2020-02-23

[] #83-13「キトゥンズ」

≪ 前

どうやら攻撃を受けたらしい。

至近距離だったせいで前足の動きを捉えきれず、身構えるのが遅れたんだ。

凄まじい勢いで、顔に掌底を打ちこまれた。

一瞬、自分の身に何が起きたかからなくなるほどの衝撃。

いきなりモロに食らってしまった。

奮い立たせた戦意が、途端に削ぎ落とされていくのを感じる。

早く反撃しなければ。

半ば朦朧としたまま右足を突き出す。

「……貴様!」

攻撃クリーンヒットしなかったが、意外にも相手の顔は歪んだ。

爪が絶妙に、相手の古傷をなぞったらしい。

これはラッキーパンチ……そう解釈するのは甘かった。

「よくも、よくぞ本気にさせたなっ!」

相手の勢いは衰えることなく、むしろ増大させてしまったようだ。

前足による攻撃が、左右から交互に襲ってくる。

「ふ、ぐ……」

今度はしっかりと意識から攻撃を食らったにも関わらず、その威力は驚くものだった。

わず息が漏れる。

「このっ!」

反射的に殴ったが、まるで効いている素振りがない。

マズいぞ、こいつ予想以上にケンカ慣れしている。

実力に差があるのは分かっていたが、まさかここまでとは。

勝てる気がしない。

どんどん血の気が引いていくのを感じた。

キトゥンー!」

だが、その時、仲間たちの声援が俺の耳に届いた。

おそらく、ずっと前から応援してくれていたのだろう。

それが聴こえないほど、さっきまで追い詰められていたんだ。

「頼むー!」

なけなしの戦意鼓舞されていくようだった。

大丈夫だ、まだ戦える。

俺は相手パンチを受けながら、あえて前のめりに突っ込んだ。

「うっ……!?

足でだめなら、今度は口だ。

相手の古傷めがけ、俺はガブリと噛み付いた。

「やめろ、この野朗!」

相手も反撃してくるが、俺は意に介さず、しつこく同じ場所に牙を突き立てる。

みつきを避けてくれば、今度は爪で、爪を避けられたなら今度は噛みつく。

どれほど効いているのかは実感がなく、正直いって勝てる気持ちは沸き起こらない。

それでも俺はひたすら攻撃を続けた。

「負けないでくれー!」

そうだ、今の俺に必要なのは“勝てる気”じゃない。

“負けない”という絶対的意思だ。

「こいつ、いつまで、やるんだ……!」

ネコ喧嘩ってのは倒れるまで続ける、なんてことはまずない。

体がボロボロになる前に、どちらかが降参して終わる。

逆に言えば、気力が続く限りは終わらない。

俺に意思がある限り、決して負けることはないんだ。

「いけー! キトゥン!」

====

「……はっ?」

目を開けて、まず視界に入ったのは壁。

次に捉えたのは、本の山だった。

なんだ、頭が回らない。

それに、全身にけだるさを感じる。

「あ、おはよう兄貴

状況を理解するまでに数秒を要した。

「夢って……ふざけてんのか」

どうも俺は、いつの間にか眠っていたらしい。

課題による疲れと、ガイド意味不明SF講義のせいだろう。

変な姿勢で寝てしまったようで、身体の節々が悲鳴をあげている。

「いてて……ガイドは?」

「さっき帰ったよ」

しかも直前の話題に引っ張られて、キトゥンになった夢を見るとは。

内容も我ながらナンセンスものだ。

自身が猫になれば気持ちが分かるだろうと、どこかで考えていたのだろうか。

思い上がりも甚だしい。

あんな夢を見ているようじゃあ、俺もあの動物番組の仲間入りだ。

「あ、キトゥンおかえり」

自己嫌悪に苛まれていると、なんとも微妙タイミングキトゥンが部屋に入ってきた。

あんな夢を見てしまった後だから気まずい。

「ニャー」

当事者はそんなことを露知らず、部屋に入ってくるや否やこちらに擦り寄ってきた。

畜生が、こんな時に限って。

俺は仕方なくキトゥンを抱きかかえると、おもむろに膝の上に乗せた。

いつものように撫でながら、それとなくキトゥンの体を調べる。

正夢なわけはないが、一応だ。

パッと見は大丈夫なように見えるが……これ以上まさぐると嫌がるしなあ。

明日、念のために病院に連れて行こう。

兄貴、なんか調子悪そうだね」

「ああ……嫌な夢を見たからな。動物を、自分とは違う存在を、自分尺度で決め付けて、言ってもいないことを勝手に喋らせて……」

「うーん? それ、人が他人に対してやってることと何か違うの? 割と見たことあるけど、そういうのやってる人」

弟が何か言っているが、まだ夢うつつだったので上手く聞き取れない。

血圧の煩わしさから、俺はぼんやりと相槌を打った。

「……それもそうだな」

(#83-おわり)
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