村人たちが「その一帯では熊がたびたび出没し、暴れ回って困っている」と話しているのを耳にしたんだ。
私は村人を安心させてやろうと、熊退治に乗り出した。
ただ殺すだけでは解決しないと私は思った。
そこで熊に決闘を申し込み、ちゃんとした戦いのもと納得して貰うことにしたんだ。
フィジカル勝負で勝てないことは分かりきっていたから、私は人間の培った技術で熊を翻弄したのさ。
勝てないことを悟った熊は負けを認め、私を背中に乗せて村人たちに服従の意を示した。
よほど感心したのか、貴族は私に貴族の階級とファーストネームをくれたんだ。
こうして私はマスダキントキと名を改め……
「叔母さん、“やったな”」
「はあ、また粗探しかい」
あそこまでフカシておいて、よく俺の指摘を「粗探し」の一言で片付けられるな。
「なんで薪割りしているのかってことはまだいいよ。なんなら熊と戦って勝ったのも百歩譲って信じる。でも『マスダキントキ』はふざけすぎだ」
「お偉いさんから名前を貰うことはそこまで珍しい話ではないよ。古今東西、色んな英雄たちは二つ名や、あだ名とか、改名後の方が有名だし」
「その名前が『マスダキントキ』って、完全に金太郎のパクりじゃん。坂田金時の逸話だろ、それ」
俺がそう言うと、叔母さんはゲームのコントローラーを盛大に手から滑り落とした。
ほんと分かりやすいな、この人。
「へえ~、金太郎ってそんな感じの話なんだ。マサカリと熊くらいしか知らないから気づかなかった」
「その金太郎の話自体が逸話なのに、それを更に自分用に翻案するという、バカげたことをやったわけだ」
叔母さんはバツが悪そうだ。
で、こういう時にとる叔母さんの行動は相場が決まっている。
「はあ~、嫌な子だねえ。私の話を台無しにしようとして」
こんな感じで、指摘した箇所について辻褄合わせをするのでもなく、俺の人格問題に摩り替えようとするのだ。
「意識しなくても、既存の話と多少はカブっちゃうこともあるよ。それに、翻案することの何が悪い。現代だって色んなものをモチーフにして、色んな話が作られているじゃないか」
こうなった叔母さんに、人の話をマトモに聞き入れられる余裕はもはやなく、俺たちは黙るしかない。
「仕方ない。お気に召さないなら、アンタらが好きそうな、とっておきの話をしてあげるよ」
「え? まだやんの」
俺も弟もさすがにウンザリしてきていたが、叔母さんは懲りずに話を続ける気マンマンだった。
「だったら年寄りどもの巣窟に行くかい? 私の話より有意義だと思えるなら話は別だが」
俺たちは老人組のいる、居間の方をおそるおそる覗く。
「お前さん飲みすぎだぞ。さすがにそんなのと一緒にするのはヒッピーが可哀想だ」
「そうじゃそうじゃ。それに括りが雑じゃ。リベラルっていっても色々あるんだから。クラリベ、モダリベ、ネオリベ、ニューリベ、カタリベ、スイヘイリーベー……」
「……『エバンゲリオン』を語る際にはラカンの精神分析理論を知っているかどうかが重要なんだよ」
「……つまりな、『ファイヤポンチ』は偶像と戦うことをテーマに描かれた群像劇なわけ。ヒーロー戦記じゃない」
「まあ、それを踏まえたうえで面白くなかったけどな。1話がバズっただけの、期待はずれな作品」
「なんだとコノヤロー!」
大分みんな酔いがまわってきてるな。
飲んでない人まで周りにあてられているのか場酔いしている。
酒の席で政治やアニメ・マンガの話はやめろって昔から言われていただろうに、しちゃうんだもんなあ。
こうなると、叔母さんの話を聞いていたほうがまだマシだな。
「じゃ、次の話いくよ」
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