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2019-09-16

新説 金太郎

金太郎 幼少編

むかしむかし足柄山の山奥に、金太郎という男の子がいました。金太郎は小さなから力持ちで、子供ながらに薪割りの手伝いをこなすほどでした。ある日、森の動物たちが栗拾いに行かないかと金太郎を誘いました。金太郎は快諾し、栗拾いに出発しましたが、道中、岸にかかっていたはずの橋がなくなっていました。しかしそこで諦めないのが金太郎、得意の斧で木を切り倒し、即席の橋を作って渡りました。そして無事に栗の木のところまで辿り着くと、そこには拾いきれないほどの栗が落ちていました。金太郎動物たちは栗を拾い始めますが、突然巨大な影があらわれました。熊です。この栗の木は熊の縄張りだったのです。熊は金太郎相撲での勝負を持ちかけました。いくら力自慢の金太郎でも熊相手には非常に苦戦しましたが、動物たちの声援もあり、なんとか勝利を収めました。

酒呑童子 幼少編

むかしむかし越後国に、のちに酒呑童子と呼ばれる事になる少年がいました。その少年はとても成長が早く、4歳の頃には大人顔負けの知能と体力を持っていて、その常人離れした才覚から周りから鬼っ子」と呼ばれていました。そのうえ容姿は人並外れた美少年で、女性から恋文を貰うことは日常茶飯事でした。彼は10歳の時に祖父に勧められ、仏門修行のために比叡山稚児になりました。恵まれ能力と恵まれ環境により将来が約束されたかと思われた酒呑童子でしたが、数年が経ったある日、彼の身体異変が起きました。流行り病の天然痘です。部屋に篭って三日三晩寝込み、熱が引きようやく立ち上がれるようになった時には、彼の容姿はすっかり変貌していました。顔から手そして足の先まで真っ赤に晴れ上がり、痘痕の痕だらけで、元の美貌からは似ても似つかない姿となってしまいました。彼はそれ以来、鬼のお面を被って顔を隠す様になりましたが、ほどなくして寺にもいれなくなり、彼は故郷に帰るよう言い渡されました。

酒呑童子 青年

故郷に帰った酒呑童子でしたが、その無気味な風貌から忌み嫌われ、やがて故郷からも追い出されてしまいました。それから酒呑童子土地転々とし、大江山へと辿り着きました。酒呑童子はその道中で同じ病を抱える荒木童子と出逢い、人里離れた場所静かな生活を始めました。しかし静かな暮らしもそう長くは続きません。同じように差別を受けた者たちが噂を聞きつけ、酒呑童子のもとを頼りに来たのです。酒呑童子は彼ら彼女らを快く受け入れ、やがて大江山は同じ病を抱える者たちの大きな村となりました。特に京の都では新しい患者が次々と現れ、酒呑童子の村はどんどん大きくなっていきました。

金太郎 青年

金太郎青年に成長した頃、京の都では街の女子供がある日突然姿を消すという事件が多発していました。それも1人や2人ではなく、もう何十人も姿を消していました。そこで一条天皇陰陽師安倍晴明にこの現象調査を命じました。安倍晴明占いで、行方不明になった女子供はい大江山にいると突き止めます大江山は、酒呑童子という恐ろしい鬼が住む山です。『酒呑童子』という名は、いつも酒に酔ったように全身が真っ赤な事から名付けられた名前です。酒呑童子に限らず大江山の鬼達は真っ赤な風貌をしており、全身が血だらけでした。それは人を喰った時の返り血だとも言われていました。そんな恐ろしい鬼達を退治すべく、一条天皇は家来である源頼光に討伐を命じました。頼光は四天王と呼ばれる屈強な武士を集め、鬼討伐に向け最強の布陣を敷きます四天王メンバー渡辺綱坂田公時、卜部季武碓井貞光の四人で、この坂田公時(さかたのきんとき)こそが青年に成長した金太郎なのです。

最終章 決戦編

頼光と四天王は鬼討伐の為に大江山へと向かいました。しか相手凶悪な鬼です。とても正面から立ち向かったのではかないません。そこで修行僧の変装をして、大江山へ向かう事にしました。怪しまれないように慎重に足を進め、ついに山の麓に辿り着くと、そこには川で洗濯をしている老婆がいました。少しでも情報を得るために老婆に話を聞いてみると、驚いた事にこの老婆は自分花園中納言の娘だと言うのです。花園中納言の娘は確かに行方不明になってはいましたが、年齢は17、8のはずで、老婆の言ってることはデタラメしか思えません。これはおかしいと老婆をよくみてみると、ついにその正体が分かりました。老婆は真っ赤な鬼の姿をしており、洗っている着物もどれも血にまみれていたのです。頼光は背筋が凍る思いをしながら、冷静にかねてより考えていた作戦を実行しました。「我々は修行をして全国をまわっている僧侶です。どうかこの辺りにある宿を教えて頂けないでしょうか」鬼の老婆は快く受け入れ、大江山にある村へと案内しました。こうして頼光達は大江山への侵入成功したのです。そして頼光は村の主である酒呑童子挨拶に行きました。酒呑童子は頼光たちを手厚く迎え入れ、村の鬼達を集めて宴を開きました。そこで頼光はお礼にと『神変奇特酒』というお酒酒呑童子や他の鬼達に振る舞い、酒呑童子も気を良くして、普段は滅多に語らない自分の出生についても語り出しました。楽しい宴は夜中まで続き、辺りが鎮まりかえると、酒呑童子は体がまったく動かない事に気がつきました。頼光の持ってきた神変奇特酒には毒が入っていたのです。頼光は動けなくなった酒呑童子の首を切り落としましたが、騙し討ちをされた酒呑童子の怨みは強く、首が切り落とされた後も頼光達を罵り続けました。頼光は他の鬼達を始末し、鬼退治の証拠にと酒呑童子の首を持ち帰り山をおりました。酒呑童子は首だけになってもずっと罵り続けましたが、京の都に入る直前に地蔵尊に「不浄なものを京に持ち込むな」と咎められ、頼光は持ち帰ることを断念しました。地蔵尊言葉を聞いた酒呑童子の首は動かなくなり、首はその場に埋められました。その場所はのちに首塚大明神という神社になり、首から上の病気を治すとされています

2019-07-14

anond:20190713115727

長野移住勢だけど南部南信州)は良くも悪くも田舎すぎる。シンプル静かな生活送りたい人には最高だけど、アクティブ最近流行りの「地方クリエイティブ」みたいな事したい人には物足りない。

2017-12-20

anond:20171220134631

芸能人場合は、ネットでなくても干されるだろうし

面倒臭いからではなく、芸能界の大物を敵に回すのが何よりの問題だろ

から引退後なら言えるかもしれないけど

引退後に言うとしても、引退理由が年食ったとか人気無くなったからなら「BBAのくせに」「売名か?」と言われるだけだし

単に静かな生活したいってだけならそんな事やるわけないし

ってなるからなあ

2014-07-16

僕が経験した逮捕から留置所での生活

ろくでなし子さんが逮捕される前に教えてあげたかった女子留置生活TIP 「http://anond.hatelabo.jp/20140716042957」で留置所生活を思い出した。

僕の場合、いわゆる冤罪だったわけだけど、面倒だから認めた。

もう済んだことだからそれにはあーだこーだ言うつもりはないけど、留置所生活は色々な意味で本当に糞だったので、ココに書きたいと思う。

まず入る前に荷物すべてを色々調べられて、リスト化される。

カード類とかをたくさん持ってる場合、これに時間かかって入るまでが大変。

そんで留置所内で自殺とかできないように、紐とかボタンが付いてない服に着替える。

借りることもできるけど臭い

基本着れるのが許されるのはスウェットジャージTシャツだけだと思ってくれれば分かりやすいと思う。

Yシャツボタンあるからダメね。

あ、そうそう着替える前にケツになんか入れてないか、全裸四股踏まされた。

これが一番屈辱的だったのを覚えてる。

それから着替えて、手錠付けて、腰縄付けてリードのようにして檻の中へ。

檻と呼ぶにふさわしい、鉄格子の扉の部屋。

○房というようにいくつかの房に分かれてて、1房につき4畳ちょっとで4人が定数。

入ったのは冬だったけど、暖房が付いててずっと適温だった。

年末とかだとわざと入ろうとして無銭飲食する輩がいるらしい。

あったかくて飯も出るからそういうホームレスには最適だなと確かに思った。

先に三人、先客がいたので自己紹介をした。

僕の場合、とっても気さくな拘置所常連再犯数回)が一人いたので、制度ルールについて色々聞けた。

担当弁護士っていうのを呼べるよーとか。

自弁っていって弁当に所持金使って追加できるよーとか。

お金なければ担当弁護士キャッシュカード渡しておろしてきてもらえるよー(もちろん暗証番号を教える羽目になる)とか。

面会は一日一回だよーとか。

17時におやつ時間あるけど、自腹だよーとか。

欲しい本とか新聞あったらこれに書いて自腹で買えまっせとか

あとは、弁護士は面会に含まれないよーとか。

自分逮捕内容についても、「その場合、だいたい○円ぐらいで示談できるよー」とか。

うそう、↓このへんは行く署によってルールが若干違うらしい。

・「運動」って実は塀に囲まれた所で「爪切る」か「煙草を吸う」ための時間

風呂は週2回

・土日はラジオが流れてる。

だけど外の情報は完全シャットアウトから

ニュースとか流れないように番組管理されてるし、新聞は切り抜かれる。

外でどんな事が起きてるかは全く分からない。

静かでひたすら時間をもてあます

あ、そうそう。

注意されたこともあった。

暑いからちょっと窓開けて」って鉄格子の向こうにある窓を開ける様に頼んだら

規則なんで」って言って全く応じなかった。

規則」以上の理由はないらしい。いかにも警察

あと、暇だから拘置所内のスケッチを描いたら怒られた。

内部の状況が分かるような物を作成してはいけないんだそうな。

脱走防止かね?

色々自由が奪われてたし、飯もまずかったので、出て速攻でメシ食いに行ったけど、

拘置所静かな生活に慣れてしまって、うるさすぎて落ち着かなかった。

あと、家でTVを見た時はずーっとみとれちゃいましたね。

軽い浦島太郎状態。

僕は拘置所の中にいた人とか、検察に行った時(検察には範囲内の別の署からも集まる)に色々な人から話を聞いた。

何せ暇だから話すぐらいしか暇つぶしができない。

大体は「なんで捕まったの?」みたいな話。

もちろん普通の会話じゃないから変な話、面白い

痴漢冤罪徹底抗戦してすべて失った人の話とか、

組織窃盗だと疑われてしまった無実のおじいちゃん(窃盗物だと知らずに置き場所提供する連絡を仲介してしまった)とか、

女の子自分の部屋に来たから手を出したら親告されて捕まったとか。

無実のおじいちゃんは半年ぐらい拘置所生活してるって言ってた。

組織ぐるみ犯行を疑われた場合捜査時間がかかるから、拘束期間も長くなるんだって

警備会社かなんかの社長をやってたこともあって、柔道も何段とか言ってたな。

どっちかっていえば警察よりっていうか、超善良な人で、道徳的にもすごくしっかりしたモラルのある人だった。

最後まで僕の事件や他の留置者を気づかってくれて、落ち込みそうになると冗談いったり、時に親身に話を聞いてくれたり。

とてもとても優しい人だった。

その人はよくため息交じりに言ってた。「人生、何がおこるかわかりませんよ」って。

出ていく日も一緒だった。僕は裁判所なので彼は検察で先に車を降りた。

僕の隣に座っていた彼は、手錠されて腰縄を引っ張られながら、最後に立つ際に僕の膝を叩いて

幸せになってください」

って言ってくれた。僕は涙を必死にこらえながら鉄格子が貼られた車窓から外を見た。

こんな人にこんな生活させるなんて、本当に警察はどうかしてるって思ったのを覚えてる。

すごく強烈に記憶に残ってる。

話戻って。

拘置所での暮らしは朝は6時に起床、点呼取って、房毎に布団しまって、房の掃き掃除と拭き掃除

「洗面」で歯磨きと洗顔とかして、あとは朝飯。

それから検察に呼ばれるか、調べがないとずっと暇。

体がなまりそうなので筋トレしてました。

12時に昼飯食って、17時におやつで19時に夕飯。

出る時は僕の場合略式起訴だったので裁判所いって、軽く読みあげて、

身元引受人が用意した罰金を払って、釈放。

ま、とりあえずあそこの生活精神的に罪人扱い。

色々な人の話を聞いて分かったのは「一般の倫理観的な罪」は犯してないのに捕まるのも珍しくないから

いつ誰もが経験する可能性がある生活だと思う。

お財布の金は大目が良い、には賛成☆

2014-06-16

http://anond.hatelabo.jp/20140616190938

コンプのかたまりなんだよ。

方々でバカにされて(るような気がして)。

静かな生活を送ってる人は見下し対象なんか必要ない。

ほんとここ見てる餓えてる子らが、実の親に毎日毎日10ぺんくらい心を込めて誉められてたら、多分ここは間違いなく過疎になる。

なお私は家でもっと心の安楽を得たいです。

2013-05-29

まねして本の紹介 その1

http://yuma-z.com/blog/2013/05/student_books/ という人のエントリを見て、自分も(学生じゃないけど、)読んで楽しかった本をまとめてみたくなった。

この長い本の紹介を読んで、読んでくれる人や、ほかにおもしろい本を紹介してくれる人が続いてくれたら自分はうれしい。まだ微修正中で、加筆・修正するかもです。

これから紹介する本の順序について、あまり意識していないけれど、なんとなく読んでいる人が多そうな順。下に行くにつれて、読んでいる人が少なくなっていくと(書いている自分は)予測してます

このエントリで紹介するのは以下の本です。つづきは http://anond.hatelabo.jp/20130530045256 で。

火車

宮部みゆきさんの小説。一人の女性が婚約後にいなくなってしまう。主人公はその女性の捜索を頼まれて、懸命に消息を追う。そして、調べていくうちに、現代資本主義社会の底しれぬ闇が見える――。

とても有名な作品で少し前にテレビドラマにもなったようだ。物語の始まりが冬の寒い時期のせいだろうか、自分は冬の時期に読みたくなる。三日間くらいで読了できるとおもしろさが持続すると思う。

読まれる方は、Wikipediaのあらすじにネタバレの要素があるので注意されたい。Amazon書評にも、ややバレる要素があるかな。この小説についてはあまり詳細について語ると魅力が半減してしまう気がする。読まれる方はできる限り事前の情報収集を避けて読んでください。

フェルマーの最終定理

1995年にそれまで350年にわたり証明されなかったフェルマー予想が証明された。そのフェルマー予想をテーマにしたノンフィクション。著者はサイモン・シンさん。翻訳は青木薫さん。

著者のサイモン・シンさんはこの後紹介する「ビッグバン宇宙論」においてもそうだが、説明がとても丁寧だ。わからないことを教えてもらおうとして、わかっている人に聞いたときに下手な比喩でたとえられて、全くわからないという経験をした人は自分以外にも大勢いるだろう。サイモン・シンさんの比喩はわからないという気にならない。なぜなのだろうか。

数学テーマにした本なので、数学が嫌いな人は手に取ることもないかもしれない。しかし、そういう人もぜひ読んでみてほしい。というのも、この本は数学の「問題そのものを解く」ということが主題ではないから。むしろ数学の問題はどのように生まれるのか、それを解こうとして350年にわたり数学者たちがどのような試行錯誤を続けていったのか、そのもがき苦しんだ歴史の本だからだ。

海外の本はしばしば翻訳調とでもいうべきか、文が堅く読みにくい感じがすることもあるけれど、この本はとても翻訳が丁寧で読みやすい。青木薫さんのすばらしい仕事だ。

自分は単行本ハードカバー)で読んだ。文庫版だと新しい翻訳者あとがきなどがついているかもしれない。

一九八四年

ジョージ・オーウェルが書いた小説ユートピア物質的・精神的に豊かになる、健康長生きできるといったような人間社会幸せで良い方向に向かう社会小説の反対、ディストピアを描いた小説

ここまで暗く描かれるとむしろ読む方の気分は明るくなるような、そんな気にすらさせてくれる小説。ただし、それは読後の感想であって、読んでいる最中は暗いままだけれど。

村上春樹さんの1Q84はもしかしたらこの小説に関連があるのかもしれない。今ググったら、どうやらそうらしい。自分は村上さんの方は読んでいないので何も言えません。(すみません

この小説が書かれた時期も意味があるし、この小説の中で登場するニュースピークという言語体系の設定は、そもそも言葉とは何なのかを考えるきっかけにもなるだろう。

火車と同じくWikipediaはあまり見ないで読み始めた方がよいだろう。

将棋の子

大崎善生さんの小説純粋小説というよりも何割かはノンフィクションかな。

自分は将棋のことは駒の動き方くらいしか知らないのだが、羽生善治さんやほかにも何人かくらいは将棋指し(棋士)の名前を知っている。この棋士の方々は、奨励会という将棋プロ養成する機関の中で勝ち上がってきた人たちだ。勝ち上がってきた人は晴れて棋士になるわけだが、では、「敗れ去った人たち」はどうしているのだろうか。その人たちをテーマに据えた小説だ。

この小説はけっこうずしりとくる。最初に挙げた宮部みゆきさんの「火車」は小説範疇ということもあるせいか、なんとなく怖さを感じることはあるが、現実的な切実さ、哀しさまでは感じないかもしれない。この「将棋の子」は、何かを一生懸命やってうまくいかなかった人の哀しさがよくわかるし、そういう体験をしてきた人(あるいは今そういう一生懸命何かに取り組んでいる最中の人)にはこたえるものがある。

冗談でしょう、ファインマンさん

ファインマンというアメリカ物理学者自伝エッセイ集。著者はリチャード P. ファインマンさん。翻訳は大貫昌子さん。この本もすばらしい翻訳だ。

エッセイ集ということもあって、好きなタイトルから読み始めることができる。エッセイ集なんてつまらんだろう、などと思っている人は読んでみてほしい。物理学者とは思えない言動の数々と、物理学者からこその言動が少々。そして、その間に驚かされるような洞察が垣間見えるのだ。場合によっては論語みたいな読み方もできるかもしれない。

全般に明るく楽しく描かれているけれど、これは意図的なものだろう。第二次世界大戦のロスアラモ時代には、自分の心にとどめるだけの悲しい出来事も数多くあったのではないか、と自分は想像している。

最後の「カーゴ・カルトサイエンス」の節はできれば最後に読んでほしい。この節だけは特別だ。物理学がわかれば、もっとファインマンさんのことをよく知ることができるのだろう。それができないのは残念だ。

プー横丁にたった家

プー横丁にたった家」は「くまのプーさん」の続編だ。「くまのプーさん」というと、単なるハチミツが大好きな黄色っぽいクマだと自分は思っていた。そうではなかった。

この本は子供向けの童話だと思われるかもしれないが、読んだことのない大人の方も読んでみてほしい。自分も大人になってから読んだ。著者はA.A. Milne。翻訳は(童話ジャンルでは高名な)石井桃子さん。

プーさんはもともと、著者が自分の息子に聞かせるためのお話だったようだ。こんな話を子供時代に聞かせられたらすごいことだ。

ところどころでプーさんが代弁する著者の考え方は、Amazonレビューにもかかれているけれど中国の思想家のような、どこか超然としたところがある。このクマがほかの動物たち(と一人の子ども)に向かって話しかける姿が良い。それとプーさんと行動をともにするコブタピグレット)が健気だ。自分は大人になってから読んだせいか、出てくる動物たちの役割に目が向いた。すなわち、物語の筋よりもおのおののキャラクター人間のどういう面を強調したものなのかを考えてしまいがちだった。子供の頃に読んだならば、もっと無邪気な読み方ができただろうと思う。

ビッグバン宇宙論

サイモン・シン氏の2作目の紹介になる。翻訳も前に紹介した「フェルマーの最終定理」と同じ青木薫さん。(本自体は「フェルマーの最終定理」→「暗号解読」→「代替医療トリック」(共著)→「ビッグバン宇宙論」、で四冊目だ)

大人になるにつれて、子供の頃に「なぜだろう」「どうしてだろう」と単純に不思議に思えたことへの興味がだんだん薄れていくと思う。すくなくとも自分はそうだった。どうして鳥は飛べるのに人間は飛べないのだろう、なんでお風呂に入ると指がフニャフニュになってしまうのだろう、どうしてテレビは音が聞こえたり絵が見えるのだろう、泥だんごはうまく丸くなってかちかちに固くなることもあるけど、そうでないこともあるのはなぜだろう、カブトムシはかっこいいけど、クモはすこし気味が悪いのはなんでだろう…、などなど。

そういう疑問の中で、人間がずっと追いかけて考えてきた疑問の一つが「この人間が生きている空間はどういうものなのか」だろう。その考え方の歴史をまとめたものがこの本だ。この本をひもとくと、この百年の間に予想もし得ないことが次々に見つかったことがわかる。ビッグバンという言葉ほとんどの人が知っていて、宇宙は一つのから始まったと言うことは知っているだろう。意外に思えるけれど、今から百年もさかのぼれば、ビッグバンという言葉すらなく、そう考えている人も科学の世界において異端扱いされていた。

宇宙論という非常に大きなテーマを扱っているため、「フェルマーの最終定理」よりも分量があって読むのが大変かもしれない。ただ、自分が読んだ単行本ハードカバー)には各章にまとめがついていて、おおまかな筋はそこを読めば追えるように配慮されていた(これはうれしい配慮だ。)文庫版のタイトルは「宇宙創成」のようだ。

読み終わったら、ぜひ上巻のカバーと下巻のカバーのそれぞれの色に着目してほしい。

モンテ・クリスト伯

今まで見てきた本を読むとわかるかもしれないが、あまり自分は昔の小説を読むことがなかった。一つには風俗文化が違いすぎて、いまいちぴんとこないからだろうか。そう思って昔の小説を読むことがほとんど無かったけれど、このモンテクリスト伯おもしろかった。著者は三銃士でおなじみのアレクサンドル・デュマ。翻訳は竹村猛さん。自分は上に挙げた岩波少年文庫版を読んだ。

復讐劇の代表的な作品だそうだ。「それってネタバレでは?」と思う方もいるかもしれない。そうと知っていてもやっぱり楽しい。引き込まれるようなおもしろさがある。

少し前に「レ・ミゼラブル」が映画になって、そちらの原作も良かった。境遇何となく似ているのだけれど、「レ・ミゼラブル」が愛の物語なのに対して、モンテ・クリスト伯純粋復讐劇だ。その痛快さ。モンテ・クリスト伯超人的な活躍が楽しい

自分はまだ一回しか読んでいないせいか、下巻の最後の方のあらすじはうろおぼえになってしまった。もう一度読む楽しみが増えた。今度は岩波文庫版で読もうかな。

喜嶋先生の静かな世界

森博嗣さんの小説。もともと「まどろみ消去」という短篇集の中に「キシマ先生静かな生活」という短編があって、それを長編ににしたものだ。

(科学系の)研究者世界とはどういうものなのかを丹念に追った小説であり、若干の事実が含まれているのかな?と思っている。森博嗣さんは某大学研究者であった(今では退職されたようだ)人で、その知見がなければ書けない小説だろう。

Amazonレビューを見たら、「自分には残酷小説だった」というレビュー内容もあった。自分は、心情、お察しします、という気持ちだ。ただ、主人公は喜嶋先生と出会えたことは僥倖だったに違いない。この小説の中で登場する喜嶋先生名言は、本家よりもむしろ心に残る。

自分の中では「将棋の子」と双璧をなす青春小説だ。

謎のギャラリー

北村薫さんが選ぶミステリーを中心とした選集。あるテーマを設定して、そのテーマの中で北村さんが編集者と対談形式でさまざまな物語を紹介していく形式だ。テーマは「リドルストーリー」であったり、「中国の故事」であったり、「賭け事」であったりと様々だ。

編集者との対談は実際の編集者ではなくて、北村さんが頭の中で生み出した架空の「編集者であるけれど、この対談がとても読んでいて楽しい気持ちにさせてくれる。いろいろな本が紹介されて読みたくなる。そういう罪深い(?)本だ。これを元に幾冊か叢書が組まれた。

その叢書の中で、自分が気に入ったのは「私のノアの箱舟」と「なにもない猫」だ。このシリーズはまだ全部読んでない。だから、気に入ったものは変わるかもしれないし、増えていくだろう。

自分は中国の故事や旧仮名遣いの本は読みづらく感じてしまうので、「真田風雲録」は読めないかもしれないなあ。

伝記世界を変えた人々 (いろんな人の伝記 図版が多く読みやすい)

海外の人を中心にした伝記シリーズ。主に子供を対象としているためだろうか、シリーズ全体として、文は平易で図や写真を多用している。そう書くとありきたりな伝記に思われるかもしれないが、装丁、ページの中の文と写真の配置の良さが際立つ伝記集だと思う。

全体として、割とマイナーな人も取り上げていたりするし、平和に貢献した人たちを取り上げている点も特徴だろう。気になった人がいたら、その人を読んでみてほしい。

星新一 一〇〇一話をつくった人

星新一は、多くの人がショートショートと呼ばれる一連の作品群で読んだことのある作家だろう。その人の評伝だ。著者は最相葉月さん。

星新一さんはその作品を読むとところどころに冷徹さが垣間見える。その冷徹さがどこから生まれたのかがわかるだろう。もともと幸せ境遇に生まれ育ったが、途中からどうしようもない災厄に見舞われるからだ。それだけが冷徹さの理由ではないだろう、ほかにもこの本を読めば思い当たる点がいくつかある。それらも書くと紹介としてはやや度が過ぎるのでやめておく。

最後の方で著者は有名な芸能人にもインタビューする機会を得て、実際に星新一さんについて尋ねる。そこも印象に残る。その芸能人はちょうど星新一さんの逆の人生をたどるような状況になっている。

自分はこの評伝を読んで、がぜんショートショートに興味を持つようになった。

リプレイ

SF小説はあまり読んだことがないのだけれど、この小説は良かった。著者はケン・グリムウッドさん。翻訳は杉山高之さん。

SFのよくある設定として、「もし過去に帰ることができるとすれば、その人の人生はどう変化するのだろうか」というものがある。その王道設定を利用して、すばらしい小説になっている。

この小説が書かれた時代1988年なので、やや風俗文化の描写が21世紀の現代と比べて現実離れしている点があるけれど、それを差し引いてもすばらしい小説だ。

まりあらすじをかかない方がよいだろう。http://anond.hatelabo.jp/20130530045256 で紹介する「心地よく秘密めいたところ」と全然違う話なのだけれど、自分には似たものを感じる。

自由への長い道

この本は近年読んだ中で最も良かった。

自由への長い道は南アフリカ共和国アパルトヘイト人種隔離政策)が撤廃されるまで闘った人々のノンフィクションだ。著者はネルソン・マンデラさん。翻訳は東江一紀さん。

アパルトヘイトという言葉とその意味何となく知っているけれど、それが具体的にどんなものかを説明できる人は日本の中で多くないのではないかと思う。ネルソン・マンデラさんとその仲間たちは、それをなくそうと政治活動を繰り返す。そしてその度に時の政府の激しい妨害に遭い、その結果そういったグループを作ること自体が違法になり、グループの首謀者たちは収監されてしまう。そこからが圧巻だ。

いかにしてそういう逆境の中で自分の政治信条を保ち続けるか。自分たちの仲間を増やして支持を広げていくか。そして時の権力機構に対して、アパルトヘイトの「非道さ」をアピールし、撤廃にこぎつけるか――。

仲間の反乱分子スパイへの対処国際社会へのアピールなど、常人には思いもよらない方法アパルトヘイト撤廃に向け前進してゆく。ところが、前進したと思ったら後退したりすることが何度も繰り返されるのだ。

この本はネルソン・マンデラさんがアパルトヘイト撤廃後の大統領に選出された直後に出版された本なので、結末に近づくにつれてかなり筆が鈍って、慎重な言い回しが増えていく。現在進行形のことを縷々書くと信用問題になるからだろう。それでもこの本は読んでいて楽しい

この本を読んだ人は「ネルソン・マンデラ 私自身との対話」もぜひ読んでほしい。自分もまだ途中までしか読んでいないが、より素直なネルソン・マンデラさんの言葉と考え方がわかると思う。(「自由への長い道」についての言及もある。)

ほかにも映画インビクタス」や、「マンデラとデクラーク」など、映像作品もある。後者の「マンデラとデクラーク」は「自由への長い道」と同じテーマだ。ついでに、youtubeにあった国連広報映像日本語訳付き)もリンクしておく。


つづきは http://anond.hatelabo.jp/20130530045256 で。

2011-11-30

モラトリアムが終わろうとしている

12/1から就職活動が解禁になるらしい。

弟がいる。大学三年生(文系)。

元々大人しい性分ではなかったが高3から浪人時代、ひどく荒れた。

から見たら受かりそうもない早慶や有名大学ばかり出願し

合否発表の日は郵便がくるのが嫌だと郵便受けに石を詰めたり郵便物に火を付けようとしさえした。

家の鍵が掛かっていれば玄関を蹴破って家に入り、ムカつくと大声で罵詈雑言家族に浴びせ窓さえ蹴破った。

全て落ち浪人時代2ch大学受験板ばかり見てその受け売りで再び受験に望み、

親がたまたま複数日程を出願した大学のみ合格し不承不承入学となった。

家族としてはやっとの静かな生活が訪れた。

バイトが決まらないとか学校が遠いとかこんな田舎に住みたくないとか不平不満や罵詈雑言はあるもの

受験期と比較したら随分ましになった。

週三日学校に行けばいいとかで単位もそこそことって4年はゼミはとらないそうだ。

就職活動はしないで会計士試験に備えるという。

でも傍目に会計士のための専門学校に通っている形跡はない。

かといって家で見る限りskypeのようなボイスチャットで遊んでいたり、

mixiで偽アカウント作って「釣り」をしてボイスチャット仲間と観察して夜遅くまで遊んでいる。

自分がいない時間に何かしているのかもと思うが

義務的に最小限に学校に行って帰りに銀座表参道など高級菓子店で自分の為にケーキを買ってきて(ふらっと買える)そういう生活がしたいという。

モラトリアムというのは弟の、ではなく家族にとってのだ。

これから試験があるそうだが傍から見て一科目だけも受からないだろう。

就職活動だって大学受験と同じに一覧表があってその通りに受けていけばいいと思っている。

公務員ならスケジュールが予めある程度予測できるが、民間はそうはいかない。

これからまた弟が荒れて家の中が文字通りめちゃくちゃになると思うと、

家族としてのモラトリアムは終わったのだと思う。

ちなみに各種機関相談したが、「xxについては○○へ」とたらいまわし状態で本人に病識がないと病院も受信できない。

また(住んでいる)家を捨てて家族でどこかに逃げろといわれるがそうして残した家で失火したら誰の問題になる?

引っ越して縁切って終わりにはならない。

2009-07-15

中国によるウイグル弾圧への緊急声明」 【日本外国特派員協会に於ける記者会見内容】

中国によるウイグル弾圧への緊急声明」

 2009年平成21年)7月13日

私たちは、過去から現在へ至る、中国共産党民族浄化政策に基づくウイグル人の差別、弾圧、虐殺に抗議します。

6月26日、中国広東省玩具工場強制連行労働に従事させられているウイグル人が、シナ人のデマが発端となる集団暴行事件に巻き込まれました。200人のウイグル人が6000人のシナ人に暴行を受け、100人が撲殺されるという恐ろしい事件が起きました。

7月5日、この事件が発端になり、東トルキスタン新疆ウイグル自治区)のウルムチで、積年のシナの弾圧に対する抗議デモが行われました。しかし、中国政府ウイグル人の「暴行」と宣伝し、情報を統制して真実を隠しています。そして、現在ウイグルを中心にシナ全土でウイグル人への徹底的な弾圧が人民解放軍、治安警察、それらによって操られたシナ人暴徒らによって行われています。

中国の武力弾圧やシナ人の攻撃で虐殺されたウイグル人は、5日から現在までで最大3000人に及んでいます。

私たちは、以下のことを要求します。

中国は直ちに東トルキスタン新疆ウイグル自治区)でのウイグル人弾圧を止めろ。ウイグル人の強制連行民族浄化政策を止めて、思想宗教・言論・教育結婚の自由を認めよ。

中国は7月7日に不当逮捕した、北京の中央民族大学教授イリハム・トフティ氏を

直ちに釈放せよ。

中国1964年から1996年までの46回にもわたる核実験によって、「核の砂漠」が現出し、ウイグル人ら19万人以上が急死し、129万人以上が白血病、癌などの急性放射線障害に罹った疑いを、国際機関の査察で明らかにせよ。

 ウイグル自由人アジア委員会(7月13日「外人記者クラブ記者会見出席者)

 Asian Committee for Freedom & Human rights in Uyghur

 イリハム・マハムティ(世界ウイグル会議日本全権代表・日本ウイグル協会会長ウイグル

 ペマ・ギャルポ   (桐蔭横浜大学教授チベット人

 リーガー・スチェント(独立運動活動家モンゴル

 石平        (評論家中国帰化日本人

 西村幸祐      (ジャーナリスト評論家日本人

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記者会見の内容 (文責 藤田裕行)

日本外国特派員協会に於ける記者会見内容】

リーガー・スチェント(独立運動活動家モンゴル

来日して、17~18年になります。内モンゴル人です。1981年の内モンゴルで起こった文革の折に学生運動をしており、今日まで人権を訴えてきました。

今も、内モンゴルから逃れて、人権、自治、独立を要求して活動している人が多数います。

チベットウイグルでのこの度の事態、悲劇、このようなことがいまも続いていることに遺憾の意を表します。

幼いころより常にどこかで暴動が起きていました。それが今日まで国際社会独立人権、自由に関心を持った人々の目に届いていなかった。こうした悲劇に会った人々は、戦い続けます。力を合わせ、国際社会に訴えていきたい。この度の(ウイグル)の犠牲者の方々には、心より冥福を祈りたい。

イリハム・マハムティ(世界ウイグル会議日本全権代表・日本ウイグル協会会長ウイグル

皆様ご存じのように、今回の事件は、自分の同胞が殺されたことの説明を求めるために、人々が集まったところから始まりました。それに対して、無差別発砲が為された。政府は、それが自らの責任でないとするために、世界ウイグル会議責任にしてきた。

なぜ、学生に発砲したのか? チベットでの事件が経験になったのだと思う。

最初、少ない人が抗議し、その日は解散させられたが14日後にまた集まったところ無差別発砲があり、政府は鎮圧できると思ったがそうはならなかった。

ウイグル政府が入って60年。自分達は静かな生活を奪われた。「何もやっていないのに、銃殺された」それを聞いて驚いて、人々が集まったところ、トラックで突っ込んで来て、17人が死亡した。そこから始まった。何もなく、漢民族暴行したのではない。さっきまで自分と一緒にいた人が死んでしまった。そのことを受け入れられなかった。軍が気を配ることがなかった1~2時間で、中国人を襲撃した。その時に、既に軍は発砲をしている。156人死亡と発表したが、何人がウイグル人で、何人が漢人発表しなかった。

顔がわからないくらいに損傷していた。軍はどんな武器を使ったのか?先日、184人の犠牲者発表した。70~80%が中国人とアピールした。

私は、5日から6日までに、逃げた人以外は全員死んだと思っています。今、どこに何人いるのか、わからない。外国メディアに入ってもらい、ウイグル人がやったのか、中国政府がやったのか、第三者が入っての調査を求めた。それに対して、中国は、「これは内政問題である」と主張した。なぜ隠すのか?ウルムチに多くの記者を入れて情報を伝えているとアピールしているが、その他の地域ではインターネット電話が繋がらない。世界メディアにはウルムチ以外にも目を向けて欲しい。

7月8日、生産者に銃を配り始めた。生産建設団は、中国人ウイグル人はいない。6日から7日に全員に銃を配った。町の中で銃を買う? なぜ民間人が銃を持つのか?軍しか持っていなかったのを。ウイグル人に発砲しないと保証できますか?

世界に向けて訴えたけど、アメリカなど西欧諸国は世界に強いメッセージを訴えなかった。「ジェノサイド(大虐殺)」とのメッセージを送ったのはトルコのみ。

ウイグル人は、世界に対する希望を失っています。これは、命だけを残したということは、堂々と死にたい世界にこの危険認識して欲しい。多くの中国人世界に間違ったメッセージを送っている。全世界が、この問題の重さを認識しないといけない。

ペマ・ギャルポ   (桐蔭横浜大学教授チベット人

いま、イリハムさんから世界に訴えたいのは「中国にやりたい放題のことをやらせてはいけない」ということ。世界の人が第二次世界大戦ホロコーストを悪と認識している。

ICJ、国際司法委員会は、60年代にチベットでの中国共産党の行為に、「大規模虐殺があった」と判決を下している。トルコ首相も、(それを)「大虐殺」と明言している。1989年3月、ラサで軍による弾圧があった。6月4日、天安門事件が起きた。軍が民衆に銃を向け弾圧した。こうしたことには世界が抗議をした。

中国チベットに対する先般の虐殺への抗議も、このところ下火となった。

そうした時に、ウルムチで大虐殺が起こった。イリハムさんが言うように1000人以上の人が犠牲になっている。チベットの先般の虐殺でも中国は20名と報道した。180数名の名前、性別、年齢まで報道されたにもかかわらず、世界世界第三位の経済大国からの情報をそのまま流した。

世界の人は、全ての人々を平等に扱うべき。白人であっても、黒人であっても、ユダヤ人であっても、チベットウイグルモンゴルの人であっても、命は命と普遍価値として等しく扱うできです。

中国経済制裁をするなどの強いメッセージを出して欲しい。

先程からイリハム氏が言っているように、世界の人々が無関心である限り同じ罪を犯している。この度、ウイグルの人と連帯し、世界人達に対して、このまま中国に対して何の咎めもなく許すなら、この世界から正義がなくなる。

私達が訴えている相手は、世界67億の良識です。世界に対して「自分たちの同胞である。自分家族子供達がそのようなことになったらどう思われますか」と訴えている。これから、このようなことが台湾に起こるかもしれない。チェックせずにほおっておいたら、この流れが広がる。米国大統領は、核の非拡散を訴えている。核は人間がつくり、人間破壊する。同陽に、いま、中国という国が人間の命を命とも思わない、嘘も100回言えば本当になるというようなことを許せば、正義のない社会がこの地球を包むことになると危惧している。そういう意味で、今日が、世界の人々の良識を覚醒する日としたい。

石平(評論家中国帰化日本人

元中国人の石平と申します。日本人になっていますが、漢民族です。今回の事件のこと、そしてこれまで60年、チベットウイグルなどへの侵略行為に対して、心よりお詫び申しあげたい。

私も当事者です。20年前、天安門で戦った。中国共産党政府が軍まで出して、学生を手当たり次第に殺していく。そのことに憤りを感じた。絶対に許してはいけない。

しかし、今回は、中国政府に対して、天安門の時のような国際社会の批判が聞こえてこない。理由は、中国共産党政府情報戦略にある。事実を隠し、違ったことを公表した。

ウイグル人が漢民族暴行したイメージを作った。目的の為には、手段を選ばない。

こうしたやり方は、欧米ではマフィア日本ではヤクザ中国では共産党のやり方だ。

最初から死の弾圧を加えた。

7月12日の朝日新聞の朝刊は、こう報道している。「でも最初は平穏だった」

住民の証言です。ウイグル人は、平和的にデモを行った。警察―と言っても中国日本と違って武装警察です―は、水平に銃撃をした。これは、虐殺。

朝日新聞は、中国を嫌いではない。それでもこう書いている。

有無を言わせず、警察が銃を発砲し、暴動となり、さらに軍が攻撃した。それが今回の粗筋であり、真実ではないかと思う。

中国共産党が残忍極まりない虐殺を行った。国際社会糾弾しなければならない。黙っていれば、中国共産党に「何をやってもいい」という間違ったシグナルを発することになる。

国際社会弱腰世界マイナスの影響を与える。かって、ヒトラーが何をやっても英仏は当初黙認していた。それが第二次世界大戦となってしまった。内部の弾圧にも、対外的な侵略、拡張政策に対しても、断固とした姿勢を示すことが世界平和を保つことに繋がる。世界政治学者に「あの時に、断固として対応していれば」と書かせるようなことがあってはならない。

【 質疑応答 】

質問者中国胡錦濤主席がG8から帰国した。一部には、昨日のデモなどでも中国共産党政府を崩壊させないと問題解決にならないとの見解もあったが石平氏はどのような見解か?

石平:中国共産党には、崩壊して欲しいが、すぐに崩壊することにはならない。

しかし昨年からの一連の事態の発生は中国共産党政府にとってたいへんな事態となっている。国内暴動も起きている。これらの全体の動きからすれば、チベットウイグル対処するよりも国内情勢に対応しなけらばならない。13億の漢民族だけでなくチベットウイグル土地も奪って中国としていることが時代錯誤で、彼らの妄想。故に、いずれ崩壊するが、そのプロセスでいろいろなことが起こると思う。中華帝国の崩壊は、これ以上いいことはない。その可能性は大きい。

朝日新聞:具体的にウイグルから声は届いているか?

イリハム:ウイグル地域で起こっていることは、インターネットでわかるようになった。

中国人の暴動で、あれだけの軍を派遣することはない。ウイグル人だと、あれだけの軍を派遣している。世界には、そのことに注目して欲しい。

いまは、もう信じているのはアラーの神だけ。

イスラム世界も信頼したが、彼らも何もしてくれなかった。自分国民を退避させるだけしかしなかった。アメリカヨーロッパからも強いメッセージは来なかった。

258万の生産建設団、50万の軍隊、こうした勢力が、ひとりが数人を殺せば、中国政府は800万のウイグル人は、すぐに全て抹殺できる。

私は、最後に、死ぬ時、何もできなかったとしても、「ウイグル万歳」とそう言って死にたい

統一日報ミゾグチ:(世界に訴えたいことは、という主旨の質問であったと思う)

イリハム:中国政府アラビア世界に対して、9・11以降、ウイグルなどを「テロリスト」「反政府主義者」というレッテル貼りに成功した。

もう、信じているのはアラーの神しかいない。金曜日礼拝は、一週間でイスラム教徒にとって一番大切な日。アラーの神の家に行ってお祈りを捧げる。この日、イスラム教徒は、懺悔する。そして家族の、国民の、民族のそして世界平和を祈る。

60人の(ウイグルの)女性男性が、BBC記者の目の前で、武装警察が殴って、紐で縛って連行された。でもアラブ世界は何のメッセージも発信してくれなかった。

これでは、BBC記者の前で、(ウイグル人は)殺せると思います。なぜなら、それを世界が批判しないから。世界からのメッセージがないから。

イスラム教徒である前に、我々は人間なんです。私の声を、イスラム世界に聞いて欲しいです。

ペマ: イリハムさんの気持ちはよくわかります。でも中国共産党は、チベットウイグル人が、中国挑発に乗ってくることを待っている。

中国共産党の崩壊の前に、殺されてしまうのではないか、同化されてしまうのではないか、この危機感はよくわかります。しかし、この度のことは、長い間起こっていたことのひとつの局面に過ぎない。

観光アトラクションとして行え」というような民族挑発するような事を、中国共産党はやってきて、多くの人が衝動的に、私の故郷でも「ダライラマ万歳」と叫んで捕まり、家宅捜査をされたりしている。そこに私の家族写真などが出てきて、「外と繋がりがある」と監視をされたりしている。軍が、そのように押さえつけているのです。イメージ戦略がある。チベット人ウイグル人が暴動を起こしているのだというイメージを作りたいのです。でも現実は、チベット人モンゴル人、ウイグル人が中国に入っていってるのではない。中国人が入ってきているのです。チベット自治区の総督の言葉で、我々ははっきりと認識をしたのです。何と言ったか。中国人に「家に帰りなさい。敵は、私達が対処する」そう言ったのです。我々がどのように扱われているのかが、ハッキリと分かりました。

チベット青年会議テロリストだ」と、そういうレッテル貼りをしている。

ですから、(国際社会の)報道は、ウラを取って欲しい。

私達は、神様への希望を持っている。それしかない。同時に世界の良識にも希望を持っている。その世界の良識に我々は訴えたいのです。

2009-03-02

親が早く死んでくれれば…と不謹慎にも思ってしまうことがある

子供の頃から成人になるまでぐらいかな.

生活や日常の中で少しは何かを楽しいと思えていた.

その間もそうだったが,その後それらが次第に減っていった.

一応就職したが,それも一年で辞め,今はフリーター 5年目.

月収は 20万と贅沢しない生活に慣れている自分にとっては

一人暮らしには十分過ぎる金額.使う時間がないぐらいだ.

平日休みであり,おそらく正社員会社勤めしているだろう

学生の頃の数少ない友達や,前の会社で仲の良かった上司とも

何年も連絡を取っておらず,孤独を好むようになってきている.

今更,誰かと関わったり,何かを背負って生きたくないと.

ところが,最近,すぐ近くにある実家に住んでいる

55歳ぐらい(実は両親の年齢というか誕生日が何年か知らない)

の父親の勤める会社仕事がなくなってきたらしい.

製造業だから,昨今,巷を騒がせている事情によるものだろう.

ここで悩みや不安を抱えてしまった.

仮に父親が職を失ったとしたら,父親と他の家族を養っていけるか.

家族構成はパート母親と同じくパートの姉(二人合わせて月収 15万)

実家は持ち家でローンの返済が済んでいるのかは知らない.

親自身も仕事減るまでは,割と高級車買ったり(私には考えられない)

贅沢していたから,それなりに蓄えはあるのだろうから実家に戻れば,

家族全員の当面の生活費ぐらいは皆の金を出し合えば補えるだろう.

だから悩みを抱えているのは,あくまで個人的な事情わがまま)と

言ってもいいかもしれない.そもそも私が実家が近くにあるにも関わらず,

実家を出て一人暮らしをしている理由は,できれば親に頼りたくない.

というものあるけれど,きっかけは姉にお金勝手に持ち出されたことが

あったからだ,その金が何に変わったか追求したら,エステだったようだ.

今でもろくに家にお金も入れず,家事もせず,エステ通いしているらしい.

仕事から帰れば,親が用意している夕食を愚痴をこぼしながら食べ,

ほとんど片付けもせず,自室で寝るまでごろごろしているような人だ.

私はフリーターなりに,人の手は借りず,

(こう言うのもおこがましいかもしれないが)自立しているつもり.

楽しみなど殆どなく,満足もないが,特別これといって不満もない.

(いつまで今の仕事を続けられるかという不安はあるが,しばらくは

続けられそうだし,今辞めてもこの就職難では仕事などないだろう)

それを今更,親の為とはいえ実家に帰らなければならないのだろうか?

帰れば毎日のように姉の愚痴や他愛もない口喧嘩を聞かなければならない.

元々騒々しいのが嫌いで,仕事疲れて帰って,そんなもの聞きたくないし,

TV から聞こえるくだらないバラエティ番組とかの笑い声とかも癪に障る.

騒がしいのは仕事場とか家の外だけで十分だ.静かに本を読ましてくれ…

一人ではないから仕方ないけれど夕食や風呂時間を強制されるし,

寝る時間をまるで子どもの様に干渉される.

今この匿名ダイアリー書いてるこの時間ネットもできない.

家を出たから既に自分の部屋がなく,ネットができないという理由から.

今は楽しみと言う程のものなど何もないけれど,

ただ一人で静かに読書ネットして物思いに耽るだけで不満はない.

両親を養う義務感から全て捨ててしまわなければならないのだろうか?

お金仕送りすれば済む問題だろうか?親もじきに老後世代に突入するだろう.

年金かけてきたとはいえ,貰えるかどうかは分からないし,

貰えたとしても,ずっと健康でいられるとは限らないだろう.

どちらにしても人の手を借りなければ生活できなくなる時が来るだろう.

私は誰かの手を借りなければ生きられないのならば死んだ方がましと

今は思っているが,何十年も経ったらどう考えているか分からない.

誰だって人の手を煩わせずに暮らせるならその方がいいに決まっているし,

親だってそう望んでいるだろう.親が望んでいようと望んでいまいと,

必要に迫られれば手を貸してあげるのが,当然だと思っている(傲慢に聞こえるのか)

ただ,そういう義務感と今のような波風立たない静かな生活の狭間にいると,

基本何も背負って生きたくないと思っていることもあって,

表題に書いてあるようなことを考えてしまうことがある.

あと,私の望んでいるはずの孤独に潰されそうになって死にたいと思ったときにも.

死んだ後のことなどどうでもいいと思っているくせに,親を悲しませてはいけない,

親より先に逝ってはいけないという義務感からできない(し,する度胸もないけれど)

そういう悩みや不安の種を全て棄ててしまいたい時にそう考えてしまうようだ.

2008-09-29

何もない生活がしたい

テレビのない生活7年。

ラジオを聞かなくなって3年。

家に帰ればひたすら静かな生活で,逆に静かでないとイライラしてしまうようになってきた。

今度引っ越すんだけれど,この際だから物をさっぱり捨ててしまおうかなどと思ってる。がらんとした部屋がいい。静かでいい。

とりあえず必要なものは

あと衣類・タオル類・トイレ風呂用品・調理器具くらいか。

服なんかも可能な限り処分したいなぁ。

クーラーもあんまり使いたくないんだよね。

なんかものって置いてるだけでうるさいよね。なんか主張してる気がする。

追記:やっぱ冷蔵庫はないと困るわ。洗濯機扇風機いらないな。コインランドリーがあるとこに住めばいいわけだし。

え?当方二十代前半女です。ストイックなのかなぁ。

2007-10-06

音から逃げる

五十万トンのマンモスタンカーだって、瞼を閉じるだけで消してしまえるが、一匹の蚊の羽音からはなかなか逃げ切れない。

安部公房「密会」より

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071005it01.htm

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071005it01.htm

このブックマークコメント欄を読んでいてとても不安になったので、ちょっと書きます。

なにが不安なのか?

音にまつわることに関して、良いとか悪い以前に問題ですらない、そんなことを問題にするのは異常だと一部で思われていそうなことが不安。

ちょっとオーバーに書くとこんな所だろうか。

「なにが悪いの?」

「こんなことで文句いうなんて頭おかしいんじゃないの?」

「神経質。きちがい。」

子供たちがせっかく楽しく遊んでいるのにその音が良いとか悪いとか問うこと自体が異常。」

「がまんしろバカ。」

「出て行け!引っ越せ!!」

ぼくはこの新聞記事を読んで正直言ってとてもホッとした。

数年前、呉智英氏が防災無線から流れる音楽によって、静かな生活を送る権利を侵害されたと地元自治体に放送の差し止めを求めた訴訟を起こしたのだが、

あっさり敗訴してしまった。

予想された判決とはいえ、その事があってから、もうこの日本で少しでも静かな生活を求めるのは不可能に近い事だと思い知ったからだ。

防災無線から流れる音楽というのは、毎日夕方になるとドボルザークの曲(遠き山に日は落ちて)を大音響電子音で流す例のあれだ。

おそらく日本中のあちこちで曲目こそ違えど、同じことが起こっているだろう。

この音楽子供たちの安全のために帰宅時間を知らせる大切な役割を担っているそうである。

そう「子供たちのため」だ。

子供たちのため」「防災のため」と言われれば誰だってとても反対しにくい。

言う方は善い事をしているつもりなのでまさか自分の正義を疑われるなど許される事ではない。

だが、ある人にとって心地よい音楽が、大きな音量だと他人にとって騒音になるのと同様、子供たちのかわいい歓声も度を超せば当然騒音になりうる。

冷静に考えれば、場合によっては子供たちの歓声も音の暴力となりうるという事は、それほど理解が得られにくいという事は無いだろう。

(もちろんこの記事のケースが本当に耐えられないほどの騒音であったかどうかは現場を知る人にしか分からない事なのだが。)

音の問題と子供の問題は切り離そう

しかし実は「子供のため」という事と「音」の問題は、切り離して考えなければいけないだろう。

もはやこの東京では不可能に近い、青臭い理想論で申し訳ないが、やはり子供たちの遊び場の確保はきちんとした都市計画によって解決するべきで、

子供たちの遊び場を守る事、と、近隣住民の静かな生活を守る事は、本来両立できるように努力するべき事だからだ。

ましてや防災無線ドボルザークなど、呉氏の件でも指摘されていたように子供たちが遅くまで塾に通う昨今にあってはなんの意味も無いし、

情操教育上、悪影響すら与えかねないだろう。

では「音」に関して。

ある音に対してそれがうるさいと思うかどうかを論じるのは難しい。

同じ音でも人によって感じ方が違うのは当然であるし、場合によっては同じ人物でも状況によっては全く同じ音が快にも不快にもなってしまうものだからだ。

しかも、ともすれば

「おれは貴様田舎者と違って音に対して敏感なんだよ。もっと気を使えよこのアホ愚民ども。」

へぇへぇ、どうせあっしらは音に対して鈍感ですよ。ご立派なこったい。そんな気になるんなら、あんた様ここから出ていっちゃどうだい?」

などという不毛なやり取りになってしまいかねず、らちがあかない。

ではそんな面倒な事そもそも話題にするなよ、なぜことさら取り上げなきゃいけないのか、というとひとえに「音からは逃げられない」からだ。

冒頭の引用の通りである。

耳栓をすれば、防音工事をすればという意見もあるだろう。

耳栓緊急避難としてはもってこいかもしれない。しかし常時耳に詰め物をするのはつらいだろうし、強力な耳栓だと必要な音も聞こえなくなってしまう。

ちゃんとした効果のある防音工事というのはとても費用がかかり、おいそれとできるものではない。(それでも深刻な場合は考えるべきだろうが。)

このような消極的な対策よりは、何か音を発する前に、その音が本当に必要なのかどうかをまず良く考える事が大切ではないだろうか。

「悪意の無い音の暴力

音を鳴らすか鳴らさないかどちらか選択肢がある場合に、迷わず音を鳴らす方を、少なくとも今の日本では選択しがちなのではないか。

などなど

これらの音は多数の人にとって騒音と認められる。対策をとれるかとれないかは別として、苦情申し立てをしても不審がられる事は無いだろう。

ほとんどが個人の力では解決不可能な問題であり、自治体など全体で取り組まなければ解決しない問題だ。

これらの音は相手が善意で行っている「悪意の無い音の暴力」。

これらの音を本当に発する必要があるのかどうか、ぼくたちは個人個人もっと真剣に考えなければいけないのではないだろうか。

サウンド・スケープとサウンド・エデュケーション

さて、問題提起ばかりグチグチしていても仕方が無い。

ほんの少しでも音に注意を払うようになるにはどうすれば良いだろうか。

マリー・シェーファーというカナダ音楽家がいる。

彼はランドスケープ風景)に対して「サウンド・スケープ(音の風景)」という概念を提唱している。

これは我々をとりまく音の環境を、景観問題などと同じくきちんと観察、考察し、デザインしていこうというものだ。

彼は子供音楽教育についての著書もあって、その中にこのようなゲームがある。

「しばらくの間、静かに目を閉じ、周りの音を聴く、そして聴こえた音を紙に書き出す。書いたものを友達と見せ合いっこする。」

とてもシンプルゲームだが、周りの音に注意を向ける訓練にはもってこいだと思う。

例えば電車を待っている間、仕事の合間にできた手持ち無沙汰なちょっとした空き時間などにこのゲームを試してみよう。

もちろん一人でやっていいし、紙に書き出さなくてもいろいろな音が聴こえる事を確認するだけでもいいと思う。

子供さんのいる方はぜひ一緒にやってみてほしい。

そのうちそんなに意識しなくてもふっと周りの音を聴く習慣ができればしめたものだ。

こんな事で騒音問題は解決するわけないが、少しでも音に対して注意深くなるためには、まず身の周りの音を聴く事から始めるしかないだろう。

音があふれまくってるよ日本

コメント欄

10年後に日本はどんな国?って聞かれたら「音のない国」と言われそうだ

というコメントがあったが、安心していいと思う。この音のあふれかえる日本が静かになることなど、少なくとも近い将来絶対にないだろう。

このコメントを書いた方はとても静かな場所に住んでおられるのだろうか。皮肉などではなく素直に本当にうらやましいと思う。

ぼくは科学博物館に行くのが好きなのだが、先日まで行われていた「インカ・マヤアステカ」展では展示に合わせて効果音民族音楽の類が館内に流されていた。

どれもとってつけたような音や音楽で、展示物に比較して余りに稚拙効果音BGMには苦笑するしかなかった。このような乱暴な音の演出は今回の展示に限った事ではない。

もちろんその音が稚拙だと感じたのは僕の主観にすぎない。

だが国立のこのような施設でも音に対しての感覚は田舎のひどい観光地と基本的に変わらないのではないかと思う。

美術館でもこのようなひどい例がある。

http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/gallery/1051714554/967-

通常、静かにすべきと言っても不審がられないであろう美術館博物館ですら、このように音であふれている。

その音が本当に必要かどうか、もし必要無かったら出さない努力をどうかお願いできないか。減らす努力はできないか。

繰り返しになるが、音からは容易に逃げられないのだ。

さてキモい新聞社説を下手糞にしたような文章を長々と書いて申し訳ない。なんだかとりとめのない内容になってしまった。

これを読んでくれた方が、もしほんの少しでも今まで気にしていなかった音を気にしてくれるようになったら、ぼくはとてもうれしいです。

そして今、悪意の無い音の暴力に苦しんでいる人へ。

「あきらめろ。この問題は絶対解決なんかしない。文句があるならとっとと日本から出ていけ!!」

2007-07-18

http://anond.hatelabo.jp/20070718222351

> 一日15時間ちかく寝て過ごしていた。

同じくほとんど寝てた。

> 排泄したくなったらトイレに立ち、

排泄回数が極端にすくなかった。精神活動とともに肉体も停止した感じ。

冬眠状態。

10キロ痩せた。

# そして、その後自分は躁転双極性障害orz

# 薬でどちらにも転ばないように静かな生活を心がけている。

# こんなところに書き込むのもちょっと躁気味かも。

 
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