財布を拾った.
コンクリートの色とはなじみそうもない水色の長財布だ.
急いでいたので通り過ぎようとしたが,持ち主は大層困っているだろうと拾った.
皮の質感がいつも使っているものと異なり,手のひらの中に少しだけ汗がにじむ.
一抹の罪悪感を覚えながら財布を開く.
年は私と二つしか変わらない人だった.
免許証の顔はだれもがそうなるように,顔色が悪く,髪のつやがなく,やや年齢よりも上に見える,いわゆる写真写りが悪そうな写真だった.
免許証の住所を見ると同じアパートの人だったため,管理会社に電話をした.
アパートの廊下を歩きながら,外から入る眩しい日差しが,白昼夢のようだった.
自分の住むアパートと部屋番号を伝えると,「確認します」と電話が切られた.
人の財布などまじまじと見る機会なぞなく,ましてや知らない人間の,である.
どんな人がこれを持っているのだろう,と.
掌の中にある財布を再度開いてみた.
私たちの年代であれば相応の価格帯であり,皮の質感からある程度手入れをするなど大事にしている,という印象だった.
中布の色がもう少し濃い水色で,開いた時のほうが少し派手に見えるデザインであり,こういうところにおしゃれさを求める人,
カードケースには免許証が一番手前にあり,その後ろにクレジットカードがいくつかあった.
コンタクト専門らしき眼科の診察券,美容室の会員証,近くのラーメン屋のクーポン券,
アニメイトのカードと,ポンタカードと雪ミクのWAONカード.
あの顔色が悪そうな写真の通り,ああ,結構オタクなのかな,と思った.
(ちょっとクレジットカードが多くて個人的には減らしたほうがいいのではないかと思った.)
私は隣に誰が住んでいるか知らない.
正確に言うと,顔は何度か合わせるが名前やどんな生活をしているのかは知らない.
さらに,私が知っているのは両隣と斜め向かいと二つ右隣りの人だけで,別の階にどんな人が住んでいるのかは知らない.
私が生まれ育ったところでは,全員が親戚同然であった.
誰がどこに住んでいて親は何をしているかみんな知っていたし,
そこを離れた今でもどこどこの誰それが戻ってきた,結婚した,出産した,転職した,車を買い替えたなどはみんな知っていたし,
夜,電車から見る街の,家の明かりひとつひとつに家庭や,歩んできた人生や,関わる人がいることを考えると,
お札を入れるところを見ると,千円札が数枚とレシートが入っていた.
レシートは一枚だけだった.
連絡がつき,今家にいるとのことで直接届けてほしいとのことだった.
ワイの財布届けてくれてありがとう
読んでないけど誰かパンティー改変しといて
拾った財布の持ち主が同じアパートに住んでいたら,それがわかったのが帰宅後でも交番へ届けに行く.
ミステリーの導入部分みたい。