はてなキーワード: 新生活とは
下せないのが辛い。
毎週男と飯食いに行ってるのに肉体関係がないから「不倫じゃない」と言いきったり、離婚協議の最中に怒鳴り散らすくせに「じゃあ録音します」というととたんに丁寧口調で話し出したり、離婚が決まってから家族の口座から金を引き出して、2万近いエログッズを通販で買ったりしてやがるクソ元嫁(今日から元)。
そのくせ、事あるごとに「子供はあなたに任せるんだから、今までを反省して、立派な父親になってくれないと私が安心できない」といいやがんの。子供を置いていくって言い出したのお前じゃねぇか。
離婚後の生活は生活保護を受けるって言い切ってるくせに、「今まで苦労した分のお金をくれ。15万。借用書は書いてやる。不正受給はしたくないからな」とかそれ、返す気ねぇだろ。
こういうとき、普通なら裁判とかで慰謝料を、とかそういう流れなんだろうけれど、裁判や調停になると時間がかかる。多感な中学生の息子を抱える身としては、あまり醜態を見せたくない。別れるならとっとと別れて、子供との新生活組み立てに力を尽くしたい。
「今までの優しくて楽しいお母さんのイメージが崩れていくのが辛い」って泣く息子に、これ以上あいつの姿を見せたくない。
どこへでも行ってくれ。そして勝手に死んでくれ。できれば俺の手で。とかも思ってしまう。
そう思うけれど、何もしないことにした。
「お父さんはそれで良いの?」と息子に聞かれた。
辛いんだぜ。腹立つぜ。でもね、自分がスッキリするために子供に醜態を見せたくないんだよ。と言えないから、
「お父さんは、息子と暮らせる生活を勝ち取っただけで充分だよ」と格好つけてる。胃に穴開きそうだけど。
例えばこの↓ブログのように。
新入社員が新生活に必要なもの・用意しておくべきものについてまとめるよ - ゆとりずむ
http://www.yutorism.jp/entry/NewEmployee
ここで問題になるのが『枚数』。
まあ10着あると心に余裕ができる。問題は自分で洗濯するか、クリーニング屋に持っていくかだろ!
自分で金を稼ぐようになったら、時間を金で買うことも考えような。
いままでは家の人がやっててくれたんだよなぁ。それを整理されてないからって文句言ってしまってごめん。
クリアファイルにしておけ。透明のポケットが付いててページめくっていくやつ。
ドキュメントファイルだとマジで中が見づらくて捗らない。俺も最初はそうやっていたから断言できる。
適当なこと言うな! 会社によってそんなもん違うに決まってるだろ。
押印する前に周りの人に確かめよう。それくらいの注意力がないと社会人やっていけない。
宅配の受け取りくらいだったら大丈夫なので、1本はあると良いが。
スマホでもいいじゃんと言えばそうなのですが、社会人になれば『◯◯日空いてる?』といった話が急に振られることも良くあります。
と言っておきながら、
スケジュール帳は常に携帯できることが最重要。だからスマホも良いのだが、まだ記入するに良いアプリに出会ってない。
よって携帯性と記入欄のバランスで高橋書店や能率協会のウィークリーのやつを買えばいいんだよ。完全に好みだけどね。
他にもJR以外の私鉄の人ならそれぞれの鉄道会社が発行しているカードじゃないとオートチャージができないという罠があるから
早めにカードを申し込んで早めにオートチャージ設定したほうがいい。
京成だよ京成。カード発行に2週間(MUFG)はともかく、オートチャージするのにわざわざ電話をかけさせられ、利用開始のために
銀行にお金を預けておいても、雀の涙ほどの金利くらいしか付きません。そこでおすすめしたいのが、定期的に銀行預金から引き落としてくれるタイプの投資信託
おいおい! 何故、銀行預金には雀の涙しか金利が付かないか知らないくせに、投資信託に誘導するのはやめて差し上げろよ。
銀行預金は利用者にとって「お金を預けてあげる」商品なのに対して、投資信託は「お金を預かってもらう」商品だ。
だからどの投資信託を購入するかは、自分のお金の運命を託することになるので非常に重要。
さらに重要なのは、基本的に投資信託は手数料を支払わなければならない。買うときや(これは手数料がないものもある)、
預かっていてもらっている最中(これは目論見書等に書いてある)にも投信会社に対してお金を払っているんだ。
だから投信を買った瞬間に投資としては負けている。銀行預金は金利が低いなぁと言ってるけど預金は元本保証だよ。
投信は違うだろ。
社会人なりたてで色々と忙しいときに投信のことまで頭を使う必要はない。しかもなけなしのお金で。
よく知らんけど。
余裕がなくなってからのほうが本を読む必要が出てくるのが困る。
自分には関係ないと思っていたことが突如自分の問題として直面せざるをえなくなることがある。
必ずある。
残念ながらそれに対して前もって備えておくことは難しい。
その時のための突破力として自分が備えているものはなんだろうか?
たとえば、大学の専攻。
たとえば、趣味。
たとえば、土日のボランティア。
むしろ関係ないものを如何に応用するか、それが社会人というものです。
なんてな。
4月からの新生活で近場に住むことになった義弟が準備のために家に泊まりだしたのが先週木曜日。
土・日と朝から夜まであっちに行ったりこっちに行ったりして準備を進め、まだ終わらなかったので月曜の午後も休暇をとって走り回った。
火曜にはちょっと疲れてる感じはあったけど滞りなく仕事に行って、妻とイヤーお疲れさんって話をしてた。
3日間時々交代したもののほぼ車を運転してた妻は相当に疲れが溜まったらしくて、昨夜の時点で37.2度の微熱。
で、水曜の今朝。起きたら自分まで体がジワジワ熱いし頭フラフラするしで動く気になれず、熱測ってみたら37.8度。
平熱が低いのもあってまったく動けないのでとりあえず会社に電話して休むことに。ついでに妻も38.9度の高熱に。
そうこうするうちに自分も38.4度→39.1度とあっという間に発熱。仲良く熱出して寝込む感じになってしまった。
スポドリ飲みながらあったかくしてひたすら寝てたけど、夕方になってもまだ下がらない。今測ったら38.6度だった。
熱以外特に症状もないし、以前にも何度か疲労や気疲れで熱を出して寝込んだことはあるので、とりあえず今日は病院にはいってないんだけど、
ちょっと慣れないことするとすぐ体に影響が出てくるの、ホント生き物として自分は弱いなあって感じがする。
あーあ、早く熱下がらないかなあ。
春です.
一人暮らしを始める人はお母さんが張り切って調理器具をそろえてくれたかもしれません.
お母さんがそういう感じじゃなかった人のためのリストです.
・2口コンロ
・幅60cmくらいの調理スペース
千円から3千円くらいの刃渡り18cm前後三徳包丁1本で十分です.
鋼とかグローバル三徳3点セット1万5千円とか言ってくる人のことは無視します.
ぶっちゃけなんでもいいのですが私のお勧めは http://www.amazon.co.jp/dp/B0000TBAVE これです.
余裕があったらシャープナーを,次点でペティナイフを買えばいいと思います.
http://www.amazon.co.jp/dp/B00EH2IAV8 これです.
使い捨てていきましょう.
正直に言うと,フライパンよりも先に北京鍋ないし炒め鍋を買ったほうが良いと思っているのですが
それは偏った意見だと分かっているので,間を取って深型フライパンです.
なぜかと言うと,あなたが男性の場合,まず間違いなく炒飯を作ります.
男は,カレーと炒飯とパスタを作るのが大好きだからです.間違いありません.
一人ぐらしにはちょっと大きめな28cmの浅型フライパンに米1合入れてガシガシ炒飯を作ると,必ずこぼします.ていうか炒飯以外でもガシガシ炒めるとまずこぼします.
それは嫌なので深型です.
http://www.amazon.co.jp/dp/B005EV786O これです.IHの人は別なのを買ってください.私が北陸アルミのファンなのでこれを薦めます.ホクアのテフロンは持ちます.
炒飯を作らない人は軽いほうがいいので
http://www.amazon.co.jp/dp/B005EV786O これです.私はホクアのファンです.
サイズは22~28cmで,食べる量で調整してください.フライパンは大は小を兼ねないのが定説です.
我々の趣味は料理ではないし,そんな人が鉄鍋買ってもホクアのテフロンが剥がれるより早く錆びつきます.
もしかしたら「煮る」などの高等な調理をすることになるかもしれませんし
インスタントの味噌汁の味に耐えられないかもしれないので片手鍋です.
ステンレスはすぐ焦げるし,お湯が跳ねるので私はアルミが好きです.
ホクアと言いたいところですが,取っ手がぐらついて交換することを迫られたことがあり,それ以降
http://www.amazon.co.jp/dp/B0011EZ75C これを使っています.良いです.
蓋も買ってください.
プロの友人はAKAOのDONアルミを使っているそうです.私は使ったことがありませんが,行平鍋にそう大差ないと思います.
鍋をすぐ壁にぶつけるので丈夫な方が良い人や,アムウェイ会員なのでアルミ鍋を使うとアルツハイマーになると信じている人はステンレスを買ってください.
お金がある人は,多層構造の柳宗理やらジオなどが良いと思います.
ボウルですが,
欲を言えば深い物が使いやすいです.
http://www.amazon.co.jp/dp/B002AQTBJS これです.
ザルは,強くパンチングボウルを薦めます.洗いやすさが違うからです.
http://www.amazon.co.jp/dp/B0027WXEDY こういうのです.
よくサイズが違うボウル・ザル3点セットとか売っていますが,浅型だったり,そもそもそんなに使わなかったりするので,
とりあえず1個ずつ買って,足りないと感じたら買い足せばいいと思います.
ここまでで1万5千円程度で揃えることができます.
菜箸,本当に何でもいいです,が個人的にはヘラより良く使います.洗うの簡単だし.
ヘラは耐熱性の問題もあるので,私は木製のものを使い捨てています.
計量スプーンはリングでまとめられたものは使いづらいので無印良品のものを使っています.
カップは一応耐熱ガラスのものですが,ぶっちゃけなんでもいいです.
お勧めは http://www.amazon.co.jp/dp/B0068C2X5E これです.
電子スケールが便利です.アナログとそれほど大きさ変わりませんし.
ただ,一人暮らしの料理スペースだと邪魔になる可能性すらあるので
料理が趣味になり,レシピ通りしっかり作りたいという人向けです.
そういった人にしか必要のないものの代表がフードプロセッサーです.
食べたくなったら気軽に外食できるのが一人暮らしのいいところです.
使った後洗浄するのも面倒だし,調理ばさみと違って値段もするので,
今度引っ越すところはとても狭いので物がほとんど置けない。だからいろいろと捨てざるを得ない。いつか見返したら懐かしむこともできるだろうけどもう必要なさそうだという品も、嫌な記憶を思い返したくないから確認だけして書類の山の中に突っ込んでいた事務的な郵送物も、あれも、これも捨てた。
だんだんモノが片付いてくるにつれて身辺整理してるみたいな気持ちになってきた。
自殺を考えるも散らかった家の中を片付ける気力がわかず、そんなキッタナイ部屋を私の死後に片付ける両親を想像して死ぬのもめんどくさくなり、そのまま寝たという事もあったなあ。
まあ、その後もうそれすらどうでも良くなってしまって死ぬ予定の場所に向かったら工事中で入れなくて失敗したんだけど。
部屋が片付いてきたら、あれ?これそのまま死ねばさっぱりじゃないか?と脳裏によぎる。この前見てきたら予定地の工事は終わっていた。
新生活が始まるけど、今年一年のしんどかったことはまだ片付いておらず負債がたっぷり。あーあ、死んじゃおっかなあ。ふらっとさ
プログラミングや工作系は始めてから長いこと経つが、たまに思い出したようにやるくらいで毎日はしていないし、最後まで完成させるほどやる気が続かない。
部活などで運動するのは好きだったが、部活に入っていない今は運動後に汗を処理しなきゃいけないのや翌日体が痛くなることを考えると自発的にやろうとは思わない。
誰かに誘われたらやるけど。
小さい時から好きだったゲームは起動してからスタート画面が表示されるまでの時間で萎えてしまい全然やっていない。
また特に気に入ったゲームも成績に伸び悩んでからはプレイする頻度が急激に減り、今は気分転換で軽くプレイするぐらい。
音楽は毎日のようにsoundcloudで垂れ流ししているが、何のジャンルが好きかと聞かれるとうまく説明できない。
アニメは録画鯖を立てて観ているが、どんなに好きな作品が出来ても数日経てばキャラの名前や物語を忘れてしまう。
ここ1年位は消費するのが面倒になって週1本くらいしか見ていない。
もう30分間画面を見続けるのが辛いと感じるようになってしまった。
最近はtwitterのTLかはてブの新着・人気記事一覧を眺めていることしかしていない。
何もしなくても新しい情報が入ってくるのが楽しすぎてやめようと思ってもやめられない。
今年入籍した。
今は結婚式の準備や新生活で忙しいけど、そのなかでイラッとしたことがあった。
友人2人の二次会の出欠の返事が来ない。欠席ならまだしも、返信すら来ない。
その2人は高校時代の仲良し6人グループ(うち4人既婚で自分は4人目)のうちの2人で、先に結婚している。
自分はその2人の結婚式にも参加したし、他の4人とお金を出し合ってお祝いも送った。
「私はちゃんとお祝いしたのに!」と思って、怒りがわいた。
でもふと考えてみると、怒りしかわかなかった。悲しい、とかはない。
なぜか考えてみた。
確かに高校時代は仲良かったかもしれない。けれど卒業後、1人目の結婚式で全員呼ばれるまで(今考えれば人数合わせだけど)、再会しなかった。
再会を機に近所に住む子(例の2人ではない)とは頻繁に飲みに行くようになったけど、6人で会うのは結婚報告か結婚式でしかない。普段連絡も取らない。
つまり、結婚式だけの関係だったということ。別に仲良くないのだから、お祝いしてもらえなくても当然かもしれない。
その2人にとっては、私は友人ではないってことだと思う。私にとっても。
今は二次会に招待してしまったことをとても後悔してる。5人のうちで、仲の良い子だけ呼べばよかった。
5人全員呼ばなきゃって思い込んでいたけど、よく考えれば、別に仲良くない人を呼ぶ必要ってない。
その一方で、呼んだら喜んでくれた人や、お祝いまで贈ってくれた人もいた。
で入居一ヶ月前というドタキャンだった為、当然手付で入金
したウン百万は戻らず水の泡となりました。
分譲マンションを買うという事は、私達のような事もあるん
だと思っていただければ幸いです。
参加しました。
受付を済ませ入室するとテーブルが入居階毎に設定されてお
り、入居後のコミュニケーションを想定した席次となってい
ました。私達のテーブルに向かうとそこには高齢のご夫婦と
少し身体を斜めにして身体を揺すったり手を叩いたり大声を
とはすぐに分かりました。
身は「まあこんな事もあるかな」程度に考えていました。
に自己紹介をという流れになりました。
「ああああかあかかかかか!!!!!」
にご夫婦でなだめていたのが印象的でした。
あまりにも大きな声だったので他のテーブルもみんなこちら
を振り返るほどでとにかく面食らったのを覚えています。
体格も柔道をやっているような大柄でした。
もありますが、みなさんと一緒に楽しくすごしたいと思い
んを押しのけて私の妻に向かってバーっと抱きつく勢いで手
○○さんは押さえつけられても顔をブンブンふったり、何か
歌ったりテーブルを叩いたりしていました。
ちの方への接し方としては間違っていたかもしれませんが、
ず押し黙っていました。旦那さんは○○さんを押さえつけな
何故か奥様は○○さんをなだめるだけで、全くこちらを位に
声が耳に残っただけで、後の自己紹介は全く覚えていません。
妻を引っ張っていくような形で連れて行きました。
先ほどの私達のテーブルの騒ぎを見て私達のテーブルに近づ
話こそ無難に盛り上がりましたが、「ああ、あの人がいたテ
ーブルの方ね」という哀れみというか少し距離を取ろうとす
いてその世話をする高齢のご夫婦の姿がありました。
ました。
帰りの車内。
妻は一言も口を利きませんでした。
正確に言うとそれから数日間口を開いてくれませんでした。
私は最後の望みをかけてずっと世話になった営業マンに部屋
で仮に他の販売マンションを紹介するにしても解約は免れな
存知で、全く私達を引き留めようともせず淡々と現状出来る
ことを説明するだけだったのが印象的でした。
「解約しよう」
妻には私から打ち明けました。
確かに何百万も払った手付金が戻ってこないのは残念だけど
と口を開いてくれました。
解約なんて本当にあっけないもんです。
オプション改造分の違約を請求されたりしたらどうしようと
思っていましたが、手付を放棄するだけで解約となりました。
大変だったのはその後で、ギリギリすぎてその時住んでいた
いで引っ越したことです。
す。
ない人も分かりあって生活していけると信じたいです。でも
てくれた忘れられない出来事でした。
気合一発、春日部の野原一家からフアレスのノハラ・ファミリアを目指す。まずは地道にご近所づきあいからだ。ジャパニーズ・トラディションである引越しそばを振る舞おうとする。
ところが、誰も受け取ってくれない。地元住民はみな警戒心まるだしで、野原一家を寄せつけようとしない。陽気なラティーノの国と聞いていたのに、聞くと見るのとでは大違いだ。
なに、よそものなんて最初はどこの国でもこんなもの。時間をかければきっと仲良くなれるさ……夕食のテーブルに並んだトウモロコシ粉製の本場のトルティーヤに舌鼓を打ちつつ、四人は新生活に思いを馳せる。
だが、その家族の団欒には一匹、足りない。夕食の時間だというのにシロはどこへ? 慣れない街で迷子になってしまったのだろうか?
就寝の時刻をすぎても戻ってこないシロを心配して、しんのすけが探しに行こうと言い出す。今日はもう遅いから、とためらうみさえ。ひろしが家長の威厳をもって立ち上がり、おれに任せろ、と鷹揚にわらう。しんのすけはお留守番な、お兄ちゃんは妹を守る義務があるだろう?
夜が明けてもひろしは戻ってこない。
「ただのペット探しじゃないんです。大の大人がひとり行方不明になってるんですよ」
机を叩いて抗議するみさえ。だが、応対した警官は苦笑して肩をすくめる。
「日本の奥さん、この街で一年に何件殺人が起きてるか、知ってますか」
「三千六百人((2013年は500件程度にまで減少))です。フアレスでは一日におよそ十人のペースで人が殺されてるんです。事故や病気での死じゃない。脳髄を銃弾でぶちぬかれてたり、生きたままマチェーテで首を切られたり、バットで全身をボコボコに叩きのめされたり……そういう方法によって二時間半ごとに人間が不本意な死を迎えているんです。でもそいつらはまだ幸せなほうですね。死体も残らない死に方をしている人間となると、果たして何人いることやら」
絶望と憤慨が入り混じった名付けられない感情を奥歯のあたりで噛み殺しながら、みさえは新居に帰宅する。居間で、しんのすけがテーブルに乗った見慣れぬアルミの缶ふたつを茫洋と見つめていた。缶にはコーヒー豆を写したラベルが貼られている。日本で市販されていたものとは違い、巨大で、威圧感すらただよっている。海外はなんでも日本より大きいと聞くけれど、コーヒー缶までビッグサイズなのかしら?
「しんのすけ、なにこれ?」
「さっき知らないおじさんたちが来て、『先日のそばのお返し』だって。『この街の特産品だから、ぜひどうぞ』って置いてった」
『特産品』。警官のツアーガイドを聞かされたみさえには、なんの変哲もない穏当な単語が不吉に響いた。そもそも引っ越しソバを受け取ってくれた人はいなかったのではないか? 騒立つ胸をおさえ、凶兆を否定しながら缶に手を伸ばす。
「『必ず、お母さんといっしょに開けてね』ておじさん言ってた。だから、オラ、ずっとみさえを待ってたんだゾ」
嘘だ、とみさえの直感が告げる。しんのすけなら、そんな言いつけはきかない。さきに缶を開けようとするはずだ。事実、缶は蓋のしまりが甘い。ずさんな隠蔽工作、しんのすけらしくないミスだ。
らしくない、といえば、なぜしんのすけはこんなに平坦な口調で喋るのだろう。
なぜ缶をじっと見つめたまま動かないのだろう。
「缶の中身なんか見なかった……」
なぜこんな温度の低い瞳をしているのだろう。
あらゆる情報が、缶を開けるべきでないとみさえに警告を発していた。「それ」には決定的ななにかが入っている。開けてしまえば、もう戻れない。だが、止められない。みさえは蓋を回す。
---
きっかけは忘れたが、デイリーポータルにはまって、大塚さんの書く文章の虜になった時期があった。
中学生の頃。当時私は転校をして、今までの自分全てを変えたかったけれど、何もかも上手くいかなくて何もかもに傷ついて、人とちゃんと付き合うことも出来なければ引きこもる勇気すらなくて、居場所がなくて辛いのにプライドだけは人一倍高く、泥のような毎日。インターネットを心の拠り所とするのは必然的な流れだった。
大塚さんの文章の一つ一つ、写真一枚一枚はそんな不器用な私の心理を見事についていた。
デイリーの過去ログを全部読んで、ブログの過去ログも全部読んで、ネットラジオも初めて聞いた。
メールを出して、その返答がブログにアップされた時には読者全てにこれ私です、と言って回りたいほど感激した記憶がある。(当時の紙の日記にも書いている)(http://blog.hibi.her.jp/?day=20050401)
東京でデイリーのイベントに行って本人にお会いしたことも一度ある。人見知りでほとんどろくにお話はできなかったが。
次第に私の頭は自分の恋の行方や進学や部活でいっぱいになり、デイリーポータルを初めとする当時の有名テキストサイト日参もおろそかになった。大学に入学するころには新生活に夢中になってインターネットから離れていった。当然大塚さんの事もほとんど考えることがなくなった。
これで良いんだ、と思った。インターネットばかり見てなくても寂しくない。
今更都合のいい話かもしれないけど。今になって、もっとちゃんとお話してみたかった、あまりにも立場が違うし、合う話なんて何もないかもしれないけど。
あのときのグラグラ揺れていた女子高生は、大塚さんの記事もおかげもあって、なんとか思春期を脱出して生き延びることができました。
生きる支え…とまでいうのは語弊があるけれど、大塚さんの記事をよんでホッとしたり、泣いたり、救われるような気分になったことも何度もあった。ありがとうございます。
繊細で、不安定で、アンテナを貼りめぐらせていて、時々自分の中の澱を文章でぶちまけていた、その少し危ない感じが、目が離せなくて追いかけたくなった。
これはひどく狭い世界の話だ。
要するに、
創作関係のコミュニティで内輪揉めを引き起こして、
結局なにひとつ現状は変わらなかった、というだけの愚痴だ。
数年前からそのコミュニティに参加し始めた。
「コミュニティの一生」というコピペがあるが、
あれでいえば俺はちょうど面白い人とつまらない人が入れ替わる、
その一番最初に来たつまらない人、という位置だろう。
当時はにぎわっていた。
最初にその場を耕し、育てあげた人々はみな何らかのノウハウがあった。
意外にも、本来いるべきその道の専門家は少なかった。
むしろ優れた部外者たちの試行錯誤やぶつかり合いが場を育てた。
たとえるなら、
トランペットを小学生の頃から続けてきたベテランが、
その経験を活かしてセンスある創作料理を次々と生み出すようなものだ。
それほどに無関係な分野の人たちが、
「その道の専門家」を圧倒する勢いで傑作を生みだしていった。
自分は以前“その道”に近い場所にいた。
だからはじめ、彼ら先駆者よりも自分の方が優れたものを生み出せると、
そんな驕った考えでその場に近づいていった。
そして打ちのめされた。
最初の半年か一年くらいは、彼らの生み出した言語の習得に追われる日々だった。
夢のように充実していた。
彼らは小手先の作法などでなく、本質を素手で掴まえようとしていた。
最盛期は「いかによりよいものが作れるか」と夜な夜な語り合い、
酒を片手に垂れ流すようなバカ話も交えつつ、
時には場を凍らせるような尖った言い争いを起こしつつも、
全体としては実りある技術論をしていた。僕にはそう映っていた。
みんな、過去の話だ。
やがてある時から、人の気配が減り始める。
そのコミュニティがどこまでも膨張していったが、
筋違いの非難や関係者への人格攻撃も増えていった。
先駆者たちの多くは、そこらで別の居心地良い場所を探し始めた。
自分も彼らの後を追ったり、まだ元の場所に居着いていたり、
あるいは全く別の場所に触れてみたりしつつも、
心まではコミュニティから離れられずにいた。
衰退以前から、コミュニティ関係者の間ではSNSが普及していた。
SNSは確かにコミュニティ活性化の起爆剤ではあったが、
同時に終焉へと向かう引導でもあった。
当初の目的を外れた雑談や日常生活での愚痴などが空間を占め、
居心地の良い場所となっていった。
そこは創作行為をしなくてもぬくぬくと過ごせる場所に変わっていった。
世代交代はゆるやかに進んでいった。
かつての先駆者たちが作り上げた傑作に魅了された、新しい作り手もやってきた。
だがすでにそこは見えないルールでがんじがらめとなっていた。
尖った作品、極端な作品は叩かれ、無難なものだけが場を占めるようになった。
それどころか、作品の評価と作者の評価が混同されはじめ、
「SNSで良い顔をしている作者は叩かれない」という
あまりにも本末転倒した状況が生まれつつあった。
コミュニティから生まれた作品を保管するサイトの運営もまた、世代交代した。
以前の運営はコミュニティ参加者とは一定の距離を保っていた。
必要最低限のことしか話さず、任務を遂行していた。
運営が引退すると、別の参加者が次期運営に名乗り出た。
それから運営が交代し、ついにSNS参加者の手に運営が移った。
その運営は作品への非難を許さず、すべてに全肯定で返した。
作者の人格をキャラ化してSNS上での人形遊びにかまけては、
作者と作品の安易な結び付けを積極的に促した。
作品非難に対しては、その質を問わず断固たる態度で臨み、
場合によってはアクセス禁止を断行した。
ユートピアによく似せたディストピアがゆるやかに形作られた。
以前はどうだっただろう。
かつてはつまらないものはつまらないと叩かれ、
時には手ひどい長文バッシングやアンチのストーキングさえも起きていた。
だが、それは間違いなく健全な場所だった。
飛び抜けて優れたものが絶賛を超えた絶賛を受け、
見るに堪えないものはこっぴどく叩かれる。
だが、そうした歯に衣着せぬやり取りこそが、
本当の意味で作品に触れることでもあったのだ。
現在、そのコミュニティには酷評も絶賛もない。
悪いものには反応がなく、
よいものにも「お疲れ」「よかった」程度の寒い拍手が並ぶ。
中身を見てなどいないのだ。
現在でも本当に飛び抜けて優れた作品が生まれるが、
参加者にそれを賛じるだけの語彙がない。
この語彙というのは単なる辞書的な意味ではなく、
作品を底の底まで見抜く目と、それを素直に口にする心意気だ。
今は作品ではなく、生身の人間としての作者との馴れ合いが優先される。
彼らは何を作り上げるかではなく、儀礼で作った愛着にしがみついているのだ。
私はコミュニティにとって老害だ。
本当はすでに別の場に片足どころか重心まで移しておきながら、
さらに当時のコミュニティで腕を奮っていた作者たちをそこに呼び寄せながら、
こうして元居た場所を憂う資格など、本当はないはずだ。
けれども、もし、と考えてしまう。
もしこの場で、
かつてのように良いものを良いと、悪いものを悪いと言えたら。
言える人物がいたら。
まっとうな評価があれば、少しは何かが変わるだろうか。
風を起こせるだろうか。・・・そんな夢物語を考えてしまう。
ディスコミニケーションが極右思想をそそのかしてしまう。
そこで、修羅の仮面を被ってみた。
最盛期よりも過剰に、気に入った作品を絶賛し、
逆に気にくわない作品を立ち直らせぬほど叩き潰した。
実作評価とコミュニティ評価の乖離した作品は許さなかった。
借りてきた怨念を込めて、身体に空く穴もいとわず、
保管庫とその運営に向けて呪いをぶちまけた。
耳に入る同志たちが影でささやいた恨み辛みを糧に、
自分が真っ先に身をなげうって、
「健全な精神」の持ち主が後に続く道を切り開こうとした。
もちろん、そんなことで現状は何一つ変わらなかった。
今でも参加者はいちゃいちゃと馴れ合い続け、
自分の酷評に対しては見当違いな人格非難で憂さ晴らししてやり過ごし、
彼ら参加者は己の手で愛すべき土地を汚して踏みにじっていることに気づかず、
ぬくぬくと余生を過ごしている。
恥知らずにも、その手は未だに僕や出て行った人々にまで向いている。
突き返して叩き落としても、彼らに言葉は通じなかった。
反吐が出る思いだ。
だが、祖国に泥を擦り付けたという点では、自分もまた同罪かそれ以上なのだ。
先駆者たちは正しかった。
何もせず、すっと離れる方が殉教などより遙かに賢い選択だった。
中でも先陣を切った人は、コミュニティの樹立どころか、
人が集まる気配すらも避け続けているように見える。
根無し草というより、難民のような様相だが、
己の創造性や価値観を守るには賢明な選択なのだろう。
作品の質云々も、手前の好みにすぎないと言われても反論しきれない。
現運営が理想主義者の皮をかぶった独裁者であるのと同様に、
自分もまた、ある種の独裁的思考の持ち主にすぎない。
「ユートピアを語るものは、そのユートピアでの独裁者である」
そんな言葉を何度となく噛みしめる。
ちょうど一連の出来事は、例のISILの事件と同時期に起こっていた。
比べるのもばからしいほど規模の違う話だが、
テロリストになるとはこういうことなのか、と共感してしまう自分がいる。
僕はもう諦めてしまった。
例のコミュニティから距離をとりつつも、へらへらと生きていくのだろう。
死んでいく老兵の遺言として、この文章をのこす。
さあ、四月から新生活だ。
がんばるぞ
たくさんのシステムがある中、保守する人が大規模案件に連れて行かれいつの間にか担当システムが増えている。
それはいいんだけどさ、1回も触ったこと無い、障害対応もしたこと無いシステムのメンテ費用見積もれって言われてもわからんよ。。。
まず業務がよくわからん。いや、業務は何とか理解しようと努めているけど、メインフレーム上で山のようにバッチ処理があるって時点で体が拒否反応起こしちゃう。
プロセス見てもいろんなところからデータ引っ張ってきてるし、いろんなデータ吐き出してるし、途中でワケワカメになって最後まで辿り着けない。
機能全体通して検証するって言われても、どんなデータが必要でどういう順番で処理してなんか把握しきれないし。
それでも考えて前任者に確認して、「いいんじゃない?」ってなって一度は見積もり提出したけど、今日見てたらちょっと違うんじゃ?ってところ出てくるし。
明日は協力会社さんに説明するんだぜ。説明ってか相談だな。開発時のメンバーだって言うし。
もうこりゃ任せっるきゃない。何とかなる、いや、何とかしてくれ!
あーもーやだなー。なんでこんなに後ろ向きな気持ちなんだろう。
仕事やめる?
できないよねー。
でも仕事イヤだなー。
よう、冬季オリンピック正式種目化を目指して、クリスマス・男子シングル&女子シングルの練習に余念がないな!
あと一週間遅ければ「オレ日本の未来に真剣だから政治活動してたんだ」って言えたのにな。
まあ期日前投票も別にペナルティーとか無いから、今日行っちゃっても良いんだけどな。寒波がな。
さて、家を買うだ建てるだってのは大抵の場合オオゴトなんだが、実はイメージが大きく影響する。
・偉そう
・息がくさい
・すぐローンの審査申し込ませようとする
・考える時間を与えずハンコ押させようとする
コレ、冗談だと思った人が多いだろうし本人も冗談のつもりかも知れないが、笑えない。
実は、家の購入を印象と勢いで決める人は意外なほどに多い。
そこで、最低限これぐらいは考えても良いよなぁという点だけ愚痴っておきたい。
限られた土地に身を寄せ合って定期的な嵐や雪に耐え、
凍えるような寒さになったり焼けつくような熱さになったり嬉しいぐらいに住みにくい。
ホーンテッドマンションの事じゃないぞ。高温多湿低温乾燥を繰り返す我らが日本の話だ。
そう、環境が特殊でちょっと尋常じゃないエクストリーム住まいなワケだ。
東北地方で「東風吹かば」とか菅原道真でもグーで殴られるレベルの暴言であって、
つまり「京都だけが日本じゃねえよ、やませとか勘弁してくれよマジで」であって、
要は日本は土地土地によって大きく異なりますよ、という普通の話をしたいわけだ。
一般的にはとか、平均的にはとか、人は周りの影響を結構受けやすい。
奥さん食器洗い乾燥機のビルトインとか普通ですよ最近は床暖房も皆さんお使いですよ畳は和紙が流行で、なんてな台詞は良く言うわけだ。
で、最近は映画でニュースとか見ないだろ。スマホだろ。口コミも世界規模ですよ奥さん。
するとどうなるか。
旭川ぐらい判りやすいエクストリームっぽさがあれば、流石に那覇を参考にはしないわな。
じゃあ、滋賀と茨城だったらどうだ?神戸と横浜は似てるか?江戸川と練馬ならどうだ?
大手町と八王子でずいぶん気候が違うのは頭では理解してても、建築になると忘れがちだ。
人はパンのみにて生きるにあらず、生まれ変わってインドで修行してえなあと思っても、とりあえずは現世で頑張るしかないわけだ。
じゃあ、せめて我が家は住みよくしたいな。
ただ、鉄骨鉄筋コンクリート構造(SRC造)は、木造軸組構法より頑丈だ。
床上浸水も河川の決壊も、マンションの高層ならあまり関係が無い。(まあエレベーターは結構浸水に弱いが)
いまさらっと書いたが、マンションってのは土地の有効活用って意味に加えて、
富豪じゃなくても鉄骨鉄筋コンクリートの家を建てられるってポイントがあるわけだ。
みんなでちょっとずつわけあってだが。
違うが、やっぱり強いのは鉄骨鉄筋コンクリートなわけだ。
東京の旗竿地で既存不適格な木造一軒家リノベーションして賢く新生活だ!ってのは、止めないよ。
京都は町家を残そうと必死だし、実際古い木造建築には味がある。
それが悪いとは思わない。
良くも悪くも、日本ではまだまだ「どこに住んでも同じ」とはいかない。
そりゃ、息さわやかで買ってくれるならミントタブレットぐらい常時バリボリやりますわ。
営業員は売った家には住まないぞ。住むのは買う人だ(借りるのも同じな)。
それを忘れないで欲しい。じゃ、選挙には行けよ!
昨日から増田を始めてみたが、17もブクマがついて驚いている。
ただの日記だが、心理学者の河合隼雄氏が言うように「抽象的な研究成果より、個別の事例報告の方が面白いし役立つ。」のかもしれない。
しかしあくまでも自分のために書いているので、読みにくい点については申し訳ないです。
昨日よりも1時間早い。
しかし今日は温めたご飯の塊が大きかったため、お茶漬けを食べるのに1時間以上かかった。
我ながら、この食の遅さにはガッカリする。
その後、外を散歩。
今日は曇っていたが、さすがに正午になるので少し汗ばむ。
20分も歩くと、随分と頭がハッキリしてくる。
20代の頃は、よく「今日のテーマ」なるものを設定して生きていた。
最近は忘れていたが、試しに復活させてみようかと思った。
「昨日を踏まえて生きる。」
つまり、昨日の生き方をさらにブラッシュアップして生きてみるということだ。
なるほど、今日はそんな感じのことを思いながら生きてみようか。
そのままコンビニに寄り、アップロードしておいたWiMAXのお試し申込書を印刷する。
帰ってからそれを記入し、再度コンビニに行きポストへ投函した。
そして昨日と同じくアイスコーヒーを飲みながら電子書籍を読む。
iPhoneアプリのKindleは、手軽なのは良いがちょっと目がつかれる。
ちょうどKindleペーパーホワイトのお試しキャンペーンがやっているので、アマゾンさんから借りてみようか。
雑事をこなしているうちに夕方となり、天気も崩れてきた。
15分位で、急に土砂降りになった。
なんとか糞だけさせて、全身びしょ濡れになって帰ってくる。
日本の夏だな、と感じた。
不安感が和らいだのは良いが、マッタリしたまま時間が過ぎてしまった。
夕食のあと、真っ暗になった外を歩きながら友人と電話をする。
自分の話を聞いてくれる人がいるのはありがたい、と思った。
そのために近所でWi-Fiが使えるところを探してみよう。
美味しい。
お腹が膨れると頭がボーっとしてしまうため、アイスコーヒーを作る。
それを持って自分の部屋に戻り、ウダウダとする。
着手金30万。
痛いが、これも必要経費だと割り切ることにした。
今は実家に戻っている。
精神と肉体の健康を取り戻し、相手へ対処し、違った収入源を確保するための研究をするためだ。
ワイマックスのお試しに申し込むためだ。
しかし、行ってから分かったがヤマダ電機でのお試し申し込みは1年前からやっていないそうだ。
現在は、UQ Wimaxの公式サイトからのお試ししかできないとのこと。
しかしそれも携帯メールが必要だとのことで、しようがないのでPDFをダウンロード、郵送にての申し込みになる。
面倒くさいな・・・。
そして今までは、その新生活の面倒臭さを含めて楽しんでいたではないか。
確かに紛争というストレスを抱え、親元というストレスを抱えてはいるものの、そろそろそれを楽しむ術を身につけても良い頃合いだろう。
懐いてくれているので大変うれしいし癒される。
また、日中など車が借りれるので、喫茶店でパソコン作業ができる。
・・・まぁこれは、ワイマックスが届いてからなので1週間後くらいになりそうなのだが。
そういえば最近食が細い。
元々細いのだが更に細くなってしまった。
しかたがないので、午後4時くらいにマクドナルドのハンバーガーなど間食、そして夜食を食べるようにしている。
少し考える時間があると紛争のことを考えネガティブな思いが去来して胸が苦しくなる。
そういう時は、呼吸に集中するようにしている。
これは便利だ。
また私はお酒を飲まないが、親が飲んでいる時に一口貰うことがある。
そうすると、頭がボーっとしてあまり深く考えないようになる。
「こりゃ、いいや。」と思うのだが、翌日は身体がだるい。
そこで今CBDオイルを飲むのを試している。
なぜなら、大麻の茎からCBD(カンナビジオール)という成分を取り出しているから。
これが法律で許されている茎や種以外、つまり葉や花から取り出していたり、またTHCが成分だと法律に引っかかる。
THCが大麻の「楽しくなる」成分で、CBDは医療大麻として使われる「まったり」成分なのである。
だから残念ながらそういった楽しみ方はできない。
「まったり」したり、眠りが深くなったりするのだ。
しかし私の場合、お酒のように翌日頭が痛くなったりダルくなることはない。
この時期暑いので、主に夜出かけるのだが、昼の散歩も良いが夜の散歩もまたいい。
視界が暗いので、自分の心と融け合うような感じもする。
気温も体温に近いので、体ごと溶けていくようだ。
20分位歩くと、身体の姿勢もシャンとして、頭にも血流がいって段々スッキリしてくる。
明日起きたら、試してみようかな。
そう思い、目覚ましをセットする。