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はてなキーワード: このラノとは

2019-05-14

anond:20190511225025

2行目でもう無理

無能という名のサラブレッドとして現代社会の悲しき烙印を押された」ってセリフ、どこのラノベで覚えたの

2019-03-17

anond:20190316135724

非常にざっくりしたこと言えば、アニメ化か、このラノベが凄いに引っかかったことのある作品読んどけばまあまず大きな外れはない。

2019-02-28

出版業界最近について現役編集者より

平林氏のnoteを読んで、思うところあったので。

彼のような発信力のある人がそんなこと言ったら、批判されるだけで何にもならないじゃん、という愚痴である

著者が言うのは仕方ないかなとも思うけど、編集者立場で言うのはナシだ。

まとめサイトとかで吹き上がれば外圧になる?ならないよ、版元の偉いさんの鈍感力舐めんなよ!

当方30代の現役編集者

転職歴2回、過去営業雑誌編集文芸編集経験あり。

直近は男性向けラノベ。数年やって、最近現場を離れた。メディア化、中ヒットくらいまでは経験がある。

いまやっていることまでは黙っておく。

電子化について

電子売上を逐一見れないというのはウソである。いや、平林氏は見れなかったのが本当ならウソというと語弊があるが。

Amazonはじめ、情報は取ればいくらでも手に入る(買うことも多い)。自分は週ごとくらいには電子売上を見ていた。

ではなぜ売上が見れないなどと平林氏ほどの人が言うかというと、会社によっては買ってなかったり、営業しか見られなかったりするからだろう、という問題の他に、

電子売上が見られても大した働きかけができない、というのがある。

マンガ経験はないのでわからない(たぶんもっと多い)が、

ライトノベルで言えば、紙の書籍の売上数の1020%くらいが電子書籍で売れている(モノにもよるがだいたいそんなに変わらない。売れたものでも売れなかったものでも似たような数字になる)。

10000部売れている本なら、それプラス1000~2000部の電子売上がある、と考えてだいたいよい。

そしてその2000部があったとしても、続刊判断とか重版判断材料にはなかなかしにくい。というか、電子利益は加味した状態で採算をとっている続刊判断なのだ

この売上比率50%を超えるくらいの外れ値をだしたら流石に考慮するに値するだろう、営業バカじゃないので。だがそんな数字にお目にかかったことはない。

あと、紙の書籍は取次に納品すれば現金になるのでそこからイラストデザインDTP校正とかの固定費を払うのだが、電子書籍は売り上げるまで版元に金が入らないので、固定費を捻出する別の財源が必要になり、それが中小だとそれがなかなか苦しく、紙である程度刷れない作品を出すのは難しくなる。

※実際いちいち取次と現金のやり取りをしているわけではない。念のため。

この辺、業界的になんとかならんかったんかと現場としては思うが、木っ端編集者としては何もできないので置かれた場所でやりくりするしかない。

紙で委託販売を維持するなら、電子書籍の納品でミニマムギャランティーとるとか?市場が死にそう。

委託販売がもう無理なんだろうな、とは思っている。取次の流通能力もかなり落ちていて、システムが崩れていく最中だというのは感じる。書店も体力ないし、その書店ならでは施策が上がってくることがどんどん減っている。

電子を毛嫌いする編集者とかもまだまだいるけど、全体の流れとしては、現場では電子軽視の雰囲気はなくなってきている。確実に利益になるし、個人的には紙の客を奪っているとも思わない。

ただ、印刷費がないか利益が増えるんでしょ、というほど簡単な話でもない。AppleGoogleだと3割ぶっこ抜かれるし、Amazonも条件きついし。

電子書店用のプロモーション方法確立されていないのも難しい。やっぱり欲しいものピンポイント検索して買うことが多くて、書店店頭ざっと見るような買い方とは違ってしまう。でも頑張らねばならぬ。

平林氏は星海社から音羽基準の話かもしれない。音羽みたいにクソデカ規模になると、ランキングとかも追いきれないのかもしれないね普通に仕組みの開発を怠っていただけだと思うけど。

自分は、作った本のアマランくらいは追っていたし、会社でもデータとっていた。だいたい悲しくなるから見たくないけどね、仕事から

初速の話

初速が大事からすぐ買ってください、とか言いたくない。

お客さんに不便を押し付けいるから。下品だと思うし。

から平林氏もそういうこと言うのか……という(勝手な)失望があり、見る人がいるのかわからない無駄に長いこんな文を書いている。

ただ実際問題、初速が出なかった商品がその後売れるようになるかというと、少なくともライトノベルにおいてはほぼありえない。

いまの出版システムが、どんどん新刊をつくって納品して、書店の棚を回転させ続けるというかたちで成り立っているので、1ヶ月も新刊書店に置いてあることが稀なのだ

都心書店を見ていると棚が充実しているのでわからないが、地方の中規模郊外店なんかだと顕著だと思う。

特に回転が早いのがマンガライトノベルの棚で、もう新刊点数が多すぎる。一般文芸文庫なんかはもうしばらく残るので、それなりにジワ売れもしたりする。

ラノベで初速が出なかった場合、あとから売れる例外は「このラノ」1位をとるくらいだろう。そういう意味では『錆喰いビスコ』は羨ましい。売上ランキングからはわからない埋もれた面白い作品を取り上げるという、「このラノ」のもともとの趣旨にもあってるしね。俺の編集した作品のほうが面白いと思ってるけど!

あとはマツコ・デラックスが取り上げるとか?そういう外部要因がないと難しい。

アニメ化でもない限り、新刊タイミングが最も耳目を集めやすく、書店もそうでなければ置いてくれない。

紙で初動出なかったけど、電子書籍はめちゃめちゃ売れてます!というケースも寡聞にして聞いたことがない。少なくともライトノベルでは。

マンガは識者も多いし、映像化もじゃかすかあるから、埋もれた名作があとから売れることもあるかもしれない。ジワ売れもたぶんラノベよりはあるだろう。

初速が出なくても、そういうのを待って考えれば?と言いたくなることもあるかもしれない。ただかなりのレアケース、宝くじみたいなレベルだと思う。

版元に好意的解釈すると、作家人生を考えたときに、売れなかった作品を売れるまで待つくらいなら、次の作品で売れることに賭けた方がいいよね、という話だと言えると思う。

特にマンガ兼業でやるのが難しいし、並行連載ができる人も限られた一握りの筆の早い人だけだから、諦めて次にいく、という判断を早めにするべきだということなのではないか

会社員の編集者は既刊が売れるまで待ったりそればっかり宣伝していても上司に怒られるだけで給料はもらえるが、その間、作家にはお金をあげられないわけで。

版元の本音を言えば、売れない作品にかかずらってないで別のやればいいじゃん、ということになる。これはまあ商売からある程度仕方ないよな、と自分で納得するしかない。せめて続きが出ないときには、そう読者に言ってあげるのが誠実なんだろうな。

他の作品で売れたときに、過去作の続きを書かせてあげるご褒美システム的なもの電撃文庫などでやっていたけど、過去作の方の続きは結局売れないんだよね。

問題意識はあるのだが、目の前の本を作って飯を喰うので精一杯、業界的に旗振れるような立場があるわけでなし、独創的なアイディアがあるわけでなし……

無力感を覚えるので、業界構造について考えるのはしばらく前にやめてしまった。

一通り書いた結果、結局ユーザーに甘えていることを言い訳しているだけになってしまった気がする。

ただ初速で、というのを変えるのは難しいよなあ……。たとえば新発売のお菓子だって、初動の売上悪かったら生産量落とすと思うし。

ライトノベル市場は伸びている?

統計ではラノベ市場が伸びていると言われることがあるが、数字上の話であり、実感としては縮小している。

点数・金額が増えているのは、いわゆるなろうモノをやるレーベルが増えており、合算しているから。

文庫市場は小さくなっている。特に新作を伸ばすのがめちゃくちゃ難しい。

B6四六判市場も飽和しており、1作品あたりの売れ部数は少なくなっている。というか、読者の絶対数が少ないのに参入障壁が低いからってわらわらと各社レーベル作りすぎである

ここ2年で四六判に参入したレーベルでマトモに売っているところはないので、もしなろう作家がいたら、悪いこと言わないから新しいところはやめておけ。

eb、カドカワBOOKSGAHJ、MFBあたりを狙いたい。アーススターGCとOVLもそこそこ。レジェンドマッグガーデン、ツギクル、ドラゴンノベルス、サーガフォレスト、BK、プライムノベルス、Kラノベブックス、ガガガブックス、Dノベル宝島社、ディヴァースノベルには自分が著者だったら渡さない(個人見解です)。電撃の新文芸アカンっぽい。というか四六判レーベルいね……

他社のレーベルは早く潰れればいいと思っていたし、なんなら自分のいたレーベルラノベ市場のことを考えたらやめるべきであった。会社員だから無理だけど。低クオリティのものが量産され過ぎている。

なろうはクオリティを低く妥協しようと思えばいくらでも妥協できるので……

ダウンロード違法化とか

大手のやることはもうわからん

現場としては何言ってんだだが、音羽一橋飯田橋の偉いさんには届かない。

思えば漫画村からブロッキングの時点で現場は「はぁ……?(呆れ)」みたいな感じである

長くなったし疲れた

思いついたらまた書く。

結局何が書きたかたかというと愚痴なのだが、冒頭にも書いた通り、ネガティブ業界問題をお客さんに押し付け宣伝はしてほしくない。俺は怒っている。

みんなが不快気持ちになって、よく知らない人には「出版ってこんなに駄目なのね」って思われて、従来のファンは「業界進歩しないのね」って思われて、そのうち愛想つかされる。

もっとポジティブに、面白い!すごい!神!って言って楽しい気持ち作品をひろめていこうと思っているし、みんなそうあってほしいです。

追記

朝見たらなんか伸びてるやん!たくさん書いた甲斐があった。

通勤中にちょっと追記

>昔は電子0%だった~

一理ある。でも同時に各作品の刷り部数も売れ部数もどんどん下がっているから、そして全体のコストは下がらない(たぶんほぼ人件費なのでそこまで上がってないとは思うけど)から、そこの穴埋めに充てちゃってる現状だと思う。

特に一部大手編集者コストが高すぎるとは思っている。給料も高けりゃ経費も使いすぎ。まだ90年代の頭してる。

電子取次の契約をいじればどうとでもなる

ほんとうにござるか

ミニマムギャランティとかを仮に導入したとして、マンガラノベビジネス書ベストセラーエロ以外の電子書籍死ぬと思う。

マジで売れてないので、電子書店が入れたがらなくなってしまう。

返品同様、売れなかった電子書籍に対しては版元がお金返すとか?

リアル書店の仕組みとして良し悪し両面あるものの、返品できるから気楽に店頭に並べられるというのはあると思う。出版文化多様性寄与している。

電子営業やったことないし肌感覚が足りないので、あまりからないことにこれ以上言及するのはやめておく。

>小さな差違を分析するとかに期待

これも一理ある。俺も期待している(誰か、もしくは未来の俺に)。

データに強い人、分析ができる人というのを版元は重視してこなかったから、そういうプレイヤー業界にいない。

個人では皆ちょっと勉強してるけど、なかなかね…

たとえばそこの売上5%の差違を分析する間に、『SLAM DUNK』の復刻版がめちゃめちゃ売れるわけだから、そっちの仕事した方が儲かるし高い評価なっちゃう。

経営層にもうちょい踏み込ませないと、というのは内部的な話なのでもっと頑張りたいところですね。



追記(2/28 18:15)

バズった!初めて増田書いたし普段はてブホッテントリみるだけだったから、不思議な気分。仕事するふりして更新ちゃう

みんな出版業界の話好きね。こういう関心持ってもらえるうちが華だから……

レーベルの話とか筆が走ってぶっちゃけて書きすぎたし、違法ダウンロードの話は要らんね。いま編集者立場発言するなら触れとこうかと思ってしまったけど。

文庫四六判は別で考えてるし、人によって版元や編集者の良い悪いの条件は変わるから、話半分程度で。

基本的に、やったことのある範囲の話しか知らないし、大きくズレてはいないと思うけど他社の話はまた違うと思うので、絶対じゃないよ。

文章うまい、下手

読んでくれてありがとう

下手、読みにくいと思った人は、良かったら具体的にどこが読みにくいか教えてほしい。参考にする。

自分の書いた文章なので、読みにくさをなかなか感じにくいのです。

平林氏への言及について

平林氏は若くてめちゃくちゃすごい有能な編集者で、ベストセラーたくさん出してる。マジですごい人。担当作もだいたい買ってる。

でも電子売上が見れないとかの主語無駄にでかくて嫌で、初週売上とかでお客さんを脅迫するような言説も嫌で、星海社社長と直接話ができるような立場にいた人が、手詰まり必死作家と同じような宣伝をするのに勝手に悲しくなって、勢いで書いた文章なので、触れざるを得ない。

ここ読みにくいね

編集者ではなく作家に近い立場になったので、言いたくなる気持ちはわかるけど。

実名でやれって一蹴されたのも、そりゃそうだと思います。向こうは顔出してるんだから

でも実名でこれ書いたり議論したりして、俺の担当作品が売れるようにはならないからね。

>お前ら内輪の事情なんぞ知らん、的な

その通りだと思う!

からそういう暗くなること言って宣伝するのやめたいねっていうのが本義。余計なこと書きすぎた。

あと、電子でも紙でも好きな方で買ってください。売れればOKちゃん数字は見てる。

そして読んで、面白かったら「面白かった」ってツイートしたり知り合いに薦めたりしてほしい。

そういう正のスパイラルが好きだし、口コミも信じている。

KADOKAWAブックウォーカー優先も終わって、大手ラノベレーベルはどこも紙と電子同発になったんじゃないかな。そもそも配信してないところを除いて。

業界のことは俺たちプレイヤーが考える問題本来お客さんに押し付けものじゃない。

ももし外から新しいことを考えられる人が来てくれるのなら、歓迎したい。そういう意味で、いま感じている実状を書いたので、提言してくれるのはすごく嬉しい。

なんで諦めてるんだ、偉い人はなにやってるんだってトラバにあるけど、結局頭が切り替わらないと無理なんだと思う。

古い体制にしがみつく編集者にはなりなくないから、自社内でチマチマ動くことや、社外でも同世代意識を共有することは少しずつ。

自社だけ動いても意味がなく、せーのでみんなで変わらないといけないことだと思うので、大手を説得できるようになりたい。材料能力も足りない。

まあ全部愚痴から。でもまた頑張ろうって思った。気が向いたらラノベ買ってくれよな!

2019-01-23

anond:20190123163748

このラノしろ本山らのにしろ積極的ラノベ情報を追っているオタクにとっては常識レベル存在だし、ラノベ系のまとめサイトなんてまとレーベルくらいしか無いのも知ってるはずだから元増田やらおんとかが時々ラノベ話題を扱うのを指してるのか?)、つまるところ送り出す側のアピールが足りないんじゃなくて、受け取る側が興味ないのが最大の原因なんだよな。

2018-12-09

anond:20181209122245

えっ女性主人公異世界転生読んでからいいなさいよ

このラノベがすごい」去年と今年の1位は女性異世界転生ものだぞ

2018-11-17

[]錆喰いビスコ

錆喰いビスコを読んだ。すごい、このラノベ。大盛のカツ丼を、無理やり食べきった後みたいな読書感が得られる。それがいい。

文章は軽妙で、表現も端的。展開に至ってはものすごく速くて、山場しかないもんだから、全体的に胸焼けするような濃さがある。

好きなものを詰め込んで、なおかつ読みやすさを確保してあるから余計にそう感じたのかもしれない。

デストピア的な世界観はもちろん、いろいろなものから影響を受けたであろうパロディの数々を見つける楽しさもあるかも。あん世界でどうやってビスコ作ってんだよって思ったけど、稼働してる工場があるんだろうなあ。

キャラも分かりやすくてぶれないのがよかった。詳しくは描かれないけど、きっとこんな理由で行動してるんだろうなって想像できるのもいい。

でも、一番すごいなあって思ったのが最初挿絵だった。あの一枚絵は本当にすごい。

前文までの展開と絵の内容がどんぴしゃりではまっていて、なおかつそこでタイトルコールを行うような演出がされているもんだから、一気に引き込まれた。没入感が凄まじい。

物語としては、最終部で終わりそうで終わらない展開が続いたため、まだやんのかよってちょっと嫌気がさしたけれど、全体的にはちゃめちゃかつ高品質エンターテインメントになってたと思う。

ラブコメやうじうじ展開がない、ド直球の冒険譚が読みたい人におすすめです。

2018-11-15

神は細部に宿る

とるに足らない冊数が並ぶ、本屋ラノベ

ある時このラノベが人道に背くと言う男が現れた

人は彼のことをただの狂人だの何だのと罵った

しかし人々は知らなかった

彼が神であることを

彼はホロコースト南京大虐殺原爆投下をも超越的に眺め、普遍性の有無を民草に伝える神だったのだ

2018-09-27

anond:20180927132331

単純にあなた論理的議論するのが面倒くさいんだよ。

批判排除レベルの違いも分かってなさそうだし、

LGBTに対する差別実態新潮45に書かれたことに対する言及とか

説明しなきゃいけないことが大量にありすぎる。

このラノベの話にLGBT繋げるやつは、

論理的に詰めまくったら、最終的にLGBTに対して

あいつらいっつも文句ばっかり言ってくんスよ」といじめっ子みたいなこと言い出すだけなのを散々みたし、

そいつらと、あなた同じこと言ってて、おれ、もうあなたみたいなパターン論理展開、知ってて、あなたの話興味ない。

からつまんないんだよ。あと1週間早く出会ってたら、わたしたち何か違ってたかもね。

2018-08-10

勝手に褒め称える賞がもっとあってもいいと思う

ノーベル賞みたいなの

今は権威化してるけど、もっと気軽に

あとお金とかなくてもいいから、もっとパッション

 

このラノかいいよね

2018-08-01

ジャンル形成

ジャンル形成される場合にまず必要なのが意志である

そのジャンル足らしめようとする意志である

ここではそれぞれのジャンル本質的意味においての差異を持っているかを論じることはしない

ジャンル形成過程とそれにおいて生まれる状況というのを語ってみたい

まず第一にある一定の傾向を持つと認識される作品群が意識されそれを求めるもの、好むもの達が生じる

ここに需要が生じ供給が生まれるこの時点でこのジャンル過去に対してのそのジャンル類型の再発見ではなく二次的にジャンルのものを扱ったを作品を創出するという過程に至る

またそのジャンルという認識確立が様々な媒体社会に間接的に直接的に影響を与え、様々な領域へと拡散、浸透していくこうしてそのジャンル一定数以上の知名度を得、また一定以上領域拡散するとそこに社会文脈が生まれ

そしてそのジャンルに対しての評価が下される

このジャンルに対しての評価に大きな役割を担うのは二次的にジャンルのものを扱い創出された作品であると考えられる

それらがそのジャンル体現した存在と見られるから

そしてこの時にくだされた評価によりそのジャンル肯定する意志否定する意志が生まれ

この辺りからそのジャンルに対しての本格的な定義付け議論が生まれ

容認される領域容認されない領域の間で少しずつそのジャンル存在可能範囲が確定するようになる

少しこの部分について実例を交えて説明してみよう


例えばラノベというジャンルがあるがこれは軽薄であまり稚拙であるという評価から様々な分野から攻撃を受けており

最も厳密と思える定義の仕方で言えばレーベルという出版社から出版されているもの極めて限定的範囲に押し込められる結果となっている

それどころかラノベ小説文学にさえ含まれないと言った論調すら生まれている

このラノベに対する定義付けは一定解決を見るには至っていないそれは私見ではあるがその共通項がラノベが持つ構造により見出されたものではなく読み手側の持つ感覚により見出されたものからだと思う


次に純文学を見てみよう

こちらに対してはあまり詳しく知らないため多くを語ることはできないが語ってみる

純文学拡散を自ずのうちにやめてしまったように思える

ジャンル差別化を図り自らを自らの内に神格化したように感じる

その結果、彼らは過去に縛られ新しい作品を作る術を失ったようだ


次に私の好きなSF

SFは当初、低俗大衆文学であるとされていたようだが現在地位が向上し特に否定されるような作品ではなくなった

最近ではSF作品自体の勢いは衰えているように感じるがこれは人類に対して未知の部分の多くが失われたからだろうか?

まあ何にせよこのような全盛に比べれば少し停滞気味の状況とSFの持つ2つの特性から面白い状況が生まれ

1つ目の特性は極めてその定義けが難しいこと2つ目の特性は多くの作品に対してSF要素を見つけやすいということだ

こうしてSFを広めたいもの商業的にSFを盛り上がらさなければいけない者達は多くの他ジャンル作品群にSF的要素を見出しこれをSFだと吹聴して回るのだ例えばガルパンまどか☆マギカなどがそれに当たる私としてはアイロニーを感じてとても良いと思うが

ハードSFこそがSFだと標榜する輩にとっては不快のようだ


話を戻そうこういった様々な場所や形においてそのジャンル肯定しようとする意志とそのジャンル否定しようとする意志が衝突する

先ほどの例でも見たようにこの肯定否定には様々なレベルベクトル存在する

こうした中で生まれてくる本格的定義議論とその様々な結論によって更にこれらのジャンルは影響を受けそのジャンル本質とされる部分がクローズアップされその点が更に深められた作品群が生まれ

このような過程においてはレーベルから出版されたものラノベであるという解釈は単に便宜上そのように定めた事実を表すに過ぎず意味を持たない

この時にその作品群は本質的とされる意味の深化とともに無駄な要素が削ぎ落とされる、この過程を繰り返し最終的にそのジャンルは別の分野やジャンル侵犯する能力を失う

有り難いことにSFはこの過程が未だ生じておらず縦横無尽傍若無人にに他人の畑を荒らすことが出来るのだ

このような過程を経てジャンル一定の恒常状態に入る

この後は内的思索が主たる課題となりこの地点からの逸脱は亜型と処理される

そしてそのジャンルから失われた何にか、新しい何かを望むものはまた新しいジャンルを見出す旅に出なければならない

2018-03-17

上遠野浩平オタが非オタ彼女上遠野世界を軽く紹介するための10

まあ、どのくらいの数の上遠野オタがそういう彼女をゲットできるかは別にして、

世界の敵ではまったくないんだが、しか自分のMPLS能力肯定的に黙認してくれて、その上で全く知らない統和機構世界とはなんなのか、ちょっとだけ好奇心持ってる」

ような、スキャッターブレインの都合のいい妄想の中に出てきそうな彼女に、上遠野のことを紹介するために読ませるべき10本を選んでみたいのだけれど。

(要は「VSイマジネーター」の正反対版だな。「恋をするのは人の勝手だ。私としてはそれが互いの精神の潰しあいになることを祈るだけだ」)

あくまで「入口」なので、時間的に過大な負担を伴う30巻、40巻のシリーズは避けたい。

できれば単発として読める作品、長くても4巻にとどめたい。

あと、いくら上遠野的に重要といっても捻りを感じすぎるものは避けたい。

伊福部昭好きが『サロメ』は外せないと言っても、それはちょっとさすがになあ、と思う。

そういう感じ。

彼女の設定は

ラノベ知識はいわゆる「ライト文芸」的なものを除けば、西尾維新程度は読んでいる

クラスもC9だが、階級あくまでも目的を分けるためのもので、下は上に絶対服従というわけじゃねえ!

という条件で。

まずは俺的に。出した順番は実質的には意味がない。

ブギーポップは笑わない電撃文庫

まあ、いきなりここかよとも思うけれど、「ブギポ以前」を濃縮しきっていて、「ブギポ以後」を決定づけたという点では外せないんだよなあ。長さも283ページだし。

ただ、ここでブギトーク・ポップライフ全開にしてしまうと、彼女との関係崩壊ビートかも。

この情報過多な作品について、どれだけさらりと、嫌味にならず濃すぎず、それでいて――我が身を必要最小限の“情報”に変えて、今、彼女に“報告”を送れる!かということは、上遠野オタ側の「真の俯瞰認識者(オーバースケール)」の試験としてはいタスクだろうと思う。

殺竜事件講談社ノベルス)、ソウルドロップの幽体研究ノン・ノベル

アレって典型的な「上遠野オタクが考える一般人に受け入れられそうな上遠野(そう上遠野オタクが思い込んでいるだけ。実際は全然受け入れられない)」そのもの

という意見には半分賛成・半分反対なのだけれど、それを彼女にぶつけて確かめてみるには一番よさそうな素材なんじゃないのかな。

上遠野オタとしてはこの二つは“ミステリ”としていいと思うんだけど、率直に言ってどう?」って。

冥王と獣のダンス電撃文庫

ある種のSFラノベオタが持ってるポストアポカリプスへの憧憬と、戦場ロミジュリ的なボーイミーツガールへのこだわりを彼女に紹介するという意味はいいなと思うのと、それに加えていかにも上遠野浩平な

童貞的な鈍感ハーレム主人公」を体現するトモル

童貞的に好みな無口ツンデレ女」を体現する夢幻

の二人をはじめとして、上遠野オタ好きのするキャラ世界にちりばめているのが、紹介してみたい理由

ぼくらは虚空に夜を視る(徳間デュアル文庫

たぶんこれを見た彼女は「ゼーガペインだよね」と言ってくれるかもしれないが、そこが狙いといえば狙い。

この系譜作品が『虚人』のその後続いていないこと、これが星海社から再版されたこと、徳間レーベルなら劇場アニメになって、それが日本全国で公開されてもおかしくはなさそうなのに、2018年でもこういうのがつくられないこと、なんかを非オタ彼女と話してみたいかな、という妄想的願望。

酸素は鏡に映らない(講談社ミステリーランド)

「やっぱり上遠野子供のためのものだよね」という話になったときに、そこで選ぶのは「はりねずみチクタ」でもいいのだけれど、そこでこっちを選んだのは、このレーベルにかける宇山日出臣の思いが好きだから

断腸の思いで削りに削ってそれでも2000円(税別)、っていう定価が、どうしても俺の心をつかんでしまうのは、その「箱入り・クロス装」ということへの諦めきれなさがいかにもオタ的だなあと思えてしまうから

ミステリーランドの価格を俺自身は高いとは思わないし、もう削れないだろうとは思うけれど、一方でこれが角川や富士見だったらきっちり1400円にしてしまうだろうとも思う。

なのに、各所に頭下げて迷惑かけて2000円で作ってしまう、というあたり、どうしても「かつて子どもだったあなた」としては、たとえ宇山がそういうキャラでなかったとしても、親近感を禁じ得ない。作品自体の高評価と合わせて、そんなことを、彼女に、話してみたい――と思うか……?

しずるさんと偏屈な死者たち(富士見ミステリー文庫)

今の若年層で富士ミスたことのある人はそんなにいないと思うのだけれど、だから紹介してみたい。

星海社版よりも前の段階で、しずるさんのトンデモ推理とかよーちゃんL・O・V・E!とかはこの作品で頂点に達していたとも言えて、こういうクオリティの「とってもミステリーで、ちょっぴり百合。」が富士見ミステリー文庫でこの時代に出ていたんだよ、というのは、別に自身がなんらそこに貢献してなくとも、なんとなく富士ミス好きとしては不思議に誇らしいし、いわゆる国道12号版でしかしずよーを知らない彼女には読ませてあげたいなと思う。

ビートディシプリン電撃文庫

フォルテッシモの「能力」あるいは「クレープ好き」を上遠野オタとして教えたい、というお節介焼きから読ませる、ということではなくて。

「この厳しい試練(ディシプリン)に死神ブギーポップ)は現れない」的な感覚上遠野オタには共通してあるのかなということを感じていて、だからこそアニメ版『ブギーポップは笑わない Boogiepop Phantom最終話浪人決定の卒業式以外ではあり得なかったとも思う。

能力バトル化したブギポを読む」という上遠野オタの感覚今日さらに強まっているとするなら、その「バトル寄せ」の源はディシプリンにあったんじゃないか、という、そんな理屈はかけらも口にせずに、単純に楽しんでもらえるかどうかを見てみたい。

戦車のような彼女たち(講談社

これは主砲だよなあ。主砲が火を噴くか否か、そこのスリルを味わってみたいなあ。

こういうファウスト系風味の恋愛をこういうかたちで単行本化して、それが非上遠野オタに受け入れられるか「太田が悪い」を誘発するか、というのを見てみたい。

涼宮ハルヒの憂鬱角川スニーカー文庫

9本まではあっさり決まったんだけど10本目は空白でもいいかな、などと思いつつ、便宜的にハルヒを選んだ。

ブギポから始まってハルヒで終わるのもそれなりに収まりはいいだろうし、このラノ以降のラノベ時代の先駆けとなった作品でもあるし、紹介する価値はあるのだろうけど、もっと他にいい作品がありそうな気もする。

というわけで、俺のこういう意図にそって、もっといい10本目はこんなのどうよ、というのがあったら教えてください。

「……なァにが“上遠野オタ軽10”だ! そんなものはオレの増田で上書きしてやる!」という炎の増田は大歓迎。

こういう試みそのものに関する意見も聞けたらまあいいじゃん。

2017-12-24

物理法則のちがう異世界の思い出

遠い昔、若いころ、小説家になろうと思った。

なぜなら、ちょうどそのころ、高校時代から引きずっていた恋が終わって、カネが欲しかたからだ。まとまったカネと名声があれば、失った恋が戻るか、戻らなくてもちょっとは癒されると思った。

ちょうどファンタジー小説文学賞ができたところで、じゃあこれに応募して大賞をとってやろうと思った。

はいっても、書きたいことはただひとつしかない。失った恋のことだ。

から主人公はふられたばかりの若い男で、それが思いがけず別れた恋人と同じ屋根の下で暮らす、という設定にした。

主な登場人物は5人。2人はもう書いた。残る1人は弁護士かなんかをやってる中年男で、その年齢の離れた嫁さんが主人公同級生。そして、この弁護士大学時代同級生元カノリケジョ大学に残って理論物理学やってる研究者。この研究者研究室ボス博士が、「世界に穴をあける」方法発見する。サイクロトロンかなんかで加速した素粒子をなんかにぶっつけると、この世界と並行して存在するいくつものパラレルワールドのどれかひとつとつながる穴ができる、というわけだ。

で、これはすぐに最終兵器転用できる。その危険性を察知した彼女は、それを世の中に知らせようとするが、最初研究守秘義務がうんたら、そのうちにこれを国防に利用しようとする政府機関の手によって追われるようになり、ついには生命を狙われるようになる。

そして頼ったのが、弁護士である元カレだ。彼が法律の力で対抗しようと準備するのを知った闇の組織は、ボス博士研究を利用して、この弁護士の家ごと二人をパラレルワールドにふっ飛ばししまおうとする。その家にいる嫁さん、そしてたまたま遊びに来ていた同級生も巻き込まれる。そして最後の瞬間、この嫁さんと電話をしていた主人公電話回線越しに巻き込まれて、5人が家ごと奇妙なパラレルワールドに飛ばされる。

その世界は、重力が鉛直方向じゃなく水平方向に働く世界で、つまりは地面が垂直の崖。どこまでも続くこの崖にできた小さなテラスに家ごと引っ越しする。そこでなんとも奇妙な日常生活が始まるわけだけれど、その平穏日常を脅かすようにこっちの世界から刺客が送り込まれ…。

とまあ、プロットだけ並べたらそこそこのラノベぐらいにはなりそうな気もするが、なんせ下手くそだった。ちなみに、この「どこまでも続く崖」の世界にしたのは、当時まだマイナースポーツだったフリークライミングに興味があったからで、山場で主人公決死フリークライミングをする場面を入れたかたから。そういう意味でも何十年たって感慨が深いものがあるわ。ともかくも、予選すらかすりもしない、惨めな駄作だったなあ。

当時、まだあんまり普及していなかったワープロで書いたんだけど、なにせメディア1Dフロッピーディスク(これが後に2D2DD、2HDと進化していく)だったもんで、データを救出できなかった。だから、もう復元はできない。復元しても、あんまりにも下手くそで、顔を赤らめずに読めないだろうなと思うけどね。なんか思い出したんで、書いた。

2017-10-30

anond:20171030151736

このラノベも試し読みできないかなあ。

読者レビュー見るとこれもそんな真面目な論争というわけでもなさそうだね。

法廷ものは確かに弁論系エンタメだけど、法律知識がないと楽しめないとかあるからなあ。

もっと意見がはっきり二分されるような、競技としての弁論ものって欲しいところだね。

2017-04-30

だんまち2

戦闘ミスった女がメンバー迷惑をかけてしまったとうじうじ悩む

人前で

からさまに

それ迷惑かけたことを悔やんでるんじゃなくて人にかまってほしいだけだよね

少なくとも現実ではそうなる

なのにこのラノベでは誰もそれをつっこまない

この人間描写の浅さがいかにもラノベだなw

2016-12-15

http://b.hatena.ne.jp/entry/gigazine.net/news/20161212-mind-clearing-magic-of-running/

なにこのラノレベルの自説発表会場。恥ずかしくってみてらんない。こういう奴らが偽科学に騙されるんだろうな。

2016-07-22

1ミリも知らずに妄想するなら茨城県がぶっちぎりで楽しい

もし県を題材に何か作品を書くなら間違いなく茨城県だし、舞台にするならつくばで決まりだ。

なんせ研究学園都市である。どこのラノベだ。

そして、つくばといえば筑波大学前身東京教育大学であり、当時盛んだった学生運動を封じ込めるため、

この地に追いやられたという伝説である。どういう設定だよ。

そしてつくば以外にも、蹴球民族鹿嶋企業支配された日立県庁所在地なのに地味な水戸

東京に目を向け別格意識を持つTX沿線と、結構キャラも立っている。完璧だ。

フィクションでよくある学園ものの、なぜか優等生から不良、そしてアホの子まで揃った謎の学園に、

おそらく一番近いのではないだろうか。

彼らがTX終点であるつくばに集まり人知れず死闘を繰り広げる。そういう作品を読んでみたい。

2016-01-15

ファントムワールドコテコテさ加減

なんだこのラノテンプレを寄せ集めたようなアニメ

1話半分見てお腹いっぱいになって切った

京アニだけどオッサンには無理だった

若い子なら楽しめるのかもしれんね

2015-12-13

ライトノベルって概念が蟻地獄みたい

市場規模もどんどん拡大してて、年間3000冊近く発刊されてる。


けど、肝心のライトノベル自体は滅茶苦茶なネガティブイメージがつきまとってて皆なぜかそこから逃げようとする。

このラノベはもうライトノベルレベルじゃない」

みたいなことを読者が言ったり、出版社側も

「うちのレーベルラノベじゃないよ」

とか言ったり。


その割にはどんどんライトノベル定義が拡大してあらゆる書籍ライトノベルみたいとか言われるようになってる。

気づかない間にどんどんライトノベルという概念に蟻地獄のように吸い込まれ自分の読んでいた本がライトノベルって言われるようになる日が来ると思う。


なんか怖くね?

2015-11-15

いいじゃないか。

並大抵の覚悟ではできることではない。

爆死しようが成功しようがそれは結果論しか無い。

わざわざそんなことをしなくても十分得るものは得たのに。

得られるものよりリスクのほうが高いはずなのに。

それでもなお書くというのは並大抵の勇気ではない。

競争考みたいなつまらない本を出した時はこの人ほんとに終わったかと思ったけど

そんなことはなかった。とても嬉しい。

笑う人間はいるかもしれないが私は応援する。

からこの本は買う。買って読む。

予習としてイノベーション起業家精神予習しておく。

読んでみておかしいなと思ったらちゃんと指摘するし

ハックルさんの読み方がさすがだと思ったらちゃんと絶賛させてもらう。

ところで。

ラノベ企画の続報はどうなっておりますか  http://info.nicovideo.jp/seiga/hucklenovel/

もうイラストレーターが決まってから2年経つんですがまだですか? 

ライトノベルの書き方をブロマガ一生懸命書かれてましたがついに終わったということはもうすぐ出るって思ってていいんですよね?

もしかしてラノベ出る前に「ラノベの書き方の教科書」って本出したりしないですよね。

ぶっちゃけドラッカー関係の本はどっちに転んでもいいです。

でもラノベは頑張ってくれないと困る。

ラノベの話が出てくるまで、今まではずっと岩崎夏海さんのことは

企画者としては優秀でも文章が本当に退屈でつまらない人だと思って読んでました。

もしドラ読んでもエース系譜読んでもチャボよんでもいっつも同じ。 

わかってる立場人間が思わせぶりな言い方で人をけむにまくような話ばかり。もっとまっすぐ伝わる書き方できないのかとやきもきさせられる。

本人はいろんなことをよくわかってるんだろうけれどそれを他人理解してもらうことを諦めてて、

それで自分の殻に閉じこもっていろいろ先回りして言い訳して自分を守ってるいけすかねえ野郎だと思ってました。

理解してもらおうと言う努力放棄して相手に理解してもらおう受け入れてもらおうという甘えがすごいにじみ出てた。

そんなに自分が何でもわかってるつもりでいたいならそうやってずっと頭髪あたりが裸の王様やってろと。

でもそんな岩崎さんがラノベに挑戦すると聞いて、そういう殻を取り払って

ダイレクトに読者とつながりあうものを書こうって考えられてるのを見てすごい嬉しかったのです。

それは、ある意味もしドラなんかよりずっと難産だろうと思います

どこまで岩崎夏海が頭髪以外の部分をさらけ出せるかという挑戦だと受け止めています

その意気込みをブロマガでたくさんたくさん書いてくれて、私の期待はもう有頂天なわけです。

その挑戦の結果が、たとえストーリーとしてつまらなかったりテーマ性外して売れなかったりしても構わないのです。

ただ、岩崎夏海が、どれだけ真剣に読者に向き合ってくれてるかのほうが大事です。

少なくとも出さずじまいは絶対に許されないし、変に奇を衒って作者が鎧を着てるような作品だったとしても私は嘆き悲しむでしょう。

ずっと待ってます。ずっとずっと待ってます。 ずっとずっとずっとずっと待ってます

このラノベが出るまではあなたのことをずっと見ています

2015-05-22

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。続 の出来がひどすぎる

 今、TBSアニメの『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。続』をやっている。以前、放送された『『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の二期アニメだ。これがちょっとひどい。とても見ていられないレベルなのだ

 知っている人は知っていることだが、簡単にストーリーを説明すると、ぼっち主人公奉仕部という部活に入って、部員とともにぼっち価値観で様々な問題を解決していくお話だ。

 原作は人気のラノベで、熱狂的なファンを多く持つ作品だ。このラノベがすごい、とかいうのに、二年連続一位に選ばれている。非常に内容の濃い、ラノベとは思えないくらいに文学的な濃密さと豊穣さをもった作品だ。

 原作力のかなり高いアニメで、原作に準じてつくっていれば、それだけで確実に面白くなるような作品なのだ

 尺の関係から、とにかく端折る、省く、取り除く、でいろんなもの原作から削ぎ落とされて作品がつくられる。それでも十分に面白い。多分、どこの制作会社がつくっても、面白くなる、そんな原作だ。

 だからダイジェスト的な展開になっていても、一期は十分に楽しめた。あらすじだけ追っていたって面白いのだから、多少尺が短くなったところで面白いのだ。

 だが、今やっている二期の『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。続』はちょっと見ていられない。絵とか脚本とかの問題ではない。主人公比企谷八幡の声のトーンのぼそぼそと小声で話すセリフがあまりに耳について鑑賞の邪魔をする。耳につくくせに、何を言っているか聞き取りにくい。おかげで、せっかく面白いアニメのはずが、すっかり白けてしまう結果になる。どうも意図的にそういうトーンで話す演出をしているようだ。

 一期ではそんなことはなかった。はっきりと喋っていて、いちいち主人公セリフに引っかかることなどなかった。だからセリフが耳に引っかかって物語に入り込めないなどということはなかった。

 だが、二期では、そのセリフ回しのせいで、まともに見ていられなくなってしまった。

 一期と二期では、制作会社監督が代わっていて、明らかにその影響がアニメに出ているのだ。制作会社feel.に、監督及川啓という人に代わった。声のトーンが一期と変わってしまったのはそのせいだ。

 おそらく、特に声のトーンの演出を変えるなどということを決めるのは監督で、今のトーンは監督センスによるものだと思われる。

 原作面白いというのに、原作を素直に追ってストーリーを展開すれば、それだけで面白いアニメになるというのに、物語に入りこむことに対していちいち邪魔をしてくる声のトーンと演出するなんて、能力問題があるとしかいいようがない。

 どうもこの監督、いろいろ手を加えて、変なふうにすることが得意らしいのだが、この人にはそんなことをするのは無理だ。俺スゲエ的な演出をしているつもりなのかもしれないが、全然すごくない。というか、多分、この人、無能だ。

2015-05-21

小説をスラスラ読むにはどうしたらいいのか

ある女性からこのラノおすすめ! 読んで感想聞かせなさいよね!」とけしかけられた僕は、その女性に気に入られたい下心で早速 Amazon から取り寄せた。

このラノベについて女性は「ファンタジーものじゃないし、登場人物も2桁いかないし、ラノベ臭さもないし読みやすいはず!」というが、しかし一向に読み進めることができていない。僕は読み進めるのがどうも遅いらしい。数えると1ページにつき2分くらいかかっているのではないか。

恥ずかしながら、僕はこれまで国語教科書以外で小説能動的に読んだことがない。

ウィークデーの僕は朝刊を欠かさず読み、エッセイ論文もたまに読む。読むだけなら慣れているはずだ。

それなのに小説は僕の頭に全然入ってこない。

単に小説に慣れていないから、で片づけられるのならまだいいが、僕には想像力記憶力が欠如しているのかもしれない。『小説 読み方』のような検索ワードで色々調べてみたりしたが、有用そうな知見は『その小説を用いたテストを出題するつもりで読め』くらいである。

それにしても小説文章というのはなかなかに不便ではないか。

例えば会話が続くとき、鍵カッコ内の発言は誰が先に発言たか前後文脈を読まないと分からないのがイライラする。

 A男「○○」

 B子「○○?」

 A男「○○!」

といった台本のような形が普及していれば自分は読みやすいと思うが、小説を読み慣れている人たちには逆に邪魔存在なんだろうとも思う。

発言ごとに最初から網掛け等の装飾をしてあってもいいのではないかとすら思うが、それでは文字以外の表現依存することになるだろう。

と考えている間にも、その女性から「その小説で語りたいことがあるんだよ」と急かされた。

ああもう。

2015-01-06

このライトノベルはすごい! 編集部は協力者を全員クビにすべき

全員は言い過ぎにしても「後宮楽園球場」に投票した奴等はクビで良いだろう。

「まだ知らない面白い作品を読みたい!」という読者に向けたこのラノでもう手に入りにくい打ち切り作品を推してどうするんだ。アホかと。バカかと。

読者のことを想定して投票せず、自分の好みで投票するとか選者として下の下だろう。

「この作品打ち切りなんておかしい! よし、俺様このラノで持ち上げて続刊を出させてみせる!」という気持ちで投票したのなら余計にアホかと。バカかと。

2014-12-25

ワナビに向けたラノベ創作技術論の整理と俯瞰1

2014/1/1 全文が正しく表示されていないことに気づいたため修正した。遅ればせながら指摘に感謝したい。

はじめに

ラノベ作家になりたいワナビは二種類存在する。

才能のあるワナビと才能の無いワナビである

才能のあるワナビは己の思うがまま書き連ねればそれで問題ない。一次落ちなど経験することも無く、一発で新人賞を取ったり、取れなくても編集者が連絡してきたりして遅かれ早かれデビューに至り、そしてワナビに向けたラノベ創作論を書いたりする。私はこうやってプロとして本を書いてます、どうぞ参考にしてください。

これが意味するところは、才能のあるワナビ他人の書いた創作技術本を読んで必死トレースしたりなどしなかった、という非情現実であるノウハウ本を欲するのはいだって才能のないワナビで、そして才能の無いワナビ今日選考落ちの通知を見て顔を覆うのである。○○先生の本に書いてある通りにやったのにどうしてダメなんだろうか。何がダメなんだろうか。

ラノベ創作技術本は本当に役に立つのだろうか。

スティーブン・キングプロットなど不要だと言う一方でディーンクーンツプロットの無い作品など糞だと断じる。大塚がまずキャラから作れと言う一方で冲方世界から作らないようでは話にならないと言う。

ラノベに限らず小説創作技術本はそれぞれの主張がまるでバラバラであり、まとまりがない。もっともこの手の本は意識の高いサラリーマンがこよなく愛する成功体験本と同じカテゴリである。ゆえに真面目に考える必要は無いとするのも一理あるだろう。

しかし、本当に彼らの主張はバラバなのだろうか。

実のところ彼らは単に表現が違うだけで、最終的に同じことを述べてるのではないだろうか。

手順が違うだけで、結局同じことをしているのではないだろうか。

もしそうだとすれば重要なのは手順ではなく最終的にどういう状態であるかにあり、その状態がいずれの作家も共通しているのであれば、それこそが欠かすべきではない要素ではないのか。

大沢は「技術は教えられるが、才能は教えられない」という。だがヒックスは「モノを書くことでの才能の問題は、相当に過大評価されて」いるとして、「それはやっていくことで獲得」できるものだと言う。

Hard work beats talent when talent doesn't work hard.

Tim Notke

本稿は個別の手順というより、最終的にどういった状態を目指しているのか、という観点ラノベ創作技術本の各説を整理し、俯瞰する。筆者はワナビではなく、単なる興味本位でこの整理を行ったに過ぎない。しかし才能が無いことを自覚し、それでもなお努力によってこれを覆そうというワナビにとって、本稿がより効率的努力を実現する上での一助となれば幸いである。

ラノベ定義

本稿ではラノベを「ラノベの主要レーベル新人賞に向けてワナビ執筆する、新人賞を取りうる内容の小説」と定義し、本質的ラノベ定義へは踏み込まない。このことからカテゴリエラーをめぐる問題このラノベの本質的定義限界を探ることと同義であり、本稿では割愛する。

参考文献

本稿執筆にあたり参考とした文献を下記に記載する。

作家名で適当に並べたに過ぎず、記載の順に意味は無い。

まだ参照すべき文献は多くあるが、ひとまず本稿執筆にあたっては上記で一区切りとした。

ラノベの読者

ラノベ作家商業主義であらねばならない、と五代/榊は明言し、飯田キャッシュフローを生む作品こそが素晴らしい作品なのだという。実際、ラノベ新人賞商業的に売れるラノベの発掘を目的としているのであって、ワナビ承認欲求を満たすためにあるわけではない。

新城ラノベの読者の多くは男子中高生であり、すなわち「毎月のお小遣いが限られている学生であるとする。飯田さらラノベの読者はアニメ漫画ニコニコ動画を好むオタクであるとする。そしてラノベは彼らの限られた小遣いの使い道として選択される商品でなければならない。榎本西谷水島も、いずれも同様に読者が誰かを意識しろと主張する。

ところでワナビが書いた新人賞用のラノベの読者は、中高生ではない。

新人賞の下読みの多くは大学生バイトであり(あるいは主婦新人編集者)、選考するのはプロ作家であり、プロ編集者である。いずれにせよ選考過程中高生存在しない。

読者が誰かを考えるべき、という指摘はもっともだが、プロ作家ワナビでは立場が違う。ワナビラノベレーベルで勤めるサラリーマン編集者想像する『中高生』にウケるラノベを書かなければならない。榎本現実中高生とふれあい彼らの考え方を理解しろと言うが、本当にそんなことをすれば事案待ったなしのワナビは少なからずいるだろうし、現実中高生には圧倒的にウケる20代30代の編集者には全く理解できないものがあったとすれば、それは間違いなく一次落ちである

行頭は一段空けましょう、といった小説執筆上のお作法ができていなかったからといって間違いなく多くの中高生は気にしない。しかプロは気にする。そうした基礎的作法の欠如は中高生云々の前にまず彼らに不快感を生じさせる、という点を理解しておく必要があるだろう(応募に際してはあらすじを付すようにという指示に対して小説煽り文や序文を付けるといった無理解なども根は同じだろう)。

ラノベ創作の段階に関する整理と比較

最終的なラノベに至るまでの執筆上の段階や要素は論者の数だけ存在する。例えばキングによるアイディア原稿の2段階、クーンツを始めとするアイディアプロット原稿の3段階、冲方による能書き、種書き、骨書き、筋書き、肉書き、皮書きの6段階などがある。

本稿では「アイディア」「プロット」「原稿」の3段階を用いて各説を俯瞰する。この各段階は「アイディア」が最初であるという点を除けば、随時行き来することがいずれの説においても許容される。一度「プロット」に移行したら「アイディア」へ戻ってはならないなどと主張されることはないし、「原稿」の完成に至ってから再度「アイディア」の段階に戻る作家存在する。

一方で、これらの「段階」はそれぞれ独立しているわけではないことに注意する必要がある。いずれもその前段階の上に構築されている。つまり、あるワナビが「プロット」に問題があると認識したとしても、その前段階に問題がある可能性は否定できない。これは感想や選評においても言えることであり、問題点の指摘がまったく的外れでなかったとしても、その問題引き起こしているそもそもの原因は何なのか、という点を突き詰めなければ、根本的な問題はいつまでたっても解消されないままだと言えよう。

以下、それぞれの段階についての各論に入る。

アイディア

アイディア」とは筒井がいうところの「妄想」であり、単語キーワードフレーズ、断片的な会話や場面など様々なものであり、その創作で用いるかもしれないし、用いないかもしれないネタである

冲方は「アイディア」を3段階に分けており、まず主題を考え(これを能書きと称する)、次にそこから様々な雑多なアイディア連想し(種書き)、今回はこのあたりのアイディアを使おう、と決めて整理する(骨書き)という。

しかし実際には冲方自身、これらを行きつ戻りつして執筆を進めていくとしており、「骨書き」の段階からは後戻りしないと固定しているわけでもないことから、本稿では参考として紹介するに留める。

この「アイディア」の種類についてもいくつかの主張があり、例えば冲方主題世界、人物、物語文体の5種であるとするし、榎本キャラクター世界設定、ストーリーの3種としている。分類それ自体意味を持つものではないが、それぞれが独自用語を用いて自説を主張している状態では整理のしようもないため、本稿では「主題」「世界」「登場人物」の3種に分けて整理する。

主題

本稿では主題テーマは同一の概念とみなすが、主題とは、そのラノベ創作において根幹となるアイディアのことである冲方大塚はこの主題を根として木構造状に各アイディアが繋がっていることを主張する。

主題を確定するタイミングについて冲方は真っ先に考えるとするし、大塚作成した主人公像の要素を深化させそこから主題抽出するとしている。榎本プロット作成の段階で必須としていることからそれ以前に考えておかねばならない。西谷執筆段階で突如として「物語の核」を意識する、と述べるが、この「物語の核」が主題とみなせるのであれば、プロット後に主題を決めてもいいということになるだろう。

このように主題をいつ考えるかは説によって大きな差があるが、結果としてラノベ創作において「主題」が必要不可欠だと多くの作家が述べていることに変わりはない。

繰り返しになるが、全てのアイディアの共通の祖先として「主題」は位置付けられる。従って本稿の分類で言うならば「世界」や「登場人物」は必ずこの主題関係する要素を持たねばならない。言い方を変えれば、「主題」はアイディアアイディアの共通要素として機能するため、ワナビ本人は主題として位置づけたが、それが「世界」や「登場人物」に関係していないのであればそれは「主題」ではない。

この「主題」があることの意義について、「読者は「設定資料集」を読みたいのではなく、「物語」を求めている」という榎本の指摘、また「「細部」には主題が宿る「細部」とそうでない「細部」があります。そしてあなた方の小説がしばしば欠いているのは「主題の宿る細部」なのです」という大塚の指摘を踏まえるなら、読者が「物語」と捉えるか「設定資料集」と捉えるかは「主題」の有無次第だ、ということになるだろう。

設定資料集が好きな人存在することは事実であるが、彼らは設定資料集ならなんでも好きなわけではなく、特定物語を好んだことで、その物語のより詳細な背景情報を知ることを好んでいるに過ぎない。興味のない物語設定資料集など誰も目を通してくれはしない。

このように「主題」は重要な要素であると考えるが、その表現方法に関して榎本主題台詞地の文で語ると胡散臭く、説得力が無くなるとしているし、クーンツ主題で読者を説教してはならないと注意を促している。台詞地の文での表現を避けるとなれば、多くの場合登場人物の行動、またそれによって引き起こされた出来事によって表現されることになると考えられる。

世界登場人物

本稿では会話文の主体になりうるものを形作る上で用いられる情報名前性格容姿、口調など)の総体を「登場人物」と定義する。「キャラ」「キャラクター」とこれを区別するものもあるが、特筆の無い限り本稿ではまとめて「登場人物」とみなす。

一方で、登場人物以外の全ての設定を本稿では「世界」と定義する。具体的には魔法の有無などの自然法則身分制のような社会構造、もしくは携帯電話の無い世界といった現代社会との差分もまた「世界である

いずれを先に考えるかについては諸説ある。例えば冲方水島世界が先だとするし、大塚西谷登場人物からだとする。榎本のように特に順序には言及しないものもある。

しかしながら冲方大塚の「世界」と「登場人物」が揃った状態についての言及は非常に似通っている。

冲方は「人物たちの性格や言動や行動の全般は、結局のところ、大半が、世界時代に左右されたもの」と言い、このような世界からこそ、そこに登場するこの人物はこのような設定になるのだ、という必然性要求する。

大塚もまた登場人物個性については「キャラクター所属する「世界」の物の見方価値観に由来するもの」があるとしており、その人物の設定は彼の存在する世界の設定から必然的に生じたこのような価値観に由来するのだ、という必然性要求する。どちらの側から見るかの違いだけで、冲方大塚も目指している状態は同じだと言っていいだろう。

世界登場人物リアリティ

ワナビの「世界」について「リアリティ自分身の回り3mくらいしかない」「おまえの世界には学校コンビニと自宅しか存在していないのか」と五代/榊は批判し、リアリティには細部の設定が必要不可欠だ、という立場をとっている。一方で「登場人物」の細部情報への批判としては「異能力の内容だけやたら細かい」にもかかわらず「話に全然関係ない」としており、両者をまとめると「主題」の宿る細部こそが必要不可欠であり、それ以外の細部の設定は不要だとする大塚説とほぼ同一と言っていいだろう。

冲方は「そのテーマが内在する世界を、しっかり構築することができるようにならなきゃ話にならない」と世界における主題を重く位置づけた上で「実際にその世界について書かなくても、少なくとも自分は知っていたいし知らないと駄目」と細部の設定の充実に言及する。

その一方で登場人物については、冲方はそれが主題関係しないのであれば「性別や年齢をあとから決める」とする。水島登場人物プロット上の必要性が出てから作れと述べ、最初長大キャラ表を作るというワナビありがちな行為を繰り返し否定する。ヒックスは事前定義表に基づいて穴埋めで作られた登場人物を「組み立てられた登場人物」と表し、そして「最良の脚本には、組み立てられた登場人物存在していない」と断じる。

だがこれらは登場人物に細部の設定が必要ない、という意味にはなりえない。例えばクーンツプロットをまず作ることを前提とした上で、リアリティを持った人物描写のためには、登場人物に関しても細部設定が必要だとして、身長体重、体型、年齢といった肉体的特徴、声や話し方、動作や仕草など多岐に渡る項目の設定を列挙している。

登場人物」であれ「世界」であれ、リアリティは細かな設定によって得られるものだ、という点はいずれの主張とも矛盾しない。その細部の設定が「主題」と関係する場合最初に考えるべきとする見解はあるが、関係しない場合、それがとりわけ「登場人物」の細部設定の場合、これを最初に考えることは多くの見解で明示的に否定されている、ということになる。

これとは相反する主張として、西谷はまず人物設定から始めるべきだとする。「積極性」「肉体的な強さ(美しさ)」「いざというときリーダーシップ」「やさしさ」「辛抱強さ」「頭の良さ」で点数をつけてチャート作成するのが良いとして、さらには性格趣味、髪の色からメイクの仕方、ブラジャーの形状までを設定例として挙げており、そこには「主題」との関係性への言及はない。

ところが西谷は実際の作例において仮置きの主人公を用意するに留めており、チャートについては一切触れず、細かな設定も一切用意しない。まず最初に「世界」と「主題」に取り掛かり、「企画を練り上げる段階で、主人公を変えてしまう」「主人公を引き立てる脇役は、書いている途中で思いつく」とすら述べる。

最終的なこの作例が実際の西谷の手順なのだとすればその手法はむしろ冲方寄りである このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2014-12-07

ラノベの秋

今日ラノベを1冊読んだ。最近感じていたのだけれど、今日の一冊を読み終わった余韻から自分の中でラノベが一区切りついたのだと明確に体験できた。

触れ始めたころが一番面白かったのは当然なのだけれど、2008年くらいが一番面白かった。そのあとは電撃が拓いて他が追従する展開が目立ってきて楽しめなくなった。自分の中ではスニーカー+電撃の2巨頭時代が一番おもしろかった。そんな時代なかっただろ、と言われるのは承知だけれど。ひな形ができる前とでもい言えばいいのかな。いろんな文芸ラノベフォーマットに変換されて供給されていたと今は判る。

2010年くらいからネット小説経由の出版が目立ってきた。これは歓迎だった。そのころの「なろう」はまだむちゃくちゃでジャンルはいろいろあった。時間とともに淘汰されていってネット小説に求めているモノが確定した今では想像もできない。「楽園」どこいった。今なら「ReadME!」でも出版されるんじゃないかな。

で、粒ぞろいになったなと感じ始めたのが昨年くらい。ぼこぼこレーベルが湧いてきたころだ。自分をみつめると「拗ねた」んだと思っている。以前なら新刊の半分くらいは読んでいた。ジャンル知悉している手ごたえが面白かった。そのうちに読んでない本が増えていって、その中からアニメ化がでてきて、このラノで上位を取る。読んでない本が流行りはじめると、どれだけ読んでも読んでもついていけない。

そして俺は拗ねてしまった。いわゆる「デビューからのファンなんだけどメジャーデビューして離れていった」層だ。特別扱いされていないと感じて拗ねるのだ。

いまラノベは夏なんだろう。やがて秋になり冬になる。私の中でラノベは季節が移ろった。それだけのことだ。楽しかったよ、ライトノベル

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