はてなキーワード: ビスマルクとは
パワーハラスメントの報道がたくさんされていたが、これを現実味を持って実感出来る人が減ってる気がする。
それだけ世の中からパワーハラスメントが減ってるって事じゃないかなって思った。良い時代です。これは素直によいことです。ただ、これによってパワハラって事の具体的なイメージが無くなって来ている、実感として悪い事だという事がイメージしづらくなってるんじゃないかな。
これは、他の同種のうねり(繰り返す波)に、戦争関係のれきしがある。戦争そのものも、そして、戦争を直接知っている世代と接したことがない世代も増えて、戦争が起きないようにすると言う施策や活動が力を失っている事がある。これが振り戻しが実際に現れたわかりやすい例だと思う。
中国の台頭とか、アメリカの第一次トランプ政権からの圧力などに直面する前。
日本の防衛費は無茶苦茶削られてて、GDP1%と言う枠の中で、港湾の整備費や飛行場の修繕費など、それって防衛費じゃないよねみたいな金まで支出されてカツカツだった。
実はアメリカですら、9.11を迎えてしまう前はそうだった。これは、戦争を現実の脅威と考えられなくなっていたからだ。
逆方向には、草の根の平和活動とか、そういったものがバカにされる風潮もそれだったと思う。戦争反対ってなんだよ、戦争なんて起きるわけないだろ、みたいな。
その状態はヨーロッパなどでも起きていたし、彼らにとってアフガニスタンとか中東系の戦争は違う世界の戦争だったわけだけど、その状態を付いたのがウクライナ危機であり、ウクライナ危機は同じヨーロッパ人が侵害されたと言う事で一気に動いた。
日本は台湾情勢に、スプラトリー諸島の問題などで現実の問題として認識されたわけだ。
ただ、これはそのまま防衛の意識が高いままで警戒がされていたら、中国やロシアなどの暴発など、こういったことが起きていただろうか?と言う議論がある。
一方で今回のモラハラ・パワハラの斉藤が再選した件も、それなのではないか。
つまり、世の中からパワハラが大きく減っていて、それに晒されている人が少なくなったから、実感を得られていないのではないか。
またかつて石原慎太郎らが仕掛けた怪文書などによる選挙工作、昭和の選挙もファンタジー扱いされつつあり、実際に痛い目に遭ったことがある人、あるいは痛い目にあった事のある人からの情報を見聞きする事が少なくなったのではないか。
その結果、それらを問題視する人の声をリアリティ持って受け止める事ができず、問題への支持が広がらず。
一方で「不倫問題」のような、現代でより身近に現れて、インスタントに分かりやすく「経験」と結びつきやすい、実感を得やすいものが登場し、共感を得やすい問題によって印象が上書きされたことによって、ご覧の有様になったのではなかろうか。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言う言葉ある。これは元々ドイツ人の ビスマルクの格言だが、この「経験」は意訳で、実際には「失敗」という言葉が宛てられている。どうやらそちらの方が原文の意図に近いらしい。
そして、私も含めてほとんどの人が「歴史に学ぶ」事のできる領域は、恐らく自分の専門分野のみなのだ。
それ以外では愚者なので、今回のようなことは無数に引きおこされて、歴史は繰り返してしまうのだと思う。
喉元過ぎれば熱さを忘れる。しかし、忘れて熱湯を飲んで死ぬようなことになったら致命的だ。
大事な事は、できるだけ小さな失敗に留めて、そこから多くの事を学べるようにすることぐらいしかない。
各自衝撃に備えねばならない。
https://note.com/loseheroine_wsd/n/n2b8cdb169664
古参ジャンルには、「広告概念合同」、「メディアミックスアンソロジー」、「映画ポスターパロディ合同」のように他メディアをテーマにした合同誌や、「プレ遣合同」(小さな漁港にあるプレハブが拠点の艦娘たちを示す「プレハブ分遣隊」という共通概念がどうやらあるらしい。何?)、「艦娘化合同」、「終末物語合同」(ネット上で調べた限り初出はC92らしいが、カタログ上には掲載されている)、「ミステリ合同」といった特定の世界観・ジャンルを共有する合同誌が存在するが、新参ジャンルには存在しない。新参ジャンルの合同誌は、こう言ってよければテーマが常識的だ。
性癖合同誌は有名なキャラクター・カップリングで製作される傾向にある。たとえば、サービス開始時点では存在しなかった艦これの海外艦や、ラブライブ!シリーズの続編である『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』、『ラブライブ!スーパースター!!』が中心の性癖合同誌は調査した全8回のコミケには存在しなかった。
(中略)
ほーんなるほど面白いじゃないですか丁度手元に艦娘化合同誌があるので見てみようじゃないですか
まあ4年近く前の同人誌の情報なんて中々ネット上に残ってないですよねと言おうとしたら駿河屋に表紙画像貼られているしなんなんだ
仮に"中心の"が主題だったとしても「このキャラクター・カップリングで〇〇を見たい」という同人と「単に〇〇を見たい」という同人を同列に語ってる時点で片手落ちですし
…と「実物見て語ってないよね」と言って話を終わらせても良いのですが今手元にある艦娘化合同誌2冊とゴムボート化※合同誌2冊をみて本当に"性癖合同誌にはコンテンツ初期に登場したキャラクターばかりが登場する"のか見てみましょう
※上記記事でも非エロ合同として記載されているコレ、字面だけ見たら「艦娘がゴムボートで漂流してるシチュエーションだけ揃えたんかな」みたいな印象を受けますが…
Pixiv百科事典なんか見てもらえば察してもらえると思うんですけど状態変化・人体改造系のGが付くタイプのR-18ジャンルです。これが非エロなわけねえだろ真面目に見てんのか
「最近」の定義が曖昧なのでキャラクターを挙げていっても何とでも言えてしまう(最近じゃないだろ、とか直近で改二が来てるのは最近じゃないのか、とか)ので初手からどうしようもないのですが…
"サービス開始時点では存在しなかった艦これの海外艦"というところを挙げていらっしゃるので、丁度表紙にもあるアイオワ実装(2016年5月)をひとつの区切りとして見ていきましょう(ビスマルクは実装がそれなりに早いので今回は例外とします)
言うて7年前なのですが今回見るのが最新で2019年の本なので艦これサービス開始から丁度半分の期間となるということでご容赦を…
ということで
に分類して見ていこうと思います
① | ② | ③ | ④ | |
---|---|---|---|---|
2013年4月 | 9人(長門/加賀/鳳翔/飛鷹/吹雪/如月/島風/朝潮/電) | 9人(金剛/利根/那智/那珂/球磨/島風/鳳翔/朝風/ヴェールヌイ) | 12人(長門/陸奥/山城/鳳翔/妙高/青葉/古鷹/天竜/竜田/初霜/雪風/時雨) | 19人(長門/陸奥/高雄/愛宕/摩耶/鳥海/利根/筑摩/天竜/由良/球磨/五十鈴/島風/村雨/子日/初春/初霜/霞/潮) |
2013年4月~2016年5月 | 4人(伊19/伊58/鈴谷/春雨) | 6人(ビスマルク/伊19/鈴谷/磯風/萩風/嵐) | 4人(大和/矢矧/初風/明石) | 16人(鈴谷/熊野/夕張/阿武隈/香取/鹿島/浜風/清霜/海風/浜風/浦風/ビスマルク/プリンツ・オイゲン/Z3/飛行場姫/戦艦棲姫) |
2016年5月~ | 3人(アイオワ/ウォースパイト/浦波) | 5人(ウォースパイト/ガリバルディ/ジョンストン/タシュケント/水無月) | 7人(神威/峯雲/ネルソン/ウォースパイト/アークロイヤル/ゴトランド/ジャーヴィス) | |
その他 | ケーニヒスベルク(戦艦少女R)/アーノ(サモンナイト) | テイルレッド/レイセン(東方Project)/ポートランド(アズールレーン)/インディアナポリス(アズールレーン)/カードファイト!!ヴァンガードより若干名 |
見てもらえばわかると思うんですが"コンテンツ初期に登場したキャラクターばかりが登場する"というのはあっても弱い相関しかない、「参加者に依る」としか言いようがないというものなんですよね
4誌中3つ埋まっているウォースパイトなんか全員同一人物が描いてますし(つまり一見関係ない同人誌を渡り歩いて買うような増田のような人間が参加者側にもいるということです)、
そもそも艦これ関係ないやんというキャラクターが出てきてますし…まあ、こういうのよくあるんですよ
一度でも手に取ってもらえれば流石に無茶言ってるだろうというのもわかると思うのですが、こればっかりはどうしようもないですね
やっぱりこういう齟齬が生まれてしまう原因って、一つ一つの本を実物としてではなくひとつの知識として捉えてるせいなのではないかと思うのですよ
数年分のコミケカタログ全部見て集計したんですって?素晴らしいじゃないですか!
ただ、そういう"文字通りの"カタログスペックだけを見て分析していくのもよろしいのですが、せっかくなのだから実物を見て糧としていきませんか?
たとえ「コミケの時代の終わり」がこれから来ようとも、少なくとも今は生きているのですから!!
高度に発達した性的嗜好は非性的な嗜好と区別できなくなる(少なくとも性的なものを除外・制限・ゾーニングすることが困難になる)
この手に類すること…「フェティシズムの極致において性行為はむしろ不純物だよな」ということは常々考えてるんですよね
増田は普段自分がエッチだと思う妄想文をインターネットの海に放流しているのですが(今回全部艦これ本だったんでそういう話しかしてないけど別にお船の二次創作ではないです)、
「別に裸も行為もない文章を本当にR-18として出してもいいのか…?」という意識に苛まれながら投稿してたりしますね
まあ面倒くさくなったら無駄に脱がせて成人向けということにしたりするんですけど
それはそれとして件の合同誌はゴムちんぽとゴムまんこが合体(比喩)したり合体(物理)してる上そもそも表紙にR-18とハッキリ書いてあるので非エロなわけがないです
と原文にはありますがこれには基本的に同意でして、増田は10ちょっとのサークル買いの参加状況確認以外一切事前情報収集せずに突撃して、全探索して(企業ブースへは行きませんが)色々漁る…というかたちで毎回やってるのでほぼ予定が無いんですよね
例の艦娘化合同の新作が夏に出てたのを今更把握した(マジで情報収集しないのでこれ書いてるときに初めて知った)ので例に挙げたからには買いに行けよ、とアドバイスできるくらいでしょうか
後確定してるのは…夏に買った首チンコ合同の第二段くらいですかね…
仮にカタログ集計の際にこれがあったとするならば普通にブルアカ判定されてそうなんですが、「ブルアカ&オリジナル」と書いてある上に実際3人がオリジナル描いてるやつですね
https://twitter.com/kazzuaki/status/1681307788864258049
①累進性が壊れてる最大の理由は分離課税+軽減税率の合わせ技。資本軽課=租税支出=補助金によって経済成長を実現できるとした時代があった(2000年代前半)。貧乏人に金を渡すとすぐに消費してしまう。リテラシーが低いので、投資といっても貯蓄に回してしまう。しかし、これからの時代は株式や金融派生商品の時代だ。直接投資を増やさないと経済成長しない。だから金持ちを優遇すれば 彼らは所得の割に消費しきれないわけだから、その余った金を貪欲に直接投資に回すはずだ。そうすれば経済成長する。貧乏人は誰も助けてくれないとなれば一生懸命働くだろう。この合わせ技で経済成長すれば貧乏人だっておこぼれに預かれる。金融立国、聖域なき構造改革とはこのことだ。
②日本の所得税がスカスカになってる理由は所得控除。特に給与所得控除と公的年金等控除がでかいが、これは減税額によってサラリーマンと自営業者(青色申告)と年金受給者との負担を調整してきた結果。所得控除の仕組みが高所得者減税になっていて、低所得層に恩恵がない形だったのは勤労を重視していた(小熊/井手)から、というのが通説だろう。
③福祉国家を維持するための財源として他の制度が重要であったこと。日本の社会保障の中心は社会保険(ビスマルク型社会保障)。社会保険料の負担の特徴は再分配を効かさないこと。リスクに応じた負担(民間保険)よりは定額保険料の方が社会的であるし、定額保険料よりは定額から所得に応じて負担が減少してゆく擬似比例負担の方が社会的。この社会保険の共助的公平性が日本の公平感の基礎にあり、それが諸税の女王たる所得税の地位を低いものとした。社会保険料控除も大きいし。そこに付加価値税が登場することになる。付加価値税に触れ始めるとこれはこれで長いが、直間比率を間接税に寄せた方が経済成長する(2度目の登場だが言説としてはこっちが古い)、高齢者の負担(年金所得を控除しといてなので減税スパイラル)が不当に小さい、などといった理由で所得税より付加価値税が好まれた。欧州的には輸入品に課税できるということ、輸出品に課税しない(租税支出=補助金)ということで、経済のグローバル化に対応した税だということだったはずだが。福祉国家の充実には、この新しい税制である付加価値税が鍵なんだと(事後的にではあるが)評価され、所得税へと注目が集まらなくなっていった。
この辺りの再分配の不味さに対して専門家はずっと苦言を呈してきたが、社会/政治的な支持は減税/増税阻止で安定してきたので、金持ち減税/勤労(プロテスタンティズムとは違った意味で)を重視する租税制度が出来上がって今に至る。ここにメスをれようてして失敗したのが新しい資本主義ね。
ケーブルテレビSTBでは見られない場合が多いようなのでBSパススルーとか
地域によってはSTBで見られるようになったかもしれないので最新情報要確認
・02 秋分 の日
・03 『ちはやふる』
・04 窒素
・05 [ペア]2番と8番
・06 プレタポルテ
・07 [すべて]アフガニスタン ウズベキスタン カザフスタン タジキスタン トルクメニスタン パキスタン
・09 ビスマルク
・13 9
・14 リンドウ
・15 五木ひろし いつきひろし
・19 マウスピース
・21 海王星
・22 きんぴら
・25 [3択]55(日
・26 ペリカン
・27 エルヴィス・プレスリー
・29 オットマン
・30e 東京(湾
ポコマーとはチンポコマーチの略であり、暑さに脳をやられた鹿島(艦これ)たちが繰り広げるマーチである。
上のマーチはワーグナーの「双頭の鷲の旗の下に」の冒頭の節に合わせる。
https://youtu.be/uGAlLbj6z2A?t=18
ポコマーは判時(毎日午前2時4分34秒)、マーベラスチャージ(2014年5月6日~不定期)と並びimg三大奇祭のひとつとされている。
またポコマーは夏の季語とされており、角川俳句大歳時記の次の改定でポコマーが登録される可能性がある。
2018年3月10日、貼り付けられたこの画像に対するレスとして「チンポコマーチ!」とつく。
その後、2018年7月2日の正午に始めてポコマーが行われたとする説が有力である。
その日の正午の時点で日本国内で35℃以上になった地点が存在する平日、若しくは特定の祭日とされている。
https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/mdrr/rank_daily/data00.html
正午までに猛暑日である35度を観測する地点が存在している場合建つ。
初期は真夏日である30度であったが、2019年5月の猛暑で30度以上を観測する日が続き
連日マーチが行われた結果気温レギュレーションが35度に更新された。
2022年現在、地球温暖化により5月や6月でも猛暑日を記録することが増えたため
なお、土日は基本休みとなる。
そのため、正月や天皇誕生日(2月)などおめでたい日には必ず建つ。
35度を越えていない2020年11月8日(平日)に秋篠宮さまが新しい皇太子となったことを内外に示すための儀式「立皇嗣宣明の儀」が行われた。
その日にもマーチが行われたため皇室関連の日であることも条件の一つなのかもしれない。
また2022年5月29日は日曜日だが、5月でありながら猛暑日であったためか異例のマーチが行われた。
妄コンとも。
元は艦これアンチのレスであるが、擦られ続けた結果定型となった。
その日の正午以降の天気の予報を行うコンテンツ。
気象用語が艦娘の名前と合致した場合「さん」をつける(例:「北上さんする」「雷さん」)
湿度が高いときは(ムッワァ…❤️、暑いときは(アッツゥ…❤️、寒いときには(サッムゥ…❤️を付ける、
「激しい」等の単語の後に❤️を付けるなど天気予報の内容には一定の法則がある。
現在はマーチと共に天気予報が行われることも正規のポコマーのレギュレーションのひとつとする者も多い。
今後は東シナ海を北上さんし、2日(水)~3日(木)にかけて非常に強い❤️勢力❤️で九州に接近するおそれがあります❤️
1日(火)は沖縄や奄美で、2日は九州でも暴風やうねりを伴った高波さん、高潮、大雨による土砂災害などに厳重に警戒をしてください❤️
その他の地域では2日にかけて、西日本~東北の太平洋側では雨が降りやすく、東海から西の地域では局地的に非常に❤️激しい❤️雨や激しい❤️雨の降る所があるでしょう❤️
日本海側では晴れる所が多い見込みです❤️
ポコマーではチンポコマーチを改変した怪文書が多数投稿されるため、おそらくメインのコンテンツである。
はじめは艦娘がチンポコマーチを改変したマーチを行うだけだったが、
猛暑急襲ね!こんな時こそ、栄養満点のトンカツ定食で体力をつけるのよ!
敵に勝つ!猛暑にも勝つ!これよ!!
よーし日差しにも負けないくらいアツアツに揚げていくわよー!!(ジュッワァ…❤)
キャベツもいっぱいお代わりしていいわよーっ!!(ワッサァ…❤)
全てはチャンス!未知のエリア!
どうも、木吉さん…兄上です
だがちんちんは 歪みねぇな
植え付けを行う!パチュリーウッ!
やつを責めることは出来まい…それに乗っかったのは俺達だ…
わかっていただろうにのうワグナス…「」はうんこちんちんが大好きだと…
では我々はなんの手立てもないまま他ジャンルにも被害を出すしかないというのか!
そうじゃ…それが「」の言うおあしすじゃ…
よし(チャッキィ…)
行くのか?死ぬなよ?
MO! SO! でしか キャラを語れない 虚しい 提督 マーメイド
ココロまで脱がされる 熱い風の誘惑に
主にドイツ艦が改変チンポコマーチに合わせて脱糞するという内容の怪文書だが、
ウンマー待望論も根強いがレギュレーション違反であることは揺るがないため、
最近は不謹慎なニュース(過去の重大な事件・事故、死刑囚の死刑執行など)を添えることが多い。
・・・!!
ビスマルク姉さま❤今日は和歌山カレー事件から24年目です❤️ヒ素入りカレーとかもうウンポコみたいなものですね❤️ところでカレー味のウンポコとウンポコ味のカレーどっちが食べたいですか❤イッヒフンバルトデルベーン❤(臭っさぁ…❤)
꧁ቻンቻン꧂
ቺቻቺቻ
近年では廃れつつある。
うるせ〜〜!!!!!知らね〜〜〜〜!!!!FINAL FANTASYと合体して以下のようにもなる
ቻンቻン~~!!!!!
ቺቻቺቻ~~~~!!!!
꧁꧂
👊╋━━━━
𝑭𝑰𝑵𝑨𝑳 𝑭𝑨𝑵𝑻
𝑨𝑺𝒀
三食麦飯と茄子の糠漬一本が基本給で、稀に遠征組が持ち帰った青魚がつく
休日には休暇手当として、何を材料に用いたか分からない菱餅や、
一心不乱に汁粉を啜る俺を見て、鳳翔はいたたまれない顔をしていた
例えば煙草の場合、鋼材やボーキを山盛りにした大八車を工廠へ何度も往復させ、
日が暮れて精も根も尽きた頃、ぽいと足元に煙草が一本投げ渡されるという具合だ
こんな生活だから、たまに死にたいと漏らすことがある…すると秘書艦の香取が柏手を打つ
すかさず鹿島がやって来て、チンポコポーンと歌いながら俺の周りをぐるぐる行進する
直後、桃源郷の心地になり、嫌な気分も疲労も失せ、活力がムラムラムクムク湧いてくるのだ
元々はポコマーに対する反応だったがコンテンツのひとつとなった。
ポコマー鹿島を殺そうとする鹿島。ポコマーと同時に現れることがある。
練習艦の鹿島は、お昼になるとやってくる鹿島のことが大嫌いでした。
「今日こそぶっ殺してやるっ」そう言って二人は毎日喧嘩ばかりしていました。
鹿島はいつも鹿島に負けていましたが、それでも喧嘩をやめようとはしませんでした。
ある日、鹿島がポコポコと逃げる鹿島を追いかけて、提督の机の周りを走り始めました。
ぐるぐる回っているうちに二人の体はどんどん溶けて、銀色のバターになってしまいました。
提督はバターをドラム缶に集め、卵と砂糖と小麦粉と混ぜて、オーブンでこんがりと焼きました。
するとどうでしょう。オーブンから香取という可愛らしいお姉さんが出てきました。
そう、香取の髪が綺麗な灰褐色なのは、オーブンで焼いたからなのです。おしまい。
──俺の読み聞かせが終わり、駆逐艦が寝床へ帰っていった後に、香取が呆然と立ち尽くしていた
「え…嘘ですよね…」声を震わせる香取に、俺がアイオワと共に銀色のバターをかき混ぜている写真を見せた
「嫌ぁぁーー!嘘っ!うそよ!」
ポコマーの画像の解像度を一端下げAI画像処理によって無理矢理高解像度化することで溶けたように見えるポコマー。
35度に達していない日に出現するため正規のポコマーでは無いが、
チンポコマーチは鹿島が香取の携帯を使ってスレを建てているという体裁になっている。
IDが出ることで鹿島は香取に携帯を返却し、正式にチンポコマーチが終了する。
最近は定着しているため中々IDが出なくなっており、携帯が返されないままスレッドが終了することもよくある。
そのような経緯があるからか、最近香取はよく死んだことにされる。
・・・💢💢💢
よー早漏❤❤❤❤❤❤
○ご飯
朝:なし。昼:ウイダー。カロリーメイト。夜:チーズ。トマト。キュウリ。豆腐。納豆。たまご焼き。イワシの缶詰。
○調子
雲マリオ楽しいね。空中の動きを制御できる系の変身(しっぽとかマントとか)は強くなりがちだけど、雲は回数制限があるから程よくて楽しい。
念のためね念のため。
○ご飯
○調子
面白かったー。芸人さんが何人も出られてるのもあって、コントライブっぽさがあるというか、演劇感があると言うか、とにかく面白かった。
脚本の人は漫画家さんみたいなので、その人の漫画も買うぐらい面白かった。
劇場版もあって、総集編だけど新録もいっぱいあるらしいのでこれも観たいなあ。
特殊、攻撃、防御の3種類のビスマルクとツヴァイシェーデェルを15レベルにした。
流石に六本も作るのは疲れた。その上、コレクション欲でそうしたけど、どう考えても防御はいらない、特殊をもう一本作ればよかった。
まだ開催日はあるけど、平日には掘れないなあ……
マリオを順番に遊ぼう計画が結構停滞してたのだけど久々に再開。
というコメントを見て。
それは確かにあるんだけど、その裏面の意味では、福祉国家ワイマール・ドイツでこそ優生学は発展したんですよね。
「みんなで支え合わなければならない」という前提があればこそ、優生学は受けた。
ナチスの作成したポスターで、屈強なゲルマン人男性が2,3人の障害者を背負って苦しんでいる、という構図のものが、それをよく表していると思います。
ほんと聞きかじりでね。
医療社会学?の人なのかな、(たぶんフーコー研究とかから入ってると思われる)市野川容孝先生がよく書いておられるモチーフなんですよね。
最近?では「優生学と人間社会」の書評をfinalventさんも書いておられた。
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2009/05/post-25f4.html
一方ではヘーゲル左派?で社会主義者のラサールなんかとも交流があったようだし。
ちょっと気になるのは、各国兵士の公衆衛生問題、有り体に言えば慰安婦制度との関係。
どの国にも戦時性犯罪は付き物だが、ここまで国家主導で強く介入し、コントロールしようとした国は日本とドイツで、これ福祉国家の思想が背景にあるんじゃないかと。
日本の慰安婦制度は周知の通りだし、ナチスの占領地における慰安所政策はまだ明らかではないが、相当な規模のはずだろう。
対極などころか、兵士に対する福祉政策ど真ん中の事例だよ、慰安婦制度。あなたこそご冗談を笑。
伝わってないみたいだけど、そういうことが言いたいんじゃないと思うんだよね、市野川先生。
いまだにオバマケアであれだけ紛糾する合衆国と、日本やドイツを比較してごらん?
『公助は削って、福祉は家族による相互扶助を基本とする』に対して、そんなことしたら社会が貧困化するよという主張が感想レベルだからダメですかそうですか。そもそも自助や互助で貧困は防ぎきれず、その貧困への対策が共助、公助なわけなんだけども。こんなことは常識の範疇と思っていたよ。
この自助・共助・公助という3分論は、自民党の綱領(平成22(2010)年)で政策の基本的な考え方として採用されている。「自助自立する個人を尊重し、その条件を整えるとともに、共助・公助する仕組みを充実する」とある。菅氏の発言は自民党員として、党の綱領に忠実であったともいえる。また、社会保障制度改革推進法の第2条には、「社会保障制度改革は、次に掲げる事項を基本として行われるものとする。一 自助、共助及び公助が最も適切に組み合わされるよう留意しつつ、国民が自立した生活を営むことができるよう、家族相互及び国民相互の助け合いの仕組みを通じてその実現を支援していくこと。」とあり、法律の文言にもなっている。
総理大臣になった菅氏が、この社会像としての3分論を具体的な政策の中でどのように生かしていくのかは分からないが、これまで、介護保険制度の創設と運用にかかわり、自助・互助・共助・公助という4分論を唱えてきた筆者としては、共助の主体に地域とともに家族が含まれていることと、地域以外に共助の主体が想定されていないことに若干のコメントをしておきたい。
われわれは、人生の途中で、老化に伴う日常生活上の困難や思いがけない病気、事故、災害など、さまざまなリスクに直面する。このように何か問題が生じて解決を迫られたときに、まず、本人が自助努力で対処する。しかし、それでは無理なときは、本人の身近にいる家族・友人・隣人などが手を差し伸べる。これがインフォーマルな支援、すなわち互助である。自助と互助ではカバーしきれない場合にはシステム化された地域・職域の自治組織が支援する(共助)。この共助システムではなお解決しえない場合に行政が支援する(公助)。この4分論も、いわゆる補完性の原則に基づく社会形成の考え方であるが、自助と共助の間に互助を考え、共助としては地域以外にも社会保険を想定している。
個人が直面するリスクを、その本人の自助努力だけで克服せよというのは無理な話で、社会は、何らかの形で共同してリスクを分担する仕組みを備えていなければならない。自助から出発するにしても、自助の次に互助を想定せず、家族の支えを「共助」に包摂してしまうと、例えば、いつまでたっても家族を老親介護の責任から解放できないのではないか。家族は大事だが、それに頼りすぎては家族が参ってしまう。
互助は、自発性とゆとりと思いやりに基づく支え合い活動であって、その活動範囲も支援能力も限定的である。それは、家族・友人・隣人が無償で行う支援活動であるからである。しかし、自助のすぐそばに、この互助が息づいていることが自助の励みになるのである。老いて心身が弱っても、自分の生活に関することは自分で判断し、できるだけ自分で行おうとする個人の自助努力を尊重し励まし支援する、それが互助の意義である。自然災害のときにも、真っ先に頼りになるのは自助と互助の結びつきである。新型コロナ禍の困難の中でも自助に寄り添う家族・友人・隣人の親身な支援こそが大事である。
わが国にはシステム化された地域の自治組織として、自治会・町内会があり、近年は地域運営組織が台頭し、これらは市区町村行政と相互関係をもって活動している。この地域が共助の主体として期待されている。ただし、同じ共助のなかに、リスクを共有するもの同士で助け合う社会保険制度が存在し、国と自治体の行政(公助)が関わっているから、共助の主体は地域だけではない。共助システムである医療や介護の社会保険制度は、経費の約半分を国と自治体の公費(租税)で賄っているし、介護保険では保険者を市区町村にしているから、この共助システムは共助と公助の混合型といえる。それだけに、公費負担をしている国から、システム運用を通ずる効率化圧力が絶えず加えられる結果、公助から共助へ、共助から自助へとリスク負担を逆流させようとする動きが出てきやすい。要注意である。
共助、公助の成り立ちと役割については、このリンク先の厚生労働省白書に良くまとまっている。https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/12/dl/1-01.pdf
(工業化に伴う人々の労働者化により、血縁や地縁の機能は希薄化した)
産業資本主義の社会では、企業が潰れたり、解雇されれば失業してしまい、また、けがや病気などで働けなくなった場合、労働者は所得を得られなくなる。その一方で、労働者が血縁や地縁の関係から一定程度独立した結果、それら血縁や地縁で結ばれた人間関係を基礎とする支え合いの機能は、近代以前の社会と比べて希薄化しているため、個人にとって、生活が立ちゆかなくなってしまうリスクは大きなものとなる面があった。また、産業資本主義の社会では、労働力の商品化の結果、モノやサービスの生産が「使用者-労働者」の関係を軸に展開するようになる。近代以前の社会と異なり、労働者は自己の労働力以外に機械や原材料などの生産手段を持たない。生産手段は使用者(資本)によって所有され、労働者はそれを借用しながら自己の労働力を提供する。この関係の下では、自ずと労使の力の差が生じる。使用者に比べて力の弱い労働者は、低賃金、長時間労働という劣悪な労働条件を強いられ、解雇のリスクにさらされるようになる。過酷で貧困な生活を送る労働者は増え、労働問題が大きな社会問題になっていった。労働者たちは、同業者の間で相互扶助的組織を設けるなどして生活上のリスクに対応してきたが、これらの組織に加入できたのは、経済的に多少の余裕のある熟練労働者などに限られ、多数の非熟練労働者などは、それらの組織に加入することができなかった。
(近代的な社会保障制度の創設はドイツから始まり、欧州各国に広がっていった)
近代的な社会保障制度が世界で最初に創設されたのは、大陸ヨーロッパのドイツであった。ドイツでは、19世紀終盤に、帝国宰相の地位にあったビスマルク(Otto von
Bismarck, 1815-98)により、法律上の制度として世界で始めての社会保険制度(疾病保険法(1883年)、労災保険法(1884年)、老齢・障害保険法(1889年))が制定された*3。社会保険制度は、事業主の負担と併せて被保険者(労働者等)自ら保険料を負担(拠出)することにより給付の権利を獲得するという関係があるため市場整合的であるとして、多くの工業国で社会保障の手法として第一義的に選好される傾向が強いものとなっていった。そして社会保険による給付は、市場経済的な権利関係の裏付けを欠くために、社会の負担、あるいは自助能力を欠く者との差別や偏見から逃れられず、受給にスティグマ(汚名)が伴っていた恩恵的・救済的福祉の給付とは異なっていた*4。また、あらかじめ生活リスクに備える点で、それまでヨーロッパ各国で主流であった事後的な「救貧」施策から事前の「防貧」施策への第一歩を踏み出した点でも大きく評価された。
(略)
(社会保障は、個人の生活上のリスクに社会的に対応する仕組みとして求められるようになり、産業資本主義の社会と国民国家の発展を支えていった)
このように、産業資本主義が発展する中で、血縁、地縁がそれまで果たしてきた人々の生活を保障する機能は限定的なものとなっていった。それらの機能を代替するため、傷病、老齢、失業などのリスクに公助又は共助という形で社会的に対応する仕組みが必要となり、現在に通じるような社会保障制度が求められるようになったといえる。
そして、社会保障が血縁や地縁の機能を代替*8することにより、人々は経済活動に注力することができるようになったという意味で、社会保障は産業資本主義の社会、国民国家の発展を支えていったともいえる。
(世界恐慌から第二次世界大戦までの間に、戦後社会保障の構想が練られていった)
1929年には、アメリカのニューヨーク証券取引所での株価の大暴落をきっかけに世界恐慌が発生した。その影響は大変大きなもので、1930年代には各国で多くの企業が倒産し、街は大量の失業者で溢れ、社会不安はますます増大した。
(略)
ケインズの理論によって完全雇用に近づければ、失業給付を激減させ、なお残る失業者に手厚い給付ができ、また、社会保障によって全国民に最低限度の生活を保障すれば、有効需要が増え、さらに失業者が減る。このように、ベヴァリッジとケインズの考えは互いに補強しあう関係にあった。これは「ケインズ・ベヴァリッジ主義(体制)」、「福祉国家の合意」などと呼ばれる。その後、ベヴァリッジは、第2次世界大戦中の1942年に、いわゆるベヴァリッジ報告(『社会保険および関連サービス』)を英国政府に提出し、「ゆりかごから墓場まで(Fromthe Cradle to the Grave)」のスローガンの下、新しい生活保障の体系*10を打ち立てた。このベヴァリッジ報告の影響を大きく受け、第二次世界大戦後には世界の多くの資本主義諸国で、経済の安定成長と完全雇用*11、国民福祉の充実を目指す「福祉国家」の潮流が広がっていった*12。
(戦後、どの先進諸国にとっても社会保障は不可欠なものになった)
(1970年代―オイルショック後の経済成長の鈍化等により、社会保障・福祉国家批判は大きな潮流になった)
(1980年代―新自由主義的な政策が採用され、社会保障・福祉国家の「見直し」が行われた)
(新自由主義的な政策は、経済のグローバル化の趨勢とも親和的だった)
(社会保障・福祉国家の「見直し」がもたらした弊害は大きなものだった)
(当初の「見直し」という目的が実際に達成されたかについても、見方は分かれる)
(1990年代以降、社会保障の重要性が再認識され、過去に指摘された問題点に応える努力をしながら、社会保障・福祉国家を再編成する時期に入っている)
(今日では、社会保障は様々な機能を持っており、私たちの経済社会に欠かせない重要な仕組みである)
今日では社会保障は、個人の視点からみれば、傷病、失業、高齢など自活するための前提が損なわれたときに生活の安定を図り、安心をもたらすことを目的とした「社会的セーフティネット(社会的安全装置)」という機能を果たしている。また、それを社会全体としてみれば、所得を個人や世帯の間で移転させることにより貧富の格差を縮小したり、低所得者の生活の安定を図る「所得再分配」や、「自立した個人」の力のみでは対応できない事態に社会全体で備える「リスク分散」という機能を果たしているといえる。
さらに社会保障は、必ずしも恵まれない人たちにも社会の一員としての帰属意識を共有してもらうことで社会的な統合を促進させる。また、消費性向が高い低所得の人たちに所得移転し購買力を高めることで個人消費を促進したり、医療、介護、保育などの社会保障関連産業における雇用の創出を通じて経済成長にも寄与する。こうした「社会の安定及び経済の安定と成長」といった機能も果たしている*20。
このように、社会保障は私たちの経済社会にとって欠かせない重要な仕組みとなっている。だからこそ、支え手である現役世代(働く世代)の人口が減る少子高齢社会において、どのようにして持続可能な制度を構築していくか、若年者等の失業問題や社会的弱者が孤立を深める状況(社会的排除)を改善するためにどのように社会保障制度を機能させていくべきか、経済のグローバル化に伴う国際競争の激化が雇用の柔軟性や流動性を要求する状況など社会保障が前提としてきた雇用基盤の変化や経済の低成長が続く中で、どのような所得再分配や雇用政策が適切なのかといった点は、先進諸国にとって、重要な政策課題となっている。
社会は貧困化するの件が感想でしかないので、感想に対する反論などありません残念でした
人生に遅いということはないよ