はてなキーワード: 結果的とは
これとセットで
ポリコレ勢「金儲けの為にポリコレを利用してはいけない」と言っている
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ポリコレ要素を入れた映画が爆死したり、逆に広い層に持て囃されたり(ポケモンは結果的にこれ)するけど
「ポリコレって儲かるんだよ儲からないんだよ」って話題自体はホントはタブーらしい
でも結局金で動いてる企業がわざわざ積極的にポリコレ要素を入れていくのって、もう金になるかの実験みたいなもんだ
正確にはポリコレに限らずだけど
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https://anond.hatelabo.jp/20230319031059
この増田が「一見ポリコレを取り入れてるように見える作品」に欺瞞を感じるのは正直わかる
金のために「考えているフリ」をしているんだよ
この話の前提条件は以下である。
この前提をもとにジェイリースに対して契約の解除を要求したところ、『賃貸契約が継続している限り解約はできず、また継続保証料についても支払いの必要がある』との回答でありまたその説明や管理会社との確認も以下のような不誠実な対応だった。
結果的に現在ジェイリースに対して継続保証料の支払いは行っていないが、上記のような対応があったことを公開しておくことで同じ状況の人に役立つこともあろうと思い増田に書いておく。
ジェイリースとはコールセンターに直接電話を2回、管理会社を通して1回の計3回(電話1回目→管理会社経由の連絡→電話2回目の順)やり取りをした。本節ではその具体的なやり取りについて書く。
一回目の電話にてジェイリースに対して上記を説明した上でのジェイリースの主張は以下だった。
ジェイリース側の1つ目の主張について、今請求されている継続保証料が現在の契約期間に対する後払いの保証料であるとの主張だったので以下を追加で確認した。
ジェイリースの主張には大きく二つ、矛盾点があると考えられる。一つ目は継続保証料を『後払い』で発生する料金であると主張しているにも関わらず契約期間中に退去した場合ではその期間に対する保証料が発生しないことである。仮に契約の期間中で解約したとしても解約までの賃貸契約についてはジェイリースが保証を行っているのであり、ジェイリースが保証料を後払いで受け取っていると主張するのであればその期間についても費用が発生しなければおかしい。またそもそも保証の開始時においても保証料は支払っており、これも後払いという説明と矛盾するように思える(この点については一部保証料については後払い、と言った可能性はあるが契約書にはそのような記載はなかった)。よって継続保証料は名目も実態も次の契約期間に対する保証料であると考えられ、また契約としても全部または一部の料金を後払いするような記述はなく説明と実態が整合していない。二つ目の矛盾点は、現契約の期間中に解約を行った場合に継続保証料が発生しないという説明が真であれば、増田が契約の家賃保証契約の更新をせずに賃貸契約の更新のみを行った場合でも継続保証料の支払いが必要であるという説明は明らかに矛盾していると考えられる点である。
一回目の電話ではこれらの明らかな矛盾に対する疑問点が残ったが、管理会社が間に入ることでなにか対応が変わることもあろうと期待して担当者を紹介しその日は電話を終えた。
管理会社より、ジェイリースから確認の電話があった旨連絡を受けた。連絡の内容は『退去日が現在の契約期間よりも先であるから継続保証料が必要であり、家賃保証契約のみを解除することはシステム上対応できない』とのことだった。システム上対応できないことであっても契約上は賃貸人と合意の上であれば解除が可能なので対応してもらうしかなく、再度電話で連絡することにした。またジェイリースからの連絡の際に直接こちらが紹介した担当者が不在で他の社員が対応して折り返しの連絡等もないとのことであった。わざわざこちらから事情に詳しい担当者を紹介したにも関わらず直接確認をしなかったことについて、ジェイリースへの疑念は深まった。
2回目の電話ではも主張は変わらず、『後払い』であり保証料は必要とのことだった。契約上の文言を盾にこちらの主張を続けたところ、以下のような回答を得た。
この回答はあまりにも不誠実だと感じた。そもそも増田は退去日については契約期間を超えることを最初から説明しており説明との矛盾はない。増田は最初から家賃保証契約についてのみ解除したいと申し出ており、管理会社にも話を通した上で契約上妥当と考える要求をしてた。また管理会社の担当者を伝えたにも関わらず適当な確認しかしなかったうえ、増田からの申し出だけでは信用できないから管理会社に電話させろというのはあまりの横暴であり、流石にこれは埒が明かないと思ったので、管理会社に対応を任せた。
はじめに、で書いた通りこちらの要求に対して契約上の建付けではなく独自の理論で説明して煙に巻こうとする点、またこちらから管理会社の担当者を紹介しているにも関わらず不足した対応で一方的な主張を繰り返す点で非常に不誠実であると感じました。また『後払い』という説明については1回目と2回目のどちらの電話でも同じ説明を受けたのでおそらくマニュアル等で決められているものと思います。このような実態の契約と異なる説明をする理由として、契約期間を少し越えて退去する賃借人が日割り等の要求をしてきた際に、『後払い』であると説明することでその要求を跳ね除けるためなのではないかと考えています。しかし上述の通りこの説明は実際の運用と矛盾しています。今回の増田の要求は退去日にかかわらず契約を解除したいというものであったので、誤った案内だったと考えています。更に会社を含めたやり取りは最悪で、まともな企業の対応とは思えません。電話での連絡でも全体を通して金を払いたくないクレーマーへの対処という印象を与える物であり、電話対応者が自社の契約内容を適切に把握していたのかも非常に疑問でした。
その後、管理会社と相談して『賃貸契約そのものをジェイリースとの賃貸保証契約期間中に解除し、その後解除日から実際の退去日までの日割り賃料相当の金額を明渡しの違約金として渡す』こととしました。この説明についてはジェイリースとしても納得するしかなかったようで、結果的に継続保証料は支払っていません。しかし数々の矛盾・疑問点はその後ジェイリースと直接遣り取りをすることもなかったため残ったままである。
電話対応中、何度かこちらから声を荒らげたことがあった。これは前提部分に書いていることを何度説明しても、後払いなのでといった要領を得ない意味不明な説明を繰り返されたことや管理会社に確認したら違うことを言っていた、など明らかに電話先の人間が適切な対応をする気がない、またはその能力がないものが置かれていることについて苛立ったためであり、埒が明かないのでもうちょっと契約についてわかる偉い人を出してくれ、などと強い語気で迫ったことがあった。この点については、今後万が一何らかの展開があった際に自分に不利な情報を隠しているとか思われてもつまらないので予め書いておく。
いきなり物騒なタイトルで申し訳ないが、憤っている。メルカリで、宅急便コ〇パクト¥450にしっかり収まるように送った荷物が、¥750の普通サイズ60サイズで扱われたことにだ。自己分析としては、宅急便コ〇パクトの箱をガムテープで補強したことが、「サイズオーバー」と判断されたのかもしれない。しかし、明らかに無茶な詰め方をしたならともかく、ヤワな箱をテープ止めしただけでワンサイズオーバーとは、暴利ではないか?
先日も、ヤ〇トサービスセンターに持ち込んだ時、「あぁ~これはサイズ変わっちゃいますねぇ~」などとババアがほざいたことがあった。しっかり箱サイズを選んだことを伝えると「あ、なら大丈夫ですね」となったのだが、「なら」ってどういうことだ?一介の配送事務員のお前が、顧客の値踏みをするのか?その時のノリで?
まず、この「サイズは配達員の個別判断」という、クソアナログでクソ昭和なオペレーションルールをどうにかしろ。真面目に計測している人がほとんどだろうが、極論をいえば、中卒のゴミみたいなバイトが数字を読めない可能性だってあるだろう。はっきりいってこんなザルなオペレーションをしてるのは、運送業か個人の飲食業くらいではないか?結論的に言うと偏差値が低い。これで東証プライムというから恐れ入る。
また、この「ワンサイズ上にしたがる」オペレーションを感じるようになったのは、ここ1年だ。もはや「ぼったくれるところはぼったくる」という経営方針に変わったのではないか?と勘繰りたくなるレベルである。むしろこっちのほうがありえるように思う。配達員個人に罪はないと考えたい。公に値上げするならいいが、このような客を騙して儲ける手法は腹が立つ。誠意がないからだ。かなり憤っている。ブチ〇すぞと思う。
よくよく考えてみろ。合計370円の違いだぞ?軽食の代金レベルだ。そもそも、こちらは450円に収まるように70円の宅急便コ〇パクトの箱に投資しているわけだ。ところが結果的には750円。つまり820円だ。もしサイズが変わるなら一報してほしいし、最初から空いたダンボールを再利用すれば最初から750円で送れて、相手にも丁寧な梱包ができる。ところがサイズ変更に説明はいっさいない。そこに独裁性を感じるし、「相手に拒絶する権利がない状態でふんだくる」というのは完全にヤクザの手法だ。ヤ〇ト運輸は反社・ヤクザなのか?そこをはっきりしてもらいたい。
だから勢力拡大のために仏教が本来持っていた教義をガンガン変えたし、現地の習俗でも土着神でも何でも取り込んだ。信仰のためのハードルもガンガン緩くしていった。
仏陀の教えと矛盾しても、禁を破っても、結果的に信者を増やしさえすればそれが正義だ。
『話題の「Colabo問題」本がヤバい 』を書いた増田です。思いのほか言及されて少しビビる。
https://anond.hatelabo.jp/20230314103432
反応は様々で、ごもっともだなと思うものが多かったんだけど...「お前の目は節穴だ」というやつにはちょっとイラッときた。
ただあれから色々と考え直すと、その指摘も的確だったんだろうと思う(だからこそイラッときたのだ)
馬の眼さんは京大卒のインテリで、今は物書きを始め自営業で色々とやられている方だ。
Twitterやnoteを読んだり、キャスなんかも聞く専で作業しながら流したりしていた。
頭の良さ、考察の鋭さと共に、ウマ娘などのサブカルネタもほどほどに入り込んできてリベラルだけれどフェミ批判もするし、リベラルの中でも批判する人は批判するし、論理的に考えられる人だとは思っていました。
馬の眼氏は以前から日本財団についても言及しており、菅野完の日本会議追求のような形で、氏が世の中で認められるのではないかと思っていました。
そうしてる中で、暇空氏がColaboを追求。元々仁藤氏などのラディカルフェミニストを批判していた馬の眼氏は当然のようにColabo批判を追求。
一方で、私の方は暇空氏の風呂敷の広げ方、戦線の広げ方には疑問を感じており、まさに先日の東野先生への凸は「やっぱりか」と予想していた通りの結果ではあった。
そんな暇空氏を、ある種もう少し穏便な方面へ馬の眼氏が誘うことを期待していた自分もいた。
しかし蓋を開ければ、先ほどのエントリで言及した様に「馬の眼氏が暇空に引っ張られて陰謀論めいたことを言っている」という最悪の結末を迎えた。
馬の眼氏は昨日もキャスを行っていた。その中では「読まずに批判しているやつは訴えるから覚悟しろ」「Colabo側も訴えるなら訴えろ」と支持者向けにかなりオラついたことをおっしゃられていた。少し前の自分であれば素直に同調できたと思うが、理論にかなり問題がある本に対する批判であそこまで強気でいく姿勢に、なんだかもう戻ってこれない所にまで渡った感があって、お別れのつもりでこのエントリを書いている。(本人がこれを見たら、増田も日本財団人脈とか言ってきそうだけど)
目が覚めてというか、今回の件と絡む話でもあるが、以前さえぼうさんと呉座氏が揉めた際、馬の眼氏は別のできごとを交えながらさえぼう先生批判をずっと続けていた。
その批判に扇動されたアカウントNが、馬の眼氏の話を信じたり拡大解釈したりで、Twitter上でさえぼう先生への誹謗中傷を書く。
結果的にN氏は開示請求をくらい、Twitter上でさえぼう先生に謝罪文を公表した。持病のある、無職中年男性アカウント(本人が開示していた)だから、裁判しても慰謝料が取れないから示談になったのだと思う。N氏は、「馬の眼氏が色々と情報をくれた!信じていたのに開示請求がきたら切られた」と断末魔を投稿していた。
あの時、馬の眼氏(も私も)色々と気づいて、引き返せていたらまだどうにかなったかもしれない。
おそらく、馬の眼氏の書いた本やキャスがColabo側にバレると、本当にリーガルバトルが始まるかもしれない。
キャスを聞く限り、馬の眼氏は慎ましい暮らしをしているようなので、裁判になると持たないと思う。
そうすると暇空氏の様にカンパを集め、裁判を戦うことになると思う。
しかしこれは馬の眼氏自身が本でもキャスでも繰り返し語っている「資金源には逆らえない」というように、支持者向けにどんどん加速して本当に破滅するまで負のループが止まらないと思う。
『話題の「Colabo問題」本がヤバい 』を書いた増田です。思いのほか言及されて少しビビる。
https://anond.hatelabo.jp/20230314103432
反応は様々で、ごもっともだなと思うものが多かったんだけど...「お前の目は節穴だ」というやつにはちょっとイラッときた。
ただあれから色々と考え直すと、その指摘も的確だったんだろうと思う(だからこそイラッときたのだ)
馬の眼さんは京大卒のインテリで、今は物書きを始め自営業で色々とやられている方だ。
Twitterやnoteを読んだり、キャスなんかも聞く専で作業しながら流したりしていた。
頭の良さ、考察の鋭さと共に、ウマ娘などのサブカルネタもほどほどに入り込んできてリベラルだけれどフェミ批判もするし、リベラルの中でも批判する人は批判するし、論理的に考えられる人だとは思っていました。
馬の眼氏は以前から日本財団についても言及しており、菅野完の日本会議追求のような形で、氏が世の中で認められるのではないかと思っていました。
そうしてる中で、暇空氏がColaboを追求。元々仁藤氏などのラディカルフェミニストを批判していた馬の眼氏は当然のようにColabo批判を追求。
一方で、私の方は暇空氏の風呂敷の広げ方、戦線の広げ方には疑問を感じており、まさに先日の東野先生への凸は「やっぱりか」と予想していた通りの結果ではあった。
そんな暇空氏を、ある種もう少し穏便な方面へ馬の眼氏が誘うことを期待していた自分もいた。
しかし蓋を開ければ、先ほどのエントリで言及した様に「馬の眼氏が暇空に引っ張られて陰謀論めいたことを言っている」という最悪の結末を迎えた。
馬の眼氏は昨日もキャスを行っていた。その中では「読まずに批判しているやつは訴えるから覚悟しろ」「Colabo側も訴えるなら訴えろ」と支持者向けにかなりオラついたことをおっしゃられていた。少し前の自分であれば素直に同調できたと思うが、理論にかなり問題がある本に対する批判であそこまで強気でいく姿勢に、なんだかもう戻ってこれない所にまで渡った感があって、お別れのつもりでこのエントリを書いている。(本人がこれを見たら、増田も日本財団人脈とか言ってきそうだけど)
目が覚めてというか、今回の件と絡む話でもあるが、以前さえぼうさんと呉座氏が揉めた際、馬の眼氏は別のできごとを交えながらさえぼう先生批判をずっと続けていた。
その批判に扇動されたアカウントNが、馬の眼氏の話を信じたり拡大解釈したりで、Twitter上でさえぼう先生への誹謗中傷を書く。
結果的にN氏は開示請求をくらい、Twitter上でさえぼう先生に謝罪文を公表した。持病のある、無職中年男性アカウント(本人が開示していた)だから、裁判しても慰謝料が取れないから示談になったのだと思う。N氏は、「馬の眼氏が色々と情報をくれた!信じていたのに開示請求がきたら切られた」と断末魔を投稿していた。
あの時、馬の眼氏(も私も)色々と気づいて、引き返せていたらまだどうにかなったかもしれない。
おそらく、馬の眼氏の書いた本やキャスがColabo側にバレると、本当にリーガルバトルが始まるかもしれない。
キャスを聞く限り、馬の眼氏は慎ましい暮らしをしているようなので、裁判になると持たないと思う。
そうすると暇空氏の様にカンパを集め、裁判を戦うことになると思う。
しかしこれは馬の眼氏自身が本でもキャスでも繰り返し語っている「資金源には逆らえない」というように、支持者向けにどんどん加速して本当に破滅するまで負のループが止まらないと思う。
あの伝説記者会見によって、数ヶ月間もネット上で大きな話題となっているColabo騒動。正直男女平等は大事だと思うし、公金の使われ方も適正であるべきでしょう。
しかしながら、仁藤・暇空両氏の人間的な部分含めて不信があり「どちらにも乗れないな〜」と思った所にやってきたのが表題のColabo問題本である。
著者は馬の眼という方で、政治スタンスとしてはリベラルでありながらもフェミニストもある程度批判しているため、バランスの取れた内容であることを期待した。
暇空氏の「ナニカグループは共産党から都民ファーストまでつながっている」ととても信じがたい陰謀論めいた説に対しても馬の眼氏は「私は若干スタンスが違う」と述べていただけに期待した。
馬の眼氏は、暇空氏がColaboを追求する前から「日本財団」に注目をしていたようで、基本的には「日本財団とナニカグループのつながり」が色々と書かれた内容であった。この女性支持団体はここから寄付や助成を受けていて、こうした人たちと一緒にイベントに出ている。などの公開情報に基づく記述が続いていく。
ふむふむと思いながら読み進めていき「なぜ日本財団はColaboをここまで支援するのだろう?」と真相の部分が気になってきた。
映画でいうと一幕目で登場人物の関係が分かりストーリーが動き出す。二幕目で、その背景や悪役の動機を知って深みが増す一番大事な部分だ。
そもそも、暇空氏が当初から主張していた「共産党と深いつながりのあるColabo」、馬の眼氏が取り上げる「日本財団と深いつながりのあるColabo」、この共産党と日本財団の創設者は水と油の様な関係である。馬の眼氏の主張通りであれば、仁藤氏やColaboが共産党とあそこまで近い理由がわからない。その理由を知りたくてワクワクして読み進めた。
そうした中、この本は驚くほどの結論を出す。
〜〜〜〜〜以下、ネタバレ〜〜〜〜〜〜
結果的に、馬の眼氏は「日本財団は極右集団で、財団はリベラル政治勢力・共産党を弱体化するためにWBPCを送り込んでいる」という結論を出す。
私は(比喩ではなく)イスから転げ落ちそうになった。そんな荒唐無稽なストーリーあるかよと。暇空茜の陰謀論ルートBじゃないかよと。
正直、馬の眼氏は匿名とはいえTwitterアカウント歴も長く、その他の界隈プレイヤーと比べても信用できる言論人であると私は認識していた(だから2,000円も払ったんだけどorz)
しかし、そんな馬の眼氏でさえも根拠の弱すぎる陰謀論めいたことをドヤ顔で販売するとなると、この件に関して追求できる人がいないのではないかとどんどんと不安になってきている...。
これColabo擁護者で読んでいる多分いないと思うんだけど、中身バレたらまた今度は馬の眼氏が「リーガルハラスメントアタック」を大量に浴びそうな予感です...。
公金の適切な使い方か否かの論点がどんどんずれていきそうで怖いです。
【追記】
なんかもうおっさんの妄想垂れ流し同人誌だと思うと笑えてきたんだけど、「共産党も立憲民主党も、Colaboに資金提供を行い、バックアップしている極右人脈に気がついている節がありません」と書いてて爆笑した。気がつくも何も、そうした事実がないからじゃないかな。デマを信じ込んだ陰謀論者が「マスコミはワクチンで大量に死者が出ているのを報じない!(実際はそうした事実がないだけ)」と同じロジック。はぁ...
姉から連絡があり、母さんの体調が悪いこと、癌の可能性もあることを知らされる。母さんは自分の意志でがん検診は受けていなかったから、不安を感じつつも、「姉は大袈裟だからなー」と、大ごとになるとは思っていなかった。
ただ、残念ながら婦人科系の癌だった。コロナ禍ではあったものの、運良く地域の基幹病院に入院することができ、溜まっていた腹水を抜いてもらったり、検査をしたりと、色々と処置をしてもらったらしい。
医者からは一般論として「5年後にはいないだろう」という話をされたが、「医者は短めに言うんだろうな」と、前向きに捉えようとした。仕事の帰り、一つ手前の駅で降りて、歩きながら母さんに電話した。
「そうじゃないかと思ってたから、分かってスッキリしてるよ。子供たちは立派に独立して、みんな家族もいるし、私は思い残すことはないから。」
とサラッと話していた。なんとか気丈に話そうとしたが、涙が出た。帰宅し、妻に報告したら、また涙が出た。祖父を癌で看取った妻は「そんな簡単に亡くなりはしないよ」と、怒っていた。彼女なりに励ましてくれてたんだろう。
「何で癌で人が死ぬのか」ということすら知らないことに気づいて、いくつかの本を読んで、「多臓器不全で死ぬ」ということを今さらながら知った。
翌月、帰省すると、「で、何しに帰ってきたの?」と、とぼけたことを聞かれたので「様子見にだわ」と。特段変わった様子はなく、いつもの調子。
溜まっていた腹水を抜いてもらって、楽になったらしい。「しばらくは大丈夫かな」と思う。翌朝、母さんは「そのうち、『あれが最後に作ってもらった朝ごはんだったな』ってなるわよ」と軽口を叩きながら、目玉焼きを焼いてくれた。
その後の検査で、癌はそれなりに進行していて、「ステージⅢの後ろの方」と評価された。外科手術や放射線治療を行う段階にはなく、化学療法(プラチナ製剤)を試してみて、癌細胞が小さくなるようであれば、外科手術や放射線治療を検討しようということに。
母さんは「『髪の毛が抜けることがある』じゃなくて『絶対抜ける』って言われたわ」と笑っていた。
程なく、抗がん剤治療が開始され、母さんの髪の毛が抜けた。この頃は、抗がん剤の副作用が抜ければ、食べたいものだとかも色々あったから、買いだめしといてあげたりした。
実家に家族と帰省して、夜遅くまで母さんも交えて酒を飲んだりもした。まだ、言葉もしゃべれなかった娘も、母さんにはよく懐いていた。
副作用に耐えながら抗がん剤治療を続けたものの、思うような効果は得られなかった。
「癌の専門医の先生の方がいいんじゃないか」という思いもあり、主治医の先生にも相談の上で、セカンドオピニオンを取ることにした。
その道の専門医の先生2名にお話を伺いに行ったが、どちらも「うちなら治るかもよ」だとか「この治療法よりも、こっちの方がいい」なんて話は、当然なく、今診てもらってる病院で、「そのままお世話になる方が良い」とやんわりと伝えられた。
それでも、「やっぱり経験値が高い専門医の先生の方がいいんじゃないか」と、先の2名の先生のうちお一人にお世話になることにした。
細かく検査もしてもらったが、「やれることは限られている。選択肢がないわけではないが、リスキーな上、効果の期待値は低いので、おススメはしない。本人の希望に沿うならば、通いやすい、もともと診てもらっていた病院で改めて診てもらっては。」
とのお話があり、結局、出戻ることにした。その病院からの帰路、高速道路の大きなSAに寄った。
「あなたたちが小さい頃には、旅行の度に、いつもこのSAに寄ってたのよ」と懐かしそうに話していた。
ちなみに、今でもそのSAを通過すると、その時の母さんを思い出して、なんだか泣きそうになる。
改めてもともと診てもらっていた病院に伺ったところ、事前に調整はしていたこともあってか、主治医の先生は嫌な顔一つ見せず引き受けてくださり、次の段階の抗がん剤(単剤)にトライすることになった。
これ以降、段々と体力の低下、食欲不振が顕著になりだし、当初は「抗がん剤の副作用かな」と考えていた。思うような効果が得られず、抗がん剤の投与を中止してからも状態は改善しなかった。
母さんが癌であることは、母さんの希望もあって、積極的に知らせることもせず、また隠すこともしなかったが、状況を知った遠方の親類達が揃って見舞いにきてくれたりもした。
この頃は、まだ座ってコーヒー飲むらいのことはできていて、楽しそうにお喋りもしていた。
妹が介護休業を取り、母さんの面倒を見てくれることになった。その時点では、自分のことは自分でできていたし、正直言って「早いんじゃないかな」と思っていたが、結果的には、ドンピシャのタイミングだった。
死ぬまでに行きたいと言っていたスカイツリー。東京で結婚式に出席したので、その足でスカイツリーに行き、ビデオ通話で見てもらった。「すごいねー」と笑ってくれた。
12月下旬は、早めの冬休みを取って実家に。妹からは、体力の低下が著しいということは聞いていたが、想像よりずっと悪かった。
ベッドの脇に座って吐いてばかりいた。思っていた以上の状態に言葉が出なかった。夜も眠れず、食事も摂れず、水分を摂れば吐き。かわいそうで見ていられなかった。
足のむくみもひどく、母さん曰く、頭の中は「しんどい」一色だった様子。肩をさすったり、足を揉んであげたりしかできない。足をマッサージしてあげていると、少しの間だけ、寝てくれたのが、せめてもの救いだった。
そんな中、母さんは「とても渡せそうにないから」と、お年玉と一緒に娘の七五三の祝いを渡してくれた。涙が溢れた。母さんも「湿っぽくなってごめんね。」と言いながら泣いていた。年明けも早々に再入院。あまりに辛そうな母さんの姿に、打ちのめされてしまった。
母さんの希望は、「できる限り家にいたい」だったので、妹が訪問看護の段取りを取ってくれ、病院には無理を言って予定より早く退院した。この訪問看護のチームが素晴らしく、親身になって、それも超速で対応してくれた。母さんは「病院から逃げ出して正解だった」と、喜んでいた。
急遽、仕事を休み、実家へ。妹と交代で診る体制に。眠れず、体の置き所がない母さんは、15分おきくらいで、姿勢を変えてあげなければいけなかった。辛そうだった。
少し話ができそうなタイミングで、「今までありがとう。母さんの子どもで良かったよ。」と口に出すと、涙が溢れた。喋るのも辛く、手をあげるのもしんどいはずの母さんは「何を言ってるの。こっちのほうが、ありがとうよ。いい子だね。」と言って、頭や頬を撫でてくれた。涙が止まらなかった。
妹と交代で眠りながら看ていたが、日に日に意思疎通がとれなくなり、意識レベルも低下。せめて、苦しまず、穏やかに逝かせてあげたいと、鎮静剤の量も増やしていった。眠る時間が増え、顔をしかめる頻度も少なくなり。
「母さん、先に横になるね。また後でね。」と声をかけて寝ようとしたところ、ほとんど意識のないはずの母さんが、少し手を上げて応えてくれた。「バイバイしてんの?」と、妹と2人で笑った。
その晩、妹に「やばいかも」と起こされ、会ったときにはほとんど呼吸もなく。子供3人が揃ったところで、母さんは静かに息をひきとった。目を瞑り、とても穏やかな顔だった。皆、口々に「お疲れ様。よく頑張ったね。」と母さんの闘病生活の終わりを労った。
泣き崩れてしまうかもと思っていたが、不思議と涙は出ず、ホッとしたような気持ちになった。
訪問看護に連絡したところ、深夜にも関わらず、看護師さんが来てくれた。死亡診断は医師しかできないとのことだったが、脈拍を見たり、瞳孔を見たりして「確かに亡くなられていますね」と手を合わせてくれた。
そこからは、子供三人で、看護師さんの指示に従って、母さんの体を拭いたり服を着せたり。服は死装束じゃなく、妹が見繕ってくれていた、いつも母さんが来ていた服を着せることにした。
最後に看護師さんが、母さんに化粧をしてくれると、すっかり血色が良くなって、まるで寝てるみたいだった。
看護師さんが帰られてからは、葬儀屋を探したり、段取りや役割分担を話したり。葬儀屋は、空いてるところに頼むしかなかったというのが実態で、なんなら「火葬場に直送しろ」くらいのことを言っていた母さんの考えとは違ったんだろうけど、普通に葬儀屋に頼むことになった。
一旦、各自寝て、翌日以降に備えた。
翌日は午前6時の医師の死亡診断に始まり、寺や葬儀屋との調整や、親類への連絡、行政関係の手続きなどで忙殺され、あっという間に通夜になった。どんな感じで動いたのか、正直、思い出せない。
覚えているのは、いつも気にかけてくれていた母さんの友達が、偶然訪ねて来られ、母さんに会って「信じられない」と泣いてくれたことと、一報を受けた母さんの義姉にあたるおばさんが寄ってくれて、母さんに会って「寝てるみたい」と泣いてくれたこと。
おばさんは「お母さんは若い頃はお父さん(自分の祖父。自分が小さい頃に他界。)と、喧嘩ばかりしててね。今頃、お父さんから「うるさいのが来た」って言われて、また喧嘩してるかも。」と、知らない話をしてくれた。
納棺のときには、たくさんの花と一緒に父さんの写真や、自分を含む子どもの写真を納めた。
短い髪の毛の頭には、ウィッグをつけたかったんだけど、生前に「あんな高いものを燃やすなんてもったいないから、棺桶には入れるな。」と言われていたので、やむなく頭はそのままに。誰が使うんだよ。マジで。
葬祭会館で通夜を終え、そのままそこに泊まることにし、姉と妹は一旦、家族と帰宅。酒を飲みながら待ち、時々、隣室の母さんの顔を覗きに行っては、線香をあげ、その度に泣いた。
夜中の2時になっても、誰も帰って来ず、体力的にも限界だったので、寝た。深夜に姉が、朝型に妹が戻ってきた。
翌日も葬儀、火葬とバタバタ。孫たちが大騒ぎしてくれたおかげ(?)で、終始、湿っぽくならずに済んだような気がする。母さんも、「あんたらねぇ」と笑ってくれただろう。
母さんが望んでいたような「火葬場に直送」じゃなくて、普通の見送り方にはなってしまったけれど、許してくれると思う。
それから職場に復帰するまでは、皆で家の片付けや、クレジットカードの解約やら銀行関係やらのたくさんの事務手続き、親類縁者への連絡などを分担して対応している間に、あっという間に過ぎていった。
その間、近所の方だとか、母さんの旧来の友達だとかがたくさん弔問に訪ねてきてくれた。皆が口々に「いい写真だね」と言ってくれた祭壇の遺影は、母さんが自分で選んで、わざわざトリミングまでしていたものだったから、本人も満足してるだろう。
母さんの旧来の友達からは、母さんの若い頃の話や、その後の友人関係の話しを伺った。学生時代のことや、社会人時代のことだとか、自分が知らない母さんの一面をたくさん知ることになった。
当たり前だけど、母さんは「母」としてだけでなく、一人の人間として、たくさんの人と関係を作り、それを続けていたんだなと気付き、なんだか新鮮な気持ちになった。
そういえば、ウィッグは友達の一人で、自分もよく知っているおばさんが貰い受けてくれることになった。何度も「管理が大変だけど大丈夫?」と聞いたけど、それを踏まえて快く受け取ってくれた。
ウィッグの販売店には、その旨は連絡しておいた。弔問に来てくれた時にお渡ししたところ、母の遺影に向かって「返さないからね」と笑っていた。
思い返してみると、母さんが癌になってからというもの、母さんとは色んな話ができた。父さんのことだとか、嫁いできた経緯だとか、これからのことだとか。
癌との闘いは、とても辛かったと思うけど、近い将来確実に訪れる「死」に向かって、本人も家族も、心の整理も含めて、時間をかけて準備することができたように思う。僕は癌で死にたくないけれど、そんなふうに、ちゃんと準備をして死にたいなと思う。
【追記】
たくさんの方に、暖かな言葉をいただき、恐縮しております。ありがとうございました。
私自身が、母さんが癌になるまで癌のことを何も知らず、また、どのような経過を辿るのかを知らなかったので、「自分用に書いたけど、同じ境遇を迎えてたり、これから迎えるかもしれない誰かのためになるかも」と、乱文を投稿させていただきました。
野暮かなとも思いましたが、いくつかコメントいただいた内容を踏まえ、その趣旨に合うかなとも思うので、いくつか追記いたします。
母さんが癌の宣告を受けたのは、2月上旬で、翌年の1月中旬に60台後半で他界しました。10月頃まではまずまず元気でしたが、以降は段々と体力の低下が顕著になりました。12月中旬までは、体調が良ければ妹の運転でドライブに行く程度の元気さもあったのですが、食事を受け付けなくなってからは、あっという間でした。思っていたよりもずっと早い経過だったので、「もっと会いに帰ったら良かった」と思うこともありますが、「そうさせないところが母さんらしいな」とも感じています。
経過は個人差が非常に大きいものだと思います。母さんよりも早い経過を辿る方もいれば、もっと緩やかな経過を辿る方もおられるでしょう。早い経過を辿ることを前提に、たくさん話し合って、準備をしておいた方が良いと思います。特に、残された時間はできたら住み慣れた自宅で過ごしたいという方が多いと思うので、それができるよう、家族の介護+訪問看護の体制を整えられるかをしっかり考えておくべきだとも思います。うちの場合は、姉が実家の比較的近くに住んでいたこと、妹が介護休業に理解のある職場環境だったこと、また、訪問看護のチームが素晴らしかったこと等、様々な要因が重なって、自宅で看取ることができました。
なお、母さんがやっていてくれた事で本当に助かったのは、エンディングノートをしっかり書いていてくれたことと、重要書類(通帳、カード、年金手帳、マイナンバーカード等)を整理してくれていたことです。特に、亡くなったことを誰に知らせるのかは、親類縁者ならまだしも、友人関係はほとんど分からなかったので、これがなかったら不可能でした。「私も書くから一緒に書かない?」と、提案されてみても良いと思います。
長くなってしまいましたが、皆様の一助になりましたら、幸いです。皆様のコメントから、元気をもらいました。改めて、ありがとうございました。
私と『誰も知らない』に関する最悪な映画体験について、書き残しておきたい。書きやすい文体として饒舌体としているが、誰が読んだって読まなくたっていい。ちなみにオチはない。ただただ、最悪だった、という話。
2004年公開、是枝裕和監督が脚本製作総指揮を行い、主演を務めた当時14歳の柳楽優弥がカンヌ国際映画祭の最優秀主演男優賞を受賞した作品である。『万引き家族』が話題になった際に取り上げられた作品でもあるため、耳にしたことのある人は多いのではないだろうか。
本作は1988年の巣鴨子供置き去り事件という、母親が4人の子供を家に置き去りにした事件を題材とした、いわゆる社会問題系の映画だ。
私はこの作品を、他の誰もこんなクソ最悪なシチュエーションでは観てはいないだろう、というシチュエーションで観た。
平たく言えば私はこの映画を、家出していた母親が半年ほど経って帰ってきた少し後に、その母親に連れられて映画館で観た。
私の両親は二人ともよく言えば自由なタイプで、悪く言えばたぶんあまり常識がない。私が十歳に満たない頃にどっちの不倫が原因だか知らないが、あれこれとあった結果、母親は携帯をはじめ何もかもを置いて家を出ていった。こちらから連絡はつかず時折一方的な電話があるのみで半年が経ち、ある日、「今から帰る」という電話を寄越してへらへら笑いながら帰ってきた。私が泣きわめいてもへらへらと笑うだけで説明も言い訳も謝罪も一切なかった、それが我が母である。
その母は、それまで映画館で映画などほとんど観ない人間であったのに、帰宅から少し後に私を連れて公開されたばかりの『誰も知らない』を観た。あるいは、家出前は父がうるさく自由に趣味の時間が取れなかったのかもしれないが、私には知る由もない話だ。
『誰も知らない』のストーリーについてはWikipediaなどにかなり詳細に載っているので、こちらでは特に記さない。とりあえず適当なサイトでストーリーを読んでほしい。そして薄っすらとでも察してほしい。私の体験がどれだけ最悪だったかを。
もう20年近くも前のことなのに、一度しか観ていないのに、今でも映画の色々なシーンを思い出してしまう。けれど自分がどう思ったのかは、少ししか覚えていない。世間でも評価されている通り子供たちの演技が妙にリアルで、子供ながらに、ああ、私はもう助からないのだな、というようなことを思った記憶だけがある。
そうして、映画を観た後、映画の中の母親と同じように私の母は再度家を出ていき、幸せそうな別の家庭を持った。母の映画の感想がどうだったのかは、聞きたくもないし知りたくもないし、映画を見たあと母は何も言わなかった。
映画を観ていて良かったのかもしれない、と今となっては思う。今の私はごくごくまともな、この不景気の世では少し恵まれているくらいの生活を送れていて、このまともな生活を手に入れるためには、他の子供たちよりも別ベクトルの頑張らなければいけないことが多かったように思う。頑張ることができたのは、もしかしたらこの最悪な映画体験があったおかげかもしれない。一切関係していない可能性も十分にあるが。
あのとき私は救われたかった。映画の中では子供たちは誰にも助けられず、子供たちは誰にも知られないまま生きていく最後が描かれていて、私はそうはなりたくなかった。私はまともになりたいと望んで、結果的にまともになることができた。
そうは思うものの、あの映画の意義はなんだったんだろうかと今でも考えることがある。世界は変わったんだろうか。『誰も知らない』ものを、知る人は一人でも増えたんだろうか。
少なくとも2010年代前半、毒親という言葉の一次ブームだろうか。あのころ学生だった私は、家の不満を少しでも漏らそうものなら肉親にも他人にも窘められた。乱暴な言葉は使わず、起きていることだけを訴えても、親にも事情があるのだと黙らされた。大人になり、経済的に完全に自立した今になって振り返っても、私の両親の言動は著しく大人としての責任感と良識を欠いたものだったと思うが、私が悪かったのだろうか。そして今は少しでも、子供を取り巻く環境は変わっているのだろうか。
なんのためにあの地獄は模倣されたのか。誰も知らない子供たちのことを誰かに伝えて、何か変わったのか。私はどうすればよかったのか。少なくとも今の私は、恵まれない子供がいると分かっていても何も行動には移せない。今でも考えてしまう。子供はあの映画を観てどう思えばいいのかと、監督に聞いてみたい。そもそも想定されていない観客なのだろうけど。
ちなみに母親が別で持った家庭はまた十年足らずで終わったので、あの映画の母親もどのみち幸せにはならなかったのだろうなと勝手に思っている。
それでも、今でも思い出す。映画の中の母親が、知らない家の軒先で知らない家族の“母親”をしている姿を。
ちなみに主題の都合上母親ばかり悪し様に書いているが、父親も負けず劣らずだったことには留意されたい。というかまあ、映画と同様に子供にとっては『実行犯ではなかった』というだけの話。
まあ妻が逃げた後は普通に子供を虐待し始めるタイプだったので、映画以降は紛れもない実行犯だったのだが。これが話のオチといえばオチになるか。
思ったより反応がついてちょっと驚いた。内容が内容なので、てっきり誰も関心は持たないだろうと思ってたから。
ちょこちょこコメントをもらったので追記すると、あくまで私の意見としては「こんな映画を撮りやがって」という話ではない。映画を批判するコメントも肯定するコメントも否定はしないが。難しい題材だから、人によって意見が違うのは当然だと思う。
ただ、恐らくあのときの私が観るべきものではなかったし、私には意義が分からなかった、という話。きっと意義が分かる人もいるんだろう。
言いたいことが膨らみすぎて霞んでしまったけれど、記事のメインの意図は言うなれば「新車の納品日がクソ暴風雨で最悪だったので、日記を書いておこうと思う。あと痛ましい愛車の写真も載せておく」みたいな話だったんだ。タイミングが悪すぎるにも程度ってものがあっただろ、って。
同情はありがたく受け取るし、笑う人は笑ってくれればいいし、正直なところ言及の“4DX超え”はかなり笑いのセンスがいいと思う。その程度の話だと思ってほしい。
それが案外そうではなくて、自我が出てくると「未熟な自我やべー!でもまあそうだよな、誰でも本質的には乳幼児だよな」ってなるし、小学生で人間関係に悩んだりするの見ると「社会の縮図!そうだよな、大人もこんな感じでもめるよな」ってなる。
勉強しだすと「今の教育システムこうなってんのかすげー!」ってなるし、思春期になって反抗しだすと「うわ、こんな厄介なん育てた自分の親ありがてー」となり、そのうち子どもは「今どきの若者」となり、友達グループを見てると最近の流行りがわかったりもする。
自分とは違う人格の若い人間と、自分の家族という距離感で付き合えるのは普通に面白い。なんか勉強になるというか興味深いというか。
あと、自分は親と折り合いが悪いのだけど孫ができると孫は可愛がるから結果的に親子の関係は良くなった。そういう副産物はあった。
あなたが多分親の夢を叶えさせるためになんか大変だったんだろうなと言うのは想像できました。
多分変なものを背負わされて自分の人生狂ったっておもってるのかなと。
ただ、今回私が話してるのはそういう強制的な話じゃなくて…
自分の残り少なくなってきた未来に対する新たな光として、一般的に「子ども」がいることでその子に投資したり、
いい経験を積ませたりするってマインドになり、結果的に心的ストレスが起きない
という意味です。
勿論、親が子どもに過剰な期待を当てることは良くないと思いますよ。
・子どもに色んなところ見てほしいな→旅行にいこう、外に連れてってあげる
・子どもに色んな事遊んでもらいたいな→おもちゃ買ってあげる、一緒に遊んであげる(これは運動にもなる)
・子どものためになにかしてあげよう→自分が今までやらなかったことをやる(→新しいことを始めることになってる)
こういう事が必然と起きてるってことです。
独身だとこのトリガーがないので、自分で作る必要があるんですがなかなかそこをうまく出来てない人おおいなと。(今回の増田さんはまさにそれかなと思いました)
元夫との離婚が成立し、昨日彼は家を出ていった。
義実家とは私との結婚の件で随分揉めて疎遠になっていたと聞いていたが、頭を下げて取り敢えず置かして貰うそうだ。
今の職場にいるのも難しく、働けない状態になるほどの精神的ショックを受けたと言う。
私は何も言えなかった。
慰謝料では無く手切れ金として結局300万円ほど元夫には手渡した。
今彼の「財産分与なんかしたら裁判で何年もかかる、弁護士費用やツテが無いお前には不利」「仮に裁判しても渡すものは何も無い、全て(私)の名義だしお前に渡さない様にする事など合法的にいくらでも出来る」
「いつまでも女にしがみつくな、男らしく無い人間の屑が」「逆に無一文にして追い出す事も可能なんだからここで折れとけ」という脅しめいた文句に心折れたのか(さすがに人間の屑~の下りは注意したけど)元夫はあっさり引き下がった。
自分の荷物は大半は処分しても良いという。元夫がせこそこ集めていた漫画やアニメのDVD類は、今日古本屋が回収して持っていく手筈になっている。
今彼は「これで新しい生活が始められるね」と笑っていた。
そんな彼の手腕を怖かったり残酷では?と思う反面、強引なまでの力強さに逞しさを感じている自分がいる。相反した感情。
でも元夫なら弱々しく折れていただろう。結局私はそんな彼の事が好きにはなれていなかったのかも知れない。
元夫との下方婚についての詳細は https://anond.hatelabo.jp/20230220025556
これから私には新しい生活と希望が待っている反面、無職アラフォーになり社会人としては致命的に破綻していくであろう元夫の今後を思うと後ろ暗くなる。
今彼がとにかく前向きに、能天気なまでに明るい事は、一種の救いなのかも知れない。
結局女性が男性に対して下方婚を行うという事は、誰も幸せになれない結末で終わってしまった。
メロスany%RTA。王宮と城下町、羊飼い達の暮らす村という3つの舞台を行き来しながら正義と陰謀に揺れる人々の姿を描く、名作RPGです。今回は「走れメロス」と呼ばれるチャートになります。走者とメロス、一心同体の走りをお楽しみください。
さて物語は主人公・メロスの妹の結婚が決まったので式の準備をしよう、城下町シラクスに買い物に行こうというところから始まります。しばらくは故郷の村で基本操作のチュートリアルですので、簡単にこのチャートについて説明します。
今回バグありのカテゴリということで、途中のイベントをいかにスキップしていくかが鍵になります。走れメロスチャートでは、いわゆる探索パートの時もメロスを戦闘状態にし、メロスがずっと走り続けているというものです。
プレイ中ずっと戦闘モードで何が起こるかというと、一つとしては移動時間の短縮があるのですが、派生してさまざまな壁抜け、イベントスキップができます。特に、昨年の7月にアメリカの走者の方が発見した、結婚式のイベントから水害編に繋げるグリッチが革新的でした。
これにより中盤のセリヌンティウスが操作キャラクターとなるパートが丸々カットできるようになり、世界記録も大きく塗り変わったところであります。
さあ、村を出るムービーが入り、シラクスに到着しました。おつかいを済ませたところでここで最初のバグ技、壁抜けです。生垣と看板とのこの隙間、体を捩じ込むように素早く入力し続けますと…少しコツが要るのですが……成功です。これで、序盤では行けない奥の道具屋に入ることができました。短剣を購入して戻ります。
壁抜けをした影響でBGMが一時的に消えてしまっています。なんだかひっそりと不穏な雰囲気ですねえ、それだけ王が恐ろしいのでしょうか。悪評が町まで広がるのは中盤以降と思いきや、はいここの路地、この男に話しかけます。すると、皆様会話が読めましたでしょうか、「賢臣アレキス様が処刑された」だそうです。アレキスの死亡は宮廷編のクライマックス、どん底のシーンなのですが、なんと、すでに死んでいます!
さて再び壁抜けをして王城に向かいます。西側の城壁から侵入すると、すぐに衛兵に見つかり、持ち物に短剣が入っているため捕縛されます。
メロスのあまりにも早い反逆。買い出しのほかは先ほどの見知らぬ男との会話しかしていません。
ちなみに今どの場面かというと、石工として城の改修を請け負う親友のセリヌンティウスが城の内情を探っていたのがバレて捕まり、助けに来たメロスも見つかってしまう、という展開をやっています。
さて、逃げようとすると追う兵士と戦闘です。さすが王宮の近衛兵、強い、HPギリギリで耐えたところで…動きません。攻撃して来ません。実はこれまでにちょっとした悪さをしてまして、説明は難しいので省きますが結論を言うと、この負けイベントを利用して走れメロスの第一段階、メロスは戦闘モードなのに敵キャラクターが戦闘モードを終わらせてしまうという状態になっています。
ちなみに、メロスがやりたい放題で国の防衛は大丈夫かというと、なんと王様に当たり判定がありません。無敵時間なのは王様の方だったということですね。
謁見室を出ますと、広間に場面が切り替わり、背景ではいつのまにかセリヌンティウスが捕えられています。
ここでメロスにご注目ください。全体の画面構成としては通常の散策画面に戻りましたが、おわかりいただけるでしょうか、メロスが戦闘状態のままです。「走れメロス」完成です。これによりダッシュができ、このダッシュ回避を入力し続けることでメロスが高速で移動することができます。
メロス今度は正門から堂々と、退出します。走ってると正規ルートが普通に速いです。
ここから、元の村に帰ります。そもそも何のためにシラクスに来たのでしょうか。そうです、妹の結婚式の準備ですね。寄り道はここまでにしてさっさと結婚式を開きましょう。
村で待っていた妹に話しかけておつかいのミッションが完了です。ここで一度休憩コマンドを選択します。タイムロスにはなりますが、この後も戦闘があるためHPを回復して安定を取ります。
次に、妹婿に話しかけます。本来では叛乱軍の主要メンバーの一人であり、村での会話や行動選択で好感度を稼ぎ、能力値の高い味方にするのがセオリーですが、今回はとにかく速くクリアを目指します。なので、会話の選択肢から「結婚式は明日にしよう」を選択します。
さてここでお祈りポイントです。「明日」を提案すると妹婿がゴネますが、何回も選択しているとランダムで受け入れてもらえます。実は「明日」という選択肢はいわゆる隠し要素でして、根気よく選び続けると無限ループと思われた会話が低確率で変化し、隠しルートに突入する、という都市伝説のような仕様があるんです。今回もなかなか嫌がられてますがこの位は想定内です。
結婚式を明日にすると、妹婿の育成関係のイベントが全てスキップになるので、仲間入り後のパラメータは最低値になります。その上、「結婚を急ぐ代わりに、結婚祝いとしてメロスの全財産を渡す」というめちゃくちゃな約束をさせられるので縛りプレイのような状態、ハードモードに突入していくのですが、RTA的には妹婿の出番はここでおしまいなのでまったく問題ありません。
あっ、やっと妹婿が折れましたね!ここで連打を止めて、確実に、「全財産を渡そう」を選びます。これで会話が終了すると、さっそく結婚式当日を迎えます。
村中の皆がお祝いを述べてくれますので会話をAボタン連打で聞き流します。新婦の家族としてのスピーチは上下下下が最速です。
宴もたけなわですがここで壁抜けを使い、外に出ます。このルート、この抜け方がメロスが走っていないと抜けれないものになります。最新の研究の成果です。
屋外に出ると、天候は豪雨です。水害編の冒頭部分ですね。被害にあった村人達が王宮まで助けを求めるものの冷たくあしらわれ、王への不信感が増し、橋の再建を代わりに指揮したメロス達の政治力が一段と増す……というもので、先程ナレ死していました賢臣アレキスがついに王を見限るきっかけの出来事でもあります。
そんなわけで先ほど来た道を引き返すわけですが、橋が流されています。この川渡り、ミニゲームのようになってまして、流れてくる瓦礫を避けつつ、いかに下流に流されないで渡れるかの勝負なります。さすがのメロスも川は走り抜けることができません。メロス、めちゃくちゃ下流に大〜〜きく流されていますがとにかく対岸に渡り切ることができました。ボーナスアイテムは貰えません。
と、上陸した途端にここでメロス、山賊に襲われます。このイベントは本来、パーティに「大商人」か「村長」がいる状況で橋を渡ると発生するものなのですが、なぜか川を泳いで渡ったメロス一人が襲われてしまいました。しかも既に義理の弟に身包み剥がされ済みでアイテム欄もすっからかん。踏んだり蹴ったりもいいところです。
さて戦闘です。こちらは初期ステータスのメロス一人で、山賊と戦わなければなりません。まず山賊達の攻撃、メロスは防御を選択しまして多少食らっても耐えられます、そして2ターン目で「盗む」が出ました!これは早い、ラッキーです。
山賊が何を奪うのかというと「無」を盗まれます。はい、これでOKです、ダッシュとメニュー画面を出してのポーズとを高速で繰り返し、じわじわ山賊と距離を取り、地形をうまくすり抜けることで、山賊が追ってこなくなりました。全て倒してしまうと戦闘モードが終わってしまい、メロスが走れなくなるので、細工をしています。
さて皆様お気づきでしょうか。実は山賊との戦闘が始まった時に、メロスの位置が元々橋があった位置までワープしています。これで先ほど下流に流されたロスがチャラになりました。襲われてラッキーでしたね。
引き続きシラクスまでひたすら走りつつ、このあたりで一度走りを止めます。岩や茂みを目印にして……ありました。アイテム「岩清水」をゲット、先ほど盗まれた「無」の跡地と並び替えて「使用」します。山賊戦で減っていたHPがすさまじい回復をしていますがこれは副次的な効果で、メインとしてはこの操作によりフラグ管理に干渉しており、このあとの発生するイベントをエンディング直前のものまでワープさせています。
あと少しでシラクスですが、おや、誰かに呼び止められました。セリヌンティウスの弟子です。しかし無理やり走り続けることが可能ですので、ここは無視します。が、バグにはバグ、なんとこの男、並走して会話を続けてきます。これをさらに無視してダッシュを連打しているとこの辺りで……はい、引き離すことができました。
いやー何だったんでしょうね。メロスの奇行に苦言を呈したのか、それともまさか今更「妹が結婚するんだってねおめでとう、祝い酒があるので工房に来てくれないか」という伝言を伝えに来たとでも言うんでしょうか。まさかね〜。もしもそんなことを言われてセリヌンティウスに会ったら、彼が城下町の職人として見聞きしたことを愚痴られて、メロスのモヤモヤと合わさって、これがきっかけで結果的に片田舎の牧人が一大叛乱軍を築くことになってしまいそうな予感がしますね〜。
さて、いよいよラストダンジョンの王宮が近づいてまいりました。作中時間で3日ぶりになります。ここのマップなんですが実はここに隙間がありまして、酒場を経由して宴会をしている人達を避けつつ進むのが最短ルートです。
最後に、なるべく王宮に近い路地で「野犬」にエンカウントします。いい位置ですね。すぐ逃げるを選択して戦闘を終了、これでついに探索モードに復帰しました。最後までメロスが戦闘モードのままだとエンディングでフリーズするため、ここで解除します。
さて広場に向かうと物語はクライマックス、セリヌンティウスが処刑されようとしているところに……間一髪でメロスが間に合いました! 王様がなにやら長々と語り始めます。このあとまもなくヒロインから「勇者のマント」を手に入れたところでタイマーストップになります。
邪智暴虐な王様ですがメロスの行動に心打たれて改心した、という話をしています。多くの仲間と力を合わせる大切さ、これまでの数々の冒険が王の改心という形で実を結びました!
いやあ、色んなことがありましたね。ドロドロの陰謀と加速する恐怖政治、猜疑心が猜疑心を呼ぶ地獄の底で諌めた賢臣の遺言とセリヌンティウスの姿勢が重なり、現実的な打算としてはメロス達の軍勢が王の直属部隊を上回りつつあるため、要求を呑んだという、歴史的な瞬間に立ち会っています。いやー大河ドラマを見ているようですね。
画面端で何かわちゃわちゃしているのはこのムービー、スキップはできないんですがメロスが多少操作可能なんですね。セリヌンティウスと殴り合いをしているみたいになっていますが二人の友情は大丈夫でしょうか。
はい、最後に謎の女性が、メインヒロインですが初登場、勇者の証としてマントをくれるのでゲットしたところでタイマーストップです。走者のおさむさん、素晴らしい走りでした。お疲れ様でした。
画像見たけど、どうでもいいなって思ったわ。
確かにキモいなとは思う。でもそれはキモおじへの批判で留めるべき。
ここまでは誰も異論はないと思う。
女性像が接触禁止になってたらコメントだしゃいいけど自由に触れるもんなんでしょ。なら最初から利用者に判断任せてたんだろ。
運営に批判が集まったのは事実だから、結果的に運営としてのリスク管理は間違ってた事にはなるのは間違いない。
ただ、利用者に判断を委ねるって姿勢を貫いてるだけだ。そして像を接触禁止にしようがしまいが他の利用者への実害はないだろ。
おっぱいとマンコだけ禁止すればいいの?でも髪触っても腰に手を回してもお前ら燃やしそうじゃん。だから部分的に接触禁止にするのはリスク高い。
よってノーコメント貫いてるんじゃねって思ったわ。
ごく一部の日本のマスコミってどこ?一般にマスコミ批判の文脈だとキー局持ってる大手グループを指すと思うんだけど、マイナーなとこしか批判してないんじゃない?それが今回BBCという黒船が出てきたから盛り上がってるわけで
それに大手から批判が一瞬でてたとしても礼讃報道とのバランス悪すぎるよ。仮にテレビで広くリーチさせようとするとジャニー喜多川氏の性加害が~ってやってる横に被害者いるからやりにくいんだろうなーというのはあるけど
頼むからお前の目の前の便利な機械を使ってインターネットで検索してみてくれ。検索の仕方はお父さんかお母さんか学校の先生に聞いてくれ。
属性を批判するんじゃなくて具体的な行為を批判すべきで、ドルオタという属性を批判すると、たぶん少数だろうが元増田で挙げられたような人たちも傷つくことになる。具体的にアイドルを愛玩だけして結果的に不幸にした行為を批判してくれ
今回のJAXA、むしろ財務省に低予算を強要されたら確実に失敗する事例を作ったということで、私は高く評価しています。
財務省に経費削減を強要されても結果的には最低限形にしてしまうケースが多く、財政再建の有害さがなかなか理解されません。— 🐽すまん寝@秩序回復 (@sumannne) March 7, 2023
H3ロケット打ち上げが失敗
↓
搭載機で高額なだいち3号が失われる
↓
試験機に衛星を乗せるのはリスクではないか
↓
打ち上げ開発費が少ないので博打を打つしかない
↓
全部貧乏が悪いんじゃ
↓
ともあれ、財務省は滅ぶべきであると考える次第である。— 💉かまいるか💉💪🐬💪💉 (@Kama_iruka) March 7, 2023
それが結果的に未成年への性的虐待に繋がっているのが分からないバカなのか?
「未成年への性的虐待に繋がっている金」と「未成年への性的虐待に繋がっていない金」、どちらも問題ではあるけど、より問題なのは「未成年への性的虐待に繋がっている金」だろ。
ん?
そうなの?
知らないけど。
それはさておき、
今まさにホッツな研究中の
お茶を淹れる急須を使わずに手軽に淹れることの研究に意外と熱を上げ熱心な私。
今朝からまた熱心にレッツホッツよ!
急須は容量が小っちゃいから一度にたくさん均等な濃さのお茶を淹れ作りたくて私が昨日思案したのが耐熱容器にお茶っ葉を入れて淹れるってことなんだけど、
棒でグルグルかき混ぜたら苦くなっちゃう成分が出ちゃうかも知れない?
そんで思ったより茶葉も容器の中でジャンピングチャンスしてなくて、
私が考えた今の時点での自分的に最強の耐熱容器でのお茶の淹れ方は
容器3分の1までお湯を入れて、
お茶っ葉を開かしーの1分ぐらい待つ、
その次に残りの3分の2のお湯を一気に容器内で対流させるように注ぎ
棒で物理的にお茶っ葉をいじらない方がいいかもしれない作戦よ。
安いお茶はとにかく熱湯でガンガンやった方がいいとのことなので
それで出来上がるお茶は残りのお湯を注いだときにお湯の流れの対流でかくはんされるので、
容器を見ていると、
重量の重いお茶っ葉はすぐに沈んじゃうから軽いお茶っ葉しかジャンピングチャンスをしてないのよ。
それで私は考えた作戦として、
残りのお湯を注ぐ回数でその勢いで
重く沈んでしまったお茶っ葉もジャンピングチャンスを得られるってわけ。
これもしかして
3回に分けてお湯を注げばダブルジャンピングチャンス!ってことにならない?
お茶っ葉がかくはんされて案外いい緑茶が淹れられるかもしれないわ!
と言うところまで試してみて飲んでみて、
もはや
急須で淹れたようなお茶なのか耐熱容器で淹れたお茶なのかのどちらの良し悪しが良いのか悪いのか分からなくなってきたわ。
結局どちらでもいいような気がしているところの結果的今の時点での発表よ。
ただ!
急須は部品が小さくて入り組んでいて洗うのが面倒くさいと言っても食洗機に突っ込んじゃうから私的にはそれノーダメージなんだけれど、
ただ気になるところは
お茶の苦味や渋味がなく甘みもなかったような感じがするテイスティング結果の着地地点に今私は空から女の子が振ってきたばりにそこに到達着地しているんだけど、
なんかもっと甘み出ないのかな?って
急須で淹れた時には甘み出てたような列島を奄美大島で味わったお茶のように
奄美大島には行ったことないけどきっと美味しいお茶がある大冒険!かも!?
うーん、
これはもはや先入観の差なのかも知れないけど、
急須は面倒くさいので
耐熱容器で一気に均等の濃さを大量に緑茶を抽出するって私の研究のテーマである昨日から始まった実験は完成しつつあるのよ。
お茶の葉っぱが容器の中で攪拌されているのが確認出来るから見ていて面白い実験の醍醐味でもある味つけでもあるわ。
でもこれ逆に
多いなぁって感じで
これは現代の世の中の大量生産大量消費を肉挽きにくい挽肉を皮肉るかのようだわ。
逆にクローズアップしすぎな現代も弊害の一途をたどるかもしれないわ。
でね、
だけど
これが1リットルつまり1000ミリリットルほど緑茶ホッツが出来てしまうので、
量が多いっちゃー多いのよね。
まあ飲むけど。
そこは私の生産体制のお湯を沸かす調整をすれば良いだけの話つまりはお湯を750ミリリットル分沸かせば良い!って最適解が出ているの!すでにこの方程式は!
なので、
お湯多すぎ!ってわけね。
朝の忙しいときに効率よく緑茶ホッツを!と思っているところよ。
かと言ったとて
お茶を淹れるに関しては
何かしろの器具がいるから結局は洗い物が増えるのはさけられない実験の結果は変えられないみたいね!
違う違う
そうじゃそうじゃなかったわ。
焼きたてのパンが焼けたときの発表するパン屋さんの店員さんのようでもあり、
てんちょーレジ1万円入りまーす!って言うレジの担当の人かのような如くね。
ってそれだとただのパン屋さんの店員さんかレジの係の店員さんか来客時に気を効かせてお茶をサーブする人かのどれかになっちゃうわ!
なので、
私はお茶が入りましたってサーブするからあなたはお茶をレシーブしてね!
行くわよっ!!!
うふふ。
ツナの旨味が口の中で爆発して美味しい感じが朝の元気をタマゴ不足を補ってくれるわ!
そしてトドメの薄いタマゴサンドはタマゴ不足の懸念はあるものの、
美味しいに変わりないから美味しいわっ!
朝のサンドイッチ最高元気出るー!
もっとゆっくじじっくりお茶を淹れられる時間があればいいのにーって
でも朝は忙しいの
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!