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はてなキーワード: うたた寝とは

2018-02-01

今ほど歳をとるのが苦痛な世の中は多分ない

男も女も、あまりにも歳をとることにネガティブイメージを持ちすぎている気がする。私もそうだ。

原因はなんだろうと考えたけど、いまいちしっくりくるものが出ない。

年上の人のイメージを悪くするのは常に若者たちだ。

自分たちもいずれ向かう現実なのに、外見的にも内面的にも、自分はああはならないと確信している印象すら受ける。

外見的なことを言えば、別に太ってもいいじゃないかと私は思う。

シワが増えても、髪が減っても、背が縮んでも、体力が落ちても。

歳を重ねるっていうのは、それだけ長く頑張って生き延びてきたということなのだから、その過程で避けられない老朽化には自信を持って生きていきたいと思う。


しかしそれと同時に、内面的には、ああはなりたくないと憎しみにすら近い感情を抱くのだ。

若者はこれから社会を支える重要存在だ。狭い部屋に住んで、安い飯を食べて、たくさん働いて、税金を納める。それが私たち若者

しかし街中に出れば至る所で年上を敬えと強要される場面に出くわす。

だって蔑ろにしたくてしているわけじゃない、尊敬に値しない年上が多すぎるのだ。


高校の頃、部活で疲れて電車普通席に座って寝ていたことがある。

膝の上にはスクールバッグ部活用のエナメルバッグ、足の間には当番制で洗濯しているゼッケン袋があった。ヘトヘトになってうたた寝していた私を、誰かが突然叩き起こした。

朦朧としながら顔を上げると、目の前には手ぶらで佇む60代くらいのおばさんがいた。

おばさんは目を釣り上げながら私に「退いてくれないかしら、あなたが一番若いし。」と言うと、私を立ち上がらせた。

周りを見渡してもみんな見て見ぬフリだった。確かに、私はその車両では一番若かった。

結局私は彼女電車を降りるまで、立ったまま体の前にバッグを積み重ねてつり革につかまりながら寝続けた。


誰しもにある経験だと思う。

私たちはこれを、この先ずっと繰り返していくことになる。しかも優先するべき老人の数はどんどん増える。若者がこの椅子取りゲームに勝つ術はない。

この出来事だけでなく、言うことを聞かない年上の部下、根拠もなく私が若いというだけで提案無視する上司投票所に並ぶ私を見えてないかのように割り込みするおじさん。尊敬できない年上に蔑ろにされた経験は数え切れないほど存在する。

些細なことだけど、それがいくつも積み重なれば憎しみにも似た感情が生まれても仕方ないと思う。

私は彼らのようにはなりたくない。




自分指標となるような、尊敬できる大人を見つける必要がある。

若い私たちを疎ましく思わずに、導いてくれる人を。諭してくれる人を。

歳をとることへの恐怖に打ち勝つ一番の近道はそれじゃないだろうか。

そしていつかは、若者にああでありたいと思われるような大人になりたい。

2017-12-22

[]12月22日

○朝食:なし

○昼食:助六寿司

○夕食:鳥の味噌鍋(鶏肉、つみれ、しいたけ白菜人参長ネギえのき)、うどん、卵

○間食:サプリメントマルチビタミンミネラル)二粒

調子

はややー。

助六が買えたので嬉しさですごく気分良く仕事ができた。

ただ、今週は東京行ったりして疲れてたみたいで、家に帰ってからご飯を食べたらうたた寝をしてしまった。

明日洗濯したり、買い出し行ったり、電気代払いに行ったり、定期買いに行ったり色々しないといけないので、もう一回寝て早く起きようと思う。

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コマスター

キートレボを開ける程度にプレイ

色ギャラは出る出ない以前に、タイムトレボの処理が終わってなくて、チームイベントに参加できてない。

このゲームめんど。

2017-09-13

anond:20170910181855

私も子供達が産まれたばかりの頃は、まとまった睡眠時間が一時間半を超えない日々が続いてふらふらだったなぁ。でもそれなりに辛かったけど、夫を怨むような事にはならなかった。

というのも、細切れ短睡眠しか出来なかったものの、定刻に起床してこなさなければならない用事基本的に無い、というもしかすると特殊な家庭環境だったからなんだと思う。

何でそういう家庭環境なのかは説明すると長くなりそうなので適当に流すけど、要は夫の仕事関係自分無職であったこと、そして就園就学した子供はいなかった事によってそういう環境となっていた。

前夜どんなに眠れなくても、絶対に何時までに起きてしなければならない事があるのでなければ、そんなにイライラはしないのだ。眠いのは眠いけど。滅茶苦茶眠かったけど。

日中母子だけで過ごしていたが、同居人が誰もいないって、家事を手伝ってもらえないのは痛いけれど、一日中パジャマで赤子と一緒にゴロゴロして、僅か数分でも自分タイミングうたた寝が出来、思い出した頃にカロリーメイトとか酷いと食パンだけみたいないい加減な食事をモゴモゴ頬張りながら、おっぱいさらけ出し赤子に授乳したり、うんちのオムツ替えたり、などという事をしていても、誰も何も言わないし見ていないというのはとても気楽だった。

勿論誰も何も言わないのをいいことに掃除や溜まった洗い物の片付けは完全に放棄していた。

どう見ても、人として最低限の健康文化的生活レベルを大幅に下回る動物に近い生活だった。

夫は元々すぼらであまり色々な事を気にしない人なので、帰宅したら電気も点いていないくっそ汚い部屋の敷きっぱなしの布団に妻子が転がって爆睡していても平気だったし、休日は私と子供と一緒になってごろごろぐうたらしまくっていた。

人間並みの生活ではなかったけれども、あの頃は私達家族にとっては幸せな時期だったと思う。

今では上の子幼稚園児で、下の子は3歳で遊び盛り。子供達は徐々に手がかからなくなっていっているけれども、上の子入園以来、しんどさは増す一方だ。

まず第一に、夜中に下の子が何度目を覚まして愚図っても、朝は6時には起きて家事を始めないといけないし、どんなに子供達が駄々をこねても予定通りに送迎や色々な用事をこなさないといけない。

外に出て人に会わなければならない事も多いから、忙しくても自分の身繕いもしなければならない。抜かれば、心配という体でダメ出しや嘲りを他人から受ける。こっちの事情など一切汲まないクソバイスのシャワーを浴びせられるのも日常だ。

自分自身意識も、産後朦朧がすっかり消え去ってクリアなぶん、細かい事が一々気になる様になった。自分の中の要求水準が上がっている。何が何でも人並みの暮らしがしたい、いやするべきだ、と思ってしまう。

つくづく、人間の子育てが辛いのは人間らしく生きたいという欲があるせいであり、動物並のクオリティまで落とせればそこまで苦しいものではないんだなと思う。

子供のうんちも寝ゲロも舐めて処理するだけでおKなら洗濯物も出ないし楽チンだ。そんなこと出来っこないけれど。

しかし、夫を含め誰かに色々な事をして貰うこともいいけど、逆にすることを減らす、可能な限り人間らしさを捨てていって、最低すれすれの状態家族適当に過ごしてみるというのも一つの手だと私は思うのだ。

2016-07-18

家にいられない

両親は仲が悪く、母親典型的毒母で、子どもの頃から理不尽に耐えてきた。

高校3年の秋に父が定年退職した後は、家に帰りたくないため、頻繁に図書館本屋時間を潰していた。

大学進学以降、通学・通勤電車が一番集中できる、唯一の自由時間だ。

結婚して初めて、家に帰ることが苦にならなくなったが、それも少しの間だけだった。

自宅に一人でいると落ち着かず、夫が一緒にいても好きなことができず、苛立ちを感じ、

やるべきことに追われ、1日が終わる、

自宅の布団で眠るより、電車内のうたた寝のほうが熟睡できる。

外出した時は、静かな店よりも、フードコート喧騒のほうが心地いい。

どうも、見知らぬ他人に囲まれながら、一人きりでいられる環境が落ち着くらしい。

子どもが生まれ産休・育休中は、日中子どもと一緒に家にいるしかなかった。

毎日散歩にでかけたほうがいいという育児本のアドバイス通り、徒歩や車で外出しては疲れ果てていた。

正直いうと、家にいたくなかったからだ。

夜はできるだけ早く寝て欲しいと思いつつ、子どもが寝付いた時点で、夫がまだ帰宅していない場合、途方に暮れた。

今春から仕事に復帰し、収入以上に、精神的に助かったと思った。

保育園に迎えに行くため、定時より早く帰宅しているが、できれば以前同様、夜まで働きたいと思う。

子ども授乳間隔が空き、育児負担が減った頃から

家にいる間は、常に食事作りや整理整頓掃除などの家事をやり続けてしまうようになってしまった。

自宅にいると、家事をし続けるこの症状に名前をつけたい。

家にいたくない。家にいると疲れる。

しかし、家にいないと、できないことは多く、やらないまま積み残っていく。

必要最低限のものを持って、ずっと電車内で座っていられたら、もっと時間有意義に使えるはず。

望んで授かった子どもは、ただでさえ自由のない人生の重荷になった。

育児ではなく、家事負担で潰れそう。

最近は、電車に乗れない休日が怖い。通勤中だけが熟睡できる。

真っ当に生きられるようになりたい。限界だよ。

 
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