はてなキーワード: 運動部とは
この増田はVtuberの切り抜き見てる程度の一般視聴者増田だよ。業界人でも自分でVやってるわけでもないよ。
そういう増田による認知メンタリズムが見たい人だけよろしくね。
個人Vといってもぽこぴーとかの有名Vをカウントしてもアレなので、登録者数が多少あっても知名度は高くない、ブレイクしてない個人勢。
■顔の良い男V
■バ美肉
■ガビガビ3D男V
地獄個人Vtuber増田(以後ジゴマスと呼ぶ)が挙げてくれた個人V六大地獄の類型のうち、ジゴマス自身はどこに属するのか。
いちばんマシな表現されているのは【友達系一般女V】。つまりこれがジゴマスの姿です。
最初に【オタクペ●ス逆撫で女V】を持ってきて長々と怨念を述べた後に、【友達系一般女V】はマシな地獄とさらっと流して
過度な性アピールもしてないのにセクハラリスナーがやってくるのでブチギレてる様子が目に浮かびます。
ところでペ●ス逆撫で、ってなんやねん。逆撫でされたら気持ちを害するだけだろうとはじめは思ったんですけど。
順撫で逆撫でどちらでも気持ちがよくなるので表現に問題はありませんでした。偽マフティーも陰茎が苛立つと言ってました。
おっぱいはデカいほどいいみたいなのが最近とくに増えてるのは、一時期あった未成年設定のASMRバン対策なんじゃないですかね。
>声はガビガビで耳が痛くなるし、サムネイルも大体終わっているので基本的に客観的に自分を見る事ができないんだと思う。
発声ができてないオタク+マイクなどの配信環境に金かけてない+自分を客観視できないバ美肉。ガワの作成でお金尽きたんでしょうか。
ガビガビ画像系は、低解像度の画像を拡大表示したようなものと推察します。
残念ながらというか幸いなことに増田の観測範囲にはひっかかってこないので実態不明です。
アバター簡易作成アプリあたりの仕様なのかPC関係に詳しくないのか、それでも配信できてるなんて偉いですね。
ダサイクル、は念のため解説すると身内での褒め合いに終始して、向上心がない閉じたサイクルのことで「それ町」で提唱された概念だった気がします。
(追記:ブクマで指摘があり「それ町」ではなく「ネムルバカ」だったようです。紺先輩が言ってたという偽記憶を植え付けられていました。)
初戦敗退常連で定時下校の運動部、楽器持ち寄って格好は作ったものの上達は目指さないバンド、幽霊部員や帰宅部員の暇つぶしスペースと化した文系部室。
そういうところに向上心に溢れた新人が入ってきて衝突して、環境を一変させる。物語の始まり感ありますね。
そこらへんのVはお互いの配信を見に行ってるだけで何の向上心も無いんだから。
つまりジゴマスはアイドル志向の個人V。他人を蹴落としてでも自分だけはなんとしてでも売れてやるという向上心の塊。
向上心の塊のジゴマスにとっては、コラボできるレベルの個人Vとのつながりは欠かせません。
嫌いなVなら見なきゃいい、という視聴者目線の話ではなく、友達面して繋がったり
関わり合いになってアウトかセーフか見極めるためにも多少は見る必要があるのです。
しかし、数字にはこだわらないが出会いにガツガツしている男性Vは邪魔ですし
滑舌悪いバ美肉の介護も、スカムな発言で毒舌を気取るイケメンのフォローも大変です。
音量低いメンヘラとのコラボも扱い困るし、巨乳人気個人Vとコラボすると視聴者吸われます。
視聴者だってマイナーな個人V見てる奴はなかなか一癖ありそうです。
とかく地獄は生きにくい。
認知サイコリーディング増田は、そんなジゴマスさんが大手事務所の難関倍率を突破して年齢経歴も偽り
地獄の方では地獄のようなAPEX祭りとか流行りのゲームに急いで飛びついてはなんとかクリアして操作に習熟したころには
歌が上手ければVシンガーとして歌配信中心で時折自分の好きなゲームする程度で人気集めている人も居るのですが
みんなが皆歌が得意ではない。
自分の得意なことに特化し、生配信ではなく動画中心にして、同業Vとのつながりも控え目で自分のペースでやってる人もいます。
というかVtuberの定義がどうのというよりアバターとして別段珍しくなくなってきましたよね、もう。
生身とVの両輪で活動している人も多い。
ところで、ガンプラ組み立てが女性配信者で増えてるの何なん?カラオケで親父向けの持ち歌覚えるようなもの?
この流れで具体名出すかどうか迷ったのですが、出自も出自ですのでセーフだろうと。
かつてある人物がVtuberアバターを発注しました、しかし製作者さんがVtuberアバター一式を完成させた時
怒った製作者さんは作ったものの行き場をなくしたVアバター星野ニアを希望する方に無料配布しました。
条件は星野ニアを名乗ること。こうして数多の星野ニアが生まれ、先行してたまたま星野ニアというハンドルで活動していた方
とのコリジョンなどもありながら、多くは早々に飽きてあるいは数字が伸びなくて辞めていきました。
そんな星野ニアの中でパズドラ特化Vの星野ニアは登録者12万を超えて現在も活動されています。
パズドラはご存じスマホゲー黎明期からあるモンストと並ぶご長寿コンテンツで10周年を超えたくらいですかね。
界隈の登録者数の規模は、公式チャンネルや公認プロが30万程度です。
2021年からの途中参入で数字を伸ばしているのはなかなかすごいと思います。
そーいやうちの中学色んなタイプの顧問が居たなぁ、30年前ぐらいか
そんなに強くないけど何故だかガチで若いコーチ(職業不明)が居た部、顧問もやる気あり
独仏は参考にならなかったので英国や米国の学校内運動部方式を参考にした。
あくまで仕組みを参考にしただけで、英国のエリート養成学校のいわゆる嗜みとしてのスポーツという精神や、米国のスポーツ参加の平等性や公正性は無視された。
戦後の高度成長時期からは、学校の運動部活動は、一部私学のマーケティングとして利用され、公立学校では非行防止の一環と位置付けられた。
しかしそういった真の目的はウラの話としてささやかれるだけだったため、合理的で科学的なスポーツ環境は育つことはなかった。
十年以上前から、国民のスポーツする権利を保障するため、地域スポーツの強化が国の計画で打ち出され、ヨーロッパ型の地域総合型スポーツクラブを推進されてきたがうまくいかなかった。
そこに教員の労働時間短縮をカネをかけずにやり過ごしたい国が、教員の代わりに地域に押し付けようとという発想で生まれたのが、今回の運動部の地域移行である。
地域移行にあたっては、国民の健康や文化的な生活向上にスポーツを活かすという本当も目的がお題目として掲げられる。だが、真の目的が不純だからだ。
本当に地域移行しようとするなら、
本気でスポーツを国民に根付かせ健康や文化的な生活向上につなげたいなら、
まずは大学や実業団の運動部を廃止することから始めないといけない。
大学や大企業では、もっぱら一部の者だけが利用するために、体育施設や運動場が整備されている。
それらは、新法をつくり、無償で地方自治体に贈与させたらいい。
大学の運動部も結成自体は結社の自由があるから設立や活動自体は自由であるが、彼らのために特別な優遇措置を図る必要はない。いわゆる文化系サークルと同様の扱いをしておけばよいだろう。
私学にも国の助成金で運営されているのだから、運動部活動優遇措置を継続させたい私学には、助成金ゼロにしたうえで、固定資産税はじめ高額の税を課せばよい。
大学一般教養の体育の授業で利用するためだけなら体育施設の整備は認められようが、せいぜい大学共同利用施設として整備されれば十分だろう。
もっとも一般教養で実技としての体育の授業をすること自体に大いに疑義がある。なぜなら同年代の大学進学をしていない者は、年に24コマの体育をする権利が保障されておらず、大学生と職業人との間でスポーツ権に差が生じるからである。
大学で実技体育を必修科目とするなら、労働関係法を改正して雇用者に対して従業員のスポーツする時間を有給保障させる義務を負わせるべきであろう。
中学校の運動部活動は、中学校が義務教育機関であるため、大学や高校とは異なる視点が必要だろう。
12~15歳の者にとって、推奨されるべき運動量が、授業の体育だけで十分なのかは科学的に検証すべきであって、授業時間だけで不足するなら、それはやはり学校教育の場で対応するのがよいだろう。それも、運動部活動の形態を取るべきではないのは言うまでもない。
そして、推奨運動時間を超える部分は、学校が行うべきではなく、他の行政機関が社会体育として実施するべきものであろう。
高校や中学の運動部は無料で利用できたが、地域移行により保護者負担が増加することや、地域移行の受け皿に企業が進出することを懸念する声もある。
しかし、学習塾や進学塾にはカネを出すが、必要以上のスポーツ活動にカネを出さないのは理屈が通らないので、そういう声は無視すればよい。
企業進出については現状やむを得ないだろうが、企業と利用者(生徒・学生の保護者)が直接契約するのでなく、あくまで自治体の教育委員会社会教育部門が業務内容を決定し、それを企業に委託し、利用者は教育委員会に申込む、というスキームにすべきだろう。
そして、十年以上かけて、徐々に地域スポーツ指導員を育成し、市の正職員として雇用するなり、自治体出資のスポーツ振興事業団職員として採用するなりしていけばよい。
まあ、いままで無償で教員に押し付けていたものを、他のスキームでやるのだから膨大なカネがかかる。
そこはビッグデータやAIを活用して、国民の健康力がアップして医療費総額が何兆円減りますと計算させればよいし、米軍思いやり予算をゼロにして軍事費をGDP1%程度のままにしておけば何とか財源は確保できるだろう。
部活動は、中学校学習指導要領において「教育課程外の学校教育活動」と定められる。だが、校長から「お願い」されて、ほとんどの先生が何らかの部活動の顧問をしているのが現状である。シングルマザーで、頼る人も周囲いないのに、運動部の顧問になった人を知っている。
僕の感覚だと、部活動の顧問をやりたくない人は相当の数いるのではないかと思っている。
それなら「お願い」なのだから「拒否」すればいいという人がいるだろう。
インターネット上では、部活動顧問を拒否する方法が散見されるが、実際に拒否するのは、相当に肝が据わっている人だろう。
それは、みんなやっている顧問を拒否したら、いわゆる「村八分」にされるかもしれないと思っているからだ。
教員集団は良くも悪くもチームで働く。村八分になってしまうと、様々な業務に支障をきたしてしまうことは想像に難くない。
ただ、顧問を拒否したところで、本当に村八分にされるかは、わからない。「みんな自分と同じように我慢している」というのが前提となり、ノプティコンのごとく、「あいつは、みんな我慢しているのに拒否した」と思われることを恐れている。
また、先生たちの部活動に対しての温度差も大きい。部活動に意義を見出し、生きがいにしている先生も一定数いる。とにかく何でもいいから認められたいという理由で、モチベーションが高い先生もいる。こういった先生を前に、「部活やりたくない。意味ない」なんて言ったら大変なことになる。だから、賢い先生は部活動が好きなふりをしている。
また、部活動では、どんな先生でもモチベーションが高かろうが低かろうが、生徒や保護者から様々な注文や批判に晒される。同僚や管理職も味方のようでいて、保護者と同じように「クレームを入れられる先生が悪い」なんて言ったりする。
部活動顧問は、一種のガチャである。異動のタイミングで引くことが多い。というか、内部の人間は、うまく調整して逃げられるのだ。
僕も着任早々、なかなか前評判の悪い部活動の顧問を打診された。というか決まっていた。
異動した先の部活動の前任者は、土日両方の朝から晩までやっていたらしい。しかし、実情は先生は職員室にいるだけ、参加率も低く、適当な練習に飽きた生徒は、時間つぶしに鬼ごっこをしているということだった。そこで、文部科学省の部活動のガイドラインを根拠に「練習は土日のどちらかを休みにする」「活動は3時間程度」にしようとした。
生徒たちは、その提案を好意的に受け入れてくれたようだった。しかし、保護者からは、かなりの文句を言われることになった。「前は教務主任の先生だった。力のない一般の先生で残念」「先生はやりたくないんですよね」「素人でやる気のない先生に教えられて子どもたちがかわいそう」「教育者としての自覚がない」などと言われた。
おまけに、保護者が、僕が競技経験がないことを理由に、外部コーチの候補を半ば強引に連れてきた。そのコーチは、来て早々に「何、この意味のわからない練習」と保護者にこっそり言っていた。生徒の責任にするつもりはないが、当時の3年生の生徒と一緒に考えたメニューだった。
そのコーチは、競技界隈では有名な人らしいが、お断りすることにした。保護者はグチグチ言っていたが、とても一緒にはできなかった。
このような経験をした先生はかなりの数いるだろう。自分に置き換えてみてほしい。僕は、部活動で雇われているわけではないのだ。そのコーチに再び会うことがあったらこう言ってみたい。
「あなたは生業としてコーチをしていますね。では、あなたがお休みのときに、5時間、みっちりと楽しく授業してください。5時間頑張ったら3500円支給します。ただ、あなたの休みのときは、すべてお願いします。あなたの都合で休むことは許されません」
如何に異常かがわかる。
結局、僕の異動1年目は、保護者や管理職の声に押される形で、土日に練習を行うことになった。大会などで三か月休みがなかったこともあった。
そのことを、あるとき校長に話したところ「みんな通ってきた道」と言われた。学校管理職は、管理というものをはき違えているようだ。
こんな風に部活動顧問が嫌な人は、周囲をみんな敵と思い込み、孤立を深めていく。保護者もダメ、同僚もダメ、管理職もダメ、部活に関わる外部の人もダメ。
安西先生は優しい監督のように言われているが、実は才能がない人に対して極めて冷淡で、ほとんど興味すらないと思う。調べると同じような意見が結構出てきたので、スラムダンクファンの間では長く語られていたようだ。
スラムダンクをリアルタイムで読んでいたころ、おれは10代だった。40代になり、自分には才能も何もない、安西先生に無視される側の人間だと25年かけて思い知らされたいま、当時は気づかなかった安西先生の冷酷さが浮上してきた。レギュラーを取れない補欠としての人生が確定したような、苦い鑑賞体験だった。
スラムダンクを美化しすぎなんだよ。たくさん張った伏線を回収せずに終わらせちゃったのと同じで安西先生の人間性のことなんて作者が何も考えてなかっただけのことだろ。
「井上雄彦は一貫して安西先生を才能にしか興味のないキャラとして描いていた」「当時は気づかなかったが、その後の人生経験を経てそのことに気づいた」という話をしており、この人は真逆のメッセージを受け取っている。まあおれ含め、読者は読みたいように読むもんである。
この手の意見が多いことに困惑した。「いまの価値観から見ると違和感がある」みたいなことは想定していなかったので、なぜ大勢がそう受け取ったのかと不思議だった。
「ケガを放置するなんてありえない」という点を「令和の価値観」と受け取ったのかと考えたが、おれの感覚は異なる。例えば沖縄水産高校の大野倫投手が怪我を押して投げたことで全国的にバッシングされたのは1990年のことで、当時からして「怪我人を強行出場させるなど監督失格」という価値観は定着していたであろう(そもそも安西先生本人がそう言ってる)。「令和の価値観で批判するな」という人とは、この点の見解が食い違っているのかなと感じた。おれからすると「君らは平成のことがわかってない」となるのだが、まあどっちが正しいかは検証が必要であろう。
個人的にあの桜木が怪我した状況はいらなかったと思うんだよな。桜木の選手生命を失うかもしれない自己犠牲の上に成り立たせた感動の試合みたいな展開にはして欲しく無かったんよ。
半分は同感なのだが、山王戦は感動ポイントもりもりのデラックスパフェで、そこにさらに「怪我を押して強行出場」という沖縄マンゴーを乗せて蜂蜜をかけるようなことをしたため、あれほどのエモーションを生んだことは否定し難い。おれが編集者なら(嫌いな展開だが)桜木の怪我は切らない。サービスサービス。
安西って谷沢の一件で指導者を実質引退したんだろ。で、公立高校の顧問でのんびり隠居してたとこにとんでもない才能が現れて、急に昔を思い出してやる気になっただけ。
安西先生やる気全然ない監督で、流川という才能が入ってきたからやる気出したんだよね。そんでさらにまさかの赤毛素人が同じくらいの才能持ってた。
この手の意見は同感。
“安西先生は優しい監督のように言われているが、実は才能がない人に対して極めて冷淡で、ほとんど興味すらないと思う。”昭和生まれが高校生の頃のの強豪校の運動部はほとんどそんなイメージ。レギュラー以外無視
ブコメでも描かれているが、海南の高頭監督なんかはかなり選手のことを見ていて、神や宮益といった人をきちんとフックアップして戦力に育成している。こういうバランス感覚のある監督を敵将として配置している一方、自軍の大将にいびつな才能の悪魔を置いているあたり、井上雄彦の面白い点だと思う。作品の瑕疵だと言いたいわけではなく、むしろプラスの評価をしている。
スポーツ科学不在の、このカネ儲けと浪花節と集団主義的運動部活動を眺めていつも思うのは
独仏は参考にならなかったので英国や米国の学校内運動部方式を参考にした。
あくまで仕組みを参考にしただけで、英国のエリート養成学校のいわゆる嗜みとしてのスポーツという精神や、米国のスポーツ参加の平等性や公正性は無視された。
戦後の高度成長時期からは、学校の運動部活動は、一部私学のマーケティングとして利用され、公立学校では非行防止の一環と位置付けられた。
しかしそういった真の目的はウラの話としてささやかれるだけだったため、合理的で科学的なスポーツ環境は育つことはなかった。
十年以上前から、国民のスポーツする権利を保障するため、地域スポーツの強化が国の計画で打ち出され、ヨーロッパ型の地域総合型スポーツクラブを推進されてきたがうまくいかなかった。
そこに教員の労働時間短縮をカネをかけずにやり過ごしたい国が、教員の代わりに地域に押し付けようとという発想で生まれたのが、今回の運動部の地域移行である。
地域移行にあたっては、国民の健康や文化的な生活向上にスポーツを活かすという本当も目的がお題目として掲げられる。だが、真の目的が不純だからだ。
本当に地域移行しようとするなら、
本気でスポーツを国民に根付かせ健康や文化的な生活向上につなげたいなら、
まずは大学や実業団の運動部を廃止することから始めないといけない。
大学や大企業では、もっぱら一部の者だけが利用するために、体育施設や運動場が整備されている。
それらは、新法をつくり、無償で地方自治体に贈与させたらいい。
大学の運動部も結成自体は結社の自由があるから設立や活動自体は自由であるが、彼らのために特別な優遇措置を図る必要はない。いわゆる文化系サークルと同様の扱いをしておけばよいだろう。
私学にも国の助成金で運営されているのだから、運動部活動優遇措置を継続させたい私学には、助成金ゼロにしたうえで、固定資産税はじめ高額の税を課せばよい。
大学一般教養の体育の授業で利用するためだけなら体育施設の整備は認められようが、せいぜい大学共同利用施設として整備されれば十分だろう。
もっとも一般教養で実技としての体育の授業をすること自体に大いに疑義がある。なぜなら同年代の大学進学をしていない者は、年に24コマの体育をする権利が保障されておらず、大学生と職業人との間でスポーツ権に差が生じるからである。
大学で実技体育を必修科目とするなら、労働関係法を改正して雇用者に対して従業員のスポーツする時間を有給保障させる義務を負わせるべきであろう。
中学校の運動部活動は、中学校が義務教育機関であるため、大学や高校とは異なる視点が必要だろう。
12~15歳の者にとって、推奨されるべき運動量が、授業の体育だけで十分なのかは科学的に検証すべきであって、授業時間だけで不足するなら、それはやはり学校教育の場で対応するのがよいだろう。それも、運動部活動の形態を取るべきではないのは言うまでもない。
そして、推奨運動時間を超える部分は、学校が行うべきではなく、他の行政機関が社会体育として実施するべきものであろう。
高校や中学の運動部は無料で利用できたが、地域移行により保護者負担が増加することや、地域移行の受け皿に企業が進出することを懸念する声もある。
しかし、学習塾や進学塾にはカネを出すが、必要以上のスポーツ活動にカネを出さないのは理屈が通らないので、そういう声は無視すればよい。
企業進出については現状やむを得ないだろうが、企業と利用者(生徒・学生の保護者)が直接契約するのでなく、あくまで自治体の教育委員会社会教育部門が業務内容を決定し、それを企業に委託し、利用者は教育委員会に申込む、というスキームにすべきだろう。
そして、十年以上かけて、徐々に地域スポーツ指導員を育成し、市の正職員として雇用するなり、自治体出資のスポーツ振興事業団職員として採用するなりしていけばよい。
まあ、いままで無償で教員に押し付けていたものを、他のスキームでやるのだから膨大なカネがかかる。
そこはビッグデータやAIを活用して、国民の健康力がアップして医療費総額が何兆円減りますと計算させればよいし、米軍思いやり予算をゼロにして軍事費をGDP1%程度のままにしておけば何とか財源は確保できるだろう。
社会人になってから、なかなか休みが合わなくて、ずっと会えていなかった親友と久しぶりに会ってきた。
彼女は昔と変わらない笑顔で「久々ー!」と手を振りながら駆け寄ってきたから、わたしも嬉しくて手を振りながらはしゃいだ。
「やばい、いつぶり?」「確か3月が最後、やばくない?」「そんな経つ!?」
肩でどつきあいながら、足は自然と馴染みのカフェへ向かっている。きっとお互いに、早く話がしたかったからだ。
ランチとドリンクの注文を済ませると、謎に「お久しぶりでございます」とかしこまった挨拶をして、近況報告会が始まった。
…はずなのだが、何だかいまいち話が盛り上がらない。お互いに相手の話に上手く共感できない。
あんなに一緒にいて楽しくて楽しくて仕方のなかった親友と久しぶりに会えて、積もる話もあるというのに、どこか、何かが違う気がしてならない。
そして、わたしがそう感じるのは、今回が初めてではなかった。
高校1年生のとき、部活の入部説明会で出会った彼女とは、今や8年目の付き合いとなる。
クラスこそ違ったものの、オタク趣味や物の考え方、価値観など、話が合う点が多く、彼女とはすぐに仲良くなった。
同じ運動部の部員として、切磋琢磨する中で絆が芽生えた。合宿中には、他の部員を起こさない程度にひそひそと眠れるまで小声で話すことで、より仲が深まった。部活終わりには決まって駅近くの本屋に寄って、漫画の新巻を指差しては「これ面白かった」だの「この作者好き」だの「こういうの好きそうだよね」だのと語らった。休みの日には学校最寄りのカフェで落ち合って、ジュースとサンドイッチを頼んで何時間もくだらない話をした。当時わたしが好きだったアイドルの誕生日には、ホールケーキを買ってきて、教室で細やかにお祝いしながら完食した。
彼女と過ごして楽しかった・面白かった出来事は、挙げ出したらきりがない。彼女はわたしの高校生活を語る上で欠かせない、かけがえのない存在だし、誰よりも同じ時間を共にし、誰よりも笑い合った親友だと自信を持って言える。
高校卒業後は別々の大学に進学をしたが、月に1回程度はカフェに集まって、近況報告会をした。
ひと月ぶりに会っても、昨日も会っていたかのように話し出しては、ケラケラと笑い合って何時間も過ごせるのがわたしたちだった。お互いに時間割もアルバイトのシフトもバラバラだったけれど、休みを合わせて何度も遊んだ。
学校のこと、アルバイトのこと、趣味のこと、日々のこと、家のこと、恋愛のこと。文字通り『何でも話せる仲』だった彼女とわたしは、会えばいつだって話題には困らなかったし、どんな話にも「わかる」「それな」と言って頷き合っていた。
「何かが違う気がする」そんな違和感を感じ始たのは、大学3年の頃だった。コロナ禍になって、誰とも気軽に会えない日々が続き、半年以上ぶりにようやく彼女と対面で会ったときだ。
これには少し心当たりがある。コロナ禍で、彼女と会えなかった時期に、わたしには大きな転機があった。アルバイト先で恋人が出来たのだ。
お恥ずかしながら、わたしは大学3年になるまで恋人がいたことがなかった。人生で初めての恋人。浮かれるなという方が難しくて、わたしの興味関心は恋人で持ちきりになってしまったのだ。これまで興味のあった漫画やアイドルといった物事は、わたしの頭からすっぽりと抜け落ちてしまった。
おかげで、彼女と会ったときに、話せる話題がわたしには「恋人のこと」しかなかった。もちろん、だからといって彼女と何も話せない訳ではなく、彼女と恋人に関することで話せることもあったし(彼女にも一時期彼氏がいた)、大学のレポート課題やばいよね、多いよね、そんなありきたりな愚痴はお互いに共感できた。彼女が継続して好んでいる漫画やゲームの話もよく聞いて、彼女は今そういうジャンルにハマってるんだなあと笑いながら相槌を打っていた。
だけど、どこか、高校生のときように手を叩いて、心の底から「わかる」「それな」と言って笑っていたときとは、やっぱり違うような気がしていた。
大学4年となり、就活と卒論に追われる日々が続き、また2人で会えたのは大学卒業後の3月末だった。それぞれの就職予定の会社上、お互いの休みが合いそうもないことは分かっていたから、社会人になる前に会いたかったのだ。
近況を話してみると、彼女は変わらず、漫画やゲームが好きなようで、最近ハマっている作品の話をたくさんしてくれた。何の情報も追えていないわたしは、どの作品も知らなくて、ただひたすらに新鮮な気持ちで聞くばかりだった。そしてわたしも、変わらず恋人のことで頭の中が持ちきりだったから、触り程度に恋人との話をした。なんだか、お互いに別世界の話をしているようだった。
そのあとは社会人生活、不安だねえと言い合っては頷き、卒論を書き上げたことによる解放感を分かち合ったりして、その日は解散した。
そして、今日だ。
社会人生活に慣れ、ようやく時間を合わせて会うことはできたが、話し始めてみると、いよいよお互いの話が噛み合わなくなってきた。
まず、彼女が漫画やゲームが好きなこと(新しく音楽アーティストにもハマっていた)。そして、わたしも恋人のことをよく考えているのに、変わりはなかった。お互いの話にお互い「そうなんだねえ」と、なんてことない相槌を打つほかない。
職種が違うため、業務に関する話で彼女と共感できないことについては当然だから仕方ないとして、それ以外の些細なこと、例えば通勤一つとっても話は上手く噛み合わなかった。
電車で片道1時間半の通勤をしている彼女と、車で片道20分の通勤をするわたし。「疲れているときの帰りの電車が辛いから課金して特急乗ってるんだ」と話す彼女に、わたしは理解はできても、心から共感してあげられない。そして彼女もきっと「混む道路を迂回できる裏道を見つけると通勤楽になって楽しいんだ」と言われたところで、理解はできても、共感はできなかったと思う。
それに、わたしは社会人になると同時に一人暮らしとなり、家のことに興味を持ち始めた。自炊が楽しい、食器にこだわりたい、インテリアにこだわりたい。休みの日はそんな日々の暮らしを楽しんでいる。
一方、彼女は実家住みで、最近はネイルに凝り始めた。自分に合う色はこんな色、こんなビーズが可愛くて好み、こんなデザインに憧れる。今日も休みの日に行うネイルのことを、とっても楽しそうに語ってくれた。
彼女の話を聞くのは、好きだ。彼女が楽しそうなら嬉しいし、もっと聞きたいと思う。
けれど、わたしが今彼女の話にしてあげられるのは、あくまでも理解でしかなくて、共感とは少し違うのだ。
だから、なんだか、昔ほど話は盛り上がらなくて、昔ほど「わかる」「それな」と声を上げて笑うことも少なくて、今日は不思議な時間を過ごしていた。いつもは夜遅くまで一緒に居るのに、18時半なんて早い時間に解散してしまった。
けれど、前のようにたくさん笑い合うことができなくて、寂しいような気持ちも強くある。彼女が遠く離れた存在になってしまったような感覚がある。
今日撮った写真をカメラロールで振り返ると、カフェでわたしはアイスコーヒーを、彼女はメロンソーダを頼んでいる写真が一枚ある。
僕のバスケ歴は割愛するが、一応、最低限はバスケを語れる資格を持つ経験者だ。
スラムダンクは漫画は全巻持ってたし、連載当時に週刊少年ジャンプでも読んでいた。
でも、他にも色んな漫画をたくさん読んでいたから、特に好きな作品な訳では無いが、スラムダンクを語れる資格も持っている筈だ。
プロ選手になるという夢が存在しない分、現実的な折り合いを付け易くなる。
社会人になった元経験者達が資本主義の世界の中で大人になって、自分の取り組んでいたアマチュアスポーツを盛り上げようと画策する。
例えば、バレーボール。
そこまで人気でもないのにも関わらず、毎年、日本では世界大会を開催。
試合中に今のスパイクは何mの高さだったと計測された数字がリプレイと共に表示される。
人気に見合わない大袈裟な演出は、野球やサッカーと比べても遜色ない練習の過酷さが当たり前のバレーボール経験者達がサラリーマンとして社会で活躍しながら競技を後押しし続けた結果だと思う。
一方、バスケットボールはバレーボールと異なり、野球と同じで日本に強い影響力を持つアメリカ合衆国の4大スポーツの一つだ。
サッカー、野球、バスケットボールは、日本が戦後から続く海外への憧れを象徴するスポーツだと思う。
しかし、野球やサッカーと比べて、バスケットボールはようやくプロ化に辿り着いたが、まだまだ日が浅い。
野球ほど社会的影響力は無いし、サッカーと比べて世界的人気は少ない。
だから、プロバスケ人気を盛り上げるための苦心の策として、 数年前にLEDパネルのコートで行われたBリーグ開幕戦の試合中継なのではないかと思う。
しかし今のところ、バスケは観るよりもプレイした方が楽しいスポーツだと思う。
現状の日本バスケ界に不足している重要なピースの一つが、世界観作りだ。
サッカーにおけるキャプテン翼のように、日本バスケ界でその一役を担うのが、この映画『THE FIRST SLAM DUNK』なんだと思う。
今のスポーツ中継のカメラワークは、どの競技も完成形だとは思うべきでは無い。
ドローンなんて現時点のテクノロジーによる妥協の産物に過ぎない。
モーションキャプチャーのCG合成をリアルタイムで処理しながら無制限のカメラワークをコントロール出来る時代を待つしか無い。
それが実現するのは少なくとも100年先の未来になるだろう。
でも、CG作品ならば、フィクションの試合を無制限のカメラワークで演出することが可能だ。
『THE FIRST SLAM DUNK』は100年後の試合中継のカメラワークだった。
かつて映画製作を学んでいた僕は、映画を観るためではなく、バスケの試合を観に行くつもりで数年ぶりに映画館へ足を運んだのだ。
そんな僕の判断は間違ってないと思った。
当初、ジャイアンの声優の人が桜木花道であることを知って、困惑した。
ジャイアンを襲名したからには、ジャイアンの色が付いて回る宿命をスラムダンクに持ち込んで欲しく無いと思った。
監督がリアリティを追求した結果、出刃庖丁を持った2mの巨漢が全国大会のコートに乱入する大事件はオミットされた。
桜木花道は終始、バスケ歴4ヶ月のフィジカルモンスターだった。
デニス・ロッドマンそのものだった。真っ赤な坊主頭が試合を引っ掻き回してた。
かつて緑川光が演じた流川楓も、味方にパスをしない異常プレイヤーだったし、寡黙なキャラに合った雰囲気さえあれば声優なんて関係なかった。
急展開過ぎる。
もう少しモーションキャプチャーの演技でスタミナ消耗の下降線を丁寧に描けよって笑ってしまった。
バスケットボールを描くに当たって、ボールのドリブル音、バッシュの音にしっかり拘りを持った演出をするのは明らかだった。
けど、屋外を歩くだけのシーンでも露骨に足音を鳴らすのはやり過ぎ。この一点だけは偏執過ぎる。まさに勇み足だ。
僕の記憶が正しければ、バスケのルールとして、敵陣のゴール下の台形ライン内に3秒間ずっと入りっぱなしだと、3秒ルールが適用されて相手ボールからのスローインになってしまう。
湘北高校のオフェンス時の桜木花道の立っている位置は台形内っぽいことが多い気がした。
桜木花道は何度も3秒ルールを食らってないとおかしいと思った。
渡米していた宮城リョータの出現にえっ!?と一瞬、頭が混乱した。
というか、この映画自体がスラムダンク奨学金のための伏線だったのか…と思った。
その中での90点だ。
100点じゃない理由は原作漫画を読まないと理解出来ないからだ。
当時、原作漫画を読んだバスケ経験者の親達は、この映画を観た感動を情熱に換えて子供と日が暮れるまで沢北の父親さながらの1ON1を続けるだろう。
原作者であり映画を監督した井上雄彦は、バカボンドのヒット後にどこかの寺の襖だったか屏風に直筆を描いて日本画の領域に進出した。
結果は散々。漫画は所詮は漫画であり、漫画絵が日本画と肩を並べることは叶わなかった。
かつて、日本映画界はアニメーション映画を日本映画として認めていなかった。
日本映画界が斜陽が限界点を突破した結果、映画産業を水増しするためにある時期を境にアニメーション映画を渋々受け入れた印象がある。
日本のアニメ界はファンタジー性や虚構に拘り過ぎている節がある。
だから身勝手に3.11を風化している扱いにして傲慢なアニメ作品で大プロモーションをしちゃったりする訳よ。
『THE FIRST SLAM DUNK』のようにモーションキャプチャーと2Dライクな3DCGを使ったリアルアニメーションこそ、次世代の日本映画だと思う。
ちなみに、小学2年生になる息子がいる。
高校時代は山王戦でメガホンを持っていた奴らのような惨めな3年間を送った過去のある僕は、子供に運動部の残酷さを味わせたく無いと思っている。
でも、たまに、自宅の庭でバスケットボールを使ってドリブルやパスの練習をして遊んでやってた。
昨年、小学校の七夕に「バスケがしたいです」と書いていたことを耳にした時は狼狽した。
で、今回の映画鑑賞は息子を初めての映画館に連れて行った訳だけど、感想を伺ったらバスケに目覚めなかったらしく、内心ホッとしている。
私は女子校育ちだ。
私の地区はみんながみんなとりあえず私立受験をする風潮だった。
地元の中学が荒れていて、少年院に入ったとか、髪の毛が青いやつがいたりそんなのが噂になっていたのもあったし勉強はしなくてもそこそこだったので母の勧めもあったし女子校へ通うことにした。
第一志望に落ちてしまったらあとはどこでも一緒という気持ちもあったし、なによりも自転車で通えるのが楽そうで良かったからだ。
もう1人はいじめに加担することで身を守っていたのかもなあと今思えば思う。
1人敵がいると団結できるもんな。
下手くそなバスケはさらに下手くそになった。それでも辞めたら負ける気がして最後までやり切った。
なんでか中3だったと思う機嫌を損ねたかもう記憶にないが、内部生の中でも勉強は出来ないけど親は大金持ちという、攻撃的な子Aに嫌われて毎日お前の味方なんかいない、お前見てるとムカつく、他の奴らに言ってみろ殴ってやるなど色々言われて全てが嫌になったのを覚えてる。トイレに呼び出されてなんか壁に押し付けられたのを覚えている。
当時の私は細くてAは小太りだった。
このAは帰宅部だったのに運動部の中で君臨しようとする、実際には友達があまりいないタイプだったのかもしれない。
このままでは私の数少ない友達もいじめられてしまうと思ったから親友と連絡を取らなくなった。
その当時流行ってたmixiとかCURURUでブロックしたのだ。長文のTwitterみたいな使い方をしていた。
ジャニーズ大好きで一緒にコンサートもたくさん行った。今思えばなんで愚かだったんだろう。
わかってもらえなくても相談したらよかったのに。言ったら
親友でなかったのかもしれない。
そのことで私はお揃いのストラップをつけるような友を失ってしまったのだと。
ジャニーズから離れてしまったのも私はこのタイミングだったかもしれない。
ただただ毎日その内部進学生Aが高校に進学出来ないように祈っていた。
実際進学できないと聞いてすごく嬉しかった。
もし高校も一緒だったら死のうとすら思った時もあった。
未だにそのAを見ると嫌な気持ちになる。
彼女は高校には進学出来なかったにも関わらず大学時代に部活仲間との飲み会にいる時があった。確か成人式にもいた。
私は嫌な気持ちを消せなくてそのAがいるとわかったら参加しなくなった。
Aがいなくなってからは私は普通に高校に進学し、大学へ行った。
スポ根を味わえたし、私の基礎体力を作ったのでいい経験だった。
負けて悔しい、そんなことすら思えた。
向こうからしたら中学までは自分はぬるま湯に浸かってだけでアメリカで開花したとのことだったが、私は未だに彼女を許せてない。
そんなAが子供を娘を産んだというのを聞いた。Facebookに欲しいものを全て手に入れたとか宝物だとか、子供にも人権があるとかこの子を守るみたいなことを書いていて正直不幸になって欲しいと思ってしまった。
最愛の夫はあなたが学生時代いじめっ子だったのは知ってるのだろうか。
本人からしたらそんなことなんてあったっけ?みたいな事なんだろう。
同じように人をいじめる子供になるのか、はたまたいじめられる側になるのか、
嫌なことは嫌だし、何年経ってもやられた側は忘れないのにやった側はケロッと忘れてる。
むしろ向こうからしたらお前が悪いんだろという案件なのかもしれない。
その時の周りはもうみんな気づいてないのかもしれない。
周りはいじめられてたっけ?と思うかもしれない。
全て捨てたっていいんだよって。
何もかもが悪い方にいく気がする時は何もしなくたっていい。
そのままのあなたを好きでいてくれる人が1人でもいるなら幸せなんだよって。
無理に嫌いな奴と付き合わなくたっていい。
それを認めてくれる人を探す旅なんだよって。
拝啓15歳の私へ
今負けそうで泣きそうなあなたより
15年後はあなたらしく生きれる友人を選ぶのが上手になりました。
このブログがもしバズって本人が読んだとして今更の謝罪なんて1ミリも欲しくない。ただ過去にいじめていた側が、何も知らずに幸せになってほしくない。
いじめてた側は消せない罪を背負っていることを忘れさせたくない。
そんなどこにも吐き出せない想いを綴る。
そして同じような15歳に伝えたい。
まともに運動部に入っていなかった人は、引け目があるのでしょう
上手いこと職場に潜り込んだけど、先のことを心配したり他の部署と交渉したりうまくいかなかったことの修正をしたり上司に遅れを説明したりするのが辛いよ〜
つまり長期にわたって人間関係をやっていくのが辛いよ〜。俺が藤井聡太だったら将棋だけ勝ちまくればいいのにな〜。
今更人間関係耐性を上げられないから学校とかでもっと人間関係の耐性を上げる教育やっといてくれよ〜。
いやでもよく考えたら学校って人間関係耐性を上げる教育めちゃくちゃやってた気がしてきた。俺がそれに向き合わず嫌なことから逃げ続けてきただけや。
はてブはそういうの否定派が多いけどやっぱ運動部のやつとかは人間関係やっていき力やバイタリティが高いよ。俺もその精神状態にしてくれ〜
家族仲も両親の仲も良好、
でも大前提としてフィジカルやボールセンス、つまりは身体能力と運動神経が圧倒的であることを求めているスポーツなんだと感じる。
その世界に身を置いているといつの間にか「運動神経も身体能力もない奴は論外」という思想に染まるリスクが出てくるんじゃないだろうか?
実際に俺は、その価値観に染まったとしか思えないサッカー部の奴らに、体育の授業でボロカスにされた思い出を今でも忘れてないよ。
あっちに行けそっちに行け絞れ散れよく見てろと怒鳴られ、必死に走ってフラフラになりながら最後はうろたえている所に飛んできたボールが腕にあたってハンドを取られた。
当時の記憶はボヤけていて不鮮明だけど、あのときの腕の開き方を考えるとアレはそもそもハンドじゃなかった可能性のほうが高い。
そんなのもよく知らない俺はとりあえず謝ったし、周りも小学生だったので曖昧なルールで俺は退場させられた。
んでもって試合に負けた。
授業中のたった1試合に負けただけなのにサッカー部の奴らはひたすら俺に文句言ってきたし、最後には「お前なんて居ないほうが良かったんだから隅っこで立ってたほうがマシだった」と言いやがった。
確かに足元の技術がおぼつかないような奴が変にフィールドに居るよりは、消えたほうがオフサイドの心配とかは減るのかもな。
でも俺にそんなこと言われても困ったよ。
ただ元々運動神経が鈍くてスポーツが嫌いだった俺は、それをサボる口実に使おうと次のサッカーの授業で教師に相談したんだ。
そしたらどうなったか。
教師が怒り出したんだよね。
突然全員を集めて説教になった。
内容は覚えてないけど「運動がちょっと出来るぐらいで天狗になってるようだが、そこまで偉ぶれるほど上手くもないくせにえばんなよ」みたいな話を3分ぐらいしてた気がする。
んなことになるならそもそもサッカーをやるんじゃねえよって俺は内心思いながらそれを聞いてた。
普通にそれ以降もチームスポーツはあったし、毎回俺みたいな運動音痴があちこちのチームで足を引っ張っていたし、ソレに対して運動部の連中はキレ散らかしていた。
何も変わってない。
まあ実際ソレで良かったと思うよ。
もしも大きな変化があったら俺がイジメられる原因になっただろうから。
でもやっぱ一度こういうことがあるともう無理だな。
もう俺はサッカーなり野球なりバレーなりやったり見たりする度にそのことを思い出す。
「運動能力が低い人間から人権を剥奪する装置」みたいな認識がずっと付き纏ってくる。
戦術の話を見るのは楽しいけど、試合を見ていて選手を応援する気分にはならない。
どいつもこいつも性格の捻くれた戦闘力至上主義のスポーツキチガイなんじゃないだろうかってよぎった瞬間に感情移入度が完全な0で固定されてしまう。
こんな奴らがニュースで褒められてるのだって本当は見たくないんだって気持ちが湧き上がってきてイライラする。
俺はサッカー楽しめないよ。
観戦でも楽しめない。
ぶっちゃけ他のスポーツもそうだけど、サッカーはその中でもとびっきりに無理なんだ。
中学だとテニス部の奴らがクッソうざかったけど、まあ中学まで行くと皆おとなになったのかクラスの雰囲気でも「テニス部うぜー死んでほしいよね」って感じでウザさに対してのツケを払わされてる感じだったしなんか割り切れるんだよな。
小学校の教室のサッカー部はさ、なんかこう本当に誰もがコイツらに逆らえないような特権階級みたいなところがあって、人格破綻者なのに人気もあって、本当に手に負えなかったよ。
サッカー選手がテレビで褒められて国を代表したヒーローみたいに扱われててるのを見ると、今のこの人達もまさに手におえないなあ、こんだけ凄いなら裏で何でもやり放題なのかなとよぎってしまうんだよ。
小学校のトラウマから抜け出せてない俺の個人的な感想にすぎないのは分かってるけど、論理を積み上げても感想は覆せないときには覆せないせいで、感情だからこそ厄介だなと思うよ。
どうしたらいいのかは分からないから、結果だけ確認して職場では愛想笑いしながら「凄いっすよね。まあ俺あんま興味ないですけど」って感じで流してる。
サッカーなんかに必死になって暴れまわる人嫌いだからさ、自分もサッカー嫌いなんかで暴れまわりたくないんだよな。
一段高みにいる気分にでもならないと、余裕が無くなりそうだよこの時期は。
サッカーおたく(サッカーオタク/サカおた/サカオタ)という表現は電子掲示板2ちゃんねるのみで使われていたと言っても過言では無いくらい利用される環境が限られていた蔑称だった。
別サービスで使われることもあったがほぼ2ちゃんねる用語みたいなものでリアルでサッカー好きへ「サッカーおたくなんですね」なんて言うと決まって言われた方のサッカー好きは不機嫌になったものだ。
特にその不機嫌となる傾向は国内サッカーだけでなく欧州サッカーをもフォローしているようなサッカーへ深い理解を持っているサッカー好きほど強く、何ならサッカーおたくと言われたサッカー好きは暴言を返すまであった。
その当時の国内サッカー普及度を考えれば欧州サッカーを知ってるサッカー好きなんてサッカーおたく以外なにものでも無いのだが自身がオタクであることを決して認めないどころか怒り狂うほどオタクと呼ばれるのを毛嫌いしたのだ。
ちなみに野球好きはどうなのよ?と思うかも知れないが、“野球おたく„なんて言葉が登場する前から“野球狂い„や“虎キチ„“ドラキチ„などという“野球おたく„の上位互換のような表現があったので、そのように呼ばれる野球好きは別に怒り狂うなんてことはなかった。
野球狂いなんて呼ばれても不機嫌になる人も居たが極少数だった。“アンチ巨人„なんてむしろ誉れくらいに思ってる人が居るような文化だったのだ。
今はTwitterなどでサッカーおたくやサカオタなどと検索すると普通に自称しているヒットするようになっており時代は変わるもんだなぁとしみじみ思う。
約30年前はサッカー部員が、というよりも運動部員がオタクをいじめてたりもしてたわけだけど、20年くらい前、2ちゃんねる登場以降から状況が変わり始めて、今やサッカー好きもサカオタですよ。
そう言えば女子も“ジャニーズ女おたく„なんて言われると嫌がってたなぁ。
あぁそうそう“おたく„って当時は男性詞だったのよ。男性詞だったから女性のおたくは“女おたく„だったわけ。
そんなことを考えると、これから10年20年も経てば“フェミニズムおたく„って表現が一般化したりしてね。
フェミオタの皆さん、同じオタク同士仲良くしようぜ?サカオタだってコチラ側に来たんだからフェミニズムもオタク趣味の一部になれるよ。