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2018-01-27

[] #48-3「本当にあった嘘の話」

≪ 前

私がとある村で薪割りをしていたときのことだ。

村人たちが「その一帯では熊がたびたび出没し、暴れ回って困っている」と話しているのを耳にしたんだ。

私は村人を安心させてやろうと、熊退治に乗り出した。

しかし、熊には熊の理由があるだろう。

ただ殺すだけでは解決しないと私は思った。

そこで熊に決闘を申し込み、ちゃんとした戦いのもと納得して貰うことにしたんだ。

フィジカル勝負で勝てないことは分かりきっていたから、私は人間の培った技術で熊を翻弄したのさ。

勝てないことを悟った熊は負けを認め、私を背中に乗せて村人たちに服従の意を示した。

その場には有名な貴族もいて、私の活躍にとても驚いていたね。

よほど感心したのか、貴族は私に貴族階級ファーストネームをくれたんだ。

こうして私はマスダキントキと名を改め……



「叔母さん、“やったな”」

「はあ、また粗探しかい」

あそこまでフカシておいて、よく俺の指摘を「粗探し」の一言で片付けられるな。

「なんで薪割りしているのかってことはまだいいよ。なんなら熊と戦って勝ったのも百歩譲って信じる。でも『マスダキントキ』はふざけすぎだ」

「お偉いさんから名前を貰うことはそこまで珍しい話ではないよ。古今東西、色んな英雄たちは二つ名や、あだ名とか、改名後の方が有名だし」

「その名前が『マスダキントキ』って、完全に金太郎のパクりじゃん。坂田金時逸話だろ、それ」

俺がそう言うと、叔母さんはゲームコントローラーを盛大に手から滑り落とした。

ほんと分かりやすいな、この人。

「へえ~、金太郎ってそんな感じの話なんだ。マサカリと熊くらいしか知らないから気づかなかった」

「その金太郎の話自体逸話なのに、それを更に自分用に翻案するという、バカたことをやったわけだ」

叔母さんはバツが悪そうだ。

で、こういう時にとる叔母さんの行動は相場が決まっている。

「はあ~、嫌な子だねえ。私の話を台無しにしようとして」

こんな感じで、指摘した箇所について辻褄合わせをするのでもなく、俺の人格問題に摩り替えようとするのだ。

意識しなくても、既存の話と多少はカブちゃうこともあるよ。それに、翻案することの何が悪い現代だって色んなものモチーフにして、色んな話が作られているじゃないか

こうなった叔母さんに、人の話をマトモに聞き入れられる余裕はもはやなく、俺たちは黙るしかない。

「仕方ない。お気に召さないなら、アンタらが好きそうな、とっておきの話をしてあげるよ」

「え? まだやんの」

俺も弟もさすがにウンザリしてきていたが、叔母さんは懲りずに話を続ける気マンマンだった。

「だったら年寄りもの巣窟に行くかい? 私の話より有意義だと思えるなら話は別だが」

俺たちは老人組のいる、居間の方をおそるおそる覗く。


現代リベラルは、アレだな。一昔前にいたヒッピーみたい」

「お前さん飲みすぎだぞ。さすがにそんなのと一緒にするのはヒッピー可哀想だ」

「そうじゃそうじゃ。それに括りが雑じゃ。リベラルっていっても色々あるんだから。クラリベ、モダリベ、ネオリベ、ニューリベ、カタリベ、スイヘイリーベー……」

「……『エバンゲリオン』を語る際にはラカン精神分析理論を知っているかどうかが重要なんだよ」

「いやいや、アニメにそんな大層な概念持ち出されても」

「……つまりな、『ファイヤポンチ』は偶像と戦うことをテーマに描かれた群像劇なわけ。ヒーロー戦記じゃない」

「まあ、それを踏まえたうえで面白くなかったけどな。1話がバズっただけの、期待はずれな作品

「なんだとコノヤロー!」

大分みんな酔いがまわってきてるな。

飲んでない人まで周りにあてられているのか場酔いしている。

しかも話してる内容が政治アニメマンガときたもんだ。

酒の席で政治アニメマンガの話はやめろって昔から言われていただろうに、しちゃうんだもんなあ。

あん空間、俺たちが行ったらひとたまりもないな。

こうなると、叔母さんの話を聞いていたほうがまだマシだな。

「じゃ、次の話いくよ」

次 ≫

2018-01-26

[] #48-2「本当にあった嘘の話」

≪ 前

私がとある森を歩いていたときのことだ。

かなり大規模なキャンプ地を見つけたのさ。

私は気になって、その中の一人に「何でこんなところで、大人数でキャンプを?」と尋ねた。

すると「今は休憩中なんだ。我々は安らかに過ごせる定住先を求めて旅をしている」と答えたんだ。

私はそれを聞いたとき、疑問に思ったね。

だってそんな地を求めるのは、あまりにも非現実的からだ。

彼らには独自文化があり、他の文化を持つ村や町で定住することは難しそうに思える。

それに、彼らの年季の入った馬車の風合いから、長年旅をしていることが読み取れた。

このままじゃ一生無理だと思った私は提案したんだ。

「定住先を見つけるのではなく、あなたたちで作ってみてはどうか」と。

彼らにとって、それは意外な提案だったらしい。

そして、定住先を求めて旅をするよりも遥かに難しいことだと思っているようだった。

私は「何ならあなたたちが今いる、この森の中に作ってしまえばいい」と言ったが、彼らは笑った。

なぜなら、彼らの摂っている食事は主に肉。

その森には食べられるほど大きな獣はほとんどいなかったんだ。

そこで私は、自分の持っている袋からリンゴの種を取り出した。

「食べられるものは肉だけじゃないよ」と言って、彼らに開拓のためのノウハウを叩き込んだのさ。

もともと各地を練り歩けるほどの身体精神を持つ人々だ。

その気になれば、あっという間だったよ。

そうして、その森は立派な村となり、今ではリンゴ特産地として有名な町にまで発展したのさ。



「へ~、すごいね叔母さん」

「ふふん、まあね」

話が終わり、叔母さんは少し悦に入ったような顔をしている。

弟も感心しているようだったが、俺の顔は歪んだままだ。

なぜかというと、これまで俺は叔母さんの話を、弟よりも何度も聞かされている。

さすがに“傾向”というものが分かってきたのだ。

「叔母さん。その話、“盛ってない”?」

「何でそう思う?」

「いつの話か知らないけど、叔母さんが冒険するようになったのって十数年ほど前のことでしょ。開拓の話なんて、もっと昔のイメージなんだけど」

「いやいや、自分尺度常識を測るもんじゃないよ」

特に気になるのが、リンゴの種が出てきたあたりだね。それってアップルシードのパクりじゃん」

俺がそう指摘すると、叔母さんは途端に沈んだ表情をする。

そんな露骨に態度に出たら、認めたようなもんだぞ。

「へえ~、アップルシード知らないけど、今の話ってパクりなんだ」

「“リスペクト”と言って欲しいね

挙句の果てに開き直ってきた。

「いいかい、これは『とりあえず話に興味を持ってもらう』ための話なんだ。だから多少の脚色はしないといけない。じゃなきゃアンタたちは聞く気すら起きないだろ」

こんな感じになるから、叔母さんの話を聞くのは嫌なんだよなあ。

「じゃあ、次の話をするよ。今度はちゃんとしたヤツだから

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2018-01-25

[] #48-1「本当にあった嘘の話」

年末年始というのを、何か特別な時期だと考える人は多い。

社会全体がそう考えるように動いているからだ。

だが実際のところは特別っぽくしようとしているだけだったりする。

個人にとっては何も変わらず、俺にとっても観ていたテレビ番組がいつもと違うくらいしか言えることはない。

それでも他にいえることがあるとすれば、この時期になると親戚の集まり我が家でやるのが恒例であることくらいか


しかし、それは俺たち兄弟にとっては煩わしいものだった。

歳の近い従兄弟とかもいないし、話せることがない。

あったとして話したいわけでもない。

お年玉という名の給料を貰う代わりに親戚に愛想を振りまく仕事だと割り切る必要がある。

その考え方でいくなら割がいいともいえる。

「おー、二人とも大きくなったなあ。長男の方はティーンエイジャーだっけ」

「そうだよ。バアちゃんも大きくなったね」

「ハハッ、言うようになったな。弟くんのほうは何歳だっけ」

「見てのとおりだよ」

俺はそれなりに場数を踏んできたからまだしも、経験の浅い弟は態度が露骨に出やすい。

「ああ、すいません。こいつ照れているみたいで……」

「構わん構わん」

とはいえ親戚も大概そんなことは承知の上である人が多く、お年玉をくれた後は俺たちをほっといてくれることが多い。

まあ、みんなだって他に話をしたい相手がいるだろうしな。

兄貴いくらだった?」

「お前と同じだよ」

「つまり、さっきのジイちゃんに貰ったのと同じ額かあ」

というより、貰ったお年玉は全て同じ額だった。

どうも親戚一同で決め打ちしているようだ。

「なあ、俺もう疲れてきたよ。外に遊びに行きてえ」

「母さんと父さんに、今日は家にいるよう言われているからなあ」

遠くの親戚より近くの他人とはよく言うが、自分たちテリトリーにそういった存在がわんさかいるというのは、予想以上に息が詰まる。

俺たちは年長者たちのいる席に引っ張りこまれないよう、自分たちの部屋に避難することにした。


しかし、そこにも親戚はいた。

その人は父の妹、つまり俺たちにとって叔母にあたる。

勝手テレビゲームをやってくつろいでいた。

「よう」

俺たちの存在に気づいても、悪びれる様子はなくそのままゲームを続行している。

「こんなところで何やってんの叔母さん」

だってあんなとこいたって退屈だし」

叔母は冒険家かい胡散臭いことを長年続けており、自由奔放というか、とても豪快な人だった。

「何でもいいけどさ。さすがに俺たちが来た以上はゲームすんのやめてよ」

「しばらく待ってて。クリアできるまでやるから

ここまで図々しくないと冒険家なんてできないのか、それとも叔母がイレギュラーなだけなのだろうか。

「それだと俺たちが退屈なんだけど」

「え~、じゃあ、そうだなあ。私のこれまでの冒険を片手間で話してやるよ」

俺たちの顔が歪む。

「いや、昨年も聞いたし」

「それとは違うヤツだから大丈夫だって!」

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2018-01-18

[] #47-6「嫌煙の中」

≪ 前

センセイの話によると、こういうことらしい。

政府タバコを売って、税で儲けたい。

だがタバコポピュラーになりすぎると病気人間が増え、保険料が増えてしまって本末転倒

から教育メディアを通して、タバコネガティブな側面を認知させることでそれを抑制

すると当然、タバコ喫煙者に対する風当たりが強くなる。

そこで禁煙法を制定。

紆余曲折を経て、最終的に二択を強いるわけだ。

税金をうんとかけてでも吸いたいか? それとも吸うのをやめるか?」

この選択を不当だと反対するのは貧乏ヘビースモーカーだけ。

問答無用で受け入れざるを得ないってことらしい。

「そうやって喫煙家と嫌煙家対立させ、程よく“議論が深まった”ら、タバコの重税を落としどころとして提示するってわけ」

まり政府にとって禁煙法の目的タバコの根絶ではなく、喫煙に関する問題意識の植え付けと、税金徴収大義名分を手にいれることだった。


道理禁煙法が制定されても、センセイたちは割と冷静だったんですね。政府の思惑を理解していたから」

政府だって、あの市長みたいな輩ばっかりというわけでもないからね。タバコ簡単にクビにできるほど、私たちの国は金も心も豊かではないことくらい分かっている」

「でも、それって……つまり嫌煙家煽り立てて、その実は喫煙家を飼い殺しにしたってことですよね。税金をたくさん手にいれるために」

「悪い言い方をするなら、そういうことだ。だが私たちはそれで納得せざるを得ない。様々な人間が一つの社会で生きている以上、各々が自分の望むもの享受するには、多少のことは甘受しなければならないからな」

「不服じゃないと言ったら嘘になるが、政府を責める気はねえぞ。社会を動かすのは名分だが、支えるのは実利だ。それを両立させる必要があったから、ヤツらは自分仕事遂行しただけ」

タバコによって不健康人間を増やさず、その上でタバコで多く儲ける。

何だか矛盾しているような気もするが、その矛盾を成立させるのが彼らの仕事なのだろう。

しかし、俺は理屈の上では理解できても、何だかモヤモヤが拭えないでいた。

「じゃあ、市長の前で俺たちが言ったことって、大した理屈じゃないってことですか」

「一応の筋は通ってはいたんだが、まあそうなるな。身も蓋もないこと言うと、禁煙法が上手くいかなかったのだってタバコポピュラー嗜好品だったからなのが大きな要因だし」

「今でこそ縮小しちゃいるが、一昔前はこの町で人口の半分以上が親しんでいたもんな。そこまで普及したものを、ちょっとやそっとのことで無くせるわけがねえ」

「そうなんですか。てっきり俺は、あの抗争はセンセイたちが裏で色々と根回ししたからだと思ってました」

俺が冗談めかしてそう言うと、さっきまで笑いに包まれていたカフェはいきなり静かになった。

「……マスダ、そういうことは思っても口にするもんじゃないぞ」

「そうだ。本当に俺たちがそんなことしてたらタダでは済まない。お互いに」

どうやら不可侵領域だったらしい。

「……まあ、他の理由を挙げますと、組合協会などの強大な組織があったのも大きいですな。同じ理由で、餅やストロング飲料とかも結局は合法化されましたし。この調子だと、マリファナもいずれ合法化するかも」

「ははは、さすがにそれはないだろ」

「それにしても、そうやって害悪もの容認することが結果として是になるなら、いずれ課金ゲームガチャとかも税金がかけられるだけで残り続けるんでしょうか」

俺が冗談めかしてそう言うと、ますますかになった。

「もう、かかってるよ。近々、値上げするんじゃないかな」

「マジすか……」

「マスダはもう少し、自身情報アンテナを強化したほうがいい」

物事には善悪だとか好悪だとかでは単純に語れない。そういうケースが多くある』

センセイが以前に言っていたことだが、俺がその意味を正しく理解する日は、もう少し先になりそうだ。

スモークスモーク

歌:ロイヤル・トゥエンティーズ 作詞:サクリム組合 作曲ハブオーディオ


誰がタバコを吸ってる?

俺たちが吸ってる

それはタバコだよな?

俺たちは愛煙家

誰がタバコを吸ってる?

俺たちがタバコ吸ってる

タバコ 誰が吸う?

タバコ 俺が吸う

タバコ 誰が好き?

タバコ 俺が好き

タバコ 誰が吸う?

タバコ 俺が吸う

(#47-おわり)

2018-01-17

[] #47-5「嫌煙の中」

≪ 前

俺たちは市長に直談判しに向かった。

いきなり赴いて通して貰えるとは思わなかったが、意外にもすんなり事は進んだ。

今日はどういった用件で……」

「現状は理解しているでしょう。今すぐ禁煙法を撤廃した方が賢明かと」

「……答えを出す前に、1つだけ聞きたいことがあります

市長。つまら駆け引きはナシでいこうや。お互い時間無駄だ」

「この『禁煙法』は悪法だと思いますか。それをどうしても聞いておきたいのです。私が禁煙法を制定したキッカケになった、あなたたちに」

ナンセンスな問いだ。

市長は既に答えを用意しており、それは俺たちがどう答えても変わらない気がした。

だが禁煙法を制定した時も“キッカケ”があったから、今回もそれがないと市長は踏ん切りがつかない。

俺たちをアポなく通したってのは、それを求めてのことだろう。

そしてマスターたちは手向けとばかりに答えてあげた。

「結果から言えば、悪法ではありますな。全面禁止にして万事解決というのは、些か短絡的かと」

古今東西、こういった禁止法が円滑に進んだ試しはない。一度与えたものを、そう易々と奪えると思わないほうがいい」

俺も市長に答えた。

「つまり“人を憎んでタバコを憎まず”ってことなんだと思います

「マスダ、二重丸をあげよう」

「あれ、花丸じゃないんですか」

割と自信のある回答だったんだが。

タバコも、それを吸う人間どちらも批判対象にはなりうるよ。タバコが体に悪いことは事実だし、それを吸う人間裁量だけ憎むのはフェアじゃない」

「オレたちの主張は、体に悪かろうが人に迷惑をかける可能性があろうが、それが禁止にする理由になるとは限らないってこと」

画像キャプチャーとかと一緒で、悪目立ちすれば取り締まり批判対象になりやすい。奨励はしていないものからね。だからといって、権利自体を取り上げたら弊害が発生することもあるんだ」

ああ、やっと分かった。

「つまり禁煙法は、タバコを吸う権利のもの侵害しているかダメってことですね」

センセイは小さく頷く。

花丸はくれないらしい。

そして俺たちの話を黙って聞いていた市長は、いよいよ口を開いた。

「ふむ、お話を聞けて良かった……」

既に用意していたであろう答えを淀みなく、高らかに宣言した。

禁煙法を撤廃します!」

タバコを吸わない俺にとっては素直に喜ぶべきことではないのだろうが、なんだか奇妙な感覚だ。

「ただし条件があります

条件?

「だろうな」

そしてタケモトさんたちは、何となく察しがついているようだった。


…………

それから数日後、あの殺伐とした状況が嘘のように、俺たちの町は良くも悪くもいつも通りに戻っていた。

市長のやつ、最後っ屁でタバコに対して重税という条件こそ出したものの、随分とあっさりと容認しましたよね」

いつもみたく尤もらしいことを言って、しぶるかと思っていた。

「たぶん市長は内心とても焦っていた。禁煙法を制定したものの、予想と違って社会好転するどころか悪化したんだから。だが今さら禁煙法を撤廃したら、自身政策が短絡的だったと認めることになり、面子にかかわる」

から解禁する代わりに、高い税率をかけるという妥協案を持ち出したってことか。

「その提案も、お上市長に指示をした結果だろうがな。おそらく政府は、禁煙法が最初から上手くいくと思っていなかった。最終的に撤廃するつもりだったんだ」

え、一体どういうことだ。

撤廃するつもりだったのなら、最初から禁煙法を制定する必要はなかったのでは?」

「実のところ、政府タバコを売りたいんだよ」

んん?

ますますからなくなってきた。

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2018-01-16

[] #47-4「嫌煙の中」

≪ 前

この失敗を踏まえ、タバコについてより広く定義された。

これでタバコはなくなる……とはいかなかった。

定義されても、その度に企業わずかな隙間を抜けて新たなタバコを作り出したのだ(厳密にはタバコという名称ではなく色んな名前がつけられていたが、みんな普通にタバコと呼んでいた)。

そうすると自治体は新たにタバコ定義を加えたり変えたりする。

企業企業でその度に新たにタバコを作り直すというイタチごっこがしばらく続いた。

最終的に自治体企業のもの圧力をかけることで、この流れは沈静化する。

だが、この頃になると世論の流れが大きく変わりつつあった。

こういったタバコの中には、他人に害を与えないものも多くあった。

それらまで禁止にすることに疑問を抱く人たちが、非喫煙者からも多く出てきたのだ。

そもそもタバコを吸わない人たちが禁煙法に賛成していたのは、副流煙による健康被害や紙巻きタバコ特有のキツい匂い理由としていたのが大半である

槍玉に挙げられやす喫煙者マナー問題個別の事例でしかなく、市民ほとんどは必要以上のマイナスイメージを持っていなかったのだ。

吸わない大衆にとっての分かりやす理由がない以上、全面禁止を訴える声も必然小さくなっていく。


そして取り締まり問題もあった。

ちょっとそこのあなた、それタバコじゃないの?」

「いや、タバコじゃない」

「けど、その筒はパイプのように見えるけど」

「これはパイプじゃなくてポエプ。煙はフィルターによって有害でもないし、無臭から匂いもつかない」

「え?……だったらいいのかな……あ! そっちのあなたは違うでしょ」

「いや、これ単に寒いから白い息が出てるだけ」

度々起きたタバコの再定義に組員が対応しきれず、ロクに取り締まれなかったのだ。

そして、この頃になると喫煙行為は、歩行者信号無視くらいに有名無実化していた。

自作で“タバコっぽいもの”を密かに楽しむ人が増え、時にはそれを売り叩こうとする者までいたのだ。

当然、そんなことが裏で起きているのを苦々しく思っている人も多い。

その中でも特に眉をひそめていた層は自治体……ではなく元タバコ組合だ。

そもそもタバコ販売は、地域で競合が起きないよう組合で決まり存在していた。

それが禁煙法で丸ごとなくなったのをいいことに私腹を肥やす人間跋扈し、元組合の者たちは不満を募らせていた。

そうして元タバコ組合は一念発起し、秘密裏再結成される。

「サクリム組合」の誕生だ。

市場に出回る粗悪品は排除し、よく出来たタバコを作っていた者は組織に引き込んだ。

当然、サクリム組合の統制を快く思わないタバコ販売人も多かった。

そういった者達で立ち上げたのが「シューリンガン互助会」だ。

こちらは烏合の衆過激派であり、黒い噂が絶えない。

このためサクリム組合とはしばしば小競り合いが発生し、そこに自警団が介入した日には収拾がつかないことも珍しくなかった。

結果として、禁煙法をきっかけに治安まで悪くなってしまったのだ。


そしてその二つの組織の争いは、いよいよ大規模なものへと発展しつつあった。

俺たちはマスターの店から遠巻きに、その様子を眺めていた。

社会を回すためにルールがあるのに、そのルールのせいで乱れるなんて皮肉なこともあるよな。有害もの禁止にするという点では、決して悪法というわけでもないのに」

マスターたちは談笑していたものの、俺は心のうちに焦燥感を抱えていた。

こうして今の状態を静観しているのは危険だと思ったのだ。

ハトタカの争いも、鳥に関心のない人間からすれば同じ動物同士の戦いでしかない。

あの二つの組織の争いが激化し、表面化すれば事態は更に悪化することだろう。

マフィアの抗争じみたことが起きて、一般社会にまで波紋が広がる可能性がある。

「何とかして止められないものでしょうか」

「それは構わないが、あの二つの組織をどうこうしても根本的な解決にはならないだろう。その場しのぎにしかならない」

もっと別のアプローチ必要ですな」

「それって、つまり……」

禁煙撤廃とか、だね」

かに禁煙法がなくなれば、以前のようにタバコ組合が公に活動できるから統制しやすくなる。

だが、禁煙法を撤廃するなんて可能なのだろうか。

禁煙法に相応の理由がある以上、撤廃することにも相応の理由がなければ政府は動かないと思うのだが。

事態を収拾するという名目だけでは弱い気がする。

「ま、ちょうどいいタイミングだろうな」

タケモトさんたちはゆっくりと立ち上がった。

その動きには焦りも迷いもない。

何らかの打算があるのだろうか。

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2018-01-15

[] #47-3「嫌煙の中」

≪ 前

カフェに置いてあるテレビからニュース番組が流れている。

禁煙法に関する街角インタビューのようだった。

「むしろ今まで(タバコが)普及していたのが不思議なくらいでしたね」

「すっぱり禁止にするというのは思い切りが良すぎるとも思いますが、現状を踏まえるとそれ位しても良いのかも」

予想以上に『禁煙法』に賛成する人々は多かった。

これが個人にとってどうでもいい対象ならば、肯定する側も否定する側もたくさんいただろう。

だが大半の人々にとってタバコ肯定する理由はなくても、否定する理由はたくさんあった。

もっとネットとかでネタにされるレベルのこと言って欲しいですよね」

「ま、あのあたりの街のヤカラにインタビューしたら、月並み意見しか出てこないわな」

この流れにマスターたちは落胆するかと思いきや、意外にも冷静だった。

「みんな、タバコが吸えなくてツラくないんですか?」

ちょっと口寂しくはあるが、オレたちは依存症になるほど吸ってないからな」

「他の喫煙家たちも、ほとんどは耐えられるレベルだと思うよ。毎日たくさん吸うか、よほど重いタバコを常用しているとかでもない限り」

「なるほど、だから冷静なんですね」

「いや、まあ、それもあるけどな」

タケモトさんが気になる言い方をする。

他にも何か理由があるのだろうか。

私たちは『禁煙法』が、しばらくしたら撤廃されると思っているんだ」

その答えに俺は少し落胆した。

楽観的な考えだと思ったからだ。

「それは難しいんじゃないでしょうか。多くの人は『禁煙法』を歓迎していますし、タバコ有害から考えても、改めて普及するほどの理由がない」

「マスダ、物事には善悪だとか好悪だとかでは単純に語れない。そういうケースが多くあるんだ」

センセイの含んだ言い方は要領を得ない。

「じゃあ、どうやって撤廃させるんですか。デモとかをするんです?」

「ははは、違う違う。デモなんて一般大衆からすればタバコ並にウザい行為だよ。ましてや主張が支持を得られないなら尚更」

「まあ、デモをするやつもいるだろう。主張の内容が何であれ、一応は立派な抗議活動だし。だが、それはあくま問題意識を持続させる位の効果だ」

「では、一体……」

「つまり最終的な判断政府側に委ねられている以上、この『禁煙法』が失敗だと思わせる必要があるってこと」


…………

それからしばらくすると、センセイたちの言っていたことを俺は理解しつつあった。

なぜか禁煙法ができてからのほうが、消費量は増えてしまったのだ。

理由は色々とある

まずこの決まりを作った人間タバコに詳しくなかったうえ、法を急造したものから色々と穴だらけだった。

そのせいで一般的な紙巻き以外の、マイナータバコが普及し始める。

「おい、タバコを吸うのはやめろ」

「吸ってない。噛んでるんだ」

「吸ってない。舐めてるんだ」

「吸ってない。吹いてるんだ」

「んん? どういうことだ」

しかも、それらタバコは紙巻きタイプのものよりも非常に“重い”ものほとんどだった。

「オレは缶タイプのを試してみたな。だがパイプでアロマやってた身としては、あれはキツすぎるわ」

「タケモトさんは普通にロマ炊けばよいのでは?」

タバコを間違ったやり方で楽しむ人も多かった。

「私は噛みタバコを試してみたよ。ちょっとクセが強かったね。飲み込んだときの風味は特に

「センセイ、それ飲んだらダメなやつじゃ」

「うん、後で気づいた。ガムと同じノリでやるもんじゃいね

「ガムも飲むもんじゃないですよ」

当然そんなことを恒常的にしていれば、重度の依存症になりやすい。

結果として紙巻きタバコが普及していたときよりも、患者数の割合は増えてしまったのだ。

そして、これはあくま第一の失敗。

事態はこれだけでは終わらなかった。

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2018-01-14

[] #47-2「嫌煙の中」

≪ 前

センセイとタケモトさんは嫌な予感を察したのか、おもむろにタバコを吸うのをやめた。

「ん……タバコ……?」

だが市長は目ざとかった。

「ここ喫煙席なんですか!?

喫煙席というか、そもそもウチはそういう区分けはしていないので」

「なんですって!? タバコを吸わない人間のことを考えないのですか」

何となくそんな気はしたが、間違いない。

市長嫌煙家だ。

「そんなこと言われても困りますよ。経営方針の一環なので」

マスターはしぶしぶといった具合に返答するものの、市長は止まらない。

タバコというもの百害あって一利なしなんです。そしてこの害は他人にもおよぼす。やるならマナーを守ってください」

「巷にどれだけ他人に害を及ぼすものがあると思ってんだ。タバコだけ駄目な理由がねえだろ。ましてやオレたちは喫煙OKの店で吸っている。正当な権利行使しているだけ」

「その通り。そういった話は実際にマナーの悪い人間に言うことであって、我々に言うことでも、この場で言うことでもない。むしろあなたのほうが、私たち権利を奪おうとしている点で不当とすら言えますよ」

「あと、『百害あって一利なし』ってのも古い言葉ですね。いくつかの効能があることも判明していますし」

「ですがタバコは体に悪いし……匂いも嫌だし……」

市長さん。どんな理由があれ、ウチは喫煙OKにしているという前提を忘れないでください。その上であなたには我慢するか、別の店に行くかという選択肢がある。そのどちらも嫌だから私たちタバコを吸うなというのなら、それは傲慢ですよ」

だが市長の分が悪い。

とりあえずみたいなノリで難癖をつけたものから理屈が通っていない。

分かりやす大義名分が効かず、ただ主張を押し通すだけの機械になってしまっている。

逆にマスターたち喫煙家側はこういったことを言われ慣れているのか、理論武装が既にできているようだった。

さすがに形勢が不利だと感じたのか、市長はふと目に入った俺を槍玉にあげた。

「ほら、あそこにいる若者タバコを吸わない彼に、煙を一方的に吸わせて良いのですか!」

うわあ、もう勘弁してくれ。

俺もタバコは好きじゃないが、だからといってアンタみたいに強い思想は持ち合わせていないんだ。

いくら理屈が通らないからって、俺を自分の主張の担保にしないでくれよ。

「いや、あの……別に俺は気にしていないですし。だからこうして店に居座っているんで」

「そんな! 危険ですよ。ガンになります

「まあ、キツいタバコ副流煙を近距離ガンガン吸ったらなるかもですが、一応は離れた場所で換気もしていますし。個人差こそあれどそれが原因でなるって、よっぽどのことがないと……」

「なんですって!? そんなこと誰から学んだのですか」

学校で」

「ひぃ~! 情操教育の敗北!」

市長意味不明なことを言いながら、逃げるように店から出て行ってしまった。

嵐が去って、マスターさんたちは安堵の溜め息を吐いた。

やれやれ、あそこまで極端な人も今日び珍しい」

「いやあ、逆に今の時代からだろ。義務教育の段階でタバコが体に悪いってことをしつこい位に学ばせるからな。今はそいつらが親に、下手したら老獪になっている世代なわけで、そりゃあ喫煙家にマトモな市民権を与えようって声は出ねえよ。逆はたくさんあっても」

「仕方ないですよ。彼らがタバコを嫌うのには相応の理由がある」

「そうは言っても風当たりが強すぎんよ。過剰に悪いところばかりあげつらって。喫煙家の中でも一部の悪い奴をサンプルに理論を展開しやがる」

オタクの中からソシオパス探し出して、オタク社会不適合者の集まりみたいに語る、みたいな?」

「マスダ、その例えは分かりにくい」


…………

マスターたちは気持ちを切り替えて雑談に興じていたが、俺は別のことが気になっていた。

市長が店から出て行ったときに、遠くからかに聞こえた言葉

「『この町からタバコ駆逐してやる』とか言っていましたね」

俺がそう告げるとマスターたちが固まる。

「ああ、もう気づかないフリしていたのにさ……」

重い空気どんよりと漂う。

この空気タバコより吸いたくないな。

「あの市長無能だけど行動力だけはあるもんなあ……」

そう、市長はこれまでも破天荒政策を幾度となく実地してきた。

そしてその不安は数日後、見事に的中した。

禁煙法』の制定である

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2018-01-13

[] #47-1「嫌煙の中」

俺はコーヒーの味が正直よく分からない。

コーヒーコーヒーだとしか思えず、美味いとか不味いとかい感情が出てこないのだ。

そんな俺でも、たまにカフェを利用したい気分に駆られることがある。

そういうとき利用するのは、近所の『タコトバッキョウシ』という店だった。

少し前までは客引きのために色々なサービスを実地していたが、紆余曲折あって今はこじんまりとしたブックカフェに落ち着いている。

メニューも取り立てて特別ものはないが、地元常連客に親しまれ、俺もその店に漂っている独特な空気感が嫌いではない。


「おや、いらっしゃいマスダくん。久しぶりだね」

中に入ると、マスターハスキーボイスが出迎える。

店内を見渡す。

以前と、まるで変わっていないことに安堵感を覚える。

多少の違和感もあるが。

「やあ、マスダ」

「おっす」

店にいたタケモトさんと、センセイが吸っていたタバコ匂いが、その違和感の正体だ。

バス以外でセンセイと会うのは珍しいですね。しかもこのカフェにいるなんて」

「好きな銘柄が売ってるタバコ屋がこの近くにあったんだ。で、すぐ吸いたいときは、このカフェにいるって感じ」

「二人ともタバコ吸うんですね」

「オレは厳密にはパイプでアロマやってるだけなんだが、まあ広義的にはタバコっちゃあタバコか」

匂いを気にしていたのが顔に出ていたのか、気づいたマスター換気扇スイッチをパチパチといじる。

「一応、換気扇はフル回転させるけど、それでも気になるなら我慢してね。うちは禁煙席とかそういうのないから」

俺は軽く会釈すると、センセイたちのいる場所から離れた席に座った。

それにしても喫煙OKとは、いまどき珍しいとつくづく思う。

まあ、それがこの店の方針なら従うが。

パイプで色々と試してみたけどさ。何だかんだでバニラに行き着いたな。燻製でいうサクラと一緒だ」

「私は別にこだわりはないですが、初めて吸った銘柄が『シーネー・ジパング』だったので、以降はずっとこれですね。愛煙家好きな人は少ないですが」

「ワシはあくま香りを楽しむ派ですな。吸いはしませんが、葉巻だと『ヲッチャ・コッカイ』あたりを……」

マスターたちはというと、タバコ談義に花を咲かせていた。

俺は話の輪に入れないというか入る気もないが、タバコの近年の状況を顧みると、ああやって朗らかでいられるこのカフェはタケモトさんたちにとって特別場所なんだな。


だが、その時である

新たな来客がドアを勢いよく開けて入ってきた。

店内に静寂が漂う。

その人物の顔を見て、思わず俺たちの顔が歪んだ。

その来客からみれば俺たちは見知った相手ではなかったが、俺たちからすれば知っている人間だった。

「ふう~、まいった。いきなり降り出してきた……」

この町の市長だ。

まだ何も起きていないが、これから何かが起きる。

そしてそれは絶対にロクなことじゃない。

そんな予感がした。

次 ≫

2018-01-06

[] #46-1「コラえて天国

さあ、今週も始まりました『コラえて天国』。

ガイドブックでは伝えきれない町の魅力を、住人との交流を経てお伝えして参ります

今回の町はここ『アノニ町』。

はてな市にあるこの町は観光街として親しまれております

そんなアノニ町の魅力とは?

早速、覗いてみましょう。


川原にて兄弟らしき二人を見つけました

どうやら石切りで遊んでいるようです

ーーこんにちは

少年:こんちは テレビか何かの撮影

ーーはい 『コラえて天国』です

少年:ああコラ天 聞いたことある

ーー『コラえて天国』はご覧になったことは?

少年:まあ数回 観たい番組放送されない時があって 消去法で観たことはある

ーー今 何をやっているのですか?

少年兄貴石切り教えてもらってる おーい兄貴! テレビ! テレビ

少年の兄:分かってる! あまり映りたくないから あえて避けてんだよ

ーー少しの間 様子を撮らせて貰っても?

少年の兄:構いませんけど……いま苦戦していて進展がないので 面白い画は撮れないと思います


というわけで、しばらく二人の石切練習を眺めてみることに。

少年:よーし! そら!

マサカリ投法のような独特なフォーム

弟くんは水面に向かって、叩き落すように投げます

ドボンっ」

予想通り、一回も跳ねることなく失敗。

少年:ああ~! 一回も跳ねない

少年の兄:テレビで緊張してんのか? さっき3回いけただろ。

ーーえ 3回!? 今の投げ方で!?

少年の兄:いや 今の投げ方ではダメ 現に一回も跳ねてないんだから 俺がもう一回やってやるから ちゃんと見とけよ

そう言ってお兄さんがゴツゴツとした石を拾う。

すると弟くんとほぼ同じ独特なフォームで投げる!

1回、2回、3回…………

ーーうそ!? 9回も跳ねた!

少年の兄:テレビからってオーバーすぎでしょ そんな大した回数じゃない

ーーいや 回数とか以前に投げ方が……

少年:俺と兄貴で何が違うんだろうなあ 同じように見えるんだけど

少年の兄:俺が言語化できる範囲内の説明はし尽くした 後は習うより慣れろだ それとも今から別のコーチを呼んでくるか?

ーーあの……その投げ方で(石を)跳ねさせようとするのは難しいと思います

兄弟:え?

同じ反応、さすが兄弟といったところでしょうか。

兄:いや 確かに一般的な投げ方ではないけどさ ちゃんと跳ねてるし

ーー恐らく その投げ方で数回跳ねさせるのと 普通の投げ方で跳ねさせるんだったら 普通の投げ方のほうが断然……

少年の兄:ええ? そんなに難しいかなあ この投げ方

少年:ああ もう これでよく分かった! 兄貴コーチに向いていなかったのが原因だ!

少年の兄:違うな お前の物覚えが悪いのが原因だ

今にもケンカに発展しそうだったので、スタッフがここで仲介

お兄さんに一般的な投げ方を学んでもらい、それを弟くんに教えてあげてはと提案します。

少年の兄:それ二度手間じゃ?

ーーですがこのままでは お兄さんのコーチとしての面子が……

少年の兄:この石切自体 弟にどうしてもと頼まれて渋々やってるだけなんで俺はどうでもいいんですよ あいつ(弟)が友達相手に見栄張りたいって言うから仕方なく……あ これ言っちゃマズいか


何とかお兄さんを説得し、スタッフが水の石切りの普通の投げ方を見せます

それを見たお兄さんはすぐにコツを覚え、いつものやり方と同じくらい跳ねるように。

あんな投げ方で跳ねさせられるのだから、もとから才能はあったのでしょうね。

こうして満を持して、弟くんに教えます

少年の兄:あの投げ方をしていて気づいたんだが まず軽い石のほうが良いな あと力任せに投げるんじゃなくスナップを利かせて 回転をかけて投げることが重要

さっきまでのグダグダが嘘のように、スムーズ練習は進みます

少年:よーし、それ!

改善後なんと十数分で、弟くんは安定して10回以上跳ねさせられるように!

少年の兄:ありがとうございました 今回のことは弟にとっても俺にとっても良い勉強になりました 学ぶこと 教えること それぞれの難しさが分かりましたよ

ーー最後ちょっとしたお願いなのですが さっきのあの“独特な投げ方”でもう一度やってもらってもよろしいでしょうか?

少年の兄:ええ? “あの投げ方”そんなに面白いです? 構いませんが 今になって改めてやるとなると何だか気恥ずかしいな……

お兄さんがゴツゴツとした石を広い、あの独特なフォームで渾身の一投!

ボッチャーン!」

水しぶきがこちらに盛大にかかるほどの見事な着水。

先ほどのが嘘のように跳ねてくれません。

少年の兄:あれ なんで跳ねないんだ?

ーーいや こちらに聞かれても……

(#46-おわり)

2017-12-30

[] #45-7「3丁目の輝石」

≪ 前

兄貴としてはドッペルが寝ている間に、部屋にプレゼントだけ置いて帰るつもりだったのだろう。

だが、時間はまだ20時。

子供が寝るにはまだちょっと早い。

部屋に入ると照明がついており、ドッペルは起きて普通に過ごしていた。

「……マスダの兄ちゃん?」

ただでも気まずいのに正体を一瞬で見破られ、兄貴から冷や汗が流れる

「えー……俺はヘルパーだ。サンタは忙しいからな」

そうは言ってみたものの、とても誤魔化しきれるものではない。

兄貴はあからさまに目が泳いでおり、溺れ死にそうになっていたからだ。

案の定、ドッペルは困惑の表情をしている。

だが、その後すぐに表情が緩んだ。

すると、まるで本当にサンタ出会たかのよう笑みを向けてきた。

「はは、マスダの兄ちゃんサンタか」

兄貴はドッペルの心境が分からず戸惑っていたが、何とかサンタ仕事遂行しようと必死だった。

「いや……だから俺はヘルパーだ。未熟なサンタだが安心しろちゃんプレゼントは持ってきている」


…………

「どういうことだ!? なぜドッペルはあんな反応ができる? 普通に考えて、あいつがサンタじゃないことは明白だ」 

兄貴の後ろからその様子を見ていたツクヒは、理解できない様子だった。

「たぶんさ。ドッペルはサンタ存在に折り合いをつけ始めていたんだよ」

「すでに気づいていたってことか?」

「というか大半の子供は案外そんなもんだと思う。大人に近づいていく途中で徐々に、漠然と『まあ、そんなもんだろう』って感じで折り合いをつけていくんだよ」

「それにドッペルは兄貴に懐いているからさ。兄貴サンタに扮すれば、それはそれで受け入れられるんじゃないかと思ったんだ」

真相というものは、突然気づくものとは限らない。

いずれ暴かれる嘘なら、せめて綺麗事で包みこんでやりたかった。

「……なるほど、納得はしないが、理解はした。なんでサンタなんていう嘘が世界を包み込んでいるのか。陳腐だけれど、それは“思いやり”ってやつなんだな」

そうだ、サンタ存在しない、幻想だ。

でも、それは見方を変えれば素敵なことなんだ。

「そういうことだ、ツクヒ。だから一緒にクリスマスを楽しもう。保護者組合が、クリスマスパーティをやるらしいんだ」

「いや、それは……」

「楽しむ気が起きないか?」

「そうじゃなくて、今日家族と過ごしたいんだ。母ちゃんが甘ったるいチョコケーキを、父ちゃん安易気持ちで買ったフライドチキンを持って帰ってくるだろうからな」

こうして一連の騒動が治まった。

さて、ここまで話しておいてなんだが、念のために言っておかなければならない。

今回の話はあくま虚構フィクション)だ。

だが虚構は俺たちの隣人さ。

から恨みもするし、愛しいことだってある。

サンタのようにね。

承知の上で」

歌:マスダ(サンタVer)


承知の上 承知の上

コソ コソコソ ほらヤッホッホッホ

了承の上 コスプレ

訪問している 偽サンタ

玄関抜け オモチャ持って

お前に配りにやってきた

ホーホーホー お前が

ホーホーホー 待っている

了承の上で コソコソコソ

玄関抜けて 偽サンタ

弟の友の靴下

入れておくぜ プレゼント

品薄 人気の最新ゲーム

正規手段で用意した

ホーホーホー 弟も

ホーホーホー 待っている

承知の上で コソコソコソ

玄関抜けて 偽サンタ

俺の弟の靴下

見てみろよ ほら たくさん

シャーペン シャー芯 消しゴム

俺のお古? いや 気のせいだ

ホーホーホー みんなが

ホーホーホー 待っている

承知の上 承知の上

みんなが コソコソコソ 

玄関抜けて サンタたちが やってくる

(#45-おわり)

2017-12-29

[] #45-6「3丁目の輝石」

≪ 前

俺たちは捕まえたツクヒを囲み、この後どうするべきか考えあぐねていた。

「ふん、サンタなんてタダの不審人物だ。そんなのを糾弾して何が悪い

不審人物だっていうが、サンタは法的に認められているぜ。判例もある」

「オサカ。お前、それ映画の話じゃないのか?」

「おい、マスダ。なんで『家にボッチ』や『エクセレントかも、人生?』は知らないくせに、それは知っているんだ」

「ニワカってそういうもんだろ」

兄貴とオサカは、グダグダとどうでもいい話をしている。

こりゃあ、真面目に説得しようと思っているのは俺だけだな。


「オレを止めたって無駄だぞ。何の意味もない。ドッペルも、いずれ分かることだ」

実際問題、ツクヒを捕まえたところで、これで事態解決したわけじゃない。

ツクヒ自身サンタ存在をゾンザイに扱う限り、いずれ同じことが起きる。

から理解させる必要があった。

サンタという偶像を、そしてそれを大事にしようとする人々の精神を。

「そうだな。でも、今じゃない。それに、こんな形でもない」

「なぜだ!? どうしてそこまでして隠す。大人子供たちを騙し続け、そして騙された子供たちが大人になったとき、また子供たちを騙す。こんな悲しい輪廻は終わらせるべきなんだ」

「ねえ、それって本当に言うほど悲しいことかな? 子供の頃にサンタという夢を与えられ、それがなくなっても今度は夢を与えられる側になれる。両方とも体験できるなんて、素敵なことじゃないか

「なんだと?」

「そりゃあ嘘はいけないことさ。けど、それでも嘘をつくのが人間だ。そんな人間がいる世の中は嘘だらけだ。だったら大事なのは、嘘に対してどう臨むべきかってこと。サンタはその足がかりなんだ」

俺は、これまでに自分が学んだことを整理するように、サンタについて語った。

「それにサンタは嘘でもあるけれど、良い嘘でもある。それは夢になりうるものなんだ。別に信じている子供たちを弄ぶためじゃない。信じることの大事さを尊重しているんだよ」

詭弁だ!」

ツクヒの指摘は尤もだ。

俺の言っていることは詭弁に過ぎない。

だが、そんなことは百も承知だ。

「もちろん詭弁さ。とても前向きなね。皆がサンタという存在大事にするのは、その詭弁に素晴らしいものがたくさんあることを知っているからさ」

俺がツクヒを説得する姿を眺めていた兄貴は、その様子にあっけにとられていた。

「弟よ……、プレゼント目的善行積んでたお前が、数時間見ない間にずいぶんと様変わりしたな」

「俺は何も変わってないよ。クリスマスは良いものだってことを、改めて確信しただけ。それにその証明は、兄貴がこれからしてくれるだろ?」

「えっ……俺?」

兄貴が素っ頓狂な声を出す。

嫌な予感を察知したのだろう。

左手で口元を覆い隠しているが、それでも歪んでいるのは明白な表情だ。


…………

くそ……まさか、また着るハメになるとは。店長も、なんで快く服を貸し出してくれるかなあ……」

俺たちは公園から場所を移し、ドッペルの家へ来ていた。

兄貴サンタの服を着ることが不服らしく、ぶつぶつと文句をたれている。

「オサカは何でここまでついて来てるんだ。お前はもう帰れよ」

「『家にボッチ』の、オッサンの親子再開シーンは何度観ても良いよな」

「は?」

クリスマスものクライマックスは一番美味しいところってこと。それを見逃すなんてありえないね

「お前は一体何を期待しているんだ」

ツクヒはというと、これから俺たちがやろうとしていることに疑いの目を向けている。

「おい、マスダ。お前のやりたいことが理解できん。あんな不出来な偽サンタ訪問なんてしたらバレバレだ。ましてや知り合いじゃあ、ドッペルに見られた場合すぐに気づかれるぞ」

「だろうね」

俺の答えに、ますますツクヒは理解に苦しむ。

「分かっているなら、なぜやる!? オレを止めたのは、サンタがいないことをバラさないためだろ。矛盾してるぞ」

「まあ、見てなって。じゃあ兄貴よろしくね」

「なあ、別に俺じゃなくてもよくないか? 知り合いだとバレやすいし、俺じゃあ気の利いたフォローとかできないぞ?」

兄貴も俺のやることには否定的だが、単にサンタの格好が嫌なだけだろう。

「いーや、むしろ兄貴が適任だよ」

俺はそれを受け流し、兄貴を家の前まで押していく。

ドッペルの両親とあらかじめ打ち合わせをし、玄関のドア鍵は開けてもらっている。

兄貴は溜め息を大きく吐くと、しぶしぶ玄関のドアノブに手をかけた。

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2017-12-28

[] #45-5「3丁目の輝石」

≪ 前

ところ変わって兄貴のほうはバイトを終え、仕事仲間と共に帰路の途中だった。

やれやれサンタコスプレなんてガラにもないことやるもんじゃないな」

「確かに精神的な疲労のほうがでかい

「ところで、お前はクリスマスどう過ごすんだ? やっぱり映画でも観るのか?」

「そんなに自分って分かりやす人間に見える? まあ、その通りなんだけれども。ビデオ屋店長在庫処理で譲ってくれてさ」

「『家にボッチ』、『エクセレントかも、人生?』……パッケージが如何にも古いって感じだな」

まさか知らないの? 定番クリスマス映画だよ」

「知らなくて悪いかよ。そうやって知識マウントとろうとする姿勢、お前の悪い癖だぞ」

無知なのにマウント取ろうとする奴よりはマシだろ。それよりもホラ、割と珍しいものもあるよ。この『ええクリスマス物語』とか、この国では未公開なんだ」

「なんでそんなの店長が持っているんだ」

「……さあ? まあ自分の話はこれくらいにして。マスダは今日どう過ごすつもり?」

特にないな。明日家族と過ごすけど、今日は父さんと母さんが夫婦水入らずのディナーを楽しむから。弟の子守りのために留守番

「ふーん……あ、そんな話をしていたら、ちょうど弟くんが」


…………

魔法少女のいっていた通り、ツクヒは公園にいた。

ドッペルが家から出てこないので、仕方なく公園でくすぶっていたのだろう。

俺は木陰に隠れながら、チャンスを伺う。

あいつに気づかれれば、さっきのように俊足で逃げられるのがオチだ。

からスキを突いて、捕まえる必要があった。

そして、そのチャンスはすぐにやってくる。

ツクヒが俺のいる木陰とは真逆の方を向いた。

俺はそれを見逃さず、全速力で距離を詰める。

「……ん!? くそ、またマスダか!」

けど、俺の逸る気持ち足音に出てしまい、ツクヒとの距離を満足に詰められないまま気づかれてしまう。

俺が隠れていた木陰と、ツクヒがいた場所までかなり距離があったのも痛かった。

この公園が、俺たちの町では『缶蹴りに向かない広場』なことで有名なのを実感する。

そして、ツクヒはまたもその俊足でもって俺との距離をどんどん離していった……。

これではさっきと何も変わらない。

もちろん、そんなことは分かっていたし、こうなることも分かっていた。

違うのは、今の俺は一人じゃないってことだ。

兄貴、そっちにいったぞ!」

ついさっき出会った兄貴たちに、公園の外を見張ってもらっていた。

俺はツクヒを捕まえるために走ったのではなく、あくま誘導役だったのだ。

「うわ、お前はさっきの偽サンタ!?

「人違いだ」

ツクヒは慌てて方向転換し、逃げようとする。

けど、もはや逃げることも、捕らえられるのに抵抗する体力も残っていなかった。

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2017-12-27

[] #45-4「3丁目の輝石」

≪ 前

部屋に入ると、そこには魔法少女がいた。

ミニスカートサンタという色んな意味で寒そうなコスプレをして。

イベントのために、出番を待っている様子だった。

ちょっと協力して欲しいんだ。居場所を見つける魔法とかでさ」

「うーん……マスコットに聞いてみるね」

肩に乗った珍獣に話しかけると、マニュアルじみた説明を始める。

個人守秘義務に反するので、魔法少女仕事以外でそれを利用することは原則禁じられています

「けど、サンタ守秘義務に関わることなんだよ!」

俺がそう言うと、珍獣は何も言わなくなった。

故障したのだろうか。

「あー……どうやらマスコット遠隔操作している人が、マニュアルを読み返しているみたいね

わざわざ読み返さないといけないほどのことなのか。

「……失礼しました。確認したところ、機密の優先順位においてサンタ上位者にあたるようです。なので魔法少女超法規的措置適用されます

「つまりOKってこと。さっそく自動追跡の魔法を飛ばすから、ツクヒくんが見つかるまで待っててね」

自分でも無理のあるお願いだと思ったが、まさかサンタがそこまで特別存在だったとは。


…………

ツクヒの居場所が分かるまでの間、俺と魔法少女は話をした。

「……ねえ、初めて会った日のことを覚えてる? あなたや、あなた友達が私の正体を知ってしまった日」

「ああ・・・・・・あったね、そんなこと」

「それでも今、こうして私は魔法少女をやれている。なぜなら、あなたたちが正体を広めなかったから。それって、サンタがいないのをバレないようにしているのと似てない?」

そういえば、何となく似ている気もするな。

言葉には出来なくても、あなた理解していたの。嘘で幸せになったり、暴かれたとき不幸になったりもする。そういった嘘もあるって」

俺の中で答えが形作られていくのを感じた。

それは魔法少女言葉だけではなく、これまでの出会い経験全てがあってこそだったのかもしれない。

「ツクヒくんの場所が分かったよ。公園に戻ってきているみたい」

「分かった、ありがとう

「手伝ってあげたいけど、これからイベントでやらなきゃいけないことがあるから、ごめんね」

大丈夫さ。クリスマスのために、それぞれやるべきことをやるんだ」

その俺がやるべきことは、ツクヒを止めることだ。

サンタクロースはやってこない」

歌:ツクヒ


サンタクロースは やってこない

から降ってこない

ソリを引っ張る トナカイにとっちゃ

ただの支配

ホーホー なんて笑い方

気色悪い

既に気づいているだろ

ほら サンタは やってこない

サンタクロースは やってこない

特に貧乏人には

有名人の 慈善行為

名目

型落ちの玩具 親のズレたチョイス

これで喜べと?

商業主義の化け物

ほら サンタは やってこない


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2017-12-26

[] #45-3「3丁目の輝石」

≪ 前

気持ちを切り替え、俺は改めてツクヒの捜索に乗り出す。

ツクヒの行方は見当がつかない。

だが、居場所を見つけるアテはあった。

魔法少女だ。

この町には魔法少女がいて、とある一軒で見知った間柄になった。

事情を話せば、協力してくれるはず。

確か市内で、クリスマスの催しに参加するとか触れ込みがあったよな。


俺は魔法少女舞台裏を訪ねた。

しか子供一人で何のアポもなく入れるはずがない。

イベント関係者であるタケモトさんの鉄壁のガードによって、俺は強引な突破すら封じられていた。

「諦めろっての。無分別ファンとかが突撃してこないよう、関係者以外は通しちゃいけねえんだ。どのような事情だろうが、例外はない」

けど、ここまで来て諦めるわけにはいかない。

「頼むよ。サンタを、サンタを信じる子供を、それを大事にする人たちのために、どうしても必要ことなんだ」

俺は何度もタケモトさんに頼み込んだ。

正攻法ダメなら、論理安易な摩り替えだってした。

「タケモトさん、去年のハロウィンのことを覚えている?」

「お前がイタズラあってのハロウィンだとか主張して、周りの制止を振り切って暴れようとしたときだな」

「結局、あれは失敗に終わったけど、最後にタケモトさんは自分の家を犠牲にしてまで、俺たちのイタズラを認めてくれた」

もちろん、それを認めてくれたのはタケモトさんだけじゃない。

他の大人たちも表面上は俺たちを止めつつも、正論だけでは学べない大事なことを知っていた。

「そんなんじゃねえ。イタズラが原則悪いことって前提は変わらねえんだ」

「でも、それが許されたり、認められる時もある。そういうのを“容認”っていうんだろ。サンタなんて嘘が大衆根付いているのは、そういう考え方も大事なのを知っているからだ」

「ふん、大した理屈だな。だが、それと今お前を通すことは別の話だ」

そうして押し問答が幾度となく繰り返され、タケモトさんが絆され始めたとき

から鶴の一声が放たれた。

「通してあげて」

魔法少女の声だ。

タケモトさんは溜め息を吐くと、おもむろに扉を開けた。

「先に進む前に、さっきの話の続きだ」

そのまま進もうとする俺に、タケモトさんは呼び止める。

ハロウィンのイタズラが悪いものとは限らないように、サンタ存在も悪いものとは限らん。大人は、なにもサンタを使って子供たちを騙したくて、悪意があって真相を隠すわけじゃねえ」

「うん、分かってるよ」

「いずれ知る日が来て、傷つくかもしれない。だがそれを悪い思い出にするか、良い思い出に昇華できるかはテメェ次第だ。夢から醒めるのは、見ているものが夢だって気づいた時だとは限らんからな」

「タケモトさんは……できたの? 良い思い出に」

大人だって誰かの子供だ。その子供が大人になった今、その夢の“お手伝い”に参加しているってのが答えだ。オレの話は以上。とっとと行きな」

タケモトさんは、俺を追い払うように手を振った。

次 ≫

2017-12-25

[] #45-2「3丁目の輝石」

≪ 前

あわててドッペルに連絡を入れる。

もしもし

「ドッペル、いまどこにいる?」

「家にいるよ。この時期になると親がなぜか外出させてくれなくて」

「よし、今日はそのまま家にいて、誰が来ても迎え入れるんじゃないぞ」

サンタも?」

サンタは訪ねるとき、わざわざ住人に尋ねたりしないんだよ。合法侵入なんだから

「それもそっか」

ひとまず、これで時間は稼げる。

だが根本的に解決したわけじゃない。

ツクヒを見つけだし、サンタ暴露話を思いとどまらせなければならない。

だが、そんなことができるのだろうか。

俺は少し冷静になって、“本当の意味根本的な問題”について考えた。

ツクヒは俺から逃げるとき言っていた。

『いずれドッペルも分かることだ、マスダ! 止められると思うなよ』

実際問題、ツクヒを止めたところで、ドッペルもいつかはサンタ存在に気づく日が来る。

その日がいつなら良いのか、誰も正確な答えは知らない。

仮に答えがあったとして、そこまでして隠す意義があるのか。

そもそもサンタなんて虚構存在を作り上げて、それで俺たち子供を騙して何の意味がある。

ただツクヒを無粋だからといって止めるのは、本当に正しいことなのか。

俺はその答えを出せない。

それでも心のどこかで、ツクヒを止めなければならないという思いが歩みを止めさせないでいた。


自身が迷っているのに、仲間たちを呼んで協力を仰ぐのは憚られた。

アテもなく、俺は一人でツクヒの捜索を始める。

その道中、生活教の教祖を見かけた。

奉仕活動に熱心に励んでいる様子だった。

別に悪いことをやっているわけじゃないけど、あいつがやってると何だかすごく胡散臭いな。

「おや、マスダくん。クリスマスだというのに浮かない顔ですね。プレゼントのアテが外れたとか?」

「そうじゃないよ。あんたこそ他宗教文化に参加するなんて大丈夫なのか?」

生活教は、他の宗教に寛容です。それが人々の生活を彩るものであれば、文化風習においても同様なのです。だからクリスマスを祝っても何ら問題ありません」

「随分とフットワークが軽いんだな」

「まあここだけの話新興宗教歴史のある信仰や、科学などの体系と真っ向から戦うと排除される運命しかないので。柔軟剤入り洗剤のように、しなやかでクリーンであることに努めないとやっていけません」

好き勝手やっているように見えて、宗教って割と不自由なんだな。

そこまでして信仰する意味があるのだろうか。

俺は、それがまるでサンタみたいだと思った。

「俺たちのクリスマスには、主とかは出てこないけどさ。なんというか、サンタって信仰のものだよな」

わず吐露してしまったが、我ながら教祖相手に何を言っているんだか。

「ふーむ……確かにサンタは、信じることの尊さを学ぶ上では大きな存在ですね」

だが教祖は意外にも真面目に答えた。

「時に虚構というものは、人々が何かを学ぶことに大きく貢献しています基本的に嘘は良くないことですが、それでもサンタという存在を守ろうとするのは、そこに何か大事ものがあるからでは?」

プレゼントとか?」

「まあ……それもあるでしょうけれども。私の立場では、そういったものに明確な答えを出すわけにはいかないので……」

嘘をついてでも大事もの……。

たぶん、俺がツクヒを止めようとしているのも、そのためなんだ。

答えはまだ出ないけど、道筋は見えたような気がした。

「よし、クリスマスが過ぎるまでに何とかしないと」

事情は伺いませんが、焦る必要はありませんよ」

ん、どういうことだ?

クリスマスの時期は宗教によって異なるので、別にキトーにやっても大丈夫です」

宗教基準の話はもういいって。

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2017-12-24

[] #45-1「3丁目の輝石」

今年もクリスマスが近づいてきた。

みんな思い思いの過ごし方を目指して大忙しだ。

父はアニメクリスマススペシャル制作で。

母は市民団体クリスマス企画で。

兄はバイト

そして俺はというと町じゅうを練り歩き、奉仕活動に励んでいた。

善行を積むことで、プレゼントのグレードを上げるためだ。

もちろんサンタなんてアテにするような歳じゃないけれど、“現実的サンタ”の方はアテにしているからな。


そうして人通りの多そうな場所を重点的に散策していると、バイトをしている兄貴を見かけた。

サンタの格好をしていてパッ見だと分かりにくいが。

どうやらマセた子供因縁をつけられている最中らしい。

「お前、サンタじゃないだろ!」

そして子供のほうはというと、俺のクラスメートのツクヒだった。

あいタイプのやつは、着ぐるみの頭を取ったりファスナーを下ろすことに快感を覚えるからな。

気持ちは分からなくもないが、ああいう無粋なことを堂々とやっている姿を見ると、クラスメートのこっちまで恥ずかしくなってくる。

「そうだよ。俺は“サンタお手伝いさん”。書き入れ時には俺みたいなお手伝いさんが出動するんだ。サンタだけでクリスマス仕事を全部やるなんて物理的に不可能なんだから当たり前だろ。子供には難しい話かもしれないが」

「わ、分かってるよ、そんなこと!」

だが兄貴の方が上手だった。

サンタ存在全否定しないようにしつつ、あっという間にツクヒを撃退してしまった。

「ガキはこれだからチョロい。それっぽい理屈を並べたら反論できなくなるし、子供であることを指摘したらそっちに過剰反応する」

何か手伝えることはないかと思ったが、あの調子なら兄貴大丈夫そうだ。

というか、むしろ邪魔に思われそうだし。

それに、どちらかというと気になるのはツクヒのほうだ。

クリスマスも近いというのに、妙に不機嫌だった。

いや、あいつの場合クリスマスから”……だろうか?



兄貴に言い負かされたツクヒは、目的もなく公園でクダを巻いていた。

俺はその様子を木陰から観察する。

「ああ、気に入らない、気に入らない! これもきっと容姿のせいだ!」

ツクヒはクリスマスが嫌いだった。

なぜ嫌いかは分からない。

本人にだってからないのだから

考えられる可能性は、ツクヒは強いコンプレックスをたくさん持っている人間だということだろう。

あいつはそれでイジめられているわけでも、そのせいで何か損をした人間というわけでもない。

だが要領の悪いあいつにとって、そのコンプレックスは分かりやす言い訳だった。

その言い訳によってコンプレックスは強まり、より自分のことが嫌いになる。

そして、周りを更に嫌いになることで自我を保っていた。

そんな全てが恨めしいツクヒにとって、皆が楽しそうにしているクリスマス例外ではなかったのだろう。

俺は見てられなくなって、ツクヒに話しかけた。

「おい、ツクヒ。クリスマスの何が気に入らないんだ?」

ツクヒは同じところをグルグル回りながら、クリスマスへの恨み言を呼吸のように吐き出していく。

「なんか寒いのが嫌だ! なんか温かみがない。なんか国の景観に合っていないし……」

その様は、まるで画力の高い漫画家の絵に、難癖をつけるオタクみたいだ。

商業主義だし、何よりサンタなんて嘘だし……そうだ!」

ツクヒはふと歩みを止める。

何かを思いついたようだった。

「みんなにクリスマスなんてクソだって気持ちを共有してもらおう。そのためにはサンタなんて虚構存在邪魔だ」

こぼれる言葉と笑みから、ロクでもない企みであることは傍から見れば明らかであった。

「そういえばクラスメートのドッペル。あいつ、まだサンタを信じてる、おめでたい奴だったな……よし、あいつの目を覚まさせてやろう」

そう言うと同時にツクヒは走り出した。

俺は血の気が引いていく。

もちろん、それは寒さではなく、ツクヒの大それた計画に対してだ。

「おい、そんなことはさせないぞ!」

「いずれドッペルも分かることだ、マスダ! 止められると思うなよ」

捕まえようと追いかけるが、ツクヒは俺との距離をどんどん離していく。

あいつが唯一自慢にしている俊足に、俺が追いつける道理はなかった。

次 ≫

2017-12-17

[] #44-5「ヴァリオリを、もっと楽しむ」

≪ 前

冒険を経て、俺は成長していった。

第7話と第8話における俺の活躍は、その集大成ともいえた。

ウロナ「ヴェノラ、どうやら問題が発生したようです」

ヴェノラ「じゃあAをBにしよう。よし、解決したぞ」

リ・イチ「やりますね、ヴェノラ」

イセカ「ヴェノラ、また問題が発生した」

ヴェノラ「じゃあXをYにしよう」

イセカ「XをYに?」

ヴェノラ「ああ、そうすることでああなってこうなる。そしてZをΣにする。よし、解決したぞ」

イセカ「ZをΣに!? その発想は画期的だ」

この時の発想力は今でも関心する。

まあ、日常ミームの応用だ。

異世界では珍しいことかもしれないが。


三番目に対峙した四天王ジャーゴン自身を改造しており、今までにない戦い方が要求された。

ジャーゴン「この攻撃物理的に防げないぞ」

ヴェノラ「そうか、ならコレをああする」

ジャーゴンバカな、なぜ生きている」

ヴェノラ「それはコレをああすることで、コレがアレになったからだ。つまり攻撃はきかない」

ジャーゴンバカな、それには高度な技術と恵まれた才能が必要なはず」

ヴェノラ「神からの授かりものだ。そして俺の人並みの努力と発想力があっての賜物だ」

ジャーゴン「だがいくら攻撃を防いだところで、我を倒す攻撃はないだろう」

ヴェノラ「だったらコレをこうする」

ジャーゴン「ぐはっ、なぜ攻撃が通る!?

ヴェノラ「それはコレをこうすることで、コレがソレになったからだ。そしてソレはお前のドレといい感じになって、どうにかなる。つまり攻撃が通る」

ジャーゴン「負けた……私の完敗だ。お前はすごい」

ヴェノラ「そうだ、とりあえず俺の勝利だ」

リ・イチ「やりましたね、ヴェノラ。とても勝てる気がしない相手でしたが、何とか勝つことができました」

ウロナ「すごいぞ、ヴェノラ! すごいぞ、ヴェノラ! すごいぞ、ヴェノラ!」

ヴェノラ「ありがとう。皆のおかげだ。仲間がいい感じにサポートしてくれて助かったよ。あと俺の勇気と才能、努力に裏づけされた機転によって今回も何とか勝つことができた」

三番目に戦った四天王を倒し、残すは一人。


最後四天王、剣姫スミロドンとの戦いは記憶に新しいよな。

まあ実際には四天王じゃなくて“元”四天王だと、倒した後に明かされるのだが。

それどころか、今まで戦った四天王すらフェイクだったというのだから、あまりにも予想外だ。

今まで倒して喜んでいた敵が偽者だったなんて、我ながら恥ずかしいったらないよな。

だが、いつまでもそうはしていられない。

フェイ四天王なんて許されることじゃない。

俺たちを騙した罪は重い。

本物の四天王を倒さなくては。


ここまでが俺たちの第1シーズンでの活躍だ。

……え? 第2シーズンはどうしたかって?

皆が学ぶべきことは、俺たちの濃密な冒険活劇を20分ちょいで纏めるのは無理があるってことだ。

だが大丈夫

なんとこの番組放送後、つまり今日の18時から動画サイトで『ヴァリアブルオリジナル』全話が限定配信

本日限定から、急げよ!

じゃあ今日はここまで。

また来年になったら会おうぜ。

ばいばい!

(#44-おわり)

2017-12-16

[] #44-4「ヴァリオリを、もっと楽しむ」

≪ 前

この頃、俺は自分基本的なパワーにマンネリを感じていた。

ジャストコーズはあるものの、これはいざというときのパワー。

それに頼るだけでは、戦いに幅がなくなると考えていた。

俺が新たなるステップに移行するためには、別の何かが必要だと思っていた。

そんなとき、俺は道中の村で運良く曰くつきの武具を見つける。

なぜ見つけたか説明しにくいが、「武具が俺に使えと囁いた」としか表現しようがない。

或いは、このイベントも神とやらの予定表に書かれていたものだったのかもしれない。

何はともあれ、俺は『とにかくすごいってことだけは伝わる設定の武具』を手に入れた。

今でもお世話になっている装備だな。

エンチャントとかが絶妙な配合バランスになっていて、上手く扱えば一方的なバトル展開が予想される。

その上手い扱い方は、俺の生まれ持った才能と現世で培われた教養を持ってすればヒラメく。

これで鬼に金棒。

ここでいう『鬼』とは俺のことで、『金棒』はこの武具のことだ。

モノの例えであって、文字通りの意味ではない。

俺だけにしか価値が分からない特別な代物だが、イミテーションなら君たちの世界でも最寄のトイ・アザースでそれぞれ売っているぜ。


この日はこれだけでも印象深いが、他にも色んなことがあった。

後に仲間となる、エルフ族のウロナと邂逅。

ウロナ「ウロナです。模範的な弓の扱い方が出来ます

実質ライバル的な存在となる因縁相手であり、四天王の一人でもあるイノウの登場。

イノウ「ガン・バルカン子供玩具じゃない。大人ですら安易に使えない先進的な業物だということを忘れるな。それを気軽に使える俺は、つまりヤバいであるということだ」

その他にも第1話で俺が生活していた町が焼き討ちにあったり、リ・イチの国が魔族との戦争香りを漂わせたり、あとウロナの村も焼き討ちにあったり、てんやわんや

俺のジャストコーズによって何とか被害を最小限に食い止めることができたものの、四天王に対する言い表せない嫌悪感は日々増すばかりの第3話だった。


第4話では、仲間の一人であるイセカが登場する。

四天王の一人によって故郷が焼き討ちにあった、悲しい過去を持つ男だ。

イセカ「我が持つチョウナ・ブーメランは両親の形見。そして、奴らを倒す大義名分だ!」

この時に、今のパーティが完成したのだが、お世辞にも良い関係ではなかった。

その時点での俺たちは、利害が一致しているに過ぎなかったからだ。

彼らは頼りになる実力者だが、頼りにしなければいけないほど俺は切羽詰っていなかった。

しろ、俺が頼りにされることのほうが多かった気もする。

正直なところ、仲間がいなくても俺なら何とかなっていただろう。

だが、それでも仲間はいものだ。

心身共に安心感が生まれるし、あと俺を褒めてくれる。

からこそ有事の際には信頼ができたし、絆を深めることだけに注力できた。

5話では俺がリ・イチを助けて信頼を得て。

6話では俺がイセカを助けて信頼を得た。

こうして徐々にではあるが、俺たちのパーティは本当の意味で完成に近づいていったのだ。

次 ≫

2017-12-15

[] #44-3「ヴァリオリを、もっと楽しむ」

≪ 前

四天王がいるという国に出向いた俺は、そこでリ・イチと出会う。

後に仲間になるメンバーの一人だ。

リ・イチ「私はリ・イチ。この国で重役を務めております

この頃のリ・イチは、こんな声だったんだな。

途中で声変わりたから、それに慣れた今だと違和感がある。

な、そう思うよな?


そして面倒くさい政治のゴタゴタを掻い潜り、俺は四天王の正体を暴く。

大臣四天王の一人だったのは、あまりにも予想外だったな。

しか結構バトルも歯ごたえがあって、苦戦は免れなかった。

大臣無駄だ、ヴェノラ。お前のニワカ仕込みの剣技では、ワタクシの槍を捌くことはできぬ

ヴェノラ「くそ、なぜだ。上手く間合いを保てない」

大臣「当然だ。槍のほうがリーチがあるからな。しかもワタクシの槍は特注品で25メートルある。お前の学校にもあるプールと同じ長さだから分かりやすいだろ」

ヴェノラ「なんてこった。そんな長い槍を避けつつ、俺の攻撃を加えるなんて無理だ……」

俺は挫折したことがない人間だ。

もし挫折しそうになったら挑戦そのもの放棄するので、実質挫折していない。

危ないことや、やりたくないことは出来る限り避けてきた。

そんな俺にとって、放棄することが許されないチャレンジは酷く不当に感じられた。

俺の自由侵害されている。

大臣ハハハ文字通り手も足も出ないようだな。これまでの奴らも、そうやってこの世を去っていったぞ」

ヴェノラ「何て嫌な奴なんだ。何とかして、こらしめてやりたい! 溜飲を下げたい!」

その時、神に与えられた独特なパワー、『ジャストコーズ』が発動する。

俺が四天王を倒すべき正当な理由が力となったのだ。

ヴェノラ「ジャストコーズ・バーリアー!」

大臣「な、ワタクシの槍でダメージを1も与えることができない!?

ヴェノラ「そもそもダメージを受けないなら、避ける必要もないということだ。これで終わりだ大臣! いや“元”大臣!」

大臣「ぐわあああぁぁぁ負けたあああぁぁぁ……ワタクシの完敗だ。お前はすごい」

こうして俺は溜飲を下げ、この国に平和をもたらしたのだ。

ヴェノラ「いやあ、溜飲が下がった、下がった」


そして人々や国王感謝され、俺は様々な好待遇を受ける。

だが、いつまでもそうはしていられない。

俺には使命があるからだ。

ヴェノラ「王さま、この国のように、四天王によって人々は苦しんでいる。俺はそいつらをこらしめなければならない」

国王「そうか。ならリ・イチを連れて行け。魔法で大体のことはできるので頼もしいぞ。ただし時間外労働拒否するから注意しろ

リ・イチ「よろしくヴェノラ。大臣四天王だったショックから未だ抜け出せませんが、あなたについていきます

こうして俺は新たな仲間を引き連れ、次の四天王をこらしめに旅に出るのだった。

これが第2話のエピソードだな。

次 ≫

2017-12-14

[] #44-2「ヴァリオリを、もっと楽しむ」

≪ 前

こうして異世界に来てしまった俺は、何をすればいいかから四苦八苦していたんだよな。

ヴェノラ「よし、とりあえず異世界に来たらステータス確認しよう。こうすればウィンドウが出てくるぞ……ふむふむ、基準はいまいち分からないが、何となく分かるぞ。それじゃあ、まずはこの世界システム理解するために色々調べてみよう」

まるでゲームみたいなシステムだが、それでも試行錯誤しながら俺は徐々に理解していく。

ヴェノラ「ふむふむ、システム何となく分かってきたぞ。近くにいた住人たちもちゃん日本語が通じるようになっているし、親切な人が多くて助かる。インフラは些か不便だが上手く誤魔化せば何とかなるだろう。何なら俺が現世での知恵を有効活用して、町をいい感じにしてやろう。義務教育レベル知識は最低限あるから、俺の内政力は完璧だ」

現世での生活をひとまず忘れ、俺はこの世界に順応していった。

ヴェノラ「じゃあ、ある程度分かってきたことだし、この町を拠点にしつつ冒険の旅に出かけよう」

ヴェノラ「なるほど、このスキルはこんな感じか。じゃあ、そんな感じに使っていけば面白いな」

ヴェノラ「ほうほう、敵はそんな感じか。じゃあ、こんな感じで戦えば勝てるな」

ヴェノラ「勝ったぞ。これで、また俺は強くなった」

こうして見てみると、この頃から俺の問題対処能力は頭一つ抜けていた。

当然これは自己評価ではなく周りから評価なので、俺自身は自慢する程ではないと認識しているぜ。


それからしばらく経つと、俺は最初の町で一目置かれる存在になりつつあった。

ヴェノラ「クリアしてきたぜ。そこそこ大変なクエストだったな。一緒に仕事をしていた嫌味な先輩冒険者がこの世を去ってしまった。面倒見のいい先輩冒険者を助けるだけで精一杯だったぜ」

ギルド受け付け「ええ!? ヴェノラさん、Eランクなのにこんなすごい仕事を成し遂げたんですか!?

ヴェノラ「ああ、俺には持って生まれた才能と、現世で培った教養があるからな。その上で飽くなき探求という名の努力もしているか可能なのだ

冒険者くずれA「へっ! なんかインチキでもしたんじゃねえのか」

ヴェノラ「おいおい、変な邪推はよし子さん。一度でも俺の活躍を目にすれば、そんな疑いはすぐに晴れるぜ」

冒険者くずれA「ああ、確かに。お前の戦闘能力は独特で理解が及ばないながら、何となくすごいことは伝わってくるよな」

最初は俺の実力を甘く見積もる奴らもいたが、それが誤りであることを自然と認めさせるのにそこまで時間はかからなかった。


そんなこんなで更に月日が経ち、その町での生活マンネリを感じ始めた頃、俺は神の言っていた“しておいた方がいいこと”をそろそろやっておいても良いと思った。

ヴェノラ「確か四天王の一人が、その国で圧政をしているという話だったかな。よし、俺がこらしめてやろう。溜飲を下げさせてやる」

町娘A「行ってしまうのですね……」

ヴェノラ「俺には宿命がある。別れはいだって突然さ。時々でいいから、俺のことを思い出してくれ」

俺はフラグのある町娘に後ろ髪を引かれる思いを抱きつつも、新たな冒険の旅に出かけるのだった。


……と、ここまでが第1話エピソードだな。

あんまり盛り上がらない話だが、第1話は色々と説明しないといけないから、こんなもんさ。

だがCMの後は怒涛の展開。

お馴染みの仲間たちの初登場エピソード、どんどん紹介していくぜ。

ライバル四天王たちとの激闘シーンもあるが、最終的に俺が引導を渡す展開だから安心して観てくれ。

未公開シーンも解禁されるから、見逃すなよ!

次 ≫

2017-12-13

[] #44-1「ヴァリオリを、もっと楽しむ」

やあ、画面の向こう側にいる皆。

ご存知、俺はヴェノラだ。

この物語主人公であり、今回のおさらい編の案内人兼業しているぜ。

ちゃん給料も出るし、労災とかもおりるから安心してくれ。

さて、巷で大人気という噂のアニメ『ヴァリアブルオリジナル』、これを観ている皆は知っているよな。

もし知らなくても「いや、知らないけどお?」とか、わざわざ無駄に誇らしく言わないほうがいいぜ。

知らないことは罪じゃないが、それを恥じないのは罪だからだな。

だが、そんなお友達でも大丈夫

今回は第三シーズンに向けて、ヴァリオリをもっと楽しむために、これまでの冒険を振り返っていこう。

未公開映像もあるから必見だぜ。


物語の始まりは現世から始まる。

……おっと、安心してくれ。

皆も現世での話なんて長々とやってほしくないだろ?

簡潔に進行するさ。

さて、俺が元いた世界は、君たちの暮らす世界と似ているが、ちょっとだけ違う次元なんだ。

教師「おい、そこの男子生徒。その蛍光色の髪はどういうことだ。そんなことしてたら髪に悪いぞ」

ヴェノラ「やだなあ先生。これは地毛ですよ。仮に地毛じゃなくても、うちの学校は髪染めるのOKでしょ。ピアスもアソコ以外ならしてOKのはず」

教師校則をよく読んでるな。感心しきり……と言いたいところだが、ピアスをしちゃいけない部位はアソコではなく眉間だ。35億マイナスさせていただく。あと5000兆マイナス死刑からな」

ヴェノラ「とほほ……」

俺はしがない町で、しみったれ学生生活を日々謳歌していた。

何かが満たされないでいたが、それが分からない。

から目に付くもの全てに不平不満を漏らしたり、持論を展開したりする思春期特有毎日だ。

その日も友達以上、恋人未満のクラスメートたちと下校するまでは、いつもと変わらない日常だったんだ。

クラスメートA「あ、私の麦わら帽子が風に飛ばされて高速道路に!」

ヴェノラ「任せろ。俺がとってこよう」

だが俺は不幸にも車に轢かれた。

俺の人生もこれでザ・エンド。


・・・・・・そう思っていたのだが俺は無傷だった。

それよりも驚いたのは、俺がいた場所はいつの間にか別のところだったことだ。

俺はすぐに気づいた。

「ここは異世界だ」

「その通りだ。ヴェノラよ」

「お前は、俗にいう“神”にあたる存在だな!」

「左様、如何にも」

そして神は、異世界で色々としたほうがいいことをザックリと俺に告げる。

更には独特なパワーを授け、異世界に放り出した。

かくして俺はワケがわからないが分かった気になったまま、ハラハラキドキほのぼの異世界ライフを始めることになるんだ。

次 ≫

2017-12-06

[] #43-5「親の資格

≪ 前

この話を思い出す度、俺はセンセイとした、とある話も思い出す。

「マスダ、ちょっとしたクイズだ。組織崩壊させるトップには、どんな条件があると思う?」

「そりゃあ“無能”でしょ。トップ無能じゃ何もできない」

「それじゃあマルはやれても、花マルはやれないかな。トップ無能でも、部下が有能であれば意外と組織機能する」

「えー……うーん、じゃあその有能な部下たちの足を引っ張る?」

無能行動派トップいいね、二重マルだ」

「それでも花マルじゃないんですか!? うーん……もう思いつかない、降参します」

「惜しかったね。最後の要素は“偽善者”だ」

「“偽善者”……それはまたどうして」

理念のものは崇高だから。故にトップも何が間違っているか気づかず、部下も指摘しにくい。美辞麗句で誤魔化すもの現実とのギャップ差を埋められず、どこかで帳尻が合わなくなって最終的に破綻する」

偽善ダメってことですか。でもよく言うじゃないですか。『やらない善より、やる偽善』って」

「ははは、そりゃその理屈も間違ってはいないよ。でも、それはその行動によって、具体的に救われる対象がいること前提だ。飢えた人にその場しのぎのパンを与えることは“やる偽善”。愚かな偽善者は『そんなパンを食べさせるな』といって取り上げる」

「へえー、偽善にも色々なものがあるんですね」

「つまり行動派”で“無能”な“偽善者”は周りを犠牲にしながら、漠然とした善行に猛進するからダメってこと」

この話を思い出すのは、俺が市長のことを“行動派無能偽善者”だと思っているからだろう。

そんな市長がなぜ今なお市長でいられるのか、その話はまた別の機会にしよう。


…………

「今回の政策は取り下げとなったが、この決まり自体が間違っているとは思わない。法の整理や、システム部分を改良すればよい結果を生むはずだ」

免許制度の取り下げ発表時に市長が言ったセリフだ。

俺たちはその様子を溜め息混じりに眺めていた。

その溜め息の理由は安堵が半分、市長に対する呆れ半分といったところだ。

「まったく、バカみたいだ。あの市長は相変わらず自分政策を失敗だとは認めない、事実上失敗しているのに。システム部分を改良だの整理だの言っているが、それがままならないから取り下げたって話なのに」

市長投票した父ですら、今回のことはほとほと呆れ果てていた。

「なのにあの市長観念的なことばかり言って現実に寄り添おうとせず、それを捻じ曲げて矯正する。モノ捨てられない人間と一緒だ。使い道はあるって持て囃しながら、その実は扱いきれないものをため込んでいるだけ」

父はああ言っているし、俺たちにとっても助かりはしたものの、正直なところ今回の制度がやりたいことは分からなくもなかった。

俺は答えがあるかも分からない、何らかの答えを求めて母に疑問を投げかけた。

「母さん、免許ってのはいらないものなの?」

一口には言えないけど……必要だとしても、それはあくま可視化された証として。“本質”はそこにはないってこと」

「“本質”って?」

そう尋ねると、母は俺と弟をそっと抱きしめた。

「おい母さん、小っ恥ずかしいからやめろって」

母の機械の体によるものなのか、俺と弟によるものなのか、妙に熱っぽかったのを今でも覚えている。

(#43-おわり)

2017-12-05

[] #43-4「親の資格

≪ 前

ところかわって母のほうでは、試験を受けに来た人たちのストレスピークを迎えつつあった。

「マスダさん、マスダさん」

母に話しかけてきたのはセンセイだ。

この試験にはセンセイも来ており、母とはよく会場で話していたらしい。

「そういえば、あなたはなぜこの免許を取りに? 子供がいるとか、それとも予定が?」

「いえ、私は就職に有利だと言われてこの資格を取りにきたんです」

就職に有利? 保育士ベビーシッターを目指しているの?」

「いえ、近年では様々な企業で妊休や育休などにも歓迎ムードが漂っています。なので非常に汎用性が高い資格を……とセミナーの人に言われて来たのですが、正直ちょっと胡散臭く思っています

「多分それは受講料を払わせるための建前よ」

母は脳に繋がれたメモリーボードによって、瞬時に理屈提示する。

「妊休や育休は企業側が受け入れるべきものではあっても、歓迎するものにはなりえないものいくらフォローが円滑にできるシステムを構築したとしても、一企業にとって妊休や育休をしない人材に越したことはない、という前提は変わらないんだから

だが時に血の通っていない、身も蓋もないことも平気で言うため、周りからの評判はあまりよくなかった。

とはいえ、今回はセンセイ自身何となく分かっていたことだったため、それを明言化した母の理屈に対して納得せざるを得なかった。

「ふむ、やはりそうでしたか。誰もそういったことを言わないものから、私の懸念が間違っていたのか不安になっていたのです」

「それは仕方ないわ。受容と歓迎を区別できていない人は、側面的に否定をしたら全面的否定していると錯覚してしまうの。区別できている人も、その誤解を恐れて口をつぐむからね。サイボーグであることを言い訳にすれば話は別だけど」

「ははは、まあいずれにしろ、この親免許はそう遠くないうちに効力を失うかもしれませんが」

「どういうこと?」

民衆の不満が徐々に溜まっているんです。理念のものは良くても、色々と難ありな政策ですからね」


…………

俺たちは市長の下へ向かったのだが、その場にたどり着いたときギョっとした。

そこには俺たち以外にもたくさんの人たちが抗議のために集まっていたのだ。

どうやら、この親免許制度は、俺たち以外にも様々な問題が発生していたらしい。

子供たちの身寄りや、保護施設が行き届いていないぞ!」

「なんで年寄りから免許剥奪しないんですか」

仮免ってどういうことだよ」

小学生中学生の親免許が別だなんて聞いてねえ!」

試験内容がクソすぎる。あんな引っ掛け問題で落とされるとか納得いかねえ」

問題が複雑化と肥大化を繰り返し、市の管理では手が回らない状況になっていた。

結局、程なくして親免許という決まりはなくなり、俺たちのもとに母が戻ってきた。

次 ≫

2017-12-04

[] #43-3「親の資格

≪ 前

ところかわって父は大作アニメ製作に関わっていて忙しかったが、俺たちのこともあり早めの帰宅余儀なくされていた。

「フォンさん、シューゴさん。すいません、今日はこれで失礼します」

最近は帰りが早いですね。まあ今回は予算人員もたくさんなので支障はないですが」

子供たちを学童に預けているので、迎えに行かないとならないんです」

あんたの嫁さんはどうした? 病気か? いや、サイボーグから故障って言ったほうが正確か」

「そうではなくて、例の政策に妻が引っ掛かってしまって、いま子供の面倒見れるのが俺だけなんです。では、お疲れさまでした」

はい、お疲れさん……しかし、例のやつにマスダさんの奥さんが引っ掛かったか

「我々が知っている限りでは、問題なさそうな人柄だと思いましたが」

「あれ基準がザックリしすぎているからな。冷静に考えれば問題ない人たちまで弾かれているらしい。逆に問題あるだろって人が親免許持っていたり。要は現実に則していないんだよ」

「ワタクシにも娘がいますが、この仕事のこともあって面倒はそこまで見れていないんですよね。なのに親免許を貰えるんですから不思議なもんですよ」

「それがマズいよな。逆に言えば貰えないやつはどれだけヤバいだって認知される。でも実際のところ子供教育に親がどんなタイプがいいかなんて、収入とか分かりやすものを除けば後は不確定なんだよ」

「一理ありますが、シューゴさん子供いないのに随分と雄弁に語りますね」

「そんなにおかしいことじゃないだろ。関係のない立場から意見を出す人間のほうが遥かに多いんだ」

この時期になると、当事者以外からも今回の政策問題点が徐々に認識され始めていた。


…………

そして俺たちは、迎えに来た父と帰りの道中いろいろなことを話した。

「母さんは何時ごろ帰ってくる?」

「予定表を見る限りでは、早くて1週間、長くて2週間」

それで親の資格が得られるってのも妥当なのだろうか。

どれくらい試験の期間が長ければいいってのも分からないが。

免許がとれなかったら?」

「その時は再試験になるかな」

「じゃあもっとかかるってこと?」

「うーん……」

「弟よ、あんまり問い詰めてやるな。父さんだって不安なんだ」

家族全員ストレスがたまり、それを解消する方法もなかった。

それは母という生活的、精神的支柱がいなくなったこともそうだが、政策のものに不満を抱き始めていたからだ。

「なあ、この政策やっぱりおかしいんじゃねえの。“よき親”なんてものがどんなもんか知らないけどさ、少なくとも今の俺たちは母さんがいなくて不幸だよ」

「……うん、そうだな。なら俺たちは俺たちで、出来ることをやろう」

「まだ耐えろってこと?」

父は市長投票した一人なこともあって、政策批判することを憚っていた。

「いや、市長文句を言いに行こう」

だが、それでもダメだと思うことにはダメだと言うべきだって決断したらしい。

俺たち家族が一致団結し、一つのことを為そうとした数少ない出来事である

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