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2020-08-13

字を上手く書くにはどうしたらいいんだ

自分の書く字がコンプレックス

何より下手だし、中途半端丸文字とミミズ文字ミックスみたいな感じで大変見苦しいと思う。自分でも読めない時がある。

今までも、「自分の字って子供っぽくてカッコ悪いな〜」と思ってたけど、昨日何気なく、Tカードの裏に書いてある自分署名と、店員さんが書いた有効期限の文字を見比べて、すごいガッカリした。自分の字きったねぇ〜!ヘタクソ!

なんかこう、何気ないメモとか板書したノートとかでも、キッチリ整ったきれいな字の人いるじゃん。ササーっと書いてるのに整っている。すごい。

私は罫線のない紙に横書きしたら文字の中心が揃わずデコボコするし、縦書きだとどんどん斜めになっていく。

「さ」とか「き」は繋げて書いてしまうし、「す」「お」「む」は横線を書いた後に一筆で縦の線も書く。分かりづらいけど伝わってくれ。

多分私の字の汚さの原因は小学生の時まで遡る。私の母や先生は、漢字ドリルのやり方にとても厳しかった。ドリルに書いてある熟語とかをノートに写す時、なんかもうまどろっこしいほどゆっくり丁寧に書かされた。(大人のせいだと言いたい訳ではなく、私がせっかちすぎてそう感じていただけである)

それがもう、当時小学生の私にはとても苦痛だった。たか漢字2文字書くのに時間かけて、お手本通り書けなければやり直し、書き順間違えてもやり直し。

そこで、根性や忍耐力が身について「字を書く時は丁寧に!」という心が芽生えれば違う人生を歩んでいたのかもしれないが、私は基本的にせっかちで飽きっぽい性格だったので、次第に適当に、なんなら字を書くのも嫌いになっていった。

そして、漢字ドリル提出のたびに、習字の授業のたびに、夏休み冬休み習字課題のたびに、周りと比べて字が下手なのを実感してさらに字を書くのが嫌いになるという悪循環

つまるところ、自分のせいである。

ちゃんと丁寧に習った漢字練習して、根気強く書く習慣をつけていればこのようなコンプレックスを抱くこともなかったのだろうが、無理だった。漢字練習よりも読書がしたかった。

一応美的センスはある(つもり)なので、レタリング技法を使えば美しい字は書ける。でも日常生活で字を書くのにいちいちそんなことやってられん。だいいちそれは私の字ではなく明朝体とかゴシック体だ。

もう来年から大学生だ。これからいろんな書類を書くことだろう。この、小学生の時から成長していない字で…。

本屋ペン字講座の本でも買おうかな…飽きっぽいから続くか分からんけど。なんかい練習法とか心がけとかないもんかね。

2020-07-25

本を作るのは楽しい

少し前まで「紙媒体」と「web公開」の二つにこれと言った価値の違いを感じられなかった。

すぐに見てもらえる手っ取り早い方法web公開だし、「沢山の人に見てほしい」って想いもweb公開の方が叶いやすいよな?って思ってた。

でも作ってみて知ったんだ。

本を作ることは、本当に楽しい!!!!!

私はメチャクチャケチだ。

お金を使う時はその金額と手に入るもの価値を天秤にかけて、じっくり考えて何度も自問自答してから答えを出す。

それに加えて「紙媒体」に特別価値を感じていなかったから、自費出版って行為は完全に自分とは別世界のものだったんだ。

あとは入稿とか搬入とかそういうの大変そう、よく分かんないって思ってて、それも手が伸びない要因だった。

でもある時、ある人から「本が欲しいです」って言葉をもらったんだ。しかも既にweb公開してるヤツの。

なんで!?って思った。不思議だった。だって無料で読めるものをなんでわざわざお金払って…!?って。

その人はこんなことも言ってくれた。

「この作品は本がすごく似合うだろうなって」

「紙を捲って読みたいんですよね」

…………紙を捲る!!!!!!

よく分かんないけど、体中に電気ビリビリ流れるみたいな衝撃があった。よく分かんないのに、もう、私はその時、信じられないくらい嬉しかったんだ。

書き下ろしがチョロッと付いてたりなんかしたら大歓喜です」

こんなことも言われた。

…………チョロッとで大歓喜!!!!!!

その言葉がずっと忘れられなくて、だから私はメチャクチャ勇気を振り絞って本を作ってみようと思い立ったんだ。

せっかくだから中身はまるきりの新作にした。

本って形が似合うお話を作ろうと思って意気込んだ。

あと、素敵な言葉をくれたあの人への「ありがとう」を「丸ごと書き下ろし」に代えて贈りたいって気持ちもあった。


どれくらい売れるか分かんないのに印刷費用を全部自分で出すってのが、本当に本当に怖かった。丸ごと赤字になったらどうしよう、だってこの金があったら一体なにが買える?回る寿司とか出前とか何回利用できる?そんなことばかりが脳内を占めていた。生粋ケチだ。

部数もどうしたら良いか分からんし値段設定もよく分からん。悩みに悩んで、その結果初めての本は「部数は弱気・値段はほんのり強気」って感じで舵を取った。


入稿までスマホ一台で全部やった。カバー付きの文庫本だ。本にするなら文庫サイズがいいなってずっと思ってたんだ。文庫大好き。

本文はAの会社カラーカバーはBの会社印刷を依頼した。そのやり方が調べた中で一番安かった。もちろん最安の早割にした。少しでも赤字を抑えたかった。

本文をpdf化してくれる無料サービスもあったし、表紙はフリー素材のサイトからイケてる好みの写真を選んで使った。(無料とかフリーって言葉が大好きだ。ケチから)

表紙の入稿は三回くらい不備を出しちゃって印刷会社Bさんに多大な迷惑をかけてしまったけど、とにもかくにも、そんなこんなで、本体カバーがそれぞれ自宅に届いた。


………感動した。感動してしまった。

どうしよう、紛れもなく本だ。メチャクチャ文庫の本だ。

表紙に自分のつけたタイトルが印字されてる。中を開いたら自分の書いた文が明朝体でかっこよく印刷されてる。

紛れもなく、本だ。

なんだこれは。


なんだこれは!!!!!


初めて作った本、不備も幾度となく出したし誤字もメッチャあったけど、それでも、心から大好きだって思えた。愛しかった。誇らしかった。直接触ることのできる紛れもない宝物だと思った。

その時、あの人がくれた言葉を鮮明に思い出したんだ。

「本が欲しいです」

そうか、本にするということは、

触ることができるんだ。確かな重みがあるんだ。確かに存在してるんだ。愛しいと思いながらギュッと抱きしめることができるんだ。

このことに気付けたのがすごく大きな財産になった。一冊も売れなくて丸ごと赤字だったとしても、それは赤字なんかじゃない。素敵な価値観を印刷費というお金で知ることができたんだな、私は。

でもそうは言っても売れてくれとは思った。ケチなので。

カバー巻きという楽しい内職を終わらせ、初頒布イベント当日。

……本、メチャクチャ買ってもらえた。生涯忘れないと思う。人生トップ3に入るくらい嬉しい出来事だ。

それから一年後。

あの人が言ってたweb公開済のお話も本にしようと思い立った。全部で300ページで、その中の100ページは書き下ろしにした。

これも胸を張れる大好きな一冊になった。自分が作った本の中でこれが一番分厚い。背表紙の厚みがすごい。

あの人は数日後、通販で買ってくれた。

全部全部嬉しくて幸せで、伝えたかった「ありがとう」は何十倍も大きくなった。



あの日から今日までで合計五冊の本を作った。

五冊とも全部愛しくて誇らしくて大好き。作って良かった。本を作るという喜びに出会えて本当に本当に良かった。

出会わせてくれたあの人には今もずっと感謝してる。一回だけメール感謝を伝えた。超重たい超長文になってしまった。

何度も言うのはしつこいし重たいし、もうさすがに言葉にしてはないけど、これから先もずっとずっと「ありがとう」って思い続けると思う。

本を作る私の傍に、その気持ちはこれからもずっとあるんだ。

本当にありがとう

今度は新書サイズ作りたいなって目論んでる。黒っぽい感じの、鈍器みたいなかっこいい本を作りたいな。

2020-07-20

私の中の綾城さん

少し前に話題になってたから読んでみた

あああああ…すぎる、ありすぎる…

身に覚えがありすぎるよぉぉ…

 

同人女にとって神作家はただの神、人間ではない

さすが八百万の神がいる国、ニッポン。神の存在に慣れている。増やす事になんの違和感もない。一神教だったら神作家なんてなかった言葉かもしれない、ここに生まれてよかった

 

とりあえず神作家とは跪き崇めて奉る存在なのだエンペラーである強者である。ああ意のままにしてください

 

 

そして私にもそんな存在いたことを思い出した

お題サイト写真素材サイト流行りだし、簡素化した作りのサイトが増えた頃だった

真っ白な背景に神作家が描いたバナーのような小さな画像シンプルサイトだった。画像の下に二、三個のリンクがあり、そこから神のサイト概要作品日記リンク集に飛べるようになっていた

懐かしいが溢れ出して止まらない…相互リンクとか、今の若者知ってんの?大量すぎる○○同盟とか、GIFバナーとか、キリリクとか、コスプレサイトはめちゃくちゃ入り口しかったとか…ああああああ語彙失いそう

 

 

そんな懐かしい話は置いといて、神は本当に神だった

 

まず絵がヤバい。めちゃくちゃ上手いし色配置最高だしそもそもレベル高すぎて見てるだけで心がキュウ…ッとなる

文章ヤバい。語彙力消える。跡形もない。(白目)とかめちゃくちゃ打ちたくなるくらいヤバい作品ごとに変える字体カラー、そして大きすぎる明朝体タイトルスタートラインなのに私の心を掴んだ

もうゴールまでずっと奪われてる。(白目)状態である

神の文章もしかして聖書かなって思ってた。中学生だった私には神の存在という刺激が強すぎて、内容はほのぼの系がほとんどだったのに私の中の映倫が非公開を望むレベルだった

引き込まれ文章と鮮やかな描写、力強い絵、すべてが世界観をしっかりと作り上げていた

 

そんなに好きだったのに、私はその神のサイトを今は知らない

悲しいかな、高校生オタクは恥ずかしいという気持ちサイトを開かなくなり、そのうちにURLも何もかもなくし、同盟ランキングも404エラーになっていたのだ

ペンネーム検索したこともあったが名前がどこにでもいるようなものすぎて見つからなかった

 

私の中の綾城さん、今も神活動をしているだろうか

きっとまた探したとて見つからないだろう

でも、数年後きっと私は私の中の綾城さんをまた思い出すと思う

なぜなら綾城さんは私の世界の一部を作ったか

たとえ見えなくても地球の裏側と繋がっているように、私の心のどこかに必ずいる

10数年前、私の一部を作ってくれた綾城さん、ありがとう

2020-07-16

玄倉川水難事故災害記録を読んだ

これは備忘録みたいなものなので無駄に長いし、文章もろくに推敲してないです。個人ブログでやれって話なんだけど、そういえばお盆も来月に近付いたな……と思ったら、公開される形式にしてみようかなとか気まぐれを起こしました。

 はてブロ初めて使うので、粗相があったらすいません。

 今日仕事役所に行ったんだけど、上司が知り合いに挨拶するとかいうから行政資料センターみたいなところで時間を潰して待つことにした。

 資格試験の願書とか、コロナ関係補助金申請書とか並んでるとこの奥に、背の高い本棚がズラーッと並んでて、所狭しとファイルやら冊子やらが詰め込んである工事単価表とか、議会議事録とか、「へ~」って思うけど別に手に取りたいとは思えないものが沢山あって、これを管理する仕事ってつまらなさそうだなとかちょっと失礼なこと考えたりしてた。

 防災関係の棚のところに行って、ふと、そういえばうちのアパートって災害時どんな感じになるのかなと気になり避難マップを探した。最近雨凄いし、こわいなって。で、その書棚をふらふら探してたら、大きめのファイルがいくつも並んだ段の端っこに、古ぼけた薄い冊子を見つけた。ファイルが割と新品っぽかったから、余計にそのボロさが際立って見えた。それが、玄倉川水難事故の記録資料だった。

 昨年、台風19号だったか、あるいは全然違う日の豪雨だったかで、やっぱり神奈川の西の方のどこかの川で事故があったと思う。そのときツイッターのTLが一斉にこの事故のことを呟いてたから、一度wiki事故記事を読んでみたことがある。読んでるうちに、こどものテレビワイドショーでそういうニュースを見たことがあるような……と淡い記憶も蘇ってきたし、流れでnaverまとめとか読んで(9月にサ終するそうで、残念だ)、「うわ~」って野次馬してた。だから馴染みがあるといったら変だけど、身近というか、ちょっと知識がある?みたいな変な自負みたいのがあって、興味本位で手に取った。

 あんセンセーショナル事故の記録を、こんなとこにぽんと置いてあるんだ、という意外性みたいのもあったな。テレビ人間が濁流に飲み込まれる様子が生放送されるなんて、いまでは報道倫理的に考えられない事態だと思う。役所みたいなおカタい組織って、そういう刺激の強すぎるものは人目に晒したがらないというか、それこそ情報公開請求?とかしないと出してくれないのかなって勝手に思ってたんだよね。それが閲覧スペースに普通に置いてあったのが意外だった。

 冊子には、事故現場がどんな地域だとか、上流にあったダム概要だとかwikiにも掲載されてるような内容が、役所らしい淡々としたかたちで記録されてた。そういうのが続いて、ある頁からは、事故発生から遺体収容までの数日間役所のどの部署が何時何分何をしていて、どことどんな連携をした、みたいなことがズラズラズラーッと書き連ねてある。

 これが、すごい細かい警察消防ダム管理者と危機対策本部河川課?と~って、ほんとに登場人物ならぬ登場組織が山ほどある。その分単位の行動記録の随所随所に、更に細かい文字記録がある。元々防災部的なとこには実働機関がなかったか地域にある出張所が活躍したとか、ダムの放流を止める止めないの決断にはどんな意思決定があったのか、とか。

 本当にモノを知らなくて恥ずかしいけど、さら~っとwiki流し読みしたときは、「人が取り残されてるのにどうしてダムの水放流しちゃったんだろ」とか「危ないんだったら警察沢山向かわせて実力行使避難させればよかったのに」とか思ってたんだよね。でも、「放流を停止してダム決壊した場合は川下にある小田原市全域に人的被害が見込まれた」「河川私的利用を制限する根拠法令がなかった」みたいに全部全部理由があって、なんていうかそのことに凄くハッとした。

 自分みたいな素人が考えることを、縦割り行政揶揄されるほどまで業務を細分化してる役所役人が考えないわけないんだよな。ダムを止めてやれないか、って検討するだろうし、危ないか避難させられないだろうか、って考えたんだと思う。当時現場に詰めてた人達はみんな、いま自分安易に考えたようなことは当然検討した上で、「他の何万人もの市民危険さらから駄目だ」「根拠法令のない私権制限は出来ない」って結論付けたんだろうな。

 なんていうか、ほんとにこまごまと書いてあるんだよね。すごく淡々としてるんだよ。役所文書から事実の羅列ばっかりなんだけど、気付いたら熱心に読み込んでしまった。温度のない明朝体の退屈な文字列だと思ってたんだけど、読んでるうちに、自分たちがDQNって言ってた犠牲者たちのことを、この関係者たちは必死で助けようとしたんだな、ってことがわかってきた。

 ワイドショーでは「地元の人が何回も注意した」とか、「お盆悲劇!」みたいな視聴者情緒を煽るというか、沢山の人が亡くなったことをネタにしてるような報道ばかりで(その犠牲者たちの言動ゴシップ的に取り上げられやす属性だったのは、そうかもしれないが)、自分も昨年SNSで見た「DQNの川流れ」という揶揄を苦笑しつつも受け入れてしまっていた。いま考えてもあの犠牲者たちの行動が善良な市民のものだったとは思わないけど、でもそういう愚かなレジャー客のことも、これだけ沢山の人が助けようとしてくれたんだなと謎の感慨みたいなものが湧いた。

 なるほど、これは玄倉川水難事故犠牲者を出してしまった悔しさ(?)をバネに、次回以降の災害対応に活かすための引継ぎ資料的なものなのかな~と思いながら、ぱらぱら捲っていった。

 その最後に、当時レスキューに参加した消防関係者の寄稿みたいなものがあった。実際、テレビの中で土砂降りの中ロープを引いて河岸に待機していた、消防署の職員たちの手記だった。

 目の前で四人が流された直後に、救命出来なかったという絶望に包まれたまま別の事故現場へ移動したことを書く方もいたし、世間から「なぜ助けられなかったのか」とバッシングを受けたことについて所感を綴った方もいた。実際にその瞬間、荒れ狂う河川敷で業務従事していた救助隊員たちの声というのは、非常に生々しく、重たかった。かれらが一様に、助けられなかったことを心底残念がっているというのが、伝わってきた。

 一歳の子もの遺体けが何日も見つからず、ひたすら川を捜索していた隊員の方が、「初日オムツが二つ水面に浮いていたのを思い出して」、向かった場所の川底から、水の冷たさを訴えるような真っ白い肌をした赤ん坊遺体が引き上げられたとき咄嗟に川に飛び込んで泳いで行き、毛布で赤ん坊を抱き上げに行った、という記述を読んだとき、気が付いたら泣いてしまっていた。

 玄倉川水難事故、本当に愚かな事故だなという所感はいまでも変わらない。あの悲劇を避けるための分岐点は幾らでもあったのに、その場にいた大人たちはまったくそ選択をしようとしなかった。犠牲者たちが悪いのだから死んで当然、というネット意見も、割と共感する。傲慢な”DQN”のために、一億円以上の公費が投入されているし、その現場に駆け付けた関係者たちは、やはり苦い記憶としてこの事故を一生忘れられないのだと思う。まったくもって酷い事故だ。

 だけど、そういうやばいやつらのことも、必死に助けようとした人たちがいて、同じようなことが起こったときちゃんと助けられるように備えないとと準備している組織がいるんだなと思ったら、日本ってまだまだ捨てたもんじゃいかなという気がした。

 実際災害が起きたら、また「どうして助けられなかったんだ」って思うようなことって起こるだろうし、こんな記事書いてても自分自分家族被害を受けたら「どうして助けてくれなかったんだ」って言っちゃうと思うけど。でも、ああい事件事故最前線にいる人たちが、皆が皆怠慢で、冷淡で、他人に無関心ってことは絶対にないなと思った。それって、すごく幸福なことだと思う。

 来月はお盆があり、連休がある。コロナで外出自粛だけど、GoToもあるから、割とレジャー検討してる人も多いんじゃないだろうか。自分感染症について何の知見もないから「出掛けちゃいけないと思う」とか言えないけど、この記事を読んだ人がいたら、「事故に気を付けよう」「天気予報とか災害情報とかチェックしよう」みたいに思ってくれたらいいな、と思った。

2020-07-04

フォントになんで!?

PCスマホデフォフォント

一  漢字の1

ー  ダッシュ

を一緒にするなよ。明朝体みたいにケツはねしてくれ。読めない

l 小文字エル

I  大文字アイ

ℓと

][

って書くべき。サイトによってローマ数字特殊文字もIに変換するのはなんで?

サイトによっては・・・で変換すると強制的

...になるのも意味不明すぎる

・・・・・・

‥‥‥

……

2020-05-30

anond:20200530121131

フォントには詳しくないんだけど、明朝体みたいな、トメハネで線の太さが変わるフォントだった気がする。

文庫本で見たことあるフォントだと思うんだけど、どこのだったかな…

2020-05-08

広告は嫌いだけど、東京メトロの「オフピークプロジェクト」には恐れ入った。ぜひポスターを見てほしい

いつも使っている東京メトロ有楽町線。駅にポスターが貼ってある。

ゲッツの人と、小島よしおが落ち着いたジャケット来て、真面目な顔したポスター

ピークを知る男。ダンディー坂野」と、冷静な明朝体で書いてある。

最初、何のことか分からなかったけど、この2人の共通点は、ピークを過ぎた男だと分かった時、深い、深すぎる、、、なるほど、これが「オフピークプロジェクト」か。。。と眩暈がした。

そのうえで、2人のよくポスターをよく見ると、その立ち姿、表情、洋服、背景、文字の配置、何もかもが、これが本当の職人仕事かあ、と超久しぶりに感動した。

目立ってない。主張してない。わかった人だけ、ああ!!!と強烈に刺さってくる。

ぜひ、このポスターを見てほしい

2019-11-29

二 と ニ

漢数字の二とカタカナのニって形が近いからか入れ替えて書いちゃう人いますよね。間違えてなのかわざとなのかフォントの形がそうなのか。

二重橋前

×ニ重橋前

あれ慣れなくて気持ち悪い。明朝体なら漢数字の方には横画の最後にはうろこがついててほしいし、カタカナの方は毛筆風の形であってほしい。ゴシック体も2本の線の間隔が広い方が漢数字であってくれ。教科書体は見た目じゃ分かりにくいけれど。

2019-11-27

anond:20191127134114

どれでもない

ある日突然空が真っ黒になって、真っ白で巨大な明朝体テロップが流れ出す

その後、天を覆い尽くす「劇終」の文字とともに全人類ログアウトする

2019-10-31

人に読んでもらう書類ゴシックで書いてね

そのほうが読みやすいから。って言われた。

僕は明朝体のが快適に読めます

みんなのおすすめフォントを教えてネ。

2019-10-13

香港MTRフォントっていいね

香港MTRの行き先や掲示物に使われている、明朝体フォントが好き。

日本は柔らかいゴシック体フォントしかないので

最初見た時は怖いなーとか思ったのだが、あの力強さと太ましさは良いものだと思う。

フォント名前MTRSongらしい。

2019-08-26

明朝体が怖い

最近渋谷駅に行った。

今、ハチ公前に広告で『人間、まるだし。』って出てる。あれがなんだか、怖い。

明朝体が怖い。

線がほそーいやつ(リュウミンとか)はいいんだけど、問題は太いやつ。それがドンッと大きく出てるようなやつ。

さらにそれが黒背景白文字とか、白背景黒文字とかだとさらに怖い。

からエヴァのアレ(マティスっていうだっけ?)も怖い。

怖いフォントといえば古印体とか(『世にも奇妙な物語』とかのアレ、線が所々消えかかりそうになってるやつ)が出てくるけど、明朝体は有無を言わさぬ圧迫感があって違う意味で怖い。

元はといえば、『さよならを教えて』というエロゲーきっかけだったような気もする。あれ、ゲームタイトルロゴとかキャッチコピーが太字の明朝だった。ゲーム雰囲気とも相まって、その明朝体文字自体殺伐としているというか、恐怖感がというか未だに怖くてプレイできてない。

「怖い」と思わせて頭にその情報がはっきり刻み込まれてるだけ、広告としては成功なのかもしれないけど。そんなことに乗せられているのはなんだか悔しい。けど怖い。

2019-02-05

顔真卿

東京国立博物館 平成館で開催中の特別展顔真卿王羲之を超えた名筆」に先週行きました。

目玉となっている顔真卿の「祭姪文稿(さいてつぶんこう)」は平日午後で、30分待ちでした。

入口券売機コーナーに待ち時間が表示されていますので、心構えを持って行列に臨むことができます

これは祭姪文稿に限らない注意点なのですが、展示物は小さいものが多いです。

現代書道では畳の大きさである全紙、それを縦半分にした半切、のような大きな紙を使用しそれに大きな字を書くことが多いかと。

展示されている古い作品は、小学校習字で使う半紙を横にしたようなサイズ。それが横につないであます

日本でも昔の巻物はそんなサイズですよね。その縦のサイズに字が12~15文字記されております。大体のサイズ感はお分かりいただけますでしょうか。


祭姪文稿全体は、横2メートルほどあるでしょうか。しかし、メインは半紙(横長)×2ぐらいです。

残りはこれを手に入れた歴代の所有者のコメントやらハンコやらで埋まっています

歴史的に有名な作品にたくさん付いてくるこのおまけは「千社札みたいなもの」と聞いたことがあります

お宝を手に入れたら、何かしら自分足跡を残さずにはいられないということでしょう。


長い長い待ち行列のあとにこれを拝むことができるわけですが、たくさんの人が並んでおりますので、立ち止まって鑑賞することは許されません。

係員の人にすぐに立ち止まらないでくださいと警告されます

しかし、なにしろサイズが半紙(横長)×2。

立ち止まらないで見ると、本当に一瞥ちょっとみた、という感じです。

祭姪文稿に特に思い入れのない人があれで感動するのは至難の業と思われます

そのあとに祭姪文稿の拓本が展示されていますので、じっくり見たい方はそちらで。

拓本なので真筆と違い、墨、筆運びは感じ取れませんが。

PCモニタが大きい人は、公式サイトPCで表示したほうが大きいサイズで見られるかもしれません。



ポスター明朝体使用していることを批判されているブコメを見ましたが、よく見ていただければ明朝体ではない、顔体に似たフォントであることがわかるかと思います

展示パネルに、明朝体大本顔真卿字体(顔体)という説明がありました。見間違う程度には似ているということでしょう。


顔真卿以前の欧陽詢、虞世南、褚遂良は、縦画・横画の線の太さが大きく異なりメリハリがあること、横画が右肩上がりで外形の角度が鋭角になり正方形長方形ではなく菱形っぽくなる特徴があります

癖のあるかっこよさ、というのでしょうか。

顔真卿楷書は、縦画・横画の線の太さの違いが少ない、横画が水平に近く字の外形が正方形長方形に近い、という特徴があります。大変にプレーンです。


欧陽詢、虞世南、褚遂良、顔真卿(だったと思う)の同じ字をモーフィングで写してどのように違うのかを見せてくれるモニタ展示があります

字形の違いだけではなく、たった1字からその人の性格が透けて見えるような大変に面白い展示です。

王義之、欧陽詢をはじめ著名な人の作品にはキャライラストがついています

本当にこんな顔だったの? 絵が残ってるの?と疑問が沸きますが、キャッチーではあります

はっと気が付くと、顔真卿キャラポーズが違うのがいて二度驚きました。

「まだまだ北風です」「はじまりはいつも顔真卿」などキャッチフレーズがつけられている作品もあり、大変まじめでしっかりした展示であるにも関わらず、一生懸命キャッチーです。

拓本の展示が多く、これは当然本のサイズです。

しかし石碑全体の拓の展示もふんだんにあり、整然と統一された一面の書の美しさに圧倒されます

メインは唐ですが、その後の時代日本中国できちんとフォローしている幅広い展示でした。

唐の玄宗皇帝則天武后の書も展示されております。そんなに書を上達させる時間があったなら政治もっと力を入れたほうがよかったんじゃないかな、と思わせる達筆です。

最澄の書が空海と並んで展示されているのはいわゆる公開処刑のように思われました。

唐に遣唐使として滞在していた折に、最澄空海に代筆を頼んだ、というエピソードを読んだ覚えがあります

本人も空海の書のほうが遥かに優れていると知っていたわけであえて並べて展示しなくても。


蘭亭序、孔子廟、九成宮をはじめ有名どころが勢ぞろいしていますので、書道に興味のある方は是非。

ただ展示数が多いので足早に見ても二時間半(祭姪文稿の待ち含め)かかります

観覧者の7割は中華圏の方ですので、春節終わった後がいいかもしれません。

日本人観覧者より、中華圏観覧者の平均年齢は20以上若いと思われます

20代のカップルグループ小学生ぐらいの親子連れもいます

多少閲覧マナーがどうであれ、お若い方に観ていただくのはとてもいいことだと思います

祭姪文稿の待ち行列で順番ぬかしを一度静止しましたが、二度目は見送りました。

そんなに焦っていっても、ちょっと見て終わりなんですけどね。

2019-02-04

anond:20190204145306

明朝体というかヒゲ付きのUを描くようにしてみたら?

2018-12-18

anond:20181218111026

お前が美しいと思うのは勝手だが、それは正しいことにはならない。

漢字ドリルに載っているのは大抵の場合筆書きに寄せた教科書体で、明朝体ではない。

文化庁は糸の4画目をはねてもはねなくても良い例として上げている。http://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/__icsFiles/afieldfile/2017/08/10/2016022902_besshi01.pdf

2018-10-12

商業BL小説の表紙ってなんであんダサいのばっかりなんだろう

良い感じのイラストの上に古風なグラデーション明朝体タイトルつけんなや…

2018-09-26

新潮45』の休刊失望した

新潮社が『新潮45』を休刊することを発表した。

私はこの判断に心から落胆し、新潮社という出版社のものに心から失望した。

おそらくもう回復不可能失望だ。

まず断っておくが、私は杉田水脈氏の記事(論文とは決して呼ばない)を一切支持しない。

一切、完全に、ただの一行たりともだ。

続く号で発表された杉田氏の擁護記事も、仮に部分的事実があるとしても一切の論旨に賛同しない。


だが、私は『新潮45』が休刊したことについても深い憤りを覚えている。

杉田氏の記事ならびに擁護記事批判が集まったあと、新潮社代表取締役佐藤隆信氏は以下のようなリリースを発表した。

https://www.shinchosha.co.jp/sp/news/20180921.html

弊社は出版に携わるものとして、言論の自由表現の自由意見多様性編集権独立重要性などを十分に認識し、尊重してまいりました。……

 それらに鑑みても、あまり常識を逸脱した偏見認識不足に満ちた表現が見受けられました。……

 弊社は今後とも、差別的表現には十分に配慮する所存です。

このリリース佐藤氏は、『新潮45』が差別的記事掲載したとは一切認めていない。

まずはじめに言論の自由をうたい、《今後とも》差別には配慮する=今までも差別には配慮していた、としている。

新潮45』の問題あくまで「常識を逸脱した偏見」と「認識不足に満ちた表現」(不足に満ちた?)だ、ということだ。

このスタンス休刊を発表したリリースでも変わらない。

https://www.shinchosha.co.jp/sp/news/20180925.html

会社として十分な編集体制を整備しないまま「新潮45」の刊行を続けてきたことに対して、深い反省の思いを込めて、このたび休刊決断しました。



これらのリリースから新潮社が何を問題視して休刊に至ったのか、私にはよく読み取ることができない。

言論の自由」を重要視するならば、「常識を逸脱した偏見」という言葉矛盾している。

なぜなら、偏見は時に常識の顔をして生活根付いているからだ。それに対抗しうるのは言論しかない。

言論の自由」をうたうなら、常識から逸脱したこと謝罪するのは自殺行為だ。

認識不足に満ちた表現」というのもよくわからない。誰の、何に対しての認識が不足していたのか不明である

(筆者の、LGBTに対する)認識が不足していたというならば、それは表現ではなく論旨そのものに直結する問題だ。

二度目のリリースの「編集体制が十分でなかった」ことから無理矢理意訳するなら、言論としての質が低かったことがもっとも重大な問題、と理解すればいいだろうか。


佐藤氏はこの問題に関して、何よりもまずはじめに言論の自由表現の自由意見多様性編集権独立言及した。

新潮45』は、私の目には差別的侮辱的で唾棄すべき蒙昧な文字列だったが、

佐藤氏は質が低いことは認めても、差別的であるとは最後まで言わなかった。


杉田氏の記事およびその擁護意見を、新潮社として「自由多様性」の一部として認めるならそれでもよい、と私は思う。

だが、それが社としての意見だというならば、そして問題は「質の低さ」だというならば、少なくとも新潮社にはこの問題について「質の高い」意見を示す社会的責任があったのではないか

そして、「多様性」を庇護したいのならば、杉田氏および擁護意見への反論意見として熟議し、「多様性のある」議論を展開するべきではなかったのか。

それこそが「言論の自由」を保証した、出版社としてあるべき姿だと思う。

その範を示すことが、長い歴史と信頼のある大手出版社役割であり、代表取締役が「言論の自由」に言及した意味ではないのだろうか。

質の高い多様な意見を募るには歴史と信頼と知性の集積が必要だ。そんな出版社はそう多くはない。

けれど、新潮社ならできたんじゃないのか。

今回、新潮社は『新潮45』の廃刊という形での幕引きを図った。

差別的表現であったということは認めず、

しかし改めて「質の高い」意見を示すこともせず、

批判に応答もせずに。

言論の自由いちばんはじめにうたったはずなのに、世間の声に反応して言論の場そのものを潰すという、もっともするべきではないことをした。

これを「批判による言論封殺だ」とみる人もいるだろう。

まりに多くの批判が集中しすぎて発言できなくなる。

それはたしかに、この社会が抱える問題ひとつだと思う。

しかし、新潮社は本当に、この幕引き以外選択肢はなかったのか。

新潮社でさえこんな風に逃げ出すしかないのなら、我々はいよいよ、批判を躊躇わなければならなくなる。

意見を示す出版社側は、「常識から逸脱した」意見を出すときは『新潮45』のように潰されることに怯えなければならず、

批判する消費者側は、自分自身批判言論の場を潰し、言論封殺の謗りを受けることに怯えなければならない。

そんな状態こそが「言論の自由」の妨げなのではないか


新潮社は「質の高い」反論をすることも批判を受け止めることも投げ出して、結局真っ先に言及した「言論の自由」を蔑ろに踏みにじった。

私にはそう思える。

そして、そんな愚かな選択を、あの新潮社したことに心から失望している。



はじめて買った文芸誌はyomyomだった。

確か高校生ときだ。

100%orangeかわいい表紙に、めくると広がるとりどりの物語に心をときめかせて創刊から買い続けた。

新潮文庫背表紙が好きだった。明朝体文字だけのそっけなさ。

書店に行くたびあの背表紙群を眺めて、次は何を買おうと迷うのが楽しかった。読んでも読んでも読みたい本が尽きない。頼もしかった。

新書玉石混淆さにはもう十年以上もうんざりしているけれど、それでも新潮新書には基本的安心感を感じていたし、学生時代論文でも、参考文献に新潮社の本を何冊も並べた。

私は新潮社本が好きだった。そして信頼していた。

今はただ悲しい。

2018-09-04

無言で買い物

爽やかな好青年商品レジに置くと、さっそうとした態度で親指を横にたて、自分Tシャツを指し示した。

TシャツTポイントカード持ってません」

明朝体で書かれたTシャツ前面のプリントを見た店員は、一瞬の間を挟んで、会計を済ました。

店員「1248円になります。」

すると青年くるりとまわって背中を見せ、輝く笑顔とともに、肩越しにTシャツ背面を指し示した。

TシャツEdyで」

店員が手慣れた手つきでEdyタッチ画面を表示させると、青年はまたたく間にEdyタッチを済ませレジを通り過ぎていった。

anond:20180903183046

2018-02-26

役所戸籍関係の届け出をしたら漢字を訂正された

名前漢字部首として『令』が入るんだが、その『人』の中が『、』の下に『マ』と書くのは間違っていて、『-』の下に『ア』と書くのが正しいので、二重線を引いてそのように直すよう言われた。

そこで、おそらく役所では国語教科書書道で習う漢字ではなく、明朝体活字PCで表示されるフォントの方が正しい漢字だ、との判断があるんだろうなと推測し、

「じゃあ渡辺さんとかの『辺』のしんにょうも、学校で習った書き方じゃなくて『之』みたいに書かないと書類出せないの?」と聞くと、それは「?」って顔をされた。

特に言い争いをする気もなかったので役所の言う通り書き直したが、なんだか釈然としない。

どういうルールがあるんだろ。

2018-02-16

anond:20180216111143

明朝体ダメなんじゃなくて、明朝体を使ってはいけない場面で使うのがダメなんじゃないのか?

2018-01-11

anond:20180111233039

いわゆるゆっくりの声は、明朝体てきなのをめざすてきなこといってたな。

まり人間の声として自然ではなく、機械の声だがより体系的で聞きやすいとかそういう。

思えば、手書きフォントとかはあるけど、描写の揺れとかを再現できるような

手書き」を機械でやるってもはまだカジュアルには存在しないような気がするし。

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