はてなキーワード: リーズとは
我々取材班は、未だはてな原住民の勢力下にあるという増田村に潜入取材を試みた。
現地のガイド犬(スコティッシュ・テリア)に案内され、増田村との接触に成功した取材班。
いきなり村の入口の異様な光景に驚かされる。
村の入口に並んでいたのは無数の頭蓋骨であった。
ガイド犬「ああ、これは別の増田村の村民たちの骨ですね。彼らは年中同族同士で殺し合ってるんです」
取材班「明らかに増田ではない骨格の頭蓋骨もいくつかありますが……」
ガイド犬「(直接質問には答えず)安心してください。我々は敵ではない、と先方に伝えてありますから」
ガイド犬の口調は力強かったが、未開人の野蛮な風習を見せつけられたショックは大きい。
取材班「こんな文明から隔絶した、恐ろしい土地が現代インターネットにも存在したなんて……」
インターネットの闇は深い。
随分、興奮しているようだ。
ガイド犬「大丈夫です。あれは、彼らの言葉で『あなたに会えたことを神に感謝します』と言っていて、まあ定形の挨拶みたいなものです。我々は歓迎されてますよ。ほら、見てください」
犬が鼻で示した先には、煮えたぎる巨大な鍋が。
中身は排泄物のような色合いの液体で満たされており、ちらほらと魚の頭?のようなものが突き出している。
増田たちはそのシチューのような何かを木製の器によそうと、満面の笑みで我々に差し出してきた。
取材班「我々に食べろ、と?」
ガイド犬「これはサバカレーといって、増田族に伝わる神撰のひとつです。外部の人間とこれをわかちあうことで、永遠の友情を築けると彼らは信じています。ヤクザの盃とおなじですね。友好の証ですよ。ぜひ、いただきなさい。おいしいですよ」
サバカレーはぬちゃぬちゃして、とても苦く、お世辞にもおいしいとはいえなかった。
が、せっかくのおもてなしを無下にはできない。彼らの機嫌をそこねたら、魚の次にシチューの材料にされるのは我々だ。
我々は無心でサバカレーを口の中へかきこんだ。
取材班「ごちそうさまです……」
二時間後、悪戦苦闘の末、我々はサバカレーを完食した。地獄のような二時間であった。しばらく茶色い食べ物は焼きたてのパンでも食べたくない気分だ。
増田たちは、戦後直後の占領米軍兵にチョコを乞う浮浪児たちのごとく、一斉に両手を我々に向けてつきだしてきた。
ご馳走の見返りをよこせということだろうか?
ガイド犬 「ああ、ブックマークを欲しがってるんですよ。彼らは。くれておやりなさい。減るもんでもないでしょう」
ガイド犬「は?」
ガイド犬の目つきが明らかに豹変した。
ガイド犬「そんなことも知らないで……増田村までやってきたんですか!?」
増田たちの「ブクマ!ブクマ!」の大合唱がどんどん強まっていく。
ガイド犬は増田村の村長に向かって、あわてて何事を申し立てた。
増田村長はガイド犬と二言三言、短い会話を交わしたのち、ベニヤ板の床をドン、とひとつきし、増田たちを黙らせた。
増田村長の大喝に、一旦はクールダウンしたかに見えた増田たちもふたたび狂騒を取り戻す。
増田たち「ゴジョカイ! スイヨービ! ノーブクマ! スイヨービ!」
ガイド犬「まずいな……」
ガイド犬はそれには答えず、こちらへ憐れむような一瞥を投げかけたと思うと軽やかに身を翻し、青二才のごとく狂騒の村長宅から逃走した。
われわれを置き去りにして。
増田たち「ゴジョカイ! スイヨービ! ノーブクマ! スイヨービ!」
増田たち「ゴジョカイ! ダップン! ノーブクマ! ゲリピー!」
我々を輪のように取り囲み、じりじりとにじり寄ってくる増田たち。
その目はどれも尋常ではない光を帯びている。
命乞いは、無駄であろう。
取材班「なんてことだ――増田村に、はてな原住民にさえ近づかなければこんなことには――」
後悔してももう遅い。
おそらく明日には我々の真新しい頭蓋骨が、増田村の入り口に並ぶことだろう。
ちなみに、本作で一番株を上げたキャラはにこだろう。
彼女は出番こそ決して多くなかったものの、登場するたび印象的なセリフや立ち回りを披露し、それを中の人であるそらまる氏が完璧に演じきっていて素晴らしかった。
特に5話の「アイドルっていうのは~」というセリフ、12話の「あんた、それ本気で言ってるの?」から始まって激昂するシーン、いずれも本作屈指の名場面である。
結果として、気難しいところもあるけどそれ以上に可愛いところもいっぱいあって、実は1年生組と一番仲が良くて(面倒見の良さを想像させる)、そしてアイドルに対する強い想いが芯にあってと、これでファンが増えないわけがない。
アニメ以前2010~2012年の矢澤にこがどれだけ可愛くて個性と魅力を両立させていて強く期待を背負ったキャラだったかを知っているとなかなか上記のようには思いがたい。むしろアニメ化の被害者という印象の方が強い。
これが曲者で「印象的」と曖昧な言い方で誤魔化してはいるが、印象的なだけならアニメ前のにこも十分に印象的なセリフばかり残している。むしろアニメ前のキャラクターの方が印象的かつアイドルらしく可愛いセリフや立ち回りが多い。
アニメ前の設定を馬鹿にする新参系や流され系のファン(実質アンチ)もアニメ前の矢澤にこについては「キャラのクセが強い」、「キャラがキツイ」とよく言っている。クセが強い、キツイというのは個性の強烈さの言い換えとも言える。つまりアニメ前の方が印象的なキャラであることを認めているようなものでもある。
アニメ前や原案作成者の公野櫻子系作品の矢澤にこは常に理想のアイドルになろうとしていた存在だった。キャラ作りではなかった。キャラ作りだとしてもプライベートでもその作ったキャラのまま振る舞うキャラクターだった。
その姿勢はアイドル活動に疎い他のメンバーからも尊敬され、一目置かれている描写も多々あった。そのにこのキャラクター性には(公野媒体のギャグ度が弱い)海未ですら翻弄される描写もある。
アニメ版の矢澤にこは花陽と絵里以外には基本的にいつも馬鹿にされている。意識だけ高い振りするウザい奴という扱いのクズである。
一方でアニメ版も印象的なキャラではあったが、良い意味で印象的だったのは最終話付近で穂乃果に檄を飛ばす所くらいであり、寒い天丼ギャグ扱いのために花田十輝が拵えた改悪キャラクターとしての役回りが中心である。
それでも、最終話付近は穂乃果をはじめとした周囲のメンバーが腑抜けていたのと対照的にアイドル活動への熱意と執念を見せるセリフや行動で株は上がっていたのは確かである。
ただ、アニメ以前と比べたら少なくとも株は上がっていない。アニメ1期直後に新規投票者が増えたことで人気投票の度合が増した総選挙の順位も下位を低迷し、最後にようやく自己最低タイの5位に滑り込んだ形であったことからも、1期終盤の展開もあまりカバーする効果がなかったことが明らかになった。
その他、各種ネット媒体での評判を見てもアニメ以降、矢澤にこ=クズ、馬鹿、無能といった印象ばかりが定着してしまい、矢澤にこはアニメで最も株を下げたキャラクターであるというのは当時を多少知る人なら分かるはずであるし、それを認める書き込みや同情の風潮も1期から2期の途中までは他のキャラよりは多く存在していた。
実際にアニメ以後、矢澤にこといえばクズというような扱いのネタ系のスレッドや書き込みが増えて定着していった。
また、そこにアニメ制作側の悪意に近いものが存在していることも、その後の2期で海外ドラマglee盗作問題が浮上した際、glee元ネタ回の損な役回りをことごとく矢澤にこに当てていた所からうかがえる。2期4話や6話は脚本プロットもgleeの元ネタ回に近いが、2期4話の元ネタではにこに当たるキャラは最終的に同情を買うキャラでマイナスイメージは無いストーリーになっているが、ラブライブ2期4話ではフォローがなくただの痛い奴という扱いのまま、メンバーのご厚意で許されたようなギャグキャラ的扱いの流れで終わってしまう。最後のソロライブすらライブシーンはなく終了。6話でも元ネタ同様の憎まれ口を言わせる役をわざわざにこに当ててしまっている。
ただ1シーンならそういうシーンとして認められるだろうが、元からいちいち頭や性格の悪い発言をさせる役をことごとく矢澤にこに当ててきた上でまた駄目押しのようにそのようなセリフを与えたことで呆れたファンも少なくなかったようであり、そこでは既に盲目信者の割合が増えていた当時のラブライバーでも流石に疑問を抱いた者が多かった。それが後のglee盗作疑惑の発覚にもつながったかもしれない。
しかし、この記事の筆者に限らず2期以降はまともなファンが見限って消えた影響もあるのか、ラブライブファンの中心は感覚と思考が麻痺したファンばかりになってしまったようである。
2期途中まではアニメ制作の矢澤にこの扱いを特に問題視したり、かつてのファンに同情したりするファンが結構いたのだが、段々とそういうファンがいなくなり、たまに内容に踏み込んだ批判をする人が現れても、「アニメの被害者は目に見えて出番が少なく映像付きセンター曲もない海未と花陽だ」とか、むしろ「出番は多いが変な行動ばかり描かれた穂乃果が被害者」だとか、
基本的には即時的で短絡的な感情からの物言いをするファンが多く、1期から2期途中まで比較的多かったアニメ化の被害者の代表格が矢澤にこという意見は殆ど見当たらなくなってしまった。
もしかすると、アニメラブライブにおける矢澤にこの描写の問題点を指摘しようとする際、どうしても「アニメラブライブのキャラクター描写や脚本がgleeの盗作ネタがあり、その影響でキャラクター改変を受け、損な設定や役回りを与えられたのが矢澤にこ」
という事実にぶつかってしまい、彼らがなんだかんだいっても大好きなアニメラブライブという作品の根本部分を痛烈に批判・否定しなければならなくなるから避けているのでは、と邪推してみたくなるほどである。
ラブライバーは騒動が段々と大きくなるにつれて当初は問題視していたファンも割と存在していたのにパクライブことglee盗作疑惑の件には頑なに口を閉ざし、批判者を雑に馬鹿にして精神的安定を図るのみで、その問題についてはまともに語ろうとしない所からも本能的に避けるようになった節がある。
スクフェスを制作しているKlabがgleeでスクフェスみたいなゲームを作ったから円満解決とか考えるアホらしい解釈もあるようだが、そういう簡単な問題ではない。仮に盗作が許されたとしてもそれでOKという表面的な話ではないのだが、やはり作品の内容については愛しておらず、ラブライバーをやっている自分の地位だけが大事と噂されるラブライバーという人種はその地位さえ守られたら安堵できてしまうものなのだろうか。
1期の後は、この記事の筆者も実力を懐疑的に見ている花田十輝氏によるキャラクター大改悪により、
人気はあるようだが、大半はチビロリ黒髪ツインテールという記号としての見た目と声優で見ているのが大半であることは、彼らに好きな所を聞くと2期以降の話が殆ど出て来ないことから明らかである。
実際は上に述べた見た目や声優のことだけが好きな理由であり、1期で少しだけ見せた良い所を拠り所に、好きな所を聞かれたらそれを答えておくという状態だろう。
それはそういうものとしていいとは思うが、それで出来上がった人気を根拠に、人気が出たのだからキャラクター改変は成功や正解というのは通らない。
そんな記号や声優という要素さえあればいいならアニメ以前のまま変更する必要は皆無だった。作品内人気の面では今以上に定評があった。
徳井青空は大半が新人若手で構成されていたラブライブ!の中でも早い段階でキャラクターに適応した演技を見せていた。
ニコ生内で、自分で考えてキャラクターのセリフを演じるコーナーでも他の声優より抜きん出て台詞考案と演技が上手かったし、アニメ以前の矢澤にこのキャラクターをよく理解していた。
それもあって作品としては黎明期であった当時の矢澤にこの人気と評価は高く、作品の今後を背負う大きな存在として期待されていただけに勿体なく残念である。
電撃ラブライブ!3学期の花田十輝氏もこの記事の筆者と同様にアニメのそらまるの演技を評価しつつ、徳井青空のおかげであの改変したキャラ設定がものになったみたいなことを言っていたが、徳井青空の演技力を過小評価している。アニメ版矢澤にこを見てアニメ版ミルキィホームズのネロの延長線上でああいうキャラ付けにされたような印象を感じた人は当時多かったと思うが、徳井青空はもっと他の演技もできる声優だと自ら矢澤にこを演じて証明していたのに何故あんな薄く浅いキャラクターに改悪してしまったのか、とても悲しいし悔しい。
ラブライブ!のアニメシリーズというのは結局の所、京極尚彦氏と花田十輝氏のストーリーやキャラクター描写を行う上での無能さを知らしめるための作品でしかなかったし、その最大の被害者は矢澤にこだった。
ジョン・ヴァーリイには〈ガイア〉三部作というのがあるが、『ティーターン』『ウィザード』に続く完結編 Demon だけが未邦訳となっている。
2004年に2chスレッドで匿名の有志がその概要を日本語でupしていた。すでに消失しているが、当時保存してあったものを最近発掘したので、そのテキストを基に修正・編集・再構成したものをここに置いておく。
残念なことに話の途中で終わっている。ということで原書で読んだ人は続きプリーズ。
なお〈ガイア〉三部作については、以下にある堺三保氏の解説を参照のこと。
《ガイア》三部作に見られるヴァーリイのテーマ性|堺 三保|note
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冒頭、ガイアで「伏魔殿」(ハリウッドみたいな映画都市……だと思う)の建設が始まる。ガイア名物の便利生物がセットを組み立て、ボレックスだのアリフレックスだのパナフレックスだののカメラ生物、フィルムを現像するディレクター生物とかが登場し、準備が整ったところにガイア本人登場。身長15メートルのマリリン・モンローの姿で現れる。
地球では第五次世界大戦が勃発する。コンピュータのプログラミングミスから始まったそれは、全世界を巻き込んでパイ投げみたいなしっちゃかめっちゃかの大戦争に発展する。主要都市は次々と蒸発し瓦礫の山となる。放射能は向こう800年くらいなくならない。
さて、戦争が始まって間もない頃、カナダにコナル・レイというマンガとホッケーとボディビルにしか興味の無いお馬鹿な男が居た。彼は元「リングマスター」乗員、ジーンの曾孫だった。それを知ったコナルはガイアに旅立つ。
ガイアでシロッコを見つけた彼は、いきなり「ジーンの仇うちに来た、あんたを殺す」とぶちかます。シロッコはティーターニスの協力を得て彼を縛り上げ、自分の隠れ家に連れて行く。
(あれ? ジーンって、『ウィザード』の時点で生きてなかったっけ? キャビーがジーンを拷問したとは言っていたけど、シロッコのせいで死んだんだっけ? と思ってたら)
コナルは「ガイアのウィザード」というマンガを持ってきていた。それは実に酷い代物で、シロッコの冒険を歪曲して猥雑な物語に仕上げたものだった。それによるとシロッコとギャビーとジーンは三角関係。しかもガイアからウィザードになるよう持ちかけられたのはジーンだったのに、シロッコがジーンを殺してその地位を奪い取ったということになっていた。コナルはそのマンガを丸々信じ込んでいたのだ。
シロッコは一旦コナルを殺そうと考えたが、コナルはシロッコに一生従属することを誓って死を免れる。
ガイアは壊滅状態の地球に救難船を送った。難民はガイアに押し寄せ居留地を作る。人間の居留地ベリンツォーナ、そこは人間の悪徳を寄せ集めたような無法の町になる。それこそガイアの望んだことだった。数年後。ロッキーというティーターニスがベリンツォーナを訪れる。ロッキーはコナルと落ち合い、ベリンツォーナにある「自由婦人」地区に向かう。
ちなみにコナルはシロッコに対する必からの忠誠を抱いている。コナルが命乞いをし時に、彼は一生シロッコの奴隷となると誓ったが、シロッコはそれはあまりに酷な誓約だと思い契約は3年間限定にしようとした。コナルは20年と主張し、結局5年間で決着した。しかしコナル自身はシロッコに一生仕えるつもりだった。
「自由婦人」地区では頭を剃ったシロッコが待っていた。シロッコの頭にはスパイ生物が埋め込まれおり、ロッキーはシロッコに脳手術を施すためにやっててきたのだ。なんとか手術は成功し、スパイ生物は取り除かれ、箱に閉じ込められた。そのころ「伏魔殿」で2本立てを見ていたガイアは突如として怒り狂った。
地球の戦争は終わろうとしていた。平和が訪れたとか休戦協定が結ばれたとかではなく、戦争を続けられる人間がもう残っていないからだ。地球自体が終わるうとしていた。軌道上のコロニーは地球を見捨てて様々な場所に移動していった。火星、金星、木星の軌道上、さらに外宇宙に向かうものもあった。
ガイアへの難民は増え続けた。難民がまず訪れるのはベリンツォーナの隣町ポータルだった。ベリンツォーナと同じく無法の町であり、流入する難民を身ぐるみ剥ごうとする悪党が待ち構えている。
コナルはその町に度々訪れ、ある活動を行っていた。言ってみれば「闇の始末人」みたいなもの(らしい)で、町のギャングだの強盗だのスリだの人攫いなどを闇から闇へ葬るというものだった(いささか乱暴に思えるが、ガイアの難民都市には警察も監獄も無い。量刑というのがありえないのだと説明されている)。或いは負傷した人を治療師のもとに運んだりもしていた。
さて、今日も今日とてコナルはポータルをうろついていたのだが、そこで新たな来訪者を見つけた。着の身着のままで、やってくる難民が多い中、彼らは裕福に見え沢山の荷物を携えていた。しかも女性2人組である。格好の餌食だ。女たちは瞬く聞にジャッカルの群れに固まれる。
ジャッカルの一人が包みを奪って逃げた。それが、女二人の連れていた赤ん坊だと気付いたコナルは誘拐犯を追う。暴徒に固まれた女二人を助けるのは無理だと判断し、せめて赤ん坊だけでも助けようと考えたのだ。
誘拐犯を捕らえて殺し、赤ん坊を取り戻したコナルが道を引き返し、元の場所に戻ると女たちはまだ殺されていなかった。それどころか襲撃者たちを迎え撃っていた。すさまじい勢いで死体の山を築いている。
赤ん坊を返そうにも近づくことすら出来ないと思ったコナルはセルパンというティーターニスに会い、出来事を説明する。セルパンは女たちを知っていると言う。「額に目の刺青があっただろう?」ティーターニスの加勢でコナルは騒ぎを鎮め、女二人に赤ん坊を渡す。
そのころシロッコはガイアを徒歩で旅していた。ポイペーの「コングマウンテン」でシロッコはコングが死んでいるのを見つける。死体をアイアンマスターが解体している現場で、はぐれポレックスからフィルムを奪う。どうやらそのフィルムにはコングがなぜ死体になったのか、その経過が記録されているようだ。
旅を続けるシロッコはティーテュースでギャビーの幽霊に会い、魔女団のロビンがガイアを訪れたことを知らされる。コナルが彼女をシロッコのもとに連れてくるという。
ガイアをほぼ半周して、シロッコが行き着いた先は「タキシードジャンクション」(この名前はジャズの有名な場所らしい)という、クリスが取り仕切るツリーハウスだった。
シロッコの到着から少し遅れて、「タキシードジャンクション」に人間とティーターニスの一行が到着する。ティーターニスのロッキ一、ヴ、アリーハ、セルパン、人間はコナル、ロビン、ノヴァ、赤ん坊のアダム。ノヴァとアダムはロビンの娘と息子(!)だ。ノヴァは母親に対して何やら欝屈した感情を抱いているようだ。
シロッコとクリスは一行を出迎える。ロビンはクリスの変貌に驚く。『ウィザード』以降、彼の外見はかなり変わっている。下半身は毛むくじゃらで、尻尾まで生えている。彼はティーターニスへの変身を望んだのだ。
ロビンはシロッコに今までの経過を語る。ロビンは『ウィザード』の後、ガイアを去り魔女団に戻った。故郷で彼女はスーパーヒーローとして祭り上げられる。
彼女は妊娠した。ガイアから戻って一年以上経っており、女ばかりの「魔女団J で妊娠するはずが無いにもかかわらず、である。そのとき生まれたのがノヴァで、奇跡はロビンを、魔女団の中でますます高い地位に押し上げた。しかしその18年後、また彼女は原因不明の妊娠を経験する。そして生まれたのはアダム、魔女団には存在してはならないはずの「男」だった。
そして成長したノヴァの外見的特徴は、明白に彼らがクリスの子供であると告げていた。もちろんこれはガイアの悪趣味な冗談だ。シロッコも同じことをされたことがあった(あのとき、もうそんなことしないって言っていたのにガイア……)。
ノヴァの欝屈はそのためだった。聖人であったはずの母親がおぞましい「男」を産み、故郷を追われたのだ。「魔女団」は外宇宙に旅立ち、ロビンたちはガイアに来た。
ロビンとシロッコが話していた頃、クリスは物置からプロジェクターを引っ張り出していた。シロッコがポイペーから持ち帰ったフィルムを見るためだ。
フィルムがプロジェクターにかけられ、一同はコングの末路を目撃する。身長15メートルの巨大な女がコングと格闘し、しかも瀕死のコングを強姦していた。巨大女は勿論ガイアだ。フィルムの最後で、ガイアは何かを産み出したようだ。
ガイアは自分が産んだ「ラクダ」に満足していた。「ラクダ」は死んでいたが、それを元に何か面白いものが作れそうだった。材料を漉過器に放り込み、本日の上映『アラビアのロレンス』を見ながらガイアは辛抱強く出来上がるのを待った。
ガイアに造反して、不老不死治療を受けられなくなったはずなのに、シロッコの見た目はロビンより若いくらいだ。なぜかというとその原因は「ジャンクション」の近くにある鉱泉の効果らしい。シロッコはロビンをその鉱泉に連れて行き、疲れた肉体を若返らせる。
鉱泉に連れて行ったのは若返りのためだけではない。シロッコはロビンに催眠術をかけた。ガイアの策略を探るためだ。ロビンの二人の子供に対し、ガイアは何をしたのか? ロビンの過去の記憶を探るとともに、シロッコは「何か」に尋問する。(何に尋問していたのか。「私のデーモン」と、シロッコは言う。おそらくガイアのスパイ生物だろうと推測される)
それによると、出生がガイアの手によるものであるのは確かだが、幸い、特に有害な処置は
されていないようだ。ひとまず安堵するシロッコ。
さてここで、ルーサーという名のゾンビが登場(ゲーリー・クーパーのキャラをモデルに作られたゾンビ? らしいのだが、ここらへんどうも、映画を元ネタにしていると思われる固有名詞が多くて、はっきり分からなかったです……)。墓地から死体を漁ってゾンビに変え、自分の部下にしている。
ルーサーはペリンの「自由婦人」地区を襲う。彼は神(もちろんガイア)の命を受け、ある子供たちを捜しているようだ。子供たちが「タキシードジャンクション」にいるという啓示を授かり、彼は一路「ジャンクション」を目指す。カーリに先を越されないことを願いながら。
シロッコはロビンをクリスに委ね、浜辺に一休みしに行った。そこでギャビーの幽霊に会い、幸せな夢を見る。目覚めた彼女は不穏な臭いを察知する。
ノヴァは悩んでいた。クリスとロピンが戻ってきて、母親が美しく若返っているのを見ても彼女の心は晴れない。台所でいくつかのハーブを手に入れると、部屋に篭って一生懸命に怪しげなものを作りはじめた。どうやらそれは恋の娼薬らしい。ノヴァはシロッコに恋をしてしまったのだ。作った薬をシロッコの部屋に仕込んだり、入念にメイクをしたり、やっぱり全部落としたりする。恋に悩むノヴァ。
This must be love; what else could hurt so much?
ロビンを鉱泉から連れ帰ったクリス。彼はロビンに対し、子供の父親としての権利を主張する。母親としての自分に疑問を感じるのかと尋ねるロビンに、彼は説明する。ティーターニスに変身しつつある彼は、人間としての絆を欲しがっているのだ。ロビンは彼の思いを理解し、申し出を受け入れる。二人はいい雰囲気。そこに突然誰かの悲鳴が届く。
そのころロッキーとヴァリーハは畑を耕していた。クリスのツリーハウスに滞在することに対する返礼だ。彼らは義理堅いのである。二人は労働で汗をかいた後、後部セックスで楽しく汗をかいたりする。
ロッキーはヴァリーハに恋をしていた。エオリアン・ソ口があまり好きではないロッキーは、ヴァリーハがエオリアン・ソロだということで、躊躇ったりもするが、恋は止められない。
ロッキーはヴァリーハに「シャープド・リディアントリオ」を提案する。(注1)ヴァリーハが提案を受け、セルパンに相談しようと話していたそのとき、当のセルパンが現れた。しかし、明るい家族計画を話す間もなく、3人は空気の中に何かを嘆ぎ取った。
「ゾンビだ! 」
異変を察知した彼らは「ジャンクション」に駆け戻る。
コナルはアダムの子守をしていた。ティーターニスの卵で遊ぶアダムはご機嫌だ。コナルはついついノヴァに思いを馳せてしまう。彼はノヴァに恋をしていた(コナル、お前もか……ここらの場面、登場人物は揃って頭の中がピンク色です)。
ノヴァは彼を憎んでいるように思えたが、最初の頃、コナルはあまり気にしていなかった。なぜならノヴァは周囲の全てを憎んでいるように見えたからだ。しかし次第にノヴァの中で自分は特別なのではないかと思い始める。特別に忌み嫌われているのではないかと。ガラガラヘビか、ロリペドか、梅毒持ち並に。しかしやっぱり恋は止められない。
埒も無く彼女とのキスを夢想していたそのとき、コナルはノヴァの恐ろしい悲鳴を聞く。ゾンビがノヴァを襲ってきた。ノヴァを守ろうと飛び込んできたコナルをぶちのめし、弾丸を撃ち込んでも襲ってくるゾンビ。手当たり次第に物を投げつけているうちに、何かが致命傷になり、ゾンビは倒れた。
ノヴァを襲ったゾンビは撃退できたが、コナルが目を放した隙に、別のゾンビがアダムを誘拐する。シロッコたちは誘拐ゾンビを追跡するが、そのとき天使が空から現れる。目と鼻の先でアダムは攫われ、天使は西の空に飛ぴ去った。
少し遅れてルーサーがジャンクションに到着する。ノヴァを襲い、アダムを誘拐したゾンビはルーサーではなくカーリの一隊だった。カーリは暴力と破壊の化身で、4本の腕を持っている。ルーサーと力一リは反目しあっているようだ。激しく罵りあう両名。ルーサーはカーリの奴隷を、カーリはルーサーの従者を殺す。
アダムが誘拐された。事態は一刻を争う。シロッコは即座に指揮をとった。まず、何がゾンビに致命傷を与えたのか? ノヴァは自分が最後に投げたのが、シロッコのために作った「恋の娼薬Jだったことを思い出す。
アダム救出とゾンビ対策のため、シロッコは矢継ぎ早に命令を下す。ヴァリーハはペリンツォーナに向かい、ティーターニスを召集する。ロッキーはジャンクションに残る。セルパンは陸路で西に向かう。人間は飛行機で天使を追う。それぞれ無線で連絡を取り合うこと。
行動に移ろうとしたそのとき、シロッコは、アダムが遊んでいたティーターニスの卵に気付く。それは透明に変化しかけていた。
人間5人は格納庫に向かい、2機の軽飛行機を発進させる。一つにはコナルとノヴァ、もう一つにシロッコ、クリス、ロビンが搭乗した。
西に向かう飛行機の中、シロッコは瓶の中から「デーモン」を取り出した。シロッコの頭の中に埋め込まれていたスパイ生物だ。2本の足を持った蛇みたいな生き物で、口があり喋ることができる。ご丁寧に性別まであり、一応オスだ。
「90年の間、こいつは私の頭の中を犯し続けていたの」
シロッコは彼をスニッチ(こそ泥?)と呼んでいる。スニッチはガイアの手先だが、重度のアル中なので、酒を餌に情報を得ることができるのだ。シロッコはスニッチが指し示した地点を目指す。
さて、もう一つの飛行機に乗っているコナルとノヴァだが、問題が起きた。シロッコから防弾スーツを着用するように言われたノヴァが、コナルの目の前で服を脱ぎだしたのだ。慌てるコナル。コナルはノヴァに惚れているし、そんなことをされると困ってしまうと言う。ノヴァはコナルの心情を理解できない。そもそもノヴァは「男」を人間とみなしたことがなかった。二人の聞に誇いが起こるが、コナルは懸命に説明し、ノヴァは理解しようと努める。
「傷付けるつもりじゃなかったのj
「それは分かってる」
「……私、また間違ったことを言ったのかしら』
こんな感じながら、それなりに相互理解した二人。かなりいい雰囲気。(注2)
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注1:「シャープド・リディアントリオ」とは、ロッキーが前父と後母を兼ね、ヴァリーハが前母、セルパンが後父となる組み合わせ。ロッキーとヴァリーハが前部セックスをしてヴァリーハが卵を産み、セルパンとロッキーが後部セックスをしてその卵をロッキーの子宮で育てる……ああ、ややこしい。
注2:というか、二人の会話が可愛いので、へっぽこですが訳してみました。
「君は僕に嫌悪感を感じるんだろう?」
「あなたを傷付けたくないわ」
「正直に言ってくれた方がいい」
「そうね、毛深すぎるし、顎はざらざらしていてキスをしたら痛そうだわ。腕や足は……おかしい。それって地球の女たちには魅力的なのかしら」
「どうだろう」
「あなたは私に魅力を感じるの?」
「魅力的どころか。失神しそうだ。君ほど美しい女性は見たことが無い」
シャープがFoxconnに買収される方向になることが決まりつつある。
現時点では両社の交渉は延期だが、
最終的にはFoxconnに買収されることを私は支持している。
日本の社会全体で見ると、産業革新機構がシャープを買収して欲しいという論調だ。
エルピーダーメモリーの時、産業革新機構が出資したが、破綻した。
そもそも、コモディティ化が著しいメモリーに、日の丸だからというだけで
コモディティ化した製品なので、為替による影響が大きい製品なのに。
私も愛国者であるので、日の丸企業にシャープを買収して欲しいと思う。
だが、産業革新機構だったら、Foxconnのテリー・ゴウ氏に買収してもらう方がいい。
または、日の丸企業だったら日本電産のCEOなどハングリー精神を持っているところがよい。
日本電産のCEOもFoxconnのCEOも一代で大企業を作り上げたたたき上げだ。
一方シャープや産業革新機構のCEOは社内政治でCEOになったのだろう。
たしか、2000年前半あたりだろうか、シャープとサムスンが訴訟合戦となった。
シャープにとって不条理な訴訟にも関わらず勝ちに拘らないで、和解した。
これを見て、この会社先がないと感じた。
私は、数年前台湾にある、とあるグローバル企業の日本法人とプロジェクトを一緒に行った。
グローバルで活躍する台湾企業には、今の日本企業にはないコスト感覚がある。
なぜこのコストなのか細かくリーズニングが徹底的に要求される。
ただ、グローバルでみるとどうだ。
正当な主張をしない株主は正しいのか?
シャープを見ればなにか見えてこないだろうか。
「これからはすべての入口となるテレビが重要なのでテレビに力をいれる」
といっていたが、この昭和時代のパラダイム・先見性のなさをみて
株主は黙っていたのだろうか。
みなさんはどう感じられたか。
円の面積は
半径×半径×円周率
で求めることができる。
半径2cmの円の面積を計算してみよう。
円周率は無理数なので、無限に桁があるから、数値計算をするときには筆算だけするというわけにはいかない。
よっていくつかの工夫を用いる。
a.)円周率π=3.1415926535…を用いて計算する。実際はできないが、できるとする。今回はエクセルのPI関数を用いて計算したもので代用した。これを真の値とよぶことにする。
b.)円周率を3.14として計算する。筆算などを行う。これを小学校計算とよぶことにする。
c.)円周率を有効数字3桁の概数3.14として計算する。bの計算結果を有効数字3桁の概数で表せばよい。これを概数計算とよぶことにする。
結果は以下のようになる。半径が2cmのとき、半径×半径は2×2=4である。
a.)4×3.1415926535…=12.56637061…
このときbとaの差は
12.56-12.56637061…=-0.00637061…
cとaの差は
となる。
概数計算の結果12.6よりも、小学校計算の結果12.56の方が真の値12.56637061…に近い。
今度は半径19cmの円の面積を計算してみよう。
a.)361×3.1415926535…=1134.114948…
今度は差をとらなくても、小学校計算の結果が概数計算の答えより真の値に近いことがわかるだろう。
エクセルで他の数についても調べてみよう。
自然数n | a.)πn | b.)3.14n | c.)有効数字3桁の概数 | d.)bとaの差 | e.)cとaの差 | f.)eとdの絶対値の差 |
1 | 3.141592654 | 3.14 | 3.14 | -0.001592654 | -0.001592654 | 0 |
2 | 6.283185307 | 6.28 | 6.28 | -0.003185307 | -0.003185307 | 0 |
3 | 9.424777961 | 9.42 | 9.42 | -0.004777961 | -0.004777961 | 0 |
4 | 12.56637061 | 12.56 | 12.6 | -0.006370614 | 0.033629386 | 0.027258771 |
5 | 15.70796327 | 15.7 | 15.7 | -0.007963268 | -0.007963268 | 1.77636E-15 |
6 | 18.84955592 | 18.84 | 18.8 | -0.009555922 | -0.049555922 | 0.04 |
7 | 21.99114858 | 21.98 | 22 | -0.011148575 | 0.008851425 | -0.00229715 |
8 | 25.13274123 | 25.12 | 25.1 | -0.012741229 | -0.032741229 | 0.02 |
9 | 28.27433388 | 28.26 | 28.3 | -0.014333882 | 0.025666118 | 0.011332235 |
10 | 31.41592654 | 31.4 | 31.4 | -0.015926536 | -0.015926536 | 3.55271E-15 |
11 | 34.55751919 | 34.54 | 34.5 | -0.017519189 | -0.057519189 | 0.04 |
12 | 37.69911184 | 37.68 | 37.7 | -0.019111843 | 0.000888157 | -0.018223686 |
13 | 40.8407045 | 40.82 | 40.8 | -0.020704497 | -0.040704497 | 0.02 |
14 | 43.98229715 | 43.96 | 44 | -0.02229715 | 0.01770285 | -0.004594301 |
15 | 47.1238898 | 47.1 | 47.1 | -0.023889804 | -0.023889804 | 0 |
16 | 50.26548246 | 50.24 | 50.2 | -0.025482457 | -0.065482457 | 0.04 |
17 | 53.40707511 | 53.38 | 53.4 | -0.027075111 | -0.007075111 | -0.02 |
18 | 56.54866776 | 56.52 | 56.5 | -0.028667765 | -0.048667765 | 0.02 |
19 | 59.69026042 | 59.66 | 59.7 | -0.030260418 | 0.009739582 | -0.020520836 |
20 | 62.83185307 | 62.8 | 62.8 | -0.031853072 | -0.031853072 | 7.10543E-15 |
21 | 65.97344573 | 65.94 | 65.9 | -0.033445725 | -0.073445725 | 0.04 |
22 | 69.11503838 | 69.08 | 69.1 | -0.035038379 | -0.015038379 | -0.02 |
23 | 72.25663103 | 72.22 | 72.2 | -0.036631033 | -0.056631033 | 0.02 |
24 | 75.39822369 | 75.36 | 75.4 | -0.038223686 | 0.001776314 | -0.036447372 |
25 | 78.53981634 | 78.5 | 78.5 | -0.03981634 | -0.03981634 | 0 |
26 | 81.68140899 | 81.64 | 81.6 | -0.041408993 | -0.081408993 | 0.04 |
27 | 84.82300165 | 84.78 | 84.8 | -0.043001647 | -0.023001647 | -0.02 |
28 | 87.9645943 | 87.92 | 87.9 | -0.044594301 | -0.064594301 | 0.02 |
29 | 91.10618695 | 91.06 | 91.1 | -0.046186954 | -0.006186954 | -0.04 |
30 | 94.24777961 | 94.2 | 94.2 | -0.047779608 | -0.047779608 | 0 |
115 | 361.2831552 | 361.1 | 361 | -0.183155163 | -0.283155163 | 0.1 |
116 | 364.4247478 | 364.24 | 364 | -0.184747816 | -0.424747816 | 0.24 |
117 | 367.5663405 | 367.38 | 367 | -0.18634047 | -0.56634047 | 0.38 |
118 | 370.7079331 | 370.52 | 371 | -0.187933124 | 0.292066876 | 0.104133753 |
119 | 373.8495258 | 373.66 | 374 | -0.189525777 | 0.150474223 | -0.039051554 |
120 | 376.9911184 | 376.8 | 377 | -0.191118431 | 0.008881569 | -0.182236862 |
121 | 380.1327111 | 379.94 | 380 | -0.192711084 | -0.132711084 | -0.06 |
122 | 383.2743037 | 383.08 | 383 | -0.194303738 | -0.274303738 | 0.08 |
123 | 386.4158964 | 386.22 | 386 | -0.195896392 | -0.415896392 | 0.22 |
124 | 389.557489 | 389.36 | 389 | -0.197489045 | -0.557489045 | 0.36 |
以上の表は
http://tetsu23.my.land.to/table.htm
を利用してコピペした。
=A2*PI()
=A2*3.14
=C2-B2
確かにn=121においては、概数計算の結果380の方が小学校計算の結果379.94よりも真の値380.1327111…に近い。
ところが次のn=122の場合では小学校計算の結果の方が概数計算の結果よりも真の値383.2743037…に近い。
表の右端の列でbとaの差、cとaの差の絶対値の大きさを比較をしている。すなわち、bとc2つの計算結果の真の値との距離の差をとっている。
よって、右端の列の値が正のときのnにおいて、小学校計算の方が概数計算より真の値に近い、精確な答えを出せることになる。
小学校計算の方が概数計算より精確な答えを出せるnとそうでないnは、どちらの方が多いだろうか?
概数と定数値を同一に扱って真の値との距離を比較しているからだ。
概数とは、ある点からの触れ幅を定義しているものであり、あるxの値がa≦x<bにあるということを言っているに過ぎない。
すなわち、n=121において121πが有効数字3桁の概数で380というのは
であるということを言っているにすぎない。
したがって、筆算の末に半径11cmの円を「379.94です!」と笑顔で言った子どもがいるのなら、
ちゃんと範囲内におさまる値を計算できた事をほめてやらねばならない。
ならば同時に380も380.1327111も正解とせよというのは一理ある。
ただし、これは面積の値をある精確さで以って求めよという問題に答えた場合であって、121×3.14の筆算の結果を380とした子どもには計算が間違えっているとして×を与えなければならない。
まとめると、
「半径11cmの円の面積を380㎠とした方が380.1327111…㎠により近い値であるから、答えを379.94㎠とするのは誤りである」という議論はなりたたない。
有効数字3桁の概数で計算した379.94という結果は、上から4桁目、5桁目が信頼のおけない数字であるという状態のものであるだけで、値の精確さ、すなわち真の値との距離の近さ競うものではない(上の表をみよ)。
信頼のおけない部分を丸めた数値である380の方が、よりおおまかに信頼がおける数値だというだけである。
なおn=300あたりから計算結果が4桁になり、1の位がまるめられるので、概数と真の値の差はより大きく感じられるようになってしまう。
エクセルをおもちならやってみてほしい。
間違ってるところがあったらプリーズテルミー。
質問「渋谷系ってどんな音楽なの?」
回答「渋谷系とはムーヴメントであり、音楽のジャンルを示したものではない」
Wikipediaによれば、「東京・渋谷(渋谷区宇田川町界隈)を発信地として1990年代に流行した日本のポピュラー音楽(J-POP)の一部の傾向を分類化したものである」とのこと。
代表にフリッパーズギターやピチカートファイヴ、オリジナル・ラヴなど。流行は90年代後半には終息していったといわれている。
渋谷のCDショップを中心に発信された流行(ムーヴメント)を表す言葉として用いられたのが始まりらしいが具体的な起源はよくわかっていない。
ミスチルやスピッツも渋谷系として扱われたこともあったらしい。
こんなに曖昧でよくわからない渋谷系だが、本来は流行そのものを類型化したものであり、特定の音楽ジャンルを指したものではなかったという認識は間違っていないだろう。
2016年現在、「渋谷系っぽい」という感覚は一定数の人間の共通の認識として共有されているように感じられる。
しかも、渋谷系というワードを好意的に使っているのは、なぜか渋谷系ムーヴメントを経験していない20代以下の若者たちが多いようなのである。
あくまで自分の観測範囲での話だが、確実に若者にとっての「渋谷系音楽」というものが存在するのだ。
お笑いでいえば「エンタ芸人」「レッドカーペット芸人」「あらびき芸人」みたいなもので、そういった括りはお笑いのジャンルではないのだけれども、
「エンタ芸人っぽい」という感覚はなんとなくであるが存在する。
あるいはビートたけしの「ダンカンこの野郎!」のようなものかもしれない。
*
あるいは、なぜムーヴメントから20年経った今でも渋谷系という言葉が使われるのか。
これは個人的な考えだが、それは「渋谷系以降の音楽が渋谷系の文脈で語られ過ぎた」ことに起因していると思う。
音楽は語られることで歴史となる。
当たり前の話だが、語られなかった音楽は音楽史に残らない。
渋谷系があまりにも語り手によって評価されたために、その後の音楽にも渋谷系の文脈が用いられてしまった。
そして、「渋谷系の文脈で語られた渋谷系以降の音楽」(≒渋谷系フォロワー)が現在影響力を持つようになり、それらを語るときに、渋谷系という言葉を使わざるを得ない状態にあるのだ。
私の考えでは「渋谷系っぽい」音楽のイメージ形成に大きく影響を与えたのは、渋谷系の人物ではなく渋谷系以降の人物なのである。
さて、ここでは、広がっていった「渋谷系っぽい」という認識に対して「定義が曖昧だ」とか「間違ってるよ」といった指摘はしない。
ここでは、実際のところ若者たちはどんな音楽を「渋谷系っぽい」と思っているのかを、曖昧なワードらしく曖昧に書き連ねていく。
2012年3月、NHK-FMで「今日は一日“渋谷系”三昧」という番組が放送された。
渋谷系で10時間番組を持たすというだけでもNHKすごいなと思うのだが、この番組でのプレイリストが大変に興味深い。
フリッパーズギター、ピチカートファイヴなどの曲が多く流される中、ブームが終息した1990年代後半以降の曲もいくつか放送されている。
ROUND TABLE、Cymbals、カジヒデキ、Chocolat、Chappie、南波志帆などなど……
NHK-FM 今日は一日渋谷系三昧のプレイリストまとめ - NAVER まとめ
これらの音楽も広い意味では渋谷系と認識することができる(されている)ということなのだ。
注目したいのはカジヒデキ。
彼は「最後の渋谷系」「遅れてきた渋谷系」と評されることが多いが、彼は現在の渋谷系のイメージ形成においてかなり重要な位置を占めている。
なぜか。それは2008年の映画「デトロイト・メタル・シティ」に関わったことによるものである。
同名漫画が原作の実写映画で、渋谷系音楽を愛し、ポップミュージシャンとしてデビューするため上京した主人公が、なぜかデスメタルバンドとしてデビューし、しかもカリスマバンドとしてブレイクしてしまうというお話。
そして、映画において、主人公・根岸の歌う「甘い恋人」を作曲したのがカジヒデキなのである。
ある意味で作中における渋谷系の象徴となるこの曲は、視聴者に渋谷系のイメージを強く印象付けた(同時に公然猥褻カットも強く印象付けた)。
――「DMC」では、根岸君が思う「渋谷系=可愛くてポップ」という、かなり表面的なイメージで描かれていますよね。
「渋谷系=可愛くてポップ」という解釈はちょっと? だったりしますが、実際僕の歌詞もそう言う側面を持っているし
(中略)「可愛くてポップ」は渋谷系の要素としては小さいと思うんだけど、フォローアーにはそういう人が多いことを考えると、決して間違った解釈ではないんでしょうね(笑)。
さて、最近、「渋谷系」を前面に押し出した若手バンドが2つ現れた。
ひとつが「OK?NO!!」というバンドである(2015年に既に解散している)。
全員平成生まれの渋谷系宅録ユニット、OK?NO!!によるフル・アルバム。ポップだけど、どこか骨太で、ビートで踊れてパーティな新感覚ビートポップ・グループOK?NO!!。Cymbalsの影響を多分に受け、"Beat Your Cymbal!! Life is a party!!"を声高に叫びながら遂に全国リリース!
もうひとつがPOLLYANNAだ。
最新型渋谷系ポップバンド POLLYANNA / ポリアンナ
2014年6月に結成。都内を中心に活動中。
OK?NO!!にいたってはCymbalsの影響を公言しているし、POLLYANNAも「TAKE ME WITH OVERLAND」という曲を聴けばCymbalsの影響を受けたのだろうと推測できる。
(実際に影響を受けた旨の発言もある)
Cymbalsは渋谷系ムーヴメントより後に出てきたバンドである。
しかし、Wikipediaを見てみると「ポスト渋谷系」と表記されている。
当然、彼らは渋谷系アーティストの真似事をしていたバンドではない。
あえていえばThe Whoなどのブリティッシュロックの影響が強い。
にも拘らず彼らを表すときには「ポスト渋谷系」などといった言葉がどうしても付きまとう。
それ故に彼らを知った若い世代は彼らの音楽を渋谷系音楽だと認識するのだ。
Cymbalsの初期のバンドコンセプト「かわいくっていじわる、ただしパンク」を渋谷系を表す言葉として捉えている者もいるようだ。
元Cymbalsで現TWEEDEESの沖井礼二はあるインタビューで以下の発言をしている。
TWEEDEESのライブには、高校生のお客さんも来てくれます。で、彼らが何で僕の存在を知ったかというと、ゲームミュージックだったりするんです。北川くんの場合はアニメだったかな。若い方の中には、フリッパーズ・ギターやピチカート・ファイヴではなく、CymbalsやROUND TABLEを渋谷系だと思っている人もいるみたいで。そこは自分でもよくわからない感覚です。
沖井礼二と黒田隆憲が語る“ポップスの暴力性”とは?「気持ちいいところは過剰にした方がいい」|Real Sound|リアルサウンド
ゲームミュージックやアニメに触れて渋谷系を知る若者が多いようである。
Cymbalsの楽曲は「Rally」「Show Business」が版権曲として音ゲーに収録されていたし(音源は異なるが)、沖井礼二は「空への扉」「Break on Through」「Runnin' away」などの曲をpop'n musicに提供している。
音ゲーと渋谷系の関係については渋谷系のイメージ形成において重要な部分であると思うのだが、私では手に余る。
以下のブログの方が詳しいのでそちらを参照されたい。
ポスト渋谷系にみる、音ゲー楽曲と邦楽シーンの影響関係(前半) - ダストポップ
さて、ここでKONAMIによるWeb連動型音楽配信企画「ひなビタ♪」について触れておこう。
キャラクターによる楽曲をバックストーリーなどを含めて提供していくメディアミックス企画で、
多数の楽曲が音ゲーに収録されている。
その中には渋谷系音楽が好きなキャラクターも存在し、公式サイトでは「アキシブ系って何?」というコラムも掲載されていた。
そこにおいて渋谷系とはどんな音楽かの説明がされているので引用する。
アキバ系とシブヤ系は音楽のジャンルなんだけど、今だとちょっと古い言葉になるかもしれないめう。
アキバ系はキャラソンやアイドル、電波ソングといったキャラクター的な見せ方をする音楽めう。
めうは、もともとこの2つの文化には共通するものがあると見てるめう。
ぼーかるの声質に対するこだわり、夢見がちで妄想好きなところ、非日常を好むことなどめう。
お互い表現手法は全く違えど、感覚的には非常に近いものを持っていると思うめう。
他に2つを結ぶものに、ゲームがあるめう。
めう調査では、シブヤ系の人もアキバ系の人もゲームが大好きめう。
チップチューンという音楽はゲームのような音でシャレオツな曲を作っていたりするめう。
*
そう言えばさ、めうめう。
最近のアニメの主題歌とかって、シブヤ系の人達が曲を作っているのをよく見るよね?
まりり、いいところに目をつけためうっ!
その流れは今後もっとくると、めうは見てるめうっ!
アキシブ系とは一時期アニソン界隈で一部の人が用いていた言葉で、定着したとは言い難いが、Wikipediaに記事もあるため一定の影響力は持っていると考えられる。
また、上記のコラムにおいてアニメ主題歌を渋谷系の人たちが作っているという指摘があるが、渋谷系ムーヴメントで活躍した人物がアニメ主題歌を作った例というのはそんなに多くない
(ちびまる子ちゃんOP「ハミングがきこえる」、スクールランブルED「オンナのコ♡オトコのコ」など)。
ここでいう渋谷系とは、ほとんどがポスト渋谷系、つまり渋谷系以降の人物たちのことであろう。
「きんいろモザイク」のEDでは、90年代後半にQYPTHONEというバンドでデビューした中塚武による楽曲「Your voice」、「My Best Friends」が使用されているし、
「たまこまーけっと」のOP「ドラマチックマーケットライド」では元ラヴ・タンバリンズの宮川弾が編曲で関わっている。
また、ヒャダイン(前山田健一)も渋谷系音楽を好んでおり影響を受けているとされている。
さらに、アニメ主題歌において語らずにおけないのがROUND TABLEの北川勝利である。
Ninoをボーカルに迎えたROUND TABLE featuring Ninoとして多くのアニメ主題歌を手掛け、また坂本真綾、牧野由依、中島愛、やなぎなぎへの楽曲提供など、枚挙に暇がない。
(ここでフライングドッグというレーベルと渋谷系の関係なども語りたいところだが、とりとめもないので割愛する)参考:渋谷系と声優とレーベルの話 - AOI-CAT's diary
アキシブ系というワードが用いられるとき、必ずと言っていいほど北川勝利の手掛けた楽曲が挙げられる。
アニメ好きの中には北川勝利は渋谷系の中心人物であると認識している人も少なからずいる。
昨年放送されたアニメ「アイドルマスター シンデレラガールズ」はMONACAの田中秀和が音楽を手掛けているが、劇伴のテーマは「渋谷系」であったと明かされている。
最初にそういうオーダーがありました。もともと僕は「渋谷系」の音楽が好きで、90年代の渋谷系を参考にしましたが、当時の「渋谷系」は海外の古い音楽を参考にして作られていたり、Jポップに対するカウンターカルチャーのような捉え方をされていたりもしたので、そういう気持ちで作った感覚があります。
オーダーで「渋谷系」が出てくるあたり、音楽ジャンルとしての「渋谷系っぽさ」は既に確立したのかもしれない。
加えて「乙女感のあるサウンド」というディレクションもあったらしく、「渋谷系」と「乙女感」は結びつくものだという認識があるのだと捉えることができる。
以下のPVで流れるBGMを聴けば、彼なりの渋谷系の解釈が聴き取れるだろう。
(追記:サントラの試聴が始まってたのでいくつか貼っておく)
【楽曲試聴】「The Girls Etiquette (M22)」
【楽曲試聴】「The Dancing Glass Slippers (M25)」
少し時間が戻るが、2013年、アニメと渋谷系の繋がり、そして渋谷系イメージ形成において重要な役割をもたらしたと思われるアルバムが発売される。
総合プロデュースは北川勝利。そして参加するアーティストはカジヒデキ、沖井礼二、矢野博康、宮川弾、中塚武、ミト、神前暁、古川本舗、ドラムに宮田繁男、ギターに奥田健介など。
多くは渋谷系ムーヴメントが終息した後に出てきたアーティストである。
2nd、3rdアルバムになるにつれコンセプトは変わっていくが、この1stアルバムでは明確に渋谷系というコンセプトは存在していたようだ。
1枚目では、わりとわかりやすく「渋谷」というキーワードがあって、(後略)
花澤香菜×北川勝利が明かす、“極上のポップソング”の作り方「人生と音楽がより密接になってきた」|Real Sound|リアルサウンド
花澤香菜というボーカルとの相性とその完成度から評判になり、「渋谷系ポップス」としてリスナーに受け入れられた。
Amazonのレビューでも渋谷系について言及したものが見られる。Amazon.co.jp: 花澤香菜 : claire - ミュージック
花澤香菜の音楽は渋谷系だという語り口はネット上で多く散見される。花澤香菜 渋谷系 - Twitter検索
ここにきて、渋谷系ムーヴメント当事者ではないアーティストによって「渋谷系っぽい」音楽が一つの到達点に達したのである。
若者にとっての渋谷系とはこのアルバムだ、と大げさに言ってもいいのかもしれない。
また、この「claire」に加え、沖井礼二や末光篤、筒美京平などが参加した竹達彩奈「apple symphony」の2つに影響を受けたアイドルプロデューサーがいる。
でも今年に入って、大きな衝撃を受けた3枚のアルバムがありまして。
──全部挙げてもらってもいいですか?
connie NONA REEVESの「POP STATION」、花澤香菜さんの「claire」、竹達彩奈さんの「apple symphony」です。
Negiccoとは新潟県を拠点とする3人組アイドルユニットで、近年ではピチカート・ファイヴの小西康陽やオリジナル・ラブの田島貴男、ノーナ・リーヴスの西寺郷太、シンバルズの矢野博康などの楽曲提供を受けており、
花澤香菜と違い、渋谷系ムーヴメント当事者の参加もあり、これこそ渋谷系の正統だとみることもできるが、時期的には花澤香菜よりワンテンポ遅れての評価になっており、ポスト渋谷系と渋谷系の順番が逆になっているように見えるのが面白い。
さらに面白いのがノーナ・リーヴスで、花澤香菜やNegiccoの楽曲にメンバーが参加した影響からか、現在では彼らも渋谷系扱いされることがあるという点だ。
世代的にはROUND TABLEやCymbalsと同じ世代であるのだが(奥田健介はCymbalsのサポートメンバー)、
ノーナはマイケル・ジャクソンやプリンスの影響が色濃く、当時は彼らを渋谷系と評する人は少なかったはずだ。
しかし現在、「渋谷系っぽい」音楽に関わりを持つことで遡及的に渋谷系の枠に入ってしまうことがある。
また、アイドルといえば、沖井礼二がかつて手掛けたさくら学院バトン部のユニット「Twinklestars」も渋谷系と評されることがある。
矢野博康もNegiccoや夢みるアドレセンスの楽曲を手掛けており、アイドルファンには彼らを渋谷系アーティストだと思っている人も少なくない。
また、Perfumeから中田ヤスタカに遡ってcapsuleを知った者は、初期のピチカート・ファイヴを彷彿させる楽曲を聴いて「これが(ネオ)渋谷系」と認識するようである。
渋谷系以降のポップスが語られる際に「渋谷系を彷彿させる」などと表現されることで渋谷系のイメージは少しずつ形成されていった。
当時の渋谷系ムーヴメントにいたアーティストではなく、渋谷系の文脈で語られた音楽によってイメージが形成されたのである。
*
さて、ここまでとりとめもなく「渋谷系っぽい」音楽を追ってきたが、こういった曖昧な認識は今後も広がっていくのだろうか。
それは、アニメやアイドル、ゲームなどを通して渋谷系の種が既に播かれてしまったからである。
「渋谷系っぽい」音楽に触れた若者はその音楽を渋谷系であると認識する。その流れは、渋谷系に代わる便利なワードが出て来ない限りは続くのではなかろうか。
例として「アイカツ!」を挙げておこう。
「アイカツ!」とは女児向けアーケードゲーム及びそれを原作としたアニメであり、その楽曲は音楽の多様性やトレンドに非常に敏感であるとされている。
2013年には既に旬を迎えていたEDM・ダブステップを取り入れた曲をOPに起用しているし、他にもメタルやロカビリー、ディスコ、ジャズなどあらゆるジャンルを取り入れている。
その中にも、いわゆる「渋谷系っぽい」音楽というものが存在し、子供の世代にも渋谷系の種は既に播かれている。
アイカツ!ミュージックビデオ『恋するみたいなキャラメリゼ』をお届け♪
レトロクローバーということで、作曲編曲的にもレトロで可愛い方向性で作ってみました。渋谷系!お気に入りの1曲です…!
サビで5度が半音ずつ上がっていくコード進行にレトロ感を感じるのは僕だけでしょうか…?)^o^(— 石濱 翔(MONACA) (@MONACA_ishihama) 2015年5月28日
本来の「渋谷系」の意味するところから少しずつ意味合いは変化し、若者にとっての「渋谷系」は既に当時のムーヴメントであった「渋谷系」とは異なるところへ向かいつつある。
DMCにおいて強調された「渋谷系=可愛くてポップ」というイメージや、ひなビタ♪で紹介された「ちょっとシャレオツなカンジの雰囲気ポップス」というイメージが強くなっているようだ。
いまさらながらって感じがするけど、
リュックベッソンと言えば、
そう。
いまでこそバイオハザードシリーズでお馴染みの
ミラジョヴォヴィッチはとても有名だけど、
彼が彼女を見初めて出演した
あと、
お天気お姉さんルイーズブルゴワンは
話を戻すわね。
で、そういう
即見始めちゃったのよ!
演じる人が変わっても、
キャラは通して同じなので、
時間の尺的にも余裕があるのかしら?
キャラが栄えてて好きよ。
あら、
やめておくわね。
以上、
浜村淳でした!
サンドイッチにしちゃいました。
缶詰を使うときは、
シロップが甘いので
パイナップルとか桃缶とかね。
まあ、お好みで。
桃の甘さがほのかにするわ。
ヒューヒューとか言わないし。
すいすいすいようび~
今日も頑張ろう!
気軽にメッセージのやりとりができたりするなど、ある程度の仲であることが最低条件になります。
そもそも「出会いがない・友達のなり方がわからない」などは、今回対象外であり、
出会いや友達関係とは「自らの日常生活から作り出し・成り立つ」ものですので、そのあたりはご了承ください。
まずは、その女子と近況報告みたいな感じで、最近仕事で重要なプロジェクトを任されたりして、
楽しくてやりがいはあるけど、結構忙しくてしんどいよーとか連絡をとりあっておきます。
そして、1週間後くらいたった週末に、ちょっと仕事で落ち込んでしまった…という報告を手始めに
「ストレス解消につい…ピザ10人前頼んだった…」「食べるの手伝って…ヘルププリーズ!」
■ワンポイントアドバイス
女子から「大丈夫?」「ウケるー」「もったいなーい」など、それなりの返信が来たら、
「アイツはヤボ用でダメだった…」とか「なんかテキトーに飲み物もってきてくれると嬉しいー」など切り出して、
なんとかおウチに来させるよう頑張りましょう!
もちろん、お約束のように「変なことしない?」とか言う女子もいるので、
「友達関係が壊れるようなことはしないよっ」とか適当にかわしておきましょう。
■ワンポイントアドバイス
女子には、こちらからの押しで【仕方ないから行ってあげようかな…】という理由付けと、
【必要物資等で自己参加を促す】という構図が重要ポイントです。
見事おウチに招くことができて、チューハイ系の飲み物など酒類を持参してきたなら、
さあ!おウチで楽しく遊びつつ流れでイケるなら、それはそれでOKでココで完了となります。
そうでもない場合はひとつ、私がよく使う方法としては、「酔ったから、ちょいシャワー浴びてくるわ」と言ってその場を去り、
しばらくした後、パンツいっちょで、そーっと出てきて速攻で抱きつく手法です。
■ワンポイントアドバイス
このとき全裸で出るのは、かなりの確率で女子がひくと思うので絶対ダメです。
また抱きついた後、女子の体をまさぐるとかも禁止行為です。あくまで行動を遮るソフトな拘束であることがポイントです。
そして何より重要なのが、シャワー内で必ず歯を磨くなど、口臭対策をしておきましょう。
あと、だらしない体を披露するのも避けたいところです。 私は週2、3回ほど筋トレをやってますが、
それなりに引き締まった体にしておきましょう。
抱きついたあとは、もうふざけて楽しい感じで、「今めっちゃ恥ずかしいけどxxちゃん大好き」「いい匂いするなー」
「離れたら恥ずかしいやんかー」「目キレイ、吸い込まれそうー」とか言っちゃってアタック開始!
恥ずかしく馬鹿な行動をしてるのは僕なんですという構図が大切です。もう恥を楽しんで迫りましょう。
人間も所詮動物。オスがメスに寄り添いアピールする自然界の一場面のようなものです。
■ワンポイントアドバイス
このとき「一回だけヤラして!」「お願い!チュウだけ!」など、女子が冷めてしまう直接的な言葉は絶対禁止ワードです!
また、本当に嫌がってたら、素早くバックステップ&ジャンピングで土下座して「ごめんなさい」と真摯に謝りましょう。
恥ずかしい行動をしているのは自分で、あくまで責任は自分にあって、決して女子は悪くないという体裁にするのがポイントです。
最悪、友人関係はここで終了になるかもしれませんが、それはそれで諦めましょう。
女子が醸し出すいい感じの嫌がり具合になったら、ここでラストのトドメの一撃です。
「一緒にお風呂いこ」「洗いっこしよ」と告げたあと、トロン♪と潤んだ瞳を確認したら、優しくキスしてゲッチュー!見事試合終了です。
もう一度言いますが、とにかく女子には、こちらからの押しで【もう…仕方ないから…】という理由付けと、
【自己参加を促す】構図が重要なんです。あとはもう優しく楽しく正しく女子を食べちゃってください。
以上、部分的にも何かの参考になれば幸いです。
私はやっぱり仕事(Web制作)よりも猫よりも…とにかく女子が大好きなんです。
相手を気持ちよくさせてあげて、自分も気持ちよくなる。そしてそれをみる喜び。
ちなみに私のフェイバリットホールドは、バックで昇天させるのが得意なんですが、
ポリネシアン系のまったりHで、お互いが気持よくなるのが大好きです。
いわゆる密着型正常位、または対面座位にて、挿入してもほとんど動かない、ふかーく・ゆったりとしたチンピク運動。
そうすると決まって中はウネウネしてきて、ピクピク痙攣しながら「だいしゅきホールド」してくる女子に至高の喜びを感じます。
私は特にイケメンでもないし、お金持ちでもありません。とにかく女子が好きなだけです。
とまあ、1記事1000円くらいのアダルティーなライティング記事になっちゃいましたけど、ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
時間経過の描写が弱く心理描写に割ける時間もないために、文字の編集を入れることで解決させようとしているが、映像作品としては致命的にわかりにくい上に絵に動きがなくて地味
2話の俯瞰でパズルを見せるシーンや、3話の手紙を読んで葛藤するシーン等、ミステリにおいては謎を解決するために絶対必要なヒントを提示する重要なシーンだが、上記の文字演出のために台無しになっている
物語の目標がわからない。吹奏楽のメンツを集めるのが目的なのにアニメの内容はほぼ音楽に関係ない問題解決行動なので、視聴時の感情の向きがちぐはぐ
だいたいミステリには大目標は存在しないか達成しないことが多いのだが、こちらは曲がりなりにも終点が決まっており、さらに物語的にもアニメシリーズ的にも時間的制限が存在する
原作がどうかは知らないが、シーン合間の描写がバッサリ切られているので唐突にすぎる
2話で加入したキャラクターが急激に馴染むのはまだいいとして(本当は良くない)経験者が加入したから他にもモブがたくさん加入したっていうのは流石に唐突すぎる
他にもいろいろある。3話のゲームなんかは、ゲームなのか劇なのかはっきりしないし、空想なのか客観視なのかもはっきりしない
即興劇対決と公に銘打っている中で、個人のプライベートなバックボーンを大勢にさらしてしまう。これでは劇どころではないし、個人のプライベートに踏み込む事が目的のゲームであるなら観客は必要ない。
ワンちゃんという役を演じる人間が本当に居たのかどうかも全くはっきりしない(現実には居ないらしく、犬だと思っていた物は消えてしまっていたが、変装を解く初登場のシーンで「変装を解いて現れた人間」が次のシーンで忽然と消えているのは、「犬ではなくて人間が居る」という視聴者が与えられた理論の整合を即座に否定されてしまう)
(だいたい、じゃああの犬は何だったのか。あの犬をかわいがっていた女性は、一体なにを撫で回していたのか)
僕は「一度崩壊した世界で生きている人々」を見るのが大変好きだ。
キッカケは何だったのか定かではないが、思うに「クロノ・トリガー」の未来編や、古代編が非常にインパクトがあった気がする。
加えて僕自身は3.11の大震災で、都内を5時間歩き自宅まで戻るという体験をした。
あのときの物資がない、移動手段がない、何もかも止まっている、という現象は大変インパクトがあった。
それは多くの日本人がそうだったと思う。
あのとき確かに「今そこにある自分の日常世界の崩壊」を見たのだ。
そして崩壊後の世界でどうやって生きよう?と過ったに違いない。
映画ではわりとある。アメリカのテレビドラマでもあった(レボリューション)
というか僕が無意識にそういうのを選んでいた気はする。
ということでそういうジャンル(なんと例えているのか知らないけど)が増えればいい。
もしくは教えてプリーズ
(追記)
興味ある人も多いようなので参考になると嬉しい。
気に障られたら申し訳ない。
んなわけあるか、程度に思っていただければ。
先月くらいに届いたライジングのDVDを劇場で観た以来やっと観てもうしみじみ思った。タイバニ、最高だ。
アニメがちょうどあってるか終わったくらいになんかめちゃめちゃホモっていうぼんやりした評判と腐女子の血が騒いでハマったんだけどもう、ホモとかじゃない。作品が素晴らしい。
しばらく間を開けてタイバニという作品に触れたからか、少し違った感想が出てきた。
まず、キャラが濃い。全員、魅力的。特にネイサン。アニメシリーズを見ていた時は笑いだったり安心感だったりを与えてくれるような存在だった。
それがライジングで一転。シリアスを一手に引き受け、涙をズルズルズルズル引きずり出す。
同性愛だのが最近話題に挙がることが多いけれど、もうタイバニ見たら一発解決という感じ。一回、これ観て泣こ?
結局、ネイサンがヒーローやファンから愛されるのも、ネイサン自身の人柄のお陰。
同性愛者だから、こう。ではなくてネイサンはこういう人物だ。みたいに個人をみていくのが大事。あーー!人類全員キッドちゃんになればいいのに!!
元増田は『コミック版』に対して『アニメ版』という言葉を使ってるし、『テレビ放映時』という表記もしている。これはいい。
しかし、『旧劇』に対置して『アニメシリーズ』という表記。これが、老人にとってはどうにも慣れない。つい先だって別の増田のブコメで「最近はネット配信で見るケースもあるから『テレビ版』という表記では合致しない場合もある」という指摘を見て納得はした。たしかにネット配信で見たものを『テレビ版』というわけにはいかないだろう。
けれども、だからといって『アニメ版』とか『アニメシリーズ』という表記はどうなのだろう。『劇場版アニメ』は『アニメ』ではないのか、と思ってしまう。
『シリーズ』という言葉が、『毎週同じ時間に放送・配信される連続もの』であることは、頭ではわかる。あくまでも連続ものが『シリーズ』であり、単発の劇場版は『シリーズ』には含まれないということだろう。であるならば、いっそのこと『シリーズもの』とか『シリーズ版』という言葉を使ってみてはどうだろうか。アニメであることは自明の上で、連続版か劇場版・単発版かを区別することが可能になるのではなかろうか。
Kindleのコミック版エヴァ、全巻700円で買った。読んだ。
90年代チックな作画はオジサンの涙腺をバシバシ刺激するし、話も面白い。
だけど、アニメ版観る時の衝撃は感じない。
後頭部を鈍器で殴られるような、あのショックがない。
東浩紀も「エヴァを最初に観たのは、テレビ放映時の第24話。途中から観たわけだからストーリーなんか分からない。だけど純粋に映像作品としてよく出来ていると思って最後まで観た」って言っている。
シナリオは滅茶苦茶だよね。人類補完計画がシンジ補完計画にすり替わって『おめでとう』
何がおめでとうじゃい。わけわからんわ。
洲崎西のおかげで一歩先にガチレズ風営業というものに目覚めてしまったので
洲崎西の派生でBE LOVED MEMORIES の氏たそ も聞くようになったけどあんまりBLって感じがしない。
どうもBLにもゆるゆりやら洲崎西みたいな入り口がほしいんだよ。
風と木の詩やら萩尾望都の作品なんかは普通に読んできたから性的表現にも抵抗はないと思うが
できればそういうのなしで男同士がイチャイチャしてるのがいいよね!みたいに感じさせてくれる作品を紹介して欲しいんだ。
人力検索の方にしようかと思ったが、匿名のほうが紹介しやすいと思ってまずこっちに書いた。 よければトラバで教えてほしい。
アイドルが好きな人間はサルである。豚ではないし家畜でもない、サルである。
サルはストーリーではなく目の前に見えた演出に素直に反応する。
アイドルマスターのアニメシリーズはサル向けに作られたアニメとしてみると至高の存在である。
たとえば5話で描かれた前川みくと、島村卯月の悩みは同じであるがそれがわかってしまう人間にはこの作品はあまり面白くないだろう。
だが、演出次第によって、全く別物に感じてしまうサルには至高の存在である。
たとえば本田未央と渋谷凛と島村卯月、どれも仲間に対してやってることは変わらないがそれがわかってしまう人間にはこのさく品は興ざめだろう。
だが、演出次第によって、本田未央にキレ、渋谷凛にキレ、島村卯月かわいいよおおおかわいそうだよおおおって感じてしまうサルには至高の存在である。