はてなキーワード: あやふやとは
>嫁ぐというのは、やはり、自分の意思を捨てて、夫色に染まるということなのだろうか。
あのさー
わかってて意図的に聞いてるだろ?w
むしろ、ここのコメ欄は「女性の自由! 女性の権利!」が第一の自己中なキチガイゴミ主婦ばかりだぞ
>小町は男性が極端に少ないので、元増田のみなさんにお聞きした次第です。
それと気になったんだけど
正社員なの?
労働時間は?
(そのツッコミ待ちで隠してる正社員共働きのパターンもあるけどね)
今はむしろ、「妻の実家依存、マザコンが原因で離婚が増えてる」と
むしろ、男のほうが結婚前に彼女の実家依存度、マザコン度を測っておいたほうがいいくらいだよ
その強引で自己中なところを「男らしい」から好きになる女は多いから
自業自得なところもあるんだろうね。
離婚すれば?
「イマドキ」「アラサーアラフォーは素敵な大人女子」で「モテモテ」なんだぞw
(でも男は30過ぎたらオッサンだから年下を狙ったらダメ!w)
http://anond.hatelabo.jp/20160331015322
やっぱり遅くなっちゃいましたが、ようやく書きあがりました。
ただレイアウト上の問題と、書いているうちに自分のコンテンツにしたくなってしまったので(笑)自分のブログで公開しました。
お手数ですけど私のブログで見てください。
『ラブライブ!批判への回答:批判派の負のエネルギーを消し去りたい!』
http://kato19.blogspot.jp/2016/04/lovelive-hihan.html
やっぱり反論って書くの疲れますけど、自分の心の整理にもなりますね。
もし返信はあれば、こちらに書いていただいて結構ですよ。
たまにチェックしておきます。それでは!
増田は日本語という確固としたものがちゃんと存在してて、それでみんなコミュニケーションとってると信じてて、自分はそれの使い方や理解の仕方が下手だから理解力が低いんだってコンプレックスあるんじゃないかな。
全員がきちんと公用で習熟している日本語なんていうものは、無いよ。会話に使う言語ってもっとずっとあやふやなものだよ。それに多分増田が思っているよりも、一般人の言語能力って低い。普段の会話を一度録音して、それを文章に落としてみればすぐわかるよ。訓練を受けてない素人の会話なんて、指示代名詞や感嘆詞が多すぎるし、繰り返しや説明構造を無視した順序の逆転も多発して、まともな日本語とはとてもいえないものだよ。増田の理解力についてはわからないけれど、素人の説明能力なんて到底実用に堪えるものじゃないんだよ。
そんな欠陥ツールにも関わらず、それを用いた社会や企業が、普段なんでコミュニケーション取れているかって言うと、参加者それぞれが、他人のしゃべる曖昧で適当な言語を、予測とか補正とかで脳内修正しているからだよ。それが出来ないのが理解力が低いってことだろ? 同じことじゃないか、って思うかもしれないけれど「日本語や説明に対する理解力が低い」ってのと「他人の言うことへの理解力が低い」ってのは、全く違うことなんだよ。
結論から言うと、多くの人間は、言語そのものや論理そのものの理解能力は高くないし、それは重要じゃない。他人の(多くの場合上司や同僚や家族など特定の)発するメッセージを的確に受信できれば、それで良いんだ。
そしてそれはパターン学習なんだよ。相手に対する知識量に依存している。
だからおすすめは、その同僚や上司の人との接触時間を増やすことだよ。直接仕事の話をしないでもいい。雑談でもいい。というか雑談のほうが良い。そうやって相手の話し方の癖や、思考展開の方向性や、リズムに対する情報が増えれば、脳内補正の精度が上がってゆくよ。同じく、現在行っている業務に対する知識を増やすのも有用だよ。いま開いてがどんな業務を抱えているのか理解すれば、そこからの類推で指示に対する予測精度が上がるよ。
コミュニケーション能力が高い奴ってのは、何も、その場その場のしゃべりや理解力が高いというわけじゃなくて、日常生活の中で、いざという時、自分のメッセージを正しく発信したり相手のメッセージを受信するための、材料を大量に備蓄しているんだよ。
何も訓練みたいに肩肘をはらず、相手に対して興味を持ってみるってのが、一番良いと思うよ。
同人をやっていて仲良くなる相手が、皆同じくらいの実力を持っているとは限らない。そこには確かに上下があって、書き手同士の関係は実力の階級の上に構築される。
下手でも光る作品はある。実力とは無関係に、友人として波長が合うこともある。私はそう思っているけれど、そんな風に仲良くやれる人ばかりではないと思い知ったことがある。この記事はその時に溜めてしまった、心の毒を吐き出すためのものだ。
あるカップリングが好きな縁で、六人の仲良しグループが出来た。聖地巡礼に行ったり、イベントのアフターをしたり、当時は絵茶も活発だったし、ツイッターは登録と同時に全員が相互フォローになった。六人が同時に集まることは滅多になく、とりあえず全員に声を掛けて都合の付く人だけが会うような、ゆるい集まりだ。登場人物は作品の質が高い方から順に、A、B、C、私、D、Eという呼び方をしたい。
ちなみに私の書き手としてのレベルは、このグループに限らず中の中、もしくは中の下という評価を受けると思う。画力はギリギリ及第点くらい、話のクオリティと作業ペースが安定しているのでどうにかやれている。
ある時、Bさんが「皆で合同誌が作りたい」と言い出した。合同といっても編集会議などはなく、各々が自由に原稿を書き、編集・デザイン・告知サイト、頒布までBさんが一手に引き受けてくれるという。体裁はほとんどアンソロジーだ。
元々好きなカップリングが縁で知り合った仲だからと、私は執筆を引き受けた。忙しい時期ではあったのだが、この際だから個人誌の発行は諦めて、合同誌の原稿に全力を注ごうと決めた。
ただ、「告知ページの公開までは企画のことは内密に」とBさんから釘を刺されていたため、自サイトには「次のイベントでは新刊は出しません」とだけ書いてあった期間が長かった。普段の執筆ペースが安定していたことが災いして、閲覧者さんから体調を案じるメールを貰ってしまい、ちょっと辛かったのを覚えている。
告知ページが公開されたのはイベントの直前。
それだけと言えばそれだけの話だ。だが私は驚いて、考えなしに「え、なんで?」と発言してしまった。このことは今も後悔している。
私の問いかけにより、DさんもEさんも、発行告知の時点まで合同誌企画の存在を知らなかったことが判明した。Bさんからは「忙しそうだったから声を掛けなかった」という返答があった。
嘘をつけ。
普段の付き合いから、お互いの実生活事情は透けて見えている。私は「忙しくて原稿は厳しいです」「2ページとかでも全然良いので」というようなやり取りを経ての参加だった。Aさんが資格試験を控えていたことも皆知っていて、そのために集まりは自粛していたのだ。
Bさんが二人に声を掛けなかったのは、少なくとも配慮ゆえではない。彼女の言葉の白々しさと、それをDさんとEさんの目に触れる場所でわざわざ引き出してしまった自分の軽率さに泣きたくなった。
オフ同人には金銭が絡む。下手な者は原価割れをしたり、生活空間を在庫に圧迫されたりして、自分の力不足のツケを支払わねばならない(※)。
合同誌の場合、そのツケを支払うのは原稿作成者ではなく主催者である。この点において、私は「下手な人を切る」という判断をしたBさんを責める気はない。本人いわく「お金を出して行動を起こしたのは私なんだから、好きにして何が悪いの」とのこと。ごもっともである。
言いたいのはただ、こうも露骨に仲間外れを作る必要はなかっただろうということ。DさんとEさんの気持ちに配慮は出来なかったのかということ。例えばBさんとAさんの合同誌、BさんとCさんの本、そしてBさんと私の本。三冊に分割されていれば、「二人だけが仲間外れにされた」という感じは多少薄れたのではないかと思う。
Bさんが告知サイトの公開を遅くしたのは、入稿前ならDさんとEさんにも割り込む余地があるから。執筆者に企画のことを口止めしたのも同じ理由。合同誌を作りたいね、という話は全員がしていたものの、そういえば具体的なことはBさんとのメール上でしか話さなかった。DさんとEさんには情報が漏れない環境が出来上がっていた。
それから執筆者の人選とは無関係ですが、Bさん。あなたが描いた作品って、オフ会の時のDさんの語りを下敷きにしていますよね。「その話詳しく」とオフの後にも二人だけでお茶をしていましたね。仲良しアピールをして、ネタを吸い上げて、企画の際は爪弾きに出来る、その神経は凄いと思います。
Bさんの人間性にドン引きし、また「下手だから切られたのか」と即座に合点が行った自分自身にも嫌気が差して、私はそのグループのみならずジャンル自体から身を引いた。DさんとEさんはまだ残っているが、今は掛け持ちだった別ジャンルの方がメインになっているようだ。
申し訳ない。もしこの文章がお二人の目に触れることがあれば、私は彼女たちに謝罪の意を伝えたい。私が「なんで?」なんて言わなければ、話はもう少しあやふやなままで終わっていたはず。おまけにその直前には、私はお二人の目に付くところで無邪気に合同誌発行のお祝いをしていた。無神経にもほどがある。
お二人とも「なんで声掛けてくれなかったの」とは言いつつ、文末に「w」を付け足せるような大人だった。Bさんも、お二人がそういう方だと見越して行動していたのかも知れないが。その手前、私が謝るのも変な気がして、何も言わずに逃げて来てしまった。
Bさんを労うこともなく、後のオフ会にも来なくなったという彼女たちが、傷付いていなかったはずがないのに。私も加害者だ。本当に、ごめんなさい。
寄稿なんかせずに個人誌を頑張っていた方が、あるいは私も執筆メンバーから外されていた方が、ずっと気が楽だった。それならまだあのジャンルに書き手として居られたと思う。
後日Bさんが「誘って欲しければ上手くなればいいのに」といった旨の連続ツイートをしているのを見掛けて、笑ってしまった。
それではDさんとEさんは下手だから誘わなかった、と公言しているようなものだ。誰へのリプライでもなく愚痴をこぼすということは、彼女なりに思うところはあったのかも知れないが、その発言もまた傷に塩を塗るようなものだという自覚はないらしい。
絵が上手い人と仲良くなりたい、という気持ちは私にもよく分かる。上手い人はそれだけ努力していることも知っている。だが自分が上手いからといって、下手な人を踏み付けて構わないのか、というとそれは別の話だろう。
相手が自分より下手な書き手だからといって、雑に扱ってしまっていませんか。上手い人に敬意を払うのを忘れないのと同じく、自分の作品を好きでいてくれる人、同じ原作が好きだという仲間を思いやる心もまた、忘れてはいけないのではないですか。
無理に褒め言葉をひねり出さなくていい。下手なのは事実だから。一般的な思いやりさえ忘れなければ、それでいい。
私は中の下の書き手だが、下には下がいる。上手くなりたくてじたばた努力もしている。自分が高い側に立つ時には、この記事に書いたことを心に留め置きたいと思う。
※
絵や文章が上手くても、ジャンル補正や装丁へのこだわりのため赤字という人は多い。なまじ大量に刷る分、在庫の置き場で苦労している場合もある。
上手けりゃ何の悩みもないという世界ではないのに、こんな記事を書いてしまう程度には凹むこともあるのに、何故我々は薄い本を出し続けるのだろう。
たばこの害はうんだかんだあるけど実際すぐ被害があるのは酒だ。
酒を飲んだ人間は、というか酔っぱらった人間は正常な判断ができなくなる。
だから運転はしてはいけないし、飲み過ぎてもいけないし、仕事中に飲んでもだめ。
たばこは吸っても判断が狂うことはない。どんなに吸っても記憶を無くしたり帰り道があやふやだったり結構高いマフラーを二次会のカラ館で無くしたりもしない。
たばこは確かに本人の体にはとんでもない害だが周りへの害なんか案外そうでもない。副リュウエンなんて直で吸ってるわけでもないし。
酒は依存性も強いし、自我を失う。ドラッグ並みなのにほぼ取り締まりがない。特に日本ではどこでも飲んでいいし酔っぱらってもしょっぴかれやしない。
たばこの規制も日本では弱かったけどここにきて値上げしたり禁煙区域だ条例だと出て本当に10年前とは比にならないくらい禁煙ムードが高まった。
次は酒の規制もやるべきだ。
飲酒運転、なんて論外。
飲み過ぎに罰則を。
・「艦これは設定があやふやだから二次創作が豊作」→設定固めにかかったアニメシンデレラガールズ放映後、しぶりんに関する二次創作が爆発的に増えた 逆にア艦これ放映後は如月=轟沈しか見なくなった
・「艦これは無課金でも遊べるのがいい 他のソシャゲは数ヶ月経てば産廃になる」→どっかの記事で廃課金自慢してましたよね?他ソシャゲが数ヶ月で産廃ってあまりにもソシャゲやらなさすぎでしょ。うちの覚醒バステトは今でも現役ですが。ストライクウィッチーズ軌跡の輪舞曲では初期に引いた攻撃S+が今でも切り札ですが。それに最近のソシャゲは課金しなくても楽しめるし、課金に対してある程度の救済がある。それに比べ艦これはなんの救済もない。
・「艦これは一人でのんびりやれるのがいい」→マスクデータ多すぎ、札やルート固定で一手間違えれば詰みかねないイベント、など他ユーザーとの繋がりが半ば必須。運営自身もほかユーザーと情報を共有していただくためにこの仕様にしたとの発言あり。
「ちきしょううらやましいな」ぐらいには思うだろう。
逆に、まったく遊んでいなかった場合、本当に憂鬱になるというか、
憎しみも干渉するきも何も無い、実際カップルのことは何も考えていない。
ただ心の中は自分の人生をむなしさだけを振り返り憂鬱になってるだけ。
世間はこれ以上追い討ちをかけて何がしたいのだろうか?
その行為こそ犯罪者予備軍を生むきっかけになることがなぜわからないのか?
他人幸せ自分不幸せ、それで他人を恨もうなんて思わない。自分に対してため息が出るだけ。
ただ幸せじゃないという理由で、犯罪者予備軍の危険分子と決め付け、偏見を持ち差別する行為。
幸せじゃない人間の犯罪率は高い。でもそれは幸せじゃないからではなく、
幸せじゃないことによって、他人に攻撃を受け、差別排他的な扱いを受けることにより、
心の中に憎しみが芽生える。
どうにかこうにか大学をでてそこそこに暮らしている僕とまるで接点のないこの文章を 、
当時どういう思いで記録に残そうと思ったのかは今ではあやふやになってわからないが、
なんだか葬り去ろうとすると心が苦しくなるのだ。
横から、しかも遅れて便乗ですまん。鍼灸が効きそうな理屈を考えてみた。
あくまで理屈としてそれも考えられる、というのを並べただけなので、本当にそうであるという意味ではない。
特に資料を当たったりしてもいないので、既に同じようなことが言われているかもしれない。
増田の言う「神経を刺激する」というのがどの程度の範囲の現象を指すのかよく分からないので、増田から見ると重複する部分もあったりするかもしれない。
なお、直接末梢神経の束をぶっ刺して刺激しているというのは、逆にあまりないように思う。それだと神経のダメージが大きそう、というか端的にすごく痛そうだ。
神経束ではなく、個々の神経細胞レベルになるとよく分からん。痛覚神経以外は、ダメージを与えても痛みは感じなさそうではある。
それとも、痛覚神経だけをピンポイントに破壊して、痛覚をやわらげたり? さすがにそれはどうだろう。
・灸の場合は温熱刺激による血行の改善があり得るのではないか。体温を感知するレセプターは全身にくまなく配置されているのではなく、ある程度ポイントとなるスポットがあるようだ。
自分が聞いたのは頸部の血管だったと思うが(うろ覚えで済まぬ)、他にも知られてないポイントがあっておかしくない。そういう場所をピンポイントで温めることにより、全身もしくは体の大きな一部分の血行が変化することはあり得ると思う。
・微小な外傷を作ることで、炎症反応を促すようなトリガーとなり得るのではないか。
炎症反応はかなり複雑な反応で、全容解明には未だ遠い。神経系だけではなくサイトカインなどによる細胞同士の連携を多く含んでいる。微小な外傷によりこれらを部分的に引き起こすことで、何もしなかった場合とは異なる身体反応が起きることはあり得ると思う。
これはトンデモ一歩手前の相当あやふやな発想。隣接する筋線維細胞同士の連携は、電気的な信号によりなされている部分がある。針は金属でできているので、これを筋肉に刺すことで、細胞同士に通常では起こらないやり取りが起きる可能性はある…かもしれない。ただし細胞サイズのものごとを顕微鏡も使わずに皮膚の外側から狙って操作するというのは、かなり無理がありそうにも思うが、人間の熟練というのは時に常識を超えて凄いことを成し遂げるので、絶対ないとは言い切れない。
いずれにしても結構物理的に、通常は起こらないようなシチュエーションで体に干渉しているので、ホメの砂糖玉よりは何か起きる可能性は高いと思う。もちろん、害になる作用も含めて。
SMAPの歩んできた過去も、俺たちが知っているのとは違ったはずだ。
そして、過去を変えることでSMAP解散を阻止できる可能性を告げられるんだよ。
福島県へと移動する車の中で、この5年、政府とTOKIOが極秘裏にタイムリープマシンを開発していたことが告げられる。
大規模な立ち入り禁止区域を用意されているおかげで、DASH村の地下にはLHCが作られたんだよな。
もちろん原発はひそかに稼動していて、そこからエネルギー供給がなされている。
除染作業の名目を使えば、身元不明になっても差し支えないような作業員をいくらでも用意できる。
だから、誰もタイムリープマシンの存在に気づかなかったんだよな。
しかし木村がSMAP解散を阻止するためにはいくつかの事件を発生させなければいけない。
具体的には、
香取慎吾に女装をさせ、ミリオンヒットシングルを歌わせる。おはスタだけのネタであった「オッハー」を、流行語大賞に入れる。
草なぎ剛を泥酔させ、全裸で暴れさせる。公然猥褻で逮捕させる。
SMAPが解散を免れるには最低限これだけ実現させなければならない。
国民的アイドルとしてSMAPが成立するには、これだけの紆余曲折と社会の目に晒されなければならないのだ。
そして木村はタイムリープし、実際に事件を誘発することで過去を換えることに成功する。
木村が安堵しているところに、マネージャーと中居による独立騒動が発生する。
これでは何も変わらないではないか。俺が何度も何度も失敗してきた、あの過去は、そしてメンバーの騒動はなんだったのか。
過去を繰り返してきた木村にははっきりとわかる。この世界線での解散騒動に自分は初めて挑むのだ。
意を決して木村は社長に直談判する。しかしそこで屈辱的な条件を突き出される。
他の生物を食べて生きたい、自分の居場所が欲しい、配偶者が欲しい、お金が欲しい、認められたい…等々。とにかく生きるために必ず備わっている欲求だ。この闘争欲求はもちろん人によって小さかったり大きかったりするだろう。大きい人間は上手く活用すれば大企業の社長になったり研究者や開発者として医者や政治家として活躍できるだろう。いかに優れているかを競い合うということは効率化や新たなる発展性を秘める魔法の行為だ。戦時下におけるコンピュータの発達など科学技術発展の背景には知る欲求だけではなくこの闘争欲求も大きく関与してきた。
しかし闘争欲求が大きいにも関わらずその昇華の仕方を知らずに大人になってしまった場合は最悪の不幸が訪れる。他者との優位性を競い合ったとしても感情のベクトルを最適化できなければわけのわからないデモに参加したり、様々な倫理性や論理性を見失い体と時間だけを浪費してしまうことになる。冷静になれ、怒りに身を任せるな。言葉にすれば極めて簡単に聞こえてしまうが、闘争欲求というじゃじゃ馬を乗りこなすにはクレバーになることが極めて重要でかつ困難なことである。
冷静になるということはどういうことか?それは第三者視点を(完全ではないにしてもできる範囲において)獲得することである。ここでいう第三者視点とはタロウさんハナコさんマスダさんのマスダさんのことではない。全てを俯瞰的に見つめる神の視点である。もちろん全てを見通す神の視点などどこにも存在しない。必ず未来には不測の事態がどこかに待ち構えている。現実には神の視点だと信じている第三者視点までしか形成されることはない。しかし2者間の対立構造においてこの第三者視点の精度こそが最も重要な勝敗を決する要素であり、また勝敗が決着した後でさえも重要な要素である。知るということは何よりも重要であり、知ることによって考えることができる。相手の意図や思惑を計算することができれば相手の好きさせることはないし、自分にとって一番効率の良い結果が出せる未来も思い描くことができる。しかし感情に任せての行動には目指す方向やそれを実現するために行われる手法が相手から丸わかりであり、わざわざ第三者視点を形成せずとも相手の意図や情報を一人称からでも考えることができる。正面から突撃しかしてこない騎兵が相手なら毎回弓で応戦したらいいだけだ。感情に任せての行動は戦う前から負けることが約束されている。闘争欲求が感情に任せて利用されると不利益しか生じないことは明らかだ。
闘争欲求が感情に任せて活用される場合、その当事者には成功者や人格者と大きく異なる部分がある。それは着地点が設定されていないということだ。もしくは非常にあやふやなものとして設定されている。何かと対決したり競う以上は勝敗という結果が産まれるが、その結果を正確に予測することはすなわち過程の予測も行われる。望むべき結果を生み出すためには計算をしなければならず計算は第三者視点を作成したうえで冷静でなければできない。具体的な着地点を設定しないということはつまりは過程である行動や手法が本当に実現させるために取るべき最適な答えなのかどうかを問われていないということだ。何が間違っていて何をするべきなのか、それを見極めることができない状態で活動している。このような行為を続けても決して冷静な敵対者に勝つことはできないが、不適当な闘争者はそれさえ気づかずにひた走り続け、決して満たされることのない闘争欲求はさらに活動し、狂い始める。同じような狂信者たちが集まればさらなる大きな狂いの渦を形成していく。数こそ力とは言うが、数が力になるときは同じ方向を向いた瞬間だけである。統率のない集まりがそれぞれ違う方向を向いていても何も動かすことはできない。
闘争欲求は何かを成就させるために不可欠な欲求であるにも関わらず、その昇華のさせ方を知らない者たちは現実と剥離した世界に逃げ込んだり、狂った人間やはた迷惑な団体へと変貌していく。彼らの本質そのものが高度な戦略化した社会における被害者であり弱者ではあるのがが、社会へもたらす不利益もその数だけ存在し、また是正する個人も組織も無いためどのような時代においても反知性主義団体を確認することができる。
かといって感情が必ずしも有害であるかというとそうではない。全ての行動原理は等しく感情という源泉に帰結する。我思うからこそ我あり。第一人称の持つ感情を原発としてそれを慰め、褒め称えるために理性によって実現可能な道を切り開いていくことが一番人間的であり好ましい形であろう。また感情を分解していくことで論理的にも自分個人の感情の形成パターンを分析化することもできる。なぜ怒ったのか?なぜ喜んだのか?それを自分に問うことでさらに自分の感情と欲求の求める結果を洗練させることができる。
感情的なことは悪いことではない。問題は見つめないこと、知らないこと、考えないことだ。感情的な人間でありたいのなら鏡で自分の顔を見るように、感情を理性で見つめるべきである。己を知りより深く自分の感情を愛するべきである。さもなくば感情を愛することもなく理性的ですらなく自分の意志で動いていると勘違いしてしまう感情だけの操り人形になってしまうだろう。1+1を計算できるのは感情だから?アイスクリーム屋でお金を出せばアイスを食べれるのは感情のおかげだろうか?理性がどれだけ感情を守っているかを見直すべきだ。
こんなもん、普通の男からみたらうらやましいどころの話じゃない。
なのに、女はなぜか、リア充のイケメンと恋愛したがったり、将来何が残るかもあやふやなキャリア()とか仕事()とかに走り出す。
自分が女だったら、間違いなく、10代前半で売春、10代後半で婚活する。若い内しか勝負できないんだから、10代前半からおっさんバッカに行って勝負するに決まってる。失敗するなら早く、たくさんしなきゃいけないんだから、これが合理的な路線としか思えない。そういうゲームだから。
イケメンとか何の意味も無い。金と結婚で全てが決まるんだから、20代前半までに結婚できなきゃ死ぬくらいの勢いでやる。
男として、苦労して高収入得ていると、これくらい当たり前にしか思えない。感情論抜きで利益を取れるっていうのが高収入が高収入たるゆえんだと思うわけで、感情殺してこんなイージーなゲームできるんなら、全力でやるに決まってる。
よく、「そんな愛してない人と結婚なんて」とか言う人いるけど。
こういう意見がまかり通ってるのも信じられない。
年間数百万の不労所得だよ?そんなきれいごとで済まされる話じゃないよね。
男同士だったら、「知的障害かな?感情をコントロールできないドキュンかな?」って思われるような思考回路が、女では成立している。
きれいごとのために何千マン損しろとか普通できない、できないってわかってるから男はそういう虚構の理屈はスグ否定される。
だけど、なぜか女はそういうことを信じているらしい。
でもそれは、俺が男で、必死に生きなきゃ生き残れないからそう言ってるだけで。
女ってクッソイージーな人生だから、そこまで脅迫的に生きなくても適当に生きられるでしょって考えなんだろうね。
Ingress(イングレス)というのは位置情報を利用した Google 社のオンライン陣取りゲームのことやな。
背景ストーリーがかなり凝っていて、ゲームの結果がシナリオに反映されるのも魅力の一つなんや。
例えばこんな感じや。
世界には、人間の心身に対して“啓発的な”効果を及ぼす謎の物質が存在していた。CERNでの実験で偶然この物質を発見した研究者たちは、この物質を「エキゾチック・マター(XM)」と呼んだ。XMの研究のため、NIA(アメリカ国家情報局)はCERN付近に研究者らを集め「ナイアンティック計画」(Niantic Project)を立ち上げた。(中略)
ナイアンティック計画は実験最終日のXM大量流出事故(「啓示の夜」事件)により崩壊し、XMの無限の可能性(あるいは危険性)を知った研究者たちは、各地の企業や結社と組んでそれぞれ行動を開始した。研究者たちの一部はわずかな改造を施した携帯電話上で機能する「スキャナ」技術を開発した。これによって、実世界に存在するXMポータルを観察し、操作出来るようになった。ほどなくスキャナ技術は漏洩し、Google Playに「ゲーム」としてアップロードされた (Wikipedia より抜粋)
プレイヤー達はレジスタンスの妨害をくぐり抜け、エキゾチック・マターによる人類の覚醒を目指すというゲームやな。
さて、LHCで見つかったエキゾチック粒子といえば X(3872) や Z(4430)のことやな。
それぞれ ペンタクォーク、テトラクォーク と呼ばれる新しい形態の粒子なんや。
高エネルギー加速器研究機構の発見から約10年ぶりの再発見で、現在エキゾチック粒子の理論研究が盛り上がっている様子や。
Ingress の予言が当たった恰好やな。さすが Google さんやね。
ところでおじさんね、このストーリーを読んだときちょっと不思議に思ったんよ。
いくら加速器の研究者さんでも稼働中の加速器トンネルに入ったりはしないやろ。
研究者達はどうやってエキゾチック・マターに曝露したのやろな?
実はな、この答えは J-PARC にあったんや。
J-PARC ってのはエキゾチック粒子探索に適した日本の加速器や。
実はこの分野はLHCよりこっちの方が本場なんよ。
でね、この J-PARC で事故が起こったんよ。2013年のことや。
簡単に言うとね、加速器ではものすごく加速した陽子を標的に当てて出て来た粒子を調べるのやけどね、
装置の誤作動で大量の粒子が標的に照射されたそうなんや。その結果 標的が蒸発して拡散、施設内にいた研究者達が被曝したらしいんよ。
Wikipedia によると通常の400倍の粒子が照射されたらしいんやな。
ひょっとしたらエキゾチック粒子も出来たかもわからんよね。(※1)
リアル『啓示の夜』や。
まあ被曝といっても超超微量なもんで特に健康被害はなかったんやが、当時マスコミさんにひどく叩かれたんやね。
で、以降加速器は停止しているんや。いつ動くのやろな・・。 これはレジスタンスの妨害にあっているのかもしれんな。
J-PARCが動き出したらエキゾチック・マター研究が一気に進むはずなんでエンライテンドのみんなは楽しみに待っていようね。
なんだか話が脱線したけどまとめるとね。
こんなかんじの流れなんよ。
正直おじさんこっちの分野はよく知らないのやけれども、あまりに Ingress の背景ストーリーをなぞりすぎていてちょっと目が離せないんよ。
さすが Google さんや。
あ、そうそう。
Ingress Intel Map を見ると Genkenmae PostOffice (原研前郵便局)に緑ポータルが立っているんやけど
おじさんのあやふやな記憶が正しければ確かこの辺りに J-PARC を利用する研究者や学生の泊まる宿泊施設があった気がするんよ。
エキゾチック・マター研究者の中にエージェントが紛れているかもしれないと思うとなんだかわくわくするよね。
じゃあおじさん、もう出かけなきゃなんでこの辺でね・・・
(※1) まあ出来てもすぐに壊れるんやけどね
このアルバムはすごい名盤だってものすごく語りたいです。音楽にうるさい方々にも積極的に聴いていただきたいなと思う次第です。
でも、こういうのをあまりべた褒めするのって結構怖いですね。音楽の好みは人それぞれですし。
自分が最高!って思ってても世間的には全くそんなことないなんてことは本当によくあります。妙に褒めると反発をくらいかねないです。
実際、音楽雑誌とかの「2015年ベストアルバム特集」をぱらぱら読んでみても全然話題に出てなかったので。まあそんなもんです。自分の視野が狭いだけです。
とはいえ、それなりに注目されて評価されてるのかなってのはなんとなく勝手に思っていたので、年間ベストに入ってなくてちょっとがっかりしました。
だから自分で語ろうかな、と思い至るわけですが、やっぱり、ハマってしまったあまりに冷静さを失った文章になる気がするので、書いて叩かれるのが少し怖いところはあります。
花澤香菜とは、声優です。人気若手女性声優です。名前くらいは聞いたことがある人が多いと思いますし、検索したほうが理解は早いです。
声優の中ではアニメの出演数がトップクラスに多いです。1年間に何十本も出ていたりします。最近は少し落ち着いてきましたけどね。
特徴は、ウィスパーボイスというか、天使のようにかわいらしい声ですね。ヒロインボイスです。個人的には少し荒げた演技も好きですが。
声に含まれる倍音成分がものすごく豊富らしいです。科学的に実証されてるらしいです。
声優なので、当然ソロで歌手デビューする前からキャラソンとか歌っていました。化物語の「恋愛サーキュレーション」という曲がレジェンド級に有名です。
あと、セキレイという作品のライブで歌った時の歌い方がネタにされてて、わりと音痴っぽい扱いを受けてました。
そして、2012年に満を持してソロ歌手デビューをするわけですが、みんな歌の方は割と心配してました。
私も深夜アニメはよく見ていて花澤香菜さんのことは当然知っていましたが、当時は特別好きというわけでもありませんでした。
しかし、プロデュースするのがROUND TABLEの北川勝利だというニュースを聞いてにわかに興味が湧いたのを覚えています。
ROUND TABLE、及びfeaturing Ninoは好きで聴いていましたし、声質との相性も良さそうだということで、けっこう期待していました。
その後2013年に1stアルバム「claire」がリリースされたのですが、確かに名盤でした。
北川さんをはじめ、中塚武、神前暁、カジヒデキ、宮川弾、矢野博康、沖井礼二などなど、渋谷系の流れを汲むポップス好きにとってはたまらない作家陣で、花澤さんにぴったりの歌を作ってくれました。
花澤さんも声優らしく表現力豊かに歌いこなしていて素晴らしかった。「マダダーレモー」とはなんだったのか。たぶん自分の歌い方ってのを少しずつわかっていったんでしょうね。
1年後の2014年には25歳の誕生日を迎えることにちなんで25曲入りのアルバム「25」をリリースしました。ものすごいハイペースです。
この2ndアルバムでは岩里祐穂さんを作詞に迎え、花澤さんと意見を交わしつつパーソナルな部分を反映させた曲作りをしています。
そのうえで、25曲という多さを生かして幅広いジャンルの曲に挑戦していきました。
そんなこんなで、アニメやらレコーディングやらライブやらで多忙を極めた後に迎えたソロ活動3rdシーズンの集大成が「Blue avenue」になるわけです。
Blue Avenueがリリースされるまでに、3つの先行シングルが発売されました。
しかし、この3曲を聴いて「このアルバムってこんな感じか」と思ってはいけません。
むしろ、この3曲がアルバムの中で最もコンセプトから外れている曲といっても過言ではないでしょう。
では、このアルバムはどんなコンセプトで制作されたのでしょうか?
「Blue Avenue」のコンセプトは一言でいえば「ニューヨーク」です。
テーマがニューヨークになった経緯はインタビューで話されています。
──今作のテーマは「ニューヨーク」とのことですが、なぜこのテーマを?
ニューヨークはわりと後付けなんです。アコースティックライブの「かなまつり」みたいな少人数でのライブを何度か経験して、少ない音と声で作り上げる空気感っていいなと思っていて。
3rdアルバムの方向性を考えているときに、「あの自由に音楽を楽しむ感じを生かすなら、ジャズをやってみるのもいいんじゃない?」って意見が上がったんです。
その中でニューヨークというキーワードが浮かび上がって。ジャズの街でもあるし、ほかの新しい音楽に挑戦するのにも「ニューヨーク」をテーマにすれば統一感のある作品になるんじゃない?って。
ジャズ、AOR、フュージョン、レゲエなど、これまでのアルバムと比べると「大人」な雰囲気を持った曲が多めのアルバムになっています。
そして、ニューヨークといっても70~80年代くらいのニューヨークのイメージという感じがします。
それはSwing Out Sisterが参加してるのもあるかもしれませんね。
詳しい方ならば、楽曲のクレジットを見ればこのアルバムがどういったアルバムなのかがわかるかもしれませんね。
ということで曲目・スタッフリストを載せたいのですが、長いので記事の末尾に載せました。
こういうのをあまり主張するのもどうかと思うんですが、参加しているミュージシャンが豪華です。
クレジットを見ていただければわかるように、今までのアルバムでおなじみの作家陣に加え、シングル曲ではSTUDIO APARTMENTややくしまるえつこがサウンドプロデュースをしたり、2つのニューヨークレコーディング曲においてウィル・リーやスティーヴ・ジョーダンなどの海外のスタジオミュージシャンの参加、80年代から活躍するイギリスのユニット・スウィングアウトシスター提供曲など、一流の人たちがたくさん参加しています。
まあ、極端な話、名前は知らなくてもいいと思うんですけどね。聴けばわかりますから。「I ♥ NEY DAY!」「Nobody Knows」での軽快なドラムが気持ち良いなあとか、「Dream A Dream」の洋楽っぽい感じがすごい良いとか。ここでいう洋楽っぽいってのは英語圏の歌っぽいなあっていう意味ですね。洋楽の日本語カバーみたいな雰囲気がありますね。それもまた味。そして、セリフのパートがあって、もしかして本業が声優であることを意識して作ってくれたのかなとか想像してみたり。
おなじみの作家陣もすごい良い仕事をしてくれています。というかキレキレです。特に矢野博康作曲「We Are So in Love」が光ってますね。4つ打ちのフュージョンで、イントロからもうたまらないです。シンバルズの頃から思っていたんですが、矢野さんは王道のポップソングもいいんですけど少し趣味に走った感じの曲を書くと時々とんでもない名曲を生み出しますね。
一つだけ主張しておきたいのは、みんな決して無駄遣いではないということですね。すべてが良い方向に結びついています。
「ニューヨーク」というコンセプトがあって非常に統一感があるのが素晴らしいです。
最初に「シングル曲がコンセプトから外れている=ニューヨークっぽくない」と言っておいてなんなんだ、と思われるかもしれませんが、このアルバムの面白いところは3つのシングル曲が違和感なく自然に収まっているところなんですね。
バラードの「君がいなくちゃだめなんだ」が終盤に入ることでアルバムがよりドラマチックになっています。そこから最後の曲「Blue Avenueを探して」に続くのがもう最高ですね。西寺郷太さんの歌詞がいいんですよ。
クラブミュージックの「ほほ笑みモード」ややくしまるえつこさんの個性が色濃く出ている「こきゅうとす」も、意外なくらい自然に入ってるんですよね。それは曲順が考えられているのもあるんですが、「ほほ笑みモード」がアルバム用ミックスになっていたりなど、音づくりにこだわっているからというのもあるのでしょう。後述しますが、このアルバムは音が良いです。
アルバムとして非常によくまとまっていて、通して聴いた後の余韻が良い感じです。
NYで録音した2曲は際立って音が良いんですけど、それに劣らず全体的に非常に高いクオリティの音づくりがされています。花澤さんのアルバムは1stの頃から一貫してソニーの茅根裕司氏がマスタリングエンジニアを務めていて、常にクオリティが高かったんですが、今回は最高の出来栄えなのではないでしょうか。オーディオに詳しいわけではないので断言はできないですけど。
シングル曲が違和感なく収まっているのもマスタリングによるところが大きいのでしょうか。詳しくはわかりませんが、ぜひ良いヘッドホンでじっくり聴いてほしいと思えるくらい良い音です。
ニューヨークっぽいということでAORとかフュージョンを取り入れた、と聞いても正直ピンとこない人が多いんじゃないかと思います。AORってどんな音楽かを説明できる人って実はそんなに多くないのではないかと。結構マニアックなところを突いてきてると思います(そんなことないよ、常識だよとお思いの方もいるでしょうが)。
でも、そういうジャンルとか全く分からなくても「良いな」と思えるようなアルバムになっているのではないかと思うのです。それは曲自体がそう作られているというのもあるかもしれないんですけど、やはり花澤香菜が歌うということでポップスとして完成されるというか、そこに花澤さんの歌のすごさがあるのではないかと思っています。
3rdアルバムを出すまでの3年間で60曲以上のオリジナル楽曲を歌い、ライブも精力的にこなしてきたからこそその次元に達しているというか、こういう曲を楽しみながらポップスとして歌える筋力がついたのではないかなと思うのです。それこそ「25」あたりの頃の怒涛のスケジュールが千本ノックのように効いてるのかもしれないですね。
1stの頃は作家の作る曲を最大限に活かすために歌うという感じ、それこそ声優としてディレクションに応えるような感じで歌っていたように思うのですが、「Blue Avenue」ではコンセプトの発端が花澤さんの意見であることからも、ちゃんと歌手になってきてるのだなと感じます。
当然ですが、豪華なメンツに霞むこともなく、曲に負けているだとか歌わされてるだとかいう印象を全く受けません。むしろ北川さんも他の作家さんも花澤さんをプロデュースすることで新しい扉を開けているような感じさえします。インスピレーションを与える「ミューズ」なのかもしれませんね。
私が花澤さんのアルバムの中で際立ってこれを好きなのは、花澤さんと作家陣が一緒になって制作している感じを受けるからなのかもしれません。化学反応が起きているのをひしひしと感じます。
また、花澤さんは1stの頃から自作詞曲を歌っているのですが、今回も2曲作詞していて、ちょっと詞もこなれてきたというか、アーティストとしての一面が出てきたような感じがします。
「タップダンスの音が聴こえてきたら」では音楽に身を委ねることの喜びをシンプルに書いていて、歌を楽しめている感じが伝わってきます。
タップダンスの音が 聴こえてきたら
軽やかなそのリズムに 身をまかせて踊るの
今はいらない ふみならそう 夢中になるだけさ
一方、「プール」では暗い部分を歌っている感じで、こういうのがあるとなんというか、深みが増しますよね。
花澤さんは詞を書くと少し重たい感じになってしまうみたいで、それもまた個性というか、人気声優としてバリバリ活躍している彼女の影の部分が垣間見れるようで、イイですよね。
どうやって喋ってたかな
ねえ どうやって眠ってたかな
どうやって歩いてたかな
ねえ どうやって 笑ってたのかな
わからない 思い出せないの
もしかしたらここまで惚れ込んでいる理由はライブを見たからなのかもしれません。花澤香菜の歌の魅力の真骨頂はライブにあるのかもしれません。
武道館公演の映像を収録した「Live Avenue Kana Hanazawa in Budokan」というBDが発売されているのですが、アコースティックライブの映像も収録されていまして、他にも素晴らしい映像特典もありまして、とても素晴らしい商品です。
花澤さんの歌って生演奏にすごく合うんですよね。地上波で「こきゅうとす」を披露したこともあるんですけど、それとは全然違いますね。ライブの「こきゅうとす」すごく良いです。
武道館ライブではバックバンドの通称「ディスティネーションズ」にホーンも加わって、とても豪華なものになっています。
一番の見どころはジェームス・ブラウンの「Get Up (Sex Machine)」(ゲロッパ)に合わせて花澤さんが好きなパンの名前を叫ぶというパフォーマンス(メロンパン!メロメロ!)。冷静に考えるとすごくくだらないシャレなんですが、演奏がガチであることと、みんなすごく楽しげな様子が印象的で、とても幸せな空間が出来上がってるなあと感じました。
あと、花澤さんのパフォーマンスがいちいちかわいらしいんですよね。「Merry Go Round」の振り付けとか。
そして、アコースティックライブが素晴らしいんです。花澤さんの生歌ってこんなに良いものなのか、とため息が出ますよ。本当に、歌がヘタであるような扱いをされていたのが嘘みたいです。声量は確かにそんなにないのですが、歌の細かい表情付けがたまらなく上手いです。ピアノとギターだけの少ない音だと余計に際立ちますね。
誰にと言われれば万人に、と言いたくもなるんですけども。
最近、星野源やらceroやらで、ブラックミュージックとかシティポップとかそういう言葉がよく聞かれるようになったんですけど、このアルバムもそれと同じ文脈で語ることができるのではと思います。
「シティポップ」ってもはや言葉が独り歩きしだしてよく分からない感じなんですけど、街のことを歌うのがシティポップだとするなら「Blue Avenue」も十分当てはまりますよね。
また、北川勝利さんをはじめとした作家陣は、最近再評価の流れがある気がする「渋谷系」や、最近流行り気味の新しい「シティポップ」の世代の狭間にいる人たちなんですよね。どちらも独り歩きしてあやふやな状態にある言葉ですけど。
良質な音楽を作ってきながらも長らく日の目を見なかった人たちがこうやって素晴らしいものを作り上げてくれている、というのも感慨深いものはありますね。
そして、70~80年代のニューヨークイメージってことで、けっこうオッサン向けなのかもしれません。……年間ベストに入らなかったのは革新性がないと思われたからなのかも。私は花澤香菜さんが歌うだけで十分新しいと思うんですけど。
というわけで、以上、Blue Avenueについてでした。
花澤香菜「Blue Avenue」インタビュー - 音楽ナタリー Power Push
http://natalie.mu/music/news/111594
花澤香菜×北川勝利が明かす、“極上のポップソング”の作り方「人生と音楽がより密接になってきた」|Real Sound|リアルサウンド
http://realsound.jp/2015/04/post-3000.html
作詞 : 岩里祐穂 作曲・編曲 : 北川勝利 ホーンアレンジ : 村田陽一
Bass : Will Lee
Drums : Steve Jordan
Electric Guitar : David Spinozza
Piano, Organ : Rob Mounsey
Trumpet : Jeff Kievit
Trombone : Mike Davis
Saxophone : Andy Snitzer
Conga, Tambourine : 三沢またろう
Electric Guitar : 山之内俊夫(流線形)
Wind Chime, Chorus : 北川勝利(ROUND TABLE)
Chorus : acane_madder
作詞 : 岩里祐穂 作曲・編曲 : STUDIO APARTMENT
Guitar : 堀越雄輔
Vocal Direction : 北川勝利(ROUND TABLE)
Sound produced by STUDIO APARTMENT
作詞 : 岩里祐穂 作曲 : 北川勝利 編曲 : 北園みなみ、北川勝利
Bass : Will Lee
Drums : Steve Jordan
Electric Guitar : David Spinozza
Piano, Organ : Rob Mounsey
Trumpet : Jeff Kievit
Trombone : Mike Davis
Saxophone : Andy Snitzer
Conga, Tambourine : 三沢またろう
Wuritzer, Claviniet, Analog Synthesizer : 北園みなみ
appears courtesy of Polystar Co.,Ltd.)
Wind Chime, Shaker : 北川勝利(ROUND TABLE)
Chorus : acane_madder
作詞・作曲・編曲 : 宮川弾
Programming, Clarinet, Saxophone, Chorus : 宮川弾
Guitar : 後藤秀人
Chorus : acane_madder
作詞 : 岩里祐穂 作曲・編曲 : mito
Drums : 千住宗臣
Guitar : Saigenji Permalink | 記事への反応(0) | 15:20
でも、病院(と呼ばれてる施設)に行ってる人間の方が病気の時の死亡率が高かったら、それはその施設に行かない方がいいって判断するのは一応まっとうだよな?
なのでこの場合、病院に行ってる方が死亡率が高いか、そうじゃない方が死亡率が高いか――つまり、集団的自衛権を保持してる方が戦争をしやすいか、その逆かを判断すべきだ。。
言い方を変えれば、集団的自衛権を持ちつつ戦争してる諸外国について、「集団的自衛権があるせいであんなに戦争してる」と考えるか、「本来はもっとドンパチやってるだろうけど集団的自衛権があるおかげであの程度の頻度ですんでる」と考えるか、なんだよな。
でもサンプル数も歴史も少なすぎて、ぶっちゃけハッキリしたことは言えないんじゃないのって俺は思ってる。それぞれ両陣営から一応それっぽい理屈は出てるけどさ。
また、そもそも最初に「まっとうだよな?」と書いたがホントは全然まっとうじゃなくて、病院(集団的自衛権)と死亡率(戦争の多さ)に相関があったとしてもそこに因果関係があるかは怪しい。他の要素の方に影響を受けてるのかもしれない。でもそれを分析するのもサンプルや歴史が少なすぎ。