はてなキーワード: 見立てとは
どういうのが毒子なのかというと、自分の親が毒親だ毒親だとのべつまくなしに四方八方に無節操に表出する人間。社会が不満だ不満だと言いまくる人間。
毒親の子が、ぜんぶ毒子という意味ではなく、表出が暴走する人。表出のしかたを間違えるとよけいに悪化するということがわかってない人。毒を吐いて自分に酔っていることがわかっていない。ものには言うべき人、言うべきでない人、言うべきタイミング、誠実さが必要であり、たとえ言うにしても、問題のすり替えや本質の隠蔽も重大なルール違反である。
毒親の子であるという要素はたくさんの人が持っているが、その表出のしかたが問題だ。表出問題といってもいい。個人のいやな話というのは聞くと疲れる。ダークな話を聞くのが趣味だという御姐肌の人、ダーク・ルポ作家みたいな気質を持っている人もいるが、それはそういう人たちの個性であり、通常はそういうものは有料である。聞きたくない人に言うのは、セクハラ・パワハラと同じである。カネを払って、言うべきところに行って射精してこい。
親が毒親だと言うとかっこ悪いので、社会問題にすり替える輩が多すぎる。フェミニズムでも反安倍でも反原発でもなんでもいいが、言っていることがいつも暗い人間は、ほとんど毒子である。暗い世界しか思いつかない。具体的で前向きな提案がないのだ。いやだいやだいやだと言いまくる。でなければ、ないないないか。それでどういう世界がほしいのかとなると観念的なことしか言わない。カネがいるならカネを出せと言えばいいのに、卑怯だからそれを隠したりする。
非モテだと彼女・彼氏がほしいと言いながら、自分のほうが彼氏・彼女になる人に何ができるのか、どう尽くすのか、具体的な考えを何も持っていない。何がほしいのかどういう世界がいいのか自分でもわかっていない。自分や自分の親子問題を分析していない。正面から向かい合ってない。だから、拒否や反対しか言わないし、不平等、奪取とか、非クリエイティブなことばかりになる。スティーブ・ジョブズが100人必要だ。自分が具体的にほしいものをわかってないのだから。もらってみて初めて『コレだコレだ』となる。
いつも暗い話をする。詰問口調、審問口調にもなる。暗いやつというのは他人と社会を敵に見立てている。それで面倒で会うのを避けるようになる。そりゃ人の縁も少なくなるよ。けっきょくは、お前は人生を暗く生きたいのだろうと。いまから何時間か数日か、暗いことを一切言わない、考えないでやることをやる。あの人には言わない。言うべきときに言う貯金としてとっておく。そう決めてやる。人と楽しくやる。これはエクササイズである。毒子以外の人間は、自分にそれを課しているのである。けっして悩んでない人などいない。
と、毒子的な表出をした。ふだんは何も言わないで無視する。毒子のほうは、また社会に無視された、社会は冷たいって思ってるんだろうなあ。
今年でもう31歳になる。自分でもやばいと思ってるんだけど、子供の頃からの癖で、どうしてもうんこしてるときに右手と左手が戦ってしまう。
どう戦うかというと、トイレットペーパーを適当にちぎって、棒状に丸めたものを二つ作り、それを刀と見立てて、それぞれ右手と左手の親指、人差し指、中指で持つ。
そして戦いが始まる。
レディ、ファイ!
キン、キ、キンッ!
このわずかな瞬間にお互いの力量を察してどちらも動けなくなる。不用意に動くとやられるからだ。
そしてどちらかがわずかに動いた瞬間、お互い後方に跳び、距離を取る。
意を決して大きく飛び上がった右手は左手の頭上から体ごと全力で刀を振り下ろす。
間一髪のところで左手は右後方に下がりつつ防御の構えでうまくいなす。
左手が反撃に出る。
右手の着地後の隙をついて一気に攻めようというのだ。
だが右手も百戦錬磨の手練れ。着地後の硬直を狙われることは百も承知だ。
右手は突きを入れてくる左手に対して蹴りで応戦する。蹴りは手首をひねって小指でいれる。
虚をつかれた左手は畳み掛けることを躊躇して一旦間合いを取る。というのも小指の風圧が半端ないからだ。
キン、キン、キン
おざなりともいえるような、相手の出方を見た、奥の手を隠した様子見の攻撃と防御がはじまって、なかなか勝負はつかない。
というわけで、幼稚園のころから戦ってるのにまだ勝敗がつかない。
死ぬまでにはなんとかしたい。
大塚家具の騒動が他人事ながら面白い。ワンマンあるある話が頻発。
現社長は元フロンティアマネジメントという事で、開示されている中期経営計画も非常に分かり易い構成である。簡単な財務分析と今後の展望をお気楽に整理してみる。(関係者ではありませんし、間違ってても知りません)
まずPLから。2008/12期からの売上の推移は下記の通り。
(unit:Myen) | 08/12期 | 09/12期 | 10/12期 | 11/12期 | 12/12期 | 13/12期 | 14/12期 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
売上 | 66,804 | 57,925 | 56,912 | 54,367 | 54,520 | 56,231 | 55,502 |
成長率 | ▲ 13.3% | ▲ 1.7% | ▲ 4.5% | 0.3% | 3.1% | ▲ 1.3% |
社長交代したのは09年3月。08年6月にリーマンブラザーズが破綻してから9カ月後だ。
家具は嗜好品だから、景気の変動影響を受けやすい。その為、リーマン前を契機に減収の一途である。
12/12期から前年トントンになり、13/12期に前年越え。14/12期は前年比マイナスであるが、上期は堅調だったと思われる。この二年間は消費税増税の駆込み、反動があるはず。
コストを見てみる。
(unit:Myen) | 08/12期 | 09/12期 | 10/12期 | 11/12期 | 12/12期 | 13/12期 | 14/12期 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
売上原価 | 31,574 | 27,319 | 25,847 | 23,815 | 23,671 | 25,161 | 24,903 |
売上総利益率 | 52.7% | 52.8% | 54.6% | 56.2% | 56.6% | 55.3% | 55.1% |
販管費 | 33,961 | 32,058 | 31,197 | 29,401 | 29,665 | 30,226 | 31,001 |
うち人件費 | 10,641 | 10,514 | 10,243 | 10,150 | 10,403 | 10,686 | 10,909 |
うち賃料 | 12,229 | 11,968 | 11,743 | 10,735 | 10,492 | 10,175 | |
うち販促費 | 5,021 | 3,890 | 3,524 | 3,036 | 3,138 | 3,417 | 3,834 |
うち運送料 | 1,846 | 1,616 | 1,636 | 1,537 | 1,478 | 1,521 | 1,550 |
その他 | 4,224 | 4,070 | 4,051 | 3,943 | 4,154 | 4,427 |
売上総利益率は09/12期を境に改善に向かう。減収しているのに増益しているので工場部門に関して相応の合理化を実施したものと思われる。また、為替の上昇に伴い、輸入品価格が上昇しているものと思われ、13/12期より売上総利益率が減少している。
販管費も順調にコスト削減が進んでいる。11/12期より賃料が低減するのは不採算店舗の閉鎖の為。その一方で人件費は下がっておらず、店舗閉鎖→整理解雇という流れにはなっていない模様。この前の開示にもあった通り、14/12期下期の社長交代により、販促費が増加の傾向にある。去年と同水準の販促費投入すると仮定すると、半期で増加額は4億円。月にすると約70百万円となる。全国ネットのCMだと2~3本、チラシだと700~800万枚相当である。
非常にありがちなのであるが、増税後の反動影響を受けて販促費を増やしてしまったが、砂漠に水を撒くがごとく反応が芳しくないというところであろう。
(unit:Myen) | 08/12期 | 09/12期 | 10/12期 | 11/12期 | 12/12期 | 13/12期 | 14/12期 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
営業利益 | 1,270 | ▲ 1,452 | ▲ 133 | 1,151 | 1,184 | 844 | ▲ 402 |
営業利益率 | 1.9% | ▲ 2.5% | ▲ 0.2% | 2.1% | 2.2% | 1.5% | ▲ 0.7% |
経常利益 | 1,457 | ▲ 1,337 | 39 | 1,304 | 1,318 | 1,004 | ▲ 242 |
経常利益率 | 2.2% | ▲ 2.3% | 0.1% | 2.4% | 2.4% | 1.8% | ▲ 0.4% |
特別利益 | 173 | 14 | 59 | 9 | 17 | 517 | 2,150 |
特別損失 | 968 | 933 | 266 | 915 | 100 | 49 | 955 |
当期利益 | ▲ 530 | ▲ 1,491 | ▲ 256 | 204 | 640 | 856 | 473 |
当期利益率 | ▲ 0.8% | ▲ 2.6% | ▲ 0.4% | 0.4% | 1.2% | 1.5% | 0.9% |
国内で生産しているはずなので、為替差損益も特段無く、最終利益と営業利益がほぼ連動している。
・09/12期は腐った商品の低下法4億(輸入品の導入と関連か)、店の備品1億、投資有価証券評価損が3億
・11/12期は東日本大震災による災害損失3億、資産除去債務の計上による影響が4億
なお、14/12期は21億の株式の売却を実施しているが、これがなかった場合の赤字額は考えるだけでも恐ろしい。増税後の反動影響が非常に大きかったものと思われる。
次にBS。
(unit:Myen) | 08/12期 | 09/12期 | 10/12期 | 11/12期 | 12/12期 | 13/12期 | 14/12期 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
流動資産 | 28,765 | 25,355 | 23,867 | 25,393 | 25,335 | 26,595 | 30,312 |
現預金 | 9,357 | 7,113 | 6,271 | 7,124 | 7,321 | 7,431 | 11,520 |
売掛金 | 2,332 | 2,257 | 2,840 | 3,511 | 2,956 | 3,242 | 2,486 |
対売上高回転月数 | 0.42 | 0.47 | 0.60 | 0.77 | 0.65 | 0.69 | 0.54 |
棚卸資産 | 15,447 | 14,673 | 13,253 | 13,045 | 13,571 | 14,802 | 15,010 |
対売上高回転月数 | 2.77 | 3.04 | 2.79 | 2.88 | 2.99 | 3.16 | 3.25 |
固定資産 | 17,860 | 18,353 | 18,847 | 16,358 | 16,390 | 21,062 | 16,398 |
うち投資有価証券 | 6,003 | 6,193 | 6,749 | 5,530 | 7,039 | 11,767 | 7,153 |
総資産 | 46,625 | 43,708 | 42,714 | 41,752 | 41,725 | 47,657 | 46,711 |
流動負債 | 9,218 | 8,286 | 7,983 | 8,069 | 7,849 | 8,434 | 9,518 |
うち買掛金 | 4,649 | 4,140 | 3,796 | 3,744 | 3,518 | 3,588 | 3,923 |
対売上原価回転月数 | 1.77 | 1.82 | 1.76 | 1.89 | 1.78 | 1.71 | 1.89 |
うち前受金 | 1,935 | 1,632 | 1,573 | 1,801 | 1,792 | 2,223 | 2,168 |
固定負債 | 812 | 766 | 711 | 1,016 | 1,077 | 2,973 | 2,527 |
負債合計 | 10,030 | 9,052 | 8,694 | 9,085 | 8,926 | 11,407 | 12,046 |
純資産 | 36,595 | 34,656 | 34,020 | 32,667 | 32,799 | 36,250 | 34,665 |
負債・純資産計 | 46,625 | 43,708 | 42,714 | 41,752 | 41,725 | 47,657 | 46,711 |
驚くのは、売上500億を超える会社でありながら借入ゼロ。自己資本比率も高く、BSは非常に綺麗である。
保有株式の売却もあって、現預金は足許で100億を超えている。気になるのが、09/12期の輸入品導入のタイミングで増加した棚卸資産回転月数を超えて、足許の在庫水準が増加基調にあるということ。どういう内容の在庫なのかわからないが、買掛金も増加基調にあることから、勝負を掛けに来ているなという印象。
資産サイドでは、投資有価証券の占める比率に驚く。14/12期に売却した株式がどういった銘柄なのかわからないが、足許の株価水準は高すぎだろうと考えているので、個人的には売却に賛成。13/12期に大幅増加しているのは取得などしたわけではなく評価替だろう。
ここで唐突に自分の話。財務的にダメな会社ばかり働いてきたのだが、共通しているのは下記の点。
・意思決定できない(又は、意思決定が誤った情報に基づき即決される)
まず、これまでの会社で共通していたのは、女性社員のことを「事務員」と呼ぶ輩があまりにも多かった。当然、「事務員」以外の工場ワーカーや営業もいるはずなのだが、「事務員」呼ばわり。しかもそれが年を食ったおっさんだけではなく、若手の男もそういう呼び方になる。 逆に、女性差別だけでなく男性差別というパターンもある。
また、意思決定できない(又は、意思決定が誤った情報に基づき即決される)のも共通項としてあった。経験と勘に基づき判断がなされ、合理的な決定がなされない。
創業社長のリーダーシップにおいてここまで成長してきたのは素晴らしい。BSは今のところ超健全である。但し、この先に従来と同じスタイルでの経営において、損益確保するのはやや難しいのではないかと考える。
(外部環境)
(体制面)
家具の購入は1.転居、2.結婚がトリガーになると思われるが、日本においては双方ともに減少傾向にあり今後も回復の見立てが無い。また、円安はいつまで継続するか分からない。旧弊にまみれた経営陣。これを踏まえてどう対応するかであるが、このままだと売上がシュリンクする一方になる為、個人的には「外国人の社員比率を徐々に増やしながら、豊富な余剰資金を活用して順次国内の生産設備を増強し、輸出販売を行う」ことが外部から数値だけ見ている限りのベスト策ではないかと思う。転居も結婚も、これから伸びる国においてはたっぷり発生するだろうから。
留意点としては家具はローカル色受けやすいと考えられる為、販売先における市場調査による文化理解を十分に行うことと、日本における優良素材を確保することだろうか。
売先の宛てもないのに安易に販促費を増やすのははっきり言って愚策である(営業会社ではよくあることだが)。思い込みを排除し、冷静な頭で判断できるようにならなければ早晩先が見えてしまうだろう。
このテキストは予算20~30万ぐらい出せる人を対象としてます。
シマノコンポーネントの完成車をターゲットにしています。理由は私がカンパ/sram使ったことないから。
最近はカーボンフレームにフル105で20万以下も多いので、この辺から考え始めると良いでしょう。このテキストはこのあたりを検討している人に向けられたものです。ボリュームゾーンなのでお得なモデルが多いし、後々ステップアップする場合でも不満が出にくいです。
注意が必要なのは、一部105ではないパーツが付いている完成車。
よくあるのが、ブレーキが某メーカーの低グレード品や、クランク/チェンリングが某メーカーの低グレード品など。これらの完成車はあまりおススメしません。特にブレーキは重要で、105以上のグレードを強く推奨します。安いブレーキは雨にぬれると全力でブレーキレバーを握っても止まりません。あなたが握力の少ない女性なら死にます。基本的にロードバイクは雨の日に乗るものではありませんが、突然の雨に襲われる可能性は否定できません。
あなたが若くて体力が有り余っているスポーツ経験者であればフレーム素材はなんでも良いでしょう。そうでなければ柔らか目のカーボンフレームをターゲットにしましょう。細かな振動に長時間突き上げられていると想像以上に消耗します。高額なレース向けカーボンフレームはアルミ並に固いモノもあります。傾向として安いカーボンフレームは柔らかい味付けになっていることが多いです。
スチールは非常に魅力的なフレーム素材ですが、うるさ型のフリークが多いのでここでは触れません。
ある程度自分で調べたうえで、ちゃんとしたショップで相談しましょう。20万円はロードバイクとしては安物の部類ですが、多くの人にとって安い金ではないはずです。1件のショップの見立てだけでは不安なら2件以上回りましょう。
2サイズ選択可能なら小さいほうを選ぶことをおすすめします。サイズの調整はサドル位置、シートポスト交換、ステム交換、ハンドル交換で行うことになります。大きいフレームを小さくしようとすると弊害が多いです。ポジショニングの自由度が下がり、理想とされるペダリングが可能なポジションを取りにくくなります。
また、クランク長がオーバーサイズだとペダリングがスムーズに行えないうえに膝を痛める可能性もあります。チェンリングはコンパクトがおすすめです。初心者向け完成車はほとんどコンパクトだと思いますが。クランク長とチェンリングについては十分に調べてから購入されることを推奨します。
あなたが1年を通して走ろうと考えるなら、ウェア類に10万ぐらいかかります。
なので、始めるのは春~夏が良いでしょう。必要なウェアが少ないからです。
レーパン/ジャージ/ヘルメット/シューズ/グローブ/サングラス
これでまあ5万円だとちょっと足りないかなという感じでしょうか。レーパンは安物を選ぶと後悔します。メジャーなメーカーからちゃんと試着して選びましょう。めんどくさがって試着せずに購入すると後悔します。
冬用のウェア類はけちると死にます。
わかります。変わり者店主の個人ショップは多いです。大きなショップは知識/経験が少ないバイトが多く不安になります。大きいところ小さいところ、いくつか回ってみるしかありません。気長に波長があうショップを探すことです。信頼できる顔見知りショップが近くにあると、メンテナンスに関する不安が格段に減ります。
自分で調整やパーツ交換をやるのは悪いことではないのですが、信頼できるプロに調整してもらうと乗り味が変わります。また、初心者(に限りませんが)は誤ったメンテナンスを行う可能性を否定できません。
とはいえ、あまり神経質になる必要もありません。死なない程度にメンテナンスされていれば良しとするのであれば、行きつけのショップなどなくても困りません。ロードバイクを扱っている全国チェーン系ならロードバイクの調整はしてくれます。
最低これらは必要です。夜走るならライトも。後は金です。前後輪外せば普通のタクシーで家に帰ってこれます。まずは"トラブった時に家に帰ってこれるか?"という視点で携帯品を選択しましょう。
完成車購入後、サドルやステム、ハンドルは交換する可能性が高いです。スタイルが固まらないうちに気に入らないからと言って次々変えるのもどうかと思いますが、いろいろ試してみることも重要です。また、完成車はペダルが付いていないので、ペダルは買うことになります。105完成車ならペダルも105で良いでしょう。
ケツ痛に悩んでサドルを次々に購入する人がいますが、まずは自分のスタイル/ポジションを疑いましょう。レーパンの中にパッド付パンツをはくという手もあります(パッドが厚くなれば痛みがなくなるとは限りませんが)。サドルは柔らかい/固いよりも幅の広さと盛り上がり方が重要になります。
チェーンは頻繁にクリーニングすることになります。チェーンカッターは必要です。またはチェーンにコネックスリンクをはさみます。車体につけたままのクリーニングは大して綺麗になりません。外してディグリーザーで洗います。チェーンルブはいろいろありますが、高いものではないので試してみて好みのものを見つけましょう。ワイヤー類は伸びるのでブレーキやディレイラーは調整が必要になります。この辺は自分でできるようにならないと何かと面倒です。最初はショップで教えてもらうと良いでしょう。
そのうち、プーリーのグリスアップなんかも必要になりますが、それはだいぶ先なのでその時。
バイクは綺麗に保ちましょう。ロードバイクのかっこよさは、値段の高い安いではなく、クリーニングされているか否かで決まります。
自転車ではありません。あなたです。あなたが30歳以上のデスクワーカーであれば、膝の故障には十分気を付けてください。
具体的には、クランク長が適切か?サドルは高すぎ/低すぎないか?サドルは前/後すぎないか?ハンドルは遠/近すぎないか?
そして、走り出してしばらく(5-10分ぐらい)は重たいギアを踏まないように!
春に走り出すことを考えると、春に検討したら遅いです。そろそろ考え始めましょう。そして取り扱いメーカーの多いショップにちょくちょく見に行きましょう。全メーカーが一斉に出そろうわけではなく、バラバラに店頭に並びます。そしてあっという間に売れて、やたら大きいかやたら小さいフレームが残ります。なんとなく気に入って、サイズ的に無理が無ければその場で決断することも重要です。そのバイクが自分に合うか否かなんて初心者にはわかりません。2台目以降で考えましょう。
http://anond.hatelabo.jp/20150114231342
穴に落ちて這い上がる話と、穴から這い上がれない話の二つしかない、という主張、直感でおかしいのがわかるだろう。
まず、その他の話がある。
群像劇、叙事詩的な話はどうなんだ、登場人物Aが勝って登場人物Bが負ける話はどっちなんだ、と。
その他の話を除けばいい。例外は除いて考えよう。
除いたあとで穴に落ちて這い上がる話と、穴から這い上がれない話、とに分けよう。
登場人物Aが勝って登場人物Bが負ける話を、登場人物AかB、どちらかを主人公とみなして、どちらかを小道具と見立ててれば確かにどちらかのハコにいれられる。
直感は解決されただろうか?
されない。
間違ってはいない。
まず、波瀾万丈、という言葉があるように、主人公は上がったり下りたりする。禍福は糾える縄の如し。
上がったところで終われば確かにハッピーエンドに見える。
もしも毒りんごで殺されたところで終わってしまえばバッドエンド。
だが、その後を追い続けて、喧嘩の絶えない家庭になって、そこで切ればバッドエンドである。
登場人物が全員死んでしまうような1ページを最後に追加することもできるし、
死んだはずの主人公が不思議なことに何故か生きていた、と書くこともできる。
無敵の殺人鬼を死に物狂いで倒したホラー映画の主人公たち。ハッピーエンドだ。
だが、稲光をバックにヤツの死体が動くカットを最後に付け加えたら?
試写会のA/Bテストでラストが変わった映画の話などよく聞くではないか
「最後にデザートが出たよ」
きのう君が行ったのは焼肉屋だったろうかフレンチだったろうか。
鍋料理だろうが中華だろうが、アイスか杏仁豆腐かなにか、最後に甘いものが出てきてもおかしくない。
ハッピーエンドか否かによってその物語がどういうものであるか知ることはできない。
冒頭の二分法を受け入れるのに直感的な抵抗が生じるのは、それゆえかもしれない。
もうひとつ
「助けの必要な負け犬が主役のストーリー」と「お仕置きの必要な成功者に天罰が下るストーリー」
という二分法もあるそうだ。
これは中身に言及があるという点で、ハッピーエンドかどうか、という分類にはない特長がある。
だけど、やっぱりこれも物足りないんだ…
http://anond.hatelabo.jp/20150114231342 <h3>o- *</h3>
穴に落ちて這い上がる話と、穴から這い上がれない話の二つしかない、という主張、直感でおかしいのがわかるだろう。
まず、その他の話がある。
群像劇、叙事詩的な話はどうなんだ、登場人物Aが勝って登場人物Bが負ける話はどっちなんだ、と。 <h3>o- *</h3>
その他の話を除けばいい。例外は除いて考えよう。
そのあとで穴に落ちて這い上がる話と、穴から這い上がれない話、とに分けよう。
登場人物Aが勝って登場人物Bが負ける話を、登場人物AかB、どちらかを主人公とみなして、どちらかを小道具と見立ててれば確かにどちらかのハコにいれられる。 <h3>o- *</h3>
直感は解決されただろうか?
されない。
間違ってはいない。
しかし、その分類に果たしてどれだけ意味があるだろうか。 <h3>o- *</h3>
まず、波瀾万丈、という言葉があるように、主人公は上がったり下りたりする。
上がったところで終われば確かにハッピーエンドに見える。
だがもし、その後を追い続けて、喧嘩の絶えない家庭になって、そこで切ればバッドエンドである。 <h3>o- *</h3>
登場人物が全員死んでしまうような1ページを最後に追加することもできるし、
死んだはずの主人公が不思議なことに何故か生きていた、と書くこともできる。
(井伏鱒二の「山椒魚」の改稿を見よ) <h3>o- *</h3>
「最後にデザートが出たよ」
焼肉屋だろうが鍋料理だろうがフレンチだろうが中華だろうが、最後にアイスかなにか出てきてもおかしくない。
ハッピーエンドか否かによってその物語がどういうものであるか知ることはできない。
冒頭の二分法を受け入れるのに直感的な抵抗が生じるのは、それゆえかもしれない。
<h3>o- *</h3>
もうひとつ
「助けの必要な負け犬が主役のストーリー」と「お仕置きの必要な成功者に天罰が下るストーリー」
という二分法もあるそうだ。
これは中身に言及があるという点で、ハッピーエンドかどうか、という分類にはない特徴がある。
だけど、やっぱりこれも物たりないんだよな…
○ きりこについて 角川文庫 2011/10/25 ¥555
△ 漁港の肉子ちゃん幻冬舎文庫 2014/4/10 ¥648
嫁が妊婦で現在五ヶ月と2週目なんだが、どうしてもタバコがやめられないと悩んでいる。
と言っても飯の後の一日3本だけなので、俺もあまり強く言ってこなかった。
嫁も同時に辞めたんだが、2ヶ月くらいでどうしても無理になって吸ったらしい。
つわりの時期は気持ち悪くてタバコどころじゃなかったが、最近はまた吸っているといった感じ。
「やめないの?」と聞くとムスッとした感じで
「吸わない方がストレス溜まって赤ちゃんに良くない/医者も一日3本くらいなら大丈夫って言った」とか言ってる。(詳しくは知らないが絶対嘘だろ)
とうとう昨日「本気で辞めたい」とLINEが来たので、よっしゃと思って
「じゃあうちにあるタバコ全部捨てるわ」と言って嫁もそれを了承した。
吸いかけとストックのタバコ役30本を全てろうそくに見立てて、発泡スチロールに爪楊枝で突き刺してクリスマスケーキのようにして
★元々自分は、選挙直前のGDPショックを見て、当初は「自公は過半数は維持するものの、現有議席を減らす」と予想していた。
しかし、GDPショックでも一向に政党支持率は落ちず、直近調査では「自民300」と各紙予想している。
★つまり、国民はGDPショックがあっても、「野党側だって、経済をうまく回せる訳がない」と冷めた目で見ている、ということだろう。
「不景気は与党に不利」の法則すら、日本の選挙では通用しなくなった。
★今まで日本の選挙では、「政策次第で、日本は良くなる」という淡い夢につられて投票していた。
今回の選挙は、「もう日本の衰退は、どんな政策を講じても不可避だ」という諦観が有権者に根付いてしまった、ということではないか?
「どうあがいたって、没落は不可避、没落逃れの政策を追い求めるだけムダ」と諦観した日本の有権者は、
政権交代で無駄なエネルギー消耗を避け、消極的に与党支持に回る。緩やかな安楽死を穏やかに迎えたい。
★・・・とツイートしたら、「ワイマールドイツと同じ諦観状態。次に来るのはナチス」とのリプライが来た。
でも、ワイマールドイツと根本的に違うのは、日本の有権者平均年齢は、圧倒的に高齢化してる点。
たぶんワイマールドイツの有権者平均年齢は30代でしょう。今の日本の有権者平均年齢は50代、下手すれば60代
★結構、今回の直近世論調査の「自民の高支持率」は自分には衝撃。
経済失策に対して「怒る」元気さすら失われるくらいに、日本の有権者は高齢化してしまった。
ある程度の人口を抱えた国家の中では、日本の有権者平均年齢は、最高齢なんだろうなあ。
★ちなみにウソみたいな本当の話ですが、日本の女性の平均年齢は、「赤ちゃん・子供を含めても」50歳を越しているらしい。
思いっきりセクハラなツイートをすれば、女性機能を卒業してしまった女性が、日本女性の過半数を占めている
★民主主義という制度は、元々は「有権者の平均年齢が30代~40代」という前提で制度設計されていると思う。
だからこそ、健全な「怒り」が、民主主義を機能させるエネルギーになっていた。
今の日本のような、「有権者の平均年齢が、下手すれば60代」という状況は、民主主義の想定外では?
★これで選挙で自民党が「大勝」しても、たぶん社会に高揚感は湧かないだろう。
自分の見立てが外れて自民が「敗北」しても、たぶん社会に高揚感が湧かない。
「選挙で、政策で、社会が変えられる」と無邪気に信じることが出来なくなったのが、老人大国日本の現状
★イランとか、フィリピンとか、インドネシアとか、有権者の年齢が恐ろしく若いんですよ。下手したら平均年齢が30歳行ってないかもしれない。
「人工知能が人間の職を奪うについて」と日記をはじめると非常にSF的ではあるんだが、思考実験として一つやってみる。
実を言うとこんな人工知能、すでにある。適当なところからコピペして自分のblogに記事を転載するbotなんて、ちょっとプログラムをかじればすぐ作れる。
そしてこれはちょっと本腰を入れて研究すれば、すぐにかなり高性能になるだろう。
「どんなふうな記事がより注目(=ブックマークとかアクセスとか)を集められるか?」というのは評価関数を作るのがとても簡単なので、ベースとなるデータの巨大さと機械学習で順調に成長させられる。記事のまるパクリ問題も、何も真っ正直に「人工知能として本当に文脈を理解して人間的な意味で記事を書く」必要なんてない。
http://graphics.cs.cmu.edu/projects/scene-completion/scene-completion.pdf
この論文みたいなアプローチで記事を一つの画像だと見立てれば部分を差し替えることは可能だろうし、語尾や語彙の置きかけは、それこそ巨大置換でどうとでもなる。
人間が日ごろ、ほう、ふむふむなんて巡回できるblogの数なんてたかが知れているし、機械がクロールで回収できる記事の数は莫大だ。年末年始の記事やどこそこの店に行って何々がうまかったなんて記事は毎年のようにループしている(学習ネタとして最適だ)。
この種の(人工知能と呼べるほどに高度になった)botはそのべらぼうな処理能力にあかせて、アホみたいな数のサイトを運営できる。登校時間やバナーの位置やサイトデザイン、コピーの文章もリアルタイムで評価関数をぶんぶん回すbotは阿呆みたいな速度で自己進化できる。もちろんプロバイダやらが何らかの対処をする可能性もゼロではないけれど、しかしそれもほとんど意味がないだろう。回線の向こう側からは規制する根拠に乏しい。もちろんコピペもととなった記事を書いた人間からすればパクリであり著作権違反だが、それを証明するのは手間だし、照明をあきらめるほど飽和攻撃を行う処理速度がbotにはある。また、人工知能的な記事合成、変換、結論変更、文章アレンジは、しばらくすればパクリをパクリだと証明するのさえ難しくしてしまうだろう。何せblogの記事というのは画像と比べて10%とか5%以下の情報量しかないのだ。
まあ、とにかく、こういうbotはすぐ開発できるだろう。現在の技術でもほとんど可能だし、数年以内には実用化できる。
で本題なのだが、こういうbotができたらどうなるか? そりゃ、投入するでしょう。ちょっぴり初期投資をしてあとは寝てるだけで、阿呆みたいな数のアフィサイトを運営できるようになる。なんらかのステマサイトも似たような手法で運営できるようになる。ちょっとの技術でネオニート生活! 投入されないわけがない。
そしてひとたび投入されれば、それは加速度的に高性能になっていくだろう。機械学習の結果出力っていうのはだいたいサンプルにする学習母体データの大きさや質に左右される。Webに解き放たれたクローラーはありとあらゆる泡沫Blogまで咀嚼を始めるので、その出力の制度はどんどん上がっていくだろう。
PVを金に換えるビジネスというのは一時的に大好景気になって、次の瞬間に価格破壊されるだろう。人件費が限りなくゼロに近づいてゆき過当競争になるからだ。
その世界では「人間がblogの記事を書く」という行為の価値が果てしなく低くなるだろう。そこでははてなスター獲得競争の相手がbotになってしまうからだ。相手はたしかに人間よりも記事を書く技術が低いかもしれないが、無尽蔵の体力を持ってるし、blog記事なんてそもそも10本書いて1つが注目集めればそれでいいような世界なのだ。1万本書いて9999本はずれでも構わないやつが出てきたら、体力勝負で勝てやしない。
この状況が長引けば、アフィリエイトというビジネスモデルそのものも破壊されるだろう。いやそもそも、アマチュアが公開の場所で記事を書くという文化そのものが破壊される可能性もある。
Webの世界は会員制のFacebookやGoogle+みたいなもので分断され、今度はその内側から個人の記事をビッグデータにぬいていくBotが蔓延するだろう。
こういうBotは廉価なサーバーマシンで動かすことができる。実際作ってみないとはっきりとは言えないが、それこそ数百体動かせる可能性もある。性能が十分に周知されれば、「日本語のBlog記事を書く人」よりも「日本語のコピー合成記事を作成するBot」のほうが多くなることは、けっしてありえない状況ではない。
事ここに至って、人工知能は「あるジャンルの職を奪う」ことに成功する。奪われるのはアフィリエイトで暮らしていた人間のBlog書きだけではない。それを端緒に広報を生業にしている多くの人も職を奪われる可能性がある。状況はおそらく大混乱にちかくなるので、今の時点では、この種のムーブメントにおいて電通博報堂のような広告代理店が大きく成長する可能性もあるし、致命的な打撃を受ける可能性もある。成長するにした所で、今のような体育会系的営業の会社で居続けることはできないだろう。開発や分析の理系部署が今の10倍以上の大きさになるだろう。グループインタビューなんかやるよりも、匿名掲示板のログから消費行動の傾向を出したほうがよほど精度が高い企画が作れてしまう。
人間の職を奪う、というのはこういう光景を雇用面から減少を表現した言葉であって、実際に起きることは雇用の減少だけではない。文化や消費行動の破壊ともいえる変化だ。
★アベノミクスによる、東京アッパークラスの「消費回復」って、言ってみれば「フェイスブック景気」。
「アベノミクス、いいね!」の感覚で高額消費していたのが実態だと思う。
言い方を変えれば、「自分がリア充である証」として、アベノミクス的にタワーマンションを買ったり、百貨店で高額消費していた。
★フェイスブック界隈、アイスバケツチャレンジをしている界隈って、人脈ネットワークが広いようでいて狭いから、
2012年末の「自民党大勝」の頃から、一部の「直接、アベノミクスの効果を享受する人」の高揚感が、他のフェースブックユーザーに伝播して、
★一方、元々リア充界隈とコネクションのない一般ピーポーは、別にアベノミクスに対して「いいね!」ボタンを押す必要性を感じてない。
日本全体ではフェイスブック非ユーザーの方が多数派だから、景気は別に回復していない。
★今回、エコノミストの予想全ハズレしたが、エコノミストの全員が東京在住。また、かなりの割合でフェイスブックユーザー。
東京経済・フェイスブックユーザーの皮膚感覚を先入観で持ってしまって、そのまま経済予想を立てて、全滅したんだろう。
そういう東京エコノミストの見立てを信じて解散戦略建てた首相が馬鹿を見た
地方ではガソリンが高いと、「クルマを使った買い物・レジャー支出」までも縮小に入る。その辺の波及逆効果を、電車経済圏の東京エコノミストはわかってない
ASKAの詞の特徴の一つは、複雑な比喩を折り重ねていくことにある。そうした複雑な比喩の解読については、「On Your Mark」の楽曲分析で先日書いたところである(http://anond.hatelabo.jp/20140924014048)。
しかしながら、私はCHAGE&ASKAの熱烈なファンであるけれども、「比喩」の観点から歌詞を見ればASKAよりも巧者は他にもいると思っている。例えば、スピッツ。「ロビンソン」の印象派の絵画を思わせる複雑な比喩を見るとASKAに少々分が悪い。では人生の機敏という観点から見ればどうか? 私の考えでは、ASKAは中島みゆきに遠く及ばない。しかしそれゆえにASKAの歌詞は二流であるわけではない。
ASKAの詞はJ-POP史上稀に見る「音楽性」を持っている、というのが私の意見だ。「言葉が音楽性を持っている」とはどういうことか? 分かりやすい例として、まず"YAH YAH YAH"をとりあげて、それを説明したい。
「YAH YAH YAH」のサビは、ご存じのように、ひたすらYAH YAH YAHが繰り返されるだけである。しかし「YAH YAH YAH」という発音には極めて綿密で、天才的な直観があると私は考えている。仮に、YAH YAH YAHの部分を「ウ」でも「エ」でもよいが、別の母音に置き換えたものを想像してみると、「YAH YAH YAH」という曲そのものが成立しなくなることが了解されるだろう。YAH YAH YAHの発音の秘密はそれだけにとどまらない。その前の歌詞に注目する必要がある。
この部分を読むと、「イ」の発音が異様に多いことに気がつく。「イ」は、歯を食いしばって発声される。怒りを耐え忍ぶかのような身振りを発音が要求している。そして、サビに入る時に「ア」の開放的な音に切り替わる(殴りにいこう「か」)。サビの一個手前に、このような母音のドラマが隠されている。この「イ」と「ア」の動きをYAH YAH YAHというサビで何度も何度も再現するのである。なお、「今から一緒に」の前にある「勇気だ愛だと騒ぎ立てずに その気になればいい」では「イ」で終わっているので、まだ耐え忍ばなければならずYAH YAH YAHと叫ぶことができないように発声的にも規制されていることが分かる。こうして見てみると、一見単純に見えるYAH YAH YAHの歌詞には天才的な音楽的直観が働いていることが分かるだろう。
そうした作詞法はASKAの専売特許ではない。そうした作詞法を意識的に採用しているのは、ASKAも尊敬している井上陽水である。陽水は、「Tokyo」の冒頭部分「銀座へ鳩バスが走る」という歌詞の秘密を次のように語っている。
タモリ で、それを作りたいってことに、なんで銀座が浮かんできたわけ? しょっちゅう行ってるから?
陽水 いや、そういうことじゃなくてホラ…、東京でね、やっぱり一曲ね[作りたいと思ってたから]。で、「銀座へ~」っていうね、あのー、人によってね、いろいろ、発音でね、取り柄がある発音とあんま響かないのがある。「銀座へ~」っていうのが、この口にすごく合ってたの。「銀座へ~」、あ、響くなあ、って。
7:00-7:40頃 https://www.youtube.com/watch?v=szB9lhaX2XY
井上陽水の曲を聞いてみると、たしかに言葉の「音」に対する独特の"美意識"があることが分かる。これはこれで、余人には真似しがたい孤高の美をたたえている。「Tokyo」であれ「Make-up Shadow」であれ、言葉に対するきわめて繊細な美意識を私は感じる。
完全に余談だが、全世界的に流行した「Let It Go」の歌詞にも言葉の音に対するこだわりを強く感じるので紹介しておく。
My power flurries through the air into the ground
My soul is spiraling in frozen fractals all around
And one thought crystallizes like an icy blast
I'm never going back, the past is in the past
この部分は、一番の大サビに向かう、心躍る箇所だ。
歌い始めの「My power flurries through」の部分は、口をすぼめる内気な発音が多い。しかし、「the air」の所でやや反抗的な「エ」の発音がやってきて、「into the ground」で一回大きく開放的になるが、すぐに締められる。「My soul is spiraling in frozen」までは基本的にはやはり内気な発音が多い。「fractals」のところで「the air」とは別のしかたで(歌い方で)反抗的な様子を見せるが、これも「all around」の個所で一回開放的になるが閉じられる。こうした発音のドラマの最後に、「the past is in the past」の個所がやってくる。このようにして、まことに開放的で、ドラマチックな「ア」の発音がここに訪れるのである。
このように、言葉の音に対する意識は世界的に存在する。しかしながら、日本語は、世界の様々な言語と比べても「母音」の割合が非常に多いという特徴をもっている。日本のロックミュージシャンたちはこの母音に苦しめられてきたのだ、と言っても過言ではないだろう。そこで例えばサザンは子音に着目した。サザンは日本語における子音の可能性を大きく拡張したミュージシャンとして評価することができる。しかし、ASKAはあくまで「母音」の可能性にこだわったミュージシャンであると私は考えている。日本語の本来の特徴が「母音」にあるのだとしたら、その「母音」を徹底的に活用したのがASKAである。
こうやって私が言葉の音に対して敏感になったのは、チャゲアスの音楽を聴いてからだ。ASKAは、まず歌唱からして、母音を強調している。これは良くも悪くも「古さ」を感じる歌唱であろう。母音を強調する歌手として、例えば尾崎紀世彦や布施明を挙げることができる。彼らの歌唱には「昔ながらの情念」を感じる人が、とくに若い人になればなるほど多いのではないだろうか。一方、母音を強調しない歌手、小田和正の歌唱にはそうした「古さ」を感じることはないのではないか。母音は、本能的な部分に訴えかける、ほとんど呪術的と言える原始的な力をもっている。しかし、それを真に受け止めるためには現代人はいささかシャイなのだ、というのが私の持論だ。母音とは、一種の「ますらをぶり」である。ASKAは「ますらをぶり」のシンガーである。
私の見立てでは、ASKAが母音から歌詞を構成する方法を意識化したのは、だいたいシングル「WALK」以降である。「WALK」より前の曲には、母音に対する美意識を見出すことが難しかった。逆を言えば、WALK以降には母音に対する鋭敏な感覚をASKAの曲に感じる。国民的シンガーCHAGE&ASKAが出来上がったのは「SAY YES」であるが、「SAY YES」と同レベルの作品を量産できるようになったのはだいたいシングル「WALK」の時期からだ。一つ一つ楽曲分析をして証明をすることもできなくはないが、それをするとなると、ちょっと本格的にやらなくてはいけない。そこで、ASKAの曲の中でも、母音の使用がもっとも素晴らしいと思う楽曲を一つ見てみることにしよう。「はじまりはいつも雨」だ。
「はじまりはいつも雨」はASKAソロの曲だが、チャゲアスVer.も残されている。私の一番好きな音源である(https://www.youtube.com/watch?v=5mzj72QxrYo)。
「はじまりはいつも雨」は、メロディーと歌詞の二つが複雑なハーモニーを形成しており、決して不協和音をつくっていない。母音の使用法も極めて洗練されている。しかしながら、冒頭から母音の分析をはじめても感覚的に分かりづらいと思うので、もっとも分かりやすいところから見てみよう。それはサビの終わる所である。
失くした恋達の 足跡(あと)をつけて(二番)
まず気がつくのは、これら全ての終わりが「エ」で終わっているということである。仮にこれを「エ」以外の音だと考えてみよう。すると、この曲自体がぶち壊しになることが分かると思う。「ア」だと少々なさけない感じがするし、「イ」はやや幻想的になるかもしれないが悲痛な雰囲気も漂いそぐわず、「ウ」はそこで完結してしまい、「オ」では重すぎる。ここは「エ」でなければならない。暗い街中に消えていく複雑な余韻は、ここでは「エ」によってしかつくることができない(なお、似たような曲として井上陽水「帰れない二人」があることを指摘しておく。また、ASKAは「はじまりはいつも雨」を作る時にその曲を意識していると私は考えている)。
さて、この曲における母音でもっとも美しいと思うのはサビに入る前の「誰よりも 誰よりも」という箇所だ。J-POP広しといえども、このような「オ」の大胆な使い方をして、それが成功をおさめている例を私は他に知らない。この箇所は「ア」と「ウ」でも成り立たないことはない。しかし、「ア」だとあまりに開けっぴろげで楽観的すぎるし、「ウ」だと少しストーカーのようないやらしさを感じる。ここはやはり「オ」でなければならず、「オ」という少しくぐもった母音によっていささか内気な青年の、胸の奥底からやってくる高鳴る期待が的確に表現されていると私は考えている。言葉の「意味」ではなく「音」によってこんな複雑な操作をできるシンガーソングライターが今どこにいるだろうか? たいへん残念なことに私はASKA以外に知らない。
他にも「はじまりはいつも雨」には美しい母音が色々ある。例えば「今夜君のこと誘うから 空を見てた」の「と」の遠慮がちな「オ」とその後にメロディーとともに上を見た時にある開放の「ア」であったり(綺麗な夜空を見て嘆息つくような場景が思い浮かびます)。こういうことは言いすぎると野暮になることかもしれない。とりあえずは「はじまりはいつも雨」を聞いていただきたい。それから、「Say Yes」や「no no darlin'」などのチャゲアス名曲群から美しい母音たちを集めて、それぞれ言葉の音を解釈してみるのも一興だと思う。
俺も人に説明するほど覚えてないけどまだ解決していないエピソードや伏線
・まだ世界チャンピオンにはなってない(今世界ランキング2位と試合中だからもう一息?)
・木村は一時引退を決意するけど撤回して現役続行(あそこで引退しなかったらどこに着地するんだ)
・クミちゃんとは進展なし(最近顔を見ない気がする)
・センドウは再戦すると言ってるけど、どういうタイミングで戦うんだ
・才能のみで一歩を圧倒して会長が「二度と勝てないから再戦はせん」と言った選手がいたけど、今後ストーリーに絡むのか?
その選手は二度と勝てないと言っておきながら世界チャンピオンを目指して動いてるから、会長の見立てではその選手より
チャンピオンは弱いのか? このまま放置だと宙ぶらりんな気がするけどストーリーに絡めるほど重要な扱いでもないしよくわからない
(※ 僕個人の感想です)
E=mc^2
運動量 p=0 の時は確かに成り立つので全くの嘘ではないとは言え、なぜこんな中途半端な省略がされたのでしょうね?
略すならいっその事自然単位系を取って E=m でも良かったのではないでしょうか。
『あの星の光は太古の輝き。今見ているのは過去の星の姿なのよ。相対性理論ってロマンチックね』
何か僕が重大な勘違いをしているのかもしれません。
聞いてみたいのですが、聞き返すといろんなフラグをへし折る気がして質問すら出来ません。
僕の部屋が汚れるのはエントロピー増大の法則のせい
「部屋に冷たいビールを置いておくとぬるくなり、部屋の気温はちょっと下がる(熱平衡状態)。その逆は起こらない」くらいの意味です。
それがどうして部屋が散らかる理由になるのかわかりません。
そもそもエントロピー は
で定義されるのですが、部屋の散らかり具合を表すエントロピーなんて何の自由度をどう数えればいいのでしょう?
ひょっとしたら、部屋の散らかっていく様子を空気分子や水中のイオンの拡散する様子に見立てたジョークが一人歩きをしてしまったのかもしれません。
言うまでもなく、部屋が散らかるのはエントロピー増大の法則のせいではなく僕のせいです。
シュレーディンガーの猫とか多世界解釈とか
トンデモさんにも一般のひとにも大人気でものすごく触れにくい話題です。
控えめに言っても、現在の大学では学ばないし教科書にも載っていないとだけ。(コラムとか小話的に載っている事はあるけど)
念のため言っておくと、観測問題自体がトンデモという訳ではなく、それを調べる研究者もいますがそれはネット上で人気のあるものとは別物かと思います。
具体的には 人の精神が〜とか多世界解釈みたいな単語が出てきたらブラウザバックしていいと思います。
ところで、シュレーディンガーの猫はもともとは「波動関数の収束はいつおこるのか?観測装置も含めるべきか?」といった指摘だったようなのですが(知らない)、
といった具合に変質して伝わってしまったようです。重ね合わせなのは確率(状態)であって猫やパンツそれ自体ではないんですけれどね。シュレーディンガーも草葉の陰で泣いている事でしょう。関係ないですがシュレーディンガーはロリコンです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/エルヴィン・シュレーディンガー#.E6.80.9D.E6.83.B3] (あれ、リンク貼れないな・・)
引用者注 正しいリンクを貼ります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/エルヴィン・シュレーディンガー#.E6.80.9D.E6.83.B3
注ここまで
上記のトピックが哲○ニュースとかカラパイ○などでブックマークを集めていることがあります。
コメントをよく見てみると「角運動量の合成が出来るようになってから言えよ」「井戸型ポテンシャルでも解いてろ」と言ったたぐいのブクマコメントがちらほら見られます。せっかくなのでちょっと解説しておきます。
(高さ無限大の一次元)井戸型ポテンシャルとは量子力学における最も簡単な問題で、物理学科生で解けない人はおそらくいません。
仮にいたとしても落第するでしょう。なぜならば量子力学のテストでそれ以上簡単な問題を作れないからです。
「角運動量の合成も出来ない奴」
これも上記と同様の煽り文句です。足し算も出来ない奴、九九も唱えられない奴、くらいの意味です。物理学科生をガチ切れさせるのでリアルでは使わないように。
トンデモ系サイトにこれらのコメントがつくのは「トンデモさんにはわからない、物理学科生にのみわかる煽り文句」になっているからでしょうね。
偉大なる元増田様
そんなの居ないじゃねえか!と言いたい
多分、居るところにはいるんだろうけど、そいつが多様な場所で話題にされるほど
ジャンルに影響力を持っているはずもなく……
圧倒的少数の存在が普遍性があるかのように語られるのはおかしいという認識を持てよ
お前ら一人一人がマスゴミやアフィカスみたいな役割になってしまってそのジャンルを悪いように見せかけていることに気付けよ
新規を迫害している古参や、逆に古参を敵に見立てて文句を言ったり身勝手な要求をする新規が、2chやしたらばのレスじゃなくてお前自身やお前の知人の周りに実在するのか?
オタサーの姫を語るやつ、自分がオタサーに所属したことはあるのか?最低限、オタサーの奴とその話をしたことあるのか?
ついでに仮想敵についても言いたいことがある!
ネットの書き込み内容に対した話題で言い争いをしているのに仮想敵って言われる意味がわからねえ
実際に見た書き込みに対して反応してるなら仮想じゃないだろうが
それに対して最初の話は書き込み内容そのものじゃなく書き込み内容が指している存在に対して話題にしとる
これこそが仮想敵だろうが
モロに団塊の世代な人
で、その人自身は生物の仕組みを本当に知りたくて、真面目に研究してきたんだよ
(つってもこれは俺の見立てだから、身内贔屓とか本人の自画自賛とかも入ってるかもだけど)
でも、その人いわく、属してた研究室はコネとか政治力の世界で、研究も結論ありきばっかりだったってさ
その時代に主流とされてた学説を補強するような結果だけが教授からは認められて、それに反するデータは無視
その後に世界的な流れが変わって古い学説が却下されても、当時ご機嫌とりデータを出してた連中は要職についてそのまま、だそうだ
何が言いたいかっていうと、生物系研究の世界がそんななのは昔からなんじゃないかってこと
他の世界の事は知らないけどね