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はてなキーワード: わら半紙とは

2019-07-04

anond:20190704020304

こういうやり取りをネットで目にすることが増えたけど、

結局、内向的日本人心理的キャパティなんて

江戸大正時代に「異性との接吻死ぬほど怖い」程度のことを

長々と書いて小説にして

わら半紙に刷っては子供の小遣いで10銭で売ってたころと

大差ないんだなって思う

2019-04-02

anond:20190402164417

一般人増田無料で書いても誰も読まないのに

プロわら半紙に書くだけで庶民がありがたがって750円で買う

2019-02-16

夢でみたドラマタイトルが思い出せない

目覚めてそれは何のドラマだったのかと思った。

正確には「海外ドラマを見たことを思い出した」夢を見た。

しかし今起きてそのドラマがなんだったのか思い出そうとしても思い出せない。

まさかそれ自体が夢だったのか。

その割には細部がやたら具体的だった。

舞台ちょっと昔のどこか外国

第1部は少年と妹分とちょっと年上風のガタイのいいい同年代のトモダチとの話。チンピラ風の男と知り合うのだが実はヤクザで、トモダチと妹分はそいつらに殺されて溶かされ家の前に流される。

少年実行犯には存在を知られていないので助かる。

第2部が今夜見た夢の回だ。

少し成長して、友達も何人もできている。周りからちょっと賢い子だと思われている。

ボーリング場のあるちょっと大人びた施設に入り浸っている。友達も皆そこの常連だ。そこのオーナー白髪交じりの好好爺。ある日ボーリングボールを拾ったところでその好好爺に声をかけられて別室で不思議ボーリングをする。色々なやることを書いた札を倒すボーリングだ。ただ内容はたわいもない。握手をするとかそういった類のもの。何も書かれていないものもある。

実際にそれを強制されることもなく、遊び、解放される。

別室の出口の前にポスターと小冊子がある。何気なく読むとそれは好好爺自伝映画化したものシナリオの一部。

それを読んで、その好々爺自分のトモダチと妹分の実行犯なのだと気づく。誰かに声をかけられるがごまかす様に去る。

そして別日、今の友達達に好好爺の正体がマフィアヤクザだと知っているかと聞くが誰も取り合わない。自分のトモダチとの過去を、聞いた話として話し始めると好好爺がやっってくる。

かに気づいているかの様子。

こっそり抜け出すと追ってくる。

公園のような所で追いつかれ、笑みを浮かべて好好爺が近づいてくる。

少年はもう遅い、と機械の詰まったボール坂道に転がす。

そのボール機械制御になっていて、物凄い勢いで坂道を下る。好好爺の手下が捕まえようとするも逃れて、そのまま街中の方へと転がる。

やがてそれは主人公と仲の良い、主人公親分のように慕う子供が遊ぶ所にたどり着く。子供は中にあるゴムボールのようなものを取り出し、ポストに入れる。

しか少年の放ったものは一つではなかった。小さな気球のようなものもいくつかあった。

好好爺はその一つを追い、役所の前の噴水のような所に落ちたものを拾う。そして、サイレンサー付きの銃で気球に付いていたボールを割り、中の手紙を読む。

それは告発文ではなく死んだトモダチと妹分への手紙だった。もう会えない彼らに自分は悲しんだこと、恋しいことを綴っただけの内容だった。

というところで目を覚ました。

すぐにネット検索したがそれらしいものは出てこない。

だが、やはりこれは夢なんだろう。

多分、インドネシア舞台にしたドキュメンタリー映画アクト・オブ・キリング元ネタにしたものだ。実際夢のドラマ舞台インドネシアっぽかった。死体を溶かすのはブレイキング・バッドあたりから連想か。

思い返すと公園のシーンは子供遊んだ公園に似ているし、今の友達の幾人かは実際の同僚ぽかった。

やたら鮮明な夢だったので自分脳内で作った話だと思えなかった。

最近Netflixprime videoで映画海外ドラマを見すぎた影響だろうか。

ものすごく気になっているのだが脳内は続きを見せてくれるのか。少年好好爺にどう復讐するのか、しないのか。

そういや最期手紙わら半紙手書き毛筆日本語だった。夢のディテールもツメが甘い。やっぱり続きは無理かな。。

2016-12-26

算数の謎ルール

最近盛り上がってる算数の謎ルール話題を見ていると思い出す。

俺の小学5・6年時の担任

「立体の体積?縦からでも横からでも好きなように掛けたらいいぞ!」

「なんだったら計算やすいように高さ13cm10㎝と3cmに分割して後で足したりしてもいいぞ!!」

「みんなみたいに若いうちにできるだけ頭を柔らかく使わんとなぁ!ハッハッハ」

みたいな先生だったから、割とあーだこーだと楽ができたり、わかりやすくなるように工夫しながら問題を解いていた。

お手製のわら半紙コピーな小テストだと、時々問題に「別の手順も思いついたら書いてくれたら追加点アゲルヨ!」などと書かれているボーナス問題もあった。

X.0と書いたら減点みたいなこともなくて、むしろテスト時間が余ったからと調子に乗って.00000……と書きまくるアホなサルもいたけれど、

「↓ココがどうガンバっても先生には6に見えるので×」とか赤ペン入れられて、

それが悔しかったのをきっかけに、ミミズがのたうち回ってた字を他人問題なく読めるレベルまで矯正したヤツもいた。まあ俺なんだけど。

中学入学直後のテストで、図形問題をいつものノリでひらめいた通りに解いていたらゴッソリ減点されたので職員室に質問しに行ったら、

「そういう答えを認めていたら採点が大変になるからダメ。部分点もらえてるだけでも感謝するべき。」

「(答えや解き方が)理屈上正しくても採点は先生がするので先生バツと言ったらバツだし、先生が認めないやり方は間違い。」

「今年は好き勝手な解き方をしている生徒が多くて困る、小学校では何を教えていたのか……」(山奥の田舎なので小学校から1学年1クラスのまま持ち上がり)

「そもそも教科書に載っていない解き方を使うのがズルいと思わないのがおかしい、それをわざわざ確認しに来るなんて恥ずかしくて考えられない。」

「同じように解き方で減点したりバツをつけた子は他にもたくさんいたけれど、他は誰も文句を言いに来ていない。自分だけ抜け駆けするつもりか?自分さえよければいいのか!?

というようなことを言われて、30分ほど粘ったのだけれど取り付く島もなかった。

結局、色々言ってるけれど「生意気・気に喰わない」「採点に手間がかかるのがイヤ」あたりが本音なのかなーと感じたので諦めた。

本当に、小学校の方の先生に先に出会えていて幸運だったと今でも思う。

先生は「お前らの発想に触れられて楽しい先生びっくりさせてもらってばっかりや!」とかよく言ってたけど、採点大変だったんだろうなー。

ホントありがたい。

2016-02-11

昔は良くなかった

最近よく昔は良かったと見かけるので、良くなかったことを、ざっと30年位前の幼少時代を思い出してみた。

【小中学校

イジメが絶えず、ターゲットをバイキン扱い、バリアー等の遊びが通常に行われていた。

イジメられていた人は、どこにも発信できずに耐えるしかなかった。

プリントは、わら半紙一般的で、原稿鉛筆執筆していた。

教室内にテレビがあり、NHK教育テレビ番組を観せられた。

戦争原爆ビデオを何度も観せらて、酷さだけを押し付けられた。

運動会合唱コンクールの練習が1ヶ月以上前から毎日行われた。

学校アンケートで、クラス名簿リストが配布され、好きな子、嫌いな子を5段階評価していた。

・緊急連絡網で次の人(家庭)に(固定)電話するのに超緊張した。

ゲームセンターや買い食いをすると犯罪者扱いされた。

茶髪ヤンキーカツアゲ、盗みなどが盛んだった。弱小な子は商店街を一人で出歩くと危険だった。

タバコを吸う、シンナーの吸引等がわりと普通に行われていた。

・そして、全校集会で全員が体育館に呼び出され、連帯責任として説教を受けた。

・全校集会が長時間化するため、体の弱い人が貧血で何人も倒れた。

先生と生徒間の争いで、運動会がたまに中止になった。

運動会では、騎馬戦棒倒し、組み体操等を先生に言われた通りにこなし、何の疑問も持たなかった。

部活では水を飲むことが禁止されていた。

部活では先生から体罰が疑問すら思わず普通に行われていた。

・体育の先生剣道竹刀を持って校内をウロウロしていた。

・血だらけになる程の校内暴力普通に行われていた。

社会経済

・1ドル230円PCが30万円くらい。

テレビ新聞から流れる情報が全てであり、疑問にすら思わなかった。

音楽レコードカセットテーブ。録音時間は実時間かかり、針飛びで失敗もよくあった。

パソコン通信をやってる人は、オタクの度を超え、変人扱いだった。

・お父さんが仕事から帰ってくる時間がいつも夜遅かった。

・連絡手段黒電話しかないため、約束時間、待ち合わせ場所にいないと、お店の固定電話を借りた。

会社内、電車喫煙可能、タバコポイ捨て路上駐車等が行われ、マナーは悪かった。

電車ラッシュが今以上に混雑していた。乗車率200%もザラだった。

大型連休中は車の渋滞100km以上がザラだった。

特に学校は、とても昔は良かったとは思えなかった。

2016-01-25

http://anond.hatelabo.jp/20160125061515

結局どれが正しいんだよ。

ざらは『粗』と書きます

良質ではなく、どこにでもあるという意味です。

白双糖(しろざらとう)

元々は粒の目が粗いことから「あらめ」と呼ばれ「粗目」と表記されていた

ZARAスペイン会社インディテックス発祥ホールディングス傘下のブランド

わら半紙はもともと、稲や麦わらの繊維にミツマタコウゾの繊維を混ぜてすいた紙で、粗末な半紙であり、表面がざらざらしているので、ざらがみ(更紙)ともいいます

「ざら」は「ざらり」とか「ずらり」が訛って略された言葉で、ずらりと並ぶくらいにたくさんあるという意味です。

江戸時代は、金、銀、銭(せん)の3種類の通貨がありました。

銭の中でも最も価値が安い一文銭を、ほとんどの庶民が多く持っていました。

実は、この一文銭のことを「ザラ」というのです。

さら(なり)」は、

(1)「(多く「言へばさらなり」「言ふもさらなり」の形で用いて)いまさらめいているさま。わざとらしいさま。

(2)(「言へばさら」「言ふもさら」の略)いうまでもないさま。もちろんだ」

と載っていました。

うん、これの強調形で濁ったんじゃないかな。

http://anond.hatelabo.jp/20160125061515

ざら紙のことです。

ざら紙とは、良質でない西洋紙のことで、新聞紙わら半紙などがそれにあたります

 
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