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はてなキーワード: アンチ巨人とは

2019-09-14

anond:20190914171016

でも今の老人がLGBT中韓に対してそこまで寛容なのかっつーと個人的には微妙だと思ってしま

アンチ巨人ぐらいの感覚反自民やってるだけで別にリベラルじゃないんじゃなかろうか、あの年齢層の人たちって

2018-12-20

内海堀内監督の話

巨人内海西武移籍するって話題の中で

内海が辞任する堀内監督のところに行く話のコピペを久しぶりに見た

使い続けてくれた監督の期待に応えられなかった内海は、辞任する堀内のもとへ謝罪に訪れた。

そんな内海堀内は「謝る必要なんてない。俺はお前に夢を見たんだ。巨人軍を再建するには若き柱が絶対必要なんだ。

お前にはその資質がある。自信が持てない?そんなのは当たり前だろ。お前みたいな何の実績もない奴が自信なんか持てるわけがない。

お前は自分を信頼する必要なんてないんだ。200勝投手の俺を信頼すればいいだけなんだよ

お前には凄い素質がある。俺が言うんだから間違ないよ。申し訳ない気持ちがあるなら、お前の左腕で俺の判断が間違ってなかった事を証明してくれ」

そう言われた内海号泣し、飛躍することを心に誓った。

ってやつ

特に巨人ファンじゃないし堀内時代なんてむしろアンチ巨人だったけど

この話を見ると何故か毎回涙が出てくる

ちなみにこの話ソースがなかったか創作だと思ってたんだけど

堀内氏が自分ブログコメ欄内の質問に対して本当にあった話って返してたのを今日初めて知った

2017-07-03

そこまで行くとアンチ巨人みたいなもんでもう左翼ですらないのでは

2016-01-06

アンチ巨人巨人ファンであるというが

アベの政策や言動をいちいち追い続け、その度に理屈をこねて反対意見をひねり出す

ここまで来るともはや熱狂的な支持者と言っていいのではないか(錯乱

2016-01-02

なんJ2chなんでも実況J板)を数ヶ月見てわかったこと

野球ファンが多いけどほとんどがニワカで未経験

なんJ民(なんJ利用者のこと)は野球というコンテンツを通じて馴れ合っているだけで、本当は野球に対してあまり興味がない。

応援してるチームの実況スレに行って「キター」とか「いけええ」とか「うわああ」とかどうでもいいことを書きこんで一体感を味わいたいだけ。

ニワカを指摘されると顔真っ赤にしてルールブックの知識(インフィールドフライとか)をひけらかしてくる。

でも経験者ならわかると思うけど、何かスポーツをやる上で最初にすることは、ルールブックを読むんじゃなくて、実際にやってみることでしょ。

田舎臭い東京コンプ

なんJでは猛虎弁と呼ばれる似非大阪弁を使ってる人が多くて、最初大阪バカにしてるだけだと思っていた。

しかし、全国に散らばるプロ野球のチームのそれぞれのファンがいて、関西九州東北北海道などの田舎の人たちの比率が高い。

今時「アンチ巨人」が当たり前で、巨人馬鹿にするスレッド結構立つ。(嫌いな球団は?「巨人」とかおまけの中身~とか。)

巨人ファンなんJバカにされるのが嫌だから基本的に別のコミュニティで実況してる。

から田舎者だらけになってしまう。

地方TV局の実況スレが伸びたりしてついていけない。

アニメオタク

アニメ野球水と油のように思えるけど結構相性がいいらしい。

アニメ実況スレ野球実況と同じくらい勢いがある。

アニメオタク野球ファン、別の人なのでは?と思ってID検索してみたが、野球アニメも両方実況していた。

①と合わせると野球経験アニメオタク2ch野球知識をひけらかすという構図がわかる。

2ch代表を自負している

なんJ民は「なんJであること」に対してプライドを持っているらしく、

書き込み数が2chの中で一番なことを根拠に、「2ch代表」だと勝手に思い込んでる。

⑤「なんJ語」と呼ばれる「VIP語」のパクリなようなものをよく使う

「ンゴwwww」とか「~な模様」とか、正直言ってあまり面白くないワードを使ってレスをする。

使わないと「お客さんか?」と呼び、排他性を見せる時がある。

こういうのは2000年代の中盤頃に流行った「VIP語」(ニュース速報VIP板の言葉)に近いものがあるが、

なんJ民たちは自分たちオリジナルだと勘違いしている。

ツイッターネットなんJ語を流行らせたワイたちはすごい」と思っている。

自称フィジカルエリートが多い

高校時代、50m5秒だった」とか、「ベンチプレス100kg余裕」とか、

そういう類のレス自分フィジカルエリート(肉体的に優れる者)だと自慢するレスが多い

でも50m5秒ってウサインボルトより早いし、ベンチ100kgは調べる限りではかなり難しいように見える。

自分の肉体的なコンプレックスの裏返しなのかも。

まとめブログが大嫌い

「~した結果ww」とかまとめブログっぽいスレが立つと、「アフィ」と連呼してスレを荒らそうとする。

なんJ民は「ワイの面白いレスをまとめて金稼ぐのは許さん」という器の小さい人が多い。

でも大体そういう人のレスはまとめられなかったりする。つまらないから

MLBは不人気

世界で一番レベルが高い野球リーグアメリカMLBだけど、意外とそのスレは伸びない。

MLB時間的に早朝や午前中に試合をしていることが多いけど、平日ならともかく、休日でもスレが伸びない。

同じアメスポでもバスケファンはNBLよりNBAアメフトファンはNFLを見ることが多いと思うが、

なぜかなんJ民はMLBを見ようとしない。

野球自体が好きなんじゃなくて、ただのナショナリズムローカリズム地方主義)でプロ野球見てるだけ。

オラが村のチームが~、の感覚

低学歴

なんJには数年間もの嫌がらせをされているコテハンがいる。

その人の学歴は国●舘大でとても高学歴といえる大学ではないが、

なぜかその学歴に対して異様に敵愾心を燃やして攻撃してるなんJ民が多い。

なんJ民がそのコテハンの周辺人物に嫌がらせをして逮捕されたことがあり、

その犯人は岡●県の20歳派遣社員だったり、17歳で無職高校すら出てない)だったり、低学歴が多くて学歴コンプがすごい。

⑩意外と年齢層が高い

なんJ中高生の板と言われるほどの幼稚っぷりだが、

確かに中高生も書き込んで自分語り身バレすることがある。

でも実際にはそういう中高生は少数派で、20代30代の「おっさん」が多い。

なぜならプロ野球自体が中高年向けのおっさんが見るスポーツなっちゃっていて、

1020代からは人気がほとんどない。

プロ野球テレビ放送されなくなったのが当たり前だし、もう若い人は全然見なくなってしまった。

洋楽スレ」とか「アニメスレ」でも20代後半、30代前半と思われるバンド作品の話で盛り上がってることが多く、

中高生になりすますオッサンの集団」という実態なのがなんJ

ダメ人間の集まり

なんJでは「童貞スレや「底辺スレがかなり伸びて、完走(1000レス到達)することも珍しくはない。

勝ち組」を自称することが多いなんJ民も、ふと現実に帰るとそういったスレ愚痴をこぼしたくなるようだ。

オワコン2ch象徴

かつてネットで隆盛を築いた2chだが、もうそれは10年以上前の話になり、現在凋落してしまった。

mixiツイッターフェイスブックなど実名他人コミュニケーションするメディアが台頭すると、匿名メディアユーザーは「自分を出せない負け犬」扱いされ、

ネット社会の隅へ隅へ追いやられてしまった。

そして現在2chで最大勢力を誇るのがなんJであり、そのなんJこそオワコン2ch象徴なのである

おわり。

2015-12-07

過激な言動は世の中を変えない

最近特にこれ思うんだ。思い込みかもしれないけど。

ぱっと見では刺激的だから人によく伝わるような気がするんだけど、実は過激な言動って「元々その考えに近い人」にしか届いてない。

政治的な対立なんかで例えると分かりやすいけど、明らかに右派な人の言葉右派だけに、左派言葉左派だけに染みこんでる。

男女平等とか資本家 vs 労働者とか・・・世の中の勢力が衝突する全ての争いはほぼ同じような動きしてるよね。

自分の敵を派手にこき下ろしたりすれば歓迎する層は確かにいたり、面白がって見る人はいるけど、結局沈黙を守ってる多数の人間は「極端過ぎる」って冷ややかな目で見ちゃう

その言動は「一番心を動かしてもらいたい最大多数の中間層に全く届いてない」ってことなんだ。

自分と似た勢力を増やしていけばいつか世の中変わる」

「大きな波を起こせはそれは隅々まで伝わって世の中を変える」

なんて言いたくなるかもだけど。

過激な言動は同時に反発を持つものも増やして育てちゃうんだよな。だから必ず反動勢力が生まれてくるものなんだよね。

そして左右の両端で罵り合いを続けていて、中間層はそんなことが起きていることすら知らなかったりする。

水桶を左右に傾ければ波が起きて桶のフチを叩くけど、真ん中付近の水は全然動いてないみたいに。

例えば現政権はまあ右派資本家だったり高齢者だったりに手厚い方向の政権だけど、そういう時代に今まで無かった若年層で構成された左派SEALDsってものが出現したのはそこそこ興味深いよ。

米国でも対外的弱腰と言われたオバマ政権の後に、外に対して攻撃的なトランプが出てきて支持を集めてるってのも興味深い。

で、長い目で見れば過激な勢力とその反対勢力で釣り合いが取れて潰し合って、結局「アレコレ潰しあったのに、何もしなかった時と結果が変わらない・・・全体として悪くなってるかも?」ってことが当たり前に起きる。そりゃそうよね、自分の敵を叩くことに必死になりすぎて、足元が見えなくなってるんだから

巨人アンチ巨人、なんかそういう勢力争いが面白いんだろ視聴率も取れるし過激に振る舞って当たり前なんだよ! みたいなこと言ってたら気がついたらそれ以前の問題として野球人気に陰りが、みたいな。

かつて国を挙げて戦争に全部突っ込んだ日本が、その後長年に渡って酷い厭戦気分に支配されて、また最近揺り戻しが来て、よーしこれからだって思ってたら高齢化日本自体が弱体化してた、みたいな。

まあ過激な言動を繰り広げる人達も、それぞれ理由もあるだろうけどもうちょっと煮詰まらずに視野を広げてくれればなあ・・・って思ったりする。

もちろんテロ頻発みたいな大きな流れがあればまた話は変わるんだけど、それも時とともに元の場所へ帰ってくる・・・というか、世の中の中間層は結局元のフワフワしたどっち付かずの状態に戻ってる。

こういう傾向は日本みたいなある程度の自由保証された国とかで恐らく顕著で、偏りは自動修正される傾向があると思ってる。

買われすぎた株が売られるみたいに。売られすぎた株が買い戻されるように。

それでも世の中は変わっていくけど、そのハンドルを握っているのは・・・天秤のどちらにも冷ややかな視線を送っている最大勢力の中間層なんだよね。

例えばさ、盤石だと思われた自民党リーマンショックから不況中間層からの支持を失って、あっという間に民主党政権誕生したとかその例かなあ?

この時だって当然「民主やめとけあり得ない」的なことを過激発言してた層はいただろうけど、結果をみれば、過激な言動は中間層には影響を与えてないし、意外なほどに強固な地盤も無いってことが分かる。偏りを頑なに持っている人は想像以上に少ないってことなんだよな。つまりフラフラしてる人が本当に多くて、平気で右側に左側にも傾いちゃう

まあ政治ではまた自民党政権に戻った訳だけど、それは過激な言動で自民を支持した人達がいたからではなくて、言うなればそもそも売られすぎた自民株を買い戻す動きが出たってこと。単に力が無かった民主株が買われすぎた、とも言えるけど。

つまるところ自然な成り行きによって選挙の結果が動いただけで、過激意見には実は全く力がなかったと思う。過激さは熱狂的なファンはつくけど極論に耳をかさない人も増え、反対派も増え、短期的、局所的には何かを生み出すかも知れないけど長期的に見ると世の中それを力にはピクリとも動かないという。

戦略的勝利 > 戦術的勝利 みたいなもんだと思う。

じゃあ世の中を動かすための言動って何かって話になるけど、それは恐らく「地味で目立たなくて波風立てにくい意見の積み重ね」なんだろうと思う。派手さとか目立つとか極論とかは逆に邪魔なんだと思う。本人は満足かもだけど。

わあ、いかにも日本的。でもその「いかにも日本的」ってところとても大事で、だからこそ沢山の人にジワジワ染みこむのよ。ダシが大根に染みてくみたいに、弱火で煮込むのが何よりも早いのよ。

強火だと焦げるのは当たり前のことだと思うんだけど、過激な言動で世の中変えたるって思ってる人はガンガン燃やして短時間ゴミ作るのよ。過激な言動が起こした大きな波は揺り戻しで生まれた波と衝突して消えて、残るのは元からあった長く続くようなゆったりした波なのよ。

この増田ではわかり易さから政治で例えたけど、もう実際なんでもそうよ? なんか揉めてるツイートのまとめとか読むとさ、過激なこと言って何か叩いたりしてるツイートとかに何を感じるか、って言えば分かる?

日々に埋没し派手な主張もせず黙々と生きている皆様。世の中を変えてやる!みたいな信念も目的意識もなくても自信を持って今日暮らしを歩いて行って欲しい。今までと同じようにあっちこっちキョロキョロして、おっかなびっくりハンドルを握り続けて欲しい。この世界を変えながら前に進めているのは、間違いなくあなたたちだから




追記:

c_shiika 反論するのがめんどくさいから、とりあえず増田には中公新書の「パレスチナ」をおすすめしておこう。あれは過激な言動が作り上げた地獄だぜ

正直読み手いたことにも、はてブコメントがついたことも驚いてる。

面白そうな本を教えてくれてありがとう。読んでみるよ。でもそれタイトルからして非常に特別場所局所的だし、間違ってもある程度の自由保証されている国だとも思えないなあ。そうだな、先進国、あるいは日本の中だけに限ってくれると言いたいことが伝わるかも。

2015-11-08

野球ってよくわからんスポーツだよね?

たいていの球技って敵と正面からかい合って、

敵陣を突破してゴールを目指すか、敵からきたボールをきちんと相手方に返すか、

どっちかじゃん?

バスケだってサッカーだってテニスだってハンドボールだって卓球だって

ラクロスだってホッケーだってバレーボールだって、そう。

ラグビールールがよくわからん」って言われるけど、

敵を突破してゴールを入れるかトライすりゃ得点なんだってのは、見てりゃ分かると思う。

ゴルフはまたちょっと違うけど、「早く穴に入れりゃ勝ち」だから分かりやすい。

その点、野球って、目的が「球技」じゃないじゃん。

ベースに走者出して、生還させるってさあ。


あと、ピッチャーとそれ以外の野手負担が、あれだけ差があるのも何なの?って思う。

守備ったって、ピッチャーもの凄かったら、あとキャッチャーが球を受けるだけで、

7人は立ってるだけでも、いいんでしょ?

なんか、チームプレイってより、「それぞれが、文句わずに黙って自分の持ち場をこなしとけよ」感が強い気がする。

ルールもなんだか、理不尽っていうか、「なぜそうなの?」が、腑に落ちない。

あんな複雑なルールを、大多数の日本人が分かってるって、

なんか不思議

そりゃ、世界的に普及なんかしねえよなって思う。

実際、学生時代野球をよく知らない留学生

ルール説明しようとしてあきらめたことがあるしな。

昔、務めてた会社だと、オヤジの相手をしなきゃいけないことが多くて。

「ひいきの野球チーム」の一つも持ってないと、話が弾まなかったのが、正直苦痛だったなあ。

仕方ないので「アンチ巨人なんでぇ、巨人が負けていれば気分がいいですぅ」とか言って切り抜けてたけど。

不思議なもんで、巨人ファンオヤジは、案外、アンチ巨人相手にしてご機嫌だったりするんだよね。

まあ、自分が、昭和時代から、「少年野球より少年サッカーのほうがカッコイイ」という雰囲気が強かったという

日本としては、特殊地域に育ったからかもしれないけれど、

いまだに野球って、よくわからん

2015-05-23

新聞を生まれて初めて取った

就活生ではない。就活は十数年前に終わっている。

きっかけはめんどうなエピソードで、割愛しまくると「テレビを見ないと情報源が枯渇するから新聞をとろう」だ。

まだほんの数ヵ月しか読んでないので正直つらい。

家に帰ってテレビ見ながら酒のほそ道読んでるほうが俄然楽だった。

情報収集方法はいろいろあるし一長一短、帯に短し襷に長しで、

ネット…興味のあること以外見ないし流れていくが情報が速い。ただし多くのウソ主観・偏りがありそれも醍醐味子供には麻薬。大人には煙草のようなもの

テレビ…興味があって分かりたい情報もあちらの速度で流される。自己管理不可能。ただし映像編集で誰が見ても分かりやすい。速度は落ちるが情報質量が高い。

新聞…興味があることと無いことが入り交じっていて、ただ自分のペースで読める。興味のあることには時間を掛けられるし難しい話でも読み返して納得ができる。興味のないこともふと目に入り逆にいい知識や刺激をもらえる。ただし読むのがめんどくさすぎてツラい。ツラい。

とにかく新聞マイナスはめんどうでツラいこと。

あとゴミが出るし。

ツラいけど、新聞を読み出して確実に知識は広がった。

ネットの偏りがち主観大きめ、を解消してくれた。

ネット新聞は苦味と甘味、酸味とコク、みたいに相反してかつ相性がいいみたい。

新聞をとって良かったなってのがおおよその感想だが失敗したのは読売新聞にしたことだけだな。

読売テレビ面白い番組多いって理由で決めたけど、私よくよく思えばアンチ巨人だった。

スポーツ面地味にウザい。あと巨人自分お金が入ってると思うと腹立つ。

2014-10-12

楽天監督にまた巨人OBかよ

俺も観戦ボイコットしようかと思う今日この頃

アンチ巨人ファンのみなさまは如何お過ごしでしょうか

2013-05-04

結局

今、この国に「右翼」っていないよな。

少なくとも表立っては。

ネトウヨ」とか呼ばれちゃってる人らも含めて、あれは単に「アンチ左翼」なだけで、右翼でもなんでもない。

しろアンチ巨人もファンのうち」的な視点から見れば同じ左翼カテゴリーしかないっていう。

もちろん本物の右派右翼もちゃんといるんだろうが……そういう人らってどこで何してるんだろ。

ついぞ見かけない。

2013-05-02

http://anond.hatelabo.jp/20130501200747

自分自身に感動が無いから、政治スポーツ勝敗みたいな他人の感動に自分を重ねてすがるようになるんだよ。

解決策はリア充になること。

もしくはすがるにしてもスポーツみたいな自己嫌悪が伴わない健全ものにすがること。

阪神ファンになるのはいいけどアンチ巨人になったらダメってことね。

2009-11-08

野球って

ほんと影薄くなったな

もはやアンチ巨人もあまり聞かなくなった

アンチするほど影響力もない

2009-11-07

讀賣日本一

讀賣」って、古き良きアンチ巨人の、巨人の表現だな。懐かしい。あとは「虚塵」とか。

2009-10-12

日本の進むべきは、緩慢な荒廃への道「友愛社会」ではなく、「ルサンチマンからの脱却 」をした、自立した個人が生き生きと活躍する活発な社会

<
    ルサンチマン【ressentiment】(フランス)
    〔専門〕 哲 ニーチェの用語。

    被支配者あるいは弱者が、支配者や強者への憎悪やねたみを内心にため込んでいること。
    この心理のうえに成り立つのが愛とか同情といった奴隷道徳であるという。怨恨。

    *     *     *     *

結局私が何を語りたかったのか‥‥という答えが見つかった。結局わが友ニーチェが同じことを語っていたので、ああ、やっぱり実存主義者はそれを教えてもらわなくても同じところに到達するんだなあって思った。

私が云いたいのは、ルサンチマンから脱却なのだ。
私がどうしても好きになれないタイプ人間というのは、このルサンチマンに支配されている人たちなのだ。

そもそもどこからこの言葉にたどり着いたのか、それは『ロッキー・ザ・ファイナル』を見てからなのだ。
考えた、“なんで『ロッキー』は好きなのに、その後のロッキーシリーズはそれほど好きになれないんだろう‥‥?”
考えたあげく見つけた答えが「<悔しさ>がないから」だ‥‥。主人公の悔しさもそうなのかもしれないが、それ以上時作り手に悔しさ、シルベスタ・スタローンが全然売れなくって世間に認めてもらえなかった下積み時代の悔しさ。それが多分『ロッキー』からはにじみ出てたのだと思う。 その後は『ロッキー』のパターンだけが一人歩きしてしまったのだと‥‥と自分は結論づけた。
で、じゃあこの「悔しさ」っていうのは英語のどの単語にあたるんだろう‥‥と調べてみた。

ある出来事が悔しい場合は That's mortifying, That's vexing,That's regrettable...
自分が悔しいと思う場合は I'm frustrated, I'm shagrined, I regret...
でも、どれもいまいち違うような気がする。で、あっちこっち類語を探していたら ressentiment に出くわした。“これだ!!”と思った。

人の心の中にはルサンチマンが必ずある。そのルサンチマンを描いたくれる作品には親近感/臨場感を覚える。誰の心のなかにもある醜い部分だからだろう。
そして『ロッキー』はルサンチマンからの脱却を見せてくれた映画だということなのだ。
ロッキー・ザ・ファイナル』においても燃える台詞がある。

「 誰かを指差して、あいつのせいで俺たちが不幸なんだって言い訳はするな!」

ルサンチマンとは一言でいうなら<強者に対するひがみ>なのだ。強者が没落することを祈っているのである。
弱者にとって強者はそれだけで脅威なのだ。それだけで十分恨む理由になる。60年代には学生運動が吹き荒れた。権威あるもの、地からあるものをとにかく否定したい、アメリカン・ニューシネマと呼ばれるものもこの軸線上にある。だから私は大嫌いだったのだ。
その昔(いまもあるかもしれないが)アンチ巨人という言葉があった。これもルサンチマンから発生する言葉なのだ。私がアンチ巨人人間は嫌いだったのだ。

では何故、人はルサンチマンに犯されてしまうのか?
これはひとえに自分の弱さを認めたくない虚栄心から発生する。どんなに自分弱者だと認識しても出来れば真剣にそれを認識したくないのである。そのために別の理由を言い訳にして、それに一生懸命になることで、自分の弱さの認識から逃避するのである。たとえば靖国参拝問題

ルサンチマンに心を犯される人はこう考える。
もし自分戦争にいったら、怖くて何も出来ないだろう。みっともない自分をさらけ出してしまう。自分の弱さをさらけ出してしまう。それだけは絶対さけなければいけない。
そうだ、戦争に行くということ自体をなくせばいいんだ。その可能性をなくするのがが一番だ。
自衛隊海外派遣はけしから! ゆくゆく自分徴兵されるようになったらどうなるんだ! 惨めな自分をさらけだしてしまう。
靖国問題、そんなには自衛隊海外派遣につながる可能性がある。自分徴兵されたらどうするだ! 惨めな自分をさらけだしてしまう。
さあ、反対する理由をさがそう、宗教から引用しようか、それもと国連憲章か、いやいや小学校の時の◯◯先生言葉あった、
いや、それよりもさらに弱者をさがそう。戦争になって被害をつけるのはつねに弱者である。かれらを守るために戦争はすべきではない。
おお、なんだか調子がでてきたぞ。そうか、たしかにこれは良い考えだ、自分より弱いものを見つけてそれを守る言い訳にすれば、
自分の弱ささえも認識しないですむ。自分のほうが役立つ強者でいられる。自分の臆病さを忘れられる。
おお、なんとすばらしい、一石二鳥とはこのことだ。
でも、反対理由だけ言ってたら、臆病者の自分がばれてしまう、ここはひとつ賛成する理由も出しておいて公平性をアピールしておこう。
そうだ、pro & con 議論だ。それで自分プライドをなんとか整えて、それから反対すればいい!!
ディベートではこの pro & con システムがよく使われる。
<有利な点>&<不利な点>を出して、どっちが妥当か考えようという論法なのだ(私はこれが大嫌い)。

  こうしてルサンチマンに犯される人は、その思考の過程で、反対者となる決定権をもつ者=強者を憎むようになり、ルサンチマンに犯されてゆくのである。

すべての根源は自分の弱部認識なのだろう。
それを認識した瞬間同時に「自分の弱さを認めたくない!」って衝動にかられる。
そうなると認めないための理屈付けを脳みそが要求する。 言い訳として発生するのが、弱いもの探し→博愛思想。 しかし、権力のあるものによって構築された社会システムはこれを許さないんだ。 これを許されなければ、自分の弱さを認めるしかなくなる。

徴兵されて、「ぼく行きたくないよ~~~」ってその場にすわりこんで泣き喚が、憲兵たちによって自分大衆に面前を引きずられていくはめになる、そんな惨めな自分をさらけだしてしまう。ガラスプライドが卵のようにクシャってつぶされる。どうしても人を入れたくない自分の心の便所なのに、それを人目にさらされられてしまう。

それをどうしても阻みたい、そして、それを強制してくる権力=力のあるものが憎い。 その強者に対する憎しみを「ルサンチマン」と云う。
そしてルサンチマンに犯された人は、自分にのしかかる不安を、自分世界を支配する強者のせいだとし、強者であるものをねたみ、それを憎み、ついには<強さ>自体を否定するにいたる。
遠い昔、確かに持っていた一番純粋自分<弱いままの自分じゃ嫌だ!強くなりたい!と欲する自分>を徐々に撲殺していくのである。

●脱ルサンチマンを果たしす人はどう考えるのか。
もし自分戦争にいったら、怖くて何も出来ないだろう。みっともない自分をさらけ出してしまう。自分の弱さをさらけ出してしまう。それだけは絶対さけなければいけない。
そうか、簡単だ。自分が弱いのだから、強くなればいいんだ。
強くなるにはどうすればいいのだろう? 簡単だ! トレーニングだ。
取り返しの出来る範囲で何度も何度も失敗を繰り返しながら、失敗しない自分をすこ少しずつ築き上げていけばいい。
そのためのトレーニング舞台はどこにしよう‥‥。
<注意>私はなんでもかんでも派兵賛成といっているのではない。取り返しの出来る範囲で何度も何度も失敗を繰り返しながら、失敗しない自分をすこ少しずつ築き上げていくため、にどれくらいがライン適切なのかを判断することが大切‥‥と思っている 。

そうやって少しずつ、日本という国が世界で働ける力を獲得していければよいな‥‥と。
ルサンチマンを果たした人には、pro & con 議論は無縁なのだ。やるべきことが決まっているのなら、有利な点は良い点であり、不利な点は克服すべき点であるので、これもまた問題とはならない
どんなに強くなろうともルサンチマンは誰の心にも在るののである。決してなくならないのだ。だからきちんと自分の弱さとルサンチマンの存在を認めよう。そしてその自分の弱さと戦おう

釈迦様は生まれたときに云ったらしい。
天上天下唯我独尊』=天と地の間において、何より尊いものはただ一つ、我である!と。

自分が救うべきは、どっかのクジラでも、トキでも、戦場で死んでいってる誰かでもなくて、
いつも今の自分に満足できてない、劣等感を感じてやまない自分自身だ
と。ここに答えを見いだそうしなければ、いつまでたっても弱いもの探しを続け、いつも真実に目をそらして生きていくようになる。そしてそのことに自分自身がそれに気づかないように、自分に必死に嘘をつきつづなければならない。それは自分自身にとって無礼だ。

この日本がなぜ、明治維新以降急成長を遂げたのか‥‥、それは多分日本という国民性においてルサンチマン率が低かったのだろうと思う。強きものを素直に尊べる純粋な心が日本の文化武士道のなかにあったのだと思う。
我々の社会は、やはり強者のためのルールで基本的に出来ている。どんなに弱者のためのルールに憧れても、心のどこかでそれを否定している自分たちがいる。たぶんルサンチマンがもつ毒性を我々の魂が知っているのだ。

確かに弱者のためのルール採用すれば一時的には心地の良い社会が国内に得られるかもしれないが、それでは競争力が奪われ、気がついたときには周辺祖国においていかれてしまい、相対的に国全体が衰弱してしまう
だから我々は強者のためのルール採用し、弱者を強化する方向性で社会を構築されているのだろう。

ルサンチマン - Wikipedia
敵との対比(実際の敵であることもあれば空想上の敵であることもある)において自己定義しようとする様々なイデオロギーである。
このようなイデオロギーでは敵(すなわち自分が無力である原因)が悪の元凶扱いされ、反対に、道徳的に優れているのは自分だとされる。
彼らは悪人だ、従ってわれわれは善人だ、というわけである。
あるいはまた、世界はどうしようもなく悪によって支配されている。したがってわれわれのほうが世界より優れている、ともなる。
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2007-04-28

湯船につかりながら

ぼんやり愛国心について考えていた。

愛国心とは何ぞや。いや、わからん。

でも、プロ野球サッカーのファン心理みたいなもんかなぁ、という考えがぷかぷか浮かんできた。

贔屓の球団落ち目だったりすると「あー、だめだだめだ」なんて言ったりするし、実際本気でダメだと思ってたりするんだけど、そこには愛があるんだよね。

いや、まぁそれは一つの形であって。

いろんな形があるわけですよ。

全選手の個別の応援歌を歌詞カードなしで完璧に歌える人もいるけど、歌を知らなきゃファンじゃないってわけじゃないわけで。

内野でゆっくりビール飲みながら見るってのもなかなかいいですよ。みたいな。

対戦相手の選手の超絶好プレーに「チクショウやられた」とただ悔しがったり「おーいいもん見れた」とただ喜んだり、まぁいろいろだけど、おなじ一塁側にいるよね、みたいな。

なんか違うような気もするけど。

まぁ、日本人アメリカに対する感情ってのはアンチ巨人巨人に対する感情と一緒なんですよ。とかいうとこれはなんか全然違う。嫌いだ嫌いだといいつつも毎日試合経過を気にしてたりして、実は愛情の裏返しなんだよね、とか嫌いだけど無かったら成り立たないんだからしかたねぇ、とか。なんか似てるようなきがしないではないけど多分違う。

そうじゃなくて。

アンチ巨人っていったっていろいろだよね。

のぼせた。

 
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