はてなキーワード: プラットフォームとは
ヤフオクもだけれど。
公式からの販売期間中(または発売日から半年以内とか)は小売希望価格の9割以上での再販売を古物商の免許のやつで規制したらいいと思う。違反したら免許取上げ。メルカリとヤフオク潰れかねないけど、転売ヤーと窃盗犯のプラットフォームになってる現象放置するくらいなら潰していいと思う。真っ当な古物商(もう入手できないものを高価で販売、中古品を安価で買取&販売)はこの規制で潰れたりしないはずだし。
(※なお小売希望価格の9割より安く売ってる販売店から買って9割で売る地道な努力は許容する方向)
法律で定められてしまえば「手数料うまいから黙認☆」してる企業もやらざるを得なくなるし、後出しで転売サイトできてもこの法律で潰していけるし、GoToとかワーケイションとかじゃなくて転売規制がっつりやって欲しい。
https://anond.hatelabo.jp/20201111215820
これの追加。肝心なのを忘れてた。
今回Appleの発表は、パフォーマンスが3倍とか5倍とか景気の良い数字のオンパレードだが、他社の発表に比べて色んな点で具体性に欠ける。
例えばRyzenの発表だと、前モデルの3950xと比べて5950xはTombRaiderのフレームレートが29%高い(1080pの時)、みたいな具体性のある比較が示される。
これがAppleだと、最新のラップトップと比較して10Wで比較するとCPUが2倍のパフォーマンスです、みたいな感じである。
そのラップトップの型番は?パフォーマンスっで何?Geekbench 5のmulti core scoreこと?と言いたくなるのである。
と言ってもAppleのこのような傾向は昔からである。これでブランドイメージを作ってきたのだから、そう簡単にはやり方は変えられないだろう。
今回気になるのは新しいプラットフォームということである。絶対成功させなければならないというプレッシャーから、M1チップを凄いものに見せなければという考えに至るのは想像に難くない。
ただ一方、あまりに現実離れした性能の数字を見せると、徐々に実際の数字が浸透し、最後には信者を失ってしまう。よってある程度は過剰に性能をアピールしつつ、信者は満足させる、その微妙なバランスを狙ってくるはずである。
そんな綱渡りのようなやり方が今回吉と出るか凶と出るか、当事者は大変だろうが、個人的には楽しみつつ興味深く見守りたい。
(追記) 処理速度の比較対象は、以下ページの下に書いてあった。小さくて読みにくいけど。
MacBook Air https://www.apple.com/jp/macbook-air/
MacBook Pro 13インチ https://www.apple.com/jp/macbook-pro-13/
Mac mini https://www.apple.com/jp/mac-mini/
これにより、CPUやGPUのパフォーマンスに対する懸念はある程度減った。後は実機を触るしか。
(追記 11/18) 著名youtuber, pc watch, itmedia等の記事を見る限り、上記の懸念(「微妙なバランスを狙ってくるはず」)は完全に間違いだった。微妙なバランスではなく、信者ではなくても良い意味で驚かされるパフォーマンスの様だ。自分の見識のなさを深く反省したい。
https://www.mizuho-fg.co.jp/company/activity/onethinktank/pdf/vol021.pdf
はっきり言ってこれを読んだ方がこんな素人増田を読むよりずっといいのだが、なかなかのボリュームがある資料なので簡単にまとめる。
経済はレーガン政権時並の好調だったが、コロナショックで帳消しに。所得格差・保有資産の一極集中は拡大する一方であった。
(筆者補足)トランプが実施した大規模減税いわゆる「トランプ減税」については富裕層減税・低所得層増税であったという分析がある。
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3555
共和党と民主党の対立が激化した。共和党多数派の上院では強行採決が増加。トランプ政権は議会による立法を経ず行政命令として政策を実行することも多かった。
州政府は抵抗のため訴訟を提起するようになり、最高裁判事に保守派が増えたにも関わらず法的根拠の無さなどから却下されることも多かった(トランプ政権の勝率は5割を切る)。
こうしたことの結果、米政府に対する国民や諸外国からの信頼が低下した(なぜか日本では上昇)。
アメリカファースト主義を採用し、多数の条約・国際機関から離脱。それに代わる新しい枠組みを確立することはできなかったが、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)構想」はバイデン政権にも引き継がれる。
パリ協定離脱に見られるように、環境問題には消極的だった。結果として大企業による動きが先行している。
富裕層(所得・給与・遺産税)、企業(法人税)へ増税、中間層以下には減税を実施する。
4年間で2兆円規模の環境・インフラ投資を行う。大規模なクリーンエネルギー政策への転換により自動車産業の強化なども図る。
大企業による寡占化が低賃金や過少投資の一因となっているという見方から市場集中度を低下させようとしている。
具体的にはGAFAに代表されるプラットフォーマーによる自己優遇や独占的地位の濫用の禁止、プラットフォームとコマースの分離を求めるなど。
(上記プラットフォーマー改革はバイデン本人は乗り気でないが民主党が要求している。共和党は断固反対)
破産法改正、消費者金融規制強化、住宅ローン規制緩和など低所得層向け支援が中心。
抜本的改革の優先度は低い。
外交ではトランプの個人的関係に基づく協力関係を廃止。従来の同盟国重視に戻す。
中国との対立はこれまでは輸入拡大要求や制裁関税など貿易摩擦に過ぎなかったが、人権問題への対応など構造的問題に踏み込むと見られる。
気候変動や対北朝鮮など特定分野での協力はありうる。一方的な制裁発動には抑制的。
対日関係ではトランプ・安倍間の個人的関係は消失するため従来通りのやり方に戻り、駐留費用負担倍増のような過大な要求は求めてこない見通し。
対中政策への協力は求められるだろう。
トランプ政権下の規制策を撤回するが、国内雇用重視の路線は継続する(ビザ発給数制限など)。
パリ協定復帰を明言している。トランプ政権下で行われた排ガス規制等の緩和は全て巻き戻す方針。
全ての改革が実現すれば2022年に3%程度のGDP押し上げ効果が見込まれるが、共和党の反対や保守派判事の増加により実現性は不透明。
バイデン本人は民主党中道派として知られるが、民主党内では左派の勢いが強く彼らに引っ張られる可能性もある。
分断させないと言っても無理だろ。バイデンの真の勝利条件は郵便なしでも勝利だったのよ。
んで、SNSで火消ししても、過去に事例はあるし、プラットフォーム自身がバイデンに肩入れしているように見えるから火消しすればするほど説得力がなくなる地獄。
コロナも二次パンデミック確定でコロナに関する全てをトランプのせいに出来なくなった。
しかも今度はトランプのせいに出来ないから都合の悪い事は隠してもっと悲惨になると。
これどうすんの?
エロの問題を社会に丸投げはやめてどうぞ
社会に丸投げする前にそれぞれのご家庭でセックスについて話し合おう
(自宅で寛ぐ母親の元にポルノ女優と男優が訪ねて来る。困惑する母親)
女優「あなたの息子さんが色々なデバイスでわたし達のことを観てるの」
女優「わたし達のビデオは大人向けなんだけど、あなたの息子さんはまだ子どもでしょ?」
女優「わたしたち(ポルノの中では)性同意の話とかしないものね。いきなり始めちゃうから」
女優「そう!」
ガシャン!
突然のポルノ俳優の来訪に気づいた少年は驚きのあまり皿を床に落とす
女優「はーい!マット」
母親「(落ち着いて、サンドラ) (どうしたらいいかわかっているでしょ)」
母親「(固まっている少年に向き直って)じゃあマットそろそろ話をしましょうか」
母親「ネットで見るものと現実のお付き合いがどう違うか。良いとか悪いとかではなくて (“No Judgement”) 」
ナレーション:ニュージーランドでは多くの若者がポルノでセックスを学んでいます。
ナレーション:“リアルが大事” 相談は政府のこちらのサイトまで
Keep It Real Online - Pornography
https://www.youtube.com/watch?v=6c3Edm8NdGs
https://www.keepitrealonline.govt.nz/
どんなにフィルタリングをしようが完全にエロから子どもを遠ざけることは不可能
であれば、子どもがフィクションのセックスに触れる前にちゃんと現実のセックスについて話あっておきましょう
内容はタイトルそのままで、アスペルガー向けになぜ彼や夫以外とセックスをしてはいけないのかを書いた本
私が物事を判断する基準は、自分が誰かを傷つけるかどうか、または相手に傷つけられるかどうかということです。
しかし、セックスに関して言えば、傷つけられるどころか気持ちがよくなり、快感を得られるなど、私の判断基準からすると、悪いことにはならないのです。
なぜ会ったばかりのよく知らない人とセックスをすることが悪いとされているのか、
理解できずにいました。
大人になったら、フィクションのセックス と 現実のセックス の区別が自然つくようになるという根拠のない無駄な期待は投げ捨てた方が良い
それぞれご家庭でちゃんと話し合いましょう
それ以外については、成人男性・成人女性として、子どもたちにどう振る舞いたいかという個人的な問題なので
( ↑ もちろん、その国の法律と利用するプラットフォームの規約に従っていることは前提ね)
ーーーー
女も男もそれ以外もオタクも非オタクも読んでいってくれないか(anond:20200714091214)
またそうやってなんでも攻撃と捉える。男女とも根っこは同じなんだよな
なんでも男であるボクへの攻撃、なんでも女であるアタシへの攻撃
TPO、特にプラットフォームのルールに従っている限りは、フェチタイツ絵を描くのは自由なのである
ただ単に見ない権利を行使すれば良く、フェチ絵を公開しているアカウントにわざわざ何かを言いに行く必要は無い
もちろん、世界中に向けて公開されている発信だからわざわざ言いに行ってもTwitter社のルールに違反しない範囲なら問題ないが
それは自分自身の『ショックで泣いています』『傷つきました』に対してもわざわざ何か言いにくる人を許容しなければならない
でもお互いにそんな無益なことしない方がよくないですか?
○:自分自身のアカウントで単独でフェチ絵の不快感をツイートする、ネットニュースに引用RTもしくは返信でツイートする
○:件の企業に直接コーポレートサイトからメールでユーザーとして不適切に思った点について連絡する
○:件の企業公式アカウントにユーザーとして不適切に思った点を連絡する
△:イラストレーターのアカウントに不適切に思った点を連絡する(無益だけど自分自身がされて嫌では無いならTwitterの利用規約の範囲で)
×:担当者をクビにして欲しい
×:こういうイラストを描く人たちは許されない
そしてその気持ちを、掲載した公的な場での掲載主や表現の場の関係者に
と迫り、圧力によって取り下げてしまう、またはその意見通りの表現の変更が行われている事象が多く存在します。
この内容の言動を唱えている方の大半は、
制作側の、どの程度の表現が規制されるラインなのかを設けてほしいという要望にも明確な基準線を設けず、
このような言動を唱える方々の多くは、歩み寄りや論理性を持った話し合いを避け、
「こう思った」「こう感じた」という意見をひたすら投げ、
として、放暴的に意見を押し付けている状況であると理解しています。
論理的な意見ではないのであれば、それはただの「気持ちの表明」であると思います。
「私たちはこの性的な表現によって傷ついたんだ、私たちは被害者だ」
このように気持ちを表現するのは、表現の自由として誰もが認められているところではあります。
現に一般の創作活動を嗜む方々を、この表現によって傷つけているのです。
私は、この表現のことを「潔癖グロ」と言い表すようにしました。
この表現を発する方が傷ついたと感じる表現、つまり「エロ表現」ですが、
またSNSなどでは、クリック等の一動作置かないと表出されることがないようにされるなど、
様々な”ゾーニング”がなされており、
こういったエロ表現によって傷つけられる人の割合は少なくなるように配慮されるようになってきています。
エロ表現と同じように、何らかの表現によって傷つく人がいるのであれば、
同じように何らかの配慮によって"隠される"ようになるのが妥当だと思います。
正当性を持たせるためには、そこに論理の整合がなくてはなりません。
論理の整合があるから、多くの人が正当な意見であると考えるようになるのです。
ですが、論理性を持たない、個人の感情である一介の表現ですので、
それを発出した弊害である、それにより傷つけられる人のことも考えなくてはなりません。
人間は、生物は、生殖機能によって、生命活動を長い期間育んできました。
少なくとも哺乳類の一種である、ホモ・サピエンスという種として生まれた私たちは、
生殖を行うことで子孫が形成され、次代に遺伝子が受け継がれていきます。
私たち人間にとって、生殖というのは大切な機能であると私は考えます。
生殖機能から発出する性意識や衝動についても、勿論大切なものとして扱わなければならないと思います。
更に私たちは同時に、社会活動をしている、社会的な動物である、とも考えます。
社会の中で、性機能というのはしばしば、不適当なものであるとして端に追いやられてきました。
しかし、私たち本来が持つ生殖機能や、それから派生するものも蔑ろにされるべきではないと考えます。
性表現自体が蔑まれ、排斥されるようなものではないと考えます。
細胞を分裂させて、自分のクローンを作り出す微生物と同等の繁栄方法を行っているか、
私たちホモ・サピエンスがまだ理解が出来ない、未知の繁殖方法で子孫を残しているか、
そのどちらかの当事者であれば、この性表現を排斥しようという意見は飲み込むことはできます。
しかし私たちは人間であり、生殖というのはその大切な生命活動の中の一部です。
そこから生まれる性表現も、大切にされるものであると考えます。
上記の理由から、私は性表現の排斥という言動について、正当性はないと考えます。
まだ成熟しておらず、性表現や性衝動を、あるものとして理解せず、
生殖を組み込んだ社会形成になっていないから、そういった言動が出てくるのではないかと思います。
私たちは誰でも、生殖機能を有し、性的衝動を有し、性的意識を有します。
そのうえで、社会を営む上で、理性を有し、上手く社会を回すために、
理性で性的衝動を抑え込むことで、生物が社会を回すことに成功しているのだといえます。
忘れがちなことですが、大半の人が、その人固有の性的衝動を抑え込んで今日まで生活してきているのです。
上記の言動の人は、そのことを無視し、性的衝動等を無きものとして社会形成を考えていると感じます。
というのは、その性表現の中に、
実際に、
性活動がどのようなものか理解できず、負担をかけてしまうことであったり、
それによって心理的なストレスを抱えるという事態が発生しているというところから派出している言動なのだと思います。
そのような社会的な事態を、加虐側になるような人に奨励するような表現がゾーニングされるべきであり、
については、本来はゾーニングされるべきではないのではないでしょうか。
また、ゾーニングを排斥、排除の意味で使われている方が多く散見されます。
https://ja.wikipedia.org/?curid=3593582
ゾーン(Zone)に分けて、場所場所で差をつけて管理しよう、というのが都市計画用語におけるゾーニングであり、
派生してゲーム等でのレーティングでは、表現の過激さからスコアを付与し、
あらかじめ鑑賞、ゲームを楽しむ人に、その表現が苦手な人がいたときに適切に避けられるように設定されたものであり、
その表現自体を排除、排斥するためにレーティングを行え、というのは、
レーティングを行うのではなく、気に入らないものの検閲を行えと言っているのと同義であり、
検閲というのは、国民が国に課した憲法ですら、禁止であると明記されています。
「この表現は過激だから、この表現はこのレートに当たるけど、もっとレートを下げたいなら修正してね」
自身がそのプラットフォーム自体の管理者ではなかったとしても、
どこまでも製作者を追い続け、「不適切だから取り下げろ」と迫ります。
プラットフォームが認めている表現であれば、本来の意味からはゾーニングは適切になされているのであり、
不快であると表現する側がゾーンから異端であるのだと思います。
たとえ表現者が、
プラットフォームが認めているのであればゾーニングは適切になされています。
表現の製作者や、ましてプラットフォーム自体を潰そうと画策する行為は
(表現をする場所を取り上げることも咎められる行為だと思います。)
このような排斥の言動も、上記の理由から社会的には"隠されるべき"であるといえるでしょう。
女性だから、男性だから、その他の性だから、何かの加害者だから、被害者だから言ってもいいんだ、という理由にはなりません。
私は、現状のような、
潔癖であることが何よりも是であり、性的な表現は一般社会に全く表出されるべきではない
そこから生まれる性表現も、大切にされるものであると上述しました。
大切な人とどんなふうに愛し合おうか、ですとか
恋人同士でどうすれば二人が満足感の高い性行為ができるか、ですとか
どんなところがパートナーの好きなところなのか、ですとか
それに付随する性交の表現や、性器の表現も直接的でいいと思います。
私たちが本来有する機能であり、大半の方は性行為を経験することになるからです。
子どもは大人になるのであり、大人になったら経験をすることであるので、
思った感情を相手に話す力、話を聞いてどう思ったか考える力と伝える力、
そういうことを重点に置いて教育を受け、そのうえで、
ですから、社会的に逸脱した行為は社会でゾーニングを行うとして、
一般社会では適切に性的な表現は咎められるべきではないと考えますが、
(小学校の目の前に、男性器が勃起した、あるいは女性器の陰唇が開かれているような看板が
周りから一定の範囲にはそういったものを掲載しない等の規則が出来ればと思います。
子どもが学習の場で適切に教育を受け、学びの場から卒業した時、
性というものに抵抗なく触れていけるような仕組みづくりが求められていると思います。
翻って、
このような言動は「潔癖グロ」として、何らかの配慮が受ける側に必要であると考えます。
世界の超優秀なエンジニア達が、他のアプリや他サイトに離脱しないよう様々な技術を用いて中毒性をマシマシにさせているのはご存知の通り。
休日や暇な時間にぼやっと覗いてみたら、あっという間に3時間経ってしまった経験がある人も多いはずだ。
「ほらこれ面白いよ」「今あなたが興味ありそうなのはこれだよ」
と次々に動画が目の前に提示されていく。無意識のうちに無限にスクロールして自分が見たい動画をタップ・クリック→見るのループに陥る。
しかしそのAIが暴走してるのではないかと私は思う。「デジタル麻薬」地獄の到来だ。
例えば
【メンタリストDaiGo氏の健康系デマに注意】
https://twitter.com/S96405539/status/1322854932555329536?s=20
DaiGo氏といえば、売れっ子YouTuberで年収も何億とあるらしい。
早口で論文ソースで畳み掛けて喋る姿に圧倒される視聴者は多いはず。
メンタリストと自称してるだけあり、動画を見るとめちゃくちゃ説得力があるように感じるはずだ。
だがしかし、彼は一人、もしくは少数の人数で動画を作成・編集・公開してるはず。動画が世に出るまでにファクトチェックしてる人が他の媒体に比べて少ない。
つまり、ある程度淘汰されたまとめアフィサイトの動画版なんじゃないかと。
なんか有名人がそれっぽいことを喋ってると、「あーそうなんだ」と妙に納得してしまう。しかし私たちは、動画は一種の洗脳装置だということを肝に命じなければならない。
TVの放送局はBPOなどの機関があるが(機能してるのかは別)、YouTubeには自浄作用がない。
YouTubeは、配信者と視聴者に責任を委ねる。動画をずっと見てもらいたいから「地獄のループ」にハマるようワナを張る。
DaiGoが好きなら中田敦彦→ホリエモン等、がリコメンドされまくる。YouTubeのAIがあなたNewsPics好きそうだからと判断して、その辺の界隈のやつをオススメしてくる。
同様に犬や猫の動画ばっかり見てたら、犬猫犬猫ホリエモン犬猫犬猫DaiGoみたいなことになる。
自分の興味・関心にどストライクに当ててくるYouTubeのAIは超優秀だ。
しかし、その興味・関心に沿うようハックしてくるYouTuberもいるし、違法コンテンツをアップするユーザーも多数いる。
動画・コンテンツを見るときはある程度意識しながら見ないといけない。その情報は正しいのかを常に自問する。めんどくさいけど。
出すなら出したらいいが、steamなんかみたいな表に出しやすいプラットフォームで表に出してフィードバックを受けたり、一度世間に出してみての考え直し修正のサイクルのほうがいいと思うけどな。
ただし、罵倒みたいなものもある。聞くべき意見と聞くべきではない意見を判断し、聞くべきではない意見は無視して忘れることも必要。
自分がすでに客を持っているのと、一から十まで企業におんぶで抱っこだったら自分の立ち位置は違う。後者の立ち位置は非常に弱い。
正直そのプランが何人取ろうとしてるのか知らんけど、いまは同人で表に出しやすくなってるから、steamや同人で鍛えたやつが賞をかっさらいそうな。
まあ、それが見えるから1000万みたいな高い値段で釣ってるのかもしれないが。
ネガティブなことを言ったけど、出すなら出してみたらいいんじゃない?ただ、自分になにもないけど、誰かが恵んでくれて助けてくれるなんてのは相当甘いとは思うよ。そういうやつは全部かっぱぎたいと思ってるやつもいるし。
そしてその気持ちを、掲載した公的な場での掲載主や表現の場の関係者に
と迫り、圧力によって取り下げてしまう、またはその意見通りの表現の変更が行われている事象が多く存在します。
この内容の言動を唱えている方の大半は、
制作側の、どの程度の表現が規制されるラインなのかを設けてほしいという要望にも明確な基準線を設けず、
このような言動を唱える方々の多くは、歩み寄りや論理性を持った話し合いを避け、
「こう思った」「こう感じた」という意見をひたすら投げ、
として、放暴的に意見を押し付けている状況であると理解しています。
論理的な意見ではないのであれば、それはただの「気持ちの表明」であると思います。
「私たちはこの性的な表現によって傷ついたんだ、私たちは被害者だ」
このように気持ちを表現するのは、表現の自由として誰もが認められているところではあります。
現に一般の創作活動を嗜む方々を、この表現によって傷つけているのです。
私は、この表現のことを「潔癖グロ」と言い表すようにしました。
この表現を発する方が傷ついたと感じる表現、つまり「エロ表現」ですが、
またSNSなどでは、クリック等の一動作置かないと表出されることがないようにされるなど、
様々な”ゾーニング”がなされており、
こういったエロ表現によって傷つけられる人の割合は少なくなるように配慮されるようになってきています。
エロ表現と同じように、何らかの表現によって傷つく人がいるのであれば、
同じように何らかの配慮によって"隠される"ようになるのが妥当だと思います。
正当性を持たせるためには、そこに論理の整合がなくてはなりません。
論理の整合があるから、多くの人が正当な意見であると考えるようになるのです。
ですが、論理性を持たない、個人の感情である一介の表現ですので、
それを発出した弊害である、それにより傷つけられる人のことも考えなくてはなりません。
人間は、生物は、生殖機能によって、生命活動を長い期間育んできました。
少なくとも哺乳類の一種である、ホモ・サピエンスという種として生まれた私たちは、
生殖を行うことで子孫が形成され、次代に遺伝子が受け継がれていきます。
私たち人間にとって、生殖というのは大切な機能であると私は考えます。
生殖機能から発出する性意識や衝動についても、勿論大切なものとして扱わなければならないと思います。
更に私たちは同時に、社会活動をしている、社会的な動物である、とも考えます。
社会の中で、性機能というのはしばしば、不適当なものであるとして端に追いやられてきました。
しかし、私たち本来が持つ生殖機能や、それから派生するものも蔑ろにされるべきではないと考えます。
性表現自体が蔑まれ、排斥されるようなものではないと考えます。
細胞を分裂させて、自分のクローンを作り出す微生物と同等の繁栄方法を行っているか、
私たちホモ・サピエンスがまだ理解が出来ない、未知の繁殖方法で子孫を残しているか、
そのどちらかの当事者であれば、この性表現を排斥しようという意見は飲み込むことはできます。
しかし私たちは人間であり、生殖というのはその大切な生命活動の中の一部です。
そこから生まれる性表現も、大切にされるものであると考えます。
上記の理由から、私は性表現の排斥という言動について、正当性はないと考えます。
まだ成熟しておらず、性表現や性衝動を、あるものとして理解せず、
生殖を組み込んだ社会形成になっていないから、そういった言動が出てくるのではないかと思います。
私たちは誰でも、生殖機能を有し、性的衝動を有し、性的意識を有します。
そのうえで、社会を営む上で、理性を有し、上手く社会を回すために、
理性で性的衝動を抑え込むことで、生物が社会を回すことに成功しているのだといえます。
忘れがちなことですが、大半の人が、その人固有の性的衝動を抑え込んで今日まで生活してきているのです。
上記の言動の人は、そのことを無視し、性的衝動等を無きものとして社会形成を考えていると感じます。
というのは、その性表現の中に、
実際に、
性活動がどのようなものか理解できず、負担をかけてしまうことであったり、
それによって心理的なストレスを抱えるという事態が発生しているというところから派出している言動なのだと思います。
そのような社会的な事態を、加虐側になるような人に奨励するような表現がゾーニングされるべきであり、
については、本来はゾーニングされるべきではないのではないでしょうか。
また、ゾーニングを排斥、排除の意味で使われている方が多く散見されます。
https://ja.wikipedia.org/?curid=3593582
ゾーン(Zone)に分けて、場所場所で差をつけて管理しよう、というのが都市計画用語におけるゾーニングであり、
派生してゲーム等でのレーティングでは、表現の過激さからスコアを付与し、
あらかじめ鑑賞、ゲームを楽しむ人に、その表現が苦手な人がいたときに適切に避けられるように設定されたものであり、
その表現自体を排除、排斥するためにレーティングを行え、というのは、
レーティングを行うのではなく、気に入らないものの検閲を行えと言っているのと同義であり、
検閲というのは、国民が国に課した憲法ですら、禁止であると明記されています。
「この表現は過激だから、この表現はこのレートに当たるけど、もっとレートを下げたいなら修正してね」
自身がそのプラットフォーム自体の管理者ではなかったとしても、
どこまでも製作者を追い続け、「不適切だから取り下げろ」と迫ります。
プラットフォームが認めている表現であれば、本来の意味からはゾーニングは適切になされているのであり、
不快であると表現する側がゾーンから異端であるのだと思います。
たとえ表現者が、
プラットフォームが認めているのであればゾーニングは適切になされています。
表現の製作者や、ましてプラットフォーム自体を潰そうと画策する行為は
(表現をする場所を取り上げることも咎められる行為だと思います。)
このような排斥の言動も、上記の理由から社会的には"隠されるべき"であるといえるでしょう。
女性だから、男性だから、その他の性だから、何かの加害者だから、被害者だから言ってもいいんだ、という理由にはなりません。
私は、現状のような、
潔癖であることが何よりも是であり、性的な表現は一般社会に全く表出されるべきではない
そこから生まれる性表現も、大切にされるものであると上述しました。
大切な人とどんなふうに愛し合おうか、ですとか
恋人同士でどうすれば二人が満足感の高い性行為ができるか、ですとか
どんなところがパートナーの好きなところなのか、ですとか
それに付随する性交の表現や、性器の表現も直接的でいいと思います。
私たちが本来有する機能であり、大半の方は性行為を経験することになるからです。
子どもは大人になるのであり、大人になったら経験をすることであるので、
思った感情を相手に話す力、話を聞いてどう思ったか考える力と伝える力、
そういうことを重点に置いて教育を受け、そのうえで、
ですから、社会的に逸脱した行為は社会でゾーニングを行うとして、
一般社会では適切に性的な表現は咎められるべきではないと考えますが、
(小学校の目の前に、男性器が勃起した、あるいは女性器の陰唇が開かれているような看板が
周りから一定の範囲にはそういったものを掲載しない等の規則が出来ればと思います。
子どもが学習の場で適切に教育を受け、学びの場から卒業した時、
性というものに抵抗なく触れていけるような仕組みづくりが求められていると思います。
翻って、
このような言動は「潔癖グロ」として、何らかの配慮が受ける側に必要であると考えます。
アイドル部の一部Vtuberがあまり評判のよくないミルダムで週イチくらいのペースで配信している
You Tubeで誤BANをされたときにも配信できる場所を確保することになり
リスナーに安心感を与える(ガチBANだったら謹慎したほうがいいかもしれない)
同様に複数のプラットフォームで配信する場合でも、ホロライブのbilibiliミラー配信は
bilibili用に配信していればまた意味が違ったのだろうが
ホロライブ運営にありがちな「楽して金儲けしようとして火傷する」行動である
収入源としても一部のVtuberは収入の数割がbilibiliだったとの話があり
そう簡単には諦められないという弱点にもなりうる
アイドル部の方もミルダムのアーカイブをYou Tubeに動画投稿(転載)しており
あっちで良かったことがYou TubeではBANされる危険はなくもない
(北上双葉が冗談なのだろうが「ミルダムならやり放題だぜぃ」と
白銀ノエルのbilibili歌配信を知っている人には冗談に聞こえない発言している)
深夜アニメであっても子供が視聴可能な環境が整っていたことと、主題歌が街中のいたるところで流れたことは影響がでかいだろうな。
「深夜だからといって視聴者が限定されるわけではない。録画をしたり配信サービスを利用したりと、届け方は様々。深夜で放送していることを知らずに、動画配信サービスをファーストウインドーとして見るケースも少なくない」
高橋氏も「知る限り前例がない」と言うほどユニークなプロモーション戦略となったのが、アニメ放送前の19年3月末に1~5話で構成される特別版を劇場公開したことだ。放送前のため、興味を持って見に来るのは原作の漫画ファンが多い。(中略) SNSなどで情報が拡散。話題性を高めた状態でテレビアニメが並行してスタートを切った。
引用元: https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00364/00003/?i_cid=nbpnxr_ranking_m (日経Xトレンド)
ブロックチェーンや暗号通貨、Web3.0、Dweb というのはここ数年、そしてこれからのバズワードであるようだ。
ここ一週間ぐらいだろうか。マイナンバーにブロックチェーンを導入しようとしている事業に関して色々な議論が発生しているようである。例によって議論に向かない Twitter 上で発生している。というか何が議論の中心になっているのかイマイチよく分からない。ただ雑然と荒れているという感覚がある。
私は技術・歴史・文化といった面からブロックチェーンや暗号通貨に対して知識がなく、学び始めたのはここ一ヶ月と言ってもいいだろう。学ぶ、といっても転がっている日本語の一般的なメディアの記事を気が向いたときに読み散らかすぐらいである。真に技術的なことは何一つ分からない。暗号通貨は Bitcoin とEthereum しか知らないし所持しているのはたまたま貰った僅かな ETH しかない。金銭的に貧しい多摩川に転がっている石くらいどこにでもいる17歳JKである。と逃げの文言を置いておく。
囲み取材で数十秒話したことが記事になっているので、正確に伝わって無さそうです。
・マイナンバーカードをいずれカード不要にしてスマホにインストールできるようにしたい
・その前にそもそも、普及のためマイナンバーカードの発行総数を増やす必要がある
という趣旨かと。
加納氏のこの時期のタイムラインから現在に向けて遡れば様々な第三者の感想や疑問を得ることができるだろう。これらに纏めて答えているのが以下の記事である。
ブロックチェーンの優位性①疎結合|加納裕三/Yuzo Kano
https://blog.blockchain.bitflyer.com/n/n4b45329e308c
加納氏とは一体何者なのかは以下を参照。
東京大学大学院工学系研究科修了。ゴールドマン・サックス証券会社に入社し、エンジニアとして決済システムの開発、その後デリバティブ・転換社債トレーディング業務に従事。
2014年1月に株式会社bitFlyerを共同創業し、2019年5月に株式会社bitFlyer BlockchainのCEOに就任。
bitFlyer創業以降、法改正に関する提言や自主規制ルールの策定等に尽力し、仮想通貨交換業業界の発展に貢献。
日本ブロックチェーン協会代表理事、ISO / TC307国内審議委員会委員、官民データ活用推進基本計画実行委員会委員。
2018年G7雇用イノベーション大臣会合、2019年V20 VASPサミットに出席。
ttps://finsum.jp/ja/2019/speakers/recQMoKK5nD9yb8Ht/profile/
ブロックチェーンを語るうえで何が重要かというと、その言葉の定義である。議論に参加している人が同じ言葉を使っているのに、各人の言葉に対する定義が異なっていると、言葉は理解できるが内容が理解できないといった状況に陥ってしまう。このことは実生活でも頻繁に起こっているように思えるが、Twitter という短文が好まれるプラットフォームでは著しくないがしろにされ不毛な議論を生む原因になっている。
加納氏が代表の JBA (日本ブロックチェーン協会)に依ると、ブロックチェーンの定義は以下の内容である。
ブロックチェーンの定義
1)「ビザンチン障害を含む不特定多数のノードを用い、時間の経過とともにその時点の合意が覆る確率が0へ収束するプロトコル、またはその実装をブロックチェーンと呼ぶ。」
2)「電子署名とハッシュポインタを使用し改竄検出が容易なデータ構造を持ち、且つ、当該データをネットワーク上に分散する多数のノードに保持させることで、高可用性及びデータ同一性等を実現する技術を広義のブロックチェーンと呼ぶ。」
定義策定のアプローチ
まず、Satoshi Nakamoto論文およびその実装である、ビットコインのブロックチェーンをオリジナルのブロックチェーン(以下「オリジナル」)として強く意識しています。
狭義のブロックチェーン(定義1)は、オリジナルを意識し、それが備える本質的で不可分な特徴を捉え、言語化しました。
広義のブロックチェーン(定義2)は、昨今〜今後の技術の展開を鑑み、オリジナルが備える特徴であっても、別の実装方式や別の目的への展開などにおいて、置換や変化が行われていく広がりを許容しながらも、特徴を捉えられるよう、言語化しました。
総務省のページも見つけたが JBA が定義するものを基礎としている。
ttps://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h30/html/nd133310.html
私が疑問と漠然としたモヤモヤ感を抱くのは、最近の一般層で使われているブロックチェーンの定義には「信頼できる第三者が不要である」という点が抜け落ちているように思われることだ。非中央集権SNSで暮らし脱中央集権を推進したい私にはこの点が"ブロックチェーン"の一番重要な点であると思うが、JBA の第一定義にはこの点が記載されている。不特定多数へのインセンティブによって不特定多数による合意を形成している。これによって「信頼できる第三者が不要である」は満たされている。
blockchain (3.6)
distributed ledger with confirmed blocks organized in an append-only, sequential chain using cryptographic links
Note: Blockchains are designed to be tamper resistant and to create final, definitive and immutable ledger records.
distributed ledger (3.22)
ledger that is shared across a set of DLT nodes and synchronized between the DLT nodes using a consensus mechanism
Note: A distributed ledger is designed to be tamper resistant, append-only and immutable containing confirmed and validated transactions.
ISO の定義によれば、ブロックチェーンは、暗号化リンクを使用した一連の鎖で、追記のみで構成された確認済みブロックからなる分散台帳を指す。改ざんに強く、最終的で確定的で不変の台帳記録を作成するように設計されている。分散台帳は、一連の DTL(分散台帳技術)ノードで共有され、合意メカニズムを使用して DTL ノード間で同期される台帳である。確認された有効なトランザクションを含む全てが、改ざん耐性、追記のみの不変性を持つように設計されている。
さて、加納氏の投稿やその他の加納氏に批判的/賛同的な人たちの反応を見ても、彼らの言っている内容がブロックチェーンの定義を満たすものなのかいまいち分からなかった。
・ビザンチン耐性(BFT)
・改ざん耐性
私はブロックチェーンの主な利点はこの5つ(ただし5つにだけではない)だと考えています。これをここでは5大利点と呼びます。
なおかつ、この5大利点を概ね満たしているものをブロックチェーンと呼んでいます(ただしブロックチェーンと呼んでいるものは、すべてこの定義だとは言ってない。かつ、ブロックチェーンの厳密な定義はこれではない。)
なぜ前提として厳密な定義を加納氏の言葉で説明せずに、勝手に加納氏が定義した内容を”ブロックチェーンである”と語っているのか理解に苦しむが、加納氏の説明したい"プライベート・ブロックチェーン"を ISO の定義を基に判断すると、
加納氏の上記の2つの投稿からは、"プライベート・ブロックチェーン"と"パブリック・ブロックチェーン"のどちらを指しているのか不鮮明ではあるが、note の記事では"プライベート・ブロックチェーン"を想定している、と明記されており、議論の発端となったマイナンバーとブロックチェーンに関しても"プライベート・ブロックチェーン"を指していると思われる。5大利点を満たす"プライベート・ブロックチェーン"は存在しないのでは…。
"一方で、誤解と批判を恐れずに書けば、ブロックチェーンがBitcoinの論文に端を発するものであるとするならば、いわゆるプラベートブロックチェーンやコンソーシアムブロックチェーンと呼ばれているものは、ブロックチェーンと呼ぶのをやめて、「タイムスタンプ2.0」のような別の言葉を使うことも考えてはどうだろうか。それは、これらの技術が、リンクトークン型タイムスタンプのデータ構造の上に、決められたノードによる合意アルゴリズムを加え、記録した情報に対するビジネスロジックに応じた情報処理を加えたものであるからだ。根っこの技術は、同じHaberらによるタイムスタンプを元にしているものの、ブロックチェーンの発端となったBitcoinの論文が目指した「信頼できる第三者機関を不要にする」という方向とは別の方向の進化をしているもので、その別の2つの方向のものを同一の枠で扱うことには無理があり、理解や発展を考える上で両方にとって弊害がある。"
https://link.medium.com/TgeOXv8Dlab
https://link.medium.com/4pz5oNlHpab
これらの記事を読むと、そもそもブロックチェーンと呼ばれるものにおいてパブリックではないものは、なんびとも信用しない状況において根本的に非改ざん性を保障することができないのではないかと感じる。"パブリック・ブロックチェーン"こそがブロックチェーンであり、他のものはブロックチェーンから発展してきた技術を使ったブロックチェーンの定義を満たさない分散台帳なのではないか。
加納氏に関して覚えておきたいことは、彼は bitFlyer の CEO であり bitFlyer は miyabi という"コンソーシアム・プライベートブロックチェーン"を開発しているという点だ。当然行政に対して彼がブロックチェーンを推しているのはこれを売り込むためなのであろう。これが厳密にブロックチェーンなのかは置いておいて、このプロダクト自体は素晴らしい取り組みだと私は感じる。デジタル化によって今までの煩雑な手続きが簡単になる可能性は大いにあるし、公的文書の保存にも役にたつ。黒塗り秘匿文書を撲滅しろ。
ただ、ブロックチェーンをただの空虚なバズワードとして扱うのではなく、厳密な定義の上で使うのは大事なことだ。今回の件は、果たして全てにおいて加納氏が良くない、と言えるのだろうか。言葉というのは多数が使うことによって定義が決まる。時代が変われば定義が変わってしまうこともある。ブロックチェーンという言葉を便利な魔法の言葉にしてしまったのは誰だろう。本質を見極めない我々だ。AI 搭載!!といたるところで見る言葉だが、何をもって AI と呼んでいるのか不思議になる。実際のところ今まで"システム"と呼んでいたものなのに。日々の中で言葉をしっかりと見つめ直すのは大事だ。
この記事は、そもそもブロックチェーンとは何か、という個人的な疑問をまとめたものであり、加納氏を批判する意図は無かったわけで、最後の締めはやんわりとしたかった。だが、加納氏は立場的には日本ブロックチェーン協会の会長で、言葉を定義する立場である。言葉を定義した側がこの有様というのは遺憾である。日本の行政のデジタル化の推進は頑張って欲しい。
私は非モテ男も非モテ女も存在すると思うが、「価値のない」女は存在しないと思っている。
ここでの価値は需要を意味している。人間社会において、人間の価値は需要にある。
これらのうちのどちらか、または両方が優れていれば、同性異性問わず好奇心や性的な魅力から自然と人が寄ってくるものだ。
非モテ女に寄ってくる男はいる。たとえそれが軽犯罪であろうが性犯罪であろうが、穴目当てであろうが、それは間違いなく需要である。
需要がないものに価値などない。そこに善悪や合法違法は関係ない。
日本においては麻薬は違法な物質として扱われるが、価値があるから未だに取引される。価値のないゴミなど、取引されない。むしろゴミ回収に金を掛ける必要がある。
価値がないから誰も寄ってこない。誰からも必要とされないのだ。自分の欲求を満たすためには、必ず金を支払わなければならない。
非モテ男に限らず、非モテ女も現実世界で地獄を見ているのは事実だ。そこは否定しない。
しかし非モテ女であっても、今の時代、人間として生きていくための最低限の自尊心を得るために、ネットの世界でも十分生きていけるだろう。
容姿が醜いのであれば、声だけで魅せればいい。別に声優になる必要などない。VTuberやゲーム実況、ウェブラジオなんかでもいい。
声が醜いのであれば、男を釣るための写真や動画をネットにばらまけばいい。それで金儲けもできる。
体を汚さずに、体を電子データとして売るプラットフォームも普通に存在する。心は汚れるかもしれないが。
他人を妬み、世界を憎み、自分を嫌う。生まれたときから死ぬまでずっと地獄を体験してきたのだから。
誰からも必要とされない生物として、この世界に勝手に産み落とされて、勝手に値付けられて、心は傷だらけで、容姿にふさわしい醜悪で歪んだ生き物になった。
何度も自死を考えたが、結局その勇気すら持っていない、弱い生き物でしかない。
生まれ変わったら何になりたいかなど何度も考えたが、今となってはもう生まれ変わりたくはない。
来世というものがあるのだとしても、来世も価値のない男として生まれる気がしているからだ。
女として生まれたからには、自信を持てだなんて言うつもりはないし、人生を楽しめだなんて言うつもりもないが、
人間社会における最悪で最低のなんの価値もないゴミみたいな底辺は、体も心も何もかも売ったとしても、一切の価値がつかない男であることを知ってほしい。
まあ、お前らには分からないだろう。人生楽しんでくれ。うらやましいよ。
別に他人を悪者にしているわけでも、責任を押し付けているわけでもない。
自称非モテ女も非モテから立ち直った人間も、みんな人生を楽しく送ってくれればいい。
単に需要のない人間の悲惨さを語っただけにも関わらず、他人のせいにする悪者扱いされてしまうんだよな。
弱者の声は弱者の声としてかき消されるのは、受け入れるしかないことは知っている。
1つ誤解していると思うのだが、地獄を見たことがない人間に限って、努力でどうにかなると思っている。
もうどうにもならないから、そういう思考も含めて直しようがないからこそ、別にモテたいとかそういう希望は捨てたし、
今は夢の中でありもしない妄想を膨らませることと、同志を見つけることくらいしか楽しみがないんだ。
歪んでいるとか、偏ったとか、末期とかそういう言葉はもう慣れた。