はてなキーワード: 日差しとは
楽に開け閉めできるようにと、子どもをドアの閉め方で叱らなくていいように
いちいち消さなくていいように
2階に行くのが面倒な時用
動画見てたら欲しくなった
使ってたオーブンが寿命だったのでついでに入れた。不動産屋には10年ぶりにつけたと言われた。
ごみ箱を置けるように。
うちはタオル一人一枚。4人分の使ったタオルをハンガーにかけて、翌朝洗濯。
電気歯ブラシを3人で使っているので、3人分の充電機がおけるように。
シャワー浴びながら操作しやすいのと、ドアの外から操作できるように
奥まで使えるように
多少部屋を広く使える
砂利が飛ばないようにと足を引っかけて転ばないように
夏の日差し避け
草取りとかしたくない
飲料が入るくらいの大型
それで競馬を見てみたが、どの馬も同じように見えてそこはそれほど魅力を見出せなかった。
けれども、youtubeで馬の世話をしている動画を見たら、馬という生物がメチャクチャかわいくて動画見るのを止められないレベルでかわいい。
サラブレッドはアスリートのような均整の取れた大きな体だけど、ポニーはちっこくてかわいい。シェトランドポニーは小さくても炭鉱で働いてた力持ちですごい。
つくづく、馬の生態は奇跡的だと思う。
猫はあのサイズがギリギリ人間が対等にやり取りできるサイズなのに、300kg越えのあの大きさで、人間を乗せてくれるんだからヤバい。
米英人は特に犬猫感覚で馬を飼っているから不思議だ。馬は毎日寝床の掃除をしてやって、日差しが強い日には鼻先に日焼け止めを塗ってやるらしい。
馬を飼ってる動画を見ると、馬は犬のように人間に服従するというよりは、人間に付き合ってあげてるという感じの距離感が凄く心地いい。
食生活も馬は草を食べて人間とバッティングしないから、都合が良さそうだ。
馬がそこら辺の草をボリボリ毟って食べているのは、じつに美味しそうでいい。
オートミールを食べるときはちょっと馬になった気分で食べている。
ユーラシア大陸から始まる世界征服には馬が必要不可欠と本に書いてあったけれど、心の底から納得できる。
ポニーに触りたいなと思って調べたら、近所の市営公園にいるらしい。子供がいなそうな平日昼間に有給を取って触りに行こうと思う。耳を触ってみたいんだよね。
ネコチャンです
こないだは、
雨漏りのための
をして
雨漏り補修材を2度塗りましたニャ。
今日は
またもやマスキングをして
午前中は日差しが強いニャので
昨日雨が降ってたので
雨の日の翌日はやや抜きやすい👍
そして
門のところに
🦀カニさんが居ましたニャ。
動かないのは死んだふりしてた。ふりすんなよwww
ということで、そのまま見逃しちゃったけど
近所のわんぱくお子様たちがいたら
飼いたがるだろうなー。
午後。
ベランダにマスキングするためにジャージに着替えただけでも暑い。
そして午前中の熱線が~。
途中でへらを替えたらやりやすくなり。
両親の世話しながら塗った雨漏り補修材の
数年前の塗ったあとが生々しい上に
コンクリで溝を埋める……。
なんとか数時間で出来て
さっきみにいったら
ちゃんと固まってました。
なんでもそうだけど、
作業の後の片付けと
お昼は
夜は
緑茶たくさん
おやつがわりに
【ご予定】
明日は
手すりの下塗り
をします。
冬の弱い日差しが好きなんだ
冬特有の、かなり均一で真っ白な空
真っ白いんだけど、分厚い雲って感じでもなく、ただすげえ白くて、よくわからんあの天気!
あの白い空越しに、どの辺にあるかはわかるくらいの、ゆるい輝きをみせている太陽
ああいうのが好きなんだ
気温はなんかよくわからんけどそんなに低くなく、かといって別にあったかいわけでもなく、フツーに冬の日って感じなんだよな
そしてそういう中行く場所っつったら、これはもう植物園しかないですよ
あんまりしっかり整備された、シャキッとしたところよりも、ちょっとくらい綻びがある方がいい
あそこは基本的にシャキッとしてるんだけど、ハーブ園のあたりだけ滅んでる感じがあり、それが冬の弱い日差しとベストマッチ
雑草なのか植えられた草なのかわからん、ヘチョイ感じの草がまばらに生えた、微妙な花壇
実が一個だけなってる謎の柑橘類
全体としてファンシーな、欧風庭園って感じの雰囲気と、漂うオフシーズン感が絶妙なんだよな
ちょっとは咲いてる花もあったりして、そういうのの匂いを嗅いだりしつつ、あの冬の太陽のぼんやりした光を浴びるんだ
そういうことが俺はやりたいんだ
財布を拾った.
コンクリートの色とはなじみそうもない水色の長財布だ.
急いでいたので通り過ぎようとしたが,持ち主は大層困っているだろうと拾った.
皮の質感がいつも使っているものと異なり,手のひらの中に少しだけ汗がにじむ.
一抹の罪悪感を覚えながら財布を開く.
年は私と二つしか変わらない人だった.
免許証の顔はだれもがそうなるように,顔色が悪く,髪のつやがなく,やや年齢よりも上に見える,いわゆる写真写りが悪そうな写真だった.
免許証の住所を見ると同じアパートの人だったため,管理会社に電話をした.
アパートの廊下を歩きながら,外から入る眩しい日差しが,白昼夢のようだった.
自分の住むアパートと部屋番号を伝えると,「確認します」と電話が切られた.
人の財布などまじまじと見る機会なぞなく,ましてや知らない人間の,である.
どんな人がこれを持っているのだろう,と.
掌の中にある財布を再度開いてみた.
私たちの年代であれば相応の価格帯であり,皮の質感からある程度手入れをするなど大事にしている,という印象だった.
中布の色がもう少し濃い水色で,開いた時のほうが少し派手に見えるデザインであり,こういうところにおしゃれさを求める人,
カードケースには免許証が一番手前にあり,その後ろにクレジットカードがいくつかあった.
コンタクト専門らしき眼科の診察券,美容室の会員証,近くのラーメン屋のクーポン券,
アニメイトのカードと,ポンタカードと雪ミクのWAONカード.
あの顔色が悪そうな写真の通り,ああ,結構オタクなのかな,と思った.
(ちょっとクレジットカードが多くて個人的には減らしたほうがいいのではないかと思った.)
私は隣に誰が住んでいるか知らない.
正確に言うと,顔は何度か合わせるが名前やどんな生活をしているのかは知らない.
さらに,私が知っているのは両隣と斜め向かいと二つ右隣りの人だけで,別の階にどんな人が住んでいるのかは知らない.
私が生まれ育ったところでは,全員が親戚同然であった.
誰がどこに住んでいて親は何をしているかみんな知っていたし,
そこを離れた今でもどこどこの誰それが戻ってきた,結婚した,出産した,転職した,車を買い替えたなどはみんな知っていたし,
夜,電車から見る街の,家の明かりひとつひとつに家庭や,歩んできた人生や,関わる人がいることを考えると,
お札を入れるところを見ると,千円札が数枚とレシートが入っていた.
レシートは一枚だけだった.
連絡がつき,今家にいるとのことで直接届けてほしいとのことだった.
結局あのあと自殺未遂した。で、自殺未遂のあと結局どうなったかというと、今は学部時代以来に久々に止まっていた時間が動き出したかのようになった。
自殺未遂以前の状態は最悪だった。自殺未遂する以前の数年間は今思っても哀れ以外のなにものでもない。
通っていた病院の先生の治療方針は、身体的な問題に対するうつ状態へのアプローチだった。睡眠不足・睡眠の質が原因、野菜を食べること、運動すること…
私は、謎の原因で毎日毎日つらかった。まず朝起きたくない。起きたら一日が始まってしまうから。さて、起きたらどんな一日が始まるか。自分の出来なさに対する懺悔、今日こそは打破するという決心、しかし動かなくなってしまった身体。いや、正確には謎の夢から醒めるところから。夢の典型パターンとしては、謎の義務やルールが存在していて、それを私が知らないうちに破ってしまうこと。そして、私には次の仕事があること。朝、目が覚めると、「私はまだあの仕事が終わっていない。起きてはいけない。戻らなきゃいけない‥でも夢なのか。あれは夢なのだから、現実のやらなきゃいけないことをやらないと‥」と毎朝朦朧とした意識のなかで目が覚める。目が醒めてもベッドから起きない。かろうじてくだらないまとめサイトには指と脳が動く。そのうちに睡眠欲が私の頭を殴ってきていつの間にか寝てしまう。そしてまた夢を見る。これを3回くらい繰り返すと14時とか15時になっていて、流石に大学に足に運ぶ。日が少しずつ傾き始めている通学路を歩く。コンクリートの匂いと鳥の声と木のざわめきがする坂を歩いていく。火照ったからだを冷やすため、あるいは冷えたからだをあたためるために売店で飲み物を買う。そして、研究室に向かう。少しでも運動量を増やそうと思ってひんやりとした研究棟の階段を登る。けれど、なんだか貧血がしてくる。階段の踊り場で壁によりかかる。そしてまた、動く決心をして研究室の扉を開く。そして笑顔で研究室の仲間に挨拶する。おどけて笑って、研究室の後輩にフランクに話しかけたり、留学生の生活上の困ってることを相談されたら、そんなの私がかわりに電話してあげるよ、と言う。そして、まったく働かない頭をデスク前に置いて時間を過ごしていく。そんなイツモドオリの日々。
もう6、7年もこんな生活だ。もうさすがに破綻だろう。だから、1ヶ月まるまる実家でなにもせず過ごしてみたりした。医師の言うことをやってみせた。毎週2、3日は大学の温水プールで泳ぐか、ランニングをした。緑黄色野菜も食べた。睡眠も不足にならないように8時間はかならずキープした。でもよくならない。
だれもいない更衣室、塩素の匂い、誰かのシャワーの音。どこか遠い場所でのことみたいだった。100メートルも泳げなかった私は1キロメートル泳げるようになっていたころにもそれらの感覚は鈍いままだった。
ランニングするのは嫌いじゃなかったけれど、走っていると思考が自分を責めていく。このままではいけない。けれど、そう焦っている事自体がだめだ。リラックスするべきだ。次の計画はどうしよう。まずは健康が先決だ。うつ状態の人はセロトニンが分泌されていないらしい…
学生の間ずっとお金がないので自炊は得意だった。かぼちゃ、ほうれん草、トマト、キャベツ、ブロッコリー、牛肉、豚肉、鶏肉、鮭、納豆、豆腐、ヨーグルト。こういったものをよく食べた。家で作ったご飯を大学に持っていって食べたりしていた。
でも、もうネットサーフィンくらいしかできないくらいになってしまった。研究はしていたけれど研究風のなにかであって、先生に、もはやタスクレベルに分解してもらって、それをようやくとりかかるもこなすことができない。
普段イツモドオリの私だけれど仲のいい先生たちには徐々に私のくらさを露呈していくようになる。
けれど先生たちはそんな私にも良くしてくれた。どこかイベントに誘ってくれたり、意味のない雑談を何時間もしてくれたり。けれど、良くしようと思ってくれればくれるほどただ苦しいだけだった。
暖かい日差しのもとで、木々の木漏れ日が湖畔を彩っていた。そんな素晴らしい風景も、たしかにきれいなのだけど、きれいなものを見ても心動かされない自分の状況の衰退が際立たせられているだけに思えた。
鈍っていく自分の感覚、自分の感覚がどんどん信じられなくなっていく。
リストカットなどをしたら痕が残ってしまう。だから、痕にならない針を腕にさして苦痛を感じた。「こんな私でも痛いときちんと思えるんだ」という安堵があった。
俺は1日10時間以上寝ないと吐き気と頭痛と倦怠感を引きづるし、それは運動をしても野菜を350g取っても変わらなかった(お通じは良くなった!)し、1時間も仕事すると人の話が頭に入らなくなって、右から左に流れていったり、言ってる意味がわかるなかったりするぐらいボーッとするし、親の話すら意味が理解できなかったりするし、8時間も勤務するとクッタクタになるし、休みの日は精神的疲労を癒すために運動と瞑想と睡眠と観葉植物に水やりをしてるけど、新卒辞めて長期ニートからの仕事し始めてから数年間、好きだった読書もやる気が湧かないし、恋人が欲しいと思える意欲すら湧かないし、労働と切り離せない人生を歩むなら死んだ方が真剣にマシだと思いつつも痛いのは嫌だから自殺は怖いし、200万円あればスイスで安楽死できるって話を鵜呑みにしてたら高卒で年収290万円の底辺だけど、貯金が200万円溜まった時に「オイコラ、俺は200万円あんだぞ!?いつでも死ねんだぞ?おめえらあんまり調子乗ってると俺はいつでも死ぬからな?舐めてんじゃねえぞコラ」って強気になってちょっと生きやすくなったけど強気になれた要因がネガティブすぎるし、本当は読書を楽しめるぐらいのんびり寝続けて誰も傷つけず誰にも傷つけられないように静かに暮らしたいだけなんだけど、そんな静かな生活は俺みたいな資産力のないクズには生活保護ぐらいしか手段がなくて、社会的リソースを食い潰すしてまで生きる価値なんて微塵もない気がして、結局俺は労働と向き合い続けなければならなくて、そうすると空の青さや四季の移り変わりや日差しの温かさを感じる幸せだけを享受しながら生きていきたかったんだけどそれも叶わなくて、社会に上手くコミットする手段を見出して努力をしたり、仕事をして自己効能感を味わったり生活の質を高めたりして行けることが社会生活の楽しみでもあり醍醐味でもあるんだろうけど、wais-3で全知能89の低知能な俺にはそんな事さえ叶わなそうで、毎日毎日陰鬱な気分で生活してると健康的で文化的な最低限度の生活って何なんだろうとふと思う。
昨年4月に我が社の労働組合が経営側と締結した労働協定には組合員に対する残業時間の厳格な管理が盛り込まれていた。現在、とある事情で我が社のメイン工場は停止しているが、生産再開に向けて直接部門も間接部門も関係なく社員全員フルに生産再開業務にコミットしている。よってかつては暇だった社員も今では残業の毎日である。とはいえ月末になると冒頭の労働協定(36協定)が効いてきて月の残業時間が協定内に収まるように皆早く帰ったり遅く来たりと調整し始める。私もその例に漏れず同じく残業時間調整のために今日は午後半休をとることになり、昼休みの時間になるとイソイソと退社した。
しかし大人というものは予定もなく急に自由になっても何をしたらよいか困るものだ。車通勤なのでプラプラと運転しながら帰っていると、橋の下を流れる大きな川沿いに桜が見事に咲いているのが垣間見えた。私は気づくと川べりに続く細い道にハンドルを切っていた。
川べりの道路から見ると桜は橋の上から見たよりも小さく感じた。しかし小さいながらも満開の花を枝全体に咲かせていた。車から降りるとふわっとした暖かい空気が体を包んだ。頭上には満開の桜が広がり、さらにその上には白く曇った明るい空が広がっていた。私は突然極楽に入り込んでしまったような気分になった。周囲を見渡すと車が何台か止まっていたが、人が乗っているのかいないのか、車内はみな暗かった。
その時、遠くの川べりに緑のワンピースを着て地面にしゃがんでいる女が見えた。地面に咲く野花を写真に撮っているのか、その場は動かなかったが手元は小さく動いているように見えた。私はこの桜の風景と、陽気と、その女の存在に、なにやらまた白昼夢を見ているような気分になった。
しばらくすると女は立ち上がり、ゆっくりとこちらに向かって歩き始めた。私は立ち尽くしたまま視線だけを川に向けた。川べりに生えるススキなどの枯草に阻まれて川面はよく見えなかった。ただ太陽の日差しだけがまぶしかった。何故だか私は緊張していた。近くの橋を通る車の音がゴウゴウとよく聞こえた。
ふと女の方を見るといつのまにか女はいなくなっていた。反対側を見ても女はいなかった。私はきょろきょろと女の姿を探したが、周囲には先ほどと同じ数台の車が相変わらずひっそりと佇んでいるだけだった。
最近、メディアでミャンマー情勢を聞くことが増えている。軍部のクーデターで情報統制が敷かれ自由が奪われ、国民が弾圧されているというのだ。ニュースを聞いていると、少し昔にミャンマーを旅行したことをふと思い出したので、備忘録的に増田に書き残しておく。
2014年、私はミャンマーを旅してた。この前年、ゴールデンウィークに旅していたウズベキスタンの乗り合いタクシーで偶然出会ったベテランバックパッカーから、『早めに訪れるべき国』と紹介されたのがきかっけで興味を持ったのだった。曰く、「数年前からテインセイン政権が民主化をすすめていて、外国からヒト・モノ・カネが流入しだしている。そう遠くない時期にマクドナルドやコカ・コーラ等の海外資本で町が埋め尽くされ、純朴な国民性が拝金主義に染まり、メジャーな東南アジアの観光地のようにつまらない場所になってしまう。”素”のミャンマーが見れるのは今の時期しかない」とのことだった。その翌年だっただろうか、ANAがヤンゴンに新規就航した。クレジットカードのポイントで『丘マイル』がたまってきていたので、今しかないと思ってミャンマーに飛んだのだった。
ところで、私が旅を決めた2014年当時、ミャンマーの情報は書籍上にもネット上にも乏しかった。(今でもかもしれないが。)非常にベタだが、自分なりにミャンマーの知識を得るために、『ビルマの竪琴』を読み、高田馬場のミャンマー人街を訪れ、増上寺のミャンマーフェスに参加し旅の前に気分を盛り上げた。それら事前に集めた情報をもとに旅程を決めた。最大都市のヤンゴン、古都マンダレーとパガンを3泊4日ですべて回る。そのためにルートづくりは難航したが、夜行バスや、エーヤワディ川の水上ボート等を組み合わせて何とかめどがついた。
初めに訪れたのはパガン。初日にヤンゴンから夜行バスで向かって、到着したその日の朝に到着。その足で宿に荷物を降ろし、仏教遺跡にむかう。パガンの仏教遺跡は当時、全く観光地化されていなかった(今はわからないが)。滅びた過去の王朝の栄華を残す草原に埋もれた遺跡で、地元の仏教徒が花やろうそくを備えて信仰のよりどころにしている。そんな感じのところだった。遺跡は非常に広大なため、効率よく回るために宿で中国製の電動バイクを借りたのだが、これが曲者だった。バッテリーの残量メーターが適当で、まだ半分ほど充電が残っていると思っていたら、バッテリーがふいに止まり、南国の強い日差しのもと10km近い距離をただの重りと化した電動バイクを押して帰る羽目になったのだ。
ミャンマーの古都マンダレーへは翌日の早朝に向かった。ミャンマーを流れる大河、エーヤワディー川を観光ボートに乗って移動するのだ。朝日が昇る前に、宿の主人にお願いしてエーヤワディー川のほとりの船着き場に送ってもらい船に乗り込む。乗客はほとんどが欧米系観光客で、日本人は私一人。東南アジアでよく見る中国系・韓国系の旅行者は一人もいなかった。船に乗り込んですぐに、日の出を見ることができた。大河から見る朝日は非常に美しく、カメラのシャッターを切りまくった。だが航行時間は10時間以上と非常に長く、暇を持て余す。近くの旅行者に話しかけるとドイツ人だった。大学時代に習った片言のドイツ語で、「Ich lerne Deutsch bitte.」と話すと猛スピードでドイツ語会話が始まり、まったく聞き取れなかったので英語に切り替えてもらってコミュニケーションをとったりしていた。
10時間を超える船旅を経てマンダレーに到着した。マンダレーの市街地は船着場から離れていたのでタクシーを借りて中心地に向かう。旅程に余裕がなかったので、そのままタクシーで主要施設を回ってもらい、観光をこなす。そのまま勢いで長距離バス乗り場へ向かい、マンダレーからヤンゴンに向かう高速バスに乗り込む。ヤンゴンにはその日の夜10時ごろに到着。夜間の異動で治安が不安だったが、特に問題もなく宿に到着。最終日に備えて睡眠をとる。
ミャンマー滞在最終日。最大都市のヤンゴンで街歩きをし、国民食のモヒンガーを食べたり、過去のイギリス統治時代の建築物を見たりして過ごす。町中の家には見たことのないような巨大なパラボラアンテナがつけられており、台風対策で軽量化する必要があったからだろうか、日本で見かけるものとは違い皿の部分がメッシュになっているのが印象的だった。街歩きついでにミャンマー国鉄で市内を移動したりもした。東京でいうところの山手線に相当する環状線がヤンゴンにもあり、Circular Lineと呼ばれているものだ。料金は非常に安く、日本円で10円くらいだっただろうか?車内に外国人は一人もいなかった。パガン~マンダレーで見たような欧米系の旅行客はタクシーをチャーターして市内観光をしているのだろうか?しばらく客車に乗っていると、私が日本人とわかったのか日本滞在経験があるというミャンマー人に話しかけられたのだ。観光地で話しかけてくる現地の人は、たいていお金目当てなので警戒してたのだが、悪い人ではなさそうだったので聞くだけ話を聞いてみたら、バブル期に名古屋で期間工をしていたらしかった。
駆け足でいろいろな経験をしながらミャンマー観光を終えた私は日本に戻った。実際に現地を見てきたことで知的好奇心を満たされた私は、しばらくミャンマー情勢から興味を失っていた。が、最近またニュースで日々ミャンマーの情報を見聞きするようになり、ふいに旅行した時のことを思い出したのだった。当時であった人たちは今も元気にしているだろうか?数年後にコロナが収束しても、軍部主導の政治体制で外国人が自由にミャンマーを旅行できる時代が再びやってくるのだろうか?今はただ、遠く離れた国を思い出しつつミャンマー国民の無事を祈るばかりである。
学生の頃、大学の近くに使用済みパンティを買ってくれる店があった。
値段はせいぜい小遣い程度なのだが、ときどき不要なパンティを売りに行き、その金でいいランチを食べたりした。
私のサークルでもこの店のことはよく知られていて、私以外にもパンティ売人が相当数いたようだ。
男子のいないところで集まると、どんなパンティがいくらで売れたとか、情報交換をすることもあった。
けばけばしいワインレッドのパンティで、ぜひ私に履いてほしいのだという。
マジ悪趣味だなと思ったが、かといって別に害があるわけでもないので、とりあえず受け入れた。
これを履いていると、鼻息を荒くして股間に顔を埋めてくるので、いま思えばただの変態だが、当時はさほど悪い気もしなかった。
驚いたのはその後だ。
ある日ふらっとパンティ屋に行ったら、ワインレッドのパンティが店頭に並んでいた。
だが、もちろん売ったのは私ではない。それでは誰なのか。
一つ心当たりがあった。
こいつは私の彼氏とできているのではないか、という噂が以前あった。
付き合い始めのころ、何気ない感じでそのことを聞いてみたが、あいまいに否定するだけ。
推測するに、彼氏はあの女とやっぱり関係を持っていて、同じパンティをプレゼントしたのではないか。
不愉快な気分を引きずりながらサークルの飲み会に行ったら、つい飲み過ぎてしまった。
ヤリチンで知られる後輩の男子が、明らかに下心のある感じで私を送ろうと提案してきたが、面倒で断る気も起きなかった。
そしてホテルに行って服を脱がされたとき、後輩男子が怪訝な顔をしているのに気づいた。
と思っていたら、そいつはこんなことを言ったのだ。
翌朝、着替えているとき、パンティにあのヤリチンの体液が付着していることに気づいた。
最悪なことに、無理に拭き取ろうとしたら、かえって跡がついてしまった。
パンティに変な跡がついていたら、彼氏は浮気を疑うかもしれない。
新しいのを買えばよいが、どこに売っているものなのかも分からない。
こうなればやむをえない。
私は例のパンティ屋に行き、ワインレッドのパンティを購入した。
嫌で仕方なかったが、その後も彼氏が頼むときはそのパンティを履いた。
この男は全く気づかずに、飽きもせず股間に顔を埋め続ける。
いや、気づいたところでどうでもよく、顔を埋め続けるのかもしれない。
こいつが執着しているのは、私でも後輩女子でもなく、パンティなのではないか。
そう思ってパンティ屋に行くと、誰か先客がいるようだった。
近づいてみると、それはあの後輩女子であった。
私の手に握られたワインレッドのパンティを見て、彼女は何かを察したようだった。
「先輩もパンティを売りに来たんですか?」
おのおのパンティを売って外に出ると、まぶしい日差しが私たちに照りつけた。
「先輩、ランチでも行きませんか?」
後輩が無邪気に問いかける。
以前は嫌なクソビッチだと思っていたが、もうどうでもいいことだった。
こうして私たちは歩きだした。
書き方が悪くて誤解させて申し訳ないです。「基本的に寒い時期はずっと寝付きが悪く、さんざん対策しても年に1回は一睡もできずに朝、ってときがある」という状態です。
羽毛布団は既に使っていて、毛布はマットレス側です。昔から使ってるんで忘れてました。寝相が良くないんで、ちょっと大きめの羽毛布団の購入も考えていきます。
電気毛布買いました。ねこちゃんもイッヌも好きなんですが、独り身で部屋を開ける時間が多いので可哀想、かつ私自身が結構ズボラなので残念ながら。
以下今後試すメモ
・トリプトファン、メラトニン、テアニン(iherbで買い物カゴにin済)
・養命酒
・(いつか)布団乾燥機
寒い時期朝方までまったく寝付けずに、体調不良で休む連絡をした瞬間眠気が襲ってくることが未だに年1くらいである私が、どうにか改善しようといろいろ試した結果まとめ。
入眠時/睡眠中/起床時の質で0~5の1+5段階評価、1次元的ではない気分的な評価で「値段」「容易性」が評価軸に混入してる。何ら客観性もないので、文句があるならEminemまで。
0は明確なデメリット有りのため辞めとけ。
入眠したい時間の30~60分前に5分ほど。しっかりやると目が覚めるので、軽く。
コロナでジム辞めてから初の冬なわけだが、深い眠りにつける回数は減った。入眠と起床に影響はなし。トレーニング器具が欲しい。
習慣化してて辞めたことがないので、対照していないが、辞めたら多分よけい寝れないと思う。
定番。寝付けないときはスマホがあってもなくても寝れないが、寝付けるはずの日もスマホのせいで寝付けない、なんてことはある。質や起床時の気分の改善もやや感じられる。定番だけある。
カフェインに覚醒作用を感じたことがない(昼飲んでも昼眠いし、夜飲まなくても寝付けない)ので、私の入眠時には関係がないという結論。ただ、夜にカフェインを取ると翌朝よく寝た気分にはなりにくい。カフェインは興奮作用のある薬物であると科学的にも言われているので、不適当な時間にとらないに越したことはない。
コップ1杯の水を就寝直前に飲む。トイレ起床を誘発しそうでちょっと怖いが、起床時に口の中がネバネバとかカラカラという事象は減ったので良しとする。
ちょっとしたオカルト。低温やけどの可能性が捨てきれないので他人にはオススメしにくいが、これがあると本当に寝れる。「あ、今日は無理そう」っていう日に頓服。肌着に貼ると熱すぎるので、寝間着に貼ってる。
オカルト。薬効ではなく、湿布のグリセリンが関係あるとかないとか。初めて貼ったときは即寝落ち起床完璧だったが、最近は効果を感じないので、無理そうな日だけ鰯の頭も信心からということでやる。朝になると大体剥がれてるのでクソ。
同上。小指よか効果がある気がする。
寝れる。辞めとけ。酒を飲むな。それは気絶だ。
必須。最低温度で寝ている時間はつけっぱが私には一番合ってた。電気代はかかる。若干にぎやかになるので入眠時は1点減点したが、これら無しではもう寝付けない。
常夜灯付けてもいいから、不安定な光を避ける。暖房も効きやすくなる。朝の日差しも遮るので、寝起きには期待しない。
寝返りを物理的にしにくくなる。私は入眠のみやや改善したが、たまに鬱陶しくなって余計寝れない日もある。人を選ぶと思う。今は使ってない
ベッドと枕、基本が柔らかすぎない???フランスベッドの高密度連続スプリングのやつにエアウィーヴのトッパー敷いてる。枕はニトリのエアウィーヴもどきと高さ調整用の普通の綿のやつで2つ。いい寝具を買え
いいマットレス使ってるのにシーツが雑だともったいない。安物より圧倒的にシワがよりにくくて肌触りが良い。いいやつ買え。
値段じゃなくてheightの話。床は割と気温が安定しないので、ちょっと高めにしてある。たぶん効果はあるだろう、くらいの精神。正直台に金かけるならマットレスアップグレードしたほうがいい
床に布団敷いてた頃の話。すのこ1枚引いたらとても効果があった。床に体温が吸われないと全然ちがう。簡単に布団干しに変わるタイプのやつが湿気と万年床防止にもなってオススメ。でもベッドのほうがいい。
普段から湯冷ましとかルイボスティー飲んでるからか、あんまり効果は感じない。暖かいものを飲むのは実際良さそう。
疲れてるのに寝れない、ってときに飲むと結構効く。2日連続で使うとあんま効かない。頓服。
なんも変わらん。適量を毎日寝る前に飲んだが、1瓶終わるまで何一つ実感なし。飲まなくなっても何も変わらない。鰯の頭。
要は抗ヒスタミン剤。高いわりに効果は感じないし、なんか寝起きが悪化する。しかもすぐ抵抗ができるらしい。金出す意味ないから辞めとけ。
今季は一切頼らずにいけてるので、ずっとこれで生きていけるようになりてえ。
無職だ。勉強しなければならないのだが、ハードルを上げてしまって、手がつけられない。
俺は知的に物事に取り組むことが素晴らしいのだと思っていて、英単語覚えることに喩えたら、語根とか学んで楽しくやりたくて。
しかし、そんな悠長なことを考えながらのんびりしている間に、我武者羅に覚えた人に差をつけられて結果を出されて離れていく。
アラサー真面目系クズ無職には、正月を過ぎた1月の昼の日差しがなんだかつらい。
働きたいが、また社会的にどうなのって仕事やらさせたり、面接で落ちるのはつらい。何度落ちてもつらみが変わることはないのだ。
歯を磨いてお風呂に入るだけのことができなくて2時間くらい経ってる。
「ゆゆっ! ゆっくりいそぐよ!」
ここは駐車場。
東京のベッドタウンであるこの湯栗市ではよく見られる、比較的広い駐車場を持つ総合スーパーの駐車場である。
とうに秋は終わり、冬の寒気が辺りを覆っている。
その一角、乾いたアスファルトの上を小汚い饅頭がエッサエッサと動いていた。
冬はゆっくりにとって死の季節。
よほどの無能でない限り巣穴にこもって春の訪れを待つ。
そう、よほどの無能でない限りは……。
「ゆっ! こんなところにくそにんげんがいるよ! れいむがはしってるんだからどいてね!」
溜まっていた有給を一日だけ取ったが、既に半分以上を無為に過ごしていた。
せめて酒でも買い足しておこう。そんな軽い気持ちで家を出る。
と、視界の隅に動くものが。
「どいてねって……俺に言ってるのか?」
それなのに突っ込んでくる饅頭。
そう思い直して、饅頭を見下ろす。
薄汚れたボディ、ボサボサでカピカピの髪の毛、生ゴミよりもみすぼらしいリボン。
それでも血色は良い。スーパーの周辺を縄張りとしているのなら、冬でもそれなりに良いものを食べているのだろう。
ぽいんぽいんと、人間がゆっくり歩くほどのペースで跳ねてくる。
先程「どけ」と言っていたが、このままの進行方向ならそもそもぶつかることもない。
彼は、立ち止まったまま行き過ぎるのを待つことにした。
数秒が経過し、ようやく饅頭が通り過ぎようとした、その時だった。
「ゆゆっ! やっぱりくそにんげんにはゆずりあいっのせいしんさんがないんだね! れいむはゆっくりよけるよ! れいむやさしくってごめーんグエッッッ!!!」
急に方向転換した饅頭が、鬼威氏にぶつかってきた。
吹き飛ぶ饅頭。れいむの口から漏れた餡が、鬼威氏のスニーカーに付着する。
ハッと我に帰った鬼威氏をよそに、件のゆっくりは上を下への大騒ぎをしていた。
「い゛た゛い゛ィィィィ―――!! れいむのようきひっさんもしっとするうつくしいおかおがあああ!!! くそにんげんにけられたあああ!!!」
お気に入りのスニーカーが、汚物による生物化学攻撃を受けていた。
鬼威氏の血圧が上がり、血管が浮き出た。
「おいクソ饅頭、お前、なんてことを……」
そう言いつつ、深呼吸をする。
アンガーコントロール。文明国に生きる人間なら当たり前のスキルを試みる。
まず靴を拭いて、れいむが落ち着いたら一言二言文句を言おう。それでいい。相手はゆっくりだ。
「くそにんげんンンン!! あやまってね!!!!! ばいっしょうはあまあまさんやまもりでいいよ!! れいむやさしくってごめーんね!」
いくら下等ナマモノといっても、許されない限度というものがある。
いやしかし、鬼威氏の理性はなんとか持ちこたえた。
「ゆっ、なんのさわぎなのぜ? れいむ、どこいってたのぜ?」
「まりさ!!」
そこに突如として現れた第三者。
今まで気付かなかったが、鬼威氏が車を止めたすぐ隣にみすぼらしい段ボールが置かれていた。
クソ饅頭はこれで勝ったと思ったのか、さらに横柄な態度になった。
一方まりさは鬼威氏を見てとると、目を丸くして驚いた。
「ゆゆっ、にんげんさん!? ま、まりさなにもしてないのぜ! えっと、えっと、ゆっくりしていってね!」
くすんだ銅のバッジが帽子に付いている。元飼いゆっくりだろうか?
なんにせよ、多少は話が通じそうだ。目元にも怯え以外に、知性の光が見える。
「ゆっくりしていってね、まりさ。このゆっくりがぶつかってきたんだ。僕の靴が汚れたんだけど、何故か逆に謝罪を求められて困っているんだ」
まりさは鬼威氏が指差す先を見た。白玉の瞳に、番のれいむが映る。
いや、もう既に死は確定しているかもしれない。
そう思えるだけの知性を、まりさは保持していた。
だからこそ
「ごめんっなさいなのぜ! そのれいむはまりさのおくさんっなのぜ! まりさはたらくのぜ! おくつをべんっしょうするのぜ? だからいのちだけはゆるしてほしいのぜ!」
全力で頭を下げる。ゆっくりの生命など、人間の前では塵も同じ。
「なにあやまってるのおおおおお!! ばかなの? しぬの? このくそにんげんをせいっさいしてね!! いますぐでいいよ!!」
自分を守り、戦い、そしてこのゆっくりしていないクソ人間をぶち殺してくれる存在。
「別に生命までは取る気はないよ。ただ、れいむには謝ってほしかったんだけど、もういいよ。君が謝ったしね」
鬼威氏はまりさの俊敏性に驚きつつ、そう答えた。
「そういうわけにはいかないのぜ! いま、れいむにもあやまらせるのぜ! すこしだけまっていてほしいのぜ?」
「いいよ。じゃあ、ここで待っているから、話がついたら教えてくれ」
鬼威氏は今日、特段やることもない。
それに今真っ先にやることは靴をきれいにすることだ。
ドア裏のポケットからウェッティを取り出して、慎重に餡を除去し始めた。
一方、こちらは巣穴の中。
「なんでおそとにいったのぜ? えっとうできるたべものはあるのぜ! ふゆさんはさむいさむいであぶないのぜ? あとおちびはどこなのぜ?」
まりさが詰め寄る。
まずは時系列に沿って説明させ、頭を冷やさせようという戦略だ。
「れいむはくささんなんかたべたくないから、おちびちゃんとかりさんにいってあげたんだよ! かんしゃしてね!」
「おちびと? で、おちびはどこなのぜ?」
「そうだよ! おちびちゃんがうんうんもらして、あにゃるさんがくさいくさいだからまりさをよびにきたんだよ! おちびちゃんのあにゃるさんをきれいきれいしにいってあげてね! いますぐでいいよ!」
まりさにはそこまでの情はなかった。
「そんなのじぶんでやればよかったのぜ。まりさはさむいさむいのなか、でかけたくはないのぜ」
冷たく言い放つ。
「どぼじでそんなこというのおおお! れいむはこんっそめさんをたべたかったのになかったんだよ? ぼせいあふれてるんだよ?」
コンソメを見つけられなかったことは今なんの関係があるのだろう?
「わかったのぜ。まりさにさくせんさんがあるのぜ。れいむがあやまったら、そのすきにまりさがにんげんさんをせいっさいするのぜ?」
れいむの顔がパアッと輝く。
置き去りにされたまりちゃがぽつねんと立ち尽くしていた。
当然見つかるはずもなく、無為に時間を浪費した後、ここに置き去りにされたというわけだ。
「あにゃるさんくちゃいくちゃいなのじぇ……ぽんぽんさんぺこぺこなのじぇ……さむいのじぇ……くるしいのじぇ……? おとーしゃ、おかーしゃ、どこなのじぇ?」
寒さ、空腹、それから孤独と心細さがまりちゃの身体を蝕んでいた。
冬になってから外になんて出たことはない。それも一人でなんて。
寒空の下乾いた風が吹き抜け、甘やかされたまりちゃの身体を震え上がらせる。
そして寒風は悪魔をも運んできた。
それも小学3年生くらいの。
即殺ではなく、嬲ることの面白さを知る年頃。
500円玉を握りしめ、お使いに来たのだろう。
なんにせよ、ゆっくりにとって最悪の相手が目の前に立っていた。
「ゆ! ちびにんげん! ちょうどよかったのじぇ! まりちゃのどれいにしてやるのじぇ!」
決まった。完璧に。
まりちゃの威厳ある宣言に、人間の子供は震え上がり、威儀を正して土下座をしていることだろう。
その姿を想像するだけでしーしーがもれる。
まりちゃは想像と現実の一致を確かめるようにゆっくりと目を開く……。
「ゆじぇああああああ!? いたいのじぇええええ!!!?!?!?」
小学生は指先ほどの小石を拾い上げると、まりちゃの額に押し込んでいた。
いとも簡単に肌を切り裂き、餡へと至る。
が、
「おぼうしさん! かえしてええ!!」
ゆっくりにとって命よりも大切なお飾り。
それを小学生は持ち上げる。
そして、ビリビリと引きちぎる。
「おぼうしさん!? ゆっくりなおってね!? ぺーろぺーろ……? ぺーろ…ぺーろ……?」
ぼろぼろになったお飾りを治そうと舐めるが、そんなことでは当然治りはしない。
もう二度とゆっくり出来ない。
そう悟った時、まりちゃの餡子の底から、悲しみ、絶望、それから怒りがこみ上げる。
「ゆるさないのじぇ……ぜったいゆるさないのじぇ……! ないてもゆるさないのじぇ? ぶっころしてやるのじぇ……おそらっ!?」
まりちゃを掴む手が離れる。
「まりちゃはとりしゃん!」
その衝撃で、真っ二つになった眼球がポロリとまろび出た。
「どちらかというと、恨むべきなのはここに一人にした親じゃない?」
小学生とは思えないような慧眼。
「どぼじで……こんなことをするのじぇ? まりちゃだって……ゆっくりだって……いきてるのに!!」
ドン!!
そんな効果音を心のなかで響かせて、まりちゃの決め台詞が炸裂する。
これで、このクソ人間も改心しただろう。
まりちゃの目を潰した罪を背負い自らの目を潰して、まりちゃに献上するに違いない。
一生かけて罪を償うに違いない!
そんな期待を込めて、再び目を開ける。
「ねえ、まりちゃ? ゆっくりを自転車で引っ張ったら……どうなるかな?」
が、まだまりちゃには奥義——ぷっくー——がある。まだ勝つシナリオはある。
その希望がある限り、まりちゃは非ゆっくり症という救いを得ることは出来ない。
場面は再び戻って駐車場。
「ほられいむ……あやまるのぜ?」
れいむはまりさが後ろ手に聖剣えくすかりばーさんを持っていることを確認すると、頷いた。
このクソ人間の終わりは確定した。
「にんげんさん……にんげんさん……」
「なんだい、れいむ?」
鬼威氏はニコリと微笑みかける。
幸いなことに、スニーカーの人工革の部分に餡子が付着していたため、きれいに取ることが出来た。
もう許すも許さないもないのだが、まあ謝罪を受けたほうが収まりが良いだろう。
「しねえ! このくそにんげん!! まりさ! いまだよ!このくそにんげんをせいっさいしてね!!」
「……わかったのぜ」
「ゆんやああああああああ!! れいむのかもしかっさんのようなあんよさんがああああ!!!! い゛た゛い゛いいいいいいい!!!!」
「まりさ……どうしてそんなことを?」
「れいむは、もうにどとおうちからでないのぜ……。だからいのちさんだけはゆるしてあげてほしいのぜ……! まりさはどうなってもいいのぜ」
それを聞き、鬼威氏はまりさに微笑みかけた。
「わかったのぜ……」
迫りくる巨大な手。
が、感じたのは柔らかな感触だった。
「ああ、やっぱり! まりさ、お前汚れているだけで金バッジじゃないか!」
鬼威氏の手にはウェッティがあり、それでまりさのくすんだバッジを拭ったのだった。
「お前、迷いゆっくりじゃないか? このスーパーで張り紙見たぞ」
「えっ……?」
「だから、お前の家、湯ン矢町じゃないのか?」
「そうだよ……! でも、まりさは捨てゆっくりなのぜ。帰る家なんて」
「捨てられたわけじゃないみたいだぞ? お前の飼い主は、お前を探してる」
「そう……なのぜ……?」
鬼威氏の穏やかな目に嘘はなかった。
「家まで送って行ってやるよ。助手席に乗りな! 安全運転でGOだ!」
「わ、わかったのぜ!」
鬼威氏がドアを開ける。
「まりさ……! なにやってるの? れいむをおいていかないでね?」
「ごめん……なのぜ!」
「よっしゃ出発だ!」
だからこそ陽気に、鬼威氏はエンジンをかけると、オンボロの軽自動車をゆっくりと湯ン矢町へと向けた。
彼は酒を買い忘れた事に気付いていない。
このミスから野良ちぇんに出会うことになるのだが、それはまた別のお話。
今はただ、まりさの心だけを……。
夏の終わり。
「あついのぜ……まりさは……じぬのぜ?」
「ゆ! おみずさんあげるよ?」
まりさはひといきに飲み干すと、少しだけ息を整えた。
「ありがとうなのぜ……きみはだれなのぜ?」
「ゆん! のんだね? いまのはけっこんのちかいのおみずだよ!」
後光が指す。
捨てられたと思い込んでいたまりさは、それを受け入れた。
冬の審判の日は、まだ遠い。
「ゆ……ゆ……」
3日前より少しだけボロボロになった段ボールの中に、不気味な影が一つ。
なんとか這い戻ったれいむが力なく横たわる。
まりさは手加減をしていた。
それは致命傷にはならなかった。
が、二度と歩くことは出来ない。
「れいむはにんげんをせいっさいしてやったよ……! にんげんをあやまらせてやったよ……!」
うわ言が響く。
死のうにも、まりさが冬ごもりのために蓄えた食物は三匹分ある。
人間を吹き飛ばしたこと。人間に謝罪させたこと。人間からあまあまをぶんどったこと。人間を奴隷にしたこと。
少しでもゆっくりするために、書き換える。
週末なのに早朝から隣の部屋で人の出入りが激しいな、と思いながら寝床の中で物音を聞いていた。もうすぐ8時になるので、燃えるゴミを出さなくてはいけない。外の寒さを考えると出たくないが、今日を逃すと、次の回収日である水曜日まで生ゴミと同居するはめになる。
思い切って服を着て、ゴミ袋を持って外に出ると、隣の部屋のドアが大きく開け放たれており、作業服姿の男性3、4人がさかんに出入りしている。彼らは部屋から出てくるたびに大きく膨らんだゴミ袋を両手に持って、トラックの荷台に勢い良く放り上げる。荷台はもう半分以上ゴミ袋で埋まっている。トラックはもう1台待機している。
ゴミ置き場へ行く途中で隣の部屋を通り過ぎながら中を覗くと、うず高くさまざまなゴミが積もっており、床が見えない。これはだいぶかかりそうだな、という考えが浮かんだが、なにに時間がかかるのか、自分でもよくわかっていなかった。
ゴミを捨てて自室に戻ろうとすると、グレーのスウェットパンツをはいて青い褞袍(どてら)を着た男性が立っている。額の禿げ上がり方に見覚えがある。このアパートで隣の部屋のさらに隣りに住んでいる人だ。いちど挨拶したことがある。
褞袍の人は私の姿を認めると目礼してくるのでこちらも返す。いきおい、立ち止まって2人で作業中の部屋を眺めることになる。
「そういえば、見たことなかったですよ、隣の人」
「おれも見たことなかったけど、たまーに、部屋にいると隣から物音が聞こえてきたことはあったね。それも、いつ聞いたんだったか、思い出せないけど」
「まったく気づかなかったです。その、ええ」
いつどうやって発見されたのか、憶測をひとしきり話してから褞袍の人が部屋に引っ込んだので、私も自室に戻ることにした。途中でまた隣の部屋を覗くと、玄関に続く床が見え始めていた。なにか白いものがフローリングにこびりついて筋になっている。部屋の奥はまだゴミの壁だ。
自室のドアの下に紙切れが落ちている。さっきは落ちていなかった。運搬中のゴミ袋から落ちてこちらへ飛んできたものらしい。
拾い上げるとそれは破れたレポート用紙かなにかで、罫線を無視して一面に黒のボールペンで「バゲット バゲット バゲット バゲット バゲット バゲット バゲット バゲット バゲット バゲット バゲット バゲット バゲット」と文字が書いてある。ひとつ大きく「バケット」と書いたところを「X」印で乱暴に消してある。
今日は休みなので、ゆっくりとコーヒーを淹れて、昨日のうちにベーカリーで買っておいたベーコン入りのパンを食べようと思う。が、まったく食欲がないことに気づく。
動揺しているのか、私は。隣で人が死んでいたことに。
そんなに繊細だったのか、私は。そもそも、隣の人がいつ亡くなったか知らないのに、隣室にずっと死体があったかもしれないのに、私は昨日までストロングゼロ500ml缶を飲みながらイカフライを齧り、「網走番外地」をアマプラで観ていたではないか。
死はいつもそこにあることに気づいたぐらいで、なんだというのか。私だって明日には引きこもり、明後日には孤独死しているかもしれないのに。
勤め先のホテルは目に見えて客が減っていた。去年まではさまざまな言葉を話すアジア系の団体客でロビーはいつも賑わっていた。不倫らしいデイユースの中高年カップルも高回転率で出入りしていた。春先にそれらはすべていなくなった。業績が厳しいと経営陣からの便りは来るが、数字は来ない。ほんの少しあったボーナスはなくなった。転職できる人はして辞めていった。
自分もいつか、ここではない、どこかへ行くんだと思いながら、それはどこか、いつかわからない。だから酒に逃げた。
せっかくの週末休みなのに、なぜこんなことを思い出さなくてはならないのか。隣で勝手に死んでいた人間のせいで、なぜ胃の奥に硬いものが居座って吐き気がしているのか。すべてが理不尽な気がしたが、それが誰のせいなのかわからなかったから、部屋を飛び出した。
冬の日差しに川は光っていた。コンクリートで固められた河床に水はほとんどなくて、黄土色の藻が底に揺れていた。通りを走る車の音を聞きながら川面を眺めているうちに少しずつ落ち着いてくる気がした。今日は目が覚めてから何も口にしていないことに気づいた。
川沿いに歩くと、古い木造家屋の蕎麦屋があった。色あせた藍色ののれんをくぐると、そばつゆの匂いがした。熱いたぬきそばでも食べようかと思っていたが、壁に貼ってある品書きに「じゃんぎ丼」があったので頼んだ。
他に客はおらず、丼はすぐに出てきた。湯気を立てる白い飯の上に、タレのかかった唐揚げが載っていた。飯を掻き込むと、思わず涙が出た。それは亡き人の境遇を思って出た涙なのか、自分への哀れみなのか、悔し涙なのか、生きていることそのものに流す涙なのか、わからなかった。