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はてなキーワード: 行使とは

2022-07-08

anond:20220708220305

それは死ねとか聞くに堪えないヘイトを受けなきゃならんほどのことなの?

当然共産党や立憲の議員が同じことをしても同じようにヘイトするんだよね?

あの連中も国家権力行使する代議士だけど

安倍の死後に変わる世界

心より安倍元首相のご冥福をお祈り申し上げます


野党政治に向き合う方法と、メディア報道姿勢は変わるしかないだろう。

たか犯罪者であるかのように安倍元首相を扱ってきたモリカケ問題は、結局安倍問題となる証拠すらもなく

しろ証拠と言えば、修正液で修正した振込用紙だのしかなく、籠池の方が罪に問われたくらいの結末に終わった。

官僚問題民主党政権も持っていた頃も含めて昔から問題で、それを安倍のせいにするには問題がある。

こうしてひたすら、安部が悪いという印象を作り上げていった結果、増田にも

安倍民主主義破壊した」

安倍が死んで嬉しい」

なんてことを平気で言えるバカが溢れている。

こういう安倍が悪いという印象操作に染まり切った連中の中の一人が、山上だったのだろう。


これから我々、有権者メディア野党言動に対して、一層の注意をしなくてはいけないと思うし

メディアの側も、自分たちの罪を多少は振り返る羽目になるろう。

「許されない」と怒りの声をあげている野党の連中が何をして来たかを、われわれ国民が忘れてないことを、これから理解していく事になるだろう。

事実無根印象操作で叩かれて、暗殺される政治家は安倍最後にしたい。

その為には、われわれ有権者が、もっと意識していかなくてはいけない。

政府で働く人の悪口をみんなで言うと,その悪口を聞いた誰かが,日本を良くしようと思って銃でその人を撃ったりするんだよ.

その人が撃たれた後にみんな暴力はいけない断固として許せないって言うんだよ.

言葉の使い方は気をつけようね,みんなの悪意の責任はみんなで取ろうね,メディア個人も.

落合陽一 Yoichi OCHIAI (@ochyai) July 8, 2022

安倍元首相の死後、メディア報道のありようも、野党言動も、無責任かつ幼稚な連中も変わるしかなくなる。


QUADに繋がった自由で開かれたインド太平洋戦略

日米安保条約を強化し、集団的自衛権行使可能にすることで、今日不安世界情勢でよりどころになった新安保法制

我が国安全保障上の脅威でしかない中国包囲網として機能しているCPTPP

外交上ノイズしかなかった慰安婦問題を終わらせた、日韓慰安婦合意

北方領土問題などで、悪手を踏んだ事もあったが、基本的には巨大な功績を残した歴史に名を残す宰相だった。

野党メディアが作り上げた空気と印象を栄養に育った怪物が、その命を奪ってしまった。

その死を惜しむとともに、心よりご冥福をお祈りいたします。

2022-07-07

anond:20220707224824

乖離かいう割に根拠がなさすぎる

間接選挙とは有権者が直接意見をいうのではなく代理人を選出して意見を言わせたり行使させること

から代理人を選ぶことは本当に重要で、それ自体自分意見を反映するってことと同等なんだよ

から何も投票しないなら、何をされてもいい無能と思われて仕方ない

選挙ってそういうことだよ

2022-07-06

タレント自民党候補当選するということの意味

東京都タレント候補当選した場合意味を考えてみた。

自民党総裁の「議席力」がプラス1される

結論最初に書くスタイルで。自民党総裁岸田文雄の「議席力」というもの仮定した時にそれがプラス1される。それ以上でもそれ以下でもないと思う。

仮定として、各国会議員には基本能力として「議席力」が等しく1で割り当てられていると考える。また、その他の特殊能力挙動個人ごとに細かく設定されていると考える。例えば、「地元建設業の景気が良くなる」「保育園建設が進む」「ワクチン関連法案は欠席する」「任期中に不祥事で辞職する可能性がある」とかであるタレント議員当選した場合には、議員自身の「議席力」が岸田文雄にそのまま付与されることになると考えることにする。

岸田文雄能力全般が増えるわけではない

岸田文雄には、岸田個人議席力に加えて諸々の特殊能力がある。タレント候補当選しても、岸田のそれらの特殊能力には影響しない。例えば、総理として、どの国際会議に出席するかとか、誰と会食するのかとか、そういったことにはそれなりの意味があると思うが、例えば生稲氏が当選した場合に岸田が余分に会議に参加できるとかメシの回数が増えるとかではない。

ただ、岸田氏、さらにいえば自民党行使しうる総数としての議席力がプラス1されるということである

議席力が1増える意味

国会議員トータルで千以下、自民党トータルでも数百でしかない有限のリソースである議席力」が岸田氏に余分に1割り当てられるということはそれなりに影響がある。国会における決定がやや微妙な状況では、党内の揺さぶりも含めて、ラストの数議席キャスティングボートとしての意味を持ったりする。そういう微妙な状況でも、岸田個人付与された追加の議席力1は基本的に揺るがない。国会委員会やあるいは総裁選などでの微妙な票読が必要とされるシチュエーションでは、一年議員の数は安定したものとして数えるのが通例であるのが類似した事例かもしれない。

これは、きれいな言葉で言うならば、岸田文雄自民党に対して安定感と推進力を与えるということであるネガティヴ言葉で言うなら、少々の悪事ではびくともしないような防御力を与えると言うことにつながる。

特殊能力」に全く期待できないという意味

選挙区で、候補者の名前を見て投票するという仕組みのそもそも意味は、政党だけでは決まらない候補者の特殊能力(つまり個性)を加味して投票先を決めるということである。それは、有権者に与えられた権利でもあり、また楽しみでもあると思う。タレント立候補した選挙区では、ポスタータレント名前写真掲載されていても、そのタレント本人に付随する何かに投票していることにはならない。今書いていて気づいたが、「特殊能力が無い」は漢字で書いた時には「無能である。仮に岸田に議席力を与えるという選択をした場合であっても、無能人間投票しなければいけない虚しさというのはある。

べつに議員個人特殊能力を求めなくてもいいという考え

議員個人特殊能力やら個性を求めなくてもいいという見方もある。政党政治を行う上で、それぞれの党派議席数がいくつかということのみが重要だという考えで、確かにそのような考え方でもいいのかもしれない。また、議員特殊能力個性にはネガティヴものもあるのだから、変にそういうものを纏っていないという意味での後ろ向きな優位性もあるのかもしれない。

タレントから全てが無能、無個性だというわけではない

言い訳がましくなるが、ここまでの話とは反する事例は上げようと思えばいくつも上げることができる。例えば、三原じゅん子は、全体主義カラー子宮頸がんワクチン推進、という個性を纏っている。谷亮子議員活動の末期で小沢一郎造反するような動きをしたりしていた。扇千影あたりも元はタレント議員だったと思うが、保守党党首をやったりしてる(どんな能力なのか知らないが)。とはいえ立候補する段階で、なんらの主義主張も見せていないタレント候補に、そのような変化が今後生じると期待するのは難しいと思う。

anond:20220706062546

男性特権」を捨てろと言いつつ、もっとも「男性特権」を上手く行使している男に惚れるという矛盾

北風と太陽じゃないけど、

男性特権」を持たない人が一番モテる社会になれば、誰もが「男性特権」を手放すと思うよ。

被選挙権行使せよ

選挙権行使しないのは怠慢であると巷でよく言われるし選挙に行ったことを誇らしげに言いふらしたり選挙に行くことそのものが素晴らしいものでみんな行くべきであるという啓蒙も大いに行われるものであるがその一方で被選挙権行使の推奨は全くといっていいほどに見かけることはない。気に入ったセレブリティに「もうあなた総理大臣になってくださいよ(笑)」のように冗談めかして言う公人は数あれど本気で選挙に出るべきだ出ないのは怠慢であるという非難がされることはない。諸君被選挙権行使せよ。

2022-07-04

anond:20220704141644

うそ

不思議と、自分らの表現に対して世間圧力が上がると「不当」「表現不自由」となり

自分たちが行使する場合は「正当な批判」「市場原理」とか言い出すアレ

面白いよね

BLMでは、店舗被害を訴えた人が叩かれてましたね

正義いね


ところで、ちびくろサンボの話、どう思う?

差別ものしょうがない、市場原理だって感じ?

カルピスマークとかやっぱり許されないって思う?

黒人差別をなくす会」が音頭を取ったけれど「大衆が」批判した市場原理なのだって感じ?

2022-07-03

投票などするな

自民党言わずもがなクソ。まともな経済政策も無く、どうせ俺たち以外いないから…という殿様商売みたいな政治国民を舐め腐ってる。論理理念もあったもんじゃない。野党すべからくクソ。まともな思想信条もなく、本気で政権を取りに行こうというやる気がないのか能力がないのか、どちらにせよ何を期待しても無駄。こんな茶番に参加することはない。投票などするな。そのエネルギー投票以外の参政権行使しろ地元新人ギリギリ当選した議員手紙を書け。FAXを送れ。生活の苦しさ、将来への展望のなさを具体的に記せ。肉筆でなくてもいいか気持ちを込めて書け。そして、もし対策としてこうして欲しい、こうはならないのか?など思いついているならそれも書け。話に行ってもいい。何か伝えろ。別にメールでもいい。一回だけで済ませるな。できれば何名かの連名で出せ。選挙で満足するからこの国はいつまで経っても一般市民馬鹿にされ続けるんだ。

続・表現の自由についてのメモanond:20220702054142追記

anond:20220702054142追記。基本引用元は元記事ブコメhttps://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20220702054142)。

1. 表現の自由私人間で問題となる場合はどんなものがあるか

frothmouth 公権力でないか規制でない、ってのも今の時代実態にそぐわない気がするなあ。キャンセルカルチャー批判とか考えるとね/真面目に書いた増田に「精液で全身ドロドロ〜」みたいなブコメ付けられて気の毒

 ここで問題にしているのは一般人の抗議運動ボイコットのことで、その手のものは「規制」と考えることは不適切だということである公権力でないか規制ではないとは言っていない(私人間効力の論点はもう半世紀以上前からある)。せっかくだから書いておこう。

 2022年現在公権力以外の「規制」を論じる意味があるとすれば、デジタルプラットフォーマー問題だろう。我々の言論はあまりにも出版放送通信インフラ依存している。たとえばツイッターフェイスブック、「マンガアニメ」の類を配信しているプラットフォームpixivなんかの同人投稿サイト。こうしたプラットフォーム言論依存しているので、もはや作者の書く自由擁護するだけでは何の意味もない。その手のプラットフォーマー恣意的管理をすれば言論は生き残れない。一方で、こうしたプラットフォーマーもまた出版自由を有するから、「持ち込まれ言論絶対出版しなければならない」義務政府が課すことは許されない。そして実例として、SNS各社はプラットフォーム内でのヘイトスピーチ禁止しているし、pixivも同様である。みんなプラットフォーマーというとGAFAしかイメージしないが、もっと小規模なレベルプラットフォーマーに目を向けるのが大事だ。

ピクシブ株式会社サービス利用規約14条

23 極端な思想反社会的行為を賛美・助長する表現投稿または編集する行為

24 人種信条職業性別宗教などの差別を賛美・助長する表現投稿または編集する行為

言論流通過程全体を保護するためには―わかりやすく言えば2chの削ジェンヌみたいな滅茶苦茶な「管理」をされないようにしないとけない―プラットフォーマー私人はいっても、その行動を公権力によって規制する必要が出てくる。そしてプラットフォーマーもつ出版自由との慎重な調整が必要となる。その繊細な調整が表現の自由論の課題ますますなっていくだろう。

 なぜ繊細慎重な調整と必要となるか。DPへの介入は、プライバシー名誉毀損にあたる言論裁判所差止めるのと同じ構図だし、言論の分野ではないが、旅館業法が、ホテル旅館(これも私人だ)に宿泊者を原則として拒否できないとする義務を課すのと同じ構図がある。似たような調整はこれまでも行われてきたわけである。ただ、後者営業自由は、もともと社会権保障したり公平な自由を確保するために制限することが幅広く認められると観念されているのと違って、前者は、差止めの要件がかなり厳しく設定されている(『宴のあと事件などを見れば明らか)。それは表現の自由がそれだけ「重い」権利だという観念があることによる。プライバシー名誉毀損営業に対する介入を比較すれば分かるように、表現の自由就中送り手の自由)を重視すればするほど、プラットフォーマーもつ表現の自由」へ介入するのは困難となる。ブコメした多くの人が「表現の自由」はとにかく大事なんだという観念を持っているようだが、果たして一般論として表現の自由称揚すればするほど、プラットフォーマー地位が向上していき、利用者立場は低下していく関係にある。DPに限らず、出版社も独自ポリシーを持っていて、刑法175条の要求とは別に原稿に対していろいろな要求をして、修正しないなら出版拒否する。表現の自由称揚し、表現の自由地位を向上させればさせるほど、出版拒否に対して裁判所が介入するのは困難となっていく。皮肉な話である。「表現の自由」を称揚すればするほど、公権力以外の「規制」はつよくなりうる。私人間同士の対立場面で「表現の自由」を登場させないことには、それなりの理由がある。

 なお、私は一般人の抗議運動を「規制」と言っているような人に調整作業やらせたいと直感的に思えないところがある。その人こそが削ジェンヌになるのではないか

2. 規制とはなにか

minominofx66 まずは宇崎ちゃんしろたわわにしろ萌え絵アニメ規制されるべき「エロ」なのか、健全表現範囲内なのか、この際だから徹底的に議論して白黒はっきりさせるべきだと思う。

 第一に、さしあたって規制されるのは「わいせつ」(刑法175条)である。「エロ」ではない。そして「エロ」とか「健全」かそうでないかという問題は、表現の自由擁護する上でどうでもいいことである重要なのは「不健全」でも公権力によって規制されないということではないか。「不健全」なら規制しても良いという観念が前提にあるように見えるのは驚くほかない。アニメマンガの類の少なくない作品が不健全とか不道徳とか退廃的とか言わざるを得ないのは確かだろう(少なくともハード・コア・ポルノ的なものなら、だいたいどれかには当てはまるだろう)が、だからといって公権力刑罰をもって発売頒布禁止することは許されない。それが表現の自由論ではないの。

 第二に、「規制」がどんな規制かも考えなければならない。仮に刑法175条が廃止されたとする。そうすると性器修正処理などは全廃されるだろうが、成人向けの書籍ビデオ等は依然として年齢制限が課せられる(公権力法律条例をもって年齢制限を課すこともあれば、出版業界の内部協定として行うこともある)。販売頒布禁止されなくても、流通過程制限されることがある。それは言論の内容に着目したものではなく、付随的害悪(たとえば見たくない人の目に偶然触れるのを防ぐため)の阻止するための規制(内容中立規制というやつだ)である一般論としてそのような規制は認められなければならないだろう※。付随的害悪を阻止するための規制もいっさい認められず、街路に成人向け書籍広告を出したり、街頭モニタービデオを上演したりすることも制限なく認められなければならないというのなら、もはや見解の相違としか言えないが。

 第三に、宇崎ちゃん欠缺ポスターやたわわのポスターに対する抗議や批判は、いかなる意味でも規制ではない(国連からという声もあるが、それは「日本の」公権力ではないし、日本国に対して強制力を持ったなにものでもない)。批判や抗議は、表現の自由がもともと予定するものであろう。「不健全表現規制せよ」と主張することすら(私はそうは思わないが)、表現の自由である。それに反論するのも自由だが、そういう主張自体が「規制」と言うのは馬鹿げている。

 とはいってもこれがかなり厄介で、そのような規制によって出版社に過剰な経済的負担を課し、実質的に内容規制をしていこうという方法がないではない。しかし、付随的害悪の阻止のために合理的規制を行うことは、一般論としては認めなければならないだろう。あとは個別事例による。

3. 雑多に。

(1)

daydollarbotch 用語はそれっぽいが内容が所々おかしい。嫌がらせがあるなら不法行為たり得るし、間接適用説の下で表現の自由考慮され得る。判決引用部分では特にわいせつ表現表現の自由保護範囲外とは読み取れない(2階へ

①「わいせつ」に該当してもただちに保護範囲外にならないと最高裁認定しているという趣旨か。だったら以下は何なのだろうか。なお、これはわたしあなたが考えているところのあるべき「わいせつ概念ではなく、最高裁判例法理では「わいせつ」がどういう扱いを受けているかという問題である

ところが猥褻文書は性欲を興奮、刺戟し、人間をしてその動物存在の面を明瞭に意識させるから羞恥感情をいだかしめる。そしてそれは人間の性に関する良心麻痺させ、理性による制限度外視し、奔放、無制限に振舞い、性道徳、性秩序を無視することを誘発する危険を包蔵している。もちろん法はすべての道徳や善良の風俗を維持する任務を負わされているものではない。かような任務教育宗教の分野に属し、法は単に社会秩序の維持に関し重要な意義をもつ道徳すなわち「最少限度の道徳」だけを自己の中に取り入れ、それが実現を企図するのである刑法各本条が犯罪として掲げているところのものは要するにかような最少限度の道徳違反した行為だと認められる種類のものである。性道徳に関しても法はその最少限度を維持することを任務とする。そして刑法一七五条猥褻文書頒布販売犯罪として禁止しているのも、かような趣旨に出ているのである

チャタレイ夫人の恋人事件最大判

②間接適用説のもとで「誰の」表現の自由考慮するかが問題である。抗議者の言動裁判所差止めれば、それこそが表現の自由制限となるから裁判所差止権限行使するにあたっては、表現の自由趣旨を取り込んで適用しなければならない、というのが間接適用説だろう(ドイツリュート判決はこれとそっくりな構図だった)。表現の自由私人間効力は、抗議者に対して、一般論として相手表現を一切抑制しないように注意する義務を課すものではない。もしそうだとすれば、あらゆる抗議の類が不法行為になるはずである

嫌がらせがあるなら不法行為なのは違いない。それは個別事例による。

関連して。

type-100 175条にしても猥褻物の作成・所持を禁じているわけではない。猥褻性を持つもの表現言論自由保護を受け、他の権利との綱引き規制されている。

 確かに刑法175条はわいせつ文書・図画等の作成・所持を禁じていない。その限りであなたのいうとおり、「保護を受け」ると考えてみよう。しかし、販売頒布禁止される。警察刑法175条の取締り方針を変更して、性器露出したり、性行為描写するあらゆる作品を取り締まったとする。そこで作成・所持だけが保護されたとして、何の意味があるのか。「保護されない」という言い回しが気に入らないなら、「保護レベルが著しく低い」という風に言い換えた上で読んでいただきたい。加えて、最高裁作成・所持の禁止まですれば違憲となる、とも言っていない(アメリカなら、Stanley v. Georgia, 394 U.S. 557 (1969) 判決がそう言っているが)。

(2)

CocoA "一般に「エロ」の表現の自由を目指していきたいのであれば、少なくとも刑法175条を廃止しなければならないはずである"<-えっ、廃止に賛成している表現の自由戦士たちを知らない・・・

 「戦士」なら刑法175条を廃止する署名運動なり政治運動なりをやるべきであろう。あるいは「戦士」とはただのネット弁慶か。廃止提案されたら賛成するが、そうでなければ特に何かしないのか。

(3)

hom_functor これだけ長文書いても表現規制する合理的理由絶対説明しないんだよな。「抗議をやめる~ように請求する法的資格を有する」なんて見かけない主張を創作したり反論やすブコメチェリーピッキングするだけ

 「規制」なのかという問題か否かを読み取っていただけてないらしい。上記で書いたように、抗議運動なりボイコットなりは「規制」ではない。政治道徳的な観点からそれに理由があれば正当だし、理由がなければ不当だというだけのことである。むろん嫌がらせの類は、不法行為である。抗議運動なりボイコット理由があるかという部分はともかく、「規制」というおかし問題設定をしていることが馬鹿げているということだけはくみ取っていただきたいのだが。

(4)

sirobu 表現不自由展に対する街宣カーも自由制限する不当な圧力だと思ってるんだけど、増田はそう思わないってことかな?

 あなたが街宣カーで街宣される時点で表現の抑圧だと考えていることはよく分かった。そういうレベルから見解が異なるのなら、議論がかみ合うことはないだろう。以下は参考まで。街宣カーで道路を走りながら何か言うだけなら、それは自由である馬鹿なことを言っているなとは思うが)。問題は街宣カーそれ自体ではなく、殺害予告だったり大量電話のような嫌がらせだろう。また、名古屋市長支出拒否しかり、大阪府知事の会場施設利用許可しかり、公権力規制に乗り出していることを考えれば、表現不自由展では「不当な圧力」どころか、ズバリ規制」が問題だった。公権力嫌がらせを煽っていることも見逃せない(特に名古屋市長愛知県知事リコール運動)。

(5)

thesecret3 憲法法律ではないので専門家判決がどうでも各自独自解釈で主張してもいいと思う。自由保障すると言ったら基本は保障されなければならないのであって政府邪魔しなければいいってもんではないと私は思う。

 それは畢竟独自見解ですね。

 なんか進次郎構文っぽいトートロジーが・・・。

2022-07-02

anond:20220701074807

表現規制派」というレッテル貼りは間違いだということ。

下ネタ禁止」は、確かにそれ自体言論の自由規制であるが、それを放置すると言論の自由行使男性に圧倒的に偏ってしまう点で、言論の自由にとって必要ものである

これ笑うところ?

表現の自由」についてのメモ的なもの

 下記のエントリーanond:20220701074807)で色々と書いてある点について。目下話題になっている「表現の自由」について。自分用の整理として。

1. 表現の自由とはなにか?

 目下話題の「表現の自由」は、いかなる意味表現の自由なのだろうか。それは憲法21条1項に見られるような法的なそれだろうか。それとも、憲法21条1項のようなものとは異なった何かなのだろうか。たとえば、JAなんすんが制作した『ラブライブ! サンシャイン!!』のキャラクターを利用したポスターについて、絵の内容がが性的である※1という批判があった(なお、これや宇崎ちゃん欠缺ポスター事件の余波で、赤木氏らツイッター凍結騒動があったりした。覚えているだろうか?)。

 ここで、抗議をJAなんすんが考慮して、ポスター撤回したとする。すると、「誰の」自由が「誰によって」侵害されているのだろうか。侵害者をざっくりと抗議する者として捉え(本来ツイッター批判的な言葉を言っている者、電話をかけて意見を伝える者、付和雷同していたずら電話をする者、大量の手紙を送りつける等のいやがらせをする者等を十把一絡げに全部抗議者として捉えるのは適切ではあるまいが)、被侵害者をさしあたってJAなんすんとして、JAなんすんが抗議者に対して抗議をやめる(たとえば、ツイッターで「ポスター撤回すべし」等の意見つぶやくのをやめさせる)ように請求する法的資格を有する、というのが表現の自由主張の趣旨か。

 はっきりいえば、そのような主張は法的には認められない。私人間効力の論点を見直すべきであるしか言い様がない。ここで、抗議をやめるように要求する資格があると裁判所肯定すれば、抗議者の表現裁判所(=国家機関!)が介入することになり、それこそが表現の自由侵害である。この構図において、憲法21条1項が保障する表現の自由恩恵に浴するのは抗議者の側となるだろう。目下話題の「表現の自由」は、憲法21条1項とは異なる問題であると解するのが相当である・・・のだろう。

2. 規制概念

 元々のエントリーでは次のような言明がある。

言いたかったのは、フェミニストあくまで「女性実質的表現言論の自由を高めるための環境づくり」を目指しているのであって、「表現規制派」というレッテル貼りは間違いだということ。フェミニストリベラル派が目指すのは、あらゆる階級属性の人が等しく表現の自由行使できる社会だ。

 これに対するブコメはこう言っている。

preciar おまえ等がぶっ叩いてきた作品ほとんどが女性の手になる物である時点で、ただの妄想というか開き直りしかない/そもそも平等のために表現規制しろと言う主張が「規制派」でなくてなんだ?恥に加えて知恵も無い

 後段の「そもそも平等のために表現規制しろと言う主張が「規制派」でなくてなんだ」という部分に注目したい。再びポスターを題材とする。「規制」という言葉を使うのは公権力ではないか不適切のように思うけれども、例のポスターに対する抗議は、ポスター掲示することを抑制しようとする意図を有し、ある一つの表現を抑圧する行動である、という部分を問題として切り出すことにしよう。ここで想起するべきなのは表現すべてがまったく自由(というより、放縦のまま)とされることなどあり得ないということである。たとえば名誉毀損的な言動は認められない。名誉毀損言動をしている者を叱りつければ、それは一つの表現の抑圧には違いない。しかし、名誉毀損をされないというのも重要利益であり、自己表現利益と考量される対象となる(そうならないという人はいないだろう)。プライバシーも同様であるノンフィクション『逆転』事件を想起すれば良い。前科実名暴露されない利益を重視する見地から、『逆転』における表現抑制されている(この事件では、慰謝料請求裁判所が認めているから、公権力による「規制」ですらある!)。プライバシー保護のために表現抑制するべきであるという主張は「規制派」であろうか。

 名誉毀損プライバシーは具体的な個人利益問題となっているが、女性蔑視の問題はそうではないと思うかもしれない。しかし、番組準則のように、社会に薄く広く広がる利益保護(たとえば、放送番組政治的公平性)を保護するために、表現抑制する(番組編集準則であれば、放送局の自由)ということは、そうおかしな話ではない(なお、憲法学では、番組準則は、それへの違反総務大臣による放送免許の取消原因になり得る等の効果もつ限りで違憲であるとしている。)。たとえば、大阪府知事大阪市長橋下徹トーク番組に対して、政治的に公平ではないという批判は、無論番組作りを抑制する可能性がある。実際、激しい批判を浴びて、大阪毎日放送社内調査を行って検証したのである。これも「平等のために表現規制しろと言う主張」だから規制派」となるのだろうか?それはそれで一貫した立場ではある。それこそ「知恵も無い」と思うが。

 なお、念のためにいえば、プライバシー名誉権も日本国憲法は明文で保障していない。そのような利益であっても、憲法21条保障する表現の自由にとっての対抗利益となることができる。憲法の明文で保障されていない権利表現の自由の対抗利益になり得ないという考え方は、畢竟独自見解に過ぎない。

3. 「表現の自由」は個別的特殊的な権益なのか?

 ここからは元のエントリーとの関連性は薄くなる。

 選挙において「表現の自由」を掲げる政治家がいる。彼らの問題意識は極めて偏頗ではないか日本表現の自由をめぐる問題状況は深刻なものがある。ところが、こと選挙で「表現の自由」を旗印にする者の言動を見ていると、選挙運動の規制公務員政治的意見表明やストの広範な禁止放送資源の分配問題政府情報保全・公開等々、様々な形で存在しているはずの問題状況が捨象されて、取り上げられているのは「マンガアニメ」の自由ということになっている。また、「アニメマンガ」だけを対象にしても、取り組む分野が偏っているのではないか。たとえば、これ(https://twitter.com/KenAkamatsu/status/1542366137979400193)には『国が燃える事件が入っていないが、右翼の抗議は免罪されているのか。あるいは、最近の『「神様」のいる家で育ちました』も入っていないが、宗教団体からの抗議は免罪されているのか。上記は、批判としてはマージナルかもしれない(忘れていただけかもしれない)が、刑法175条の廃止等(ポルノ合法化;「有害図書販売規制廃止ないし合理化)を公約に入れていないのはどうしたことか。

 「表現の自由」を掲げる政治家言動を観察していると、一つ気づくことがある。彼らは、表現の自由抑制している制定法を改廃するのではなく、規制対象外となるように関係機関に働きかけを行って「免除」(制定法の外部で活動しているのだからお目こぼしに近い)するという活動に主眼を置いているようである。念のためにいえば、そういった活動政治家が行うこと自体は奇妙なことではない。問題は、「表現の自由」といった一般的普遍的権利を掲げながら、規制廃止を唱えるよりも、特定表現に限って規制免除するように(制定法の改廃ではなく)法執行機関に働きかけをしていることである※4。取締当局に働きかけをして有利な方針を引き出すという方向性は、自由にとって脅威であることに変わりはない。結局、働きかけをする人物意向によって「自由」の内実が左右されることになるからである。「免除」の仕組みを動かす人物特定出版社特定作品群を代表している場合、その他の出版社表現には「免除」を拒否するという形で脅威となる可能性が存在し続ける。政治家言動ナイーブに受け止めてはいけない。

 なお、私は実は「アニメマンガ」の中の特定作品群のみを対象とした偏頗な政治運動自体けしからんというつもりはない※5。しかし、「表現の自由」という看板は下ろしてもらいたい。

4. 「エロ」の規制をめぐって

 「表現の自由」を掲げる政治家ないしツイッターアカウントを見ていると、「エロ(・グロナンセンス)」の自由を重視しているような印象がある。こういった表現一般について、公権力の介入を排除する防御権があるのは当然だ、という前提があるような気がする。しかし、「わいせつ(obscenity)」にあたる言論憲法上の権利として保護されないはずである憲法上の権利として保護されないということは、内容規制をしても合憲であるということになる。日本最高裁の考え方もそうであろう:

なお性一般に関する社会通念が時と所とによつて同一でなく、同一の社会においても変遷があることである現代社会においては例えば以前には展覧が許されなかつたような絵画彫刻のごときものも陳列され、また出版が認められなかつたような小説も公刊されて一般に異とされないのである。また現在男女の交際男女共学について広く自由が認められるようになり、その結果両性に関する伝統観念修正要求されるにいたつた。つまり往昔存在していたタブー漸次姿を消しつつあることは事実であるしかし性に関するかような社会通念の変化が存在しま現在かような変化が行われつつあるにかかわらず、超ゆべからざる限界としていずれの社会においても認められまた一般的に守られている規範存在することも否定できない。それは前に述べた性行為非公然性の原則である。この点に関する限り、以前に猥褻とされていたもの今日ではもはや一般猥褻と認められなくなつたといえるほど著るしい社会通念の変化は認められないのである。かりに一歩譲つて相当多数の国民層の倫理的感覚麻痺しており、真に猥褻もの猥褻と認めないとしても、裁判所良識をそなえた健全人間観念である社会通念の規範に従つて、社会道徳的頽廃から守らなければならない。けだし法と裁判とは社会現実を必ずしも常に肯定するものではなく、病弊堕落に対して批判的態度を以て臨み、臨床医役割を演じなければならぬのである

最大判1957(昭和32)年3月13日 刑集11巻3号997頁:チャタレイ夫人の恋人事件

エロ」の自由擁護していくとなると、「保護されない言論」の判例法理桎梏いかに除去していくかを考えるべきであろう。スウェーデンではポルノ出版自由対象とされていることに注意する必要がある。スウェーデン憲法典の一部を構成する出版自由に関する法律は、出版自由制限できる場合限定列挙する。児童ポルノ出版自由制限できる場合に挙げられている※6が、ポルノ一般は挙げられていない。他方で日本の状況を考えてみよう。もはや何の修正もなく『チャタレイ夫人の恋人』は出版されているが、刑法175条自体は生きている。最高裁判例を変更していない。捜査機関取締り方針を変更すれば、刑法175条でもって再び刑事罰が科されるであろう。他の成人向けのアダルトビデオにしても、マンガにしてもアニメにしても同様である一般に「エロ」の表現の自由を目指していきたいのであれば、少なくとも刑法175条を廃止しなければならないはずであるしかし、この最大の桎梏存在認識していない者も少なくないように思う。もしかすると、このような規制状況はもはや動かしがたいので、所与としなければならないと考え、より低い脅威度のものを優先しているのかもしれない。あるいは、彼らが取り組んでいる「マンガアニメ」は実は「わいせつ」にあたらない物件のみで、ハード・コア・ポルノ的な「マンガアニメ」は眼中にないのかもしれない。しかし、それでは『チャタレイ夫人の恋人』や『悪徳の栄え』、あるいは『蜜室』に取り組んだ人々と比べてあまりにチャチな取り組みだと思う。

 丸山眞男を引き合いに出すまでもなく、日本人は既成事実に弱いと指摘される。いったん規制されると大変だから規制される前に対処する政治家必要であるという言い分を聞くが、既成事実に屈服して「一端規制されると大変」な状況を強化しているのは誰なのだろうか。

※1 ここで「性的」として批判されているのは、単に裸体だとか性器描写されているという意味ではなく、ほぼ女性蔑視的という意味に等しいことに注意するべきである

※2 書いているうちに思ったが、リュート判決の構図に似ている。

※3 スウェーデンなどの欧州諸国ではポルノ合法化されている。スウェーデン等で購入したヌード写真集日本に輸入して税関検閲に引っかかる、というのが税関検閲事件の流れだ。

※4 なお、児童ポルノ禁止から創作物を除去せよとの主張は、一般的規制問題として評価できよう。

※5 むしろ出版社利益を守るためと考えれば、個別出版について規制お目こぼししてもらう活動大事だろう。だが、あくま出版社権益であり、表現の自由という共通財の問題ではない。

※6 日本出版されている成人向けマンガイラスト児童ポルノにあたるかと言った事件があったのだが、スウェーデン最高裁マンガ表現形態に十分配慮した判断を行っている(NJA 2012 s. 400. 翻訳もある。外国立法255号[2013年]223頁)。このような判断日本最高裁がするかというと、全然しないだろう。

anond:20220701074807

いや女が公共の場で男を性的に消費したいのなら好きにしたらいいだろ。男だけの権利が不満なら自分らで勝手行使すればいいだけだろ。

本当に女って相手が不幸にならないと、相手を不幸にしないと気が済まない欠陥品なんだな。

映画ぐらんぶるポスターとか見た事ないんかこのキチガイは。

https://ciatr.jp/topics/313436

2022-07-01

anond:20220701173227

なんていうか、ネガキャンしてる人達評価基準って「そもそもオタクコンテンツを守るということを加点事項とは捉えていない。もしくは減点事項と捉えている」か「自民党というだけで-100点」みたいな人ばっかりなんだよな。

オタクコンテンツを守るという行為を高評価する側の身からすると、あの人達一生懸命やってるネガキャンを見て、たま~に「この批判は確かにその通りだな」と思える主張を見つけたとしても、そのマイナスプラスを上回らない限りは投票を止める理由にはならないんだよ。

自民出馬であることに関しても、俺個人としてはちょいマイナスくらいの認識から、やっぱりプラスを上回る程には感じない。

まあ与党についた方が影響力を行使やすいしな、くらいにしか思わないのよね。

表現自由派」と「表現規制派」の対立など存在しない

参院選赤松健などが「表現自由派」と「表現規制派」の対立存在して、表現自由を守れと主張している、これはそもそもが完全にデマであり間違いである。リベラルフェミニストが「表現自由制限すべき」などと考えているわけがないし、むしろその逆である


フェミニスト問題にしているのは、「表現言論の自由現実には男女で不均等に配分されているのではないか」ということである。それは国会議員の男女比に端的に示されているし、経済団体会合で居並ぶ人たちは平均60歳以上の中高年男性である一般行政企業会議も、現状ほとんどは男性が仕切っているだろう。憲法法律女性表現言論の自由規制しているものは全く何もない以上、こうした不平等社会全体の中でつくられていると考えるほかない。


そこでフェミニストは、女性実質的表現言論の自由を奪っているものとして、公共的な場面における表現物に着目する。つまり女性男性サポート役であり、男性の「花=添え物」であり、男性性的消費の対象であるかのような発言広告であるフェミニストはこれらを問題にして、そうした言論表現は(少なくとも公共性高い場面では)規制されなければならないと考える。


これを形式的な「表現自由」で批判することは可能だが、それは表現言論の自由の全てではない。むしろ形式的表現言論の自由を守るほど、男性マジョリティ発言権ばかりが強まって女性言論表現自由が抑圧される、という日本社会全体の構造と向き合う必要がある。向き合う必要性を感じないとすれば、それは実のところ表現言論の自由に関心がないと言うしかないだろうし、日本自称表現自由派」のこれまでの言動を見る限りは、そう言わざるを得ない。


追記

この問題をややこしくているのは、問題になっている広告萌え絵を好むオタクの人たちが、マイノリティ被害感情を抱えていることが多いこと。フェミニストから見れば「女性性的対象にしている広告」でしかないものでも、オタクの人たちにとってはそれを批判されるのは「マジョリティ社会からの抑圧」に見える。発信力のあるフェミニストの多くが弁護士大学教授新聞記者など、社会的な威信地位の高い職業に就いているから、なおさらそう映る。「キモい」という、非モテ男子にとって破壊力の高いワードを無邪気に連呼する一部フェミニストが目立っていることも、オタクの人たちの被害感情を刺激している。

この点については、自分オタクの人たちに同情的であるしかし、だとすれば掲げるべき旗は「表現自由」ではなく、オタク男子に対する自覚のない侮蔑的発言表現自分たちがどれだけ傷ついているのか、ということへの抗議だろう。


追記2)


まあまあ炎上してます・・・。前にも似たようなことなんども書いているのに。

言いたかったのは、フェミニストあくまで「女性実質的表現言論の自由を高めるための環境づくり」を目指しているのであって、「表現規制派」というレッテル貼りは間違いだということ。フェミニストリベラル派が目指すのは、あらゆる階級属性の人が等しく表現自由行使できる社会だ。

何が問題になっているのかをわかりやすく例えて言えば、男性8:女性2という構成会議討論会で、その中で声の大きい饒舌男性が軽い下ネタでその場の爆笑をとったとしよう。これだけで女性発言することが圧倒的に困難になることは、容易に想像できる。吉野家の元常務は、まさにこうした話術で会議場の空気支配する名人だったのだろう。フェミニストは、こうした環境日本社会全体に薄く広く存在していると考えているのである。「下ネタ禁止」は、確かにそれ自体言論の自由規制であるが、それを放置すると言論の自由行使男性に圧倒的に偏ってしまう点で、言論の自由にとって必要ものである


現在テレビ情報番組からラジオMCまで、日本メディア支配していると言っても過言ではない「お笑い芸人」たちは、最近女性も若干増えつつあるとは言え、圧倒的に男性中心である特にお笑い芸人にとって、あけすけな下ネタトーク必須である女性でも下ネタを嫌がらない人は確かにいるとは言え、平均的な女性にとっては明らかにハードルが高い。結果として、男性が仕切る、男性目線で構成された番組だらけになり、女性はそれに相づちをうったり、あるいは「天然ボケ」を男性MCに突っ込まれたりするだけの存在に成り下がる。


いま番組文字通り仕切って自己主張を展開できている女性というと、和田アキコはまあ例外としても、ラジオジェーン・スーぐらいしか見当たらない。国谷裕子小島慶子は戻ってこないだろうか・・・

2022-06-28

anond:20220628005224

nekosichi その憎しみは、自分派遣会社にだけぶつけるべきで、他の人々は関係ない。

alpha_zero 恨むべきは産休明けで帰ってくる人でももちろん生まれてきた赤ちゃんでもなく、マネジメント能力のない派遣先上司派遣会社じゃないの。

ikebukuro3 悪いのは会社であって産休とった奴じゃねえだろ。全て会社が悪い。

rakugoman これが本当なら同情するが、敵は産休育休取得者じゃない。もし架空の作り話なら迷惑

myama0221 産休取った人を責めたり憎んだりするのはおかどちがい。会社が悪い

mory2080 会社に非があるのであって、産休取った人は当然の権利行使とはいえ、対価を払って受けたサービス同様、関わった人に対する感謝の念は忘れずにいたい。Thank you.

こういう、カスが子持ちになっただけみたいな連中ってなんなんだろうなほんと(いや、カスが子持ちになっただけだということは分かるんだけど)。

anond:20220628102914

説教が生きがいな奴もおるんやで

自分にとっての正義行使してるんや

本人にとってはこれがポリコレなんよ

おまいらが推し布教するのと変わらんのやで

相手にウザがられてるところも同じや

anond:20220628093936

そうなのか。なるほどな。

しか元増田ベトナムとは言及してないかベトナムに限るとそうなだけだろ?

ベトナムに限ってベトナムについてだけ話すのは論点ずれてるしおかしいだろ、単にジェンダーギャップ指数の高い後進国の中には「一部」そういう国もあるが、先進国については概ねジェンダーギャップ指数の通りの結果が期待できるってのが正しい言い方だろ?

単にそういえばいいのにそうではないあたり、恣意的論点ずらしててヤバい思想の人頭おかしい人感がヒシヒシと伝わるね



それに移住自由は元々相手にあって、移住するかどうかは元々相手の持つ自由

相手には元々、この国に差別是正を求める自由差別的制度の変更を求める自由がある。

言うのも自由

お前にも元増田とお前の議論の内容にも相手移住してもらうかどうかって何ら関係のないことなんだよな

お前の言ってることは意見ではなく、権利を持つ人たちに対しての権利行使はやめてくれという矛盾した無意味感想に過ぎないな

意見感想の違いのわからないバカがこの国には一部いるようだから見てる他増田にクソなツッコミされないようにあえて言うけれどね

anond:20220628093752

実感しようがしまいが移住自由は元々相手にあって、移住するかどうかは元々相手の持つ自由

実感したと言うのも自由

お前にも元増田とお前の議論の内容にも相手移住してもらうかどうかって何ら関係のないことなんだよな

お前の言ってることは意見ではなく、権利を持つ人たちに対しての権利行使はやめてくれという矛盾した無意味感想に過ぎないな

意見感想の違いのわからないバカがこの国には一部いるようだから見てる他増田にクソなツッコミされないようにあえて言うけれどね

anond:20220628093313

移住する自由彼女たちにあるのは当然ながら、差別是正を求めるバッシング制度変更を求める自由彼女たちにあるんだよな

お前の言ってることは意見ではなく、権利を持つ人たちに対しての権利行使はやめてくれという矛盾した無意味感想に過ぎないな

意見感想の違いのわからないバカが一部いるようだけど

anond:20220628025122

馬鹿

権利は常にあるわけじゃなくて常に追求していくものってのはわかるが、それとこの話は全然つながらないだろ

あんたは単に自分仕事の後釜につく女性逆恨みして「おめーは子供生んだから権利行使できていいけどよ、いつまでも子育てできると思うなよ」と脅したいだけでしょ?

元増田自分仕事他人に奪われただけであって、産休制度廃止されても増田仕事が奪われない理由にはならない

そもそも産休明けの人に奪われるってことはそれだけ増田能力がない…あ、ごめん本当のことをいって

2022-06-23

選挙はいきたいけどいれたい政党がまじでない

いまの政府には失望しているけど野党にもまともそうなのが全くいない

となると消去法で自民党にいれることなりそう。でも自民党を支持したいわけでもない。

となると選挙に行く意味を見いだせない。でも選挙権を行使しないのも嫌だ。

どうすりゃいいの。白紙投票も結局意味ない気がしている。

2022-06-22

参院選はあと半月後ろにずらしてほしい

投票めっちゃめんどいんだけど。

事情あって転職して、年度の変わり目に北日本から西日本に移ってきた。選挙の季節になったから新しい土地でどの候補に入れようかな~と選挙ポスターを眺めてから帰宅してみたら、北日本自治体から封筒が来てた。

俺が行くべき投票所は北日本にあるらしい。そして俺は北日本リストから候補者を選ぶことになっているらしい。

そんでもって投票用紙を受け取るためには北日本自治体に「不在者投票の用紙ください」っていう封筒を送らないといけないらしい。

??????

あー、そういえば選挙権って3ヶ月以上継続して住んでる自治体行使するんだったな! 3月下旬転出届&転入届出してるからまだ3ヶ月経ってなくて現住所では投票できないんだね!

アホかああああああああ!!!!!!

3月末に転居する人間なんてこの国には腐るほどいるだろうが! そして衆院選と違って参院選はいつやるか事前にわかってるだろうが!

半月後ろにずらしてくれれば現住所で投票できるんだから半月後ろにずらしてくれ!

憲法には「参議院議員任期は、六年とし、三年ごとに議員の半数を改選する」としか書いてないんだから、特例法かなんか作って参院議員任期半月くらい延長して、年度初めから3ヶ月以上経った日にしてくれ! それともこの「6年」って厳格に決まってるからずらせないの? なら特例法かなんかで選挙期間をずらしてくれ!

ついでに言うと返信用封筒が同封されてるのかな? と思ったけどされてなかったからわざわざ郵便局が開いてる時間郵便局行って封筒切手買わないと選挙行使できないっぽいね! こんな! ど田舎で! 俺が勤務終了後に行ける郵便局があるわけねえだろおおおおおおおおおお!!!!!! 何? 何なの? 俺に選挙権を行使させまいとする陰謀なの???

そのままの自分で生きられる幸せ

81万人しか子どもが生まれてないとか、未婚率たっけーとか、やばやばやば〜って言って、亡国日本論が展開されている。

当方30代後半の東京住み独身女性なんだけど、今の日本てほんと、ヤバいかもだけど個人的には、それで助かってる人たちもいるよなぁと思ったので、メモしておくね。

無理に結婚しないでも、親(家)の意思に縛られなくても、自分人生が生きられる世の中なのはほんとありがたい。これが人間進化するってことなんだと思う。30代後半になっても友人たちも結婚してない人がゴロゴロいて、普通に働いて好きなもの買って、(これは運と環境もあるけど)暴力圧力に悩まされることなく生きていられるって、これこそ人として人権自由ある生活じゃん。

国がもっとちゃん政治運営してくれてたら、賃金が数十年上がらなくて(むしろ下がって)皆が貧しくなって結婚をはじめとしてやれることが減ってしまったり、高い税金や高い社会保障費や、女性全般低賃金なことだったり、男女ともドロップアウトからの復帰が難しかったりする不自由もっとどうにかなるんだろうに、そして自分の先行き暗い老後の保証への心配が減るのに、とは思うけど。

でも、現状ひとりで稼いでひとりで暮らせるのはほんとありがたい。

自分若いから身体壊すくらいがむしゃらに働いたので今はそれなりの収入があるけど、おかげさまでそれもひとつ自分選択として選んでこれた。

ずっと働くのしんどいし、先行きのことを考えると本当は士業とか資格系の職に就いた方が良かったなと今では思うけどね…今やってる仕事も内容は好き。

結婚の機会無かったなぁ〜とか、出産ていう経験人生そう何度もできることじゃなさそうだな〜とかも思えど、あれもこれもは選んでこれなかったので、今なんだよな。やってみたいことはいっぱいあっても、選択しながら人間は進んでいくので、できないことがあるのは仕方ない。そうやって結婚しない日本ヤバい、とか言われるかもしれないけど、選べないなら仕方ないじゃない。その分、良識ある社会の一員、小市民として自律しながら、ちゃん税金沢山納めてるからさ、年金とか子育て支援とか、社会保障に使ってよ(勿論選挙にも行ってるよ)。

生きてる中で女だからってメリット享受できたことは、飛び抜けて目立つような出来事はない。仕事では、もしかしたら業務量とかを配慮をしてくれてた上司はいたかもしれないけど、待遇出世の面とかではむしろ、明らかに損してきた。あとセクハラもあった。パワハラもあった。私生活では女であることで優しく接してきた人はいるかもしれないけど、プラマイゼロからマイナスになるくらいには男女問わず周囲に気を遣って優しくしてきた。それは偽善とかじゃなくて、人間関係には心遣いっていう潤滑油絶対的必要で、等価交換だし、優しさが多い方が世の中明るくなると思ってるからだ。

しっかり自分で働く、お給料もらう、生活する。これをやりたいと思ってやれるのがいい。大変なことはいくらでもある。ストレスは勿論あるし、健康とかもこの年齢になってくると大変。自分は恐らく要領よくは生きてない。でも、人生の中から不愉快ものを減らすことに価値を見出す自分にはその為にがんばる価値がある。

人によっては贅沢だったり華やかだったり恋愛に満ちてたり、もっとスローライフだったり、目指したい物って違うとは思うけども。自分は嫌いな人間ひとつ屋根の下暮らさなくてよかったり、自分尊厳自分コントロール下に置けたり、意志否定されなかったり、身の危険を感じながら生きなくてよかったり、人間権利行使できる0状態フラットな所にいられるのが嬉しいなって思うんだよ。その為には色んなことを殴ったり撫でたり悩んだりして解決しながら、日々をこなしてきたし、これからもそうしていく。

みんな自分場所自分のために、人によってはそこから更に周囲や世の中のために、頑張って日々を過ごしていこうね。

2022-06-21

「女はAEDを使った男を訴えてはならない」という社会的合意形成

男性女性AEDを使うリスク議論が何度目かの盛り上がりを見せている件、「まーたミソ男がこの世に存在しない妄想女をでっち上げ藁人形相手に女叩きしてるよ」と揶揄する向きも多いが、

議論を通じて「女性AEDを使った男性を訴えてはならない」という有益社会的合意形成するプロセスが進んでいると前向きにとらえるべき動きではないだろうか?

AED使った男を訴える女は存在しないんだな? 万が一訴える女が出たら、社会はその女を嘘つきの金目当ての詐欺師狂人扱いしてどれだけ殴っても良いんだな? 訴えられた男は罪なき被害者として最大限の共感支援を受けられるんだな? 言質取ったからな?」

という男女間の停戦合意文言を詰めるプロセスがこのAED議論本質と言えないだろうか。

この社会的合意が成立したら、男性AED女性に使うリスクが無くなり、女性は見殺しにされるリスクが無くなるのだからほとんどの男女にとって利益になる。

唯一割を食うのは、「本当にAEDを使った男性から痴漢行為を受けた女性」で、彼女が正当な権利行使として性犯罪者男を訴えたいと願ったとしても、同性からさえ「あなたが嘘をついて騒いだせいで男性女性AEDを使わなくなって私たちが見殺しにされる。この人殺し!」というバッシングを恐れて泣き寝入りすることになる。

しかし一件でも「女性AEDを使った男性が訴えられる」ケースが起きれば男女間の信頼関係永遠に破綻して二度と回復できないのだから、やはり「本当にAEDを使った男性から痴漢行為を受けた女性」には黙って犠牲になってもらうしかない。

もしクルド人独立国家を持つ権利国際社会が認めたら中東が今以上に滅茶苦茶になって、日本ガソリン代がもっと値上がりして、私が自給820円のバイト先に通うのに車を使ってたら生計破綻してしまうので今後は暑い自転車通勤する苦痛を味わうことになるのだから、各国が「存在しない民族概念を掲げるテロリスト」扱いしてクルド人虐殺するのを放置するしかないのと同じことである

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