はてなキーワード: 黒歴史とは
最近言う人が少なくなってきたよな
とりあえずヒロインがブスだったら成立しないメソッドを振り回してオタクの反応を楽しむ人達
アニメに関わらずヒロインがブスだと成り立たないことを暴き出すことに意味はあると思うんだよな俺は
ぶっちゃけ俺はけいおん!が大好きなんだけど唯ちゃんがブスだったら成り立たないよね
だからけいおん!は唯がブスだと成り立たない!って言われたら腹立つけどその通りなんだよね
だから何って話なんだけど、ヒロインがブスだと物語が成り立たないっていう事実に物語の消費者は自覚的であった方が良いような気はするんだよな
そもそも原作の要素を一部でも改変したらそれは二次創作なので原作が成立しなくなるのは自明なんだけど、このifブス論はそういう屁理屈的な理屈を超越して創作物に表れた見も蓋もない人類の本音を皮肉ったものだと思うんだよね
ルッキズムとか言われてるあれね
キリトくんだってイケメンだから許されてるわけだし夜神月だってイケメンじゃなかったら早々に詰んでたわけだからヒーローにもダークヒーローにもifブス論は当てはまる
でもどっちかっていうと男の場合は※イケメンの方が適してるかな
そういうのにもっと自覚的だったら俺は中学生の時に一方通行の真似してブラックの缶コーヒー爆買いしたりⅩⅢ機関の真似をして黒フード着込んで黄昏時に裏山で黄昏たりした黒歴史を残さずにすんだと思うんだよなぁ
ここに書き始めたのは、私自身がどこかに吐き出さないと、狂いそうになってるんだなって気がついたから。
でも、私が普段使っている媒体は全て何らかの名前と紐付かれているから、名前の紐付けがないここに投げ捨てていく。
彼女は、愛していると言う。私は……どうなんだろうな。もうわからない。
彼女に出会ったのは、一年半位前だろうか。元々別のジャンルに居た私は、別のジャンルの(こっちは同性の)人間関係に辟易して
今のジャンルに堕ちた。Pixivに投稿したら、反応があって。そのなかに彼女はいた。
それから一年。様々なやりとりを経て、私達は付き合うこととなった。最初は、べったべただった。
お互い、少し心が弱いところはあるけど、お互い弱いからこそ、お互いのことがわかるから、ふたり寄り添っていけるね、なんて言ってた。
一緒のところがあると嬉しくて、一緒だね、なんていって笑っていた。
私は、どこで何を間違えたのだろうか。
いっそのこと、私の事を嫌ってくれればいいのに、なんて思うけど、多分嫌われたら、私はそれはそれで悲しむだろうし、しばらく心沈むのだろう。
彼女は、私の事が羨ましいと言っていた。
でも、私はそれを天賦の才として得たわけではない。
高校の頃に書いた二次創作はもはや黒歴史で、それを唯一知っている友人の口を塞ぐのがどれだけ大変なことか。
でも書き続けて、書き続けて、そうして今がある。
そういうことを言うと、多分今の彼女はこう言うのだろう。「それは表舞台に立てた人だからだ、だからあなたにはわからない」って。
ああ、そうだ、わからない。
なんだったら、この間、同ジャンルの別の人が、初めて出した本は10冊も売れなかった、マイナーカプすぎた、と嘆いていた。
でも、彼女は、彼女の作品は、投稿されればたちまちみんなが「うぽつです!」と言い、感想を言われ。
そして、気がついたら私は串刺しになっている。
刺さった串は抜けない。
何度筆を折ろうかと思ったことか。
でも、私が筆を折ったら、困る人がいる。
そもそも、多分、私が筆を折ったその日は、彼女に別れを告げる日だろう。彼女にも、この世界にも。
彼女と直接会わなくなって、もう二ヶ月以上が経つ。最後に会ったのは、8月のまだ暑さが残る頃だった。
彼女は、いわゆる裏垢で、寂しい、なんだ、と言って、みんなによしよしされている。
結局、私じゃなくても、いいんじゃないか。
構ってくれる人が、欲しいだけなんじゃ無いか。
今日もそんなことを思いながら、このポエムをゴミ箱に投げ捨てる。
ちなみに、言及を見た。
増田に偏見を持っているので「黙れクソ○○○」みたいなのが来るかと思ったら、割と普通の言及が一件と、
すまんな、またポエムだ。
「子供が勉強をしない」とか「子供が遊んでばかりで真面目じゃない」とか親戚回りでちらほら耳に入ったので、興味が出て話を聞いてみた。
そしたらほとんどのケースで親が全然子供に構ってなくてびっくりした。
例えば「子供の今の趣味とか知ってる?」って聞いたら「知らない」、「興味ない」、「勉強もしないのに趣味なんて」、って具合に。
子供の方にも話を聞いてみたら、案の定「テストの成績を親に叱られてやる気なくした」、「勉強ちゃんとしたのに」、「親は自分の頑張りを見てない」……。
あーあって思った。子供も親も、好感度がお互いゼロの状態で要求通そうとしたって無理に決まっている。
そもそも子供の勉強のモチベーションには「親から褒められる」ってのが上位に食い込んでるし、それを努力しても点数が芳しくなくて、努力が足りないって叱られたら無気力にもなる。
自分に合う方法を探す気力が薄い状態の子供、ほとんど親から褒められないことが理由だから、本当に子供に勉強させたいなら褒める以外なんにもしないでほしい。
叱ったり怒ったりは学校や塾がやるし、怠け癖は親が勉強してんのを褒めてたら9割は失せるけど、そうじゃない場合もやっぱり学校や塾がなんとかするから。
つーか子供時代の勉強のモチベーションなんか親に褒められる以外に黒歴史ノートの参考にするくらいしかなかったけどブチギレることでモチベーションが上がると思ってる親はどうだったんだろうか。
恐怖心で勉強すんのって一番記憶に残りにくいし今後一生トラウマになるから勉強自体嫌いな子供になる一方だと思うんだけど。
とにかく勉強の頑張りのご褒美を作るのは良いけど頑張らなかったからって怒鳴ったり殴ったりすんのは頼むからやめてくれ。児相に相談したっていいんだぞ。
あと子供が勉強しないことが過度なストレスになってるって親な。
自分が仕事とか家事とか人付き合いとか金のやりくりとかその他頑張っているのを認められなくて苦しい。
でも子供は勉強してるだけで遊び散らしてても自分が認めなきゃいけないっていう嫉妬とか哀しさとかでメンタルがやられてる証拠だから、迷わず心療内科に行ってカウンセラーさんに話を聞いてもらってくれ。
人の書いた夢小説を笑うな。
言い換えたらわかってもらえますか?
設定、文章としての体裁、そういうものが拙かろうがどうだろうが関係ないです。
人の創作を笑う権利なんて、これを読んでいるあなたはもちろん、他の誰にもありません。
誰かが楽しんでいたものについて、誰かが現在も楽しんでいるかもしれないものについて、誰かが書いたものについて誰かが書いているかもしれないものについて、古傷とか黒歴史とかあるあるとかそういう言葉で馬鹿にするのをやめてください。
馬鹿にしている意図はないんだという人、どうか自分が使っている言葉の意味をもう一度考えて発言してください。
自虐であって他人を攻撃する意図はないという人、あなたの自虐があなたの知らないどこかの誰かにも当てはまり、巻き込まれている側にとっては自虐どころかただの中傷になっていることに気付いてください。
私は夢小説を愛し、これからも目一杯楽しんで、気力の続く限り書き続けていくつもりの人間です。
腐女子が夢を過去の物として笑うRTが回ってくる度、不快な気持ちになります。
悪意がないつもりだから救いようがない。
人のマシュマロに投げられた中傷コメントにはそういう人だって憤慨したりしているのに、どうして黒歴史とか言う表現を使って、あるある大喜利なんかをして、過去あった他人の創作物のことなら笑うことはできるんですか?みんなでおもちゃにすることができるんですか?
マイルドな表現を使っているから、自虐の形を取っているから、あるいは数が多いからでしょうか?馬鹿らしい。
夢小説に現在も親しみながら、昔流行った創作傾向をネタにして笑う夢小説好き、あなたたちのことも私は大嫌いです。仲間みたいな顔をしている分ずっと質が悪い。
自分を含めた多くの人が、あの頃確かに楽しんでいたものを古傷などと言って笑うのは楽しいでしょうか?
今それをしていない自分が大人になった気でもしていますか?勘違いも程々にしてください。
どちらもきっと悪意はないんでしょう。想像力がないだけで。あとすごく鈍感で無神経なだけで。そうですよね?
これも自分の中では似たようなカテゴリなので書いておきますが、
夢の分類について話題になったときに出てくる強固に自分はオリキャラ派だと主張する人たち、自己投影してないと主張しないと気が済まない人たち。
自己投影だと思われると何か都合の悪いことでもあるんですか?その主張をどうしてもしたい根幹にはどんな感情があるんですか?
自己投影の有無にしろ、夢は恋愛夢だけではない!って主張にしろ、あまりやりすぎるとそこにあてはまる人たちを蔑ろにすることに繋がりませんか。
夢小説は創作形態として一段下で、なのでおもちゃにして構わないという風潮、本当になんなんですかね。
おもちゃにされて傷ついた、迷惑した人による防衛反応のようなものも合わさって、見る度辟易としています。
夢小説を好きになってほしいとか、広まってほしいとかそういった贅沢は言いません。
人が書いたものや楽しんでいるものに関して、からかったり下に見たりをしないという、ごく普通のことだけを、一介の夢小説好きとして望みます。
今までに「複数のキャラクター枠を用意して絵を描きたい人を公募で募集(一部依頼)して、提出された絵を使って動画を作る」という二次創作動画をつくることを複数回やってきた。
私が企画動画をやるときは「ガチ勢集めていかにすごくて見る人が『すげえ!!』ってなる動画を作れるか、感動させられるか」に重きを置いている。だから参加者はできるだけ絵が上手い人だけに参加して欲しいとまで心の中では思っている。
私自身はたまたま人脈が広くて、フォロワーが多く絵も上手いいわゆる神絵師とも関わることが多くて、そういう人達がよくリツイートして参加してくれたし、企画をきっかけに繋がり→その後の企画にもよく参加してくれる神絵師なんかもいた。というか絵の上手い絵描きしかフォローしないし相互にならないから基本的に多くはとても素晴らしい絵を描く方からの参加希望がきた。
だけどその反面、公募故に「絵の下手な人」からの参加希望もきたのだが、私はそれが非常に嫌だった。
「絵の下手な人」の多くは、別の人から参加希望のあった枠だったりして断ることが多い。けれども全てが埋まってるわけじゃない。できる限り身内とかに頼み込んで裏で枠を埋めて参加希望断ったり、自力で描くことにして枠を埋めたり、色々した。それでも参加を了承せざるを得ないことがあった。そうして参加させると八割方トラブり、普段はとても温厚(自称)な私がめちゃくちゃキレる。この前キレすぎて壁に穴空いた。
もう次に企画やるときは絵の下手な人お断りをしたいとすら思っている。最低でも私より下手な奴はお断りしたい。
でも「絵の下手な人参加お断り」って言ったら炎上するに決まっているから言えるわけねえ。
どうすればいいんだよ…………
(公募制度やめればいいじゃんって話かもしれないけど、いかんせん枠数が多いのに加えて、公募ですげぇ絵の上手い知らない人からリプ来ることがよくあるからそれだけは避けたい。わがままかもしれないけど)
ちなみに「絵の下手な人」を参加させたくない理由はいくつかある。
•多くの絵の上手い方々の中に「下手な絵」が混ざると悪い意味で浮く。
フォロワー5桁の人間とフォロワー2桁前半の人間じゃ天と地ほどの差がある。一目見て「アッこれアイビスペイントのあのペン使ってんな……」とか一瞬でわかる。ただの影も入れないバケツ塗りの絵にフワフワ羽ペンいれてもデジタル絵初心者クソ野郎にしか見えない。手ぶれ補正使ってます?利き手と反対の手で描いてます?ってくらいガッタガタの線。鋭利ってレベルで尖ってる顎。バケツ塗りすら知らねーのか!??って感じの線からはみ出まくった塗りの絵(キレすぎて線画抽出して自分で塗って「こっちの方がマシじゃん!!」ってさらにキレて、そんなことして4時間無駄にした。)
生理的に無理。耐えられない。頑張って描かれた神絵師の絵と並べたくないし、モナリザのとなりに中学生男子の黒歴史ノート並べるような痛々しさ。
エフェクトかけても馴染まないから浮く。なんで人物が画面半分より下に肩から上しか描かれてないの?編集するともう生首にしか見えない(流石にリテイク出した。顔アップとかするともう目も当てられない)編集難易度高すぎてもはや自分で描いたものに差し替えたい。
めっちゃ暗い歌詞なのにバリバリにパステルカラーの絵とか笑顔の絵を送られても困る。お前自分のパートの歌詞見たのか???見てねえだろ??、?
•そもそも絵のサイズとかファイル形式自体を理解していないことが多い。
透過pngで出してねって言ってもjpegでだされる。複数枚ある人はZipで出してねって言ってもZipってなんですか?と言われる。メールに送るかアップローダーで送ってね、と言っても「メールアドレス持ってません。。。アップローダーってなんですか??」と言い出す。たまに絵の上手い人でも間違えてjpegで送られてくることもあるけど、送り直しを頼むと秒でちゃんと正解のものを送ってくれる。神絵師はやはり神である。
「参加に当たってファイルはこのファイル形式でこうやって提出してください、それがわかる人だけ参加してください」とはっきり明記したにもかかわらず参加してから分からないと喚いている。というか募集の時点で「下記のことを明記した上でリプorDMしてね」と言ってもそれすら無視した内容のリプやDMを送ってくる。
•連絡ができない
「参加できなくなったと判断した時点で連絡してね、連絡すれば大丈夫だよ」と言ってもバックレる。やばい奴は締め切り2度延長した上でバックれた。「不安な点やわからない点は質問してください」と言っても何も聞かずに締め切りギリギリになって色々やらかす。神絵師は早い時点で「申し訳ないのですが……」と辞退するDM送ってくれたり、分からないことを聞いてくれる上に編集のことまで考えて「ああしていいか、こうしていいか」まで聞いてくれるのに、なんだこの差は。
こんな具合だ。似たような企画をやったことのある動画編集仲間に聞くと「そもそも描いた絵の保存方法すらわかってない人が過去にいた」だの「画像全てのサイズがバラバラ」だの「参加希望してきた時点で『提出できるかわからないから万が一の代役を立てておいて』と言われた」だのヤベー噂を色々聞いた。そのくらい「絵の下手な人」というのはほんとやばいから嫌なんだ。「絵の下手な人」はもう自覚して参加を控えるか「絵がそこそこ上手い人」にレベルアップできるように腕を磨いてくれ。
私の妹も嘗ては「絵の下手な人」だったけど描きまくった結果お前ら「絵の下手な人」より年下なのに結果的には画力が私を超えて専門学校の面接でプロからお墨付きもらうくらい上手くなったぞ。努力をしろ、努力を。
ちなみに私は企画をやる際
•pngの場合は、できれば背景と人物別のやつ欲しい、人物は透過pngで。(必須ではない)
•1280×720以上の16:9の画像(変形は要相談。だいたい承諾する)
•出来たら複数枚の場合zipにまとめて、それが一括DL可能なサイトを使って。
•連絡さえすれば辞退も締め切り延長もしていい。連絡だけはして。
•枠番号とキャラ名を記載してリプかDMを送って欲しい。第1希望から多くて第3希望まで明記してね。もし複数枠できる人はそれも明記して欲しい。
•上記のことがちゃんと理解できて、実行できる人だけ参加してね。
•締め切りは伸ばせる。(募集から第1締め切りまでが4〜6ヶ月あるし、第一締め切りに始まって第四締め切りぐらいまで作ってる。第一から第四までの間が1ヶ月くらいある)
ってことを参加概要に明記してる。締め切りとか寛容すぎて聖母でわ????って思うこともあるんだけど難しくないよね????
▼応募形式を満たしてなければ落とすのが当然では?
参加希望をした時点では満たしていても、参加してからあれ分からないこれ分からない出来ないが発覚したりバックれたりがあって落としきれないんだ……「絵が下手な奴ほどそういう傾向があるから画力の低さを理由に落としたい」ってのが本音。
Wikipedia読んだ。
条約締結以前の1946年、日本政府は日本企業に対して朝鮮人に対する未払い額を供託所に供託するよう指示を行っている。2009年8月現在、日本に供託形態で保管されたままとなっている韓国・朝鮮人への不払い賃金額は、強制動員労務者2億1500万円、軍人・軍属9100万円などで総額3億600万円となっている
財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定 - Wikipedia
・第2条が日韓両国間の請求権問題が「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」規定
・この協定に基づき、日本は、韓国との正式国交開始と同時に、韓国に対し、合計5億米ドル(無償3億米ドル、有償2億米ドル)及び民間融資3億米ドルの経済協力支援を行った。当時の韓国の国家予算は3.5億米ドル程度、日本の外貨準備額は18億米ドルであった
2009年8月14日、ソウル行政裁判所は、大韓民国外交通商部が裁判所に提出した1965年当時の書面に「日本に動員された被害者(未払い賃金)供託金は請求権協定を通じ、日本から無償で受け取った3億ドルに含まれているとみるべきで、日本政府に請求権を行使するのは難しい」と記述されていることを明らかにした[2][3]。韓国政府は、日韓基本条約締結時からこの付随協定の内容を韓国民に伏せて
2005年の盧武鉉政権から、韓国政府は慰安婦、サハリン残留韓国人、韓国人原爆被害者の問題については日韓請求権協定の対象外だったと主張し始めた
韓国の与野党議員27人が、1965年の日韓基本条約が屈辱的であるとして破棄し、同時に日本統治下に被害を受けた個人への賠償などを義務付ける内容の新しい条約を改めて締結するよう求める決議案を韓国国会に提出するとともに、日韓両政府が日韓基本条約締結の過程を外交文書ですべて明らかにした上で韓国政府が日本に謝罪させるよう要求した。
2009年8月14日、ソウル行政裁判所は、大韓民国外交通商部が裁判所に提出した書面に「日本に動員された被害者のための(未払い賃金)供託金は請求権協定を通じ、日本から無償で受け取った3億ドルに含まれているとみるべきで、日本政府に請求権を行使するのは難しい」と記述されていることを明らかにした
韓国政府は元徴用工の対日補償請求はできないと表明していたが、韓国大法院は2012年5月23日、日韓併合時の日本企業による徴用者の賠償請求を初めて認めた。
韓国大法院は「1965年に締結された日韓請求権協定は日本の植民地支配の賠償を請求するための交渉ではないため、日帝が犯した反人道的不法行為に対する個人の損害賠償請求権は依然として有効」とし、「消滅時効が過ぎて賠償責任はないという被告の主張は信義誠実の原則に反して認められない」と主張した。
また、元徴用工が日本で起こした同趣の訴訟で敗訴確定判決が出たことに対しても、「日本の裁判所の判決は植民地支配が合法的だという認識を前提としたもので、強制動員自体を不法と見なす大韓民国憲法の核心的価値と正面から衝突するため、その効力を承認することはできない」と主張した
韓国の下級裁判所では元徴用工と元徴用工の遺族が日本企業3社(新日鉄住金、三菱重工業、不二越)に損害賠償を求める裁判を相次いで起こしている。
2015年12月24日現在、確認されただけで係争中の裁判が13件あり、このうち5件で日本企業側に損害賠償を命じる判決が出ており、3件が韓国大法院の判断を待つ状態になっている
2015年12月23日、1965年に締結された日韓請求権協定は違憲だとする元徴用工の遺族の訴えを審判の要件を満たしていないとして却下した。
韓国大法院は2018年までの約5年間徴用工訴訟について判決を出していなかったが、2018年に韓国の検察当局は朴槿恵政権期に大法院が大統領府や外交省と協議し故意に判決を先送りしてきた疑いがあるとし法院行政所の元幹部などを起訴[19][20]。2018年12月3日には職権乱用などの容疑で当時大法官(最高裁判事)だった朴炳大の逮捕状をソウル中央地裁に請求した
2018年10月30日、韓国の最高裁にあたる大法院は差し戻し審で新日本製鉄(現新日鉄住金)に対し韓国人4人へ1人あたり1億ウォン(約1000万円)の損害賠償を命じた。徴用工訴訟において大法院で結審したのは初めて。
2018年12月、戦時中に日本企業に徴用されたとする韓国人とその遺族が、1965年の日韓請求権協定で日本政府から3億ドルの無償支援を受け取った韓国政府に補償責任があるとして、韓国政府に対して1人当たり1億ウォン(約1千万円)の補償金の支払いを求める集団訴訟を提起することが明らかになった[23]。
小学校の教科書から「漢江の奇跡」を削除……韓国の歴史とは「道徳教育」である | 文春オンライン
韓国大統領、教科書から「黒歴史」消してさらなる親日潰し(SmartFLASH) - Yahoo!ニュース
でも8月15日時点ではここまでやばくなかったんだよな
そのネトゲはアバターを着飾る要素が豊富で、こだわる人は結構なお金をつぎ込むほど。
ネトゲ内でバーチャルオシャレに熱中する女子中高生、さらに大人の姿も見受けられた。
まあ、アメーバピグって言うんですけど。
「ピグアイドル」だ。かわいく着飾ったアバターたちが、手作りのバーチャルのステージ上で歌って踊る。
いつからそんな文化が流行ったのかはわからないが、そのネトゲ内では確実な地位と知名度を持っていた。
そのアイドルは非公式だ。アイドルをやりたい、と思った人間がメンバーを募って、集めて、歌って踊るライブだとか、ブログだとか、たまに総選挙なんか開いたりして。
そういうのを私は当時、異常だ、気持ち悪い、と思った。
なんてたって、歌って踊る、なんか言っても、実はそれは既存の歌の歌詞をチャットで並べ立てて、それに合わせてアバターがそれっぽく動く。歌は脳内再生。それでも女子中高生たちには無類のウケ型をしていた。なんだろうね、今ティックトックとかやってるような層にウケてたんですよ。そういうもんに陰キャはどうしようもない反骨心を抱いちゃうわけじゃないですか。
私は抱きました。もちろんそんな陰キャたちはたくさんいて。まあちょいちょい馬鹿にする程度だったんですけど、あるときそれが爆発して。
アメーバピグには、コミュニティって制度があって。まあギルドみたいなもんかな。誰でも立ち上げられて、メンバーを募集して、各コミュニティには専用エリアが与えられて。まあだいたいいつも遊んでる連中とかで結成されて、たまり場みたいにする。
ある時「アンチコミュニティ」が爆裂に増えた。きっかけはまあ、陰キャたちの中でも名前がデカい有名人みたいなやつ。といってもほとんど悪質な荒らしなんですけどね。そいつが一番有名な某ピグアイドルのライブにいろいろ嫌がらせをけしかけて。いつも悶々としたいら立ちを抱えてた陰キャたちは大喜び。次々と便乗して加勢して、「祭り」状態。標的になったピグアイドルたちはまあ、ほとんど無視。まあインターネットで活動してて嫌がらせに反応してたらきりないですからね。それでも、ちょっと叩いてみればブログの画像はどこどこの盗用だとか、メンバーのこいつは未成年だとか、(当時のアメーバピグは18歳以上は禁止ということになっていた)まあ、活動しているのは若い女の子たちなので、叩けば叩くほどホコリが出てくる。集中攻撃を受けてメンヘラムーブをかましたメンバーも出たりして、陰キャたちは大盛り上がり。
アンチブログというのも次々立ち上がった。叩いて出たホコリを延々と紹介する。最初は年齢詐称だとかメンバーの暴言だとか、まあしゃーない、と思うような内容だったが、次第にゴシップ誌みたいなウソかホントかわからない情報まで流されるようになってきた。
やがて飽きる陰キャも次々出てきた。私もその一人で、やがてアメーバピグ自体をやめた。
そうして年月が経って、アメーバピグも終わるらしくて。ふと思い立って、あのとき熱心に覗いては粗探しに励み、荒らし活動に励んでいた某ピグアイドルのブログを覗いてみた。
更新は止まっていた。三年ぐらい前に。どうやら他メンバーも音沙汰なしになっているらしい。まあ、アメーバピグ自体そのころは既に出会い厨と小中学生とニートしかいない「オワコン」状態だったので、自然消滅してしまうのも、仕方ないと思う。むしろ今もやってたらビビったかも。
当時一番、ファンからもアンチからも人気のメンバーであった一人のブログを見た。彼女はどうやら実家が相当太いらしく、日々豪遊の写真がブログに挙げられていた。当時の私たちはやれ捏造だ嘘だ流用だと叫んだが、具体的な証拠はなかった。更新は、やっぱり三年ぐらい前に止まっていた。
正直、推せると思ってしまった。
なんてたって彼女は、ネトネトした感情を並べ立てることなく、ただただ人生を楽しんでいる。金と時間を潤沢に使って、目いっぱい楽しんでいる。たとえそれが親の財産だったとしても、豊かに育てられた彼女は楽しかった!ウケる!とかキラキラした感情を出力している。キレイなものでできている。私たちの届かない世界で暮らしている。最終更新には、今はNYの学校に行ってる、と書いてあった。
どんな形であれど、人気者になる、というのはすごいことだ。それがどんな稚拙なものでも、人が集まるなら一定の魅力がある。
某ピグアイドルにはアンチも沢山いたが、ファンも沢山いた。たとえそれが小中学生の女子であっても、夢を与えてワクワクさせている。そんなこと小手先じゃできない。し、バカにする連中だってたくさんいる。そんな声に負けずに続けていくのは相当難しいだろうし。
本当最近Twitterぐらいしかやってないんで、陽キャインターネット文化にはよわよわなんですけど。ティックトックしか知らないんですけど。あれもね、すごくいいと思います。なんてたって誰もがスターになれるんですよ。そこで人気者だったら、そりゃまあすごいことだと思う。だって私が昔魂込めた小説なんて一日3PVぐらいで、そんで三日で挫折しましたもん。
表現者っていうのは続けることで確立されるってどっかで読みました。続けることはなんだって難しいです。
どんなにくだらなくても、黒歴史でも、馬鹿にされそうでも、若いうちになんか続けときゃよかったなあ、って思ってます。若いうちって中高生ぐらいですかね。その頃の私っていうのはインターネットの陽キャムーブのアンチ活動に必死で。なんも生産性ない奴なのにね。
なんか表現として続けられて、それで誰かのハートを掴んだっていうのはすごいことです。神さまになるみたいなことです。
神さまになりたかった。冷笑する態度を続けてると創造のインスピレーションっていうのがみるみるしぼんでくんですよ。脳の架空のオタクがアンチしてくるんです。それでなんも考えられなくなる。
インターネットでなんかやってる皆、みんなみんな愛してるぞ。
匿名で日記を書いて世間に自分のことを書きなぐれるなんて、なんていい時代になったんだろう。
なんていうか、間もなく私は結婚するんだけど、その前に何か、書きたかったんだろうな。
きっかけは10年以上前に使っていたメールアドレスのアカウントに、当時の会話がごっそり乗ってて、懐かしいやら、恥ずかしいやら、、、てな感じで
昔話を知り合いとかじゃなくて、だれもない「誰か」に見てほしいと思い立って、今こうして書いてるだと思う。
頑張って当時の事思い出して書くけど、微妙に思いで補正できらきらしちゃう部分はご愛嬌笑
まぁ、よかったら見てってよ。僕の、甘酸っぱくて、恥ずかしくって、楽しかった青春の思い出の整理を。
青春時代と思い出したくない黒歴史がたくさんたくさんなのは主に中学生から高校生のころの話だ。
特に中学生って第二次性長期の影響なのか、人格が不安定で、感受性豊かなもんだから、いろんなもの(僕は主にアニメ)の影響承けちゃったりなんかしちゃって、思い出すと枕にんー!!!!!!!!って叫びたくなるようなことばっかりだったと思う。みんなも多少覚えあるやんね?笑。
何に悩んでいたかといいますと、、、、、そうなんです。僕は女子からのいじめに悩んでいた。
もともと小学生時代、暴虐武人で喧嘩っ早く、人よりませていてエロいこと大好きだった僕は、女子から奇異な目で見られることが多かった。
ちんぽの毛も生えそろっていないような小学生のうちは、女子にどうこう思われるより男友達が笑ってくれたり、盛り上がったりする方が圧倒的に楽しくて、とにかくあほなことばかりしていた。
保健体育の授業はたぶん誰よりも好きだったし、プールの授業とか裸になって走り回ってちんちん見せびらかししてたしなぁ。
そんな感じのくそませがき野郎だったから、当然女の子からの印象は最低。
廊下で女子とすれ違おうものなら「きもい」やら「くさい」やらとにかく悪口を言われた。
書いてて悲しくなってきた。
当時よく耐たえてたな。笑
然しながら悩みの本質は悪口を言われ気分が悪いとか、無視されて悲しいとか、そういう部分じゃあなかった。
「こんな自分でよいのだろうか?」
ライトノベルが大好きな僕はいろいろな物語を片っ端から読み漁っていた。
ゼ○の使い魔、○眼のシャナ、涼○ハルヒの憂鬱などなど上げ始めたらきりがない。
基本的にかわいいおにゃのこが出てくるようなライトノベルは、主人公がモテたりだとか、最終的にヒロインとくっついたりだとか、
こいつのために世界をかえてやるあぁ!!!みたいな勢いで恋してたりする。
ライトノベルで「恋愛」というものを学んだ僕は、そんな学校生活にあこがれて、自分も青春したいぜ!!!と思っていた反面絶望していた。
いやいや、無理っしょwwwだって女子にこんなに嫌われちゃってるんだからww
「こんな自分でよいのだろうか」
好きな作者さんのものなので、公開当初からプレイしたし、エンドも全部回収したし、おまけ部屋もクリアしたし、RPGなのでレベル上げもした。
大好きでファンアートを描いた。
そのファンアートを作者さんに送った。喜んでもらえて嬉しかった。
今日、フリーゲームのランキングを見たら、そのフリーゲームが一気に順位が上がっていた。
元々、人気のフリーゲームであったがそれはフリーゲームマニアの中のものであった。
そこそこ有名らしい実況者が実況していたことにツイッターで気づく。
自プレイ民なので複雑ながらも、これでさらに有名になっていたら嬉しいとも思った。
しかし、その実況者のツイートを見た途端に頭が真っ白になった。
「パート1は伸びるが、パート2以降はなかなか伸びない。フリーゲームだから他の人のを見たり自分でプレイしてるんだろうな。」
頭の中がバグった。
さらにその実況者のツイートを遡ると、これは伸びるだの収益だののことばかりだ。
好きだったり気になるから、そのゲームをプレイするのではないのか。
そのゲームを広めたいとかではないのか。
自分の好きなゲームが冒涜されたかのようで、同じフリーゲーム好きの通話相手に泣きながら愚痴ったし、思わずツイッター内で暴れてしまった。
もう消したが、一気に黒歴史と化したので穴があったら入りたい。
実況で一山当てたいのはわかる。
しかし、そのゲームのファンがどう思うのか、悲しいのか一度考えてほしい。
思っていたとしても言わないでくれ。
好き
・老後を考えて介護用ベッドを買おうとする老夫婦のやつ(おじさまダンディ)
どうでも良い
・はずきるーぺ(飽きた)
・ビズリーチ(飽きた)
嫌い
・消滅都市の一瞬無音になるCM(テレビバグってるのかと思ってしまう)
・肉じゃがをつくるためにお母さんと電話しているCM(息子:母さんの味にならないよ〜、母:今度はどんな娘なの?が苦手)
・「2分が美味いんだよ知らないの?」のCM(うるさい)
最初に"聲の形"を見た時に重なる部分が多くて具合が悪くなった。
昨日何度目かの視聴をした。
かなり醜い話と懺悔になるが思うことを書いていく。
なんというか、人間の記憶は主観的だし恣意的だ。見たいものを見たいようにしか見ていない。
ファクトはあるが、どう見えているかはみんなバラバラだし、昔の事ともなるとファクト自体もあやふやになる。
少しぼかして書いていることもある。
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クラスの中でも小柄だったが、テストは毎回100点、頭が切れて口喧嘩が強い、悪ガキで面白い遊びを思いつく。
何やっても要領が良い、どうするのが正解か知っていても大人に媚びるのが大嫌い。
喧嘩っ早くて体格が上だろうと年上だろうと取っ組み合いしてぶっ飛ばされたり怪我もしょっちゅうしていた。
私には2つ上の兄と3つ下の弟がいる。お陰で交友関係が広かった。
そうした背景もあってか小学校に入ってからずっと、誰に対しても物怖じせずにあれこれ言ってきた。先入観をあまり持たずに人と接してきた。
男の子、女の子、年上、年下、昼休みにドッチボールをする人、本が好きで静かな人、お金持ちの家の人、幼稚園上がりの人、保育園上がりの人、勉強が苦手な人、ゲームが好きな人、ゲームを買ってもらえない人、野球をやっている人、サッカーをやっている人、わがままな人、音読で閊える人、発達障害っぽい人、同学年の女の子全員からキモがられていた「小1の時に教室の真ん中で***を漏らした人」とも。
カーストのどのTierの人とも話せるのが私の強みだったし、(今思えばやりすぎているが)笑わせたり弄ったりできた。
小学校5年生の時だった、私のいた小学校では各学年に4クラスあって3年生と5年生でクラス替えが行われる。
5年生のクラスのメンバーには1年生の時からの友達も3年生からの友達も多く、割と見知った顔に囲まれ結構安心した事を覚えている。
登校班や子供会なんかが同グループだった友達が多かったこともかなり幸運だった。
いつだったか時期は詳しく覚えていないが何度目かの席替えの後、私の隣の席にはクラスの冴えない女の子がいた(以降Yさんと呼称する)
私が教科書を忘れて「見せて」と言った際だったか、消しゴムを忘れて「借して」と言った際だったか、あからさまな態度と嫌味をもって拒否された。
初めて同じクラスになった私とそのYさんの間が、構築前から突如として誰にも知られずぶち壊れて険悪になった。
とにかく”きっかけ”は存在した。それは本人の属性や変えようのない部分ではなく、本人の言動そのものに起因することだった。本当に瑣末な事だったが。
当時の私は、今よりもさらに「自分の損」に興味がなく、あけっぴろげの人間だったので、恥知らずでわがままこそ言えど、「消しゴムが無い」と言われれば、ちぎって半分あげたし「教科書忘れた」と言われれば、そのまま貸すような人間だった。
また、奔放なぶん蛮行を働いて教師たちの御用になる事や、真面目タイプの女の子のチクリポイント稼ぎの養分にされる事も多かった。
クラス替えをして、全然知らない、普段静かにしている、何の毒もなさそうな見た目の、ほとんど話をしたことが無いような人間からいきなり剥き出しの100%の敵意を出された事は私にとって苛立ちよりもまずはショックだった。そんなつっけんどんに拒絶されるものか?と思った。
多分Yさんも人付き合いがうまくなかったんだと今ならば思うし、人間の合う合わないはどうしようもない上に精神の未発達段階で大人の対応をできるわけがない。
もしかしたらどこかで知らないうちに嫌われることをしていたのかもしれない。
幼かった私は、Yさんから向けられた敵意を「あーなんか嫌われてるけどまぁいっか」とか「まぁそんなもんか」で処理することができなかった。
後にいじめと呼ばれるものになることの始まりは、あくまで個人間の諍いであった。
私はYさんの剥き出しの敵意に対して意地になって目に見える形で露骨に応答した。
給食の時間に同じ食器の運搬係になれば一人で給食室から食器を運んだし、Yさんが牛乳係の時には自分のぶんは自分で牛乳を配膳した。
大人であれば「なんやこいつ関わらんとこ」で済むような人間に対して、同じように敵意をむき出しにして徹底抗戦した。
当然相手も同じような態度を取り続けた。収束までずっと仲裁が入ることはなく、私とYさんの終わる事の無い喧嘩が始まった。
1人でやっているつもりでも教室内のピリついた空気は伝染する。
周囲が異変に気付き始める。
「何かあったの?」などと問われたことはなかった。当時の私はそう聞かれても、最初のきっかけをうまく言語化できなかったと思う。ただ「あいつはわけからないけどなんか自分のことを嫌っているからこちらも戦う」という態度だけは徹底して取り続けた。私はYさんのあだ名を命名した。キャッチーなあだ名で、「デブ」とかの悪口では無い。まだ私はこの後大事になると微塵も思っていなかった。
しばらくしてクラスの人間が真似をし始めた。地獄の始まりである。
子供は愚かだ。ストッパーが無ければ増長して行動はエスカレートする。みんながやっていると善悪の判断がつかないまま真似をする。
「仕掛けたのはあっちだ」とか「自分は嫌いな奴と1人で戦っていただけだ」と思っていたが、周囲がのってくると、自分もまたそれにつられて調子にのった。
「一緒にいじめよう」など口にせずとも、教室というフィールドの中で生じた歪みは波及していき、クラスメイトは不穏な空気を汲み取り同調していく。
当時意識していなかったが、不幸な事に自分にはそれだけの影響力があった。カースト上位に属するとはそういうことだった。アホアホが影響力を持つコミュニティは破滅に向かう。場面場面でお調子者キャラが目立とうとして度を超えてやりすぎる事があったが、私はそれを止めなかったし、時には一緒になって参加した。「結託して集団でいじめをしよう」などと言い出さなかったことだけは言えるが、言わなかっただけである。見えない鎖が教室に張り巡らされていた。
「〇〇菌」
誰が考えるのか、日本各地でいじめはなぜかいつもこの形に収束する。こうして個人間の喧嘩は、いつの間にか一見(というかどう見ても)私が主導したクラス全体のいじめの様相と化した。
ランダムにペアを組むワークではYさんはいつもあぶれ、男子はおろか女子も露骨に嫌がったし「Yさんの隣」や「Yさんを含む班」は席替えの度にハズレの席となった。いじられキャラは押し飛ばされてYさんとぶつけられるし、休み時間は「Y菌」で鬼ごっこが始まった。その頃には私がつけたあだ名は学年中に広まっていた。
愚かな私は、みんなが私の味方になった気がしていた。
今日の今日まで喧嘩の発端(前述)すら誰にも話した事がなかった。「弱者に一方的に」というつもりもなかった。私の中ではYさんが突如宣戦布告した戦争だった。
しかし結果としてやられたからやり返した「報復」という形をとって、一人の地味な女の子が得られるかもしれなかったささやかな小学校時代をぶち壊した。
わたしはその頃、一度受けた傷はオーバーキルで相手を倒しきるまで忘れない性格をしていた。一人で始めた戦いであって、自ら徒党を組むことはなかったが、加勢されることは私の正当性の現れな気がして拒否しなかった。その一方でこれは「いじめだ」とも頭のどこかでは認知していた。
私は私の始めた喧嘩に、意図せずともクラス全体が引きずられていっておかしくなっていく事を止められるほど精神が発達していなかった。
これは言い訳も虚しいほど完全にいじめだ。物理的な暴力や器物の損壊が伴わなかっただけだ。個人間の不仲から発展した空気はムードとなって場を支配し、カーストを動かし、もはや私の手で収束できる問題ではなくなってしまった。
6年生になる。いよいよ看過できないレベルにまでいじめが広がる。
高学年にもなると知恵をつけて、その方法もより精神をえぐるものになる。
他のクラスでは直接的に集団で殴る蹴る下着を脱がされるの暴行や、給食費を盗が盗まれる物が隠されるとかの、より凶悪な問題が顕在化しており、6年生になってからは同学年の4クラス中2クラスが学級崩壊していた。私のクラスでは、目に見えてYさんの村八分が酷くなっていた。Yさんがどれほど身の狭い思いをして修学旅行を過ごしたのか、私は想像もできない。他人事のように書いてしまっているが私の責任である。自分の手を汚さないやり方を望んでいたわけではない。私は私でYさんと相変わらず徹底抗戦していたのだ。
Yさんが給食係をやれば「あいつが配ったスプーンでご飯を食べたくない」という言葉が囁かれた。誰がどう見ても個人間の喧嘩では無い。
ある時、昼休みだったか「総合」の時間割だったかの時間に私はクラス担任から事情聴取を受けた。
私は「していない!」と訴えた。(それはいじめというのだよ、小学生の私よ)それでもそれ以上続く言葉出てこなかった。罪への意識は十分あった。
私がYさんにやられてる以上に痛めつけてしまっていたことも理解していた。
まずは「このクラスにいじめがあることを認識しているか」といった主旨の質問が全員に向けて発せられた。周知の事実だったが全員がすっとぼけた。
なぜこんなことになっているのか、原因がなんなのか誰もわかっていないにも関わらず、Yさんへのいじめを知らない人間は同学年に居ない。
全員の前で「先生は(私)さんが主犯格でやっているように見えている」と担任から名指しで名前が挙げられた。
「Yさんにきちんと謝りなさい」と言われた。体がロボットのように動いたがどうやって謝ったのか覚えていない。
いじめだと内心で思ってきた事をここまできてようやく裁かれた気がした。
「手から離れた問題が雪だるま式で大きくなり敗戦処理の段階になって、私はトカゲのしっぽとなって切り離された」という事実をもって。
私は確かにYさんと冷戦をして、原因も話さず、周囲が巻き込まれていくことを止めもせず、1人の小学校時代を壊滅させた。始めたのは私だ。止めなかったのも私だ。わかりやすい戦犯だ。私の後に「私も加担した」と続く者はいなかった。
誰かに「無視しろ」と命令したとか、「あいつのこと避けよう」とか私は言っていない。でも嫌悪感を態度で表して周囲はそれを忖度した。
「誰がはじめたいじめなのか」とか、「あいつはいじめに加担してない」とかはどこからを言うのだろうか。教室はお通夜になった。
「むしろお前らこそいじめてただろ」とも思った。普通に考えて悪いのは私だ。理解している。
醸成された空気に異を唱える小学生はいない。我関せずすらも難しい。せめて普通に無視してあげる事が関の山だ。小学生のカーストで一度つけられた烙印はなかなか消えない。玉突き事故を起こしたら自分の居場所が保てなくなる。
本来であれば穏やかに過ごせるはずだったささやかな生活を台無しにした。どれだけ胃が痛かったろうと思う。遠足も修学旅行も楽しくないものだったろうかと勝手に思う。向こうはなぜ私と交戦状態になっているかもわかっていなかったと思う。私も当時はうまく言語化できなかった。
学級裁判の後、Yさんのいじめの件はクラスの黒歴史のように禁忌となり、「聲の形」の石田くんのような転落を味わうことなく、私は卒業した。Yさんもついぞ何がきっかけで始まったのか口に出さなかったが(というか引き金を認識していなかっただろうが)一人静かにかけがえのない青春の一部を失った。それは取り戻すことはできない。
その後、地元の公立中学校に進学した私はスクールカーストに属する事をやめた。
自分の意地や些細な喧嘩で人を壊すと思うと恐ろしくなった。中学では勉強マシーンになり、人と仲良くなりすぎる事も辞めた。
私の進んだ中学校は私の居たA小学校と、一回り規模の小さいB小学校から進学してくる生徒でほぼ100%になる。
大規模ないじめに発展する問題を起こした人間が言うのはあまりにおかしな話だが、B小学校から上がってきた人間は本当に問題児ばかりであった。母数が少ないのでA小学校出身者に舐められまいとして毎年こうなるのだと後で知った。
私は同じ中学校に進学したYさんの小学校時代の話は何も言わなかったし、Yさんとは一度だけ同じクラスになった記憶があるが直接会話もしなかった。
それでも誰かが広めたのであろう、私のつけたあだ名や過去はB小学校出身者にも簡単に広がった。何が起きたのか事実も発端も知らずに面白おかしく吹聴する輩がいる。
中学1年生の時、B小学校出身の友人から話があった。英語の授業で当てられたYさんは"How many friends do you have?"という英語教師の問いに"I have many frieds."と答えたそうだ。友人は笑っていたが私はとても笑えなかった。
それでもYさんにはB小学校から来た友達が少しだけできたように見えた。私にとってそれは少しだけ救いだった。
私は中学校生活の中で、2年生から入った塾関連で話しをする人は居たが新しい友達(と言える存在)は出来なかった。
入ったバスケットボール部でも当たり障りのない会話をする人は居たし、たまに一緒にふざける人たちもいたが、順番に繰り返される暴力や金銭授受の絡むいじめを見てから人間関係がわからなくなった。
どうしても同じ時間を過ごさなければいけないタイミングでは、それまでのキャラで場当たり的に属したが、残りの時間は勉強を頑張る人たちや、それまでの小学校から仲良くしていた人たちと細々とつるんだ。
兄の影響で2個上の先輩達から可愛がられたが、1個上の先輩からはその反感もあってかすこぶる嫌われた。はっきりいって居場所はなかった。あれこれ「自分に資格がない」と思って罰だと思って受け入れたし、居場所を作る気もなかったので当たり前だが。
私がおとなしくしている間にも悲劇は拡大・再生産されていた。問題児ばかりのB小学校の出身者は次々とA小学校の出身者を再起不能にして登校拒否にさせた。そんな中Yさんは大きないじめにあっていなかったように思う。あまり関わっていなかったので”多分"だが。
A小学校の時に明るかった人間やクラスのカーストでも最下層でもなかった人間が次々と再起不能にされていく様を見ると何か色々と惨めな気分になった。自分の愚かさにもしょげた。
私はミステリアスキャラになった。B小学校の人たちからちょっかいをかけられたり、体育祭の後の打ち上げで軽くハブられて悔しい思いをしたり、順番に巡るいじめの被害にあった人間に擦り寄られたりすることもあったが、そんなことはどうでもよかった。なんだかんだで助けてくれた人はいた。とにかく適当に過ごした。気持ち悪くてダサい人間関係から離れたかった。自分の黒歴史を見るようだった。
小学校時代を猿山の大将として過ごし、学級裁判でだんじりから見事に転げ落ちた私はとにかく静かに過ごしたかった。今更許される事でもないが悪いことはもうしたくなかった。被害者ぶる事は無かった。昼休みは一人で過ごす事が多かったし放課後に誰かと遊ぶことも極端に減った。自分の中身がそっくり入れ替わった気がした。
高校に入ってからはしょうもないことを言う人はいなくなった。とても楽だった。楽しかったし友達も沢山できた。
自分が変われた、受け入れられた気がした。でもそんなことを感じて良いのだろうか?被害者は忘れることはない。
大学ではもう完全にみんな大人になった。大学はもうそのまま社会だ。
アホはいるが当たり前の常識をわきまえた人間が多い。彼らの中にも私と同じような後悔を抱えていたり、するのだろうか?と思うことがある。
過去の過ちは消えないし心に負った傷や失ったものはもう取り返せない。
私は27歳になった。
人をいじったりすることは相変わらず得意だが、全然違う性格になっている。
職場で多くの人を見てきて、人に好かれる人間と人が離れていく人間について考えた。自分の悪かったところと向き合って見直せるようになった。
でも今の私がいろんな人に優しくしたり、何かを与えることでYさんには何かあるのだろうか?と思う。
これは償いか?罪滅ぼしなのか?何を?誰のために?自分が楽になりたいだけか?と思う。(申し上げにくいが今でもYさんと仲良くできるとは思わないが)
二十歳を超えてから仲良くなった人たちと話しをしていて、いじめを受けたことがある人間が多く存在することを知った。そうした話しを聞くと胸が苦しくなって呼吸がおかしくなる。都合のいい人間だ。いじめられていた人間は自分の話をするかどうかで済むが、いじめをしていた人間は誰かに言い出すことができない。懺悔にしかならないからだ。
いじめをうけたことのある人間は私を軽蔑するだろうか。憎むだろうか。
私は自分の身近な人や、大切な人がいじめを受けて苦しんだことに対して義憤を感じる。あまりに勝手すぎる。そんなことを感じることが許されない前科者だ。
Yさんは今、何をしているだろうか?高校生の頃に制服姿のYさんを見かけた事がある。そのあとは知らない。友達はできたか。大学に進学したのか。就職したのか。どこに住んでいるのか。小学校の頃の事など何処吹く風でどこかで楽しく生きているだろうか。自分に自信を持てただろうか。自己破壊だけが目的の人生を送らないでほしいと身勝手に思う。わたしは許されることは無いし、やったことが無かったことにもならない。だから私のことは怨み倒して構わない。
でもYさんはどこかで自己肯定して救いがあったと思える人生を送って欲しい。私は一生この罪を背負って生きていかねばならないと思っている。
精神が成熟していないコミュ二ティは悲劇だ。教員のせいにすることもできない。
とんでもないくだらない理由でいじめが生じる。生贄が生じる。あるものは一生消えない傷を、ある者は罪を感じて、大多数は何も覚えていない。
イニシエーションとして自分の大切な人がスケープゴートになったら?私は許せない。傷つけた人間をタダでは済まさない。
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今日、小学校の頃からの仲で、Yさんに関する顛末を知っている友人に連絡をしてファクトに関する認識合わせをした。
その友人はやはり「私が主犯格に見えた」と言った。と同時に「でも流された Permalink | 記事への反応(7) | 00:41