2020-02-14

[] #83-4「キトゥンズ」

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キトゥン……キトゥン……こっちに来てちょうだい」

から自分を呼んでいるような声がした。

あの声は、たぶんキンタだろう。

いや、寝ぼけいてたから気のせいかもしれない。

耳には自信があるが、キンタにしては鳴き方が少し違うようにも聞こえたし。

まあ気のせいであれ何であれ、一度でも気にすれば何度でも気になるもんだ。

俺は開けられた窓めがけて、勢いよく跳びだす。

空中で体勢を崩してヒヤりとしたが、地面につくころには俺の四つ足は下を向いていた。

久々にやってみたが、体は覚えているもんだ。

だけど次回からは、いつも通り1階の専用口を使おう。

さて、声が聴こえたのはこっちだったかな。

そちらの方角めがけて、鼻に神経を集中してみる。

すると、先ほどまでこの辺りにいたと分かるほどの確かな匂いを感じた。

どうやら気のせいじゃなかったらしい。

…………

匂いをたどりながら進んでいくが、途中から覚えのある道順だと分かり、自ずと目的地も察しがついた。

そこは俺たちネコ集会場だったんだ。

既にその場所には、見慣れた仲間達が一通り集まっていた。

「おお、来たな……ええと」

キトゥンだ」

「おお、そうか。今はキトゥンだったな」

俺が来たことに最初気づき、声をかけてきたのはモーロック

貫禄のある髭を貯えた年長者であり、この集会所のトップだ。

みんな大なり小なり、彼に有形無形の恩義がある。

もちろん、俺もその中の一匹だ。

「まだまだ元気そうだな、モーロック。片耳がないのに、俺の声もちゃんと聞こえてる」

「ほう、キトゥン。わしの長生きの秘訣を聞きたいのか?」

「え……」

「今ここで、きかせてや~ろうか~? お望みとあ~ら~ば、きかせてやろうか、きかせてやろうか、きかせてやろ~か~」

ただ、こんな感じに、隙あらば歌おうとしてくるのが玉に瑕だ。

「ほらほら、モーロック今日もそんな感じだと持たないよ」

すんでのところで歌を止めてくれたのがダージン

老いたモーロックの補佐的な役割を担い、この集会所を潤滑にまとめてくれる存在だ。

「やっほ~キトゥン」

そして今回、俺をここに呼びつけたキンタ。

メスにモテやすい如何にもな猫って感じで、あい自身もよくそれを鼻にかけている。

「よお、キンタ。久しぶりだな」

お久ブリブリ~。お変わりないようで超安心!」

……のはずなんだが、コイツこんな感じだったかな。

以前の振る舞いも気になってはいたが、今の状態もかなり独特だ。

本当にあのキンタか?

「そういうお前は、しばらく見ない間に変わったな。何というか、全体的にしなやかになったような」

「あ~、キトゥンには分かっちゃう? さすがキトゥン、さすキト~」

いや、俺じゃなくても分かるくらい滲み出てるぞ。

「実はあたくし~去勢されちゃいました~!」

「はあー……なるほど?」

とりあえず納得してみたはものの、正直いうと良く分からん

去勢されたネコは何匹か会ったことあるが、キンタみたいになった奴は初めて見た。

「なあ、ダージン去勢されたら、“あんな感じ”になるもんなのか?」

「うーん、落ち着いた気性になりやすいのは知っているけど……モーロックはどう思う?」

「猫によるとしか言えん」

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