はてなキーワード: cf.とは
最近話題になってるけど、トンチンカンなブコメが散見されるので書かせて欲しい。
信仰の自由とか信仰の告白とかは一切関係ない。統一教会は「この世に存在してはならないと断言できる数少ないもの」の一つである。
二束三文の壺を高価で売りつける「壺売り(霊感商法)」や、信者になったが最後どこの誰ともわからないやつが決めたどこの誰ともわからないやつと結婚させられる「合同結婚式」くらいはきいたことがあるだろう。
壺は金で片がつく話だからまだマシだろうが、「合同結婚式」はずっと悲惨だ。身内が一人でも信者になってみろ。どこの馬の骨ともわからない親戚がゴキブリのように増えていく。小室家のほうが無限にまともだよ。
いや変な親戚が増えるだけならまだいい。しばしば日本女性が韓国人と結婚し、韓国で一人孤立して生活させられるという被害が起きている。なんで奴らがわざわざこんなトラブルの種になるようなことをしているか知っているか?それは
「日本が朝鮮半島を植民地支配したことは、連帯罪として日本人すべてが背負っているとされる。彼女たちの連帯罪は、夫や夫の家族に尽くすことによって清算されるという。」
(出典:https://core.ac.uk/download/pdf/143633234.pdf cf. https://www.jcp.or.jp/akahata/aik10/2010-05-11/2010051114_01_1.html)
というとんでもない教義を持っているからだ。意味わかるか?何回読み直しても一ミリも理解できない。慰安婦や徴用工の訴訟なんてまだ百万倍も理性的じゃないか。
あなたの兄弟や子供がこんな教えを信じ込んで農村部で言葉も通じない「親戚」にこき使われる生活を送ってもいいのか?そんなことが起きないようにするためには統一教会とその信者共を社会から追放するしかない。
信者とは付き合わない。会話もしない。目も合わせない。これしかない。
もちろん、不幸にもフロント企業と関わりを持ってしまうことはあるかもしれない。奴らは自分たちの反社会性をよく知っていて、社会に溶け込もうとする。しかし、もし関わりを持ってしまったならば弁明の必要があるのは当たり前である。
そこには信仰の自由や信仰の告白などは一切ない。先の慰安婦で例えれば、統一教会関係者は朝鮮半島で年端も行かない子供を親から買った女衒−しかも「朝鮮人の女衒」−であろう。こんなゴキブリ共に与する言説は冗談でもとってはいけない。
確かに日本国憲法は信仰の自由を保証している。一方で社会秩序、「公共の福祉」のために基本的人権が制限されうる可能性も言及している。統一教会は社会にとって存在してはならない団体である。信仰の自由は適用できない。
そもそも、どこの大学でも身元を隠して勧誘するサークルは「革マル派」「中核派」「統一教会」の三種類しかいないと相場が決まっている。「革マル派」「中核派」が社会転覆を企む反社会団体であることはよく知られている。
逆に言えば、統一教会も「革マル派」「中核派」と同じくらい社会転覆を企む反社会団体なのである。奴らはそれを知悉するからこそ身元を隠してサークル勧誘をするのだ。
統一教会を暴力団に例えるブコメもあったが、自分たちが社会の日陰者であるとわかっている暴力団よりもずっとたちが悪い。奴らは真の反社に他ならない。
確かに、元になったノートは根拠薄弱すぎて陰謀論と言われるのは仕方ないだろう。しかし、公人ならば統一教会を擁護するような言説を少しでも公の場でしてはならない。
壺三と揶揄される安倍晋三ですらここまで統一教会に言及したことはない。あそこまでの発言をしたなんとか氏はとんでもない世間知らず、あるいは反社会団体統一教会の信者であると言われても仕方がない。
備忘。
偏差値80台くらい頭脳労働をするには当然で、それでようやく「参加資格あり」程度である、という説明をするにあたって、
高校球児と甲子園に当てはめたたとえ話にしても数値的な違和感が無いのかを確認した。
理屈で言えば1,2,3年の加重平均あたりの方が妥当かもしれないが、どちらにしても結論にはたいした影響がない。
http://www.jhbf.or.jp/data/statistical/index_koushiki.html
甲子園出場=49校×18名=882人
試合ごとの選手の入れ替えが可能ならもう少し多いかもしれないが、こちらも結論にはたいした影響がない。
したがって、「偏差値71くらいでは、野球で言ったら甲子園にようやく出場する程度。それで食っていくには程遠い。」
(cf. 正確には、偏差値71だと上位785.5人になるので、甲子園出場者から100人程度足切りされることになる。)
ただ、母集団を硬式野球部員に絞るのは、狭すぎるかもしれない。
逆に目一杯拡げて120万人から882人に絞ると考えると、甲子園出場者の割合は0.0735%で、偏差値は81.8。
「偏差値82くらいでは、野球で言ったら甲子園にようやく出場する程度。それで食っていくには程遠い。」
の方が文脈的には手堅い。
hokke-ookamiさんの記事、そりゃまんだらけが悪質な店なのはそうなんだけど……という感じだ。
オタクって、まんだらけを笹寿司みたいな店と思ってないんだ?! - 法華狼の日記
そもそも地上げ目的なの? という点があるわけだけど(1.中野ブロードウェイは個別の区画が分譲されていて全体を管理する人がいないので「その場所しか空いてない」が事実である可能性がある、2.当該店舗の位置が奥まったところにあるので、奥まった場所に置いてゾーニングしようとした結果たまたまファンシーショップの目の前になってしまったという可能性がある)、仮にそういう邪な意図がまんだらけ側にあったとして、ファンシーショップ側(というかファンシーショップを擁護する側)の対応があまりにひどすぎる。
「# まんだらけ禁書房撤退しろ」 に至る理由 - Togetter
禁書房の客層をなんの根拠もなく性犯罪予備軍であるかのように侮蔑し、生理的嫌悪感をむき出しにして排除を主張する人たちが大勢参戦してきたら、そりゃオタクとしてはまんだらけ側に付くわ。
もちろんまんだらけ擁護側にも口コミ荒らしとかやってるどうしようもない連中はいるわけだけど、特定店舗に対して撤退しろというタグを作って「twitterデモ」なんてしてるのは明らかにファンシーショップ擁護側だけだよね。
「せめて暖簾をつけてくれないかとお願いしたのですが……」という話なら「まんだらけ酷いな」ってなるけど、「他にも場所はあるでしょ。こんなのstrong discomfortでuncomfortableだよ。合法なのかもしれないけど本当にこんなことがあっていいの?」って言われたら「何様だよ。出店の自由はあるに決まってんだろ。先に共存の可能性を蹴っ飛ばしたのはお前じゃねーか」ってなるよ。
一度もまんだらけ側はファンシーショップ側に出てけなんて言ってないし、まんだらけ擁護側も基本的にはファンシーショップが出ていくべきとは思ってない人がほとんどだろう(「雰囲気にそぐわないから出てけと言うのならお前が出てけば?」という論は見るけど、それって相手の主張を反転させた皮肉であって本当に出ていくべきと思ってるわけじゃないよね)。なのにファンシーショップ擁護側は平然と「お前たちは出てけ」と主張してる(cf. anond:20210902221354)。もうこの時点で非がどっちにあるか明白でしょ。
もちろんファンシーショップ側の行動は別に間違ってないよ。自由な行動をしている相手を無理やりどかそうとするんじゃなくて自由に耐えられない自分が引き下がるっていうのは理性的な対応ではあるだろう。でもその責任は基本自分で負うべきで(自由さに耐えられないので撤退します、ってことだよね、要するに)、まるで自分が被害者みたいな書きぶりでまんだらけ非難を扇動するのは違うでしょ。
そもそも、過去にSpank! の店主さんはこんなこと言ってるんだよね。
Tavuchi「中野ブロードウェイは、今は男性のお客様寄りの商業施設なんですけど、この4階をもっと女の子が買い物しやすい空間にしたいと思っております! ガンガン女の子来てください! よろしくお願いします!」
別に男が多いところに女向けの店を出すのは商売の自由だし、ここは男のための場所だから女は入ってくるなと言うやつがいるとしたら性差別だけど、男の多い場所だと認識して女向けの店を出店しておいて「向かいのお店はこの場にふさわしくないと思いまーす」って言われたら、「何様?」って話になるじゃん。場違いなのはお前の店の方やんけ! 場違いな店を出店する自由も権利もあるけど、そういう選択をしておきながら他人を場違いだと非難する権利はどこにもないだろ。
まんだらけがまあなんというかお行儀の悪い(婉曲表現)企業であることは別に否定してないし、お行儀の悪さを批判するだけなら賛同したかもしれない。でも、まんだらけと対立する側が、客層や「オタク」を侮蔑し排除を煽動し行政まで動かそうとしているに至っては、一介のオタクとしてはまんだらけ側を援護する以外の選択肢はないです。笹寿司よりもっと悪いものが目の前にあるなら、笹寿司批判の優先順位は下がるというだけ。
lady_joker こういう何の才能もなく、何の作品も生み出さない人間が、血反吐吐きながら作品を作っているクリエイターに対し、作品批評の範囲を越えてツバをはくのが私は一番嫌い。イキるなって、鏡見てから言えバーカ
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.byosoku100.com/entry/2021/07/20/053000
ChieOsanai こう何の才能もなく、何の技術力もない人間が、血反吐吐きながら作ったのかもしれんが、とにかくこのナンタラ API とそれをそのまま使うはてな社が私は一番嫌い。イキろよ、鏡見てから言えバーカ cf. https://bit.ly/2W7Ahwp
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20210721213436
「人気コメント算出アルゴリズムの一部にヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています」
という表示が出始めて、スターの多いコメントでも人気コメントに出てきてない。
例えば「ルックバック - 藤本タツキ | 少年ジャンプ+」のコメント欄
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/shonenjumpplus.com/episode/3269754496401369355
赤いスターもついていてスターの多い(数からすればトップ表示でもよいはずの)stairwellさんのブコメ
1コマ目の黒板に"Don't" タイトルが『ルックバック』 最後のコマに"In Anger"/cf.oasis『Don't Look Back In Anger』マンチェスターテロ事件のアンセム http://vimclip.jp/oasis-dont-look-back-in-anger/
このAPI失敗では?
---
はてブの「人気コメント」に Yahoo! の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を導入
https://anond.hatelabo.jp/20210719114552
建設的…?
2水先案名無い人2012/12/09(日) 18:17:49.29ID:6+ES5Qvf0
ttp://www.raitonoveru.jp/howto/46a.html
・現実にはいないだろうと思われる可憐で可愛らしい男の子と、イケメンがくっつく事に意味があるんです。
こういった受は女性なら大嫌いですが、男の子だと大好きになれるんです。
・僕も、BLが好きな女です。女は何事もねちねちと引きずり、嫉妬する、醜悪な生き物ですから、BLはさっぱりとして新鮮
・正直、女性キャラはほぼ嫌いです。嫌悪感があります。女性キャラの嫌悪感は半端ではありません。
・男性同士ならそれが可能です。ようは友達のような関係ですよね。それが行き過ぎた結果恋愛になって・・・BLになる
友達のような関係のまま恋愛ができる感じ。女性同士は友達のような恋人だとどうしても無理だと思います。
・性差別をするつもりはありませんが、男性と女性ではどうしても性格の傾向に差が出てきてしまいます。
・結論を言いますとBLが好きな理由、”男らしい男の恋愛!”です。『男同士だから』
『相手が嫌悪したらどうしよう』『そんなガラじゃない』そんな、普段は表さない心情
・ですがこれが男女ですと…どうも違和感を感じてしまうんですね。
少女漫画展開なんて「そんなのあるわけない!!」って思ってしまうんです。
・『女特有の醜い内面に対する嫌悪感』を持っています。現実でありえないくらいモテていても、
そのキャラクターが男なら『嫌悪感が少ない』んです。もし上記の女キャラクターがいたら私は嫌悪感は半端ないことになると思います
・私は女の内面の醜さに気づくことのできない男も大嫌いです。
3水先案名無い人2012/12/09(日) 18:19:25.83ID:6+ES5Qvf0
つづき
・BLの性行為は『純粋な愛の確認』であり『神聖な儀式』にも思えるんです。
また、キャラではなくリアルな女性アイドルたちも大嫌いで、テレビに映ると嫌悪感を抱きます。
でも女役の相手は攻より年下で小柄で、可愛らしい子じゃないと食指が伸びないのです。
かっこいい攻に女の子と見紛う程の可愛らしい受の男の子がくっつく……なんていうのが本当に大好きでそんな創作物ばかり作っております。
体格的にも差があるものを好みますので、受は攻に守られる事が多いです。こういった受は女性なら大嫌いですが、男の子だと大好きになれるんです。
皆さんも仰られている事と同じく『真実の愛』のようなものがBLには感じられます。
性欲や子孫繁栄にとらわれない、純粋な愛を語れるのはBLしかないと感じてます。(私は女性が大嫌いなので、GLは苦手です)
・男性同士の友情や信頼は、打算やかけ引き、裏切りが存在しない美しさをもっているのです。
BLならそのどちらの男性も私のものです。たとえ創作上とは言え、女のキャラにとられるなんて、やはり不快です。
女性という立場を利用して男性に当然のように助けてもらうヒロインや、
大した力もないのに「女だからって甘く見ないで!」と矛盾したことを言う女性を見るとどんなに素晴らしい作品でも冷めてしまいます。
投稿者の皆様も同じ考えの方が多かったですね
BLでは女性キャラクターを描かないことが多く、女性キャラクターを見なくて済みます。
・女体化は「元が男キャラだから大丈夫!」と思ってしまいます。
・「BLが好き」<「恋愛している女性の(もしくは類する)描写は嫌い」
恋愛系の話は好き。男性キャラもほぼ好き。でも正直、女性キャラはほぼ嫌いです。嫌悪感があります。
・私は女性が好きではありません。ドラマやなんかもヒロインを見て「うわー」と思うこともあります。
それ女性が女性自身の汚い部分などを知っているからではないでしょうか?
4水先案名無い人2012/12/09(日) 18:39:13.72ID:6+ES5Qvf0
つづき
・絶対に乗り越えられない何かがあり、それでもせずにはいられないという微妙な心境が惹かせるのではないでしょうか。
ですが、百合は嫌いです。
・女同士には無い何かがあるのだと思います。
上手く言葉に表すことができずキスをして想いを伝えるシーンがあります。
・私は女性ですが、女性の身体はどうも美しいと思えません。自分が男性だったらよかったと思うこともあります。
また、女性の身体を漫画などで見ると気持ち悪いとしか思えないのです。
・男女の恋愛だと、どうしても上下関係のようなものが出来てしまいます。違和感を覚えるのは女性側の態度です。
男に守られるのが当然とでも考えているのか、自分で解決しようという意志が感じられない。
敵に誘拐されたら、助けられるまで囚われたままだったり、主人公が修行してるのにヒロインは呑気に買い物してたり。
あまつさえ「心配」という名の妨害工作をおこなったりされると、ものすごく嫌な気分になります。
主人公がとても素敵な分だけ、ヒロインのワガママに大変がっかりさせられることが多いんです。
主人公も主人公で「女だから守ってあげなきゃ」と、余計な苦労を背負い込んでとても気の毒です。
・女同士で真実の友情だの何だの言ったって、結局恋愛が絡めばそんなものは崩れてしまう…妙に納得できませんかね?
・私の場合は、女の子のキャラがあまり、好きではないからです。女の子主人公の小説もです。
それに比べて男の人って割りとさっぱりしてる感じがします。やっぱり自分(女性)が持っていないものに惹かれるんだと思います。
・私は小学生なので、男性と接する機会も多いのですが、男性というのは全体にさっぱりしていて、
5水先案名無い人2012/12/09(日) 18:41:53.74ID:6+ES5Qvf0
つづき
・二次創作においては、女性キャラが出張らない原作(特に恋愛面)が好まれます。
女性が恋愛に関らない分、同性の嫌な面を見ずに済むからでしょう。
・結局のところ、男性が女性を好きなのは子孫を残すため。ぶっちゃけ子供を産める女性なら誰でも、何人でもいいんです。
他の女に取られるくらいなら、その男性と同じくらい自分好みの男性とくっついてほしい。両手に花です。
私、実はトランスジェンダーでバイセクシュアルなんです。だから女性の考えてる事は細かくは分かりません。
一応私も生物学的には女なのですが男性キャラを見ているとあの女に取られるのは嫌だって思います。
・やはりそこに女が存在していないこと。恋愛話の中で女性がでてきて自分のなかでいろいろと葛藤するくらいなら、
自分の好きな男性どうしで恋愛をしてもらった方が気持ちが楽だし、素直に楽しめるのだと思います。
・それに可愛くてースタイルよくてー性格もよくてーってんな女現実にいませんからね?
恋愛小説とかの男女の恋愛の設定がイヤです。金持ち男と貧乏女がいたとしましょう。普通そこで金持ち男が貧乏女なんかと恋愛するか!?
・ 「貧乏人×金持ち」だと『貧乏人は、金目当てで付き合っている』と思うけど、「金持ち×金持ち」だとそうは思わない。
・男子の一面が見えるからです。受けに回って、喘いだりとか、嫌がったりとか、恥ずかしがったりとか、萌えます。
ぶっちゃけ同性がやっても「白々しいなー。ぶりっこかよ。猫被んな」ってなります。
・BLだととても爽やかに…と言うか所謂「手が触れるだけでもドキドキ」「クサイセリフを言う」
みたいな少女漫画的な展開であっても違和感を感じない。ですがこれが男女ですと…どうも違和感を感じてしまうんです。
少女漫画展開なんて「そんなのあるわけない!!」
6水先案名無い人2012/12/09(日) 18:44:54.40ID:6+ES5Qvf0
●腐女子とは
また「ゴキ腐リ」とも呼ばれそちらは男女関係なく嫌われている
腐女子は基本的に「程度の低いホモネタで場を荒らす者」と定義づけられており、
どの業界にも何一つ有益な物を生み出す事もなく、むしろ有害な存在である
自ら「2ちゃんねるは便所の落書き」と声高に叫ぶ事にちなんで、
「三角コーナーからはみ出した使用済ナプキン」「2ちゃんねるの汚物」とも呼ばれる
また、他腐アンチスレにおいては腐女子の事を「腐マンコ」「腐豚」と呼ぶことがある
7水先案名無い人2012/12/09(日) 18:47:45.50ID:6+ES5Qvf0
・廃れ気味、もしくはすでに廃れた2ch語を嬉々として使う。
・顔文字や一行AA、半角カナを多用するうえ、自分達の住んでいる板でしか通用しない用語を他板でもばらまく。
・一人称は「漏れ」「自分」二人称は「おまい」「藻舞」「おまいさん」「姐さん」を愛用する。
・自分たちとは真逆の「サバサバした性格」「小股の切れ上がった気風のいい江戸っ子の粋な女性」に
・語尾に「でつ」「まつ」は必至。
・「スマソ~で逝ってくる」「LANケーブルで吊ってくる」などを良く使う。しかし「逝ってくる」と言いつつも、すぐに戻ってくる。
・意味無く流れをぶった切るのが大好き。切る物に自分らしさを付加してオリジナリティーを主張する。「流れ豚切りスマソ」
・謝れば何でも許されると思ってる。「チラシの裏スマソ」「ここからチラシの裏~ここまでチラシの裏」 「チラ裏スマソ」
・自分たちの恥ずかしい行為を検索されないために、ホモ化対象などを検索避けで加工する。「野/球/選/手」「オ藁イ」
・「~につきsage」などはsageればいいってもんではないことを理解できない。
・語尾に「~なんでしょ?」「~ば?」などの威圧的な言葉を良く使う。
・「おおむね同意」「禿げ上がるほど同意」とやたら意見や嗜好の一致を強調する。
・煽るとき文末に大量の「w」を入れる。「~(ry」を多用。自分の意見に自信が無い証拠。
・内容ではなく「~なんだあー。へぇーw」など言葉尻で嫌味っぽさを表す。
・論理で反論できないとき(それがほとんどだが)、なぜか赤ちゃん言葉を使いだす。幼児並の知能を体現。
・「~だが。」「~かと。」「~じゃね?」といった、漫画のキャラのような言葉遣いで
男に成りすましたつもりになっているが、内容は女くささでいっぱい。
8水先案名無い人2012/12/09(日) 19:08:25.78ID:6+ES5Qvf0
●腐女子・ウザい女2ちゃんねらはすごく負けず嫌い!(1/2)
・書き込みの女々しさ、ババ臭さを指摘されると性別を詐称する。(男なら余計タチが悪いと言う事には気付いていない)
例1 「俺男だけど?」(←いきなり一人称が「俺」)
例2 「45で髭面のオサーンですが何か?」(←無駄に詳細かつ極端な方向へ)
・絶対に負けを認めず、最後に自分が捨て台詞を吐いてから話を終わらせないと気が済まない。
・自分の事を批判されるとすぐに感情的になって根拠の無いオウム返しをする。
例1 「お前が厨だ」(持論なき反論)
例2 「××だって~してる」「○○の方が~だ」(相対的希薄化)
例3 「お前は腐男子」(単純な挿げ替え)
・「2ちゃんにいる時点で漏れも藻前も痛いがな」などと、同じ穴の狢定義をして
自分のみっともなさをうやむやにしようとする。(相対的希薄化の一例)
・自分たちが一般人に叩かれているということを認めたくないがために
「腐アンチはキモオタ」「あなたモテないでしょ?」と、相手をキモオタ認定。
例 「釣られてやるが」「~と言ってみるテスト」いざ釣られると負け惜しみ。
・女が叩かれてるようなレスの直後に自分は男だということを強調し、危害を避けようとする。
・発言を煽られたり馬鹿にされたりすると言いたいことグチグチ言って捨て台詞に
「もうこのスレにはこないので、私にレスしても無駄です」などと付け加える。
しかしすぐに帰ってくる。(cf.「LANケーブルで吊ってくる」)
9水先案名無い人2012/12/09(日) 19:19:23.81ID:6+ES5Qvf0
・すぐカップルや恋愛感情に言及したがる(男女・ホモ共)。色ボケ。でも自身の経験は希薄。
・実際の同性愛と腐女子の勝手な妄想のやおいを同一に語り、同性愛は受け入れられつつあるから…等と言って
ホモ話を正当化する。同性愛者に腐女子は嫌われているという現実はスルーする。
・ドラマや映画なら、すぐ俳優の話に移行する。(そのときの呼び名は「中の人」)
・容姿、特に女性の顔についての叩きを嬉々として行う。女受けの悪い芸能人、女漫画家に対してのそれはすごい。
・煽り合いにもブス、ブサイクやモテナイなどといった悪口を使う。
・姿が見えないネット上ですらマンコの臭いを漂わせずにはいられない。
・「私はもてる」「彼がいる」ということをやけに主張する。
・消える時は必ず「これからデート」など苦しい言い訳をする。しかもこのレスをするのは大抵叩かれまくってるとき。
・女の美醜を話題にしたり女キャラにハアハアすると機嫌が悪くなる。
10水先案名無い人2012/12/09(日) 19:21:36.63ID:6+ES5Qvf0
・その板によって違う雰囲気を鑑みず、オノレの常駐板の空気が絶対であるかのように
ずかずかと土足で踏み込み、馴れ合いを始め文字通りスレを腐らせる。板違い、スレ違いでもお構いなし。
・やたらスレの「空気」にこだわり、「あなた空気読めてませんよw」「空気嫁」と他者を攻撃する。
同時に、自分は空気が読めてる=自分はスレの主流であることを暗に主張する。
・初心者に先輩ぶった態度を取るのも好き。
・その板そのスレの空気に合わせようとせず、好みの流れでないと「殺伐としている」「荒れている」と文句を言う。
・スレ違いの馴れ合いを叩かれた時の反応「話題がないのが悪い」「まずはお前がネタを振れば?」
・スルーすると、「この話題してもOKなんだ」とか勘違いし出す。
・聞かれてもいないのに自分語りをし始める。
・個人的記念日をスレに報告し、祝福のレスを待つ。お気に入りキャラのお誕生会は忘れない。
・ことあるごとに必ず「マターリしようぜ」的なことを連発する。
2水先案名無い人2012/12/09(日) 18:17:49.29ID:6+ES5Qvf0
ttp://www.raitonoveru.jp/howto/46a.html
・現実にはいないだろうと思われる可憐で可愛らしい男の子と、イケメンがくっつく事に意味があるんです。
こういった受は女性なら大嫌いですが、男の子だと大好きになれるんです。
・僕も、BLが好きな女です。女は何事もねちねちと引きずり、嫉妬する、醜悪な生き物ですから、BLはさっぱりとして新鮮
・正直、女性キャラはほぼ嫌いです。嫌悪感があります。女性キャラの嫌悪感は半端ではありません。
・男性同士ならそれが可能です。ようは友達のような関係ですよね。それが行き過ぎた結果恋愛になって・・・BLになる
友達のような関係のまま恋愛ができる感じ。女性同士は友達のような恋人だとどうしても無理だと思います。
・性差別をするつもりはありませんが、男性と女性ではどうしても性格の傾向に差が出てきてしまいます。
・結論を言いますとBLが好きな理由、”男らしい男の恋愛!”です。『男同士だから』
『相手が嫌悪したらどうしよう』『そんなガラじゃない』そんな、普段は表さない心情
・ですがこれが男女ですと…どうも違和感を感じてしまうんですね。
少女漫画展開なんて「そんなのあるわけない!!」って思ってしまうんです。
・『女特有の醜い内面に対する嫌悪感』を持っています。現実でありえないくらいモテていても、
そのキャラクターが男なら『嫌悪感が少ない』んです。もし上記の女キャラクターがいたら私は嫌悪感は半端ないことになると思います
・私は女の内面の醜さに気づくことのできない男も大嫌いです。
3水先案名無い人2012/12/09(日) 18:19:25.83ID:6+ES5Qvf0
つづき
・BLの性行為は『純粋な愛の確認』であり『神聖な儀式』にも思えるんです。
また、キャラではなくリアルな女性アイドルたちも大嫌いで、テレビに映ると嫌悪感を抱きます。
でも女役の相手は攻より年下で小柄で、可愛らしい子じゃないと食指が伸びないのです。
かっこいい攻に女の子と見紛う程の可愛らしい受の男の子がくっつく……なんていうのが本当に大好きでそんな創作物ばかり作っております。
体格的にも差があるものを好みますので、受は攻に守られる事が多いです。こういった受は女性なら大嫌いですが、男の子だと大好きになれるんです。
皆さんも仰られている事と同じく『真実の愛』のようなものがBLには感じられます。
性欲や子孫繁栄にとらわれない、純粋な愛を語れるのはBLしかないと感じてます。(私は女性が大嫌いなので、GLは苦手です)
・男性同士の友情や信頼は、打算やかけ引き、裏切りが存在しない美しさをもっているのです。
BLならそのどちらの男性も私のものです。たとえ創作上とは言え、女のキャラにとられるなんて、やはり不快です。
女性という立場を利用して男性に当然のように助けてもらうヒロインや、
大した力もないのに「女だからって甘く見ないで!」と矛盾したことを言う女性を見るとどんなに素晴らしい作品でも冷めてしまいます。
投稿者の皆様も同じ考えの方が多かったですね
BLでは女性キャラクターを描かないことが多く、女性キャラクターを見なくて済みます。
・女体化は「元が男キャラだから大丈夫!」と思ってしまいます。
・「BLが好き」<「恋愛している女性の(もしくは類する)描写は嫌い」
恋愛系の話は好き。男性キャラもほぼ好き。でも正直、女性キャラはほぼ嫌いです。嫌悪感があります。
・私は女性が好きではありません。ドラマやなんかもヒロインを見て「うわー」と思うこともあります。
それ女性が女性自身の汚い部分などを知っているからではないでしょうか?
4水先案名無い人2012/12/09(日) 18:39:13.72ID:6+ES5Qvf0
つづき
・絶対に乗り越えられない何かがあり、それでもせずにはいられないという微妙な心境が惹かせるのではないでしょうか。
ですが、百合は嫌いです。
・女同士には無い何かがあるのだと思います。
上手く言葉に表すことができずキスをして想いを伝えるシーンがあります。
・私は女性ですが、女性の身体はどうも美しいと思えません。自分が男性だったらよかったと思うこともあります。
また、女性の身体を漫画などで見ると気持ち悪いとしか思えないのです。
・男女の恋愛だと、どうしても上下関係のようなものが出来てしまいます。違和感を覚えるのは女性側の態度です。
男に守られるのが当然とでも考えているのか、自分で解決しようという意志が感じられない。
敵に誘拐されたら、助けられるまで囚われたままだったり、主人公が修行してるのにヒロインは呑気に買い物してたり。
あまつさえ「心配」という名の妨害工作をおこなったりされると、ものすごく嫌な気分になります。
主人公がとても素敵な分だけ、ヒロインのワガママに大変がっかりさせられることが多いんです。
主人公も主人公で「女だから守ってあげなきゃ」と、余計な苦労を背負い込んでとても気の毒です。
・女同士で真実の友情だの何だの言ったって、結局恋愛が絡めばそんなものは崩れてしまう…妙に納得できませんかね?
・私の場合は、女の子のキャラがあまり、好きではないからです。女の子主人公の小説もです。
それに比べて男の人って割りとさっぱりしてる感じがします。やっぱり自分(女性)が持っていないものに惹かれるんだと思います。
・私は小学生なので、男性と接する機会も多いのですが、男性というのは全体にさっぱりしていて、
5水先案名無い人2012/12/09(日) 18:41:53.74ID:6+ES5Qvf0
つづき
・二次創作においては、女性キャラが出張らない原作(特に恋愛面)が好まれます。
女性が恋愛に関らない分、同性の嫌な面を見ずに済むからでしょう。
・結局のところ、男性が女性を好きなのは子孫を残すため。ぶっちゃけ子供を産める女性なら誰でも、何人でもいいんです。
他の女に取られるくらいなら、その男性と同じくらい自分好みの男性とくっついてほしい。両手に花です。
私、実はトランスジェンダーでバイセクシュアルなんです。だから女性の考えてる事は細かくは分かりません。
一応私も生物学的には女なのですが男性キャラを見ているとあの女に取られるのは嫌だって思います。
・やはりそこに女が存在していないこと。恋愛話の中で女性がでてきて自分のなかでいろいろと葛藤するくらいなら、
自分の好きな男性どうしで恋愛をしてもらった方が気持ちが楽だし、素直に楽しめるのだと思います。
・それに可愛くてースタイルよくてー性格もよくてーってんな女現実にいませんからね?
恋愛小説とかの男女の恋愛の設定がイヤです。金持ち男と貧乏女がいたとしましょう。普通そこで金持ち男が貧乏女なんかと恋愛するか!?
・ 「貧乏人×金持ち」だと『貧乏人は、金目当てで付き合っている』と思うけど、「金持ち×金持ち」だとそうは思わない。
・男子の一面が見えるからです。受けに回って、喘いだりとか、嫌がったりとか、恥ずかしがったりとか、萌えます。
ぶっちゃけ同性がやっても「白々しいなー。ぶりっこかよ。猫被んな」ってなります。
・BLだととても爽やかに…と言うか所謂「手が触れるだけでもドキドキ」「クサイセリフを言う」
みたいな少女漫画的な展開であっても違和感を感じない。ですがこれが男女ですと…どうも違和感を感じてしまうんです。
少女漫画展開なんて「そんなのあるわけない!!」
6水先案名無い人2012/12/09(日) 18:44:54.40ID:6+ES5Qvf0
●腐女子とは
また「ゴキ腐リ」とも呼ばれそちらは男女関係なく嫌われている
腐女子は基本的に「程度の低いホモネタで場を荒らす者」と定義づけられており、
どの業界にも何一つ有益な物を生み出す事もなく、むしろ有害な存在である
自ら「2ちゃんねるは便所の落書き」と声高に叫ぶ事にちなんで、
「三角コーナーからはみ出した使用済ナプキン」「2ちゃんねるの汚物」とも呼ばれる
また、他腐アンチスレにおいては腐女子の事を「腐マンコ」「腐豚」と呼ぶことがある
7水先案名無い人2012/12/09(日) 18:47:45.50ID:6+ES5Qvf0
・廃れ気味、もしくはすでに廃れた2ch語を嬉々として使う。
・顔文字や一行AA、半角カナを多用するうえ、自分達の住んでいる板でしか通用しない用語を他板でもばらまく。
・一人称は「漏れ」「自分」二人称は「おまい」「藻舞」「おまいさん」「姐さん」を愛用する。
・自分たちとは真逆の「サバサバした性格」「小股の切れ上がった気風のいい江戸っ子の粋な女性」に
・語尾に「でつ」「まつ」は必至。
・「スマソ~で逝ってくる」「LANケーブルで吊ってくる」などを良く使う。しかし「逝ってくる」と言いつつも、すぐに戻ってくる。
・意味無く流れをぶった切るのが大好き。切る物に自分らしさを付加してオリジナリティーを主張する。「流れ豚切りスマソ」
・謝れば何でも許されると思ってる。「チラシの裏スマソ」「ここからチラシの裏~ここまでチラシの裏」 「チラ裏スマソ」
・自分たちの恥ずかしい行為を検索されないために、ホモ化対象などを検索避けで加工する。「野/球/選/手」「オ藁イ」
・「~につきsage」などはsageればいいってもんではないことを理解できない。
・語尾に「~なんでしょ?」「~ば?」などの威圧的な言葉を良く使う。
・「おおむね同意」「禿げ上がるほど同意」とやたら意見や嗜好の一致を強調する。
・煽るとき文末に大量の「w」を入れる。「~(ry」を多用。自分の意見に自信が無い証拠。
・内容ではなく「~なんだあー。へぇーw」など言葉尻で嫌味っぽさを表す。
・論理で反論できないとき(それがほとんどだが)、なぜか赤ちゃん言葉を使いだす。幼児並の知能を体現。
・「~だが。」「~かと。」「~じゃね?」といった、漫画のキャラのような言葉遣いで
男に成りすましたつもりになっているが、内容は女くささでいっぱい。
8水先案名無い人2012/12/09(日) 19:08:25.78ID:6+ES5Qvf0
●腐女子・ウザい女2ちゃんねらはすごく負けず嫌い!(1/2)
・書き込みの女々しさ、ババ臭さを指摘されると性別を詐称する。(男なら余計タチが悪いと言う事には気付いていない)
例1 「俺男だけど?」(←いきなり一人称が「俺」)
例2 「45で髭面のオサーンですが何か?」(←無駄に詳細かつ極端な方向へ)
・絶対に負けを認めず、最後に自分が捨て台詞を吐いてから話を終わらせないと気が済まない。
・自分の事を批判されるとすぐに感情的になって根拠の無いオウム返しをする。
例1 「お前が厨だ」(持論なき反論)
例2 「××だって~してる」「○○の方が~だ」(相対的希薄化)
例3 「お前は腐男子」(単純な挿げ替え)
・「2ちゃんにいる時点で漏れも藻前も痛いがな」などと、同じ穴の狢定義をして
自分のみっともなさをうやむやにしようとする。(相対的希薄化の一例)
・自分たちが一般人に叩かれているということを認めたくないがために
「腐アンチはキモオタ」「あなたモテないでしょ?」と、相手をキモオタ認定。
例 「釣られてやるが」「~と言ってみるテスト」いざ釣られると負け惜しみ。
・女が叩かれてるようなレスの直後に自分は男だということを強調し、危害を避けようとする。
・発言を煽られたり馬鹿にされたりすると言いたいことグチグチ言って捨て台詞に
「もうこのスレにはこないので、私にレスしても無駄です」などと付け加える。
しかしすぐに帰ってくる。(cf.「LANケーブルで吊ってくる」)
9水先案名無い人2012/12/09(日) 19:19:23.81ID:6+ES5Qvf0
・すぐカップルや恋愛感情に言及したがる(男女・ホモ共)。色ボケ。でも自身の経験は希薄。
・実際の同性愛と腐女子の勝手な妄想のやおいを同一に語り、同性愛は受け入れられつつあるから…等と言って
ホモ話を正当化する。同性愛者に腐女子は嫌われているという現実はスルーする。
・ドラマや映画なら、すぐ俳優の話に移行する。(そのときの呼び名は「中の人」)
・容姿、特に女性の顔についての叩きを嬉々として行う。女受けの悪い芸能人、女漫画家に対してのそれはすごい。
・煽り合いにもブス、ブサイクやモテナイなどといった悪口を使う。
・姿が見えないネット上ですらマンコの臭いを漂わせずにはいられない。
・「私はもてる」「彼がいる」ということをやけに主張する。
・消える時は必ず「これからデート」など苦しい言い訳をする。しかもこのレスをするのは大抵叩かれまくってるとき。
・女の美醜を話題にしたり女キャラにハアハアすると機嫌が悪くなる。
10水先案名無い人2012/12/09(日) 19:21:36.63ID:6+ES5Qvf0
・その板によって違う雰囲気を鑑みず、オノレの常駐板の空気が絶対であるかのように
ずかずかと土足で踏み込み、馴れ合いを始め文字通りスレを腐らせる。板違い、スレ違いでもお構いなし。
・やたらスレの「空気」にこだわり、「あなた空気読めてませんよw」「空気嫁」と他者を攻撃する。
同時に、自分は空気が読めてる=自分はスレの主流であることを暗に主張する。
・初心者に先輩ぶった態度を取るのも好き。
・その板そのスレの空気に合わせようとせず、好みの流れでないと「殺伐としている」「荒れている」と文句を言う。
・スレ違いの馴れ合いを叩かれた時の反応「話題がないのが悪い」「まずはお前がネタを振れば?」
・スルーすると、「この話題してもOKなんだ」とか勘違いし出す。
・聞かれてもいないのに自分語りをし始める。
・個人的記念日をスレに報告し、祝福のレスを待つ。お気に入りキャラのお誕生会は忘れない。
・ことあるごとに必ず「マターリしようぜ」的なことを連発する。
グローバリズムで勝ち組/負け組の格差が広がってるのが、ことの本質ってことかな?
グローバリズム=「国際化」+「競争社会(能力主義)」のミックスだと思うけど、格差の原因の根っこは「国際化」じゃなくて「能力主義」の方が問題なんじゃないかと思ってる。
けど、能力主義って簡単にやめられるものなんかな。「能力によらず公平」って。
そもそも動物の本能的にも、能力主義の方が本質に近いのかもしれんし。
障害者支援で例えれば、本能とは別の”理性”で配慮してやっと公平にできるもので、自然にしてたら能力主義になっちまうよね。
じゃあどうすりゃいい?
地方には「地方交付税」、個人には「ベーシックインカム」をバリバリに効かせて、再配分すればいい?それこそバイデンよりサンダースに近い話だけど。
けどそれって、エリートも納得しないだろうけど、元増田も納得するんかな。cf. 内閣府 https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je07/07b03040.html
あと、国の単位で再配分しすぎたら、国際競争には勝てない方向に働くよね。それやったのが旧共産圏なわけで。
結局、再配分で是正しつつ、「動物として能力主義の悲哀と同居して生きくしかない」というのが俺の現時点の結論かな。悲しいけど。
ちなみに、トランプのやってたリアリティショーは思い切り能力主義だよね。https://www.wowow.co.jp/extra/apprentice2/intro/
品質どうなってんだ。
全然関係ないですが、cf.takeover.on_panicというパラメータについてNetApp社のサイトを調べました。
すると、リリース日が違うけどタイトルが同じな2つのマニュアルを見つけました。
Data ONTAP(R) 8.2 High Availability and MetroCluster Configuration Guide For 7-Mode
Part number: 215-07985_A0
May 2013
Enable or disable automatic takeover on panic by entering the following command: options cf.takeover.on_panic {on|off} on enables immediate takeover of a panicked node. This is the default value. off disables immediate takeover of a panicked node. If you disable this option, normal takeover procedures apply: if a node panics and stays down without sending messages to its partner for 15 seconds, the partner then automatically takes over the failed node.
→ オフでも15秒後には切り替わるよ!
Data ONTAP(R) 8.2 High Availability and MetroCluster Configuration Guide For 7-Mode
October 2020 | 215-08524_B0
Enable or disable automatic takeover on panic by entering the following command: options cf.takeover.on_panic {on|off} If the cf.takeover.on_panic option is set to on, a node panic will cause an automatic takeover. If the cf.takeover.on_panic option is set to off, a node panic will not cause an automatic takeover. You should not turn this option off unless you are instructed by technical support to do so.
日本語においては「架空の物語=フィクションであるストーリーのなかの配役(主人公だったり脇役Aだったり)」って意味で
主につかわれている。とくにキャラ、キャラと短縮形でよばれるときはその使われ方が多い。
架空の人物だと絵師によっては正面と横向きとで髪型がくいちがう(cf.ドラ●もんのスネ夫)なんてことが普通に有り得る。
でも記号で共通性があれば同一キャラとみなされる。「口と前髪が尖っていてツリ目でcvが関智●の小学生男子がドラ●もんにでてたらそれはスネ夫」
そのとき資料集をトレスとか、作画監督に統一的な絵がらになるように修正でもされていないかぎり
だから二次創作でキャラを描くときはただちに著作権侵害とはいえない
(余談だが二次創作と二次的著作物とは根本から違うと解釈すべきだとおもう。法文よんでみろ)
そんで増田のいうリアクション集ってのも一応内面の設定に関する話ではある
内面なんてものは外見とくらべるとあまりとっちらかったことにはできない
たとえば意思の疎通がめちゃくちゃ難しい、理解できない理由で勝手に怒ったり泣いたりしているキャラクターをつくったとしても人気がでないからだ
逆に恋愛に奥手な高校生くらいのよくあるキャラはトラックにひかれて転生するやつみたいな定番になっている
どちらにしても、このキャラはこういう外見でこういう内面をもっているはず、というのは膨大な枚数のセル画にcvつけたりして視聴者を洗脳することにより脳内にリアルに描き出される幻=脳内映像=裁判所のいう「アイデア」だ
鉛筆をもって手をうごかして脳内のもやもやを紙に吐き出して、始めて著作権の土台に立てる
この回のMVPは船木さん,竹内さんの2人。ともに初披露曲も含めて高いレベルのパフォーマンスを披露していた。特に船木さんの『もらい泣き』には本当に驚いた。
次いで岸本さん,宮本さん。岸本さんは『大阪で生まれた女』の謎のイロモノ感がなければ船木さん竹内さんに匹敵。宮本さんはとにかく全ての楽曲を「宮本佳林色」に染める能力が半端なく高い。
初披露曲を含めた全般的なレベルの高さでは,安定感のある井上さんが一歩抜きんでていた印象。前田さんがそれに次ぐ感じ。
他方,新鮮な驚きを与えてくれたのは笠原さんの『おとなの掟』。これに挑戦して初披露であのレベルのアウトプットはすごい。この曲を知らなそうな会場を置き去りにしていく感が最高だった。MCで本人が希望して歌ったとわかったが,笠原さんにはハロプロの価値観にとらわれず今後も自由にアイドルを生きてほしい。
佐々木さんの 『ハナミズキ』,小野さんの『I LOVE YOU』,平井さんの『海の声』は,それぞれさすがという感じ。やはり披露している回数の多い曲はパフォーマンスが安定してるだけでなく進化してたりするので出来が良いし面白い。
この回のMVPは文句なしで船木さん。上手いだけでなく,印象に残るパフォーマンス。会場の空気全体が震えているように感じたほどの声量だった。
次いで譜久村さん,高瀬さん。譜久村さんは印象的なものはあまりないが,歌の総合的なレベルがバランスよく高い。高瀬さんは最初のミスさえなければ譜久村さんを超える歌唱だったかもしれない。これに続くのが段原さん,井上さんあたりというのが,個人的な評価。
この回は前述の通り全般的にクオリティが低く感じられたが,その理由はおそらく曲目が変わって2日目(2回目)のパフォーマンスということで,まだ習熟度が低かったためではと考えている。
そんな中であえてベスト歌唱を選ぶとすると,清野さんと宮本さん。清野さんは難度の高い奇曲を高いレベルで歌い切っていた。宮本さんは少しリズムに揺らぎを感じたが,基礎がしっかりしていて,何よりも声と歌い方に特徴があり,何を歌っても「宮本佳林の歌」になるのは強みだと思う。
次いで序盤の前2人からの流れを立て直した竹内さんと,難曲を高いレベルでこなした山崎(夢)さん,浅倉さん。その後に植村さん,小田さん,笠原さんが続く,というのが個人的な感想。
という感じ。
第一集団にあえて順位を付けるとすると,大幅に良くなって驚きを提供してくれた石田さんがトップで,高瀬さん加賀さんが続き,その後に川村さん譜久村さんという感じ。
という感じでかなり激戦。3人1組の2番目のブロック(金澤さん,上國料さん,島倉さん)がとにかく強くて,そこに他ブロックの強者が食い込んでいった感じ。
こちらも第一集団にあえて順位を付けるとすると,技術的に大幅に改善されて飛躍的に聴きやすくなったことで,もともと強いエモさがより強烈に伝わるようになった佐々木さんがトップ,次いで同じく改善された(というか自分の好みに近づいた)上國料さん,僅差で高木さん伊勢さんが並び,また僅かな差で島倉さん金澤さんという感じだった。
A,Bとも開催地宮城県出身のメンバーがトップだったのだが,これは自分としてはたまたまで(もちろん彼女らが凱旋公演ということでより一層研鑽した可能性を否定する気は全くない),2人とも前回個人的に欠点と感じた箇所がほぼ解消されて,歌の良さの伝わり方が大幅に良くなったことによるところが大きい。。
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tl;dr
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前提
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「ある男がパートナーの女の(誤った)発言に対して毎回優しく肯定的に応じたのち、間違いを説明する」というカップルの在り方について、「優しく肯定が入る方が女性側の立場として自信が得られる」という考えについて。
基本的にこの構図がお互いの認識になること自体が mansplaining さがあって嫌なのだけど、それは表題の文脈の下では脇に置いておいて、そこでの選択肢として、{肯定的/否定的}に応じ間違いの説明を{しない/する} という4通りにおいて、{肯定的, する} というのは確かに望ましい。まず、批判と非難の違いが一般に理解されにくいのは、批判の否定的な口上は例えばその場が学問的であるといった「場」があることで信頼が支えられていて初めて機能するので、それ以外の場で批判(正/偽)と非難(善/悪)が混同されることがあるのは、必ずしも混同する側が悪いわけではない(cf. 元SPEED・今井絵理子議員の「批判なき政治」発言)。その意味で、プライベートなコミュニケーションにおいて、{肯定的/否定的}というのはニュートラルではなく、肯定的の方が心理的効果として望ましいといえる。また、毎回間違いの説明をすることは、毎回間違っているということに気づかされることになり自信を喪失しうるが、指摘しないままにパターナリスティックに傷つきやすさにのみ配慮して放置することは相手が反論したり、追加情報を提示したりといったことを通して「相手の方が正しかった」という可能性に賭けないということであり、他者としての尊重に欠けるばかりか、相手の成長の機会をも奪うことになる。ただ、陰謀論的だったりオカルト的だったりといった特定のバイアスを含む情報ばかり拾ってくることは、一朝一夕で改善するものではない。そうならないためには相応の努力と知識が必要なのであって、場合によっては、ずっと同じ構図を繰り返しその構図がお互いの認識になるということが生じてしまうかもしれない。そのどうしようもないギャップを、他の側面で補うことで相互の尊敬を維持できるならば、これは問題として前景化しないかも。でも、その切り分けをせずに、繰り返し続けている誤りについて、口上のオブラートでごまかしたとしても、少なくともそれは知的自信の向上までにはつながらない。自信を支える相応の能力や実践、もしくは基礎的な肯定感が必要である。
ここで、「もしくは」になるのは、「自信」の性質に拠る。(上のような話をしておいてリテラシー低めの引用をするのは気が引けるが、読みやすさを重視して、参考: https://diamond.jp/articles/-/78423?page=4 )自信を得るのに能力や実績が有効ではあるが、能力や実績がなくても自信が得られないわけではない。生来の自己肯定感などによってそれは変わる。逆に言えば、そこが低いと、小手先で何をしたところで、自信は低いままにもなる。病的であれば、薬によって脳内神経伝達物質のバランスの改善を図るということも視野に入れるべきである。しかし、そこまででないならば、「他の側面で補うことで相互の尊敬を維持」という意味で「愛されている」という実感による基本的な肯定感の向上などが有効でありうる。逆に言うと、自分を愛さない人間と一緒にいることは、自己肯定感の側面からかなり危ない行為であることに留意したほうがいい。ここで、愛も、条件付きの愛とそうでないものがあるが、条件を、性的なものや、ある1つの能力的なもののように一側面の条件に頼っていると、それは脆弱になる(というかそれは愛ではないと思うが)。条件付きであっても、それは、条件と等価以上に為されるものであることで(cf. 信頼と信用の関係、『信頼の構造』を想定しているけど、アドラーでもなんでも同じようなこと言ってる) 肯定感を支える愛になりうる。
少し話をもどして、プライベートなコミュニケーションにおいてそもそも正しいことが必要かどうかというのも一考の余地はある。例えば、「今日は空が赤いねぇ、不吉な感じすらするねぇ」という言葉に対して、「空は予言能力はない」なんて返したら、その返しすらギャグである場合を除いて、「科学的に正しいこと」に重きを置きすぎていると言われてもしょうがないだろう。いつもいつも科学的な正しさを持ち込むべきではない。一方で、「〇〇という薬が効くそうだよ!」という言葉に対して、「それは××という危険性が指摘されていて安易に飲むべきではない」と応じることは、プライベートの場面であるとはいえ、いやむしろ、服薬するという最も実践的な場であるからこそ、科学的正しさが適切に活かされなければならない場面である。政治的な発言については、例えば「#検察庁法改正案に抗議します」とだけ呟いた芸能人に対して「なんも分かってないだろ」といったクソリプが相次いだけれども(それ自体は具体的ではない発言に具体的ではない形で具体的発言のなさをなじっていて全くクソリプでしかないと思う)、そこで立法の背景の正当性についてどう思うかと問うこと自体は(数の暴力を伴わなければ)議論を深めるために民主主義的には望ましいコミュニケーションである。それがTwitterのようなパブリックな場ではなく、プライベートなコミュニケーションにおいても同じく妥当する。ただ、政治的な話をすることというのは、それ自体が嫌がられるし、議論となるともっとそうだ。特段の配慮が必要でもある。学問的な話なら、それが宇宙人の存在についてであってすら、正しさはむしろ娯楽のために重要である。それが(学問ではなく通俗的な意味での)文学的な話ではないと相互了解があった上ではあるが。つまり、「タコ型の宇宙人って歩きにくくない?」から始まる会話は科学的正しさによって楽しもうという意思は見られないので、それはまるで漫才の相方のように応じればよいのである。{正/偽}をコードとしない意外と多くの場面でも正しさというのは実用的にも楽しさの面でも重要なのであり、それが、「知的レベルが合っていないと楽しくない」というのがよく言われる原因でもある。もちろん、賢いなら相手に合わせることもできるのだが、それは冒頭の話に戻る。そのパターナリスティックな対応は、相手を尊重しているのですか、と。