛容、これが統治のカギだと気が付いたのはカルタゴ勝利した古代ローマ

そのテーマに対して、新天地アメリカに到着したプロテスタントたちの子孫が18世紀になってメイフラワー号の協約を思い出して試みたのは、旧世界では試みたことのない壮大な社会実験だった。百家争鳴な多様性のなかで社会構成するには、誰が正しいことを言っているのかは誰も断定できない、という前提に立つ必要再確認された。それが言論の自由関係では、20世紀初頭にホームズ裁判官らに代表されるように、自由市場比喩が生まれる背景ともなった。

他方、旧世界フランスでは、唯一の正しさを神に代わって宣言するカトリック教会権威苛烈弾圧が恐怖であった。だから公共空間合理化を徹底し、宗教を一掃する制度設計になった。フランス言論の自由は、その意味カトリック否定する権利が原点となる経験なのだ。だからこそ、フランスでは今でも神を冒涜する言論というのが非常に重要意味をもっていて、先日、仏風刺紙シャルリー編集長が英作家ラシュディ氏襲撃を非難したこと歴史的な背景は深い。

このように、人権というものは、何に対して恐怖してきた歴史があり、生まれてきたものなのか、という原点に思いを致すことが大切だし考えるコツだ。利他性じゃなくね。

それは、実は国によって微妙コンテクストが異なるものであり、普遍的価値として昇華できなくもないけれども、むしろ司法を通じて、原点となった恐怖を大切に思い出す機会が重要で、その社会が、その真理を繰り返し確信し、制度を強化し、再生産する重要な仕組みなのだと思う。逆に言うと、普遍的価値なら、なぜ何千年も克服できなかったか意味を問うというか。

しかし、外付けの倫理として受け取ったものを、思い出すかのように歴史を振り返るのは容易ではない。戦後日本裁判所も含めて。

でも、それこそが日本人権教育に欠如したものだということは個人的には強く思うところだ。


その意味では、外付けではない、外国の借り物ではない、内発的なもの感情の器からみえてくる倫理、これは本当に大きな価値がある。

内発的なものを自省するうえで、もっとも大切なのは自分の国や自分家族自分自身の歴史だと俺は思う。

自分自分先祖が痛い目にあってきた経験、あるいは他者を痛めにあわせてきた経験というのは、その人固有のものであって、その自分史や国の歴史を忘れてしまうと、あとは外付けの倫理けが残る。国レベルで言えば、それは端的に明治以降の日本アジア欧米との対外関係であり、開国以降、アメリカに敗北するまでの戦争に明け暮れた体験に他ならないし、国家神道によって死生観まで国に洗脳されかけた手痛い経験だ。

歴史というと大げさだが、要するに「自分たちに最も欠けている資質を最も高く評価する」、おまゆう精神自覚することだ。これは教養として学ぶというよりも、もう少し内省的なものだと思う。

自分理想とするもの現実とのギャップを振り返る作業といってもいい。

自分に欠けている部分、そこにこそ追い求めている何か理想的な姿の反転がある、という振り返り。

ネイションとしていえば、戦争体験の振り返りが重要キーになるし、国家宗教というのは、国家神道と戦争という経験で痛い目をみているのであり、ある意味、輸入された欧米経験教養として追体験するだけではなく、日本人が原体験としてもっていた大切な教訓。愛媛県靖国神社玉串料訴訟(1997年)の最高裁判決行政戦没者の遺族の援護行政のために靖国神社などに対し玉串料支出したこと違憲とした歴史的判決で、戦争経験がしっかり振り返えられた、という点で、司法仕事としてとても大きなものを残したと思う。建国精神を振り返るのが裁判所の仕事の一つだと思う。

しかし、戦後77年。戦争体験が風化するなかで、「あの時代を生き抜いた」という共通体験共通項として持っていたものがどんどん失われているのが今の時代

50年前の高度成長期だったら、戦争で死んだ部下を思い出しながら、仕事にまい進し、酒場で同期の仲間と語り合う、とか、厳粛に生きるための厳粛な死が記憶としてあった。

「あの頃は」という共通過去で人はつながることができた。それが内発的なものとして60年安保闘争を支え、水俣闘争があった。外付けの倫理ではない、思い出としての切実さの空気の共有があった。

まり、舶来の外付けの価値観と内発的な器は、その頃はわりと調和していた、といえるのだ。

それが、失われ、外付けの価値観だけがカラカラと空回りし始めているのが今の時代の特徴で、失われつつある寛容性の正体なのだろう。

永井氏はそんな時代に生まれ育った。彼は対談のなかで、大学時代

「そうかそうか、人権というものがあるのか、みんな賛同してるし普遍性高いじゃん」となりました。

と、外付けの人権から始まったと語っているが、外付けのものにも普遍性のみに着目し、それが生まれてきたプロセスを振り返らない、人権教育の失敗が見て取れる。

また、日本憲法に組み込まれ歴史への反省(前文含め)も記憶の風化とともに、個々人の内省が、時代への共鳴という形で、共感を醸成しなくなってしまっている。

高度成長期に「あの頃」といえば戦争時代だった。

それはかろうじて80年代までは存在していた。「おしん」が異例の1年間の朝ドラで始まってしばらくすると、

視聴者からは、おしん私自身そのものです、という声が橋田壽賀子のもとに多数届いたという。

しかし、時代は変わって、平成から令和になって「あの頃」といえば、昭和の末期なのだ

しかもそれをノスタルジックに思い出す、三丁目の夕日的な振り返りだった。さらには、あさま山荘であり、学歴社会バイクを盗んで走る尾崎豊であり、バブルの思い出なのだ。それは、その遺産に苦しんだ次の世代にとっては共感を呼びにくいものであるし、自分たちの社会の重圧と、戦争記憶との関連が薄まった。当然、日本憲法リアリティが失われ、右派から改憲論議が盛り上がってくるのは必然的なことだった。そんななか、統一教会が国の内部を白アリのように巣くって愕然とした先月から今月にかけての出来事というのは、忘れかけた宗教国家の結びつきの恐ろしさを、突如呼び覚まされるものだったに違いない。

しかし、いずれにしても過去記憶憲法規範が直接に結び付かない、その世代経験、そこに、永井紛争国の辺境の地を自分テーマに選んだヒントがあるように思えてならない。

紛争リアルがそこにある。そこに普遍的価値として大学生ときに知った人権、そして憲法価値を、自分なりの振り返りとして再確認する、動機付けがあったようにも思う。

しかし、たとえ社会の人々と共有されないものであったとしても、ひとは自分史のなかで、どうふるまうべきかを動機付けられる。

永井氏が、内田氏との対話のなかで

私は逆に、子どもの頃はよく母親に殴られたり色々と物を捨てられたりされていて、そのときに「この家では力を持った奴は殴ったり物を捨てたりしていいんだな」と思ってしまったんです。そして中学生になって殴られたときに「よく見たら小さいし別に喧嘩が強いわけでもないな」ということに気が付きまして。それでそこから自分母親のことを殴りまくるようになりました。ひどい時はアザだらけでしたよね。父親単身赴任でしたし。

といったときに、内田はそこにしっかりと気が付くべきだったと思う。

全然人権派じゃないね(笑)。」と返した内田に若干物足りなさを感じたのは、まさにそこだ。

動機付けられるものが、必ずしも、家風であったり、模範的ロールモデルとは限らないのだ。

この体験辺境の地での人権探し、自分探しは、多分無関係ではない。


ともあれアレックス・カー面白い

読んだのは20年前だが、年齢を重ねれば重ねるほど、彼のいう、逆徳精神の考え方が真理に思えてくる。

A clue to the problem may be found in what I call the theory of Opposite Virtues. Nations, like people in this respect, may pride themselves most highly on the quality they most lack. Hence “fair play” is a golden virtue in Great Britain, the country that attacked and subjugated half the globe. “Equality” was the banner of Soviet Russia, where commissars owned lavish dachas on the Black Sea and the proletariat lived no better than serfs. The United States prides itself on its high “moral standard,” while perpetuating racial and moral double standards. And then there is l’amour in France, a nation of cold-blooded rationalists. Or Canadians priding themselves most on being so distinctively “Canadian.” In Japan we must look at the time-honored ideal of Wa, “peace.” Wa means security, stability, everything in its proper place, “knowing what is enough.”Yet a persistent irony of Japanese history since 1868 is that for all the emphasis on peace and harmony, they are exactly the virtues that Japan did not pursue. At the end of the nineteenth century, rather than settling back to enjoy its new prosperity, Japan embarked on a campaign to conquer and colonize its neighbors. By the 1930s, it had already acquired a tremendous empire in East Asia; this inability to stop led to its suicidal attack on the U.S. base at Pearl Harbor, as a result of which it lost everything. Something similar is happening again. Perhaps Japan values Wa so highly for the very reason that it has such a strong tendency toward imbalance and uncontrollable extremes.

Dogs and Demons, 2002, A

2022-08-13

anond:20220813084552

ホンマにカルトの力って怖いよな

そもそも疑惑追求がてんこ盛りなのに実績が歴代元総理より薄いのに

まさか国葬しようって時点で資質を疑われるカルト

通例通り日本武道館合同葬して国際機関からの弔問客呼べよ

「故小渕恵三内閣自由民主党合同葬儀が平成12年6月8日東京北の丸公園日本武道館で行われた。皇太子同妃両殿下を始め皇族方、衆参両議院議長最高裁判所長官国内各界の代表クリントン米国大統領金大中(キム・デジュン)韓国大統領ら特使、在京大使世界153か国・3地域、22国際機関からの弔問客を含め約6000人が参列、平成12年5月14日に62歳で亡くなった正二位大勲位・小渕前総理冥福を祈った。

 

つか元総理彼女が関わりがあったのは騒がれてる某宗教団体だけじゃないやん

おれおれ神道もでしょ

杉田水脈衆院議員を総務政務官に任命、はいかんでしょw

ひと昔前なら、政治家資質を問われるようなレベル

かつげる神輿が少ないし、軽い、軽い

2022-08-11

anond:20220811233129

インターナショナルスクール出、一流大学、最大手企業から転職して外資系ゴリゴリベンチャーでめちゃくちゃ優秀な友人

インターを出られるボンボンまれでありながら「一流大学」なんてわざわざ表記するような大学アメリカアイビーリーグUC系なんかではなく東大でもないおそらく慶応あたりじゃないとそういう表記はしないだろう)に入ってて、しかも「最大手企業」などという表記をするような会社就職した(日本企業であってマッキンゼーとかゴールドマンとかの「そういう系」の人間御用達企業ではなく、おそらく大手金融場合によってはリクルートとかその辺の可能性すらある)経歴で、結局そこも辞めて「外資系ゴリゴリベンチャー」と表記するような会社(どこだ?想像しづらい。)に行き、酔った勢いだろうとコテコテ選民思想を拗らせているというのは、そいつ自身も大したことない人間しか思えないな。

まあ優秀というのは嘘ではないと思うけど、生まれ育ちの文化資本ゴリ押ししてるだけでそいつ自身資質努力によるものはそんなに無いんじゃないかという風に見えるね。

2022-08-10

河野太郎ブロック担当相と揶揄するのはITリテラシーが低すぎる

河野太郎はこの返しができるITリテラシーレベル

公人ブロックするなは一定の理

いや別に政治家という公人SNSアカウントから情報発信するなら国民ブロックするな」という主張には一定の理があるとは評価している。
もちろん国民には代議士評価する権利があるわけだし、どのような言葉評価しても良いとは思う。
代議士としての資質大臣としての資質を問うのも良いと思う。国民権利であり当然だ。

でも流石に河野太郎ブロック担当相という揶揄一定以上のITリテラシーがあれば出来ない揶揄だ。
何故ならブロック担当相という揶揄はどう評価しても揶揄した本人のITリテラシーは低いですと宣言しているようなものからである
恥ずかしすぎて普通はできない。

Twitter大先生

往年のインターネットには「パソコンの大先生」というミームがあったけれど、河野太郎ブロック担当相という揶揄する連中のITリテラシー表現するなら「Twitter大先生」だろう。
スマホが使えて、ググって調べものが出来、Youtubeを楽しみ、タッチ決済して、SNS炎上しないように運用し、COCOAコロナ対策していますみたいなITリテラシーレベルの連中が、河野太郎ブロック担当相と揶揄しているわけだから、そんな連中には「Twitter大先生」という称号を贈呈したくなる。

0がプライマリ、1がセカンダリ、では2は何?

河野太郎は勘ではなく正しい知識でこれへ対して回答してくるという信用があるけれど、Twitter大先生たちは2が何かわかるだろうか?なんなら3や4や5も河野太郎は答えてくるだろう。

河野太郎へはネットワークという言葉も、プロトコルという言葉も、キャラクターという言葉も、入出力という言葉も、様々なITの基礎的な言葉説明しなくたって伝わる人である
もちろんITであっても触れてこなかった言葉新語は知らないだろう。しかし近似した知識概念理論を既に知っているので「○○みたいな感じかな?」と直ぐに理解してくれるだろうなという安心感がある。
やっと日本国デジタル担当相にそんな安心感がある人が就いたのである

ちなみにこの問題は本当に初歩的なものであり、一定以上のITリテラシーがある人であれば「は?バカにしてんのか?」とか怒り始めたり「いや可能性としては・・・」などと曲解をはじめたくなるような初歩中の初歩の問題である。答えはシンプルで良い。
この問題を即答できなければお前のITリテラシー河野太郎以下だ。

河野太郎オードリータン比較不適切

多くのIT有識者は「そんなことはわかっている」と言うだろうが待って欲しい。極ひと握りの河野太郎以下のITリテラシーしか持っていない連中へ説明してあげないといけないだろう。我慢してくれ。

まずIT分野には3種の人材が居る。それは「実務者」「研究者」「利用者」だ。

実務者とはいわゆるプログラマーのことだと思っておけば良い。
プログラミングを通してシステムなどを開発する人である
オードリータンはここに属する人材。実績から言ってもオードリータンハッカーだと評価しても差し支えない。

研究者とは新しいシステムや開発手法などを考え提唱する人。
わかりやすい例を挙げればビットコインなどのブロックチェーンを提唱した謎の人物サトシ・ナカモトもこの枠組みで良いだろう。
URLHTTPHTMLを開発したティム・バーナーズ=リーもここの枠組み。

そして最後利用者上記の2つを利用する人だ。
消費者もここの枠組みへ入れても間違いはないが、IT分野で何かを駆動させようとするとき利用者とは消費者というよりも、わかりやすく例を出せばスティーブ・ジョブズのように実務者や研究者と共に何かを始めたり維持したりする人のことだ。
そして河野太郎はここの枠組みの人なのである

流石に河野太郎スティーブ・ジョブズ比較するのはアレだが、枠組みとしては同種のポジションであり、実務者のオードリータン比較するよりかはかなりマシな比較だと多くのIT有識者賛同してくれることだろう。
まったく別分野で例えると変な誤解が生まれるかも知れないのでしたくはないが、理解が追いつかない人に例え話をするとオードリータン河野太郎寿司職人寿司を食いに来た客くらい違う。
そもそもポジション役割がまったく違う。

素人が誤解する理由

ITリテラシーの低いTwitter大先生からするとIT分野に居る人材ITに関することなら何でも出来る知っていると誤解しやすい。
そして、そう誤解するのも無理はないなと個人的にも思う。

何故ならIT分野に居る人材一定レベルを超えると3種の能力相互に持ちがちだからである
まり、実務者であっても理論提唱し、研究者であってもシステムを構築し、利用者であってもプログラミングしたり理論を知っていたりするからだ。
例えばイーロン・マスクなどは良い例だろう。彼は実務者から利用者転向した代表例と言って良い。

そして河野太郎もまた一定レベルを超えたITリテラシーを持った人物であり、河野太郎利用者として評価するならば昔懐かしい「パワーユーザー」と表現するのが最も実像であると考えている。
河野太郎はパワーユーザーだ。そしてパワーユーザー日本デジタル担当相になったのだ。

河野太郎デジタル担当相を批判するなら真っ当に批判しろ

ブロック担当相などという揶揄ITリテラシーの低いTwitter大先生が、自身理解が及ぶ、自身が得意分野だと考えるSNSの使い方という枠組みまで矮小化してやっと出てくる言葉なんだよ。
ITは小難しくてわかんないけどぉTwitterならわかるからTwitter批判しよwww」と批判対象の能力考慮しないバカしか言いようがない思考を伴わないとできない発想。

真っ当に河野太郎デジタル担当相を批判するなら「河野太郎利用者であるからオードリータンのような実務者的言動を取ったとき批判する」べきなんだよ。
オードリータンは凄い人だよハッカーだよ、だからこそ河野太郎も真似したくなるだろう。

それを防げ!河野太郎オードリータンモノマネを始めた時に必死で止めろ!!!!!
河野太郎オードリータンモノマネを始めた行く末は間違いなくメテオフォール型開発であり日本の将来へ最悪の禍根を残すことになる。

頼んだぞお前らマジで!!!!!

デジタル担当相って何したら良いの?

パワーユーザーたる河野太郎デジタル担当相だけが今のところできることは旗振り役だろう。

「旗振り役なんて誰でも出来るじゃん?」なんて思うかも知れないが、やはり時代が進んでいく方向という概念はあり、せめてマシな方向へ進んで行って欲しいというのが人情であり、IT分野であればITを知る人がマシな方向を選んで欲しいではないか

ITのことを全く知らんのであれば置き物であって欲しいが、大臣が何も言わないのもそれはそれで問題であり、だからこそ何か言わなきゃならないのだがITのことを全く知らんヤツが口走ったことに付き合わされる省庁やIT業界のことを考えてみろ、可哀想だろうが。

最後オマケとして河野太郎およびデジタル庁の動きへ対して取るべきリアクション一覧を置いておくので参考にして欲しい。

河野太郎およびデジタル庁の動きへ対して取るべきリアクション一覧

オードリータンモノマネをした徹底的に非難する
IT人材を登用した非難気味に注視する
IT人材からレクチャーを受けた肯定気味に注視する
金融系のWeb3を推進し始めた徹底的に非難する
学術系のWeb 3.0を検討し始めた注視する
マイナンバーの改良を検討した注視する
マイナンバーと金情報の紐付けを検討した非難気味に注視する
マイナンバー分散ID(DIDs)の応用を検討した肯定気味に注視する
国家行政発行資格証の統合検討した肯定気味に注視する
中央地方行政システム統合検討した非難気味に注視する
オープンデータを拡大した肯定する
議会システム更新検討し始めた肯定気味に注視する

2022-08-05

anond:20220805000603

顔がよくてちやほやされるパターンいじめられるパターンがある

顔だけで中身が決まるわけはなくそれ以外の資質環境に左右される

2022-07-29

anond:20220729060006

マジでやばいのは、霊感商法で多大な被害をもたらしている団体が、政治家に取り入ることで見逃され、被害が増え続けていること。

銃撃犯の身近で、何人自殺しているか。同じように絶望して命を絶った人間が何人いるか。これで放っておかれたら、未来にどれくらいの家族個人破壊するか。政治家がその破壊を見逃してよいのか。

よく考えた方がいい。防げる被害は防ぐべきだし、票や支持率のためにスルーする政治家がいるとしたら政治家資質を疑った方がいい。

2022-07-28

河村大村へのはてなーの反応差ひどすぎ

河村たかし統一教会関係紙のインタビューを受けた→なんだってそれは大変だ!政治家としての資質問題だ!(スターソ連打)

大村秀章統一教会イベント祝辞を出していてしかも唯一読まれた!→ふーん。まあ知ってたし。(全然スターせずスルー)


マジでふざけるなよと思う。政治家どころかはてなーすらこの党派性仕草じゃあまた統一教会逃がすよ。

てかもはや不自然レベルだわ。君らも統一されてて派閥切りしてるだけなんじゃないの?

2022-07-21

anond:20220721220605

今までの人生の大逆転を狙うようになるからな。

並の男では大逆転と呼べるだけの資質を満たせない。

占いそこそこ好きな女によるヨッピー発言への感想

占星術オタクコンテンツ経由で興味を持って、

ネット上の無料コンテンツから

占星術に関する本を何冊か買ったりして、

占い師さんに見てもらったことも何度かあり、

一度だけ有料の教室にも行ってみた程度の占い好き。

派生としてタロットちょっと好き。

https://twitter.com/yoppymodel/status/1548848031826870272

ヨッピー氏の発言には特に賛同しないんだが

それ以上にこの話題で噴出する「占い」というものへのコメント群が

占い全然知らんし興味もない人がイメージで言ってるな〜」と思ってちょいイラッとしたので

自分から見た「占い」というものについて書く。

増田はどの程度の占い好きか

分かる人向けに書けば

ホロスコープの読解は自分や友人のネイタルを中心に何度か試したことがあるがアスペクトを絡めて読むのは難しく勉強中。

 トランジットにはあまり興味がなくて心理占星術関係に偏り」です。

わからん人向けに書くと入門書の内容を舐めた程度で占い実践としては素人

未来を知りたいとか隠された真実を知りたいとかいう願望はない。

友達自分のことを星を通して見て、キャッキャしてる程度。

なので以下間違ってる可能性は大いにあり、詳しい人から異論は歓迎です。


そもそも占星術ってなんなのか

朝の星座占いランキング代表される12星座占いというのは、その人の持つ「代表的な星座」だけを見ている占星術の簡易版に過ぎない。

国に例えれば、ある国を首相だけで評価しているイメージ

本来はその人が生まれ落ちた瞬間の惑星位置惑星同士の配置から読み取る。

占いなんて根拠なく適当言っているだけだろう、という人もいるが、

この「生まれた瞬間の星の配置」については誰が計算しても同じものが出る。

(※正確にはハウスの分割方法とか小惑星とか読み取り方に流派はあるけどめんどくさいか割愛

ゆえに、占星術とはみんなが同じ星の配置を見て、それをそれぞれが言語翻訳して伝えているものである

星の配置から何を読み取るか、というのも、ある程度セオリーがある。

たとえば月※や金星水星火星といった地球に近い星は、地球から見たとき位置の移り変わりが激しく、感情気質といったパーソナルなもの象徴として扱われる。

対して冥王星※※、海王星天王星といった遠い星は、移動する周期が数年〜数十年単位なので、例えば世相の変化や世代意識のようなより大きなもの象徴として扱われる。

そういったそれぞれの要素が、相互に影響したり、人生のどこかで強調されたりするのを、星の配置――位置や星同士の角度から読み解いていくのが、占星術といわれるものだ。

ネット無料占い範囲でも、少し詳しいサイトを見ればバーナム効果で片付けきれない結果を見ることができると思う。

(※占星術天動説世界なので太陽や月も「惑星」と呼ばれる。チ。)

(※※冥王星占星術世界では今のところまだ惑星いである。)

占い師によって言うこと違う問題

前述のとおり占星術とは「惑星それぞれが象徴するものと、その位置関係」を読み解き言葉翻訳して伝えるものだ。

そこには、図を見て言葉で伝えるような、翻訳段階のズレが生じる。

また、どの星を読み取るか?も個人資質に左右されるところだ。

恋愛運を見てください、といったとして、その占い師が「恋愛」が何から構成されていると考えているか、で伝え方は変わってくる。

例えば、

月は〜7歳までの象徴感情を司る、

水星は〜15歳までの象徴、(実用的な)知性を司る、

金星は〜25歳までの象徴感受性を司る、

……なんて言われ方をする。

では恋愛関係するのはどの星なのか?

あるいは火星(挑戦や戦闘象徴)が関係するのか?

それは、占い師恋愛というもの構成要素をどう考えているか、に左右されてしまう。

少し昔の本ならば、

女性にとっての男性の好みは火星

 男性にとっての女性の好みは金星に現れる」

なんて断言していた本も多かったが、

そういう一律な読み方を支持する占い師ももう少なくなっている気がする。

占い師適当を言ってるから結果がぶれるとは一概には言えない。

占い師の考え方自体が、「読み取り」「翻訳」に影響を与えるのだ。

よく話題に上る「朝の星占いランキング」も、

「運がいい」とは星がどういう配置にあることか?という占い師解釈によって順位が異なるから、結果が異なる。適当に並べているからでは、ないことのほうがおおいだろう。

(余談だが、少し占いをかじるとそのへんのアルゴリズムがなんとなく見えることがある。順位予測など可能である


「当たるか」「当たらないか」を気にするのは

ここまでつらつら書いたとおり、私の知る限り、占いとは「象徴の読解」という営みそのものである

なので占いに関して「当たる」「当たらない」という言い方自体個人的には違和感があったりする。

乱暴に言えば占いとは、

人の性格や世の中の動きといった、混沌として一概には言い切れない茫漠として掴みどころのないものを、

占星術様式に沿って分類し、その関係性を図に表されていると仮定し、それを解釈したもの

だと私は思う。


いやでも結局科学エビデンスはないんでしょ

とここまで説明されたところで、

そもそも星の位置が、人の性格だの世の中だの象徴してるわけなくね???

と思う人はいるだろう。

だってそう思う。

太陽も月も冥王星惑星で、地球宇宙の中心にあるという仮定で導き出された図が世の中の何かを「象徴」してるだなんて、

それが「科学的」に「正確」なわけはない。

けれど大昔の人たちはそう思ったのだ。大真面目に。

そして、世の中の物事を観察し、分類し、星星に振り分けて、関係を考え抜いてきた。

私にとって面白いのはその歴史である

「人の性格」とかい多面的ものを、占星術世界ではどのように分類してきたのか。

「世の中の動き」とかいう無数の歯車の噛み合った膨大な機械を、占星術はどのように分割してきたのか。

その、この世に向ける眼差しの果てない努力痕跡が私は好きだし、

それはときどき、現代の日々を生きる私のことを励ましてくれたりもするのだ。


北京の蝶がニューヨークで嵐を起こす、その間には無数の細かな歯車が噛み合っていることだろう。

カムチャツカの若者がきりんの夢を見たりする理由は、若者自身も知らないところにあるんだろう。

そういう、茫漠とした、人間個人では把握しきれない物事を、なんとか星に仮託して把握しようとするのを、馬鹿馬鹿しい振るまいとは私は思わない。

そういう「考えたってわからないこと」「人間の力では及ばないこと」を忘れ、目の前の物事だけに没頭して生きるのはあまりに荒涼としていないかと私は思う。

ヨッピー氏は七五三でお子さんの健康を願わないのだろうか。

結婚とき、「かみさま」に愛を誓わなかったのだろうか。

そういう、「向こう側」をみんなシャットアウトして生きるほうが、私には特殊に思える。

眼の前にいる人間だけを見て生きるのはいかにも息苦しい。

ときどき星を見るとかして、その中の一つとして自分位置づけられているのだとおもうくらい、正常な人間の営みではないかと、私は思う。



とはいえ占いゲートウェイオカルトでは?

なんかえらく感傷的な書き方になってしまった。

星の話をしてるから仕方ないな。ゆるしてほしい。

さて、ヨッピー氏の主張は

とはいえ占いみたいな非科学的なもの電波に乗せて、カルトへの忌避感を下げるのはどうなの?」

というところだと思うのだが、私はこれについては明確におかしくないか? と思う。

そもそも科学的な話」「論文などのエビデンスがある話」ならいいのかというと、

たとえば驚異の納豆パワー!血液サラサラ!だとか

ナントカカントカ成分で座っていても脂肪を燃焼!だとか

エビデンスとなりうる論文はあっても効果としては現実的ではない話」はいくらでも電波に乗っている。

あれらは健康食品詐欺ゲートウェイになっていないと言えるのか?

あるいは私は反ワクチン的な思考に全く賛同しないけれど、

彼らはおそらく自分たちのことを「科学的に」思考していると思っているのではないか

あるいは散々指摘されている「サウナでととのう」なんて明らかに医学的に警鐘が鳴らされてもいるが、「自律神経がととのう」とかいうよくわからんゴリ押しがなされているだろう。

そもそも科学」とは絶え間なく検証と訂正が繰り返されるものだが、

その大部分は電波に乗ることなく、どこかの商品に都合の良いところ、テレビ視聴率の取れそうなところだけが編集されつまみ食いみたいに放送されるのが現実だ。

でも、それがない放送大学オンリーみたいなテレビを望むかといえば望んでいないだろう。

私が何を言いたいかというと、

情報がどれほど科学的か」という点では、電波に乗っているものはさほどの差がないのだ。

結局我々はそれを選んで、検証し、学び、考え、実践して自分なりの判断力を養っていくしかない。

結局重要なのは自分で知り、考え、判断することであり、

すべての情報自分判断のための「材料」だと割り切ることだ。

それを放棄して、自分以外の誰かに判断を委ねきってしまったとき

その道の行く先にカルト詐欺が待っている…という点では

占いだろうが「科学」だろうが、少なくともテレビに乗っている情報という土俵においては変わらないのではないか




自分で考えること、専門家に任せること

……と締めようと思ったが、

カルトの怖いところは

自分で考えろ 自分で考えて私達と同じ結論になれ」なところだし

たとえば反ワクチンカルト宗教による輸血拒否だって当人たちにとっては自分で考えた結果なわけで

自分で考える」が絶対解決策とも思われないのが難しいところではある。


不安を煽って高額な金を出させる占い

価値観世間と断絶させて金を出させるカルト宗教は糞だが、

健康診断で医師不安を煽られないと運動不足の解消に向かうのは難しいし、

ならば医師になら全権委任していいかというとアカ医師ツイッターからいくらでも引っ張ってこれてしまう。

あるいは、飛行機が飛ぶ原理って科学的に立証されてないらしいよ……という情報の正誤を私は確かめられていないが、移動したいときはその判断をすべて棚上げにし、自分の命を航空会社委任して飛行機に乗る。



委ねるべきときはあるけど、その相手は見極めなければならない。

というなんとも煮えきらない結論で終わる。

2022-07-20

anond:20220719173639

子どもからみても気の利かないアホな実母が看護師として40年近く働けてるから本人の資質病院の相性はかなりデカいと思う

デキる人間が必ずしもすべての職に向いているわけではない

自分メンタルコントロールもできない人間他人看護してる場合ではないっていう意味では看護学校の指摘は当たっていたのかもね

2022-07-17

anond:20220717144514

強者女性も同じ発想で結婚しない

一人で生きていけるだけの能力資質環境があったら

わざわざ他人と暮らす理由がない

元請け女性社員(高給取り)は未婚でバリバリ働く人が多い

2022-07-16

参院選比例代表女性候補の得票順位を見る

さて、最新のジェンダーギャップ指数公表され、男女論で盛り上がりがちなはてなでも話題になるはずが、統一教会話題で持ちきり。

ってことで、ジェンダーギャップ指数の要素にもなっている女性議員、また惜しくも落選してしまった女性候補について、今回の参院選比例代表の結果を見ていきたい。

選挙区も見るべきでは?という意見もあるだろうが、選挙区では支持政党から出馬する候補はせいぜい一人か二人、まして当落線上にいる候補投票を、と考えると性別を考えている余裕はないでしょう。

比例代表であれば基本的には近い考えをもっている候補たちであり、仮に投票した候補落選したとしても党の票としてカウントされるため、性別考慮しながら投票することは十分可能です。

ちなみに特定枠の考慮はしてないです。比例当選者数順で見ていきます

自民党

候補33人中女性10

当選者は18人中女性は5人

女性当選者は得票順で

片山さつき説明するまでもない)

自見英子(大物政治家の娘で日医連推薦)

・友納理緒(看護師会)

山谷えり子(元拉致問題担当大臣、あ、この人も統一教会との関係が噂されてるんだっけ)

今井絵理子SPEED

政治キャリアの長い人、組織が付いている人、知名度がある人って感じ。

 

では落選した候補派となると、なんと下位6人中5人が女性

このうちの男性尾立源幸候補、元民主党で実績といえば蓮舫事業仕分けしたくらい。

連合バックアップを受けながら2016年参議院選挙大阪選挙区民進党候補として1人しか出てないのに共産党にすら負けるという惨敗をした男。

 

女性候補資質が足りなかったか?イヤイヤそんなことないです。

28位のえりアルフィヤ候補は両親はウイグル自治区出身で、日本まれ10から中国、そこからアメリカ留学日銀国連職員という超エリート

30位の向山候補ハーバード大学公共政策大学院出身元三商事。これまた超エリート

31位の有里真穂候補青年海外協力隊としてフィジー活動豊島区議として2期活動政治家としての実績もある

32位の高原朗子候補障碍者支援が専門の元熊本大学教授

最下位遠藤奈央子候補も元IBM学童保育経営者

 

これだけ優秀な女性たちが票を集められない。それが現実

自民党支持者なんてミソジニーしかいないか女性投票しない?

いや日テレ出口調査によれば自民党投票したのは男性37%、女性36%でほとんど同じです。

https://www.ntv.co.jp/election2022/exitpoll/index.html

え、自民党投票する女性名誉男性?さいですか

 

維新

候補者26人中女性は5人

当選者は8中女性は2人

マチョイズムなイメージがある割に意外と頑張ってるな、と思ったのが維新

当選した女性2人は石井苗子(元女優)と松野明美(元陸上選手)とややタレント臭がするけど、松野明美熊本県議の経験があるし石井苗子保健学博士でもある。

惜しくも落選したけど次点の9位、10位、12位と比較的上位に女性がいる。

個人的には12位の森口あゆみ候補の「忍者文化協会理事」って言うプロフィールがめちゃくちゃ気になる。

世代交代が進めば2期後くらいには半分くらいが女性になってたり?と思わなくもない。

まぁ維新場合9割くらいが党名で投票しているから、個人得票が少なくても当選圏内に入るから、って言うのもあるんだけど。

 

立憲民主

候補20人中女性10

当選者は7人中女性は4人

お、当選者のうち過半数女性候補者もちょうど半分、頑張ってるじゃん!

って思うじゃん?女性当選者は

辻本清美(言うまでもない)

古賀千景(日教組

村田享子(基幹労連

青木愛(元タレント

ちなみに男性当選者も全員労組

こういう人たちは言っちゃ悪いけどあくま組織代表して発言するスピーカーなんで、組織利益に反して自分意見を言ったりしない

明らかに女性が多い組織の代表なら女性のための活動も増えるだろうが、別にそういうわけではない

ちなみに下位を見ると、6人中4人が女性なんだけど、これはからくりがあって、1人のフリーアナウンサーを除けばあとは県連職員

まり候補者を水増ししてるだけで議員になる気はない人たち

職員を除けば、落選した女性候補が下位を占める

13位はたともこ候補は反HPV ワクチン

14位は表現の自由関係話題になった要友紀子候補

う~んちょっときびしいね

 

公明党

候補17人中女性は3人

当選者は6人中女性は0人

ちなみに、公明党は上の日テレ出口調査女性支持先-男性支持先が一番高い(つまりより女性に支持されている)党です。

そんな公明党女性を比例で当選させる気がまるでない。

これでも6年前はそもそも女性候補すら0人だったか進歩したというべきなのか。

ちなみに、当選最下位(6位)の得票数が26.8万票で、次点7位の得票数が9,695票なんだから、まじで票読みと票割が完璧だね。さすがとしか言いようがない。

 

共産党

候補者25人中女性17

当選者は3人中女性は2人

さすがは共産党と言ったところか、圧倒的な女性候補者数

日テレ出口調査で男女支持先の差が一番高かったのは公明党だけど、比率で言えば同等かそれ以上なのが共産党。(支持率が1%以下の政党はよくわからんが)

ただ、こうやって女性投票が多い共産党ですら、もしもう少し得票が伸びてあと1議席とれていたら、次点男性なんで男女比五分五分なっちゃうのよね

 

国民民主

候補者9人中女性は3人

当選者は3人中女性は0人

当選者は上から電力労組自動車総連UAゼンセン

やる気あんのか?って感じだな

次点女性矢田稚子候補電機連合)まで当選を見込んでいたのかもしれないが・・・たぶん80万票くらい足りないな

 

総論

こうやって見ると結構絶望的だなって感じがする

すでに当選を何回も重ねてるような人を除けば

自民は優秀な女性がいるのに票が入らなくて

立憲民主は票も入らないし層も薄い

結局、「組織」が推してる女性候補しか票が入らない

そりゃ女性議員が増えるわけないよ

2022-07-13

誰かが指摘してそのうち騒ぎ出して話題になるんだろうなーという事を気付いても指摘せず他人が騒ぎ出すまで黙っておき、その間にその後の展開を練り上げてそのタイミングで発動させる用意をしておく

 

事が出来るのが上に立つ人間必要資質なんだろうな知らんけど

2022-07-12

やっぱり逆恨みじゃないのか?

親が統一教会のせいで自己破産して大学中退させられて人生狂った、というのはわかるけど、その後20年間は資格取得して普通に働いていたわけで、最近になって40過ぎてから「俺の人生が狂ったのは統一教会のせいだ、広告塔安倍のせいだ」というのはまあ逆恨みだろう。

人生詰んでなかったら安倍を殺そうとか思わずに今でも普通に働いてただろうし、人生詰んだ要因は本人の資質的な部分っぽいし。

2022-07-11

よくわかるサイレントマジョリティ

生稲晃子氏 選挙特番を“出演拒否”が物議…当選議員資質に疑問続出「税金無駄」のヤフコメ

https://news.yahoo.co.jp/articles/101fe97bafdd658d5da38e800207e1eb5c9c4f1a/comments

グッドが8415でバッドが198。

このコメントへの返信ほぼすべて否定的もので129

ここからはじき出すとバッドに対するコメント数の割合は65%。これは否定的立場の半数の半数以上がうるさ型でもあることを示している。

しかしグッドに対するバッドの割合ということで見ると0.02%

まり否定的意見は圧倒的に少ないが、否定的意見を持ってる奴はやたら活発であるということをこてこてに示している。

これでグッドやバッドの数が可視化されてゐなかったら「ああ、否定してる人が多いんだね」と錯覚しうるところだ。

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