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2018-06-17

RADWIMPSHINOMARU関連の騒動を一通り傍観して思ったこ

完全な後出しじゃんけん

歌詞自体瑕疵はない(激ウマギャグ

一通り騒動が沈静化したみたいなので初めて歌詞を見たが、軍歌かといわれると違うという結論自分はなった。

なぜなら、軍歌によくある「愛国心」と「自己犠牲」のうち「愛国心しか歌ってないから。

相当気を使ってギリギリラインを攻めてる歌詞だと感じた。

なぜ一部の人過剰反応するのか?

典型的排外思想国粋主義者がよく使う文言が使われているから」だろう。

この歌で多分狙って使われているその手の言葉に、多分狙った通りに反応してしまったんだろう。

一連の騒動を見て残念だと自分が感じた人たち

過剰に反発してしまった人たち

これを軍歌だというのは流石に行きすぎだと思う。

使われてる単語拒否反応が出るのは分からんではないが、

歌や歌手批判するのは行きすぎ。

RADWIMPS音楽業界

大ヒットを飛ばしアーティストでもこんなコスい興味乞食しなきゃ今時音業界ではやっていけないのか、という意味で残念だった。

そこまで音楽業界が追い詰められているという現状がただただ残念だった。

ただ国を愛することを今歌いたいなら、ああい言葉にはならない。

ギリギリを攻めた言葉をわざわざ選んで書かれた歌だと自分には思えた。

当人たちの主義思想はよく知らないけど、ほかの歌もちょっとは聞いたことあるだけの自分には

HINOMARU歌詞RADWIMPS作詞担当の人から自然と出てきたようには思えなかった。

それが何らかの問題への反発心から来たものなのか、もともとの思想をずっと隠してきたのかも分からないが

今までの歌の歌詞とは異質なものが根源にあるように思えた。

この一件だけで彼らを嫌ったりはしない。

ただ、何がきっかけでこの歌を生み出したのかは後ででもいいので明らかになるといいなと思う。

「単に国を愛する思いを歌にしただけだ」と言い張るのなら、それでもいいけど。

2018-06-07

悪い人に攻撃しても問題ないと考えている人のことを考えた話

久しぶりにパワーポイントでもエクセルでもない場所キーボードで打ち込んでいます

こんばんは。JaJapaneseです。

以前から、なんか納得のいかない…許せないものがありまして。

「”悪い人”を見かけたら、例えそれが自分関係ない第三者でもいくらでも攻撃していいと思ってる人」いるじゃないですか。

それで実際に攻撃してる人を見ると心に黒いものが生まれてくるんですけど、

何故それを許せないか何が悪いのかその理由自分の中で納得できたか文字に起こそうと思います

結論だけ書くと、「その思想のせいで更に場が荒れ、必要以上に加害者被害者を生み出すから」です。

組織組織の話は今回は省きます正当防衛・過剰防衛の話でもないです。

また、V●Pで仮想敵を叩きまくってる話も関係ないです。そして今まさに、私も仮想敵を叩こうとしています

今回はあくま個人である第三者が"悪い人"を勝手攻撃するパターンについての話をします。

これから3つの話を書きます

それぞれ、加害者被害者、「”悪い人”を見かけたら、例えそれが自分関係ない第三者でもいくらでも攻撃していいと思ってる人」(表現上、話の中では"わたし"とする)が出てきます

SSとか書いたことないのでなんか適当になるかもしれませんが、流れだけ掴んでいただければ大丈夫です。

では、始めます

わたしは銃を持っている

わたし狩猟の帰りに住宅街を歩いていた。

しばらく歩いていると、交差点道路に倒れている人が視界に入る。

何があったのかと駆け寄ってみると、すぐ側にはバットを持った人がいて、

今まさにそこから逃げ出そうとしている人へ殴りかかろうとしていた。

わたしが止めるよりも早く、そいつは逃げようとしていた人を殴り倒し、こちらを振り向いた。

そいつは「違うんだ!」と叫んだが、そんな事は知ったことではない。

わたしは銃を持っている。そして、目の前には通り魔がいる。

悪い人に攻撃しても何も問題はない。わたしは銃のトリガーを引いた―――

次が2つ目の話。

わたしは車に乗っている

わたし住宅街ゆっくり運転していた。

しばらく走っていると、ひったくり現場を目撃してしまう。

鞄を持って逃げ出す犯人。追いかけることのできない被害者

わたしは悪い奴が許せない。故にまず犯人を追いかけることにした。

路地を曲がって逃げる犯人。追いかけるわたし

まらない犯人を止める唯一の方法脳裏に浮かび、わたしはそれを実行する。

わたしは車に乗っている。ひったくりを止める為には是非も無し。

わたし犯人を跳ね飛ばし、止まったことを確認して車から降りた。

そして取られた鞄を取り返し、急いで車の方へ戻ろうとした―――

最後に3つ目。


わたしバットを持っている

野球練習を終えた帰り道。わたし住宅街を歩いていた。

しばらく歩いていると、全力疾走路地を曲がってきた人が視界に入る。

何事かと見ていると、なんとその人を追いかけている車がいるではないか

走る人は逃げ切れるはずもなく、その車に跳ねられてしまう。

唖然としていると、車から人が降りてきて、その人に駆け寄るのが見えた。

あろうことか、そいつは鞄を奪い車に乗るため走りだそうとしている。

―――強盗だ。幸いこちらには気付いていない。

わたしバットを持っている。凶悪強盗犯をそのままにしていい訳がない。

わたしそいつに駆け寄り、バットを振りかざした―――

と、いうことで3つの話でした。

察しのいい人はとっくに気付いてると思いますが、それぞれの話を繋げると…

ひったくられた被害者Aとひったくりをした加害者Bに対して、

轢いた加害者Cと轢かれた被害者Bがいて、

バットで殴った加害者Dと殴られた被害者Cがいて、

撃った加害者Eと撃たれた被害者Dがいるわけです。

現実世界でこんなことにはよっぽどならないでしょう。

でも、インターネットでは稀によくあるような気がしないでもなくないですか?

仮想敵なのでないかもしれませんが。

わたし”のせいで無駄に場が荒れるからダメなんだと自分が納得したのは、こういう視点での連想ができたからです。

本来であればAとBだけの話だったのに、C,D,Eまで…ひょっとしたらそれ以上を無駄に巻き込む可能性があるわけです。

からこの考えを持つのはよくないと思ってるし、許せないんだなって納得できたわけですが。

じゃあどうすればいいのか。てめーはいつもそうやって問題提起だけして去りやがってって思うでしょう。

自分なりの解決策を書いていきますが、多分蛇足になります

まず、攻撃する前にちゃんと考えましょう。

Eはちゃんと話を聞けばDはバットを捨てて降伏しているかもしれない。

Dは回り込んで立ち塞がればCは事情を話したかもしれない。

でもCは…?ひったくりを見逃してどうなるの?ってなりますが。

次に、悪には立ち向かうのではなく、悪を裁く権利を持った組織しかるべき処置を取ってもらいましょう。

CがすべきはBへの攻撃ではなくAの安全確認と状況把握です。

ヒーローがすべきは正義を持って悪を裁くことではなく困った人を助けることだと思ってます

そもそも、ひったくられた鞄の中身が”ざまあみろ”と書かれた紙一枚で、

治安が悪いその街ではダミーの鞄を持ち歩くのが常識かもしれません。わーい後出しじゃんけんだ。

悪を裁く権利を持った組織が全く信用できないかわたしが裁くんだっていうのは…

さすがに知らんけど、あなたがそれをした瞬間個人が悪を裁く行為連鎖が起きていくわけです。

それでもっていうのであれば、あなた諸悪の根源になる覚悟を持ってください。

そして裁いてしまったならちゃんと裁かれてください。


ということで最後に。

書きながらよくわからなくなってるのでよくわからなくなってます

わざわざ書く必要があったのかなかったのかもわかりません。

でも、こうやって書いて、もし誰かが新しい何かに気付けたら、

誰かの反応によって自分認識を深められたら…と思ってそのまま投下してみます

拙い文章ですが最後まで読んでくれてありがとうございますJapaneseでした。

2018-05-28

最近ツイッターADHDの特徴についてのツイートがよくバズっている。そこで挙げられる特徴は不注意が原因のものが多いので、ADHDではない人間にも心当たりがあることが多いのだろう。そして人間基本的名前がつくと安心する。ADHDかも、と思うことで失敗したときの罪悪感を和らげているのかもしれない。

このような流れを受けて、当然「ツイートの特徴に該当するからといってADHDとは限らない。単に性格問題である人も多いはずだ」と言う人が出てくる。この主張は私も支持する。遅刻を繰り返すことをADHDのせいだとかたづけて改善する努力放棄するようなことはよくないと思うからだ(そもそももし本当にADHDだとしても改善する努力必要だ。遅刻がなくなることはないにしても回数を減らすことはできる)。

しかし、ADHD名前甘えるなという言葉が、私には少しつらい。私はADHDの診断がついている。だから完全に甘えている、とは違う。実際困ることは多く、大学1年目はほぼ授業に出られずGAPは1をかなり下回った。夜寝ることが難しい。気がつくと就寝時間が4時になっている。今もなんとか単位を取ろうとしているが、正直苦しい。

周りを見ればみな夜更かししたり単位を数個落としたりはしているもののきちんと大学生をしている。文句を言いつつ、ギリギリになりつつも課題をこなし、出席日数を確保し、単位を捨てるときは潔い。

私は夜更かしをすれば2限、下手すれば3限も行かないし、課題複数出ると焦るのに課題のどれもに手がつかず一日中スマホをいじったりする。捨てるも取るもどっちつかずで結局大量に単位を落とす。普通になれない。今年から生活環境が大きく変わって、すこしマシになったかと思いきや4月の頃だけで、またダメになりつつある。もうどうしようもない。

自分でここまで書いて明らかに発達障害だと思うものの、「甘えるな」の声がどうしても怖い。ADHDの特徴を今までの自分人生に当てはめることが、後出しじゃんけんのようで気持ちが悪い。自分言い訳を与える作業のようで、後ろめたさを感じる。きっと理由は3つある。

1つ目は診断が簡単についたこと。他のクリニックがどうかはわからないのだが、私の場合ADHDの診断はかなり簡単に出た。医師とすこし話をするだけで診断書を出してもらえた。今も半信半疑だ。

2つ目はそもそもADHDの症状は性格と密接しているということだ。たとえば部屋が汚いとして、性格がずぼらだからなのかADHDからなのかの判断はかなり難しいと思う。とくに私はADHDが軽度かつ極度の見栄っ張りだからだろうが、普段できないことも本当に必要差し迫られてしまえばできてしまう。遅刻も、面接や初対面の人間と会うときなど本当にできないときはしない。かなり早く待ち合わせ場所に着く。そういう時、いつもただの性格なのではないかと思う。また、私は学生がうまくできないけれど、アルバイトはある程度できていた(それでも覚えは悪かったしヘマもよくした)から、余計そう思うのだろう。

そして3つ目。これは2つ目の理由に関連する。処方された薬を飲む前と飲みはじめてから生活にあまり変化がないことだ。薬はコンサータを服用していて、その効果を実感することもある。たとえば寝るのが4時以降になったとき、実際はよくないのだろうがコンサータを飲んでから寝ると起きなければいけない時間に目が覚める。服薬していないときなら確実に昼過ぎまで寝ている。目が覚めるといってもギリギリなので授業には出ないこともある。しかしめぼしい効果はそれくらいで、他はあまりよくわからない。これも私が軽度だからなのだろうか。やらなければならないことから逃げる癖は直らなかったし、切り替えの下手さも全く変わらない。ということはこれらは私の性格なんだろう。

性格と症状が綺麗に切り離せないことは分かっている。切り離せないから苦しい。どうにか切り離して、私から引き剥がして外部に取り出して眺めたい。たぶんそうしないと安心ができない。しかしそれは無理なのだ

そういえば発達障害の特徴として0か100かという極端な仕方でものを考えようとするというのがあったが、これもそうなのだろうか。ああ、またこうやって発達障害の特徴のなかに自分を当てはめようとしてしまう。

ぐだぐだ書いたけれど、切り離せないなら諦めるしかない。診断が出たことを後ろめたく思うわけでなく、対策が立てやすくなってよかったとだけ捉えた方が楽なのだろう。少なくとも今はそうやって日々をやり過ごすしかない。甘えるなの声は私に向けられたものではないと信じるしかない。いつか自分のこのクソさに本当に諦めがつく日を夢見て。

2018-05-23

アメフト事件どや顔批判している奴ら ~年月という名のレバレッジ管理職中間管理職、若手のレバレッジの拡大~

いやいやと。

レスリングでもあったね。こういうの。

お前らの上司で、内田監督みたいなのおらんやつ手を挙げろ。

世の中にこいつの予備軍は大量にいる。

もっというなら、この若手選手をこきつかう、元名誉軍人老害、それにもなれなかったその他多数。

こいつらが原因や。

後出し批判で鬼の首取ったように批判しているマスメディア

あと一般人

こいつら全員予備軍や。


これが、世の中の構図や。

なんでこういう皆さんのいう”ありえない事件”が起こるか。

せこいな、後出しじゃんけんで言うなよ。

原因のほとんどの人間はこいつらに”関与”すらできなかった、なにもできなかった奴らや。


有能な若手、そいつらを統率するための歴史をもった、”元”カリスマリーダー

そいつらを統括する若手コーチ。こいつらはすべて一芸を持った人間や。

こいつらは結局こうや。

アメフト監督:こいつは老害や。みんな思ってた。こいつ使えない、カス。でも、いうこと聞かないと怖い。

       なぜか、、

       過去の功績や。それは本当に勲章もん。脳死しても聞かないといけない。

       マイナー競技でもメジャー競技でも結局なかなか、上り詰めている昔の人間がまっとうな

       感覚を持っていることを期待する時点でおかしい。

       尖り続けた狂気人間が、そらこの層にはいるよ。仕方がない。ちゃん分析しろ

       カリスマは年月がないと慣れない。どれほどあたまおかしくても、年月が味方しないとカリスマは作られない。

       

       競技人口の増えつつある競技ではありえないぐらいのカリスマ性を過去人間は”レバレッジ”して持っている

       こんなんどこの業界もそうやろ。

       

       

       ビットコインみたろ。最初は10倍、20倍があたりまえや、その後の倍数は1.2ぐらいがせいぜいや。

       先行者の有利性は半端がない。


若手選手:  こいつも有能や。一番有能、働き盛り、いろいろ迷いまくりや。こいつは有能だからなんでもしよる。



若手コーチ: こいつもよういるパターン中間管理職や、少し有能、若手のカリスマ、若手選手尊敬はあるやろ。

       で、こいつアメフト監督にたてつくなんてありえない。これまでも意味不明監督のわけわからん助言を

       ずっと翻訳して仲介してたんや。別にこいつも悪くない。


つーか、こいつらの光景が異常だったというなら、世の中異常だらけ。

世の中で意見もつこと、決断すること、カリスマとなること、物事推し進めること、これらや大小狂気が潜んでいる

それがゆえに、狂気が増幅されやすい組織は存在してしまうし、大小世の中の組織はそうなっている。

年月のレバレッジというのは多少の能力差を簡単に乗り越える。

レベルの近しい同年代意見より、レベルの低くても、年月のレバレッジを味方につけた老害意見は飛び越える。

これは記者クラブでも、政治世界でも、どーーーの世界でも本質

どんなに有能な人間でも能力差というのはわかりにく。

でも、年次の差は最高にわかやすい。

能力差が1:1.2 であるのは相当に判別がつなない。

でも年齢が1 : 1.2 なのは最高に判別がつく。35歳と、42歳、全然違うね。

人間能力差よりも判別のつきやすい年齢を重視する。


一芸を持つこと自体がとても難しい。

どの世代能力と一芸に秀でた人はその年代の少数。

それ同士の競争過酷なわりに、年月のレバレッジは加速する。

過去の有能とされた人と今の有能な人はまったく比較下にはないが、

世代競争はとても、わかりにくく、とても不条理関係を生み出す。

レバレッジ”がきくのだ。

ほとんどの人間は、この有能な若手、有能な中間管理職、有能なカリスマ老害

どれにもならなかった人間構成されている。

そいつらの気持ちは俺は全部わかる。


いびつ人間はいびつでしかない。

そして、そいつらを集めた組織はやはりいびつになりやすい。

そいつら、いびつ人間をまとめたら、それらの統一をはかるようなメンバーが本当は必要

そもそもほとんどの人間はそれにすらなれなかった、がゆえに、何故この問題が起きたかわからんやつらや。

こんなん、後出し批判なんでだれでもできる。

ビットコインから買ってたらよかったー っていいながら、もうビットコイン話題全く感知してない奴らと同じや。

こういう事件は、先に批判してたらえらいと思う。

こんな組織は山ほどあるし、そうなってなかったら本当にえらい。

体質や問題は世の中に山ほどある。内田予備軍も大量にいる。

増幅されやすい組織も山ほどあるけど、そいつらは結局結果が出てたりするし、

どうおかしいか結局みんな説明できてない。

今は、こういう衝撃的な事件ということで盛り上がったが、本来、ありえない事件なんてあんまりない。

なにかの構図がたまたま結果につながっただけであって、ありえないをありえないと批判して留飲を下げているのが

一番間違い。


ずーーーーと俺はこの事件を追いかけるからな。

後出しで今どや顔で話しているやつらは1年後、間違いなく忘れいている。

俺は忘れない。

これは、決して”ありえない”自分からはまったく無関係世界でおこった事件ではない。

1,2か月後にきれいさっぱり忘れいてる人間が95%だと思うが。

2018-04-29

anond:20180429145859

マスコミ世論調査でも回答率100%にならないのに

1キロ以内全員調査したというのは嘘だろ

ばればれの後出しじゃんけんやめな~

2018-04-25

こういうネガティブ出来事が起こると、他グループ推しはいジャニ垢のTLはもちろんそのことに持ちきりになる。

自分はそういうことに言及したくなくて、かといって空気読まずにいつものおちゃらけツイートをするわけにもいかいからTLにいない振りするんだけど、

この息をひそめて嵐が過ぎ去るのを待つのが「ツイッターって面倒くさいな」と思う瞬間。

あとこういうときに「そういえば前から○○って思ってたんだよね~」って後出しじゃんけんみたいに悪口言うの何なんだよ。

愚痴があるなら思ったそのときに言えよ。

(もし彼の容疑が真実だった場合)彼を擁護するつもりではないけれど、そういう現象に嫌気が差すという話。

2018-04-21

anond:20180421141653

全部読んで感じたのは、なんで後出しじゃんけんなの?

上司 → お前 → 上司 → お前

お前の提案の仕方が悪いってことと、お前の伝え方が悪いことの2点を受け入れろ

上司無能だけどお前も同じくらい無能から伝わってないんだよ

2018-04-20

好きな女の子好きな人がいた。

先日好きな女の子告白してデートをする約束をした。

でもそのあと話したい事があると言われて、一年アプローチしているけど振り向いてくれない人がいる事。

そろそろ諦めようかと思っていたと言う事。

一ヶ月前に別の人から告白されている事を教えてくれた。

俺が誠実に告白たか相手後出しじゃんけんにならないように全部話してくれた。

どんなに取り繕ってもそんな状況だと複雑な気分になってしまうと思ったけど、やけに自分は冷静だった。

普段雰囲気から好きな人が居るって事、なんとなく察してたからかもしれない。

それよりもそんな複雑な状況だからの子探した方がいいよ?とやんわり言われたのが複雑な気持ちになった。

別に恋がしたくて君に告白した訳じゃない。

君が好きだから告白しただけだ。

正直実るか解らない恋だけど、本気で好きって言わせたくなった。

2017-12-26

私のオタク

最近聞かなくなってきた、ヤンキーマイルドヤンキー論。2014年くらいに一時期関連本がでて、斎藤環さんの言葉鵜呑みにしていた自分。我ながら滑稽。後出しじゃんけんっぽくてズルいんだが、この「ヤンキー論」ですらオタク達の一時の清涼剤に過ぎないんじゃなかろうかと、何処かでは思っていた。私も立派なオタクから言わせてほしいが、オタクはまず興味関心の占める範囲が、ヤンキーの人たちと比べて、狭い。物理的な意味視野が狭い。私の好奇心、私の興味関心、私の本棚、私のプレイリスト、私のベスト10など。あらゆる「私の」を所有しようとしている。私は例えば好きな作家のひとりの中島義道さんを、「私の先生」という意味付けを行っている。私だけの、というtagをつけて初めて安心して作品鑑賞に移れる。では自分中島さんの哲学領域であるカント哲学や、時間論が好きかと言われればそうではない。私は、私の先生というtag付けされた、特殊中島義道の語る「カント哲学」や「時間論」が好きなだけだ。もう一例上げると、町山智浩さんの映画評もそうだ。例えば私はターミネーターシリーズが好きだったが、町山さんの映画評を読んでから、私の好きな町山さんが好きなターミネーター、という特殊tagけがされたターミネーターが好きになってしまった。要するに、このtag付けという行為、私の所有であるという意味付け行為のものが、オタク的と呼ばれる要素なのではないだろうか。好奇心の向くものはすべて「私」という意味がなければならない。そんなmission自分に課して楽しんでいるのが、案外オタクの生態なのかもしれない。

2017-09-17

anond:20170917124244

は?じゃあなんで政府が認める認めないなんて話が出てくんだよwww

後出しじゃんけんかっこ悪いぞw

2017-07-26

ニセ科学批判ネトウヨが結び付けられるようになったことについて

 最近、ニセ科批判とネトウヨの結びつき、みたいなのについてツイッターでよく見るので、思うところを書いてみることにする。

 先に、俺の立場について書いておくと、もともとニセ科学批判クラスタにいる(た)人間である。以下、いろいろと書き連ねたような事情もあって、最近はニセ科学批判クラスタを批判的に言及することが多くなってきたが、やっぱり世界科学だろう、という思いは変らない。

 余談だが、ニセ科学批判クラスタを批判する人、というのがニセ科学勢力とか、トンデモ勢力というのは意外に成り立たない。そういう連中を自分積極的フォローしてないというのもあるかもしれないが、その手合いはまず自分たちに批判的な人がいることについて詳しく言及すること自体不都合なので、あんまり触れないのではないかとも思う。クラスタの言説に詳しく触れながら批判する人というのは、何だかんだいって「ニセ科学は嫌い」寄りの人間が多いようだ。

 あらかじめ書いておくと、自分見解は、「ニセ科学批判とネトウヨ本来、つながらない」であるしかし、そう言い出す人がけっこういる、というのも理解できないではない。まして、「またネトウヨ連呼厨ガァー!」などと言い出す気にはなれない。なので、どうしてそう思われるようになってしまったのか、といういくつかの自分の思っている理由について書いてみようと思う。

 なお、あくま自分観測範囲ベースなので、それ以上のエビデンス統計的根拠はない。ほしかったら基盤Bでも持って出直してきたら調べてやらんでもない。

 あと、話は基本的ツイッター世界が中心である

3.11以後の動き

 ニセ科学批判とウヨの親和性、という問題が語られるようになったのは、やっぱり3.11以後が決定的である。いちおう、3.11以降について、特に放射能デマをめぐる後始末についていうなら、ニセ科学批判派がおおむね正しかった(細かいとこで間違いや軽口があったのは否定しない)というのは間違いないので、これはどんどん認めていくべきである。そして、その上で、致命的なレッテルを引き寄せる結果となったことについてもそろそろ考えるべきだと思う。

 3.11直後にデマ批判をする人が、今となってはかなり信じがたい形で「ウヨ」と手を結んでいたのは確かだ。これはひとえに、デマの流布をほっておくことが人権問題になりかねない状況だったことによる。一例としては、ゴリゴリ左派左巻健男石井孝明をRTしていたことがあるくらいである。それは、個人的にそこはRTしなくてよかったんじゃないかと思うツイートだったが(別にどうしてもしなきゃいけないRTでもなかった)、しかし当時はそれでも連帯できるところは連帯しないといけない事情だったのも確か。とはいえ、そのRTを見てニセ科学批判派の中にいる自分でも嫌悪感を覚えたので、その外にいて、かつ左派寄りの人がどうとらえたか想像に難くない。

 元々、デマ批判を発信していた人には政治的には左派が多く、その中には、事態が落ち着いた今は左派クラスタのなかへと帰っていった人も少なくない。今となっては、「福島差別」について関心が高いアカウントというのの少なから割合がただのウヨアカウントであり、人権問題危機感を抱いて近づいてきたというよりは単に「ダシにしにきた」ことも明らかになりつつあるのだから、この時期のことについては、ちゃんと後処理をしておくべきではないかと思う。一方で、安易にウヨレッテルを張った側も、そのレッテルについて再検討する必要がある。

多層的な「ニセ科学批判者」

 ニセ科学批判というのは多層的に発信される。最初の発信者、つまり、積極的に資料をあたったり文献をあたって、情報を発信していた人はもちろんいるにしろ、その人たちの話がどう広まっていったかといえば、メディアが広めた場合ももちろんあろうが、ツイッターなどネットではそれを再発信する人によって広まったわけだ。この人たちの中にも濃度がいろいろあって、「なんとなくRTした人」「そういう話を見たら積極的にRTする人」「RTして、自分でもそれをベース意見をいったりする人」「それがさらにバズって積極的ニセ科学情報を集める人」とまあ、いろいろだ。

 こうなると、ニセ科学批判クラスタといっても、もともとの「ニセ科学批判派」の声は流通する情報割合的にはごくわずかということになる。

 俺がやばいと思う層は、じつはこの水増しされた部分であるデマ批判が機能したのはこの部分あってこそなので、水増しという言い方は語弊があるのかもしれないが、しかし、ネトウヨニセ科学批判がむすびつけて論じられることに責任があるのはこの層ではないかとも思う。

 この層、とひとくちにいっても、いくつかある。

(1)善意悪用して、自分イデオロギーをのっける層

 まあこれは文字通りの「ウヨ」層だ。前述の石井孝明とか、池田信夫なんてのもそうだろう。この亜種(1A)としては、ウヨというよりは「左派が憎い」というイデオロギーをかぶせていくケースもある。佐々木俊尚とか、伊藤剛あたりがそうだろうか。そうそう、伊藤剛と昔仲良し今は犬猿の仲唐沢俊一も忘れてはいけない。君たちお仲間だよおめでとう。あるいは、こうやって膨らんだ層を客層にあてこんだ「御用文化人」というケースも亜種(1B)の一つだろう。いちえふの作者なんてのはそうだと思う。最初はけっこうまじめな信念を持って作業員のルポを始めたんじゃないかなー、とは思うのだが。

(2)人を叩くのが好きな層

 言っちゃあ何だが、科学正義であるしかも、ある程度実証が積み重なれば、相対化しようがない正義だ。本当は正義とか正しさなんて一ミリも興味はないのかもしれないが、とにかく人を叩く根拠がほしいならず者にとって、こんな都合のいいものはない。しかも、人権問題としての問題意識までくっついている。人権なんて一ミリも興味がないのかもしれないが、以下同文。

 正義暴走がデンデンという人はネットによく転がっているが、あまりこの点には言及しない、どころかこの正義だけは振りかざすのが大好きだったりもする。彼らの心情は、よくわからない。

(3)理系としての選民思想の持ち主

 一昔前のメディアに流れる文章には、理系に対する嘲笑偏見がいりまじったものというのが結構あった。それを見た理系人が、お前ら哲学で作った飛行機に乗れるのかよ、というような反発を持つのは想像に難くない。俺も昔はそうだったし。それは仕方ないところもあると思う。

 ところが、ネット理系研究者がどっぷりつかっていたり、エンジニアがどっぷりつかっていたりする場なので、そういう人が意外にマスをもてる世界である。それはいいことでもあるんだけど、結果、「理系カルト」のようなものが出来てしまうという面もある。その結果、「文系」をバカにするようなアカウントが出来上がる。昔、科学ネタアニメ談義が話が合うという理由高専生や理系大学生をけっこうフォローしていたのだが、どうもこういう方向に流れていく人が多く、非難がましいツイートが増えた結果リムられたりリムったりブロックされたりが増えた残念な記憶もある。

 これらの人が、放射能デマ批判、さらにはより広いニセ科学批判に群がったわけだ。どれもこれもあまり近づきたくないタイプである

 しかし、本来意味でのウヨはこの中では(1)か、せいぜい(1A)までに限られる。それが全体のうちどれくらいの割合を占めるかというと、あんまり高くないと思われる。おそらく、悪印象のかなりの部分は(2)(3)に起因しているのではないか。(2)と(3)は、本来的にはウヨ思想とは関係がない。しかし(2)はそもそもモラルを欠いている層で、ネットイナゴといわれる集団に近い。そういう人が、ネトウヨ思想親和性を持つのはまあ時間問題である。(3)は正直因果関係を断定しづらいのだが、確かに自分観測範囲では重なる人が多い。理系でもウヨ色の薄い人は理系絶対主義みたいなところには陥らない、みたいな雑な印象がある。

 そうすると、本来関係のない「ウヨ」と「ニセ科学批判」がセットで観測されるということが大量発生する。しかも、(2)(3)は人間性として最悪の、できればブロックしておきたいタイプだ。どこをどういじっても、ニセ科学批判がいい印象を持たれる展開がない。しかも、こういうアカウントに限って、やけにRTされる数が多く、ダメな方向にネットへ広がっていく。

 (この部分追記)「冷笑系」と呼ばれるような集団がともかなり重なっている、というのもいくつかの反応で見かけた。これはもっともだと思う。特に(1A)や(3)あたり。

 後出しじゃんけん承知で言うと、推敲前は言及していたのだけど、定義にやかましい人の怒りが二乗になりそうなのと、話がとりとめもなくなったのでなんとなく端折ってしまった。けれど、ニセ科学批判との関係について考える場合には、「いわゆるネトウヨ」より重要カテゴリーかもしれない。

こじらせびとたちの罪

 ネトウヨ定義というのは曖昧である。むしろ、厳密に定義したところで境界線附近人間大手をふって歩き出すだけなので、ある程度曖昧でいいと思う。ライトノベル定義みたいなものだ。物語シリーズラノベかとか三毛猫ホームズラノベかと言ってる分には意味もあろうが、そこにかこつけて「聖書はラノベでは」とか言い出す奴はつまみ出せばよい。

 しかし、世の中には問題児がいる。自分たちはつまらない理由ネトウヨ扱いされた、だからネトウヨを名乗ってトンチキなことを言い募ってやる!と言わんばかりの連中である。いまどき子供ももう少ししつけられていると思うのだが、そんないい大人がネットにはたくさんいる。被害者意識をこじらせているとしかいいようがない。本人はネトウヨ認定したほうが悪いと思い込んでいるのかもしれないが、申し訳ないが狂人の真似だと言い張って東大路通を走る人間京大生でなければ狂人である京大生でも狂人かもしれない。

 菊池誠氏があんなふうになったのは、一つのきっかけはここにあると思う。しかし、年齢的にも知性的にも社会的立場的にも、責任能力を逃れられる人ではなかろう。自分の不始末は自分でつけていただきたい。きっかけのもう一つの原因(と俺が思ってること)は、次の項で述べる。

 ジャンルは違うけれど、所謂キモくて金のないおっさん」を名乗りたがるネット住民、についても似たようなことが言える。

フィードバックはめぐる

 ツイッターにはRTとかふぁぼという機能がある。ふぁぼはまあいいとして(最近はこれもTLに流れてくるようになったが)、RTは誰が何をRTはしたかが、ある程度分かる。

 RTの基準は人によっていろいろだろうが、まあ第ゼロ近似としては「それに共感するんですね」だろう。直後のツイートで批判的に言及でもしておかないと、そう思われないほうがおかしい、と思う。

 ここでめんどくさいのは、「それに共感するんですね」の「それ」はツイート文章のものであるツイートしてる本人であるか、である。直感的には、前者だろう。後者は雑な見方に映る。ただ、発言属人的に見ない、というのはけっこうなことに見えるが、発言主と合わせて文意判断しない、ただの無責任な態度となることもある。見てる側が、いつも「こいつはどうしようもない奴だな」と認識していれば、それをRTする方も同類とみなされることもある。そんなのおかしい、という人もいようが、そういうものだ。

 さてここで上のニセ科学批判情報の発信の話になる。発信者する側も、自分が発信した情報を受けて賛同し、意見を述べたり非難したりするツイート自分のRTという形で放流するということをよくやる。別に発信者じゃなくてもやると思うからニセ科学批判に集まった人も、さらにそれをやるわけだ。

 ところが、その放流元が「札付き」であった場合、それを「ニセ科学批判に賛同してくれた」という文脈だけで読んでくれる人は、あんまりいない。ごくふつうアカウントなら、はいはい賛同者だね、ということになる。ところがそうじゃない場合問題だ。そりゃあ、ツイート単体ではいいことを言ってるように見えたりするかもしれない。でもそれを、みんな属人的に見ないでくれるだろうな、というのはおめでたい

 でもまあ、そういうことが一度や二度あった、というだけなら、まあどうということもないかもしれない。しかし、これを長く繰り返し続けていくとどうなるか。

 「お前はそういうやつなのか」で離れる人というのは離れられる側にとっても、分かりやすいし素直だ。だが、「お前のRTうぜえわ」で離れる人も出てくる。離れられた側は、もしかしたらなんだか事故にあったつもりになるかもしれない。自分はただ「賛同できるツイートを流しただけなのに」、と。

 それもそうかもしれない。でもそれが繰り返されるうちに、クラスタ自体が、濃縮されてだんだん汚染されていく。そして、やり取りをする相手というのは、本人も気づかないうちに影響を与えていく。フィードバックされちゃうのだ。

 2012年か2013年くらいまでは、きくまこ先生もそこまで変ではなかったが、その後加速するようにヘンな発言が連発されていくのは、こんな感じだったのではないかと考えている。

 ニセ科学批判そのものを凶器として振り回す層というのが出来た結果、その印象がネットイナゴ、あるいはネトウヨと非常に近いものになってしまう。あとは災害が広がるのみだ。子宮がんワクチン水素水、EM菌。本来ならネトウヨと関連付けられる要素なんてないものも、そのスジのアカウントが言及してはバズる、という光景は、「そこ」がイニシアチブを握っている、と認識されることになる。そうなれば、ウヨに批判的な人は近寄りがたくなる。もちろん、もともと発信元として活動していたような人は、自分左派であろうと発信を続けるだろう。でもそこまで中心にいない人は、距離を置くか、あるいはニセ科学批判派の語り口に疑問を持つようになる。

そして深まる左右対立

 このような先鋭化の過程で、本来なら近しいところにいるはずの、歴史修正主義批判や、反知性主義批判(本来意味も、日本独自派生した意味もどっちも含まれる)との溝が深まっていくことになる。めんどくさいことに、これらの集団原発や巨大科学のようなものには批判的で、甚だしい場合放射能デマに一定の親和性がある人もいたりするので、頭が痛い。

 よく、ニセ科学批判クラスタはこれらのニセ社会科学・ニセ人文科学問題には無関心だと言われる。発信する側については実際には必ずしもそうではないアカウントも多いのだが、群がっている層については確かに無関心…… どころか敵意を持っている人が少なくない。理系人が多いので馴染みが薄いし慎重な態度でいる…… というのはなくはないのだろうが、どうもそれだけで済まないところがある。歴史問題法律あたりに目をつけて観察していると、「馴染みが薄いからかかわらない」ではなく嬉々としてトンデモさんを引っ張ってきて何かつぶやいている、という光景を目にして頭を抱えることになる。

 「Aを批判しているのにBを批判しないのはなぜか」はほっといてくれというのは分からないでもない。ただ、それは本当にたまたまのこともあれば、党派性を後ろに秘めてみて見ぬふりをする場合もあるので、けっこう一概には言いにくい論点である状況証拠次第によっては、判断材料として持ちたくなる疑問であるのは確かだ。また、別にこういう「疑問」はニセ科学批判クラスタけが受けるものではなく、左派いちゃもんのように昔から言い立てられてきたことでもあるので、やはり状況しだいでこう問いたくなるのも当然だろう。

 しかしその結果、溝はますます深くなるのである

 こんなことが続いていくうちに、ニセ科学批判クラスタは「身内」に甘い、というような見方もされてくる。そんなことないよ、と言いたいところだが、最近たまにはてブあたりに上がってくるニセ科学批判批判へのブクマコメントなど見ると、妙にニセ科学批判サイドへの批判を矮小化しようとする「ニセ科学批判者」のコメントが見受けられたりして「ああこの人もかあ」という気分になってくる。

経済をめぐる対立

 先日ツイッター問題になっていたのは、これのようだ。mika_berry氏というツイッタラーリフレニセ科学批判とネトウヨのつながりについて言い始めてそれにニセ科学批判派やネトウヨ定義が気になるタイプが反発して少し炎上のようになったらしい。

 経済には明るくないので、具体的なところには踏み込まない。が、ニセ科学批判クラスタ、あるいはもしかしたら理系クラスタまで枠を広げてもいいのかもしれないが、けっこうな割合がいわゆる「リフレ」に近づいたのは確かにそうだなと思う。

 ただしここも距離の違いはけっこうあって、単に「反緊縮」に近づいた人もいれば、はっきり「リフレ」に近づいた人もいる。俺も反緊縮については多分同意すべきなんだろうな、と思う。

 なぜこういう動きが起きたかは分からない。単に、時代的に緊縮はもういい、という風潮だったのかもしれない。反緊縮は数字勘定してイメージやすい「ロジカル」なものからという、もっともらしい理由がつけられるのかもしれない。それはわからないのだが、しかしこの「リフレに近づいた側」の少なからぬ人が、その後決定的にウヨに近づいていくことになる。

 これも理由は分からない。反緊縮には賛同する、という程度の人は、あまりそっちへ動かなかったからだ。アベノミクスなるものがあったからといって、他の論点がいっぱいあるのだから、ウヨに近づく理由にはならないのである。むしろ経済で結果を継続して出せるように安定させるためにこそ、おかしな動きは徹底的に批判すべき、と思うのだが、なぜかそうならない人というのがいた。ニセ科学批判クラスタの外にもそういう人がやはり「なぜか」いて、新たな集団を作るようになる。リフレ経済的に豊かになることを期待するクラスタ、というよりは「政権を応援しマスコミを憎み野党のアラ探しをする」クラスタとなる。経済には明るくないのでよくわからないのだが、アベノミクスのような政策はほっとくだけだと企業が潤うだけだと聞く。こういう人が「再分配を求めるべき」「企業給料をあげよ」というような動きをしたという話を寡聞にして聞かない。本当に経済大事だと思っていたのか、いまいちよくわからないところがある。

おわりに

 昔ながらのニセ科学批判は、党派性から距離を置いているつもりの人が多い。これは「左派が多い」という、上で書いた話とも別に矛盾しない。もちろん、ノンポリもいる。俺だって党派がかるのは大嫌いだ。

 それはいいんだけど、そうありたいと思うこととか、自分たちはそうだと思い込むことは、あんまり何かを担保してくれることではない。

 ここ10年くらいのインターネット歴史は、ノンポリ政治的な層、特にウヨに振り回される歴史だった。

 1970年ごろの学生運動だって、多くは本質的にはノンポリだったという話はよく聞く。でも、左翼運動の迷走についての責任を問われないかといえば、そんなことはないだろう。

 俺が思うのは要するにそういうことだ。ニセ科学批判=ネトウヨというくくりは、なるほど雑だ。だけど、それを一笑に付せる無邪気さは、ちょっと俺には持てない。

(追記しました→https://anond.hatelabo.jp/20170802040735

2017-07-10

ブコメ後出しじゃんけん

自分では一ミリも思いつかなかったであろう意見に上手く乗っかって常勝。

情報通、独自視点、鋭い分析、たまにユーモア

なろう小説も真っ青のはてな民承認欲求無限にむさぼりながら完全無欠の存在であり続けるのだ。

ブコメ後出しじゃんけん

自分では一ミリも思いつかなかったであろう意見に上手く乗っかって常勝。

情報通、独自視点、鋭い分析、たまにユーモア

なろう小説も真っ青のはてな民承認欲求無限にむさぼりながら完全無欠の存在であり続けるのだ。

2017-07-03

正解するカド×野崎まど×森博嗣

森博嗣読者なら多分このアニメに対して「森臭い…」と思っていただろうが「無限パン」あたりからはもう「ああ、この人森博嗣ファンなんだな」と思って

哲学的に例があるのかもしれないが、本作のあの会話の元ネタはS&Mシリーズ有限と微小のパン』の話だと思うんだ)

睡眠の話も、ああこの理論概念は知ってるわ~と思いながら見てた。

あれを読んでる人なら、と期待してたんだけど、ちょっとよくわかんないとこに収まっていって残念感があるSFになってしまった。

ただ、毎週展開が気になっていたので総括すると楽しかった思い出が残るアニメであった。

ただ、森博嗣過去に書いた空想科学SFミステリィ『百年シリーズ』と続編の『Wシリーズ』のようになるのでは?と思っていたので

やはりそこまで行けなかったか…という哀愁はある。

ここで百年シリーズ世界観をまとめる。

時系列はいろいろあるが、1作目ではもうそう遠くない未来のことを描いている。

作者が「星の王子さま」が好きすぎてオマージュしてしまいました。みたいな始まりを見せる。

過去に森氏は「星の玉子さま」という本をだして、献本までしている。)

そこにはエネルギー問題クリアした独立国家があり、概念哲学までもが違う。ここまで書くと森版、キノの旅とも言えるが

キャラクターを中心に過去未来が混ざっていったり、その哲学を生み出した人物は誰か?という問題に発展する。

そして世界は変革をみせ、Wシリーズに向かう。もう完全なる未来の話だが、「ありえそう」という点では昨今の作品でもなかなか味わえないレベルになっている。

流石工学博士といった感じ。

正解するカドは例えるならこの「生み出した人物」との対話の話だった。なので勝手にWシリーズぐらいの世界革命が起きた様子が描かれるのではと期待してしまった。

ヤハクイ・ザシュニナ」は「真賀田四季」だったり「犀川創平」みたいなことを言っているかである。(冒頭のパンの話など)

(思えば「ヤハクイ・ザシュニナ」のネーミングって百年シリーズの「メグツシュカ」みたいじゃないか雰囲気が)

アニメをいろいろ見ているが、とくに大きな荒廃を見せず、しっかり発展した場合未来をバトルではなく哲学的に描いているのはあまり無いのが現状で

結局森博嗣の描くSFが今のところは一番遠い未来現実的に描いているのでは?と考えてしまう。

しかデビュー当初に本人が描いていた未来より、現実未来は遅れているそうなので、作中経時間よりももっと未来の話になっていくのだが、

そろそろなんらかの概念が変わることを、生きているうちにこの目で見られそうな気がする。

例えば「すべてがFになるからシリーズにまでずっと出てきている人工知能デボラ>があるのだが、それを受け入れる人は多くなったのではないか…とかね。

どうも昔からファン疑惑がある野崎まどが描いた『正解するカド』が行きつけなかった先が、森作品にはある。

もっと正解するカドは途中から2001年宇宙の旅』『インターステラー』化していた気もするが)

「だから森は凄いんだ」と言いたいけど、言う気はなくて、どっちかというと個人の趣向や昨今でもあまり無い作風として「こういう果てしなく遠いが近い未来作品が大々的に世の中に出てきてほしい」という気持ちが強い。

野崎まど氏。また挑戦してくれ。森氏は世界観の全体構成を全部作り上げてから書いているから、後出しじゃんけん後出し感が無くできるらしいぞ!

森のWシリーズアニメ化は…まぁ『有限と微小のパン』が映像化してからで良いでしょう。ドラマ原作全然うからな!

2017-05-14

自分で考えろ」と「臨機応変に」って言葉が嫌

自分で考えろは新人に使ってはいけないと思う

http://anond.hatelabo.jp/20170511230227

を読んだ。

現在大学院生でまだ働いてないけどいろいろ書きたくなっちゃったから書く。

私は自分で考えろと臨機応変にって言葉が大嫌いだ。こればっかり使うひとは信用できないと思ってしまう。

この2つの言葉シチュエーションによっては同じ意味になってしまうから先に決めておく。

自分で考えろ、に関してはわからないことを質問にした時に自分で考えろって言われたってシチュエーション。つまり一応はわからないことが聞ける環境

臨機応変に、に関してはイベント的なシチュエーション。わからないことがすぐ聞けない環境想像してもらえるといいかと。

まず自分で考えろの方。

ない知識ベースに考えたってわからないものはわからない。

ある程度の知識をつけることで自分で考えることが少しずつできるようになっていくわけで、最初から自分で考えろと突き放すのは違うのでは。

考えさせたいのであればその旨を伝え、多少のヒントを与え、後日考えた結果を提示してもらうように誘導するような形がいいと思う。

からないことに対してはなんの進歩も得られないままわからずじまいなんて悲しい。生産性もないし言われた側はモヤモヤするだけ。

自分で考えろで突き放されて質問が出来なくなることは生産性を著しく低下させ、更に大きなミスを招く結果になりやすいと思うのは気のせいだろうか。

次に臨機応変に、の方。

いきなりだけど臨機応変って言葉ずるくないか

臨機応変に~って言うけど、あなたと私の臨機応変対応に対する認識が全く同じだと思ってるのだろうか。その臨機応変定義はなんだ。

しかも、その状況下での臨機応変についての定義がなされてない場合対応が気に入らなかった場合あとからいくらでも叱れるわけで。

後出しじゃんけんもいいところでは。

「私の理想対応が何かを正確に理解して行動してほしい。出来ない場合は許さない」って言ってるのと大して変わらないだろう。

こちとらそんなことができるエスパーじゃないんだからちゃんとコミュニケーションをとってくれ。あなたと私の考えの違いを明らかにしてどうすべきか一緒に検討してくれたらお互いが楽だと思う。

というか急な事態に対してコミュニケーションをとってある程度の対策とか方針を整えてるのであれば、臨機応変に!なんて言葉そう多くは出てこないような気がするのだがどうなんだろうか。


好き勝手書いてるけど、私はまだ働いてない学生からこんなことが言えるのかもしれない。

でも、これは大学部活(大学事務仕事だらけの部活だった)、研究室、長期・数ヵ月の短期・単発のいろんなバイトをやってきて自分新人で教わる立場を数多く経験して思ったことだ。

私の場合大抵のことは理解→実行の形であればうまく動けるのに、考えずにとりあえず動け+臨機応変とか、そんなの自分で考えなさいって言われると本当にポンコツになってしまう。どうしたらいいんだろう。すごく生きづらい。頭が固いのかな、悲しい。

この生きづらさを増幅させないようにこの2つのワードを使うひとを避けることで多少はマシに生きてるのかもしれない(?)

来年就活なんだけど、自分で考えろとか臨機応変にを連呼するような上司がいる会社に当たってしまったらと思うと恐怖しかないや。どうしよう。

長い自分語りだった。

2017-02-01

後出しじゃんけんほど卑怯ものはない

1月から勤務地が変更になった。

「異動」ではなく、「(在籍)出向」が終了したためだ。

この「出向終了」によって、基本給が変動することになった。

変更前→変更後の総支給額面で15%も減る。

出向によって給与が変動することは、しばしば聞かれる話であろう。

出向元と出向先とで業務内容や負担重要度、勤務体系など様々なものが異なるため水準を合わせる、というやつ。

このこと自体異論はない。

が、自分場合は少々特殊なケースで、あるとき出向元に中途採用され、入社と同時に出向となったため、出向元の(本来の)給与体系について何らの説明を受けていない。

また、出向といっても何か重要任務を負っていたわけでもなく、単に業務経験の一環としての出向だったため、基本給が出向前後で変わるとは認識できない。

それに、「出向だから~」という説明も、出向が終了して1ヶ月ほどが経過した昨日はじめて聞かされたもの

完全な「後出しじゃんけんである

減給される不祥事はない、もちろん処分も受けていない、減給しなければならないほど経営がひっ迫しているわけでもない。

処分経営理由以外で、こんなにも簡単に基本給を下げることができる事由などあるのだろうか?

明らかに「不利益変更」ではないのか…仮に法的な問題はなくとも、後出しじゃんけんを平気でやってくることには不信感しか抱かない…。

2016-09-29

はてブはもっぱらROM専で楽しませてもらっているけど、ふと「こいつらだいぶ偉そうだな」とブコメ読んでて冷静に思うことがある。

本質後出しじゃんけんだしなあと思いながらも、今日も人気エントリ新着エントリカテゴリ読みあさる。

2016-07-22

http://anond.hatelabo.jp/20160722144324

水回りは指定ショールームに連れて行かれて、義母がぜーんぶ口出し。わたしはお人形だった。

とりあえず、その時何も言わないで、後出しじゃんけんはやめようぜ。

その時に言えよ、としか

2016-06-26

父親と話ができない。

正確には、私が話してる途中でいつも怒り出すので、そこから話を聞いてもらえなくなる。

そしてほとんど父親勝手固定観念をもとにした、推論のような反論をされる。

とりあえず最後まで話聞けよ……。

こっちもイラっとしたら反論ちゃうけど、これは火に油を注ぐようなものだ。わかる。

そうなると、後出しじゃんけんのように、過去のことをどんどん持ち出してきて勝手に怒りを増幅させる。

なんだよそれバイキルトかなんかかよ。自己¥かけてんじゃねえよ。

解せないのは、一理あると思って同意しても怒る。なぜだ。

どんな話でも最終的には「若い奴にはわからん」で強制終了させられる。

わかるって言ってるのに。わかろうと質問してるのに。若い奴をひとくくりに見下されて終わる。

どうやら解られたくないようだ。としか思えない。

シュタゲクリス父親のやりとりがあったけど、あれにすごく似ている。

うちには父娘2人しかいないのに、この親子関係どうすりゃいいんだ。

2016-06-15

舛添、都知事辞めるってよ

「舛添を選んだ都民自分たち馬鹿さ加減を考えたほうがいいぞwwwww」とか煽ってくる他道府県民に、前の都知事選でどの候補を選べば正解だったのか是非模範解答を教えて欲しい

つーか完全に後出しじゃんけんで煽ってくるやつすげーむかつく

大体他の知事だって、注目度がないから見過ごされているだけで、洗ったらボロが出てくるやつなんていくらでもいるだろ

自浄作用が働いているだけ東京はマシなんだよクソがハゲウンコ漏らせ

2016-02-19

はてなーがムカつく

いつも上から目線相手に言い返されないことをいいことに好き放題言うはてなーが嫌い

たとえ相手が言い返してもブクマという後出しじゃんけん無限に勝てるからはてなーが嫌い

人のことそんなに分かってもないのにゲスい推測するはてなーが大嫌い

2015-08-13

愚痴る友人もいないのでここで吐きだしてごめんなさい。議論したいわけでもないのでスルーしてください。目について不快に思われた方がいらっしゃったらごめんなさい。

名前の変更自体にショック受けてるけど一番の原因は「ゲームの設定を揺るがす事項を公式がまた後出しで言ってきた」ってことにショックを受けているのだと思う。

私は短絡的な考えの腐女子から刀剣の展示に行って「わー〇〇様綺麗だね♥」とかやってるけどゲームゲームだし本物は本物だから

乱暴な言い方をすると本物が実は打刀だろうが太刀だろうがそんなの全然興味ないしどうだっていいんですよ。

最初提示された設定がすべてなんですよ。公式が設定変えてどうすんの。たかゲームなのに本物がそうだからって変えちゃうの?自分たちが考えた設定なのに?

オンラインゲームからこうやって新しい情報更新していく、って言われたらそれまでですが。私が好きになったのはゲームの方です。後出しで設定変えないで。やめて。

よく存じ上げないのですが、アニメゲームってこんなころころ設定変わるものなのでしょうか。

格闘ゲームナンバリングによって設定や衣装が変わるのはよく目にしますが、それはナンバリングによって作品が違うからだと思っています

一部では「史実はこうだからゲームもこうすべき」という意見があったのではと言われていますが、きっぱりと「我々のゲームはこういう設定です」と言い切ればよかったのに。

刀種変更のショックがようやく落ち着いてきたのに、傷の癒えぬ間にこの騒ぎ。運営勘弁して。大体刀種変更の説明するって言ったのにまだしてない。

運営がこんな説明もなく後出しじゃんけんばっかりするようじゃさすがに心が折れる

浅はかで自己中な腐女子の私がなにより一番懸念してるのは、運営のごたごたに辟易した同人作家さんたちが嫌な思いでジャンルを去ること。

素敵な作品を生み出してきた方たちが「もうこのジャンル無理、地雷」「今までの作品消す」って言い出したらと思うと胃が破裂しそう。

実際刀種変更以来ツイッターPixiv更新しなくなってイベントも欠席したサークルさんがいる。悔しい。通販されるのかもしれませんがまだアナウンスはありません。絶望です。

からって運営に「冗談じゃない、現状維持しろ」って言うでもなくここでこうやって吐き出してるから何も変わらないということも知っています

言ったところで何も変わらないのも知っています。ただの愚痴です。

2015-06-16

http://anond.hatelabo.jp/20150616094435

要するに「男」って書いてある以上「乳児を含めた全ての男が含まれている」そんな狂った解釈をしているのはキチガイのお前だけだw

言ってるだろ。これはフェミの手落ちだと。

仮に戦争において「○○国は敵だ」と言ったとしても、前もって「民間人」の定義がなされていれば、「○○国の人間が敵だとは言っても、民間人攻撃しない」という言い分が成り立つし、もちろんそうい意図であったのだろうと推測される。

この件において、「男が女を迫害している」と言っている側が、前もって「迫害しない男性」の定義をしていなかったわけだ。

この場合、後から「当然迫害してない男性は除いていたよ」という後出しじゃんけんの言い分は成立しない。

なんでこんな簡単な理屈がわかんねぇかな。

つーか弱者男性に限らずフェミ意見賛同している男はいるわけだが

おまえのその解釈だと「フェミ賛同者もまとめて叩いている」ことになるわけだが

「男は」で叩いているのなら、当然叩いていることになるわな。叩かれている方に自覚がない奴がいたとしても。

女性差別においても、差別されている女性差別されている自覚がない場合があるのと一緒。

まあこの場合賛同者もフェミニスト定義するならば、「男」と「フェミニスト」という定義バッティングするので、フェミニストがどういう扱いにしているのかは知らんが。

2014-06-25

給料出たよーん

でも明細見た公休以外にら1日会社を休んだことになってて

総務に確認したら有給申請して休んだ日の処理がされてなかったことが発覚

後出しじゃんけん認めません! とか言って来たので揉めてやったわ

結局負けたけど

総務と直属の上司には何かあっても通り一遍対応しかしてやらんわ

くたばれ!

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