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2017-11-12

今の時間日本工芸礼賛する番組テレ東でやってるじゃん?

基本的衰退産業だって分かってて職人()になる奴らってなんであんバカなの?

まともに勉強できないから消去法で選んで就いてるだけじゃないの?

文鎮職人ってあと何年食ってけるんだろう?

2017-11-11

賞味期限かい悪魔数字撤廃してほしい

スーパーで働いているんですけど、今日餃子を廃棄したんですよね。500個くらい。積み上げられたあのちっぽけだった餃子は、いまや横綱と同じくらいの大きさでした。襲われたら殺される。

調理室に入るやいなや目に飛び込んでくる餃子の群集に一瞬なにごとかって狼狽したんですけど、まあいうて賞味期限が切れたんだろうと推測したわけなんですよ。

で、なるほどね~とか思いながら餃子の裏に記載されてる賞味期限をみたら

賞味期限11月12日

明日じゃないの。いや流石にまだ食品として全く欠陥のない餃子ゴミ袋に詰め込むのは最高に気分が悪いというか、普通に勿体ないだろ。っと思いまして、これは店長が日を間違えてるな、あんないい年して大事大事商品ゴミ箱に入れようとするとはね、一体どれだけの損害が生まれるところだったかついでにお前もゴミ箱に入れてやろうか、と抗議しにいったわけなんですよ。

そしたら店長、ああそれねー、なんたらなんたらの規則賞味期限が一日前だともう店に並べられないんだよねー、僕ももったいないと思うんだけどねー。とおっしゃいまして。

えっーマジかよ店長独断じゃないの、規則規則ならしょうがない破ると怖いし!というかなんだその規則!!!賞味期限意味なしてないじゃん!!そもそも賞味期限意味もよくわからなくないですか?あれ過ぎてもいきなり毒の物質に変化するわけじゃないし、美味しく食べれるじゃん。誰だ賞味期限とか古くさいもの考えた野郎はお前をまずゴミ箱にぶちこんでやる

ということがありまして、タイトルに至ったわけであります。分かりましたか皆さん?

かいう事を考えながら、淡々餃子を袋からゴミ箱に移す作業をしていました。これ作ってる人がみたらすっげえショックだろうなあ。

餃子職人が買い物ついでに、私の餃子は売れてるアルか~?いっぱい売れてるといいアルな~!って精肉コーナー見に行ったら、精肉の人、自分餃子ひたすら捨ててんの、しかも真顔で。

うわあこれは落ちこむわ、というか普通に鬱になりそう。俺は一体なんてことをしてしまったんだ。こんな汚れ仕事をすることになるとは、嗚呼なんと功利主義世界だろうか。せめて無理矢理でも生で食べればよかった。これ生でもいけますね~!つって。顔を顰めながら。無理してる事くらい餃子職人にはわかる。でも、ほんの少しかもしれないが、その気遣いが温かい、心にしみる。餃子職人の目に少しだけ光が灯った。なんて。もうやだ平和世界に行きたい。廃棄ゼロの国とかないのかな。アンパンマン世界みたいな平和な国。

ああでもアンパンマン世界でも普通に廃棄とかしてたら嫌だな。

おにぎりマンが作ったおにぎりジャムおじさんが真顔で廃棄してる回。うわあヤダそんなの絶対見たくない。そして偶然にもその光景おにぎりマンが目撃してしまうみたいな鬼畜ストーリー

毎度のように襲来してくる雑菌共を殺菌した後、お約束通りにパン工場前でパーティをするアンパンマン一行。雑菌共から街を守った凱歌として食品提供する、アンパンマンワールドらしい振る舞いに町人たちはよだれが止まらない。最近ではバイキンマンが街に襲来するだけでパブロフの犬よろしく唾液が分泌されるようになってしまった者までいる。兎にも角にも、町人たちはこのパーティをとても楽しみにしているのだ。そしてそれは生産者にとっても同じことである。多くのバイヤーが集まるフェスなど、自分商品を売りこむ、絶好のチャンスといえるだろう。そんなわけで、生産者は皆自慢の商品を売り込み、町人はそれを笑顔でほおばる。幸せが具現化した会場を写しつつフェードアウトし、エンディングアンパンマン音頭に移るわけだが、今日は会場の中に一人浮かない顔の人物がいた。おにぎりマンである。彼のおにぎりが全く売れないのだ。この世界食べ物が売れない生産者は、その人物存在価値否定されたといっても過言ではない。通貨地位存在しないこの世界では、レゾンデートルこそが唯一の資産であり、生きるための自信であり、絶対条件なのだ。故に皆必死になって商品を売り込む、そうしなれば生きていくことができないから。

「何故売れないのだ?」おにぎりマンは呟く。確かに、かつ丼や天丼には魅力で勝てないだろう。奴ら自慢の丼ものは、見るもの全てを魅了する。艶のある衣に包まれた果てしない弾力想像させる海老咀嚼という行為をただただ崇拝することになるであろう、分厚い肉、これらに米を掛け合わせたものが、ただ梅を入れただけの素朴なおにぎりと競い合うはずがない。まさに規格外の化け物であるしかし、純粋コメの美味しさを求めるならば、確実にオニギリの方が勝っている。素朴ながらも、素材本来うまみを嚙みしめる事ができる料理はそう多くない。恐らくオニギリと食パンくらいであろう。一定ニーズはあるはずである所詮奴らの敷いている米など低価のインディカ米。こちとら厳選されたジャポニカ米、しんのすけよ。この戦い、負けるはずがない、そう思っていた。だのに、どうしてこんなー。

おにぎりマンは焦りで手元が震えていた。今やおにぎりすら握ることができない。嗚呼、手が冷たい。誰か買ってくれ、誰でもいい、誰か。

こんにちはおにぎりマン君」ハッと顔をあげる。そこに立っていたのはジャムおじさんだった。バイキン撃退から2時間最初の来客者だ。

「どうだい、調子の方は、」無邪気な笑顔で私に問いかけてきた。突発的に殴りそうになるものの、残された理性で己を制御した。この人は何も悪くないじゃないか、何をやっているんだ私は。

「どうしたんだ、体調が悪そうだが」私は反射的に売れていないことが悟られないように取り繕う。売れていないと周囲に認知されるのはまずい。戦闘で少し疲労した、たいしたことではないと伝えた。

「そうか、でも、それにしては酷く困憊してるじゃないか。みんな元気な君がみたいと思っているよ。まだまだ祭りはやっているんだし、ここでバテていたら勿体ないだろう。少し街で休んできたらどうだい」全く、この人には頭が上がらない。確かに今の状態ではまともな商売などできないだろう。それに商売は、売ることだけが全てじゃない。皆の笑顔が大切なのだ。危うく大切なものを失うところだった。焦っていてもどうしようもないし、少し休憩しよう。用を足してきたら、また元気に呼び込みをしよう。丼ものには劣るかもしれないが、私だけがつくり出せる笑顔をみんなに届けよう。

承した。休憩仕る。とジャムおじさんに別れを告げ、私は近くの茂みに入り込んだ。

それからほどなくして、おにぎりブースに戻ってきたおにぎりマンは驚嘆した。おにぎりが全て無くなっているのである。売れたのか?否、違う。米をたく釜や予備の米、ましてや商品を置く机すらなかった。おにぎりマン最初から存在しないかのようになっていたのであるおにぎりマンはひどく狼狽した。一体何があったのだ。どうすればいいのだ。そうだ、ジャムおじさんなら。あの方なら何か…。私は工場に向かって走り出していた。そして、窓から我が工場長存在を探し始めたその時、今世で最大の、自分の目を疑うような出来事に出くわしたのである

ジャムおじさんおにぎりを真顔で捨てていた。そしてあのおにぎりはまごうことなき私のおにぎり。私は一瞬何が起きているのか理解できなかった。私の頭が考える事を拒んだ。

一連の行為には無駄な動きが一切なく効率よく行われていた。そしてその行為感情すら感じさせない。手はおにぎりを廃棄していても心は別の事を考えている。もはや食べ物への敬意など一切なく唯々無機物を移動させる作業のようであった。この人は最初から全て知っていたのだ。私に休憩を提案したのは私をどかしておにぎりを廃棄するため。この人に、私は、私は。

おにぎりマンに残された選択肢は二つ、見なかったことにしてこの場を立ち去るか、腰に収めたその刀を使い今ここで切腹か、否、いっそのことジャムをこの手でー。

それから先の事はよく覚えていない。気がついた時にはすでに赤い私の手があった。周囲には廃棄されるおにぎりが血を吸いながら分散していた。これでは赤飯ではないか。だがこれでいい。これが勝どきというもの諸君。私は周囲に微笑み、おにぎりに囲まれながら腹部に刀をあてた。おにぎりとして生を受けたことを誇りに思いながら。

2017-11-08

https://anond.hatelabo.jp/20171108003902

元増田の文は、つぎ込んだ金と時間無駄におわったって話でしょ。

じゃあムダにしないためにはそもそも基礎能力必要で、それには基礎能力の訓練が必要ってことで、先に訓練ができるようになることに注ぎ込んだらって話だよ。

そもそも増田のやった事自体がいまの就労を続けようとするめであって、新たに生活保証を得るのを目的にした話じゃないでしょう。

ITにかぎらず、そもそも技術職は生活保証のないレベルからいきなり入るには向かないものだよ。音楽スポーツでの出身を見ればわかるし、伝統芸の職人だって外部で生活保証された上で技術習得に年月を費やした上で世に出ている。このレベルは年々上がるし、それこそIT日進月歩で高くなっている。

2017-11-07

土木技術者不足と先鋭化問題

数年前から日本中土木技術者の不足が。

そんな話はどこででも聞けるのだけど、現実問題として技術者及び職人の不足と公共事業の増加でミスマッチが起こっており、どうにか現場をやっつけないといけないということで日本中で奮闘と徒労、場当たり的な対策が積み重ねられていく。

最近はもっぱら省エネ化に技術が特化しているのだけど、例えばドローンを使った測量、簡易化された積算方法無人で動き、あらかじめインプットされた計画図に合わせて土工を行う重機群なんかがどんどん広がっている。

これらの機能自体は意外に簡単に使えるので、初期投資さえできれば(リースでもいいが)技術の発展に伴って回収も可能だろうとは思う。

が、この新技術群は簡単はいってもやはりそれまでの技術を追いかけてきた人材にとっての話である

からいて、作業員と一緒になって汗をかくことが仕事の名ばかり代理人や基礎のない新人にとっては仕組みがさっぱりわからないらしい。

なんというか、この最新技術の先鋭化が、今まで土木業にいた人間の半分くらいを振るい落としそうで恐ろしい。

もっと進めば僕もおいて行かれるかもしれない。

人手不足を解消するための技術革新ではなかったかハードルが高くなっていることで新規参入が減り、戦力外が増える。

結局、技能を身に着けた人が日本中現場を駆けずり回って、対処し、一人だけ経験値を貯めていく。

初期のコンピュータもそうだったのかな。

2017-11-06

結局、日本が誇れる(誇れた)ものって違法ダンピングや人的コストカット癒着の上に成り立ってるものばかりだということに気がついてしまった

車も家電ゲームアニメ漫画も、各種職人ファミレスコンビニ教育現場も、戦後復興バブル景気武士道

全部そうだ

2017-10-25

anond:20171025184209

キモい」が元々万能なんだよ

かなり守備範囲いかキモくて金のないおっさんマジで万能

顔がひどくても目の前で頭のいいところを発揮してたり

仕事こなしてるところや、何かに打ち込んでるところを見るとキモくなくなるんだよマジで

どうみても容姿キモオタのそれでもマジ顔でフィギュアの造形して取り組んでるとき職人の顔になってるから

そんでそのフィギュアに高い値段がついたらもう完璧

誰にも言わないし口に出さなくても内心では(正直ただの豚だと思ってたけど見直したわ)って感想全員持つから

から、予想を超えてきたので笑いながら賞賛拍手するんだよ

 

逆に言えば何らかの才能を持ってて

それで輝くことさえできればKKOは卒業できるんだよ

ピクシブとかで絵を描いたり

歌い手とかでリスナー数競って熱くなれてるやつ

ニコ生で実況プレイしてエンジョイできてるやつ

ここらへんはどうやってもKKOに該当しない

から卒業条件としてはゆるゆるなはずなの

でもそれがない人間ゴマンといる

2017-10-22

アニメシリアスがあると見たくなくなる人々」について

寓話理想郷ユートピア)」

神様は、一部の人間に理想郷を与えることにしました。

まずは、外の世界から隔離した場所を造り、そこへ人間達を住まわせます

人間食べ物不自由しないよう、

飲むだけで空腹が満たされ、若さを保ち、健康でいられる”湖”をつくりました。

その水は、人間だけでなく、植物を潤し、空気もきれいします。

身体にかけるだけで、汚れが取れ、傷が治り、とても良い香りに包まれます

また、法律を無くし、自由に生きられるようにしました。

気候は常に心地よく、衣服必要ありません。

働く必要も無く、病気にもならず、男女は誰とでも交われます

人々は、この理想郷感謝し、生きることを楽しみました。

しかし、何ヶ月か過ぎると、人間達は不満を持つようになりました。

それは、人間が持つ、妬みや嫉妬からまれ感情でした。

神様は、人間から男女の種別を無くし、その原因を取り除きます

そして子孫を残せない代わりに、永遠の命を与えました。

暫くすると、また人間から不満の感情が現れます

調べてみると、綺麗な者が醜い者を虐げていました。

神様は、表面の差異を無くし、人間の形状を均一化します。

これでやっと、人々から不満の感情が消えました。

暫くして神様理想郷を眺めると、人々は皆、あの湖にプカプカと浮き、じっとしていました。

それは神様にとって、とても綺麗で完璧理想郷でした。

出典:StudioGIW「VAZIAL SAGA」より


https://anond.hatelabo.jp/20171022210553

少し追記する

人間歴史自然の克服である、と誰かが言った

それはつまり効率への志向である

人を鍛えるよりも、道具を作る方に人間進化してきた

人間の英知とは、自身で出来ることの増加ではなく、環境を変えることへの志向からまれ

「誰が行っても同じ結果が出る」は科学原則である

それは裏を返せば、個人でできることの減少である

はいくらでもある

利便性効率の追求によって、職人は消え、仕事は消え、人は人と仕事をしなくなる

人は欲求阻止体験を抱え込むことから解放されつつある。しかし苦悩場面を体験しないで済むということは当然その時発動される自我防衛・工夫などの鍛錬をしないことに通じる。

人は言葉を使って考えることで世界を内的に再構成すると言われるが、欲求満足や快感保証される社会では、個人はそうした作業負担を免れる。人格はその構成拡散させたままでも生存できる方向に向かっており、人は欲求とその満足というパターンを得ているうちは良いが、そうでない時には著しく脆弱な反応を見せる、「考えない」存在になっていくことが懸念されるのである

事実、対人関係だけはこうした欲求一満足という即物性を欠いている(人をモノ化した際には成立するが)。

現代人に残された難物がコフートの言うように周囲の人間との関係性に悩むことであるかもしれず、またそれも情報機器の助けによって容易に自己完結的な引きこもりへの道が用意されていると言えよう。

――田村敏昭(2004),内的葛藤を失った現代青年 臨床事例から理解,東亜大学総合人間文化学部紀要,4,17-26

出典


この「人をモノ化した際には成立する」というのが、今の日本で行われつつあるのではないだろうか

「現代のオタクは少女をどこまで「破壊」すれば安心するのだろうか」で書いたように

キャラクターとはそもそも人間性を破壊しモノ化した対象を指す

また、現代における現実人間関係そもそも葛藤回避である印象もある

お互いに不快な思いをさせないよう、生ぬるい表面的な関係とやり取りに終始する傾向にあるのではないだろうか

その反動としての「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」や「とらドラ!」の存在が持て囃される一方で

アニメシリアスがあると見たくなくなる人々」が居るわけで

彼らの世界には葛藤はなく、それを表現した作品への希求はなく、ただただ苦痛体験アニメ媒体を通して追体験させられているように感じられるのではないだろうか

そこにきて「Re:ゼロから始める異世界生活」において主人公が陥るような自己肥大自己嫌悪といった葛藤に直面化させられると

主人公気持ち悪い」「かっこ悪い、見てて苦痛」という感想しか持ちにくく、自分と相対化してみることができなくなる

ネットにおいて「自分がその段階を通過していないから、スバルに対して"ああ、自分もこういう時期あったな"とみることができない」という指摘がしばしばみられるが

これもやはり葛藤を持つことの不慣れからくる保持能力の欠如に対してのしてきであると捉えられるだろうか

結論:兎にも角にも、サーバルちゃんの全肯定現代オタク希求する

2017-10-20

デザイナー存在価値

米国AdobeMAXというイベントが行われている。

https://max.adobe.com/

その中で発表されたAdobe Senseiが衝撃的だった。

https://techcrunch.com/2017/10/18/adobe-says-it-wants-ai-to-amplify-human-creativity-and-intelligence/

これは何かというと自動デザインを作ってれるAIだ。

私は絵がうまい。当然だ、小さい頃から絵を描き、大学を出るまでずっと描き続け、今も鉛筆を握らなかった日はない。

それに、私は根気強く何案も何案も出してデザインに対して妥協しない。

しかし、そんなことに価値がなくなりつつある。

AIに乗っ取られるまでにはもう少しかかると楽観視していたが、もうそうなる未来は近い。

デザイナーというのは本当に上澄みの、デザインを統括し、方向性を指揮する人間しかいらなくなる。

職人的なデザイナーは淘汰されていくだろう。

時代であるから仕方がないが、少し寂しい気もする。

受け入れて、変わり続けるデザイナーであり続けるしかない。

日本製造業江戸時代から進歩がない

現場で働く人は、作業を手仕事と捉えていて、工程勝手に省略・改良することに走る。

その人たちは、自己満足に浸り、仕事楽しい、誇りだと思い込んでいる。

カイゼン活動である程度は制御できるが、全てを報告させることは不可能

日本における製造業現場で働く人は、技術である作業の基礎理論職人芸的な技能区別できてないのではないか

2017-10-18

音楽以前に人の問題という話

anond:20171016161644

↑の元増田です。

ブコメを読んでいて色々思うことがあったので、補足説明を兼ねて追加エントリ

その前に、まず明るめの話から

果たして打楽器問題ないのか眼中にないのか気になる

自分が長く世話になったオケ打楽器は、今思えば神セクションだった。

「一発が拓く、まさしく一音入魂の素晴らしい瞬間」と「一発を外したときの怖さ」の両方を熟知していて、ストイックな音の追求に余念のない、セミプロ級の職人集団だった。

実際、彼らの奏でるティンパニはきちんと「旋律楽器」をやっていた。

勿論弦からも管からも信頼は厚かったし、思えば彼らの一発に何度も救われていたのだと、今頃になって思い至った。

態度も大人で、合奏中にチューナーで音取りし、それを根拠アンサンブルピッチを指摘されても「私の音は合ってます」と強弁して憚らない管楽器のことも悪く言わなかったし。

気づくのおせーのとプロ管楽器奏者も大概吹奏楽上がりだから主語がでけーのとで御愁傷様としか。なお吹奏楽やってる人ですらちゃんとやってればこの問題意識は持ってる。

であれば、極めつけのプロ管楽器奏者が吹奏楽をやったらどうなるん?ということで見つけたのがこの演奏

リード()」と思って軽い気持ちで聴き始めたけど、あっという間に引き込まれ最後まで一気に聴いてしまった。

こんなに味のある吹奏楽曲演奏は初めてというか、ここまで繊細に表現できるなら、何も言うことない最高の演奏だと思う。

というか、この演奏を聴いて「楽器の鳴り」だの「縦の線」だの、ましてや「コンクール」とかつまんねー事言い出す奴とは、多分楽しく合奏できないと思う(笑)

アルメニアトルコ隣国だけど、その上でトルコ軍楽隊してないのが良い。

勿論、N響管打コンバス+須川展也+外囿祥一郎というドリームチームなのはさておき。

そうなると、やはり問題学校吹奏楽文化か…ちなみに当該曲のWikipedia解説は、件のサイトが以前から玉石混交であることを前提としても頭が悪すぎ(というかボキャブラリに乏しい水槽厨が書いた感が半端ない、「かわいらしく演奏」「元気よく入る」「ドスを入れるように吹き」とか失笑ものだし、まさかと思うけど顧問の指摘の受け売り?)なので、吹奏楽の格が落ちると感じた人は修正すべきだと思う。


さて、前置きが長くなったけど、ここからが本題。

もっともな意見だけど、そのオケコンマス音楽監督はどういう心境でその音を聴き逃してたんだという疑問しかない

まず、そのオケには常任指揮者がいない

運営が人づてに、毎回色んな指揮者を呼ぶんだけど、理由が「変な人に居座られたら面倒だから」。

そして運営だが、実はこのオケ運営もほぼ全員管の人間なのだ

から、呼ばれる指揮者だって当然管楽器奏者目線での人選の結果となる(選曲も然り)。

これは別に弦の人間他力本願からではなく、運営が弦の人間を入れたがらないというのが実情だったり。

曰く

「弦は本番全乗りで運営仕事なんてまともに出来ないだろうから

「管は必ず降り番があるし、学校部活でなにがしかの係を経験していて慣れてるから

ということらしい。

随分と舐められたものである


次にコンマスの件。

自分がそのオケに入る前だから、もうかなり昔の話になるが、当時のコンマス指揮者対立してしまたことがあったそうな。

そして、あろうことか管楽器コントラバス人間指揮者の肩を持ち、コンマスを追い出してしまという結果になった。

それ以後の歴代コンマスは、弦セクションやヴァイオリンパート指導だけを黙々とこなす人ばかりが就くようになってしまったと。

ちなみにコントラバスってメンタル的な観点で、彼らは管楽器奏者だよねというのが個人的な持論。

そもそも他の弦パートの人に「お前そこ弾くな」とか言い放つような奴は仲間じゃねーから

てか吹奏楽部って「そこ吹くな」は勿論、指揮者からバカとか死ねとか普通に言われるんでしょ?

なんかもう、同じ音楽人なのに生きてる世界が違いすぎて引くわー。


結局、仕事でも趣味でも、起きる問題は詰まるところ人の問題なのだと心底痛感する。

そんでもって10年以上もいて、その問題解決どころか、多少なりともマシな状態にすら持っていけなかった自分は、社会性という視点で言ったら間違いなく無能だろう。

一連のエントリは、そんな自分のことを棚に上げて書いたものであることを白状しておく。

から罪滅ぼしというわけではないが、今後関わるオケでは、もっと人間重視で活動できればと思っている。

まあ、トラで行ってるオケはどこも弦と管の仲が良いし、そしてその親密さから来る協調感というのだろうか、温かみのあるサウンドに結構感動しながら弾いていたり(今までが異常に冷たかったんだろうけど)。

いずれ、それらのオケのどこかに落ち着くつもりである

2017-10-12

デザイナー仕事AIによって代替可能

例えば、パクリ職人佐野のOUTPUTなんてAI代替可能だと思うんだよね。

あ、あいつはデザイナーじゃないって?

まり創造ゼロ人間ほど代替えがきくと思うんだけど?

ああちなみにもっと前だとコーディングシートとか机上デバッグとかそういうめっちゃツライ職人オンリー世界だったんだろう

そこまで遡るとあまり羨ましがられることもないと思う

2017-10-11

マチアソビにて片渕監督講演会覚え書き

キャラクターに宿る存在感

この世界の片隅に」が目指したこ

片渕須直監督

藤津亮太アニメ評論家

いつもだと自分パソコン開くんですが。今日は藤津さんのパソコンで。

コメンタリー上映会2回目。まだ喋る内容がある。というかしゃべる時間が足りない。映画ポーズで止めたかった。

キャラクター作りについて。すずさんがそこにいるということを目標ひとつとしていた。これはマイマイ新子の頃から

絵空事では無く。肉付け。外側の世界を充実させることで、結果的パーソナリティを描けるのではないか

世界構成要素を本物で描く。我々の作るアニメーションファンタジーとなるのだが、日常空間から逸脱することでファンタジーを描くのだが、実際の世界を描くことでファンタジーリアリティが与えられる。

名犬ラッシーからラッシーイギリス舞台エリザベステイラー時代アメリカホームドラマの影響で作ろうとしてた。ロケハンにも行けなかったので、行ったことの無いヨークシャの炭鉱想像と調べたことの組み合わせで作っていった。

町に住んでいる人達準レギュラーにすることで、街自体を描く。そうやってストーリーにしていった。炭鉱の浮沈や犬を手放すことになったサブシーンを描いていく。考えながら走りながら作っていった。

町を本物らしく見せる鍵は町自体歴史があるという背景。町の川側から町を描くシーン。その世界を裏側から描写する。立体的に書き割りでは無い町。

アリーテ姫リアリティのあるファンタジー。国がどうやって運営されているかとかが描きこまれていた。城下職人暮らしを描くことで、アリーテの気持ち世界を描いた。

人の生活を示すことで、キャラクター存在感が出てくる。

大学入った頃に観た、高畑勲さんの作品の影響もある。ハイジの話し。ドイツの町に住むことになって、ハイジクララピクニックに行くが、楽しんでいたクララが突然限界がきて辛そうになる。二面性。リアル世界

当時はすごいめんとくさいなと思った。学生の頃はみえてない。世界みえてなかった。

人間を描くのはめんどくさいなと思った。名探偵ホームズはやりやすかった。宮崎駿さんが、人間の深みとか書くつもりの無い人だったから。

魔女の宅急便の時にそのあたりに踏み込んだ。普通の人がどう生きてるか。成長していくか。心の構造精神発達心理学など。伊丹十三さんとか岸田秀さんの唯幻論。人はどうできているか

1人の人の中には複数個性バランス。その場に応じて表面に出てくる割合が変わっていく。

アリーテ姫原作は単純なキャラ。悪役の魔法使いボックス原作主人公クレバーでは無いが、ボックスの悪役を掘り下げたことで、アリーテ姫は機転がきいた子になる。

自分を偽って生きているのが、自分たちの正体ではないか?虚飾の魔法使い。本当の人生を生きていない人の描きこみがアリーテ姫から始まった。

ブラックラグーンの作り込み。原作が途中から追いつかなかったので、ストーリーを聞いて描いていった。

この世界の片隅にの径子の台詞。径子は自分自分の道を選んだから。すずとりんはそうじゃない。ブラックラグーンOVA。周りのキャラにも、そうじゃない人生があったというエンディング悪漢たちの別の顔。

自分が選んだ道を歩いていけてる訳ではない。だからこそ、そういうありたかった人生に触れることでその人間を描く。

原作を超えたところを描きこんだブラックラグーン。立体的な背景。タイのような舞台タイ基本的外国支配を受けていないが、南の一部はインドネシア領フランス占領されたりしていた。

アリーテ姫自分人生を歩き始めたところから始まる。

そうじゃないところから始まったのが、ブラックラグーン

最初丸山さんは監督無しで3話ごとに交代でやる予定だった。さすがにそれはまずいだろうと基本設定決めるところをやってたら、丸山さんが監督を全く考えてなかったので気が付いたら監督していた。

ブラックラグーンはこれまでの片渕監督作品イメージと違うので、ペンネームでやるかという話しがあった。マイマイ新子と同時期。

うまくいかなかった人生を書いたブラックラグーンマイマイ新子の周りの大人たちは上手くいってない。原作には1000年前の設定は無かった。国府の話しは出た。

でも、1000年前の話しが出たら、そこをふくらませてそこに見えない世界を描くのがファンタジーであり、そこを描き込むのが本能みたいなもの

1000年前のことをきちんと調べることでファンタジーの描きこみができる。実際の280回くらいの発掘調査報告書を読んで、その中の図を集めて今の地図に重ねる。でも全然足りない。国衙調査でも足りない。でも道路などがわかる。1000年前と今の間にもいろんな世界がある。

1000年前の世界1000年前の話し。1000年前が真ん中。

ブラックラグーンタイ取材にいこうとしてたら、洪水でいけなかった。ベトナム香港などは行った。

マイマイ新子は3回くらいしか現地に行ってない。終わった後の探検隊10回。そちらの方が多い。

発掘調査報告書がメイン。古本屋から写真など。干拓地のきーこ。カネボウ工場社宅。そのカネボウ最後工場長から写真などをもらえた。

事前の知識を持ってロケハンに行かないと見てもわからない。塀のイメージなど発掘している現地でイメージが湧くためには知識が無いと出来ない。

事前に知っているからこそ、現地で発掘している人と話しがきちんと理解し合える。情報をもらえる。今でもあって昨日も泊まらせてもらった。

ハイジクララ矛盾マイマイ新子では子供たちは純粋だけど、周りは思ったように生きられてない。

マイマイ新子金魚が戻ってきたのが最後原作者体験らしい。死んだはずの金魚がまた出てくるという思いが子供世界。おじいちゃんの死の原作での書き込みを外して。

原作者は男女の性愛を描く人。それを入れなかった代わりに死の表現がにじみ出ている。死を描くための映画にしたくなかった。

普通に歳をとって死んだおじいちゃんの話しは重くしたくなかった。で、ヤクザの話しを膨らませた。

この世界の片隅にのすずさんは大人少女から大人への端境期という面が原作より強いと原作者から言われた。すずさんは18歳で自分意思とは関係無く嫁にいかされる。

すずさんは自分空っぽだと思っていたが、実は中にはたくさんあった。

マイマイ新子のきーこ。新子に対して現実的な子。自分には無い想像力を持った新子をうらやましいと思っている。きーこと新子は2人とも主人公

すずは自分の内側にあるものから変化する。空っぽな人はいないが、それを表に出せないタイプのすず。アニメーションやってる人も普通の人。

日本アニメドキュメンタリー性を持って進化してきたと思う。記録性。

年齢層が上がってきた。巨人の星読売巨人軍や二軍。実際にある世界を描くようになってきた。オバケのQ太郎とは違う。観る年齢層があがる。

長くつしたのピッピルパン企画書を見つけた。タバコや銃のブランド定義ピストルで済ませるのでは無くワルサーP38ルパン三世カリオストロでは赤いきつねコカコーラを描いてる。

日本アニメにそういうリアルを描く流れができた。母を訪ねて三千里は、周りの人間リアリティが入ってきて、中学生くらいがみられる作品

手塚治虫さんの漫画の描き方の本。アシスタントに車を描けといったらできなかった。手塚治虫さんの言う車は抽象的な車だったが、今は実際の車。

この世界の片隅にでは実名のある描きこみ。実現できなかったすずさん。抽象的な戦時中ではなく、現実カケラを組み合わせた。

出来るだけ背景を捉える。人物サイズを大きくしがちだが、もっと背景を描く。背景にあるもの存在感

効果音BGMについて。この世界の片隅にでは、出来るだけ実写の音響でということをお願いした。アニメ表現より実写の表現BGM無しでも良いかとも思ったが、BGM心理描写ができた。

2017-10-10

anond:20171010114400

元・改竄職人ですが、今でもばれていません。

anond:20171010105702

かに、たとえ偏屈な奴でも特殊技術を持っている奴は、「変った奴だけど仕事はできる」、みたいに言われて

病人扱いされる事は無かったような気がする。

今はそんな職人なんて滅多にいない。

変ってるやつ、皆と少し違うやつ、そんな奴には直ぐに精神疾患レッテルを貼るような風習にになってしまったのかもしれない。

2017-10-09

■マチアソビにて片渕監督講演会覚え書き



キャラクターに宿る存在感

この世界の片隅に」が目指したこ

片渕須直監督

藤津亮太アニメ評論家

いつもだと自分パソコン開くんですが。今日は藤津さんのパソコンで。

コメンタリー上映会2回目。まだ喋る内容がある。というかしゃべる時間が足りない。映画ポーズで止めたかった。

キャラクター作りについて。すずさんがそこにいるということを目標ひとつとしていた。これはマイマイ新子の頃から

絵空事では無く。肉付け。外側の世界を充実させることで、結果的パーソナリティを描けるのではないか

世界構成要素を本物で描く。我々の作るアニメーションファンタジーとなるのだが、日常空間から逸脱することでファンタジーを描くのだが、実際の世界を描くことでファンタジーリアリティが与えられる。

名犬ラッシーからラッシーイギリス舞台エリザベステイラー時代アメリカホームドラマの影響で作ろうとしてた。ロケハンにも行けなかったので、行ったことの無いヨークシャの炭鉱想像と調べたことの組み合わせで作っていった。

町に住んでいる人達準レギュラーにすることで、街自体を描く。そうやってストーリーにしていった。炭鉱の浮沈や犬を手放すことになったサブシーンを描いていく。考えながら走りながら作っていった。

町を本物らしく見せる鍵は町自体歴史があるという背景。町の川側から町を描くシーン。その世界を裏側から描写する。立体的に書き割りでは無い町。

アリーテ姫リアリティのあるファンタジー。国がどうやって運営されているかとかが描きこまれていた。城下職人暮らしを描くことで、アリーテの気持ち世界を描いた。

人の生活を示すことで、キャラクター存在感が出てくる。

大学入った頃に観た、高畑勲さんの作品の影響もある。ハイジの話し。ドイツの町に住むことになって、ハイジクララピクニックに行くが、楽しんでいたクララが突然限界がきて辛そうになる。二面性。リアル世界

当時はすごいめんとくさいなと思った。学生の頃はみえてない。世界みえてなかった。

人間を描くのはめんどくさいなと思った。名探偵ホームズはやりやすかった。宮崎駿さんが、人間の深みとか書くつもりの無い人だったから。

魔女の宅急便の時にそのあたりに踏み込んだ。普通の人がどう生きてるか。成長していくか。心の構造精神発達心理学など。伊丹十三さんとか岸田秀さんの唯幻論。人はどうできているか

1人の人の中には複数個性バランス。その場に応じて表面に出てくる割合が変わっていく。

アリーテ姫原作は単純なキャラ。悪役の魔法使いボックス原作主人公クレバーでは無いが、ボックスの悪役を掘り下げたことで、アリーテ姫は機転がきいた子になる。

自分を偽って生きているのが、自分たちの正体ではないか?虚飾の魔法使い。本当の人生を生きていない人の描きこみがアリーテ姫から始まった。

ブラックラグーンの作り込み。原作が途中から追いつかなかったので、ストーリーを聞いて描いていった。

この世界の片隅にの径子の台詞。径子は自分自分の道を選んだから。すずとりんはそうじゃない。ブラックラグーンOVA。周りのキャラにも、そうじゃない人生があったというエンディング悪漢たちの別の顔。

自分が選んだ道を歩いていけてる訳ではない。だからこそ、そういうありたかった人生に触れることでその人間を描く。

原作を超えたところを描きこんだブラックラグーン。立体的な背景。タイのような舞台タイ基本的外国支配を受けていないが、南の一部はインドネシア領フランス占領されたりしていた。

アリーテ姫自分人生を歩き始めたところから始まる。

そうじゃないところから始まったのが、ブラックラグーン

最初丸山さんは監督無しで3話ごとに交代でやる予定だった。さすがにそれはまずいだろうと基本設定決めるところをやってたら、丸山さんが監督を全く考えてなかったので気が付いたら監督していた。

ブラックラグーンはこれまでの片渕監督作品イメージと違うので、ペンネームでやるかという話しがあった。マイマイ新子と同時期。

うまくいかなかった人生を書いたブラックラグーンマイマイ新子の周りの大人たちは上手くいってない。原作には1000年前の設定は無かった。国府の話しは出た。

でも、1000年前の話しが出たら、そこをふくらませてそこに見えない世界を描くのがファンタジーであり、そこを描き込むのが本能みたいなもの

1000年前のことをきちんと調べることでファンタジーの描きこみができる。実際の280回くらいの発掘調査報告書を読んで、その中の図を集めて今の地図に重ねる。でも全然足りない。国衙調査でも足りない。でも道路などがわかる。1000年前と今の間にもいろんな世界がある。

1000年前の世界1000年前の話し。1000年前が真ん中。

ブラックラグーンタイ取材にいこうとしてたら、洪水でいけなかった。ベトナム香港などは行った。

マイマイ新子は3回くらいしか現地に行ってない。終わった後の探検隊10回。そちらの方が多い。

発掘調査報告書がメイン。古本屋から写真など。干拓地のきーこ。カネボウ工場社宅。そのカネボウ最後工場長から写真などをもらえた。

事前の知識を持ってロケハンに行かないと見てもわからない。塀のイメージなど発掘している現地でイメージが湧くためには知識が無いと出来ない。

事前に知っているからこそ、現地で発掘している人と話しがきちんと理解し合える。情報をもらえる。今でもあって昨日も泊まらせてもらった。

ハイジクララ矛盾マイマイ新子では子供たちは純粋だけど、周りは思ったように生きられてない。

マイマイ新子金魚が戻ってきたのが最後原作者体験らしい。死んだはずの金魚がまた出てくるという思いが子供世界。おじいちゃんの死の原作での書き込みを外して。

原作者は男女の性愛を描く人。それを入れなかった代わりに死の表現がにじみ出ている。死を描くための映画にしたくなかった。

普通に歳をとって死んだおじいちゃんの話しは重くしたくなかった。で、ヤクザの話しを膨らませた。

この世界の片隅にのすずさんは大人少女から大人への端境期という面が原作より強いと原作者から言われた。すずさんは18歳で自分意思とは関係無く嫁にいかされる。

すずさんは自分空っぽだと思っていたが、実は中にはたくさんあった。

マイマイ新子のきーこ。新子に対して現実的な子。自分には無い想像力を持った新子をうらやましいと思っている。きーこと新子は2人とも主人公

すずは自分の内側にあるものから変化する。空っぽな人はいないが、それを表に出せないタイプのすず。アニメーションやってる人も普通の人。

日本アニメドキュメンタリー性を持って進化してきたと思う。記録性。

年齢層が上がってきた。巨人の星読売巨人軍や二軍。実際にある世界を描くようになってきた。オバケのQ太郎とは違う。観る年齢層があがる。

長くつしたのピッピルパン企画書を見つけた。タバコや銃のブランド定義ピストルで済ませるのでは無くワルサーP38ルパン三世カリオストロでは赤いきつねコカコーラを描いてる。

日本アニメにそういうリアルを描く流れができた。母を訪ねて三千里は、周りの人間リアリティが入ってきて、中学生くらいがみられる作品

手塚治虫さんの漫画の描き方の本。アシスタントに車を描けといったらできなかった。手塚治虫さんの言う車は抽象的な車だったが、今は実際の車。

この世界の片隅にでは実名のある描きこみ。実現できなかったすずさん。抽象的な戦時中ではなく、現実カケラを組み合わせた。

出来るだけ背景を捉える。人物サイズを大きくしがちだが、もっと背景を描く。背景にあるもの存在感

効果音BGMについて。この世界の片隅にでは、出来るだけ実写の音響でということをお願いした。アニメ表現より実写の表現BGM無しでも良いかとも思ったが、BGM心理描写ができた。

2017-10-02

表現修正版】『けもフレ騒動を、元アニメ版営業が丁寧に解説する(2)

表現が汚かったため、もう今さらではありますが、

今私にとれる行動として、文章表現修正しました。内容は変えていません。

不快な思いをさせてしまった方々、申し訳ありませんでした。

https://anond.hatelabo.jp/20171002002200

の続き

経緯の解説 ※業界関係者としての想像

まず前提として説明しておきたいのが、コンテンツ制作生業にするこの業界には、

「0から1を生み出すクリエイターが一番エラい認識と、

クリエイターを、『大人喧嘩』に巻き込まない」という不文律が共有されていることです。

これは、クリエイター制作作業に集中させる環境を整えるのが会社の役目であって、

権利トラブルを始めとする「大人喧嘩」に巻き込んで余計な負担をかけるべきではない、という考え方からきています

まともなエンタメ企業ほど、この前提が社員にしっかり浸透しています

※そういう意味では、KADOKAWAアニメ事業局・ライツ事業局は、まだまともな方です。

以上を踏まえて、これは私が外部の人間である以上、妄想の域をまったく出ませんが、

何の根拠もない妄想よりは幾分かは良い、というところで、私の思う経緯を書きます

KADOKAWA、2期制作にあたり、12.1話のようなことを節々でやらないよう、ヤオヨロズに念押し。

ヤオヨロズ、「2期制作は請けるが、たつきが一番功労者エラいんだからたつきの好きにさせろ」と返答。

KADOKAWAたつきへのリスペクトはあるが、幹事会社として、その要求は飲めないことを通達。モメ始める。

ヤオヨロズ、モメた末、「そんな条件を出してくるならオリる」脅しのカードを切る。

たつきはここまで、以上のようなやりとりがあったことを一切関知しておらず、制作作業に集中していた】

ヤオヨロズたつきに「KADOKAWA意向制作ハズされちゃったんですよね」と報告。

たつき、驚きながら「突然ですが~」のツイート

10/01ブコメ指摘有:KADOKAWAヤオヨロズとの窓口ではあっても、幹事会社ではないそうです。申し訳ありませんでした)

あくま妄想です。

また、何度でも書きますが、ヤオヨロズは「近々公式コメント出すから大人しくしててね」くらい発信すべきです。

たつき氏も含め、現状をどうお考えなのか気になります

たつき氏とヤオヨロズがすべきだったこ

しかに、たつき氏はけもフレを盛り上げた一番の功労者であることは間違いありません。

しかしながら、仮にも「商業アニメ製作」に関わる人間として、

他者権利侵害しないよう、正当な手順を踏まなければならなかったのも事実です。

百歩譲って、たつき氏は「ものづくり以外のことは専門外」な職人だったにせよ、

ヤオヨロズの渉外役は、たつき暴走しないよう適宜コントロールする役割立ち位置を、

会社としては、とらなければならなかったはずです。

事実上権利者」としての立場の強さを使って、自分たちリスクをとる形で、

KADOKAWAと、製作委員会交渉をして、もっと他の道を探ることだってできたはずです。

今回のように、ファン巻き込んで、KADOKAWA炎上させるようなやり方ではなく、です。

未だにKADOKAWAを叩いている人々に言いたいこと

あなたたちは、たつきツイートを見て「なんで?」と困惑するに留まるべきだったと思います

製作委員会から情報発信を待つべきだったし、

同時に、ヤオヨロズから情報発信を待つべきでした(未だに何もありませんが。。。)

知識情報も十分でない内からKADOKAWAを叩くべきではありません。

まり商業アニメを軽く見ない方がいいと思います

商業アニメと、作品に関するすべての情報は、

本当に想像がつかないほど多くの企業人間が熱意を持って関わって、チェックされて、

確認結果OK」のお墨付きを受けて、ようやく世に出てきているんです。

そもそも、「カネ」や「利権」体質だとKADOKAWA批判するあなたたちは、そこで働く人間に会ったことがあるんでしょうか?

彼らの作品づくりにかける思いを知っていますか?平均年収を知っていますか?

年間にいくつの作品を世に出して、新人作家デビューさせ、喜ぶファンを生んでいるのか知っていますか?

私が出会ってきたKADOKAWA人間は、本当にクリエイターのことを尊敬していたし、大事にしていたし、

ファン作品を楽しんでもらうために、毎晩遅くまで、身を粉にして働いている人たちばかりでしたよ。

だいたい、お金がなければ新しい作品を作れないし、

そもそも出版業を始めとしたコンテンツビジネスは、利権があって初めて成り立つものです。

「カネ」や「利権」、こうした概念を重視したビジネス批判するなら、

KADOKAWA以外の作品も含め、マンガアニメ映画も、見ることを一切やめるべきです。

そうすれば悪の根源たるエンタメ企業は続々潰れるだろうから理想の世の中に一歩近づくのではないでしょうか?



それから、吉崎先生が原因うんぬんかんぬんのニュース記事プレスリリースでもなんでもないので、

情報が揃うまでは気をつけたほうがいいと思います

追記

自ら根拠の無い話(妄想)を蓋然性ある仮説の様に述べておいて、狼狽してばたついてるけもフレファンを「事実を何も知らない状態で騒ぐ馬鹿」扱いされても「何言ってんのお前?」としか言い様がねぇわ。

あれだけKADOKAWAに石を投げておいて「狼狽してバタついてる」って、どうなんでしょうか。

記事にも書きましたけど、確かに、「なんで?」で止まるなら私はあるべき姿だと思いますよ。

そうじゃなくて、こういう基本的知識を持ってたら、脊髄反射KADOKAWAを叩くような行動はとらないでしょ?

からちょっと落ち着くべきだな」と思うオタクを増やすために、私はこの記事を書いたんです。

何度も私は書いています。「ヤオヨロズからリリースを待ちたい」って。

けど現状、製作委員会からコメントしか出てない以上、その事実をもとに妄想するしかないわけです。

でも、その妄想だって知識のあるなしで結論も、その行動も、随分変わってくるとは思いませんか?

頂いたようなコメント一番星が集まるところが、まさしく今回の騒動の難しさなのだと思います

私が書いた記事が長文すぎて、読まれなさすぎ分かりにくすぎたのが原因ならすみません

ファンが受け取る価値を最大化することがそのまま製作委員会利益につながるはずで(つながる仕組みを作るべきで)、12.1話制作とそのスピード感は間違いなく「差し引き」プラスだったはず。冷徹利益を追求しろ

そうですね。その通りだと思いますけど理想論ですね。

権利ビジネスやること自体否定に繋がるので。商業アニメ映画マンガなどなどの全否定意味していると思います

製作委員会権利者たち)が要求したのは「発信情報の事前確認」です。

これを、時間をかけず、シームレスにやれというのは無理です。

また、ヤオヨロズたつきに「言いにくかった」要素の方が大きいと思えるから

クリエイターに逐一情報共有しながら進める」といった解決策の方が現実的になってきますけど、

それは業界文化的にナイと思うので難しいところですし、

少なくとも、こうして考えた場合にも、「KADOKAWA一方的に叩く」という行動にはつながらないと思います

従来のアニメに比べて「制作費半分、売り上げ5倍」なんて言われてるし、ビジネスの面で魑魅魍魎がどったんばったん大騒ぎしてるんだろうが、それゆえに窓口としてのKADOKAWAの責は免れんわな

制作費半分、売上5倍の話が、権利の話にどう関係してくるんでしょうか?

安い値段で請けて納品してやったんだから、好き勝手やらせろ、というのは、

それがまかり通ったら、全ての商売が成り立たないと思います

制作委員会の各担当者って利益や人気よりも権利を取るほど無能なの? 12.1話が悪い、ではなく火種の発端の内のほんの一つだった程度ならまだ信憑性あるけど。ヤオヨロズ何か言えは完全同意。どんどん立場悪くなる。

あくまヤオヨロズからリリースがあるまでは妄想ですけど、12.1話自体問題にしているのではなく、

「今後のリスク」を考えたんだと思いますよ。

自分権利があるモノに関する情報発信を、自分手綱のとれない誰かに委託するのが怖い」感覚、わかりませんか?

しか12.1話は、現状見えている情報からは、成功した企画になったと言っていいでしょうが

「同じようなことが今後もあるのは嫌」というのをヤオヨロズへの窓口としてのKADOKAWAに強く言った可能性は高いし、

ヤオヨロズは、最初全然自由だったし、ここまでけもフレを育てたのはたつきだという意識があるからこそ、

それをたつき氏に伝えにくかったというのもあると思いますよ。

同じくヤオヨロズが何か言うべきというのは私も完全同意ですね。

分かりやす説明。これで叩かれるってのは気の毒ですな。

文章力がなく長くなってしまってすみませんありがとうございます

増田の予想が正しかったとして、ヤオヨロズがクソなのは分かるけど、それを制御できなかった製作委員会ウンコだと思った

ヤオヨロズがクソというか、前提のこういう基本的知識があれば、

KADOKAWAは必ずしも悪くない」結論にたどりつくはず、という趣旨です。

ただ、ヤオヨロズ制御するのは製作委員会側じゃなく、ヤオヨロズという会社自体問題だし、

たつき制御すべきなのはヤオヨロズという会社だったはずと思いますよ。

夜中まで身を粉にして働く人たちだからまともな判断力が失われるのでは。

鋭い指摘ですね。

ただ、少なくとも現状出てる情報からは「KADOKAWA側のまともな判断力が失われていた」と判断できる記述はないですね。

裏側から透けて見えるこの人のような態度そのもの現在燃えている原因な気がするけど、おそらく当人たち理解はできてないんだろうなーと思った

私の態度は申し訳ありませんでした。

けど、この件に関するKADOKAWA側の態度の、どこが問題だったんでしょうか?

それを具体的に言えないのが、今回の炎上の難しい部分だと思いますよ。

たつき排除するという結論が出る時点でまともな判断力をもってるとは言い難い。ゴミオタクの反発が予想外だったとでも?

排除した主体は、現状出ている情報からは、ヤオヨロズですよ。

そりゃ反発は予想していたでしょう。だからたつき続投の方向性で調整方法を探っていたと思います

まずファンはそこで一歩踏み込みすぎてますよね。「KADOKAWA一方的降板させた」って。

ヤオヨロズ側にとってみれば、自分らが権利を持っていないのは当然歯がゆいし、

功労者であるたつきに好きなようにやらせてあげたい」という気持ちたつきへの敬意もあるから

制作おりますよ??」という脅しは、彼らにとって交渉カードなわけですよ。

けれど、どういう意図であの情報たつきから発信されたのかを知るすべが現状ないから、

私は再三「ヤオヨロズからリリースを待ちたい」と書いてるし、

KADOKAWAが必ずしも一方的に悪い話ではない」と言っています

「「クリエイターを、『大人喧嘩』に巻き込まない」という不文律が共有されている」→4→5だとするとたつき氏悪いの???ってなるけどな。あと後半の話は電通あたりにも言えるし、でも人は死んでますよねってなる

でもヤオヨロズからリリースがあるまでは何とも言えない部分はあるけど、

私の感覚からすれば、たつき氏は本当に降板が寝耳に水だっただろうし、悪くないと思いますよ。

現状出ている情報からは、悪いのはヤオヨロズであるように見える、という話です。

電通問題含め、働き方に関する問題は、あまりにも門外漢なので触れません。

12.1話作ることが業界的にそんなに問題なら、何で吉崎先生は「自由に作って良い」って言ったの?あとカドカワ声明通りなら、番外編制作時の事前通知が嫌で本編制作拒否になるんだけどあの声明鵜呑みにして良いのか

原作者の吉崎先生自由に作っていいと言えば何やってもいいわけじゃないですよ。なぜなら作品を一人で作っている「同人」じゃないから。

商業アニメ」だから、色んな会社が、分割された権利をたくさん持っているんです。製作委員会も「自由に作って良い」と言えば問題ないと思いますよ。

「事前通知が嫌な声明鵜呑みにしていいのか」という指摘ですが、仰る通り、ヤオヨロズからプレスリリースを待った方がいいのは確かです。

けど今出ている公式コメント製作委員会のものだけですし、少なくとも、「KADOKAWA一方的に叩く」風潮に一石を投じたい私の立場としては、

情報として十分なわけです。未だに「近々コメント出すから、誰かに迷惑かけないでね」すら言わないヤオヨロズを信頼できないというのもありますけどね。

それから、(2)の方にも書きましたけど、この業界には「クリエイターが一番エラい」とする文化があって、たとえ相手お金をもらう立場だったとしても、

無理なことはやらせられない、けど権利など大人の事情が絡むときにはその無理を、神経使いながら通さなければいけない、というような考え方が浸透してます

もちろん、何度も何度も書いてますが、ヤオヨロズからプレスリリースを待ちたい一方で、業界文化的に考えれば、

ヤオヨロズは、「たつき自由やらせようとした」はずです。「たつきさん、思うようにやってください!」くらい言ってそうなのは想像つくわけです。

誰にだって分かるように、けもフレ一番の功労者ですからね。

けど(製作委員会代表しての)KADOKAWAから、「事前に内容をこちらで確認してから情報発信にしてください」と言われ、

最初全然管理してこなかったくせに、お金になり始めたからって今さら管理しようとしてくるなよ」という反発心はあっただろうし、

何より「たつきが一番エラくて功労者なんだからたつきの好きなようにさせろよ」と思ったとしても自然だと思います

ういういざこざが(たつきの知らないところで)続いていて、こじれる所までこじれた結果、たつきの「突然ですが」ってツイートなのではと言ってるわけです。

言ってることは十二分に分かるんだけど、それを踏まえても金の成る木を切り倒してしまったのはビジネス的に無能だよね

「切り倒した」のは、本当にKADOKAWAなんでしょうか?

KADOKAWAは、たつき人気で盛り上がってきたコンテンツであることが、本当に分からない程度の会社なんでしょうか?

そもそも製作委員会からリリースには、「ヤオヨロズから辞退の申し出があった」としか書かれていません。

それに対して、KADOKAWAはどう返したんでしょうか?まだ、情報が不足してはいないでしょうか?

私は現状出ている情報からは、悪いのはヤオヨロズであるように思えます

未だになんの声明も出さない部分まで含めて、ちょっとどうなのかなと思っています

たつき氏が悪いと言っていません。手綱をしっかりとる責任を果たさなかったヤオヨロズが悪いと言っています

なぜなら、KADOKAWAたつきが直接交渉してるとは考えられないからです。その理由は(2)にも書きましたが、

たつき氏には制作作業に集中してもらって、ヤオヨロズの窓口が(製作委員会窓口としての)KADOKAWA交渉していたはずだからです。

たつきから暴露ツイートが発信されないようコントロールするところまで含めてKADOKAWA責任だったというのは、

少し無理筋すぎはしないでしょうか。

2017-09-30

けもフレ騒動を、元アニメ版営業が丁寧に解説する(2)

表現修正版はこちら(基本は修正版を読んでください)

https://anond.hatelabo.jp/20171002015348

https://anond.hatelabo.jp/20170930045332

の続きです。


経緯の解説 ※業界関係者としての想像

まず前提として説明しておきたいのが、コンテンツ制作生業にするこの業界には、

「0から1を生み出すクリエイターが一番エラい認識と、

クリエイターを、『大人喧嘩』に巻き込まない」という不文律が共有されていることだ。

これは、クリエイター制作作業に集中させる環境を整えるのが会社の役目であって、

権利トラブルを始めとする「大人喧嘩」に巻き込んで余計な負担をかけるべきではない、という考え方からきている。

まともなエンタメ企業ほど、この前提が社員にしっかり浸透している。

※そういう意味では、KADOKAWAアニメ事業局・ライツ事業局は、まだまともな方だ。

以上を踏まえて、これは私が外部の人間である以上、妄想の域をまったく出ないが、

知識がない人の妄想よりは幾分マシ、というところで私の思う経緯を書く。

KADOKAWA、2期制作にあたり、12.1話のようなことを節々でやらないよう、ヤオヨロズに念押し。

ヤオヨロズ、「2期制作は請けるが、たつきが一番功労者エラいんだからたつきの好きにさせろ」と返答。

KADOKAWAたつきへのリスペクトはあるが、幹事会社として、その要求は飲めないことを通達。モメ始める。

ヤオヨロズ、モメた末、「そんな条件を出してくるならオリる」脅しのカードを切る。

たつきはここまで、以上のようなやりとりがあったことを一切関知しておらず、制作作業に集中していた】

ヤオヨロズたつきに「KADOKAWA意向制作ハズされちゃったんですよね」と報告。

たつき、驚きながら「突然ですが~」のツイート

10/01ブコメ指摘有:KADOKAWAヤオヨロズとの窓口ではあっても、幹事会社ではないそうです。申し訳ありませんでした)

あくま妄想です。

何度でも書くが、ヤオヨロズは「近々公式コメント出すから大人しくしててね」くらい言えないものなのか?

たつきもそうだけど、社会人としてどうなのと思いますよ。

たつきヤオヨロズがすべきだったこ

しかに、たつき氏はけもフレを盛り上げた一番の功労者であることは間違いない。

しかしながら、仮にも「商業アニメ製作」に関わる人間として、

他者権利侵害しないよう、正当な手順を踏まなければならなかったのも事実だ。

百歩譲って、たつき氏は「ものづくり以外のことは専門外」な職人だったにせよ、

ヤオヨロズの渉外役は、たつき暴走しないよう適宜コントロールする役割立ち位置を、

会社としては、とらなければならなかったはずだ。

事実上権利者」としての立場の強さを使って、自分たちリスクをとる形で、

KADOKAWAと、製作委員会交渉をして、もっと他の道を探ることだってできたはずだ。

今回のように、ファン巻き込んで、KADOKAWA炎上させるようなやり方ではなくね。

あと責任を持って、早く何らかのプレスリリース出してください。

未だにKADOKAWAを叩いている人々に言いたいこと

あなたたちは、たつきツイートを見て「なんで?」と困惑するに留まるべきだった。

製作委員会から情報発信を待つべきだったし、

同時に、ヤオヨロズから情報発信を待つべである。(未だに何も無いのは本当にクソ)

知識情報も十分でない内からKADOKAWAを叩くべきではない。

まり商業アニメをナメない方がいい。

商業アニメと、作品に関するすべての情報は、

本当に想像がつかないほど多くの企業人間が熱意を持って関わって、チェックされて、

確認結果OK」のお墨付きを受けて、ようやく世に出てきているのだ。

そもそも、「カネ」や「利権」体質だとKADOKAWA批判するあなたたちは、そこで働く人間に会ったことがあるのか?

彼らの作品づくりにかける思いを知っているのか?平均年収を知っているのか?

年間にいくつの作品を世に出して、新人作家デビューさせ、喜ぶファンを生んでいるのか知っているか

私が出会ってきたKADOKAWA人間は、本当にクリエイターのことを尊敬していたし、大事にしていたし、

ファン作品を楽しんでもらうために、毎晩遅くまで、身を粉にして働いている人たちばかりだったよ。

だいたい、お金がなければ新しい作品を作れないし、

そもそも出版業を始めとしたコンテンツビジネスは、利権があって初めて成り立つものだ。

「カネ」や「利権」、こうした概念を重視したビジネス批判するなら、

KADOKAWA以外の作品も含め、マンガアニメ映画も、見ることを一切やめるべきだ。

そうすればあなたたちにとっての悪の根源たるエンタメ企業は続々潰れるだろうから

理想の世の中に近づくだろう。



吉崎先生が原因うんぬんかんぬんのニュース記事プレスリリースでもなんでもないので、

情報が揃うまでは気をつけたほうがいいですよ。

追記

自ら根拠の無い話(妄想)を蓋然性ある仮説の様に述べておいて、狼狽してばたついてるけもフレファンを「事実を何も知らない状態で騒ぐ馬鹿」扱いされても「何言ってんのお前?」としか言い様がねぇわ。

狼狽してバタついてるってw あれだけKADOKAWAに石投げといて「狼狽してバタついてる」?w

記事にも書きましたけど、確かに、「なんで?」で止まるなら私はあるべき姿だと思いますよ。

そうじゃなくて、こういう基本的知識を持ってたら、脊髄反射KADOKAWAを叩くような行動はとらないでしょ?

からちょっと落ち着くべきだな」と思うオタクを増やすために、私はこの記事を書いたんです。

何度も私は書いてますよ。「ヤオヨロズからリリースを待ちたい」って。

けど現状、製作委員会からコメントしか出てない以上、その事実をもとに妄想するしかないわけです。

その妄想だって知識のあるなしで結論も、その行動も、随分変わってくるのはわかりますよね?

君みたいなコメント一番星が集まるところが、まさしく今回の騒動の難しさなんでしょうけどね。

私が書いた記事が長文すぎて、読まれなさすぎ分かりにくすぎたのが原因ならすみません

ファンが受け取る価値を最大化することがそのまま製作委員会利益につながるはずで(つながる仕組みを作るべきで)、12.1話制作とそのスピード感は間違いなく「差し引き」プラスだったはず。冷徹利益を追求しろ

そうですね。その通りだと思いますけど理想論ですね。

権利ビジネスやること自体否定に繋がるので。商業アニメ映画マンガなどなどの全否定意味してますね。

製作委員会権利者たち)が要求したのは「発信情報の事前確認」です。

これを、時間をかけず、シームレスにやれというのは無理です。

また、ヤオヨロズたつきに「言いにくかった」要素の方が大きいと思えるから

クリエイターに逐一情報共有しながら進める」といった解決策の方が現実的になってきますけど、

それは業界文化的にナイと思うので難しいところですし、

こうして考えた場合にも、「KADOKAWA一方的に叩く」という行動にはつながらないと思います

従来のアニメに比べて「制作費半分、売り上げ5倍」なんて言われてるし、ビジネスの面で魑魅魍魎がどったんばったん大騒ぎしてるんだろうが、それゆえに窓口としてのKADOKAWAの責は免れんわな

意味がわからなくてすみません制作費半分、売上5倍の話が、権利の話にどう関係してくるんでしょう。

安い値段で請けて納品してやったんだから、好き勝手やらせろって?w 自分で言ってて無茶だと思いませんか?

それがまかり通ったら、全ての商売が成り立たないと思うんですけど。

制作委員会の各担当者って利益や人気よりも権利を取るほど無能なの? 12.1話が悪い、ではなく火種の発端の内のほんの一つだった程度ならまだ信憑性あるけど。ヤオヨロズ何か言えは完全同意。どんどん立場悪くなる。

あくまヤオヨロズからリリースがあるまでは妄想ですけど、12.1話自体問題にしているのではなく、

「今後のリスク」を考えたんだと思いますよ。

自分権利があるモノに関する情報発信を、自分手綱のとれない誰かに委託するのが怖い」感覚、わかりませんか?

しか12.1話は、現状見えている情報からは、成功した企画になったと言っていいでしょうが

「同じようなことが今後もあるのは嫌」というのをヤオヨロズへの窓口としてのKADOKAWAに強く言った可能性は高いし、

ヤオヨロズは、最初全然自由だったし、ここまでけもフレを育てたのはたつきだという意識があるからこそ、

それをたつきに伝えにくかったというのもあると思いますよ。

同じくヤオヨロズが何か言うべきというのは私も完全同意ですね。

分かりやす説明。これで叩かれるってのは気の毒ですな。

文章力がなく長くなってしまってすみませんありがとうございます

増田の予想が正しかったとして、ヤオヨロズがクソなのは分かるけど、それを制御できなかった製作委員会ウンコだと思った

ヤオヨロズがクソというか、前提のこういう基本的知識があれば、

KADOKAWAは必ずしも悪くない」結論にたどりつくはず、という趣旨です。

ただ、ヤオヨロズ制御するのは製作委員会側じゃなく、ヤオヨロズという会社自体問題だし、

たつき制御すべきなのはヤオヨロズという会社だったはずと思いますよ。

夜中まで身を粉にして働く人たちだからまともな判断力が失われるのでは。

鋭い指摘ですね。

ただ、少なくとも現状出てる情報からは「KADOKAWA側のまともな判断力が失われていた」と判断できる記述はないですね。

裏側から透けて見えるこの人のような態度そのもの現在燃えている原因な気がするけど、おそらく当人たち理解はできてないんだろうなーと思った

私の態度はかなり悪いと思いますけもフレ問題KADOKAWA叩いてるオタク大嫌いだし死ねばいいと思ってますからね。

けどこの件に関するKADOKAWA側の態度の、どこが問題だったんでしょうか?

それを具体的に言えないのが、オタクのだめな部分だと思いますよ。

たつき排除するという結論が出る時点でまともな判断力をもってるとは言い難い。ゴミオタクの反発が予想外だったとでも?

排除した主体は、現状出ている情報からは、ヤオヨロズですよ。

そりゃ反発は予想していたでしょう。だからたつき続投の方向性で調整方法を探ってたと思いますよ?

まずファンはそこで一歩踏み込みすぎてますよね。「KADOKAWA一方的降板させた」って。

ヤオヨロズ側にとってみれば、自分らが権利を持っていないのは当然歯がゆいし、

功労者であるたつきに好きなようにやらせてあげたい」という気持ちたつきへの敬意もあるから

制作おりますよ??」という脅しは、彼らにとって交渉カードなわけですよ。

どういう意図であの情報たつきから発信されたのかを知るすべが現状ないから、

私は再三「ヤオヨロズからリリースを待ちたい」と書いてるし、

KADOKAWAが必ずしも一方的に悪い話ではない」と言ってるんですが。

「「クリエイターを、『大人喧嘩』に巻き込まない」という不文律が共有されている」→4→5だとするとたつき氏悪いの???ってなるけどな。あと後半の話は電通あたりにも言えるし、でも人は死んでますよねってなる

でもヤオヨロズからリリースがあるまでは何とも言えない部分はあるけど、

私の感覚からすれば、たつき氏は本当に降板が寝耳に水だっただろうし、悪くないと思いますよ。

現状出ている情報からは、悪いのはヤオヨロズであるように見える、という話です。

電通問題含め、働き方に関する問題は、あまりにも門外漢なので触れません。

12.1話作ることが業界的にそんなに問題なら、何で吉崎先生は「自由に作って良い」って言ったの?あとカドカワ声明通りなら、番外編制作時の事前通知が嫌で本編制作拒否になるんだけどあの声明鵜呑みにして良いのか

原作者の吉崎先生自由に作っていいと言えば何やってもいいわけじゃないですよ。なぜなら作品を一人で作っている「同人」じゃないから。

商業アニメ」だから、色んな会社が、分割された権利をたくさん持っているんです。製作委員会も「自由に作って良い」と言えば問題ないと思いますよ。

「事前通知が嫌な声明鵜呑みにしていいのか」という指摘ですが、仰る通り、ヤオヨロズからプレスリリースを待った方がいいのは確かです。

けど今出ている公式コメント製作委員会のものだけですし、少なくとも、「KADOKAWA一方的に叩く」風潮に一石を投じたい私の立場としては、

情報として十分なわけです。未だに「近々コメント出すから、誰かに迷惑かけないでね」すら言わないヤオヨロズを信頼できないというのもありますけどね。

それから、(2)の方にも書きましたけど、この業界には「クリエイターが一番エラい」とする文化があって、たとえ相手お金をもらう立場だったとしても、

無理なことはやらせられない、けど権利など大人の事情が絡むときにはその無理を、神経使いながら通さなければいけない、というような考え方が浸透してます

もちろん、何度も何度も書いてますが、ヤオヨロズからプレスリリースを待ちたい一方で、業界文化的に考えれば、

ヤオヨロズは、「たつき自由やらせようとした」はずです。「たつきさん、思うようにやってください!」くらい言ってそうなのは想像つくわけです。

誰にだって分かるように、けもフレ一番の功労者ですからね。

けど(製作委員会代表しての)KADOKAWAから、「事前に内容をこちらで確認してから情報発信にしてください」と言われ、

最初全然管理してこなかったくせに、お金になり始めたからって今さら管理しようとしてくるなよ」という反発心はあっただろうし、

何より「たつきが一番エラくて功労者なんだからたつきの好きなようにさせろよ」と思ったとしても自然だと思います

ういういざこざが(たつきの知らないところで)続いていて、こじれる所までこじれた結果、たつきの「突然ですが」ってツイートなのではと言ってるわけです。

2017-09-27

日本人管理なんかできないコミュ障職人肌なんだから楽したい言い訳管理職なんか作らないでほしい

楽したいなら無職になれよ。無くなるのは時間と金だけだぞ。

2017-09-26

人工透析、やめるんだって

叔父の話だ。

豪放磊落職人で、昔はパンチパーマに紫のサングラスをしていた。

大叔母に聞くと、いま68歳だと。

しか十年ほどまえから腎臓を壊し、透析を受けていた。

一昨年あたりから外見が急に変わり、老人というよりは幽鬼のような顔になり、自力では動けなくなっていた。

68歳、人によっては全然元気で、人生を楽しむ時期らしい。現に同い年の俺の親父は元気にバレーボールをやっている。

にもかかわらず、大叔父は来月100歳になるうちの曾祖母(大叔母の母)よりも年をとって見えた。

昔、太かった腕は枯れ枝のようになって筋肉ほとんど溶けてしまった。

厚ぼったい唇もなくなってしまった。

10年前の大叔父と同一人物には思えないような様相

大叔母は俺に微笑んで状況を説明しながら、大叔父の手をさすり、やがて耐え切れずに泣き崩れた。

すでに先月から会話もままならなくなり、本人の体力も先日罹患した肺炎で尽きてしまったということで、現在透析も行えない。

そして、今後も再開はしない。

ともかく、大叔母は圧倒的に間近に迫った大叔父の死に向き合いながら病室で寝起きをしている。

不可避の事象ではあるけど、長年連れ添った亭主の人生の幕を引く、あるいは幕引きを了承してしまった大叔母の心中も察するに余りある

事前に喪服を準備するのは縁起でもないといわれるが、それでもこちらにもこれから続く生活があり、都合がある。

透析を止めた人間というのはどのくらい生きるものか、だれか知っていたら教えてください。

2017-09-23

しかしたらADHDかもしれない

きっかけはとにかく、長時間会議が眠くて仕方がなくていつも辛かったことと、

何かをしながら人の会話を聞いているということが全然できなくて職場で怒鳴られつづけたこと

 

たまたま、体の調子もよくない時期が続いていて、毎日職場上司に怒鳴られていたころに、

なんとかならないのかと思って「会議 集中できない」みたいなワードで調べてみたら

重要会議で起きていないといけなくても眠くなる」というのがADHD特性として挙げられていて、

まさに自分がその通りだったので、どきっとして調べてみたらほとんどの特性に当てはまっていた

以下は一例だけど、

貧乏ゆすりがやめられない

・一日中お茶を飲んでる(飲んでないと眠くなってくるから目覚まし代わり)

・人の話がすぐ理解できない(どういう意味ですか?と聞き返してしまうことが多い)

・締め切りを過ぎても仕事が終わらないことが多々ある、待ち合わせや会議遅刻してしま

(=スケジュール作業にかかる時間を想定して動けない)

・同じことを何度も訊いてしまって怒られる

・目覚ましをかけても寝坊をして会社遅刻してしま

等々…

こういうことがもう何度も何度もあって、自分でもなんでできないのだろうとどんどん気持ちが落ち込んできて

そのうち電車のなかで突然自分名前や今着ている服がわからなくなってなぜか中学校制服を着ていると錯覚したり、

時間おきに目が覚めて全然眠れなくなったりということが多発してきたので、いい加減病院に行くしかいかと思いながら

ふと自分の症状について調べてみたら、まんまADHDのそれで、本当にビックリした

完全に思い込みだけど、ADHDの人は成績が悪いイメージがあったので、まさか自分が、という気持ちのほうが強かったんだけど、

そもそも成績がよかったのは自分の好きな教科だけで、苦手な教科(興味がない)は5/100とかの点数のときもあったので、

よくよく考えたら本当に本の通りで、計画性がなくて突発的に旅行に出かけたり、食欲が止まらなくて腹痛を起こすまで食べ続けたり、

自分では気が付かなかっただけで、それらしい傾向は普段から沢山あったじゃないかと今更はっとした

 

まだ病院には行ってない、というか予約が入れられないので行きようもないんだけど、診断名がどうであれ

現在進行形ADHDの傾向に悩まされてる以上、それに対して早く対策を打つ方が得策かと思って、ADHDのつもりで日ごろの仕事を工夫したら

今までほどミスもしないし、当然怒鳴られる回数も減ったし、たとえ失敗してもある程度は仕方のないことだと

割り切って、自分の傾向を踏まえた上で対策を考えられるようになって、精神的にも大分安定した

 

ただ、自分仕事がいわゆる職人親方みたいな人が多いところで、かつ変則的な勤務(昼勤務のあと1~2時間休んで夜勤務)なので

そもそもADHD人間には合わないな…、ということには悩んでる。なかなか周りを見て先回りして動くのはできないし、

睡眠時間トータル3時間程度(1+2時間とか)だと極度に疲労して全然仕事に集中できないので、

その辺りはもう、できない奴と謗られたとしても休憩時間はちゃんと取るように頼むしかいかなあ…と思ってる

失敗するたびに隣の課どころか同じフロアの全員に聞こえるほどの大声で怒鳴られるので、それもつらいんだけども…

辞めても次がないなと思うと辞める気にもなれないしなあ

2017-09-22

ルース・ベネディクト菊と刀

本屋で冒頭数ページ読んだら、「『菊と刀』とは、一見繊細で芸術を愛するように見えるのに、ふとした局面に途端に暴力的で強権主義的になる日本人の、二面性の著しさの象徴である」(要約)と書いてあって、もうそれだけで「この人はわかってるなー」と思って買わずに帰ってきたんだけど。

 この、70年前の戦争記録から日本人分析した論文と、ほぼ同じような感想を、現代日本を観察する欧米人の多くも持っていることだろう。日本に生まれ育った俺でさえ、これがまったく不思議しかたない。

 多くの日本人は、俺やこの種の欧米人にとっては当然のように「あわせて備えているもの」と感じられる性質のセットの、どちらかが平気で欠けていたりする。たとえば理系芸術分野に携わる人間の、社会的理想像の幼稚さ……なんて言うと文系はてなサヨクは小躍りしてそうだそうだと言いそうだが、逆に言えば、歴史社会を興味対象にする連中の、創造活動への関心の低さも異常なのである

 ネット大人気の「自炊は高くつく論」なんかもこの例である

「生まれて初めて料理ハンバーグ)をするために調理器具から小麦粉から買ってきたら1まんえん以上した!自炊は高い!」なんて、冗談としても発想が小学生レベル稚拙記事を、いつもは『吾輩は知的である』なんて顔をしてる連中が「そうだ自炊は高いんだ」と拡散したりする。

 まず、こんな記事を書けるような年になるまで、本当に一回も料理をしたことがない人間なんて、その時点でただの教育の失敗とは思わないのだろうか。

 良い年して現代史もまともに知らず、ネットで感化されて修正史観にハマってしまネトウヨと、低レベルさにおいて何が違うんだそれは。

 欧米の「リベラル」はこんな中庸に欠ける連中ではない。少なくとも、主流の「スタイル」はこれほど低レベルではない。

 人権意識を持ち、環境配慮をし、知的好奇心に溢れるインテリからこそ、「自分でやる」ことへの情熱を失わない。下手でもDIY自炊への憧憬を見せる。

 一方で、アーティスト職人肌のギークたちが、社会環境配慮したものづくり意識し、積極的メッセージを発信することも、ごく当然のように行われる。ギーク系のニュースサイトブログでも、人道/環境配慮科学技術政策のあり方(政治議論)に、正面から切り込んでいく。

 これらは日本ではほとんどみられないものだが、本当にその理想を追求したのなら、人を知ることはものを知ることであり、ものを知ることは人を知ることであるといずれ繋がるのは、このように論理的には必定に思える。欧米では「当然あわせて備えているべきもの」と(少なくとも至上の理想レベルでは)見なされているこの両輪に、何故日本ではこんな断絶があり続けるのだろう?

 『菊と刀』の奇妙な同居は、結局のところ、ものごとを薄っぺらな表層レベルしか装えない、日本人精神性の貧しさの現れでしかないのではないだろうか。

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