それは「寝取られ、タダマンにされ、男としての存在価値を否定される可能性がある」ということに尽きる。
考えて見てほしい。
過去に自分のパートナー女性と関係を持った男性には2種類ある。
前者は問題ない。
後者の男性は基本的に自分より格上であり、この場合の格を決める基準も年収や学歴などの後天的な努力である程度高められるものではなく、顔、身長、陰茎の大きさとそれによる性的能力の高さ、それらによって裏付けられる自信とコミュニケーション能力の高さ等である。
例としては「顔、身長、陰茎の大きさとともに社会的なスペックの高さも持ち合わせた男性」や「顔、身長、陰茎の大きさは持ち合わせているが社会的なスペックが絶望的に低い男性」などである。
前者の場合、女性側は恋愛面に留まらない関係の継続を望んでいたが男性側にそのつもりはなかった。
後者の場合、女性側は魅力は感じるものの恋愛を超えた関係に踏み切れなかった。
そういう男性の存在が心に残る女性とパートナーとなり幸福を築くのは辛いものである。
パートナーの貞操、家庭の幸福の生殺与奪が常に自分よりも格上のオスに握られているからだ。
魅力のある相対的に「強いオス」は、弱いオスが暇な時間にスマホアプリで無課金ゲームを楽しむ感覚で女性に自分の種を仕込み心を奪うことができる。
イスラーム社会でもなければ自分の彼女/妻がその歯牙にかけられる可能性を完全に防ぐことはできない。
非処女の女性の場合「魅力的な男性による刺激や幸福」の味を知っているだけに、倫理、道徳、法律、社会的な制裁程度でその魅力に抗うことはできない。
自分の彼女/妻の貞操が「かつて結ばれなかった強いオス」に無課金スマホアプリで遊ぶようにラインやインスタのメッセージ一つで破壊されてしまう可能性があるのだ。
例えどんなに穏やかで幸福な家庭を築き、孤独や不満を感じさせずに過ごしても無駄である。
弱いオスが与えられる幸福がヤマザキのアンパン程度の効用だとすれば、強いオスの与えられる幸福は覚せい剤である。
もし非処女のパートナーを持ち、良好で幸福な関係を築いていると思っている男性がいたら問いたい。
自分よりも整った顔で、自分よりも背が高く、自分よりも大きな陰茎を持った元パートナーの男性があなたのパートナーにSNSで簡単なメッセージを送る。
あなたのパートナー女性はそのメッセージに返信し家を空ける可能性がないと言い張れるであろうか。
「自分のパートナーが他の男のタダマン」という状態は想像しているよりも遥かに苦痛を伴う。
女性の場合、「ある男性と身体の関係を待つパートナー女性」と「同様の男性と同時に身体の関係を持つ非パートナー女性」では前者の方が価値は高い。
しかし、男性の場合、「ある女性と身体の関係を持つパートナー男性」と「同様の女性と同時に身体の関係を持つ非パートナー男性」では後者の方が格上である。
あなたはそれに耐えられるだろうか。
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