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はてなキーワード: ディスコミとは

2019-06-11

anond:20190611171253

正義に反する者を悪と断じ、正義の味方に反する悪の敵が徹底的に追い詰める。

Twitterはそんな悪の敵が蔓延ディスコミュニティだと分散SNSへと一部のユーザは逃避した。

我々はそろそろ勇気を持って認めるべきだと思う。

Twitterと利用する多くのユーザは公正、平等自由博愛倫理法治人権平和etc...健全を重視して運営コミュニケーションしようと模索し続けており、その結果がディスコミュニティ化してしまった現状であると。

少年少女の時分で胸に秘めた正義の味方であるアンパンマン仮面ライダーウルトラマン戦隊レンジャーセーラームーンプリキュア魔法少女が今アナタのような言動を取るか?

スゲー熱量だ。いやその通りだよTwitter正義の味方なんか居やしない。

タイムラインが闇堕ちする仕組み」に欠けている視点

タイムラインが闇堕ちする仕組み

https://note.mu/fladdict/n/n2984690f10a0

深津さんのこのエントリ、非常によくまとめられていてわかりやすく、個人的にも高く評価したいのだけれど、インターネットと共に育ってきた身(現在30代)としては欠けてる視点があるなと気付く。

先ず1つ目の欠けてる視点として例えば「2ちゃんねるではディスコミュニケーションを前提とする掲示板もしくはスレッドしかディスコミュニケーションほとんど発生していなかった」という点。

この「ほとんど」という部分が重要で、人間がいっぱい居れば口論が発生してしまうことは往々にしてあるので「絶対に発生しなかったわけじゃない」のは当たり前の話。

ディスコミュニケーションを前提とした掲示板って今でも一部で悪名の高い『生き物嫌い板』とかだよね(※動物愛護者はググらない方が精神衛生上良い。これは本当に心から善意博愛精神を持って全力強力に要請したい。ググるな知るな見るな)。

そして更に欠けている視点と言えば、これたぶん現在40代以上にはまったく知らないか、もしくは知っていても下らなすぎて一切関わりを持とうとせず内容を知らないユーザが多いと思うんだ。

それが何かと言えば「過去インターネットには『喧嘩板』と呼ばれるディスコミュニケーションを前提としたディスコミュニティ存在した」って点。

この喧嘩板はlivedoorしたらば掲示板へ各々のコミュニティ所属するユーザが好き勝手に設置していったもの2ちゃんねるには存在しなかった。

その喧嘩板の黎明期は各コミュニティ口論が発生した際にそのコミュニティ雰囲気破壊しすぎないようにユーザが各々に自浄作用として「オイちょっと体育館裏に来いやクソボケ!」的に設置するものだった。

まあつまり端的に言えば「口論をするため2ちゃんねるの外に設置された掲示板」ってわけだ。

しかし次第にその当初の目的は薄れていって(ストレス解消のためか)本当にどうでも良い理由口論することが目的2ちゃんねるの外の掲示板になっていったんだ。

悪ノリが過ぎる2ちゃんねる運営ですらここまでストレート口論するためだけが目的掲示板は設置していなくて、そのためか深津さんは「コミュニティ自浄のためのコミュニティ設立」「ディスコミュニケーションをするためのディスコミュニティ」を認識できていないんだよね。

こういうコミュニティ面白いところは現在のみんなは理解できるだろうけど「現在喧嘩板は廃れている」ということだね。

現在2ちゃんねるユーザ数が減っているとはいえ、完全にコミュニティ崩壊したのか?といえばそうではないとみんなは知っているはず。

少なくとも一定需要があった喧嘩板が廃れ、2ちゃんねるコミュニティが存続しているという事実は深津さんのエントリでは説明が付かない。

2ちゃんねるが存続している理由、これはおそらくきっと「喧嘩板は口論のたびに設置されることが多く、設置目的からして喧嘩板の寿命は非常に短かった」というのが関係していると思われる。

喧嘩板は2ちゃんねるコミュニティ崩壊しないよう、まるでアポトーシスのように2ちゃんねるの代わりに早々その役目を終える運命だったんだ。むしろその短命こそが目的だったとも言える。

改めて2ちゃんねるディスコミュニティ化を防ぐやり方を振り返る良いタイミングなのかもしれない。

  1. 大まかなジャンル掲示板を設置する
  2. 口論が起きるとユーザ口論用のスレッド作成する
  3. 口論収束せず口論用のスレッドが乱立するとlivedoorしたらば掲示板喧嘩板が設置される
  4. それでも口論収束しない場合運営に訴え出て新たに隔離板が設置される

まり2ちゃんねるでは問題が起きるたび枝分かれのように分岐してディスコミュニティ化を防いできたんだ。

ただこれは2ちゃんねるのみで起きたことではない。実は現代(平成終期)のTwitterでも確認している。

それは何かと言えば、Twitterディスコミュニティ化したと捉えた一部のユーザ分散SNSMastodon移住した件だ。

分散SNSはその大半がオープンソース提供され、各自自由に設置できるSNSだ。大小の規模を問わず分散SNS同士が相互接続することでコミュニティ形成している。

その流れの中で生まれたのが「テーマサーバ」と呼ばれる分散SNSサーバで、分散SNSを設置する際に音楽テーマイラストテーマなどお題目を掲げ、ゆるく話題を絞るという試みが起きた(このテーマ絶対基準でなくテーマに合っていない雑談をしても叱られることはない一応のお題目だ)。

2ちゃんのる的に言えば「専門板」に該当し、ゆるく話題を絞ることによって大幅な「板違い」を防ぐことが狙い。あまりにも自由だと怪訝な表情を浮かべざる得ない発言が目立ってしま可能性があるからだ。

分散SNSは「自由」に関してばかり着目されることが多く「ユーザ自由を縛る中央集権や、ユーザ発言価値観中央判断することへ対してのアンチテーゼである」ということが注目されやすいが、実はそればかりでない。

Twitterを例にすると、Twitter運営TwitterでなければならずTwitterを愛するユーザは決して認めないだろうが、分散SNSユーザはすでに「Twitterディスコミュニティである」と見做している。

Twitterを愛する者からすると多くの反論があるだろう。しか現実として分散SNS移住したユーザ代表格として一部のユーザTwitterというコミュニティを見限っている。

Twitter喧嘩板のような口論をし他者を罵るディスコミュニティだと烙印を捺したのだ。自身ルール押し付け合い、自身ルールに反した悪とみなせば徹底的に追い詰める。それがTwitterだと分散SNSユーザは言う。

突然、話は変わるが現在若者に人気のサブカルチャーコンテンツに「Fateシリーズ」という作品がある。

ゲーム小説漫画アニメと幅広くメディアミックスを展開する作品であり高い評価若者から受け人気だ。

そのFateシリーズに「アーチャー」と呼ばれる登場人物が居る。

詳細は省くが、アーチャーはもともと正義の味方へ憧れる少年であり、いつまでもその心を待ち続け、いつしか少年は成長し多くの人々を救ったことで正義の味方代名詞である英雄と称されるようになった。

そんな正義の味方アーチャーが登場するFateシリーズだが、長期シリーズでは付きもの登場人物がどんどん増えていくという長期シリーズの悪習を踏襲している。

そんな中で「オルタ化」と呼ばれる既存登場人物を再定義する設定が追加された。つまり同一人物ではあるが設定の違う二人目が現れたのだ。

もちろん既存登場人物の「アーチャー」にもオルタ化は適用された。ここでは「アーチャーオルタ」と呼ぶことにしよう。

アーチャーオルタアーチャー正義の味方たる魂が反転した存在という設定だ。なんだつまり悪役になったのか?と考えるのは誤りだ。

アーチャーオルタは悪を倒す。それも徹底的に追い詰め手段を問わず悪を殺戮する。悪を倒す正義の味方が反転した存在アーチャーオルタは「悪の敵」である

日本サブカルチャー界は2000年以降、これまで掘り下げられてきた「正義の味方」というテーマを非常に強く掘り下げてきた。もうそろそろ20年に到達する一大テーマだ。

ブギーポップは笑わない」「涼宮ハルヒの憂鬱」「とある魔術の禁書目録」「金色のガッシュベル!!」「機動戦士ガンダムSEED」「テラフォーマーズ」「僕のヒーローアカデミアetc...挙げればキリがないほど様々な正義の味方考察され描かれてきた。昨今の日本流行アメコミもその流れの一環だろう。

そんな正義の味方考察の中で対比として描かれたのが悪の敵アーチャーオルタなんだ。

正義に反する者を悪と断じ、正義の味方に反する悪の敵が徹底的に追い詰める。

Twitterはそんな悪の敵が蔓延ディスコミュニティだと分散SNSへと一部のユーザは逃避した。

2ちゃんのるの頃とは逆に喧嘩板を設置するのではなく、Twitter喧嘩板になってしまたからこそTwitterは最早手遅れだと自らがそんなディスコミュニティではないSNSを立ち上げていった。

これが現在マイクブログSNS世界だ。

しかnote2ちゃんねるSNSのように分岐してディスコミュニティアポトーシスができない。可能方法と言えば中央集権SNSと同様に運営物事の可否を判断することだ。

我々はそろそろ勇気を持って認めるべきだと思う。

Twitterと利用する多くのユーザは公正、平等自由博愛倫理法治人権平和etc...健全を重視して運営コミュニケーションしようと模索し続けており、その結果がディスコミュニティ化してしまった現状であると。

これらを訴えるアナタたちは決して悪ではない。しかアナタたちは正義の味方か?

少年少女の時分で胸に秘めた正義の味方であるアンパンマン仮面ライダーウルトラマン戦隊レンジャーセーラームーンプリキュア魔法少女が今アナタのような言動を取るか?

そして愛を唱え、自由を訴え、平和を願う者たちをWebサービスはどうやってコントロールすると言うのか。中央集権たるnoteにはそれができるというのか。

ディスコミュニティは悪が蔓延って生まれるばかりでない。ディスコミュニティは悪の敵が蔓延っても生まれるのだ。

この視点が欠けている限り絶対に上手く行かないと警告すると共に、noteが今後見せてくれるであろうイノベーションに強く期待したい。

2019-01-13

anond:20190113163143

お気持ち問題じゃなく、男湯追い出されるからだよ。

完全な男の体ならそりゃ男湯行くし、局部以外女性化してても女性用入れないから多くのトランス銭湯温泉自体避けてる。

その上で、一部で売り言葉に買い言葉問題化しただけな。

SRSって数百万掛かる上に2~3ヶ月は仕事できなくなる。

なので、女性ホルモン使って筋肉落ちて体型変わって胸が出来て女性仕事してても性転換はまだって結構いる。

トランスの多くは底辺しかない上に整形や薬で金欠デフォからね。

そういう人らはトイレ更衣室も含めてどっちからも拒絶されるとどうしようもない。

大抵はごまかしごまかしやってるわけだが、それもダメだといわれるとお手上げ。

・・・ってことを言おうとしてる一部トランス側と女装しただけの男を想定してる一部反トランス派のディスコミ合戦しかないよ。

2018-12-14

anond:20181214114026

互いにメリットがあれば導入検討します。首を締め合うことになると懸念してます

フォーマットに沿ったお答えが業務上必要なら作れや

リーダーごっこがしたいがために

俗人化したりクソくだらねぇディスコミュケーションで現場士気を落とすヤツは

切腹するか採用費や教育費を給与から払えやと思ってるよ

2018-10-24

anond:20181024174624

それは「苦い」って捨てられた渋柿アルコールで渋抜きして「うわ甘ぇ~」って食ってたら、

苦いっていった善意の人が「嘘つき!」って後ろから斬りかかられるやつですよね。

コミュニケーションに悪意の有無とかいう便利な判定基準なんて存在しないです。

みんながあなたの損得になんの関心もないだけです。

自分が得したい(少なくとも損はしたくない)とおもったら、

自分で「これは本当だろうか?」と問いを設定してググって深掘りしたり、裏返しの反対意見も見てみたり。

壁と思ってたところがはしごになって簡単に乗り越えられる知識さえ世の中にはあるかもしれない。

そうやって知識をあつめて決めた自分意見とか進路を、

次は世間にうまく表明したりしないといけないんです。

ググる前に学校にいってあらかじめまとまった形で大事なところだけ教えてもらう手もありますけど。

 

どうしても深掘りしきれず損得が判定できなかったらプロ相談してね。

あなたのおかれたこ世界が複雑であるという事実はかえられません。

プロもとりあえず説明努力はしてくれるけど、

どうしても納得いかなかったとしてもプロ世間を恨まないように。

 

あと、元増田の例示はフィクションばっかりですけど、

フィクションの一大テーマディスコミニュケーションを前提とした幸せの追求なのでそういう作品はどうしても混じります

いやだとおもったら「ごまかしのないハッピーエンドもの」ばっかり読んではどうですか。

2018-10-13

[] 【2】2018秋、ベトナムホーチミン

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anond:20181013201124





ベトナム名誉


両替に関しては、市内の両替商の方がレートがいいということで、空港では7000円だけ両替した。

小ぶりの札束を大量に手渡されたが、これがどれだけの価値があるのかさっぱり分からない。

札束に描かれているのは全部ホー・チミンで桁数も多く、なんかパッとみ どれも同じに見える。

要は慣れなんだろうけど、ベトナム人はよくこれで混乱しないものだ。


ネット情報でボッタクられないという噂のタクシー会社車両を捕まえてホテルに向かう。

いきなり問いかけられた言葉がわからないが、「I want to go hotel new world saigon.」というと出発した。

これ位のディスコミニュケーションを気にしては一人で海外旅行などできない。

もちろん日常会話の英語くらいは軽くこなせなければいけないというのは確かなのだが。


ホテルチェックイン時のディスコミニュケーションぶりもなかなかのものだったが、前回やらかしたチェックアウト時刻の確認も済ませ、無事チェックイン

New World Saigon Hotel歴史ある名ホテル日本で言えばホテルオークラのような格式で、通された部屋は「俺、一人でこんな部屋泊まったことないよ」というものだった。

タクシーに払った残りを落ち着いて数えたら1,016,000ベトナムドン。

もう一度言う。

どれだけの価値があるのかさっぱり分からない。

貨幣価値感覚が変になりそうだ。


タンソンニャット国際空港光景ちょっと元気になったものの、やはりメンヘラ直前の身でいきなり外食ハードルが高く、近くのコンビニ適当に買って夜食にすることにした。

まだ食欲自体はある。

ホテルのほど近くにサークルKがあるらしい。日本のそれと関係あるか謎だが。

サークルKまでは距離にすると100mも無いのだが、ベトナム交通事情というのが、これがいつまで経っても途切れないスクーターの波をタイミングを計りつつ渡る避けゲー状態で、僅かな距離をなかなか踏破できない。

これは油断すると死ねるヤツだ。

自律神経失調症で長期休暇を視野にも入れているというのに、蓋を開けてみれば交通事故で死にましたでは、なんだか話がよく分からなくなってしまう。

最新の注意を払い、ついでにコンビニサンドイッチカップ麺飲み物の代金も払って、なんとかホテルに戻り夜食にありついた。

日本人も含めてアジア人は大体カップ麺が大好きで、そうそう間違いなかろう、でもちょっと異国風味もあるかななんて期待していたら、出来上がったものはどうも味がない。

ベトナム料理はタイ料理と比べて優しい味わいであり、またやはり日本と比べれば完成度の差があるのかも、こんなものかな。

いやまてよ、自律神経失調症も重度になると味がしないっていうから、俺の味覚が妙なことになっているやもしれぬ、などと思って食い終わったら、調味袋を丸々1袋入れ忘れていたことに気がついた。

そりゃ味がしない筈だよ。

ベトナムカップ麺名誉回復する為に、俺は正しい調理法でまたこれに挑まなくてはならない。


【3】2018秋、ベトナム、ホーチミン Day 2|2日目 アリゾナ州立大学 へ >>

2018-09-06

anond:20180906090140

君の膵臓を~の原作テキストが無いので(電書は今日買った)盾の勇者比較になってしまうけれども、そこはゴメン。

例えばこのセリフ

「こっちの意思をどれだけ汲み取ってくれるんだ? 話に寄っちゃ俺達が世界の敵に

回るかもしれないか覚悟して置けよ」

「こっちの意志」ってのが話し言葉としては変。

なんでかっていうと、発音が「こっちのいし」であり、異世界にコッチ・ノイシという人がいたらその人を指す固有名詞かと勘違いしてしまうし、「いし」はEC(エレクトロコマース。電子商取引の略)なのか「医師」なのか「石」なのかがはっきりしない。

実際にこのセリフを音で受け取ったときに「え、いしって何のこと?」と聞き返される可能性はかなり高いだろう。

これが地の文にあるならおかしくは無いが、リアルコミュニケーションでいきなり相手意味確認が取れてないワードを使い出したら<あっ、これはダメなやつだ>って思うだろ。

こういうディスコミ気味なセリフがなろうの持ち味だってのは理解しないでもないけど、

流石に「こういう語で話す集団がいる」は想定としてはキツいよ。こじらせた陰キャじゃんか。

2018-06-03

おっさんずラブが大好評のうちに最終回を迎えたが

正直地上波でやるにはかなり勇気のいる内容だったと思うけど、このドラマのヒットによって

「結局のところクソフェミの嗜好に沿っていれば内容がぶっ飛んでても炎上しない」ということが明らかになりました。

ストーリーのもの純粋同性愛やら純愛やらを描いてるかもしれないが、「ドS巨根」なんてワードが出てきたり

これの性別が逆ならフェミがボロカスに叩く内容も少なから散見してる

これは本屋にレディスコミックが堂々と鎮座しているのと全く同じで、クソフェミは内容が卑猥だろうがなんだろうが

自分達の嗜好に沿ってさえいれば放置するわけで、差別だの教育だのなんか米粒ほども意識しとらんのだ

ついでに...

先日メシ屋でメニューを見てたら、レディスセットなるものがあって

量が小盛りで品数が多く、食後にスイーツがついてくるセットだった

これは女性は食べる量が少ないがいろいろな物が食べたい、更には甘いものが好きであろうという性別基準の決めつけだよね?

女性ガッツリ食べる人も、男性で少食な人は結構いる 甘い物は僕も大好きだよ

(まぁ事実、少量でいろんなものが食べたいという女性は僕の周りにも多かったけど)

しかもレディスセットは女性限定だったりするのだよ、ガッツリ食べたい女性は通常のメニューを頼めばよいが

少食な男性はどうしたらいいんだ?

はいえ、こんなもんはまったくもって矮小問題で、いちいち議論するようなことじゃない

マーケティング上正しいわけだし、少食な男性は通常メニューを頼んで多ければ残したりするだろうし

レディスセットが頼みたかったと悔しがる人もそんなにいないと思う

(逆にメガ盛りメニューメンズセットなんて名前がついてる店も稀にあるが、大体女性も注文できるw)

だが、クソフェミ自分利益にならないものなら、こういうどうでもいいような小さい事でも

さも大きい問題であるかのように騒いで駆逐して、世直しをした英雄かのように振る舞う

今回のおっさんずラブ炎上しなかったので証明されたと言っても過言じゃない

おっさんずラブという作品のものは挑戦的だし、作業中にAbemaで流してただけなのでちゃんとは見てないけど

真面目に見れば多分おもしろいんだろうな、とは思った。

2018-03-23

anond:20180323223045

寄生獣セイの格率」の様に現代にあわせたキャラデザなんだろう

で、それに原作絵師意見を言ったのが今回の騒動ってこと?

…正直さ?原作絵師自分意見を通すためにネット騒動を起こした訳でしょ?

そういうやり方って褒められた方法じゃないと思う

本来アニメ制作会社とのやり取りの中、関係者同士でするべき話

アニメ制作トラブル事故はあるし、そういう過程で起こったディスコミニュケーションだと思いたい

じゃないと火を点けたもん勝ちになってしま

2017-11-27

anond:20171127182756

そうですね、今とくにハマってるBLってなくて。あるとしたらブロマンス系。

自分は、キャラより、関係性に萌えるタイプかも知れないです。

今考えたら、そうだなぁ私も「壁になりたい」派になっちゃうかも。

当時はシチュエーション萌えだと思っていました。

余談ですが、左右ともキャラは好きでも、設定上嫌いな左キャラも描かないといけないみたいな部分もあって。

嫌いな左キャラ資料丸ごとトレースしてました💦今ならめっちゃ言われてたでしょうね。早めに辞めて良かった。

推しを生みたいは、面白いですね!奥さまの腐女子も知り合いにはいるので、そういうのもありなのかも!可愛いですね♪

ロマンティックの拗らせ先を、自分の肉体に昇華できない、性的には未分化というか、

経験の時期だけに(ローティーン20代半ばくらいだったので)BLへの過剰なあこがれ、蜜はあるのかなとも思います

あるいはエロスの拗らせ先かも知れませんが。そういう人はBLでなく、レディスコミックや、他に行ってたような。

一番多いのは自分を全く介入させない壁になりたい人達

あとは推しを産みたいとか母性目覚めさせてる人とか、受不在のガチ恋の夢女子なんかも多くなったよねー

自分の周りは、2次元現実の男の趣味は全く違って「攻とも受とも付き合うとかないわーw」と言ってる子が多いよ。

まあ、2次元フィクションからキャラの癖強いしね

ああ、私が同人やってた頃は、彼氏なんていなかったので💦💦まぁ2次元は極めつけのファンタジーですね!!!

2017-03-31

菊池誠どうしてこうなった

菊池誠という人がいて、一時はてな論壇においてそれなりの存在感を放っていた。

現在では一山いくらネトウヨおじさん程度にしか認識していない人もいる。もはや過去の人であると断ずる向きもあるだろう。

しかしながら、彼について再考することで、論壇で今も跋扈する科学非科学という対立軸を新たに捉え直す機会を持てる気がする。

というわけで彼の言説とその評価の変遷を追っていきたい。

菊池誠とは何をしていた人なのか。

2000年代後半。ニセ科学批判という社会運動が産声を上げた。

これは、自然科学に関する嘘をエビデンス棍棒で殴打するというシンプルかつ大変に社会的意義のある運動で、その倫理的な正しさからはてな市井で好評を博した。

この運動には様々な人が加わり、皆それぞれの専門分野に関する多種多様な嘘デタラメを殴り倒していた。

また専門分野のない人は、非専門分野に関する言説の妥当性をいか評価すべきかということについて学んでいった。

よくわからんという人はid:NATROM先生がたくさんいたと考えてください。

当時その運動の中心にいたのが菊池誠である

ニセ科学ニセ科学批判

ニセ科学とはなにか。誰が、なぜ吹聴するのか。このあたりは先人の素晴らしいテキストが山程あるのでそちらを参照するのがよい。私も一応書く。

ニセ科学とは自然科学に関する嘘である

ニセ科学批判対象となったニセ科学は多岐にわたる。多岐にわたるがざっくり2つに分ける。

証明されていないことを証明されたと言うか、証明されたことを証明されていないと言うか、である

科学的知見というものは往々にしてひっくり返るので、この宇宙を縛る法則から演繹していった時に実はニセ科学が正しかったということは有り得る話である

しかしながら個人霊感で獲得した宇宙の真理よりも、定められた手続きを踏んで得られた結論宇宙的には間違っていたとしても)の方を評価するというのがニセ科学批判スタンスだ。

ニセ科学主体も様々である

営利企業大学教授特定肩書のない個人的ブログ政党や国そのものである場合もある。

彼らは何故嘘をつくのか。その動機を大きく4つに分ける。経済的利益金銭)・社会的利益名誉)・思想利益党派性)・倫理的利益善意の施し)である

どのニセ科学もこのいずれか、もしくはそれらの組み合わせから生み出されていると分類できるだろう。

例えば近藤誠武田邦彦動機は金と売名だし、安倍晋三下村博文共和党言動党派性の発露であり、有象無象ブログ代替医療他人の癌を根治しようと試みるのは無知に基づく善意による。

ニセ科学批判はこれらの動機や背景を問わずに殴りつける。

ニセ科学批判党派性から最も遠いところにいるとは菊池誠言葉であるが、定義上これは正しい。

また、個々人のレベルで見ればその批判対象選択において党派性が働くこともあるだろうが、運動総体として捉えればそれは働かない。

組織を持たない草の根運動であるため、一貫した思想により運動員を抑えつけるということが原理的に不可能からである

運動自体に対して外部から党派性を見出す人は多々いるが、それは往々にして自身党派性を表明しているに過ぎない。

例えばid:finalventにはニセ科学批判左翼的活動に見えるそうだし、反原発派の中の放射能デマを吹聴するクラスタから当局におもねった保守的運動である批判されている。

ニセ科学は大きくデマという概念内包される。デマの分野を自然科学に絞り、真実性の判定に科学手続きの有無を利用している場合それをニセ科学呼称すると言い換えても良い。

ここからニセ科学批判方法論を他分野のデマの払拭に利用できるのではないかと考えられる。特に人文科学系や社会科学系等の他分野の学問においてはその応用が容易いだろう。

例えば歴史学における歴史修正主義である

ニセ科学人文科学社会科学系のデマとは地続きの問題であり、ニセ科学批判ニセ科学だけを取り扱うのは、単にそれが自らの領分からというだけである

ニセ科学批判参加者自然科学系以外の言説に対して取るべき態度は、専門分野外の自然科学系の言説に対して取るべき態度と同一でなければならない。

そうでない時、その価値判断には先の4つの動機のいずれかが作用しているのである

「えー、じゃあさじゃあさ、なんで菊池さんはネトウヨおじさんなんて扱いを受けるの?だってさ、人が科学事実を前にした時にどういう要因が認知を歪ませるのか、またその考え方は自然科学分野以外でも応用できるってことを誰よりも分かってるはずでしょ?ネトウヨなんてポジショントークが凝り固まって人型を成しているような存在じゃん。おっかしーぜ、それ。一個人党派性から逃れることは出来ないにしても、自覚を持っていてその都度自己補正に努めればそこまで極端なことにはならないでしょ。オレ、納得できないなー」

そうだね、たかし君。じゃあ次の章では菊池誠の言説とその捉えられ方の変遷を時系列に沿って見ていこうか。それから菊池誠言動が本当にいわゆるネトウヨ的な物なのかということもちゃんと検証してみよう。

kikulogとtwitterから見た菊池誠

さて、ここから菊池誠とその周囲の言説を掘り返し、断片的な事実を拾い上げ、時系列を整理し、推論を検証し、STS辺りも総括し、ニセ科学批判史とも絡め、最初テーマに関して結論を出さなければならない。

でもなんか今週入ってから超体調悪くて、鼻は詰まったり止めどなく流れたり、体はとにかく熱っぽくて横になっているのも辛い。

よく考えたら私は菊池誠親族でも知人でも生徒でも何でもないわけで、果たして病体にムチを打ってまでこの駄文執筆に労力を割くべきなのだろうか?ここは潔く挫折する。

でもこのテーマ自体は割と意義があると思うので誰か調べてまとめて書いといて欲しい、個人的にはid:ublftboさんが適任かなと思う。でも多分やらないだろう。面倒くさいし。

(4/2追記)

どうやらこの記事の続きは執筆されないことが確定したため、以下に執筆時の構想諸々を記しあとがきに代えるものとする。

・7年ぶりくらいに菊池先生名前を目にしたら、なんか凄い扱いになっていたので驚いて、矢も盾もたまらなかった。

菊池誠に対する周囲の評価の変化点は2つくらいありそうだと思ってる。震災それから1年以上後。

2009年から現在に至るまで菊池誠ネトウヨおじさんではない。ただ看過できない発言は多々あるし、愛想を尽かす人もいるだろう。これは年を追う毎に悪化しているように見える。今の立ち位置id:hazumaちょっと似てる。

2009年頃と現在で、周囲から投擲される評価は明らかに変質しているわけだけど、それは菊池誠と周囲のどちらかあるいはその両方が変わった/変わっていない結果なのかという大枠の問いがあって、これは菊池誠が変わったというよりは、周囲に今までいなかった(少なかった)人種が現れたからだと思う。

・逆に言うと震災以前にもある種の題材を絡めてその手の人種と邂逅する機会があったら、今よりもっと早くこうなっていたと思う。今の状況はなるべくしてなったと言える。

どうしてこうなったかは意思疎通が上手く行かなかったから。上手く行かない原因は個人でなく構造求めないと仕方ない。専門家と非専門家の間にはクッションが必要になると思うんだけど、IKEAが布にガラス片を詰め込んでこれはクッションですと言い張ったり、あるいはクッションそのものを用意しなかったりするから専門家自身が夜なべしてクッションを作らないといけない。彼らは裁縫専門家ではないので、その出来は個々人の技術によって大きくムラが出る。ところでIKEASTSである

STSとは、何の生産性もなく相対主義ぶって科学者を腐してあてこすりで飯を食ってる人間の屑が集う旗印である、というのがこれまでなんとなく聞いていた印象なんだけど、いくらなんでもそんなものが何十年も学問として存続するわきゃないと思う。思うので、この際ちゃんと調べて、その社会的役割と意義と実際のところを自分の中で明らかにしておきたかった。震災時に(震災時でなくとも)彼らが求められる役割を十分に果たした結果がこれなのか、あるいは十分に果たせなかった結果がこれなのか。またそれはなぜなのか。

・つまり不幸な例であるところの菊池先生の件を足がかりにして、自然科学分野における専門家と非専門家とのディスコミ問題をアレできるんじゃないかと思ったというところが発端です。

ブクマニセ科学批判ってもっとからあったでしょと言う指摘があったんだけど、前出の"ニセ科学批判史とも絡め"というところで今現在ニセ科学批判とされる運動の形はいつごろ成立したのかも調べておきたかった。書籍で探すと、訳語としてニセ科学を当てはめてる物は結構からあるんだけどこれは定義が今と違っていて、今使われている意味でのニセ科学という用語webだと2004年が初出だと思う。ニセ科学批判についてはgoogle先生になんとなく尋ねるレベルでは天羽さんとかid:kamezoさんの2005年位のログしか出てこない。水伝での田崎さんと天羽さんは運動の拡大に大きく貢献したよねとか海外情勢(主に米キリスト教福音派系の)はid:Kumicitさんの忘却からの帰還が強かったとか、ニセ科学批判史は最終的に年表にしたかった。

以上が主観的になんとなく思いついた推論なので、これらを補強あるいは反証する材料を沢山探して、結果何かがまとまる予定だったのだということを言い残したかっただけの年度末だった。

2017-02-12

[]

今回は裏サンデー

LiLy 20

後半の漆原と心葉のやり取りがディスコミニケーションのお手本みたいで、不覚にも笑った。

円滑なコミニケーションにおいて重要なのは多義渡りやす言葉解釈当事者たちで同じにしたり、軌道修正を細かにすること。

やり取りをする人たちで個人事情だとか価値観だとか、前提の共有が成されている必要があるんだけれども、それをすっ飛ばすとグダグダになりやすかったり不和を生じやすい。

大雑把に言えば、伝える努力理解する努力の両立が大事なんだよね(もちろん当事者たちがコミニケーションを求めていなければ話にならないけれども)。

漆原と心葉は互いのバックボーンを知らない上、その状態で話を進めたもんだから、ああなるのは必然だった。

モデルの件で心象が悪くなっているから、解釈軌道修正をする余裕が心葉にはなくなっているし、漆原は言葉足らずなせいもあって逆なでするような発言を繰り返すし。

いろはと僕と 12

ラブコメっぽい感じは出しつつ、妙な警戒心を抱く描写がちょいちょい入るのは、あくまでスカしだってスタンスで読んでいいのだろうか。

穿った見方をするなら、ラブコメ差別化を図った結果よく分かんないことになっているのかと邪推してしまう。

そのあたりの方向性が定まっていないせいなのか、テーマ構成は一貫しているのに、表現だとか演出何だかチグハグさを感じる。

DOG END 第22話

前回も思ったけれども、正味キャラ付けとしては安易だよなあ。

エセ関西弁しかネットスラングよりだからね。

当然、意図してさせているってのは分かるんだけれども、そのキャラがなぜそういう喋り方かっていう説明がないから軽薄だと感じてしまう。

例えば、吹き替えとかで日本地方の訛りで喋っている登場人物がいたら、その役者登場人物の元の喋りが訛っているが故の意訳とか、そういう妥当性はともかくにしても何らかの理屈が欲しい。

後に説明されるんだろうかね。日本語学んだ媒体の偏りがだとか。

2017-01-25

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.ブコメトラバなどで、全く関係のない支離滅裂な内容を書く人がいるのはなぜですか。

いい質問だ。

俗にいう“脳トレ”さ。

例えば

今日天気予報は何ですか」

に対して

朝ごはんモツ煮込みを食べました。あなたは何時に起きましたか?」

といったように、あえてディスコミニケーションを行うことで脳を鍛える方法なのさ。

よし、次の質問に対して、試しにやってみようじゃないか

Q.好きな動物は何ですか。

猫だ。

……おっと、何かまるで違うことを答えると思ったか

趣旨にそぐわない』という意味合いでは、これも一環だぞ。

2016-12-05

[]

普段感想書きではなく、趣向を変えて書いてみる。

今回のテーマは、「ちょっと敬遠したくなる作品」。

それでも、アクの強さに見合った魅力があることも確かだと思った漫画

現在連載中、或いは最近完結した作品のみを対象ピックアップし、核心に迫るようなネタバレも避ける。

ゲハ

人間と蝶の未熟児みたいな謎の生命体を、主人公が不純な動機で飼うことから始まる。

この漫画は全体的に「不快感」を意図的に漂わせている。

タイトルの『オゲハ自体、その謎の生命体に主人公が「汚いアゲハ蝶みたいだからオ(汚)ゲハ」と名付けたかである

謎の生命体の生態や、登場人物たちの事情を全て俯瞰して見れる読者だからこそ分かる、綱渡り状態の危うさが度々提示されるのが見所だ。

だが、意図的はい作品全体に漂う不快感はいかんともし難く、冒涜的ととられる表現も多い。

序盤で描かれる、オゲハ相手にほくそ笑む主人公に眉をひそめる人は多いことだろう。

そこらへんを漫画必要演出として割り切れるなら、どうぞ。

不登校日常

タイトルの通り、不登校児の主人公のを日常を描いた漫画

雰囲気コメディ調で、主人公は何か重苦しい理由のせいで不登校というわけではない。

そのため不登校という要素から連想される後ろ暗さはなく、重苦しい漫画ではないものの、それ故に主人公の身勝手言動は同情の余地がない。

主人公家族は善良なので、その身内たちに一方的迷惑をかけながら惰眠を貪る主人公は、コメディである前提を考慮しても眉をひそめる人も出てくるのは仕方がない。

そこを許容して、あくまコメディとして楽しめるなら、どうぞ。

まあ、正直なところ今回紹介した中では、これはかなりマイルドな部類なので万人受けしやすい方だと思う。

ファイアパンチ

1話から大きく注目された漫画だが、あれで作品方向性を読み違えると肩透かしを食らうかもしれない。

「強力な力を持った主人公を中心に、復讐のために道中の敵と戦いながら活躍するヒーローもの」みたいなものを期待すると裏切られる

まず、主人公は不死身に近い再生能力説得力を持たせるため、敵にいいようにやられることが多い。

主人公目線物語が語られたり展開することは意外にも少なく、サブキャラたちだけのやり取りが圧倒的に多く、群像劇の側面が強い。

1話カニバリズムや、炎で焼かれ続けるなどのトーチャーポルノ表現もそうだが、以降も獣姦などの異常性癖狂言キャラ出張る、ディスコミニケーションの連続など、無批判で受け入れるには厳しい要素がどんどん出てくる。

あと、アクションシーンはお世辞にも上手くない。

それでも、作風方向性から漂う個性というものは間違いなくあるので、そこに魅力を感じたのならどうぞ。

ラフィリア~人間椅子奇譚~

対人恐怖症の主人公が、想い人の生徒会長に気付かれないよう、かつ傍にいたいがために生徒会室の椅子を改造して、その中に自分が入る。

プロットから分かるとおり、とんでもない変態マンガである

誰得椅子の改造方法を詳しく解説したり、主人公生徒会長に対する情念たっぷり独白など、「変態」な人間表現するための描写をかなり念入りに行う。

ただの変態人間独白だけで物語は進まない。

周りに認知されない存在からこそ偶然知ってしま登場人物たちの秘密を、主人公垣間見しまうのだ。

事件が起こり、それを隠蔽しようとするとある人物の一連のシーンが、これまた丁寧に描かれていて、妙なところにリアリティを追求している点も見所だ。

プロットインパクトに負けない、圧倒的な描写や展開が魅力でもあるが、構成されるほとんどの要素がアウトローな上、それをやたらと丁寧に描いているので、そこに拒否感を覚えなければどうぞ。

間宮さんといっしょ

この漫画の何が面白いかといわれると、正直なところ私はうまく説明できない。

要人物の多くが独自価値観を持っており、しかもそれを前面に出して展開される。

もちろん、そんなことをしてまともなコミニケーションなど成立する筈もなく、不可解さや不愉快さは読者にも伝染しやすい。

それは主人公たちの人格も同様で、読者が共感できるような普遍的な是非で物事判断しないし、動かない。

それでも、一見すると作中ではなぜか成立しているような気がする人間ドラマは何とも奇妙だ。

私が解釈するこの作品テーマメッセージは、「社会的な、或いは政治的観点での『正しい人格』の押し付け拒否し、確固たる自我確立を目指すこと」だと思う。

それでも、露悪的な言動をする主人公や、我を通す人間イニシアチブをとりつづける世界観は、結局のところ側面的には『正しい人格』を別のものに摩り替えただけで、読んでいて気持ちのいいものではない。

それでも魅力を語るならば、主要人物たちの関係性や、ディスコミニケーションのまま成立する人間ドラマの妙さだと思う。

2016-11-23

パラパラとかディスコミュージックみたいな、ギラギラした音楽と言うかショーはどこが発祥なんだろう

youtubeドラムライン動画を見て、イギリスとかそのへんの伝統的な兵隊のような動画を見て、かっこいいな〜と思った

日本の同様なパフォーマンスをみて、ギラギラしすぎててなんだか悪く言うと下品だなあという印象を受けた

いや、それなりに技術もあるし真似はできないっていうのは確かなんだけれど

日本ってそもそもパフォーマンスが厳格なものって雅楽ぐらいなのかな?

祭りとかに関しては、砕けてみんなで盛り上がろう的な風土なのかなあと思った

キッチリとしたもの見せるよりも、それをベースに砕けてまわりを巻き込む、見るだけじゃ終わらせないみたいな感じ?

動画で見る分にはイギリスのがいいんだけど、実際リアルで見るのは日本のヤツのほうが自然とノレるし、楽しめそうだ

でも下品な感じは好きじゃない、なんであんギラギラなんだ

2016-02-14

オデッセイ結構がっかりだった

凄くアメリカブラボーアメリカン映画だなって感じで、意外と自給自足してないし、極限ってほどには追い詰められないし主人公は終始明るく前向きだし、古いディスコミュージックはダサいし、ピンチに負けずに明るくアメリカンジョークをとばしながら戦うタフガイ主人公みたいな人がアメリカ人理想性格なんだろうな

2015-10-11

最近ゆうきまさみがいいな

パトレイバーとか鉄腕バーディーとか、面白そうな素材なのに表現上品すぎてあんまりおしろいって思えなかったんだよな。

今やっている白暮とディスコミ面白いわ。

2015-09-21

新・オタク経済 3兆円市場地殻大変動 (朝日新書) 原田曜平

キレそう…。コイツ、一番踏み入れちゃいけない場所に足を踏み入れたぞ…

昔のオタク像がおかしいのであって、オタクだってジャンルによるのにやれ最近オタクリア充だの、やれおしゃれもするだの言うけど、それって「レイヤーさんとかは昔からそうだったんじゃないの?」「親がオタクではない子どもは割りと昔から普通っぽい人が大学入ってからヲタ化してたのでは?」と

だいたい、オタクがオシャレになったのなってないの、と言うのはコミケで3年間以上開始前の準備列で並んだことのあるやつならだれだって感じそうなことなんですよ…。でも、本当にコテコテの、中学高校からオタクやっててガッツリオタクな奴は見ればわかるほどガッツリオタクなんですよ!はい

こんなオタク見たことない。コミケ待機列にもニコ動イベントにもいない。割りと観測範囲広いつもりだけど、こんなオタク見たことない。特に、声オタならなおさらこんなののイメージない

メイド喫茶からにいるオタクだの、メイド喫茶というフレーズが出たからといってバカにしてはいけない。メイド喫茶の種類によっては客引きや外から中が見える軽薄なメイド喫茶とは比べ物にならないぐらいガチなところもあり、そのガチなところにお色気目的じゃない理由で行く奴はかなりのガチから

節子それニセオタやない!ぬるオタであり、にわかであり、新参や!そういう奴に限って一人でオタクに染まり始める(話す相手がいないままアニメゲームと向き合う時間を過ごす)と濃ゆいオタクになってカムバックしたりするんや!伸び代あるで!

ウェイサーのオタクはウェーイであって、オタではない…は言い過ぎだとしても、オタをいらつかせるよくわからない資質を持ったオタだとは思う

半可通にアニメの話をしたがるにわかは確かにうざい。でも、そういう奴に限って周りのブームが過ぎ去っても、本気でアニメにハマり続けたり、一人になった途端にじっくりと考えはじめたり、もっとアニメの話がしたくて濃ゆいところに行こうとするから、最終的には濃くなってこじらせてるんだよなぁ〜にわかには「このにわかが」と言ってもいいんだけど、それと同時にそのにわかギリギリ用意できない次のステップを用意してあげるんだ!コミケに行った後はそれ以外の即売会例大祭でもティアでもOK)へ道筋を引いてあげると、そいつドンドンこじらせていくから大事なのは緩やかな普及です

kanose 自分が半可通にアニメの話をしたがるにわかオタクからよくわかるんですね。

これ嘘っぱちだろ!ドルオタカラオケ宴会の盛り上げ役なんかしねーよ!逆に自分が歌ってる曲が思いの外知られてないか、熱を入れすぎて引かれるかによるディスコミュを避けて陰日向存在として表の世界では生きてるイメージだよ!

2015-08-26

http://anond.hatelabo.jp/20150826223149

女は何でもお見通しだけど男は何も分かってない

ってむしろ男性による女性理想化・神格化の反映だと思うけど。

人間自分価値観が違う相手とのディスコミュに、自身価値観を無理やり当てて理解するので、大体の女像は男に、男像は女に、むしろ当てはまるんだと思う。

まんまこれ

男が考える女の価値観が逆と比べて頓珍漢になりやす理由

http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20150825225733

人間自分価値観が違う相手とのディスコミュに、自身価値観を無理やり当てて理解するので、大体の女像は男に、男像は女に、むしろ当てはまるんだと思う。

ってのがあったけど。

大体の女像は男が作っているためにむしろ男に当てはまるけど、大体の男像を作っているのも男なので、男像も多くが普通に男に当てはまるんじゃなかろうか。

女が考える女像や男像は「女性向け」の狭い範囲しか流通しないから、世のスタンダードとしては扱われていないと思う。

世の情報は「一般向け(=基本男向けだが女も見る事を想定)」と「男性向け」「女性向け」に分けられていて、

「一般向け」「男性向け」は勿論「女性向け」の一部も男の価値観で作られているし、社会のもの基本的に男の価値観で動いているので、

女なら普通に成長する過程で男の価値観を学ぶし、ある程度男の価値観理解していなければまともに社会で生きていけないけれど、

男は女の価値観を学ぶ機会が少ないし、女の価値観理解していなくても生きていくのに大した支障がない。

非モテ男が頓珍漢な女性観を主張する事が多いのに対し、喪女男性観はそこまでずれていないのは、この違いが大きいと思う。

2015-04-05

テロリストになってみた


これはひどく狭い世界の話だ。
要するに、
創作関係コミュニティで内輪揉めを引き起こして、
結局なにひとつ現状は変わらなかった、というだけの愚痴だ。

数年前からそのコミュニティに参加し始めた。
コミュニティの一生」というコピペがあるが、
あれでいえば俺はちょうど面白い人とつまらない人が入れ替わる、
その一番最初に来たつまらない人、という位置だろう。

当時はにぎわっていた。
最初にその場を耕し、育てあげた人々はみな何らかのノウハウがあった。
意外にも、本来いるべきその道の専門家は少なかった。
しろ優れた部外者たちの試行錯誤やぶつかり合いが場を育てた。
たとえるなら、
トランペット小学生の頃から続けてきたベテランが、
その経験を活かしてセンスある創作料理を次々と生み出すようなものだ。
それほどに無関係な分野の人たちが、
「その道の専門家」を圧倒する勢いで傑作を生みだしていった。

自分は以前“その道”に近い場所にいた。
からはじめ、彼ら先駆者よりも自分の方が優れたものを生み出せると、
そんな驕った考えでその場に近づいていった。
そして打ちのめされた。
最初半年一年くらいは、彼らの生み出した言語習得に追われる日々だった。
夢のように充実していた。

彼らは小手先作法などでなく、本質を素手で掴まえようとしていた。
最盛期は「いかによりよいものが作れるか」と夜な夜な語り合い、
酒を片手に垂れ流すようなバカ話も交えつつ、
時には場を凍らせるような尖った言い争いを起こしつつも、
全体としては実りある技術論をしていた。僕にはそう映っていた。
みんな、過去の話だ。

やがてある時から、人の気配が減り始める。
そのコミュニティがどこまでも膨張していったが、
筋違い非難関係者への人格攻撃も増えていった。
先駆者たちの多くは、そこらで別の居心地良い場所を探し始めた。
自分も彼らの後を追ったり、まだ元の場所に居着いていたり、
あるいは全く別の場所に触れてみたりしつつも、
心まではコミュニティから離れられずにいた。

衰退以前からコミュニティ関係者の間ではSNSが普及していた。
SNSは確かにコミュニティ活性化の起爆剤ではあったが、
同時に終焉へと向かう引導でもあった。
当初の目的を外れた雑談日常生活での愚痴などが空間を占め、
居心地の良い場所となっていった。
そこは創作行為をしなくてもぬくぬくと過ごせる場所に変わっていった。

世代交代はゆるやかに進んでいった。
かつての先駆者たちが作り上げた傑作に魅了された、新しい作り手もやってきた。
だがすでにそこは見えないルールでがんじがらめとなっていた。
尖った作品、極端な作品は叩かれ、無難ものけが場を占めるようになった。
それどころか、作品評価と作者の評価混同されはじめ、
SNSで良い顔をしている作者は叩かれない」という
まりにも本末転倒した状況が生まれつつあった。

コミュニティからまれ作品を保管するサイト運営もまた、世代交代した。
以前の運営コミュニティ参加者とは一定の距離を保っていた。
必要最低限のことしか話さず、任務遂行していた。
運営引退すると、別の参加者が次期運営に名乗り出た。
それから運営が交代し、ついにSNS参加者の手に運営が移った。

その運営作品への非難を許さず、すべてに全肯定で返した。
作者の人格キャラ化してSNS上での人形遊びにかまけては、
作者と作品安易な結び付けを積極的に促した。
作品非難に対しては、その質を問わず断固たる態度で臨み、
場合によってはアクセス禁止を断行した。
ユートピアによく似せたディストピアがゆるやかに形作られた。

以前はどうだっただろう。
かつてはつまらないものはつまらないと叩かれ、
時には手ひどい長文バッシングアンチストーキングさえも起きていた。
だが、それは間違いなく健全場所だった。

飛び抜けて優れたものが絶賛を超えた絶賛を受け、
見るに堪えないものはこっぴどく叩かれる。
だが、そうした歯に衣着せぬやり取りこそが、
本当の意味作品に触れることでもあったのだ。

現在、そのコミュニティには酷評も絶賛もない。
悪いものには反応がなく、
よいものにも「お疲れ」「よかった」程度の寒い拍手が並ぶ。
中身を見てなどいないのだ。
現在でも本当に飛び抜けて優れた作品が生まれるが、
参加者にそれを賛じるだけの語彙がない。
この語彙というのは単なる辞書的な意味ではなく、
作品を底の底まで見抜く目と、それを素直に口にする心意気だ。

今は作品ではなく、生身の人間としての作者との馴れ合いが優先される。
彼らは何を作り上げるかではなく、儀礼で作った愛着にしがみついているのだ。

私はコミュニティにとって老害だ。
本当はすでに別の場に片足どころか重心まで移しておきながら、
さらに当時のコミュニティで腕を奮っていた作者たちをそこに呼び寄せながら、
こうして元居た場所を憂う資格など、本当はないはずだ。

けれども、もし、と考えてしまう。
もしこの場で、
かつてのように良いものを良いと、悪いものを悪いと言えたら。
言える人物がいたら。
まっとうな評価があれば、少しは何かが変わるだろうか。
風を起こせるだろうか。・・・そんな夢物語を考えてしまう。
ディスコミニケーションが極右思想をそそのかしてしまう。

そこで、修羅仮面を被ってみた。
最盛期よりも過剰に、気に入った作品を絶賛し、
逆に気にくわない作品を立ち直らせぬほど叩き潰した。
実作評価コミュニティ評価乖離した作品は許さなかった。
借りてきた怨念を込めて、身体に空く穴もいとわず
保管庫とその運営に向けて呪いをぶちまけた。
耳に入る同志たちが影でささやいた恨み辛みを糧に、
自分が真っ先に身をなげうって、
健全精神」の持ち主が後に続く道を切り開こうとした。

もちろん、そんなことで現状は何一つ変わらなかった。
今でも参加者はいちゃいちゃと馴れ合い続け、
自分酷評に対しては見当違いな人格非難憂さ晴らししてやり過ごし、
彼ら参加者は己の手で愛すべき土地を汚して踏みにじっていることに気づかず、
ぬくぬくと余生を過ごしている。
恥知らずにも、その手は未だに僕や出て行った人々にまで向いている。
突き返して叩き落としても、彼らに言葉は通じなかった。
反吐が出る思いだ。
だが、祖国に泥を擦り付けたという点では、自分もまた同罪かそれ以上なのだ

先駆者たちは正しかった。
何もせず、すっと離れる方が殉教などより遙かに賢い選択だった。
中でも先陣を切った人は、コミュニティ樹立どころか、
人が集まる気配すらも避け続けているように見える。
根無し草というより、難民のような様相だが、
己の創造性や価値観を守るには賢明な選択なのだろう。

作品の質云々も、手前の好みにすぎないと言われても反論しきれない。
運営理想主義者の皮をかぶった独裁者であるのと同様に、
自分もまた、ある種の独裁思考の持ち主にすぎない。
ユートピアを語るものは、そのユートピアでの独裁者である
そんな言葉を何度となく噛みしめる。

ちょうど一連の出来事は、例のISIL事件と同時期に起こっていた。
比べるのもばからしいほど規模の違う話だが、
テロリストになるとはこういうことなのか、と共感してしま自分がいる。

僕はもう諦めてしまった。
例のコミュニティから距離をとりつつも、へらへらと生きていくのだろう。
死んでいく老兵の遺言として、この文章をのこす。

さあ、四月から新生活だ。
がんばるぞ

2015-01-12

http://anond.hatelabo.jp/20150112014944

すげえ小町案件だな。

それお前さんが考える「理想の先輩とはっ」であって、

しろそういうディスコミな先輩がいるってことが後輩にとってありがたいケースってのがあるわけよ。

そもそも女社会なんて息苦しいのに、

そこでなれ合わない先達がいるってのは

もしそういうタイプの後輩がいるのであれば、ありがたいことだよ。

増田の考えは、限りなく押し付けに近いってことが分かっているか

その人にそう言えないんじゃないのか。

2014-11-06

http://anond.hatelabo.jp/20141103234031

中二病根底にあるのは思春期になってアイデンティティ確立しようとしての事故なので、

「○○したら大人っぽいだろう、他の奴らとは違うだろう」って考えて「お前らJPOPなんて聞いてないで洋楽聞けよ」とか言ってみたり「コーヒーブラックしか飲まない」とか言ってみたりするわけだが

「他の奴らとは違うだろう」の方向性が「大人っぽさ」ではなく「全能感」というか「もしかして俺がこの世界主人公なんじゃね?」みたいな方向に振れると自分異能であるかのように思う込んでしまうわけ

『「能力者」みたいなのは幼稚だから「大人っぽさ」を志向する中二病とは違う』と思うかもしれんが、「大人っぽい」「全能の主人公」どっちにしても「他の奴らと違って俺は優位である」って思いたいわけ。

邪気眼とか影羅とか、やってる本人は幼稚だとは思ってないだろうしね

から根本的な部分は一緒だと思うよ。幸運なことに能力者的な部分は人には言ってないが、俺は両方やった。主に植芝理一ディスコミのせいで。

2014-01-17

http://nanaoku.hateblo.jp/entry/2014/01/17/130610

牛丼屋で低所得者層がどーたらのアレ。

https://twitter.com/nnnn330/status/423953954267856897

まりにも誤解を招きやす言い回しだったのが炎上火種でしょうねコレ。本人のいうとおり、言い方が本当によくない。どこをどうみても上から目線がちらつきます。とにかく本質的イラってなる文面ですが、それについて本人がまったく無自覚なのがもうヤバイです。物書きとしてのセンスに少々難を抱えているのやもしれません……。

「パッと見では底辺っぽい人ほどご馳走様と良い添えてから牛丼屋を出てゆく。サービス的には本来そんな礼儀必要はないのに。興味深い現象だ」とでも言っておけば……………いや、やっぱダメだこれ。これでも誤解招くわ…。140文字じゃこれ伝えられん。

こいつの主張そのものはこの際どうでもいいんす。問題はそのあとで、『ぼっくんがこんなに誤解されているのは、お、おまいらの読解力がノミにも劣るからでしゅ!ツイッター民脊髄反射ばかりで救いようがないでしゅね!ぷんすこりん!』とでも言わんばかりにツイッターブログをフル活用してぶーたれているという点です。いいね……実にいい。この自意識、この逆切れ感! 胸が踊ります。じゃ何でわざわざツイッターでパナしたのというツッコミが速やかに脳裏をよぎります。このまま炉端で天日干しにしたらいい味の珍味になりそうですね。

――ていうか、そこまで珍妙な主張でも無いですよね。高収入っぽいヤツほどなんか飯屋でエラそうだしね! なのでまあこの人も「自分も言い方が悪かったっすわ!めんごめんご!」とでもしておけば、やがては鎮火する程度のボヤ騒ぎだったと思いますしかしながら7,000フォロワーに裏打ちされてお餅のごとく膨れ上がったプライド邪魔でもしたのでしょうか、「これはツイッター特有脊髄反射ディスコミュ・炎上である。くりかえす。脊髄反射ディスコミュ、炎上である。ぼっくんは悪くない」という文脈に位置づけてみのまもりを固め、賛同意見ばかりを矢倉囲いのようにRTしまくるなどなど、まぁド定番もいいところの展開を見せており、興味深いです。個人的には牛丼屋の消費者層よりよほど興味深いです。もちろん反対意見にまったく耳を貸しません。まるでゲンロン界(笑)の英傑めいた高邁さであります。わざわざツイートについての解説エントリーを立ち上げて、なんでぼっくん炎上してるの?おしえてインターネット!と自分から尋ねておきながら「身なりで他人の属性を判断すんな」だとか「挨拶が本来不必要だというのはおかしい」などのまっとうな指摘を200%ガン無視してますからねえ。そんなブルドーザーのごとき氏のご活躍に今後とも期待してゆきたいです。ええ。

https://twitter.com/nnnn330/status/424050279617544192

オチ。安い挑発にのっかって自らの価値を急速に貶めていくスタイル

(18:58 追記)

どうやらブログを非公開設定にした模様です。意味がわかりません。「責められるようなことはなにひとつ言ってないと自負」しているのならブログを閉める必要なんてないのでは? おそらく応対が面倒になったから元を断ったんでしょうけど……。しょせんコイツのことばの重みなんてこの程度だと、言うだけ言ってみるけども炎上したなら消しちまえと、そういう性根であったということか。俺も面倒になってきたからひとまずそういうことでケリをつけるといたします。お疲れ様でした。

2013-03-13

スタンスを正しくアピールする、または読み取る能力

■「セックスしないならいいよ」っていったんだけどな~

最近付き合い始めた彼がプチ旅行(近郊の宿で一泊デート)しようってしつこいから、行ってきたら最悪な事態になってしまったよ。あらかじめ、ちゃんと「セックスしないなら行ってもいいけど、するなら嫌だ」ってはっきりいったのになんで求めてきたんだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20130311155911

この場合、男も女も、相手への「自分スタンスのアピール」が足りてないんだよ。または「相手のスタンスを正確に読み取る能力」に欠けているんだよ。もしくは、その両方。

このアピールってのは、言葉だけじゃなく、雰囲気とか表情とか目つきとか行動とか相手との距離とかの非言語コミュニケーションも含む。男女関係に限らず、世の中には、言葉とは裏腹とか、駆け引きとか、体面と本音とか、言ったじゃんとか、察してよとかがあるからややこしい。

元の記事は、結果的に女のギリギリの抵抗と男のギリギリの自制心のおかげで、デートレイプとやらにならなくて良かったじゃん、って話。初めてお互いに本音で話し合えたんだから、2人の関係はこれからなんだけどなあ。たぶん、別れちゃうんだろうね。

お互い、もっと相手を傷つけ合わないように、腹の探り合いが上手に出来てたら良かったね。恋人なんてだいたいは好み優先で探しちゃうから、全く同じ価値観、同じレベルの鈍感さと敏感さのパートナーを見つけるのは、すごく大変。何度か傷付いたり傷付けたりして、だんだん間合いを勉強して、全く同じじゃなくてもコミュニケーションが取れるように成長していくんだろうね。

ところで、異性から無理矢理に貢がせられたり高価な物を買わされるのは、デートレイプならぬデート詐欺とかって呼び名でいいんだっけ? キャバクラとかホストクラブとかヒモのように、片方が完全に分かってやってるのも含めて、こっちもディスコミニケーションの産物だよなー。

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