はてなキーワード: 音楽産業とは
なるべく傷つけないように言うね。この文章は率直に言って、突拍子もない陰謀論のオンパレードだね。ワイヤレスイヤホンや音楽に関する技術的な理解というよりも、フィクションが過ぎて現実味に欠けているんだ。
まず、ワイヤレスイヤホンが「錯覚」であるという主張だけど、そんなことはないよ。ワイヤレスイヤホンはBluetooth技術を使って、デバイスから声や音楽のデータをイヤホンに送信し、イヤホンがそのデータを音に変換しているんだ。これが科学的な事実で、人間の脳が何かの「錯覚」を起こしているわけじゃないよ。
次に、イルミナティやフリーメイソンが絡んでいるという話だけど、これこそ典型的な陰謀論だね。音楽産業や技術の発展にそんな秘密結社が直接関わっているなんていう証拠はどこにもない。それを言い始めたら、あらゆる技術がどこかの陰謀によるものだって話になるよ。
さらに、マヤ文明の予言やダ・ヴィンチの「モナ・リザ」にまで話を飛ばしているけど、これも憶測が過ぎていて根拠に乏しいね。歴史的な事実や技術的情報を結びつけるには、もっと具体的で実証可能な根拠が必要だよ。
音楽が支配手段だなんていうのも過激すぎる見解だね。音楽は多くの場合、感情や文化を共有する手段として用いられ、生活を豊かにする役割を果たしているんだ。
こんな調子で根拠のない陰謀論に縛られるよりも、テクノロジーの実際の仕組みや音楽の文化的な価値に目を向けると、もっと現実的で建設的な考え方ができるんじゃないかな。
ジャニーズ事務所の長期的な弱体化は不可避 ジャーナリストの松谷創一郎氏が会見
https://www.youtube.com/watch?v=GrguzAYY3Wg
はじめまして松谷と申します いきなり始めてしまって その中で自己紹介 もしたいと思います ジャニーズ問題から考える構造の話を ちょっとしたいと思うんですけれども (略) このジャニーズ事務所なんですけども 近年いろいろちょっと起きました (略) ただその根っこにあるのがですねやはり 2016年末のSMAPの解散騒動および解散だったと思います 皆さんもご存知だと思いますけども これフジテレビ のSMAP×SMAPでゴールデンタイムに 5人が並んでお騒がせしたすみませんっていう 謝罪をしました これは公開処刑だいろいろ 言われてますけれども 最近あのいろいろその裏話っていうのは明らかになりつつありますが やはりこれ メリーさんがどうも仕掛けたということ らしいです ただこのぐらいからジャニーズ事務所おかしいよなっていう ようなことが 言われましたよね そしてこの中で3人がですね 後に 翌年ですか、 2017年の9月にジャニーズ事務所を退社をします もちろんこの後 SMAPが解散をすると この退所した3人、香取さん、草なぎさん、稲垣さんの3人ですけども 2017年 9月に退所して 番組がテレビ番組が相次いでなくなります テレビ朝日の番組が2つ、フジテレビ、そしてTBSの番組が相次いでなくなるんですね ただNHKのブラタモリ、これナレーションですけどもそれは 継続を今もしています ここで何かあったんじゃないかというふうに 当然みんな思うわけですね 思うんです けどもやはりその通りで 2019年7月17日、これジャニーさんが亡くなって8日 後のことなんですけども 公正取引委員会がジャニーズ事務所を注意をします これは元 SMAPの3人 をテレビ出演させないように圧力をかけた疑いと これはですね、おそらく共演NG かタレント引き上げみたいなことを匂わせたという風に今考えられますけれど も 具体的にジャニーズ事務所がどういうことをやっていたかというのは私も聞いてますけれども かなりえぐいことをやっていたようですね これで公取委が注意をします (略) ジャニーズ事務所がこういう注意を受けた後にどういう対応したかというと ですね ここはね結構面白いんですけども 自分たちが圧力をかけた事実はないと 公正取引委員会からも独禁法の違反行為があったとして行政処分や警告を 受けたものでもありません という風に 言ってるんですけども 公取委がやったのは注意なんですね だから注意されたのは事実なんだけども 行政処分や警告ではないですよって ジャニーズ はこういう なんていうのかなあのすごく ずる賢い言い方をするのが ジャニーズ事務所だったわけですね で、そういう やり口っていうのは今回もいろいろ見られ ますけれども 基本的にもともとこういう会社だったんですよってことはご確認いただければと思います (略) ジャニーズ事務所に限らず芸能界では 公然と移籍制限っていうのがありました これはあのスポーツ界でも行われていたようなものと 近いような 引き抜き防止のカルテルですね (略) で、今のが基本的なベースラインの話なんですが ここから構造的な問題に、 いよいよ本題に入っていきたいと思います 全体像として見ればですね 日本の芸能界、80年代以降に非常に活性化をして かつ同時に内閉化状況、 ドメスティックに ビジネスモデルが完結をしてしまった状況 が進むんですね ピークは、どこをピークとするかなんですけども 音楽産業 のピークは1998年なんですね その辺、90年代中期から後半ぐらいがピークであろうと そういうふうに捉えていただければいいと思いますけれども 結構その、いわゆるバブル崩壊からちょっと遅れたぐらいがピークだったんですね で、その中では先ほどもちょっと申しました、 独自の商慣習が続いていました その引き抜き防止カルテルであるとか、 それに伴う新興勢力の参入障壁になるわけです、それが あとはタレントとの対等ではない契約、 プラス、メディアコントロールこういった ことが続いてきたし これジャニーズだけではなくて 大なり小なり行われてきたと いうことなんですね ただその状況にも大きく変化が生じてきて います それはインターネットとおよびそれによるグローバル化です コンテンツの グローバル化によって かなり相対化をされ つつあるというのが2010年代で プラス、公正取引委員会が問題視をした これ2018年 以降なんですけども これがジャニーズの問題、 2019年の7月のジャニーズの注意によって より明らかになったということ (略) で、芸能プロダクションというのは この今で いう芸能プロダクションの体制ってのは 実 はこのテレビとかなり関係をしています (略) で、今のがまあちょっと前提的な話なんです けども 最後にあのジャニーズ事務所の性加害問題に関してお話をしたいと思います 昨日もですね喜多村先生がちょっとお話をさ れていましたけども まあいろいろ 歴史的にですね 過去の告発等がありました 中でも北小路さん、光GENJIっていうものと 99年から2000年にかけての週刊文春の報道、 この 辺はすでにご存知の方多いと思いますけど も かなりやはり当時としては芸能ゴシップ扱いをされていましたね でどちらかという と告発ではなくて暴露という形でもありましたし 昨日も喜多村先生ご指摘だった通り、 週刊文春もホモセクハラという表現をしていますし ある種その 男性の同性愛に対してすごく侮蔑的な見方、 ある種まあ嘲笑するような見 方自体があったのは 確実だと思います それはまだ男性同性愛に対しての理解が進んでいなかった当時の時代もありますし 媒体的な特性というのもあるのかもしれません (略) ひとつ付け加えるんであれば、現役のタレントがジャニーさんに対してものすごく何て言うかな親愛の情を テレビ 番組とかで示しているというところもあったと思うん ですね ジャニーさんの口癖「ユーは何々だよ」とかそういう言い方を真似したりしていて 本当に性被害を受けてる人か何でこんな こと言うんだろうっていう風に まあそこの整合性が取れなかったわけですね で、今回 やっぱりBBCのモビー・アザーさんが やった一つすごく大きな功績っていうのは そこにグルーミングっていう概念をですね 日本にちゃんと伝えてくれたことです これはあの性犯罪においては 非常によく知られていた概念だったそうなんですけれども 私は知らなかったので ようやく 納得ができたんですね 現役タレントのそのジャニーさんに親しげな表現をすること あるいは親愛の情と性被害っていうものが ある種両立をするんだ ということに すごく納得がやっとできたという印象です 何よりですねそのジャニーズ事務所の 性加害問題が 報じられなかったっていうのは メディア コントロールがあったからなんですね で、それはやはり各社内にジャニーズ担当者がいてこれはジャニーズへの窓口連絡窓口を 一括するものです でこれジャニタンって言われるんですよね ジャニーズ担当者、 これ はもう新聞社とかにもいますし NHKにもいますし、NHKには制作側と報道側に1人ずついるというふうになっています で、まず ですねそのジャニーズ担当者のが目を光らせていて そこでまず なんですかね 忖度が働くと 自己検閲が生じるメカニズムが働くんですね なので私たち 早い段階で その朝日新聞グループプラスという媒体で 民放テレビ局が官邸や政府よりずっとおそれているのは 間違いなくジャニーズ事務所だっていう風に書きましたけども これ私以前から言ってますけども 残念ながらその後の報道を見ると やはりそうだったということが確認でき ました で、民放テレビ局としてはですね やはりコンテンツと報道の天秤をかけた時に コンテンツを取っているんでしょうねっていうことですね で、例外的に違うのが、 初期段階ではTBS は違いましたよということと 日本テレビも迷いながらもやっていると テレビ朝日とフジテレビはちょっと腰が引けてるけど フジテレビ は最近やり始めたなっていう印象ですよね で、このコンテンツと報道の天秤なんですけれども まあ実際そのこれは19時から 23時台までのレギュラー番組ジャニーズのレギュラー番組なんですけども 各局 こんな感じなんですね、バラエティ、ドラマ これ4月ですけれどもこんな感じであります 一番やっぱまあそうですね あの結構TBS実はね番組が多いんですよね あとフジテレビも結構多いですね フジテレビなんかもう 金土日も1週間に4日19時台に 出来上がるそれぐらいあります テレ朝は実は結構 薄く見えますよね NHKも今大河ドラマですね 松潤の大河 ドラマをやってるので 全く無関係でもないし ここにはないですけど NHKもBSで ですねあの少年倶楽部っていう ジャニーズ Jr.の番組を長くやってます という風にですね 各局、大なり小なりジャニーズ事務所との深い関係ってのがあります で、ここで注目するのは実はこの表で色が ついてないところなんですね ここなんです ここ何かって言うとテレビ朝日の ミュージックステーション で、ご存知だと思い ますけども 1986年から続いているゴールデンタイムの音楽番組です この番組1988年からジャニーズタレントがレギュラーなんですね 総集編を除く1369回のうちジャニーズの 出演がなかったのは13回だけなので1%を 切っていてこの13回のうち4回はですね うち1回がコロナで あと3回が特定の アーティストの特集みたいな感じなので ほぼレギュラーだという風に考えて いただいていいと思います でこの番組の特徴はですね ジャニーズの 競合の男性グループ、 アイドルグループが出演をしにくいことなんですね 長らく言われているのが 1997年11月14日にですね DA PUMPっていう 紅白に5回ぐらい出ている 最近再ブレイクしましたけども そのグループが 出演をする日にですね これ予告されていたんですけども 当時売り出したばかりのデビューしたばっかりのキンキキッズの出演が キャンセルとなったことがありました これを最後にDA PUMPは 10何年後かな 20年近く後まで出演ができなかったん ですね そして今もですね、 JO1、BE:FIRST、Da-iCE、INI という男性グループ のアイドル、 男性アイドルグループが出演をできていません でこれはJO1とINIにはですね まあ一人ずつジャニーズジュニアがいます で、BE:FIRSTをプロデュースした 日高光啓さん この人も元ジャニーズJr. です そういうことが関係しているのではないか というふうに考えられますけども 何 にせよ競合しやすいグループていうのは出にくい んですね ただ例外があって K-POPとLDHは必要もできます K-POPちょっと話を長くなのでやめますけども これはジャニーズとうまく取引 をしたからです LDHに関しては丸坊主で髭を生やしているような グループはできますけども 若い人ではでき ないようですね で、他方でTBSの CDTV ライブ! ライブ! という番組が今 ありますけども、月曜日に こっちは忖度なくて今は一緒に出演できます 押さえておいていただきたいのは 実は今回の 報道の姿勢が この音楽コンテンツと結構 同じようなノリだっていうことですね TBSは積極的 にやるけども、 テレ朝は一番腰が引けている これはコンテンツの中身と 結構 似てるような感じがありますよね テレビ朝日がじゃあなんでこんなに ジャニーズに対して腰が引けているのかというと その要因としてやはり考えられるのは 過去に圧力があったからではないか ということですね 例えば実際にテレビ朝日の皇達也さんっていう この番組を、ミュージックステーションを立ち上げた方がいらっしゃいます 皇室の皇って書いてスメラギさんて読むんですね 亡くなったんですけれども この人がですねジャニーさんが亡くなった 時にですね 週刊新潮にジャニーさんから 「ただ、うちのタレントとかぶるからうちは出さない方がいいね」 っていう風に言われ たっていう風に 実際に圧力があっ たってことを 亡くなった時に美談として言ってるんですよ ジャニーさんには 「そんなこと言わないでくださいよ」 って言ったんだけども、 「わかったよ」とジャニー さんは納得してくれたって言ってるんですけども あの先ほども言いましたけれども まあ競合グループはDA PUMPも含めて 出られていないんですね だから全然美談でも何でもないだろう と思うんですけども 要はこれはタレント 引き上げの圧力をジャニーズさんが 示していたということです なんでテレ朝とこう、 ジャニーズがこんな 深い関係なのかっていうと まあ長らく知られていることとしては テレビ朝日の社内に、社内というか社屋内に ジャニーズ事務所のレッスン場があったと いうことです これは旧社屋なので旧社屋って、2000年代前半ぐらいまでまあ今の六本木ヒルズができる前まであったんです けども 3階建てプレハブの3階の第2リハーサル室だという風に言われてます これはですねテレビ番組に出てベテランタレントが懐かしい話としてよくするん ですね だからまあ知ってる人多いと思い ます 私が文章で確認を最近したのは 少年隊の錦織さんが 1977年7月に 六本木のテレビ朝日のリハーサル室に来てくれというふうに言われたと だからその頃 から 旧社屋がある頃ですから 2000年ぐらい まであったんだろうなというふうに予想さ れます 今回、実名で告発をしてる 二本木さんとか平本淳也さんが レッスンや公 の場とかレッスン上でジャニーさんが 少年愛的な行動をしていたというふう なことを 証言をしてます これがテレビ朝日のレッスン場かどうかは確認はできませんけども 多分そうなんじゃないかなという感じがしますね あとここにはちょっと書いてないです けれども NHKにも2000年代以降には レッスン場が 少年倶楽部って番組の関係であったという ふうには言われています (略) 私はですね構造的な問題を話すんであれば こう いう風にテレビ局がジャニーズを退所した人に対して忖度をし続けること自体が共犯だと思ってるんですね なぜかというとこれをやっ てる以上はジャニーズが離れられないから なんですね ジャニーズに留まったらジャニーさん から性的な課題を受けるかもしれないし 性的な被害を受けるかもしれないし ジャニーズから離れたら今度は芸能界で 活躍できないかもしれない となると この構造自体がですね まあ今回の性加害を生じさせてしまったということになるん ですね で、テレビ朝日が今もまだこれを続けているんならば テレビ朝日が今もまだここ に対して共犯であるということだと私はとらえています 最近、元SMAPの3人がフジテレビの番組に やっとバラエティーとかドラマにも出 られるようになったので 状況はフジテレビ とかは結構変化をしているけれども なかなかこういう状態を本当にまだ続けて いくのであればちょっと問題としては より追求をしなければいけないのかなという ふうには考えてます 同時にですね 今回ちょっと未成年者の話自体が 注目をされていますけれども 未成年者の話には限りません これはそこだけご留意いただきたいと思います ちょっと時間が過ぎていたので 次もう ちょっと最後少し言いますけども 今後の課題についてお話をします 今言ったような芸能プロダクションと メディアとの環境を変えない限りは 今後はジャニーズの今のポジションに 他のプロダクションが入って 同じことを 繰り返す可能性があります なので 移籍で独立の自由度をより高めて 忖度が生じない制度を作っていかないと また同じようなことが起こりかねないと私は考えてます で、同時にですね、 芸能人が救済を求められる窓口というものが明確にはありません もちろん 各都道府県の単位で言えばあるんですけれども 例えばアメリカにはですね協同組合があっ て 韓国にはまあ準政府機関として 機関があります、窓口があります 韓国にはこの準政府機関というのは コンテンツ振興院って言って 日本でいう文部科学省の傘下にある 準政府機関ですね 日本で言うと 独立行政法人みたいなところがあるそこに 窓口があります プラスですね組合なんですけども 日本にも ね声優が入る日本俳優連合っていうのは存在するんです なので日本の声優さんに 関しては実は 移籍とか独立ってかなり自由なんですよ なので現実問題としては まずここ日本俳優連合に タレントさんが 俳優さんとかが入っていくことが 解決には近くなるだろうなというふうに 考えてます でこの日本俳優連合なんです けども 会長は西田敏行さんでそこは俳優さんがやってるんですね この経緯はちょっとわからないですけども で、最後に指摘しておきたいのは こういう芸能プロダクツの他の問題 近年すごく 起きてます それは今回のジャニーズの加害問題とも近いものがたくさんありますので ここだけ ご確認いただきたいと思います (略) (以下、質疑応答は省略) (TBSの元キャスターの金平氏が質問する場面あり)
かつては大学生だった。今から約20年前のことだ。地元の公立高校で必死に勉強して、勉強して、勉強して、青春のすべてを犠牲にして京都大学法学部に合格した。一浪だった。いわゆるイカ京みたいな京大生がたくさんいる中で、自分もその1人から脱出しようと頑張ってみたが、結局だめだった。
40歳が間近になった今では、没落というか、いや元々高い位置にはいなかったのだが……今は、普通に非正規労働者をやっている。契約社員みたいな仕事に就くこともあるが、あまり続かない。1年くらいで辞めることが多い。結局、学歴って大したことはないんだよなぁ、と実社会で働くようになった今では感じる。
これから、大学時代の話をさせてほしい。暗い話になる。みんなジメジメした話は嫌いだろう。だから、すぐに終わらすよ。頑張って五千字以内に収める。リアル一人称が僕なので、以降は僕でいくことにする。
入学式を終えて大学生になった僕は、どこかのマンガで見たようなサークル勧誘活動を眺めることになった。どういう風に勧誘があったか、さすがにまったく覚えていないが笑
でも、僕にはあまり声がかからなかった。ルックスはいまいちで、特にスポーツ系からは全く声がかからなかった。浪人生活がたたって不健康に見えたのだろうな。
文科系からは何度か勧誘された。漫画研究会とか、小説を書く倶楽部とか、山登りの会とかも見学に行ったっけ。結局、どこにも入らなかった。高校時代はバリボーをやっていたが、大学の部活はいわゆるガチめのところが多い。通用しないとわかっていた。
それで、大学1年生(※正しくは1回生)の時は、ごく普通に講義に出て、帰りに図書館に寄って、たまに帰り道にラーメン店を巡っていた。実家は美山町の貧しい農家だったが、親が優しかったので仕送りをたくさんくれていた。月に8万ほど自由に使えるお金があった。
アルバイトを始めたのは、かなり後になってからだ。大学2年生の春だった気がする。退屈に負けて繁華街にあるマクドに応募したんだっけ。
そんな時だった。1年生の秋頃、学内であるチラシを見かけた。『みやこ音楽祭』なるものの開催案内だった。京都の学生有志で集まる大学間サークルで、くるりとかの有名バンドを呼んで京都の音楽を発信しよう、みたいな団体だった。
チラシには第1回の文字はなかったけど、結局第8回まで行われることになった。僕の時は、西部講堂という古めかしい場所があるのだが、そこでライブをやっていた。
いろんな大学の学生が集まる、しかもライブイベントのスタッフなんて、こんな体験は二度とできないと思った。小学校も中学も高校も、文化祭でリーダーをやるタイプではなかった。下働きだった。
数年前のアニメだと、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』で、高校生だけでアメリカ風のプロムをやろうみたいな場面があって、ゆきのんが実行委員長で、八幡が陰の立役者で、いろはすが現場リーダーだったと思うんだが、僕はその現場の下働きだった。
それで、みやこ音楽産業みたいな名前の団体があって、そこに電話をかけて参加申し込みをした。もうほとんど覚えてないが、西部講堂付近のカフェで面接があったのかな、その場で誓約書みたいなやつを書いてスタッフとして登録した。
若い人達がやってるんだろうなぁ、と思っていたら、みやこ音楽祭を立ち上げたのは20代半ばの人達だった。とっくに卒業年齢だったのだが、京大にはあえて留年をして大学の看板を使っている人もいる。ハタチくらいの有志が集まって~みたいな団体ではなかった。
まあ、そうじゃないと、第1回目からくるりや向井秀徳や矢野顕子は呼べないはずだ。伝手があるのだろうなと察したのを覚えている。
もう想像できると思うけど、ここでも下働きだった。現場で机とか、椅子とかを運んだり、他大学へのチラシ配りとか、やはり音響機材を運んだりとか、ライブ中の警備とか、掃除とか、そういう下働きをしていた。
いろんな学生が集まるサークルなだけあって、多様性に富んでいた。僕は4年分すべて参加したけど、僕のような中核ではない臨時スタッフまで入れると軽く50名を超えていた。なんだかんだでマーケティング活動は抜群だった。もし、経営の才能がある大学生がここで活動したなら、きっといい経験になったと思う。
思えば僕は、アニメや漫画でいうところのモブキャラだった。その団体の中核メンバーはほとんど京大生だったけど、中には同志社とか、立命館とか、京都産業とか、龍谷とか、いろんな人が揃っていた。
僕は京大生だったけど、4年間活動してもずっと臨時スタッフだった。そういうところには潜り込めなかった。かと思えば、才覚のある大学1年生(仏みたいな名前の大学の女子だった)が入ると、次の年からは中核メンバーとしてスカウトされていた。
そういう光景を目にして、つくづく自分が嫌になった。自分は臨時スタッフなので、次の年も参加したいと思えば、またチラシを見つけて応募する必要があった。
それで、イベント初回の時は、その1ヶ月後には打ち上げ会があった。その会では、今の自分から見ても相当気持ちが悪い光景が繰り広げられていた。京大の近くにある居酒屋での開催で、和室の座席を貸し切っていた。席の配置は自由だったけど、大体男女が別々に固まる。40人ほどだった。
ただし、主催者の方で誘導して、男女がある程度向かい合わせになるようにする。それで、京都大学の学生のうち、女子と向かいになった人達が、飲み会が盛り上がっている半ばでこういうアピールを始める。※京都の方言は標準語に直している。
「俺、浪人して経済(学部)に行こうと思ってたけど、総合人間でもまあいっかと思って」
「高校の頃の模試は全国で二番だった。医学科行きたかったけど、キツそうだからやめて看護(保健学科)にした」
「お前らまだ若いからいいじゃん。俺こないだのTOEIC220点だったぞ。大学入ってから頭が悪くなっていく一方だよ」
(3/21追記)コメントを受けて。以上は飲み屋での会話だから、卑屈な謙遜がかなり混ざっていると思う。会話自体は確かにこのとおりだ。
こんなノリで会話を始めて、自分の財布から京都大学の学生証を取り出して、目の前の女子に見せびらかす。こんなことを彼らは四年間ずっと続けていた。見ていて情けなかったけど、かくいう自分も、隣の人に振られる格好で一度だけやったことがある。
「え、え、自分京大なん? リッツ(立命館大学)かと思ってた」
「法学部なんですね!! すごーい」
「機材を運んでる時、気遣いがすごかったですね。警備中もずっとお客さんの方を見てた。ほかの人はサボってライブ見てたのに」
今思えば、女子は気を遣ってくれていた。こんなに恥ずかしいことを、当時は若かったとはいえ、自尊心に負けてこんなアホみたいな、つまらない、人間として三級品にも等しい、救いようのない子どもじみたことをしていた。トイレの手洗器に張り付いたタンカスの方がまだ魅力的だった。
で、そんなことをしていると、向こうから中核メンバーが乾杯にやってきた。すると僕の周りにいた京大生は、借りてきた猫みたいに大人しくなる。それで、女子は彼らの方を眩しい視線で見つめるのだ。目のキラキラ感が違う。
……でも、当時の僕は受け入れていた。これが正しい形なんだって思っていた。強い人間がモテて、強い人間がいろいろ持っていくのは当然だと思っていた。僕だって、京都大学に合格した時は、中学校や高校の先生や後輩から神扱いだったし、親族からもすごく褒められたし、母親は泣いていた。
でも、違うのだ。大学が保証する個人の能力というのは、実社会で必要な力のせいぜい20〜30%だ。ほかの能力面がダメだと社会では通用しない。
結局、在学中に目立つことはできなかった。自信が持てるような体験はなかった。学業成績は中の中ほど、アルバイト先は今は亡きマクドナルド河原町三条店で、そこでは全スキルをほどほどに鍛えた。就職活動はコツコツとやって、結果は京都銀行に内定した。しかし、自分という存在に確信がもてないまま、あっという間に四年間が終わっていた。
銀行でのことは話したくない。嫌な思い出だし、気が付けばすごい文章量になっている。増田でこんなに書いたのは初めてだ。
掻い摘んで話すと、社会人一年目から地獄だった。地方支店からキャリアが始まったのだが、預金口座とか、金融商品の営業がまったくできなかった。
営業としての適性がなかった。ぜんぜんだめだった。当時の成績はゼロに近かった。ほかの同期は、月にひとつ以上は契約を取ってくる。高卒で入った男の子や女の子ですらそうだった。
同期に馬鹿にされて、上司には激詰めされて、居場所がなくなって、しかしクビにはならない。いっそクビにしてほしかった。京都の山間部に住んでいる親には「うまくやってる」と嘘をついていた。
三年目のある冬に、メンタルが完全にダメになって仕事中に交通事故を起こした。運転中に手が震えて、ハンドル操作ができなくなった。それで免許停止になってしまって、人事との面談では……もう雇い続けることは難しい、次やったら本当にだめだ、みたいなことを言われた。クビにはならなかった。
まだ次があるのかと思った。上司からは、「お前は京大だからな!! 地銀に入る京大なんか珍しいからな!! できる!! なんとかしてみろ」と何度も言われた。
結局、次の交通事故を起こす前に辞めた。退職手続きはあっさりだった。相応のレベルの会社らしく、有給消化や退職その他の手続きは出社しなくても全部やってくれた。今でも感謝している。
それからは坂道を転がるみたいだった。どの仕事でも2年以上続かなかった。期待していた仕事でも、やってみるとぜんぜんダメだった。先日は、市役所の会計年度任用職員をクビになった。現業の仕事をするポジション(剪定、伐木、廃棄物処分)で募集があったので応募した。
書類選考が通って、市役所の役職者が面接をしてくれた時に、「え……京大なんですか……?」と愕然としていた。自分以外に応募者が10人以上いたけど、現場仕事未経験の自分でも内定を取ることができた。
もうわかっていると思うが、結果は散々だった。口頭での指示を理解できず、とんちんかんな行動を繰り返して、何度も怒られて、1ヶ月も経つ頃には役職の人に呼ばれて三行半を付きつけられた。
「すんません……こないな自分が言うのもなんですけど、事務職やったら……」
「事務職はもうパートさんがおるさかい。あんたには任せれへん」
「すんません」
会計年度任用職員の試用期間は1ヶ月だった。こういうわけで、先日見事にクビを切られた。情けない限りだ。いや、もう僕はこういう状態に慣れてしまった。これでいいのかもしれない。
これからも、アルバイトで日銭を稼いで、スーパーで閉店近くに八割引きになっている惣菜を買って、コンビニでストロング無糖ドライを買って、二級品の梅干しを入れて、ウィルキンソンで割って飲み続けるんだと思う。
最後に知っておいてほしい。学歴は仕事の結果には関係がない。最近読んだ『科学的な適職』という本で、アメリカの研究で学歴と仕事の結果の相関係数が0.1とあった、との記述を見た。つまり、ほとんど関係ないのだ。マイナス相関でないところは皮肉に感じる。
そろそろ仕舞いにしよう。こんなおっさんの愚痴を聞いてくれてありがとう。適度なところで死ぬようにする。いつも布団に入る時に思う、「目が覚めた時に死んでいればいいのに」って、本当にそう思う。
――ああ! 誰かがあの肉體からあの魂を取除いてくれないかなあ!――「造物主」が何かのはずみで手違ひをしたとしか思へませんからね!
未來のイヴ ヴィリエ・ド・リラダン (著), 齋藤 磯雄 (翻訳) P.99
3/21追記 この本の引用が上の言葉の元です。こんなところまで自分の言葉じゃなくて申し訳ありません。
もし若い人がこの日記を読んでいるのだとすれば、学歴と仕事能力は関係ないって、それだけでも心に刻み付けてほしい。そうすれば、僕のような人間を少しは減らせるかもしれない。
Vtuberのメインであるしゃべりが面白くないと思ってるなら、そもそもなんで数か月もVtuberに熱中したの?
好みの問題だから、元増田があのトークや実況、歌系なら歌唱力のレベルが低いと思ってももちろんいいけどさ。
今のところしゃべりが生配信系Vtuberのメイン作品であり、多くの視聴者が楽しいと評価してる部分なわけじゃん。
(厳密にはしゃべり単体ではなく、コミュニティの雰囲気作り、配信時間調整など様々な要素の総合だが)
その中核コンテンツをつまらんと思ってるなら、あとは派手にやろうが地味にやろうが、儲けようがノーギャラでやろうが否定の言葉しか出てこないだろ。
「つまらん物でお祭り騒ぎしてくだらない」or「つまらなさに見合った貧乏くささでくだらない」になるだけ。
ロック音楽嫌いな奴が、ロックは音楽的価値がないってとこを前提に音楽産業を狂騒だの虚業だの言ってるようなもんだからな。
ただし、歌ってみた、ゲーム実況、トーク企画に多い人気テレビ番組のパロディなど、「借り物文化」的であるという指摘は一理ある。
これはネットでのオタク表現全般が、同人的な、やる側も見る側もごっこ遊びをして楽しむ文脈と地続きだからでもあるんだけど。
この借り物性・ごっこ遊び性とどう向き合うかは、各バーチャル企業にも、個人にも問われている。
歌であれば、オリ曲に軸足を移していけばいいからわかりやすい。
その活動は2018年から既にあるし、2019年末から多くのVtuberでますます加速している。
有名大手だけでも、KMNZ、キズナアイ、ミソシタ、ヒメヒナ、にじさんじはフルオリジナルアルバムを出している。
ホロライブとアイドル部もオリジナル曲を出している。周防パトラや、エルセとさめのぽきなどは作詞作曲も自分でやっている。
その進みが遅い、まだライブでオリ曲半分いくかどうかじゃんって言うならまだしも、ライブ全般が歌ってみただけだろってのは本当に観測しての批判か?
法的には、ゲームは権利者との関係をクリアにすればいい。にじさんじが任天堂と包括契約を結んだのは、つい先週のニュースだ。
だが、客商売ゆえの客に与える印象としては別の話だ。
それに上でオリジナル曲志向が加速しているとは言ったが、それでも現状、彼らがYoutube上で発表する曲は歌ってみたが多いというのは間違いない。
借り物であることへの自覚はあったほうがいいのか? リスペクト、含羞、謙虚さを見せた方がいいのか? 卑屈なくらいがいいのか? ゲームや企画もオリジナル性を重視した方がいいのか? 借り物なことを一切気にせずやった方がいいのか?
その答えは、今後誰が人気になって稼げたか、人気や稼ぎとは関係なく長い目で見て幸福になれたかという結果でだけ、語れるものだろう。
https://softpower30.com/wp-content/uploads/2018/07/The-Soft-Power-30-Report-2018.pdf
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7. スペイン
8. オランダ
芸術、映画、音楽、スポーツ、観光を測定する指標において、アメリカが他の国よりも優れていることは驚くことではありません。イギリスは、音楽産業の世界的な成功に支えられています。フランスは、国際観光客の数が最も多く、ミシュランの星を獲得したレストランが最も多く、世界で最も訪問者の多い美術館であるルーブル美術館があります。
1. アメリカ
2. イギリス
3. フランス
4. ドイツ
5. スペイン
6. オランダ
7. オーストラリア
8. ベルギー
90年代後期2億4000万人だったアメリカの人口は今は3億2000万人に増加している
しかし最盛期1兆5000億円だったアメリカの音楽市場は一時期6000億円まで下がってしまった
それが2010年ごろから普及し始めたサブスクリプションで市場は8000億円くらいまで戻していると持ちあげられている
それで違法音楽に打ち勝ちましたというストーリーで話をしたがる評論を多く見かけるようになった
でも人口の増加(1.3倍)と物価の上昇(1.51倍)から本来であれば3兆円近くになっていたであろう市場が8000億円まで戻っただけの話だ
それを違法行為に打ち勝ちましたというのは、大げさすぎる勝利宣言だと思う
同様に日本の音楽産業は全盛期の90年代に6500億円がピークだがいまじゃ3000億円だ
人口はアメリカと違い下がり続け、デフレなのにアメリカより下落が緩やかだ
日本もアメリカみたいにサブスクリプションをやろうという意見が多いが
やったとしても、おそらくアメリカほどの戻りはないだろうと思う
アメリカですら微増なのに、日本でサブスクリプションをやって、はたして違法視聴に打ち勝ちました的ストーリーは描けるのだろうか
2015年の世界の音楽市場規模は1兆6000億円だったらしい
有名な「このマンガがすごい!」とか何アレ。オトコ編とオンナ編でしか分かれていない。ただの書店員のオススメ漫画見本市でしかない。
アメリカ見てみ?映画産業や音楽産業が文化だって誇り持ってるからアカデミー賞だってゴールデングローブ賞だってグラミー賞だって事細かにさまざまな部門に分けて賞を作って選考している。尖った感性の作り手もちゃんと正面から拾い上げて審査しているのだ。
Wikipedia参考にアカデミー賞にどんな部門があるか見ていこう。
録音賞
衣裳デザイン賞
特別賞
このように総合的に一番良かった作品を決める「作品賞」の他に、ちゃんと映画の技術を評価する賞がいくつも存在しているのだ。
しかし、日本の漫画賞には漫画の技術を評価する賞がいまだにない!
だから「この描写方法は誰々が発祥」など起源議論がネットで耐えない現状もある。
アカデミー賞に当てはめて、日本漫画アカデミー賞を作るとしたら、各賞はこんな部門になる。
美術賞…優れた背景・小道具・大道具・機械美術、デザインに贈られる賞
短編漫画賞…20ページ以下で完結する優れた短編漫画に贈られる賞
衣裳デザイン賞…優れたキャラクターの衣装デザインに贈られる賞
長編ドキュメンタリー賞…50ページを超える実録・ドキュメンタリー漫画に贈られる賞
短編ドキュメンタリー賞…50ページ以下の実録・ドキュメンタリー漫画に贈られる賞
キャラクターデザイン賞…優れたキャラクターのデザインに贈られる賞。
ノミネートされる作品はその年に発表された回、その年に終わった漫画。ただし長期連載漫画の場合は「○○編」といった形でのノミネートや、「ちょうど○○が告白して区切りがついたから第○話から第○話までのエピソード」という形での年またぎノミネートも認める。よって前年までに候補になった回は落とされる。
もちろん本家アカデミー賞と同じく、一つの作品が複数の部門でノミネートされて五冠、六冠取ることも想定している。
漫画は立派な日本文化なんだから漫画技術を評価するために、漫画出版社は漫画アカデミーを立ち上げて今すぐにアカデミー賞の選考を始めるべき。
有名な「このマンガがすごい!」とか何アレ。オトコ編とオンナ編でしか分かれていない。ただの書店員のオススメ漫画見本市でしかない。
アメリカ見てみ?映画産業や音楽産業が文化だって誇り持ってるからアカデミー賞だってゴールデングローブ賞だってグラミー賞だって事細かにさまざまな部門に分けて賞を作って選考している。尖った感性の作り手もちゃんと正面から拾い上げて審査しているのだ。
Wikipedia参考にアカデミー賞にどんな部門があるか見ていこう。
録音賞
衣裳デザイン賞
特別賞
このように総合的に一番良かった作品を決める「作品賞」の他に、ちゃんと映画の技術を評価する賞がいくつも存在しているのだ。
しかし、日本の漫画賞には漫画の技術を評価する賞がいまだにない!
だから「この描写方法は誰々が発祥」など起源議論がネットで耐えない現状もある。
アカデミー賞に当てはめて、日本漫画アカデミー賞を作るとしたら、各賞はこんな部門になる。
美術賞…優れた背景・小道具・大道具・機械美術、デザインに贈られる賞
短編漫画賞…20ページ以下で完結する優れた短編漫画に贈られる賞
衣裳デザイン賞…優れたキャラクターの衣装デザインに贈られる賞
長編ドキュメンタリー賞…50ページを超える実録・ドキュメンタリー漫画に贈られる賞
短編ドキュメンタリー賞…50ページ以下の実録・ドキュメンタリー漫画に贈られる賞
キャラクターデザイン賞…優れたキャラクターのデザインに贈られる賞。
ノミネートされる作品はその年に発表された回、その年に終わった漫画。ただし長期連載漫画の場合は「○○編」といった形でのノミネートや、「ちょうど○○が告白して区切りがついたから第○話から第○話までのエピソード」という形での年またぎノミネートも認める。よって前年までに候補になった回は落とされる。
もちろん本家アカデミー賞と同じく、一つの作品が複数の部門でノミネートされて五冠、六冠取ることも想定している。
漫画は立派な日本文化なんだから漫画技術を評価するために、漫画出版社は漫画アカデミーを立ち上げて今すぐにアカデミー賞の選考を始めるべき。
「音楽に限らず、すべてのエンタテインメントは子どもの為に企画設計されている。大人が対象では無い」
レコード会社でプロデューサーなんかやっているとこんなひねた考え方になるのかと驚く。中学時代はもう少し素直なやつだったと思っていたのだが。
それとも、近所の居酒屋で突発開催される30代のプチ同窓会みたいなやつは、仕事の話になるとだいたいこんな空気になるものなのだろうか。
今では三児の母(双子の出産を含む)のにぎやかなタイプだった女子が、「ちょっとー、最近日本の音楽って元気がないんじゃないの?」と言った。それが彼にとっては逆鱗らしかった。
彼女もずいぶん攻撃的だ。酔っているんだ。
「意見は別に良いだろ。ただ、エンタテインメント業界の人間が建設的と判断する意見は、子どもの為になるかどうかだと主張しているんだ。日本の音楽の良い曲がないというのが子どもの為の意見なら建設的だと思う」
「でも、子どもにエンタテインメントコンテンツを与えるのは親でしょう。間接的なものも含めたら大多数がそうじゃない。その親の主観を軽視するってのはーどうなの? だいたいあんた子ども子どもって子どもいないじゃない」
「別に軽視なんかしてないよ。子どもの為になるなら聞くもの。あと、子どもいないやつは子どものことを考えるなって言ってるならいろいろ言い過ぎじゃないかと思うが」
「私だってそんなことは言ってない。ただ、子どもを持つ親からすれば、大人の意見を聞き入れるのが建設的じゃないという主張はナンセンスに感じられるし、そんなナンセンスな主張をしている人が多いのがエンタテインメント業界なら、そりゃ廃れるわってなっちゃうわけ」
「大人の意見だって聞くって言ってんだろ。あと、子どもの中でも主に10代な。少なくとも多くの日本の音楽は10代を対象にしているんだよ」
「10代だって一緒よ。反抗期に買う音楽なんて、親の主張の単なる真逆じゃない。それも含めて間接的って言ったわけ。あのね、あんた親になるといいよ早く」
「それな、お前の子どもがもう10代ならリアリティがある意見なんだけどな」
「ムカつく!」
30代にもなるとみんな正確にエンタテインメントって言えるんだな。そうだよな、ニルヴァーナ世代だもんな。とか思いながら、トイレに向かい、いろいろ考えてみた。
レコード会社の人間からみて、対象が子どもだと言い切る理由は分かる。その対象相手に儲け続けた経緯なのだろう。
しかし、今は、下記のようなめっちゃニッチな音楽を作り続けている人たちと、ネットを通じて出会うことが出来る時代だ。
Bitplane - 恋は、Sensation (feat. Hatsune Miku)
https://www.youtube.com/watch?v=IelOdS6GmtI
https://www.youtube.com/watch?v=DbMT7kyf4NY
https://www.youtube.com/watch?v=DC07uizKL00
こうした音楽がアップされ続けるネット音楽事情に触れて、日本の音楽が元気がないとは思えない。むしろ元気になっていると言っていいだろう。
なぜならば、音楽産業ではなく、音楽という土台から考えるなら、売上規模を音楽の元気性の指標に入れるべき正当な理由がない。音楽の元気性を示す指標は純粋に創造頻度と発表頻度と視聴回数で捉えるのが自然だからだ。
だって、シェイクスピアや万葉集の頃の音楽が元気ではないと言えるか?という議論に誘導したら俺の完勝だろう。彼は資本主義前提の時点で視野狭窄に陥っているんだ。
また、こんな音楽、対象が子どもな訳がない。親の影響なんてあんまりない。だってこれ聴いて喜ぶやつの口元には必ずヒゲがはえている。
ヒゲにも親の影響とか言い出したら、全ての人間は死ぬまで少年法の庇護の範疇である。暴論だ。
従って、二人ともまったく違う。
争い事の原因が誤解だと分かれば楽しいプチ同窓会に戻るはずだ。そう結論付け、論駁してやろうと決意を固めた。ダメだダメだ。お前らはぜんぜん分かっていない。と。この素敵な動画をお見せしながら論駁してやろう。と。
半径5kmで生活しているだとか、仲間、絆という言葉が好きだとか
で、上昇志向がないと
上昇志向ってのは、東京に上京して成功してやるぞ的なものらしい
なんだよそれって話だけど
この話に出てくるひとってなぜか、低学歴低偏差値の子だくさんの人たちだよね
マイルドヤンキーとは何かを語って、カテゴライズするのはいいんだけど、そうじゃない人にも十分当てはまるじゃんって思うわけですよ。
たとえば若者の大学の選択のデータで地元の国立大学を選ぶ人が多くなってるんだよね
早稲田なんかはそれに焦って営業頑張ってるって記事にもなってる
この話では、経済的負担を考慮してなんて話だったりするんだろうけど、もっと別の視点もある
そりゃ今現在も東大は1位だし、そこまで勉強ができたら上京してでも通うだろうけど
1位じゃなきゃダメなんですか的発想だけど、べつにそこまでして追い求める対象としての魅力が薄れてると思うんだよね
バブルのころのなにがなんでも東京みたいな時代ではないってこと
東大じゃなければ地元でいいやくらいにはなってるよ。それが早稲田とか私立は割り食ってる
つまりマイルドヤンキー論は若者論じゃなくて、田舎論じゃなくて
田舎から東京に出てきた俺から見たら、ここ10年の東京の求心力の低下のほうが日本の若者文化論を語る上で重要で、
インターネットの一般への普及によって、テレビ、マスメディアを中心とした中央集権的情報消費が崩れたってことだよ
Jリーグの盛り上がりとか、地方アイドルとか、10年前に比べたらずいぶん地方の文化としての魅力はあがったと思っている。
東京の中でいうと、渋谷が文化発信地として地位が低下してる事とかも書きたいけど、俺の知識じゃどうにもならないので誰か書いてほしい
音楽産業の衰退とともにこの流れがやってきたとおもってる
そんななかで電車男だなんだと秋葉原がメディアに持ち上げられたよね。
あれメディアが持ち上げてやったんだ的な流れあったけど、実際はコンテンツとしてネタがなくて仕方がなく立ったと思う。
かつてテレビにあった渋谷的コンテンツが死にかけて、その穴を埋めようと必死に探したのが秋葉原系コンテンツだったと。
聞くにしても、初音ミクや声優の時代になってる。紅白に水樹奈々が出る時代だ。
渋谷がまだ文化として繋ぎ止めているのは、小規模ライブハウス、クラブくらいか
この分野ではまだまだライバルはいない感じだけど、今後どうなるだろうね。
渋谷の文化的地位氏の低下は中央集権的東京の地位が低下していることを意味していると思うんだよね。
音楽産業はマスメディアありきだから絶対東京じゃなきゃだめだけど、オタク産業って東京じゃなくてもやれるでしょ?(ゲーム会社とかアニメ会社とか、東京以外多いよね)
秋葉原はあくまでも消費地として魅力があるんだろうけど、渋谷のそれとは意味合いが違うよね。池袋で腐女子系ショップが増えたように、消費地だからほかでも良い、秋葉原じゃなければってわけでもない
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で、なんだけど、マイルドヤンキー論を展開しているひとって田舎馬鹿にしてるよね
いろいろなんだろうけど、懐古的というか、かつての東京と田舎を比較してるよね
で、それに従わない人たちをバカにしてる感じ
焦りにも似たなにかだとおもうな
僕の大好きな東京になぜこないの?なぜ憧れないの?東京だぜ!?あの東京にあこがれないなんておかしいでしょ!
みたいな感じをうけるよ
人口減少時代ですから、そうはいっても東京の一人勝ちだと思いますよ
MTV81なるサイトにクリプトン・フューチャー・メディアの伊藤社長インタビューが載っていた。初音ミクの英語版が発売される直前のタイミングで掲載されたようだが、ちょっと探しても日本語訳が見当たらなかったので適当に訳してみた。URLは以下の通り。
*****引用はじめ*****
Mark Jarnes 2013年8月30日
J-ファンはおそらく今では「初音ミク」が何であるかご存知だろう――もしかしたら「違う! 初音ミクが『誰』であるか、だ!」とすら思っているかもしれない。
CGアイドルの6回目の誕生日(彼女が最初に発売された2007年以来)を――そして「初音ミクV3英語版」の発売を――記念し、僕らは彼女のお父さんと会った。伊藤博之、クリプトン・フューチャー・メディア創業者――初音ミクの創造者に。
MTV81は今年のジャパン・エキスポ・パリで、ソフトウエアとしての、歌手としての、そしてミューズ[音楽の女神]としての初音ミクについて聞くため、日本で最も先端的な考えを持つ人物の1人にどうにか会うことができた。また、伊藤との会見は滅多にないため、僕らは彼に、音楽とあらゆるものの未来に関する展望についてもまさに訊ねることにした。
まず、初音ミクの6回目の誕生日おめでとうございます! そしてもちろん「初音ミクV3英語版」の発売も。
ありがとう。ご存知の通り長くもあり短くもある難しい時間が経ったけど、ミクがデビューして以来の6年間、私たちはいくつかの試行錯誤をくぐり抜けることができ、そしてどうにか成功裏にシーンをつくりあげてきました。思うに私たちは、技術的な意味でも企業としても次の一歩を踏み出す時なのでしょう。引き続き掘り進めるけど、おそらくは違う角度で。
そしてもちろん、私たちはミクのムーブメントを拡大し築き上げていきます。より大きな言い方をするなら未来を作り続けます――コンテンツを統合する場所を人々に提供するだけでなく、明るい未来を作ります。
日本には本当の意味で伝統的文化と技術の混合物があります。ミクが日本のために、そしてこれだけ多くの技術の出発点であるその企業のために、物事をエキサイティングにしてくれることを期待しています。今から将来に目を向け、よりよい未来を作ることに集中する必要があると考えています。
壮大な展望ですね。1995年にクリプトン・フューチャー・メディアを設立した時からそう考えていましたか? それとも事態の進行に合わせてそう思うようになったのですか?
95年の時からぼんやりとしたビジョンは持っていました。今ではそのままにしないよう、それを補完しようと試みています。今や変化を引き起こせる立場にいるため、未来を私たちの手で作るような方向に向かうことは魅力的だろうと考えています。
私たちが初音ミクを創造し世界に紹介したのはそのようなものとしてであり、以来彼女が成長し続けるよう挑戦しています。いくらかの波紋を起こすことはできたと考えていますし、今は次の一歩を考えるべき時です。
音楽制作の世界から人間の声を排除するのがあなたの意図ですか?
違います。結局のところボーカロイドは人間の声に代わるものではなく、むしろシンセサイザーです。不完全さの中に魅力があり――時に本当に機械っぽい音がすることがその声に『個性』を与えているのだと思います。完全に人間の声を真似られるのなら、それは魅力的ではないでしょう。
たくさんの初音ミク動画の製作者であり、自身アイドルファンだと公言しているわかむらPは、初音ミクは「理想的なアイドル」だと言っています。それについてどう思います?
多くの異なった価値と考え方があり、もし100万人のユーザーがいるのなら100万の異なった考え方がある筈です。
私は特定の価値にこだわりすぎないようにしています。多くの考え方こそがより豊かでより多様な創造に至ると考えています。重要なのは多様な切り口を持つことで――そこから進化が始まります。初音ミクは多様な創造、例えば音楽、動画及び他の種類の技術のハブになってきました。
音声合成技術は日本の音楽制作シーンにとても巨大な衝撃をもたらしてきました。ボーカロイドとあなたのクリプトンでの仕事は、音楽制作の世界における進化でしょうか?
そうだと思います。それは人間の声を代用する目的で始まった技術ですが、人々が印刷された文章としてすぐに同じ情報を共有することを可能にしたワープロの発明のように――ただし音楽的な意味で、重要な効果をもたらすようになると思います(微笑)。
初音ミク英語版の発売とインターフェイスの改善により、より多くの人々が使うことで、それは音楽を作るクリエーターの標準的な道具になるでしょう。それとともに、予想不能な、全くユニークなミクの使い方をした、より多くのタイプの音楽が制作されるでしょう。
次に何が起きるか私には分かりませんが、これがある種の音楽革命であると私は信じており、そしてこの革命的技術に私たちは貢献し続けたいと思っています。
どのようにして英語圏の国々に革命を持ち込もうと計画していますか?
文化は国ごとに違います。日本では「サブカル」が本当に人気が出るようになり――多くの場合それがほとんどメインストリームになっています。音楽と同様に、人気のあるジャンルも異なります。米国と欧州では、おそらくそれはEDMであり、その前にポスト=ロックでしょう。
従ってそこが成功のカギとなるでしょう。誰が初音ミクを使い、どのような音楽を彼らが支持しているかが。
彼女は国際的に連携した活動をすべきだと聞いたことがあります。それについてコメントはありますか?
初音ミクは国ごとに異なった受け取られ方をしています。ひとたびミクが誤解されると、それがデフォルトの理解となってしまうでしょう。
不幸なことに、特に外国で彼女はしばしば誤解されています。何人かの人が動画サイトで初音ミクのコンサートに対する嫌悪感を表明しているのを見ました――ですが、数十万のアーティストとクリエーターが参加し貢献しているイベントの象徴がミクであると適切に紹介すれば、共感を得られると私は確信しています。
バーチャル・アーティストというアイデアに警戒感を持つ人がいます。だから彼らにコンサートの映像を示すだけではうまくいかないでしょう。彼女を注意深く紹介する必要があります。それが私たちの意図です――各国のアーティストと協力し関係をつくることで、各国とその文化的分野における彼女への確かな入り口を作り出すのが。
あなたが見たい他の国々での初音ミクの使われ方というのはありますか?
私たち日本人がミクについて興味を抱いた点と全世界の人々の受け止め方は全く違うでしょう。
より重要なのは私たちの望みより彼らが何を見たいと望むかだと思います。だから今のところ私は明確な考えを持っていません――そして異なる文化において何が受け入れられ支持されるか、想像することもできません。考えるのも恐ろしいほどです!
初音ミクは日本をリードする何人かの実験的なクリエーター、例えば冨田勲や渋谷慶一郎に使われてきました。これまでミクに対して「ミューズ」という言葉が使われています――あなたにとっても彼女はミューズですか?
(微笑)そうだと思っています。初音ミクは多くのインプットとアウトプットを持つコンテンツで、人々が彼女を通じていくらでも作品を創造できる基盤を生み出しています。ソフトウエアはしばしばアップデートされてきましたが、私たちは最初の段階で特定の戦略を抱いていたわけではありません。「へえ、そうなるのか、ならその場合はこうしなくちゃな」
インプットとアウトプットについては、我々技術の供給者にできるのはユーザーポリシーを発展させることだけです。なぜなら私たちは実際には自らコンテンツを創造できる立場にないからです。事態から学ぶのは本当に興奮します。増加するアウトプットを通じて何年も気づいてきたことに取り組むことで、私たちは刺激を受けてきました。
もっと未来を見てください! そういえば「フューチャー」は御社の名前でもありましたね――初音ミクとそして全般的な未来に対するあなたのビジョンを、ぜひとも聞きたいです!
多くの人々がコンピューターを使い始めてたったの20年です。そして今ではそれらは私たちの生活に完全に組み入れられています。私たちは今や「ネット」と呼ぶ透明なクリスタルのディスプレーを通じて大量の情報を共有し、リアルタイムでニュースをアップデートしています。
そしてそれが過去たった20年に起きたことなのです。続く20年の期間を、そしてさらに50年や100年の未来を考えたとき、私たちは本当にまだスタート地点にいるだけです。コンピューターの発明から一時しか経過しておらず、そして本当の衝撃は今から数十年、あるいはおそらく数世紀を経てようやく気づかれるのでしょう。
その時には我々の身体構造も発展していると想像します。例えば私たちは今、衣服を着ています。当然のことです。しかしそれは私たちの体毛が進化あるいはある意味退化の結果として著しく減ったためなのです――私たちはもはや裸ではいられないのです。
もっと話してください! どこでコンピューターが関わってくるようになるのでしょう?
コンピューターは人間の脳の拡張です。従ってそれは私たちの芸術的本能や、あるいはむしろ特別な判断に関わる何かを発展させるのにもっともふさわしいと思います。なぜならそれらはコンピューターができないことだからです。私たちはこれらの物事にのみ取り組み、自分たちに必要ない機能と縁を切り、残りをコンピューターに任せるべきなのです。
過去の人間の進化過程においては2つの大きな跳躍がありました。まず農業が人間の生活に劇的な変化をもたらしました。[ここで産業革命の話が入ったと見られるが、インタビューには掲載されていない]そして情報革命です――しかしそのインパクトを私たちはまだ評価しきれていません。革命が起きていること、そしてたとえ数十年あるいは数百年かかるとしてもそれが私たちの人生を形作っていることは明白だと私は信じています。
コンピューターがよりよい仕事としてできる暗記、あるいは「1+1」のような計算は重要ではありません。私たちはコンピューターができないことを向上させるべきなのです――私たちを人間にしていることを。それが人間の頭脳を人工的なものと区別しているのです。遠い未来における私たちの生活と技術を想像するのは私たちなのですから、それこそが不可欠なのです。
私たちは今まさに過程の中にあり、初音ミクもそれに深くかかわり得る、というのが未来の創造についての私の考えです。それは音楽産業の変化に関する狭い視野の話にとどまりません――私たちは変化と進化のより大きな波の中におり、そして私はこの動きに貢献する機会を失いたくありません。
ですが私は近い未来、次の2、3年について正確には分かりません――それはちょっとした調整の問題だと私は思っています。
*****引用終わり*****
せっかくクリプトンの人が大好きなトフラーの「第三の波」について話しているのに、その肝心な部分をインタビューに収用しきれていないってのはどうなのよ。それとも最近の人はトフラーも知らないんだろうか。
最近CDを買って聴くと、音割れしてるものばかり。素人が聴いても分かるし、波形見れば一目瞭然なのに。
CDってカセットテープよりダイナミックレンジ広いとか、テープヒスノイズが無いとか、フラッターが無いとか、価格に対して音質がアナログより優れているでしょ?
なのにわざわざ、アナログに劣る録音して販売してるなんて、素人が作ってるのか、嫌がらせなのか、音楽産業を衰退させたいのか分からんな。
ま、個人としては、アナログより音質の劣る(音が割れてるなど音質やノイズの問題外)CDなんて買いません。
CCCDよりタチが悪いわ、と思ったりする。
CCCDとか最近の音割れCD音源とか、わざわざ自滅しにいってるんじゃないのかね?