カテゴリー 「マスダとマスダの冒険」 RSS

2020-04-02

[] #84-2「幸せ世界

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ガイドと初めて出会ったのもエイプリルフールだった。

恐らく、こいつの時代にはそういう文化がなく、たまたま巡り合わせが悪かっただけなんだろう。

「これがこうなって、あれがああなって……」

そう頭では理解していても、俺はテキトーに聞き流した。

ガイドの話は右から左へ抜けていく。

俺にとっては、こいつが嘘つきでも正直者でも大した違いはないからだ。

上手く言えないが胡散臭い、なんと言うか人として信頼できない。

ましてや今回は自分時間が潰されたのだから、関わりたくないっていう気持ちはより強まる。

「……というわけなんだ。大分はしょったけど、分かった?」

「ああ、だいたい分かった」

しかし、俺はあえて話に乗っかってみることにした。

普段なら常識的対応をしつつ、露骨な態度で追い返してきたが、結果として話がこじれることが多い。

それを踏まえると、こいつに気分よく帰ってもらった方がスムーズだと思ったんだ。

「じゃあ、早速向かおう!」

「移動って、どこに行くんだ?」

「だから、こことは違う世界、分裂した世界にだよ!」

…………

ガイドは俺を庭に連れて行くと、腕についた端末を何やら操作し始める。

すると目の前に、大きな球体が突如として姿を現した。

扉が付いているので、恐らく未来の船的なモノだろう。

「人の敷地に、いつの間にこんなものを……」

ステルス機能で見えないようにしていたんだ」

球体に近づくと、おもむろに扉が開いた。

俺は扉越しに、恐る恐る中を伺う。

2人分の座席が見え、それが縦一列に並んでいる。

後は給水らしきタンクと、仮眠できそうなカプセル式のベッドが備え付けられていた。

他は特筆して説明することがないほど簡素な作りだ。

「夢のないデザインだな」

乗り物なんだから、乗れれば十分だろ。どんな夢を抱いてかは知らないけど、未来現実の延長線上にあるんだよ」

自分時間を潰してまで協力するんだからちょっとくらい期待はしてもいいじゃないか

いちいち偉そうなんだよな、こいつ。

「さっ、早く乗って乗って」

急かすガイドに押され、俺は渋々と後ろの席に座った。

ちょっとちょっと! 後ろは操縦席だよ! 助手席は前!」

何で操縦席が後ろ側なんだよ。

七面倒くさい乗り物だ。

というか、何でこれに乗っていかなきゃならないんだ。

「なあガイド、前に別次元に行ったとき、こんなのに乗らなくても良かっただろ」

「これから行く世界は、“本来なら存在しなかった世界”なんだ。生身で跳ぶと次元の歪みに持っていかれる」

本来なら存在しなかった世界”って、どういうことだ?

世界線は可能性の数だけあるんじゃないのか」

「それ説明したことあるけど忘れたの?……じゃあ、詳しいことは移動中に説明するよ」

その世界のことも気になるが、ガイドがさっきから端末の操作しているのも気になる。

俺の席からだと様子が見えないから、ピポパポ音だけが聴こえてきて煩わしい。

「さあ、行くよ!」

ガイドがそう言うのと同時に、船の扉がゆっくりと閉まる。

その後すぐ、自分の体に僅かな圧力がくるの感じた。

どうやら船が移動を始めたらしい。

窓とかもないから外の景色すら見えなくて、実際何が起こっているかは良く分からないが。

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2020-04-01

[] #84-1「幸せ世界

幸せって何だろう。

……なんてことをシラフで管まく奴がいたら、それは人の温もりに飢えているドランカーか、時間を持て余したバックパッカーのどちらかだ。

それ以外だと、弟みたいな哲学的未熟児(ガキ)か。

幸せとは水が沸騰することだよ。外圧によって変化する沸点こそ、幸せの有り様さ」

弟は以前に、そんなことを意気揚々と語っていたが、とどのつまり“人それぞれ”ってのを言い換えているだけだ。

陳腐結論を捏ねくり回したり、とっぽい言い回しで着飾りたい年頃だったのだろう。

本人は「山登りの疲れでハイになってた」って後に釈明していたが。

いずれにしろナンセンスなことで夢想したり、使い古された話で盛り上がれるのは若者特権さ。

無人島に何を持っていくか」だとか、「カレー味のウンコorウンコ味のカレー」だとか、そんな話を大人になってからするもんじゃない。

言うまでもなく、幸せってのが如何に不安定で、捉えどころのないモノなのかは自明の理だ。

例えば俺にとっての幸せは、自分時間スムーズに使いこなすこと。

弟は不安や不満のない、退屈しない程度に刺激的な、メリハリのある毎日を過ごすこと。

父は余裕を持ったスケジュール仕事を終えることで、母は家族と一緒にいられることだと言っていた。

キトゥンは知らない。

俺は猫じゃないし、猫の言葉も分からいからな。

まあ、このように身内の間だけでも多様なのだから幸せズバリ「こうだ!」って答えるのは無理な話なんだ。

弟のようにガワだけ取り繕っても、単なる言葉遊びにしかならない。

だが今回の話に出てくる“とある人物”は、それを壮大かつ究極的に追い求めた。

====

今回の出来事に巻き込まれたのは突然だった。

最初は順調だったんだ。

その日、家族はそれぞれの事情で外出していて、文字通り猫の子一匹いない状態

自宅には俺一人で、都合よく予定も埋まっていない。

それはつまり、俺は俺のためだけに時間を使えるってことを意味していた。

例えば、ラジオ体操筋トレもやりたい放題だ。

「9、1011……いや、もう20回くらいやったっけ……まあいいや、最初からやり直そう」

ランチ健康も行儀も度外視できる。

イレブン豚まんには、やっぱり緑のタバスコが最適解だな」

周りに誰もいないのを承知の上で、あえて独り言を呟いてみたりもした。

特に意味なんてない。

自分のためだけに時間を使えるってことが重要なんだ。

これほど贅沢で、多幸感を覚える方法はないだろう。

勿論これは客観的見解ではないが、異論を挟める人間は今この場にいないんだ。

だが平穏というものは、得てして容易く壊れやすい。

「やあ、マスダ!」

ブレイクタイムの時、そいつ唐突に現れた。

ガイドと名乗る、未来からやってきた輩だ。

「……」

一切の誇張なく、本当にいきなりである

しっかり戸締りをしていたし、入ってきた気配すら感じなかったのに、いつの間にか部屋の中にいたんだ。

だがガイド普段の振る舞いを知っている俺からすれば、これは驚くに値しない。

「……どうやって入ってきた」

「それは言えない決まりなんだ。事情があってね」

こいつの時代不法侵入という決まりはないのだろうか。

あと、人のテリトリーにずかずか入ってきて、一方的に「こっちの事情を汲んでくれ」と主張してくるのも随分だ。

「不躾なのは百も承知さ。それでも優先したい事柄から、こうやって来たんだ」

こいつと出会ったのは一年前だが、どうにも苦手な相手だ。

自分未来に生きているって驕りが、所々に見え隠れして鼻につく。

己の価値観や振る舞いが相手とは違うって前提が、まるでないように動いてくる。

ちゃんと聞いてくれよ。キミが今いる世界、ひいてはボクたちのいる世界消滅する可能性もあるんだ」

なんとも大仰だが、ガイド言葉結果的真実であることが多い。

それは分かっている。

分かっているのだが、真面目に聞けというのは無理な話だ。

なにせエイプリルフールから

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2020-02-23

[] #83-13「キトゥンズ」

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どうやら攻撃を受けたらしい。

至近距離だったせいで前足の動きを捉えきれず、身構えるのが遅れたんだ。

凄まじい勢いで、顔に掌底を打ちこまれた。

一瞬、自分の身に何が起きたかからなくなるほどの衝撃。

いきなりモロに食らってしまった。

奮い立たせた戦意が、途端に削ぎ落とされていくのを感じる。

早く反撃しなければ。

半ば朦朧としたまま右足を突き出す。

「……貴様!」

攻撃クリーンヒットしなかったが、意外にも相手の顔は歪んだ。

爪が絶妙に、相手の古傷をなぞったらしい。

これはラッキーパンチ……そう解釈するのは甘かった。

「よくも、よくぞ本気にさせたなっ!」

相手の勢いは衰えることなく、むしろ増大させてしまったようだ。

前足による攻撃が、左右から交互に襲ってくる。

「ふ、ぐ……」

今度はしっかりと意識から攻撃を食らったにも関わらず、その威力は驚くものだった。

わず息が漏れる。

「このっ!」

反射的に殴ったが、まるで効いている素振りがない。

マズいぞ、こいつ予想以上にケンカ慣れしている。

実力に差があるのは分かっていたが、まさかここまでとは。

勝てる気がしない。

どんどん血の気が引いていくのを感じた。

キトゥンー!」

だが、その時、仲間たちの声援が俺の耳に届いた。

おそらく、ずっと前から応援してくれていたのだろう。

それが聴こえないほど、さっきまで追い詰められていたんだ。

「頼むー!」

なけなしの戦意鼓舞されていくようだった。

大丈夫だ、まだ戦える。

俺は相手パンチを受けながら、あえて前のめりに突っ込んだ。

「うっ……!?

足でだめなら、今度は口だ。

相手の古傷めがけ、俺はガブリと噛み付いた。

「やめろ、この野朗!」

相手も反撃してくるが、俺は意に介さず、しつこく同じ場所に牙を突き立てる。

みつきを避けてくれば、今度は爪で、爪を避けられたなら今度は噛みつく。

どれほど効いているのかは実感がなく、正直いって勝てる気持ちは沸き起こらない。

それでも俺はひたすら攻撃を続けた。

「負けないでくれー!」

そうだ、今の俺に必要なのは“勝てる気”じゃない。

“負けない”という絶対的意思だ。

「こいつ、いつまで、やるんだ……!」

ネコ喧嘩ってのは倒れるまで続ける、なんてことはまずない。

体がボロボロになる前に、どちらかが降参して終わる。

逆に言えば、気力が続く限りは終わらない。

俺に意思がある限り、決して負けることはないんだ。

「いけー! キトゥン!」

====

「……はっ?」

目を開けて、まず視界に入ったのは壁。

次に捉えたのは、本の山だった。

なんだ、頭が回らない。

それに、全身にけだるさを感じる。

「あ、おはよう兄貴

状況を理解するまでに数秒を要した。

「夢って……ふざけてんのか」

どうも俺は、いつの間にか眠っていたらしい。

課題による疲れと、ガイド意味不明SF講義のせいだろう。

変な姿勢で寝てしまったようで、身体の節々が悲鳴をあげている。

「いてて……ガイドは?」

「さっき帰ったよ」

しかも直前の話題に引っ張られて、キトゥンになった夢を見るとは。

内容も我ながらナンセンスものだ。

自身が猫になれば気持ちが分かるだろうと、どこかで考えていたのだろうか。

思い上がりも甚だしい。

あんな夢を見ているようじゃあ、俺もあの動物番組の仲間入りだ。

「あ、キトゥンおかえり」

自己嫌悪に苛まれていると、なんとも微妙タイミングキトゥンが部屋に入ってきた。

あんな夢を見てしまった後だから気まずい。

「ニャー」

当事者はそんなことを露知らず、部屋に入ってくるや否やこちらに擦り寄ってきた。

畜生が、こんな時に限って。

俺は仕方なくキトゥンを抱きかかえると、おもむろに膝の上に乗せた。

いつものように撫でながら、それとなくキトゥンの体を調べる。

正夢なわけはないが、一応だ。

パッと見は大丈夫なように見えるが……これ以上まさぐると嫌がるしなあ。

明日、念のために病院に連れて行こう。

兄貴、なんか調子悪そうだね」

「ああ……嫌な夢を見たからな。動物を、自分とは違う存在を、自分尺度で決め付けて、言ってもいないことを勝手に喋らせて……」

「うーん? それ、人が他人に対してやってることと何か違うの? 割と見たことあるけど、そういうのやってる人」

弟が何か言っているが、まだ夢うつつだったので上手く聞き取れない。

血圧の煩わしさから、俺はぼんやりと相槌を打った。

「……それもそうだな」

(#83-おわり)

2020-02-22

[] #83-12キトゥンズ」

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運命の日、俺たちは決戦の地であるネコの国』に立っていた。

「ふん、流れの……しか首輪つきか。あっちの集いで最もマシだったのが貴様か」

対戦相手らしきネコが、こちらに聴こえるような大きさでそう呟く。

聴こえて上等の、軽い挑発のつもりなのだろう。

仲間達は少し怪訝な顔をしていたが、俺は歯牙にもかけない。

どうせ戦いとなれば、牙は存分に使うことになる。

代表者、前へ」

俺は恐れも淀みもなく、いつも歩くように前に進んだ。

不思議身体も心も軽やかだった。

自分過去を顧みれば、なんとも変な感じだ。

不自由首輪を付けているような存在、それが俺だ。

けれど今この瞬間、俺は何よりも身軽なように思えた。


「逃げるなら今のうちだぞ?」

周りの野次一瞥もくれず、俺は対戦相手の間合いに入った。

そしてほぼ同時のタイミングで、お互いに睨み合う。

この時点で、既に戦いは始まっていた。

開始の号令など存在しない。

「すぐには逃げてくれるなよ?」

相手は安っぽい挑発をしながら、更に間合いを詰めてくる。

目を合わせただけで、すごい威圧感だ。

ケンカ慣れしていない俺は、この時点で目を逸らしたくてたまらない。

俺より少しでかいくらいだと思っていたが、至近距離で見ると予想以上だ。

覆われた剛毛が際立っており、実際以上に大きく見える。

こんなことなら、俺も数日前のブラッシング拒否しておくべきだったか

普段の俺なら、この時点で面倒くさくなって退散していただろう。

だが、その程度の有利不利は想定の範囲内

こんなことで悄気てはいられない。

俺も負けじと、相手との距離を詰めていく。

その間も目線は決して逸らさない。

「ほう、嫌々やらされたと思ったが……最低限の根性はあるようだな」

いよいよ、というところまで近づいた。

眼前に広がる、相手顔面

それは同時に、互いの前足が届く距離であることを意味していた。

「シャーッ」

相手は鋭い牙を見せると、まるで蛇のような声を発した。

一度、蛇と対峙したことがあるけれど、迫力はこっちのほうが上かもしれない。

静かだが骨身に染みる、強烈な威嚇である

体が縮み上がりそうだが、ここで怯んだら負けだ。

目も逸らしちゃいけない。

しろ俺も顔を近づけて、威嚇してやるんだ。

「フーッ!」

少しでも自分の体が大きく見えるように立つと、俺は全力で音を発した。

から見てどうだったかは知らないが、気持ちでは負けていないつもりだ。

そして少なくとも、相手にはその気概が十分すぎるほどに伝わったらしい。

「……そうこなっくちゃな!」

相手がそう言った瞬間、俺の視界がグラりと揺れるのを感じた。

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2020-02-21

[] #83-11キトゥンズ」

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そんなわけで、“流れネコ”ってのは「遠くからやってきたネコ」って意味の他に、「ヒトが忌み嫌っている特定ネコ」って意味も含まれている。

ヒトが勝手に決めた定義で、ネコからすれば知ったこっちゃない話だ。

だがヒトとの付き合い方も求められるイエネコ界隈において、流れネコ無視しにくい存在だった。

俺は何も特別なことはしていないし悪いこともしていないが、「ヒトとの間に軋轢を生み、善良なネコにも迷惑をかける存在」として、他のネコから邪険に扱われたりもした。

母が死んだとき、もしモーロックに拾われていなければ、ヒトに殺されるまでもなく野垂れ死んでいたかもしれない。

そのおかげで食べるものには困らなかったけれど、仲間内では一線を引かれていた。

あの頃の心境を言葉にするのは難しいが、たぶん他のネコができていたことができなかったこと、そして小さい頃に母と離れ離れになったことが大きい要因だと思う。

俺には“何か”が足りていなくて、そして満たされていなかったんだろう。

そのせいで自暴自棄になっていった。

いっそヒトの中に飛び込んで、楽になろうと考えることもあったんだ。

そんな時に出合ったのが、とあるヒトだった。

そのヒトは、どうやら俺を捕まえたがっていたようで、小魚でおびき寄せるという小賢しいことをやっていた。

俺は半ばヤケになって、その人の前に顔を出したんだ。

だが意外なことに、そのヒトは俺を殺すことはなく、それどころか飼うことにしたらしい。

どうやらヒトの中にも、流れネコを嫌う奴と嫌わない奴がいるようだ。

この出来事きっかけで、流れネコに対する、ひいては俺に対する悪いイメージは軟化していった。

飼われた後も集会所には定期的に参加し、数年かけて仲間に認められるようになったんだ。

…………

そこにきて、なぜダージンが“流れネコ”のことを蒸し返すのか。

察しはついていた。

「この戦い、本当にキトゥンに“任せる”んだな?」

ダージンとの付き合いも長い。

俺への嫌悪感から、そんなことを言っているわけじゃないのは分かっていた。

流れネコ歴史と、ヒトの存在は重い。

その血を受け継いでいる、何よりの証明である俺の体躯と体毛。

この瀬戸際からこそ、それは皆の不安を駆り立てる。

“流れネコが悪いわけではなく、ヒトが勝手にそう決めつけているだけ”

理屈では分かっていても、それで俺への不信感が完全に払拭できるわけじゃない。

そんな状態で俺を戦わせれば、勝敗がどうあれ、皆の中に決して消えない“わだかまり”が残るだろう。

「改めて問う、皆はキトゥンに“任せる”か?」

からこそダージンは、あえて言うんだ。

自分達の縄張りのために俺を戦わせるのならば、本当の意味で“任せる”べきだと。

「任せる!」

食い気味に答えたのはキンタだった。

「ええ、任せます。この戦いはキトゥンが適任でしょう」

間もなく、ケンジャもそれに続いた。

「そうだ、キトゥン! お前に任せる!」

続々と周りから同調の声が響き渡り、音は段々と大きくなっていく。

それを聴いて、俺は体から“何か”が湧きあがるのを感じた。

どちらにしろ俺は戦うつもりだったが、その意志がより強まっていくようだ。

キトゥン、お前にも聞きたい。本当にいいのか? この戦いに勝ったとしても、お前に大した得はないんだぞ」

ダージンの問いに、俺は澄ました顔で答える。

「……任せてくれるんだろ」

モーロックが俺を代表指名したのは、こういう意図もあったのかもしれない。

これは俺が皆に認められる、一世一代のチャンスってやつなのだろう。

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2020-02-20

[] #83-10キトゥンズ」

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キトゥンにこの戦いを任せるというのは、その……」

異議を唱えたのはダージンだった。

俺は反論することもなく、ただそれを聞いていた。

キトゥンは戦う意志を、しかと示した。なのに、なぜ止める」

ダージンは一瞬だけ俺の首元を見たあと、言葉を続けた。

「なぜって、キトゥンは飼われているネコですよ」

その指摘に、俺は何も反応しなかった。

実際、この戦いに勝とうが負けようが、野ネコじゃない俺は住処に困らないのは事実だ。

場所が確保されているネコに、自分達の縄張りをかけて戦わせるんだから不安にもなるさ。

口にこそ出さないが、同じような想いを抱いているのはダージンだけじゃないだろう。

ただ自分が戦えないという負い目と、勝ち目があるのは俺だっていうことも分かっていたから、皆は声を上げにくかったのだと思う。

ダージンもそれを分かってはいるが、補佐役の立場から意見せざるを得なかった。

それに、彼らが俺を代表にしたくない理由は“もうひとつ”あった。

「それに彼は……“流れネコ”だ」

ダージンの続く言葉に、集会全体がより重苦しい空気となる。

ちょっと、ダージン! その言い草は随分じゃないの~?」

「我々は同じネコです。ましてや、この集会所の仲間をそのように呼ぶのは……」

キンタやケンジャなど、俺を昔から知る仲間は憤慨した。

俺が“流れネコであることは皆も知っている。

だが、あまり良い意味言葉ではなく、それを口に出したがるネコはいなかったからだ。

「今だからこそ、言わないといけないんだ!」

それはダージンだって同じだったが、それでも今ここで言っておかないと、後で尾を引くと考えたのだろう。

「何よアンタ! 細かいことばっか気にして! さてはA型でしょ!」

「いや、血液型関係ないし、お前だってA型だろ」

…………

流れネコ……遠くからやってきたネコのことだ。

ヒトの間では“ガイライ”だの“ガイジュウ”だの言うらしいが、俺たちの間では“流れネコ”って呼ばれている。

その流れネコについて聞かされたのは、母の口からだった。

あなたのお父さんはね、とても遠くの場所から、ここへやって来たの」

「“遠く”って?」

「ずっと、ずっと、遠く」

その場所が具体的に、どれほどの距離かは母も知らなかった。

少なくとも歩いて行けるような場所ではないらしい。

だが、俺はさして興味がなかった。

自身はここ近辺で生まれ育ったし、場所が多少変わったところで違いはないと思っていたからだ。

まり俺は流れネコというよりは、厳密には流れネコの血を引いているだけなんだ。

だけど、そんな事情を周りが慮るとは限らない。

ネコとヒトという垣根があれば尚更だ。

「いいかい、坊や。ヒトに近づいては駄目。姿を見られるのも駄目。特に大きいヒトは危険だよ」

母はことあるごとに、俺にそう言い聞かせていた。

どうやら流れネコは、ここら一帯のヒトたちには嫌われているらしい。

俺と同じ見た目をしたネコは、ヒトに連れて行かれると殺されてしまうという。

近隣にいた同胞も、全てどこかに連れ去られ、二度と帰ってこなかったんだとか。

「なんで俺だけ駄目なのさ。他のみんなはヒトと仲良くしてるのに」

「……ごめんね」

俺にはその意味が分からなかったけれど、たぶん母も分からなかったんだと思う。

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2020-02-19

[] #83-9「キトゥンズ」

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絶望が辺りを包み込む。

結局、戦うしかないのか。

「皆よ、悲観するのは早いぞ。これは戦争ではなく、略奪でもない」

しかしモーロックは諦めていなかった。

交渉の末、この戦いにルールを設けたんだ。

「戦うべきは一匹だ。その一匹と、こちらの代表が戦い、認めさせてやればいい」

サシか……。

そうせざるを得ない、妥協案というべきか。

「その条件、信じていいんですか?」

「やつらは戦いを重んじ、強さを重んじる。だからこそ、一度でも認めれば牙を向かぬ」

それぞれ戦わないと駄目ならば、ネコの国に入れない奴が確実に出てくる。

だけど、この中にいる一匹だけが戦うのならば勝機はあるかもしれない。

だけど問題は、誰が代表となるかだった。

「では、諸君……この中に今回の戦い、志願するものはいるか?」

モーロックの呼びかけに、俺含めて皆ウーともニャーとも言わない。

なにせ、ここに集まっているネコたちは、ほとんどがケンカすらしたことないんだ。

それは争いを好まない気性だからってのもあるが、やはり強さに自信がないかなのは否定できない。

どんなのが相手なのかは分からないが、かなり覚えのあるヤツが出てくるはず。

そんなのと渡り合えそうな、体が大きくて力強いネコも仲間内にいるにはいる、のだが……。

「なあ、キンタ。お前ならやれるんじゃないか

「あたしぃ? やーよ、そんなの。戦いも食べ物も、血生臭くないのがいいわ」

有力候補だったキンタは、去勢されて今やこの状態だ。

いくら体格があっても、そもそも戦う気がなければ勝つことはできない。

次点だとケンジャもいるが、あいつは体がでかいというより単に太ってるだけだ。

「むぅ、志願する者がいないのなら……仕方ない、ワシがやるか」

モーロックあんなことを言っているが、当然ながら無茶だ。

昔ならまだしも、今の彼にまともに戦える力はない。

「よ、よしてください! 老ネコあなたには無理だ。下手したら死んでしまう!」

「では、おぬしがやるか、ダージンよ」

「そ、それは……」

そう返すモーロック眼光が鋭く光る。

ダージンはしどろもどろになり、咄嗟に俯いた。

それでも搾り出すかのように、震えた声で答える。

あなた危険晒すくらいなら……や、やります

しかし、ダージン消極的決断が認められることはなかった。

「よく言った、と誉めてやりたいところだがな。敵と相対する前から目を逸らすようなネコ代表は任せられん」


そうして代表が決まらず、どれ程の時間が経ったか

時おり「やろうか」、「やれよ」というやり取りも聞こえはしたが、どれも自信なさげであり、ハッキリとしたものではなかった。

「はあ……できれば強い意志で、自ら決めてほしかったのだがな……」

痺れを切らしたモーロックは、やれやれといった具合に息を洩らした。

「こうなったら、わしが直々に指名しよう」

集会所に緊張が走る。

選ばれたネコ自分達の居場所を得るため、更には皆の思いを背負って戦うことになる。

責任は重大だし、無傷では済まない。

代表は……キトゥン。お前だ」

その名前が出たとき、周りの視線は全て俺に集まった。

この時、肝心の選ばれた俺はというと、自分でも意外なほど落ち着いていた。

何となく、そんな予感はしていたからだろう。

年齢や体の大きさ、それに筋肉のつきぐあい

キンタを除けば、最も渡り合えそうなのは俺ってことになる。

「どうじゃ、キトゥン」

「気乗りはしないが……やるからには、やるよ」

好きでこんな体に生まれたわけじゃないが、別に抵抗感はなかった。

それでも俺が志願の際に消極的だったのは、戦いたくないこと以上に“他の理由”があったからだ。

「ちょ、ちょっと待った!」

そして予想通り、俺の気にかけていたことは起こった。

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2020-02-18

[] #83-8「キトゥンズ」

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「皆よ、案ずるな。既に今後のことは考えてある」

無力感に打ちひしがれる中、モーロックは動じなかった。

「残念だが、こうなった以上は別のところへ移り住む他あるまい」

「別のところ……ってアテはあるんですか」

「無論ある。そこへ向かうため、ここに皆を呼んだのだから

モーロックの威厳に、仲間達も希望を取り戻していく。

しかし、後に続く言葉に、皆の顔はフタタビ沈んでいった。

「その場所とは……“ネコの国”だ」

「も、モーロック、それは……クレイジーです」

補佐役のダージンも、その提案は受け入れにくかった。

俺も同じだ。

「ヒトがのさばる世界で、ネコがための地は限られておる。もし他にあるというのなら聞き入れよう」

しかしモーロックに代案を出せるものもいなかった。

実際、“ある一点”を除けば、『ネコの国』は今いる場所よりも優れた地だ。

周りに耳障りなものも、臭いものも少ない。

腹が減ったら、目についた獲物をとることも可能だ。

しかし、そこを新天地にするとして……果たして可能なんでしょうか?」

問題は、そこには別のネコたちが多くいるという点だ。

より良い場所であるが故に、あそこにいるネコたちは縄張り意識が非常に強い。

そして仲間意識も強く、新参が入ってくることを毛嫌いする。

それでも入りたければ、強さにものを言わせて存在感を示すしかないだろう。

「だが、それができるのならば、我々は元からここにいません」

いや、仮にできたとしても、好んでやりたくはない。

この集会所にいるネコたちは争いを好まない集まりだ。

それに、自分達のために他の住処を奪うことは、俺たちを追い出そうとするヒトたちと変わらない。

「分かっておる。だから、わしは少し前に『ネコの国』へ赴き、そこのヌシに話をしにいった」

「モーロックが……どうやって!?

「わしはこう見えても、あそこで偉い立場だったのだ。若い頃の話じゃがな」

「ええっ!?

さらりと明かされた過去に、一同は飛び上がるほど驚愕している。

俺も毛が抜けるんじゃないかってくらい内心びっくりしていた。

「まあ、詳細は省くが、それからやかんやあってな……お望みとあらば、聞かせてやろう~か?」

「いや……結構です」

またも歌って説明しようとするモーロックを、ダージン粛々と静止する。

実のところ少しだけ気にはなるが、今はそれよりも『ネコの国』に行けるかどうかだ。

「それで? その“ヌシ”とやらと話はついたのか?」

「うむ……全員受け入れることを約束してくれた」

「おおっ! やったぁ!」

一部のネコは、予想外の結果に喜び勇んだ。

しかし、ケンジャやダージンたちのような、頭の回るネコたちの顔色は優れない。

そう簡単にコトが運ぶわけがないことは想像がつくからだ。

「……モーロック、なにか条件を提示されたでしょう」

ケンジャの詰問にモーロックは苦々しく応えた。

「うむ……“認めさせろ”と言われた。わしらが『ネコの国』を治めれば、否が応でも納得するだろうと」

その言葉に、ほとんどのネコは凍りついた。

「それ……どういう意味?」

キンタは察しが付かないのか、それとも認めたくないのか、俺に恐る恐る尋ねてきた

「つまり……“戦って、勝て”ってことだ」

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2020-02-17

[] #83-7「キトゥンズ」

≪ 前

ひとまず現状を把握しておくため、俺たちはモーロックの言っていた場所へ向かった。

「本当だ……ヒトがいる」

さすがに皆でゾロゾロと行くわけにもいかないので、偵察に来たのは俺やキンタなどの機敏なネコ数名。

そこにヒトの言葉に詳しいケンジャを加えている。

「ぜえ……ぜえ……ちょっと待って……休ませてください」

そんなに遠い距離でもなかったのだが、太っちょのケンジャは既に息も絶え絶えだ。

「肥え太ったお前には、ちょうどいい運動になったろ」

「ふう……余計なお世話ですし、別にそこまで肥えてないですよ。適正体重より2キロちょっと重いだけです」

とどのつまりデブじゃねえか」

それも、かなりのな。

俺も1キロばかり重くなった時は、家主がとても深刻な顔をしていた。

それからしばらくの間は、食事制限に加えて運動もかなりさせられたから身に沁みている。

1キロ重いだけでアレなんだから、その倍も重くなってるケンジャはよっぽどだ。

「しっ、静かに……ヒトが何か話しています

自分への話題を逸らすかのように、ケンジャは耳を澄ます動作に切り替えた。

「……」

「どうだ? 何て言っている?」

できれば杞憂であってほしい。

そういった期待も込めて、恐る恐る尋ねる。

しかケンジャの表情から、答えが良くないことは明白だった。

「残念ながら、モーロック危惧していた通りのようです……」

…………

集会所へ戻ると、ケンジャから詳しい会話の内容が聞かされた。

ヒトが話していた内容によると、近々ここで大きな建物を作ろうという予定があるらしい。

そして、その作業は非常にやかましく、近隣のヒトをどう説得しようかと話し合っていたようだ。

ヒトですら嫌がるほど音……。

俺たちネコの耳には耐え難いってことは、容易に想像がついた。

「ムカつくわね。そいつら、あたしたちのことはアウトオブ眼中なのかしら」

「どうやら以前から、この集会所は彼らヒトの住処だったらしいです」

まり本来の所有者はヒトだから、俺達を追い出すのに理由なんていらないってことか。

一方的な主張だ。

「“以前から”だと? 我々のほうが昔から、ここにいるんだぞ!」

彼らから言わせれば、俺たちのいう“昔”よりも“ずーっと昔”ってことなんだろう。

それが具体的にどれ程かは分からないし、本当かどうかも怪しい。

だがヒトは俺たちより何倍も長生きだから事実可能性はあるが。

いや、もし嘘だったとしても、事態は大して変わらない。

問答無用……というよりヒトとネコでは問答のしようがない。

ならば後は“強い者が勝ち取る”という、ネコ社会にも通じる道理によって縄張りの所有者を決めるしかない。

そして、それがどちらかなんてことは、実際に勝負するまでもなく分かりきっていた。

俺たちができる抵抗なんて高が知れている。

ヒトに目をつけられた時点で、この集会所は終わっていたんだ。

「いざ別の誰かのものになった途端に惜しくなって取り上げるなんて身勝手すぎる!」

「そんなことが罷り通るほど上等なのかね、ヒトってやつぁ」

ヒトにとって俺たちネコってのは、その程度の存在なのかもしれない。

そもそもネコ」って呼び方も、奴らヒトが決めたものだ。

皆もそれは理解していた。

故に、周りから漏れる仲間達の声は抗議ではなく、諦念からくる恨み節に近かった。

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2020-02-16

[] #83-6「キトゥンズ」

≪ 前

「それでは、気をつけるべき食べ物チョコがあるってことを覚えておきましょう」

ぶどうねぎ、あげもの……なんか、どんどん増えていくなあ」

「わたくしからは以上です」

「ご苦労、ケンジャ」

それなりに有益情報ではあったが、今回集められた理由は恐らくチョコの話をするためではないだろう。

こういった情報共有は今までの集会でもやってきたので、普段と大して変わらない。

「では次はモーロックから大事な話がある……おい、定期連絡を聞き流していた奴も聞いておけ!」

ダージンの怒号に、談笑していた一部のネコがビクリとした。

「この話を又聞きでしてしまうと、仲間たちの間で混乱を招く可能性がある。これからのために、今ここで確と聞いておくように」

普段なら多少は見過ごしてくれるのだが、やはり今回は尋常ではない

「ではモーロック、どうぞ……」

「うぬ……」

今までになく、モーロックは厳かな雰囲気をかもし出す。

それは鈍感なネコですら感じ取ったようで、集会所は静寂に包まれた。

「我々が今いる、この集会所だが……そう遠くないうち、ヒトの手が介入することになる」

モーロック言葉に、仲間達がザワつく。

俺も吐息こそ漏れないが、内心は同様だった。

言葉意味を計り兼ねてはいものの、この集会始まって以来の危機が訪れようとしていることだけは確かだったからだ。

質問よろしいでしょうか」

「言ってみよ、ケンジャ」

「“ヒトの手が介入する”とは……具体的には、どういうことなのでしょうか?」

「うむ、これから順を追って説明しよう」


数日前、ここを縄張りとするモーロック何の気なしにうたた寝をしていた。

しかしヒトの気配を感じ取り、すぐさま目を覚ましたという。

「この場所はヒトが来ることはもちろん、その気配を感じることすら稀な場所だ。その時点で嫌な予感はしていた」

決定的だったのはヒトの“見た目”だった。

今までやってきたヒトといえば、野外で遊ぶことが多い子供がせいぜい。

だが、その時にやってきたの大きいヒトであり、しかも数名。

そして何より、その格好が恐怖を想起させた。

若い頃、見たことがある。あの姿をしたヒトがやってくると、その場所にはヒトの住処が出来上がるのだ」

それはつまり、この場所に俺たちの居場所がなくなることを意味していた。

皆あまりのショックに呆然として立ちすくんだ。

「そ、それは本当なんですか!? 寝ぼけていたってことは?」

「私もまさかと思い、張り込んでみたのだが……モーロックの言うとおりヒトがいた。別の日にもいたから、縄張り確保のため下見に来ていたと考えるべきだろう」

予感は現実へと変わろうとしていた。

それは極めて確かなものとして。

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2020-02-15

[] #83-5「キトゥンズ」

≪ 前

まあキンタの変化も中々だったが、気になったのは今回の集会だ。

見回すまでもなく、参加しているネコ普段より多いのが分かった。

まり意図的に集められたってことだ。

いつもなら集会の参加は自由であり、呼びかけられたりしない。

それぞれ事情ってものがあるからな。

俺みたいにヒトの住処にいて参加が難しかったり、或いは病気調子が悪かったり。

毛づくろいや、食い物を集めるのに忙しい場合もある。

他にも、原因は上手く説明できないけれど、どうにも気分が乗らない日だってあるだろう。

他の集会所はもう少し厳しいようだが、ここはネコたちの自由尊重してくれるんだ。

から、今回わざわざ集められたというのが奇妙だった。

「キンタ。俺を呼んだのはなぜだ? どうやら他のネコたちも集められているようだが」

「あたしも知らな~い。みんなが集まったときに詳しく話すから~とにかく知り合いに呼びかけてくれ~ってモーロックに言われたのん

「モーロックが?」

キンタに理由を尋ねてみたら、意外な答えが返ってきた。

モーロックは皆に指示を出したり、グイグイ引っ張ってくれるようなタイプじゃない。

けれども、そのおかげで俺たちは伸び伸びといられる。

強いネコリーダーになりやす世界で、現役とはいえない老ネコトップにいてくれるから、この集会所は体幹を保てているわけだ。

そのモーロックが俺たちを呼びつけた。

何か異様なことが起きているという感覚を肌で感じる。

「静粛に、静粛に!」

他のネコたちもピリつき始めた頃、ダージンの号令が響き渡った。

俺たちは喉に引っかかりを覚えながらもグッとこらえ、モーロックの方へ首を向けた。

「えー、これより第……うん回の、大定例集会を行う」

モーロックは皆を見渡せる定位置場所に鎮座し、何回目か分からない集会の始まりを告げた。


「まずは定期連絡だ」

最初粛々と、いつも通りの定期連絡から入った。

「この時期に増えている行方不明ネコや、体調不良を訴えるネコについて……ケンジャ、前へ」

一回り肥えたネコが、のしのしとダージンの元へやってきた。

あれがケンジャだ。

「報告および詳しい説明ケンジャからある。では頼む」

「拝承しました」

ケンジャは賢いことを意味する名前らしいが、自称なのか誰かに名づけられたのかは知らない。

ただ、その名前に誇りを持っていることは確かで、実際いろいろなことに詳しい。

「わたくしの調べによりますと、どうやら“チョコ”という食べ物が原因のようですね。ヒト用の食べ物らしく、この時期は特に欲しがる習性があるようです」

どこかで聞いたことがあるな。

我が住処にいるヒトが、そんな話をしていたような気がする。

住処には小さいのと大きいのがいて、確か小さい方がチョコらしきもの差し出してきた気がする。

それを大きいヒトが、凄まじい勢いで止めに入ったんだ。

大きいヒトは落ち着いていることが多いのだが、その時は非常に荒々しかたから今でも印象に残っている。

「つまり、その食べ物ネコには合わず、食べてしまうと体調不良になるのか?」

「ええ、食べる量によっては、最悪の場合は死に至るのだとか」

「や~ん、こわ~い」

そんなに危険な代物だったのか。

あの時は「ヒトだって体に悪そうなものばっかり食べているくせに、なんで俺だけ」と思っていたが。

「それは、どのような特徴があるのだ? 例えば色だとか」

「たまに白いものもありますが、基本的に黒いです。危険度は黒ければ黒いほど上がります。形は色々ありすぎて、わたくしでも把握できていないのが現状です、はい

黒かったり、白かったりするのか。

俺がたまに食べる“あの虫”に似ていて、ややこしいな。

「じゃあ、味は? うっかり口に入れても吐き出せるようにしたい」

「よく分からないんですが、ヒトが言うには“あまい”らしいです」

「“あまい”と言われてもなあ……他にはないのか?」

「後は苦いらしいです」

うげえ、苦いのか。

だったら、あの時に食べなかったのは、いずれにしろ正解だったな。

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2020-02-14

[] #83-4「キトゥンズ」

≪ 前
====

キトゥン……キトゥン……こっちに来てちょうだい」

から自分を呼んでいるような声がした。

あの声は、たぶんキンタだろう。

いや、寝ぼけいてたから気のせいかもしれない。

耳には自信があるが、キンタにしては鳴き方が少し違うようにも聞こえたし。

まあ気のせいであれ何であれ、一度でも気にすれば何度でも気になるもんだ。

俺は開けられた窓めがけて、勢いよく跳びだす。

空中で体勢を崩してヒヤりとしたが、地面につくころには俺の四つ足は下を向いていた。

久々にやってみたが、体は覚えているもんだ。

だけど次回からは、いつも通り1階の専用口を使おう。

さて、声が聴こえたのはこっちだったかな。

そちらの方角めがけて、鼻に神経を集中してみる。

すると、先ほどまでこの辺りにいたと分かるほどの確かな匂いを感じた。

どうやら気のせいじゃなかったらしい。

…………

匂いをたどりながら進んでいくが、途中から覚えのある道順だと分かり、自ずと目的地も察しがついた。

そこは俺たちネコ集会場だったんだ。

既にその場所には、見慣れた仲間達が一通り集まっていた。

「おお、来たな……ええと」

キトゥンだ」

「おお、そうか。今はキトゥンだったな」

俺が来たことに最初気づき、声をかけてきたのはモーロック

貫禄のある髭を貯えた年長者であり、この集会所のトップだ。

みんな大なり小なり、彼に有形無形の恩義がある。

もちろん、俺もその中の一匹だ。

「まだまだ元気そうだな、モーロック。片耳がないのに、俺の声もちゃんと聞こえてる」

「ほう、キトゥン。わしの長生きの秘訣を聞きたいのか?」

「え……」

「今ここで、きかせてや~ろうか~? お望みとあ~ら~ば、きかせてやろうか、きかせてやろうか、きかせてやろ~か~」

ただ、こんな感じに、隙あらば歌おうとしてくるのが玉に瑕だ。

「ほらほら、モーロック今日もそんな感じだと持たないよ」

すんでのところで歌を止めてくれたのがダージン

老いたモーロックの補佐的な役割を担い、この集会所を潤滑にまとめてくれる存在だ。

「やっほ~キトゥン」

そして今回、俺をここに呼びつけたキンタ。

メスにモテやすい如何にもな猫って感じで、あい自身もよくそれを鼻にかけている。

「よお、キンタ。久しぶりだな」

お久ブリブリ~。お変わりないようで超安心!」

……のはずなんだが、コイツこんな感じだったかな。

以前の振る舞いも気になってはいたが、今の状態もかなり独特だ。

本当にあのキンタか?

「そういうお前は、しばらく見ない間に変わったな。何というか、全体的にしなやかになったような」

「あ~、キトゥンには分かっちゃう? さすがキトゥン、さすキト~」

いや、俺じゃなくても分かるくらい滲み出てるぞ。

「実はあたくし~去勢されちゃいました~!」

「はあー……なるほど?」

とりあえず納得してみたはものの、正直いうと良く分からん

去勢されたネコは何匹か会ったことあるが、キンタみたいになった奴は初めて見た。

「なあ、ダージン去勢されたら、“あんな感じ”になるもんなのか?」

「うーん、落ち着いた気性になりやすいのは知っているけど……モーロックはどう思う?」

「猫によるとしか言えん」

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2020-02-13

[] #83-3「キトゥンズ」

≪ 前

未来人の価値観理解に苦しむところもあるが、翻訳の難しさは俺たちにでも分かる問題だ。

慣用句や、詩的な表現、そういった何らかのコンテクスト要求されるとき、別の言語に変換することは困難を極める。

該当する適切な表現翻訳先の言語になければ、その時点で破綻するんだ。

そこを意訳したり省略したり、或いは開き直って直訳すれば最低限は伝わるかもしれない。

しかし、それは元の言葉に則った、厳密なものではないだろう。

ガイド時代でも試行錯誤はあったようだが、不可能という結論先延ばしにする以上の意味はなかった。

100%正しい翻訳ではない時点で、100%正しい意思疎通もありえない、ってことらしい。

「結局は翻訳という工程必要としない、新たな共通言語を開発することで対策をしたんだ」

「そういえば以前にどこかで話していたな。フエラムネ語だっけ」

「ヒューメレンゲ語じゃなかった?」

「いや、フュ○メッ△ゲ語だね」

それでも課題は残った。

共通語を用いることができない、介さな相手がいたからだ。

この場合動物である

言語のもの最適化しようが、他種がそれを用いることができない時点で、。

言葉というもの自体が、所詮はヒト向きのコミニケーション手段しかいからね」

そして、その“ヒト向けのコミニケーション手段”でもって動物と“会話”をすることは、極めてヒトの恣意的判断が介入することになる。

それは意思疎通ができているようで、実際は“分かっているつもり”の状態に近い。

しろ中途半端理解によって、新たな問題が発生する場合もある。

「つまり理念に反するんだよ。『人間尺度動物意思推し量ることは傲慢だ』という指摘が多くてね」

ガイド時代技術開発ばかり先行していると思っていたが、そういうことも考えている人も多いんだな。

自分が生きていない遥か未来ことなど大して興味もないが、俺にでも理解できる価値観が残っているようで少し安心した。

「あ~あ、つまんねえの。結局は何も分からないってことじゃねえか。未来って言っても、そんなもんかよ」

「体調を管理する機器を用いて、快・不快度などのバロメーターは分かるよ」

「その程度のことなら、俺たちの時代でもできるっての」

弟にとっては面白くない結果だったが、俺は内心これでよかったとも感じていた。

そりゃあ気にならないわけじゃない。

時々、思うことはある。

キトゥンの奴が日々をどのように世界を見て、考え、動いているのか。

理解できるかはともかく、知れるものなら知りたい。

それが、おこがましいって分かっているから、したくないだけでさ。

自分があのテの動物番組を無邪気に楽しめるタイプなら、こんな七面倒くさいことを考えなくて済んだのかもしれないが。

俺はふと、キトゥンのいる方へ視線を向けた。

……あれ、いないぞ。

恐らく日課散策に行ったのだろうが、いつもどこで何をしているんだ。

あいつの勝手とはいえ、飼い主という名分でもって把握しておくべきなのだろうか。

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2020-02-12

[] #83-2「キトゥンズ」

≪ 前

それから俺は、先ほどのやり取りを引きずることもなく課題に打ち込んでいた。

しかし十数分後、それは突如として襲来したんだ。

「ただいまー」

「マスダがボクに用があるって言うから来たんだけど……」

ドアが開いた音もせず、いつの間にか部屋の中には弟とガイドがいた。

恐らく超光速航法ってやつだろう。

初めて見る光景だったが、自称未来人のガイドには造作もないことであり、驚くには値しない。

「お前の時代ではどうなのか知らんが、お前がやったことは不法侵入だぞ」

「ボクはこの世界人間じゃないから法の適用外さ」

俺はコイツが苦手だ。

所々で垣間見える未来であることの自負心が鼻につく。

他人文化圏に土足で踏み込む無思慮さというか、ナチュラルに見下している節がある。

もしかして、あの件について話を聞く気になった?」

「あの件が何なのか知らないし、知りたくもない」

俺に何か協力して欲しいようで、ちょくちょくコンタクトをとってくるが、胡散臭くて相手にしていない。

未来であることが本当かどうか以前に、単純に人として信頼できないからだ。

「え~じゃあ、何なの? 急いでるみたいだったから、少しでも早く来た方がいいと思ってワープしたのに」

「……弟よ、どうせ連れてくるなら事情くらいは説明してやったらどうだ」

「いやあ~、ワープってどんな感じなのか興味があってさ」

まあ今回みたいに、弟に振り回されることも多いか情状酌量余地はある。

「それで、今回は何が目的で呼んだの?」

「いや、俺は別に呼んでないぞ。弟が勝手にやってるだけで」

「え? どういうこと?」

弟が何でコイツを呼んだのかは察しがつく。

だが、そもそも俺はアテにしちゃいない。

「そっちで勝手にやってくれ」

俺はふと、キトゥンのいる方へ視線を向けた。

飯を食い終わった後は、何食わぬ顔で眠っている。

今の状況が煩わしくて、俺もそうしたいところだ。


「ふむ、なるほどね……」

課題が一区切りついたところで、弟はガイドに経緯を説明し終わったようだ。

「……というわけで、動物言葉が分かるアイテムとか持ってない?」

結論から言うと……厳しいね

「ええ!? 未来技術でも」

しかガイドから出た答えは、意外にも歯切れの悪いものだった。

俺も期待していたわけではないが、肩透かし感は否めなかった。

「できなくはないけど、やらないというか……」

「ハッキリしないなあ」

「俺から言わせれば、“できない”と“やらない”は大して変わらないぞ」

その指摘が癇に触ったのか、ガイドは長々と言い訳を始めた。

「いや、技術的には可能なんだよ。高い精度で、動物の鳴き声を判別できる」

「じゃあ、何が問題なのさ」

「つまり“本当に正しい翻訳とは何か”ってことなんだよ」

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2020-02-11

[] #83-1「キトゥンズ」

きっかけは、弟がテレビを観ていたときだった。

「今週も始まりました、『みんなのアニマルパーク』! 今回は動物に関する映像特集です!」

俺は学校課題に取り掛かっており、テレビから背を向けていた。

音声だけが耳に入ってくるという状態だ。

「ん~? なんだこれ~? なんだろう~?」

「うわ~すごいなあ」

「テコテコ、バシバシ、メキョッ」

耳に入ってくる情報だけでも、その負担は凄まじい。

強い拒否感を覚えた俺は、咄嗟に近くにあったリモコンへ手を伸ばした。

「ちょっ、兄貴! いきなりチャネル変えるなよ」

別にどうしても観たい、楽しみにしてる番組ってわけでもないだろう」

わざわざ公言することでもないが、俺はこういう動物バラエティが苦手だ。

テレビ的な、過剰な演出が多用されたもの特に

出演者リアクション、足されたサウンドエフェクトナレーションドラマティックなストーリー

アフレコ動物を喋らせているのは最悪だ。

あらゆるものが神経を逆なでしてくる、低俗番組だった。

そりゃあ低俗には低俗なりの良さはあるし、必ずしも高尚な作りの方が良いとも思わない。

しかし、この番組は俺のポリシーに反する。

兄貴って、こういうの観たがらないよな。ウチだって猫いるのにさ」

「……だからこそ、だ」

ふと同じ部屋にいる、キトゥンに目を向けた。

何食わぬ顔で飯を食っている。


セールスマン政治家セミナー講師匿名未来人。

この世に胡散くさい人間ゴマンといる。

そしてペットのことを「家族」だとかいう奴、これも胡散臭い

だって、そうだろう?

自宅に軟禁して代わり映えしない生活を強いて、挙句には去勢するんだからさ。

そんな「家族」を彼らはテレビネット見世物にしている。

家族からの了承”なんてとっているはずもない。

そんなことをしても問題にならないのは、結局のところ愛玩動物しかいからだ。

或いは彼らがいう“家族”ってのは、そういう意味なのだろうか。

彼らにとっては“愛しい玩具”の延長線上なのかもしれない。

じゃあキトゥンの飼い主である俺は何なのかっていうと、もちろん例外じゃあない。

飼うようになったのも、そうしなければ駆除される寸前だったからだ。

一時の感情に流された結果である

その過程に、肝心要の猫の意思は介入していない。

とどのつまり自分の心を守るために、たった一匹の猫を守る選択をしたわけだ。

それは動物を慈しむ心だとかではなく、極めてエゴイスティックものに近い。

他の生物と身近になるというのは綺麗事じゃなく、そういうものだ。

あいつにキトゥンという名前をつける前から、俺はそのことに自覚的だった。

からこそ、ああやって無邪気に動物を弄び、それをさも尊いかのように見せる番組が苦手なんだ。

まあ、共感を得られるかというとビミョーだが。

現に、これについて説明を試みたものの、弟の反応は素っ頓狂だった。

「うーん、よく分からないけど……たぶん兄貴はさ、自分キトゥンにどう思われてるか自信がないんじゃない? だから、そういう斜に構えた感じになっちゃうというか」

俺の話をどう聞いたら、そういう解釈になるのだろうか。

自信のあるなしなんて関係ない。

もし関係があるとして、そんなものはないほうがいいんだ。

「弟よ、お前の言う“自信”ってのはな、ほぼ“幻想”と一緒なんだよ。動物の心情を、人様が都合よく思い描いているに過ぎない」

それこそが、あの動物バラエティがやってることだ。

そう語気を強めて言ったつもりだったが、弟は怯まなかった。

「だったら、キトゥンの気持ちが分かればいいわけだ!」

しろ意気揚々と、おこがましいことを言ってのけ、その勢いで足早に出かけていった。

何かアテでもあるようだが、あり得ない。

キトゥンの気持ちが分かるだって

それができれば苦労はしない。

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2020-01-11

[] #82-12「82回目の終わり」

≪ 前

「お前も初詣か?」

「ついでついで。カンって人に出店の手伝いに駆り出されてさ」

オサカが視線を泳がすと、その先にはカン先輩がいた。

あの人ならいるだろうとは思ったが、オサカがそれを手伝ってるってのは予想外だ。

「“カン先輩”やダボが。目上を敬う心を持てぃ」

「後輩を“ダボ”呼ばわりする人間を敬うなんて無理な話だ。ゴジラドロップキックする位ありえない」

なんや、その例えは」

やり取りから見ても分かるとおり、二人に大した接点はない。

恐らく俺が今回の手伝いを断ったため、代わりに誰かいいかと知り合いを辿っていき、最終的に行き着いたのがオサカなのだろう。

カン先輩のことだからあの手この手屁理屈で圧していったのは想像に難くない。

オサカの言葉の端々から不本意だってのが伝わってくる。

「お前ら、お参り済んだんやったら手伝わんか?」

そしてカン先輩は隙あらば俺たちを標的にしようとする。

その商魂にシビれや憧れは感じないが、新年から相変わらずだとは思った。

「いや、俺たちは初日の出を見に行くんで……」

日の出ぇ? 新年太陽見て何がどうなんねん」

身も蓋もないことを言ってくる。

正直なところ俺たちも薄々そう感じてはいたが、新年からカン先輩の手伝いをするよりはマシだ。

「まあ、そういうことなんで、すいません……」

カン先輩のツッコミに、なあなあに対応した。

まり言葉を尽くしすぎると、むしろこの人は増長するからだ。

それでも諦めないから、どちらにしろ厄介だが。

脱法餅にも、その粘りを分け与えるべきだ。

「しゃあないなあ。じゃあ、ウチの綿菓子持ってけや」

そう言ってカン先輩は、イラスト入りの袋に綿菓子を詰め込み始めた。

友達のヨシミで、ふたつ300円にしたるわ」

手伝いが無理だと分かるとカン先輩は俺たちを顧客として認識したようだ。

「いや、だったらタダにしてあげなよ」

「そんなことしたら、店が潰れるわいダボ。綿菓子作るのだって金いるんやぞ」

「だとしても、砂糖を繊維状にしただけで何百もするわけない」

「分かってへんなあ。綿菓子機のレンタルと、出店のショバ代。このイラスト入りの袋もろもろ含めたら、これくらい取らないと赤字やねん」

尤もらしく言っているが、カン先輩はそれら経費をほとんどタダ同然で済ましている。

以前、そのことを自慢げに話していた。

それはそうと、オサカと口論になっている今がチャンスだ。

「じゃあ、そろそろ行かないと……」

二人に聞こえないような声でそう呟くと、俺たちはそそくさと神社を後にした。

…………

戻る途中、また思いがけない人物と対面した。

「あ、キミたち」

「げっ、ガイドか」

シロクロのところに居候していて、自分未来からやってきたとかほざく胡散臭い輩だ。

最近あながち嘘でもないと思うようになったが、やはり全体的に漂ってくる雰囲気が苦手である

「シロクロ見なかった?」

「さっき、コンビニ近くで酔っ払ってたのを見たぞ」

「あー、やっぱり。酒を飲みたいって言うから、ボクのアイテムで気分だけでも盛り上げようとしたんだけど、盛り上がりすぎたみたいでさ。いきなり叫びながら走り出しちゃって……」

「お前のせいかよ」

普段、シロクロのお目付け役みたいな感じで振舞ってはいるが、こいつも別ベクトル非常識だ。

「じゃあ行ってみるよ……あ、そうだ」

ガイドは何かを思い出したかのように踵を返した。

「近々イベントが起きるから、気だけは引き締めておいてよマスダ」

俺だけに聴こえるよう、そう小さく呟いた。

全く要領を得ないが、こいつのことだから不穏だってのは確かだ。

イベントって何だよ?」

次元規定法に引っかかるから、これ以上は言えない。じゃあね!」

それじゃあ、何も言っていないのと同じだ。

当然のように次元なんとやらってルールを持ち出してきたが、それも始めて聞いたぞ。

なんだか、全く無意味足跡を残されたような気がする。

新年早々、憂鬱な気分だ。

…………

戻ったときには、日の出まで十数分という丁度いいタイミング

同じ目的らしき人たちも、まばらにいた。

「遅かったね」

「寄り道したなあ? 焼き鳥、完全に冷えちゃってるじゃんか」

「ほら、もうすぐだよ」

日の出の方角に視線を向ける。

「そろそろの筈……だよな?」

首を傾げながら、時間を何度も調べる。

天体物理学なんて俺には分からないが、それでも日が昇っている時間なのは明らかだ。

まさか方角を間違えたのかと、キョロキョロと周りを見てみる。

「どういうことだ?」

結論から言うと、あそこから初日の出は見えなかった。

原因は二つあり、ひとつは近辺にある様々な建物

市長が思いつきで作った風力発電所や、最近ラボハテが建てた複数ビル

これらのせいで、日の出が見える範囲が狭まったんだ。

それでも見える隙間は存在したが、それを埋めたのが天気だった。

予報では晴れだったし実際その範疇ではあったが、雲が絶妙位置日の出を遮っていたのである

「弟くん、残念だね……って寝てる」

初日の出を見れなかったからといって、実際問題どうってわけじゃない。

所詮験担ぎ迷信、非合理な行為だ。

だが、この新年出来事は、俺たちに言い知れぬ陰りを残していった。

(#82-おわり)

2020-01-10

[] #82-11「壱弐参拝」

≪ 前

「我々もそうだが、この国の人間ほとんどが信仰心を持っていない」

「そりゃあ、そうだろ。現代人の不平不満を神様解決してもらおうなんてのは時代錯誤だ」

昔の偉い人は「神は死んだ」なんて言っていたらしいが、俺たちから言わせれば、そもそも生きていたかどうかすら怪しい。

三種の神器』だとか言うのもあるが、あれだって世代ごとにコロコロ変わって安定しないだろう?

しかも、あれらは全て人間が作った物なのが明らかだ。

「人々の信仰心が薄れるのは、技術経済が発展した国では珍しくない。資本主義の晩期は、特にそれが顕著だ」

まあ、さっきの教祖みたいなイレギュラーもいるにはいる。

けれども、それが何で俺たちと似ているって話になるのかが分からない。

生活教にも信者がいるらしいが、あれだって大半が面白半分ネタ半分でやっているだけだ。

誰も信仰心なんてものは持ち合わせちゃいない。

不思議だと思ってな。そんな我々が、こうして初詣といって神社に参拝するのはなぜだろう、と」

ウサクの言葉に俺たちはドキリとした。

かに、そう言われてみると変な話だ。

初日の出のために夜更かしをしたり、祈る神も分からず拝む。

そんな非合理な慣習を、俺たちは何の疑問もなく受け入れている。

初詣に限った話ではない。夏祭りなどでは神社などの宗教施設を使い、自治体含めて多くの人間がそれを後援している」

宗教自由があるとはいえ、いつだって自由”はリソースとの相談だ。

俺たちはそのリソース宗教的なことに割いているって意識が今までなかった。

信仰心の欠片もないのに、事実上積極的に参加している。

ハロウィンとか、クリスマスも元々は宗教的なものだっけ」

「なるほどな、ある意味で俺たちは宗教にどっぷり浸かってるわけか」

「なーんか……変な感じ」

俺たちは軽く身震いした。

それは決して気温の低さからくる生理現象ではない。

上手くいえないが、ゲーム画面が暗転したら自分の顔が映った時みたいな感覚だ。

「改めて考えてみると、何とも奇妙な社会だな」

ここにカジマやタイナイがいたら、陰謀論だとかに繋げるだろうな。

あいつら、都市伝説特番とか好きだから

「ん~、確かにアニメ漫画とかでも、登場人物たちが神社とか行くシーン多いよなあ。葬儀も大抵は仏式だし」

そう思っていたら、誰かが藪から棒に喋りだした。

バイト仲間のオサカだ。

まるで最初からたかのように話の輪に入りこんできた。

次 ≫

2020-01-09

[] #82-10「壱弐参拝」

≪ 前

一応、参拝くらいは丁寧にやろうとする。

「えーと、二礼二拍手だっけか」

「どこかで一礼も必要だったはず」

賽銭と鈴を鳴らすのって、どのタイミング?」

しかし、そのやり方を誰も覚えておらず、賽銭箱の前でまごつく。

携帯端末ネット検索すれば分かるかもしれないが、そこまでして調べたい意識だとかは俺たちにない。

「ここの神社は一礼一拍手でいいですよ」

そんな俺たちに助け舟を出したのは、同じく参拝に来ていた男だった。

最初賽銭ゆっくり入れます。鈴は鳴らさなくても大丈夫です」

羽織から手を覗かせると、男は自然所作で参拝をやってのける。

俺たちは、それを見よう見まねでやってみた。

「なんだか、もっと複雑だった記憶があるんだけど、こんなに簡単だったっけ」

神社によりけりですね。本当はもっと長い方法があるのですが、参拝客向きではないとして一礼一拍手にしているようですね」

「本当はどうやるの?」

「ここの神社場合だと、まず一礼一拍手をして賽銭を捧げて鈴を鳴らします。これで神を呼び起こすわけです。そして再び一礼し、次に八拍手して神を讃えます。ここで祈りを聞き入れてもらうための賽銭を入れます。一度目に入れた賽銭よりも金額を多めにすると良いでしょう。そして再び一礼ですが、この時は前屈運動じゃないかってくらい深々と……あ、徹底するなら禊も最初にやっておくべきですね」

新手の記憶ゲームだろうか。

「ややこしいなあ」

ホームページなどを見れば書いてありますよ」

だとしても覚える気力が湧かないし、一般人はそういう所のホームページなんて見ようとも思わない。

もし覚えられたとしても、ひとつひとつ丁寧にやっていくと数分はかかるぞ。

「つまり混雑対策で参拝方法を簡略化したってわけか」

「そんな理由で、やり方決めちゃっていいの?」

作法は、あくま手段にすぎませんから。神を敬い、讃えるために祈ることが大切なんです」

この男性は振る舞いが敬虔というか何というか。

頭は丸めていないが、実はどこかの宗派だったりするのだろうか。

「それでは、私はこれで」

弟は目が線になるくらいに細めて、去っていく男性の後ろ姿を凝視する。

「んー……どこかで見たことがあるような」

正直、俺もデジャブを感じてはいたが、あまりジロジロ見るのもどうかと思って避けていた。

「あ! 教祖だよ教祖! 生活教の!」

弟に言われて、俺とウサクもようやっと気づいた。

「ああ、そうだ!」

あいつだたか

街頭演説で見かける格好と違ったから分からなかった。

ましてや、初詣に他宗教施設を利用するなんて思いもよらないし。

「あの感じからして、かなり定期的にやってるっぽいぞ」

生活教のくせに何やってんだよ、あいつ」

「まあ歴史的に見ても、新興宗教既存宗教つまみ食いしたがるものだ」

そういえば、ハロウィンとかも普通に参加してたな、あの教祖

以前、どこかで「生活教は他宗教にも寛容です」だとかのたまっていたが、単に節操がないだけじゃないのか。

俺たち兄弟は呆れ気味だったが、ひとりウサクだけは少し神妙な面持ちをしていた。

とはいえある意味で我々も似たようなものかもしれない」

そして突拍子もないことを言い出した。

無宗教の俺たちが、あの教祖と似てるなんて笑えない冗談だ。

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2020-01-08

[] #82-9「壱弐参拝」

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俺たちはコンビニに辿り着くと、粛々と目ぼしいものを買い物カゴに放り込む。

まり長居するのは危険だ。

手ぶらで冷やかしに入った人間が、数分後には強盗になっていた」というミームあまりにも有名である

それだけ最近コンビニは手広くて狡猾ってことだ。

財布の紐を緩める罠が、至る所に張り巡らされている。

兄貴福袋があるよ」

案の定、弟が引っかかった。

「いらん、いらん。こういうところの福袋は、体よく在庫処理したいのが狙いなんだよ」

「でも定価より断然お得だって書いてある」

「定価でいらないものは、安くてもいらないものなんだよ。そういうものを“お得”だとは言わない」

漠然とした消費者意識を、コンビニ容赦なく刈り取ってくる。

実際、コンビニは手軽さの割に強力だ。

食いもの日用品多種多様で、一定品質保証されている。

入用のサービスも大体が網羅されているときた。

今やコンビニに出来ないことはない。

……とまで言うのは大袈裟だが、同レベルで便利な量販店が他にないのは確かだ。

せいぜい他系列コンビニチェーンくらいだろう。

それほどまでに便利で、携帯端末と同じくらい人々の日常から切り離せない存在なんだ。

兄貴ハムカツ揚げたてだぜ」

「ここのは注文直後に二度揚げするから、いつも揚げたてだっての。というか、初詣の出店はいいのか?」

「だいじょーぶ、食える食える。それにコンビニ飯の方が安くて美味いし、どうしても食べたいわけじゃないし」

弟なんて正にそれで、価値観までコンビニ規格である

昔の偉い人は「コンビニ日常を席巻する」と言っていたが、それでもここまでだとは思っていなかっただろう。

…………

焼き鳥って、よほどのことがない限り買ったほうがいい食い物だと思う。近年は特にレベルが高くなってる」

「自宅で炭火焼き難易度が高いからな。そもそも木炭市場に出回ってないし」

「仕方ないだろう。一時期、集団自殺手段として社会現象になったからな」

俺たちは他愛のない話をしながら、少し遠回りをしてカジマたちのもとへ戻る。

もと来た道には、あの酔っ払い達がまだ十中八九いるからな。

「む……」

公園までもうすぐというところで、ふと俺たちは足を止めた。

初詣に行く予定の神社が見えたんだ。

意外だったのは、この時間帯にしては参拝客がチラホラ見えたことだった。

結構せっかちな人がいるんだな」

「まあ、年は越しているからな。早いに越したことはない、って考え方もある」

こりゃあ、初日の出の後に来てたら混みそうだぞ。

「……ひとつ提案だが、初日の出の前に、初詣を済ましておくのはどうだ?」

ウサクの提案に、俺たちは頷くまでもなかった。

みんな考えることは同じだ。

「よし、カジマとタイナイたちには、後で交代して行ってもらおう」

俺たちはレジ袋を揺らしながら、玉砂利を踏み鳴らして賽銭箱へと向かう。

「おい、提案したのは我だが、参道の通り方とか色々あるだろ」

「あるとは思うが、そんなコードを気にするほどの信仰心がない」

「そうそう、コードなんて無視するのが現代スタンダードだよ」

「だったら、もう参拝自体やめてしまえと思うが……」

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2020-01-07

[] #82-8「餅のロンGUY」

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「そういえば酒で思い出したが、マスダたちの家では今年“アレ”は出てくるのか?」

「“アレ”ってなんだよ?」

「この時期に“アレ”といえば、“アレ”しかないだろ。ほら、あの白いやつ……」

ウサクが周りを執拗に伺いながら、小声で意味深なことを言ってくる。

妙に怪しい雰囲気を漂わせており要領を得ない言い回しだが、俺は何となく察しがついた。

「餅のこと言ってるのか?」

「おい、公共の場で口にするな!」

どうやら正解だったらしいが、ウサクの慌てぶりは過剰だ。

まあ、慎重になるのも分からなくはない。

なにせ酒と同じくらいの嗜好品からな。

餅は他の二つと違って健康被害はなく、粘性の高い特別な米を加工したシンプル食品だ。

しかし、その性質ゆえ喉に詰まりやすく、一定の年齢でなければ食べることができない。

認可された専門店以外での販売は禁じられており、飲食店提供する際は異物除去機器の設置が義務付けられている。

違反者は厳しく取り締まられ、当然ながら密造も重罪だ。

死傷者が後を絶たない歴史があるのだから仕方ない。

それでも一時期は禁止にまでなった代物らしいし、それが食えるだけ俺達は良い時代に生まれたといえる。

「ウサクのところはどうなんだ?」

「また税率が上がっただろう。今年から我が家食卓普通の米を使った偽者だ」

しかし高額かつ希少なので、おいそれと手を出せる代物ではない。

「脱法餅も味は大分近くなったけど、食感が全然ダメなんだよなあ」

再現しすぎると条例に引っかかるからだろうけど、あれじゃあ餅を食ってる感じがしない。

「だったら初詣のあとに、また俺の家に集まろうぜ」

「なに、アレがあるのか!? しかも我々の分まで!」

「爺ちゃんが大量に送ってくれたんだよ。手に入ったのはいいけど食べられなくなったらしくて、俺達で楽しめってさ」

「そうか……今年から年齢制限が更に厳しくなったのか。気の毒にな」

仕方ないだろう。

年寄りが餅なんて食ったら、自殺行為と同じだからな。

逆に弟はというと、今年から餅を食えるようになったので大喜びである

「じいちゃんの分まで、俺が食ってやるさ!」

まあ、弟は以前からこっそり食っていたのを俺は知っているが。

それにしても意外だったのは、ウサクが大の餅好きだったということだ。

「ウサク、お前的に餅ってアリなのか」

「逆に聞きたいが、我がなぜ餅をナシだと考える?」

だって麻薬撲滅の啓蒙ビデオとか作ったことあるだろ」

出来が酷いうえに内容がクサいし、俺も半ば無理やり出演させられたので嫌でも覚えている。

貴様麻薬と餅が同じだと思っているのか。餅には中毒成分も有害物質もないぞ」

「だが、政治的にはどちらも似たような扱いだろう」

「それは大した理屈じゃない。政治的背景から見れば、モノの是非なんて極めて流動的だ。大事なのは、それらを選別するための知識と、各人の確固たる意志だろう!」

とどのつまり自分問題だと思っていないか問題ではない”ってことらしい。

都合よく持論を展開してまで、ウサクは餅を食べたいようだ。

客観的に考えて、そこまでして食べたいと思えるほど美味いものじゃないと思うが、人の欲求というもの制限下でこそ高まるのだろう。

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2020-01-06

[] #82-7「銀河帝国酒飲み音頭

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こうして買出し組は1位の俺と弟、そして2位のウサクとなった。

初詣の出店で色々食べたいから、軽いものだけでいいよ」

「ああ、分かった」

「あ、そうだ。オイラカードポイント貯めてもらってもいいっスか?」

「お前が全額出すならいいぞ」

俺がそう返すと、カジマは黙ってポイントカードを財布に戻した。

…………

道中、近年では珍しいものを見た。

酔っ払いだ。

しか複数いて、地べたにそのまま座っている。

「共有の記憶乾杯~」

「潰えた夢に乾杯~」

よほど美味い酒だったのか、互いに肩を組みながら、陽気に歌っている。

うろ覚えだが、これは確か鎮魂歌だ。

「飲めば思い出が蘇るが~飲みすぎたら忘れそう~」

しかし歌い方がいい加減で、さしずめ酒飲み音頭のノリである

ウサクはその様子を見ながら眉をひそめた。

路上酩酊とは、久方ぶりに随分なものを見たな」

酔っ払いは外出自体を取り締まられ、すぐに補導されることもあり、路上で見かけることはまずない。

ここ十数年で、酒に対する世間の目は大分厳しくなった。

販売店では、各人の飲酒量や許容量を調べる計測機器の設置義務がある。

飲酒についても免許制であり、定期的な健康診断知識テスト必要だ。

このため酔っ払う人自体が滅多にいない。

それに義務教育の課程で耳たこレベル啓蒙があるので、俺達の世代では飲酒のものを避けたり、忌み嫌う人間も多いんだ。

「そういえば、また酒税が上がるんだっけ。いっそのこと禁止にすればいいのに」

政府としては、酒は飲んでも飲まれない程度でいてほしいってことなのだろう」

「酒のせいで保険料かに金はかけたくない、けれど酒で儲けたい。都合のいい話だな」

俺達はそんなことを話しながら、酔っ払いたちを横目に通り過ぎようとした。

だけど、思わず二度見してしまう。

その中に見知った、遠くからでも分かるほどノッポの人間が紛れ込んでいたからだ。

「え、シロクロ!?

シロクロは弟の仲間で、色々と謎の多い人物だ。

「オレこそがオールシーズン! 雨にも風にも酒にも負けない最強の男!」

酔っ払いたちの歌に、全く関係のない合いの手を入れている。

「シロクロって、酒飲める歳だったっけ」

弟たちも生まれや育ちすら知らず、訊ねても意味不明なことしか言わないらしい。

あの体格だから成人だとは思うが、仮にそうだとしても飲酒免許が取れないだろ、あいつの知能じゃ。

「……まあ、ほっとこう。七面倒くさい」

それにシロクロの場合、酒があってもなくても似たようなもんだ。

あいつの奇行は今に始まったことじゃないし、シロクロ基準でいえば正常とすら言ってもよく、一々かかずらっていては時間いくらあっても足りない。

飲兵衛たちを一瞥し、俺達は競歩スタイルコンビニに向かった。

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2020-01-05

[] #82-6「寒牌 ~茶柱篇~」

≪ 前

人数を合わせるため、俺たち兄弟は一蓮托生ということにした。

「じゃあ、マスダが4位の場合は弟くんも4位ってことか」

「そうだ。3位以上は買出し組になる」

「え、それでいいの?」

「まあ……元はといえば、今回の集まりこっち側提案だし、それ位の“ハンデ”は背負うさ」

俺はあえて歯切れの悪い物言いをした。

些細なことがきっかけで勘付かれたら台無しである

「マスダたちが3位の場合は? ジャンケン兄弟どちらかが残るって感じ?」

「んー、そうだな……」

ちゃんとした台本が用意してあるわけじゃないので、このあたりはアドリブ次第である

「“なしなし”がいい?」

「いや、“ありあり”でいいだろう」

「じゃあ、サイコロ振って」

麻雀の取り決めには様々な“あり”と“なし”があるが、仲間内のお遊びでこれらを細かく確認することはない。

“ありあり”とした場合、面倒なので他のものも“あり”とするのが俺たちの中で暗黙のルールだった。

例えば、頼りない照明しかない、このような場所麻雀をやる場合は“イカサマもあり”となる。

まり今回のルール喰いタンあり、役の後付けあり、赤牌あり、ピンヅモあり、喰い替えあり、イカサマありの“ありありありありありあり”……

舌を噛みそうなので、俺たちは気取って“ブローノ・ルール”と呼んでいる。

ちなみに、ここでいう“俺たち”とは“俺と弟のみ”を指す。

もちろん“イカサマあり”を知っているのも“俺たち”だけだ。

…………

麻雀をやったことがあるならば、誰しも一度は考えたことがあるだろう。

運要素の強いこのゲームで、果たして打ち手の強さがどれほど関係するのか。

一説には、麻雀に勝つの必要なのは運であり、負けないために必要なのが実力だ。

そのどちらもコントロールできるのがプロだが、素人の俺たちはもっと泥臭くやるしかない。

カン……よし、ドラ4だ」

牌のすり替え、積み込み、出来ることは何でもやった。

少し練習した程度の拙いものだったが、この暗がりだからバレることはない。

更に、みんな夜更かししているから頭が回らず、視野も狭まっている。

多少、露骨にやっても誰も気づかない。

「それロン」

「えー、マジかあ」

「マスダ早いなあ」

一見すると卑怯だが、そんなことはない。

もしバレた場合、交友関係新年早々ヒビが入るという相応のリスクを背負っているからな。

それに、これはこれで神経を使うし、楽勝ってわけにもいかない。

あんまり目立つような勝ち方をしたら疑われるので、適度に手を抜く必要がある。

そのためには、相手の手牌を把握することが肝要だ。

「あ~暇だな~」

俺たちが打っている間、弟は退屈そうに、いかにも落ち着きのない子供といった感じで山内を歩き回る。

日の出まだかな~」

その手には双眼鏡が握られているが、覗き込んだところで見えるはずもない。

見えるのは日の丸ではなくイーピンだからだ。

そもそも太陽なんぞ双眼鏡で見るもんじゃない。

「ねー、次は打たせてよ……」

「……この局までは待ってろ」

こうして相手の手の内を見たら、俺たちにしかからないサインでそれを知らせる。

傾向さえ分かれば十分だ。

「ちぇ、そっちがきたか……マスダ、それロン」

「おわっ、チャンタ三色狙ってたのか。あっぶねー」

安いのに振り込んで流したり、高得点ベタ降り。

そんな調子で派手さこそないものの、終わってみれば俺たちが1位だった。

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2020-01-04

[] #82-5「心に刻む情景」

≪ 前

とはいえ、全員でこの場を離れるわけにはいかない。

誰も居ない予約席なんて自由席と同じだからだ。

何らかの自治体がどこからともなく駆けつけてきて、あれよあれよという間に撤去される。

或いは、日の出を見たい他の人間たちによって侵略されるだろう。

勝者の特権として略奪行為、「俺たちの席なんて元からなかった」という歴史修正が施される。

場所取りとは、現代における戦争の縮図なんだ。

大袈裟な話じゃあない。


俺は以前に市街パレードがあった際、バイト場所取り代行をしたことがあるが、あの時は戦慄した。

確保する簡易席は3つ。

自分が座っておけば残り2席を見張っておけばいいだけの、チョロい仕事だ。

最初はそう思っていたが、その“最初”は十数分で終わりを告げた。

通りがかった同級生が話しかけてきて、そっちに目を向けて返事をしたときだ。

その後、すぐに視線を戻したけれど手遅れだった。

ちょっと目を離した隙に」とはよく言うが、この時の“ちょっと”は数秒の出来事

にも拘らず、俺の両隣には見知らぬ人間が二人座っていたんだ。

何食わぬ顔で携帯端末をイジり、位置情報ゲームを嗜んでいた様子は強烈だった。

まあ、結局は簡易席の前に人だかりができて、座った状態ではロクに見れないという状態になってしまったけれど。

“より良いものを見たい”という目的のために、人は容易く理性を放棄できる生き物だと俺は痛感したのさ。


というわけで、買出しに行く人数は絞らなければならない。

「こんな暗がりに一人で待機とか嫌っすよ」

「じゃあ、待機組は二人、残りが買出しって感じかな」

「それじゃあ、ここで待機したいのは?」

「……」

そもそも、ここにいるのが退屈だからこういう話が出ているわけだから愚問である

とどのつまり勝負して決めるしかないってことだ。

「じゃあ、ジャンケンで」

「いやいや、麻雀にしようよ。せっかく持ってきたんだからさ」

弟は、おもむろに俺のバッグから麻雀セットを取り出し、周りの賛成意見を募るまでもなく牌を並べ始めた。

「まあ、暇つぶしにもなるし、これでいっか」

まり自然所作だったから、みんなも疑問に思わない。

弟は心の中で「しめしめ」と思っていることだろう。

それは俺も同じだった。

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2020-01-03

[] #82-4「ニオシ!!!」

≪ 前

この町で日の出を見たいなら、港近くの展望台が手軽かつ最適な場所だ。

いや、“だった”というべきか。

なにせ、みんな考えることは同じだ。

そして生憎展望台に“みんな”が納まるほどのスペースはない。

物理学だとか統計学だとかを専攻していなくても分かる、単純明快な話だ。

しかし、この世から若気の至りだとか、中年無分別だとかが無くならないのも一つの真理である

走光性の夜虫が如く、展望台に集まる人間絶滅しない。

散乱するゴミ酔っ払い、酔っ払ってないのに変なテンションの輩。

必ずといっていいほど何らかのトラブルが発生するため、近年では予約チケット制となっていた。

それでも何日も前から展望台に陣取る傍迷惑な連中は健在で、それがニュース番組などで取り沙汰されるのが新年風物詩だ。

まり懸命な住民ならば、あそこで日の出を見る選択はしないってこと。

のものでもない太陽を眺めるためだけに金を払って、挙句ニュース番組見世物になるなんて御免こうむる。

じゃあ、どこがイチオシ……いや、ニオシなのか。

意見が別れるところではあるが、俺たちが向かったのは最寄の公園だ。

その公園内にある築山は隠れスポットで、日の出の方角に遮蔽物がほとんどない。

アクセスは良好で、近くに神社があるから、ついでに御参りもできる。

「……人いないね

ひとつ誤算があるとするならば、あまりにも隠れスポットすぎたという点だった。

日の出まで約3時間といったところだが、その時点で築山にいたのは俺たちだけ。

「まあ、いいや。とりあえず場所を確保しよう」

結果として早く来すぎたのは否めないが、いい場所をとられるよりはマシだ。

気を取り直して、俺たちは準備に取り掛かった。

日の出が出るのってこっちだっけ」

「そっちは西だ。新元号天才バカボンでも目指しているのか?」

よさげ場所にシートを広げ、そこに使えそうなレジャーグッズを一通り置いていく。

ゴミ袋は持ってきた?」

レジ袋で十分だろ」

これにて準備万端。いつ日が昇っても問題ない状態だ。

「……」

しかし、やはり手持ち無沙汰というか、娯楽に溢れた世の中では退屈な空間だ。

「なんでもいいから、コンビニで何か買ってこようか」

弟の提案消極的ものだったが、皆それに小さく頷いた。

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2020-01-02

[] #82-3「ノンフィクションWWW

≪ 前


法律ギリギリの苛酷な労働環境杜撰なスケージュル管理などを赤裸々に書いた暴露本は物議を醸しました。

田尾:以前から意識にズレは感じていました。『Mの活劇』は皆で作りあげるものなのに。

菜華役の田尾さんは、暴露本を書いた経緯をそう語りました。

田尾:現場で働くスタッフたちの苦悩を、世間の皆様に知って欲しくて書いたんです。

この出来事に対して、共演者たちは意外にも冷静でした。

津久田:(彼女暴露本を出したことについて)驚きはしませんでしたね。同級生だし、長いこと一緒に仕事をしてる仲でもありますから

増林:あの子はそういうので承認欲求を満たしたり、お金を稼ぎたがるタイプ普段から不満が漏れ出てた。

影田:ちょくちょく講習会なんか開いちゃったり、ニュース番組コメンテーターとして出演したり、「とうとう、そっちに行っちゃうんだ」っていう。

『Mの活劇』チームと、撮影現場雰囲気は良くも悪くも変わりませんでした。

AD現場空気を悪くしてた常習犯彼女(田尾さん)でした。部屋が乾燥してるだとか、ケータリングが気に入らないだとか。テイク数が増えると、露骨に態度に出てくる気難しい人でした。

プロデューサー:本の内容自体、上手く誤魔化してはいるけど極めて恣意的で、要はただの愚痴です。そういう自覚が多少あるからこそ、一般大衆を味方にしようと考えたのでしょう。

ディレクター彼女は某所で意識の高いことをよく言っていますが、本を書いたきっかけは出番が少ないことと、ギャラが減ったことへの当てつけでしょう。そもそも端役だから出番が少ないのは当たり前だし、ギャラが少ないのは彼女が演じるキャラクターの関連商品が売れないからです。

津久田:あの本も、八割がたゴーストライターが書いてるだろうね。あの子学校読書感想文いつも最低評価だったから。


「よし、そろそろ行くか」

最後の一人が蕎麦を食べ終えるのを確認して、俺はおもむろに立ち上がった。

「えー、もう行くの? ドキュメント番組終わってからでもいいじゃん」

「こういう番組は、どうせ最後は前向きなこと言って終わりだ。後はせいぜいVTRを見た人が、それっぽいこと言うぐらいだろう」

皆が上着を着始めているのに、弟はコタツに入ったまま、ぶーたれる。

別に日の出なんて見なくていいんじゃね~?」

日の出を見ることは以前から決まっていたし、そのために俺たちは集まった。

何より、それを真っ先に提案したのは弟だ。

「早めに行かないと混むかもしれないし。どうせ日の出を見るなら、いい場所で見たいだろ?」

そうかもしれないけどさあ、なんか体が動くことを拒否してるんだよ。自分でも上手く説明できないけど、何か医学的な理由があるに違いない」

馬鹿げた主張だが、気持ちは分からなくもない。

真冬の深夜に外出する場合、多少の思い切りが必要とされる。

かいから離れ、寒空の下に身を置くのは簡単ではない。

ここに“コタツから出る”という工程が挟まれば尚更だ。

からといって、容赦するつもりはないが。

「このまま、なあなあにすればワンチャンあると思っているのかもしれないが、言いだしっぺが不参加なんて許さんぞ」

弟は体のほとんどがコタツに取り込まれており、頭以外は露出していない状態だった。

なので俺は、その露出した頭部を無造作に掴んで力を込めた。

そこに身内への慈しみは存在しない。

「ぎゃあっ」

当然、長男腕力次男が勝てるはずもない。

抵抗むなしく弟は引きずり出された。

自分意思で出ていた方が、多少マシだったろうにな」

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